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<title>police story 別室</title>
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<description>悪をくじきよわきを助ける</description>
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<title>ドキュメンタリー　建国義勇軍　その１</title>
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<description><![CDATA[　公安の捜査手法とは　&nbsp; 北朝鮮御用聞き政党社民党及び党首土井たか子へ...]]></description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　公安の捜査手法とは<br />　&nbsp; 北朝鮮御用聞き政党社民党及び党首土井たか子へーとする一通の封書が東京都千代田区永田町の社会民主党本部に届いたのは平成十四年十一月九日午後一時十八分ころだった。封書の中には次のような脅迫文に弾丸が一個添えられていた。<br />　「社民党を即刻解党せよ。似非日本人たる諸君には拉致された家族・親族の悲しみ叫びは解るまい。引き続き「領主様」への忠誠を謳い、人心を惑わすならば身辺に重々気をつけることをお勧めする。月明かりの夜ばかりではない。朝鮮征伐隊」<br />　この日の午前十時十五分ごろ、読売新聞東京本社に「北朝鮮に憤慨を感じているひとり」と名乗る男から電話がかかった。男は「土井たか子さんと総連に３５マグナム弾を送った」言い、電話はすぐ切れた。<br />　男が読売新聞に通報したもう一方の在日朝鮮人総連合会中央本部に封書が届いたのは午後一時十五分ごろだった。<br />　「貴様等には、即刻領主様のおはします北朝に帰ることをお勧めする。残念ながら領主様を懐かしむ教育や、蛇頭よろしく領主様の小遣いの為の地下送金組織を組む勝手放題に、何時までも日本国民は沈黙している訳ではないことを、よくよく自覚すべし（中略）夜道はくれぐれも気をつけよ（後略）」<br />　社民党に届いた脅迫文には「朝鮮征伐隊」と書かれていたが、朝鮮総連にはその文字は見当たらなかったが、やはり弾丸が一個入っていた。<br />　届けを受けた警視庁麹町警察署が調べたところ、両方に出された封書は前日の十一月八日消印の速達で深川郵便局から投函されていた。また弾丸は口径０・３５７インチ・マグナム型回転弾倉式けん銃用の実弾であることが判明した。<br />　十月には北朝鮮に拉致された五人が一時帰国したが、拉致被害者の他の八人は死亡したなどとする北朝鮮の対応に日本政府が疑問を呈するなど国民的にも大きな問題になりつつあった。<br />　こうした背景に朝鮮征伐隊などは既成右翼に存在しない団体でもあったことから警視庁は、悪質ないやがらせとして銃刀法違反容疑で捜査を開始した。<br />　年が明けて平成十五年一月十四日午後十一時二分から同四十五分の間に、朝日新聞大阪本社や同東京本社、中日新聞名古屋本社、日経新聞大阪本社など六社に、朝鮮征伐隊を名乗る男から犯行声明ともとれる電話が立て続けに入った。<br />　「十時三十分ころ名古屋駅前の朝銀に銃弾を撃ち込んだ。血税を注ぎ込んでいることへの抗議だ。これからも続けるならもっとやる。朝鮮征伐隊はこれまでもいろいろやっている」<br />　電話を受けた朝日新聞名古屋本社は愛知県警に連絡。警察はこの電話で事件を端緒した。<br />　要請を受けた愛知県警中村署員が名古屋市中村区の朝銀中部信用組合名古屋支店に駆けつけ捜索した結果、一階北側の窓ガラスが銃撃によって割られているのを確認した。十五日午前零時十分ごろだった。<br />　これらの事件が後に、一都一道一府八県で発砲事件や脅迫事件、爆発物類似設置事件など二十四事件を引き起こしたあの歴史的な建国義勇軍事件のプロローグになるとは日本警察の誰もが予想していなかった。<br />　そして警視庁管内でオウム真理教団の建物に対する銃撃事件が発生した。それは事件史上極めて希な規模の十三都道府県警察による合同捜査本部設置の引き金となる事件だった。</p>

<p>　オウム東京道場を銃撃<br />　東京・新宿三丁目を起点に大菩薩峠を越えて山梨県の甲府市へと続き、江戸時代から庶民の旅客が往来した青梅街道ーその街道沿いに平成四年に完成した地上七階建ての荻窪警察署がある。玄関前にセキセイインコが入った「ピーポーハウス」がある珍しい警察署だ。「犯人をトリ逃がさない」という願いが込められているという。<br />　東京二十三区の西端に位置する杉並区。その区の最西端を管轄しており、きょう三十日は早朝から五階にある講堂で特別捜査本部の会場づくりが署員総出で行われていた。通信機器を設置する警視庁本部の装備課員の間を縫うようになぜか？鋭い目つきで強張った表情の刑事が慌ただしく出入りしている。<br />　捜査本部は、前日の平成十五年五月二十九日夜、杉並区西荻北三丁目にあるオウム真理教の道場が銃撃されたことから設置されようとしているのだ。<br />　銃撃情報は三十日午前零時五十分ごろ朝日新聞東京本社の記者から荻窪署に寄せられたもので、「二十九日夜、赤報隊と名乗る男から犯行声明と見られる電話があったが、警察署でけん銃の発射音を確認しているか」という問い合わせの電話だった。<br />　記者によると朝日に寄せられた電話は次のような内容だった。<br />　「赤報隊の生き残りや。十時四十三分に杉並区のアレフに一発撃ち込んだ。お前ら大嫌いや、皆殺しにしてやるで…国賊征伐隊や…覚えておけ」<br />　銃撃したとされる建物はオウム真理教団がマンションの一室を借り上げて杉並道場として利用しているもので、この年の二月から「アーレフ」に名称が変更されている。<br />　同マンションはＪＲ・西荻窪駅の北口を出て駅前通りの商店街を西に約二百㍍行った交差点を右に入り、さらに約五十㍍先のＴ字路を今度は戻る様に右に入り数十㍍先の右側にある。同日夜、荻窪署員が現場を検証したが異常は発見されなかった。警視庁内には「いたずら」の見方も存在した。<br />　犯行声明ともとれる電話は二十九日夜は朝日新聞の大阪本社にもかけられており、翌三十日には毎日新聞東京本社、中日新聞東京本社と同名古屋本社など計六件かけられ、うち四件は関西訛りの男の声だった。<br />　銃撃したとされる現場周辺は、大正から昭和にかけては東京近郊の別荘地として知られ、与謝野晶子や棟方志功など多くの文化人が住んでいた高級住宅地。<br />　現在は、東京女子大や名門都立校などが集積する文教地区で昼は多くの学生たちで賑わう。駅前北口の大通りである伏見通り商店街から一歩、路地裏に入るとそこは住宅の密集地と一変する。特に夜は人通りは少なく静かになる。<br />　その静かな住宅地で、しかもオウムの建物に向けてけん銃が発砲された事を重視した荻窪署は改めて早朝から現場検証を実施した。<br />　その結果、マンション一階の正面玄関出入り口のドアに弾痕があるのを発見。さらにドアから約二㍍離れた位置にあるプランターの中から弾丸と見られる鉛弾を発見したことから捜査本部の設置となった。<br />　警視庁公安部が事件発生の報告を受けたのは三十日になってからだった。今回狙われたのはオウム教団だが、犯行声明で「赤報隊」や「国賊征伐隊」を名乗っていることから出動を決めた。<br />　特にこれまでの事件では「刑事と公安の確執で事件が未解決になった」などという悪評価を受けたこともあり、公安部参事官の意向が強く働き、早期の出動となった。<br />　こうして警視庁は公安部と刑事部の両部から公安三課と公安機動捜査隊、刑事部からは捜査一課と現場鑑識が臨場。警視庁公安部長を本部長とする共同捜査本部が設置された。<br />　特に、赤報隊は昭和六十二年五月に兵庫県西宮市にある朝日新聞阪神支局が銃を持った男に襲われ小尻和博記者（当時二十九歳）が射殺された未解決事件では共同通信に「赤報隊」を名乗る男が犯行声明を出していることもあり、公安部に緊張が走り、それが捜査本部出入りの刑事の表情に現れている。<br />　この事件の端緒は新聞社を経由しており、発生から時間が経過してから警察官が臨場していることもあり、初動捜査の遅れというハンディを背負ってのスタートとなった。<br />　このため公安部は、目撃者も含めて余りにも基礎資料が少ないことから不審車両の特定が捜査の行方を左右すると判断。発生時間の特定も含め、刑事部並の徹底した地取り捜査を実施するとともに、情報通信課を始め、ビデオの解析から民間企業の専門家まで科学捜査の活用に力点が置かれた。<br />　その結果、道場にいる信者の一人が「午後十一時ころパーンという音が聞こえたが悪戯の爆竹かと思った」と証言。<br />　さらに犯行当日、信者と現場周辺の通行人が不審な車両を目撃していることを突き止めた。それによると、不審車両は不完全ながらも横浜ナンバーの白色の国産大型乗用車で後部座席がスモークになっていたことが判明したのである。こうした目撃情報などから犯行時間は午後十時四十分前後と推定された。<br />　特に犯行当日の午後六時から翌日の午前六時までの通過車両について、白い大型乗用車で横浜ナンバーの全ての車両割り出しのため周辺に設置されている防犯カメラとＮシステムの分析などに捜査員二人を専従させることとした。<br />　さらに犯行現場に行くには伏見通りの一方通行を通過している可能性が高いことから、北口交番内に設置されている防犯カメラのビデオの解析が進められた。<br />　<br />　今度は大阪市のオウムが狙われる<br />　防犯カメラの分析を進めた結果、事件発生直前に目撃情報と一致する白い大型乗用車が三、四回交番前を通過している映像があった。交番と現場は直線距離にして百㍍ぐらいの位置関係にあり、有力情報に繋がる可能性が高いとして、映像を鮮明にするため警察情報通信研究センターに依頼した。<br />　しかし、交番設置のビデオカメラはワイドだったため映像の鮮明化には限度があった。ようやく自動車の型が分かる程度だが専門家が分析すれば車種が特定できる可能性のある画像を得たのである。<br />　この写真を民間自動車販売会社に持ち込み、車種の特定を依頼した結果、幸運にも車種が特定できた。それはニッサングロリアだった。<br />　こうして捜査本部の捜査は順調に進んでいる最中の六月十三日午後九時十分ごろ、今度は大阪市西成区にある五階建てのビル四階に入居しているオウム真理教大阪支部にけん銃が撃ち込まれた。<br />　午後九時三十七分ころの「けん銃を撃ったような音が三発聞こえた」という一一〇番通報で大阪府警西成署員が調べたところ、支部道場西側四階の窓ガラス三枚が割れて、天井一カ所に弾痕を発見。床から銃弾一発が発見された。<br />　事件後の同十時過ぎ、同市北区の朝日新聞大阪本社に「国賊征伐隊」を名乗る男の声で電話がかかった。<br />　男は「社会部さんか、要件だけ言うからちゃんと聞け。今日午後九時一分、西成区のオウムの五階建てビルの四階に向けてチャカ三発撃ち込んだ。俺の名前は国賊征伐隊や。今までもいろいろやってきているから分かるな。お前のところも気いつけや」と話し、すぐ切れた。中年風の男の声だった。<br />　同じ内容の犯行声明は同日中に中日新聞東京本社にもかけらけており、二件とも関西訛りの声だった。<br />　さらにその十四日後の六月二十七日午後九時三十五分ごろには、広島市東区光町にある「エコード広島」三階の広島県教職員組合書記局にけん銃が撃ち込まれる事件があった。<br />　午後九時三十六分の一一〇番で「石が投げ込まれ窓ガラスが割れた」の通報があり、広島署員が調べたところ、事務所三階西側の窓ガラスにけん銃二発が発射され、一発は窓ガラスに直系一・五㌢の穴を開けて天井に当たっており、もう一発は窓のアルミサッシにめり込んでいた。当時、書記局次長と執行委員の二人がいたがケガはなかった。<br />　事件の約一時間後の午後十時二十分ごろ朝日新聞大阪本社警備防災センターに電話がかけられ「広島の日教組に九時三十五分銃弾を撃ち込んだ」と話し出した。警備員はこの電話を社会部に転送したところ、男は「午後九時三十五分に広島の日教組に銃弾二発を撃ち込んだ。我々は建国義勇団別働隊国賊征伐隊だ。全国の日教組を殲滅する」と告げて切れた。<br />　これはテープに録音されたもので、さらに翌日には二人の男から中国新聞社に犯行声明の電話がかけられている。</p>

<p>　警察庁が担当者会議<br />　この大阪と広島の事件報告を受けた警察庁が動いたー全国で発生する公安事件を含めた警備局所管の事件は、全て警察庁への報告が義務付けられている。報告を受けた警備局審議官や担当課長が、各県で発生している事件に共通性が出るなど捜査上、必要と判断した場合は総合的な調整に乗り出すことになっている。<br />　公安部の仕事は極左集団や右翼団体などの監視を続け、さらに協力者などの特別な関係者を抱えるなどして常に動向を把握しており、事件発生と同時に捜査対象の範囲が絞られる。このため当該警察本部の内情を知らない他県警が勝手に越境捜査を行い、全ての関係をぶち壊してしまうという弊害を無くするのが調整だ。<br />　しかし、捜査協力の要請はしたいものの、相手に手の内が知られて困るミッションもある。こうした場合は公安部の〝裏組織〟が動くことになる。このように公安部の仕事は、全てが警察庁を頂点としたピラミット型になっており、特殊な関係者を含むミッション以外は個人プレーはできない。<br />　そうした意味で刑事部や生活安全部などの事件捜査との大きな違いは捜査会議などは開かない。情報は捜査員ー係長ー課長ー捜査指揮官ー警察庁の流れで挙げられていく。但し、幾つかの警察本部が協定を結び合同捜査本部が設置された場合の捜査指揮はその時の捜査本部長だ。<br />　かつて昭和の時代までは警視庁公安部の力が強く管轄権を越えて過激派の拠点を監視をするなど極秘に越境捜査を実行していたが、捜査力の均等化もあって平成に入ってからは改められた。<br />　五月に東京で発生したオウム施設の銃撃事件では、犯行声明の電話で「赤報隊の生き残り」を名乗ると同時に「国賊征伐隊」とも騙っている。国賊征伐隊は右翼にも左翼にも団体名は確認されていないが、赤報隊の名が出ていることもあり警視庁は公安部主体の捜査本部を設置していた。<br />　ところが東京のオウム施設銃撃以外の大阪のオウム施設銃撃や広島市の教職員組合に対する銃撃でも国賊征伐隊を名乗り、さらに以前の平成十四年十一月に発生した朝鮮総連中央本部と社会民主党への銃弾郵送事件では「国賊」と「朝鮮」の違いはあるものの「征伐隊」を名乗っている。しかも何れも犯行後にマスコミに電話をかけている点を重視し、警察庁が調整に乗り出すことを決定した。<br />　警察庁が調整を開始すれば、警視庁の捜査本部にも他県発生の事件内容や捜査情報は入るし、必要な場合はお互いに情報交換も可能となる。<br />　警察庁が調整に乗り出す方針を固めた直後の平成十五年七月二十九日午後十時五十五分ごろ、朝日新聞東京本社に建国義勇軍と名乗る男から一本の電話が入った。<br />　「我々は建国義勇軍です。新潟、朝鮮総連、銃弾を一発撃ち込みました。朝鮮、朝銀に爆弾を仕掛けました。九時過ぎです。我々は建国義勇軍です。朝鮮人を日本から駆逐するまで、これが続きます」<br />　電話を受けた社会部のＴ記者は警視庁公安部公安三課に通報。三課員が新潟警察本部の総合当直に通報した。同時多発である。<br />　通報を受けた新潟県警は二十九日午後十一時五十分ごろ新潟市竜が島にある在日朝鮮人総連合会新潟県本部を捜索した結果、事務所脇のシャッターに銃撃痕を発見した。<br />　さらに新潟市花園の朝銀は、現在はハナ信用組合新潟支店になっており、同支店を調べた結果、同店の通用門付近に紙袋に入った不審物件を発見した。<br />　新潟東署によると発見した紙袋は縦四〇㌢、横三〇㌢、奥行き一〇㌢で、中に象印製ステンレスボトル、カセットガスにキッチンタイマーがコードで接続されていた。<br />　このため同署は同支店から五〇㍍四方を立ち入り禁止にし、周辺の百六十三世帯の住民を避難させて紙袋を凍結処理して回収した。避難が解除されたのは三十日午前四時十五分だった。<br />　結局、不審物は爆発物の類似品と判明。新潟県警は両事件を器物損壊と銃刀法違反、爆発物類似物件設置脅迫事件として捜査することにした。</p>

<p>つづく</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2015-03-22T11:32:37+09:00</dc:date>
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<title>ドキュメンタリー　建国義勇軍　その２</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2015/03/post-df1a.html</link>
<description>　エスカレートする犯行　　依然として続いている北朝鮮やオウム真理教の関連施設を狙...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　エスカレートする犯行<br />　　依然として続いている北朝鮮やオウム真理教の関連施設を狙ったけん銃発砲事件を重視した警察庁は平成十五年八月八日、関係五都府県警察の担当者を集めて捜査会議を開いた。<br />　会議には警察庁公安二課（右翼対策）と警視庁、大阪、愛知、広島、新潟の担当課長らが出席。<br />　各課長からは事件の捜査状況などが報告された。何れの事件も手口が似ていることから今後は情報交換を密にし犯人検挙にむけて総力を結集する方針が打ち出された。<br />　警察庁が捜査会議を開いた後も建国義勇軍の攻撃は止まなかった。八月二十三日には福岡、岡山県の北朝鮮関連施設に爆弾をしかけたり銃撃したという犯行声明が産経新聞や読売新聞、朝日新聞などに相次いだ。<br />　中でも岡山駅前の朝鮮系の朝銀西信用組合では銃弾が撃ち込まれたが、犯行声明では北朝鮮の不定期貨客船「万景峰号」に対する抗議行動だった。<br />　九月に入るとこれまでのけん銃発砲や爆発物類似物件設置による脅迫事件は様変わりした。<br />　十日には外務省の審議官の東京の自宅に爆発物が仕掛けられたり、自民党の元幹事長の議員宿舎に弾丸が郵送されるなど標的は個人に向けられたのである。<br />　それは十月に入るとエスカレートする。二十日にはＳ前衆議院議員の東京事務所と北海道の釧路事務所にライフル銃の実包が送りつけられたのである。<br />　このライフル銃実包が入った脅迫は同日、自民党の元外相、二十一日には自民党の元幹事長と前衆議院議員にも送られている。中でもＫ元幹事長に対する脅迫は執拗で四件も相次いだ。<br />　個人を標的にした脅迫事件の最中の二十六日午後八時三十分ころには東京・国立市の多摩島嶼地区教職員組合にけん銃が発砲されたのと同時に午後九時四十九分に東京都千代田区一ツ橋の日本教育会館に爆発物類似物件が仕掛けられる事件が発生するなど、新潟県に続いての同時多発である。荻窪の共同捜査本部に麹町署や立川署などが加わり、捜査本部は拡大した。<br />　その後、十一月五日に元幹事長の事務所に散弾銃の実包が送りつけられたのを最後に建国義勇軍を名乗る一連の事件は止んだ。<br />　一方、警視庁の捜査本部が調べていた「横浜ナンバーでニッサングロリア」に該当する車両は百九十四台あった。捜査本部は公安三課員総出で一台一台潰しに入った。<br />　対象車両が横浜ナンバーだったことから、事件発生時刻と犯行声明までの時間差等を考慮した上で、現場から近い首都高速の高井戸や永福ランプまでを何度も実験走行し、所要時間の割り出しを図った。<br />　その結果、得た所要時間を基にこれらのランプを利用した横浜ナンバーの絞り込みをするため道路公団に協力を要請。ＥＴＣ利用状況の確認作業を併行させた。<br />　百九十四台の潰しは五日後に百九十三台が「シロ」と判明。残った一台の車両ナンバーは「横浜３０１　て　９××３」。この車両が事件後に永福ランプを都心方向に向かった車両ナンバーと一致したのである。<br />　捜査本部が割り出した横浜ナンバーのグロリアの所有者照会の結果、横浜市の古物商、野口満雄（五二）＝仮名＝が浮上。犯行当時、グロリアを運転していたのはやはり同市内に住み、野口の経営する店の店員、中林隆一（三二）＝仮名＝と分かった。<br />　このため捜査本部は、中林が所有する携帯電話の通話記録を調べることとした。<br />　その結果、刀剣友の会会長の村井一郎（仮名）が務める刀剣・ナイフ販売会社で「月刊刀剣・ナイフ情報」を発行している岐阜県岐南町の日本レジン社役員と頻繁に通話していることが判明した。<br />　同社のホームページを見ると刀剣友の会の設立目的として次のような文（要約）が掲載されていた。<br />　「私どもは、誇りある日本人として、これ以上不名誉に甘んじることを断固拒否します。拒否するだけでなく、『七生報国』死闘で半世紀を越える戦勝国からの従属状況を脱することを宣言します…刀剣友の会（日本人の会）は、展示会、出版、講演活動等により会員相互の切磋琢磨、友好礼儀の輪を広げ…（略）所見ある政治結社、団体等を支援して、誇りと活力ある日本人を築き上げることを設立の目的とします」<br />　そして、実際の活動として会長の村井一郎（仮名）、日本青年協議会、佐久間源一（仮名）、刀剣友の会理事、奥山弘一（仮名）、同会会長秘書、麻生孝一（仮名）が尖閣列島に上陸した時の写真が掲載されていた。<br />　本文中にある「七生報国（しちしょうほうこく）」とは、この世に幾度も生まれ変わり国の恩に報いるという意味で、昭和四十五年十一月二十五日、あの三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した際にしていた鉢巻きにも使われている。<br />　捜査本部は、こうして国賊征伐隊と名乗る者の犯行は、既成右翼団体には存在しないものの、強い右翼思想を持つ危険な者による犯行という見方を強め岐阜県警との調整を警察庁に要請。警察庁は公安捜査でも「裏組織」と言われる班による極秘捜査を岐阜県警に指示した。岐阜市内の日本レジン社の役員などを含め関係者の情報収集に入ると同時に村井の携帯通話記録も捜査対象とされた。<br />　特に、村井を含めて各役員や刀剣友の会員である奥山など四十四人のクレジットカードの利用状況の調査など徹底した情報収集に着手したのである。これで捜査は警視庁の手によって都県境を越え広域化の方向へと歩み出す第一歩となった。<br />　<br />　　犯罪史上最大級の捜査本部<br />　一方、けん銃発砲事件のあった東京都杉並区西荻北（東京事件）と大阪府西成区中開のオウム真理教関連施設（大阪事件）から発見された弾は口径〇・三八インチの硬鉛弾丸。双方で鑑定を進めた結果、六月中旬になって線条痕がほぼ一致した。<br />　それは七月に入ってすぐだった。前月の六月二十七日に広島市東区光町の広島県教組事務局にけん銃が撃ち込まれた事件（広島事件）で防犯ビデオに不審人物と不審車両が映っていることが広島県警によって突き止められた。<br />　県警が目撃者の情報などをもとに確認した結果、東区の事件現場周辺の防犯ビデオに映っていた男が目撃情報と一致。さらに光町二丁目の防犯ビデオには犯行のあった時刻の直後に、県教組の入っているビル周辺の路上から急発進する黒っぽい乗用車が映っていた。<br />　車内には複数の男が乗っていたが、運転する男の人相と現場周辺で別の防犯カメラに写っていた男の特徴がピタリと一致。ほぼ同一人物で間違いないことが分かった。<br />　車は黒っぽいセダン型の乗用車で関西方面のナンバーだったことも判明した。同県警がこの車両の追跡捜査を進めた結果、車はニッサンシーマで所有者は服部達也（仮名）という人物だった。<br />　さらに、六月十三日午後九時十分ごろ発生した大阪事件の関連捜査では、同日午後、国道４３号線を東の方向から進行してきたニッサンシーマが突然停車。車から降りてきた男が立ち小便しているのを大阪府警の警察官が確認。ナンバー照会した結果、所有者は兵庫県姫路市別所町に住む服部であることが記録されていた。<br />　服部は日本レジンのインターネットホームページにアップされている刀剣友の会・日本人の会のメンバーで平成十三年五月二十六日に村井らとともに尖閣諸島に上陸している。<br />　一方、刀剣友の会の会員の携帯通話記録の分析とカードを捜査していた警視庁は村井らが不思議な行動をとっている事に注目した。<br />　村井をはじめとする刀剣友の会関係者の差し押さえた通話記録を時系列に組み替えて整理した結果、犯行前後の通話状況が明らかにされた。<br />　それによると東京、大阪、広島の事件はなぜか、刀剣友の会が主宰する刀剣まつりの開催地とその近県で発生しており、その発信地域が犯行時間に合わせたように移動していることが判明した。<br />　カード捜査によると東京事件では平成十五年五月二十八日と事件当日の二十九日は千葉県木更津市に宿泊しており、宿泊者は村井のほか犯行時に運転を担当していた中林隆一、車の所有者の野口ら四人。携帯記録からは発信地域が東京ー木更津間で移動していることが判明した。<br />　大阪事件では当日、大阪市内に宿泊し市内を転々と移動している。宿泊者は村井のほか中林、野口の三人。広島事件のあった前日の二十六日は岡山県倉敷市内に村井、中林、麻生孝一ら四人が泊まり、事件日に広島市内に移動している。これらを裏付けるためＥＴＣ捜査も実施された。<br />　警察庁は警視庁や大阪府警、広島県警のそれぞれの捜査情報を分析した結果、刀剣友の会と東京、大阪、広島の事件は繋がりがある可能性が強くなったと判断した。<br />　しかし、証拠に乏しいことからさらに裏付け捜査が必要として十月十四日、東京都杉並区の荻窪警察署の警視庁の共同捜査本部を合同捜査本部に格上げし、刀剣友の会の実態解明と一連の事件の検挙に向けた捜査態勢を固めた。<br />　合同捜査本部に加えられたのは警視庁、新潟県警、岐阜県警、愛知県警、大阪府警、兵庫県警、岡山県警、広島県警、福岡県警の九都府県警。本部長には警視庁公安部長の伊藤辰夫（仮名）が就任した。伊藤はこの年の八月に公安部長になったばかりだった。<br />　この捜査本部は建国義勇軍の銃砲刀剣類所持等取締法違反と器物損壊事件の捜査に関し警察法六一条の二、第一項に基づき本部に所属する職員は「協定警察職員」として本部長が指揮を行うことができる。<br />　協定事件は朝鮮総連中央本部（東京）や社民党に対する実包同封の脅迫事件のほか、東京と大阪のオウム真理教施設に対する発砲事件、広島県教祖事件、朝鮮総連新潟県本部やハナ信金に対する爆発物取締罰則違反事件、外務省審議官や自民党議員に対する実包同封事件など十三事件。<br />　伊藤本部長の指揮により、各県警は刀剣友の会が主宰する刀剣まつりの地元関係者や日本レジン名義で申し込みのあった宿泊先の従業員に対する聞き込み捜査。設置された爆発類似物の微物鑑定や犯行声明の声紋の分析など証拠化を図る捜査を進めた。つづく</p>

<p>　地検検が拒否<br />　広島事件で防犯カメラに映っていた運転者と大阪事件で立ち小便していた男の車両照会で浮上した男は同一人物で服部。捜査本部が服部の携帯の通話記録を調べると事件前後の通話先の相手が村井であることが判明した。<br />　さらに公安部・裏組織による村井周辺関係者の極秘捜査から、村井がグアムに行ってけん銃の試射や弾丸を持ち帰ったり、建国義勇軍の会議を開いているという情報に基づき、捜査権限のないグアムでの捜査を円滑に進めるため、米国のＡＴＦ特別捜査局に協力を要請した。<br />　ＡＴＦ特別捜査局とはアメリカ合衆国司法省内に設置されているアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局で、グアムでけん銃を試射した村井らの行動を解明するため同行捜査を依頼したもの。<br />　ＡＴＦの了解を得た警視庁公安部は捜査員を十二月十四日から二十二日までの九日間にわたりグアムに派遣。平成十二年四月のグアム国内における村井らの行動の解明にあたった。<br />　その結果、村井は家族五人と刀剣友の会会員九人の十四人で訪れ、中林隆一や野口三男らと共に実弾射撃で射撃訓練をしていた事実をつかんだ。<br />　村井がけん銃の訓練をしていたところは「ＵＳＡガンクラブ」で、実弾射撃は３５７マグナムを使用した訓練であることも入手できた。警視庁捜査員は、ＡＴＦの捜査員が「ＵＳＡガンクラブ」のオーナーに対する任意の調べやオーナーに対する「宣誓供述書」の作成にも立ち会うなど米国の捜査手法を体験している。<br />　さらに捜査員は、宿泊先捜査から日本レジン名義での現地申し込みのあった会議場を割り出し、従業員の証言から建国義勇軍設立に関して「共同謀議」の事実を入手した。この会議の存在は逮捕後に、村井自身が供述しており、重要な証言となっている。<br />　こうして警視庁捜査本部が事件の着手に向けて準備を整えている最中、地検の検事がある会合で伊藤にこんな事を言い出した。<br />　「あんなもんは箸にも棒にもかからないですよ」<br />　これを聞いた伊藤が激怒した。<br />　「警視庁が必死にやっているのに箸にも棒にもかからないとはどういう訳だ」<br />　これまで見たことのないような伊藤のすごい剣幕にその検事は尻込みしてこう言った。<br />　「だったら…伊藤さん、うちの公安部長のところに来てもらえませんか」<br />　これで伊藤は「地検はある程度の形をつけているな」と解釈、表情を和らげた。<br />　十四日の合同捜査本部設置の後の十月中旬、捜査本部長の伊藤が東京地検公安部長の内尾武士（仮名）を訪れた。警察庁長官銃撃事件で事前協議のため何度も訪れている部屋だ。<br />　伊藤は一連の事件発生で国民の不安が高まっており、早期解決が必要だ。東京事件を突破口に建国義勇軍を解明していきたいとして、ニッサングロリアを運転していた中林、車の所有者の野口と事件全体を指揮した主犯の村井の三人の逮捕から入る方針を示した。<br />　さらに、伊藤はこれら三人は大阪事件、広島事件にも関与しており、事件として入りやすい旨を主張。特に大阪事件と広島事件では村井、中林の関与が有力である旨も付け加えた。<br />　しかし、内尾はこう言い返した。<br />　「伊藤さん、大阪も広島もそうだが一つひとつの事件では証拠は五〇㌫も満たしていませんよ。実行犯の特定さえできていないでしょう。これじゃ令状は降りませんよ。たとえ降りたとしても被疑者の勾留は付けられないでしょうね」<br />　内尾は、警視庁公安部がやっているこの事件は、捜査の段階で浮上した未把握団体であり、民族派系の会員により構成されているに過ぎず、公安捜査として戸惑いを感じていることは承知していた。<br />　そして内尾は伊藤に間接的な会話で表現した。それは直接証拠が乏しくても動かぬ証拠があれば地検は受け入れは可能だということだと伊藤は解釈した。阿吽の呼吸である。<br />　このため伊藤は参事官、公安総務課長、公安三課長、公安部理事官らによる幹部検討会を開催。検討した結果、実行犯は特定できないものの、「動かぬ証拠」を積み上げることで刑法六十条の「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」という共犯理論を元にして事件を組み立てていくことで意見が一致した。<br />　特に東京事件では犯行に使用したニッサングロリアの「横浜３０１　て　９××３」は防犯カメラのビデオとＥＴＣ捜査を含めて動かぬ証拠の一つであり、走行経路まで把握している点を力説する必要があるという結論に達したのである。<br />　さらに、大阪、広島事件での防犯カメラ等から特定した逃走車両は刀剣友の会という東京事件と同じグループであること。報道機関への犯行声明の録音テープの分析結果は同一人物であり、脅迫状では筆跡鑑定した結果、やはり同一人物が書いていることなどもそろっていた。<br />　これらをもとに伊藤は再度、公安部長の内尾を訪れて、東京事件の村井、中林、野口の三人を逮捕。家宅捜索での証拠品の押収などで三人を突破口に大阪、広島事件を共犯理論をもとに総括したいとする最終方針を示した。　　　<br />つづく</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2015-03-22T11:29:23+09:00</dc:date>
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<title>ドキュメンタリー建国義勇軍　その３</title>
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<description>　一斉斉逮捕　これに対して内尾は「多くの法律家は、ひとつの事件単位で考えるべきで...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　一斉斉逮捕<br />　これに対して内尾は「多くの法律家は、ひとつの事件単位で考えるべきであり、ひとつの事件を九九㌫以上の有罪の心証が必要だと主張している」と一時は、難色を示した。<br />　しかし、そこには二人の阿吽の呼吸があり、最後に内尾は「共犯理論でいくなら東京事件の三人だけでなく、警察官の記録のある大阪事件の『立ち小便の男』と、複数の防犯ビデオが存在する広島事件と合わせて六人の逮捕が望ましい」と主張した。<br />　これには伊藤も了承し二人の結論は「逮捕状請求は東京、大阪、広島の三事件で六人とし、実行犯は特定できていないものの、Ｘデーを十二月十九日にする」ことで一致した。<br />　逮捕令状請求者は次の通り。<br />　村井一郎（五四）は東京、大阪、広島事件に関与▽中林隆一（三二）は東京事件に関与▽服部達也（四〇）は東京事件、大阪事件、広島事件に関与▽野口満雄（五二）は東京事件、大阪事件に関与▽麻生孝一（三八）は広島事件に関与▽早水春夫（四六）＝仮名＝は三事件に参加していないが村井使用のけん銃と弾丸の入ったアタッシェケースを保管。以上六人は建造物損壊、銃砲刀剣類所持等取締法違反容疑で、さらに全国九十一カ所を同容疑で家宅捜索令状の請求となった。<br />　ところが請求を受けた東京簡易裁判所は、誰が実行犯かの特定もできず直接証拠もなく、共謀の事実も掴めない状況での逮捕令状の請求に渋った。<br />　しかし捜査本部は計画、下見、ビデオからの運転担当や犯行声明の声紋から役割を分担していることは確実で、刑法六十条の共犯理論を元にして事件を組み立てれば立件が可能とねばり強く説得。審査に丸一日の時間を要したもののようやく発布を得たのだった。<br />　こうして十二月十九日、合同捜査本部の協定警察職員は伊藤の指揮のもと全国九十一カ所の家宅捜索を実施。<br />　村井を岐阜市西川手の自宅で午前八時五十五分逮捕したほか、中林は神奈川県横浜市の自宅で、服部は兵庫県姫路市の自宅、野口は神奈川県横浜市の事務所、麻生は岐阜県鳥羽市の駐車場、早水は岐阜県鳥羽市の自宅でそれぞれ午前八時四十五分から十時の間に逮捕。身柄を東京に移し、分散留置とした。<br />　さらに捜査本部は同日、九十一カ所の家宅捜索を行い、二十九人の任意取り調べを行った。<br />　<br />　 不審車ナンバー端緒　通話記録、容疑者に迫る　建国義勇軍事件　朝日新聞１９日東京夕刊　 <br />&nbsp; 「建国義勇軍」などを名乗って１０都道府県で繰り返された一連の事件で、捜査当局が強制捜査に踏み切った。<br />　２３件のうちアーレフなど３件を強制捜査の対象にしたのは、目撃者の証言や防犯カメラの映像で、現場から走り去る不審車両の存在を確認できたからだ。断片的なナンバーから、警視庁と大阪府警、広島県警が３台の所有者を割り出す作業を始めた。警視庁は６月に車の所有者を突き止めた。<br />　「征伐隊」事件の６人逮捕 広島県教組など銃撃 銃刀法違反容疑 大阪府警など　読売新聞１９日大阪夕刊<br />◆「刀剣友の会」会長ら<br />「国賊征伐隊」や「建国義勇軍」を名乗るグループによる北朝鮮関連施設への銃撃など計二十三件の事件を捜査していた警視庁と大阪府警などの捜査本部は、今年六月の広島県教職員組合銃撃事件など三件に、岐阜県岐南町の日本刀愛好会「刀剣友の会」の関係者が関与したと断定、十九日午前、同会会長ら六人を銃刀法違反（発射罪）などの疑いで逮捕、関係先約九十か所の捜索を始めた。捜査本部は、北朝鮮批判が高まる中、右翼思想を持つ同会会長らが行動をエスカレートさせたとみて、田中●・外務審議官宅への不審物設置など他の事件への関与も追及する。<br />　「建国義勇軍」６人逮捕　「総連」「朝銀」も銃弾線条痕一致　産経新聞２０日東京朝刊　■オウムと広島県教組銃撃容疑<br />　「建国義勇軍」や「征伐隊」を名乗った一連の事件で、警視庁公安部は十九日、今年五月から六月に、オウム真理教の東京、大阪両道場や広島県教組に拳銃を撃ち込んだ銃刀法違反などの疑いで、日本刀愛好団体「刀剣友の会（日本人の会）」会長で刀剣販売会社会長、●●容疑者（五四）＝岐阜市＝ら六人を逮捕、十四都府県の関係先約九十カ所を捜索した。</p>

<p>　主犯の村井など逮捕した六人の役割は次の通り。<br />　主犯の村井一郎（五四）は東京、大阪、広島事件でそれぞれ役割分担を指示したほか犯行に使用したけん銃を準備。東京、大阪は自ら実行役となり発砲した。<br />　中林隆一（三二）は東京事件で車を運転し野口と現場の下見をして村井を案内した。<br />　服部達也（四〇）は大阪事件で下見をして当日は実行犯の村井を現場に車で案内、見張りをしている。広島事件では自ら車を運転して実行。犯行翌日中国新聞に電話で犯行声明。東京事件では犯行翌日に朝日と毎日新聞に犯行声明の電話をかけた。<br />　野口三雄（五二）は東京事件では中林とともに下見をしたほか実行時は見張り役を担当した。大阪事件でも見張り役をしている。<br />　麻生孝一（三八）は広島事件で車を運転、現場で見張りをしている。<br />　早水春夫（四六）は三事件に参加していないが、村井が使用または準備したけん銃と弾丸の入ったアタッシェケースの保管役だった。<br />　さらに捜査本部は翌二十日に第二次逮捕を行い、逮捕状を得た六人の身柄を確保する予定だった。ところが逮捕直前、刀剣友の会理事（五四）が入水自殺したため五人の身柄を確保。ひとりを指名手配した。<br />　逮捕された被疑者と係わった事件名は次の通り。<br />　鹿島栄二（四八）＝仮名＝はオウム真理教西荻施設に対する銃撃。伊東均一郎（五二）＝仮名＝と山崎葉一（五五）＝仮名＝は朝銀中部信用組合名古屋支部銃撃。土畑公平（四一）＝仮名＝は朝鮮総連と新潟県本部に対する銃撃。田村誠二（五〇）＝仮名＝は審議官宅に対する不審物設置容疑。<br />　広島県教組銃撃事件で指名手配されていた木川文雄（三五）＝仮名＝は二十二日新橋駅前交番の前で捕まっている。<br />　一方、十九日の九十一カ所にのぼる家宅捜索で多くの証拠品を押収できると思っていた捜査本部に衝撃が走った。けん銃一丁も発見できなかったのである。報告を聞いた副本部長の公安部参事官が決心した。<br />　再度、刀剣友の会事務所や関係者、特に村井のけん銃保管役と見込んでいた速見の自宅などの家宅捜索を実施することとし、捜索の指揮官には荻窪署の生活安全課長を下命した。<br />　その結果、刀剣友の会事務所でけん銃一丁と速見が預かっていた村井のアタッシェケースを押収したのである。<br />　逮捕はこれだけでは終わらず被疑者を突き上げた結果、村井にけん銃を譲渡した容疑で会社員の黒崎光男（四五）＝仮名＝を神奈川県藤沢市の自宅で十二月二十八日に逮捕。捜索で古式銃など十八丁を押収した。鑑定の結果五丁は銃としての機能を有していた。</p>

<p>　公安の調べは〝情〟で落とせ<br />　こうして一連の事件で計十三人が逮捕され十二月二十六日からはそれまでの九都府県警による合同捜査本部に新たに北海道警、神奈川県警、福井県警、山形県警の四道県警が加えられ十三都道府県警、捜査員六百三十四人の所帯となった。起訴までの延べ捜査員は一万五千七百四十六人だった。<br />　捜査本部の拡大や容疑者の身柄の確保により、捜査員の増員、押収した証拠品の分析などもあって、これまでの警視庁の共同捜査本部を設置していた荻窪署では手狭になった。<br />　このため公安部は、東京・大田区の環状７号線沿いにあった公安機動捜査隊の入居する建物に移転することを決め、年末直前に移転した。<br />　主犯の村井の取り調べを担当することになったのは、警視庁で警備・公安一筋三十四年のベテラン警部、結城真三郎（仮名）、五十六歳。昭和四十五年に都内の大学を卒業して警視庁警察官を拝命。本冨士署を振り出しに第九機動隊、極左の中核派や黒ヘルなどを担当する公安部公安一課などを経て平成二年から右翼が専門の公安三課を担当している〝警備・公安のエキスパート〟だ。<br />　結城は捜査本部に組み入れられた時から調べを担当することが決まっていた。容疑線上に主犯格の村井が浮上した段階から村井の身辺捜査を続けてきた。村井は幼少のころから自衛隊の前身である保安隊に入っていた父親の転勤で秋田、宮城、宮崎、岐阜県などを転々としており、情報収集に時間を要した。<br />　調べ官・結城の心情は「被疑者の人権を尊重する」「嘘はつかない」「要求は聞いてやる」「けじめをつける」ことであると同時に、徹底的に生い立ちを重視する。極左や右翼の被疑者のほとんどが黙秘することが多く、どうしても一般論から入らなければならない。生い立ちには、それぞれの人間の原点があるから人間関係が作りやすいのである。<br />　要求を聞くといっても決して甘やかすことではない。取調の技術のひとつとして、受け入れられる範囲の要求を聞いてやることだ。その際、結城は調べ官補佐を上手に活用することだという。結城は調べ官補佐の力が大事だと常日頃から力説しているひとりだ。<br />　さらに結城には、差別問題や人間の命の尊さについては決して妥協を許さないという〝自説〟を持っている。<br />　結城のこうした「取調の哲学」は、公安事件被疑者の取調のお手本として後々語り継がれている。<br />　結城は村井を調べるにあたって、あるリストを作成している。それには村井本人の性格、趣味、嗜好、思想・信条、特技から居住歴、渡航歴まで八項目にもなる。結城はこの中から村井に接する場合に最も注意しなければならない事として三点あげている。<br />　ひとつは「右翼」という団体に所属はしていないが、バリバリの右翼的思想の持ち主であり、議論してはいけない。<br />　事前情報によると年上の話や先輩の意見には反発するタイプであり、命令調の口調は厳禁である。その上で、村井が書いた機関紙等を読む限り、反共産党でありながら反自民党でもある。反北朝鮮、反ロシアでもありながら反米でもあるというように、とらえどころのないように見えるが、極めて自尊心が強い愛国者であることだけは確かなようだ。<br />　同時に、平成十一年十一月には日本赤十字社岐阜県支部に五百二万四千三百十一円の寄付をしたとして平成十二年三月十九日に紺授褒賞を受賞するなど著名人である。<br />　自分の進むべき方向を決め真剣に革命を志している者が途中下車はしない。彼らは組織を捨てても思想は捨てないというプライドを持っている。だったらその思想の部分をじっくり聞き出すことだ。特に今回の事件はその部分にあり、具体的な実行行為はそれからじっくり責めれば良い。決して評価を下すような個々の事件の内容を聞き出そうと焦ってはならない。被疑者を監察しながら臨機応変に対応することだ。<br />　村井の調べで大事な事は、会話にはある程度の理解を示してやることだ。<br />　こうして調べ官・結城は、村井が留置されている牛込署に向かったのは十二月十九日の午後、午前中に逮捕して最初の調べだ。<br />　結城「きょうから君と話ができることになった公安三課の結城です」<br />　取調の開始にあたり所定の口上を述べた後、結城は一気に調べに入ろうとした。<br />　しかし、村井はこの段階から「何で逮捕されたのか分からない。自分には関係のないことだ」と言ったきり口を噤んでしまった。時間だけが過ぎていった。<br />　しかし結城にとっては想定内である。だんまりを続けるなら入る材料はいくつもある。妻と結婚式をあげたホテル・オークラの話や村井と民主党のＮ議員との憂国対談から入るのも良い。あるいは村井自身の尖閣列島上陸の出版記念会の話で自慢話を聞くのもいいだろう。<br />　村井がだんまりを続ける間に、結城はいくつかの話題でジャブを入れてみた。やはり父親の話題からなら入りやすいことが分かった。その時の表情に変化があることを調べ官補佐がしっかりと見ていたのだ。<br />　結城「ところで君は一郎と書いてあるが長男なのか？」<br />　村井「いや本当は次男なんです」<br />　結城「ほう…なにかあったのかな。良かったら聞かせてくれないか」<br />　補佐の見方の通りやはり、村井が乗ってきた。調べ開始から二時間近くは過ぎていた。<br />　村井「秋田県の本庄市で兄が生まれたのですが間もなく死亡したので両親はその悲しみを早く忘れ去ろうと、後に生まれた私に一郎と名付けたようです」<br />　結城「そうか…そういう悲しいことがあったのか…」<br />　一呼吸おいて結城は続けた。村井は、すつかり雑談に乗り切っている。<br />　結城「素晴らしい御両親じゃないか…君は特に父親を愛してるんだって？」<br />　結城のこの言葉を聞いた村井は一瞬、顔を強張らせた。「どこまで調べてるんだろう」と思ったのだろう。しかし、そう時間を置かずに口を開いた。<br />　村井「私は父が大好きです。もう亡くなったんですが…今でも脳裏に浮かぶのは父がゼロ戦に乗り、敵機のグラマンと猛烈な空中戦を演じて見事撃墜したという自慢話をしている時の父の姿なんです。父は私の心の中では英雄で、荒鷲と言うか、それが私の持つ父のイメージなんです。今でも心の中には生きているんです」<br />　結城が聞き込みの中で得た村井はまさにイメージ通りであった。結城は涙声になった。<br />　結城「そんなに愛したお父さんだもの…亡くなった時は、さぞ悲しかっただろうな」<br />　村井「父は秋田で私と弟を産み、仙台で亡くなりました。なんと言っても父はアメリカと戦った指揮官の一人なんです。だから戦争に負けて凄く傷ついていましたから…」<br />　ここまで言った村井だったが、なぜかこの後が続かない。結城は待つことにした。三分、いや五分は続いただろうか、ようやく口を開いた。<br />　「あれは…お葬式の後の会食の時でした。本来なら長男の私が挨拶しなければならないのですが、親族はなぜか弟にやらせたんです。仙台は左翼思想の強い土地柄なので右がかった私が挨拶をすると困ると判断したんでしょう。しかし会場には父の戦友もいるんですよ。私は頭にきたので弟の話が終わった後、勝手に話し始めました。そしてこう言いました。『日本は悪かったから戦争に負けたのではない。弱かったから負けたんです。戦争から生き残って帰った父の子供のひとりとして、戦争に負けた無念を石にかじりついてでも晴らそうと決意している者もいるということを覚えておいて頂きたい』とね」<br />　さらに村井は続けた。<br />　「だってね、刑事さん。私にとって父親は英雄なんですよ。戦争で亡くなられた沢山の人の死を犬死にや無駄死にとさせないためにも、何時の日か必ず父の思いを果たしてやりたいんです」<br />　それは〝復讐〟を意味するのか…だとすれば、警察官として相づちはうてないが、別の意味で結城は頷いた。そしてなだめた。<br />　結城「解った、解った。その通りだなぁ…それが父に対するというよりはお国のために戦った戦友に対する礼儀でもあるんだよなぁ。その精神が刀剣友の会と言うか日本人の会の設立目的になったという訳か…」<br />　村井「えっ、どうしてそれを…」<br />　結城「だってさ、日本レジンのホームページに書いてあったじゃないか」<br />　村井「解っていただけましたか。あれが自分の主張ですよ」<br />　こう説明した後、村井はさらに満足そうな表情で次のような話を始めた。<br />　自分は社会党の浅沼稲次郎を刺殺した山口二也を崇拝しており、機関紙「刀剣・ナイフ情報」にも「一発の銃声は百万人の動員に勝る」と掲載して会員に主義主張を知らしめていたという。そして村井は最後にこう言った。<br />　「でも自分は一人の命も殺めていないですから…」<br />　山口二也の名が出てしまった。<br />　　◇　　◇　　◇<br />　大変危険な思想の持ち主である事を改めて知らされ、結城の心の臓が凍った。結城が嫌うのは命の尊さを無視する奴だ。それなのに…しかし、村井が最後に言った言葉で、結城は村井の人間性を知ることができたと思った。<br />　こうして初日の調べは終わった。なんとなく事件の入り口が見えてきたとホッとする結城であったが、同時に村井は最初から雄弁になっており、これまで経験した右翼や過激派とは若干、違うような気がしてならなかった。得た結論は「あくまでも平常心で調べること」だった<br />　結城が村井から二度目に事情を聞いたのは勾留手続きなどが終わった十二月二十二日である。<br />　初日の調べの中で結城が気になった言動がある。それは父親の葬儀の挨拶で使った言葉だ。<br />　「戦争で負けた無念を石にかじりついても晴らす」<br />　村井は調べでも「何時の日か必ず父の思いを果たしてやりたい」…これらが今回の一連の事件の動機と言えるのだろうか。<br />　しかし山口の名を出したり、一方で「自分は一人の命も殺めていない」の言動。なるほど「反共産党でありながら反自民党でもある。反北朝鮮、反ロシアでもありながら反米でもある」の性格がそのまま現れているのだと結城は納得した。<br />　結城「君が誰よりも父親を尊敬していることは十分、分かった。そして戦争に負けた無念を晴らす決意も分かった。それでだ、自分で具体的にはどうしようと思っていたのか…」<br />　村井「大学時代、学園紛争と左翼全盛の世相を目の当たりにして『これでいいのか』といった思いが段々強くなっていった。社会人になってからも日本固有の領土である北方領土、竹島、尖閣諸島など外交問題にも疑問を持ち、『このままで日本は大丈夫なのか』という思いが強くなり自らも態度で示そうと尖閣諸島南小島に上陸したのです」<br />　結城「なるほど。現代社会に対する不満を君はまず上陸という行動で表現したわけか…。それで今回の君たちの行動は？」<br />　村井「昨年からニュースを見ていれば分かるでしょう。北朝鮮の日本人拉致問題と帰国した拉致被害者五人の家族を巡る北の態度…勝手な事ばっかり言いやがって…」<br />　村井の演説が始まった。結城は補佐の顔を見た。補佐は「これで大丈夫だ」と自信に満ちて微笑んでいるように見えた。<br />　「それにですよ北に多額の金を送金している朝鮮総連…頭に来るじゃないですか。だから私は北朝鮮を擁護する社民党に対して何らかの形で鉄槌を加えなければならないと思い、まず福井の総連に毛布に灯油をかけて放火を試みたんです。そして東京の総連と社民党に実弾を送ったんですよ」<br />　村井は自らの〝演説〟であっさり認めてしまった。まだ二日目だと言うのに…福井の事件とは？と思っていると補佐がメモをすーっと渡してきた。<br />　結城「確認したいのだが、福井の事件とは昨年十月二十三日の件だね」<br />　村井はコックリと頷いた。結城は続けた。<br />　「夜の十時ころ福井市日之出の在日朝鮮人総連合会福井県本部の敷地内の花壇にタオルか何かに灯油をかけて燃やした放火事件だな。これも君たちの犯行だったのか…しかも最初の事件か？」<br />　村井「そう、これが始まりだった。タオルじゃないよ毛布だよ毛布」<br />　結城「分かった。毛布だな…君ひとりでやったのか？現場にはどうやって行った？」<br />　村井「最初からどこにしようかと迷ったが、とりあえず麻生君と行った福井の総連を選んだ」<br />　結城「火を付けたのは君か？マスコミに電話をしたのも君か？」<br />　村井「持って行った灯油を毛布にかけて火を付けたのだが、窓から女に見られたように気がしたのでそれ以上はしなかった。電話をかけたのは麻生君だ」<br />　結城「君の命令か？どこに電話した？」<br />　村井「産経と中日だったか地元新聞だったかな…俺がかけたんじゃないから忘れたよ。麻生君に聞いて下さいよ」<br />　村井の言う麻生とは、刀剣友の会会長秘書をしている麻生孝一のことである。<br />　　◇　　　◇　　　◇<br />　結城「なんでマスコミに毎回毎回犯行声明を出したんだ」<br />　村井「大々的に報道されることによって良識ある国民に、北朝鮮の極悪非道な実態と弱腰政府の対応を認識させる必要があったからです」<br />　結城「それで弾丸の送付や爆弾の設置などエスカレートした訳だな。じゃ議員らに対する弾丸の送付の目的は？」<br />　一連の事件の流れで標的を組織から個人に変えた重要な部分である。<br />　村井「売国奴の国会議員が許せないのもあるが、対象を変えればマスコミに対するアピール度が大きいくなるだろうと思いました」<br />　結城「ところで建国義勇軍と名乗ったのは君が命名したのか？」<br />　村井「これは教育勅語を踏まえて自分が考えたものです」<br />　公安で右翼を担当しているなら教育勅語ぐらいは知っている。しかし知っていても相手に言わせることである。<br />　結城「申し訳ない…俺、難しい話は知らないのでその勅語の部分を詳しく教えてくれないか」<br />　村井「教育勅語に『一旦緩急あるときは義勇公に奉じる』という一節があるんだよ。これは国難が発生した時には奉公の精神を持って国の建て直しに身をささげなければならいという意味なんだ」<br />　なるほど、村井は北朝鮮に同胞である日本人が拉致されたりしたのは「国難」と受け止めていたのかと結城は思った。こうしたことから村井は「義勇」という言葉を使い、何とか我が国を立て直したいという一念から建国義勇軍と命名したのは理解できたのである。<br />　結城「朝鮮総連や社民党は分かった。じゃ日教組は、どう解釈すればいいんだ」<br />　村井「国内にも問題があるんだよ。日教組のように教育現場の思想を堕落させている国賊もあることから、そのような国賊に攻撃を加えるときには建国義勇軍国賊征伐隊という名で犯行声明を出そうと考えた」<br />　結城「それが広島県教祖に対するけん銃発砲事件に繋がるわけか…」<br />　村井「そうです」<br />　結城「君が撃ったのか？…君ひとりで？」<br />　村井「いゃ、あの時は服部君が撃った。現場には車二台で行った。あらかじめ木川君が下見をしており、服部君と麻生君の運転する車で行ったが現場はすぐ分かった。自分と麻生君が見張りをして、服部君に撃たせた。犯行声明は田村君が出した」<br />　結城「この時、初めてけん銃を使ったのか？なんでけん銃なんだ」<br />　村井は一段と声を大きくしてこう言った。<br />　村井「先に言ったでしょう。弾丸の送付と合わせ、けん銃発砲もマスコミが大きく報道するよう期待してやったことなんです」<br />　村井は正当性を主張し始めた。「テメエの都合の良いことだけ声を大きくしやがって…」。村井の話を聞いていると結城にはストレスが残るばかりだ。しかし、これも耐えなければならない。公安の調べ官として平常心、平常心…　　　　<br />　◇　　　◇　　　◇<br />　夕方近くになっていた。結城は改めて聞いた。<br />　結城「けん銃を使ったのは広島が初めてか？」<br />　村井「広島が初めてではないです。最初にけん銃を使ったのは東京のオウム。次が大阪のオウム…だから広島は三番目です」<br />　結城「ほう…個々の事件の詳細は後でゆっくり聞くが、なんでオウムなんだ？それも服部が撃ったのか？」<br />　村井「これは、野口さんが言い出したんです。自分もオウムは許せないと思いましたよ。それで刀剣まつりに木更津に行くのでその時にやろうと野口さんや中林君らに下見をさせて、当日は中林君に運転をさせて現地に行き、私が撃ちました」<br />　そして年が明けた一月一日の検事調べで、村井はオウム襲撃の詳細を次のように述べている。<br />　村井「オウム攻撃は捜査の目を反らす目的もあった。平成十五年五月に入った前後、野口さんから『会長、どうしてもオウムだけは許せない。狙うわけにはいきませんか』と言われた。私は、それまで福井総連、総連中央本部、社民党、名古屋朝銀と北朝鮮関連施設だけを対象にしてきたことから、捜査の目を眩ますためには、オウムを狙うのもひとつの手だと考えました」<br />　こうして村井は、警察、検察の調べで三事件を素直に認めてしまった。建国義勇軍が対象としたのは、拉致問題を起こした北朝鮮とその北朝鮮に送金している朝鮮総連及びその施設。そして日本の若年層に対して「反日思想」を植え付けている日本教職員組合。人殺しをして税金を使って裁判が行われているオウムもターゲットにし、さらに北朝鮮寄りの態度、コメントをしている国会議員、外務省職員へと拡大していったのだという。<br />　事件全体の概略が見え、年があけた一月に入り、村井に対する取調は、いよいよ事件の核心に入っていった。<br />　◇　　　◇　　　◇<br />　結城「ところで建国義勇軍だが、最初の福井の放火事件は団体名は使っていない。ところが社民党や総連に銃弾を送付した事件では朝鮮征伐隊、東京と大阪のオウム関連施設の事件では赤報隊と国賊征伐隊。建国義勇軍と名乗ったのは十五年六月の広島県教祖銃撃事件からだが、これはどうしてか。本当に建国義勇軍は設立しているのか？」<br />　村井「マスコミにどうしたらインパクトを与えられるかで進歩していった。大阪のオウムの時にはまだ設立していなかった。結成したのは十五年の四月だから…」<br />　結城「どんなメンバーで誰が言い出しっペなんだ」<br />　村井「グアムに行った連中ですよ」<br />　ここまで言って村井は黙ってしまった。沈黙は暫く続いた。そして再び口を開いた。<br />　村井「今年四月に野口さんや服部、中林…それに…鹿島君かな…何人かでけん銃の射撃訓練することになりグアムに行った。そこで私が提案して正式に同意を得て設立したものでそれ以降は義勇軍を名乗っているはずです」<br />　結城「グアムでけん銃が撃てるのか？」<br />　村井「私は平成十二年四月に行っているから…確か、ＵＳＡガンクラブとか言ったな。そこで訓練したんだ」<br />　これでグアムに捜査員を派遣して得ていた情報が活かされた。結城は起訴に自信をもった瞬間でもあった。<br />　結城「そうすると国内で実弾を送ったり発砲したのは、グアムから持って来たやつを使ったのか？」<br />　村井「けん銃の調達はたしか…幾つかあって…最初は私が一丁持っていた。次に野口さんに頼んで神奈川に住む会社員で黒崎光男とかいう男から３８口径を手に入れたはずだ。それとその後、坂井とかいう男から十一月に３８口径と４４口径を入手した。グアムからは３８口径の弾を四十発ぐらい持ち帰ったと思う」<br />　この後、村井は各事件の役割分担などについて詳細な供述を始めた。それによると今回摘発した二十四事件のほぼ全てで犯行を指揮。中には個々具体的に役割分担の行動まで指導していた。さらに東京や大阪のオウム施設に対する発砲事件や福井の放火、名古屋の朝銀に対する発砲事件は全て村井が自ら実行していた。<br />　その他、Ｓ議員やＫ議員、Ｍ議員に対する実弾送付事件では、自らライフル銃の実弾を集めるなどの準備をしていたのであった。<br />つづく</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2015-03-22T11:23:23+09:00</dc:date>
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<title>ドキュメンタリー建国義勇軍　その４</title>
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<description>ドキュメンタリー　建国義勇軍④　　なぜオウムだったのか　村井とともに逮捕された野...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>ドキュメンタリー　建国義勇軍④<br />　　なぜオウムだったのか<br />　村井とともに逮捕された野口三男は荻窪事件のほか大阪事件やけん銃譲り受けなどにかかわっており、荻窪署で取り調べを受けている。なぜ村井に協力したのかなど事件への関わりについて次のように供述した。<br />　「北朝鮮の拉致問題が現実となって以降、村井会長は北朝鮮にはもっと強い態度で臨むべきだと言っていたが私もその通りだと思いました。古物商をしている関係から、村井会長に刀剣まつりの仲間に入れてもらったおかげで仕事は良くなったという恩義がありましたから…」<br />　調べ官は建国義勇軍設立の時とその後の事件の流れを知る必要があり、質問したのに対して次のように供述している。<br />　「建国義勇軍設立の時はグアムに行って、設立宣言書に署名をしています。その時、村井会長から朝鮮総連、朝銀、日教組のほかに国賊はいるか？と聞かれたのでオウムもいるじゃないですかと答えました。結局、そのことがきっかけでオウム道場二カ所に対して事件を敢行してしまいました」<br />　調べ官が何でオウムかと聞いたのに対しては<br />　「オウムは殺人集団で非常に危険な団体なのにまだ残党がいる。あんなに沢山の人を殺したオウムが今でも活動しているなんて許せない。信者になっている人、世間の人にオウムは危険な団体だということを気付かせたかったためです。その時、村井会長から事件の手伝いを頼まれたのですが、仕事の関係もあって断れないので荻窪や大阪のオウム施設への銃撃事件を手伝いました。いずれも現場の下見や見張り役、下見役の運転も担当しました」<br />　また野口は、けん銃の調達やそれぞれの事件の関わりについては次のように自供している。<br />「村井会長から撃ち込みたい所があるのでけん銃を入手できないかと言われたので、銃に感心を持っている黒崎さんに依頼して買いました。そのけん銃でオウムを銃撃したものと思われます」<br />　また野口の古物商手伝いの中林は万世橋署で調べられていた。刀剣友の会の青年隊長と言われ、オウムの荻窪施設事件では現場の下見や村井の運転担当。立川の教職員組合、日本教育会館職員への爆発物類似物件設置事件ではやはり下見や運転を担当した。<br />　中林は事件の関与について次のように供述した。<br />　「野口さんとは雇用関係のほか同性愛で肉体関係にあったので断れなかった。その野口さんはかつて刀剣商の事業が潰れそうになった時、村井会長から助けてもらった恩義もあり手伝わざるをえなかったと思う。私は村井会長から『日本の警察は検挙率が低いので大丈夫だ』と言われたので逮捕されるとは思っていなかった」<br />　供述調書のメモによると中林は最後にこう付け加えたという。<br />　「警察に逮捕されなければ、村井会長の犯行目標や方法も段々エスカレートしていたので最終的には殺人事件に発展していたと思います」<br />　刀剣友の会理事で会社員の服部は麹町署で調べられていた。オウム施設銃撃の荻窪事件で朝日新聞や毎日新聞に犯行翌日に犯行声明の電話をかけているほか、大阪のオウム事件では下見や車両を運転。実行犯の村井の送迎や見張り役をしている。広島の教職員組合銃撃事件では実行犯だった。<br />　刀剣友の会の会長と理事の関係もあり、村井が過激になっていった理由について次のように供述した。<br />　「グアムで建国義勇軍の設立総会が開かれたのが犯行をエスカレートさせる転機になったようだ」としたうえで、当時の様子を次のように語っている。<br />　「会議で村井会長が『名古屋の朝鮮銀行に対する事件は私と四日市の伊東さんがやった。その時のけん銃はリボルバー３５７の弾を使った』と自慢していました。福井の放火事件も自分が火をつけたと言っていましたが、この時、隣のビルから女が覗いており、この時以来、やはり見張りが必要だと痛感したそうです。それで『もしかしたら手伝ってもらうことになる』と言われたのです。村井会長の思う気持ちは真に迫るものがあり、これは犯罪に手を染めるしかないと思いました」<br />　そして服部は犯行の動機や背景について十五年十二月二十四日の供述では、朝鮮人慰安婦問題や南京虐殺問題を含めて村井以上の持論を展開。犯行への積極的加担を自供した。<br />　またその日の雑談では警察に捕まっていなければ村井会長と一緒にまだまだ犯行を続けていたとも話している。<br />　一方、審議官の自宅に爆発物をしかけた田村は本冨士署で調べ官に次のように供述した。<br />　「会長から爆発物の製造依頼があった時、自分以外の若い者に作らせたのでは本当に爆発するものになってしまうので、会長の依頼を拒否もしないで自分で、爆発せず爆発物様のものに見える時限式のものを設計して製造しました」　　</p>

<p>　自決するつもりだった<br />　結城は、この運動はどこまで続けるつもりでいたのか村井からしっかり聞いておく必要があった。<br />　結城「建国義勇軍の将来構想について聞きたいのだが…」<br />　村井は結城のこの一言で黙ってしまった。二十二日の調書で「自決するつもりだった」と言っている。村井の信頼する山口二也並の行動を予定していたのか？組織がどこまで〝成長〟していたのか知りたい部分である。依然として村井は口を開こうとしない。時間だけが過ぎて行く。<br />　結城「君の思想に俺たちは何も言うことはないし、言う資格もない。そうでなくて今、俺が知りたいのは組織の事なんだよ。君には黙秘権はありますよ。しかしね、これまで信念を持った君たちの考え方を聞かせて貰えたのに、途中で打ち切られたら、結論が見えないまま、君たちのこれまでの行為は単なる『騒動』に終わってしまう。計画はそんなに単純なものだったのか…それじゃお父さんに対する君の思いは絵に描いた餅じゃないか？君を会長と信じてきた会員を裏切ることにならないか？君の言葉を聞いて真に迫っていたと言う会員もいるぞ…」<br />　村井がようやく口を開いた。<br />　村井「二十二日に言ったじゃないですか。今後は世間に対してさらなる組織の拡大をアピールする目的で、私は参謀に専念し、さらに数丁のけん銃を入手したうえで他の構成員により、同時多発的なテロ攻撃を敢行させた後、爆発物の設置を数十件敢行し、一旦、活動を終息させようと思っていたと…」<br />　結城「二十二日には建国義勇軍顛末記を書いて自決するつもりだと言っているが…」<br />　村井「…そんなこと言ったかな…」<br />　そして村井は年が明けた平成十六年一月二十七日、警視庁の調べに対して「父の思い出」という上申書を書いている。<br />　その中で村井は「父親の葬儀の時の挨拶が母や家族に迷惑をかけるのは仕方がないとしても、せめて人を傷つけたり殺したりといった取り返しのつかないことだけは止めようという方針に繋がりました」と結んでいる。<br />　その翌二十八日の検事調べでは次のように語っている。<br />　逮捕される前の十一月に、義勇軍構成員の服部、野口さんらと電話で今後の攻撃目標について話し合いました。そして十六年四月以降、一斉に行動を起こすことになっていました。<br />　攻撃目標は日教組という意見が最も多く、創価学会のほか司法が手を出せない山形マット殺人事件、神戸少年殺人事件、長崎少年落下事件の各加害者、ロス疑惑の三浦和義になる予定だった（中略）<br />　事件を起こした後は全ての武器を破棄するつもりでした。そして私は首謀者としての道義的責任をとるべく、事件に関する手記を書いたうえで自決しようとも考えていました。<br />　……　……　……　……　……　……　……　……<br />　この事件では十七人を検挙、うち十五人を逮捕した。建国義勇軍事件が起こした二十四事件を全て起訴したほか、けん銃十丁とそれに適合する実弾二百一発を押収して事件捜査を終えた。<br /> 起訴した十五人のうち村井は判決前に死亡。その他の十四人は懲役七年から同一年の実刑判決を受けた。<br />　なお、本編は刑期を終えた受刑者もいることから仮名とした。終わり</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2015-03-22T11:14:33+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-75ab.html">
<title>小説・薬物捜査官　その１</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-75ab.html</link>
<description>リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官　その１
　不審船の...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />
<strong>小説・薬物捜査官　その１<br />
　不審船の残した物（ブツ）</strong><br />
　「巡視船かわせから十管区本部、鹿児島（保安部）」<br />
　「十管本部ですどうぞ」<br />
　「鹿児島ですどうぞ」<br />
　「ただいまから、ふたまる（２０）ミリ機関砲による威嚇射撃を開始します。どうぞ」<br />
　「十管本部了解。まるふた（２）時さぶろく（３６）分ひとはち（１８）秒」<br />
　「鹿児島、全部了解。どうぞ」<br />
　東京・霞が関の警察庁最上階の二十階にある不審船警備対策本部に、警視庁警部で薬物特命捜査官の鬼頭長一郎が到着した丁度その時、海上保安庁巡視船「かわせ」と第十管区海上保安本部、鹿児島海上保安部との無線交信が、緊張感を高めていた。<br />
　警備局対策本部の中央大型スクリーンには、海上保安庁から提供を受けたオペレーション風景が映し出されていた。対象映像は水しぶきをあげながら逃げまどう緑色の船影。画面が激しく上下に揺れ動き、緊張感をあおった。<br />
　スピーカーからは、九州南西海の海域で実施されている生の音声とは思えない鮮明な無線交信がながれ、「ここが警察庁？」と、ノンキャリアの鬼頭は、初めて入る警備対策室に我が目を疑った。<br />
　ワールドカップサッカー大会など、日本警察が威信をかけた警備実施の際に利用される部屋だ。入り口を入ると五十平方メートルほどの狭い室内に、大画面のスクリーンと相対面するように、ひな壇式に三重になったコの字型の三、四十人程が座れるデスクがある。<br />
　デスクには小さなテレビが組み込まれ、大型スクリーンでは警察専用画面。デスク組み込みテレビでは一般のテレビ映像画面を見ることができるなど、様々な角度から映像が分析できるようになっているほか、さらに電話機が各デスクに一台設置され、指揮用に使われる。<br />
　特に新潟県中越地震のような大規模災害では、現場から中継される警察専用映像が見られるほか、全国各地の国道など主要道路に設置されたカメラから送信される映像を見ながら交通状況を把握。迂回路などを指示する交通管制室にも早変わりできる。<br />
　その中央では警察庁警備課長が、鹿児島県警や九州管区警察局などへの連絡に追われていた。指揮官席には、宗像恵二警備局長が座る。<br />
　「日本海沿岸に警備待機命令を出した方が良いな」<br />
　「分かりました。とりあえず広島、鳥取、島根、石川を中心に発令します」<br />
　警備課長は既に指揮用の赤電話を取り上げていた。<br />
　奄美大島から北西に二百三十㌔付近の日本ＥＥＺ内の九州南西海域で、海上自衛隊が午前一時十分に、不審船を発見してから、十二時間半近くが経過していた。<br />
　防衛庁から連絡を受けた海上保安庁は、庁内に海上保安庁警備救難部長を室長とする「九州南西海域不審船対策室」を設置すると同時に、第十管区海上保安本部から巡視船艇と航空機の出動を要請。さらに特殊警備隊にも出動命令が発動された。<br />
　これらの第一報は防衛庁から内閣情報室と警察庁にも伝えられ、警察庁は翌日早朝、警備局長を長とする警備対策室を庁舎二十階に設置した。政府サイドも内閣情報調査室や危機管理監らが総理官邸に招集され、緊急治安対策会議が開かれた。<br />
　南西海域は、北朝鮮工作船の活動の場で、これまでにも数回の情報が寄せられ、その都度、海保巡視船に出動命令が出されている海域。<br />
　今回がそれまでと違っていたのは、米国情報機関からの衛星による不審船の行動監視が報告されたため、不審船確保の厳命が下されていた。<br />
　十八階のデスク席で「警備対策室立ち上げ」の連絡を受けた警察庁薬物対策課長の重森信房は、第一報と同時に「覚せい剤の瀬取り（海洋上での取引）」を直感していた。<br />
　薬物対策課長を既に二年も勤めている重森は、第三次覚せい剤乱用期を迎えた緊急事態に対処するには政・官・民挙げての対応が必要として、総理大臣の一声で立ち上げられた政府の薬物対策会議のメンバーでもある。<br />
　そんな重森が「北朝鮮の薬物に関係がある工作船」と直感的に判断したのは、海上保安庁の映像を見た瞬間だった。<br />
　三年前、東シナ海で不審船を何時間も追跡する事件があった。<br />
　同事件では、海上自衛隊のＰ３Ｃが洋上で併走する二隻の漁船を発見。うち一隻の船体には日本の漁船名「第十二松新丸」と書かれていたものの、無線機アンテナが漁船の通常装備品とは極めてかけ離れていたことや、船尾に日本漁船では見られない開閉式の扉が見えることなどから、不審船とみて監視を強めていた。重森は、内閣情報室に出向していた時の事件だ。<br />
　その後、併走していた日本名「第八東海丸」の漁船が、不審船に近づき、やがて二隻の船は洋上で接舷。何かの受渡し行為が確認された。<br />
　「不審船の発見、洋上警戒・警備」の指令を受けていた海上保安庁の巡視船が，第十二松新丸に立入検査のため近づくと逃走を図ったため追跡を開始したが、漁船とは思えないスピードで逃走を繰り返した。数時間にわたる追跡劇も、海保の巡視船が追いつくことができず、松新丸は西シナ海に消えていった。<br />
　このため海保では，もう一隻の「第八東海丸」に接舷して調べた結果、同船は暴力団がチャーターした漁船であることが判明。<br />
　その後、高知県沖で発見された大量の覚せい剤が押収され、北朝鮮工作船と日本漁船の覚せい剤洋上取引「瀬取り」の存在が初めて確認された事件だった。<br />
　今回の海保が映し出す不審船が、実はあのときの漁船「第十二松新丸」にそっくりだったことから、重森は「北朝鮮工作船による覚せい剤取引」と断定していた。<br />
　重森は、不審船をだ捕できた場合に備えて、日本一の薬物捜査官とほれ込み、全幅の信頼を寄せている警視庁の鬼頭を、最初から参加させておくべきと判断。警視庁生活安全部長の永堀政男に連絡。永堀から連絡を受けた生安部理事官・風間俊夫が鬼頭を呼び出した。<br />
　警視庁生活安全部薬物特命捜査官・鬼頭長一郎の階級は警部。五十六歳。昭和四十三年、二十四歳で警視庁巡査を拝命。池袋などの繁華街を持つ城西警察駅前交番を振出しに、日比谷警察外勤係を経験し、三十六歳で日本一の繁華街・新宿区歌舞伎町を管轄する淀橋西警察署の保安係の刑事に抜てきされた。<br />
　当時、歌舞伎町を舞台に、薬物が絡んだ組織売春事件捜査では、警視総監賞を受賞した。そんな時、新人で淀橋西署に見習で来ていた京大卒のキャリア組の重森と知り合った。<br />
　総監賞の功績もあり、鬼頭は本庁生活安全部保安課に配置され、麻薬捜査の道に入った。そして二十年。「事件」を恨むが、事件を起こした人を恨むことは決して、ない。鬼頭は、被疑者が犯罪を決心するまでのプロセスを重視した取調べに重きを置いた。<br />
　「人にはそれぞれ、天から与えられた人生があり、人生観も違う。〝人生〟という劇場で、犯罪という舞台に飛び降りるか否かは紙一重だ。それは運命が大きく左右する」<br />
　「罪を憎んで人を憎まず」の哲学はここからきている。<br />
　「誠心誠意」をモットーに、犯人と対峙（たいじ）する調べ室では〝温情調べ官〟として知られ、別名は「落としの長さん」。東京高検の佐々木俊太郎公判部長は、鬼頭をこう評価する。<br />
　「刑事部の調べ官で〝落としの何とかさん〟は、東西に結構いるが、生活安全部の調べ官ではめったにいるものではない。その点で鬼頭君は、大阪府警のべーやん（別所）と並ぶな」<br />
　大阪府警のべーやんは、調べ官というよりは職人刑事である。<br />
　「あっ、あれは薬物を持っているな？と職務質問すると、百発百中らしいね。もう薬物捜査では警察官というよりは神様だよ。勘なんだよな」と佐々木検事正。<br />
　保安課はやがて組織再編で薬物対策課になり、薬対課から独立し特命捜査官室が誕生。鬼頭は専門職として抜てきされた。鬼頭も本部係長、署の課長、本部管理官、理事官、署長などの階級を順調に上れば今ごろは署長のポストで勇退の声も聞こえていたはずだった。<br />
　昭和四十年代、「生涯一捕手」を目指したプロ野球の野村克也の人生観に共鳴、「生涯一捜査官」にのめり込んだ。おかげで出世の道は絶たれたものの、警視庁では鬼頭の右に出る薬物捜査官はいない。重森は、そんな鬼頭を好きになっていた。　<br />
　午後二時三十六分の十管本部の無線連絡と同時に、かわせは、二〇ミリ機関砲を発射した。連続・速射される弾丸は、紺ぺきの海面を一本の〝光の線〟となって、不審船の周辺に着弾する。<br />
　それでも、不審船は停船することなく、波しぶきを上げながら逃げる。<br />
　約十分後の午後二時四十七分、不審船がおかしな行動に出た。乗組員が国旗らしいものを振っているのだ。<br />
　「あれは何の合図だね？」<br />
　警察庁の対策室も、官邸も、海上保安庁の不審船対策室にいるそれぞれ日本の治安機関の幹部の脳裏には、一瞬、「投降」の二文字が浮かんだ。しかし、不審船は、降伏するどころか、さらにスピードを上げて逃げ出した。<br />
　「十管からかわせ」<br />
　「かわせです。どうぞ」<br />
　「命令。まるよん（〇四時）ひとさん（十三分）。船体射撃を実施せよ。以上十管」<br />
　「かわせ、了解」<br />
　四時十三分、不審船の船体に向け再び一本の光の線が放たれた。前回威嚇から二時間近くが経過。周囲は、ほの暗く光の線は輝きを増していた。一方、不審船の船体は太陽光線を失うと同時に緑色から〝黒い影〟に変色。光線は黒い船体の船首部分に命中、火花が散った。<br />
　「この時間で、仮に停船させてだ捕したとして、鹿児島港に着くのは明後日以降になるだろう。鬼頭君は、いずれにせよ、明日以降に出発ということになるな」<br />
　重森が鬼頭に話しかけた。が、その声も、無線交信や機関砲の轟き音でかき消された。不審船を鹿児島港にえい航したあと、船内の捜索の時点から鬼頭を参加させることは、警察庁長官の決定事項だった。<br />
　警察庁から指令を受けていた広島県警、鳥取県警、島根県警などは機動隊の待機命令を緊急出動に切り替えた。さらに警察庁は警視庁、大阪府警、福岡県警に配置している「ＳＡＴ（特殊急襲部隊）」三部隊に日本海沿岸への出動命令を下した。警察庁長官はサブマシンガンの携帯を命じた。<br />
　「かわせ」に続いて巡視船「ゆうすげ」も威嚇射撃を実施した。<br />
　五時二十四分、黒い船体から火の手が上がるのが確認された。不審船は停止した。対策室の全員が固唾（かたず）をのんだ。<br />
　宗像警備局長は、投降後の北朝鮮工作船の兵士の警護に胸を痛めた。<br />
　午後五時五十一分、不審船の火の手が見えなくなった。数分後に再び逃走を開始。その後は停止、逃走を繰り返した。<br />
　六時五十二分には巡視船「ゆうすげ」が同船に接近を試みた。その時点で不審船の位置は、日本と中国のＥＥＺの境界線を越えた。<br />
　巡視船の「いず」と「あさま」が不審船に再度急接近、接舷を試みようとした瞬間、不審船の機関銃が火を噴いた。十時九分だった。<br />
　弾丸は「あさま」の左舷で火花を散らした。<br />
　「至急、至急、あさまから十管本部」<br />
　「十管本部、どうぞ」<br />
　「ただ今の攻撃で、負傷者三名。重傷者もいるが生命には別条ないもよう」<br />
&nbsp; 「十管本部了解。なお、本庁からの連絡を伝える。受傷事故には十分留意した行動をとるよう長官の指示が出された」<br />
　「かわせ、いず、あさまの各船、どうぞ」<br />
　「かわせ了解」<br />
　「いず了解」<br />
　「あさま了解」<br />
　「あさま」など各船からの無線の傍受が、若干、途切れた。<br />
　瞬間、不審船がロケット弾のようなものを発射した。幸い、あさまの操舵（そうだ）室の真上を通過、被弾はなかった。<br />
　「至急、至急、十管から各船。敵船が使用したのはロケット弾と見られる。ただ今の時間、本件では正当防衛の適用を決定した。さらに強行停船目的の攻撃を開始せよ」<br />
　「国家の主権とは何だろう」と、常々疑問を持っていた鬼頭は歯ぎしりしてオペレーションを見ていた。<br />
　「我が国の不審船に対する適用法令は漁業法違反（臨検拒否）ですからね。ロケットランチャーをぶちかまされて初めて正当防衛ですか？」<br />
　鬼頭はつぶやくように言ったが、重森は気づかなかった。鬼頭は警備局長を気にした上での小声だった。<br />
　正当防衛の四文字で、「かわせ」「あさま」「いず」は一斉に射撃を繰り返した。不審船は午後十時十三分、突然爆発して沈没、海の藻くずと消えた。<br />
　鬼頭は初めて今回のオペレーションに立ち会えてよかったと思った。が、「消えた船体の回収は可能なのか」の心配が心を過ぎった。<br />
　「おいっ！&nbsp; あれは撃沈ではなく自爆だよな。しかし、これで覚せい剤は駄目になってしまったなぁ」<br />
　宗像局長が叫ぶような声で全員に語りかけた。そして<br />
　「よーしっ、出動した各県警機動隊とＳＡＴには申し訳ないが『５１７（解散）とせよ』だな。御苦労さんでした」<br />
　「そうですよね。せっかく警視庁から鬼頭さんが来られて……」<br />
　重森薬対課長が残念そうに、横に座る鬼頭を見た。<br />
　「海の深さがどれぐらいか分からないが、覚せい剤がなくても何らかの資料は出るだろう。理事官、海保で水深の確認とってくれや」<br />
　警備課長が部下の理事官に命じた。<br />
　「水深は七、八〇㍍から百二〇㍍ぐらいだと見られます」<br />
　理事官は海保に聞くまでもなく即答した。さらに続けた。<br />
　「この季節は引上げは無理ですが、場所的にはサルベージは可能です。時間がかかりますが…」<br />
　「そうか、海が荒れていては難しいのか……」<br />
　「そうですね。春先に調査を開始して、それから引上げの準備に入り、実際は秋になるのではないかとみられます」<br />
　警備課長と理事官のやりとりを聞いていた重森が口を開いた。<br />
　「宗像局長お世話になりました。お陰様で助かりました。警視庁とも詰めますが、取りあえず鬼頭捜査官には帰ってもらいます」<br />
　オペレーションは済んだ。今後の舞台は、撃沈した北朝鮮工作船の全容解明のため船体の引上げへと移る。<br />
　映画やドラマよりも過激なシーンが頭に残っているためか鬼頭の体は火照っていた。警備対策室を一歩出ると、音ひとつ漏れないような防音室になっていることから廊下は静まり返っていた。<br />
　「今夜は寝られるかな」と思いながら二十階の警備対策室を出てエレベーターを待っていると、背後から重森の声が聞こえた。<br />
　「鬼頭さん。この時間ならまだ開いているところがあるんで飲みに行きませんか？」<br />
　重森は鬼頭より十三歳も年下だが階級は警視長。ノンキャリアの警察官が巡査から始まるのに対して国家公務員一級職から警察官になるキャリア組は二つの階級を飛び越し警部補からはじまる。<br />
　警察官は「警察官」という職業を誇りに思っている反面、意外にも身分を隠したがる人が多い。仕事上では「○○警部」とか「○○主任」などと階級や職位を呼称するが、一歩、街にでれば「さん」や「君」付けになる。<br />
　二階級上の階級にある重森だが仕事を離れると、人生経験では大先輩の鬼頭を「鬼頭さん」と呼んでいるのもそのためだ。<br />
　戦前の警察官は絶大なる権力を持ち「オイ、コラ警官」と呼ばれる時代だった。それが敗戦と同時に民主警察へと移行したものの、一部の反動分子からは「犬」や「番犬」と揶揄されてもいた。身分を隠すのもそうした歴史があるからと主張する人もいる。<br />
　警察庁を出た二人は、六本木交差点に向けタクシーを飛ばした。交差点の手前の路地を入ったところに「焼鳥屋」がある。焼鳥屋と言っても全国の銘酒が揃い、高級ワインや人気があり一八〇㍑一本でうん万円はする焼酎が飲めることから女性客が多い。<br />
　場所柄、テレビ局の女子アナや芸能人も良く利用している。重森も東大の学生時代に友人から紹介されて以来の常連客だ。<br />
　鬼頭は大好きな日本酒「浦霞」を注文、重森は熊本の芋焼酎のロックを頼んだ。<br />
　「いゃぁーご苦労さんでした」<br />
　どちらからともなく声が出た。二人がこうして杯を交わすのは約二年半ぶりだった。そう言えば重森が熊本県警の本部長に就任する時の鬼頭の「送別会」は、新橋の貿易センタービルにある会員制クラブだった。<br />
　「熊本では毎晩ですか、これは」<br />
　鬼頭が杯を引く行為をしながら聞いた。<br />
　「そう、単身赴任だったし、焼酎がうまいし。それに馬刺しな。特に馬のたてがみの部分。あれは絶品だったよ」<br />
　そして重森の自慢話しが続いた。重森は体は小柄だがバイタリティーの凄さは鬼頭も脱帽する。それでいて「血液型がＯ型とＡＢ型の男同士は気が合う」とされるだけに、Ｏ型の鬼頭と重森は仲が良かった。<br />
　仕事に対しては二人は攻撃型だ。度々、激論に発展することがあるが、重森は完璧なまでにデータを中心に積み上げた理論を展開する鬼頭を尊敬している。<br />
　しかし鬼頭は、一歩外に出ると人が変わったような温厚な親爺に変身する。ドラマを見て涙を流す感情的な人間なのでもある。<br />
　「それにしても今回のオペレーションは凄かったね」<br />
　「三十年以上の大ベテランの鬼頭さんでも興奮したんですか？」<br />
　「あれは戦争だよ。陸であんな打ち合いをしたら凄いだろうな…」<br />
　鬼頭のこの言葉に重森は、果たして「ＳＡＴ」で対応が可能なのかと思うと鳥肌が立った。久しぶりに飲んだ二人は、話しが弾んだ。<br />
　「ところでさ、お前が新人で歌舞伎の交番で合った時さ…」<br />
　鬼頭の言葉はいつの間にかベランメー調になり、重森を「お前」と呼んだ。重森も階級に関係のない人間同士の付き合いに満足していた。<br />
　「俺が張り込みを終えて交番に行った時さ、緊急手配の電話のあとの報告で春田チョー（巡査部長）さんともめてたよな。あれ見ていてな『三十歳も離れた若造の時からこんな態度でさ、将来はどんな幹部になるんだろう』と心配したよ」<br />
　「全然、違うでしょう今は…」<br />
　「やっぱり人間は、修まるところに修まると変わるもんだな」<br />
　たわいない話しが続いた。<br />
　鬼頭は、「踊る大捜査線ザ・ムービー」で、誘拐されて救助された副総監（神山繁）が湾岸署を出る姿を「和久さん」役の、いかりや長介が陰で敬礼をしながら無言で見送ったシーンを思い出した。副総監は和久さんに黙礼していた。<br />
　あの二人の関係は、キャリアとノンキャリアの信頼関係があった。鬼頭はあのワンシーンを見ただけで説明は要らないと思った。<br />
　映画を見た鬼頭は「俺と重森はあんな関係になれたら良いな」と思っていたのだった。<br />
　二人が店を出たのは午前一時を回っていた。</p>

<p>　不審者の身柄確保<br />
　川を渡る風が爽（さわ）やかだった。多摩川の土手はフキノトウをとる家族連れでにぎわう時期になった。多摩川署四丁目駐在所員になって何年になるだろうか。杉山吉雄警部補のパトロールは自転車が多い。<br />
　山梨県の小菅村を源にする多摩川。現存する自然に包まれながら悠々と流れ行く川は土曜・日曜ともなれば、都会のけん騒から逃れる人たちで賑わう。<br />
　なかでも、中流に位置する東京側の右岸はもとより、神奈川県の左岸にも各自治体が運営する運動場や緑地公園が混雑する。<br />
　杉山の管轄する調布市の河川敷にも市民野球場、市民公園が点在。堤防沿いには、かつては石原裕次郎や吉永小百合など往年のスターたちでにぎわった日活撮影所も現存し、競輪場もあることから、休日などは自動車の往来が激しく、自転車によるパトロールは功を奏している。<br />
　杉山は調布市が好きだ。もう定年まで二年。出世なんか考えない文学好きの警察官は生涯一駐在さんを希望した。<br />
　昭和六十二年だった。警視庁警務部教養課が「東京わが街」（自警文庫）という本を出版した。その時の多摩川署のページの書き出しを見た杉山は、当時の八丈島駐在所から多摩川署管内の駐在を希望した。<br />
　その本の調布の由来に、こんな文章が載っていた。<br />
　布づくりの里（調布）<br />
　調布という地名は、文字どおり古代税制の一つであった「調」としての「布」の産地という意味である。<br />
　古代の人々は水を求めて集落をつくり、特に多摩川流域の村々では、カラムシ（麻）がとれたので、この水を利用して発達した布づくりは、この地域の古くからの産業であった。「延喜（えんぎ）式」に武蔵国から朝廷へ多量の織物や柴草が貢納されている……<br />
　そして、八丈島には、平安の時代から伝承する黄八丈が生産されている。昭和十八年には国の伝統的工芸品に指定され、杉山が駐在さん当時の五十七年に、山下めゆさんが東京都の無形文化財にも指定された。　<br />
　島に自生する草木を染料とした純粋な草木染めで、絹糸を「黄」「樺」「黒」に染め上げ、すべて手織りによって織り上げられる。いつ頃（ごろ）から織りはじめられたかは定かではないが、杉山は非常に興味を持っていた。<br />
　よくよく調べてみると、島の書物に室町時代から貢絹の記録があり「江戸時代には将軍家の御用品としても献上されていた」とあった。<br />
　共通点を持った八丈島と調布。「そうだ。調布に行こう」と決心し、長女も東京に就職が決まったことから希望した。島出身の妻、美土里も賛成してくれた。杉山は定年後は八丈島に帰り、「日本の水と文化」を冊子にまとめようと思っている。そのためにも織物の研究は欠かせなかった。<br />
　「時代を見つめる」ことを大事にする杉山の警察官としての仕事は、現代社会の若者警察官の中にあっては貴重な存在だ。<br />
　「時代を見つめる」ことは、地域社会の文化との接触なくしてなしえない。地域社会に和合するためには、地域社会の人たちに解け合うことが大事だ。<br />
　地域社会、家庭・家族の崩壊が叫ばれる今、杉山は地域の安定と平和を求めて〝お巡りさん〟という仕事に生きがいを感じている。<br />
　それが今、島部の駐在所でさえモータリゼーションが進み、パトカーやオートバイが配置され、通信の世界もパソコンによるメールの手配などハイテク化は著しい。<br />
　管内パトロールは二十分もあれば一周できるし、住民の相談は電話で済ませられる。本署や駐在同士の連絡はメールという文字通信になり、心の温かさを感じさせない。<br />
　杉山が生まれて物心がついた当時、一世を風靡（ふうび）した映画がある。「警察日記」だ。昭和二十九年の話しである。会津磐梯山の麓（ふもと）の小さな町を舞台に、貧しくとも懸命に生きる人々の姿を描いた感動ドラマだ。森繁久彌が演じた警察官に、日本中が感動した。 <br />
　以来、杉山は「警察官の原点」は交番・駐在所にあると思っている。<br />
　「機械が相手の仕事より、人情が自分には似合っている」と、人情の機微にあこがれて警察官になった。<br />
　自転車によるパトロールを欠かさないのもそのうちのひとつだ。<br />
　「自動車やオートバイで回っても、地域の人の顔が見えない。光景を見るだけのパトロールなんて意味がない。地域住民の真の心を掴（つか）むには、ゆっくりと声を掛けながらの巡回こそが大事だ」<br />
　そんな哲学があるから、地元では見慣れない人物には特に興味を引く。<br />
　ある夕方のことだった。杉山は、鶴川街道から京王閣競輪場前の多摩川土手を下ろうとしていた。二人連れの男が土手沿いを歩いてきた。杉山の姿を見ると、一人がもう一人の後ろを押すようにジュースの自動販売機の陰に隠れた。杉山は見逃さなかった。<br />
　「あのーっ、どちらに行かれますか」<br />
　声を掛けた瞬間、前にいた男が逃げ出した。杉山は、逃げようとした男に自転車の上から飛びかかった。自転車が土手を転がっていくのが見えた。杉山の右手を振り払おうとした男の手が顔に当たった。<br />
　必死で抵抗する男を組み伏したがもう一人の男の姿はなかった。こうして、男は公務執行妨害の現行犯で捕まった。所轄系無線でパトカーを呼び本署に連行された。杉山の左半身の火傷（やけど）の後の一部の皮が破れ出血した。<br />
　逮捕理由が公務執行妨害。署に引き揚げると地域課長が待っていた。<br />
　「公妨でしか捕れへんかった？」<br />
　「もっと知恵を使わんと……」<br />
　関西出身の漫才家、横山やすしに似ていることから　〝ヤッさん〟のあだ名を持つ本村安二郎地域課長の小言も同時に待っていた。歯に衣を着せぬストレートな言い方は、時には幹部にも向けられる。しかし、その言葉の背景には常に「純粋さ」所以（ゆえん）からの表現方であり「恨めない」「憎めない」人物なのである。<br />
　警察の世界では、公務執行妨害での逮捕を嫌う幹部が多い。六〇年安保や七〇年安保当時の公安警察が極左の逮捕によく利用した。<br />
　わざと体をぶっつけて、ちょっとでも抵抗しようものなら「はい、公務執行妨害」と乱発した時代だった。「何の頭も使わずに、努力もなく簡単に『逮捕』するのは権力の乱用にすぎない」と批判が多く、民主警察には馴染まないとして嫌われている所以だ。送検すると検事も嫌うと言われている。<br />
　男は、イラン人とは認めたものの、数万円入りの財布以外に身元を洗わすパスポートや外国人登録証明書は持っていなかった。<br />
　このため逮捕用件は公務執行妨害から、出入国管理及び難民認定法違反容疑に切り替えられた。同法による逮捕は、せいぜい、国外への強制退去となる。<br />
　どうしても納得のいかない杉山は、イラン人の行動が気になり、出血部分が痛むのを我慢して現場に向かった。<br />
　自転車で現場に着いた杉山は、逮捕時を再現した。<br />
　「ここで奴（やつ）らを発見して……と」<br />
 　独り言をブツブツ言いながら歩き回った。最近は年のせいか独り言が多い。妻にも指摘されている。<br />
　「この自販機に隠れたから……と」<br />
　自動販売機は、河川敷の運動場などを訪れる人たちのため道路使用許可を取って設置されていた。<br />
　店の前というよりは道路端に設置されているため、電源は自販機専用の電柱が立てられている。<br />
　「何で、自動販売機の陰なんだろう」<br />
　杉山は、こんな言葉をじゅ文のごとく繰り返しながら自販機の周囲を回り出した。<br />
　裏側を覗（のぞ）いた杉山の目に黒い小銭入れの財布のような物が見えた。それは自販機のモーター部分に張り付けられていた。<br />
　「なんだこりゃぁー」<br />
　張り付けてあるのかと思って取ろうとしたら、磁石で吸い付けられていた。空けてみると、小さな透明のビニールのパケが出てきた。パケには少量の白い粉が入っていた。パケは二十袋あった。<br />
　「覚せい剤かもしれない」<br />
　直感した杉山は、携帯で署の当直に連絡した。自分は現場保存で残ることにした。<br />
　「それにしても、何でこの辺に覚せい剤所持のイラン人がいるのか？」<br />
　「物（ブツ）がちょうど二十袋ということは、売る前。すなわちこれから売りに出るところだったのだろうか」<br />
　こうしてイラン人の逮捕容疑は難民認定法から覚せい剤所持容疑に切り替えられた。<br />
　心の片隅に「もやもや」を残したまま数日が過ぎた。捜査は本署の保安係が担当している。<br />
　ここのところの忙しさで日誌を付けるのを忘れていた。夕食前に書いてしまおうと思い、机から日誌を取り出した。<br />
　「あら、お父さん。そう言えばいつでしたかねぇ。ほらっ、どっかの倉庫か何かに不審なベンツが何台も止まっていたと言っていたでしょう」<br />
　「あれは何の関係もないのかしらね」<br />
　妻がお茶を持ってきて言い出した。妻には時々助けられる。駐在の女房とは常に二人三脚で歩んできた。駐在の妻は、「もうひとりの警察官」なのである。<br />
　　　　×　　　　　　　　×　　　　　　　×　　　　　　　　×<br />
　九州南西海域で実施されたオペレーションの日、「秋ごろになるのでは……」と予言した警察庁警備課理事官の言葉通り、北工作船が引き揚げられたのは十月の中旬だった。<br />
　鬼頭が警察庁から呼出しを受けたのは十一月に入っていた。鹿児島県警で第一回目の捜査会議が開かれた。<br />
　捜査会議は、今回の事件の性質上から警備・公安関係が中心にならざるを得なかった。船体の検証結果に続いて報告されたのは、犯罪に使用されたものも含めた武器類。鹿児島県警県警警備課長が淡々と読み上げた。<br />
　「海上保安部と合同で捜索・検証した結果を報告します」<br />
　「まず、搭載されていたとみられる武器類。これはですね、撃沈されている、いや、自ら爆破したといいますか、部分的にしか確認されていない物が多いのですが、一部回収部分を含めて申しますと軽機関銃二丁。口径は七・六二ミリのＰＫ機関銃と推定されます」<br />
　パワーポイントで映し出される画面には、押収されたバラバラの部品と実物と同型の写真が並列されていた。<br />
　「次に口径五・四五ミリの自動小銃四丁。これは北朝鮮製のＰＫ機関銃と推定されます」<br />
　会議に出ていた鹿児島県警の生活安全課長が鬼頭の顔を見て小声で、話しかけた。<br />
　「その他の重要証拠物として注目されるものがあったそうです。プリペイドカード式ですが携帯電話が一個だそうです」<br />
　「これから資料を配りますが、合計八十回程度の発信記録が残っている携帯電話機がありました。そのなかで判読できた部分を書き出したので資料をお配りします」<br />
　警備課長が急に、丁寧言葉に変わったのは、警視庁の鬼頭を意識してのことと思われた。「電話機」の言葉に、鬼頭の心は和んだ。きっと年輪を重ねた課長だろう。<br />
　Ａ４版の資料には、発信日時と相手番号が数か所書かれていた。<br />
　「既に御案内の通り、本件は覚せい剤の取引と推定されています。従いまして、本会議には、警視庁から特命捜査官の鬼頭警部が出席されていますが、警視庁、警察庁の御協力のもと、これら資料からの突き上げ捜査で北朝鮮から流入した覚せい剤の流れは勿論、国内組織を含め全容解明に全力を挙げるよう本部長から下命がありました」<br />
　「しかし、今回の一次捜査権はあくまでも海上保安庁。警察としてはどうしても受け身にならざるをえません。携帯電話機の捜査資料はごく一部しか警察に届いていません」<br />
　「えっ。海保が渡さない？」<br />
　「折角（せっかく）の資料が……」<br />
　刑事という捜査のプロたちの間からは感嘆の声が漏れた。<br />
　「海上保安庁は海の警察。陸で活動する俺たちこそ捜査のプロ」と自負してやまない警察官は多い。<br />
　かつて省庁再編の動きがあった際、海上保安庁を当時の陸運局から分離し、警察庁と統合させる案が浮かんだ。<br />
　「無線の周波数は違うが、〝ヤマ〟と呼ばれる情報収集用無線基地は共有できる。しかし船長や航海士、甲板員などという特殊な職種と警察官との人事交流はできない」<br />
　など幾つかの理由から、同案は御破算になった経緯もあり、お互いのプライドも対立する集団なのでもある。<br />
　事件解明へのとっかかりも得ないまま、鬼頭は警視庁に帰らざるを得なかった。<br />
　警察当局にも正式な情報が寄せられていないばかりか、マスコミだけが先行した。<br />
　　販売先は岐阜県内と判明<br />
　　　　　発信記録から国内組織解明へ<br />
　　　　　　　　北工作船から押収の携帯電話<br />
　毎朝新聞の一面トップ記事だ。<br />
　社会面にはサイド原稿が付けられていた。<br />
　　　……発信先番号の中には、東京都内にある商社の固定電話や新潟県内の<br />
　　　在日朝鮮人、大阪市在住の暴力団員五人の電話番号、その他韓国<br />
　　　人留学生の名前もあった……<br />
　新聞報道から数か月後に、海上保安庁からＡ４版用紙二十五ページにものぼる報告書を受けた警察庁は、都内などの電話番号が書かれた着信記録を重視。複数県にまたがる合同捜査とし、警視庁に捜査指揮権を任せることを決め大阪府警、鹿児島県警、新潟県警、長野県警、高知県警、宮城県警など十四都府県警の捜査幹部を集めた合同会議を開催した。<br />
　会議には警察庁警備課長、外事課長、薬物対策課長など警察庁幹部。警視庁からは公安部長、生活安全部長と特命捜査官室長の風間と鬼頭。各県警からは実務担当課長が出席した。<br />
　「海保の中間報告書を配布しましたが、今回の事件で海保は刑法六〇条の共謀共同正犯を適用。乗組員十人を被疑者死亡で送致することとなっています」<br />
　警察庁警備課長が会議を仕切った。さらに続けた。<br />
　「えーっ、今回の事件で海保が確認した乗組員は約十人とみているようです。引き揚げられた工作船の中にあった死体は骨になっており、資料になるものはないようです」<br />
　「しかし、実は沈没直後に水死体二体を発見しており、この死体については鹿児島県警も検死に立ち合っておりますので、この件に関しては後ほど鹿児島県警からの報告をお願いします」<br />
　「次に、押収されたプリペイドカード式携帯電話についてでありますが、既にマスコミに出ておりますが、この携帯電話は事件発生前の今年春、岐阜県内の携帯電話販売会社で販売されたもので、約八十回にわたり都内暴力団事務所の固定電話や在日の朝鮮人や韓国人が契約した携帯電話等にも架けているようです」<br />
　「問題は電話を受けた人物の所有する携帯ですが、これは海保の捜査に続き所有者が判明している新潟の人物、大阪の人物が中心になりますが、新潟県警、大阪府警と場合によっては警視庁に捜査協力をお願いしたいと思います」<br />
　新潟県警と警視庁は、直ちに新潟県内在住の男、自称・金田悟の身辺捜査に乗り出し、大阪府警は携帯番号から割り出された暴力団五人が所属する「篠原組」の捜査本部を立ち上げた。幹部組員の後藤田作之助の動きに捜査力が集中した。<br />
　「高知沖の事件の延長線上の捜査になるな」<br />
　重森も風間も鬼頭も意見が一致した。<br />
　高知沖の事件とは、重森が今回のオペレーションで同一船と直感した事案。この時の日本の漁船「第八東海丸」は暴力団が三重県鷲尾市の漁業関係からチャーターした漁船だった。<br />
　「松新丸」が日本海に消えたあと日本船が寄港した先で関係者から事情を聴いたが、覚せい剤は発見されずに捜査は難航。その後の捜査で、高知沖に浮いている覚せい剤約百七十㌔が発見された。<br />
　警察庁は、同年九月に高知県警に加え、警視庁、鹿児島県警などの合同捜査本部の設置を指示。調整を図り、これまでに漁業関係者のみ四人を逮捕しているが、依頼した暴力団までの突き上げ捜査は難航していた。<br />
　警視庁は今回の事件を、既に専従態勢で捜査を進めている新橋分室に指揮権を付与することと決定した。<br />
　新橋分室は、風間警視をトップに庶務担当の笹森三郎警部、鬼頭警部ら総勢十五人がスタッフだ。彼らはけっして表舞台に出ることはない〝秘密捜査官〟なのである。<br />
　風間は今どきに珍しい〝親分肌〟の男。べらんめえ調で話すことから、知らない人からは誤解を受けやすい。が、部下に対する思いやりが強く、鬼頭をはじめ多くの部下の信頼も厚い。<br />
　警察庁から指示が出されたことを受けて、高知沖事件当時の捜査員を集めた捜査報告会議が開かれた。警察庁の重森もオブザーバーで同席した。これまでの事件捜査状況が風間から報告された。<br />
　「高知沖の事件は、第八東海丸をチャーターした三重県鷲尾市の漁業関係者四人を逮捕しておりますが、その先に伸びておらず、難航しているのが現状です」　<br />
　「覚せい剤は、北朝鮮が仕出し国と見ても良いのですか？」<br />
　捜査員の一人が風間に聞いた。<br />
　「はい。この事件では警視庁、埼玉、高知、鹿児島県警などが合同で捜査しておりますが、警視庁の科学捜査研究所が保管するシグネーチャーアナリシス（薬物の混合物の分析表）から、純粋なフェニルメチルアミノプロパン塩素塩（覚せい剤）と分かりました。ほぼ、北朝鮮での精製とみてよいでしょう」<br />
　と、風間が答えた。<br />
　「ちょっと待って下さい。数年前だと記憶していますが確か宮崎県の日向市の港で北朝鮮の貨物船から県警が五十三㌔の覚せい剤を押収した事件では、日本の暴力団が『北のサンプルを見たら中国より質が悪かった』と言ったという報告もあったはずですが…」<br />
　「わかっています。きょうは警察庁から重森課長さんが見えられておりますので、お手元の資料を配付しました。詳しくは重森課長さんに説明をお願いしたいとおもいます」<br />
　各デスクには、国連薬物統制計画（ＵＮＤＣＰ）発行の「ＷＯＲＬＤ　ＲＥＰＯＲＴ」の最新号コピーが配布されていた。<br />
　ＵＮＤＣＰは、国連における薬物対策活動の中心機関として、国連内の薬物対策活動の調整、薬物関係条約の実施や確保、覚せい剤など各種の薬物対策プロジェクトの作成・資金提供等を行っている。発行するＷＯＲＤ　ＲＥＰＯＲＴには、世界各国から寄せられた薬物情報が掲載されている。<br />
　「本題に入る前に、どうしても皆さんに薬物の現在の情勢を知っておいてもらいたいのですお話しします」<br />
　重森は申し訳なさそうに言い出した。<br />
　「黄金の三角地帯はアヘン、ヘロインの密造地帯で有名でありますが、最近になって大量の覚せい剤が密造されるようになりました。その背景にはタイで錠剤型の覚せい剤の乱用が爆発的に広がり、大きな市場ができたからとみられているのです」<br />
　各捜査員は互いに顔を見合わせた。<br />
　「錠剤形の覚せい剤？」。初めて聞く言葉だった。<br />
　「覚せい剤の密造は、ケシ栽培からアヘン、そしてヘロインが完成するように手間がかかることなく、天候にも左右されなることはありません。しかも、原料さえ手に入れば簡単に製造できるのです」<br />
　これまでの覚せい剤は、「白い粉」だった。ところが、その覚せい剤を市販の薬のような錠剤にしてしまったという。しかも、青や緑、オレンジなどの色まで付けられている。<br />
　「この錠剤形覚せい剤は、ヤーバーと呼ばれており、密造経費は一錠約二十円ぐらいだそうです。ゴールデントライアングルで製造され、バンコクまで運べば三百円以上で売れるのです…」<br />
　密造地域はタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアと次々に拡大しているというのだという。特に、ミャンマーでは１９９６年中に約六百万錠の錠剤が押収されている。<br />
　重森はさらに続けた。<br />
　「これら錠剤の原料となるエフェドリンは、中国から密輸されたものとみられているのです」<br />
　「これらが、旅行者を通じて日本国内に持ち込まれているという情報が実は、麻取（まとり）から寄せられました」（「麻取」とは、厚生労働省の麻薬取締官事務所）<br />
　錠剤型の覚せい剤には、どの錠剤にも「ワ」の刻印が押されていることから、密造しているのは、中国人（南雲人）やワ族などの少数グループであることが伺われという。そして「技術、資金、設備などを提供しているのは台湾やタイ等のグループとみられている」との説明がなされた。<br />
　日本の覚せい剤ブローカーは暴力団関係者がほとんどだが、香港、台湾、マカオ等で「契約」を結び、サンプルを確認したあと、頭金を支払う。<br />
　こうして中国大陸から船舶を利用し、日本に運びこまれる。コンテナや一般貨物の中に隠し、通常の貿易を仮装することもあれば今回のように沖合で合流するなどして国内の人物が受け取る仕組み「瀬取り」もあることなども併せて報告された。<br />
　重森は本題の北朝鮮の薬物情勢へと続けた。<br />
　「お手元に配布しましたワールドレポートをご覧になって下さい」<br />
　「捜査当局によるとインドの中央麻薬事務局（ＣＢＮ）はすでに、『北朝鮮が必要な外貨を獲得するためにドラッグ（覚せい剤）を作り、国際社会に密輸している』という情報を持っていると書かれていますね」<br />
　「実は、この情報を裏付けるような事件が一九九七年から九八年にありました」<br />
　重森はレポートを手にして読み上げるように説明した。<br />
　「北朝鮮が医薬品としてインドの民間会社からエフェドリンを輸入したが、分量があまりにも多いため、ＣＢＮが空輸ルートにあたるタイで積み荷を一時ストップさせた。ところが一部では、医薬品を止めれば人道的な問題に発展するのでは…と、大きな話題を呼びました。エフェドリンは咳止めや風邪薬として使われている薬剤だからです。一方で覚せい剤やメタンフェタミン（ヒロポン）を製造する際にも用いられています。だから疑問を持ったＣＢＮがストップをかけたのです。結局、ウィーンの国際麻薬捜査局（ＩＮＣＢ）の調査などにより、医薬品の分量の数量だけに減らして北朝鮮への輸送が認められたというのです」<br />
　「以上のことから、北朝鮮産の覚せい剤は風邪薬の原料を利用していると推測されるわけで、これまでの分析でも非常に純粋で異物の多い中国産とは値段も違うと言われております」<br />
　「現に、兵庫県警などで捕まえた売人などからは『比較したら中国産なんて売れない』と公言しているヤクザもいるという情報も寄せられています」<br />
　さらに、重森は近年の麻薬取引の実態などを紹介。<br />
　「一部には、北朝鮮は既に錠剤型覚せい剤の生産に入ったという情報もあります」<br />
　「さらに重大な問題がここなきて、大きくクローズアップされた。それは、密輸入のコースに新たにロシアルートが存在することです」<br />
　「従いまして政府方針として政・官・民挙げて取り組むべき喫緊の重要課題であるとしている訳でございます」<br />
　「当然、警察としましては都道府県警という垣根を越えた捜査が必要になる訳で、警察庁としては警視庁に指揮権をお願いし、場合によっては四十七都道府県警察のあらゆる関係部を挙げての捜査本部体制でも良いのではと警察庁長官もおっしゃっております」<br />
　こうして重森は今回の薬物捜査体勢を「戦後最大の薬物緊急大作戦」と位置づけた。<br />
　話しは風間に代わった。<br />
　「この史上最大の作戦を成功させるためには、今回押収した携帯にある新宿歌舞伎町の中国人経営の貿易商、朝陽商事の解明にポイントがあるように思えてならないのですが皆さんご意見がありますか」<br />
　老年の捜査員が手を挙げた。<br />
　「しかし、海保の例に見られるように情報が漏れて一部報道が先行するなど困難を伴うのは目に見えている。警察庁は威信をかけて成功させると言っているが、警察庁を含めて各県警の情報漏洩などは防げるのか」<br />
　「朝陽商事を経営している帳亭植という五十四歳の男は、外国人検索システムで検索ができることになっています。携帯番号から行動範囲までの全てが、北海道警から沖縄県警までボタン数回叩くだけで可能なんです。しかも警察署単位なんです。ですから絶対に漏れないという保証はない。あとは警察官の資質に頼るしかないのではないですか」<br />
　と、重森が答え、そして老年の刑事の顔を見ながら、こう、言った。<br />
　「問題は海保なども含めて政府関係者への会議などでの途中経過報告。これだけは警察庁が中心になり責任を持ちたい」<br />
　風間はこの議論を聞いていて、老刑事が言いたかったのは「警察庁長官銃撃事件や広域指定１１６号事件（朝日新聞襲撃事件）での刑事部、公安部を巡るゴタゴタ」だろうと感じ取った。<br />
　重要事件になればなるほど、そして指揮権が垣根を越えると刑事部がどうだ公安部はどうのこうのと醜い指導権争いを繰り返す。<br />
　最後に責任は誰がとるのかを含めて、長期になればなるほど、どこからか綻びが出てくる。そして最後は責任のなすり合いになる。これが現実なのだ。このことを老刑事は主張したかったのだろうと風間は思った。会議は具体的な捜査方針へと移った。<br />
　朝陽商事の所在は東京・新宿区歌舞伎町。本来なら管轄は淀橋西署になる。だが、風間は部長の永堀と打ち合わせした結果、捜査の指揮は新橋分室が行い、高知沖事件で捜査を担当した城西署と下町署の捜査員をそのまま継続することとした。<br />
　数年前から警視庁が実施している歌舞伎町対策と同様の捜査手法が取り入れられたのである。<br />
　歌舞伎町手法とは、日本一の繁華街を抱える東京都が犯罪の温床ともなっている同地区の浄化作戦を官民挙げて展開することを決定。東京都の石橋知事は、警視庁に対して生安、刑事、警備、交通と各部の総力を挙げた集中取り締まりを要請した。<br />
　警視庁はこれに応えるため所轄警察署だけでなく、どこの警察署でも管轄権を超越して捜査ができるようにした。現在の内閣府危機管理官で当時の警視総監の提案だった。<br />
　翌日から、朝陽商事〝本丸〟に対する内偵捜査に着手した。特に、社長・帳の行動の把握はもとより、社員に対する監視も強化された。<br />
&nbsp; 　<br />
</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T17:18:22+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-1ae8.html">
<title>小説・薬物捜査官　その２</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-1ae8.html</link>
<description>リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官　その２
　通信傍受...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />
<strong>小説・薬物捜査官　その２<br />
　通信傍受</strong>　<br />
「やぁしばらくでした」<br />
　鬼頭が捜査本部のある城西署に出勤したのは約一年半ぶりだった。捜査本部と言っても特別捜査本部とは違い、下町署と城西署、生活安全特捜隊員の一部を集めた二十人体勢で、キャップには特命捜査官の笹森が充てられた。<br />
　鬼頭は、城西署生活安全課保安係五人で暴力団・篠原組東京支部を担当していた。そして今回は、同じメンバーで朝陽商事をも担当する。<br />
　「朝陽商事は貿易のほかに古物商のようなこともしており、最近は金融関係にも手を出しているようだ」<br />
　保安の係長が鬼頭に言った。<br />
　「車は何台持っているかだが、最低でも帳の車のナンバーでＮシステム監視をやろうじゃぁーないか」<br />
　「携帯にあった固定電話の通信傍受はできないだろうか」<br />
　城西署生安課長が発言した。<br />
　「携帯に残っていた番号は、マスコミに報道されてから番号を変えている。番号が変更された現状では、令状（通信傍受捜査令状）は簡単にはおりんだろう」と鬼頭。<br />
　「まず、傍受の令状を目指した捜査に重点を置きますか」<br />
　かつて刑事部捜査一課に在籍した当時、江東区木場の不動産賃貸業者に対する連続強盗・殺人事件で通信傍受を実施した経験のある佐藤が発言した。<br />
　佐藤は現在、鬼頭の後輩でやはり特命捜査官の警部補だ。<br />
　「七、八年前になりますが、江東警察管内で不動産業者が殺された強盗殺人事件がありました」<br />
　佐藤は当時、捜査一課の強行班七係に在籍していた。<br />
　「四十九歳の経営者宅に複数の男が押し入り、二百五十万円入りの金庫が強奪され、現場で経営者が惨殺死体で発見された事件かね」<br />
　生安課長が切り返した。<br />
　「ところが、事件の十日前に社長が経営する会社内で、というよりは不動産屋の店舗なんですが強盗未遂事件が発生していたんです」<br />
　佐藤は続けた。<br />
　「この事件で中国人を含む複数の男が浮上したんですが、どうも、不動産屋の中に手引きした者がいるのではないかという疑問が出た」<br />
　佐藤によるとその時、江東署捜査本部は強盗殺人事件直後に、未遂事件で浮上している複数の男達の通信の傍受を申請したというのだ。現在の通信傍受法が成立する前の話しである。<br />
　「忌まわしい事件だった。しかし現在のような厳格な法律がないため、当時は令状は比較的容易におりたんだよなぁー。当時は盗聴行為呼ばわりされ、公にはしていないが、役にたったもんだよ」<br />
　つまり傍受対象事件の前に発生した未遂事件で、容疑線上に浮かんだ四人の男の携帯電話と、手引きした男のデスク席の固定電話が傍受の対象とされた。<br />
　その結果、強盗殺人事件後に次のような通信記録が得られた。<br />
　男Ａ「何で、あのときは今回のようにいかなかったんだよ」<br />
　男Ｂ「そうなんだよ。だいたい金庫の位置も違うんだよな。Ｃの野郎がボケてんだよ」<br />
　男Ｂ「いや、それよりも今回は金がすくなかったな。えっ」<br />
　男Ａ「これじゃぁーＣの分け前を少なくしないと…」<br />
　つまり強盗殺人事件と未遂事件では、金庫の位置が違っていたこと。殺害事件では金庫内の現金が予想以上に少なかったこと。手引き者の取り分が少ないことなどの通話記録が得られたのだ。こうした記録を元に四人は未遂事件と強盗殺人事件の容疑で一網打尽にされた。通信傍受が功を奏した事件だった。<br />
　佐藤は、説明を続けた。<br />
　「あの当時と違って、今の傍受は極めて難しい。簡単に令状が降りないのですよ」<br />
　「どういう事ですか？」<br />
　生安課長が聞き返したのに対して、鬼頭が答えた。<br />
　「薬物捜査では、平成元年のコロンビア人らによるコカイン密輸入事件、翌年のフィリピンからの大麻密輸入事件、オーストラリアへのヘロイン密輸事件などで通信傍受は大きな効力を発揮しているが、通信傍受法ができてから令状そのものが降りない……」<br />
　「容疑をしっかり固めることは勿論だが、問題は、通信傍受が最後の捜査手段であることを立証しなければならないのです」<br />
　一呼吸おいて佐藤が続けた。<br />
　「しかも、令状請求書に書かれる事項は警視総監に報告して事前決済が必要なんです」　「そうすると簡単に別件請求はできないのか……」<br />
　生安課長は、警務と交通畑が長いため、傍受法の手続きなどは知らなかった。<br />
　「そればかりか、いざ傍受の令状が出たとしてもスポット傍受と言って、のべつまくなしは聞けないんです。数分聞いて数分中断する。この繰り返しなんです」<br />
　「さらに、さらにだよ。傍受期間は十日間と決められ、第三者の立ち会いが必要なんだ。勿論立会人は消防官など公的な人間だがね」<br />
　「実施すれば記録の保存が義務づけられて裁判官に提出することから、会話の中に狙った容疑内容が含まれなかった場合でも日数が限定されているため傍受は何の意味もなくなります」<br />
　捜査には使いかっての悪い法律に現場からは不満の声が多く出ている。<br />
　「それに今回は、マスコミに出てしまい相手は携帯番号を変えてしまっている。いや、持っていないかもしれないとなれば……」<br />
　鬼頭はマスコミを恨んだ。<br />
　「それじぁー別件を捜しますか……」<br />
　鬼頭の苛立ちをみてとった生安課長が言った。<br />
　「だめです。それでは令状は降りませんし、後に国会に報告されます」<br />
　佐藤は即座に否定した。そんな甘いものではないのだと言いたかった。<br />
　物事は時代の流れとともに進化する。犯罪組織は国境を越えてグローバル化が進み、通信手段は十年前には想像すらつかなかったほど進化した。携帯一本で中国や韓国といつでもどこでも会話ができる。<br />
　特に今回の事件で驚いたのは、出入国の制限が厳しい北朝鮮に、プリペイド式の携帯が渡っていたことだった。それが発見された。こんな時代なのに、取り締まる側の〝武器〟となるはずの捜査手段「通信傍受」が、時代に逆行していることに鬼頭は改めて憤りを感じた。<br />
　「盗聴と言われようと何と言われようと、犯罪捜査に役にたてばいい。それがプライバシー、プライバシーと言って人の命どころか国家も救えなくなっている」<br />
　「通信傍受は難しい、囮（おとり）捜査もだめだ。司法取引もだめだ。警察官でありながらけん銃もおいそれと使えないでは、手足がないのとおなじだよ」<br />
　鬼頭にとってさらに気がかりなのは、組織犯罪対策部なる新たな構想があることだ。警察庁が、ＦＢＩ（米連邦捜査局）方式の導入を検討した際に、同時に浮上した案だ。特命捜査という専門捜査部門は残るのだろうか。<br />
　「幹部ばかり増やして俺たちは誰に従えばいいんだ。ひとつの課に警部補や警部ばかりが多すぎる」<br />
　第一線の警察官の間にはこんな不満が鬱積（うっせき）していた。<br />
　朝陽商事に対しては「あらゆる法令を適用した捜査」とする警視庁方針が示された。それを受けて生安部は、生活経済課員をも投入し外為法違反を視野に貿易面の収支調査も開始した。暴力団の繋がりが出れば刑事部の投入もあり得るとされた。<br />
　事務所周辺には捜査員が配置され、朝に出されるゴミのチェックの指示も出された。外交員と見られる社員には尾行がついた。<br />
　出入りする不審な人物に対する職務質問は徹底された。社長車両をはじめ数台の車がＮシステムに登録され最大限の活用が下命された。</p>

<p>　それは幸せを伝える手紙だった<br />
　　　　×　　　　　　×　　　　　　　×　　　　　　　×<br />
　昨夜の張り込みで、鬼頭が新橋の分室に出勤したのは午前十時を過ぎていた。五日ぶりの出勤で、警視庁本部からの通達や内部連絡文書などが溜まっていた。<br />
　人事異動の内示書類の下に隠れていた一通の封書が鬼頭の目にとまった。表書きにはパソコンで印刷された住所・氏名が書かれていた。宛先が警視庁本部になっていたほか所属名もなかったことから、開封を一瞬、ためらった。恐る恐る裏返した。<br />
　国分寺に住む村橋知宏と岩瀬邦子の両名が書かれていた。邦子は知らないが、村橋知宏については鮮明に記憶している。封書を空けると結婚式への招待ハガキと手書きの手紙が入っていた。<br />
　拝啓　突然の手紙で失礼します。鬼頭刑事さんにあの事件でお世話になってから十五年が過ぎました。現在は国分寺市内にマンションを購入し、真面目に働いております。<br />
　この度、私たちは結婚することに成りました…　あの時、鬼頭刑事さんにお会いしなければ私の人生はありませんでした…<br />
　このところの仕事の忙しさで忘れかけていた村橋からの手紙だ。<br />
　それは悲惨な事件だった。<br />
　覚せい剤を使用していた村橋が十六歳から十八歳にかけて、両親に暴行を加え続け、最後は両親を包丁でメッタ刺にして重傷を負わせた事件だ。<br />
　多摩地区に住んでいた村橋が、ある朝、「朝食の支度が遅い」と因縁をつけて台所から包丁を持ち出し母親の腹など数カ所を刺した。止めに入った父にも襲いかかり、腹や大腿部などを刺した後、二人を放置して高校に登校した。<br />
　村橋は大量の返り血を浴びていたが、三十分もかかる自転車通学で学生服に付着した血痕は乾き、一見、何事もなかったように教室に入り、授業に臨もうとしていた。<br />
　しかし、隣りの席の生徒が村橋のワイシャツの袖口が血液で真っ赤に染まっているのに気づき、異様な臭いがしたことから職員室に駆け込んで先生に報告。担任が事情を聞くため教室に向かおうとした時、職員室の電話のベルが鳴った。<br />
　奥多摩警察署の駐在からの連絡で職員室は大騒ぎになった。和宏の父親が腹などを刺されたが、自宅に電話がなかったことから道路を腹這いになりながら、三百㍍離れた隣家に駆け込み、一一〇番通報した。<br />
　自宅では、台所で母親が全身血だらけで倒れ、意識が殆どない状態だった。二人は、隣家の杉田さんの小型トラックに乗せられ病院に収容され一命をとりとめた。<br />
　奥多摩署では村橋和宏を学校から同行して事情を聞いたところ、犯行を認めたという。<br />
　供述調書などによると和宏は一人息子だった。父親は青梅市の建築会社で働いていたがバスでの通勤のため一週間のうち帰ってくるのは二、三日。一週間も帰らない時もあった。<br />
　夏休みも間近な七月中旬、当時、中学生だった和宏が帰宅すると、玄関はカギがかけられ雨戸は閉められていた。いつも自宅では母親が内職をしているはずだった。裏木戸から入ろうとすると、母親が衣服と髪の毛を乱して寝室から飛び出してきた。<br />
　後を追うように、いつもは内職の材料を運ぶ男がハダカ同然で追いかけるように出てきた。男は和宏とぶつかりそうになり、慌てて居間にあった衣服を身につけ逃げるように出て行った。中学生になった和宏には、何があったか想像がついた。<br />
　その夜、和宏は自宅で母親をなじった。なじるだけではなかった。初めて暴力を振るった。大人と言っても自宅で白昼からの淫らな行為を許せなかった。<br />
　殴られた母は「許してほしい」と何度も嘆願したが、和宏は許せなかった。余りにも不潔に感じたからだ。和宏は自宅を自転車で飛び出した。夢中でペダルを漕いだ。気が付いたときには中央線の車内だった。<br />
　渋谷の道玄坂にいた数人から声を掛けられた和宏は、すぐ意気投合した。中学生とはいえ身長が一六〇㌢近くもったあったことから高校生以上に見えたのだろう。そしてその夜、初めて覚せい剤を経験した。<br />
　こんな供述を得た奥多摩署は、当時、本部生安少年課に連絡。渋谷周辺に存在する「覚せい剤遊びの不良少年団」の調査を実施。保安課が渋谷東署と合同で捜査に着手。当時同課員だった鬼頭は、渋谷周辺覚せい剤密売事件の捜査の一員に抜擢された。<br />
　村橋少年と出会ったのはその時だった。奥多摩署で調べを受けている村橋から、覚せい剤仲間の割り出しの協力を得るため、どうしても情報が必要だった。<br />
　何度も通ううちに、こんな可愛い男の子が覚せい剤に手を出すとは思えなかった。あまりにも素直な子供だった。村橋は鬼頭に蕩々（とうとう）と話した。<br />
　「覚せい剤を使用するとき、アルミホイルに乗せて下からライターであぶり、煙を吸いました。三、四回繰り返しているうちに、嫌なことはすっかり忘れました。急に元気も出てきました」<br />
　以来、村橋は、気持ちの良さから脱却できずにズルズルと渋谷に通うようになったという。父親の勤める建築関係は好況で手当が多く、母親は自宅で内職しており、中学生時代から不自由のない生活を送っていた。<br />
　しかし、覚せい剤に手を出してからは小遣いが足りなくなり、母親の引出からへそくりを盗んだこともあったという。既に、奥多摩署の調べ官に話していたことだが、なぜか村橋は鬼頭を見ると何度も繰り返すように喋った。<br />
　「罪を憎んで人を憎まず」を、犯罪捜査の哲学とする鬼頭は、村橋少年に興味を持った。幸い、奥多摩署少年係りには同期の係長がいた。更正を約束したのは最後の調べだった。<br />
　「しっかり反省し少年院からは一日も早く出るように。それがお父さんお母さんに対する最大の謝罪だ。そして一日も早く真人間になってほしい。就職で困ったら何時でも連絡するように…」<br />
　こう諭された村橋は、「おじさん…」と泣きながら鬼頭の手をとり、すがりつくような目で見つめてきた。その目は、覚せい剤少年とは思えないほど綺麗だった。<br />
　鬼頭は、少年係長に「村橋少年の件をよろしく」と言って署を去ったのが村橋との最後だった。事件捜査は順調に進み、八人の密売人のイラン人を逮捕。突き上げ捜査で蒲田に住む暴力団を摘発した。<br />
　何年か過ぎたころ突然、村橋から手紙が届いた。係長に聞いて手紙を書いたという。少年院を出て自宅に帰った村橋は同じ地区にある製材所で働いており、父母の面倒を見ていると書かれていた。<br />
　母親はすっかり元気を取り戻し、父とは老後を語り合うまでになったという。鬼頭はこんな手紙を受け取ったが、特命捜査官でもあり、係長に「宜しく」と伝えてもらうよう依頼しただけでそのままになっていた。<br />
□　　　□　　　□<br />
　覚せい剤などの薬物は、「使用しているうちはやめられない」という〝依存性〟があり、次第に〝乱用〟に陥り、やがては〝幻覚〟が現れ、さらには〝妄想〟に伴い自分で自分を傷つけたり、他人に襲いかかるように危険性を増していく。<br />
　それだけに悲惨な事件が多い。昭和五十七年二月には、大阪市西成区の住宅で、四十七歳の無職男が、妻との夫婦喧嘩がきっかけで妻を刺し殺したあげく、止めようとした十一歳の息子も殺害する事件が発生した。覚せい剤の常習者だった。<br />
　血をみて錯乱状態になった男は、隣の建設作業員の部屋に押し入り、作業員夫妻をもメッタ刺しにした。悲鳴を聞いて駆けつけた周辺の人たちを次々に襲い、結局四人が殺害され、三人が重軽傷を負うという事件に発展している。<br />
　この事件当時は六百㌔代で推移していた国内での覚せい剤押収量も翌々年に急増、千六百㌔代の押収量になった。その後も増え続け、平成元年には一時は千㌔を割ったものの六年ごろからさらに増加の傾向を示し、十一年には二トンに迫る覚せい剤が押収されている。背景には、平成十年に明らかになった北朝鮮産の覚せい剤の流入が挙げられる。<br />
　村橋からの手紙を読んだ鬼頭は、結婚式での幸せそうな二人を想像した。<br />
　「鬼頭君」<br />
　風間から呼ばれて鬼頭は我に返った。<br />
　「下町署の本部からの情報だが、篠原組の見張りをしていた捜査員の家族が組員に嫌がらせ行為を受けたらしいな。どうしてだね」<br />
　「あの連中は警察官が事務所前を通るだけでピリピリしている。ましてや自動車で張り込むとナンバーを読み取り、陸運局で所有者を調べる。それが刑事だったりすると家族などへの嫌がらせを平気で行う。だから、張り込みはレンタカーなどが良いのですが、前から言っているのですが我が社は理解しようとしない」<br />
　「警察を脅す？。そんなことあるのかよ。別件で取ってしまぇねーのか、えっ」<br />
　風間の卓上の電話が鳴った。大阪府警からの電話だった。受話器を置いた風間が鬼頭と伊藤光太郎、榊原甚一の両警部補を机に呼んだ。<br />
　「大阪府警からの連絡で携帯に記録があった丸暴（暴力団員）の一人に通信傍受の令状が降りたらしい。名前は篠原組幹部の後藤田作之助という男だ。これらの情報連絡担当は榊原君にやってもらいたい。伊藤君は調整役のキャップを頼む」<br />
　「理事官、理事官=お電話です」<br />
　分室唯一の女性警察官・小宮山礼子警部補が風間に言った。<br />
　特命捜査官室には二十の机があり、各デスクにはパソコンが配置されている。テレビのニュースを見ていた風間は小宮山の声にようやく気づいた。<br />
　電話は本部の薬対課長からだった。<br />
　「今、多摩川署の佐山署長から連絡が入って調布市内の多摩川沿いにある山本物産の倉庫の人の動きがおかしいというんだ。署長は生安出身で俺の同期だ」<br />
　「ほう。それが、どうして薬なんですか？」<br />
　「そこの駐在が日誌をつけていて、だいぶ前に新聞で見たイラン人密売組織の実態のニュースがどうも心にひっかかると言うんだ」<br />
　「ああ、去年夏に東京タイムスの記事かな」<br />
　「数日前の夜、駐在さんが多摩川沿いでイラン人を職質（職務質問）したらしい」<br />
　「うんうん。それで薬が出た！」<br />
　「山本物産は有機農産物や海産物などの輸出業者。その倉庫が多摩川沿いにある。だが、何か月かに一度の割合で早朝に不審なベンツが来るそうだ」<br />
　「それと、覚せい剤を持ったイラン人、輸出業者……なるほど。不釣り合いだらけだから、面白いわけだ」<br />
　「署の保安で（捜査を）やろうとしたが余裕があるなら、ご教示をいただければと」<br />
　「いま、所轄の生安は大変だからなぁ。けん銃月間だのなんだのかんだのと言って…。分かりました課長。鬼頭を出します」<br />
　「なんとかぁーなるだろう♪ー」<br />
　風間は受話器を置いた後の素っ頓狂な声で植木等の歌を唱ったのには室内にいた職員全員が驚いた。<br />
　風間は、今回の一件を鬼頭に頼むことにした。多摩川署管内のその場所は、警備・公安でも興味を引きつける地域だったからだ。<br />
　数日後、鬼頭は多摩川署を訪れた。佐山署長室に入ると生安課長と杉山が待っていた。<br />
　「鬼頭君よ>」<br />
　「杉山さん！」<br />
　「どこに、いるんだよお前は……」<br />
　「杉山さんこそ、なんでここにいるんですか」<br />
　二人は署長室で抱き合いながら再会を祝福し合った。<br />
　あれは昭和四十五年の出来事だった。六〇年安保闘争の全盛期。日米安保反対をスローガンに掲げた全学連によるデモは解散地の日比谷公園に到着後に必ず、荒れた。<br />
　杉山は当時、淀橋西署員だったが、緊急時に招集・編成される特別機動隊隊員でもあり、連日部隊にいた。十月のある日、東京・紀尾井町の清水谷公園を出発したデモは、日比谷の解散地点に到着したのが夕方の五時を過ぎていた。<br />
　部隊規制を解いた直後に学生達は日比谷通りをカルチェラタン化。現場は火焔瓶と沿道の敷石が飛び交い、これに機動隊はガス銃と放水車で応戦した。<br />
　一進一退の攻防は未明まで続いたが、火炎瓶を背中に受けた杉山が火だるまで放水車の前で倒れ込んだ。<br />
　放水を直接かけると水圧が強く人間ひとりをはじき飛ばしてしまい、逆に怪我をさせる。このため放水車は杉山から数㍍離れた地点に水圧の焦点を決めて放水した。杉山の背中の火は瞬く間に消えた。<br />
　「大丈夫ですか」<br />
　道路で警戒していた一人の制服警官が駆け寄った。<br />
　「私が連れて行きます。パトカーを呼んで下さい」<br />
　この男が鬼頭だった。千代田警察署の地域課にいた鬼頭はデモコースの交通整理などでかり出されていた。<br />
　鬼頭の手で杉山は飯田橋の警察病院に収容された。右背中の三分の一が焼けただれている重傷だった。<br />
　病院を二カ月で退院した杉山は、八丈島中警察署の警務課勤務を希望した。約三年間で背中の皮膚が固まったころ、東京都八丈島出張所の庶務課にいた美土里さんと結婚。自分の希望もあって島の南側で、八丈小島を臨む高台にある八丈島南地区駐在所に配置された。<br />
　鬼頭が杉山と会ったのは、警察病院に収容した時以来だった。<br />
　「そうすると、今回のイラン人の覚せい剤所持事案のお手柄は杉山さんですか」<br />
　「手柄というか偶然でな」<br />
　「格闘なさって捕まえたと聞いていますが、背中の傷は大丈夫でしたか」<br />
　「やっぱりだめでな。一部が破れて血が出たよ」<br />
　「しかし、奴さん達が磁石を使って隠ぺいする手法を良く知っていましたね」<br />
　鬼頭は格闘で捕まえたことよりも、薬物捜査員の間でしか知られていないイラン人独特の〝捜査逃れ緊急手段〟を見抜いた杉山の感を褒めた。<br />
　席は会議室に移された。そこには生安と刑事、地域から集められた捜査員に、本部薬物対策課の捜査員約十五人が待っていた。<br />
　最初に杉山から現場となる倉庫付近の状況が説明された。<br />
　これを受けて鬼頭が捜査方針の意見を述べようとした。<br />
　「今回の事件でイラン人を逮捕していますが、私はイラン人は単なる密売人と見ています。問題は倉庫の件ですが…」<br />
　そこまで言ったとき、薬物対策課の主任が鬼頭の言葉を遮った。<br />
　「実は、横浜税関からの一部情報がありまして、五日前に同住所地宛てのコンテナが一便、中国から横浜港に届いたそうです」<br />
　「タイミングが良すぎはしないか」<br />
　署長がニンマリとして言った。そして鬼頭が続けた。<br />
　「主任、どうだろう。コントロールドデリバリーしかないような気がするが」<br />
　「係長、私もそう思います。署長さんはどうですか」<br />
　「専門家の皆さんがそうおっしゃるのですから、お任せします」<br />
　コントロールドデリバリーは俗に言う「泳がせ捜査」である。覚せい剤の密輸入だけで物のみを押収するのではなく、その場から覚せい剤を持ち出し、どこに持ち込むのか。覚せい剤の最終行き先を割り出し、流れを掴んでから組織もろとも捕まえるというのだ。<br />
　最近の傾向として中国から荷出しされたコンテナを日本国内での最初の受け取り人は、何故か中国人の荷主なのだ。だから、そこで慌てて捕まえても意味がないことから、税関、厚生省麻薬取締官も最近は同様手段を使っている。<br />
　コンテナの荷受け人は、東京都新宿区大久保四丁目××番地、淋公平。管轄する淀橋西署で確認した結果、西新宿で焼き肉店を経営する在日中国人と分かった。<br />
　コンテナが多摩川べりの倉庫に配達されたのは、それから数日後の金曜日だった。同時に同倉庫は監視体勢にはいった。尾行班の割当てまで細かく決められた。<br />
</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T17:16:05+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-e7e0.html">
<title>小説・薬物捜査官　その３</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-e7e0.html</link>
<description>リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官　その３
　ある殺人...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />
<strong>小説・薬物捜査官　その３<br />
　ある殺人事件</strong><br />
　「詠子です。キャップいますか？」。<br />
　四日前に発生した葛西橋警察管内の強盗事件の聞き込みを終えて警視庁に帰る途中、隅田川にかかる両国橋付近の堤防に人だかりができ、赤色灯をつけたパトカーが止まっているのを目にした小橋詠子が、警視庁記者クラブの宮本キャップを電話口に呼び出した。<br />
　「詠子です。今、帰る途中なんですが、両国橋付近でパトカーが凄いんですよ。何か入っていますか？。覗いて行きたいのですが…」<br />
　「一課は今、庁内を回っているらしく誰もいない。俺とサブが留守番をしているんだ。なんだったら、そのまま夜回りに入ったらどうだ」<br />
　「分かりました。チーフにそう伝えて下さい」<br />
　チーフとは捜査一課担当の責任者で仲間からは「仕切り」と呼ばれている。詠子は平成三年入社。宇都宮支局を振り出しに支局と通信部を経験して三年前に社会部にあがった。チーフは三年先輩で、同じ早稲田出身だったことから気が合い、むしろ、〝警察好きの詠子〟を「花の捜査一課担当」に抜擢してくれた。<br />
　詠子の〝感〟は的中した。程なくして警視庁捜査一課長も到着した。<br />
　堤防の内側に数メートルにも及ぶ黒いビニールシートを敷いて、磁石の棒でなぞりながら足跡の採取に余念がない鑑識班。静電気足跡採取装置でごく最近、導入された警視庁鑑識班の最新鋭機である。<br />
　犯人が残した足跡の部分にホコリがたまるのを磁石で黒いビニールに吸い取るというもので、ビニールに付着したホコリが綺麗に靴の形を現してくれる。<br />
　それにしても、今日は暖かい日だ。隅田川の堤防の両側には桜並木が続き、もう既に蕾ははち切れんばかりに膨らんでいる。あと十日も過ぎれば、花見客で賑わうだろう堤防で、なんとも奇妙な鑑識作業が続いている。<br />
　詠子にとって宇都宮支局時代は、新人の記者生活だっただけに、花見をはじめ季節の行楽などは殆ど縁がなかった。もう、三十歳の声を聞いているのに、恋人にも巡り会っていない。<br />
　「あーあ。これで今度の日曜日もだめか…」<br />
　捜査用機材はここ数年、著しい進歩を遂げた。電車内の痴漢事件では、犯人が女性のお尻に触った手の平から繊維恨を採取。被害女性の繊維痕と比較し、同一であることを立証する微物鑑定という手法も威力を発揮している。<br />
　こうした〝科学捜査〟と刑事の感との組み合わせで、ますます複雑化、巧妙化する犯罪に立ち向かっているのだが、事件の認知件数が二百五十万件を超え、発生処理に追われて捜査が追いつかない情勢なのだ。刑事部長の笹川好夫などはそれが悩みの種でもある。<br />
　笹川は、キャリアの昭和五十六年入庁組み。警察庁薬物対策課課長の重森とは同期。二人が揃うと出る言葉が、米国の『ＦＢＩ（連邦捜査局）』方式の導入である。特に、覚せい剤など薬物犯罪は国境を越え、国際捜査機関との連絡調整は日に日に増加。重要性を帯び、ひとつの警察署あるいは、ひとつの警察本部単位では対応が困難な事案が多くなっているのだ。<br />
　刑事部門の笹川にしてみても、殺人事件だけでも県境はもはや存在しないことを十分認識しており、特に中国人を中心とした外国人犯罪は組織化が顕著で、県警同士の縄張り争いをしているようでは捜査は追いつかないというもどかしさにもぶち当たっている。</p>

<p>　　　　×　　　×　　　×　　　×　　　　×　　　×<br />
　午後六時を回ったころ、詠子に連絡が入った。<br />
　「まもなく江戸川警察署で捜査本部設置の記者会見をするそうだ。仕切りもそっちに向かった」。キャップの声だった。<br />
　江戸川署は、両国警察を改名して新しく建て替えられたもので署長応接室も結構な広さを誇る。両国署時代は、各新聞社やテレビが方面担当記者を配置していた。ところが、人員の合理化もあり数年前からは「方面担当記者」を配置している社はほとんど無くなった。<br />
　この方面担当記者の存在は、人脈づくりなどの意味合いもあり、結構、重宝がられており、今では、〝察回り記者〟の廃止を惜しむ先輩記者が多い。<br />
　殺人事件が発生し捜査本部の設置事件となると、警視庁から捜査一課長が所轄署に出向き、警察署長とともに記者会見に臨む。発生日から朝と夜の二回ずつ三日間、続けられる。警視庁には「七社会」「警視庁記者クラブ」「警視庁ニュース記者会」の三つの記者クラブがあり、新聞社は一課担を三人配置していることから、捜本設置の会見となると総勢で五十人近くになる。方面担当が存在した当時は七十人を超えた時もあった。<br />
　江戸川署の署長室は広く、署長の机と応接用イスの間にイスを増設だけで〝記者会見室〟が即席で誕生する。詠子が着いた時には既に、会見場はできあがっていた。捜査一課長と署長の会見が始まった。<br />
　「それでは、これまで分かったことを発表します」<br />
　配布された広報用紙には、被害者の名前や住所等は見あたらない。両国橋から言問橋にかけての両側の河岸は、何年か前からホームレスが滞在。青いビニール製テントの存在に、地元住民から何らかの対応策の要望が行政当局に出されていた。<br />
　「発表文を見てもらえば分かるように仏様の人定はとれていません。推定年齢は四十歳前後。後頭部に僅かな傷があり鈍器用のもので殴打されたともみられますが、死因とまでは特定できません」<br />
　「水を飲んでいないことから、殺害されたあと遺棄されたものとみられますので、只今、当署に特別捜査本部を設置しました」<br />
　「被害者は、ベージュのスーツ姿で赤っぽいポロシャツを着ています。所持品は何もありません。身体的特徴は奥歯を含めてだいぶ入れ歯が多いようです」<br />
　記者の間から矢継ぎ早に質問が飛んだ。<br />
　「一見してどんな職業が予想されるか？」<br />
　「ホームレスではないのか」<br />
　「殺害現場は？」<br />
　「死体は流れ着いたとみてよいのか」<br />
　「死亡推定時間は？」<br />
　詠子は現場の取材から事件には何かが隠されていることに気づいていたが、発生の一報を受けて駆けつけた一部の事件記者達にとっては「ホームレスの変死ではなかったのか」ぐらいしかデータが無かったようだ。<br />
　記者会見は第一発見時の状況、死体の状況と想像される死因等が簡単に説明された。そして捜査一課長はこう付け加えた。<br />
　「とにかく身元割り出しに全力をあげるしか手がないわけですから、その点では皆さんの協力が必要になるものと思います」<br />
　「この程度では特別捜査本部設置の会見とは言えない」<br />
　「殺害された被害者の人相、特徴をもっと詳しくしてほしい」<br />
　「死因や〝前足〟〝後ろ足〟など、発生してから五時間にもなるのだから、事件の組み立てぐらいは言ってほしい」（前足とは事件発生前の犯人の行動。後足は犯行後の行動の目撃情報などを意味する）<br />
　「所持金は無いのか。一見してサラリーマンか労働者かは？」<br />
　「強盗殺人と見て良いのか」など質問が相次いだ。<br />
　捜査一課長は「ムッ」として会場から逃れるように外に出て行った。記者連中は署長を取り囲んだ。<br />
　「まだ検死の段階であり詳しくは分かりません。分かり次第（資料の）投げ込みをします」と署長。いつものリップサービスに期待したのだが…？。<br />
　詠子は、現場の鑑識活動、捜査員の動きをつぶさに見ており幾つかの疑問を持っていた。詠子の几帳面な性格がいつも取材活動に現れるのを宮本キャップは見逃すばずはなく、それが信頼に繋がっているのだ。<br />
　それは①鑑識が丁寧に写真撮影していたのは被害者の洋服の胸元付近と左腕付近だった。発表によると死因とみられる傷の部位は「頭」というのに、何故？胸元と左腕なのか。②被害者のポケットから取り出した何枚かの紙片の存在が明らかにされていない③最も気にしていたのは現場で一課の林管理官と話していた数人の人物の存在だ。果たして「何者なのか」④被害者の身体から押収した携帯電話の存在すら発表していない─。<br />
　キャップからは、詠子が報告した、「林管理官と現場で接触した男の割り出し」に全力を投入するよう指示が出された。<br />
　「管理官と話しをしていた人物は公安なのだろうか」<br />
　詠子は回答を出すのに苦労するだろうと思った。<br />
　こうして〝夜回り〟の最重点は、林管理官と話しをしていた数人の男の確認。なかでも「年齢五十歳代。身長百七十㌢前後で、紺色のスーツに赤っぽいネクタイの人物は誰か」に絞られた。<br />
　詠子はカメラマンが撮影したネガを点検して、〝謎の男〟の写真入手を試みた。写真には写っていなかったばかりか、夜回りで、どの刑事に聞いても、幹部に聞いても「知らない」の言葉が返ってくるばかりだった。当人の林管理官は「その男の存在」すら否定した。<br />
　「おいっ、詠子よ。事件はどうなった。あの事件はよ」<br />
　キャップの宮本がイライラし始めていた。<br />
　「抜くネタは、ねぇーのかよ。だてに車を使ってるわけでねーだろうな」<br />
　何の進展も見ないまま、現場所轄署での会見は取り決めの三日が過ぎた。各社の扱いも最初は「外国人か？」「隅田川に他殺の水死体」の見出しが取れたものの、極端な情報不足に苦労した。四、五日過ぎると事件の続報は消えた。<br />
　それから数日後、毎朝の第二社会面に、<br />
　仙台市内を流れる広瀬川に中国系外国人の水死体<br />
　　　頭部に外傷　他殺か<br />
の四段見だしの記事が掲載され、注目を集めた。<br />
　東京日々や日報などはベタ記事での掲載だった。当然、全国の県警本部をテリトリーにする警察庁記者クラブの連中も、そんな記事は眼中になかった。事件屋の警視庁記者にも……<br />
　ただ、緊張感が漂っていたのは、警察庁十八階の西側にある薬物対策課。<br />
　両国橋の水死体は、首にかけられたペンダントに特徴があるのと、左腕に注射恨があったことから検死の結果、覚せい剤使用の陽性反応が出た。大量摂取によるショック死とも見られた。<br />
　そして、仙台の死体は、身元不明の五十歳から六十歳の男性。身長百六十五㌢。歯形に「前歯三本骨折」の痕跡。右手上腕部に、注射恨があった。所持品は財布のほか、ほとんどなかったが、「１・８・６・０・７・０・５・３・８・８・×・×・×・×」の不審なメモを所持していた。<br />
　その他、所持していた財布の中には二万五百四十円の現金があった。しかし、運転免許証やパスポートなど身分が分かる物の所持はなかった。<br />
　死因は、右上の顔面を鈍器様のもので殴られたことによる出血死と見られる。川には死後に放置されたとみられ、生活反応はなかった。<br />
　─　以上の報告を聞いた重森の表情が、見る見る強ばった。<br />
　メモの存在に気づいたのだ。隅田川の水死体の所持品などを調べた結果、洋服の左ポケットから出た紙片があった。<br />
　発見当時は水に濡れていたため放置されていたが、乾いたことから分かったもので、乱数時が書かれたメモが発見されたというのだ。<br />
　そのメモとは「１・８・６・０・７・０・５・３・８・８・×・×」だった。<br />
　「えっ、同じ番号ではないか」<br />
　この情報は、直ちに警視庁江戸川署捜査本部と新橋庁舎の薬物特命捜査官室の風間に伝えられた。<br />
　当然、極秘扱いとされた。いずれの死体も身元が判明していないため、共通性はないものの、刑事として、何かを感じない訳にはいられなかった。それは「１・８・６・０・７・０・５・３・８・８・×・×・×・×」の乱数字のメモだった。<br />
　警察庁として合同捜査本部の設置に向けた調整に乗り出すことになりそうだ。</p>

<p>　杜の都のオペレーション２<br />
　警察庁からの連絡を受けた風間は、鬼頭を仙台に出すことにした。鬼頭は十四時三十四分東京駅発の新幹線「やまびこ号」に間に合った。<br />
　宮城県出身の鬼頭にとって、何十年かぶりの東北方面への出張。しかし、故郷の「大野村」と言っても、現在は母親の墓が残されているだけだった。その田舎は、阿武隈川沿いにあり、親類を含めて知っている人はいないだろう。鬼頭は、そう思うと偏頭痛がした。それ以上を思い出すのを体が拒んだ。<br />
　四月に入ったというのに、みちのく仙台は寒かった。警察庁からの連絡とは言え、警視庁の鬼頭が共同捜査本部体制も組んでいない事件で、宮城県警を訪れることはできない。九州南西海域の工作船事件、高知沖覚せい剤遺棄事件という「北朝鮮仕出しの覚せい剤」を追っている薬物特命捜査官として、事件の感触をとりに行くのが目的だった。<br />
　仙台市警察署は捜査一課の応援を得て捜査本部を立ち上げ、生活安全部の薬物捜査班の数人が投入された。<br />
　覚せい剤利用の痕跡が見られたからだ。捜査一課員に市警、機動捜査隊、隣接署からの応援に加え生安部からも薬物関係捜査員が投入され総勢は九十人を超えた。当然、被害者の身元割り出しに全力を挙げざるを得なかった。<br />
　鬼頭が仙台駅に降り立ったのは定刻から二、三分遅れた午後四時五十分。十四番線ホームだった。小、中学、高校を宮城県内を点々として過ごし、夜間大学に通学するため仙台で五年間生活した。いわば第二の古里である。生活費の問題から、母親は仙台市長町の繊維会社の食堂に「まかない婦」として働き、鬼頭は北仙台にある南平台に六畳のアパートを借りて生活した。<br />
　そんな経験から土地鑑は十分にあった。あれから三十年以上の時間が経過している。東北新幹線が開通し、〝杜の都仙台〟の表玄関はコンコースができるなど、すっかり様変わりしていた。<br />
　身元不明の男の死体が発見された現場は、伊達政宗公が築城した青葉城の麓を流れる広瀬川に架かる大橋付近と聞いていた。<br />
　仙台駅でタクシーを拾った鬼頭は、暗くなる前に現場を見ておきたかった。駅から現場までタクシーで五分もかからなかった。青葉通りを西に向かい、右手に天文台のある桜ヶ丘公園横の緩やかな坂道を下ると大橋である。<br />
　運転手の話によると、広瀬川の西岸はかつては米軍の住居地域だったが、戦後、米軍撤収のあとは、その白く塗られた木造の施設が点在、東北大学の川内校舎として利用された時代もあったという。<br />
　青葉山はその南西側の八木山へと繋がり、その八木山には東北最大の動物園「八木山動物公園」がある。同市が動物園を開園した昭和四十年代では「放し飼い方式」の動物園として話題を呼んだ。<br />
　付近一帯は、青葉城公園と呼ばれるほど自然のままの姿を残し、市立美術館、仙台市博物館など公共施設も整備され、百万都市の市街地から車で十数分の位置にある文教地域。広瀬川はこの文教地区に沿って大きく右に蛇行。市の南に位置する長町付近で、名取川に合流する。<br />
　今回の事件は、このような閑静な文教・公園地域で発生した殺人事件だけに地元では大変な話題を呼んでいた。現場までタクシーを使うには近過ぎる距離だったが鬼頭は〝足代わり〟にするためだった。運転手は文句を言わなかった。<br />
　「おぎゃく（お客）さんは、とうちょう（東京）の文屋（記者）さんがね」<br />
　鬼頭が返答に困っていると、「案内でもすますか」と、東北らしい〝人懐っこさ〟をみせた。心を読まれたようでドキリとした。<br />
　死体は橋桁の淀みに浮いていたといい、橋の上から突き落とされたというよりは上流で遺棄された可能性が高かった。<br />
　「しま（暇）だから、おれ、ずうーっとみでいだべさ」。<br />
　この言葉に鬼頭は、聞き込みする時間が省け運転手から現場の詳細を十二分に聞き出すことができたのである。<br />
　「すんだ（死んだ）人だけど、みず商売のおなご達のあいだでは、なぬが有名な人らしいねぁ」<br />
　「国分町のスナック雅のママさんなんか、前の日に会ったばがりだったっていってだべさ」<br />
　さすが、情報通である。「その土地の美味い食べ物屋はタクシー運転手に聞け」と言われるようにタクシー運転手はその土地の情報屋なのだ。鬼頭は運転手の言う「雅」のママさんに会って話しを聞く必要があると思った。<br />
　しかし、運転手の言う新聞記者にしては名刺がないし、かと言って刑事と言うわけにもいかない。迷いはそれだけだった。日が暮れる前に今夜の宿を決めなければならない。<br />
　「なぁーに言ってるんだべさ、さぐなみ（作並温泉）がいいだっぺさ」<br />
　仙台近郊の温泉地を運転手に勧められたが、仕事上、そのような心境にはなれなかった。返事に窮していると、さとったのか駅前のビジネスホテルを紹介された。そのホテルからだと「雅」のある国分町は、歩いても十二、三分で行ける距離だった。<br />
　駅前のホテルから青葉通りを西に進み、市内最大の商店街、東一番町の次の交差点を右折した通りの延長線上に仙台一の歓楽街・国分町がある。「雅」は、国分町通りに面した袋小路の奥にあった。営業時間は午後八時から午前二時までだった。<br />
　「まだ二時間はあるか」。繁華街の散策で時間を潰すこととした。東一番町のアーケード下を北に歩いていると、まもなく定禅寺通りに突き当たった。クリスマスシーズンになると、ケヤキ並木にイルミネーションが取り付けられるところだ。<br />
　鬼頭の在仙当時はそのようなイベントはなかったが、いつ頃か警視庁に入ってニュースで見て初めて知った。<br />
　「あれから三十年か…」。途端に鬼頭は、胸が絞め付けられるように痛み、やがて偏頭痛へと変わった。腕時計を見た。八時七分前だった。推理小説好きのセールスマンを名乗ることにした。<br />
　「いらっしゃいませ。お一人ですか？カウンターにどうぞ」<br />
　二十歳代だろうか、カウンターの中にいた、瓜実（うりざね）顔の女性の挨拶で出迎えられた。ママさんには、ちょっと若過ぎる年齢だ。一オクターブ高いが、透き通るような声だった。〝仙台美人〟というよりは、秋田美人の顔だ。<br />
　「ママさんですか？」<br />
　「私はアルバイトの京子でーす。ママはまもなく来ますよ。お客さん初めてですか」<br />
　陳列棚のボトルを見ると、懐かしい「ジョニーウォーカーのブラック」から、「アーリータイムス」「サントリーオールド」など庶民的酒類が多い店だ。<br />
　「日本酒もあるんですよ」<br />
　「浦霞という地酒もあるんです。ママは升酒で塩を肴にこの酒を飲むんですよ」<br />
　「いいね。それにするか？」<br />
　「やだぁーっ、お客さん。いきなりいくの？。いっしょにいきません。ビールでよ…」<br />
　人の心を読み取る商売の刑事にしては、ちょっぴりせっかちで悪い癖が出てしまった。だから女性にはもてないのかもしれない。そうこうしているうちに、和服姿の美人が入ってきた。まさに「小股が切れ上がった女」だった。<br />
　「こんばんわぁっ。こちらさん京ちゃんのお友達？」<br />
　ホステスも美人ならママも鬼頭好みのタイプだった。とりあえず三人で乾杯することにした。たわいもない会話で盛り上がった。<br />
　「お客さん、東京から？。出張で来られたのですか？」<br />
　鬼頭は考えた。仕事の素性を明らかにするわけにもいかない。共同捜査本部でも組まれていれば、「内緒」の話しもできようが、県警の立場を考慮すれば嘘を言う以外になかった。かと言って、この店に来た主たる目的は、広瀬川殺人事件の聞き込みだった。<br />
　「マスコミに友達がいるのだが、殺人事件があったらしく、忙しそうで会ってもらえないのですよ。仙台は初めてでないので、適当に遊んでいると言う訳で……」<br />
　「そうでしたの？　殺人事件ねーっ。それがねー、あの殺された方は…」<br />
　店内には自分が唯一の客で安心したのか、ママが喋りだした。<br />
　「京ちゃん、何日前だったかしら…」<br />
　「事件のある三日前よ。藍ちゃんが休んだ日。いえね、実はきょうは休んでいるのですが、もうひとりいるんです。超美人が…」<br />
　京子はペロリと舌を出し、鬼頭を見た。<br />
　「そうそう、あの日よ。二、三カ月に何日かまとめて来るお客さんで有名なの。最初は船乗りかなと思ったのだが、それも違うようで……。仕事の内容は分からないのですが、気っ風の良い人でね。韓国人のようで朴さんとか言うひとなんです。いつもは何日か連続で来ているが、今回は一日だけなので、どうされたのだろうと思っていたら…」　　<br />
　「日本人より気っ風が良いってわけですか？」<br />
　「ごめんなさい。そう言う訳ではないんですが、とにかく、何人か連れてきて一晩にヘネシーのＶＳＯＰを数本も空けてしまう人なんです」<br />
　「そう。ママさんにチョー惚れているようで、必ず『こんどは香港に案内するよ』って言って帰るの。実現したためしがないけどね」<br />
　「どこに住んでいるのですかね…。数か月に一度しか来ないのは…。富豪なのかね…。新聞には出ていなかったよね。警察は知らないのかな？」<br />
　鬼頭はできるだけ商売っ気を出さないようにと思ったつもりだが、矢継ぎ早の質問に相手は疑問を感じたに違いない。<br />
　「記者の友人が一緒にいたら、ママの話しに喜んだろうな」と付け加えた。<br />
　これから話しが佳境に入ろうとしたその時、女性を連れた中年の恰幅の良い男が入ってきた。時計を見たら十時を回っていた。<br />
　韓国人か中国人で「ボク」と言う名の男と分かった。しかも数ヶ月に一度程度の来店ということは、その間は仙台から離れて仕事をする男ということになる。下の名前や仕事にヒントになるものを知りたかったが鬼頭は、今晩はこれくらいにして明日また、来ようと会計を済ませて店を出た。<br />
　仙台にいた当時、よく通った「五右衛門ラーメン」に立ち寄り味噌ラーメンを注文した。モヤシ、ピーマンなど野菜が豊富だったことが記憶に鮮明に残っていた。ただ、変わっていたのは当時の「髭の店長」の姿が見えないことだった。店長が代わっても、よく同じ店が続けられたものだと鬼頭は感心した。ホテルに着いた鬼頭は、シャワーを浴びて眠りについた。</p>

<p>　広瀬川の水死体<br />
　鬼頭は時計を見た。午前二時を過ぎたばかりだった。電話の呼び出し音で目が覚めた。風間理事官からの電話だった。<br />
　「どうした？」<br />
　「あっ、お早うございます。どうもしませんよ」<br />
　「こっちから幾つか報告しておきたいことがあるんだ」<br />
　「１・８・６・０・７・０・５・３・８・８……という例の変な数字は、電話番号だったのだよ。点を取ると最初の１８６は非通知を解除するときに頭に付ける例の番号だ。あとは携帯番号。その点では共通性があるので察庁と相談して共捜にしようかと思っている。文屋には発表せずにな」<br />
　「その番号の相手は分かったのですか」<br />
　「架けると『現在使われていません』のガイダンスが流れているため捜査関係事項照会でやっている」<br />
　「死体が韓国人か中国人の可能性が高くなりました。朴という名字だそうです。二、三カ月に連続で数日間だけ現れる飲み屋を割り出して聞きました」<br />
　「数人連れて現れ、一晩に五、六万円飲んで帰るらしい。その店のママに惚れていて香港に誘っているらしい」<br />
　「死体発見の三日前に現れたというんです。いつもは連続で来店するのに今回は一日だけだった。県警はかなりの情報を持っていると思います。理事官の言った共同捜査のほうがやりやすいのではないですかね。一課は、どう言っているのですか」<br />
　「一課も同じ考えだ。それともうひとつ多摩川署は順調にいっているらしい。さらにだ、朝陽商事関係でひとつ進展があったよ」<br />
　「なんですか？」<br />
　鬼頭は胸が高鳴った。風間は続けた。<br />
　「あそこから金借りてその後、破産宣告した女がいて、新潟市内の女らしいがその女宅で朝陽の社員がトラブルになった」<br />
　「警察署員が駆けつけると今度は朝陽の社員が警察官を殴ったという」<br />
　「それで逮捕した？」<br />
　「そう逮捕した。あそこは九州沖であがった携帯の所有者がいたよな」<br />
　「いました。たしか金田悟とか言いました」<br />
　「朝陽は正式な貸し金業ではないから貸金業法違反の疑いは出てきたわけですね」<br />
　「入り口だけは見つかったんではねぇか」<br />
　「理事官、私は戻ります。朝陽が心配ですから…」<br />
　「いや、帰らなくて良い。そっちを見て欲しい」<br />
　「しかし、海の物とも山の物とも分からない事件ですよ。こっちは…」<br />
　「そうじゃない。こうして君には全部報告している。全体的に実査してほしい。今回の一連の事件は広域も超がつく。警察庁の方針でもあるんだよ。重森さんが君をオペレーション段階から呼んだのも鹿児島県警に出したのもそれが狙いなんだ」<br />
　さらに風間は続けた。<br />
　「これを薬物捜査の前例にしたいものだと思っているんだ」<br />
　鬼頭は、風間に悪いことを言ってしまったと思った。<br />
　「分かりました。すみませんでした」<br />
　「疲れたら、遠慮なく温泉にでも行って頭を冷やして来い。君は特命そうさくかん（捜査官）なんだから…。捜さく（捜索）してみろよ。さく並（作並）温泉という字が出てくるだろう？」<br />
　電話はそう言って切れた。風間独特の〝親爺ギャグ〟だ。<br />
　鬼頭は荻窪の自宅に電話を架けた。<br />
　「もしもし、俺だけど」<br />
　「どうなさいました。仙台ではないんですか？」<br />
　「ちょっと今年の年賀状を見てくれないかな。名前は高橋清則。仙台市の住所と連絡電話番号が分かったら携帯に電話をくれないか」<br />
　「分かりました。それから幸子なんだけどね、今度、松島に友達と行きたいと言っているの。パンフレットでも良いから貰って来てよ」<br />
　幸子は長女で二十八歳にもなるが結婚もしないで、未だに親の家に〝ヤドカリ〟の状態なのだ。<br />
　鬼頭と妻の絵美が結婚したのは昭和四十九年。東京・丸の内で白昼、四菱工業本社爆破事件があった年だった。<br />
　女性警察官だった絵美は、静岡県出身で鬼頭とは四つ違いのスレンダー美人。本部交通総務課では〝ミス紙芝居〟として話題の女性だった。<br />
　当時、警視庁では広報活動の一環として紙芝居を導入。交通安全のＰＲのため有志で紙芝居団を結成。各警察署回りをしていた。<br />
　もともと、鬼頭は芸能人にあこがれ、なかでも青春時代には日活女優の北原三枝が大好き人間。石原裕次郎と結婚した当時は、嫉妬心から阿武隈川の橋の下で高校生ながら焼酎をがぶ飲みして補導された経験を持っている。<br />
　石原慎太郎原作の「狂った果実」に酔いしれた。<br />
　裕次郎と北原三枝がヨット上で絡み合うシーンは、思春期の高校生の性刺激には十分だった。映画を見ていてパンツを汚した少年も多かった。<br />
　妻の絵美は、北原三枝とまではいかないが警視庁の紙芝居団員の〝声優〟としてチヤホヤされる〝スター〟的な存在。田舎出身の鬼頭にとっては高嶺の花にみえた。<br />
　どうしてアタックしようかと日夜悩んだ鬼頭は、台東区内のある小学校で開かれた交通安全の集いの紙芝居大会で、絵美に百本のバラの花束を渡した。それが縁で交際を始めたが、安月給で見栄をはるものだから、たちまちサラ金地獄へ堕ちた。<br />
　その借金は、結婚式のお祝い金から清算している。だから、今でも絵美に頭が上がらないのだった。<br />
　数分後に絵美から電話があった。高橋は仙台市泉区に住んでいて、宮城県警の機動捜査隊に在籍していた。<br />
　「それから貴方、村橋さんの結婚式は出席できるのですか？」<br />
　「何時だっけ？忘れていたよ。行けなくなったというよりは特命という仕事柄、いまは顔を出すわけにはいかないんだ。悪いけど電報うっておいてくれないかな」<br />
　それより、鬼頭は警察大学の警部任用科で同期だった高橋と話したい衝動に駆られ、電話を架けてみることにした。<br />
　「はい、高橋です」<br />
　「警視庁の鬼頭です。ご無沙汰しています」<br />
　「おーっ久しぶり。今、ヤク（薬）の特命やってんだって。で、何かあったのかね。何時でも協力するぜ。なにしろ天下の警視庁さんだからな」<br />
　「今夜、時間あるかな。仙台に居るんだ。飲みたいね。積もる話しもあるし……」<br />
　二人が落ち合ったのは国分町の牛タンの店だった。<br />
　高橋が結婚して京都に新婚旅行に行った帰りに東京で途中下車し、警視庁を見学したあと銀座で夫婦同士で食事をして以来の再会だった。<br />
　「特命捜査官だろう。例の事件で動いているのかね。生安には情報が入っていたぞ」<br />
　「さすがだね。そうなれば話しが早い。誰か紹介してくれないかな。公には動けないし困っていたんだ」<br />
　「なに言ってるんだよ。察庁から本部長に既に電話が入っていたよ」<br />
　高橋はそんなことだろうと思い、生安の保安係長を呼び出していた。係長が駆けつけてくれた。名刺を交換したあと、係長が話し出した。<br />
　「昨夜遅く分かったのでマスコミには発表していないが、殺されたのは朴こと金山剛と言って中国残留孤児のようだ。東京の港区に事務所を構えているらしい。今、裏をとっている最中だ」<br />
　保安係長はさらに続けた。<br />
　「前科もなく紋（指紋）では割れなかった。残留ではねー」<br />
　「朴。金山剛。どうして割った？」<br />
　「それが、たれ込みなんだよ。市警の交換に言ってきて、すぐ切れたらしい」<br />
　「（確定には）時間の問題だと思うよ。百人体勢でやっているから。殺しなんて東京では年中あるだろうが、なにしろ田舎県警だから…もう、大騒ぎよ」<br />
　「それより、正式に挨拶に来たほうがいいのではないか？。本部長が気にしていたよ。なんか察庁の課長さんとは同期らしい。それで『おまえらの足下にも及ばない専門官が来るぞ！』なんて自慢していたぞ」<br />
　鬼頭は照れた。ホテルに帰ったのは十一時を過ぎていた。風間に情報を入れ、県警に挨拶に行く了解をとろうと思った。その時、携帯が鳴った。風間からだった。<br />
　「鬼頭君！。今、話せるか？」<br />
　「ちょうど理事官に電話をしようと思っていたところです。なにかありました？」<br />
　「うん、地域からの連絡で仙台の死体がな、どうもこっちに足があるらしい。それで明日は宮城県警の捜査本部に行ってくれないか。察庁の重森課長が既に伊藤本部長には伝えてあるらしい。同期らしいんだ」<br />
　「私もそのことを伝えようと思ったのです。実は……」<br />
　鬼頭は、今夜の牛タン屋での出来事を全て話した。<br />
　仙台市警察署は県警本部の近くにあった。署長室に挨拶に行くと、蜂の巣を突っついたような騒ぎになっていた。広瀬川で水死体で発見された人物が東京の人間だったことが判明したが、その内容が毎朝新聞の朝刊に載っていたからだ。<br />
　　　広瀬川の水死体は東京の古物商<br />
　　　　　覚せい剤取引のもつれか<br />
　　　　　　　背後に暴力団の陰も<br />
　縦と横と併せて三本の見出しが社会面トップで踊っていた。<br />
　「なんでマスコミに漏れるんだよ。ったく。しかも、警察よりも詳しいじゃぁーねーかよ。どういう事なんだよ…」<br />
　「捜査一課長に聞かれたんだが…。俺のほうが聞きたいぐらいだよ」<br />
　副署長席にいた署長のグチが署内に轟いていた。鬼頭は「まずいところに来たな」と思った。既に保安係長が待っていて署長室に案内されてた。<br />
　「鬼頭さんですか。お待ちしておりました。しかしなんですなぁー。東京あたりではもっと激しいのでしょう？　マスコミってやつはすばしこいのなんの」と署長のグチは止まらなかった。<br />
　まもなく市警四階で記者会見が開かれた。<br />
　「捜査一課長は時間が取れないので代わって私が発表させていただきます」<br />
　「今朝ほど毎朝さんが特ダネを書きましたが…、被害者は東京都港区高輪在住の男でございますのですが…」<br />
　なんとも歯切れが悪い署長会見のスタートだ。しばらく考えた後、署長は配布した広報文を淡々と読み上げた。<br />
　「これ以上については捜査中ですので言えません。言えないというよりは分からないのでございます」<br />
　「毎朝に書いてあるのは事実か？」<br />
　最前列に陣取った古参の記者が聞いた。抜かれた腹いせに確認したのだろう。<br />
　「それは毎朝に聞いて下さい=」<br />
　「聞けとか聞かないとかでなく、捜査本部としてもそのような情報を持っているかと聞いているんだよ」<br />
　　古参記者はさらに食い下がった。<br />
　「覚せい剤取引は本当か？　暴力団絡みなら四課を入れるのかよ。増員するのか、しねーのか、ハッキリ言えよ」<br />
　「現在…捜査員をですね…東京に出しておりまして…」<br />
　署長の声がくぐもった。会見場はしばらく沈黙が続いた。</p>

<p>　「金山は仙台には時々来ていたのですか？」<br />
　ひときわ甲高い女性の声が後ろのほうから響いた。<br />
　「今、質問した社はどこ？」<br />
　「はい、毎朝の小橋詠子と申します」<br />
　「見たことがない顔だが、幹事さん、良いのかな」<br />
　記者会見とは記者クラブ加盟社のみに与えられた特権である。通常はクラブ員のみの参加が許されているのだが、全国面を賑わすような大きな事件になると本社からの応援記者も、時々やってくる。<br />
　通常は遠慮がちに会見場の後ろに控え、質問なんてしないことが暗黙の了解になっているはずだ。<br />
　ところが、毎朝の小橋という女性は無遠慮に質問したため署長がたしなめたのだった。<br />
　「クラブ員以外の質問はやめろよ>」<br />
　幹事社の地元の仙北新聞社会部記者が詠子の質問をけん制した。さきほど質問した古参記者だった。<br />
　小橋詠子は毎朝新聞の警視庁詰め記者。隅田川に浮いた水死体の事件を担当していたが、仙台の水死体の事件では外部からの垂れ込み（情報提供）があり、仙台支局が本社に応援記者の派遣を求めた。<br />
　詠子は、捜査一課担当だが将来は警視庁初の女性キャップにさせるのが同社の方針だ。現社会部長も警視庁キャップ出身。これまで女性記者といえば家庭面か文化面、あるいは芸能面担当記者だったが、今では社会部にも十人以上の女性記者がおり、社会部長に女性が就任する日もそう遠くはない。詠子はその筆頭候補だ。<br />
　隅田川の水死体発見時の初動取材でも詠子は他社より一歩、抜きん出ていた。さらに、九州南西海域不審船事件でも同社は携帯電話の存在と販売先をいち早く突き止め、特ダネ報道している。<br />
　記者会見を終えた詠子は、署の外に出た玄関付近で携帯で本社と連絡をとっていたその時、詠子の脇を擦り抜けるように通った一人の男に気づいた。<br />
　「どこかで見た記憶がある」<br />
　そう直感した詠子はその男を追った。が、男の姿は無かった。</p>

<p>　捜査本部の調べで、金山剛の人定が少しずつ明らかになった。<br />
　一九五四年に中国の広州に生まれた残留孤児。昭和五十七年に父方の実家である宮城県角田市で市民権を得て帰化。母親とは平成二年に死別したが、現在は妻と子供の三人で東京都港区高輪四丁目の高級マンションに住み、港区新橋で古物商を営んでいる。<br />
　高輪のマンション住民の評判は「いつもにこやかに挨拶し、奥さんとも仲が良く明るい家庭のご主人」と評価は高い。<br />
　その一方で、店舗先には古物商にも係わらず古銭や掛け軸など数点が飾られているだけで、繁盛しているとはとうてい思えなかった。<br />
　しかし、乗り回しているのは赤いアウディの３ナンバーの高級乗用車。古物商仲間からは、かねてから暴力団との交際の噂も取り沙汰されていた。<br />
　その男が仙台市内で水死体で発見され、覚せい剤の注射恨まで確認されたのだ。遺体発見当時所持品が少なかったため身元の判明まで時間がかかった。<br />
　捜査本部は、金山が乗っていた自動車の存在が掴めなかった。運転免許証ごと無くなっているのだ。東北縦貫自動車道の仙台周辺の料金所で料金表の指紋割り出しに全力をあげることになった。<br />
　警察庁が調整に乗り出し、東京から宮城県までを含めて、行動確認が必要なアウディについては宮城県警の担当とし、「品川３３０××…」の車両番号で、Ｎシステムの分析作業を進めるよう指示した。<br />
　携帯番号については、隅田川の水死体と同一番号だったこと。割当てがドコモ東海だったことなどから総合的に判断して、既に警視庁の担当とし捜査が進められていた。<br />
　これまでの捜査で、判明しているのは、「１・８・６・０・７・０・５・３・８・８・×・×・×・×」を解明した結果、番号通知にする「１８６」を除き「・」を削除すると、０７０・５３８８・××…となり、「０７０」の携帯電話番号と判明。さらにその後の捜査で「０７０」で始まる番号は「ＰＨＳ」携帯で、「０７０・５３８８…」の番号はドコモ東海への割当てだったことも分かった。<br />
　警視庁では、刑事訴訟法第百九十七条の「捜査に必要な取調」の第二項「捜査については、公務所または公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」に照らして照会した結果、この携帯は、大阪市生野区巽中××在住の韓国人留学生(一九歳)が購入したことになっていた。<br />
　この留学生は、見知らぬ男から「買ってほしい」と頼まれて名古屋市内の携帯電話ショップで計五台を買い、うち一台は謝礼として貰ったものの、他の四台については「知らない」と証言。そのうちの一台が「０７０・５３８８・×・×……」と断定された。<br />
　追跡捜査の結果、携帯の所持者は、東京都新宿区歌舞伎町の朝陽商事の伯という人物と分かった。<br />
　公安関係の資料によると伯は、昭和五十八年前後に商事に入社。現在は非常勤役員とし、海産物研究員や資源調査員の肩書きを持ち、貿易関係評論家として、国内外で活動していることが確認されている。<br />
　ＮＴＴに依頼した番号調査の結果、同番号の携帯は解約されないまま行方不明になっているのに加え、料金未納が続いたため、ＮＴＴが強制解約にしていた。振り込み先の口座を調べた結果、既に口座は解約されていた。<br />
　鬼頭は、風間理事官からの指示もあり県警の警備、刑事、生活安全部の各幹部への挨拶回りのため県警本部に向かった。県警本部では機動捜査隊員の高橋が待っていた。<br />
　最初に紹介されたのは生活安全部長。生安部長に案内され県警本部長室に向かった。<br />
　本部長室では、伊藤本部長が笑顔で迎えてくれた。<br />
　「やぁどうも。よくいらっしゃいました。重森からお名前は聞いています」<br />
　伊藤の厳つい顔がほころんだ。生安部長も高橋も初めて見る本部長の笑顔だった。<br />
　警視庁の特命捜査官とはいえ身分は警部にすぎない。それが警視長の県警本部長までの出迎えを受けるとは、階級関係の厳しい警察社会ではあり得ないことだ。これも、警察庁の重森薬物対策課長のおかげと鬼頭は感謝した。<br />
　生安部長は、戦時中の昭和十九年生まれで鬼頭とは同年齢。仙台市と隣接する塩釜市の漁師の家に生まれたが、警察官にあこがれ勘当同然の扱いを受けて実家を飛び出した男だった。<br />
　伊藤本部長は、重森課長と同期入庁組みで警察庁の交通企画課長からの就任。三人はなぜか、妙に話しが合った。<br />
　「殺しは私も担当していましたので、金山の実家がある角田市に行きませんか？」<br />
　本部長室を出た高橋が鬼頭に聞いた。<br />
　「そうだね、見ておくか」<br />
　「私もそう思います。それに実家の確認は角森警察署には連絡しているはずですが、捜査の実質的な指揮官としての鬼頭さんにとっても実査しておいたほうが良いのではないですか」<br />
</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T17:13:50+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-e7ff.html">
<title>小説・薬物捜査官　その４</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-e7ff.html</link>
<description>リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官　その４
　威信をか...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />
<strong>小説・薬物捜査官　その４<br />
　威信をかけた捜査を…</strong><br />
　<br />
　角田市に向かう日の朝、ホテルの食堂で朝食をとろうとしていたら携帯が鳴った。風間からだった。<br />
　「今朝の東京日々新聞を見たかね」<br />
　「今、見ながらコーヒーを飲もうとしていますが、なんですか？」<br />
　「北朝鮮に日本の丸暴が行ったという話しだよ。一面に出ているだろう、一面…」<br />
　「一面は米国の国防総省の話しですよ。理事官は違う新聞を読んでいるのではないでしょうね。あるいはまだ寝ぼけていたりして…」<br />
　「そうか、お前は田舎の新聞を読んでいるんだ。新聞でなくて旧聞をな。だから出ていないんだ。ファックスするからさ。見といてな田舎者さんよ>」<br />
　風間がこんな言葉を使うときは、調子の良い時である。<br />
　新聞のファックスが届いた。<br />
　　「平壌市内で日本の暴力団が暗躍」<br />
　　　　覚せい剤の買い付けか　今月はじめ北京経由で入国<br />
　　　　　韓国紙が報道<br />
　こんな見出しで、横見出しは黒ベタ凸版だった。鬼頭は自室に帰り本文を読んだ。<br />
　　【ソウル＝太田まきこ】韓国の東洋新聞の二十四日の報道によると、日本の「キタカミ　マサヤ」と名乗る男が北朝鮮の公安当局に身柄を拘束されていることが明らかになった。同　　報道については、数日前に北朝鮮の平壌日報でも報じられている。<br />
　　　男は、今月上旬に日本の成田国際空港から出国。北京経由で平壌入りしたもので…<br />
　鬼頭は風間に電話を架けなおした。<br />
　「理事官、これ本当ですか？。ヨタ記事でないなら警視庁には入っていたのですか？」<br />
　警察業界では新聞記事を指して「ヨタ記事」という文言を良く使う。当局が発表していないうえ内容が、全くでたらめな記事を、そう呼んでいるのだ。<br />
　「入っていた。外務省から昨日の夜に連絡があった。外事課にだ。だから報道は同時に掴んだのだろうな。ほら、特に東京日々新聞は北朝鮮に強いからな…」<br />
　「どこの人間なんですか？」<br />
　「それが仙台市なんだ。北上雅也と言って住所は仙台市泉区南光台×丁目××なんだけど、逮捕歴があってな、中国人裏社会の陰の仕掛け人と呼ばれている一人らしい」<br />
　「聞いたことありますね。確か、五、六年前だったと記憶していますが、中国残留孤児で覚せい剤取締法（所持）容疑でしたよね」<br />
　「そう。福島県警と郡山中央署が追っていた事件だった。日弁連が違法捜査と騒いだ家庭内暴力保護少年と覚せい剤を結びつけた事件だよ」<br />
　「たしか、その少年の供述に基づき密売グループが浮かび、さぁ逮捕令状請求だというときに降りなかった。裁判官が思想的におかしくてな」<br />
　「そうでした。あれは凄い捜査でした」<br />
　蒸し暑い夏のある夜「家庭で息子が暴れ、父親が頭に怪我をしているので助けてほしい」という一一〇番が入った。郡山中央署の当直だった少年係の部長刑事が駆けつけると、十九歳になる次男が、包丁を手にわめきながら玄関をうろうろしていた。<br />
　包丁を手にしているものの、制服警察官が駆けつけると静かになり包丁をすんなり渡して身柄が確保された。<br />
　福島市内の予備校に通っているが、二年前あたりから家庭内暴力が頻繁になっていた。同夜は父親が酒に酔って帰宅したのにハラを立て、顔を殴られた父親は玄関で倒れて頭を打った。父親を病院に収容しなければならないという母親の要望もあり、この夜は次男を郡山中央署が保護することになった。<br />
　郡山中央の部長刑事がパトカーに乗せようとした時、母親が駆け寄ってきた。<br />
「刑事さん。ちょっと来ていただけますか」<br />
　部長刑事は次男を同僚に渡して自分は今後のこともあり残ることにした。母親に招かれるまま自宅の台所に入って行った。母親は冷蔵庫を空けて新聞紙に包まれた物を渡した。部長刑事はその新聞紙を空けてみた。<br />
　透明のビニールのパケに白い粉が見えた。「覚せい剤だ」と部長刑事は直感した。<br />
　「前々から気になっていたのですが、ついつい言えなくて…ごめんなさい。やっぱり薬なんですよね」<br />
　母親の声は震えていた。部長刑事は出発しようとしている捜査車両を止めようとしたが既に出た後だった。保安係の主任が別の車で帰る部長刑事を待っていた。部長刑事は主任を呼んだ。覚せい剤の確認のためだ。こうして押収した覚せい剤を持って部長刑事らは、署に引き揚げ緊急鑑定が実施された。<br />
　覚せい剤は本物で、少年から採取された尿も陽性の反応があった。同署は翌早朝、郡山裁判所に「覚せい剤所持及び使用」容疑の逮捕状を請求した。<br />
　「そうそう。あら筋はそうだった。ところが、少年が大変なことを唱（うた）ったから大事件になっていった」<br />
　風間は思い出すようにまた、喋りだした。<br />
　風間の言う大事件とは、少年が「覚せい剤を購入したのは通学の電車の中で、郡山から通学する学生の間では話題になっていた」と自供したことから始まった。<br />
　このため福島県警は通学電車内の大捕物を実施、高校生八人と密売人二人を逮捕した。この密売人が仙台市の中国人犯罪人グループに繋がった。大変な事件で福島県警は警察庁長官賞を貰った。<br />
　「最初に保護、覚せい剤所持容疑で逮捕した少年の件で弁護士が意義を申し立てた」<br />
　今度は、鬼頭が話しを引き受けて続けた。<br />
　「郡山中央署は、最初に家庭内暴力の通報で民家に向かった。そして保護した。ところが母親が覚せい剤を提出したことから覚せい剤所持及び使用でそのまま逮捕・拘留した。その後、運が良く大変な供述を得た訳だが、弁護士は『最初から覚せい剤目的で逮捕するための保護だった』とクレームを付けた」<br />
　風間がさらに引き継いだ。<br />
　「そう。逮捕するには一度保護を解除しなければならないという、単純な手続きを踏んでいなかった。保護には厳格な手続きが要求され、解除の際は少年を一旦、署の外に出さなければならない」<br />
　法的な手続きは鬼頭が巡査時代に徹底的にたたき込まれ「体で覚えろ」と言われた部分だ。しかし、人員不足は時として原則を忘れさせる。<br />
　「夜中の出来事であり、郡山中央署はこの簡単な手続きを忘れてしまった。そのため違法捜査だと大変な騒ぎになった」<br />
　風間がつぶやくようにこう言った。<br />
　「署長以下大量の処分者が出た。あげくに警察庁長官賞の返上騒ぎまで発展してしまったんだよな…」<br />
　さらに続けた。<br />
　「それが中国人犯罪集団・Ｘグループの存在が初めて確認された事件となり警察庁はその犯罪集団の全容解明を全国の警察に指示した。こうなる訳だ」<br />
　鬼頭の記憶が蘇った。麻薬捜査が如何に困難かを知らされた事件だった。<br />
　「警視庁が解明したのが中国人マフィアの存在。関東近県には福建グループが存在し、東北には東北グループがあり、麻薬の密売や蛇頭に関係していることを突き止めた。いずれも中国人残留孤児２世に関係していた訳だ」と鬼頭。<br />
　「その東北グループの直下に暴走族グループが存在し、横の繋がりのある別組織として暴力団・関東連合があった。暴走族リーダーから関東連合に抜擢されたのが北上だった」と理事官。<br />
　しばらく間を置いて鬼頭が訪ねた。<br />
　「理事官、これら一連の事件はまだ全てが解明されていないですよね？」<br />
　確認するためだった。確認することにより自己意欲をかき立てる。鬼頭のファィトはここから生まれる。二人の会話は続いた。<br />
　「関東連合は中国人マフィアへの情報提供組織ではないかと言われたが、解明されていない部分が多い」<br />
　「まだまだ３世もいてグループの存在は分かったものの、警視庁以外の県警では実体は解明されていない。各県警がバラバラの捜査だったことに加えて県警内でも対立がすごかったこともあった」<br />
　「そうでしたね。薬物は生安、窃盗は刑事でも捜査三課、暴力団は捜査四課、蛇頭は県警によって違うが警備が担当しているところもあった。そこで察庁の幹部の間では縦割りでなく横断的な捜査ができる部門の設置を望む声が出た」<br />
　「分かりました。それで今回の北上は宮城県警がやることになる訳ですが…」<br />
　「北上が勝手に北に行ったのだから…目的は覚せい剤の買い付けなんて言われているがそれはヨタ記事だろうと思う。警察としては確認方法がない。とりあえず宮城県警の公安の世界でいいよ」<br />
　「それよりな、例の朝陽商事の件だけどどうも国税が動き出したらしい。農水省と厚労省が北朝鮮からの輸入物資の点検調査を実施したら、農産物輸入の擬装問題が浮上したらしい。それが朝陽商事に関係あるというのだ」<br />
　「どんどん拡大していきますね」<br />
　風間も鬼頭もアドレナリンが身体中を巡っているのが自分でもわかった。<br />
　アドレナリンはストレス反応の中心的な役割を果たし、血中に放出されると心拍数や血圧を上げブドウ糖の血中濃度を上げる。風間も鬼頭も〝刑事熱〟と呼んだ。</p>

<p>　海上保安庁から国会へ提出する最終捜査報告をまとめた冊子が警察庁に届いた。<br />
　工作船船内で発見押収したプリペイドカード式の携帯電話の販売時期や架電先の契約者等について捜査した結果、携帯電話は事件発生前の平成十三年一月以降に岐阜県内の携帯電話販売会社で販売されたが、購入した者の特定はできなかった。<br />
　同年四月から十一月にかけて合計八十五回にわたり、東京都内の暴力団事務所の固定電話や暴力団関係者の携帯電話に架けられていたほか、韓国籍人物を偽装してレンタル契約したと思われる携帯電話や、在日の朝鮮籍及び韓国籍の者が契約した携帯電話にも架けられていたことが判明した。<br />
　さらに、鹿児島県の薩摩半島南東部の海岸線の地形にある施設などが示されている地図を発見したことから報告書で海上保安庁は、今回の事件を次のように結論付けた。<br />
　①今回の工作船は以前から九州周辺海域を活動区域として覚せい剤の運搬や受渡しのために使用されていた疑いが濃厚である<br />
　②地図の発見から、搭載されていた小舟等を使用して沿岸部に接近し覚せい剤の受渡しのほか、工作員を不法出入国させスパイ活動等を展開していた可能性もある<br />
　③そのほか何らかの重大犯罪に利用された可能性も否定できない。</p>

<p>　警察庁では毎週木曜日に国家公安委員会が開かれているが、委員会開催前日に庁内の意見調整もあり定例の会議を開く。<br />
　会議には警察庁長官、次長、官房長のほか各局長、課長。警察大学校長、科学捜査研究所幹部、警視庁からは副総監も出席する。<br />
　警備局審議官から海保報告書の内容が紹介され、それぞれに意見を求められた。<br />
　宗像警備局長が口火を切った。<br />
　「航空機使用の場合は『空港』という関所がある。しかし、今回の事件をみると拉致事件当時から言われていたことでもあるが、関所という『点』のない『海岸』という『線あるいは面』における警備の問題点が改めて浮上したことになるわけだ」<br />
　「それに付け加えるなら、契約者が判明しにくいプリペイド式の携帯電話を利用して、国内に侵入者を導いていた者がいるということだ」<br />
　刑事局長が続けた。<br />
　「来日外国人犯罪はこれまで『中国人による強盗・窃盗事件』や『イラン人による覚せい剤密売事件』など『事件』という現象に目を向けていたが、国内の治安をかき乱すかもしれない『思想的国民』にも注目しなければならないということだ」<br />
　「その武器になっているのが携帯電話だ。七千万台とも言われるが、もはや、これは新たな〝もうひとつの犯罪組織〟ではないか」<br />
　小嶋外事課長が続けた。<br />
　「結論から申しますと今回の海保の捜査結果では、被疑者が全員死亡していることからオペレーションの背景にある真相は解明出来ませんでした」<br />
　「海保の携帯電話の突き上げ捜査でも携帯電話の架電記録は十月で終わっていたことから、事件発生時点での記録が無く、架電先の人物と本事件との直接的な結び付きを明らかにすることができなかったわけです」<br />
　「結局、あれだけ大騒ぎした〝国の一大事〟は臨検を拒否した漁業法違反と、銃をぶっ放した殺人未遂だけで終わったわけか…」<br />
　吉川英明次長のこの言葉に警備・公安出身の警察大学校長が続けた。<br />
　「やっこさんらの目的だった日本国内混乱。つまり覚せい剤を国内にばらまき、日本国民をふやけにする北朝鮮の独裁主義者の構想は、なにひとつ解明されないばかりか、被疑者死亡で片づけられた…。何かが足りないと思わないかんな」<br />
　「海保のこうした報告内容はインターネットでも公開されている。さらに、あの工作船も展示されて国民の前にさらされる。警察的には事件も終わっていないのに証拠品の公開か…。時代も変わったものだよ」<br />
　「海の事件は海保。その海保の捜査が終わっただけだ。陸の捜査は残っている。どんな微物からでもあるいは些細なことからでも、重大事件の解決に繋げるだけの力が日本警察にはあると私は、信じている。君たちは『プロなんだ』ということを自覚して全国の警察を指揮してほしい」<br />
　國島和夫・警察庁長官のこの言葉に全員の顔がひき締まった。<br />
　そして國島長官はこう続けた。<br />
　「ブツ（物）はない。被疑者は死んで調書も取れない。ない、ないでなく『携帯電話があるんだ』という自信を持って解明にあたらないと…」<br />
　しばらく間をおいたあと、生活安全局長から顔で合図を送られた重森薬対課長が口を開いた。<br />
　「その通り、『ない』わけではありません。携帯は勿論だが沈没付近で収容した〝生身の遺体〟が二つもあるのですから…十分ですよ。第一義的捜査権は海保なので警察として得られた資料が乏しいのですが、各県警は既に捜査に着手しております」<br />
　そして捜査一課長が続けた。<br />
　「事件発生直後に工作船の沈没現場付近の海上で二つの死体が回収されており、この二遺体からは多くの資料が得られております」<br />
　「その遺体は海保が焼いて処分したんだろう？」<br />
　総括審議官が鑑識課長の方を見ながら質問した。<br />
　「はい、漂流死体を含めて全て荼毘（だび）に付しましたが一部分は保管してありますので大丈夫です」<br />
　「よし、警察の威信をかけるつもりでやってほしい。この機会に北朝鮮を含めた国内の薬物犯罪組織なるものの解明をやってもらいたい。政府もこれまでの対策会議を発展させ、由民党の本郷先生をトップとする第三次覚せい剤乱用期対策閣僚会議も設置された」<br />
　会議は官房長のこの言葉で締めくくられた。</p>

<p>　　　×　　　　　　　　×　　　　　　　　×　　　　　　　×<br />
　新潟県警の五階会議室で、緊急捜査会議が開かれた。工作船から押収された携帯電話の通話記録にあった「金田悟」に関する捜査途中報告である。<br />
　金田に関しては、海保に捜査権があり資料が無かったものの警察庁が一部の資料を入手していたので早くから捜査を進めることができた。<br />
　配布された住民表の写しによると金田は、昭和十八年に青森県三戸郡五戸町毛無森××番地で生まれ育った。五十一年九月に埼玉県川口市から長野県湯田中に引っ越したことになっている。<br />
　新潟市末広町××番地の現在地には昭和五十二年に移転届けがあり、漁船など小型船舶の無線機の修理・販売店「佐渡通信」を経営している。<br />
　笹原外事課長が説明に立った。笹原は警察庁の警備企画課員から出向している。同県警には警務部長など要職に警察庁派遣組が多い。<br />
　「海保の情報と併せて金田を特定したのですが、その後どう調べても薬物との接点が見つかりませんでした。しかし、今回の工作船事件との関連を無理に位置づければ、船舶無線という職業からすればある程度は納得ができるのではないかという視点にたって、行動監視、銀行の金の流れ、取引先関連捜査を進めてきました」<br />
　笹原は『。』切れのない言葉で結び、捜査が広範囲に及んだことを説明した。<br />
　「そうした中で、金田は昨年の春から僅か一年余で三回も渡航していることが分かりました。いずれもマレーシアなど東南アジア地域と北京なんです」<br />
　「行動について大使館にお願いして調べた結果、無線機器の修理技術の現地での指導が名目ですが、北朝鮮との接点は見つかりませんでした。但し一部に不可解な行動も見受けられましたが完全なる証拠把握までには至っていないのが現状です」<br />
　「次に銀行関係と取引関係については竹内課長から説明してもらいます」<br />
　生活保安課の竹内は地元のベテラン刑事上がりで県警内でも〝酒豪のタケヤン〟として親しまれ、県内には〝親分〟と慕う部下が多い。<br />
　「船と言っても十五・九九㌧前後の漁船が中心になります。勿論、北朝鮮から不定期に新潟西港に入る万景号にも出入りしています。そんなこともあって従業員は無線技術者が十人。それに営業担当が五人と事務員を含めた総勢は二十一人です。取引銀行は日本海銀行新潟支店で、年間取引額は八千万円にのぼりました」<br />
　「八千万？」<br />
　各部長は意外な少なさに顔を見合わせた。<br />
　「それはそれで良いが周辺だけ調べてもしょうがないだろう。引きネタはどうなっているのか？」<br />
　「先ほどの説明で、不可解な行動とはなんだ」<br />
　「漁業無線の修理と言っても、果たしてそれだけだろうかと…」<br />
　「ガサ（家宅捜索）でもしてみないと…」<br />
　鬼軍曹と威名をとる花田刑事部長が訪ねた。<br />
　「海保の最終報告でもそうですが、今回の工作船オペレーションと携帯通話先の因果関係がとれない以上、本件からの攻めは出来ないと判断せざるを得ません」<br />
　「別件から入るしかないのか…」<br />
　花田刑事部長と竹内課長のやりとりが続いた。<br />
　「それが…実は大きな壁にぶち当たりました。地域課に金田の足取りを調べてもらったのですが、どうも不明な点が多いのです」<br />
　「家族はいないのか？結婚歴は？」<br />
　「金田について青森県警に手配した結果、五戸町内には該当者はいませんでした。どうも駐在さんの話しでは、昭和の二十年代までは樺太などからの引き揚げ者が一時滞在して地域があったので、その方たちではないかと言います」<br />
　「戸籍など役場にはないのか？」<br />
　花田刑事部長が聞いた。<br />
　「昭和の時代ですから当時の戸籍も含めて現存していませんでした。ただ…」<br />
　「ただ、なんだ…」<br />
　「公文書ではありませんが、駐在さんが古い地図のような物を発見しました。毛無森の郷土研究家が持っていたらしいのですが、当時、八戸にあった尋常小学校の地図ではないかと言われた印刷物に、引き揚げ者の地域の記入が五戸川周辺にあったそうです」<br />
　「分かった」<br />
　「昭和五十一年の長野県までの三十数年はどこでどうしていたんだ。地域課だけでなくてさ、動員が可能な捜査員は全部出動して調べたらどうなんだ。なぁ生安部長」<br />
　阿部生安部長がうなずきながら言った。<br />
　「これじゃー察庁報告ができない。各部が横断的にやるしかないようですね」<br />
　会議を終えた笹原がデスク席に戻ったのは四時を過ぎていた。<br />
　「笹原課長、警務部長がお呼びです」<br />
　「いけねっ。忘れていたよ。来週は全国課長会議だっけ」<br />
　何気なく見た地元紙の夕刊。誰が見たのか乱雑に広げられていた。<br />
　そのころ竹内課長は、社会面の見出しに釘付けになっていた。</p>

<p>　　隅田川の水死体は青森県の会社役員<br />
　　　　「兄の行方」求めて昨年暮れに上京<br />
　　　　　　左腕に新しい注射恨が…<br />
　　　　　     警視庁　死因の解明に全力</p>

<p>　三ヶ月ほど前に警視庁が手配した電報で見た被害者だった。<br />
　その事件が新潟県の地元紙の夕刊社会面を飾っていたからだ。<br />
　「左腕に注射恨か。薬物を大量にうたれるとショック死する場合があるからな…」<br />
　読んでいるうち、どうしても引っかかるところがあった。<br />
　　…水死体は青森県三戸郡五戸町××、会社役員、金田正夫さん（四十歳）と分かった。金田さんは兄の悟さんを探すため上京し…<br />
　「青森県三戸郡…被害者が金田…そして…五戸町…名前が悟…」　<br />
　竹内は笹原の卓上電話に架けた。<br />
　「新聞を見たかよ。これって偶然かな？　お前の公安的な感はどうみるかだな？」<br />
　「なんですか竹内先輩。なにが載っているのですか？」<br />
　笹原は警務部長に行く前にあわてて降りて来た。<br />
　「先輩、びっくりしましたよ。この被害者は兄を捜している。そしてその兄が、我が社のと同姓同名…」<br />
　「東京の捜査本部に照会するか？　それより現地（青森）に行く必要もあるだろう。空白の三十年間もあるしな…」<br />
　竹内のデスク席の電話が鳴った。阿部生安部長からだった。多分、新聞のことだろうと思った。<br />
　　　　×　　　　　　　×　　　　　　　　×　　　　　　　×<br />
　「詠子です。キャップはいますか」<br />
　警視庁の九階にある毎朝新聞記者クラブは宮本キャップと生安担当の二人だけが留守番をしていた。一課の詠子は仙台から青森県の金田さんの自宅取材に行っている。二課担当は一課の応援で捜査本部のある江戸川警察に向かっている。<br />
　その詠子からの報告である。<br />
　「金田さんが捜していたのは兄の悟さんで昭和十八年生まれの五十九歳。中学を出て八戸市内の自転車店で働いていたそうですが、昭和三十九年ごろ東京の赤羽にある不動産会社に就職したそうです」<br />
　「独身だったのか？いつ頃から行方不明になったんだ。写真はあるのか？」<br />
　「毛無森に行ったのですが、第一、金田家そのものを知る人はいません。駐在さんに聞いたのですが新潟県警からの手配で調べた当時の話しでは、五戸川の一部周辺に引き揚げ者の集落があったらしいということです」<br />
　「そうすると金田正夫さんは今、何処に住んでいるんだ」<br />
　「五戸町は五戸町なんですが、どっちかと言うと八戸市の郊外でリサイクルショップを経営しているそうです。昔はくず鉄商だったそうです」<br />
　「じぁ悟さんの話しはなにもないのか？写真などは？」<br />
　「中学三年生の卒業写真はありました。今、支局の記者が送稿に行きました」<br />
　「いいや。それで…」<br />
　「東京に行ってから五、六年間は連絡があり真面目に働いていたそうですが、それ以来まつたく連絡がつかなくなったそうです。赤羽に勤めていたころの住所は埼玉県の川口市なので川口市で調べてほしいのですが…」<br />
　「住所は埼玉県川口市領家×丁目××、アーバンハイツ領家一〇二号室だそうです」<br />
　「分かった。古い話ししかないようだが、そこはしょうがない。きょう一泊して明日、こっちに帰ってくれないか」<br />
　毎朝新聞川口通信部からの報告書が警視庁の宮本宛てにファックスで届いたのは、翌日午前中だった。通信部員が不在で取材が遅れたというのだ。<br />
　ファックスを見た宮本が川口通信部員に電話かけた。謝意を言うつもりだった。<br />
　「何十年にもなるので廃棄してもおかしくないのですが、庁舎移転前なので残っていました。ですから世間に出すこと事態問題なのですが、たまたま警視庁からの問い合わせの直後に飛び込んだものですから…。タイミングが良かったのと昔からのネタ元だったので入手できた情報なんです」<br />
　と通信部員は興奮して報告した。<br />
　「川口には昭和三十九年五月に住民票の届け出がありました。青森県五戸町からの転入なんです。そして見てもらえれば分かると思いますが、川口から転出したのは五十一年八月二十一日なんです。当然、その先は分かりません」<br />
　「領家×丁目のマンションの聞き込みは全然、モノになりませんでした。『隣は何をする人ぞ…』なんです」<br />
　毎朝新聞は社会部遊軍記者五人を使い、当時の赤羽の勤務地を含めて金田悟さんの足取り取材に全力をあげた。<br />
　記事は殺人事件の本記筋から横道にそれているようだが、殺害された金田正夫さんが捜していた家族の悟さんが現在も行方不明であり、夕刊ネタとしては十分なインパクトを与えた。<br />
　「毎朝の夕刊見たか>」<br />
　新潟県警の生安課長が叫びながら保安課に飛び込んできた。保安では毎朝新聞でなく地元紙の新潟日々を購読していた。<br />
　「おい、俺たちが追っている金田悟と顔写真が違うような気がするな。中学当時だからと言っても、明らかに違うよな。これ…」<br />
　「写真を持って来いよ」<br />
　「違うぞこれは骨格が…。こっちの悟は在日ではないかと言われているたげに…そう信じていたのになぁ。いきなり青森県の人と言われても…」<br />
　「同姓同名と言っても出身地まで同じなんだから…」<br />
　この結果は生安部長に伝えられ、最初の手配先の警察庁外事課にも報告された。<br />
　新潟県警では毎朝新聞の夕刊報道で生安、警備、外事に刑事部捜査一課が加わり、緊急捜査会議が開かれた。<br />
　「写真が違うというのはどういう事態が考えられるんですか？」<br />
　鮫島警備部長の問いかけに笹原外事課長が立ち上がり、興奮した声で報告が始まった。<br />
　「人違いでしょう」<br />
　「バカ野郎=そんな事ぐらい分かっているよ。その先だよ先」<br />
　鮫島警備部長の唾が飛んだ。<br />
　「なりすましです。言葉を換えれば『はい乗り』です」<br />
　「言葉なんて変えなくても分かるんだよ。いちいち堪にさわるな、君は…」<br />
　「まぁーまぁー。そう興奮しないで…」<br />
　花田刑事部長が鮫島を制した。その言葉に笹原はホットした。そして続けた。<br />
　「これは例の北朝鮮による拉致事件で利用された手口で、北が工作員を養成する日本人教官獲得のための常套手段でした」<br />
　「日本人の戸籍を買うか、あるいは殺害して強引にその人物になりすますのです」<br />
　笹島は、はい乗りの代表的事件として西新井事件の説明を始めた。<br />
　「昭和四十五年ごろ李京雨という北朝鮮の工作員が密入国した後、東京都内のゴム製造会社に就職するのですがその時の名は松田某。昭和四十七年には東京・山谷の路上で寝ていた小熊某にはい乗りして日本を拠点に韓国、香港、マレーシア、タイなどに出入国を繰り返していた事件です」<br />
　「ちょっと待った=。ということは金田悟がはい乗りされたとするなら今回の北朝鮮の工作船事件とピッタリ結びつくことになりはしないか？」<br />
　出席者全員が〝刑事熱〟を自覚した。<br />
　警備部長の鮫島が笹原の言葉を遮り発言した。<br />
　「そうすると…」言いかけた時、会議室の電話が鳴った。<br />
　「阿部生安部長=　警察庁の重森課長からです」<br />
　会議が中断した。笹原は「助かった」と思った。<br />
　「重森です。写真が違うって…。金田悟の写真が違うというのかね。その前に金田の柄（身柄）は何処にあるの？別件でも良いから確保できないの？海外に飛ばれると困るでしょうが…」<br />
　「それが…容疑が…ないので…。見張りはしているのですが…」<br />
　阿部が口ごもった。<br />
　「柄を捕れない？こちらから警視庁の鬼頭捜査官を向けますので…。青森県警と…それと、どこの県に足取りがあるんだね」<br />
　「はい、長野県内にあります」<br />
　「じゃ、長野県警も含めて悟自身の足取り確認も急がないと…。それと奴の髪の毛でも良いからＤＮＡ鑑定の資料収集に全力を挙げること…。鑑定には最低でも三日が必要なんだからね。三日。引きネタは拘留時間を考えてね…」<br />
　「それに言っておきますが、海保の捜査は終わった。しかし、先日、國島長官が言った通り、警察は全力投球の方針を固めているのです。頼みますよ」<br />
　重森の言葉は厳しい口調だった。受話器の向こうの苛立ちが分かった。<br />
　新潟県警では〝なりすまし事件〟が浮上、それが警視庁・隅田川の殺人事件と結びつき、さらに、なりすましの手段によっては新たな殺人の可能性が出てきた。捜査範囲は警視庁、長野県警、埼玉県警、青森県警へと広がった。<br />
　警視庁と新潟県警は刑事部捜査一課に薬物関係では生活安全部、北朝鮮工作船関連の〝なりすまし事件〟では警備・公安部からも捜査員を動員する大捜査体勢が組まれた。    　新潟県警に鬼頭捜査官と警察庁外事部の調査官・加藤警視が到着したのは夜になっていた。県警は刑事、生安、警備の各部長など関係者を集めて二人を迎えた。その場で、加藤調査官から新たな情報が示された。<br />
　「外事調査官の加藤です。実は沈没した工作船の付近から二人の遺体が発見されたことはご承知と思いますが、携帯はそのうちの一人が持っていたものです。いろんな押収資料を分析すると水死体は羹という人物と見られています」<br />
　「羹は姓ですが名前の部分が分かりません。海水が入って難しかったのですが、押収された携帯には八十五カ所の送受信電話番号とともにメールの文面がありました。その中のひとつに、日本のお兄さん宛に書かれたと見られるメールがあったのです」<br />
　海保の捜査終了後に提供を受けた資料を基に、警察庁は通信記録を分析。携帯番号を各県警に依頼して確認作業を進めていた。一方でメールの判読も続けていた。<br />
　多くは、在日の朝鮮籍及び韓国籍を持つ人が契約した携帯電話、在日朝鮮人や韓国の留学生の名をデッチあげて購入した携帯で、所有者まで確認できなかった。<br />
　携帯の番号記録からは警視庁の朝陽商事や大阪府警の暴力団員、新潟県警の金田のように実際に確認されたものがあるが、特にメールは誰に送ったものか、あるいは送られたものかが焦点になっていた。<br />
　「このメールの相手が日本国内に存在すると今回の工作船事件は、被疑者全員死亡ではありますが、関係者の身柄を確保できる一筋の光が見えてきた訳です」<br />
　加藤はさらに続けた。<br />
　「國島長官が言ったことはこの部分なんです。この部分があればまだ、捜査は終わっていない。日本警察の威信をかける部分なんです」<br />
　警察庁の方針を改めて伝えた。<br />
　「羹の通信相手が在日の朝鮮籍、韓国籍の人物ではないかと見ていましたが、これまでの捜査で該当者はいませんでした」<br />
　加藤調査官とは笹原は子弟の仲だったことから、笹原が気軽に質問した。<br />
　「内容によっては事件関係者になる訳ですからメールの詳細を…」<br />
　「所々しか判読できないが、工作員・羹は『北朝鮮国内の両親は既に死亡している』と報告しながら、自分は元気なことなどの文面が残っている」<br />
　「相手が、つまり日本にいる者が北京など海外に行った時の連絡に使われたと思われる会話もあった」<br />
　笹原の心臓が高鳴った。<br />
　「在日が海外に行った時に利用されている？。しかも北京などで…」<br />
　「その通りですが、なにか…」<br />
　加藤調査官が聞き返した。<br />
　「いや、いいです。後で話します」<br />
　加藤が続けた。<br />
　「それに対して日本国内の人物は、日本の天候や国内の警備情報などに加えて早く会いたいなどの心境も伝えていた」<br />
　「そうすると日本にいる者は羹の実兄か実弟になるわけですね？」<br />
　「いや水死体は年齢が若いから日本国内の人物が実兄ではないかと見ている」<br />
　「通信記録は、いつ頃と推定されますか？」<br />
　「最も新しいのは二〇〇一年十月三十一日」<br />
　「金田と羹のＤＮＡが一致すれば、事件は殺人の可能性も出てくるわけだ」<br />
　刑事部長の顔色が変わった。新潟県警は刑事・警備両部長指揮による特別捜査本部を立ち上げた。</p>

<p>　新潟県警警備部外事課の主任警部補と新潟港湾警察署刑事課の巡査部長の二人が国道１１３号線の末広橋のたもとで落ち合ったのは午前四時半。夏の空は既に明るさを増していた。<br />
　金田の自宅は末広橋の東のたもとから五十㍍など北に進み、１１３号から二百㍍ほど入った信濃川沿いのマンションの三階だ。橋のたもとで落ち合った二人は、前夜から張り込んでいる捜査一課員と港湾署員と交代のため運河を挟んだ倉庫に向かった。<br />
　「ご苦労さん。どうだった昨夜は？」<br />
　四人のうちでは最年少の港湾署生安課員が答えた。<br />
　「ご苦労様です。奴さんが帰ったのは十一時を過ぎていました。電気が消えたのは一時ごろだったと思います」<br />
　簡単な連絡のあと生安課員ら二人は帰って行った。<br />
　張り込みは四日前から始まったばかりだ。これまでは相手に感づかれないように三交代制による一定の距離を置いた行動監視のみだったが、きょうからはＤＮＡ鑑定の資料収集も加えられた。<br />
　さらに、毎朝新聞に書かれたため海外への逃亡の可能性もあり得ることとし、身柄の確保を視野に入れた張り込み・尾行となった。<br />
　やはり金田は動いた。午前六時過ぎだった。マンション前にタクシーが止まった。<br />
　「主任さん、まずいですね。逃げるのではないでしょうか？」<br />
　「巡査部長、電話だ電話。国道を北に向かったら空港署待機班に、南なら新潟中署に連絡だ。俺は車を持ってくる」<br />
　長時間にわたる場合、同じ人間や同じ車両などで尾行をかけると相手に気づかれることから、何組かが交代で入り替わりながら尾行する必要があった。その尾行のための班が用意されていた。<br />
　外事課主任は走りながら笹原外事課長に電話を入れた。<br />
　「課長、動きましたよ。金田が…。しかも自家用でなくタクシーなんです」<br />
　「よし、海外逃亡のようなら身柄を確保だ。任意同行でいいよ。しょうがない緊急事態だ。責任は俺がとる。容疑は…無いのか…」<br />
　「ありますよ課長。交通部です。ほら、あいつが先週の日曜日に関越道路の小千谷で三十㌔オーバーの交通違反しているって言っていたではないですか。確か三、四日前に呼び出し状を郵送したそうですよ」<br />
　「オービス？」<br />
　「そうです。二、三日前に交通部長が警備部長に報告していましたよ」<br />
　「えっ、部長からは聞いていないよ俺は…。それだけでは…別件も別件。身柄なんて拘束できないが…緊急だからやむを得ないだろう」<br />
　「どうします。すぐ確保して同行かけますか？」<br />
　「ちょっと尾行してみれるか？。県外に行くようなら途中で任意同行だ。察庁との打ち合わせの時間がほしい。但し、まかれるなよ」<br />
　「大丈夫です。それにしても家を出る時間が早すぎないかな。成田までタクシーならどうします」<br />
　「五分待ってくれ。連絡する」<br />
　笹原は昨夜からホテルに泊まっている加藤外事調査官の携帯に電話を架けて対応策を聞いた。時間がなかったので県警幹部はその後の報告で良いと判断した。<br />
　加藤調査官は数回の呼び出し音で出た。三十㌔オーバーのスピード違反の呼び出しに応じていないことを報告した。<br />
　「強引すぎるが…速度違反で逮捕は…」<br />
　「道交法百十八条では最高六カ月と罰金なら十万円以下でずか…」<br />
　「呼び出しに応じなければ任意同行の時もあるよね。ましてや逃亡の疑いがあるならなおよろしい訳だ。自宅を出てタクシーで行き先を告げた段階で確保だな…国外なら最高だがな…」<br />
　笹原は外事課主任の携帯のダイヤルボタンを押した。<br />
　「主任、どうした」<br />
　「課長、まだ出てこないのですよ」<br />
　「出て来てタクシーに乗って行き先を告げた頃合いをみて任同（任意同行）をかけてくれないか。そのまま新潟中署に連行だ。警ら中のパトカーも向けるよ。文屋さんに知られないようにしないと。後々、面倒になると困るので頼みます」<br />
　「主任さん、主任さん」<br />
　しばらくして巡査部長が叫んだ。部長の声に気づいた主任がマンションを見たとき、金田は大きな旅行バックにスーツケースをタクシーのトランクに載せている最中だった。<br />
　「よし、行こう。タクシーだから逃げることはないと思うが、君が正面に立って運転手に警察手帳を見せる。俺が左のドアに向かう。手帳を見せたら直ぐ右のドアに向かえ。右のドアと言っても運転席の後部ドアだよ。いいなっ>」<br />
　言われた通りに部長はタクシーの前に立ち、動きを制して右側に回ろうとした。その時、金田は運転席後ろのドアを手で開けて逃げようとした。金田の開けたドアが巡査部長と正面衝突、部長ははじき飛ばされた。<br />
　金田は国道方向に逃げたが、倉庫の角を曲がったところで笹原の手配したパトカーと鉢合わせになり、追いかけてきた主任と乗務員に捕まった。巡査部長はドアと衝突した際、左の膝頭に裂傷を負った。逮捕容疑は公務執行妨害の現行犯だった。<br />
　主任と笹原外事課長が鮫島警備部長室に呼ばれた。<br />
　「結果的に取り押さえたから良いが判断が甘すぎないか？。報告書を出せ。みっともなくてしょうがない。連絡体制に不備はなかったのかを含めて詳細に書けよ」<br />
　「それから指揮を求めるのに、何で警察庁の若僧なんだ。君はどっちを向いて仕事をしているんだ」<br />
　「部長、お言葉ですが、せめてスピード違反の件を教えて頂かないと…」<br />
　鮫島の機嫌が良くない。もう定年まで数年を残す年だが、県警内では「キラキラ星」と呼ばれている。<br />
　「キラキラ星」とは業界用語で、機動隊ー警ら隊ー機動隊ー警ら隊を繰り返して階級をあげてきたに過ぎず、捜査などの経験もなく幹部としては信頼の薄い存在なのである。<br />
　部下を思いやる心などは持ち合わせていない。ましてや、情報の共有化などはないばかりか、それでいて自分に対しては全ての報告を求める。これでは、チームワークが求められる組織捜査には不的確な警察官なのである。<br />
　「バカ野郎。交通違反で、しかも通達してから一週間もしないでなんで同行なんて出来るんだよ。お前は警察官だろう？職務質問してさ、例えばドライバーか何かを所持していた軽犯罪だってあるだろう。頭を使えよ頭=」<br />
　質問は罵声となって返ってきた。<br />
　この日から金田の取り調べを担当したのが、「仏の竜さん」の威名をとる新潟県警捜査一課係長の平井竜一・警部だった。そして鬼頭が立ち合った。調べ官では鬼頭は警視庁でも三本の指のなかに入る。<br />
　調べが始まって四日目、警視庁捜査一課から重要な情報が寄せられた。<br />
　東京・北区赤羽で不動産会社に勤めていた金田悟は会社の金を使い込んで首になったという。しばらくは東京・三谷地区で日雇い労働者をしながらホームレス同然の生活をしていたが、そのホームレス仲間の「ロックの雅（マサ）」から呼び出しを受けたあと行方不明になった。昭和五十年十二月中旬だったという。<br />
　三谷地区とは東京都台東区浅草の吉原大門の東側、清川周辺にある日雇い労働者の町として古くから知られている。特に境界線があるわけではないが清川、日本堤周辺の一帯を呼んでいた。<br />
　同地区には、昭和三十年代の高度経済成長期には一万五千人を超える労働者が住んでいたと言われている。その労働者らが都内で猛烈に進められる建設工事や開発工事に〝日雇い〟として労働力を供給していた。<br />
　一日働いて得た〝日銭〟で安い宿に泊まれるし、安い酒を飲んで食事もできる。体調が悪い時は仕事は休める。<br />
　「誰に干渉されることなく自由に生きられる」<br />
　こんな言葉がピッタリの街だった。<br />
　中には家族を捨て、世を捨てて隠れるように生きる男もいた。とにかく〝自由人〟の集まりの街なのだ。自由は行動や感情の束縛を解く。一人のちょっとした体勢批判が暴徒化して、昭和三十五年八月には集団がマンモス交番を襲撃した。マスコミは「山谷騒動」とはやし立てた。<br />
　昭和四十年には労働センターが設立され周辺に集まる日雇い労働者の斡旋業務が開始された。行政が介入すれば、「労働者支援」の名のもとに、役所という〝お上〟に対立する思想的集団が参集、煽動者が生まれる。<br />
　「仕事がない」などの不満があろうものなら、鬱積（うっせき）したエネルギーが爆発・暴徒化する。その暴徒が四十七年の労働センター焼き討ち事件だ。<br />
　警察官でさえ単独でこの地域に入るのを躊躇するほど荒んだ時代でもあり「指名手配班の隠れ場所」の隠語さえ生まれた。<br />
　警視庁で「ロックの雅」を調べた結果、当時は在日朝鮮籍か韓国籍の人物と見られる情報が飛び交っていた。現在は同地域は高齢化が進み、当時の労働者やホームレスも既に死亡しているため知る人はいなかった。<br />
　調べ室には新潟中署が充てられたが、報道発表は控えられた。<br />
　<br />
　ーーそれで赤羽で何をしていたんだっけ？<br />
　「不動産のセールスです」<br />
　ーーなんで辞めたんだよ。<br />
　「女ができて…結婚を迫られたのですが…借金しているし…その女から逃げるために辞めました」<br />
　ーーほう、その女の名前は？<br />
　「忘れましたよ」<br />
　ーー東京に山谷があり、大阪には釜ヶ崎というところがあるのを知っているか？<br />
　「知っていますよ。労働者の町でしょう」<br />
　ーーほぅ、君はいつ山谷とか釜ヶ先を知ったのだ。山谷にあるマンモス交番って知っているか？<br />
　「マンモス？ですか？」<br />
　ーーそうマンモス交番だよ。何年だっけ。交番が襲撃される暴動があったよな。山谷騒動の始まりと言われたあれだよ。<br />
　「？？？」<br />
　ーー当時、あの地域には「ロック（六区）の雅」という男がいたんだよ。知っているかね？<br />
　「………」<br />
　ーーロックという言葉を知っているか？<br />
　「ロック？ですか？」<br />
　ーーそうだ。浅草六区だ。<br />
　「あー、浅草六区なら知っていますよ」<br />
　ーー君は、あの地域に住んでいたのか？<br />
　「………」<br />
　ーー何故？黙っているんだ。その頃はいなかった？それとも知ってるんだな？<br />
　「ですから…地名は知っていますよ」<br />
　ーーそんなら、話しは元に戻るけどさ。君が生まれたところは青森県の五戸町だよな。隣の四戸町には妹夫婦が住んでいたんだっけ？<br />
　「家を出たときは妹は結婚していませんが…私が東京に来てしばらくした時でしたから三十歳のころです。妹が結婚したと聞いたのは…」<br />
　ーーだからさ、それが『四戸郡だったっけ』と聞いているんだよ。住んでいたところだよ？<br />
　「四戸町でしょう？さっきは刑事さんは町と言いましたよ。四戸町にはいましたから…間違いありません」<br />
　ーーそうかそうか。四戸町か、そうか…。<br />
　竜さんはしばらく黙っていた。鬼頭は「さすが老年の調べ官。この間が大事なのだ」と思っていた。<br />
　被疑者は次にどんな質問がくるのかと心中は穏やかでないはずだ。「今、握手したらあいつは汗をかいているに違いない」<br />
　鬼頭は握手したい衝動にかられた。しかし、押さえた。<br />
　ーーところで青森には八戸とか三戸とか五戸とか六戸とかはあるよな。一から八までな。戸が付く地名な。しかし、四戸という地名はあったっけ？五戸の町は確か三戸郡内にあり、六戸町と八戸市と南部町に囲まれているのだが…<br />
  「えっ=」<br />
　金田悟？は絶句した。<br />
　ーーなぁ金田悟さんよ。それじぁー質問を変えるがな、金田家の家紋ってあるのかよ<br />
　「カモン？て何ですか…」<br />
　ーー知らないの？水戸黄門が印籠を出すだろう、葵のご紋をよ。日本にはなぁ、その他にも剣横木瓜とか横木瓜、丸に横木瓜とか必ず「家紋」というのがあるんだよ。<br />
　「ミトコウモン？ですか…そんなカモンは知りませんでした」<br />
　金田の顔色が見る見る変わるのを見ていた鬼頭が続けた。強い口調だった。<br />
　ーー君は金田さんと出会ったのは昭和何年だっけ？それになぁ、悟には妹がいないんだよ。<br />
　金田は真っ青になり黙り込んだ。そして微かだが震えているようにも見えた。鬼頭はたたみかけた。<br />
　ーー金田悟さんと出会ったのはいつかと聞いているんだよ。<br />
　「………」<br />
　ーーじゃぁーお前は、悟ではないのか？　名前は？<br />
　「………」<br />
　これ以降、金田は平井や鬼頭が何を聞いても黙秘を貫いた。平井は「落ちたな」と思った。<br />
　五日目は一言も話さなかった。しかし、羹の名前を切り出すのは早かった。ＤＮＡ鑑定結果が出てから一気に落とすことになっていたからだ。<br />
　ＤＮＡとは遺伝子を言う。地球上に生存する生物は細胞の集まりであり、その細胞の中には遺伝子が存在する。<br />
　遺伝子には様々な情報が詰められている。それが「生命の設計図」でもあり、特に親子関係を立証するには最高の手段として現在は、刑事事件だけでなく民事でも一般人が検査を依頼する大学など民間の分析機関が多い。<br />
　鑑定結果が出たのは検査を開始してから六日目だった。時間がかかったのは水死体で発見された「羹」の鑑定が、細胞が死んで壊れていたため「ミトコンドリアＤＮＡ」鑑定が必要だったからだ。<br />
　鑑定結果は金田と羹のミトコンドリアＤＮＡが完全に一致した。この結果、肉親関係であることが正式に証明されたのである。　<br />
　「よしっ捜索令状だ。自宅マンションと佐渡通信社、それに倉庫も含めて関係カ所全てだ。帳簿類は徹底的に調べて国外への持ち出し品まで漏らすなよ」<br />
　花田刑事部長の激が飛んだ。捜査二課も動員された。</p>

<p>　「そうすると当然、自称・悟と金田正夫のＤＮＡ鑑定は一致しなかったわけで、羹の兄は日本人の金田悟に成りすましていた〝はい乗り事件〟に発展したわけだ」<br />
　報告を受けた警察庁の重森が、警視庁の風間理事官室を訪れていた。意外な事件の展開に二人は驚いた。意外な展開とは？<br />
　北朝鮮工作船事件ー覚せい剤密輸入事件ー殺人事件ーはい乗り事件が一本の線で繋がったのだが…<br />
　「羹がなりすました悟さんの穴掘り（死体発掘作業）はやったのですか」<br />
　「まだやっていない。そこまで落ちていないんだよ」<br />
  「どうして〝はい乗り〟したかの部分になるとダンマリを続ける。別件逮捕だと言って弁護士を要求してくる」<br />
　「任同のときは道交法の速度違反？…」<br />
  「結果的に公務執行妨害になった。なりすましは公正証書原本不実記載。それに道交法違反を加えた…。相手はどこまで謳うかですね」<br />
　「捜査指揮は誰がやったのですか？」<br />
　風間は鬼頭を出しているだけに気になった。<br />
  「なにしろ例え殺していたとしても事件が古すぎる。江戸川捜本では金田悟さんが、はい乗りされたのは、川口から長野に転出した昭和五十一年ごろと見ている。外国への出入国記録はあるが、やつの場合は長期滞在ではなく短期の小旅行…」<br />
　重森は苦渋に満ちた顔で風間に説明した。<br />
　「毎朝新聞に掲載されて、果たして国外逃亡を考えたのだろうか。これまでも何回も国外に出ている。逃亡の意思があったかとなると…」<br />
　「三十㌔オーバーの速度違反で呼び出しを受けていた…」<br />
　「それは午前十時二十分の成田発北京行きのＪＬ７８１便の予約があったことは確認されているはずだ」<br />
　「確かに予約だけではなぁー」<br />
　「結果論ですが、慌てることはなかったのではないかと思いますね」<br />
　風間が続けた。<br />
　「期待はガサですか。北との関係が出ればよいのですが…」</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T17:11:14+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-f279.html">
<title>小説・薬物捜査官　その５</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-f279.html</link>
<description>リンク: police story 別室.
 小説・薬物捜査官　その５
　たれ込...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />
 <strong>小説・薬物捜査官　その５<br />
　たれ込み</strong><br />
　大阪府警の生活安全総務課長と警備部理事官が警察庁を訪れた。篠原組の後藤田作之助の通信傍受結果報告のためだった。<br />
　重森薬対課長は、警視庁から風間理事官と特命捜査官の鬼頭を呼んだ。十六階の特別会議室に刑事、生安、警備の幹部が集まった。<br />
　「それでは只今から後藤田の通信内容について捜査結果を報告させて頂きますが、始めに録音を聞いて頂きます」<br />
　府警の生総課長が自らテープレコーダーのスイッチを押した。テープは回り出したが音声は無い。<br />
　「声が出ないところがありますが、これは削除を求められて消した部分です」<br />
　音声がない部分について課長が説明した。<br />
　「それでキンはアナやんには何にゆうた？」<br />
　　「だからさ、あのバカ野郎がさ俺に一千万出せって言うんだよ。だったらお前は、　　　約束したブツが手に入らないでは済まされない。責任をどう取るんだって言ったよ」<br />
　だみ声の男はさらに続けた。<br />
　　「だったら出るところに出るって言うから、どうしようもなかった」<br />
　　「で、やっちまった？…。大丈夫でっか」<br />
　と関西弁の男。それが後藤田だろうと鬼頭は思った。<br />
　　「奴は骨董（古物）屋だから…もともと俺たちとの接点はない。サツ（警察）には　　　バレないと思うよ。ただ彼は射っていたようだ。どうも俺たちから出たブツを掠（か　　す）めていたような気がする」<br />
　　「二割ぐらいは横流ししてるんとちゃいますか？」<br />
　背景音に「兄貴っ、兄貴っ」と繰り返して呼ぶ声が聞こえた。<br />
　　「金はもろうたからええけど…何処に流していたんかなぁ…。ところで会長はん、　　　今度はいつ頃入るんでっか？。それにやっちまったキンに代わる者おるんかね…」<br />
　　「もう北はだめだ。特に船はな。重油か何か液体に溶かして入れるっていう手もあ　　　るとかなんとか言ってたな。単価が高くてしょうがないんだそうだ」<br />
　　「ほな、見直しを含めて集まりましょか、総会名目で…」<br />
　　「ところで…車の調子はどうなんだよ。ニューベンツは…」と言いかけてその後が削除されていた。<br />
　電話の録音はここで止まっていた。「スポット傍受」で法律的に継続録音ができないばかりか、録音してしまったとしても関係のない部分の記録は保存できないことから、このようになったのだと生総課長が説明した。<br />
　「以上が第三回目の通話ですが、携帯は後藤田の０９０・２３××・××から０２２・２１１・××××の固定電話に架けられたものです」<br />
　「固定電話はＮＴＴ東日本への割当てで、所有者照会の結果、仙台市青葉区中央四丁目××、新城ビル四階にある新城商会の代表取締役、穴守敬二郎となっていました」<br />
　「どっちの声が穴守？だみ声のほうかね」<br />
　風間が訪ねた。「その通りです」と生総課長が答え、さらに続けた。<br />
　「宮城県警に照会した結果、穴守敬二郎は約三十年ぐらい前に公選法違反の歴があります。これは当時の首長選での戸別訪問です。それから一級建築士の資格があるほか中東貿易協力会役員などという肩書きもあります」<br />
　「中東貿易協力会という団体は存在するのかね？」<br />
　風間が全員の顔を見回しながら聞いた。聞いたというよりは問いかけたものだった。<br />
　「経企庁で調べましたが、一応は存在はするそうです」<br />
　「中東貿易協力会とは主に韓国、中国、インド、北朝鮮、イラン、フィリピンなどを対象にした食品関係から繊維製品まで幅広い輸出入関係業界が会員になっています。昔は工作機械関係業界も加入していたのでココム規制もあり公安の対象でもあった」<br />
　「今はどうなっているのですか？」<br />
　風間の問いに、米森理事官が答えた。<br />
　「ココムは一九九四年に廃止され、今はワッセナー条約に変わっていますが、協会内に兵器関係業界はないので対象にはしていません」<br />
　生総課長からは傍受の状況の説明があった。そして、立ち会いには消防署員が協力したこと。傍受期間は三日間に設定したが記録として保存できたのは本件を含めて二件だったことなどを説明した。<br />
　「それでは次の傍受に移りますが、通信事情が良くなくて途中から後藤田のオフィスの固定電話に変わられましたので不十分ですが一応聞いて下さい」<br />
　音声は途切れ途切れで始まっている。途切れる電話が通話の相手だ。<br />
　　　「…から…今…ナ…です」<br />
　　　「聞き取りにくいがな。成果はどないでしか」<br />
　　　「…やり………です」<br />
　　　「その結果はアナやんから聞いてまんがな。でなく、今後のことを含めた取引全体　　　に関してはどないですか？と聞いているのや」<br />
　　　「…ひきは…あ…は、新橋の…金山…と会う予定だが、金山がセン…で、アナ…」<br />
　　　「もし、もし、もーし」<br />
　　　「…は…聞こえ…か…」<br />
　　　「聞こえんがなもー。事務所の電話に架けてくれへんか。待っているやさかい」<br />
　これで電話は切れた。<br />
　「以上が二件目の傍受内容です」<br />
　生総課長は、通話相手について次のように説明した。<br />
　「後藤田は０９０・２３××・××の携帯ですが、この相手は０９０・２２６×・××でプリペイドカード式の携帯と分かりました。東京・麻布で販売されたのですが、購入者は不明でした」<br />
　さらに「固定電話の傍受も必要ですので、さらに令状を請求する予定でございます。今回はまだ七日しか利用していません」と続けた。<br />
　「いいですか？」と鬼頭が口を開いた。<br />
　「この中に出てくる液体に溶かして持ち込む手法は、関空で実際にあった例だと記憶しております。最近は蛇頭を含めて船が大陸から来ないのでいすよ。ですから北朝鮮からの薬は現在のところ入荷がありません」<br />
　「何故なんだね」<br />
　刑事企画課の高橋課長の問いに、さらに鬼頭が続けた。<br />
　「どうも、例のオペレーションの一件が響いているものだと思いますが…一部には、韓国軍が対北対策で沿岸警備を強めたためという見方もあります」<br />
　「分かりました。これで後藤田はどうですか？ガサを入れられますか？」<br />
　重森が最も心配していたことだ。覚せい剤の「覚」の字も出ていない。「ブツ」という言葉だけでは令状は降りないだろうと思っていた。<br />
　「いきなりの令状は降りないだろう。しかし、登場人物の関係について、少し精査しようではないかね」<br />
　瀬上生安局長が言った。<br />
　生総課長は総括の意を込めて登場人物のおさらいと聞き取れない部分を紹介するつもりでさらに続けた。<br />
　「分かりました。繰り返しになりますが、大阪弁は篠原組の大阪の幹部で北の工作船と交信のあった携帯を利用しています。アナやんと呼ばれているだみ声の男が仙台の穴守敬二郎。貿易協力会の会長を勤めるなどしていますが初めて登場する人物です」<br />
　「次に、聞こえなかった電話の内容は想像ですが、『新橋』の『金山』という土地名と氏名が出てきますが、これは仙台市で水死体で発見された東京・新橋の金山剛ではないかと思われます」<br />
　鬼頭もその様に感じていた。その通りだったとしたら、途切れている部分を繋げるとこうなる。鬼頭が予測される会話を再現した。<br />
　「『取引は一応、成功でした。明日は新橋の古物商をしている金山（社長）と会う予定だ』と言い、そのあとに続くのは『その金山が仙台で穴守と会う』かなにかスケジュールを話しているのではないでしょうか。問題は後藤田の話し相手は誰かということです」<br />
　重森が引き継いだ。<br />
　「もうひとつある。後藤田が最初に聞いた『成果はどないでした？』と言う部分だ。これに対して相手が説明しているが、さらに後藤田は『アナちゃんから聞いている』と言っている。その成果は何かだ。スケジュールとは別で、しかもそれは、何かを実行した結果ということになる。それを知っているのは後藤田と穴守とこの通話相手だ」<br />
　「そうすると、とりあえず後藤田ー穴守ー金山が結びつく可能性が出てきたことになる。さらに後藤田と穴守の共通する人物だ。会話の中で『今…ナ…』の部分だが、これが分かれば想像は付くが、いずれにせよ引き続き後藤田の事務所の固定電話の傍受をもう一度実施する必要があるような気がするがどうだろうか…」<br />
　瀬上生安局長が続けて言った。大阪府警は警察庁局長としてのこの言葉に、再度の令状請求に自信が持てた。<br />
　「篠原組へのガサはその後になりますね」<br />
　生総課長が念を押した。そして続けた。意見を仰ぐためだった。<br />
　「篠原組はヤミ金に手をだしており、生活経済課と捜査四課が積極的な事件化を狙っています。この件のガサを待っても良いのですが…」<br />
　瀬上の顔が引きつった。<br />
　「とにかく別件は次の次の手段です。あくまでも本件です。さんざん手を打って最後の手段が通信傍受でしょ？。その傍受が出来ないというなら別です。本件では十日やれるはずだ。まだ三日残っている」<br />
　生総課長を含めて全員が、警察庁の並々ならぬ決意を聞いたような気がした。<br />
　「ヤミ金を組織でやっているのなら東京もやれるが…、傍受と平行で進めたらいかがでしょうか」<br />
　と風間が聞いた。薬物捜査の困難さを知っているからだ。<br />
　瀬上は攻撃的な仕事をする幹部で知られている。一歩も引くことはなかった。<br />
　「ここで妥協すればどうなりますか？」<br />
　瀬上の口調は冷静だった。<br />
　「分かりました。ところで篠原組の勢力は？どのくらいあるものですかね」<br />
　大阪府警の生総課長が資料を鞄から取り出して読み上げた。<br />
　「このほど指定されたばかりですが京都市に本部を置き大阪、兵庫、東京、広島、福岡など十八支部で準構成員数を含めると七百六十人前後です」<br />
　「分かりました。勿論、大阪府警は通信傍受をそのまま進めてもらいますが、念のために、最後の手段として、全国で被害届が出ているようなら全県警あげてヤミ金をやってもよいのではないかと思われますね」<br />
　「時間の関係もありますが、新たに出てきた穴守敬二郎？例の穴守ですがね、重森君、これは宮城県警とはどうなっているの？」<br />
　「宮城県警と警視庁とで例の殺しの件で相互乗り入れをしている関係もあり良いのですが、府警さんは篠原組で連絡を取り合っているぐらいかな？」<br />
　「これまでのところ、電話連絡と電報ぐらいですので今後は、例え本部を置かなくても密にしないといけないような気がしますね」<br />
　生総課長はこれ以上断定的な返事は言えなかったが、会話の中にあった『やっちまった』の部分からすれば「殺人」とも解釈ができるため、刑事部との連携も必要と思っていた。<br />
　「分かっています。きょうはうちの局長が来ていませんが、捜査一課長も含めて検討させて下さい」<br />
　警察庁の刑事局は局長が国会対応から会議には出席できず、出席していた捜査一課長が答えた。<br />
　こうして篠原組に対しては「ヤミ金」対策として支部のある六都府県警察を中心に全力を挙げることとなったが、あくまでも薬物捜査の完遂が府警には求められていた。<br />
　さらに、新たな捜査対象となった穴守については、警視庁と宮城県警の合同捜査本部として、最高責任者は警視庁生安部長の永堀が担当することになった。実質的な捜査指揮権は城西署署長で、朝陽商事班に組み込まれた。<br />
　　　×　　　　　　×　　　　　　　×　　　　　　　　×<br />
　警察庁九階にある広報室がＡ４の写真週刊誌の切り抜きを入手した。一人の男の写真が掲載されていた。<br />
　　　本誌のスクープ速報<br />
　　　　「平壌に渡った男はこの人だった」　　<br />
と題して、二十歳代の男が暴走族の特攻服を着て、オートバイにまたがる写真を掲載していた。本人や家族の許可を得ていないのか、顔には目隠しの小さなホワイトが入っていた。<br />
　重森薬対課長が広報室からの連絡で写真週刊誌を手にしたのが金曜日の会議を終えた後だった。本文には次のように書かれていた。</p>

<p>　　　韓国の東洋新聞が報じた「平壌に渡った日本人・ミスターＸ」は仙台の暴力団「関　　　東連合」の幹部の北島建一（仮名）だった。かつてミスターＸは元暴走族集団・み　　　ちのく連合のチームリーダー＝写真。<br />
　　　　本誌は北島が二十五前に所属していたみちのく連合で、三陸海岸初日の出暴走を　　　繰り返していた当時の友人に接触した。北島は平壌に出発前にこの友人と食事を共　　　にしており、その際に「長い旅に出る」と言っていたという。<br />
　　　　友人とは「みちのく連合」に所属した時から交際が始まり、その友人によると北　　　島は二十四歳になった時に「みちのく連合」のトップに抜擢された。<br />
　　　　みちのく連合はその後、東北進出を図った篠原組の目にとまり「篠原組の東北支　　　部」というふれこみで「関東連合」という新興ヤクザとして組織化された。仙台　　　や福島、山形などの東北南部の都市部を縄張りにした。<br />
　　　　勢力は百五十人前後だが、東北地区を治めるだけでなく篠原組の東京支部の役目　　　も果たした。上納金のバーターとされている。一部には中国人マフィアと連携、東　　　北地区の情報を提供していたとも言われ、北島自身が宮城県警や警視庁に逮捕され　　　ている。<br />
　<br />
　週刊誌掲載の写真はただちに、警察庁内の関係部所に配られたのをはじめ警視庁や関係県警本部にファックス送信された。<br />
　ファックスの配信を受けて最も驚いたのは、当時中国人マフィアと関東連合摘発の糸口となる高校生に対する覚せい剤密売事件を検挙した福島県警生安部。同事件は警察庁長官賞を受賞したものの、逮捕手続き上で問題になった事件だった。<br />
　同県警は、捜査手続きの過ちの戒めを含めて、全体的には前向きの捜査であったとして、県警察学校の教材として利用するなど、後輩への伝承材料となっている。<br />
　一方、警視庁は日本国内に中国人マフィアが存在し、福建省グループなどの組織化、日本国内の暴力団との連携を解明しているだけに刑事部捜査四課では同記事に注目した。しかし、週刊誌の仮名「北島」ではなく実名の「北上雅也」を記憶している刑事は少なかった。<br />
　週刊誌が発売になって五日後だった。警視庁江戸川署の捜査本部を六十は過ぎているお年寄りの女性が訪れた。手には例の写真週刊誌が握られていた。<br />
　「すみません。金田さんが殺された事件の担当者にお会いしたいのですが…」<br />
　警察署の受付カウンターにいた再雇用の担当者がびっくりした。<br />
　「捜査本部と言ってもこの時間は留守番しかいないのですが…緊急ですか？」<br />
　「あのう、この前、刑事さんから聞かれたことで思い出したことがあるのですが…」<br />
　「垂れ込みだ」と直感した再雇用者は、まず刑事課長卓上に電話を架けた。刑事課長が出たので説明した。<br />
　「上げて下さい。私が扱いましょう」<br />
　女性が刑事課長に説明を始めた。<br />
　「実は先日、事件のときに名前は聞かなかったのですが…。その時は知らなかったのですが…、きょう、この写真を見て思い出したことがあって…」<br />
　「どういうことでしょうか？」<br />
　「私は台東区日本堤で五十年近く旅館を経営している者で、木島さと子と申します。だいぶ前に隅田川で殺された方について、泊まったかどうか刑事さんに写真を見せられた時には、どこかで見た記憶があったが思い出せず『知りません』と言ってしまいました」<br />
　「それで…」<br />
　刑事課長はメモをとるでもなく聞いていた。<br />
　「そうしたら、うちの主人が刑事さんに『誰かを訪ね歩いていた男の人だ』と言ったことから、なんか、殺された方は青森県の人だとか分かったそうですね。うちには泊まっていませんだしたが…きょう来たのはその続きなんです。よろしいでしょうか？」<br />
　「ちょっと待って下さい。それでしたら別の部屋に行きましょう」<br />
　刑事課長は捜査本部のデスク席にダイヤルした。林管理官が電話に出た。<br />
　「刑事課長ですが、情報を持ってきた方がいますので案内します」<br />
　木島さんは足が悪いので、エレベータに乗せられた。<br />
　捜査本部は刑事課のすぐ上の五階の会議室に置かれていた。林管理官の席に案内された木島さん。さらにビックリしたのは、事件の関係が書かれた白板に貼られた被害者の金田正夫さんの隣に貼られた金田悟さんの若い時の写真を見た時だった。<br />
　「あっ、この人だ」<br />
　木島さんは、白版の写真を指さして叫んだ。<br />
　「あぁ来て良かった。この写真の人なんです。私が記憶している人は…。そいで、今回はここに写っている写真の男の人と昭和五十年ごろだったと思うのですが、私たちの旅館に一緒に泊まっていたことがありました」<br />
　「えっ=、この写真の人と雑誌の写真の人とが同じ部屋に=」<br />
　「そうなんです。主人と話していて、この雑誌を見て思いだしました」<br />
　こうして寄せられた木島の情報に、捜査本部と新潟県警は大混乱に陥った。<br />
　既に、隅田川から死体で発見された金田正夫さんは、約三十年前に行方不明になった兄の悟さんを捜しに青森から上京して何者かに殺害された。<br />
　死因は、覚せい剤を一度にしかも大量に注射されたことによる薬物のショック死であること。<br />
　そして悟さんは、山谷で放浪生活を送っていた昭和五十年ごろ「ロックの雅」という男とともに行方不明になった。<br />
　その「ロックの雅」が、今回北朝鮮に行っていることが判明した。<br />
　この結果、悟さんは羹の兄、つまり「ロックの雅」に成りすまされた「はい乗り事件」と見られていたことは、覆（くつがえ）ることになる。<br />
　「なんのこっちゃい。なんだかさっぱり分からん」<br />
　報告を受けた捜査一課長と署長の頭が混乱した。林管理官が一課長と署長の顔を交互に見ながら説明した。<br />
　「そんなに深く考えることはありません。木島さんが見ている写真は本物の悟なんです。そしてもう一人は北上雅也なんです。ですからこれまで悟さんをはい乗ったのは得体の知れないロックの雅と見られていた。ところが今回、ロックの雅の正体が北上雅也であることが明らかになった。それだけの話しです」<br />
　「そうしたら新潟県警の羹の兄は、はい乗り犯ではない？」<br />
　「はい乗り犯人には間違いないのですが、悟さん不明の件、つまり殺されているとしたらその実行犯は二人なのか一人なのかが問題なのです。とりあえず、羹の兄とロツクの雅こと北上雅也は別人であることを証明しておく必要が出たわけです」<br />
　「じゃぁもうひとつ。北上は仙台の暴走族で関東連合の幹部だろう。東京に足があったことで、つじつまが合わないのではないか？」<br />
　署長のこの言葉に捜査一課長が答えた。<br />
　「警視庁が当時、中国のマフィアで福建省グループと日本の暴力団の繋がりを立件しているでしょう。これで北上は仙台だけでなく篠原組の関連がある関東連合と分かった。東京とも繋がりができたわけです。さらに北朝鮮に繋がるとしたら、場合によっては金田正夫さん殺しにも繋がるかもしれない」<br />
　こうして江戸川署の捜査本部は、羹の兄との「面通し」のため木島さんを新潟市に案内することになった。</p>

<p>　木島さんの足が不自由だったことから車での新潟県警行きとなった。捜査本部は林管理官が同行した。木島さんは、北上雅也と悟さんが同じ部屋に寝泊まりしていた当時の山谷の様子を話し出した。林管理官は、懐かしい時代の話しに自身の警察官生活をだぶらせて振り返り何度も何度も質問した。<br />
　昔し話しをしたのも、面通しの前に木島さんに当時の多くの記憶を蘇えらせるための林管理官の作戦だった。<br />
　関越自動車道路の新潟中央インターでは県警高速隊のパトカーが待機しており、新潟中署まで誘導したくれた。<br />
　同署にはマジックミラー付きの調べ室はなかったため、刑事課で待っていた木島さんの前を通行させることで何回も確認された。<br />
　調べ室で録音された羹の雑談も聞かされた。木島さんがようやく思い出したようだ。<br />
　木島さんは長旅で疲れていた様子なので県警で食事をしながらの事情聴取となった。刑事部長応接室に案内され、警視庁の林管理官と県警捜査一課の大島係長が立ち合うことになった。<br />
　「いかがでしたか、思い出したことがありますか？」<br />
　林管理官が切り出した。来る途中の乗用車内での会話の延長線上を演出した。<br />
　「あの男の人ですね。あれはね、確か…労働センターが焼き討ちされた事件の後だったと記憶しているんです。週刊誌の写真の男と良く二人で飲み歩いていましたよ」<br />
　「ということは、今、見た男と悟さんとは別人なんですね。そしてロックの雅こと北上雅也とも別人で、北上と先ほど見た男は仲が良かったことになる」<br />
　大島係長の声がうわずった。ＤＮＡ鑑定以外の生の証言だった。そして木島さんは続けた。<br />
　「悟さんはさ、ほら稼がないと食べれない訳でしょう。日雇い労働者だからね。ところがあんた…」<br />
　木島さんは饒舌になってきた。<br />
　「なんだっけ週刊誌の男は、はなからヤクザっぽくてさ、よーく悟さんにたばこをやっていましたよ」<br />
　「さっきの男は背広を着ているから、私たちは役人みたいでおかしいし変だなぁって見ていました。一カ月ぐらいの間に何回か来ていましたが、そのうち三人で出て行ったきり帰りませんでした」<br />
　「宿賃の精算はその日その日なので、うちは何の損もしていないのですが、何か月か後に週刊誌の男が来て『誰か悟を訪ねて来なかったか？』て聞かれたんです。三人で出て行ったのになぁ。だからおかしなことを聞くんだなと思っていました」<br />
　こうして、「ロックの雅」は羹兄とは別人だったことが証明された。<br />
　<br />
　報告を受けた警視庁の笹川刑事部長は、警察庁の宗像警備局長を訪ねた。金田正夫さん殺害事件の途中経過報告と北上の身柄についての打ち合わせだった。局長室には警備局担当審議官、小嶋外事課長、国際部長も呼ばれていた。笹川が苦渋にみちた顔で説明を始めた。<br />
　「いゃぁ参りました。報道が先行した形になってしまいました」<br />
　「それにしても警視庁も大変ですね」<br />
　今回の場合は、発表事案とは別問題であり誰にも責任を求めることはないが、警視庁という立場上、情報を持っていながら警察庁に報告する前に報道されたことについて笹川は謝罪したつもりだった。察していた国際部長が切り出した。<br />
　「ご承知だと思いますが、北朝鮮は残念なかせらＩＣＰＯ（国際刑事警察機構）に加盟しておりません。中国と韓国が加盟しているので、北朝鮮を出国した場合に備えた手配は必要と思われます」<br />
　「北上の逮捕状がない場合はどうすればよいか？。それによってどこまで詰められるのかなんだよ」<br />
　宗像局長のこの言葉に、国際部長は<br />
　「手配には赤手配から紫手配までありますが、赤手配は引き渡しを前提に身柄の拘束を求めるものですから令状が無い以上はできません。したがって国際情報照会手配書、つまり青手配書を発行して、北上の所在発見や正確な人定事項や犯罪経歴などに関する情報を求めるほうがよいのではないでしょうか」<br />
　そして小嶋外事課長が続けた。<br />
　「一度手配すれば手配書は加盟国に回りますので行動確認はできるわけです。さらに詰めておくとすれば外交ルートで在北京大使館から中国にお願いして外交ルートによる平壌への働きかけが良いのではないでしょうか」<br />
　「警視庁としては北上の令状をとるまでは行くのかね。行けるんだったら、警察庁としては北京に派遣することも可能だよ。既に中国公安当局とは来日外国人犯罪対応として連絡体制が確立しているからね」<br />
　宗像局長が笹川の顔を見ながら聞いた。<br />
　笹川刑事部長は金田正夫殺害事件について捜査の途中経過を報告した。<br />
　「金田正夫さんは青森県から上京して台東区西浅草のホテルに投宿。兄の悟さんを捜し回っていたんです。そして十二日目の夜に五戸の実家に電話しているんです」<br />
　笹川はたばこに火を付けてさらに続けた。警察庁内は部長や課長の個室での喫煙は部屋の責任者に裁量が一任されている。宗像はヘビースモーカーだった。<br />
　「正夫さんは電話で『明日、山谷に住んでいた当時の知り合いだった男に会うことができる』と喜んでいたというんです」<br />
　「その間の行動で手がかりはないのかね」<br />
　小嶋が聞いた。<br />
　「金田さんは滞在期間の十二日間に三回、近くの銀行から日常の小遣いと思われる現金を引き出していました。その三回のうち一回だけ銀行の防犯カメラに金田さんと連れの男が写っていた」<br />
　宗像が膝を乗り出した。<br />
　「あまり鮮明ではないのですが現在、その写真を元に聞き込み捜査をしている最中なんです」<br />
　「ほう、それで良い情報はないのですか？肝心の北上の足取りについては？」<br />
　刑事部長が警察庁にわざわざ出向いてくるからには、北上の情報ではないかと期待していた審議官が聞いた。<br />
　「出入国記録を見ますと成田を出たのが三月二十五日。現住所の仙台市を出たのが二十一日で五日間の足取りを追跡している最中です」<br />
　笹川はさらに続けた。<br />
　「これは私の私見も含まれますが…、金田正夫さん事件に関与しているのではないかと思えてならないのです」<br />
　「北上がロックの雅であり、当時の金田悟さん行方不明事件に係わっている。そしてその兄を捜しに来た正夫さんは当然、ロックの雅、つまり北上を捜し出して詰問した。筋が読めてきましたね」<br />
　小嶋外事課長が笹川の顔を見ながら付け加えたの対して、笹川はさらに続けた。<br />
　「おっしゃる通りなのですが、北上は仙台市の人間なんです。それがなんで正夫さんと今回会えたのか…。背後になにかあるのでは？などと考えると、もっと詰める必要がありますので、宮城県警とも協力しながら鋭意、努力しております」<br />
　「銀行の防犯カメラの映像と北上の写真の比較はできないのですか？」<br />
　宗像が質問した。<br />
　「防犯カメラの映像の角度と同じような角度の北上の写真が無いものですから…」<br />
　「逮捕歴があるでしょう北上には…」<br />
　「はい。現在、捜査四課を動員して関東連合当時のビデオの入手に全力を上げており、入手できれば科警研のお世話になるつもりでおります」<br />
　「そうですね。角度が一致すれば骨格からもある程度は、出るしね」<br />
　<br />
　笹川刑事部長が金田さん殺害事件を含め北上の打ち合わせに警察庁を訪れているころ、警視庁新橋分室は、ひっくり返るような騒ぎになっていた。<br />
　多摩川署と本部生安特捜隊などが捜査していたコンテナの受取人の東京都新宿区大久保四丁目××番地の淋公平を、淀橋西署員が緊急逮捕していたというのだ。容疑は「覚せい剤所持」。風間は淀橋西署の川崎署長に連絡をとった。<br />
　「風間です。淋を逮捕したんだって？」<br />
　「焼き肉屋をやっていてさ、実は色々な情報が入っていたのだよ。それで未発表だが先月末に覚せい剤所持でマスコミ関係者を逮捕したんだ。発表していなかったのだが、週刊誌に感づかれてさ、時間が持たなくなりそうなので淋に番をかけていたんだ」<br />
　「それで捕まえた。良いネタなんだけどさ…」<br />
　「分かっている。十分に分かっている。多摩川の件だろう。佐山君とは既に連絡しているよ。心配するなよ」<br />
　風間と川崎とは警備部にいた当時からの旧知の仲。そしてその川崎と多摩川署の佐山とは警察大学の同期生だった。この話しを聞いた鬼頭が提案した。<br />
　「理事官、待たなくて良いからさ、明日にでもガサしましょう。多摩川署は既に関係者の逮捕令状を持っており、それだけでも執行しましょう」<br />
　こうして淀橋西署の淋の逮捕で、多摩川署が進めていたコントロールドデリバリー捜査は途中で合同捜査本部として淋の関係カ所の家宅捜索を実施することになった。<br />
　淀橋西署が用意した家宅捜索は淋の自宅、オフィス、焼き肉店など五カ所。そして警視庁は淋の逮捕を含めて多摩川署を合同事件として多摩川関係で十八人を一斉に逮捕するとともに二十三カ所の関係カ所の家宅捜索が実施された。<br />
　淀橋西署は、所持容疑で逮捕したマスコミ関係者の名前の公表どころか、同事件そのものの発表を控えた。<br />
　そしてその日の夕刊各紙はほぼ全紙が一面トップ扱いだった。淋の経営する焼き肉屋「ジュウジュウ」は都内でも有名な店で代議士をはじめ芸能人、マスコミ関係者など政・官・財界にも知られていたからだ。</p>

<p>　事件は連鎖反応的に起きるものだが、事件が解決するときも競争意識を持っているわけではないが、得てして続くことが多い。<br />
　警視庁捜査一課と江戸川署の捜査本部は、金田正夫さん殺害容疑で、東京都台東区根岸六丁目××、暴力団・根岸一家組長、田岡力也（六十三歳）を死体遺棄容疑で逮捕したのだった。<br />
　根岸一家は浅草、隅田、江戸川、足立、葛飾などで下町で開かれる祭り会場の屋台を仕切る古くからのテキ屋だった。<br />
　金田さんの足取り捜査をしていた捜査本部員が、台東区浅草のカラオケ店で喧嘩している金田さんら三人の目撃情報を得た。田岡は地元であまりにも有名だったことから顔を知られており墓穴を掘る形となった。<br />
　捜査本部は田岡の内偵捜査を開始した。しかしどうしても接点が見つからなかった。金田さんにあった薬物の注射痕と田岡の根岸一家が結び着かなかったのだ。<br />
　捜査の焦点は金田さんと田岡とは別のもう一人の男に絞られた。<br />
　そうした最中に、写真週刊誌が北上の写真を掲載。北朝鮮に出国したことが明らかになった。そして木島さんの証言を得たのだった。<br />
　捜査本部は北上の足取りを追った。その結果、三月二十一日に仙台を出て東京に向かったことが分かった。品川区の高級ホテルに滞在していたが、三月二十五日に成田空港から北京に向けて出国していた。<br />
　捜査会議が開かれた。鬼頭が発言した。<br />
　「田岡の目撃証言だけでは弱くないですか。かと言って時間をかけていては、北上が平壌から出国した場合に備えて国際手配しておかないと間に合わない。相手はヤクザ。この際、引きネタは軽犯罪法でもいいのではないでしょうか？」<br />
　林管理官も鬼頭の案に同意した。笹川刑事部長が警察庁と打ち合わせしており、ＩＣＰＯ手配も手はずが整っている。<br />
　「ヤクザと言ってもテキ屋。車の中を捜せばドライバーの一本や二本は持っているだろう。屋台の組み立てには使うはずだから…。署長さんの意見は…」<br />
　「落としネタとしては日夜のカラオケ屋の喧嘩。この時の指紋はあります。さらに、三人で隅田川公園に行く際にタクシーを利用している。そのタクシーの運転手の証言とタクシー内の指紋があります」<br />
　「金田さんのほうには何か立証するのは残っていないのですか？」<br />
　鬼頭が聞いた。この問いには捜査一課長が答えた。<br />
　「胃の内容物から殺害時間は二十一日午後十一時から二十二日午前三時ごろ。カラオケ屋に行く前に食べた馬刺しなどの肉類を摂取していた。その三人の足取りも裏付けてはいる。殺害の動機については、組の若い者から『金田悟さんを捜していた』という情報があるが、これは北上なら引きネタに利用できる。それは当時の旅館の女将さんの証言もあるからだが、田岡にはちょっと弱い気がする」<br />
　鬼頭が金田さんの薬物中毒死について述べた。<br />
　「死因は薬物中毒死です。これは覚せい剤を一気にしかも大量に摂取した場合の死因です。問題は田岡の根岸一家と薬物の接点がないということですが、それは北上の可能性が非常に高い。現在、我々が北上と覚せい剤の捜査を進めています。その捜査で立証される可能性もある。しかし時間の猶予がない。どうだろう見切り発車だが、別件でも田岡の身柄を取ってみてはいかがでしょうか？」<br />
　鬼頭の意見に笹川刑事部長、捜査一課長、署長も林管理官同様、同意した。<br />
　こうして田岡は、ドライバー所持の軽犯罪法違反容疑で連行された。調べは捜査一課七係長の平岡警部が担当した。<br />
　ーーお前も昔気質の人間なら分かるだろうが…。正夫さんが悟さんを捜しに上京したのはな、正夫さん自身が癌に侵されていたんだよ。あと数年の命と宣告されたんで、死ぬ前に大事な仕事があったからなんだよ。酒を飲んでいて気づかなかったのか？。<br />
　「どうりであまり飲まなかったな…」<br />
　ーーカラオケで津軽じょんがら節を歌っていただろう。あの歌はな、悲しい歌なんだよ。江波杏子と織田あきら、西村晃らが共演した津軽じょんがら節という映画。お前も見たんだろう。正夫さんの歌をお前は、どんな気分で聞いていたんだよ。涙も出なかったのか=。<br />
　「刑事さん…。なんで彼が歌ったのを知っているんですか？」<br />
　ーーお前らの行動ぐらい知らないで調べ官が務まるかよ。それでな、大事な仕事とはな、田舎だからさ。墓を守らなくてはならない。兄がいなければ次男の自分の役目になる。ところが命の限りの宣告を受けていて、時間がない。そこで『たとえ目が見えなくても耳が聞こえなくても兄貴の屍だけでもいい』として、たった二人っきりの兄弟なので捜しに来たというんだ。<br />
　「…　…」<br />
　ーー先祖の墓を守るためにだ。『絶対に見つかる』と信じて病院にも行かずに病気を隠してだよ。奥さんが泣いていたぞ。あんな、か細い体にお前らは覚せい剤という悪魔の薬を注射した。堅気（かたぎ）の人にだよ。恥ずかしくないのかお前は。痩せても枯れても下町の江戸っ子だろうが。人情も落ちたもんだよなぁー。<br />
　「…　…」<br />
　ーーもういい。もういいよ=　こんなこと子分達が知ったらどうなるかだよ。お前の墓に唾や小便でもかけるじぁないのか。<br />
　平岡が立ち上がろうとした。イスを引きながらため息をついた。<br />
　「刑事さん待ってくれよ。逃げる訳ではないが自分は殺していない。しかし北上の行動を止められなかったのには責任がある。罪は償いますよ」<br />
　ーーじゃーお前に聞くが、正夫さんをどうやって殺した？<br />
　「北上の奴が隅田川の公園で、正夫さんの顔を殴ったほか胸などを踏みつけて気絶させた後、持っていた注射器で覚せい剤を射ってショック死させたんだよ」<br />
　田岡はさらに続けた。<br />
　「身元がばれないようにと北上が、わざと正夫さんが持っていた携帯の住所録や着信履歴、発信履歴など全てを消してそのままにしたんだ」<br />
　平岡が確認した。<br />
　「正夫さんが電話番号を書いた紙切れを持っていたが、それは何だ？」<br />
　田岡がしばらく考えた後、不思議な顔をして言った。<br />
　「それは知りませんでした」<br />
　テキ屋の親分が落ちた瞬間だった。犯人しか知り得ない「秘密の暴露」には十分だった。さらに平岡は諭した。<br />
　ーーなぁ田岡。これで正夫さんは成仏できるだろうよ。しかし、本当はな兄弟を一緒に出してやれないかな。<br />
　「刑事さんは悟のことを言っているのだろうが、俺も男だよ。あの時は北上に紹介はした。しかしその後の行方が分からないんだ。本当なんだ。必死になって捜す正夫さんの姿に感動して、俺はわざわざ仙台から北上を呼んだんだ。そうしたら彼奴（あいつ）は、俺を共犯だと脅した…」<br />
　この結果は、直ちに警察庁に報告され、北上のＩＣＰＯへの手配は殺人容疑の「赤手配」に変更された。</p>

<p>　田岡の供述によると、根岸一家は山谷地区は縄張り内だったが、同地区はあくまでも労働力の需要供給でありテキ屋の出る場ではなかった。しかし山谷は暴力団が全く関与しなかった訳ではなかった。<br />
　労働センターが完成し労働力確保や労働者に対する福祉面での支援が始まると、仕事に付けなかった労働者に支給される〝あぶれ手当〟目当ての暴力団が介入した。それが新興暴力団であり、関東連合だったという。<br />
　山谷地区の縄張りは実質的には根岸一家だが、関東連合とは暗黙の了解事として扱われていた。そんな問題から田岡は北上と面識があった。<br />
　金田さんが、「兄の悟さん捜し」をしたのは浅草をはじめ日本堤、清川など昔は山谷と呼ばれた地区が中心だった。山谷と言っても現在は労働者の町には程遠く、当時を知る人は殆ど見つからなかった。<br />
　金田さんが聞き込みの最中に、ふと立ち寄ったところが根岸一家の若い組員の自宅だった。その組員が「金になるかも知れない」と、悟さん捜しに協力することになった。田岡は、若い組員が新しい「金ヅル」を持ったことに怒りを感じたという。<br />
　「古くからの昔気質のヤクザのすることではない」と激怒した。<br />
　「痩せても枯れてもテキ屋はテキ屋。客あっての商売だ」<br />
　が田岡の言う〝ヤクザ気質〟だ。<br />
　偶然だったが若い組員と連れだっている金田正夫さんを見た田岡は青ざめた。<br />
　三十年も前になるが、関東連合の北上から相談を受け、悟さんを紹介した記憶が残っていたからだ。<br />
　当時、悟さんは日雇い労働者として山谷地区で働いていたが、元浅草のある寺の縁日の夜、田岡の出店している屋台で偶然にも知り合った。<br />
　以来、田岡は舎弟の店を紹介、悟さんは同じ東北出身の組員とうち解けるようになり、時々はアルバイト的に屋台を手伝っていた。<br />
　そのころ北上は、中国マフィアの要請を受けて北朝鮮から密入国した男の戸籍を確保する仕事を二百万円で引き受けていた。「良い人はいないか？」と聞かれた田岡は、深い事情を聞かずに悟さんを紹介した。<br />
　田岡が青ざめたのは金田さんがその悟さんに良く似ていたからだった。田岡は悟さんを北上に紹介はしたものの、その後、何処にどう行方不明になったのかは北上から聞かされていなかったという。<br />
　「どんな事情にあったのだろう？」と疑問を持った田岡は、やがて自ら正夫さんを誘うようになった。兄貴の悟さんの行方を知りたい田岡は、仙台にいた北上に連絡した。そして初めて、悟さんの戸籍を得るため殺害したことを打ち明けられた。<br />
　翌日、北上が上京した。北上は田岡に迫った。悟さん殺害事件は田岡の紹介を受けてはじまったことだから共犯者だというのだ。田岡は北上に言った。<br />
　「俺は関わり合いたくない。話しを聞いてみると俺たちと悟さんの関係はまだ知られていない。しかし、長く滞在されると、どのようなルートでばれるか分からない。この際、早く追い返したほうが良いのではないか？」<br />
　「だったら三人で飲んでガセネタを掴ませるか？」<br />
　北上が提案した。話しはまとまり北上、田岡と正夫さんの三人で飲むことにした。正夫さんは酒は控えめだった。それでも意気投合して浅草のカラオケ店に行くことになった。<br />
　そこで「話しの辻褄が合わない」とあまり酔っていない正夫さんが怒り出した。<br />
　大声での口論となったため、北上は「外で話そう」と正夫さんを誘い隅田川公園に行った。そこで再び口論が再燃。北上が正夫さんの顔や胸を殴り意識不明にしたあと、持っていた注射器で覚せい剤を大量に注射。堤防から隅田川に放り込んだ。<br />
　「おまえ何の注射をしたんだ」<br />
　田岡は北上に聞いた。<br />
　「覚せい剤ですよ。こうすると事件が発覚しても覚せい剤がらみとなり、捜査の方向は薬物捜査になるでしょう。捜査かく乱のためですよ」<br />
　驚いて立ちつくす田岡に向かって言った北上の次の言葉は<br />
　「これで田岡さんも同罪ですからね」<br />
　こうして田岡は、北上が動かなくなった正夫さんを公園の堤防から投げ捨てるのを手伝わされたというのだった。<br />
　捜査本部は田岡を殺害に加担したものと判断、逮捕容疑を共謀共同正犯の殺人容疑に切り替えた。<br />
　自供と同時に田岡の自宅、根岸一家の事務所、それに北上の所属する関東連合や仙台の自宅、東京の組事務所などを家宅捜索した。捜索箇所は北上の女性関係箇所などにもおよび計十二カ所にのぼった。<br />
　特に北上に関しては、覚せい剤を使用していることから入手先の割り出しを最優先する必要があった。<br />
　そのためには、篠原組の捜索は薬物本件での着手が求められる。警視庁の要請を受け警察庁は、大阪府警が後藤田作之助の再度の通信傍受を予定しているおり、ヤミ金業を含めた総合的な頂上作戦も必要だが、瀬上生安局長の意見通り、最優先は薬物捜査と決めた。<br />
　この結果、金田正夫さん殺人事件と悟さん行方不明事件では警視庁、新潟県警、宮城県警、埼玉県警、長野県警の共同捜査体勢が組まれた。<br />
　さらに後藤田の篠原組関係では大阪府警、警視庁。仙台市の金山剛さん殺人事件では既に宮城県警、警視庁。工作船から押収された携帯電話の通信先関係では兵庫県警、茨城県警、高知県警、鹿児島県警、 北海道警などを含めると一連の事件で関係する都道府県警は三十数県にのぼり史上最大の作戦が展開されている。<br />
　警察庁は、重要人物のＮシステムのチェックも含めると関係する本部は四十都道府県警となるため担当者を集めた大捜査会議を開く必要があるとした。</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T17:08:14+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-ef70.html">
<title>小説・薬物捜査官　その６</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-ef70.html</link>
<description>リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官　その６
　頂上をと...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />
<strong>小説・薬物捜査官　その６<br />
　頂上をとれるか？</strong><br />
　東京国税局の甲斐誠二・査察部長が警察庁九階の吉川英明次長室を訪れた。次長室には宗像警備局長、田中刑事局長、瀬上生活安全局長が同席した。<br />
　国税当局と警察当局の連携で事件を解決する例は多い。オウム真理教事件では、教壇のマネーロンダリング対策として国税当局が強力な査察を実施。収入源となっていたパソコン関連部門にメスを入れている。<br />
　今回の甲斐査察部長の訪問は、警視庁が既に捜査を開始している東京・新宿歌舞伎町の朝陽商事に関してだった。<br />
　「本日はお願いがありまして…先日は兵庫県警の件で表彰をうけましたがありがとうございましたと御礼を言ってこいと…長官が言っておりまして…ついでで恐縮ではございますが…」<br />
　甲斐部長は、今年四月に大阪国税局明石税務署が兵庫県警に協力して実施した地元暴力団に対する査察に対して、警察庁長官協力賞を受賞したことに対する御礼を述べたのだった。<br />
　御礼と言っても小松国税庁長官の伝言を伝えたもので、甲斐にしてみれば「今回来庁したのは長官も了解事項だよ」と暗に知らせる〝威嚇〟のためでもあった。お互いに一通りの挨拶を交わしたあと、再び甲斐部長が続けた。<br />
　「大変恐縮でございますが…既に警視庁が内偵されている朝陽商事に関して私共としても着手させて頂きたく…甚だ勝手なお願いですが…ご意見をお聞きしたくて…」<br />
　甲斐誠二と言えば、査察部では〝剃刀の誠二〟の威名の持ち主。但し「話し下手」でも有名だ。話し言葉でありながら切れ目のない文章が蕩々と続く。吉川次長が途中で言葉を挟んだ。<br />
　「分かりました。瀬上君、警視庁から報告は受けているのかな？」<br />
　朝陽商事は貿易商の看板を持っているが、裏金融の噂も多い。今回は九州南西海域で発生した工作船の薬物取引で、国内の関係者と通話したとみられる電話番号が残っていたことからの着手であり警備局と瀬上生安局長の主管だった。<br />
　「朝陽については着手してから三カ月になるかならないかのはずです。つい先日の会議報告では、貿易商の他に古物関係とか何をしているのか実体が分からない業者だと言っていました。我々の最大の狙いは、ご承知と思いますが、北朝鮮の工作船関係なのです。この解明も含めて既に別件ですが令状を取っており着手のタイミングをみている段階と言っていました」<br />
　瀬上は、詳細の報告を控えた。むしろ国税の狙いを知りたかったからだ。甲斐部長が喋りだした。<br />
　「今回は利息制限法が改正されたことからその関連で実施するもので…どうも…あの会社は我々が二年間にわたりマルサによる内偵を続けた結果…どうしても…金の流れを把握しないと…」<br />
　相変わらず歯切れの悪い説明が続けられた。二年前に利息制限法が改正されたがその関連としてこれまで、大手金融業の査察を実施しておりその一環だという。「果たしてそれだけだろうか？」。さすが「剃刀の誠二」だけあって捜査の手の内は見せないということか。<br />
　「分かりました。ご承知と思いますが事件を担当しているのは警視庁だけでなく他府県警も絡みますのでガサの実施時期については時間を下さい。連絡します」<br />
　吉川次長は、お互いが腹のさぐり合いをしていても無駄な時間が過ぎるばかりだと判断しての言葉だった。<br />
　「連携をとらないとね。どっちも潰れても困るし…」<br />
　瀬上の念押しの言葉だった。瀬上にしてみれば、単なる薬物事件解明だけでなく、あらゆる法令を適用するため薬物の特命捜査に加え、生安からは生活経済も投入しての捜査を続けてきた。<br />
　甲斐部長が帰ったあと吉川次長が心配になり、瀬上局長に聞いた。<br />
　「警視庁がなんと言うかだよな。その辺の誤解を与えないように説得を頼みますよ」<br />
　「次長、これは想定の範囲内だったのです。情報によると政府サイドでは北朝鮮の貿易の実体把握を進めているらしいのです。それで国税も出てくるのではないかと見られていました」<br />
　「いつごろから出ていた？」<br />
　「我が社が着手した直後の情報ですが…。先ほどの話しでは二年前からやっていると言っていましたね…」<br />
　「先ほどの言葉ではそうでしたが、どうも北朝鮮からの農産物輸入に関係あるのではないかとみているような気がしているんだよ」<br />
　「どうします。今回のガサ？」<br />
　「警視庁の令状は何でとっているの？」<br />
　「いまのところは、貸し金業の規制に関する法律違反です。第三条の登録関係となる見込みです」<br />
　「貸金法か。薬物関係では取れなかったのかね？」<br />
　「薬物関係では薬の入りと出がありまして、かなりのネタは持っているのですが、例の海保の情報が出たこともあり、物がない可能性があり、どうしても別件にならざるを得ないというのです」<br />
　「ほう、どんな？」<br />
　「潰した携帯を押収していまして、そのなかの一つか二つに朝陽関係の電話の記録があったり…などです」<br />
　「分かりました。しかし、あくまでも狙いは覚せい剤で頼みますよ」<br />
　国税当局の捜査協力要請を受けた瀬上は警視庁の永堀生安部長に連絡。途中経過報告を兼ねた打ち合わせの会議が突然、開かれることになった。<br />
　警察庁からは吉川次長、刑事、生安局長、警備局からは局長が不在のため審議官。さらに捜査一課、生安企画、外事の各課長が出席した。<br />
　警視庁からは永堀生安部長、笹川刑事部長、風間理事官、鬼頭捜査官らが呼ばれた。風間理事官から捜査の現状が報告された。風間は刑事・生安両部を兼務する理事官だ。<br />
　「朝陽商事に関する捜査は特命室を中心に城西署と下町署とで総勢は二十五人です。社長の帳亭植の行動範囲は北は岩手県の盛岡から南は九州薩摩半島までかなり広範囲でした。しかし、帳社長に対する直接の逮捕容疑はありません。商事会社法人に対する家宅捜索の容疑は貸金法違反です」<br />
　さらに具体的に説明した。<br />
　「下町署員が朝陽商事が捨てた燃えないゴミの中に使い古した携帯電話が潰されているのを発見しています。その中に潰し切れていない携帯がありまして、朝陽商事の社員の携帯電話と連絡取り合った記録も発見されています。この携帯から覚せい剤密売で逮捕したイラン人の指紋が発見されました」<br />
　風間はさらに続けた。<br />
　「このイラン人は城西署が逮捕しています」<br />
　「さらに、朝陽の所有する車両、特に帳社長などの行動をＮシステムで調べた結果、北の工作船から押収した電話通信記録と奇妙に一致している部分があり、今後、解明が必要かと思われます。この件が捜索後の押収資料に頼らざるを得ない部分です」<br />
　警察庁の生安企画課長がまず質問した。<br />
　「潰された携帯電話って、どういうこと？」<br />
　「おそらく使い捨てのプリペイドカード式の携帯で、最近は密売組織が良く利用しています」<br />
　風間はさらに続けた。<br />
　「取引は大手都市銀行が中心です。それに印刷会社を見張っていて分かったのですが、朝陽商事名義のヤミ金のチラシもありました。同社は金融営業の届け出はありません。貸金業法に違反しています」<br />
　「この件に関しては新潟県警が同社の社員を逮捕しており、並行して捜査を進めておりました。入り口はここかと思います」<br />
　瀬上局長から質問が出た。<br />
　「それだけで帳まで伸ばせるのですか？」<br />
　そしてさらに<br />
　「さきほど言った中で『押収資料に頼らざるを得ない部分』はなんですか？」<br />
　その部分について風間は言葉を濁した。<br />
　「押収資料の一部です。我が社が最大の目標としているのが北との薬物の取引なんです。そのためには全体的に見える帳簿類が必要なんですが…ですから国税との同時捜索ではないよう調整はできませんか？」<br />
　重森課長が田中刑事局長、瀬上生安局長の了解を得て立ち上がった。<br />
　「我々の目的はあくまでも北の工作船に関係して押収した携帯から、海保が出来なかった薬物の国内流通組織解明ばかりか、国外も含めた全体的な解明にあります。その資金等の流れを見るためにも必要なものが帳簿なんです。そういう意味で押収が可能な令状があるんだから、国税には待っていただくことは出来ませんか」<br />
　田中刑事局長が語気を強めて反論した。<br />
　「令状があるんなら、これまでなんで放っておいた。薬物関係に至ってはイラン人を一人捕まえたぐらいでは問題外だ。貸金法だけなら国税と同時にやって総合的にくくったほうがいいと思わないか？」<br />
　鬼頭が遠慮がちに声を出した。そして立ち上がった。<br />
　「現在、イラン人の携帯番号記録のあった朝陽の一人を尾行中です。何時でもとれますが時間がほしいのです」<br />
　これが田中局長の逆鱗に触れた。机を叩く音がした。<br />
　「君ね、だったら具体的な時間を言ってみろよ。君たちの言っているのは『今やっている』いや『今捜査中だ』ばっかしだよ。今回の国税の捜索はな政府の方針でもあるんだよ」<br />
　捜査一課長が田中局長の言葉を受け継いで言った。<br />
　「やれば別件、別件と別件ばかり。生安はそんなレベルか？」<br />
　「天下の警視庁が…何をやってるんだよ」<br />
　誰かの野次が聞こえたが鬼頭は無視した。<br />
　捜査一課長が続けた。<br />
　「一連、一連と言っても事件をやっている大阪府警、新潟県警、それに宮城県警？みんな何の繋がりも出ていない。みんな別件、別件だからだよ」<br />
　さらに田中局長は続けた。<br />
　「金の流れは国税にやってもらって、その資料を貰ったほうが良いんじぁないの？そのほうが君たちが薬物に専念できるってことよ」<br />
　最大の嫌味に聞こえた。風間が言おうとしたがそれでは全面対決になる。必死に押さえた。<br />
　鬼頭は心の中で整理してみた。多摩川署の焼き肉屋関係のガサ結果が出るのは時間の問題だ。しかしこれは刑事局には報告していない件。<br />
　それに通信傍受から篠原組の薬物取引相手が特定できるかも知れない。その相手に朝陽が入っているかもしれない。これらを合わせると朝陽商事は、一連の中で〝頂上〟と言える可能性は高い。<br />
　最も期待しているのは新潟県警の佐渡通信に対する捜索だ。場合によっては北と直結する可能性だって秘められている。押収する資料がどれ一つ欠けても頂上に届かなくなる危険性はある。<br />
　これらの情報を全部さらけ出して良いのだろうか。警察庁を信じない訳ではないが、マスコミに報じられたら海上保安庁の二の舞になりはしないか。鬼頭は迷った。反論したかった。意を決して立ち上がった。<br />
　風間が制止しようとしたが遅かった。<br />
　「お言葉ですが…」<br />
　立ち上がった瞬間、田中局長から睨み付けられた。会議場は凍り付いた。<br />
　「お言葉ですが、國島長官の言われた『威信をかけてやれ』の言葉を信じて我々はやってまいりました。政府の方針と言いますが国税は二年も待っている。我々はあと十日もいらない。一週間でもいいのです。時間を下さい」<br />
　鬼頭は定年まであと二年。「できなかったら首ぐらい何時でも差し出すよ」と言いたかったが重森と風間の顔を見ると言えなかった。風間は必死に目で制止している。<br />
　警察庁には、かつて「お言葉人事」というのがあった。部下が「お言葉ですが」と幹部に反する意見を言うと、人事異動の対象にされたという悲劇だ。<br />
　「一週間でやれると言ったが、重森君はそれで良いのか？」<br />
　瀬上生安局長が重森に聞いた。<br />
　「鬼頭警部は我々も認める専門職の特命捜査官です。だから全国の事件を総合的に見て判断をして貰っています。それは長官もご存知のとおりです。従って報告できないことも多々あり、組み立ててみないと分からない部分もあるでしょう。その意を汲んでほしい」<br />
　ここまで言って田中局長を見た。そして続けた。<br />
　「これが『薬物に対する組織捜査なんだ』という前例を作ってほしいと長官からも言われている。もはや薬物捜査は都道府県警察単位では追いつかないのです。お言葉を返すようですが、お望みなら警視庁に手を引かせますか？」<br />
　「いや、俺はそんなつもりで…」<br />
　田中局長がテレながら頭をかいた。<br />
　重森はさらに続けた。<br />
　「度々申し上げているように、携帯電話やインターネットを含めて伝達手段がこれほどまでに発達しますと、情報は瞬時に国境を越えて世界中に流れます。日本国内の組織だけでなく世界中の組織が連絡し合うことは可能なんです。<br />
　ですから情報は秘匿が望まれています。テロリストに対する情報収集班や警備の特殊部隊のような国費で運営できるものを薬物捜査でも何らかの手段がほしい。私はそう思っております。<br />
　税関などはコンテナ一台を丸々、レントゲンにかけられる資機材だった持っている。今はもうそういう時代なんです。日本は覚せい剤消費国のナンバーワンですので、これ事態が私は国策と思ってやっております」<br />
　大演説だった。会議場は静まり返った。吉川次長が全体を見回しながら口を開いた。<br />
　「重森課長の言う通りだよ。国税のガサは何でもかんでも持って行ってしまう。それでは警察としては叶わんだろうと思うよ。瀬上君、調整は取れないのか」<br />
　「分かりました。それに宗像局長が言っていましたがガサには公安も入りたいと…」<br />
　「そうしてくれよ。鬼頭さんそれでいいですか。長官も期待されているのだから…全然、焦ることはありません。ただ良い結果を待っていますよ」<br />
　吉川次長のこの一声で会議は終了した。重森は鬼頭警部と風間理事官を誘い瀬上局長室を訪れた。<br />
　「局長、宜しくお願いします」<br />
　鬼頭と風間が頭を下げた。<br />
　「鬼頭さん、かねがね噂は聞いていますよ。定年が近いようですね。風間君、もったいないよなぁ。日本警察の財産だぜ」<br />
　瀬上は警視庁の経験はないが「常に日本警察は警視庁がリードしている」と信じているうちの一人だ。<br />
　瀬上局長卓上の電話が鳴った。<br />
　「今、打ち合わせ中なのでこちらから連絡します」<br />
　「すまない。次長の言う通り、国税はなんでもかんでも持っていくから困るんだよね。うちとしては銀行の金の流れを見たいんでしょう。国税が引かない場合は、警察として押さえたいリストをもらえませんか？どこまでやれるか分かりませんが…鬼頭さんのためにも努力しますよ」<br />
　重森が続けた。<br />
　「きょうは田中局長が大変失礼なことを申し上げてすみません。あの方は悪意がないので気にしないで下さい」<br />
　重森、鬼頭らが引き揚げたあと瀬上局長のもとを毎朝新聞の警察庁担当、上沼記者が訪れた。そして、こう切り出した。<br />
　「大阪府警で通信傍受を実施したそうですね」<br />
　いきなりの切り出しに瀬上局長が驚いた。しかし、ここで顔色を変えると全てがバレてしまう。かと言って嘘は付けない。困った顔をすると心を読まれてしまう。ましてや上沼記者は敏腕として名高い。<br />
　「実施しました。国会報告が求められている事案なので正直に申し上げます。しかしね上沼さんよ。頼みがある。通信傍受と言うのは実施しても収穫がなければ実施しないのと同じなんです。例の工作船で押収して携帯の記録からやりました。既に海保のニュースでご承知でしょう？。ですから、ここのところは押さえてもらえませんか」<br />
　「押さえるのはいいのですが、大阪府警の担当者が掴んだものですから…。他社はどうですか？」<br />
 「まったくありません。タイミングを見て配慮させて頂きます。今回の一連の事件では毎朝さんがリードしていることは重々分かっております。正直言いまして海保の二の足を踏みたくないのです。今が大事な時期にきているのです」<br />
　瀬上はさらに続けた。<br />
　「それに、たったの二回だけ聞きました。うち一回は雑音が多くて良く分からなかったのです。もう一度令状を請求する予定です」<br />
　「分かりました。しかし私の一存では決めかねられないので…。後で返事することではいけませんか？」<br />
　上沼のこの人柄が警察庁内でも好感を呼んでいる。瀬上は前任者の鈴木記者とは信頼関係を築いていた。その鈴木は、社会部のデスクに昇格している。鈴木にお願いする手もあるがこの際は上沼に期待することにした。「何か謝礼を」と考えた瀬上は言った。<br />
　「風営法の改正をしたいと考えているのですが、興味ありませんか？」<br />
　「どんなことですか？」<br />
　上沼は非常に乗り気だった。<br />
　「出会い系サイトが大変問題になっているのをご存知ですか？。あれを規制しようと思ってるんです。とにかく女の子の書き込みが凄くて…」<br />
　「面白いですね。どんな規制を？」<br />
　「出会い系サイトはご存知ですよね。男を勧誘するため、如何にセクシーに書くか。例えば『あたし今晩、うずいているの>電話ちょうだい>』とか『私、十六歳、お小遣いくれる男性はいないかな。二万円で即ＯＫよ』など過激な書き込みが多いんです。そこで、こうした書き込みを規制するためには、未成年者であろうと女の子であろうとビシビシ逮捕するという法律です」<br />
　上沼記者は益々、興味を持ったらしくお願いしたいと言う。<br />
　「それならば生安企画課長の霧島のところに行って下さい。電話をしておきます」<br />
　こうして上沼は引き揚げて行ったが返事が気になる瀬上であった。<br />
　返事には時間がかからなかった。快く了解してくれた。瀬上は感謝の意を込めて「風営法の件は宜しくね」と力を込めた。</p>

<p>　　　　　　×　　　　　　×　　　　　　　×　　　　　　　×<br />
　新潟県警の四階会議室に四十二人の捜査員が集められた。その中には警視庁の鬼頭特命捜査官の姿があった。<br />
　会議室には、五人掛けの細長いテーブルが二列ずつ十机が並べられていた。各班ごとに警察無線機が置かれ、無線機の下には捜索場所と担当者の名前が書かれたＡ４の紙が入った県警の封筒があった。<br />
　さらに会議に入ってからは、それぞれの班長に捜索令状とカメラが渡された。カメラは捜索令状を示す際の写真を撮影するほか差し押さえ物件の写真などを撮影するものだ。<br />
　金田こと羹が、悟さんに成りすました事件の公正証書原本不実記載と公務執行妨害、三十㌔の速度超過違反容疑による佐渡通信など関係箇所に対する家宅捜索のためだった。<br />
　正面の黒板には、<br />
　六月二十七日　金曜日（大安）<br />
の日付の横に各班に割り当てられた乗用車や押収物を搬送する車両番号が書かれていた。<br />
　指揮官は阿部生安部長が担当することになった。<br />
　「それでは今回の家宅捜索について申し上げます。捜索対象は佐渡通信とその関係箇所六カ所です。容疑は金田こと羹が青森県の金田悟さんに成りすました事実が明らかになりました」<br />
　いつになく阿部部長の緊張した声が続いた。<br />
　「そして工作船から発見された水死体が羹の弟だったことから、これの裏付け捜査が中心でございます。特に工作船関係では覚せい剤の密輸という事実がありますので見逃すことのないようにご注意を願います…」<br />
　阿部の長ったらしい説明が終わった。そして鬼頭が紹介された。<br />
　「きょうは警視庁から特命捜査官の鬼頭警部が来ておられますので、薬物関係の件で何か指示があればお願いしたいと思いますが…」<br />
　鬼頭が立ち上がり、その場で挨拶した。<br />
　「特別の指示ではございませんが、覚せい剤と思われるような粉等が発見されましたら待機しておりますので、その場から一報をお願いします」<br />
　薬物関係の捜索で最近は、発見しにくく巧妙に隠されている場合が多く、家宅捜索しても発見されない場合が少なくない。中には、飾られた額縁を壊したり応接室のソファーを壊してようやく発見する場合もある。<br />
　このため薬物捜索には薬物専門の麻薬犬が出動する場合が最近は多くなっている。鬼頭はこうした事情を説明するとともにさらに続けた。<br />
　「特に冷蔵庫の中や食器棚では食器の裏側にパケを張り付けてあったり、ジャムとかバターなどの入れ物に隠すなど様々な隠し方が考えられます。壁掛けや本棚なども隠し場所です。ゴルフバックなども頭の中に入れておいて下さい」<br />
　鬼頭の後に続いて捜査二課長から指示が出された。<br />
　「資金の流れを解明するためには帳簿類は当然ですが、預金通帳などの場合は印鑑も重要な裏付け資料になります。またカギ類にも気を配って下さい。貸金庫の可能性もあります。全部残らず根こそぎの押収となります。その際、押収物件の記入漏れのないよう注意することです」<br />
　次いで笹原外事課長が立ち上がった。<br />
　「成りすまし、つまり、はい乗り容疑関係では古いパスポートや手紙などの通信関係資料。特に外国とのメールのやりとりにパソコンが使われますのでメールにも気をつけて下さい。ハングルなどあちらの文字が書かれたメールがありましたら、かまわないからパソコン、携帯など全て押収すること。フロッピーもです」<br />
　阿部生安部長は係長に資料の説明を命じた。<br />
　「テーブルには配置表の入った資料があります。そこに担当班名とそれぞれの責任者名が書かれているので参考にして下さい」<br />
　阿部部長の言葉が終わるのを待って生安係長が続けて言った。<br />
　「事務的な連絡をします。着手時間については無線で指示しますが概ね九時ごろと見て下さい。それから佐渡島や県外、特に東京出張所などもありますが、既に配置についています。途中の連絡はそれぞれの班の係長が責任を持つこと。質問がなければ出発して下さい。それから羹の乗用車担当は分かっているね。運転日報を含めて、担当者は頼みます」<br />
　捜査一課係長の平井警部が鬼頭に向かって言った。<br />
　「現場で覚せい剤のような物が発見されても、中には素人が多いので分からない場合がある。どうすれば良いか？説明してやってくれませんか？」<br />
　鬼頭に変わって阿部生安部長が答えた。<br />
　「平井さん、申し遅れましたが、薬物の出そうな場所には保安担当員を配置しているので大丈夫です。すみませんでした」<br />
　ムッとした平井が<br />
　「んなら、最初からそう説明しろよ」<br />
　平井と言えば県警内では、部長であろうと課長であろうと歯に衣を着せない言葉使いをするベテラン刑事として有名。鬼頭は既に、金田悟こと羹の調べで一緒していたので人柄まで知っていた。<br />
　こうして佐渡通信関係の家宅捜索は一斉に着手された。警察庁に着手報告されたの午前九時三分。六月にしては蒸し暑い日だった。<br />
　警視庁新橋分室の風間理事官卓上の電話が鳴った。鬼頭からだった。<br />
　「理事官ですか？。鬼頭です。今、着手しました。凄いですよ。四十人ですよ」<br />
　「ご苦労だね。そうすると今回は押収資料の分析までそっちにいることになるね」<br />
　「出た物次第ですが…多分、そうなるでしょう」<br />
　「『出たとこ勝負』だからと言って佐渡島などに『出て行って』遊ばないようにしてくれよ…これ冗談だがね…」<br />
　「いいですね。そのアイディアはもらいました。いや冗談ではなく今回の捜索箇所に佐渡島営業所がありましてね。覚せい剤の粉末でも出れば、私が行かないとね…」<br />
　「行けば良いんじゃないですか。そのかわりだがね、戻ってもこっちの机は無いものと思ってもらわないと…」<br />
　部屋にいるか本部庁舎に行くか警察庁に出向くかなど、行動半径の狭い風間にとっては、うらやましい仕事と思っているのだろうと鬼頭は思った。<br />
　正午のニュースはテレビ各社ともトップニュース扱いだった。局によっては「北朝鮮の覚せい剤販売組織にメス」などとオーバーに表現するところもあった。<br />
　部屋でテレビを見ていた牛島県警本部長に電話が入った。警察庁の瀬上生安局長からだった。<br />
　「派手にやってますね。期待しているんだけどさ、スイス銀行の口座なんていうのがあるだろうな。国内でも良いが、とにかく組織犯罪という裏付けを頼むよ」<br />
　「了解、了解。刑事連中の話しを聞くと、確かに税務への申告というか年商が八千万ぐらいと言うのは少なすぎるですよね」<br />
　「地下銀行発覚>なんていう新聞の見だしに期待していますよ。ところで新潟ではゴルフはやっているの？。雪でできねぇか」<br />
　「瀬上さんよ。新潟って言ってもね、年から年中雪があるわけでないの。いいですよ自然は。空気が澄んでいてね…」<br />
　牛島にとってはひさしぶりの同期の瀬上からの電話だった。瀬上はゴルフでは牛島に叶わない。だから会話を交わすだびに瀬上は、牛島に嫌味を言うことがある。<br />
　それに、瀬上は未だに本部長経験が少なく一回だけなのに対して牛島は既に三回目。「本部長になってちょっとは地方を楽しみたい」が願望の瀬上なのだ。<br />
　「牛ちゃんよ。警視庁の鬼頭が行っているだろう。あれは俺が気に入っている捜査官なんだよ。この前さ警察庁の会議で刑事局長をやり込めていたよ」<br />
　「ほう、根性もあるんだ。しばらくこっちに置いて貰うとしますか。うちにも平井と言って猛者がいるんだ。この前は一緒に調べをやっていたぞ」<br />
　「見たかったな、その調書を…。いずれにせよ定年まであと二年らしいんだ。それはそうとして牛ちゃんは定年になったら田舎に帰るのかね」<br />
　「いや、相談員でもするかなぁ。そっちは長官か総監コースか…なんと言っても同期の出世頭だからな」<br />
　「バカを言うなよ。何も出んぞ…」<br />
　各紙の夕刊は派手だった。毎朝新聞は一面、社会面を飾っていた。<br />
　<br />
　　新潟県警　「はい乗り事件」捜査に着手<br />
　　　関係捜索は六カ所<br />
　そして社会面は見開きだった。</p>

<p>　　北朝鮮工作船の携帯番号の男は漁業無線の修理販売会社だった<br />
    　　「私たちの家族を返して…」<br />
　　　　　　青森県の金田さんの家族が悲痛な訴え</p>

<p>　六カ所の家宅捜索箇所から本部に次々に連絡が入った。<br />
　「鬼頭さん電話です」<br />
　鬼頭は「覚せい剤が出たかな」と思うと胸が高鳴り、アドレナリンを感じた。<br />
　「鬼頭警部、覚せい剤は必ず白い粉なんでしょうか？」<br />
　思いも寄らない捜索箇所からの連絡だった。<br />
　「何処の捜索場所からですか？。保安係はいないのですか？」<br />
　鬼頭が聞き返した。<br />
　「佐渡島の佐渡通信の出張所です。保安は来ていません。薬箱が置いてあって、色々な顆粒薬がありましてどれがどうだか分かんのですが？」<br />
　「分かりました。覚せい剤は原則的には白い粉ですが、最近は液体に溶かして持ち込むなど巧妙化が進んでいるので原則なんてありません。それに錠剤もあります。量はどのぐらいあるのですか？」<br />
　「黄色の色のついたビンなんですが…十㌢ぐらいの太さで十五㌢ぐらいの高さのビンです。それが二本あります。これは倉庫の中から見つけました」<br />
　鬼頭は疑問に思った。<br />
　「倉庫の中？ですか？その倉庫は他に何が入っていますか？」<br />
　「機会の部品などです。それに酒ビンなどです」<br />
　機会類の入った倉庫などに置いてあったということに鬼頭はこだわった。<br />
　「封印してありますか？」<br />
　鬼頭は念を押した。<br />
　「封印はしていません。ビンは汚れていますので前から放置しておいたのではないでしょうか？」<br />
　「分かりました。一応、押収しましょう。状況が分かるように写真を撮影しておいて下さい」<br />
　「薬箱全部を持って行きましょうか？」<br />
　「薬箱もビンも全部を持ってきて下さい。遠慮することはありません」<br />
　電話の結果を阿部生安部長に報告した。隣で聞いていた平井警部が言った。<br />
　「ほら見ろ。鬼頭さん、行った方がいいんでないか？。部長、ヘリを出せヘリを…」<br />
　「平井さんいいよいいんですよ。全部持って来ればいいんです」<br />
　鬼頭は恐縮して言った。阿部部長がおもむろに口を開いた。<br />
　「保安係りを全員出しても追いつかない状態なので、勘弁して下さいよ。鬼頭さん全部持ってくるよう言ったのですね」<br />
　午後六時を過ぎると、各捜索場所から無線で「終了」報告が次々に入り出した。<br />
　すべて終わったのは午後七時半。最後の班が戻ってきたのは八時を過ぎていた。<br />
　鬼頭は、佐渡島の押収物を待っていた。県警の船で行っており、捜索班が本部に引き揚げて来たときは九時に近かった。<br />
　「見せて下さい。本物だったら最高のガサなんですが…」<br />
　三階の保安課に運び込まれた。<br />
　「鬼頭さん=違うような気がしますね」<br />
　がっくりした表情で保安の主任が言った。呼ばれた鬼頭も小指につけて口に含んだ。鬼頭も「違うな」と思った。<br />
　「残念ですが…覚せい剤ではありません。何の薬か分かりませんので、一応鑑定して下さい」<br />
　鬼頭が丁寧にお願いした。<br />
　「課長=だめでした」<br />
　報告を受けた柴田保安課長の表情がゆがんだ。<br />
　「ありがとうございました。いいんだよ。それにしても…みんな、よく頑張ってくれました。ご苦労さまでした」<br />
　ビンは他の薬箱ごと鑑定に運ばれ、押収薬品全部が検査された。その結果、ビン入りの白い粉は二本とも金属の研磨剤だった。<br />
　「事務所の前に倉庫みたいなところがあり、そこのカギが無いと大騒ぎになりました。『きょうはカギを持った人が新潟市内にいるので帰ってくるのは明日だ』という。冗談じゃぁないと言うことで、カギを壊して中に入りました。ここまでは完璧だった」<br />
　顔が真っ赤だった。<br />
　「そうしたら機械類の油の臭いがした。倉庫の片隅に酒の一升瓶を積み上げた下のほうに段ボール箱があり開けたら入っていたのです」<br />
　午後九時から記者発表が行われた。羹の使用していた乗用車も押収物の中に入っていたが伏せられた。<br />
　捜索箇所は新潟市末広町の佐渡通信本社など五カ所。捜索予定では六カ所だったが、一カ所は完全な倉庫で土砂に押しつぶされていて入れなかったためだ。<br />
　土砂に埋まっていたのは佐渡通信の両津支店のある反対側、真野湾に面した海岸淵にあった倉庫。かなり古く会社要覧にもなかったが登記簿にあったため捜索箇所にあげたものだった。<br />
　捜索時間は午前九時から午後七時半で、押収品は会計帳簿類、携帯電話、パソコンとフロッピー、顧客名簿の一部など百八十九点にのぼった。<br />
　翌日から、押収物の調べが開始された。帳簿類や預金通帳などは刑事部捜査二課が担当した。資金の流れを解明するためだった。<br />
　「本件でなくても仕方がない。今度は、押収品から伸ばすことを考えればいい」<br />
　阿部生安部長の檄が飛んだ。<br />
　翌日、捜索の結果を受けて金田悟こと羹は覚せい剤所持容疑で再逮捕された。前回は捜査一課の平井が羹の調べを担当したが、今度は保安課の荒垣幹夫警部が担当することになった。平井は黙って譲った。鬼頭も調べには立ち合った。<br />
　羹はすっかり観念したように喋りだした。<br />
　取り調べは順調に進み、しだいに人物像が明らかになっていった。<br />
　名前は北朝鮮金策出身の羹相進（五十七歳）。富山港に入港する貨物船で昭和四十八年に密入国した。<br />
　当時は兵庫県内のある商工関係者に北朝鮮籍の会員がおり、その人物の案内で最初は大阪市西成区の釜が先で生活していたが、韓国籍の人が多く、不審を抱く人物が出てきたことから東京の山谷地区を紹介されて移り住んだ。<br />
　最初は、富山港に入港する貨物船の同僚に頼んだ実家からの仕送り金で細々と生活を続けていたが、やがては送金がなくなり、「人殺し以外は何でもする」ことを条件に、偶然、知り合った「ロックの雅」の元で働くようになった。<br />
　その時の仕事について羹は「街の中で物を売る商売」とだけしか供述しない。<br />
　しばらくすると兵庫の商工会の李さんという人に呼ばれ、函館や富山に入港する貨物船に「依頼物」を渡す役目を任されるようになったという。<br />
　渡している物は、大きさがその都度変わるので中身については知らされていなかった。年に数回の仕事だったが、一回の仕事で交通費別で五万円前後になり、山谷で生活するには不自由はしなかったという。<br />
　昭和五十年の十二月ごろだった。突然、ロックの雅から呼び出され、日本人になりすますための戸籍が手に入るので「五十万円で買わないか」と持ちかけられて、十回払いで買うことになった。<br />
　渡されたのが「金本悟」さん名義の日本で言う「戸籍謄本」という物で「手続きの仕方が分からない」と言うと、長野県だったかどこかの温泉旅行と三万円の謝礼金つきで届けを手伝ってくれたという。<br />
　自分は金本さんという人は全然見たことも無かった。ロックの雅とも長野県の温泉地で別れた後は、残金を口座に振り込み続け、連絡は電話で済ませていた。<br />
　自分は北朝鮮で工作員の教育を受けていた脱北者でもあり、無線技師の資格を持っていることから、在日韓国籍の仲間に呼びかけて起業を決めた。<br />
　これが五日間の調べで供述した内容だ。一通りの調べを終えた荒垣警部が、鬼頭に相談した。鬼頭は立ち合っていたので、自分の思うままの意見を述べた。<br />
　「どうも完全に落ちていないようですね。しかし今となっては裏のとれる話しではないような気がしますね…」<br />
　荒垣もそう思っていた。そして続けた。<br />
　「裏付けを取るにしても兵庫について調べた結果、当時、明石市に総連関係者がいたということまでは分かりましたが、既に済州島に帰国していると言うのです」<br />
　「その相手の名前が不完全で、追求すると『忘れた』としか言わない。分かっていても李だけで、これではどうしようもありませんね」<br />
　鬼頭も頭を抱えていた。<br />
　「荒垣さんね、はい乗り関係はロックの雅こと北上を捕まえてみないと分からないのですよ。ですからその関係の捜査は警視庁も可能な限りやっているのだから、覚せい剤取引関係のヒントでもいいから、何とか聞き出した方が良いと思いますよ」<br />
　鬼頭は荒垣に提案した。<br />
　「北上については現在ＩＣＰＯに赤手配している最中でもあり、それを待つしかないでしょう。待ちましょうよ」<br />
　「そしてね荒垣さん、心配することはありませんよ。今は落ちていませんが、これからあがってくる資金の流れなどと合わせれば落とすネタは必ず見つかりますよ」<br />
　その夜は、久しぶりで夜の新潟市内に出ることにした。鬼頭も荒垣もネオンが恋しくなっていた。捜査一課の平井も誘われた。<br />
　調べが六日目に入ろうとした翌日、捜査二課で分析していた帳簿類について会議が開かれることになった。荒垣警部はそのまま羹の調べを続行するが、鬼頭は会議に呼ばれた。<br />
　佐渡通信の経理部門を担当していた捜査二課の課長応接室で寺島課長が待っていた。鬼頭をはじめ笹原外事課長、柴田保安課長などが一緒だった。<br />
　資料が配られていた。</p>

<p>　　佐渡通信社押収資料　<br />
　１　出納帳　十七冊（平成五年以降）<br />
　２　日本海銀行新潟支店普通口座７６××××名義人　金田悟　十二通（平成八年以降）<br />
　３　印鑑　金田、佐藤、小杉、杉本など名義の十四本<br />
　４　自動車運転日報　　八冊（平成八年以降）<br />
　５　社員名簿　一冊<br />
　６　無線機修理依頼月報　二十五冊（平成八年以降）<br />
　７　社員行動表　二十二冊　（個人別各一冊で平成七年以降の記載あり）<br />
　「皆さんの手元に配ったのが今回佐渡通信から押収した関係資料です。このうち２の銀行口座資料を見て下さい」<br />
　寺島二課長の指示で「資料２」の銀行預金通帳コピーを見た。赤の蛍光ペンでマークがあった。<br />
　「赤のマークのところですが先月が三十五万円、先々月が四十二万円、その前が二十八万円がいずれも同じ口座に振り込まれています。ここに我々が注目しました」<br />
　いずれも振込先は東京四葉銀行横浜支店普通６７８×××…となっていた。<br />
　「普通口座の６７８××…を捜査関係事項照会で調べた結果、名義人はキカワダスズコであることが分かりましたが、この口座については警視庁の多摩川警察署により先月末に凍結されていました」<br />
　寺島がさらに続けた。<br />
　「多摩川署の捜査本部なんですが鬼頭さん、覚せい剤か何かで捜査本部を組んでいるんですよね。署長の佐山さんに問い合わせたら教えてもらったのですが、鬼頭さんに宜しくと言っておりました」<br />
　「その結果なんですが、現在、キカワダスズコについて捜査している段階だそうですので詳細についてはもらえませんでした」<br />
　鬼頭が手をあげて「ちょっと良いですか？」と言って説明を始めた。<br />
　「多摩川の件なんですが、後ほど特命室と打ち合わせをしますが、あの本部は多摩川管内の倉庫に中国から覚せい剤が送られて来たのでコントロールドデリバリー捜査を進めていたものです」<br />
　一呼吸おいて鬼頭はさらに続けた。<br />
　「ところが捜査の途中で、荷受け人で新宿で焼き肉店を経営している中国人を淀橋西署が緊急逮捕してしまったという事件です。したがって、仮に銀行口座名義人で繋がりが出れば新潟県警と警視庁の多摩川、淀橋西署の各捜査本部と関係してくることになります」<br />
　この鬼頭の説明に出席者は全員が驚いた。<br />
　「なるほど…」<br />
　笹原外事課長が声を出した。そして続けた。<br />
　「分かった。分かりましたよ。なんで鬼頭さんが来ているか分かりましたよ。しかし、それにしても警視庁と言うか警察庁と言うか、凄い先見の目があるんですね…。しかし、そこまで読んでいたんですか…」<br />
　鬼頭は説明しておく必要があると思った。<br />
　「いや、最初から読んでいたのではなく、もともと九州の工作船から始まっているのですから…。それに警察庁の方針でもあり、無駄かもしりませんが…とりあえず…私が何かの役に立てばと…迷惑にならない程度に…出ていた訳ですので…黙っていて申し訳ありませんでした」<br />
　この言葉に柴田保安課長が言葉を挟んだ。<br />
　「いや、それは本部長から県警の幹部にはだいたいの説明がありましたから、鬼頭さんが心配することはありませんから…」<br />
　タイミングをみていた寺島捜査二課長がさらに<br />
　「鬼頭さんがいらっしゃることで我々はどんなに心強いことか…今回もこうなったら御指導をさらにお願いすることになるわけです」<br />
　「説明を続けますが、佐渡通信は県内の漁協単位で漁船の無線修理販売の営業を続けております。ざっと計算した結果ですね、年間に五十近い漁協から一億二千万円の振り込みが確認されました」<br />
　柴田はさらに資金の流れの続きを説明したが、社員の行動を把握するため押収した自動車運転日報に注目してほしいと言った。<br />
　「これは直感なのですが、先ほど鬼頭さんが言いました多摩川警察の件、なぜか乗用車が都内の調布に行っていることに気づいたのですが…。実は佐山署長と話した時にも疑問を感じていたのですが、どう言う訳か昨年から今年にかけて新宿と調布に数回出かけているんです」<br />
　刑事の勘というのは恐ろしいものだ。「あいつの第六感は優れている」と良く言われる。刑事の勘はこの第六感のことだ。字が違うだけだ。鬼頭は柴田に聞いた。<br />
　「柴田課長、その勘なんですが…なんだと思いますか？」<br />
　「言っていいですか。佐渡通信には乗用車と貨物乗用車、それにトラックと併せて八台あるんです。七台は新潟ナンバーなのですが一台のクラウンだけが多摩ナンバーなんです。たわいない話しなので恥ずかしいのですが…」<br />
　柴田課長が答えたのに対して鬼頭が再び聞いた。<br />
　「面白いではないですか。で…所有者は？」<br />
　「東京都調布市×丁目××、有限会社・山本物産の高橋次郎なんです。確認したのですが、農・海産物問屋らしいので怪しくはないのです」<br />
　鬼頭の頭に引っかかったものがあった。<br />
　「ちょっと待って下さい」<br />
　鬼頭がどこかで聞いた名前だと思った。<br />
　「ヤマモトブッサン、ヤマモトブッサンですよね」<br />
　鬼頭は一生懸命思い出そうとした。<br />
　「どこかで聞いた…。いやいいです。気のせいかも…課長、続けて下さい」<br />
　  会議場は静かになった。全員が鬼頭に思い出してもらいたいのだ。<br />
　柴田課長が続けた。<br />
　「かつて佐渡通信で、営業課長で役員を兼務していた高橋三郎という人物がいてこれが持ち込んだのではないかと…。昨年、病気で死亡したのにも係わらず、台帳を調べたら社員所有車として経費のみ出ていたことが分かったのです。その高橋は未確認ですが高橋次郎の兄弟ではないかと？」<br />
　鬼頭はまだ考えていたが、あれは確か…、先輩の杉山が言っていたことだった。風間がどこからか指示を受けて…私が多摩川署に派遣されて杉山と再会した…そして覚せい剤のパケを発見して…そうだ。思い出した。<br />
　偶然の一致だがその件で話しているうちに「中国から送られてくる…」そうだ、確か薬物対策課主任の報告だった。<br />
　「分かりました。山本物産というのはね、さきほど言いましたコントロールドデリバリーを実施することになった多摩川署管内の倉庫の持ち主なんですよ」<br />
　さらに全員が驚いた。<br />
　「鬼頭さん、ここまでくると合同捜査本部ですよ=これは=」<br />
　柴田も笹島も同時に声を上げた。<br />
　「分かりました。課長、それでは部長らにはそちらから話して下さい。私は理事官と打ち合わせます。警察庁があるものですから…」<br />
　会議は途中で打ち切られた。確かに、ここまでくると新潟県警の情報も上げておく必要があった。しかし、鬼頭は思った。それはひそかに期待もした勘だが、キカワダスズコなる口座は地下銀行に繋がるのではないかと…<br />
　「風間理事官ですか？」<br />
　「どちら様ですか？。風間はですね。今…冗談を言うような感じはしないが…鬼頭さん、どうしました」<br />
　「忙しいんだから冗談は止めてくださいよ。ところで報告しますが…」<br />
　鬼頭がこれまで開いてきた会議の内容を一気に報告した。<br />
　「それじぁ、警察庁の重森課長に聞いてから返事をしますよ。携帯でいい？」<br />
　風間から電話が架かってきたのは四十分後だった。<br />
　「風間です。例の件なんだけど、あんたからの報告の後、重森課長に聞いたら局長の瀬上さんがいて瀬上さんと新潟県警本部長が同期らしいんだ。それで打ち合わせたら結論としてお互いにそれぞれの捜査を進めることにすることで決まったらしい」<br />
　「分かりました。こっちの本部長はなんで降ろしてこないんでしょうね？」<br />
　「いや、あんたの報告のあとだから…瀬上さんと打ち合わせたのは…」<br />
　「そうだったのですか」と鬼頭。<br />
　「続けるとな。警視庁としては多摩川が口座を止めたんだが、多摩川から捜査二課が銀行の部分だけを引き受けて既に捜査に着手しているらしいんだ。分かるだろう。そんな訳だから、鬼頭君は残念ながらいつまでも新潟とはいかなくなっており、下町署、例の朝陽商事も大変なのだからさ、いつまでも待てないよ。刑事局長をやり込めたんだからさ…早く帰っておいで」<br />
　「分かっていますよ。連絡は取り合っていましたから…」<br />
　電話を切ると同時だった。鬼頭は阿部生安部長室に呼ばれた。既に柴田保安課長ら幹部が集まっていた。<br />
　「鬼頭さんご苦労様でした」<br />
　阿部生安部長から御礼を言われるなんて、こそばゆい感じだった。<br />
　「大変なことになっているようですが…。掛け持ちは大変でしょうがなんか警視庁管内に返してくれと警察庁が言っているようなので…私共はなんとも…」<br />
　「ありがとうございました。悪いのですが…これから直ぐでよろしいですか？」<br />
　鬼頭は遠慮がちに聞いた。<br />
　「実は、今、本部長から直接、言ってきまして…すぐ…と…」<br />
　鬼頭は申し訳ないことをしたと思った。<br />
　「今回の件については本部長にあげてあったのですか？」<br />
　「あげてありました。大丈夫です。決済をとってからですから…」<br />
　と捜査二課長は言ったが、していなかったような気がして鬼頭は気が引けたのだった。時間がないので、このまま帰ることにした。<br />
</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T17:05:21+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-124e.html">
<title>小説・薬物捜査官　その７</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/post-124e.html</link>
<description>リンク: police story 別室.
　小説・薬物捜査官　その７
　　　赤...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />
<strong>　小説・薬物捜査官　その７<br />
　　　赤いベンツを追え</strong>　警視庁生安部の会議室で、緊急会議が開かれた。永堀生安部長以下、生安部の各課長と特命捜査官室からは風間理事官、榊原警部、鬼頭捜査官が呼ばれた。さらに城西署と下町署からはそれぞれ、生安課長と係長が出席していた。<br />
　多摩川署と新潟県警の家宅捜索で東京四葉銀行の「キカワダスズコ」名義の口座が明らかになったことを受け、朝陽商事の捜索方針についての打ち合わせだった。<br />
　生安企画課長のベーヤンこと別所が口火を切った。<br />
　別所は大阪府警のナンバーワン調べ官として佐々木検事正も認める別所警部補の兄だった。<br />
　「鬼頭警部はご苦労さんでした。実は多摩川署と淀橋西署で追っていた新宿区大久保の焼き肉屋ジュウジュウの経営者で淋公平など関係筋を捜索した結果、淋の法人口座である東京四葉銀行普通７８２××××から、三百万円と四百五十万円が二回、同じ銀行の横浜支店普通６７８××××のキカワダスズコ名義人の口座に振り込まれていたことから、口座を凍結していました」<br />
　その理由について薬対課長の龍山が説明を始めた。<br />
　「三百万円と四百五十万円が振り込まれた時期がいずれも、横浜税関からの連絡で中国から調布の山本物産宛てにコンテナが届けられた二週間後になっていました。コントロールドデリバリー捜査の結果、コンテナは明らかに覚せい剤の密輸入だったことから、不正の疑いのある口座として捜査関係事項照会で凍結したというものです」<br />
　別所課長が続けた。<br />
　「ようするに不正の疑いとは、完全なる覚せい剤など薬物の口座なのか、あるいは税金のがれなのか、架空会社のうかい口座なのか、はたまた地下銀行に繋がる口座なのか幅広い見方をする必要があると判断したのです。結論的に言うなら組織犯罪の陰がちらついたことから、刑事部と相談した結果、捜査二課にお願いした訳です」<br />
　永堀が補則説明を続けた。<br />
　「生安で受けても良かったのですが、生経が実は大きな別の山を抱えており、身動きが取れない状態なのです」<br />
　さらに続けた。<br />
　「したがって朝陽商事の件ですが、捜査二課のこれまでの捜査でキカワダの口座には、ＭＦＧ銀行新宿支店普通３４８××××で、帳亭植名義人からも毎月八十万円から九十万円が振り込まれていることが分かったのです。刑事部は朝陽は生安がやっているので、情報提供してきた訳です」<br />
　今度はベーヤンが結論付けた。<br />
　「したがってだ。朝陽に対する目標はなぜ不正な口座に送金しているのか。送金していた理由を解明しなくてはならない。同時に年商四億八千万円の企業の実体解明と、さらに逮捕したイラン人の関係、押収した携帯から出た指紋等々を総合すると北朝鮮工作船との薬物取引の関係が出てくることになる可能性が極めて高い…」<br />
　ベーヤンは唇を舌でなめながら続けた。<br />
　「それに新潟県警が、破産した女性がヤミ金から借金してトラブルになった事件があるだろう。あれで逮捕した朝陽の社員が『都内などで秘密の金融を営んでいる』と証言した」<br />
　永堀部長が説明に立った。<br />
　「ベーヤンの言うことだが、監視を続けた結果、都内のアパートを借りて取り立てをしている実体が把握された。今のところ五グループを確認しており、捜索と同時に一斉逮捕したい。残りは今も泳がせている朝陽の社員をいつ確保するかだ」<br />
　さらに…<br />
　「こうなれば国税ではなく、こっちが主導権をとらないといけない。何故なら緊急性が出たからですよ。ねぇ鬼頭さんよ。捜索令状を刑事局長に叩きつけてやりましょうよ」<br />
　風間理事官が声を出して笑った。<br />
　「ふっふっ。調子が出てきたな。警視庁をなめるなってかね。ようし明日にでもやりましょう」<br />
　ベーヤンが答えた。<br />
　「容疑はあくまでも既に令状をとっている貸金業の規制等に関する法律違反で十分でしょう」<br />
　風間が意見を述べるように言った。<br />
　「どうだろう鬼頭君。追っかけている朝陽の覚せい剤密売容疑の小塚健作なんだが、もういいだろう」<br />
　鬼頭が答えた。<br />
　「何時でもいいのですが…。本当は帳の引きネタまで伸ばしたかっただけですよ。別件、別件とうるさいのでね」<br />
　城西署の生安課長が発言した。<br />
　「鬼頭さんにも伝えてありますが、例の小塚が新宿のあるホテルに出入りしていることが分かり張り込みをかけた結果、そのホテルにはイラン人二十人ぐらい寝泊まりしていることを確認した件ですが、あれどうしましょうか？打ち込みますか？」<br />
　永堀部長が身を乗り出した。<br />
　「そうそうそれ。そのイラン人は覚せい剤密売人と言えるのかね？」<br />
　生安課長が「私でいいですか？」と鬼頭に目で聞いた。鬼頭はどうぞと合図した。<br />
　「先日、所持で捕まえたイラン人は喋ってはいませんが、同じホテルに住んでいて原宿あたりで似顔絵を描いていたのです」<br />
　鬼頭が続けた。<br />
　「ですからね、帳を捕まえる前触れのネタだけにはしたくないのですよ。やるんだったら同時なんですよ。先にやると必ず組織で隠滅されるから…」<br />
　「あくまでも狙いは隠しておきましょうよ。海保の関係もあり警察庁の重森さんも、それで良いのでは？と言っていますので…」<br />
　これを受けて永堀が最終決定を出した。<br />
　「よし、決まりました。そのイラン人のホテル。そしてヤミ金催促係りの部屋となっているアパート。本件の朝陽商事本体。ＧＯ=ＧＯ=ですな。で、警察庁へは私のほうから言っておきます」<br />
　こうして、朝陽商事に対する家宅捜索は新たに請求する捜索令状が降りた翌日と決定した。警視庁は緊急のための実施であり、国税の都合は関係なかった。<br />
　その日の夕方、新橋の特命捜査官室に警察庁の瀬上生安局長から電話が入った。警察庁の局長から部長を通り越して直接、電話が入るなんて前代未聞だった。電話は風間宛だった。<br />
　「風間さんですか、警察庁の瀬上です。永堀君に電話したらこの番号に架けろと言われたので架けました。内容は聞きました。おめでとう。今後も頼みますよ。あのあとね、田中局長と話したのですが、本人がもの凄く気にしているらしく、謝ってくれ、謝ってくれってね。いゃ本当にやっぱり警視庁ですね。重森と話したのですが鬼頭捜査官の役目には長官も納得するはずですので…安心しました」<br />
　さらに瀬上は続けた。<br />
　「ところで国税の件ですが、国税の捜索は延期になったそうです。『警視庁から告発を受けて脱税で立件』という筋書きが出来ました。今回は思う存分やって下さい。実は國島長官と国税庁長官は大学時代の同期らしいのです。その辺で話しがついたのではないでしょうか。鬼頭捜査官によろしくと吉川次長も言っておりました」<br />
　捜索令状は二日後に降りた。警視庁は城西署に「商事会社に絡む金融犯罪捜査本部」を設置した。薬物の文字は伏せられた。<br />
　警視庁の家宅捜索は新潟県警を遙かに上回った。朝陽商事の本社はもとより帳社長の自宅。副社長や総務・経理担当役員自宅から社長の親類、親密な交際のある女性宅。そして都内のヤミ金の催促の部屋であるアパート五部屋、さらにイラン人の住むマンションを含めると二十九カ所の令状だった。<br />
　用意された逮捕状は、覚せい剤密売の小塚とヤミ金の電話による取り立ての責任者である藤川一朗ら五人の計六本。そして、何時でも逮捕ができるように帳亭植には数日前から二十四時間の見張りがついた。<br />
　動員される捜査員は二百五十人。この捜査員の中には公安部外事課の捜査員も含まれていた。<br />
　午前八時に逮捕状が出ていた六人全員が逮捕され、捜索も同時に始められた。<br />
　ヤミ金取り立て責任者五人の部屋に入った捜査員が、初めに指示されていたのは五人が朝陽商事の社員であることの確認だった。身分証明は持っていないが、その場で押さえた資料に朝陽商事を示す何かがあることに期待が寄せられていた。<br />
　その結果、キャッシュカード七枚が発見された。そのうちの一枚が「法人・朝陽商事」だったことから、捜査本部に連絡され経営者の帳亭植（五十四歳）の逮捕状が請求された。容疑は「貸金業の規制等に関する法律違反」だった。<br />
　帳に対する逮捕令状が降りたのは午後三時過ぎ。千代田署で任意の聴取を受けていた帳容疑者が逮捕され、下町署に移された。城西署を避けたのは、小塚などの関係者が多いことだ。<br />
　イラン人の住んでいるマンションへの捜索は機動隊まで動員され、五十人の捜査員が一斉に踏み込んだ。部屋数は七部屋あった。二十人がいると思われていたが十八人の身柄が確保された。いずれもパスポートは所持していたものの期限が切れたり、観光ビザ（査証）での違法な入国だった。<br />
　捜索を進めているうちに覚せい剤と見られるパケが大量に入ったスーツケース一個が発見された。さらに五百万円は超えると思われる現金。銀行への送金表が数十枚。絵を描く道具類など押収品は七、八十点にのぼった。<br />
　捜査員が「これは、全員の物か？」と確認したら認めたので、イラン人十八人は覚せい剤所持の共謀共同正犯の現行犯で逮捕された。<br />
　アラビア文字で書かれたノートも多数、押収された。<br />
　捜索が終了したのは午後九時を過ぎたところもあった。押収品は段ボール箱百箱近くにも及んだ。<br />
　注目されたのは帳社長の専用ベンツを含む三台の乗用車の押収だった。これは名目上はいずれもオービスから判明した十㌔前後の速度超過だったが、背景には工作船が九州薩摩半島周辺で暗躍した当時のＮシステムでヒットした地点を確認し、乗用車の行動を解明するためだった。<br />
　押収したベンツのナンバーは帳社長専用の黒色が「品川　３００　８×××」。副社長の林功一の赤いベンツが「品川　３００　××１４」。帳社長の二台目の白色のベンツは「品川　３００　×５００」。<br />
　城西署では捜査着手時から分かっていた三台のベンツの車両番号をＮシステムで検索していた。その結果、北朝鮮工作船から押収した携帯電話の通信記録があった平成十三年九月××日の午後一時五十二分に九州自動車道路の「えびのジャンクション」で「品川　３００　××１４」の番号がヒットしたため、車両の押収が必要だった。<br />
　それは、林功一副社長の赤ベンツだった。通信相手の携帯は０９０ー８８０×ー２×××。所有者は法人で朝陽商事。<br />
　このため捜査本部は、押収した赤いベンツのカーナビの巻き戻し作業をして調べた結果、次のような行動が確認された。<br />
　同ベンツは、二、三百㍍ずつ黒い点でマーカーされるカーナビを使用しており、その行跡は黒点の数が多くなればなるほど点が線になり、さらに多くなると真っ黒の太い線となる。黒線の太さから回数は分からないものの利用頻度が分かるシステムだ。<br />
　詳細な日時は不明なるも「品川　３００　××１４」の場合は、東京都世田谷区の用賀入口から浜松西インターまでの東名高速の通過回数が最も多く真っ黒の太い線の状態で何度も往復していることが伺えた。<br />
　浜松インターで降りた行跡は浜名湖のゴルフ場まで続いており、やはり回数が多いためか太い線となっていた。しかし、その先の愛知県豊田までが次に多く利用していることが分かった。豊田市内ではホテルや観光地まで行跡が伸びていた。<br />
　さらに同ベンツの場合は、東名高速道の宝塚まで数回の往復記録があるほか、山陽自動車道以西では、二回の往復行跡が記録されていた。<br />
　その最南端は山陽自動車道から九州自動車道に入り、福岡インターを通過、さらに太宰府、筑紫野、熊本県の八代を通過して鹿児島県内に入り、鹿児島インターから指宿スカイラインを利用していた。<br />
　指宿スカイラインの終点・頴娃町で一般道路に。右折して頴娃町内を進み海岸線の２２６号に突き当たり、その国道を東西に黒い線になるまで何度も行き来している行跡が確認された。<br />
　こうしたことから捜査本部は、赤いベンツの行跡をＮシステムと比較して分析した結果、平成十三年九月××日の午後一時五十二分ごろ、「えびのジャンクション」を通過。その前後に０９０ー８８０×ー××の携帯と工作船から押収した携帯で通話した後、揖宿郡の頴娃町海岸を走行していたことが裏付けられたとしている。<br />
　さらに国道と平行して走る指宿枕崎線の石垣駅近くにある国道２２６号交差点にあるＮシステムには九月××日午後八時四分に西進、同十時十五分に東進の記録があった。<br />
　この間の午後九時二十三分と同九四十五分の二度、押収携帯との通話記録もあった。<br />
　その翌日には西馬渡交差点で午前十時四十三分に西進の記録が残されていた。この記録の八分後に最後の通話記録が確認されている。<br />
　このため捜査本部は、米国から衛星写真の記録を取り寄せ、九月××日の午後一時から同五時ごろまでの時間帯に、指宿海岸線の港や小型船の接岸可能な地点に船影が無いかどうかの確認作業を実施した。<br />
　この結果、漁船と思われる大小の船影が多数確認されたものの、北朝鮮の工作船か否かの確認はできなかった。<br />
　赤いベンツのカーナビ行跡は、頴娃町の海岸にあるレストラン駐車場で黒点が止るなど数カ所の海岸線のレストランあるいは駐車場で同様の記録が確認された。<br />
　報告を受けた鬼頭のアドレナリンは最高潮に達し、風間理事官に提案した。<br />
　「今回の一連の事件では、北朝鮮の工作員の国内における暗躍が確認できる最大のポイントとなる部分になると思います。海保の報告書にあった部分を立証しようではありませんか」<br />
　風間が聞き返した。<br />
　「海保の報告書の部分？」<br />
　鬼頭は報告書を風間の前に示しなが言った。<br />
　「この部分ですよ」<br />
　鬼頭が指さした部分を風間が読んだ。<br />
　……鹿児島県の薩摩半島南東部の海岸線の地形にある施設などが示されている地図を発見したことから報告書で海上保安庁は、今回の事件を次のように結論付けた。<br />
　①今回の工作船は以前から九州周辺海域を活動区域として覚せい剤の運搬や受渡しのために使用されていた疑いが濃厚である<br />
　②地図の発見から、搭載されていた小舟等を使用して沿岸部に接近し覚せい剤の受渡しのほか、工作員を不法出入国させスパイ活動等を展開していた可能性もある<br />
　③そのほか何らかの重大犯罪に利用された可能性も否定できない。<br />
　読み終えた風間が言った。<br />
　「なるほど…それで、これを立証するために捜査員を派遣しろと言うのかね？出来るかな…？」<br />
　鬼頭が答えた。<br />
　「赤いベンツなんていう車は少ないなずです。薩摩半島がいくら観光地でも、特徴がありすぎる。やるべきです」<br />
　鬼頭の提案に、捜査本部は目撃情報の取得のため現地に捜査員を派遣。北朝鮮工作船の船員などと赤いベンツの利用者が接触した事実の確認を急ぐことになった。</p>

<p>　一方、押収した預金通帳の金の出入りをチェックした結果、北朝鮮工作船から押収された携帯と朝陽商事の固定電話との通信記録があった三日後に、ＭＦＧ銀行新宿支店の普通３４８７×××から、東京四葉銀行横浜支店普通６７８××××のキカワダスズコ名義の口座に五百万円が振り込まれているのを確認した。<br />
　同口座には毎月八十万円から九十八万円が振り込まれていたことも確認された。<br />
　今回の捜索の結果、次のような事実が明らかになった。<br />
　①潰された携帯から朝陽商事との通話が確認された。<br />
　②それらの携帯から密売人として逮捕したイラン人の指紋が確認された。<br />
　③そのイラン人が覚せい剤を所持。さらに十七人の計十八人の密売人を逮捕した。<br />
　④朝陽商事と北工作船の通話記録が乗組員の携帯に残されていた。<br />
　⑤朝陽の役員が使用しているベンツが通話記録の日時ごろ、工作船から押収された地図付近に行っている。<br />
⑥朝陽商事の金の流れからキカワダ名義の口座に多額の現金が振り込まれていた。<br />
　捜査本部は、これらのデータをもとに覚せい剤の流通経路の突き上げ捜査から帳容疑者、林容疑者の関与による覚せい剤密売組織の全容解明を進める。<br />
　さらに、数百万円が何の目的でキカワダの口座に振り込まれ、さらにそれがどこに送金されているかの詰めの捜査から北朝鮮工作船との関係の解明を進めていく方針を確認。警察庁の重森課長に報告された。<br />
　警視庁新橋庁舎の特命捜査官室に警察庁の重森が突然、訪れた。城西署の捜査本部に行く前に鬼頭と風間が談笑していた最中だった。<br />
　「あれっ=、重森課長、どうなさいました」<br />
　後ろ向きになっていた鬼頭が風間の声にびっくりした。「また、理事官のジョークが飛び出すのか？」と思ったら、本物の重森課長だった。<br />
　「いゃ、本当に一昨日はご苦労様でした。あの自動車のカーナビによる行動解明は実に素晴らしかった。どうしてあのような発想がでるんですかね？」<br />
　風間が喋りだした。<br />
　「ある時、この部屋でゴルフの話しで盛り上がったことがあったのですよ。私が群馬県のゴルフ場から帰る時、いつも道を間違えて困るという話しになったんですよ。そしたら鬼頭君がカーナビぐらい持っていないのかと俺をバカにしたんですよ」<br />
　馬鹿にしていませんよ…と鬼頭のむきになる顔を見ながら風間が続けた。<br />
　「『いちいち音声案内なんて入れている奴はいないの=』って言ったら、鬼頭君が『何度も間違うんだったら原因を捜すのが警察官だろう』って言うんですよ。なんの拍子か思い出せないのですが、その時だよね確か…。カーナビは巻き戻しはできないのか？と誰かが言い出した」<br />
　鬼頭は風間から、いつジョークが飛び出すかと待っていた。<br />
　「俺と鬼頭君はね、ほら、ツーカー（通過）の仲だから『そうだ、通過地点を覚えておけば良いんだ』と思ったんですよ」<br />
　重森は、風間のこのジョークをとり入れた会話に、特命室の素晴らしい雰囲気を感じた。そして風間の言葉を奪った。<br />
　「二人はまさにツーカーの仲のようだが、それで通過地点の場所がカーナビから分析した？という訳ですか…。その後は二（ツー）度と間違えなかったが落ちですね」<br />
　「そうなんですが…まだあるんです。結論を急がない…」<br />
　「失礼しました」と重森。<br />
　「それで、鬼頭君が『カーナビなんか知らない』と言うんですよ。田舎者だから…」<br />
　「知らないなんて言っていませんよ…持っていないっていったんですよ」<br />
　鬼頭がまた向きになって反論した。ニヤニヤしながら風間が続けた。<br />
　「それでですね課長。ここからが面白いんです。次の日曜日の朝早くに、七時ごろですよ鬼頭君が俺の家に来たんですよ。『理事官、カーナビ見せろ』ってね。こっちは寝ていたんだからさ。なんだろうと思っていたら『これを捜査に利用できないだろうか』と言うんですよ」<br />
　お茶をすすり、一呼吸おいてから風間はさらに<br />
　「ほら、今回の工作船の事件。正直言って、〝天下の海保〟も出来なかった、しかも、古い話しをどうして巻き戻すかだけを考えていたんですよ。そうしたらさ、カーナビを巻き戻せって言うんですよ。驚きましたよ」<br />
　「それでどんな形で出てきたんですか？」<br />
　重森はカーナビは持っていたが、巻き戻すという発想はまったく無かった。<br />
　「それで、巻き戻したら画面に以前に走った行跡というか、要するに足跡が点々とでたんですよ。黒い点で…」<br />
　風間は鬼頭の顔を見ながら自慢げに話すのだった。この発想が、今回のＮシステムとの連動に結び付くことになったというのだ。<br />
　「いゃ、感動する話しでした。参りました。総監賞ものですな」<br />
　重森は、発想の転換の重要性を知らされた。柔らかな発想の転換。「この理事官ありでこの部下が生まれる」かと…。<br />
　重森課長の携帯が鳴った。警察庁薬対の理事官からだった。重森は「大阪府警から…？」の言葉を残して、そそくさと帰って行った。</p>

<p>　重森への電話は、大阪府警の生安総務課長からだった。<br />
　「生総課長です。警視庁と新潟県警は順調に進んでいるようですが、こっちもようやく傍受の令状が降りました。それで、どうでしょうか、警視庁の鬼頭さんは来られる余裕はありますかね」<br />
　前回の傍受は、携帯の通信状態が悪く聞き取れなかった。その府警が再度の傍受令状をとったという。重森は鬼頭を大阪府警に派遣させたかった。府警の薬物捜査の神様であるベーやんこと別所と鬼頭を会わせたかったのだ。<br />
　別所の持つ百発百中の勘は、誰にも真似ることは出来ない。しかし、薬物捜査官として流れるように捜査を導く手法を別所に伝承できれば、別所はまだ若いだけに警察庁指定の特命捜査官にもなれるのだが…と重森は考えていた。<br />
　重森の電話を受けた風間も、同様に二つ返事で出してやりたかった。しかし、警視庁城西署の捜査本部も朝陽商事の捜査がようやく〝板に付いた〟ばかりだったと考えた。果たして鬼頭が「うん」と言うだろうか。<br />
　「そうですね。これまでの捜査で新潟県警と宮城県警、新潟県警と警視庁など関連付けが多いという流れになってきていますね。府警は篠原組でしたっけ？」<br />
　重森は、渋りがちの風間の心が読み取れた。<br />
　「その通りなんです。私の勘だが府警も鬼頭さんを呼んだからには何かがあるのではないかと思われるんですよ」<br />
　ようするに鬼頭の大阪派遣は、重森の思いつきではなく府警が希望しての要請だったことを強調した。<br />
　「えっ、府警が呼んだのですか？俺はまた、あまり出しゃばるのもいかがなものかと思い、遠慮していたものですから…」<br />
　「気を使っていますねぇ。関係県警に対するご配慮にはいつも頭が下がります」<br />
　重森は感心した。鬼頭はこんな上司に恵まれて幸せだろうと思った。同時に重森は自らの鏡にもしたいと…。<br />
　キャリア、キャリアと一線の職人刑事たちからは、「頭だけの警察官」とののしられることもある。「頭でっかち幹部」だけにはなりたくなかった。<br />
　鬼頭は城西署に着いたばかりだった。それは風間からの電話だった。<br />
　「はい、鬼頭です。えっ、大阪府警ですか？」<br />
　しばらく鬼頭は考えた。<br />
　「それではちょっと…本部長に聞いてから返事しますから…」<br />
　鬼頭が即答を避けたのには訳があった。それは、この一連の事件の頂上は、警視庁が今回逮捕した朝陽商事の帳亭植ではないかと思っていたからだ。もしそうだとすると、帳の調べは自分しかないと自負していた。<br />
　果たして自分は、〝男芸者（幇間）〟の様に、ただ、あっちこっちに行くだけが特命捜査官なのだろうかと疑問を持ち始めていた。刑事は自分が事件を請け負い、そして組み立てて解決して初めて刑事になれるのだと…。<br />
　「それなのに、自分は…」<br />
　心の中では「俺は刑事だ。指導官ではない」という葛藤があった。<br />
　しかし、その思いは新潟県警の捜索の時に変化が起きた。<br />
　あれはガサに向かうための打ち合わせが済んだときだった。県警捜査一課係長の平井警部が鬼頭に向かって言った言葉だ。<br />
　「現場には素人が多いから…説明してやってくれませんか」。その言葉が何故か妙に心に残っていた。定年まであと二年。検挙率が落ちている警察の現状を憂えれば、果たして「自分が」「自分が」としゃしゃり出るだけで良いのだろうか。<br />
　平井警部は県警捜査一課の係長で調べ官でもある。一度、羹を調べたときには、素晴らしい調べだった。しかし、一斉逮捕・捜索後の羹の取り調べは「覚せい剤が関係する」という理由から保安課の警部に代わった。<br />
　鬼頭は、調べ官を外れた平井に同情したが平井は何一つ文句を言わなかった。「これが組織なのか」と自分だったら不満を現すだろうが、表情さえ変えなかった平井に自分の修行のなさを感じた。<br />
　だとすれば、風間の大阪府警への要請を「本部長に聞いてから…」などと言ってしまったことに反省しなければならなかった。<br />
　「直属の上司になんてことを…」<br />
　と思いながら署長室に向かった。署長は風間の一年先輩の野口だった。署長室に入るとソファーに座っていた。<br />
　「失礼します。相談があって来ました」<br />
　鬼頭の言葉に野口署長は、既に分かっていたかの様に振る舞った。<br />
　「大阪府警の件ですか？」<br />
　「署長、どうして分かっているのですか？」<br />
　「鬼頭さんよ。俺と風間は十年近くも一緒に仕事をしているんですよ。先ほど電話がありました。風間は何を遠慮しているのか何を迷っているのか心配していましたよ」<br />
　「分かりました。言ってもいいでしょうか」<br />
　鬼頭は反省の意を込めて言った。<br />
　「大阪府警の希望だそうですよ。貴方が心にひっかかっているのは『頂上の帳を捕ったのに…』ではないかな？君らしくないですね」<br />
　鬼頭は参った。野口署長はそこまで読んでいたのだろうか。心の隙を読まれたようで恥ずかしくなった。部屋を出る時、野口が言った。<br />
　「鬼頭君、虚心坦懐ですよ」<br />
　その言葉は、鬼頭の心にグサリと刺さった。<br />
　<br />
　鬼頭が府警に到着したのは午後八時半を過ぎていた。課長室で生安総務課長ともう一人の男が談笑していた。入り口で鬼頭の姿を見た課長が立ち上がった。府警の生安総務課は警視庁より狭かった。机の上は書類であふれていた。鬼頭が見回していると生総課長が説明してくれた。<br />
　「警視庁さんと違って、うちは狭いですがな。建物も古いし…近く建て直す計画はあるそうですがね…。まぁどうぞ、どうぞこちらへ…」<br />
　そこには四十歳は過ぎた中年の恰幅の良い男がいた。男は鬼頭を笑顔で迎えてくれた。<br />
　「紹介しょう、この方が有名な警視庁特命捜査官の鬼頭警部さんです」<br />
　男は鬼頭に握手を求めてきた。笑顔の絶えない人だ。<br />
　「噂は聞いております。私は…」<br />
　言いかけた時、生総課長が「ベーヤンですよ」と紹介した。<br />
　「保安課の別所でございます。今回はようおいで下さいました」<br />
　「百発百中の方ですか？私のほうこそ伝説の方にお会いできて光栄です」<br />
　二人は意気投合した。<br />
　「鬼頭さん、宿は近くにとってありますからね。食事はまだですよね。おい、ベーヤン行こうか？」<br />
　別所が怪訝そうに課長に言った。<br />
　「課長、鬼頭さんに明日の件の説明はしないのですか？」<br />
　「うん。個室を取ってあるので食事をしながらでも良いですよね」<br />
　生総課長は鬼頭に気遣い、話しのできる個室での食事を用意していた。<br />
　「ありがとうございます」<br />
　三人はタクシーを拾い「北新地まで」と告げた。<br />
　「鬼頭さんは大阪は詳しいですか？」<br />
　別所が訪ねてきた。<br />
　「数えるぐらいです。出身地が仙台なので縁がなくて…」<br />
　「ほな、新地はええですよ。打ち合わせがなければ課長、残念やが…」<br />
　北新地まで十分もかからなかった。桜橋の交差点で降りた三人はビル十一階にある小料理屋で、見晴らしの良い個室に案内された。<br />
　ビールで乾杯したあと、課長が明日の説明を始めるため一枚の紙を鬼頭に渡した。<br />
　「傍受の令状は十日間なのでずか、今回は持っている令状の関係もあって三日間に絞ってあります。前回は携帯電話でしたが、今回は篠原組の固定電話です。住吉区の番号は０６ー６６××。立会人は中央区の消防署員に依頼してあります。時間は、午前十時から十二時間にしたいと思います」<br />
　別所が続けて言った。<br />
　「あした朝、私がむかいに来ます。九時ごろ来ますので食事を済ませておいて下さい」<br />
　課長が全体的な大阪府警の篠原組に対する捜査の方針と、これまで府警が実施してきた捜査の経緯などを説明した。<br />
　篠原組に対して府警は、刑事部と生安部の合同で対処することとし、狙いはヤミ金関係から入る貸金法と出資法、それに恐喝容疑などで既にトップの後藤田と役員、出納責任者など十三人の逮捕状を用意しようとしたという。生総課長が苦渋に満ちた顔になった。<br />
　「ところがです。米川本部長からストップがかかったのです」<br />
　鬼頭は、警察庁の方針と言うよりは米川本部長と瀬上の二人の方針だなと思った。<br />
　「警察庁と本部長がどうしても首を縦に振らなかったのです」<br />
　鬼頭が言った。<br />
　「あの二人は、そうでしょうね。想像がつきますよ」<br />
　そして別所が口を開いた。<br />
　「薬物関係なのですが、西成区に篠原組の店がありまして、ここの店員で二十七歳の小僧が薬のまとめ役をやっています」<br />
　さらに続けた。<br />
　「買った人物で謳いそうな奴を確保して叩いたらこれが大当たりで、全部吐きましてね。いつでも小僧の柄を引ける状況にあります。問題はこれだけで組織の令状を取るまでには行っていないものですから…」<br />
　覚せい剤購入者を逮捕し、その供述から売人が特定されて逮捕したとしても売人、つまり小僧が勤める店の捜索令状はとれるが、篠原組という組織の捜索令状は降りにくい。篠原組の組織に伸ばすには、それだけの確証が必要だった。<br />
　別所は府警の薬物捜査の神様であり、その力量には鬼頭の意見など、はさめるはずもなかった。　<br />
　「別所さんに対して我々は何も意見を言う必要はないでしょう」<br />
　鬼頭は生総課長の顔を見て同意を求めるように言った。別所がさらに続けた。<br />
　「ですから、予定している通信傍受で別に薬の話しが出ればそれはそれで良いとして、とりあえずは薬関係では西成の小僧の引きネタを拡大する予定で、捜査を進めているところです…」<br />
　「それでよいのではないでしょうか。今回実施する通信傍受の狙いはあくまでも工作船に絡む薬物捜査ですよね。前回、記録に残せた一度目の通信内容の『ブツを掠めている』『北はだめだ』『液体に溶かして』と、二度目の通信では『取引全体』『（水死体で発見された薬物取引の疑いのある）金山』という文言が入っていたことがあり不完全だったものの一応は記録が残せた。そして再度の令状が降りたわけですから…」<br />
　生総課長もその通りだと思った。鬼頭はさらに続けた。<br />
　「しかし課長さん。前回のあの程度の内容でよく記録に残せましたよね。感心しますよ。ここだけの話しですが…」<br />
　課長と別所が互いに俺が答えようと譲り合いながらも、結局は別所が言い出した。<br />
　「大変だったのですよ。立会人と裁判官の運に恵まれたとしか言えないですね」<br />
　三人は食事を済ませたあと鬼頭をホテルまで案内してくれた。<br />
　<br />
　翌朝、別所とともに通信傍受の予定されている施設に着いたときには、既に機器類が設置され、府警からの生総課長ほか通信技術者など五人と電話局責任者ら職員、それに立会人の総勢十人近くが開始時間を待っていた。<br />
　「遅くなりました」<br />
　鬼頭の挨拶のあとお互いに簡単な自己紹介があり、別所と鬼頭に対する役割の指示が課長から出された。<br />
　「ベーヤンは時計係りだ。ストップウォッチ担当。鬼頭さんは聞いていて重要な部分のメモ係りを私と二人でやりましょう」<br />
　令状の開始時間である午前十時が秒読みに入った。<br />
　「はいっ、十時です。開始します」<br />
　課長が宣言したが電話は一向に鳴らなかった。正午前、呼び出し音がした。ストップウォッチが押されるのと同時に、テープレコーダーのスイッチが入った。会話が始まった。<br />
　「もしもし…」<br />
　女性の声だ。事務員だろうと思われた。<br />
　「住之江ですが、担当さんいますか？」<br />
　若い男の声だった。住之江とは名前なのか？固唾をのんだ。<br />
　「あいよ、どうしたっ&gt;」<br />
　「住之江の古田ですぅ。入金した報告の電話ですがね…」<br />
　話し方に特徴のある男だ。「です」の「す」が語尾上がりになっている。住之江は住所で古田が名前だったのだ。事務連絡のように思われた。次のようなやりとりが続いた。<br />
　「分かった。今度は全額やな…」<br />
　「いや、まだありますぅ…」<br />
　「ボケッ=、次は全額だと言うたのは何処のどなたはんだったかな…えっ。コラッ…」<br />
　「申し訳ありません。勘弁して下さい」<br />
　電話は四、五分で切れた。<br />
　「はいっ、関係ないですね。録音は削除ですね」<br />
　立会人が言った。<br />
　こうして金融関係の報告と見られる電話が夕方までダラダラ続いた。結局第一日目は録音記録はなかった。別所が言い出した。<br />
　「課長、この電話ね、事務連絡用の電話ではないのかな。後藤田は一度も出なかったなぁ。それとも居ないのかな…」<br />
　重苦しい雰囲気に包まれた。<br />
　「しょうがない。明日もがんばりましょう」<br />
　課長の明るい声だけがみんなを元気付けた。<br />
　心配された後藤田が電話に出たのは二日目の午後八時十六分だった。テープレコーダーのスイッチを押すと同時に会話が始まった。<br />
　「後藤田です」<br />
　「穴守です。しばらくですね…元気やったかね…」<br />
　仙台の穴守からだった。鬼頭にも聞き覚えのある声だった。会場に緊張が走った。狙っていた電話だった。<br />
　「なんですか？こんな時間に…」<br />
　「新聞見ているかなぁと思って電話したんださ」<br />
　「なんでどす？」<br />
　「この前な、例の金山の事件が報道されたあとだが、週刊誌が北上のこと書きやがったんだよ。平壌に居るってな…」<br />
　「えーっ。それで…知らんかったよ…」<br />
　「そこまでは良いんだが…どうもサツがな、関東連合に絞った捜査をしているようなんだよ」<br />
　「どっちですかね。殺しのほうかそれともヤク関係かね…」<br />
　「どっちもだよ。新聞にはそう書いてあったよ。殺された金山は薬物に関係か？ってな。ヤバクなったと思わないか？。どうすれば良いかな…作ちゃんに相談しようと思っていたんだよ…」<br />
　「それはヤバイですなぁ。アナやんな、タイミングを見てさ、玉を送る手もあるで…。この世界でよう使うんだが…ようするに犯人を決めてさ『おめぇ臭いメシ食ってこい』てな。北上に伸びれば困るのはアンさんもワイも同じでっせ」<br />
　「それでさ、ちょっと会えないかな…。どうだろう。熱海当たりでは…」<br />
　「ようざんすよ。いつにしますか？」<br />
　「ちょっと待って…」<br />
　しばらく時間がたった。数分後に<br />
　「もしもし、来月の二日はいかがだろうか…」<br />
　「七月二日でっか…ええですよ。ところでさ…ヤク、頼みますよ。値上がりして困ってまんがね…」<br />
　しばらく間があって穴守が答えた。<br />
　「今度入るのは…」<br />
　穴守は、さらに時間をおいた。<br />
　「実は…新潟に置いてあったのだが…新聞に出ていないので大丈夫だろうと思うのだが…ガサかけられたのだよ」<br />
　「えっ、あれか？佐渡通信とかいう…なんぼあったんや…」<br />
　「一・五㌔あるはずなんだよ…」<br />
　「しかし、みんな捕まりはった？。どないして…」<br />
　こうして話しが佳境に入ろうとしたその時<br />
「はいっ、時間です。スイッチオフまで五、四、三、二、一、はいっ切って下さい」<br />
　スポット傍受というやつである。<br />
　「ったくもう。大事なのはこれからだろうが…」<br />
　別所が大声を上げた。一定の時間が経過して、再びスイッチを入れた時には会話は終了していた。課長が言った。<br />
　「何処に荷物が入るかまで聞けたら最高だったが、しょうがないよ。新潟の件は予期せぬ出来事や。これで良しとしよう。穴守はもう架けてこないと思うが、あと一日あるわけだから…乞うご期待ですね」<br />
　この日はこれで終了した。三日目も期待されたが、録音として記録するような内容はなかった。これで通信傍受は全て終了した。鬼頭が言った。<br />
　「来月の二日でしたっけ。熱海行きは…」<br />
　「そう。Ｎシステムで確認をとらないとね。せっかくの証拠を裏付けるためにも…」<br />
　課長が鬼頭に確認するように言った。<br />
　「その場の受け渡しはないと思いますが…」<br />
　「それにしても…」と鬼頭。そして続けた。<br />
　「通話の中では、新潟に覚せい剤があるはずだと言っていましたよね…」<br />
　別所も課長も「そう」と認め<br />
　「どうしたんですか？押収していないのですか？」<br />
　と聞き返した。<br />
　鬼頭は、潰れていた小屋が気になった。<br />
　課長は当然と思っていた。こうして鬼頭は大阪での三日間の出張を終えて分室に帰ってきた。待ち受けていたのは風間の報告だった。<br />
　「鬼頭さん、いかがでしたか？大阪は御堂筋の夜は…雨の御堂筋♪…なんてね。最高でしたでしょう。カラオケ行ったの？」<br />
　「行きましたよ。声が枯れちゃってね…ほら…ばぁーっ…」<br />
　話しは現実に戻された。<br />
　「通信の傍受は成功しました。穴守の話しでは、どうも新潟に覚せい剤があるらしいのですが…その前にスポット傍受で切られました」<br />
　さらに鬼頭は続けた。<br />
　「後藤田と穴守の会話の中で仙台の水死体の金山剛の話が出ました。捜査の手が伸びたことから穴守が後藤田に相談していること。それから、多分ですが薬が手に入らないので値上がりしていることなどもです。金山の件に関しては北上の名前を気にしていましたのですが…これを解明できれば薬物関係に期待できるのですが…」<br />
　鬼頭の話しを聞きたくて佐藤、榊原、伊藤光太郎、それに小宮山まで集まってきた。鬼頭にとって全員が揃ったようで懐かしささえ感じた。風間が理事官席横のソファーに全員を座らせた。佐藤が座りながら話し出した。<br />
　「立派な証拠として使えますよね今回の傍受は…。あの水死体は薬が絡んでいることになっていたでしょう？十分ですよね理事官」<br />
　「十分、十分ですよ。よくやった。それでさ…」<br />
　新潟県警のガサで発見されなかった覚せい剤の話しが鬼頭の心の中に残っていた。話すタイミングがなかった。<br />
　風間理事官の顔が真剣な表情に変わった。<br />
　「向こうの政治関係団体から警視総監宛に抗議文が届いたんだよ。勿論、上は気にすることはないと言っているが…。内容は北朝鮮の工作船の捜査は終わっているのに、何で警察が動いているのかというんだ。おかしいと思わないか？」<br />
　鬼頭が続けた。<br />
　「なんで警察がその関係の捜査をしていると知ったのですかね」<br />
　「と、言うことは、相手も相当、情報収集をしているということだ。それはそれで良いでしょう。しかし、新潟で発見されなかったということは別の組織があるのか？いずれにせよ、もう隠滅されたかも知れませんね」<br />
　と榊原。その会話を打ち切るかのように女性職員が受話器を渡してきた。<br />
　「理事官=電話が入っています」<br />
　電話は警察庁の重森からだった。<br />
　「重森です。鬼頭さん帰った？。通信傍受は成功したんだってね。新潟も喋り出したというではないですか。府警から連絡があって篠原組の覚せい剤密売容疑での着手は、令状が取れるネタが揃うなど順調に進んでいるそうですね」<br />
　重森の声が弾んでいた。風間が聞き返した。<br />
　「組本体に対するガサ令状ですか？」<br />
　「そう言っていた。篠原の経営する店が取引の場になっていると言うんだ。五カ所ぐらいあるらしい。あそこはベーヤンがいるからな…」<br />
　電話の途中で、風間は鬼頭にそのことを報告した。鬼頭は親指を立てた。<br />
　さらに重森はハイテンションになって言った。<br />
　「それが終わってからさ、仙台の殺し関係、聞いたよね穴守との会話を。その関係で打ち合わせをしようかと思っているのですが…」<br />
　重森はさらに続けた。<br />
　「どうもね、見ているとボスというかテッペンは穴守になるのではないかと、ふと思ったのですが…思い過ごしかなぁ」<br />
　風間が続けた。<br />
　「私もそう思うんですよ。捜査二課がやっているキカワダの口座ですが、あのキカワダという女はどうも、穴守の女房だそうなんですよ」<br />
　「打ち合わせまでに捜査二課は間に合うかなぁ」<br />
　重森も風間も事件が大詰めにきていると感じていた。<br />
　「まもなくだと今朝の途中報告で出ていましたよ」<br />
　と風間が報告した。その風間に、鬼頭が新潟県警の件を打ち明けた。風間の顔がひきつった。重森は「新潟も謳ったようだし…」と言っていたのに…。<br />
　「捜索漏れかね…」<br />
　鬼頭が交換台に、新潟県警の阿部生安部長のデスク席の電話番号を告げた。<br />
　「はい、阿部です。あ、鬼頭さん。どうも先日は…」<br />
　明るい声だった。鬼頭は大阪府警の通信傍受で出た後藤田と穴守の会話内容をストレートに伝えることが出来ずに悩んだ。そして<br />
　「阿部課長、心配なのですが…覚せい剤の見逃しはなかったでしょうね？」<br />
　「いゃ、実はそれでね。鬼頭さんが大阪府警に行かれていたので報告が遅くなりましたが、鬼頭さんから指示があった羹の乗用車のカーナビの行跡を巻き戻したのですよ。そうしたら、軽井沢の別荘地に、真っ黒くなるぐらいの行跡があったので、現在、その現場に行っている最中なんです」<br />
　この報告を聞いた鬼頭は、いくらか安心したが、土砂で埋まったとして捜索を放置したところが気になったので問いただした。<br />
「軽井沢は令状を持っているのですか？。それに、気になっているのですが…この前の令状があるやつで佐渡島の土砂で潰れた小屋ね。あれ、掘れないかね…」<br />
　阿部はびっくりした声で応答した。<br />
　「軽井沢は令状を持って行きました。土砂に埋まった小屋ですか？。偶然の一致ですが、今朝、平井さんから提案がありました…」<br />
　「それで？」と鬼頭が聞き返した。<br />
　「そうですね。令状の時間はまだ残っているので掘ってみましょう」<br />
　阿部は、あっさり引き受けてくれた。<br />
</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T17:01:45+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/police-story-16.html">
<title>小説・薬物捜査官　その８</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/05/police-story-16.html</link>
<description>リンク: police story 別室.小説・薬物捜査官　その８　　取り調べ　...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br /><strong>小説・薬物捜査官　その８<br />　　取り調べ</strong>　久しぶりに帰った自宅だった。絵美は好物の浦霞に魚の金目鯛の煮つけを用意して待っていた。きょうは幸子も早く帰宅していた。家族揃っての夕食は何か月ぶりだろうか。<br />　テーブルに座った鬼頭に一通の郵便物が渡された。杉山からの挨拶状だった。<br />　「杉山さんからのお手紙ですが転勤なさったのかしら…」<br />　「しまった。彼は定年のはずだ…」<br />　封を切ったら、ありきたりの挨拶状に加えて一通の手紙が入っていた。<br />　<br />　鬼頭君、お世話になりました。この五月三十一日で無事、定年を迎えることが出来ました。四十一年間の警察官の仕事でした。…お陰様で家族共々、なにひとつ欠けることなく人生を謳歌できたのは、皆様方のお陰と感謝しております。…定年、最後の日、君に電話でもしようと思ったのですが、忙しいのにお邪魔してはと思い、ダイヤルを回せませんでした…三十一日の深夜、六月一日の朝の午前零時に、多摩川警察署四丁目駐在所の建物に一人で敬礼しました。たった一人の終了式でした。その時、君の顔が浮かびました。そうしたら、色々な思い出が走馬燈のように頭を駆けめぐり…「あぁー、治安一筋の人生だった…」と思うと四十一年分の涙が流れました…<br />　<br />　鬼頭が目頭を押さえた。<br />　「どうしたの？」<br />　と妻が言った。鬼頭は言葉での表現を失った。黙って手紙を渡した。絵美がしばらくして話し出した。声が潤んでいた。<br />　「あなたも、間もなくこのような時期を迎えるのですね…」<br />　「迷惑ばかりかけてしまった。〝警察馬鹿〟だったかも知れないが、でも…俺にとっては満足した人生だった。定年の日に離婚なんてないように頼みたいものだがね…」<br />　鬼頭の言葉に幸子が言った。<br />　「お父さん=その話はまだ早いでしょう。『十秒後に何があるか分からない世界だ』と言って来たのはお父さんでしょう」<br />　そして絵美がさらに続けた。<br />　「ホント。『十秒後に何があるか分からない』『俺を当てにするな』と言われ続けてうん十年か…」<br />　「でも、お母さんも結構、楽しんでいたんじゃないの」<br />　「そりぁ私だって警察官だったもの…幸子はどうだったの？」<br />　「警察官って頼られる時は良いのよ。でも、どっかで誰かが悪いことすると、全部が全部『のくせに…』と言われるのが辛かったな…」<br />　鬼頭が口を挟んだ。<br />　「だから君は警察官になりたくなかったのか？」<br />　「そうよ。でもさ、良く、警察官一家ってあるじゃない。兄弟はもとより父親もお爺ちゃんも警察官だったっていう、あれ。凄いよね。うちは、お父さんが格好良くなかったもの…。何も教えてくれないしさ…帰ってこないしさ…」<br />　「お前はそんなこと言ってもな、言えば心配するだろうし…実際はテレビドラマのようにはいかないものなんだよ…」<br />　鬼頭は自分の娘に「格好良くない父親」と思われていたんだと分かると、なぜか、悲しかった。<br />　こんな会話が続き、鬼頭は久しぶりに深酔いした。</p>

<p>　「杉山が四十一年分の涙を流したという。俺には涙を流す機会があるのだろうか？…」<br />　こんな思いをしながら新橋分室に着いた。風間が待っていた。<br />　「鬼頭君、きょう捜査二課の例の口座。いよいよやれるらしいからさ…。わが方が引き取れる分もあるので…十時からだから…打ち合わせな。榊原君も一緒に行けるな？」<br />　「理事官ね、仙台の穴守、あれやりたいね=」<br />　それを思うと鬼頭のアドレナリンは最高潮に達する。<br />　「そうだろう。当然だよ。やってもらいますよ」<br />　風間は、既に警察庁の重森との打ち合わせは済んでいた。「身柄を警視庁で取り、鬼頭が穴守を調べ、大阪府警の別所が後藤田を調べる」の構図だ。重森は「痺（しび）れる」とまで言った。<br />　会議が始まった。捜査二課長の石本からの報告だった。<br />　「キカワダ名義の口座ですが、キカワダは「木川田鈴子」と書きますが、これは仙台市青葉区中央四丁目××、新城ビル四階にある新城商会の代表取締役、穴守敬二郎の妻だったことが分かりました。ですから鈴子はあくまでも単なる名義人で実質は新城商会、つまり穴守が管理する口座です」<br />　石本はさらに続けた。<br />　「ズバリ言いますと地下銀行でした。入金の大部分は木川田名義のキャッシュカードで引出し、外国為替取引銀行・東京大東銀行新橋支店に持ち込み、香港の同銀行支店に送金していました。受取人は中国人。香港で物産会社・海南商事を経営者している梁伯一です。中国公安部に捜査依頼して調査した結果、福建省に地下銀行が存在し、そこから中国の犯罪組織と一部は平壌の地下組織に流れておりました」<br />　「続けてよろしいでしょうか？」<br />　石本は了解を得たあとさらに続けた。<br />　「したがいまして、梁については中国公安当局に解明依頼を出し、当方は明日二日、一斉逮捕・捜索に乗り出したいと考えております」<br />　話しの途中で、事件のチャートが書かれた用紙と逮捕予定者名簿、家宅捜索箇所が網羅されたＡ４の八ページ綴りの用紙が配られた。<br />　「なおこれにつきましては、永堀生安部長と風間理事官の同意を得ておりますので、合同捜査本部とさせて頂きます。続いて大阪府警が実施した通信傍受で穴守の逮捕状請求までこぎ着けた生安の捜査結果について風間理事官から報告をお願いします」<br />　風間は、今回大阪府警が実施した通信傍受結果を報告。今回の一連の北工作船が残した携帯番号の捜査が頂上までたどり着いたことを付け加えた。<br />　風間はさらに続けた。<br />　「我々の方は、実は明日七月二日に穴守と府警の狙っている後藤田が熱海で接触することを掴んでおりますが、これが実は今回の事件を左右するのではないかとみとおりますので一斉打ち込みは、基本的にはその推移を見てからになりますが…」<br />　石本捜査二課長が頷きながら言った。<br />　「『基本的に推移を見てから』というのは、どう言う意味ですか？」<br />　「それは、熱海に張り込んでいる目の前で、堂々とブツの受け渡しが行われた場合、現行犯逮捕しなければならない状況があるかも知れないということです」<br />　「それがなかった場合は、翌日の三日以降にでもということですね。我々のほうも中国公安部からの最終報告を待ってからと思っていたのです。警察庁を通して供述調書の共同作成等を依頼したら中国は現在、薬物取り締まりを最重点に進めており、こちらから依頼する必要もなかった分けです。一日や二日ぐらいの時間をおくことはかまいませんが、同時にする必要性はあるでしょうか？」<br />　風間が鬼頭の顔を見ながら立ち上がった。<br />　「煎じ詰めれば、根っこが同じ事件。国税に待って貰った分けですから…出来れば同時にしていただければ…関係者の中には穴守は入っているわけですよね」<br />　今度は石本が質問した。<br />　「穴守は逮捕令状は持っていませんよ。逮捕は周囲からですから…ただ、熱海で柄をとったために…こっちは目的が違っても向こうはそんなこと関係ないし…全部、証拠隠滅された後で俺たちが入るのは…」<br />　この件に関しては鬼頭が立ち上がった。<br />　「大阪の丸暴（後藤田）は、とにかくブツがなくて困っているようなんですね。で、土産に穴守が持ってくるのではないかとみているのですよ」<br />　石本が全員の顔を見回しながら<br />　「それはあなた方にとっては凄いことでしょう。ブツの取引場所になるかも知れないということですか？。痺れますよね…それでうちが打ち込んだら逆に穴守が熱海に行かなくなりますよねぇ」<br />　そして続けた。<br />　「分かりました。そこにも書いてありますが、我々も仙台のガサが中心なんです。新城商事とその支店関係を合わせ、勿論、社長の自宅を含めると十カ所近くになります。現行犯逮捕した場合に備えて明日、配置をします。しなかった場合でも何時でも着手出来るようにしましょう。ところでその際は、違う容疑で生安も一緒に入ることになるんですよね？」<br />　風間が答えた。<br />　「容疑が違っても…国税と違って、同じ屋根の下なんだから…それに我々は、あくまでもブツとその関係書類だけなので…そのための合同捜査なんだから…阿吽の呼吸でやりましょうや」<br />　石本は「言った意味が違う」と腹立たしさを感じて立ち上がった。<br />　「阿吽の呼吸ぐらい分かっているよ。俺が言ったのはやる場所だよ。リストぐらい出せないのか？」<br />　そしてさらに石本が聞いた。<br />　「わが方は良いよ。しかし今回は宮城県警は了解済みなんでしょうね？」<br />　風間が答えた。<br />　「捜索リストの件は失礼しました。鬼頭君後で出せますね？」<br />　風間は鬼頭に確認をとったうえで続けた。<br />　「その話しは、永堀部長からも笹川部長からも言われておりまして、打ち込みは全部合同という名目になっております。ですが…宮城県警は入る場所と入らない場所があるとも聞いております。なんか、北朝鮮に行っている北上の件で警備部が入りたいとしているところが中心のようなので…」<br />　こうして、この日の打合会は終わった。</p>

<p>　大阪市住吉区の後藤田がマンションをベンツで出発したのは午前八時を少し過ぎていた。<br />　「機捜１２から機捜隊本部」<br />　「機捜隊本部です。どうぞ」<br />　「了解、機捜１２ですが、住吉区の丸対、八時四分、６０１どうぞ。なお本件に関しては生安の別所係長も了解ねがいます。どうぞ」<br />　「丸対」とは、警備、あるいは警護する場合の対象者を言う警察用語のひとつだ。例えば警護対象者が外国人の要人だった場合は、その要人が丸対となる。今回の場合は警護対象者ではないが、追尾対象者を差し、すなわち後藤田の車両だ。<br />　「機捜隊了解」<br />　「生安別所、了解」<br />　住吉区のマンションを出たベンツには運転席と助手席にいつも帯同しているボディガードが二人乗り、後藤田は後部座席に一人で座っていた。<br />　ベンツは「大阪　３００　ふ　１０××」で、国道４７９号を右折した。この分だと西名神高速の松原ジャンクションから東名高速に入り、熱海に向かうことが予想された。<br />　後藤田のベンツには、白の機動捜査隊の車が往復、追尾することになっていた。追尾と言ってもＮシステムに登録していることから、ポイントを通過するたびに信号が発信されるため近くに迫らなくても監視ができることになっていた。<br />　「機捜１２から機捜隊、丸対は八時二十分、松原インターから西阪神に入った。どうぞ」<br />　「機捜隊了解」<br />　「機捜１２から各局、機捜１２は以後、有線連絡とする。各局了解を願いたい。以上機捜１２」<br />　後藤田のベンツが東名高速の沼津インターを降りたのは午後一時四十三分。国道４１１号線に入り沼津市内を通過して清水町付近から熱海新道に入った。既に今夜の宿泊する予定の熱海のサンビーチ近くにある都島ホテルには府警の生安部の別所係長、警視庁の鬼頭特命捜査官らが張り込んでいた。<br />　別所の携帯電話が鳴った。機捜隊員からだった。<br />　「はい、別所です」<br />　「了解、気をつけて追って下さい。途中カーブと下り坂が多いのでエンジンブレーキを忘れないように…」<br />　電話を切った別所は鬼頭ら待ちかまえていた捜査員に言った。<br />　「早いね。穴守は…まだ連絡がないが…。仙台のほうが遠いのかね」<br />　鬼頭が静岡県警の制服警察官に問いかけるように聞いた。<br />　「東北縦貫から東名に入るのに首都高を通るのでしょう？あれが、意外に時間がかかるんですよね。いずれにせよ１３５号に入ればＮシステムにヒットした段階で連絡が入るようになっていますので…」<br />　制服警官は無線の受令機に何かをとらえたらしく、強く耳に押しつける仕草をした。そして別所に向かって報告するように言った。　<br />　「別所係長、熱海のＰＣからですが後藤田のベンツは今、市役所前を通過したので数分で到着するかと思われます」<br />　「ありがとう」<br />　と制服に礼を言った別所は、地下駐車場と正面玄関、予約してある後藤田の隣室に携帯で連絡した。<br />　それから待つこと約一時間二十分、穴守の乗ったベンツが湯河原の交差点でヒットした。制服警官が今度は鬼頭ら警視庁の捜査員に向かって言った。<br />　「いま、湯河原の波乗り道路入り口を通過したそうです」<br />　鬼頭が聞いた。<br />　「波乗り道路？」<br />　「はい、熱海ビーチラインのことです。空いているので二十分もあれば着くと思います」<br />　後藤田の車がホテルの正面に止めて、ボディガード二人と本人を降ろした後、何処か市内に走り去っている。穴守のベンツと接触はしないと思うが、参考のためにマークするよう制服警官にお願いした。制服警官は快く引き受け、無線で車両ナンバーを連絡、手配してくれた。<br />　穴守らの乗ったベンツがホテルに到着したのは四時半を過ぎていた。どうやら二台のベンツの接触はなかったようだ。地下駐車場では二階と一階に別れての駐車だったが、荷物の受け渡しの警戒のため監視の私服警察官が配置された。<br />　後藤田のボディガードは別の部屋に入り、穴守の付添人も別の部屋をとっているようだった。<br />　二人とも露天風呂に入り、食事は食堂だったが二人だけで一時間四十分をかけて摂ったあと、ラウンジで遅くまで話し込んでいた。しかし物の受け渡しは確認されなかった。<br />　翌日の朝食はボディガードの二人と穴守の付添人の計四人で済ませた。<br />　ホテルのロビーに姿を現した穴守と後藤田がコーヒーを飲みながら談笑していた。その間、お互いのベンツが正面玄関近くに止まった。<br />　昨日は穴守と後藤田の二人はホテルに荷物を持って入らなかった。後藤田のボディガードの二人は小さなセカンドバックを持って入った。穴守の付添人は、小杉三夫という秘書で、一人が黒い鞄を持っていた。部屋まで持参している。<br />　しかし、少なくても今朝、ロビーに来るまでは荷物の受け渡しは確認されていないばかりか、秘書の持ち物もボディガードの持ち物にも大きさに変化が見られないような気がする。<br />　二台のベンツが前後に並んで止められた。穴守を先頭に後ろから後藤田がやや遅れて出て来た。穴守が秘書に耳打ちした。秘書の小杉がベンツのトランクからバッグを取り出した。三十㌢四方の物だった。<br />　穴守が後藤田に近づき、何やら耳打ちをしているようだった。ホテルのボーイが二人に近づいた。そのボーイは警視庁の捜査員だった。<br />　小杉からバックを受け取った後藤田は穴守と握手してお互いにベンツに乗り込んだ。そしてホテル前の１３５号線を左右に分かれた。午前九時十七分だった。<br />　鬼頭はホテルのボーイ役の刑事に先ほどの立ち話しを確認した。<br />　「最初は聞こえなかったのですが、最後に『振り込んでおきます』という声が聞こえました」<br />　そしてボーイ役の刑事がさらに言った。<br />　「渡したのはグッチのブラックデニムというウエストポーチですからね。見れば分かるはずですよ」<br />　グッチのウエストポーチ？。鬼頭はおかしな入れ物だなと思った。<br />　そして鬼頭は別所にその通りを伝えた。別所が言った。<br />　「分かりました。我々はボディガードの身体検査をしなければならないのです。捜査四課の要請もあるものですから…大阪市内に入ったところで捜四との検問を予定しています。これはあくまでもボディガードのためなんです。しかしブツを持っていれば後藤田の柄はそこで捕るかもしりません」<br />　「その時は、ガサは明日になりますか？それとも今夜にも…」<br />　鬼頭は警視庁の体勢もあり聞き返した。<br />　「捕れば何時でも令状は持っていますので…。警視庁さんは都合が悪いようでも…」<br />　鬼頭は、想定の範囲内と答えた。<br />　「分かりました。ベーヤンまた、合いましょうね」<br />　二人は握手して別れた。別所は鬼頭に携帯のスタンバイを忘れないよう言った。<br />　別所は帰りは「機捜１２号」に乗り換えていた。そのほうがスムーズだったからだ。西名阪自動車道の香芝インターを通過した時、隊員が府警機捜隊本部を呼び出した。<br />　「機捜１２から機捜隊本部」<br />　「機捜隊本部です。どうぞ」<br />　「こちらは熱海に出ていた機捜１２ですが、現在香芝インターを通過。丸対は一度、事務所に向かうものと思料されますが、予定通りの場合の検問対策は出来ていますか、どうぞ」<br />　「機捜隊了解。既に、松原インターを出た後、三宅新道の交差点付近と国道４７９号の長居公園付近で検問を実施すべく既に、出動済みですどうぞ」<br />　「機捜１２了解」<br />　「機捜隊本部から機捜１２。なおそれぞれの検問には機捜４７と機捜４６が待機しており、近づけば無線連絡が可能と思われるどうぞ」<br />　「機捜１２了解」<br />　後藤田のベンツが松原インターを出て、大堀交差点を東に進もうとしていた。<br />　「機捜１２から至急、至急、三宅新道の検問班どうぞ」<br />　「三宅新道検問班の機捜４６です、どうぞ」<br />　「了解、後藤田の丸対は三宅坂新道方向に向かっております。検問宜しく、どうぞ」<br />　「機捜４６了解。既に開始していますどうぞ」<br />　別所らの機捜１２が追尾していたが、ベンツは三宅新道交差点に向かわず、手前を左折して三宅小学校の方向に入り、検問所を避けた道路を走り出した。<br />　「至急、至急、機捜４６どうぞ」<br />　「機捜４６です、どうぞ」<br />　「丸対はそちらに行かないで、横道にそれた。どうぞ」<br />　「４６、何故ですかどうぞ」<br />　「分からない。阿保の方向に走っている。どうもおかしいと思われる。どうぞ」<br />　「こちら機捜隊本部、機捜４６に聞きますが、その検問所に白黒のパトカーはいるかどうぞ」<br />　「機捜４６です。ここにいますが、そちらに向けましょうかどうぞ」<br />　「アホ、向けるのではなくて、パトカーが無線を入れていると相手のカーナビに信号がキャッチされて感づかれるんだよ。それぐらいのこと知らないのか？」<br />　機捜隊本部がかなり興奮していた。別所は「しまった」と思うと同時に、張り込みにはパトカーを避けなければならない事情があることも初めて知った。<br />　「機捜１２の生安の別所だが、後藤田はいずれ住之江の事務所に必ず行くはずだ。機捜隊には申し訳ないが、事務所に入る確認だけでもできたらお願いしたい」<br />　「機捜本部了解。事務所の目標をどうぞ」<br />　別所が説明した。<br />　「了解。国道４７９号の住之江公園、えー、住之江公園交差点を入った住所は南加賀屋××ですどうぞ」<br />　「機捜本部了解。各局で住之江方面の車両は至急、転進、ベンツで大阪　３００　ふ　１０××の行動確認に努められたし…どうぞ」<br />　別所の携帯が鳴った。生総課長からだった。<br />　「べーやん、無線で聞いているよ。無理しなくて良い。所在の確認だけして、明日早朝の打ち込みにしようではないか。今、部長も私も機動捜査隊本部で無線を聞いているから全部、了解済みだよ」<br />　別所は分かりましたの返事をした途端に、機動捜査隊員から至急報が入った。<br />　「ベンツ　大阪　３００　ふ　１０××は、只今、後藤田の自宅方面に向かっております。追尾中ですが、確保するか否かの回答を下さい。以上、機捜５１」<br />　機動捜査隊本部が答えた。<br />　「機捜本部了解。確保することなく、丸対の降車を確認すること。後に生安から捜査員を派遣するので、降車した場所で待機願います。どうぞ」<br />　別所は納得した。機動捜査隊本部には部長も課長もいるのでその指揮だと納得した。<br />　府警本部に帰った別所は生総課長に報告した。特に、グッチのウエストポーチが気になっていた。<br />　「分かりました。明日、午前七時にガサに入りましょう。容疑は、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反です」<br />　課長がビックリしたような声を出した。<br />　「組対法違反&gt;」<br />　別所は鬼頭に電話を架けた。午後五時を過ぎていたので、少なくても東京には帰っているだろうと思った。<br />　「もしもし鬼頭です」<br />　「別所です。お世話になりました。今どこですか？」<br />　「警視庁に帰って来ました。お世話様でした。上手くいきましたか？」<br />　鬼頭が別所に聞いた。<br />　「それが、やつは検問直前で方向転換しましてね、自宅に帰ってしまったのですよ。そいで…、当方は明日、早朝に打ち込みしようと思ってますが…。どうでっか？」<br />　鬼頭が気になっていた容疑を聞いた。別所は答えた。<br />　「組対法違反ですよ」<br />　鬼頭は、唸った。見事な采配だ。「先を越されたか？」鬼頭は打ち込みの件については、後ほど電話で回答すると言って切った。風間に報告した。<br />　風間は遠山薬対課長、警察庁の重森らと電話による打ち合わせ後に、捜査二課長にも連絡した。さらに特命捜査官室の全員を集めて説明した。鬼頭はその間、穴守の所在確認だけを宮城県警にお願いした。<br />　仙台市で待機中の捜査班とも連絡がついた。穴守は午後三時五十分に事務所に入ったという。こうして大阪府警と警視庁、宮城県警の家宅捜索は同時に、七月四日午前七時と決定した。<br />　その中で、穴守については身柄を確保後、宮城県警で弁解録取書を取ったあとそのまま、生安の車両で警視庁に移送することが決定した。穴守は、鬼頭が調べることになっていた。鬼頭はその日、東京四葉銀行横浜支店の木川田鈴子口座の金の流れを調べるため捜査二課の本部が置かれている江戸川分室に出向き、詳細を頭の中にたたき込んだ。<br />　<br />　　　　　×　　　　　×　　　　　　×　　　　　　　×<br />　穴守に対する逮捕状は「覚せい剤取締法違反」。ずばり、適用条文は第十三条の「何人も、覚せい剤を輸入し、又は輸出してはならない」<br />　身柄は、捜査本部の置かれた城西署に移された。調べ時間は四十八時間だから、残りは一日半ある。穴守が疲れていることが予想されたが、時間がない。<br />　城西署の調べ室は二階の刑事課の北側に三部屋あった。穴守の取り調べはその一番右端の部屋が使われた。刑事課の入り口からは直接見えないよう配慮された。<br />　入り口のドアを開けると左手前に記録用の机がおかれ、鉄格子の窓を背に被疑者の席があった。他の容疑者には生安課の調べ室が充てられた。<br />　穴守は一連の事件の重要人物だ。このため鬼頭警部の調べ官は決定事項だった。調べ官を補助するために「立ち会い補助」が置かれる。調べ室では記録係りを担当するが、同時に「取り調べ状況報告書」も作成する。身分は調べ官の一階級下の者が充てられる。今回は鬼頭が警部なので立ち合い補助には城西署保安係りの小山田警部補が担当することになった。配置された。<br />　鬼頭が入ると、仙台から着いたばかりの穴守は腕組みをしたまま鬼頭を睨み付けるように見た。眼光の鋭さ、威圧的な態度に鬼頭は傲慢さを感じた。<br />　「調べ官を見つめる被疑者は落ちやすい」と鬼頭は思った。無視する奴は扱いにくいのである。<br />　「それでは只今から、覚せい剤密売被疑事件について調べを始めます。私は、警視庁生活安全部薬物取締特別捜査官の鬼頭長一郎と申します。階級は警部です。あらかじめ申し上げておきますが、自己の意思に反した供述はする必要がありません。刑事訴訟法１９８条の２項で貴方には供述拒否権が与えられているからです」<br />　鬼頭は、穴守は取り調べの経験があるのだろうと思った。目を瞑って微動だにしなかった。良い度胸だ。<br />　ーー貴方の本籍から聞かせて下さい。<br />　「宮城県塩釜市北浜××の××」<br />　ーー住所と職業、電話番号それに氏名、生年月日を述べて下さい<br />　「仙台市青葉区中央四丁目××の××。会社役員、電話は０２２ー２２×ー×××名前は穴守敬二郎　昭和二十三年五月二十一日生まれ」<br />　ーーそれでは…<br />　「刑事さん、ちょっと良いですか？」<br />　ーーなんでしょうか？<br />　「本籍って言ったけどさ、自分の生まれたところか、それとも戸籍上の本籍でええのか？」<br />　ーー生地と戸籍は違うのですか？。詳しく教えて下さい。<br />　「違うよ。俺が生まれたのは、聞くところによると宮城県仙北郡の大野村らしいんだが…途中で孤児になってさ、拾われたというか養子に迎えられて、そこを本籍に届けたらしいんだ。それで…どうするかと…」<br />　ーーほう、大野村ですか？詳しく教えてもらえますか？<br />　「俺も詳しくは知らないんだよ。親父は戦争に行ってさ、生きて帰ったらしいが、母親とは別れたらしいんだ…。それで俺は父方に引き取られたが…その父も死んで…仙北地方の孤児院に預けられたが、小学六年のときに塩釜港にある海鮮物問屋に身請けされてさ…そこで育ったんだとさ…。詳しくは誰からも教えてもらえないのだよ…」<br />　鬼頭は、「大野村」と聞いて冷や汗が出た。自分の出身地ではないのか？「もしかしたら…」と思った。<br />　しかし、これ以上明らかにすることは調べ官としては失格になる可能性が高い。親族や血縁関係者の取り調べは、規則には書かれていないが外すのが原則である。仮に公判で明らかになれば、やっかいなことになりかねない。<br />　ーーその件については…いずれ…聞くことにしましょう。<br />　鬼頭は補助員がこの言葉に気付き「今、聞くべきだ」と言ったら、どうしようと思った。しかし、声がなかったため続けることにした。その声が出ていれば、鬼頭は調べ官を降りる決心さえしていた。<br />　ーーところで、前に警察に逮捕されたとかそう言うことはありましたか？<br />　「三十歳かそのころだが、育ての母が死んだころだったと思うが、公職選挙法違反で一度だけ捕まったことがある。仙台市警察だったと記憶しているんだが…」<br />　ーー学校はどこですか？<br />　「塩釜市立高校だよ…」<br />　ーー卒業ですか？<br />　「当然卒業だよ。あっ建築関係の専門校にも行ったな」<br />　ーーそれで、養子先の穴守家では子供さんは何人だったのですか？<br />　「子供？俺と腹違いの妹がいたが…」<br />　ーーそのお父さんの名前とお母さんの名前を教えて下さい<br />　鬼頭は、あえて「その」と指定した。穴守は答えた。<br />　「義理の母でいいな。今はいないよ。ええと母は、たしか…寿子で、父親も義理だがもう死んじまったさ。名前は義十郎。妹は可奈子だ」<br />　ーー貴方は長男なんだね。学校を卒業して父親の仕事を継いだのですか？<br />　「いや、最初は俺は建築士になろうと思い学校に行ったからさ、一級の試験が受かったのは確か、二十九歳だった。三十歳の時に母の寿子が死んで、父が突然体調を崩したのさ。それで『家を継げ』と言われて継ぐ決心をしたのさ。その時だよ、県会議員と知り合って二度目の選挙でさ。どうしても塩釜の発展のために…と頼まれて、業界関係の人でもあったしね…戸別訪問とかで捕まったのさ…」<br />　ーー二十うん年も前に食った警察弁当と比べてどうだった？カンベンと言うんだがね…勘弁してよじぁ、ないんだぜ？<br />　「カンベン…覚えていないよ。あの当時はよ…」<br />　ーーそれで、北朝鮮からの輸入物が多いようですが、関係が出来たのは何時ですか？<br />　「あれは…親父が死んでから…昭和四十年代後半か五十年代の初めのころだったか…、とにかく日本近海の魚介類が一時、手に入らない時があったんだよ。特に宮城県内は冷水塊の影響でさ。そんな時にある人から進められて北朝鮮のアサリなら安く手に入ると言われた。但し、俵で一俵以上でないと高くつくので…ある団体としか言えないが…協同で買うことになったんだ…」<br />　結構、『話せる男だ』なと鬼頭は思った。北朝鮮という言葉に、驚きも躊躇もしなかったのてある。こんな容疑者は普通、事件の入り口になるので、モジモジするものだが、この男は違ったのだ。「何故だろう」と鬼頭は思った。<br />　ーーそれで、だいぶ儲かった？<br />　「当時は、別に産地名を書く必要もないし…。そのうちにアサリだけでなく、ウニの塩漬けも送って来るようになると運送料が安くつくんだよ…それでようやくかな…」<br />　ーー船は何処に入港したの？<br />　「塩釜さ、なんでだよ=」<br />　ーーそうか、塩釜港だけですか？…それで覚せい剤は？<br />　「………」<br />　ーー言えないのかね？何で突然、黙るのですか？<br />　「北朝鮮からなんて覚せい剤は入れていないよ。何を証拠にそんなこと言うんだよ」<br />　ーー誰も、北朝鮮から覚せい剤を入れたと言っていませんよ。ただ、覚せい剤は？と聞いただけですよ。<br />　「これって、誘導尋問じぁないのか？」<br />　ーー別に=『不利なものは答えなくて良いですよ』って言ってありましたよね。じぁ、今回、後藤田に渡したのは…？<br />　「後藤田なんていう人物はしらないなぁ。そんな飛躍した話しになるんなら…今後は、黙秘させて頂くさ」<br />　ーーほう。黙秘か？。ふざけんじゃぁないよ。お前な、通信傍受法って知っているか？えっ。間違っても盗聴法なんていうんじゃぁないよ。今は、列記とした法律があるんだよな。残念ながら…穴守よっ。<br />　鬼頭の語気は激しかった。だが、言ってしまってから鬼頭は「しまった」と思った。調べはリズムだと先輩から教わっているが、持っている証拠や捜査手段を明かす調べ官は最低の部類に入る。<br />　本人しか知り得ない「秘密の暴露」がなければ公判維持はできない。証拠を突きつけることで一番怖いのは「警察が勝手に言ったこと。無理に認めさせられた」と、ひっくり返された例は数多くある。<br />　鬼頭はどこかで、「秘密の暴露」引き出さないと…と焦った。<br />　「じぁ、俺の電話を聞いたというのかよ？」<br />　今度は鬼頭が黙秘した。黙秘したと言うよりは、次の一手を考える時間が欲しかったのである。<br />　ーー　……<br />　「聞いたのかよ。えっ=」<br />　穴守は声を荒げた。<br />　ーー　……<br />　「声なんか似たようなのいっぱいいるんだよ=聞き間違いたんじゃぁないの？アホらしくて聞いていられないよ」<br />　ーー　……<br />　「言葉では何とでも言えるんだよ=言葉では、なっ…。返事をしろよ、今度はそっちがだんまりかよ？」<br />　ーーほう。じゃ、お前は七月二日、どこにどうしていたんだ。言ってみろ=<br />　「なんで七月二日なんだよ。仙台にいたよ」<br />　ーーそれを証明できる人は？<br />　「風邪をひいて寝ていたからな…」<br />　ーーてめぇ、この野郎=嘘ばっかりつきやがって…<br />　鬼頭は立ち上がり、穴守の髪を引っ張った。小山田警部補が慌てて制した。<br />　「鬼頭警部=やめて下さい」<br />　鬼頭にとって何百人もの調べをしているが、今回のような暴力的な調べは初めてだった。「どうしたのだろう」と思った。「焦ってはいけない」と思えば思うほど、穴守が憎かった。「どうしても落とさないと…」<br />　ーーしばらく休憩だ。その間にどこでどうしたか思い出せよ。<br />　穴守を小山田警部補に任せて鬼頭は生安課に戻らずに屋上に上がり頭を冷やした。鬼頭は「はっ」と思い出した。ジュース類の自動販売機でお茶をひと飲みしてから調べ室に帰った。鬼頭がドアを開けると小山田と穴守が談笑していた。小山田は少しでも穴守の心を解そうとしていたのだ。<br />　ーーどうだ穴守=。思い出したか？思い出せないのなら、時間を細かく区切ってやろうか？じゃ、あの日の一週間前にな=東京に奥さんと来たよな。それは認めるか？<br />　穴守の心は小山田と話しただけあって解れていた。そして答えた。<br />　「一週間前かどうかは正確ではないが、来たような気がするな」<br />　ーー何しに来たんだよ？<br />　「買い物だったと覚えているよ。それがどうした？」<br />　ーー何を買ったんだよ<br />　「女房のだよ」<br />　ーー奥さんの何を買ったんかと聞いているんだよ<br />　「つまんねぇこと聞くなよ。バックなどジェリー商品だよ」<br />　ーーほぅ、何のバックだよ<br />　「なんでそこまで言う必要があるんだよ。あれは確か…グッチのブラックデニムのウエストポーチだよ」<br />　ーーどこにあるんだよ。それは？…<br />　「なんでだよ。家にあるだろう、女房が持っているよ」<br />　ーーちょっとさ。そのバック見たいんだよ。小山田君さ宮城県警に連絡して穴守の奥さんから事情を聞いてくれと連絡してくれないか？穴守よ、調べはそれまで休憩だ。<br />　「ちょっと待ってくれよ。なんなんだよ。女房に関係ねぇーだろう」<br />　ーー奥さんの名前は？なんて言ったっけ？<br />　「だからさ、女房と何の関係あんだよ？」<br />　ーー何で関係あるって？場合によっては逮捕だよ。奥さんが偽証すればな=<br />　「なんでバックなんだよ。盗んだと言うのかよ？」<br />　小山田警部補がドアを開けて出て行こうとした時、穴守が言った。<br />　「ちょっと待ってくれよ。今、思い出すから…しばらく時間をくれませんか…」<br />　ーーもういい。お前のことなんか信用しない。小山田君行って、早く行ってよ。そして看守を呼んでくれないか？<br />　こうして、その日の調べは打ち切られた。<br />　<br />　翌日の調べで、穴守の心の変化を期待した鬼頭は、留置所に自ら迎えに行くと同時に看守に昨夜の様子を聞いた。看守が報告した。<br />　「調べ室から帰ってきてから沈みがちで夜の食事は普通に食べたものの、寝付きが悪いらしく午前二時ごろ起きて考え事をしていました」<br />　鬼頭は、これで行けると思いながら穴守を連れ出すため留置所に行って声をかけた。<br />　「お早う、どうだ。寝られたか？」<br />　穴守の目は充血していた。<br />　「……」<br />　調べ室に来るまでの様子を見ながら後ろを歩いている鬼頭を気になるらしく、盛んに振り返る。鬼頭は敢えて無視した。そして言った。<br />　「前を見て歩けよ、ほら…」<br />　鬼頭はきょうは、一気に攻めることとした。小山田警部補は既に机に座っていた。鬼頭が穴守を座らせると穴守のほうから、鬼頭に話しかけてきた。<br />　「刑事さんよ、思い出したことがあるんですが…」<br />　ーーじゃ、これから始めるから…小山田君、いいねっ<br />　鬼頭は小山田警部補にわざと確認を取りながら、喋りたい穴守をけん制した。小山田警部補は準備ができていたが、鬼頭の言葉を察して、わざと時間をかけた。そして、数分は過ぎただろうか、どうぞと鬼頭に合図を送った。<br />　ーーそれでは何か言いたいことがあるのかね<br />　「昨日の件なんだけど…まず七月二日は後藤田と会っていました」<br />　ーーそうだよな、俺たちは通信を聞いたと言ったろう。声なんか声紋鑑定すれば分かるんだからさ。嘘を付いてもだめなんだよ。全部言ってみな？<br />　「バックは女房に買ったものでなく、友人の後藤田に頼まれたもので二日に彼に渡しました」<br />　ーーおまえ、そこまで嘘で固める気か？<br />　鬼頭は黙り込んだ。十分経ってもさらに、黙っていた。<br />　穴守の様子がおかしくなっていくのに気が付いた。あの傲慢な態度は…さらに数十分の時間を置いた。<br />　ーーじゃ話しを変えましょう。みちのく連合っていうのを知っているかね？<br />　「はっ=みちのく連合？…」<br />　ーー知っていますね？<br />　「知らない=。そんなの知らんよ…」<br />　ーー君の青春時代は、何だったのかね？<br />　「青春時代？」<br />　ーー君の青春時代は素晴らしかったのか。それとも、つまんなかったのかどっちだった？<br />　「おれかー、普通だな。刑事さんは」<br />　ーー俺も普通かなぁー<br />　なぜか、鬼頭は穴守の質問に答えていた。あることを思い出していたのかもしれない。<br />　ーーみちのく連合について答えてくれないか。<br />　「なんで、そんなに遠回しに聞くんだよ。えっ。弁護士を呼べよ=弁護士をよ=」<br />　穴守は突然、興奮しだした。落ちるには時間が要らないと鬼頭は思った。<br />　ーーまぁ、いいや。それはとっておきの楽しみにするか…<br />　「……」<br />　ーーじぁ、もうひとつ。赤いアウディの車は好きか？<br />　「……」<br />　ーーコマーシャルにね「よーく考えよう」というのありましたよね？良く考えて下さいよ。<br />　「……」<br />　穴守の第一回目の黙秘が来たようだ。こんな時は雑談に限る。雑談に応じるのだから、今後はテクニックだけだと鬼頭は思った。<br />　こうしてジョークも飛び出したが、鬼頭自身の心にも大きなシミが残った。一人になりたかった。大野村、オオノムラ…。思い出すまいとしても…どうしても頭から離れない…。いけない…。その前に自分は警察官であるべきだ…。<br />　明日は拘留尋問の日だった。どうしても今日中に、覚せい剤の件は認めさせないと…鬼頭は高圧的に出てみた。<br />　ーーどうだ=穴守=<br />　自分でもびっくりするほど大声だった。<br />　「何ですの？」<br />　突然、抑揚が東北弁になった。落ちる瞬間とみた。<br />　ーー覚せい剤は認めるな=後藤田に渡した件だよ=。男だろうお前=。それ以上、俺に言わせる気かよ=。あのグッチから…モンが出たんだよモン=。モンって分かるか？<br />　「指紋でしょっ…」<br />　鬼頭は今度は、ゆっくり時間をかけた。次の質問はしなかった。それは相手に時間を与えていたのだ。十分な時間だった。指紋が出たことは。もはや「秘密の暴露」でもなんでもなかった。なぜなら、熱海のホテルでの密会は映像があるからだ。しかし、映像の存在だけは隠した。<br />　「私の記憶違いでした。認めます…申し訳ありませんでした」<br />　約七、八分はかかった。ようやく認めたのである。意外に短いほうだ。これで第十七条の譲渡及び譲受の制限及び禁止は立件出来た。<br />　鬼頭はこれで一拘留は乗り切れると確信した。「あとは十三条だな。大阪府警に負けられない」と唇を噛んだ。<br />　ーーそれが男なんですよ。ねっ。穴守さん=<br />　「……」<br />　ーーで…幾ら、貰ったの？お金をさ<br />　「いゃ、渡してくれって…頼まれただけだから…売買でないので…」<br />　ーー今度は…そうしてシラを切るのですか？<br />　「……」<br />　ーー……<br />　「……」<br />　ーーあのねっ、俺たちは=あなた方の電話の会話を録音しているの=…<br />　「……」<br />　ーーまだ分かんない=。電話の声を信じないのなら…君の声との声紋鑑定だってできるんだぜ=<br />　「……。五百㌘あったので…二百五十万円貰いました…」<br />　ーーそうだよね=。よく言ってくれました=。奥さんの口座に振り込んだんだよね=。どうだっ=。楽になっただろう？<br />　「刑事さんさ、これでもう終わりだろう？全部、認めたんだから…」<br />　ーー今、何時だ=もうこんな時間か。ようし。では今日のまとめだ。明日は地検送致だからさ。穴守さんよ。明日は検事さんだからね。<br />　逮捕令状による通常逮捕でも緊急逮捕でも、警察に逮捕された被疑者は、四十八時間以内に地方検察庁に身柄とも送検される。朝の午前七時から八時の間に警察署からバスに乗せられ、集団移送されるのだ。そしてその日は二十四時間が検察官の持ち時間なのだ。<br />　穴守にも鬼頭にも精神的に長い一日だった。「今夜は眠れない」と思ったのは穴守ではなく鬼頭だった。鬼頭に電話が入った。風間理事官からだった。<br />　「風間です。どう、手間がかかりそうか？」<br />　「いゃ、覚せい剤の譲渡は認めました」<br />　鬼頭は、言葉が少なかった。やや時間を置いて風間が続けた。<br />　「それで大阪府警のベーやんからなんだけど、覚せい剤の入ったポーチから穴守の指紋が出たという報告が来たよ。使えるだろうと思って…」<br />　「分かりました。ありがとうございますだが…。だろうと思って既にその手は使いましたよ」<br />　風間からは、その他府警の調べの内容、警視庁捜査二課の地下銀行の捜査報告など次々に聞かされた。そして明日、打ち合わせのため本部に来るよう指示が出された。<br />　「分かりました。理事官ね、私は今夜、署に泊まりますから…」<br />　「良いよ。で、また、どうしてそんなことになるの？」<br />　理事官が聞き返した。<br />　「ちょっと一人になって整理したいことがあるので…」<br />　鬼頭は歯切れが悪いと自分で感じたが、理由を隠した。理事官は、それ以上突っ込んでこなかった。阿吽の呼吸だと思った。<br />　鬼頭は生安課長横のソファーで寝ることにした。<br />　「鬼頭警部、鬼頭警部…」<br />　枕元で、誰かが呼ぶ声が聞こえた。<br />　城西署防犯係りの女警さんの白鳥警部補だった。<br />　「どうなさいました。だいぶ疲れているようでしたので…。起こすのを気が引けたのですが…良かったら、署の五階に仮眠室があるので…まだ一時間はありますよ」<br />　鬼頭は時計を見た。午前七時だった。<br />　「早いんですね。ありがとう…。もう起きます。きょうこれから…。そうだ送致だっけ」<br />　鬼頭は、髪の毛を気にしながら留置室に走った。その仕草に白鳥は、吹き出した。<br />　歯磨きを済ましたころ、携帯が鳴った。妻の絵美からだった。<br />　「貴方、着替えをどうなさいますか？。お持ちしますか？」<br />　絵美のこの声が、今朝は何故か特に優しく聞こえた。<br />　「そうだな、今日は調べがないから…。帰れると思うから…いいや」<br />　鬼頭は、母親と絵美の年齢をだぶらせた。絵美は私より五つ年下だから今、五十四歳。母は五十二歳で亡くなっていた。「母と妻の年齢を比べてどうするのか？」と自分で思った。そうしたら鬼頭は「母ちゃん。どうすれば良いんだ」と、思いっきり絵美にすがって泣きたくなってきた。<br />　鬼頭が新橋の特命捜査官室に着いたのは午前九時を少し過ぎていた。署長報告を済ませてからの出発となったためだった。<br />　部屋に着いたのは丁度、警視庁ニュースが流れている途中だった。警視庁では毎朝九時に庁内ニュースを全館放送する。当然、管内の百一署にも一斉放送されるのだ。<br />　「警察庁の重森課長が君の話しを聞きたいと言っていた。午前中、二人で行くか？」<br />　理事官からの言葉だった。鬼頭は、コーヒーをすすりながら、理事官に聞いた。<br />　「よろしいのですが…理事官のご都合は？」<br />　「ご都合？どうしたの今日は。いやによそよそしいですね。もうよその人になってしまいましたかな？」<br />　礼によって理事官のジョークが飛んだ。<br />　「会議があるのではないでしたか？昨日は理事官がそう言っていたような気がしたので…」<br />　「会議と言っても、午後の都合の良い時に君との打ち合わせと二課とのすりあわせでもしようと思っただけだよ。それに…」<br />　理事官が口籠もった。<br />　「それに…は何ですかね？」<br />　「いや、地下口座の件。二課が調べている名義人の木川田鈴子だが…。名義人だけでなく穴守を調べたいと二課が言ってきた場合、十日で渡した方が良いのか、どっちか片方だけとは行かないような気がしたのでね…」<br />　鬼頭もどうするかと気になっていた部分だった。覚せい剤を完全に絵を描くまでには、まだまだ一日だけの感触では読み切れない部分もあった。<br />　「どうでしょう。一応、昨日は北朝鮮との仕事関係は素直に認めました。勿論、覚せい剤五百㌘を二百五十万円で後藤田に売ったこと。二百五十万円は木川田の口座に振り込ませたという事実は認めています。時間的に北朝鮮と覚せい剤の関係にまで行けなかったがある程度の時期が来たら、二課と同時に調べるという方法はいいのではないのかと…」<br />　風間が鬼頭に聞いた。<br />　「個々の話しだからだが…これからは組織の部分に入るとなると、金の流れと絡めて調べたほうが強いような気がするのだが…鬼頭君はどう思うかね」<br />　鬼頭も是非、そうしたいと思っていた。そうすれば私情を挟む余裕はないと思ったからだ。<br />　「勿論、中心は北朝鮮から流入する覚せい剤の国内密売組織の解明にある訳で…鬼頭君の調べが中心で良いのだから…。鬼頭君ね。重森課長とあらかじめ打ち合わせしておいてから、二課との話し合いに臨んだほうが良いと思うんだよ。それで…」<br />　鬼頭もこの風間理事官の意見に賛成だった。<br />　重森に電話で時間の打ち合わせをすると重森は午後一時からではどうかという。風間は捜査二課長の石本に電話、その内容を伝え「警察庁が終わり次第に打ち合わせを開始する」ことで一致した。<br />　警察庁の十八階の重森薬対課長の部屋には、刑事局の捜査一課理事官などが集まっていた。生安からは霧島企画課長、警備局からは小嶋外事課長も来ていた。会議でもないのに感心の高さが分かった。<br />　「ご苦労さんです。ちょっと聞かせて貰ってもよいでしょうか？」<br />　小嶋課長が風間理事官に聞いてきた。風間は、面食らったように驚いた。<br />　「そんな、もう解決ではありませんからね。私のほうは重森課長に報告と打ち合わせに来ただけですから…」<br />　重森が言った。<br />　「もう、どうしようもないのですよ。警視庁から鬼頭さんと風間さんが来られると言っただけで、こうなんですから…」<br />　鬼頭は笑顔で答えた。重森から大阪府警と宮城県警、新潟県警の報告が読み上げられた。<br />　「大阪府警ですが、後藤田に関しては警視庁と合同で熱海の大オペレーションを展開して、後藤田の事務所にガサ入れをした結果、穴守から受け取った覚せい剤入りのポーチをそのまま押収することに成功しました。組対法違反容疑で別所警部が調べていますが、事実関係については後藤田は認めているようです」<br />　重森は続けた。<br />　「次に宮城県警ですが、覚せい剤とは別に警視庁との合同捜査となっている新城商会関係の捜査です。穴守と木川田の身柄以外の調べでは、北上の関係者はベラベラとまでいかないまでもある程度の供述が得られており順調のようです。但し、覚せい剤の部分になると『知らない』の一点張りで、その部分は極々、一部の少数の関係者しか知らないのではないかと思われます」<br />　さらに続けた。<br />　「新潟県警ですが、羹相進は外事と捜査一課、生安との調べを進めていますが、最初の捜索で押収できなかった覚せい剤が軽井沢から約二百㌘、それに土砂崩れで潰れた佐渡島の小屋を発掘した結果、北か中国から送られたと見られる包装紙が何枚か発見されました。さらに帳簿関係では、東京四葉銀行横浜支店の木川田鈴子名義の口座に、何回かの振り込みを確認していると言うことです」<br />　風間が喋りだした。<br />　「穴守は鬼頭警部が調べて、昨日は、後藤田への覚せい剤の譲渡は認めました。きょうは地検送致なので、乞うご期待というところです。それで捜査二課の地下口座ですが、きょう午後からこちらの報告、今後の連携と併せて打ち合わせることになっています。これまでのまとめでは刑事局には報告が済んでいると思いますが、金の流れはほぼ解明。問題は中国の口座関係で警察庁の返事待ちとか言っていましたが…」<br />　風間は小嶋外事課長の顔を見ながら説明したため、小嶋が答えを出さざるを得なかった。<br />　「なんだか捜査会議になってしまいましたね。北朝鮮にいる北上の件は現在、警察庁と中国公安部との間で中国人犯罪組織の関係で国家公安委員長も訪中するなど関係を深めていることもあり、ＩＣＰＯの手配も含めて手配は万全です。それに…例の海南物産の梁伯一の件については、まだ回答がありませんが、きょう催促してみます」<br />　風間が、重森に相談した。<br />　「それでですね、穴守の調べなんですが、現在、鬼頭警部が覚せい剤中心にやっていますが、少なくても一拘留までは覚せい剤中心に調べを進め、地下銀行関係はその都度、調べに入るという方針では如何でしょうか？」<br />　重森と同時に小嶋課長も「その方が良いのでは…」と答え、小嶋課長だけがさらに続けた。<br />　「そうしてもらえれば、途中で中国の情報が入れば大いに役立つのではないかと思われますが…」<br />　最後に霧島生安企画課長がこう付け加えた。<br />　「重森君な、どうだろう。警察庁で全ての関係する警察本部捜査責任者を集めて一度、合同会議を開いては…」<br />　「分かりました。一度開こうと思ってはいるのですが…、計画ばっかりで…局長に聞いて決めましょう。それにしても、きょうは風間さんと鬼頭さんの報告だったはずだが…こんなに盛り上がってしまいましたね」<br />　重森はこう答えて打ち合わせ？は終了した。<br />　警視庁に戻った風間と鬼頭は捜査二課長室を訪れた。課長室には石本課長のほか捜査二課の伊藤管理官が同席していた。石本課長が口火を切った。<br />　「詳細についてはチャートにしておきましたので検討して下さい」<br />　伊藤管理官が続いた。<br />　「その図解にもありますが、四葉からの引出し役は木川田のカードを使っていますが、実際は新城商会の会計担当の井森敦夫が担当していました。それを東京大東銀行新橋支店の淋公平名義の口座から香港の外資系銀行香港支店に送金。口座名義人は梁の経営する海南商会です」<br />　管理官はさらに続けた。<br />　「それで、その先ですが現在、中国公安部に照会中ですが、香港支店からは何人かの中国人が引出していることが確認されました。ボスは福建省にいるらしいのですが、大部分は海南商会の梁に渡っています」<br />　管理官は、「続けて良いですか？」と石本課長に念を押して<br />　「この梁の経営する海南商会は海産物の業者でアサリとか蟹類、松茸なども扱っており、北朝鮮との取引が一番多いそうです。ここから先が問題なのですが、実は中国公安部が数年前から薬物マフィアの取り締まりに乗り出していたのですが、そのきっかけとなったのが海南商会の関連企業でした」<br />　「つまり、北朝鮮から流入する覚せい剤の調合を行っていたことが分かり、関連会社を摘発したのです。関係資料が必要なら捜査員を派遣すれば協力すると言ってきています」<br />　鬼頭は一つ確認しておかなければならないことがあった。伊藤管理官に質問した。<br />　「伊藤管理官、中国の海南商会は商事ではなく正式には何ていうんですか？」<br />　「海南商会が正しいようですよ」<br />　今度は風間が鬼頭に聞いた。<br />　「北朝鮮の覚せい剤が中国で調合されていた…純度が高くなくなっている？」<br />　鬼頭が答えた。<br />　「その通りです。中国経由でも入るものは調合していると言われていました」<br />　風間は納得した。伊藤管理官はさらに続けた。<br />　「問題は、現在、中国公安部に現金の流れについては照会中です。問題は中国から日本の何処にどうして届けられたかという品物の流れなんですが…これは私の方は進めていませんでしたが…」<br />　鬼頭が口を開いた。<br />　「新潟県警が土砂で埋まった小屋から送り状が付いているとみれる小包の包装紙を発見していて、品物の流れは、こうした物からたどる方法だってあると思います」<br />　鬼頭は、さらに<br />　「厚生労働省の麻薬取締官事務所とか入国管理局の横浜とか成田とか関西空港とかの支署の協力を得ながら手がかりは掴めるはずですから…」<br />　「分かりました。そちらの方で宜しくお願いします」<br />　石本課長が風間らにお願いした。風間からの質問に移った。<br />　「それでですね。穴守の調べなんですが、きょうは送致日ですが、拘留決定後なんですが、同時にしますか？それとも…」<br />　伊藤管理官が答えを引き受けた。<br />　「それでこちらは、四葉に振り込んでいた関係者の捜査にも人員が取られておりまして…はっきり言って手がないのです。銀行関係では事実上の実行犯の井森敦夫があれば良いのであって、組織的にはトップの穴守の確認程度だと思います。ですから、しばらくの間はそちらにお願いすることになると思います」<br />　石本課長は「それで良いのでは」と言ったあと、付け加えるように言った。<br />　「風間さんね、鬼頭さんの落としのネタが必要でしょうから、私のほうから進み具合にもよりますが、情報は可能な限り提供しましょう」<br />　「ありがとうございます。助かります」<br />　鬼頭と風間は、礼を言って捜査二課長室を出た。鬼頭は立ち上がった瞬間、めまいを感じた。「疲れているのかな」と思った。<br />　風間は新橋分室に帰るという。鬼頭は、このまま城西署に向かうことにした。丸ノ内線の霞ヶ関駅に向かって歩き出した。やはり鬼頭はめまいを感じていた。ホームに着くとすぐ電車が入ってきた。空いている時間帯だったので鬼頭は座席に座れた。池袋は終点なので乗り過ごすことはないだろうと思った。<br />　ところが誤算だった。鬼頭が気が付いた時には新宿駅だった。池袋からまた新宿に乗ってきたことになる。時計を見た。午後四時半だったから、一往復したことになるのか。<br />　鬼頭が城西署に着いた時には、副署長も署長も会合があるので署内にはいなかった。生安課に行ったが課長も不在だった。帰って来ないという。鬼頭は風間に電話を入れ、きょうはこれで帰ることにした。<br />　鬼頭が荻窪の自宅に着いたのは七時前だった。絵美がビックリしたように鬼頭を迎えた。<br />　「どうなさいました？顔が青いようですが…」<br />　「あぁ、寝ていないんだよ。書類の点検で…」<br />　「定年まであと一年…気をつけて下さいよ。若くはないのだから…」<br />　鬼頭は妻のこの言葉に感極まった。胸に顔を埋めて泣きたい衝動にかられた。<br />　「きょうは幸子も泊まりなので、貴方の帰りも遅いと思っていました。外に食べに出るのはお疲れでしょう？。何か出前でも取りますか？」<br />　絵美は長一郎を気遣った。鬼頭は疲れていたが、このまま絵美と二人でいると、なぜか居た堪らない気がした。<br />　「外に食べに行くか。久しぶりのデートだな」<br />　「疲れているようなので、焼き肉にでもなさいますか？」<br />　鬼頭はできるだけ笑顔を作った。穴守の事は妻にも言えないと繰り返した。<br />　「そうだな、焼き肉で良いよ。ジュージューはダメだぞ」<br />　妻がビックリして聞いた。<br />　「ジュージュー？何ですか？そんな店ありましたっけ？」<br />　鬼頭は笑いながら説明した。今、やっている仕事の関係している焼き肉屋の話しだと言った。<br />　二人はビールで乾杯した。<br />　「あらっ、きょうは、浦霞でなくても良いのですか？」<br />　絵美は鬼頭がビールだけを注文したことを気にした。鬼頭はめまいがするので酒を飲むのを控えたのだった。<br />　絵美は風呂で久しぶりに長一郎の背中を流してくれた。絵美は、長一郎の背中を見て年齢を感じた。<br />　捜査二課が求めていた中国との物の流れについて、新潟県警から回答があった。<br />　風間のところにチャートと捜査の途中報告が寄せられたのである。<br />　羹の調べ状況によると、工作船に乗っていた羹弟の連絡は携帯だけでなく会社の電話でも月に数回の割合で通話していた。<br />　双方の連絡が取れるようになったのは事件の二年前の夏から。新潟西港に万景号が入港した際に金宅間という北朝鮮の政府関係者が羹を訪ねて来て、その政府関係者に「弟に渡して下さい」と日本の携帯電話を土産物として渡してからだったという。<br />　北朝鮮国内の要人が持っている携帯は日本製品だけには限らず、欧州のノキアなどの製品も出回っているという。<br />　羹が北京に行って弟と会った目的は無線関係の話ではなく、貿易関係の話しで、北朝鮮が外貨を稼ぐ必要があるため海産物関係の業者の紹介を依頼されたという。<br />　しかし、覚せい剤のことになると、極端に黙秘を続けているのが現状だった。<br />　佐渡島で押収された小包の差出人関係では、北朝鮮ではなく韓国が多く漁業無線機の修理部品の依頼品、つまり顧客との荷物のやりとりだったことが判明した。<br />　このため鬼頭は風間と相談し、伊藤光太郎特命捜査官に税関関係の調査を含めて中国の海南商会関係の全面的な捜査を依頼。伊藤は早々、北京に飛んだ。<br />　<br />　鬼頭は調べのある日は、いつも一時間以上前にデスクに座る。前回の供述調書を全部点検してから、昨夜の被疑者の行動について看守に詳細に聞く。食事の状況から会話、態度、睡眠状況までだ。そして、留置所には必ず自ら迎えに行く。<br />　これらは全て先輩から伝授されたものだが、真似をしても相手の心を読めるものではない。何度も繰り返しているうちに刑事という魂が会得できるものであり、従って他の刑事に勧めるものでもない。<br />　そして、調べ室の机に向き合ったさいにかける言葉がある。<br />　ーー寝ていて心配事はありませんでしたか？例えば、うなされたとか…<br />　これは決まり文句だ。このような質問で、顔の表情が変わることがあるからだ。看守の存在があり「監視されているのでは…」と被疑者は気になっているはずだ。<br />　穴守は「何もない」と言った。<br />　ーー今日は八日ですね。七夕様ですか？。仙台の七夕は八月でしたね。お飾りは作ったことありますか？<br />　穴守は、何も答えなかった。<br />　ーー私は仙台に住んでいたことあるのですよ。ところで、木川田さんですか？奥さんの。戸籍では穴守鈴子となっていますね。なんで四葉銀行の名義人に木川田姓を使っているのですか？。<br />　ーー話しずらいのでしたら、こちらから言いましょうか？<br />　「……」<br />　ーー言いたくなければ言わなくても結構ですよ。我々が組み立てますから…間違ったら言ってくださいね。組み立てると言っても証拠に基づいてですからね。間違ったまま話しを進めるとね、後で、貴方自身が辻褄が合わなくなって困るんですよ。こちらとしては理路整然と話しているつもりですからね。<br />　「……」<br />　ーーさらに言うとね。こちらの調べは、ガラス細工のように組み立ててあるんですよ。<br />　「……」<br />　ーー次に進みますね。黙秘なら結構ですよ。我々の方に記録は残りますからね。判断材料にはなるんですよ。<br />　「あのさ、朝から、何をベラベラ一人でまくし立てているんだね=」<br />　ーー貴方が、答えないので時間がなくなると困るので…ね。だったら答えて下さいね。無理にとは言いませんから…。貴方の会社には経理部とか営業部とか部は幾つあるのですか…。<br />　「部かよ。確か…五つだよ」<br />　ーーその中で経理部の格は、格と言っても、核爆弾の核ではなくて、格上とか格下とかいうあれですよ。社長室より力はあるんですか？<br />　「んな訳はねぇだろうよ。うちは社長とは言わんがなぁ」<br />　ーーでは、何と呼ばれているんですか？中東貿易協力会の会長さんですか？<br />　「あれは商売でないからさ。親父さんて呼ばせているんだよ」<br />　ーーほう、中東貿易協力会は商売には関係がないと言うんですか？<br />　「金儲けどころか金を食う虫だよ。世話役だけなんだよ」<br />　鬼頭は、穴守の朝の表情が硬かったので午前中は土俵に上がるのを見合わせた。中東貿易協力会なる実体の把握に努めた半日だった。<br />　午後は、一つだけ攻めたかった件があった。金山剛の件だった。<br />　ーー東京の古物商の金山さんの件だがね。アウディに乗っているの知っていますよね？<br />　「なんなんだよ、この前からアウディ、アウディってよ。何を聞きたいのか？」<br />　ーー良く覚えていましたね。たった一度しか言っていないのを…<br />　「俺はよ記憶がいいんでな。なんでおかしなことを言うんだと記憶していたのよ。なんなんだよアウディはよ」<br />　ーーそんなに気になるのですか？<br />　「言ってみろよ。答えてやるからさ…」<br />　ーーじゃあ聞きますね。しっかり答えて下さいね。<br />　鬼頭はわざと時間をかけた。表情を見るためだった。<br />　「早く言えよ、早く…」<br />　ーー……<br />　「……」<br />　ーー広瀬川の河畔にあったアウディ、つまり金山さんが乗っていたアウディに貴方が乗ったことありますか？。<br />　「金山？…」<br />　ーー知らないといっちゃぁ、いけませんよ。証拠があるんだよ、証拠がな。<br />　「誰も知らないなんて言ってませんよ。金山と言うからピンとこないんだよ。あれはボクって言うんだよ。木辺にトを書く朴。確かにアウディに乗っていたな。それが仙台市の広瀬川にかかる澱橋のたもとにあったと言うから部下に『動かせ』と言ったまでではないか。それがどうした」<br />　鬼頭は「しめた」と思った。金山では泣く「朴」を自ら暴露したことになる。<br />　ーーほう、何で東京の人が仙台の橋の上に乗用車を置いていたのですか？私は乗ったことがありますか？と聞いただけなんですが…<br />　「電話があってよ、『今、仙台にいるんだが、商売で今から電車で 北海道の函館に行く用事が出来たが、パンクしたので預かってくれないか』と言われたから、部下に命じて修理工場に預けただけだよ」<br />　ーーそれが、偶然にも貴方の経営する自動車修理工場だったという訳ですか？<br />　「おれは経営していないよ…。塩釜の穴守の親類関係者がやっている工場だよ…」<br />　ーーそれは何処にある工場ですか？<br />　「塩釜に行く途中の多賀城というところだよ」<br />　ーーそれで…電話は直接、朴さんから架かってきたのですよね。携帯から…何時ごろだったのですか…<br />　「何時頃って、そんなの覚えている訳がないだろう=」<br />　ーー嘘はありませんね。ではもう一つあります。我々は、貴方が朴さんから電話が架かってきたという日ですが、貴方の会社の着信記録を全部調べたのですよ。時間がかかりましたがね。警察は刑事訴訟法で調べることが出来るんですよ、これが…<br />　「……」<br />　ーーところがどう調べても着信記録がないのですよ、これが…<br />　鬼頭は刑事コロンボの真似までした。<br />　「俺の携帯に架かったから会社の電話なんて調べても、ねぇのは当たり前だろう」<br />　ーーいゃ、違います。<br />　「どこが違うんだよ…」<br />　ーー貴方の携帯は二台ともですね。はい、全部調べさせてもらいましたよ。<br />　「……」<br />　ーーそしたらね。貴方の携帯には北上という人物から三回も電話が架かっていましたよ。あの日にね。<br />　「……」<br />　ーーその北上を知っていますか？<br />　「刑事さんよ空想でモノを言うなよ。着信記録調べたかどうか知らねぇが、間違い電話だってあるんだぜ」<br />　ーーなるほどそうですか？…<br />　「……」<br />　ーーそれでね。朴さんつまり金山さんが殺された日、三月二十日の夜だ。午後の九時ごろ澱橋ですか、あの広瀬川にかかる橋の…その近くのスポーツセンター前で北上と金山さんが言い争っている情報を寄せた目撃者と言うか協力者がいるんですよ。<br />　「……」<br />　ーーどうですか？それに押収したアウディから貴方の指紋も出たんですよ。貴方が乗っていたことは確実ですよね。<br />　「また指紋かよ。そんなの知らんよ。誰がそんなでたらめを言うんだよ…」<br />　ーー貴方は金山さん、つまり朴さんが殺されたことをいつ知りましたか？<br />　「ニュース見て知ったよ」<br />　ーーそれで…アウディを何で届けなかったのですか？<br />　「部下に指示したので届けてあると思っていたよ」<br />　ーーそうですか？では、なんで車内から指紋が出たのでしょうか。話しのつじつまが合わなくなると困りますので…答えてくれませんか？<br />　「……」<br />　ーーもうひとつ決定打があるんですよ…これが…傍受記録が…ねぇ<br />　「メシ食わせろよ。何時なんだよ、お前、もう暗くなっているよ。違法な聴取だよこれょ。明日弁護士の接見があるからよ。問題にするからよ。いいなっ。鬼頭さんよ」<br />　ーーそうでしたね。終わりましょうか？。<br />　その夜、鬼頭は朝陽商事の捜査会議に出た。会議は緊急だった。<br />　「鬼頭さんのおっしゃった通りになりました」<br />　城西署の生安課長が鬼頭に駆け寄ってきて囁いた。<br />　署長、副署長、刑事課長など幹部が集まった。生安課長が立ち上がり、得意満面の顔で喋りだした。<br />　「鬼頭警部からの指示で九州の頴娃町に捜査員を派遣しておりましたが、その本庁薬対の捜査員と本署の捜査員が帰って来ましたので、捜査の結果報告をして貰います」<br />　「薬対の小野塚です。今回の捜査は、例の朝陽の赤のベンツがＮシステムでヒットした指宿市の海岸線で聞き込みをしてまいりました。その結果を報告します」<br />　「カーナビの記録にありました指宿枕崎線のレストランで、社長の帳と副社長の林功一など複数の顔写真で首実験した結果、複数の従業員が林の顔を指して『この人が東洋系の人と食事に来た』という証言を得ました」<br />　野口署長が声を出した。<br />　「おい、時間的には…」<br />　「あの最後の通信記録があった九月××日です」<br />　小野塚が答えた。さらに野口署長が聞いた。<br />　「東洋系と言っても北朝鮮とは限らないだろう。何で結びつくんだね？」<br />　「注文したのがカレーライスとコーンスープ、それに刺身定食というアンバランスだったので記憶しているのと、注文をとるときに一人はまったく日本語がダメで朝鮮語を話していたそうです」<br />　小野塚は林の住民票と朝陽商事の経歴書を示しながら続けた。<br />　「林副社長は在日朝鮮籍の人物であり、朝鮮の言葉は話せるそうです」<br />　さらに小野塚から驚きの言葉が飛び出したる<br />　「例えば、北の工作員が日本に上陸しますよね。言葉が通じないですよね、あの周辺には深夜コンビニがいっぱいあるんですよ。それで買い物をするのではないかと思い、防犯ビデオを捜しました。見つかりました。その写真がこれですが、レストランで確認したら間違いないことが分かりました」<br />　その場は騒然となった。みんなが写真を見るため集まってきた。署長が言った。<br />　「これが、北朝鮮の工作員だと言うのか=」<br />　鬼頭が続けて聞いた。<br />　「やりましたね…。ところで林の調べは順調に行っていますか？。私は穴守の調べに専念していて申し訳ありませんが…」<br />　生安課長が答えた。<br />　「林は下町で調べていますが、Ｎシステムとカーナビの組み合わせにはビックリして、もう『何でも話します』と言っているそうです。完落ちになるのでしょうかね」<br />　野口署長が笑いながら言った。<br />　「もともと帳社長と意見が合わなかったのではないの？。肝心の帳はどうなっているんだ」<br />　「現在は金の流れを中心にしております。それで、狙いは林との供述の食い違いを突くために、九州の結果待ちのため、まだ触っていませんでした」<br />　調べを担当しているキャップの榊原特命捜査官が答えた。署長も鬼頭も納得した。そして林の調べに期待感が持たれた。<br />　鬼頭が榊原に訪ねるように聞いた。<br />　「榊原君さ、国税の件は察庁から何にも言って来ていないのかね？」<br />　「何にも…私の方としては、金の流れはむしろ穴守の地下銀行に送り込んだことなど資金の流れと薬物関係を掴めばよいから、面倒だから預貯金とヤミ金関係は国税に渡そうと思っているのですが…」<br />　鬼頭も署長もそれで良いのではないかと思っていた。野口署長が鬼頭に言った。<br />　「鬼頭ちゃん、風間から聞いたんだが…二課が入る時で時間が空けば下町の林も見ておいた方が良いんでないのかね。実は…あれが心配なんだよ。ほら、朝陽の元社員で評論家がいたろう？何て言うんだっけ？」<br />　鬼頭にとっては隠し球だったのだ。<br />　「伯でしょう。あの関連は大丈夫ですよ…使い道がありますから…」<br />　こうして城西署の捜査本部が進めていた朝陽商事の金の流れからキカワダ名義の口座に多額の現金が振り込まれ裏付け捜査も順調で、これらのデータをもとに覚せい剤の流通経路の突き上げ捜査から帳容疑者、林容疑者の関与による覚せい剤密売組織の全容が間もなく、明らかにされるまでになっていた。<br />　翌日の朝、穴守に対する調べを始めてしばらくすると、鬼頭に署長室から呼び出しがかかった。鬼頭は、昨日の弁護士の件かと思った。<br />　「鬼頭君、今朝、石沢弁護士が来署してね、穴守に対する調べに違法な疑いがあると言うんだ。時間外にも調べているのではないか？とね」<br />　野口は笑いながら話し出した。<br />　「昨日の話しでしょう。署長に報告しませんでしたが、調べを約十五分オーバーしただけなんですよ。違法と言われれば…超過したのは確実だから弁解の余地はありません。すみませんでした」<br />　鬼頭は、十五分のオーバーよりも署長に報告していなかったことをわびた。<br />　「分かっているよ。そんなこと一々報告する必要はない。弁護士には『大便する時などでトイレの時間が伸びる時だってある。食事の時間でも超過したり遅れることもある。今回もその範囲内だ』と言っておいた。そして昨日の場合は、『時間だから…と言って途中で調べを打ち切ると被疑者にかえって不利になると考えた調べ官の配慮だったと聞いている』と言ったら、分かりましたと言って帰っていった」<br />　野口署長の配慮には何時も感謝感激の鬼頭だった。鬼頭は調べ室に戻っても、穴守には弁護士の件は話題にしなかった。<br />　ーーところで穴守さんよ、北上という人物は知っているかね？<br />　「知らないね」<br />　ーーみちのく連合は？<br />　「だからどうした？弁護士から何か言われたろう」<br />　ーー署長が応対したら、納得して帰ったらしいな。そんなものはどうでも良いんだ。ところで、あんた、嘘つくんじゃぁねぇーんだよ=穴守=ええ加減にしろよ=こらっ=<br />　鬼頭は立ち上がり、穴守の右側の背広の襟を掴み、揺さぶりながら手前に引き寄せ、睨み付けた。唾が穴守の顔にかかった。態度の急変に穴守は驚いた。<br />　「……」<br />　ーー北上をしらねぇーだと。いつかお前に言ったよな…みちのく連合って…あれよ、暴走族なんだよ。昭和四十五、六年当時のな。その時のチームリーダーなんだよ。ここまで言ったら、もう分かるだろう？<br />　「しらねぇよ」<br />　鬼頭はさらに語気を強めた。<br />　ーーそれでも、知らない=。今度はこっちから教えてやるよ。忘れているってことがあるからな。昭和四十六年八月十日未明、お前が二十二歳の時…塩釜漁港入り口で何があった？<br />　「……」<br />　ーーお前が魚の荷物を市場から運び出している時に、暴走族集団から襲われた。魚がメチャメチャにされてよ。お前は塩釜西署に被害届を出したよな。覚えているか？<br />　「忘れたな、そんな古いことさ…」<br />　ーーお前って、本当に運が良いんだよこれが…。運良くな、塩釜西署にその記録があるの…。示談でお前と北上が握手している写真が…<br />　「忘れていたよ」<br />　ーーこの事件でな、北上は暴走族を解散することになった訳だ。<br />　「そんな三十年も四十年の前の話しをしたって忘れてるよ…」<br />　ーーその北上がよ、実は大阪の後藤田の組…ほら、なんて言ったっけ？<br />　「篠原組だろう」<br />　ーーそうそう。お前知っているんじぁないかよ。その篠原組の仙台支部として関東連合を立ち上げるんださ…北上が…これ。お前とは運命の出会いなんだよね…<br />　「……」<br />　ーーそれで、お前は後藤田と知り合う訳さ…なっ…そうだろう…<br />　「良く作られている小説だね…」<br />　ーー嘘つくんじゃねぇーんだよ<br />　鬼頭は今度は机を思いっきり叩くと同時に穴守を蹴飛ばそうと足を伸ばした。しかし机の下で見えないため目測を誤り、空振りに終わった。<br />　ーー例の通信傍受でな。後藤田とお前が話しているだろう？再現してやろうか？<br />　「……」<br />　鬼頭は二人一役でだみ声と大阪弁を組み合わせて、落語家よろしく妙技を披露した。<br />　ーーええか、だみ声がお前で大阪弁が後藤田だよ　<br />　　　　…………………………………<br />　　「それでキンはアナやんには何にゆうた？」<br />　　「だからさ、あのバカ野郎がさ俺に一千万出せって言うんだよ。だったらお前は、約束したブツが手に入らないでは済まされない。責任をどう取るんだって言ったよ」<br />　そして、だみ声の男はさらに続けるんだ。<br />　　「だったら出るところに出るって言うから、どうしようもなかった」<br />　　「で、やっちまった？…。大丈夫でっか」<br />　　「奴は骨董（古物）屋だから…もともと俺たちとの接点はない。サツ（警察）にはバレないと思うよ。ただ彼は射っていたようだ。どうも俺たちから出たブツを掠（かす）めていたような気がする」<br />　「二割ぐらいは横流ししてるんとちゃいますか？」<br />　「金はもろうたからええけど…何処に流していたんかなぁ…。ところで会長はん、今度はいつ頃入るんでっか？。それにやっちまったキンに代わる者おるんかね…」<br />　「もう北はだめだ。特に船はな。重油か何か液体に溶かして入れるっていう手もあるとかなんとか言ってたな。単価が高くてしょうがないんだそうだ」<br />　　　　…………………………………<br />　ーーどうだった=穴守さんよ。<br />　「……」<br />　穴守は顔色が変わった。益々無口になって行った。<br />　ーーもっと言ってやろうか？<br />　「……」<br />　ーー東京の朝陽商事って知っているか？<br />　穴守は首を横に振った。<br />　ーーそこになっ。帳さんという社長さんがいるんだ。副社長さんには林功一という人が…なっ。<br />　「……」<br />　ーーその朝陽の銀行口座がさ、ＭＦＧ銀行新宿支店の普通３４８×××…というんだ。その口座から…四葉銀行新宿支店の木川田鈴子名義の口座にさ、毎月八十万円から九十万円の金が送られていたことが明々白々なんだよ？これ、どう、説明するんだよ<br />　「……」<br />　ーーそこの元社員でな、今は評論家している伯という在日朝鮮籍の人を知っているか？<br />　「……」<br />　ーーこの人の電話番号が、殺された金山さんの持っていたメモにあったんだ。お前、番号を知っているか？<br />　「知る訳、ねぇーだろう」<br />　ーーおぅっ、ようやく口開いたね。教えてやろうか。０７０ー５３８×ー×××…という番号なんだよ。記憶にないか？<br />　「……」<br />　ーーこの伯さんにお前は、中東の経済問題で講演を依頼しているね。二年前の春だよ。二年前の何月だっけ…<br />　「ああ、頼んだ」<br />　ーー頼んだよな、これは嘘つけないものね。地元新聞に載っているものね。<br />　「……それで…」<br />　ーーここからが面白くなる。その伯さんの紹介で、マレーシアのサバ州にある貨物船の船会社を紹介された？<br />　「……」<br />　ーー数年前から…数年と言うか七、八年前からになるかな。そこに所属する貨物船で「カリマンタン号」とかが塩釜港に良く入港するようになったよな。間違いないか？<br />　「……」<br />　ーー積み荷はアサリ。時には…松茸ではなくて覚せい剤？を載せてなぁ<br />　「覚せい剤？何を証拠に言えるんだよ」<br />　ーーここに、税関から取り寄せた入港記録がある。その記録と、お前の妻の木川田名義の口座に入る金と出る金が微妙に一致しているんだよ…<br />　「……」<br />　ーーさらに…乗組員が静岡県内のある港で覚せい剤所持で捕まったことがあった。その時、海上保安庁が捜索をした。その時の船員の証言で「ある人から頼まれた」と言ったんだ。その時は「ミスターケイ」と言って、ある番号を持っていた。「８１５×」なんだよ。当時は、何の数字か全く分からなかった。それで…俺たちが解明したよ。何だと思う？<br />　「知るかよそんなの」<br />ーーお前のところの会社の電話番号の市街局番を取った下４桁だよ。そして「ミスターケイ」は敬二郎ということになるんだ。<br />　「……」<br />　穴守の顔が、一瞬、引きつった。<br />　ーーおいっ。これ以上、俺に喋らせていいのか？お前の喋る時間がなくなるぞ<br />　「……」<br />　穴守の唇が、微かに震えているように鬼頭には見えた。<br />　ーー今度は話しを戻すぞ。お前の妻の木川田鈴子の銀行口座から、中国香港の梁伯一さん名義の口座に振り込まれた日時とマレーシア船籍の船の国内各港への入港日時が、これまた微妙に一致しているんだ。微妙にな…<br />　「それで結論は？」<br />　ーー中国公安当局と日本警察庁は相互に捜査協力することになった。日本にはリエゾンオフィサーの設置を決めたんだよ。中国人関係の犯罪が多いためにな。中国の公安部員が日本国内の捜査に協力する。逆に中国では通訳などを含めて全面的な捜査協力が得られる。これは政府間の合意事項なんだよ。それで…気になるか？<br />　「全然…」<br />　ーー中国公安部に捜査員を派遣した。何のためか知っているか？<br />　「ふぅん…」<br />　ーー中国公安部が入手した証拠品は日本国内の裁判資料にはならないのだよ。そこで日本の警察が現地に行って捜査したことにすれば、証拠として採用できるそうなんだ。<br />　「……」<br />　ーーさらに梁伯一については公安部と一緒に供述調書が取れるんだよ…<br />　「……」<br />　ーーどういう犯罪か知っているか？<br />　「……」<br />　ーー今な、ＩＣＰＯ加盟国間ではな、マネーロンダリング防止対策に努めていてな。中国も同じ。マネロンの観点から協力することになっているのだよ。<br />　「それで…」<br />　ーー地下銀行は全世界の警察ばかりか、あのお堅いスイス銀行までもマネロンには敏感なんだよ。まだ分からないの？<br />　「だからさ…どうなるの？って聞いているんだよ」<br />　ーーよって、お前を金山さん殺人教唆の殺人容疑。これは北上が実行犯だ。それに北朝鮮からの覚せい剤密輸入による覚せい剤取締法違反。中国への地下銀行への不正送金の外国為替及び外国貿易法違反。つまりな、国外に送金する際は支払い等報告書提出しないといけないのだが、報告していなかったんだよ。だから外為法違反になるんだ。だいぶ罪が重なってしまったな。何か言い訳があるなら、じっくりと聞きましょうか。時間はまだ、たっぷりあるからな…<br />　「考えさせてくれ…」<br />　鬼頭は事実上、落ちたと思った。</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T16:53:22+09:00</dc:date>
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<title>小説・薬物捜査官その９</title>
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<description>リンク: police story 別室.　小説・薬物捜査官　その９　　　鬼頭倒...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>リンク: <a title="police story 別室" href="http%3A%2F%2Fpolicestory.cocolog-nifty.com%2Fpolice_story_%2F">police story 別室</a>.<br />　<strong>小説・薬物捜査官　その９　<br />　　鬼頭倒れる</strong>　<br />東京・霞が関のある庁舎で極秘会議が開かれた。九州西南海沖における北朝鮮工作船に絡む殺人、漁業法違反事犯の関連捜査をしている警察の全体会議だった。会議には警視庁をはじめ大阪府警、新潟県警、宮城県警、鹿児島県警など三十六都府県警の刑事、生安、公安関係の担当者が集められた。警察庁からは関係局長、担当課長、理事官など幹部が出席している。<br />　各県警が担当している捜査の途中経過等が報告され、警察庁からの最終的な詰めも行われた。さらに、総合調整という名のもとで、お互いに情報を交換する場でもあった。これは〝事案の可能な限りの一本化〟という捜査方針に基づくもの。背景には将来、予想されるだろう広域かつ多様な各種犯罪に向け、日本警察の威信をかけた捜査の総合演習でもあった。<br />　特に注目されたのは、中国公安当局との犯罪捜査協力の進展。米国と韓国の間では、相互に犯罪人引き渡し条約があり、罪種によっては外国人被疑者の引き渡しが行われる。<br />　しかし、条約の締結がない国々では、自国民が犯人と特定された場合、お互いに不利になるような扱いを避けるため、罪はおろか捜査の力は及ばないことになっている。<br />　犯罪のグローバル化が進み、国境を越え、マフィア同士が手を結び組織化する。さらに罪種は窃盗や強盗・殺人だけでなく、それらの犯罪に薬物が絡んだり、銃器や兵器等の取引も絡むなど複雑化。<br />　新たな武器としてはインターネットや携帯電話という通信手段が登場するなど、これまでの捜査手法では追いつかない状況になってきた。<br />　日本国内では来日外国人犯罪が急増し、特に近年は中国人によるそれは組織化。つまり日本の暴力団と手を組むなどの緊急かつ重大な局面を迎えているのが現状だった。<br />　中国、韓国、ブラジル、イランなど各国の犯罪者が手を組むという国際的な組織化も一段と進み、犯罪収益金も金融機関の国際化も手伝ってそれぞれの国内で分配が可能な時代にある。<br />　このため日本警察庁は、中国公安部と連携をとる必要があるとし、この数ヶ月間で国家公安委員長をはじめ警察庁長官も中国を訪れたほか中国からも公安部の幹部が来日するなど犯罪捜査面での協力関係は、急速に進展した。<br />　そのような状況のなかで、北朝鮮の日本に対する国家的な犯罪に対応するためとして、捜査員を中国に派遣し同国の捜査機関である公安部の協力が得られたということは、歴史的にも意義が大きかった。<br />　日中両国は身柄引き渡し条約がなくても、それぞれの国で「国外犯」を適用して逮捕、それぞれの国の法律に照らして罰することも可能になったのある。<br />　中国の海南商会と梁伯一の捜査のため北京に派遣されていた伊藤特命捜査官が帰国。その結果が報告された。伊藤からは、次のような注目される言葉が飛び出した。<br />　「現地の公安部も、自国内における覚せい剤など薬物対策を強力に進めていることもあり、非常に協力的でした」<br />　「例の四葉銀行関係の解明に必要な日本関係者についてですが、公安部は海産物関係取引で親交がある中東貿易協力会の会長である穴守敬二郎が重要な役割を果たしていると見ております」<br />　「以前から取引はしていたが七、八年前にフィリピンで開かれた民間人の中東貿易会議で直接会ってから、二人の間で北朝鮮をネタにした金儲け案が浮上したそうです。話しを持ちかけたのは、梁が北と貿易交流があることを知った穴守からだったということです」<br />　伊藤は説明しながら、数枚の写真を出した。一枚は梁と穴守のツーショットの写真。フィリピンでの会合を終えた後、穴守が海南商会を訪れた際に撮影したものだという。<br />　数枚は日本宛に発送するために梱包にされた小包の写真。宛先に「日本国・中東貿易協力会、穴守敬二郎会長」の文字が見えた。さらに小包を開封した中身の写真があった。中身は白い粉で、中国公安部が日本に発送する寸前に押さえたものだという。<br />　「中国当局は、日本からの連絡で口座関係を調べると同時に、海南商会を手入れをして事件化したもので、小包の中身は覚せい剤でした。日本警察当局が必要なら捜査資料は提供するが梁の身柄は渡せない。なぜなら自国で罰するからだという」<br />　伊藤はさらに続けた。<br />　「中国の公安当局の事情聴取に立ち合ったと言うよりは、司法警察官の私が梁から直接、事情聴取を可能にしてくれました。その調書がこれです」<br />　過去に、国内に潜伏していた北朝鮮の工作員に日本人が拉致された事件があった。この事件で犯人と特定した人物が、実は韓国警察当局にスパイ容疑で逮捕されていた。<br />　日本警察がこの人物を拉致犯人として逮捕するためには供述調書が必要だった。そこで韓国警察当局の取った聴取書の翻訳で可能かどうか検討されたことがあった。結果は法的価値がないと判断された。<br />　警察庁の重森薬対課長が言った。<br />　「これは凄い。どうですか、これで今回の一連の事件は、ほぼ解明されたということですね。問題はこれらの小包がどうやって日本に送られることになっていたのですか？ルートと手段です」<br />　伊藤が答えた。<br />　「国際郵便でも最近は取締当局の目が厳しいため、数年前からは北朝鮮が国交のあるマレーシアの船会社からチャーターした貨物船で、自国からの輸出物である海産物を南浦（ナムホ）港から積み出し、中国の青島（チンタオ）港に寄港。そこで穴守宛てだったり朝陽商事の帳亭植宛ての荷物を積み込んでいたそうです。その伝票の写しがこれです」<br />　「この船会社と穴守の関係は、伯という中東では有名な貿易評論家が間に入っているようです」<br />　伊藤は、供述調書や関連資料を机に並べた。さらに続けた。<br />　「青島に寄港した貨物船は新潟西港や塩釜港などで物（ブツ）を陸揚げしていた。荷受け人により場所を変えていたというのです」<br />　「ちょっと待った」<br />　鬼頭が質問した。<br />　「この写真を見ると、新潟の佐渡通信の潰れた小屋から発見された小包の宛名の部分は、この写真と全く一致する。そうすると、新潟県警も絡んでくることが確実になった訳けですね」<br />　風間が言った。<br />　「捜査二課が言っていたブツの流れがこれで解決した訳だ」<br />　重森課長がこれに続けた。<br />　「よって北朝鮮の覚せい剤の国内流入ルートは、この貨物船による穴守ルートと、朝陽商事が関与したような工作船による瀬取りのルートの存在が明らかになり、篠原組や朝陽商事が操るイラン人密売人の暗躍。新潟の佐渡通信のような特殊販売ルートなども解明できたことになります」<br />　瀬上生安局長がこう結んだ。<br />　「今回の事件では、それぞれが幾つかの役割分担で進められている総合的な犯罪であること。それぞれがまとめ役として暴力団の後藤田やあるいは朝陽商事の帳、あるいは副社長の林功一、北朝鮮関係者の親族で、はい乗り者の羹。評論家と言われるブローカーなどであるが、その背後には、たまたま、まとめ役の穴守のような人物が存在した」<br />　「しかし、日本の法体系や与えられた捜査権からは米国のＦＢＩの様なことは出来ません。したがって今回は、それぞれの県警がそれぞれ担当している事件で法的な手続きを含めた処理をお願いしたい。忘れないでほしいのは手続き上から一見してバラバラのように見えますが、実は、日本警察が一丸となってまとめあげた『一つの事件』であることです。本当にご苦労様でした」</p>

<p>　鬼頭の穴守に対する調べは十三日目に入っていた。伊藤特命捜査官が持ち帰った捜査資料は既に鬼頭の頭の中にたたき込まれていた。</p>

<p>　ーー穴守よ、きょうはな、お前に、素晴らしいプレゼントがあるんだ。<br />　「あんたのプレゼントはろくなものがない…いらないよ」<br />　ーーまぁ、そう見捨てたものではないですよ。<br />　鬼頭は伊藤特命捜査官の捜査結果を詳細に説明した。そして最後に、<br />　ーーこれが、君に対するプレゼントだ。もう良いだろう？…<br />　鬼頭の声のトーンはなぜか力がなかった。後方のデスクでメモをしていた城西書の捜査主任が鬼頭の顔をのぞき込んだ。<br />　穴守は、天井の一点をジーッと見つめていた。三人の動きが止まった。鬼頭には〝刑事熱〟はなかった。気怠さだけがあった。沈黙はさらに続いた。<br />　「刑事さん…恐れ入りました。いつもこんな理詰めの調べをなさるのですか？。全部認めますので、記録して下さい」<br />　穴守が完全に落ちた瞬間だった。七月十六日午後三時八分。穴守は「理詰めの調べ」と言ったが、調べに付き合った捜査主任は「理詰めより重詰め」の調べだと思った。<br />　ーーきょうは、ゆっくり休んでいいから…。明日からいよいよ調書を書くことになります。君と二人で書こうな…。<br />　鬼頭の穴守を見る目に涙が浮かんでいた。穴守もまた、鬼頭に「お願いします」とすがりつくような目で見つめ返した。なぜか？鬼頭は穴守が憎めなかった。<br />　翌日からは、供述調書のまとめに入った。しかし、鬼頭の心の中には「私情を挟んではいけない」の言葉だけが気になっていた。<br />　「私の生まれたところからは…」から始まり、家庭環境から生い立ち、事件の経緯を話し言葉で綴られる。そして最後に、被疑者本人が署名・捺印して終わるのだ。こうして、第二拘留の二十日いっぱいでまとめ上げられた。<br />　供述調書の作成を全て終えた鬼頭が署長室を訪れた。調べ室を出る時から足がふらついていた。署長に終了報告に来たのだ。署長の机の前に進もうとした鬼頭の足が、もつれた。立っていられなかった。<br />　「鬼頭君」と呼ぶ野口署長の声が…遠くで聞こえた。<br />　城西書に救急車が呼ばれた。署長は警務の女性と生安の少年係り主任の二人に付き添いを命じた。そして救急隊員に言った。<br />　「こちらかも手配しておきますが、特異な病気でなければ、しかも緊急かつ重篤な状況でなければ可能なかぎり警察病院に収容してほしいのですが…」<br />　救急車には救命救急医が搭乗してやり、野口署長の方針通り、飯田橋の警察病院に収容された。</p>

<p>　飯田橋の警察病院では、一日半も眠り続けている鬼頭に妻の絵美が付き添っていた。警察庁の重森課長が風間理事官と一緒にやって来た。重森が絵美に聞いた。<br />　「奥さん、どう？あれから全然、目を開けないのですか…」<br />　絵美が答えた。<br />　「はい、先生も心配してくれるのですが…時々、苦しそうにうめくことがあるんです…何か言いたいように…目をさますかなぁと思うんですが…すぐまたイビキなんです…」<br />　風間が重森に説明するように言った。<br />　「心電図も脳波にも大きな異常は認められないということだそうです」<br />　重森が怪訝な顔で聞き返した。<br />　「大きな異常とは…どんなことなの？。小さな異常はあるんですか？」<br />　絵美が答えた。<br />　「いや…あの…こんな状況だから正確な検査ではないので…簡易検査だから…とお医者さんは言っておられました」<br />　「それで、病名は？」<br />　重森の問いに、風間が答えた。<br />　「年齢で肉体も心臓も弱っているのに、無理をしたための過労ではないかと…医者としては動けるようになってから検査をすると言うのです。一カ月は休ませようかと思っています」<br />　「一カ月でも二カ月でも…あんな重大な困難な事件を完落ちさせたんだから…日本警察の財産なんだから…鬼頭さんは…」<br />　風間が重森に話し出した。<br />　「鬼頭警部が倒れたその日の夜、私は城西署で野口署長とともに穴守の供述調書を読ませてもらいました。その時に署長室に同席した城西の生安課の警部補なんですが、こんなことを言うんですね。『鬼頭さんの調べには驚きました』と…」<br />　風間は続けた。絵美も聞いていた。<br />　「そして、被疑者がですよ。最後に鬼頭に向かってこう言ったそうです。『刑事さん、恐れ入りました。いつもこんな理詰めの調べをするんですか？全部認めます』とね。とにかく、ある時は静かに、そしてある時は大声で攻める。冗談も飛び出したり、ここだと思った瞬間、機関銃のごとく、ズバッ、ズバッと証拠を羅列するそうです。その主任は『まるでベートーベンの運命という音楽を聴いているようだった』と表現していました。そして、『理詰めの調べ』と言うよりは、諺に例えて『理詰めより重詰め』の調べだと言うんです。改めて凄い人なんだと思いました」<br />　風間のこの話しを聞きながら、重森は鬼頭の手を握りしめた。微かに握りかえしたような気がした。</p>

<p>　「貴方っ=アナタッ=どうなさったの=」<br />　うなされながら苦しそうにもがいている鬼頭を見て、絵美が鬼頭の体を揺すった。<br />　「貴方=お願い=目を覚ましてちょうだい=」<br />　「重森さんも風間さんも…みんな来て下さっているのよ=アナタッ=」<br />　鬼頭の額には汗が噴き出ていた。絵美はナースコールを押した。<br />　「どうなさいました」<br />　看護師さんが駆けつけてくれた。<br />　「主人がうなされてばかりで、ちっとも目を覚まさないのです…」<br />　看護師は、手で頬をタタキながら、耳元で大声を出した。<br />　「鬼頭さん=鬼頭さん=」<br />　何十秒かあと、鬼頭が目を開けた。<br />　「アナターッ」<br />　絵美がベッドにすがって泣き出した。<br />　「良かったぁ」<br />　重森と風間は言葉を失っていた。間もなく医者も駆けつけ、聴診器を当てながら鬼頭に向かって言った。<br />　「心配しましたよ鬼頭さん。年なんだからね」<br />　鬼頭はうつろな目で重森と風間を見上げて、何かを言おうとした。風間が言った。<br />　「よく眠っていたなぁ。ここ一年分の寝不足を取り戻したか？」<br />　風間の目頭が熱くなった。重森は、そっと目を拭いた。<br />　医師が絵美、重森、風間の三人に説明を始めた。<br />　「ようやく目を覚ましました。年が年だけにね、本来なら、いたわらなければならないのに、事件で忙しかったのでしょう。商売だからしょうがないとしてもね。心臓も段々弱くなって来ているのに加えて、寝不足による疲労が蓄積したものと見られます。血液検査結果を見ても異常なし。脳波も異常ありませんでしたが、心電図で不整脈が出ているようですので気をつけることです。数日間で退院できるでしょう」<br />　水を飲みたいという鬼頭に絵美が、白湯を差し出した。美味そうに本当に美味そうに鬼頭は飲んだ。風間も重森もこんな美味そうな飲み方は見たことがなかった。<br />　「申し訳ありません。ここはどこか…自分がどんな状況か…のみ込めなかったものですから…」<br />　風間が鬼頭と重森を見ながら話し始めた。<br />　「いゃぁビックリしたよ。城西の野口署長から電話があってね、『鬼頭君が倒れた』と言うんです。それでここに飛んで来たんですが…点滴ばかりで話せなかった。それで城西署に戻り鬼頭警部の調書を見せて貰ったのです」<br />　重森が鬼頭の手を握りしめながら言った。<br />　「本当にありがとう。命を賭けた捜査でしたね。お陰様で…我々の希望通り全部が身柄とも送検でき、起訴もできました。長官も次長も君のことを心配していましたよ。ゆっくり休んで…なんだったら奥さんとゆっくり温泉にでも行って癒して下さい」<br />　暖かい言葉だった。<br />　鬼頭は病院内で一人でいるときはベッドでボケーッとしていることが多かった。ただ、一点をジーット見つめているのである。看護師たちも、そんな鬼頭を見て心配していた。<br />　それから五日後だった。鬼頭に退院の勧告が出された。妻の絵美と幸子が迎えに来てくれた。鬼頭はその足で、城西署に挨拶した。出迎えてくれた野口署長をはじめ署員から「退院おめでとう」の花束が贈られた。</p>

<p>　退院して一週間ぶりに新橋分室に出勤した。風間理事官が待っていた。<br />　「どうしたんだよ、元気がないようですね。まだ、休んだほうが…」<br />　鬼頭は、体の病と言うよりは心の病だとは言えなかった。<br />　「申し訳ありませんでした。お陰様で…病気で入院なんて…初めてですよ。脳がないので体だけが自慢だったのに…」<br />　あまりの鬼頭のみすぼらしさに、風間はジョークを飲み込んだ。<br />　「鬼頭君ね、警察庁の重森課長からなんだが…、今回の一連の事件を重森課長が警察庁としての報告書を出すらしいんだ。それで、問い合わせが来た場合は警視庁の特命捜査官として警察庁に協力をしてもらえるかな？」<br />　鬼頭自身、捜査本部としてこれまでの資料を整理して保存しなければならないので、おおいに結構な話である。<br />　「分かりました。よろこんで…」<br />　この言い方に、風間はジョークと気づくかなと思ったら…<br />　「なんだか…そんな飲み屋があったよな。何を注文しても『よろこんで』としか言わない飲み屋がなぁ。休みボケしてんじゃぁないの…」<br />　今回の事件の捜査関係資料は、城西署と下町署にあるため鬼頭と伊藤、それに榊原の三人はそれぞれの担当ごとに所轄に出向き、整理を始めた。<br />　そんなある日、城西署にいる鬼頭に風間から電話があった。<br />　「鬼頭君な…ちょっと相談したいことがあるので…部長室に一緒に行けないかね…永堀部長が…来てくれないかと言うんだ。急ぐ話しではないらしいんだが…」<br />　鬼頭は「とうとう、来たか？」と思った。午後四時丁度に、本部生安部長室に行くことを約束した。</p>

<p>　「やぁ、今回の事件はご苦労様でした。それに体のほうは大丈夫ですか？心配しておりましたよ」<br />　部長は笑顔で鬼頭を迎えてくれた。そしてさらに続けた。<br />　「今度の事件では、海保の一件もあって、警視庁をはじめ各県警の努力に警察庁長官が賞を出す方針で進めているそうだよ。それにしても、これほど警察全体が燃えたのは歴史に残るのではないかとね…」<br />　風間が続けた。<br />「重森さんが事件の報告書を作成するらしいですね。鬼頭君を応援に…」<br />　鬼頭は黙っていた。永堀が話し出した。<br />　「風間君も聞いてほしいのだが…鬼頭君は特に冷静に聞いて下さい」<br />　永堀はこうして、今回二人を部長室に呼んだ理由を話し出した。<br />　「鬼頭君にちょっと、聞きたいことがあるのですが…いいですかね？」<br />　風間は、身を乗り出して聞いた。<br />　「なんですか？」<br />　鬼頭の顔が歪んだように見えた。<br />　「今回の事件の取り調べ状況報告書を見ました。そこで鬼頭君にお伺いしたいのだが…勿論、野口署長とも相談した上での話しですよ。私の個人的な意見として捉えてもらってもいいのだが…どうも…調べが厳しすぎるのではないかと思えてならないのですよ…」<br />　永堀部長の言葉は鬼頭の予想から外れていた。取りあえず次の言葉を待つことにして、首をかしげただけだった。<br />　「理事官も聞いて下さいね。鬼頭君の調べが悪いというのではないので誤解しないように…。この取り調べ状況報告書は鬼頭君も了解のもと書かれたのかね」<br />　鬼頭は風間と永堀の顔を交互に見ながら答えた。<br />　「その通りです。いけませんか？」<br />　鬼頭はさらに続けようとした時、風間が制した。<br />　「ちょっと待った。部長ね。部長もあの調書を読んだでしょう。どこもおかしくないよ。何処に問題があると言うのかね。立派に落としているではないですか？それに、検事からも『よく落としましたね』と言われているんですよ。何処に問題があるというのですか？」<br />　風間の声が怒鳴り声のように部長室に響き渡った。制止しようとした永堀もビックリした様子で聞いていた。<br />　永堀が風間の言葉を止めるように言った。<br />　「俺が言いたいのは、胸ぐらを掴んだとか、髪の毛を引っ張ったとかさ…これをそのままストレート表現でなくても良いのではないかと言いたいんだよ」<br />　風間の顔から興奮が消えた。鬼頭が続けた。<br />　「私の意見ですが…穴守は公判廷では、その部分を問題にするとこはないような気がしますし…ですから…別に報告書はあくまでも報告書ですから…」<br />　永堀が言った。<br />　「鬼頭君のこれまでの調べは、僕も何度も聞いているし、取り調べの報告書も見ているつもりなんだよ。だからこそ、何で今回だけ感じが違うのかと心配したまでだ」<br />　三人はそれぞれ納得した。後日、事件の打ち上げを企画をするようにと永堀は風間に注文した。そして永堀が言った。<br />　「警察庁のほうでは長官賞を検討しているようなので、それが出た段階で総監賞団体賞、さらに個人賞を出すようにして下さいよ」<br />　風間と鬼頭は部長室を引き揚げた。<br />おわり</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-05-05T16:46:13+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/02/post-408c.html">
<title>小説　ＤＮＡ鑑定　「ＯＬ殺人事件から」　その１</title>
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<description>　プロローグ 　ビルの谷間の木造二階建てアパート前路上に、赤色回転灯を付けたワゴ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　プロローグ<br /><a class="mb" href="http://policestory.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2014/02/02/photo.jpg"><img width="300" height="246" title="Photo" alt="Photo" src="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/images/2014/02/02/photo.jpg" border="0" /></a> 　ビルの谷間の木造二階建てアパート前路上に、赤色回転灯を付けたワゴン車が二台、止まった。背中に白色の文字で「警視庁」と書かれた紺色の作業衣の集団が慌ただしく降り立った。写真班を含めた八人の警視庁本部鑑識班の臨場だ。<br />　最初に降りた鑑識課員の一人がアパート前で現場保存の制服警察官に向かって声をかけた。<br />　「ご苦労さん。現場は一階のそれか？」<br />　日没時間はとっくに過ぎ足下が暗くなっていた。制服警察官は敬礼をしながら答えた。<br />　「この部屋です。こちらから入って下さい。段差があるので足下に気を付けて下さい」<br />　ジュラルミンケースを肩にした課員が次々に向かって行く。赤色灯の灯りで道路の段差が確認できた。僅か三段だが腐食した梯子のような階段が立てかけられている。<br />　木製の玄関のドアは茶褐色に変色し「一〇一号室」と黒く書かれた部屋番号の判読が困難なほど古ぼけていた。各部屋に通じる廊下の金属製の白い手すりも塗料が剥がれ落ち、既に腐食が始まっている。<br />　鑑識課の班長が一〇一号室のドアを開けると異臭が鼻をついてきた。それはカビの臭いと魚の腐ったような臭いが入り交じり表現のしようのない匂いだった。<br />　「おいっ！玄関に靴があるから気をつけろよ。仏さんの靴のようだ。写真と指紋の採取を忘れるな」<br />　被疑者が揃えて偽装したのか本人が脱いだままなのか、後に重要なポイントになる可能性があるからだ。後ろに続いた課員が言った。<br />　「死臭も始まっているようですね…」<br />　班長ら二人は玄関で靴を脱ぎ、上がり框（かまち）でビニールの袋を足にかぶせて部屋の中に入った班長は、恐る恐る壁のスイッチを押して電気を付けた。<br />　玄関の右手は四・五畳の台所になっており、襖一枚隔ててその北側に六畳の間があった。１Ｋタイプである。畳の上にサイズ違いの茶色のジュータンが敷かれ、江戸間のようだ。所々に黒いシミがあって全体的に黒ずんでいる。<br />　天井から下がる箱型の蛍光灯はデザインそのものが古いばかりかグロー・ランプが老朽化しているため「ジィージィー」と音を立てている。<br />　その真下に頭を東側に向けて両手を広げ、両足を閉じるように仰向けの状態で女性の遺体があった。ベージュのトレンチコートを着て、こざっぱりしている。班長の声がとんだ。<br />　「部屋が狭いからな交替で入るなどして現場保存に注意してくれ」<br />　家財道具がないのと北側にある唯一の窓にはカーテンもなく全く生活感がない。壁は部分的に染みが見られ、どうやらそれがカビの匂いの発生源のようだ。全体的に黒ずんでいるせいもあって部屋全体が暗く寒々と感じる。部屋に入ると同時に若い鑑識課員が呟いた。<br />　「衣服に乱れがないんですよね…まるで空き部屋に入り込んで寝込んでしまったようなんだよなぁ…」<br />　誰からともなく声が漏れた。<br />　「ホームレスでもないようだしな」<br />　台所を確認していた班長が部屋に戻り指示した。<br />　「窓のカギがかかっているか確認してくれよ」<br />　「クレセントですが完全にかかっています。ガラスにも異常はありません」<br />　班長は写真班に指示した。<br />　「その写真を押さえておくように…それと玄関のドアノブの指紋採取を忘れるな」<br />　その会話を打ち消すように課員が声を上げた。<br />　「なんだこりゃっ！」<br />　窓枠下の壁際に無造作に放置されたスーパーの買い物用ビニール袋のひとつを両手で開いた状態で一人の鑑識課員が呆然と立ちつくしている。<br />　「班長！腐った臭いの源はこれですよ」<br />　班長が叫んだ。<br />　「何が入ってるんだ」<br />　「おでんのようです。ダイコン…それにジャガイモ、はんぺん…え～と、かまぼこかな…全部が腐りかけていますよ」<br />　袋を開けたことで臭いがさらに強くなった。そう言えばここ数日、春らしい陽気が続いた。買ってから何日過ぎたのか分からないが、多少の防腐剤の入った袋詰めのおでんと違い、お店の煮込み品となれば腐るのが早い。班長が言った。<br />　「仏さんは腐敗が始まったばかりなのか近くにくるとさすがに匂うな。しかし、ドアを開けた時のあの思い切った匂いはなんだろうと思ったらそれが原因か…写真撮影が終わったら窓を開けて空気を入れ換えようか…」<br />　すると今度は、もうひとつの買い物袋に入っていた円形の透明プラスチック容器を手にした鑑識課員がこう言った。<br />　「こっちは、野菜のミイラですよ。なんでこんな物があるんですかねぇ」<br />　班長が良く見るとプラスチック容器のなかでやはりダイコンやナス、キュウリなどの粕漬けが干からびていた。<br />　思いもよらぬ物の発見に鑑識課員は部屋に横たわる遺体に疑問を感じ始めていた。<br />　番号札を置くなどして一通りの全景の写真撮影が終わったころ、玄関のほうから怒鳴り声が聞こえてきた。<br />　「おいっ！玄関のドアを開けてくれ」<br />　声を聞いた班長が課員に言った。<br />　「やばいっ一課長だ！早く開けろ」<br />　写真撮影のため開けたドアをそのまま突っ支り棒で固定したことから、ドアの幅しかない狭い廊下を塞いでいたのである。<br />　間もなく中肉中背で白髪交じりの校長先生のような風体の男が白手袋をはめながら地元刑事課長の案内で部屋に入ってきた。先月末の異動で捜査三課長から捜査一課長に就任した平山治である。<br />　その後ろからリーゼント頭で長身の管理官・加藤修平が続いた。何れも透明のビニール製の袋で足を覆っている。<br />　「皆さんは随分と早い到着のようだが…どこを通って来たのかね？」<br />　第一報で桜田門を同時にサイレンを吹鳴すればそんなに時間差はないはずだ。加藤の質問に班長が答えた。<br />　「我々は転進組みなんですよ。世田谷に向かっていたのですが、三軒茶屋かな、あの辺りでこっちにまわされたので…」<br />　転進とはある事件で現場に向かっていたが、より緊急性が必要な現場が出た場合はその現場が優先され転進させられる。<br />　「早いわけだ…写真撮影は終わっていますかぁ～」<br />　これに班長が答えた。<br />　「全体的なものは押さえてあります」<br />　頭が割れているとか内蔵が飛び出しているなど悲惨な現場とは違い悲愴感はなかった。班長が穏やかな口調で言った。<br />　「只今、狭いので入場制限していまあ～す」<br />　六畳一間では四人以上入れば鑑識活動が困難になる。それを聞いた地元の刑事課長がそぉっと玄関のほうに移動した。<br />　それに気づいた加藤は刑事課長に「申し訳ない」と黙礼した後、遺体に両手を合わせ、近づいた。平山もこれに続き二人は仰向けになって両腕を広げている女性の顔を覗き込んだ。<br />　顔は鬱血（うっけつ）してどす黒く膨れあがる「腫脹（しゅちょう）」の状態になっていた。僅かだが口の中に腐敗汁が貯まっているのを見た加藤が呟いた。<br />　「既に腐敗が始まっているようだな」<br />　警視庁の検死官で知られる芹沢常行によると、腐敗は温度や湿度によって違いはあるが空気中では一週間で腐敗が始まると言われている。水中では二週間、土中では八週間が相場だという。<br />　今回の場合は春めいてポカポカ陽気が続いたが気温は十五、六度程度。最も腐敗が進と言われている二十度から二十七度にはなっていなかったのが幸いしているようだ。<br />　「顔面の左額に擦過傷があるぐらいで…大きな傷は見当たらないな」<br />　この加藤の言葉に平山が続けた。<br />　「身の丈はおれぐらいなのに随分痩せているなあ…それにしても美人だな…おい、この仏さんは、ホラ、元ＮＨＫのアナウンサーで久保純子に似ていないか？」<br />　「課長…それはちょっと言い過ぎじゃないですか…目鼻立ちはそうですが…こちらのほうが口が小さいというか顎が尖っていないですよ」<br />　「やっぱり…違うかなぁ…」<br />　この会話を聞いていた若い鑑識課員が班長の耳元でささやくように言った。<br />　「一課長って久保ジュン好みなのかね…それを言うなら久保ジュンの顎を少し丸くした感じだと言えばズバリですよね」<br />　「シーッ」と言って班長が課員の頭をポカリと叩いた。課員の帽子がずれた。<br />　加藤は何を見つけたのか大きな声で言った。<br />　「鑑識さん！これここ見てよ。ここにもあるぞ」<br />　班長が寄ってきた。加藤の白手袋をした右手の人差し指の先で一本の縮れた毛の先端が窓から吹き込む風に揺れている。<br />　それはトレンチコートの内側の遺体のブラウス左襟元付近に付着して茶色がかっている。もう一本は右肩下の絨毯にあった。部屋中のあの腐った臭いは既に消えていた。<br />　「これは…陰毛ですね」<br />　「陰毛？なんでそれがこの左肩に付いてるんだよ…」<br />　班長は返事に困り「さぁ～」と言った。と、その時、台所の北側にあるトイレのドアが勢いよく開き、鑑識課員が叫んだ。<br />　「コンドームがありました。精液が僅かですが入っているようです」<br />　若い鑑識課員の左手を見ると、長さ十五、六㌢はあるコンドームがだらりと下がっていた。そのコンドームから青っぽい滴が落ちている。班長が怒鳴った。<br />　「お前、写真撮ってから持ち出したんだろうな」<br />　課員は、勿論ですと言う顔をしている。トイレには芳香防臭剤のブルーレットが入っており、青色の水滴がたれているのだという。<br />　「コンドーム発見」の声に全員の手の動きが止まった。ストップモーションである。狭い六畳間での異様な光景だった。<br />　平山が加藤に向かって言った。<br />　「おいっこの仏さんは強姦されたような跡はあるのか？」<br />　鑑識の班長が遺体にかけより、トレンチコートの胸元をはだけ、ブラウス、ブラスリップも確認したが異常はみられない。あくまでも被害者本人が着込んだようである。<br />　確認は下半身に移りスカート、パンティストッキング、パンティも同じく乱れていない。さらにパンティには「尿失禁」の跡があった。尿失禁とは絞殺された場合は急死なので必ずその症状が見られる。<br />　その作業を立って見ていた平山が今度は刑事課長に向かって聞いた。<br />　「この害者はこの部屋とは全く無関係だよな」<br />　玄関のほうにいた渋谷の刑事課長が答えた。<br />　「その通りです。部屋の管理者とは全く面識がありません。なぜどうしてこの部屋に入ったのかが謎です。第一発見者がこの部屋の管理者代行で現在、署で事情を聞いています」<br />　「分かりました。害者の身元が分かるような物はないのか？」<br />　これには加藤が答えた。<br />　「いゃ、このかばんの中はまだ見ていませんので…」<br />　課長の平山は「早く見ろ」という顔をしている。促された加藤が鑑識班に声をかけた。<br />　「鑑識さん、このバックの写真はいいね。動かすよ」<br />　バックは遺体の頭の左上に置かれていた。なぜか取っ手の部分が千切れ開口部のチャックが開いているものの、中の物が飛び出てはいなかった。これも不自然である。<br />　加藤は白い手袋のまま千切れた取っ手の部分に触れないよう慎重に中味を取りだした。そして一つひとつをジュータンの上に並べて行った。<br />　「これが手帳でこれが住所録…でメモ帳…そしてこれが財布…あれっ！これなんですかね」<br />　加藤は小さな袋を何個も取りだしジュータンの上にばらまいた。なんとそれは、一つひとつがパッケージに入った未使用のコンドームで、その数は二十八個もあった。写真班のフラッシュが光った。<br />　「えーっ」<br />　見ていた全員が絶句した。こうなればこの美人の正体を一刻も早く知りたいものである。<br />　加藤は二つ折の財布を開いた。運転免許証と身分証明書のようなものが見つかった。<br />　「課長！ありました。これですよこれっ。いいですか？　身分証明書によれば、この女性は東都電力株式会社総務部企画課の副長、渡瀬景子と書いてあります。写真が付いており害者の顔と一致します。間違いありません。本人です。東都電力の社員ですよ…」<br />　「年はいくつなんだ」<br />　次に加藤は運転免許証を見て言った。<br />　「現住所は杉並区永福三丁目で昭和三十二年六月七日生まれですから…誕生日前の三十九歳ですね」<br />　「財布の中味は？」<br />　加藤が確認しながら言った。<br />　「小銭だけですね。全部で四百七十三円です」<br />　平山が玄関から中の様子を見ていた刑事課長に言った。<br />　「これは発見時はカギがかかっていた密室なのか？」<br />　「いや、この部屋の管理者代行が前日の見回りで、人が寝ているのを発見したのですが、その時は玄関のドアにカギはかかっていませんでした」<br />　「きょう初めて見たわけじゃないのか？」<br />　「初めて発見したのは昨日です。その日、管理人はそのままカギをかけて帰り、本日になって再び来てカギを開けて入ったら死んでいたということです」<br />　「昨日は生きていて今日、死んでいたと言うことか？」<br />　「寝姿が同じようだと言っているので…昨日から死んでいたのではないかと…」<br />　「どうも分からんところが多いな。この仏さんはなんの目的でこの部屋に入り込んだんだろうか。管理人はなんでその時に届けなかったのか？持っている金額が余りにも少な過ぎるし…それに、なんで食材を買っていたんだろう…」<br />　課長の平山はこうつぶやきながら再び遺体のそばに行って班長に問いかけた。<br />　「死因はなんだ」<br />　班長は遺体に近づいて指さしながら答えた。<br />　「ここです。若干変色していますね。この『圧痕』から推測するには何か幅広い物、例えば手などで締められたことによる窒息死と思われます。それに…」<br />　課長が質問した。<br />　「おい、絞痕ではなく圧痕かよ…」　<br />　「まだ検死をしないと分かりませんので…とりあえずそう言わせてください。検死官は一時間後ぐらいになります」<br />　さらに班長は遺体の目を開いて続けた。<br />　「この白目の部分に黒っぽいノミに刺されたような跡がいっぱいありますね」<br />　「蚤刺大（そうしだい）だろう…舌が歯の先から飛び出しているな…これじゃ絞殺に間違いないな。だったら絞痕でもいいじゃないかよ」<br />　班長が説明するまでもなく課長はなんでも知っていた。そして決心したようだ。<br />　「絞殺…しかも扼殺（やくさつ）か？これじゃ物証に苦労するぞ」<br />　扼殺とは手で首を絞めることを言う。<br />　「バックの取っ手の部分が千切れているし顔に傷がある…強殺で（捜査本部を）たてることにするか。加藤君な会議は今日は中止にして明日にしよう。あす午前中だ。署にあがろう。記者会見があるから…」<br />　「そうですね。そうしましょうか…」<br />　　　　　　　　　　　　　　　※<br />　「はい、出動！渋谷の円山町で殺しだ」<br />　在庁班の捜査一課第十一係の警部で係長の石川進を頭に警部補から巡査部長、巡査長まで総勢十二人が待機する大部屋に第一報が入ったのは午後六時過ぎだった。<br />　三月十九日ともなれば東京の日没は午後五時五十三分だから西の空に明るさが残るものの街は薄暗く、街灯も灯りだしている。<br />　「課長は間もなく出るから…電車のほうが早いと思うぞ」<br />　班の「まとめ役」のデスク主任で警部補の今井順次が指示した。<br />　今井と係長を除いた十人はそれぞれペアになっており、第一班は被害者の身辺捜査、第二班は事件現場の関係者への聞き込み、第三班から五班は現場周辺の聞き込みにあたるいわゆる地取り班だ。現場に行く手段はそれぞれの役目をそれぞれが考慮して捜査車両にするか電車にするかを決めれば良いのである。<br />　但し捜査本部が設置されるとこのペアは解散し、それぞれが地元署の刑事や機動捜査隊員とコンビを組んで捜査に当たる。<br />　この二月に所轄の本所警察署から捜査一課に出戻った木川田雄一（きかわだ・ゆういち）警部補は、かつて第二係の時に一緒に仕事の経験がある巡査部長の三田一平と第三班でコンビを組んでいる。三田は先輩の言う通りに木川田の木を音読してモクさんと呼んでいる。<br />　「モクさん車で行きますか？」<br />　「ああ、そうだなや…そうするか。地下二階に降りてや」<br />　木川田は、興奮してくると少し訛ってくる。ただこの人物の特徴は少々、強情っぱりな性格であることだ。同僚は勿論、上司であろうと自分の考えを決して変えるような事はしない。<br />　警察という階級社会の中でその生き様は果たして通用するのだろうか？ハラハラドキドキさせられる事が多い。<br />　救いは、ただ強情と言っても、自分の非を認めずに「強情を張る」のではなく、常に「正義」を背景に「頑固おやじ」的なもので言葉を換えれば生真面目な性格で「個性が強すぎる」とでも言うのだろうか…。同僚からは信頼を得ているほか、仕事は完璧にこなすため一部を除いた幹部の信頼は厚い。<br />　十三年前に機動捜査隊員から捜査一課に配属になったが正義感が強すぎるのと決して妥協を許さない生真面目な性格から、当時の捜査一課係長で今は一課の管理官をしている小池貫造と折り合いが悪く、ある〝事件〟をきっかけに捜査一課を追い出され四年間も所轄を転々として、ようやく警部補に昇進、戻ってきたばかりだった。<br />　木川田は宮城県、小池は福島県生まれで東北人同士。気が合うはずだが、どういう訳か馬が合わない。<br />　三田を乗せた木川田の運転する自家用車・トヨタワゴンのハイエースが本部庁舎地下二階駐車場から現場に向けて出発しようとしていた。木川田が聞いた。カーナビをセットするためである。<br />　「現場の住所を言ってくれっか」<br />　さきほどよりは訛りが治まっていた。<br />　「渋谷区円山町一六、喜寿荘…」<br />　「じゃあ、道玄坂上交番近くの駐車場を目標にすっか！」<br />　木川田はこうしてカーナビをセットした。訛りは消えたようだがアクセントが三田には理解できなかった。同じようなアクセントで話す小池を思いだした。<br />　「それにしても今日は小池管理官は部屋にいませんでしたね」<br />　「シコーチがイッチ、ニチの小池だろう」<br />　三田は吹き出しそうになった。木川田が真似るとまさに本人そのものである。<br />　「なんですか？それ…」<br />　「お前、知らないの？フグスマ県出身なんだってよ。だから飛行機はシコーチ、一機、二機はイッチ、ニチと訛るわけよ」<br />　「だったら木川田さんはチカワダとなるわけですか」<br />　二人は大笑いした。三田が言った。<br />　「小池管理官って福島県出身なんだ。頭がチョい禿げ上がってさ、ダブルの背広なんか着込んで…何様だと思ってるんでしょうかね。葉巻でもくわえれば田舎のおっさんだよ」<br />　木川田がライターを取りだしてタバコに火をつけた。酒を飲むし、かなりのヘビースモーカーでもある。<br />　「ところで今度の事件の管理官は誰なんだ」<br />　「加藤管理官と言ってましたよ」<br />　殺しの部屋には庶務担の第一管理官を含めて五人いる。庶務担管理官を除いて四人が輪番制をとっている。三田が木川田に聞いた。<br />　「モクさんは奴と仲直りする意思はないんですか？」<br />　「なんで俺から仲直りしなければならないんだよ」<br />　「そうですよねぇ。あれはひどかったものなぁ…」<br />　木川田は黙った。三田の言うあれとは、いっぱいネタがありすぎて木川田は何をさしているのか理解できなかった。それにしても思い出すだけで虫酸がはしる。そんな木川田の表情に三田が気づいたのか謝ってきた。<br />　「ごめんなさい…出がけにくだらない事を思い出させて…」<br />　ハイエースはカーナビの指導で霞が関から首都高に乗り、３号線を渋谷で降りて現場近くの道玄坂上交番近くの時間貸し駐車場に着いたのは午後七時をちょっと過ぎていた。首都高３号線は比較的空いていたので予想以上に早かった。<br />　しかし、サイレンを吹鳴して現場に急行する課長や鑑識、捜査車両とは雲泥の時間差が出る。<br />　二人は現場に向かって歩きながらこんな会話を交わした。木川田が三田に言った。三田は上り坂で息切れし、ハァーハァーしている。<br />　「お前さ、円山町ってどんな町だか知ってるんか？」<br />　「ラブホテル街でしょう」<br />　「今はそうだが東側の道玄坂は江戸時代には山賊がいたと言われているんだよ。そして西の神泉町、ここは昔は川が流れていて谷だった。ところが南側は富豪の邸宅が多かった南平台、北側はこれまた高級住宅地の松濤町だろう。それらに囲まれた円山町は花街で知られているんだとよ」<br />　「ハナマチ？あの義太夫のあれですか」<br />　「要するに芸妓置屋がいっぱいあったとこだよ」<br />　「それがラブホテル街になったというわけか…今回の害者は芸妓さんだったりして…これは燃えてきますねぇ」<br />　「なに言ってんだよ。馬鹿たれめが…」<br />　そんな話しをしながら進んで行くと前方に井の頭線の神泉駅舎が見えてきた。踏切になっている道は一方通行で大型トラックが一台、通れるくらいの狭さだ。<br />　踏切から先には白黒のパトカーをはじめ鑑識車両、機捜隊の車両が左側に寄って一列に駐車。車道側をミニスカートの女性や茶髪の男など渋谷特有の若者が行き来し、野次馬でごった返している。その混雑ぶりに木川田らは現場に近づくのさえ苦労させられた。<br />　神泉駅の踏切を過ぎたところで前方を見ると十五、六㍍くらい先の右側に古びた二階建ての木造アパートが目に入り、そこを中心に非常線が張られていた。どうやらそこが現場のようだ。<br />　一階の一番手前の道路に面した部屋の窓が写真撮影のためか時々フラッシュの光が漏れている。だが、その部屋の下に、なにやら色の派手な食事処の看板が目立った。その看板と古ぼけたアパートのアンバランスが奇妙だ。<br />　とにかく、現場の説明を受けなければならない。かつては捜査員も現場に入れたものだが、近年になって現場を見られるのは、捜査一課長、管理官、現場を管轄する警察署長や鑑識班員などに限定されている。<br />　こう決められた当時、木川田が係長に文句を言ったのを今でも鮮明に覚えている。<br />　「これから捜査を始めようと言うのに、捜査員が現場を見られないだと。これじゃ仕事になんねぇじゃねぇかよ！課長や管理官が捜査するんじゃねぇんだからよ」<br />　この時の係長が小池貫造で小池はこう言い返してきた。<br />　「チミ達スタッパ（下端）は命令にスタガエ（従う）ばええんだ。黙ってスゴトすろ」<br />　それにしてもアパートに近づけば近づくほどその古さに愕かされた。先ほど見えた食事処の看板を見て木川田は吹き出しそうになった。「まん福亭」と書いてあり一㍍四方はある。現場の部屋の真下、つまり地下にその店があった。<br />　「ということは木造で地下一階、地上二階建てか…できた当時はハイカラだったんだろうな」<br />　そんな事を思いながら木川田は捜一の腕章を左腕に着けながら入り口の方に近づき、アパート一階の各部屋に行く通路を見ると、奥のほうでデスク主任の今井が手招きしている。<br />　「ひどく狭い通路だなぁ」と思いながら制服の警察官に腕章を示し一歩、中に入ろうとした。ところが木川田は何かに蹴躓いて向こう臑をしたたか打ったのである。<br />　「痛っ！」<br />　足下を見ると道路からアパートの通路に入るために三段の鉄製の梯子が置かれていた。<br />　おまけに木川田の〝事故〟を見ていた三田が言った。<br />　「道路が下り坂になってるんだ」<br />　木川田は三田を睨めつけながら通路に入って行った。今井は一〇三号室の前にいた。<br />　「人の部屋の前じゃまずいだろう。もっと別の場所でしようよ」<br />　到着した刑事たちに順番に事件現場の状況などを説明している今井が答えた。<br />　「この部屋は空き部屋だから…それにもう君たちが最後だからここでいいんだよ」<br />　今井は部屋の状況の説明と課長の事件の見方などの説明を始めた。<br />　「鑑識の見方では死因は窒息死。手で首を絞めたものと見られるそうです。死亡推定時間は約一週間前とみています。もともとこの部屋は空き部屋で害者とはなんの関係もありません。なんでこの部屋で殺されているのかも解明できていません」<br />　三田がメモをとっている。木川田が聞いた。<br />　「身元も分かんないんだな。害者は何歳ぐらいで一見してどんな女なんだい？」<br />　「すみません。ＯＬで身元も分かっています。東都電力の社員で名前は渡瀬景子、三十九歳。杉並区の永福町に住んでいます。課長の見立てではＮＨＫの久保純子なみの黒髪の美人だそうです。身長は一七〇㌢弱で痩せ形でスラッとした感じ。ベージュのトレンチコートを着ていて黒色のショルダーバックを持っていました」<br />　説明が終わったあと、今井は木川田にこう言った。<br />　「モクちゃんらは三班で地取り班だよね。機捜隊もやっているが写真がまだ無いんですよ。検討会（捜査会議）は明日午前中に開くんで…その時に渡せるかと…」<br />　今井は捜査一課第十一係の中で最年長刑事で定年まで二年を残す大ベテランであり、信頼も厚く「部屋長」とも呼ばれている。その今井が三田を見ながら言い出した。<br />　「昔は『現場百辺』と言って現場を大事にしたものだった…現場を見て刑事がそれぞれの勘で事件を読み取ったものだよ。行き詰まった時は現場に戻る…そしてまた何かを感じ取って捜査に生かす。それができなくなった。なんていうか変な時代になってしまってな…君たちは大変だよ」<br />　木川田はこの今井の愚痴を背に現場を離れた。<br />　こうして木川田と三田は機捜隊員らとともにアパートから東側のラブホテル街から渋谷駅方面までの聞き込みに入った。道玄坂は深夜に入っても人通りは耐えない。（つづく）</p>

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<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-02-02T15:39:52+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/02/post-9484.html">
<title>ＤＮＡ鑑定　その２</title>
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<description>　　容疑者　捜査の検討会が開かれたのは翌二十日だった。検討会には課長の平山と渋谷...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　　容疑者<br />　捜査の検討会が開かれたのは翌二十日だった。検討会には課長の平山と渋谷署長、捜査一課第四強行犯捜査管理官加藤修平も出席。係長の石川進の報告から始まった。<br />　「本件の被害者である渡瀬景子については杉並区永福町に住んでおり、今月十二日に母親から家出人捜索願いが高井戸署に出されていました」<br />　そして石川は、高井戸署のこれまでの捜査結果として次のよう内容の報告を行った。<br />　「高井戸署が自宅にあった景子さんの平成八年の手帳やアドレス帳、メモ類を調べた結果ですが、被害者は東都電力に勤めるかたわら土、日曜日や祝日など会社が休みの時は、第二の仕事として品川区西五反田のＳＭクラブ『マゾッ娘宅配便』でホテトル嬢をしているようです」<br />　上座に置かれた白板には被害者の写真が貼られて八日の行動が書かれている。<br />　「マゾッ娘の仕事時間は午後零時半ごろから五時半ごろまでだが、その後は渋谷区円山町界隈で深夜まで売春婦をしています。これは彼女の手帳やメモ帳から明らかになったもので、それは五年近くにも及び、ほぼ毎日の記録があります」<br />　質問が飛んだ。<br />　「東都の仕事の後、毎日、円山町に立っていたということか？」<br />　「そのようです。全ての仕事を終えた午前零時過ぎ、井の頭線の最終電車で神泉から乗車、西永福でおりて自宅まで帰っていたようです。八日は家を出る前に自宅の電話で世田谷区の八百屋の主人に電話をかけてから家を出ていますが、これまで一度も外泊したことがないのに四日間もまったく連絡がなかったことから母親が捜索願いを出しました。高井戸は特異家出人として追跡捜査を進めていたということです」<br />　捜査員の一人から質問が飛んだ。<br />　「その電話をした八百屋の男は潰しているのか？」<br />　石川が答えた。<br />　「ある程度の捜査を進めていたようなので潰していると…」<br />　課長の平山がイライラした表情で石川の報告を遮った。<br />　「発見状況から説明しろよ。それとな、この山のポイントはなんで彼女がその部屋にいたのかなんだよ。そこが一番知りたいところだぞ」<br />　警視庁の捜査一課長と言えば、歴代が「たたきあげ」が就任しており、キャリアの入る余地のない、いわゆる〝技術屋〟ポストなのである。鑑識課長や捜査三課長経験者が多い。<br />　石川に変わってデスク主任の今井が説明に立った。平山は今井を「今ちゃん」と呼び、信頼を寄せている部屋長さんだ。<br />　「変わって報告します。喜寿荘は二階建てで各階三部屋づつありますが、このうち一〇一号室と一〇三号室が空き部屋になっており、どういう訳か管理者が渋谷駅近くのカプセルホテル経営者であるオザキミチオ（小崎道雄）なる人物です」<br />　平山がまた割って入った。<br />　「そうじゃなくてなんで彼女がその部屋にいたのか理由を説明しろと言ってるんだよ」<br />　「次を聞いてください。そのオザキの部下のマルヤマタケシ（丸山健士）という男が十八日午後三時ころ空き部屋になっている一〇一号室と一〇三号室の見回りに行ったそうです。ところが一〇一号室の腰高窓が開いていたので中を覗くと六畳間に女性が寝ているのに気付いたと言います。その時、マルヤマは一〇一号室のカギをネパール人のジハールという男に今年一月下旬から貸してあるのでその知人だと思い込み、玄関に行くと無施錠なので物騒だと判断。マスターキーでカギをかけてその日は帰ったそうです」<br />　今井はさらに続けた。<br />　「翌日、午後五時ごろ再び一〇一号室を訪れると、やはり女性はそのままなのでカギを開けて部屋に入り、死んでいるのに気付き一一〇番したというのが状況です。現在ネパール人のジハールは行方不明になっています。その男の供述次第で部屋にいた理由が判明するものと思われます」<br />　どうも平山の機嫌が斜めのようだ。<br />　「結局は現在は理由が分かっていないということじゃないか…そう言う場合はな結論を先に言うんだよ。そしてその説明をすればいいんだよ」<br />　木川田が質問した。<br />　「ジハールの人定はとれているんですか？」<br />　「この点については渋谷から報告させます」<br />　渋谷署からは初動段階の報告が行われ、初老の刑事から極めて興味深い報告が飛び出した。<br />　「死体が発見された十九日夜、隣接する粕屋ビルの四〇一号室に住むネパール人の男に当署員が職質をしています。その男がジハールでした。この男は現場である一〇一号室のカギを持っているという情報が第一発見者から寄せられていましたので、追及すると『返している』と言っています。さらに一〇一号室の女性を知っているかとの質問には『知らない』と言って翌日から部屋に帰っていません。勤め先は千葉市内のＪＲ海浜幕張駅近くのインド料理店・幕張マハラジャです」<br />　木川田は苛立った。<br />　「職質しただけじゃどうしようもないじゃないか？なんで調べないんだよ。年はいくつぐらいなのか？」<br />　「三十歳ぐらいです」<br />　平山が聞いた。<br />　「この辺には外国人が多いのか？」<br />　初老の刑事が答えた。<br />　「ジハールは喜寿荘の隣のマンションの四〇一号室に同じネパール人三、四人と共同生活をしています。出入りが激しくなかなか実態を掴みにくいものですから…その他に道玄坂から神泉駅周辺にかけてネパール人やイラン人などが目立ちます」<br />　石川が怒ったような口調で言った。<br />　「ちょっと待って下さいよ。勝手に質疑されちゃ困るんですよ。報告がまだまだあるんだから…それでは鑑識から報告させます」<br />　それでは検死官からお願いします。<br />　「本死体は眼瞼、眼球に著明な溢血点が見られること。尿失禁が認められること。甲状軟骨が折れていることなどから扼殺と見ております。なお体内では既にウジ虫が発生しており、その体長は九ミリになっています。三月の気温十数度から推測するに殺害時間は十日前の三月八日、九日に近い時間と推定されます」<br />　検死官・芹沢メモによると三月の陽気でウジ虫の成長は、最初の二十四時間では卵だが徐々に育ち、六日目では五ミリ、十日目で九ミリ、十六日目で十二ミリになると言われている。勿論、夏の八月で十二ミリになるのは五日程度だという。そのウジ虫が死体を食べてしまうのだ。<br />　続いて鑑識結果が報告された。<br />　「害者は身長一六七㌢、体重四四㌔と痩せ形。頭を東側、下肢を西側に向けた仰向けの状態で倒れていました。顔面はやや横を向いており両腕を広げ、両足は閉じられた状態で服装も含め乱れは見られませんでした。が、部屋のトイレからは使用済みのコンドーム一個のほか被害者の右肩付近と絨毯から合わせて陰毛四本が見つかっています。さらに被害者のトレンチコートの左肩に長さ二．五㌢幅一㌢の血痕が付着していました」<br />　鑑識班の報告はさらに続いた。<br />　「被害者の膣内にわずかですが精液が残っていました。なお被害者のＡＢＯ型の血液型はＯ型ですが、陰毛の二本はＢ型でさらに二本はＯ型でした。Ｏ型の陰毛は被害者本人のものと推定されます。したがって、Ｂ型の陰毛は性交時の相手方のものとみられます」<br />　「コートの血痕は擦過傷のある被害者と一致します。なお、ＤＮＡ型は現在、科警研（科学警察研究所）で鑑定中です」<br />　誰からともなく声が飛んだ。<br />　「ということは、まる容（容疑者）はＢ型ってことか…」<br />　警察は、やたらと「まる」を付けたがる。「まる被」「まる容」は被疑者又は容疑者。「まる害」は被害者…たぶんこの声は機捜隊員だろうと思われた。一般人に分からないよう通常会話で使っているからだ。<br />　続いてデスク主任の今井から次のような現場報告があった。<br />　「被害者のバッグの中から財布やアドレス帳の他に二十八個のコンドームが発見されました。コンドームは一個一個パッケージに入っており、大量に持っていることから想像するにどうやら高井戸署の報告にもありましたが〝商売人〟ではないかと…ただ、今回使用したコンドームのパッケージがどこからも発見されていません。それで体内には精液が残されている…この辺が問題なので固定観念を捨て捜査願います」<br />　誰かが言った。<br />　「昼と夜の顔を持った女か…」<br />　今井はさらに手帳やアドレス帳などを示しながら続けた。<br />　「いずれにせよ、この様に手帳やアドレス帳があるので交遊関係はある程度の資料は揃っています。但し、相当、数が多いので心してかかるように…担当者には後でコピーして渡します。さらに今日になって巣鴨（署）から渡瀬景子名義の定期券が落ちていたという情報が寄せられています」<br />　今井の言う手帳には「？外０・２万」「？０・２万」「？外人３人（４０１）１・１万」「外人（４０１）０・３万」…謎の暗号めいた文字に加えて電話番号と思われる数字、人名と思われる二文字から三文字、時間、それになぜか金額と思われる数字がびっしり書かれているという。<br />　しかも、それは予定欄と結果欄に分けられており、謎の文字は結果欄に書かれている。<br />　次いで足取り班を担当している主任から次のような報告があった。<br />　「高井戸の追跡捜査と合わせて申し上げますが、行方不明になった八日は土曜日で正午過ぎに永福町の自宅を出て、現場に残されていた容器入りの野菜サラダをデパート地下で購入。マゾッ娘に出勤しています。しかし、この日は客が付かず午後五時半ごろ店を出ているようです。その後、現場に残されていたおでんは、円山町のコンビニで買ったことが裏付けられました。おでんを買った時間は午後の七時過ぎで、男と二人でネタを選んでいたという情報があります」<br />　そしてマンション担当の第二班の巡査部長が説明に入った。<br />　「現場である喜寿荘の二階に住む芳賀という女子高校生が、九日の午前零時前、アパート近くの井の頭線の神泉駅構内の公衆電話で友人に電話をかけるため一〇一号室前を通ったところ、部屋の中から性交の時の女性のあえぎ声を聞いています。午前零時半ごろ再び通った時は静かだったといいますから、犯行はこの時間帯ではないかと思われます」<br />　こうして報告が終わり、地元の渋谷署員、機動捜査隊員など四十人体勢の捜査本部が立ち上げられ、景子さんの身辺捜査、現場を含めた聞き込み捜査の継続、アドレス帳をもとにした関係者の事情聴取などの捜査が開始された。<br />　　　　　　　　※<br />　木川田は地元渋谷署刑事課の滝田純夫巡査部長とペアを組むことになった。滝田は刑事になって三年になるという。目がギョロッとして映画俳優の里見浩太朗似の木川田と違い、丸顔でスポーツ刈りの頭、口にはチョボひげの滝田は自らを渋谷署のタッキーと名乗り、どちらかと言うと吉本興業向きである。<br />　事件当日、現場で警察官に職務質問を受け、その日から隣接する柏屋ビル四〇一号室に帰らなかったジハールは二十二日になって自ら渋谷署に出頭してきた。<br />　捜査本部は簡単な職質だけで済ませた渋谷署員の対応に疑問と失意を持っていたが、出頭したことで胸をなでおろした。<br />　喜寿荘一〇一号室の管理を任されている丸山健士の話しによると、同部屋はネパール人のラジャら数人が住んでいたが昨年十月に出ていったあとは空き部屋になっていた。<br />　ところがジハールの姉が来日するということでカギは一月末にジハールに預けていたと丸山は供述している。<br />　これが事実なら事件当日、現場の部屋に自由に立ち入ることが可能な人物は丸山にジハールが加わることになり、重要人物の一人になる。<br />　そのジハールは当然、第一発見者と同様に捜査の対象になる人物であり被害女性との接点で事情を聞かなければならない人物である。<br />　ジハールに対する任意の事情聴取が始まった。何れは難民認定法により逮捕を予定している人物だ。<br />　調べ室に入ったジハールはなんの不安からか極めてオドオドして表情が硬かった。しかし、弁護士を要求することもなく任意の調べには素直に応じた。調べ官が聞いた。<br />　「君は現在、どこに住んでいるのか？　アドレスを教えてくれ」<br />　「私は円山町××の柏屋ビルの四階です」<br />　「何号室に誰と住んでいるのか？」<br />　「四〇一号室です。ネパール人で友人のサビンらオール五人で住んでいます」<br />　「隣の喜寿荘は知っているか？」<br />　「知っています」<br />　「君はその一〇一号室のカギを持っているらしいが、どこにある？」<br />　「カギは三月六日にマルヤマさんに返しました」<br />　流暢な日本語である。<br />　「嘘だ！返していない。嘘をつくと大変なことになるぞ」<br />　ジハールは黙り込んでしまった。<br />　「もう一つ聞く。いいな！ちゃんと答えなさいよ」<br />　「………………」<br />　「あの部屋のカギはどうして君が持つことになったんだ」<br />　「………………」<br />　「黙ってるとこのまま泊まってもらうことになるが…それで良いんだな」<br />　それでもジハールは黙り込んでいる。調べ官は任意なので、それ以上の追及は逮捕してからでいいと思っていた。沈黙が五、六分も続いただろうかジハールが喋りだした。<br />　「あの部屋は…」<br />　「あの部屋とはどっちの部屋なんだよ柏屋のほうか？」<br />　「一〇一号室のほうです。ネパールにいる私の姉が日本に来て私と一緒に住むことになり、柏屋の四〇一号室にいる私の友人四人が一〇一号室に移ることになったので、カギを預かりました」<br />　「その話はいつ頃の話しだよ。実際には引っ越ししていないじゃないか？」<br />　「二つ前の月です。でも、姉は日本に来られなくなり、この話しは全てキャンセルしました」<br />　「あの日、事件があった日だ。君は警察官に質問されたが何も答えなかった。それ以来、部屋に帰って来なかったが何かあったのか？」<br />　間を置いてジハールが話し始めた。<br />　「あの日は確かに警察官にカギと女性を知っているかと聞かれました。私はカギは既に返してあるし女性は知らないと答えています」<br />　「ではなんで帰って来なかった？」<br />　「自分に不法滞在の疑いが出ているのではないかと思い、国外追放されるのが怖くて、部屋に一緒に住んでいる四人の仲間と渋谷区内のウイクリーマンションに泊まっていました。きょう警察が自分たちを捜していると聞いたので来ました」<br />　不法滞在を自ら認めるなど、表情も変えずに一気にまくし立てた。<br />　「君はあの部屋のカギを六日に返したと言っているが相手は否定している。それに君は君の分と他の四人の家賃を滞納している。滞納って分かるか？　家賃をまだ支払っていないということだ」<br />　答えを考えているのか慎重に言葉を選んでいるのか、ジハールは間を置いてからこう答えた。<br />　「いえ、一度預かりましたが六日に部屋の者に返させました」<br />　「部屋の者とは誰なんだ」<br />　「同居しているラウルという者です」<br />　「では聞くが君は八日。午後十一時ころどこにいたのか」<br />　この質問に対してはまるで暗記でもしているかのようによどみなく答えた。<br />　「自分は、千葉県の幕張というところでマハラジャという店の店員をしています。あの日は夜の十時まで仕事をしてここに帰ったのは十二時近くでした」<br />　調べ官はこれ以上深入りすることはしなかった。渋谷署は翌日の二十三日にジハールを出入国管理及び難民認定法違反で逮捕した。<br />　同時に粕谷ビル四〇一号室の家宅捜索が行われた。黒色のジャンパーや普段着ているジーパン、赤いポシェットなどに加えて本国からの手紙まで押収された。<br />　　　　　　　　　※<br />　景子さんが殺されていた木造モルタルの喜寿荘は京王井の頭線の神泉駅北口からわずか一六、七㍍の所にある。ＪＲ渋谷駅のハチ公口からは西南西方向に約六〇〇㍍。駅からアパートまでは住宅や商店が両側に密集している道玄坂通りが利用される。周辺には飲食店や遊技場、ホテルなどが多い歓楽街である。<br />　地取り捜査班は朝から深夜まで時間差を付けて渋谷駅から現場までを何度も往復して目撃者捜しを続けた。それは〝絨毯爆撃〟並の徹底捜査だった。<br />　その結果、地取り班で警部補の菊池八郎が、円山町の青果店の店主から重要な証言を得ることができた。被害者の写真を見た店主が言った。<br />　「あっ、この人ならほぼ毎日見ていますよ。だってこの通りで売春の客引きをしているんです」<br />　さらに菊池は、同通りの渋谷寄りの道玄坂でサンドイッチマンをしている男から次のような情報を得ることができた。<br />　「あれはいつだったかなぁ…たぶん今年に入ってからだったと思いますが、彼女は通行している四、五人の男に次々に声をかけていましたよ。五千円とか四万円とか金額に幅があるようでした。この辺は結構、外人が多いんですよ」<br />　こうした目撃情報が他の班を含めて数件寄せられており、総合すると景子さんは道玄坂交番からラブホテル街を抜けて道玄坂地蔵が奉られているお堂の間を中心に客を拾い、多くは駐車場などの暗がりを利用して性行為を繰り返していたことが明らかになった。<br />　金額が安い時は駐車場で立ちながらの行為で済ませ、うん万円の場合はラブホテルを利用しているようだ。駅近くのラブホテル「プリンス」を良く使っていたことも聞き込みで明らかになっている。<br />　こんな情報が次々に得られて四、五日が過ぎたある日、木川田の班が、三月八日に景子さんが殺害された当日の目撃情報にぶち当たった。<br />　犯行現場の一〇一号室の真下の地下一階にある食事処「まん福亭」の常連客の息子である杉下昇という男からの情報である。<br />　杉下は自動車整備の専門学校生だ。<br />　「八日夜、確か午後十一時二十五分から四十五分ころまでの間に、男と女があのアパートの一階の階段を上り通路に姿を消しました」<br />　「一階の階段？ということは男女の二人は二階に上がっていったのか？」<br />　「いや一階の通路に行く階段です。あのアパートはまん福亭の右側が道路が下り坂になっているため段差があり、そこに三段か四段の梯子状の階段があるんです」<br />　木川田は思い出した。自分が思いっきり向こう臑をぶっつけたところだ。あれを階段というのかは疑問だがあくまでも目撃者の表現である。<br />　時間を確認するため木川田が聞いた。<br />　「なんで十一時二十五分から四十五分と断定できるのか」<br />　「私はあの日、父がまん福亭にいるため車で迎えに来たんです。店の前に車を止めたのが十一時十四、五分ごろで、近くにあるコンビニにガムを買いに行きました。その後、まん福亭に入りマスターに時間を聞いたら十一時二十分と言っていました。その五分か十分ぐらいして自分の車に戻りました。その五分ぐらい後にアベックを見ました。ところが後で聞いた話ですが、店の時計は六分ぐらい進んでいたそうなので、見たのは二十五分から四十五分の間と思われます」<br />　木川田はその時の二人の人相について聞いた。<br />　「女の身長など特徴は覚えていますか？」<br />　「そうですねぇ、一七〇㌢ぐらいで痩せてスラッとした感じでした。ベージュのコートを着ており黒いショルダーバックを肩にしていました」<br />　「その女はこの人ですか？」<br />　捜査本部は顔写真も入手しているが、この場合は全体的な雰囲気が必要だ。このため木川田は、死体となって横たわっている被害者の写真を見せることにした。写真を見た杉下が答えた。<br />　「そうですね。服装からしてもこの人のように見えます」<br />　木川田が続けた。<br />　「男の人相などは分かるかな」<br />　「身長は女と同じぐらいで、体格はちょっと肉付きがいいかな…ぐらいですね…たしか黒のジャンパーを着ており、チラッとほんの数秒ですが、横を向いた瞬間に見た顔は肌は浅黒く、彫りの深い顔立ちで髪はウエーブがかかっており東南アジア系の人に間違いありません。あっそうだ。ジャンパーの左脇に赤い物が付いていたと記憶しています」<br />　「その赤い物とはジャンパーの飾りか何かですか？」<br />　「いゃ飾りではないような気がしました」<br />　巡査部長の滝田が言った。<br />　「ポシェットかなんか…バッグのような、そんな持ち物ではないでしょうか？」<br />　「そうですね。左手を女性の肩にこうしておりましたから手に持ったものでなくポシェットですね。間違いありません」<br />　「赤い物」とは家宅捜索で押収してある赤いポシェットと推測される。余りにも目撃状況がリアルなので木川田が最後に聞いた。<br />　「あの現場は夜になると相当、暗いと思うが貴方と二人の距離はどれくらいあったの？」<br />　「そうですね。七、八㍍ぐらいかな…そんなに明るいとは言えないが駅からの灯りや自動販売機、それにまん福亭の看板の明るさ、街灯もあるので結構、良く見えました」<br />　「分かりました。ではその人物を見たら特定できますよね。こちらから面通しをお願いすることになると思いますので、その際は宜しくお願いします」<br />　「雰囲気なら大丈夫だと思います」<br />　これで絞り込みの段階で面通しが可能になったことを確認し聴取を終えた。<br />　この結果、二階に住む女性が公衆電話をかけるさい通った時に、女性のあえぎ声が聞こえた午前零時前の情報と合わせると犯行時間は八日午後十一時五十分から九日午前零時過ぎの間と推定された。<br />　一方、被害者、景子さんの八日の行動を追っていた主任の山崎赳夫の班が次のような事実を明らかにした。山崎は最初から景子さんの身辺捜査を担当していた。<br />　景子さんが西五反田のマゾッ娘を出たのが午後五時三十分で、その後、午後七時ころ常連客の初老の男と渋谷駅前のハチ公前で落ち合い、二人で円山町のコンビニでおでんを買ったことが女店員の証言で明らかになった。<br />　この後、二人はコンビニ近くのラブホテル「プリンス」に入っている。ホテルに設置されたビデオカメラから午後七時十三分に入り、出たのは同十時十六分ころだった。<br />　その後、景子さんは午後十時三十分過ぎに円山町の青果店前で客引きをしているのを店主に目撃されている。<br />　「白いスーパーの買い物袋を持っていたので印象に残っています」<br />　スーパーの袋を手に客引きしている彼女を見たのは初めてという。<br />　そしてまん福亭に父親を迎えに来た杉下の供述に繋がるのである。<br />　捜査本部は景子さんがプリンスで売春した相手の男を突き止めた。手帳に何度も登場する客でホテルの常連客でもあった。山崎は単刀直入に質問した。<br />　「きょうは渡瀬景子さんについてお聞きしたいのですが…」<br />　「えっ」と言って男はうつむいた。そしてこう言い出した。<br />　「彼女殺されたんだってね。新聞で見ましたよ…でも、刑事さん、マスコミで報道されているような…彼女は悪い人ではないんです。いい人なんですよ…」<br />　涙声になっていた。<br />　「それで、三月八日のことをお聞きしたいのですが…」<br />　「あの日が最後でしたねぇ…前々から懇意にしてもらっていました。あの日は終わってから三万五千円頂戴というから一万円札で四枚渡しました。彼女はお釣りに千円札で五枚を返してきました。私たちは十時過ぎに別れました」<br />　山崎が聞いた。<br />　「別れたのは午後十時過ぎですね。あなたはそれからどうしました」<br />　「私は渋谷駅前のなじみのバーに行って、自宅に帰ったのは午前零時を過ぎていたと思います。次の日が休みでしたから…あっ、バーに聞いてもらえば分かりますよ。その後に行った時に話題になっていましたから…」<br />　「これは大変聞きにくいのですが…大事な事なので敢えて質問させてください。行為の時にコンドームは使いましたかね。それと参考のためにお聞きしますが血液型は何型ですか？」<br />　「確か…安全日だったのかな…知っている仲でもあったことから使わなかったように思います。私はＯ型です」<br />　山崎は次の質問に移った。<br />　「お釣りを出すとき見ていたと思いますが、彼女はお金を沢山持っていたように見えましたか？」<br />　「いえ、釣り銭はいつもの二つ折財布から出して、私の支払った四万円もその財布に入れていましたから…そんなに入っているとは思えませんでした」<br />　常連客のその後のアリバイも立証され、捜査線上からその男は確実に消えた。<br />　遺留物関係の結果が出たため捜査本部に報告された。<br />　それによると現場のトイレから発見された使用済みのコンドームは長さ十七㌢で不二ラテックス社のリンクルＭ型の製品であることが判明した。被害者がショルダーバックに入れていた未使用コンドーム二十八個の中には、ラテックス社製品一個が含まれており、これは被害者が利用していた渋谷区円山町のラブホテル「プリンス」備え付けの業務用だった。<br />　この結果、捜査本部は死体の膣内に残されていた微量の精液はＡＢＯ血液型のＯ型で、プリンスで約一時間前に性交した常連客の精子とほぼ断定。この後、今回の事件の被疑者と見られる男とコンドームを使って性交した可能性が高いとみたのである。<br />　こうして捜査本部は次のような事件の構図を描いた。<br />　被害者は男と性交の後に身支度を終えて帰る段階になり、被害者から金を強奪するためショルダーバックを奪おうともみ合いになった。このためバックの取っ手が千切れてしまった。<br />　このもみ合いの流れの中で男は被害者の顔面を殴りケガを負わせたうえ、首を絞めて殺害。バックの中から二つ折りの財布を取り出して小銭を残して四万円を抜き取った。その四万円は常連客が支払ったお金だった。<br />　犯行後、男は奪い合いでバックから飛び出た財布などをバックの中に戻して被害者の頭付近にそっとおいて、あくまでも自然に置かれた様に偽装した。<br />　　　　　　　　　※<br />　木川田と所轄の滝田は杉下という男から得た犯行当日の目撃情報をもとに男の犯行前後の足取りを追うことにした。<br />　身長一六〇～一七〇㌢で黒ジャンパーに赤いポシェットをポイントに、肌が浅黒く彫りの深い顔立ちでウェーブのかかった髪の男を捜すため円山町界隈を歩き続けた。<br />　神泉駅から円山町を中心に渋谷駅方面まで足を伸ばし何度も往復した。歩き始めて四、五日が過ぎた日の夜、何度目かの往復で道玄坂にさしかかった時、広告のボードを持った男が歩いて来るのに出会った。サンドイッチマンである。<br />　滝田がその男に声をかけた。自ら「タッキー」と名乗るなど吉本興業にぴったりの相手である。木川田は聞き役に回った。<br />　「大変な仕事ですよねぇ～。疲れているところを申し訳ありませんが、貴方はいつもこの時間帯にこの付近を歩いていますか？」<br />　サンドイッチマンの仕事は別に大変な仕事とは思わないが、ベンチャラを使うなどはさすがの吉本興業のタッキーである。サンドイッチマンは快く答えてくれた。<br />　「毎日ではありませんが、夕方から人通りが絶えるまで渋谷駅からこの先まで歩いていますが…」<br />　滝田は警察手帳を示してからこう言った。<br />　「私は渋谷署の滝田、通称タッキーです。前にこの先のアパートで女性が殺害された事件でお聞きしたいのですが…」<br />　サンドイッチマンは笑顔をみせながら答えてくれた。<br />　「あぁやっぱり…前にも刑事さんから聞かれたことがありますよ。その時は思い出さなかったので初めて申しますが、事件のあったあの日、確か八日の午後十時半ごろから暫くの間、いつもどおり道玄坂から神泉駅方面の道路上で彼女は通行する男の人に声をかけていましたよ」<br />　「その時、身長一六〇から一七〇㌢ぐらいで彫りの深い顔に髪がウエーブした外国人風の黒ジャンパーを着た男を見ませんでしたか？」<br />　「いゃぁその時は道玄坂道路脇の花壇のところに座っていた男が、彼女と話していたのですが、黒ジャンパーを着た日本人のようでしたよ」<br />　「ほう、その男とはその後、どうなりましたか？」<br />　「年齢が二十七、八歳から三十歳ぐらいと思いましたが、その男の人と道玄坂の西側の歩道を神泉駅方向に右折して行きました」<br />　木川田と滝田はボードを持った男に丁寧にお礼を述べてさらに歩き続けた。滝田が木川田に言った。<br />　「主任さん、今の話しですが別の円山町の青果店の店主の話では十時半ごろ道玄坂の荻原ビルの前で四、五人の男に声をかけていたという目撃情報と一致しますね。そうするとまん福亭の外国人風の男の目撃まで約一時間の差が出てくるんですよね」<br />　「そうなんだよ。という事はホテルの常連客の後でもう一人と性交している可能性が出てきたことになる。定期券が遺留された巣鴨方面に足があるやつの裏付けにこの男も加えないといかんな」<br />　そして木川田はこう続けた。<br />　「すまんが、明日も午前中、ちょっと時間をくれないか？野暮用ができちゃって…」<br />　滝田は思った。このところこうした出勤が多い。木川田の家族の具合が悪いのではないかと…<br />　「主任さんのご家族は皆さんお元気なんですか？」<br />　「あぁ元気だよ。女房は公務員で共稼ぎでな。餓鬼は二人いて既に社会人になっている奴と大学生だ」<br />　「まさか、奥さんは警察官ではないですよね…」<br />　「違うよ。なんでだ？」<br />　「いやすみません。変な事を聞いちゃって…」<br />　翌日の午後、木川田はこれら目撃情報をデスク主任の今村に報告し、定期券捜査に手を伸ばしたい旨を伝えた。今村からの報告を聞いた石川が木川田のところにやってきた。<br />　「部屋長から聞いたよ。いい報告だね。特に彫りが深くウエブ髪で東南アジア系の男ね。特徴からジハールに似ているんだよなぁ。ただジハールは顔の肉付きや上半身がすこ～し太った感じがするんだよ…」<br />　「それはそれとして問題は定期券なんですよ…」<br />　石川は木川田の言葉を打ち切るように言った。<br />　「定期券の件だろう。これまでの報告では害者のメモ帳などから巣鴨方面に住所のある人物数人が浮かんだがアリバイがあると聞いているぞ。捜査はやっていないんじゃなくやっているんだよ」<br />　石川はさらに続けようとしたが、木川田がさらに突っ込んだ。<br />　「いや、それともうひとつ。昨夜、サンドイッチマンからの情報によると、常連客と別れた後の午後十時半ころ、彼女は三十歳くらいの黒ジャンパーを着た日本人と道玄坂の西側の歩道を神泉駅方向に右折して行くのが目撃されているんですよね。どうも気になって…詰めてみたいのですが…」<br />　「しかし、それはな被害者が殺害された最後の男の一時間前の男になるわけだろう…実はな、課長も了解してるんだが、難民認定法違反で捕まえているジハールの判決が五月に出る予定なんだよ。それまでに白でも黒でも何らかの決着をつけて置かなければならないんだよ。それに…」<br />　「なんですか？もうジハールに絞り込んでるのですか？」<br />　「そんな訳ないよ。決めている訳じゃないんだが、そろそろ絞り込みに入りたいと思ってな。もう四月だろう…それで悪いんだがモクさんには遅れている関係者の聴取を見てもらいたいんだ。地検は二十人ぐらいの調書を巻いたらいいだろうと言っているんだ。これが進んでいないんだよ」<br />　「これはやれという命令でしょう。分かりましたやりましょう。しかし、俺は定期券と三十代の男の情報はもっと詰めておく必要があると思いますよ」</p>

<p>　　身勝手な客ばかり<br />　四月に入り捜査本部は慌ただしさを増していた。被害者、景子さんのショルダーバックに入っていた平成九年の手帳、アドレス帳やメモ帳、それに自宅に残っていた平成八年の手帳やアドレス帳から客とみられる人物を捜し出し、片っ端から事情聴取を行っていた。<br />　事件前月の二月二十六日の結果欄に「荒木二・五五万」と書かれている「荒木」をアドレス帳で探し出し、一致する名や名字、電話番号をもとに、被害者景子さんと関係した人物として事情を聞くのである。彼らと接触し事情を聞き、内容によっては調書にする方針がとられていた。<br />　しかし、多くの関係者は行為そのものが違法だという自覚があるほか、社会人としてのプライドもあってか関係を認めようとしなかった。捜査は困難を極めた。<br />　木川田らは、手帳に「杉山〇・五万」と書かれている人物に会った。アドレス帳から捜し出した人物である。<br />　「既にニュースでご存じと思いますが、渋谷区円山町で売春をしていた渡瀬景子さんの件についてご協力頂けませんか」<br />　電話での捜査協力要請である。「勘弁して下さいよ」と電話が切られそうになった。<br />　「記録が残っているものですから…ご協力頂きたいのですが…これからお伺いします」<br />　「ちょっと待って下さい。会社にですか…電話でだめですか」<br />　「手間を取らせませんので…会社の近くではいかがですか」<br />　内容によっては調書にしなければならない。電話で済まされる問題ではない。説得の結果、会うことができた。男性はこう言い出した。<br />　「いや、何度かお付き合いした程度ですので勘弁してくださいよ」<br />　木川田はやんわりと正した。<br />　「これは貴方の事を聞くというよりは彼女がどんな人だったかを判断するために必要なんですよ。貴方の名前が公になることはありませんので…」<br />　木川田にしては珍しい説得である。<br />　「それでも家庭を持っているものですから…」<br />　「でもね、貴方は買春という行為をしているんですよ。相手がどんな人物だったかぐらいは協力願えませんか」<br />　木川田はムッとして強い口調になった。暫く沈黙したがあきらめたのか男は重い口を開いた。滝田がメモをとっている。<br />　「そうですねぇ…私が会ったのはだいぶ前の話しになりますが、とにかく金の事に関してはうるさい人でしたよ。ある時、手持ちが心細かったので『お金が足りないのでたまにはサービスしてくれよ』と嘘をついても納得してもらえず全額をむしり取られました」<br />　「と言うことは、一度や二度ではないですね。その時はいくらだったのですか？」<br />　「すみません…金額は勘弁してくださいよ」<br />　「ではホテルでしたか？それとも別の場所？」<br />　「それも勘弁して下さい。なにしろ…年甲斐もないことをしてしまいましたので…」<br />　「分かりました。それでは三月八日は何をしていましたか？」<br />　「えーと、八日は何曜日だったですかねぇ」<br />　「土曜日です」<br />　「土曜日でしたら自宅でテレビを見ていました」<br />　「証明してくれる人はいますか？番組の内容でもいいですが…」<br />　「妻も子供もいましたが…これって確認されるんですか？見ていたのはプロ野球の巨人戦の中継ですが…」<br />　「分かりました。最後にお聞きしますが、行為ではコンドームは使いましたか？　貴方の血液型は？」<br />　「使いました。Ａ型です」<br />　今度は松濤町で雑貨商を営んでいるという男に会った。アドレス帳とメモからすると常連客のように思われる人物である。<br />　「どうして私を知ったのですか？これはプライバシーの問題でしよう」<br />　仰けからもの凄い剣幕である。これだけ話すとだんまりを続けた。木川田の声が大きくなった。<br />　「いい加減にしてくださいよ。貴方の名前は捜査で知ったのです。売春防止法の第三条には『何人も、売春をし、又はその相手方となってはいけない』と禁止しているでしょう。どうしてもと言うなら我々も考えがありますから…」<br />　店主はしばらく考えた。「事を荒立てるつもりはない」と悟ったのか、静かに話し出した。<br />　「私の名前が公表されるのでしょうか？」<br />　「今回お聞きしたいのは貴方の事情ではなく、彼女はどんな生活を送っていたのかを調べているのです」<br />　「私は円山町の駐車場を良く使うのですが、そこで声をかけられました。行為はホテルだと万円だが、お金がなければ立ってでもいいらしく四千円とか五千円とか言っていました。そこで私は車を選んだのですが、車の中で談笑している間に食べたつまみ代として行為料金の他にさらに四千円を払えと言われました。三千円しか小銭がないと言うと一万円をくれれば釣りがあると言われ結局はつまみ代金全額を支払わされました」<br />　「それはいつの話しですか？本番代金はいくらだったの？三月八日はどこにいましたか？」<br />　「昨年暮れの話しです。本番代金というか…それは勘弁してください。三月八日はゴルフで都内にはいませんでした」<br />　「ホテルに行かれることはないのですか？」<br />　「行ったこともあります。最近は面倒臭くなって…」<br />　「行為の時はコンドームを最初から使いましたか？そのコンドームは貴方が用意したものですか？」<br />　「私が用意するわけないでしょう。彼女がいっぱい持っていましたよ。勿論、最初から使いましたよ。病気が怖いもんで…」<br />　「最後に血液型を教えて下さい」<br />　「そんな事まで言わなければならないんですか。Ｂ型ですよ」<br />　結局この人物の供述は調書として作成することにしたため時間がかかってしまった。<br />　さらに別の男からはこんな話しも聞かれた。これは滝田が聞いた人物である。<br />　「円山町の道玄坂の路上で声をかけられて知り合いになりました。暑い日でしたので近くの花壇でしばらく話し合いをしました。その時は彼女はひとりで缶ビールを飲んでいました。その後、話し合いがついて近くの駐車場で行為をすることになったんです」<br />　「車の中でかな」<br />　「いや、外でです。終わると代金に加えてビール代金を請求されました。私は『飲んでもいないビール代なんて払えない』と言いました」<br />　「それで喧嘩になった？」<br />　「いえ、喧嘩になるどころか執拗につきまとわれ、振り切ると彼女は路上に座り込んで大声で『払いなさいよ』とわめきだしたんです。恥ずかしいので払いましたよ」<br />　「何回ぐらいつきあいました？三月八日はどこにいましたか」<br />　「昨年の秋ごろから二回ぐらいですがビール代金騒動以来、止めました。八日は自分は飲食関係の仕事をしているので、その日は休みではありませんでした。夜を含めて証明してくれる人はいます」<br />　こうした供述を裏付けるように被害者、景子さんの手帳には、毎日の結果欄に相手との売春代金を百円単位まで克明に記入していたのである。<br />　どうも景子さんは、つまみだとかビールなど自分で勝手に「物」を用意している癖があるようだ。そうなるとあの事件当日はおでんを用意していたことが納得できる。<br />　事情を聞いた多くの男はコンドームを使用していた。しかし木川田が捜している三十歳前後の男にぶち当たることはなかった。<br />　木川田は、景子さんを相手にした性関係者から事情を聞くたびに強烈な憤りを感じていた。それは滝田も同じだった。<br />　「先輩、今回の事件は捜査していて虚しいと言うか心が沈んでしまうんですよね。なんていうか…人と人の係わり合いってこんな関係でいいのだろうかと…」<br />　「お前もちっとはましなこと言うね。しかし、彼女にとってはビジネスなんだよなぁ」<br />　「それは男と女の行為だけですよね。僕はダメですね。人の血が通っていないと…」<br />　「それにしてもだな。小銭で女の身体を買い、自分勝手なことばかりほざきやがってお前らも売春防止法第三条違反だぞ！って言ってやりたくならないか？こうなったら遊郭街の復活がいいな」<br />　勿論、買春者側には罰則はないが性交でぼろぼろになって最後は殺されたひとりの女性に木川田も滝田も心が痛んだ。<br />　刑事というのは、常に被害者の立場にたって正義を追及する職人であるべきだーこれは木川田が先輩から教わった教訓である。<br />　そう考えると木川田は一日も早く犯人を検挙して景子さんの怨念をはらしてあげたいという思いを強くしていくのであった。（つづく）</p>

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<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-02-02T15:38:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/02/post-0048.html">
<title>ＤＮＡ鑑定　その３</title>
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<description>　「先入観を持つな」　四月中旬のある日、捜査本部のデスク席にいた石川のもとに、慌...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　「先入観を持つな」<br />　四月中旬のある日、捜査本部のデスク席にいた石川のもとに、慌ただしく巡査部長が駆け寄ってきた。<br />　「係長！これを見て下さい。謎がとけましたよ」<br />　手には被害者の手帳のコピーが握られていた。指さしたところを見ると次のように書かれている。<br />　十月十九日（土曜日）と十月二十六日（土曜日）の結果欄にそれぞれ「？０・二千」と書かれている。<br />　巡査長は説明を始めた。<br />　「被害者のアドレス帳に書かれていた渋谷のパキスタン人から事情を聞くと、露天でなら二千円でいいよと言われて買春したそうです。そしてその話を友達にしたらその友達は十九日とさらに別の友達は二十六日にやはり二千円で駐車場で彼女と性交したそうです。本人は彼女とは何回か相手をしているので名前はアドレス帳に書かれていますが、教えられて買春した二人は初めてなのでアドレス帳に書かれていません。ようするに彼女があまり知らない初めての人物には結果欄に？を付けているようです」<br />　これで暗号めいた文字の謎が解けたことになる。中には平成八年七月から九年三月まで三十三回の買春をした人物もおり、それはしっかりとアドレス帳に記入されていた。<br />　こうしてひとつひとつ潰していった結果と今回の巡査長の話しを総合すると次のような事実が浮かびあがってきた。<br />　平成八年手帳の中で十二月十二日の結果欄に「？外人三人（四〇一）一・一万」さらに十六日には「外人（四〇一）〇・三」と書かれていた部分だ。<br />　つまり、この「四〇一」はジハールが入居している粕谷ビル四〇一号室の人物である可能性が高いというのだ。<br />　このため捜査本部は出入国管理法違反の罪で拘留中のジハールを除いた他の入居者四人について全員からアリバイを含めて事情を聞くことにした。担当は地取り班の菊池主任が行うことになった。<br />　最初は四〇一号室の同居人で二十三歳のネパール人からだ。<br />　「君はミスター・ジハールとはどういう関係か？」<br />　既に不法滞在で逮捕されているジハールとの関係を聞かれ、オドオドしている。<br />　「同国人です」<br />　「そんな事は分かっている。どのような関係かと聞いているんだ」<br />　「ある人の紹介から日本でお世話になることになりました」<br />　「では聞くが隣のアパートで殺されていた女性を知っているか？」<br />　「私は何も知っていません。私は日本に来たばかりで六日から渋谷にあるお店に就職したばかりで、仕事は午後七時から午前五時まで働いています」<br />　今度は十八歳の未成年者だ。単刀直入に聞いた。<br />　「君は三月八日の土曜日はどこで何をしていたか？」<br />　「私は学生ですので、自由が丘の焼肉店でいつもアルバイトをしています。あの日は午後一時四十分に出勤し午後十一時まで仕事をして十一時二十七分の電車で渋谷に帰ってきました」<br />　捜査本部は時間が余りにも細か過ぎるとこもあり十一時二十七分の電車で実査したが渋谷到着は十一時五十七分で喜寿荘前の目撃時間には無理があることが分かった。<br />　捜査本部は事件当日というよりは、十二月十二日の結果欄に書かれている「？外人三人（四〇一）一・一万」について解明する必要がある。二十三歳の男は来日したばかりで、もう一人は未成年だ。そこで三十六歳の男に重点が置かれた。<br />　「君は昨年の十二月十二日どこで何をしていたか？」<br />　突然聞かれた男はただ呆然としている。菊池は質問を変えた。景子さんの写真を見せながらこう聞き直した。<br />　「失礼、この写真の女性は知っていますか？」<br />　ジーッと見ているがなかなか口を開かない。<br />　「どうして黙っているんだ。なにか都合の悪いことでもあるのか」<br />　それでも口を開こうとしない。たまりかねた菊池はズバリと聞いた。<br />　「それでは十二月が思い出せないのなら三月八日…あの日の夜はどこにいたのか？」<br />　さすがにこの質問には答えた。<br />　「六本木のレストランの厨房で午後六時から午後十一時、日によっては午前五時まで仕事をしています。あの日は午後六時過ぎに部屋を出てレストランで九日の午前五時まで仕事をしていました」<br />　「この写真はどうなんだ。知っているのか知らないのか？」<br />　今度は横を向いてしまった。菊池は少し強引に聞くしかないと思った。<br />　「君たち四〇一号室の三人は、この女性と四〇一号室で買春をした事があるだろう。黙っていてもな、記録に残っているんだよ。買春の意味が分からなければセックスをしたことがあるかと聞いているんだ」<br />　それでも三十六歳の男は黙っている。今度は下を向いてしまった。菊池は机を叩いてこう続けた。<br />　「なぜ黙っているんだ。それは昨年の十二月十二日の日だ。金額まで言ってやろうか？」<br />　金額まで知られているようでは黙っていられなくなったのだろう口を開いた。<br />　「いや、十二日かどうかはっきりしないのですが…確かにジハールら三人でこの女とセックスをしました」<br />　「もう一人は誰なんだ」<br />　しかしこの質問には答えなかった。この様な外国人は不法滞在が多く、なかなか正直な事を言ってもらえない。<br />　「それでお金はいくら払ったんだ」<br />　「三人で一万千円だったと思います」<br />　「その後、何回ぐらいしたのだ」<br />　「一回だけです」<br />　菊池はもう一度確認した。<br />　「君が一回だけなのか三人そろってセックスしたのは一回だけなのか、どっちだ」<br />　菊池はちょっと苛立っていた。<br />　「どちらも一回だけです」<br />　菊池は三人による行為が一応、証明されたとしながらも、さらに補強するため、三人のうちの一人と見られる二十七歳の男にも事情を聞いた。しかし「知らない」の一点張りで収穫は無かった。<br />　この結果、捜査本部は十二月十二日の結果欄に書かれていた「？外人三人（四〇一）一・一万」とあるのは、ジハールを含めた三人による買春であったという事実はとりあえず証明されたと判断した。<br />　そうなると四日後の十二月十六日の「？」のない「外人（四〇一）〇・三万」はジハールの可能性が高くなったのである。<br />　完黙を続けた二十七歳の男については、三月八日の行動の確認捜査をしておかなければならなかった。<br />　捜査の結果、男は港区西麻布のレストランでバーテンダーをしており、八日は午後六時から翌日の午前四時まで仕事をしていたことが確認され、事件とは無関係と分かった。<br />　さらに捜査本部は、このうち二十七歳を除いた三人と八日の事件との関連について現場から採取した陰毛の血液鑑定、ＤＮＡ鑑定を実施したが何れも一致した者はいなかった。<br />　二十七歳の男についてはＤＮＡ鑑定ができなかったが血液型がＡ型で精液も陰毛も一致しなかった。<br />　　　　　　　　　　　　※<br />　菊池主任の柏屋四〇一号室関係者の事情聴取結果報告を受けた係長の石川が課長室を訪れ、平山に説明したあと次のような同意を求めた。<br />　「結局は四人のうち一人しか落とせなかったのですが、それでも方向性はどうしてもジハールを向いちゃうんですよね。それで一応、動機面から追ってみたいんですが…」<br />　「そうなるのは分かる。しかし先入観は持つなよ。金の問題な。それはいいだろう」<br />　「それでモクちゃんを使いたいんですよ」<br />　平山は笑いながら答えた。<br />　「木川田君な…すんなり『うん』と言わないんじゃないか。命令には反発する奴だからな…なんか渋谷の連中の話しだが、密かに巣鴨の定期券を追っていると聞いたぞ」<br />　石川は『まずい』と思った。「個人プレーより和を大切にする人情家」の課長である。石川はこう言ってその場をとりもつしかなかった。<br />　「えぇ～聞いてませんよ。勿論、指示もしていないんですが…なんで彼は定期券にこだわるんだろうなぁ…」<br />　しかし、課長は人情家でもあった。<br />　「まぁ、そんなはみ出た者が一人ぐらいいても組織への刺激になっていいんだよ。ジハールの件は彼にやらせるのもひとつの手だな」<br />　石川は課長の懐の広さを改めて知らされた。平山はさらに続けた。<br />　「なんと言っても彼は、ホテルジャパンの経理…加納管理官の時だったな。経理面から経営者の責任を追及しようとして捜査二課を入れたんだが、『安全面に向ける資金的な余裕がない』という調書をまきやがった。加納管理官が頭を抱えたよ。そこで木川田にもう一度やらせたんだよ。そしたらあいつは、『資金的に余裕あり。経営者の合理化が安全面を無視した結果』という調書まいてきたんだよ」<br />　木川田のこの武勇伝は石川も知っていた。だが、石川にはもうひとつ問題を抱えていた。それは小池管理官だ。<br />　廊下で会うたびに言われることがある。<br />　「チカワダ（木川田）をメーンで使うとメチャメチャになるぞ」<br />　そして小池管理官から決まって出て来る言葉がある。<br />　「奴はゴマカスのがうまいがら経費をスッカリ見ろよ」<br />　石川はそれが何を意味するのか分からなかった。しかし、どうしても捜査に関しては捨てきれない何かを彼は持っている。石川は思いきって平山に相談した。<br />　「課長、実は…小池管理官に『彼の経費に気を付けろと』と言われるのですが…なんかあるんですかね」<br />　「あぁ～あれな。沖縄の毒物事件、いわゆるトリカブト事件捜査でな、被疑者が住んでいたアパートの畳を切り刻んだんだ。勿論、毒を抽出するためにだ。ところが家主から『畳代を出せ』って言われて困った彼は、北海道に出張したことにして畳を弁償したんだよ。これ加納さんも認めて処理してあるんだが、小池君は『空出張だ』って当時騒いだんだよ。仲が悪いんだよ二人は…気にする事ないよ」<br />　石川は安心した。「個人プレーより和を大切にする人情家」の平山が「ひとりぐらいはみ出し野郎がいてもいい」と木川田を評価した。それだけの武勇伝を彼は持っている。<br />　これで、心おきなく木川田にジハールの金銭面にメスを入れさせられることができるーと石川は決心した。<br />　　　　　　　　　　※<br />　翌日も木川田は午前中は連絡が取れなかった。昼過ぎに顔を見せた木川田に石川が言った。<br />　「モクちゃんな、君のセンスでジハールのふところ具合を調べてもらいたいんだよ」<br />　「いいですよ。しかし、誰が彼にそんなに惚れ込んでいるんですか」<br />　「惚れ込むというよりも上がってくる情報を聞いているとどうしても流れがジハールに行っちゃうんだよ」<br />　「危ないんじゃないの…」<br />　「それでな、奴はネパールで家を建築しているらしく、仕送りもあって金銭的に困窮しているそうなんだ。回りにも借金しているという噂があってな、動機面にもつながるので頼みたいんだよ。課長も了解済みなんで…」<br />　木川田は独自の判断で、捜査のポイントになることからあらかじめ同僚の滝田にはそれとなく調べさせていた部分である。それが課長からのお墨付きとなれば堂々と動くことができる。<br />　その日の午後、滝田と打ち合わせした木川田はジハールの日常生活の金銭面から捜査に入ることにした。木川田は滝田にあらかじめ調べさせておいた結果の報告を聞いた。<br />　「ジハールは粕谷ビル四階の四〇一号室に同じ国のサビンやマダン、リラなど五人で住んでいるらしいですね。家賃は五万円だが、どういう訳かジハールが同居人からは一人三万円と部屋の電話代として二千円を集めているらしいんですよ」<br />　「ジハールが仕切っているという訳か？」<br />　「そうです。と言うことは月十二万八千円になりますよね。自分の家賃がただになるばかりか、電話代がどのくらいかかるか分かりませんが逆に七万円近くもジハール個人の収入になっているんですよ」<br />　「その家賃は銀行振り込みか？」<br />　「いや、ジハールが管理人代理の丸山に渡し、丸山が渋谷でカプセルホテルを経営している小崎道雄のところの従業員である石垣明美に預け、石垣がホテルの売上金と合わせて銀行口座に入金するという仕組みらしいですよ」<br />　「丸山に当たったか？なんと言ってるんだ」<br />　「他の班もいるので当たりづらかったんですが…」<br />　「そうそう。それでな、課長命令でこれからはジハールの金銭面は俺らが調べることになったからこれからは気にすることないよ。それで俺が丸山に詰めるから君はジハールの海外送金状況を詳しく調べてくれないか。必要なら捜査関係事項照会でもなんでも使っていいよ」<br />　捜査関係事項照会とは刑事訴訟法一九七条二項の規定により公私の団体に対して必要な事項の報告を求めることができるというもの。捜査はペアが原則。木川田にはそんな原則は通用しないのである。<br />　木川田は一〇一号室の管理の代理をしている丸山健士から事情聞く前にジハールが本当に滞納家賃とカギを返しているのかを確認しておく必要があった。このためジハールが預けたと供述している同居人のラウルと接触した。そしてズバリ聞き出した。<br />　「君は丸山さんに返す喜寿荘一〇一号室の滞納家賃十万円をジハールさんから預からなかったか」<br />　堀が深く目がギョロッとした好青年のラウルが答えた。まだ日本語に慣れていないようで片言の日本語だった。<br />　「ワタシ、確かにアズカリました。アパートのキーと十万エンです。五日にアズカリ、ヨクジツの六日に丸山さんに手渡しました」<br />　「直接手渡したんだな。それを証明できる物はあるか？」<br />　「ショウメイできるとは？」<br />　「丸山さんが受け取ったという証拠だよ」<br />　「私、嘘、言ってません。丸山さんに聞いてみれば分かることでしょう。それはあなた方が商売です」<br />　木川田はラウルのこの言葉を確認するため丸山に会うことにした。丸山は快く聴取に応じてくれた。<br />　「不法滞在で捕まえているネパール人のジハールについて聞きたいことがあるんだが…」<br />　「どんな事でしょうか。うちも困っている人物なので…」<br />　「柏屋ビルの四〇一号室の家賃を滞納していると聞いたが事実ですか？それに彼の支払い能力は当初からあったんですか？」<br />　「給料は二十万円以上貰っていると言っていましたが、ネパール国内で自宅を新築しているらしく送金しているので苦しいと聞いたことがありますよ。そのためかうちの家賃が二か月分十万円も滞納しました。ほかに同僚からも大分借金していたようですよ」<br />　「滞納家賃は返して貰ったのですか？同居人のラウルは預かっていたあの部屋のカギとともに返したと言っていますが…」<br />　今度は丸山が木川田に逆に質問してきた。<br />　「いつ返したと言ってましたか」<br />　「六日と言っていたよ」<br />　「なんで嘘を付かなければならないのでしょうかね」<br />　丸山は困った顔をして話し出した。<br />　「実は三月一日にジハールに家賃の催促の電話をかけたのですが留守電でした。伝言を入れていたら二、三日後に電話があり、五日の水曜日に家賃とカギを持って行くと言ってきたんです。ところが五日は来ませんでした。持って来たのはさらに四、五日後ですよ。どうもあの部屋（四〇一号室）の連中は口裏を合わせてなんか嘘をついているんです。その理由が私たちは分かりません。入金関係のことでしたら、うちの会社で経理を担当している石垣明美という者がいますので聞いてください」<br />　「ではラウルから貴方は一〇一号室のカギと家賃を時期は別にして返してもらったということでいいのですね」<br />　「そうです。自分が受け取りました。但しその日は十日ですから八日にあの部屋に出入りできたのは自分一人だけなんて疑われては困ります。この事は他の刑事さんにも話してあります」<br />　木川田はこの供述の裏をとるためにはカプセルホテル従業員の石垣明美に会う必要があると判断して丸山とは別れた。そしてこう決心した。<br />　「ラウルを逮捕して締め上げる必要がある」<br />　この日の昼過ぎ、木川田が銀行に照会していたジハールの銀行口座の出入金状況の回答が出た。<br />　それによると、ジハールの給料は月によって変動はあるが数万円程度の差だった。三月は幕張のマハラジャからの給料二十一万六千九百二十五円が五日にジハールの銀行口座に振り込まれ、六日に二十一万六千円を引き出していることが確認された。<br />　その日の午後、ジハールの送金状況の調べを終えた滝田から結果が報告された。<br />　「ネパールの家の資金は日本円にして二百万円から三百万円の間らしいですよ。毎月決まって送金しているのではなく、帰国する同国人に頼んだり国内の業者に送金を依頼しているそうです」<br />　「業者って、まさか地下銀行じゃないのか？」<br />　「いやきちっとした業者でした。最近は二月五日に約三十万円を送金していました。三月は業者からは送金していません」<br />　「二月五日に三十万円か…」<br />　滝田は続けた。<br />　「どうもマハラジャの給料だけでは足りなくてその時は同居人のサビンから十五万円を借りたようですが、六日に返済しています」<br />　「分かった。これで読めた。三月の給料として六日にマハラジャから二十一万六千九百二十五円の入金があった。そしてその中から二十一万六千円を引き出した。この時点で給料を貰っているマダンから家賃と電話代金の三万二千円を受け取った。そしてサビンに十五万円返しているんだよな。そうすると六日の時点でジハールの手持ちは九万八千円で十万円を割っており、六日に丸山に滞納家賃を返すには足りなくなっているはずだ。問題はその不足分をどうしたかなんだ」<br />　そして木川田は滝田にこう言った。<br />　「そうするとな、この時点で奴の手持ち資金は九万八千円なんだよ。当然六日は返せないよな。で、事件の被害額は四万円…納得できる金額ではあるんだが…残りはカギの問題だな」<br />　「そうですね。カギを持っていない被害者がなんであの一〇一号室に入れたのか？そう考えると午後十一時五十分前後の東南アジア系男の目撃。そのカギを持っていたのがジハールで、そのジハールと被害者は過去に三人プレーをしており顔見知りだったとすれば、合点がいくんですが…やっぱりどうしてもジハールにいっちゃうんだよなぁ」<br />　「分かったそれではカギと一緒に返した日時の裏をとろう」<br />　木川田らは翌日、石垣明美と会った。石垣は小崎が実質的に経営しているカプセルホテル「アストロ渋谷」の従業員だった。<br />　黒髪のロングヘアーの似合う娘で身長はゆうに一七〇㌢はあるだろう。昔で言えば八頭身美人である。若い滝田は見とれていたが木川田には日本人には見えなかった。<br />　ホテル事務所を訪れた時は薄いブルーの制服にタイトスカート姿で現れた。それがミニである。滝田が見とれている。<br />　木川田は目的を告げて単刀直入に質問した。<br />　「喜寿荘の部屋代の件ですが、例の一〇一号室の滞納分の十万円を貴方が丸山さんから受け取ったのはいつですか」<br />　石垣は思い出そうと天を仰いだが結局、預金通帳を取りに机に戻った。通帳を手に歩きながら中味を確認してこう言った。<br />　「ごめんなさい。通帳を見るとホテルの売上金の銀行への入金は六日、十日と十一日で、十一日に十万円の一〇一号室の家賃の別記入があるので十日には受け取っていますね」<br />　木川田が確認した。<br />　「その十万円は以前に受け取っていて入金が遅れて十一日になったとは考えられませんか」<br />　石垣は首を振りながら笑顔で答えた。それがチャーミングなのである。木川田まで見とれてしまった。<br />　「それはたぶんありません。なるべく早く入金するよう社長から言われていますから…例えば夕方になったとしても翌日には必ず入金するようにしています。七日の金曜日に受け取ったとすれば土、日を挟むため、月曜日の十日の入金になるはずです。ですから六日なんてありえません」<br />　木川田らは礼を言って石垣と別れた。これで「カギと滞納家賃を受け取ったのは十日だ」とする丸山の供述と一致した。<br />　これでほぼ金の流れは分かった。あとはジハールが勤めていたマハラジャで生活実態を確認する必要があった。<br />　〝立ちん坊〟までして見知らぬ男と性交するほどお金に固執したひとりの哀れな女性の怨念を晴らしてやりたいー執念である。<br />　木川田は幕張マハラジャの店長に電話をかけて事情を聞きたい旨伝えた。そしてそのチャンスは四月九日の夕方に訪れた。店長代理の堀口章が対応してくれた。<br />　「ジハールさんの給与は月額二十一万円と聞いているが銀行振り込みですか」<br />　堀口は丁寧に答えた。<br />　「月によって超えることもありますが概ねその金額で毎月、銀行のジハールさんの口座に振り込んでいます」<br />　「ところで日常の勤務状態や交遊関係で何か問題があるようなことはありませんでしたか」<br />　「彼の場合は通勤が千葉から渋谷でしょう。夜は閉店が十時ですから時間がないので真面目に帰っていたようです。ただ…」<br />　堀口の言葉が詰まった。<br />　「ただ、どうしたのですか」<br />　「こんな事、言っていいのか分かりませんが、ここ数ヶ月はお金に困っていたらしく、時々、うちのコックのハッシムなどから借りていたようです」<br />　木川田がハッシムに事情を聞くと、二月初め一万円貸したが三月に入って返金してもらい、現在のところは貸していないという。<br />　それよりも木川田が気になった事があった。それはジハールの帰宅時間である。堀口に尋ねた。<br />　「お尋ねしますが、ジハールさんはいつも午後十時まで勤めていたそうですが、三月八日は何時に帰ったのでしょうか？分かりますかね」<br />　「それは別の刑事さんにも話してありますが、あの日はタイムカードの刻印は午後の十時ちょうどでした。ところが後で刑事さんの指摘で分かったのですがうちの時計が二分四十秒ほど進んでいたらしく、帰った時間は九時五十七分ごろだったということです」<br />　木川田は心の中で計算した。<br />　「八日夜、確か午後十一時二十五分から四十五分ころまでの間に、男と女があのアパートの一階の通路にいるところを見ました」という目撃情報がある。果たしてその時間まで帰られるのか。同じ時間帯の電車に乗ってみることにした。<br />　店を出てから海浜幕張駅まで歩いて五、六分で着く。この時は土曜日なので海浜幕張発、京葉線の東京方面行きは十時台では七分発、二十二発、三十七分発、五十二分発の電車があった。<br />　ジハールが利用した電車の時刻はたぶん午後十時七分かその後の二十二分だと思われる。木川田は七分発の電車に乗り、実際に喜寿荘まで行ってみることにした。滝田は二十二分の電車に実車した。<br />　十時七分に海浜幕張発の京葉線に乗り東京駅で山手線に乗り換えて渋谷駅に着いたのは午後十一時二十六分ころ。木川田は井の頭線に乗らずに神泉駅まで約六百㍍を歩いてみた。確かに余裕はないものの、十一時三十五分前にはアパートに到着することができた。<br />　一方、滝田の乗った二十二分の電車では渋谷駅が十一時二十四分ごろで歩いて喜寿荘まで行くと十一時五十分ごろになってしまう。<br />　木川田らは七分か二十二分発の電車に乗ったものとして渋谷駅から円山町界隈でジハールの足を追ったが目撃者にはぶち当たらなかった。<br />　「だからあのサンドイッチマンの目撃も大事になってくるんだがなぁ…」<br />　こう思った木川田はカギと滞納家賃の問題でジハールと同居している一番年下の男、ラウルにもう一度、確認しておく必要があった。<br />　「先日、君はジハールさんから頼まれたカギと家賃を丸山さんに返したのは三月六日と言ったよな。丸山さんは受け取っていないと言っている。どうして嘘をつくのか？」<br />　木川田の厳しい表情をくみ取ったのか、ラウルは黙り込んで下を見ている。<br />　「君ね、嘘をつくという日本語は分かるか」<br />　それでも黙り込んだままだ。木川田が続けた。<br />　「丸山さんに五日か六日に返すと電話を入れたそうだが留守電だった。我々が入金時期について銀行の記録を調べたら六日ではなく十一日なんだよ。これ、どういう事？君が嘘をついても記録があるから分かるんだよ。それでも認めないのか！」<br />　木川田の語気が鋭くなったのに気が付いたのかラウルは口を開いた。それは涙声になっていた。<br />　「実は、ジハールさんとサビンさんが警察に出頭した二十二日の朝、サビンさんがトイレに行っているときです。ジハールさんから『警察にカギの事を聞かれたら、私の給料日の翌日の六日に十万円と一緒に丸山さんに返した』と言ってくれと頼まれました」<br />　木川田が「それだけか」と聞き返すとさらに続けた。<br />　「いえ、二人で出る直前にサビンさんがジハールさんに『あのカギはどうした』と聞いていました。ジハールさんが私を見ながら『彼が返した』と言ったので、私は六日に返したことにしなければならないのかと思うようになりました」<br />　ラウルはさらに続けた。<br />　「ところがジハールさんは、私が警察に行けないことに気付いたようで警察に行くサビンさんに『そうだ、お前が返した事にしてくれないか。そしてカギを返したのは十五日前だときちんと言ってくれよ。警察に…』と頼んでいましたがサビンさんは返事もせず出て行きました」<br />　木川田はこれで納得した。丸山が言っていた「口裏合わせ」が立証されたことになる。<br />　そして渋谷署は木川田の要望通り、三月二十七日にラウルを難民認定法違反容疑で逮捕。身柄を拘束した上でさらに追及した。ところが、それは逆効果で供述をくるくる変えてきたのである。<br />　「カギはジハール本人が返した」から「頼まれて自分が返した」に変わり、さらに「自分が返したというよう口裏合わせをした」など供述に変遷が見られたのである。<br />　さらにサビンは調べに対して「カギを返したのは私でない」と言っていたが翌日には「違う私が返した」と供述するなどぶれにぶれた供述を繰り返した。<br />　木川田の仕事はここまでは順調に進んでいたかのように見えたが、良い事だけは続かなかった。　<br />　ジハールの足取りを追っている警部補から係長に苦情が出た。<br />　「木川田が俺たちの領域まで食い込んだ捜査をしているが、係長が命じたのか？」<br />　石川は何を言われているのか理解できなかった。<br />　「いや、そんなことはないはずだ。彼はジハールの金銭面を裏付けているはずだよ」<br />　捜査員は声を張り上げた。<br />　「俺たちのやってること信じられねぇって言うんかね。ジハールの足取りを追っているぞ。こんなこと課長に聞こえたらどうなるんだ！あんた達はいつから裏の班を設けているんだ」<br />　個人プレーより和を大切にするーこれが課長、平山治の方針である。石川は説明に窮した。<br />　「申し訳ない。俺のほうから言っておくので…」<br />　翌日、木川田は石川に呼ばれた。<br />　「どうだね、ジハールの金の状況は？」<br />　石川がわざわざ呼び出して途中経過を聞くなんて珍しいと木川田は思った。ネパールの送金の事実を含めてジハールの資金面の困窮状態を報告した。そして石川が言い辛らそうに口を開いた。<br />　「そうか、やっぱりそうなるか…ところで実は…」<br />　どうも石川の歯切れが悪い。<br />　「ジハールの足取り班から、『木川田主任が勝手にジハールの足取り捜査をしている』と苦情がきたんだよ。金の流れをやっていると言っておいたが、組織捜査なんだからくれぐれもトラブルのないように頼むよ」<br />　むっときた木川田が一言だけ言って立ち上がった。<br />　「オイラ、昔から組織のためだけに仕事をしてるんじゃねぇよ。たまたま行った先で、疑問を持ったから聞いただけじゃねえのか…それが刑事ってもんだろう。なんでそれが悪いんだよ。言われた事以外にやっちゃならないという規則でもあるのか？」<br />　疑問を持ったことはとことん追及するー木川田の個性を古くから知っている石川には理解できる。だが、職人の職場・捜査一課にはこんな戒めの言葉があった。<br />　個性ーそれが、時として邪推を産むことがある…だが、木川田にはそんな言葉は通用しなかった。（つづく）<br />　</p>

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<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-02-02T15:34:58+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/02/post-0d7f.html">
<title>ＤＮＡ鑑定　その４</title>
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<description>　　見込み捜査　ジハール逮捕に向けて捜査本部の方向性はしっかり固まった。しかし木...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　　見込み捜査<br />　ジハール逮捕に向けて捜査本部の方向性はしっかり固まった。しかし木川田はこの逮捕を「見込み捜査」だとして不満を持っていた。<br />　「科学捜査研究所の技官、平川治雄から密かに入手した情報では、どうやら現場から見つかった四本の陰毛の中に、第三者のものがあるらしい」<br />　平川とは有楽町三億円強奪事件以来の仲間である。事前情報を知った木川田が「詰めの捜査」が必要だとしているのは次のようなことだった。</p>

<p>　∧　定期券は三月十二日午前九時四十分ころ豊島区巣鴨の民家敷地内で発見された。この定期券は八日午前十一時二十五分に井の頭線西永福駅の入場の記録が最後だ。この日、景子さんはマゾッ娘宅配便の仕事はないまま終わり、円山町界隈の仕事関係者で常連客と渋谷のラブホテル「プリンス」を利用した。防犯カメラによると午後十時十六分に別れている。<br />　その後八百屋の店主に客引きが目撃されており、さらに十時半ころにはサンドイッチマンが年齢二十七、八歳から三十歳前後の日本人と神泉駅の方向に道玄坂を歩いているのが目撃された。<br />　そして午後十一時半前後にまん福亭前の外国人風の男の目撃に繋がる。定期券が第三の人物に渡ったとすればそれは誰なのか。常連客は事情聴取を終えており、残りは三十歳前後の日本人と、殺害されたと見られる時間に会った外国人風の男＝ジハールに絞られる。そしてＤＮＡ鑑定では本人、容疑線上のジハール以外の第三の人物が浮上した。だから詰めが必要なのだ　∨</p>

<p>　木川田は、ジハールが犯人ではないと言っているのではない。動機面の金銭的な問題ではむしろ「真っ黒」だ。<br />　「ジハールは一〇一号室のカギは、ある時期からかけていなかったのではないのか。それを景子は知っていて時々利用していた。とすると必ずしもカギを持っているジハールである必然性がない。この部分も詰めておかないと公判の維持が難しくなる」<br />　こう考えると木川田は寝られなくなっていた。それにしても前任時代にそりが合わなかった係長の小池貫造が警視に昇格し、第二強行犯捜査の管理官のポストに就いていることだ。あの時代の怨念が今度は、いつ、どんな形で現れるのかビクビクしながら仕事をしてきた。<br />　それでも所轄時代には前捜査一課長の寺島大吉に励まされて警部補の昇任試験に受かり、ようやく捜査一課に戻ってこれた。寺島は参事官になっていた。そし個人プレーを嫌い「和」を大切にする新捜査一課長を迎えての捜査本部事件だった。<br />　不幸中の幸いだったのは、小池がこの事件担当管理官にならなかった事だ。俺も三十歳代は怖い物なしで仕事に夢中になったが五十になると…そんな思い出にひたり眠りについたのは午前一時を過ぎていた。<br />　そして翌日、例によって滝田に「野暮用」を理由にして木川田は被害者の定期券が捨てられていた現場に立っていた。<br />　豊島区巣鴨五丁目ー右手斜め前方約一・一㌔先にＪＲ大塚駅が、左手斜め前方約一・一㌔先にＪＲ巣鴨駅があり、ここは三角定規の頂点にあたる場所だ。<br />　交通の便では大塚や巣鴨よりは近くの白山通りの地下を走る都営三田線の西巣鴨三丁目駅が近く、都電荒川線では新庚申塚が便利である。捨てられていた場所に木川田は納得がいかない。<br />　「それにしてもなんでこの場所なのか？しかもわざとらしく民家の敷地内に…」<br />　被害者の自宅の杉並区永福から直線距離にして約十㌔以上も離れており、勤めている千代田区幸町からも十㌔は離れている。まるで方向違いのこの場所に、被害者が何かの用事があり訪れた際に落としたのだろうか？　<br />　木川田はこれまで、捜査本部や滝田にも内緒で時々、この定期通りの渡瀬景子さんの通勤コースを何度も行き来してみた。<br />　景子さんは井の頭線の西永福駅から渋谷に向かい、渋谷で地下鉄銀座線に乗り替え地下鉄新橋駅で降りて千代田区内幸町の会社に歩いて通っている。帰りの多くの日は渋谷区円山町界隈で客をあさり、主に路上で男性を相手にし井の頭線の終電車に神泉駅から乗車していた。どうみても売春行為で巣鴨まで来ていたとは思えないし、これまで何度も、聞き込みをしてもそんな情報は得られなかった。<br />　ところがその定期券入れにはもう一枚の定期券が入っていた。名義人は男性の名で経路は埼玉県の大宮から都内の虎ノ門駅であり、その経路にもこの場所は関係がなさそうだ。その男性の人定も進めてきた。<br />　定期券を発行したＪＲで調べた結果、その男性は埼玉県与野市在住のサラリーマンであることを突き止めた。<br />　「貴方は定期券を落とした事ありますか？」<br />　「ありますよ。それは前に高井戸署の方に全てを話してありますが、平成八年十一月十七日に所要で西五反田に行った際なんですが、三十万円の現金が入った財布ごと置き引き被害に遭ったんです」<br />　西五反田といえば被害者が勤めるマゾッ娘のあるところで偶然か？奇妙にも一致したのである。<br />　「西五反田は仕事の関係ですか？」<br />　「西五反田に投資用のマンションを持っていまして、それを見に行った際、携帯電話をかけようとしたのですが、近くが騒音でうるさかったので、近くの本屋さんの前でジャケットを脱いで静かなところで電話を終え、戻った二、三分の隙に内ポケットから財布を抜かれたようなんです」<br />　これで、二枚目の定期券所有者の関係も消えた。景子さん名義の定期券は、平成九年三月一日に発行された六か月の定期で金額は約七万円だ。<br />　滝田はこんな意見を言ったことがあった。<br />　「誰かが景子さんから定期券を奪い、その定期券を払い戻そうとした。ところが本人確認でひっかかり払い戻せずに捨てたとは考えられませんか？」<br />　木川田が答えた。<br />　「景子さんの定期券には景子さん以外の指紋はいくつかあった。しかし、ジハールの指紋がなかった…直接殺人には関係ないにしても傍証を固める上でも三十歳前後の日本人の詰めが必要なんだよな」<br />　「景子さんの顧客メモには巣鴨方面の人物も数人いたそうですね。それを詰めたんですかね」<br />　「係長は詰めたが事件には関係なかったと言っている。問題はその数人の中に十時半過ぎに目撃された二十七、八歳から三十歳の日本人がいるかどうかの確認だけでもしておく必要があるんだよな…」</p>

<p>　　捜査から外される<br />　事件発生から間もなく二か月になろうとしていた。ジハール実行犯の確証を得た捜査本部は、最終的な詰めの捜査検討会を開いた。上席には捜査一課長の平山、それに渋谷署長の近藤俊一ら幹部と東京地検の担当検事が座っている。<br />　被害者の手帳やメモ関係者の追跡捜査報告のあと、科学捜査研究所のＤＮＡ型鑑定結果が報告された。<br />　「一〇一号室の被害者の右肩付近と絨毯から発見された陰毛四本の鑑定結果を報告します。四本のうち二本はＡＢＯ型血液鑑定でＢ型。二本はＯ型でした。渡瀬景子の血液方がＯ型でジハールがＢ型でそれぞれ一致しています。これをミトコンドリアＤＮＡ型鑑定を行った結果、Ｏ型二本のうち一本が渡瀬、Ｂ型二本のうち一本がジハールと一致しました。残り一本づつは第三者のものと推測され、これまでのところ該当者はいません」<br />　検事を顔を上げて一つひとつ頷いている。平山は時々近藤と顔を見合わせ確認しているようだ。さらに報告が続いた。<br />　「但し、コンドームに残されていた精液のＤＮＡ型鑑定ではジハールと一致。また、ショルダーバックの取っ手が千切れていた部分の付着物も血液型鑑定でジハールと一致したことなどから、資料的には二人が性交後にトラブルになりバックの奪い合いの後で殺害に及んだとの推定は成り立ちます」<br />　最後にジハールに関係する金銭問題とカギの捜査報告が木川田から行われた。木川田はジハールが金銭的に困窮状態にあり動機面では「黒」としながら、その報告の後で次のような追加意見を述べた。<br />　「このように動機面では真っ黒ですが、だからと言ってジハールに決めるのは如何なものかと思います。これじゃ見込み捜査ではないですか。ジハールがあの部屋にカギをかけずに顔見知りでもある被害者が自由に使っていた場合はどうなりますか？」<br />　強烈なヤジが飛んだ。<br />　「ここは報告会だぞ。お前の意見を聞く場じゃない」<br />　木川田は続けた。<br />　「俺はどうしても巣鴨の民家に捨てられていた被害者の定期券の謎を解いておく必要があると思います。今、科捜研の報告を聞いていると二本づつあるＯ型とＢ型の陰毛のうち、それぞれ一本は被害者と被疑者とＤＮＡ型が一致したが、残りの各一本は第三者の物と考えられるというではないですか」<br />　木川田の演説調の捜査批判に捜査員席からさらに強いヤジが飛んだ。<br />　「そんなにやりたけりゃ勝手に解けよ」<br />　ヤジを無視して木川田は続けた。<br />　「すばり言いますが例えばジハールと被害者の目撃の前に道玄坂道路脇の花壇のところにいた黒いジャンパー姿の二十七、八歳から三十歳前後の日本人の人定もとれていません。定期券の謎と合わせ、遺留物に第三者の可能性がある以上、これらを詰めておく必要がある。この人物を詰めておけば最後にジハールが残れば否認されても怖くない」<br />　この木川田の報告で会場は騒然となった。上席では課長の平山と検事が密談を始めた。その平山の表情が暗い。<br />　「何を言ってるんだ。そんなのは捜査本部長が判断することだ。お前みたいなチンピラが言うことじゃないだろう」<br />　「そうだ！報告はもっとあるんだから、引っ込めよ」<br />　木川田がヤジを飛ばした捜査員席を見ながら反論した。<br />　「自分は意見を言ってるだけですよ」<br />　木川田の声は無視された。デスク主任の今村が手で×印のサインを送り「議論は止めろ」と言っているようだ。ヤジはさらに強烈になった。<br />　「千切れたショルダーバックの取っ手の付着物がジハールと一致するんだろう。コンドームの精液も一致しているし…それで十分じゃないのか」<br />　「害者は何人もとセックスしてるんだ。古い陰毛だってあるだろう」<br />　「前のアパート住人の毛かも知れんぞ」<br />　「そうだ、そうだ、もっと現実として受け止めろ！」<br />　「そんな捜査員はこの事件から外せ！」<br />　「ぞうだ！外せ、外せ」<br />　検討会は収拾がつかなくなってしまった。上席では平山が係長の石川を呼んで顔で「言え」というサインを送った。石川が立ち上がった。<br />　「ちょっと待ってくれ。これはモクちゃん、いや、木川田主任のひとつの意見なんだよ。意見は聞いてやろうじゃないか。他に意見がある人はいないか。いないのならこれで終わるぞ」<br />　こうして最終検討会は騒然とした中で終わってしまった。なぜか？検事の顔の表情も明るかった。<br />　ところが数日後、ジハールの逮捕と同時に木川田が管理官の加藤に呼ばれた。加藤は捜査一課大部屋の管理官席にいた。その隣に小池貫造も座っている。木川田が部屋に入るとチラッと横目で見た。相変わらず表情は冴えない。<br />　加藤管理官席前に木川田が立った。<br />　「木川田主任な、あの先日の会議でのあの発言はないだろう。我々に個人的に意見を述べてほしかった。組織捜査だからああなると統制がとれなくなるんだよ。君には悪いがこの捜査から外れてもらうよ。我々はこれからジハールを調べながら裏付け捜査を徹底する。捜査本部への出勤は必要ない。大部屋にいるか自宅で待機するかは君の自由だ。以上」<br />　木川田の顔が熱くなった。頭に血が上ったのだろう。小池は椅子に反っくり返っている。加藤の声が聞こえているはずだ。<br />　「組織捜査だからと言って都合の悪いものは蓋をしろと言うんですか。私は奴が犯人ではないと批判したのではありません。あれを詰めておかないと公判維持が難しいのではという意見を述べただけです」<br />　「そんなことを君に言われなくても分かっている。しかし、捜査員同士でもめてどうなる？」<br />　隣の席の小池は今度は立ち上がったが席を離れようとしない。木川田はもっと声を大きく怒鳴るように言った。<br />　「あの会議は検討会っていうじゃないんですか。自由にモノも言えない会議ってあっていいんですかね。いくら上意下達の社会と言ってもですよ。間違いがあっても誰も意見を言えない…天下の警視庁がこれでいいんですかねぇ。こんなのプロの集団でもなんでもないよ。ただの御用集団じゃねぇのか」<br />　こう捨てゼリフを残して木川田は大部屋を後にした。参事官の寺島に怒鳴り込みたかったが、その時は辞表を手にしていかなければならないとあきらめた。（つづく）</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-02-02T15:32:25+09:00</dc:date>
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<title>ＤＮＡ鑑定その５</title>
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<content:encoded><![CDATA[<p><a class="mb" href="http://policestory.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2014/02/02/179181418311.jpg"><img title="179181418311" border="0" alt="179181418311" src="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/images/2014/02/02/179181418311.jpg" width="103" height="92" style="HEIGHT: 92px; WIDTH: 103px" /></a> 　犯行を否認　<br />&nbsp; 捜査本部はこれまでの捜査の結果①事件当時、ジハールが一〇一号室のカギを持って自由に出入りが可能だった②そのカギの返却について同居人と口裏合わせをするなど偽装工作が見られる③犯行現場の遺留品である陰毛と精液の血液型はＢ型でジハールの血液型と一致した④事件当時、ジハールはネパール国内に自宅を新築中で金銭的に窮していた⑤被害者景子さんとは性交をするなど顔見知りである⑥目撃者の人相と一致したことなどから強盗殺人事件の犯人と断定した。<br />　そして三月二十三日に出入国管理法違反で起訴されていた裁判が五月二十日に東京地裁で開かれ、懲役一年執行猶予三年の判決を受け、東京拘置所に戻った。捜査本部はこの日の夕方、ジハールを強盗殺人容疑で逮捕した。<br />　東京拘置所で逮捕状を執行されたジハールの身柄が捜査本部のある渋谷署に移送されて取り調べが始まった。<br />　調べ官は帰国子女で英語も話せ、さらに民間企業から警察官になった人生経験豊富な警部補、通称〝ささやん〟こと笹井雄次郎が担当した。<br />　ジハールは初めて経験する異国の身柄拘束にやつれたように見えるが、精神的には落ち着いているのだろうか、あるいは自信に満ちているのだろうか行動はゆったりしている。<br />　笹井はジハールが生活費にも困窮していた状況が動機に繋がる重要な部分に当たるとして調べの入り口にした。さらに犯行時に現場の部屋に自由に出入りできる証しとなる部屋のカギの返還時についても追及した。木川田が担当した部分である。<br />　しかし、のらりくらりと曖昧な供述を繰り返すばかりで、カギの問題に触れると自分の正当性だけを主張した。<br />　「カギは確かに自分の手から離れている。悪いのは私が預けた人物だ」<br />　笹井はこれまでの流れをみて簡単に「落ちる被疑者」ではないと思った。事件の核心に入ってもそれは変わらなかった。しかし、どこかで優位にたたなければならない。<br />　「君は三月十九日の夜、アパートに帰った時、警察官に女性の写真を見せられて『見たことあるか』と聞かれたよね。その時、なんと答えた」<br />　「知りませんと答えたような気がします」<br />　笑顔をつくりながら笹井が言った。<br />　「本当に知らなかったのか？良く見なかったんじゃないの？」<br />　「いや、本当に知りませんでした」<br />　「今でも思い出せないか？」<br />　ジハールはこの一言で黙ってしまった。<br />　「ではズバリ聞くが、君は四〇一号室で一緒にいる三人でこの女性とセックスをしたよな」<br />　だんまりは続く。ちょっと厳しくしておく必要があると笹井は態度を変えた。声に鋭さが増した。<br />　「君ね。日本の法律ではな女性と売春をした相手の男も違反になるんだぞ。黙秘はいいがそれでは君が不利になる。第一、君の母国の同居人は既に認めているんだよ」<br />　「…　…　…　…」<br />　「そこでお金を払らったんだろう」<br />　机上に置いていた両手が膝の上に移動した。一度、天井を見つめ何か祈るような仕草を見せた。<br />　「しました」<br />　「はい、認めたね。売春防止法第三条違反だ。写真を見せられて『知らなかった』は嘘なんだな。閻魔（えんま）様って知ってるか？インドのヴェーダ神話に出てくる地獄の神様だよ。日本ではな、嘘を付くと閻魔様に舌を抜かれるという昔話しがあるんだよ。もっとも俺自身、あまり知らんがな…ハッハッハ」<br />　笹井は笑顔を見せた。笹井自身、子供のころ聞いただけでそんな昔話しあったとは詳しくは知らない。その話を聞いたジハールの表情がほぐれた。<br />　「申し訳ありません。お金も払いました。たしか…一万千円だったと思います」<br />　「そうだろう。その女性を連れて来たのは君だというではないか。どこで知り合ったんだ」<br />　「去年の十二月中旬ごろだったと思います。私が仕事を終えて帰ってきたら渋谷ステーションのホテル近くの道路上に立っていました。その女性から『あなたがセックスを望むのなら一回五千円でいいですよ』と言われました。その時、私はホテル代がないと言ったのです。それが最初の出会いです」<br />　笹井はようやくペースに乗ってくれたとホッとした。<br />　「そう言ったら女性はなんと答えた？」<br />　「女の人は『どこでもいいですよ』と言ったので私は私の部屋に連れていきました」<br />　「その時、その部屋には他に二人がいたんだよな。女性は嫌がらなかったのか」<br />　「全然…そこで三人で順番にセックスしました。たぶん私が最後だったように覚えています」<br />　「それが最初でその後、何度くらいセックスしたのか？」<br />　ここまでリズミカルに喋っていたがジハールはこの質問で再びだまり込んだ。<br />　「次に会ったのはいつなんだ！」<br />　「…　…　…　…」<br />　何を言っても答えることはなかった。そして翌日、踏ん切りが付いたらしくサバサバしている。笹井は昨日に続けた。<br />　「昨日の続きね…最初の出会いは分かった。次に会ったのはいつですかと聞いたんですよ」<br />　「たしかその月の終わりのころだったと思います。三人でプレーした時と違う若い者がいた時でした。彼女が突然部屋を訪れて『今日もセックスしませんか』と言ったのです。仲間の一人が近く私の姉が日本に来てこの部屋に住むことを知っていたので怒り出しました。『ここは彼のお姉さんの部屋なので、そんな事できない』と言いました。そして『二度と来るな』と言って追い返しました」<br />　「その日はセックスしていないよな。そうではなく、した日を聞いてるんだよ。もっと会っているだろう？」<br />　何度聞いても答えない。景子さんの手帳に書いてある十二月十六日の「外人（四〇一）〇・三」に関わる供述が必要なのだ。どうやら三月八日の喜寿荘の話しに繋げられるのを恐れているのかも知れない。必死に絶えているのだろう。<br />　「それで、君の部屋が使えなくなり今度はホテルを使うようになったのか？　それとも君は喜寿荘のカギを持っているからその部屋を使ったのと違うか？」<br />　それでもだんまりは続いた。<br />　「あのなっ、彼女はその部屋のカギを持っていない。ところが部屋の西側の窓の下のたたきに使用済みのコンドームが三個も落ちていたのを二階の人が見ているんだよ。カギを持っている君以外にあの部屋を使う人がいないんだ。どう説明するんだ。別の女でもいるのか？」<br />　するとジハールから意外な話しが飛び出した。<br />　「私は彼女以外の女性とも何回か一〇一号室でセックスしたことがありますから、はっきり思い出せない部分もあるんですよ」<br />　どうも混乱しているようだ。<br />　「彼女以外の女と一〇一号室を使った…そこでコンドームを部屋の外に捨てたというんだな。その女とはどこで知り合ったんだ」<br />　ジハールは考えてから言った。<br />　「二月初めより後で十五日より前だったと思います。ハチ公前で知り合った女性です」<br />　「その女とは一〇一号室を使ったんだな」<br />　「使いました」<br />　「何回ぐら使った？」<br />　「三回ぐらいだったと思います」<br />　コンドームの個数と合っている。こうなればズバリいくしかないと笹井は決断した。<br />　「まあいいや。今聞きたいのは景子さんの事なんだよ。彼女の記録にはその後も君と会っているとなっている。全部、正直に喋ったらどうなんだ」<br />　しぶしぶ答えた。<br />　「今年に入って一月下旬だったと思いますが、仕事から帰ると神泉駅近くのコンビニの前に立っていた彼女から声をかけられました」<br />　「ほら見ろ。会っているじゃないか…それでどうした」<br />　「セックスできる場所として部屋に連れて行こうとしたのですが前回、追い返しているし、また連れて行っても同居人が邪魔になると思い、当時持っていた喜寿荘のカギを使って開け、その中で彼女から渡されたコンドームを付けてセックスしました。終わった後でコンドームを持ってトイレに行きました。そのあいだ彼女が何をしていたかは見ていません。水を流したかどうかも覚えていません。その時の料金は五千円でした」<br />　〇・三とは違う。<br />　「これは確認のために聞くが、喜寿荘ってどこにあるの？その部屋は何号室なの？」<br />　「私の住んでいる建物のすぐ隣です。一〇一号室です」<br />　笹井は語調を強めてこう質問した。<br />　「そのカギを君は持っていたんだな。それが三回目？。いや、やったのが二回目だな。そうではなくて三人でプレーした後の十二月十六日に君は三千円でしているだろう。忘れたのか？」<br />　笹井はジハールの五千円の供述は、被害者のメモが存在しない三月八日のことではないのか？と思った。暫く黙り込んだあと徐に答えだした。<br />　「次が本当に最後です。二月二十五日ころから三月二日ころの間に、私が帰ると彼女は喜寿荘一階通路の階段のところにいました。その時も彼女から『きょうもセックスしませんか』と言われました。いいよと言って一〇一号室に行き、私がカギを開けて部屋に入り彼女から渡されたコンドームを付けてセックスしました。使ったコンドームをカーペットの上に置き、服を着て部屋を出る時にトイレのドアの所から便器の中に捨てたが水は流しませんでした。その時、私は女性に一万円を出したが彼女は『小銭のほうが良い』と言うので小銭で四千五百円を払いながら、これでは足りないでしょうと言うと『次に会った時に精算すればいいでしょう』と言われました」<br />　今度は日時は違うがコンドームの部分が八日に微妙に近づいてきた。そこでもう一度日時の確認をした。<br />　「なんで二月二十五日から三月二日の間なんだよ」<br />　「出した一万円が同僚から借りたお金で、借りた日が二月二十五日であることや三月四日と五日の連休前にセックスした記憶があるためその期間だったと記憶しているからです」<br />　この記録は景子さんの手帳には存在しない。性行為からコンドームを捨てた話しは三月八日のことではないのかと笹井は改めて疑問に思った。<br />　「それからどうした」<br />　「部屋を出るとき玄関のドアは彼女が閉めましたが、私はカギをかけませんでした」<br />　「どうしてカギをかけなかったのか？」<br />　「それは…前に話したように、五日に給料が入ると家賃と一緒にカギを丸山さんに返すことになっていたからです」<br />　「ということは五日以降もその部屋を使おうと思っていたわけだな」<br />　「そんな事はありません」<br />　「では、三月八日の夜のことを聞かせてもらおうか」<br />　「八日には会っていません。十一時半過ぎにはもう部屋に帰っていました」<br />　「嘘をつくんじゃない！」<br />　頑として三月八日の行動を否定し続ける。<br />　「だから、何度聞かれても二十五日から二日の間に会ったのが最後なんです」<br />　焦ってはいけない。笹井はゆっくりした口調で聞いた。<br />　「君の同僚、自由が丘の焼き肉店に勤めている彼が、その日は午後十一時九分に職場を出て十一時三十九分に渋谷に着いたんだが、その前の十一時二十七分と五十分に部屋に携帯から電話をかけたが誰も出なかった。彼は君が部屋に帰った時間は午前一時ころと言っている。それまでどこで何をしていたのか？」<br />　「幕張の店を出て電車に乗ったのが十時二十二分で渋谷に着いてから彼女がいるかなあと思いぶらぶらしていたが会えなかったので部屋に帰りました」<br />　「うん？待て。さっきは十一時半過ぎに部屋にいたと言ったのは嘘か？どっちなんだよ。はっきりしろよ」<br />　笹井は声を荒げてしまった。しかしジハールはそれに答えようとはしなかった。<br />　捜査本部はこの間に調べ室のマジックミラー越しに八日夜の目撃者である杉下の面通しを実施した。<br />　「あの時の男に間違いありません」の回答を得た。<br />　笹井は最後に切り札を使った。<br />　「被害者の胸、バストに犯人の唾液がいっぱい付いていてな。どうだろう、君の唾液をくれないか？鑑定してみたいのだよ」<br />　ジハールの顔色が変わった。<br />　「お断りします」<br />　「そう、そこまで否定するのか…まぁ、しゃないな。実は捨てられていたコンドームと被害者の身体付近にあった陰毛を鑑定したんだよ。君は血液型はＢ型だったよな。鑑定結果もやはりＢ型だった。われわれはミトコンドリアＤＮＡ鑑定もしてみたよ。そうしたらこれも君とぴったり一致してな…これが日本警察の科学捜査っていうやつだ。もう逃れられないんだよ。それでも話すつもりはないのか？」<br />　ジハールは完全黙秘になってしまった。結局、捜査本部は否認のままジハールを東京地検に強盗殺人容疑で送検した。<br />　何かどこかにモノが詰まったような完全に吹っ切らないモノを残して捜査は終了した。　<br />　　　　　　　　　　　　　終わり 小野義雄</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-02-02T15:30:38+09:00</dc:date>
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<title>小説　防諜「テロリストを捕捉せよ」その１</title>
<link>http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/01/post-4221.html</link>
<description>　　　プロローグ　　　　　１ 

　「やあミスタータイガーお帰りなさい」　日本語...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　　　プロローグ<br />　　　　　１<br /><a class="mb" href="http://policestory.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2014/01/30/pb019249500x3751.jpg"><img width="300" height="225" title="Pb019249500x3751" alt="Pb019249500x3751" src="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/images/2014/01/30/pb019249500x3751.jpg" border="0" /></a> </p>

<p>　「やあミスタータイガーお帰りなさい」<br />　日本語とはイントネーションが違う言葉で迎えられた影虎。ここは東京・西麻布二丁目のセントラルビル地下一階にあるバー「レッドローズ」。開店時間前とあって店内にはこのバーのマスターでアメリカ人のデビット・ジョンソンひとりだけだった。<br />　すらりとした一八七㌢はある長身。茶髪で僅かにウエーブのかかった髪。ギョロリとした目に顎が細くて堀が深いバランスのとれた顔は、あのアメリカ映画「ハンター」や「荒野の七人」に主演したスティーブ・マックイーンに似ている。<br />　木製のドアを開けて入ると黒を基調とした店内に琴の名曲のＢＧＭ「六段の調べ」が流れている。十人が座れるカウンターに四人がけのテーブル席が五席あった。<br />　六本木通りを挟んで南側にはギリシャ大使館やルーマニア大使館、ウクライナ大使館など在日大使館が多く、アメリカやイギリスなど欧米の大使館員も含めて世界各国の大使館員の〝隠れ家〟的な存在になっている。<br />　ただ違っているのはデビット・ジョンソンはＣＩＡ（アメリカ中央情報局）の秘密諜報員であることだ。顧客はそんな事は全く知らない。影虎は警視庁警部・明智勇、五十三歳。二人は影虎が「ゼロ」に在籍した時からの知り合いである。<br />　「ゼロ」とは「チヨダ」の分身。「チヨダ」は警察庁警備局警備企画課の裏組織として存在した。国内で共産党などの見張りや政府転覆を謀る組織の監視、情報を収集する公安警察だ。<br />　責任者は人事記録にも載らない「裏理事官」としてキャリアの警視正が配置されている。日本国内にいる様々な職業の協力者の管理のほか警視庁公安部をはじめ全国の都道府県警察にいる作業班（刑事）の指揮官でもある。<br />　その「チヨダ」は神奈川県警管内で日本共産党幹部宅盗聴事件が発覚して社会問題になり廃止になった。それ以降は「ゼロ」と改名され現在も裏活動を続けている。<br />　影虎とジョンソンは二〇〇一年九月十一日のアメリカ同時多発テロ事件で知り合ったカウンターパートだ。<br />　テロ事件の一か月前にアルカイダの人物数人が成田空港からアメリカに向かったという情報により、日本国内での足取り捜査のため来日したジョンソンに、警視庁公安部の影虎が警察庁の要請で捜査に協力した。<br />　アメリカは同時多発テロ事件以来、テロ対策の最重要課題としているのがアルカイダ対策。アルカイダは日本をはじめフランスやイギリスなど世界各国にメンバーを配置し、その国の組織などと連携したテロ組織の拡大を図っているとして、日米の捜査当局が警戒を強めている。<br />　ジョンソンはアジア担当で日本語が流暢なことから、影虎とは息が合った。同時テロ事件の翌年には日本駐在の秘密情報員となって来日。以来、影虎とは情報交換を密にしている。<br />　レッドローズはアメリカはデトロイトのゼネラルモーター関係者が経営していると言われているが定かではない。ジョンソンは〝隠れ〟マスターで一か月も二か月も行方不明になる時がある。<br />　ジョンソンは影虎の虎の文字をとってミスター・タイガーと呼び、影虎はジョンと呼ぶ間柄だ。<br />　「暫くでした。儲かってまっか…」<br />　この挨拶は二人の間では「仕事は順調に進んでいるか」という意味が込められた〝共通語〟だ。<br />　「暇していた時だけにジョンの電話に水を得た魚みたいだよ」<br />　「ミズヲエタウオってなんだ？」<br />　「仕事ができるので生き生きとしているということだ」<br />　ジョンソンは両手を広げて首を傾げ、戯けのポーズをとった。<br />　「オーノー…日本語は難しいな」<br />　そして続けた。<br />　「きょうはタイガーにご褒美をあげようと思って呼んだのだ」<br />　ジョンソンはカウンターの後ろにあるカバンから資料を出して影虎に説明を始めた。<br />　「我がＣＩＡが今年一月にボストンでアレクスという男を逮捕した。フランス国籍だがアルカイダのメンバーだった。青い目の男と呼ばれていた」<br />　ジョンソンはそう言って一枚の写真を影虎に渡した。それは二人の男のポーズ写真だ。撮影場所はアメリカ国内の港のように見えた。<br />　ジョンソンは、髪は茶色でギョロッとした目と茶色の太い眉が接近、堀の深い顔立ちの男を指さして話し始めた。確かに青っぽい目をしている。<br />　「この男が逮捕したアレクスだ。彼は新潟というところが発行した外国人登録証を持っていたんだ。そして日本製の携帯電話を持っており、頻繁に連絡していた相手の番号がある。所有者の名前が分からないが０８０・１３９×・×５××と０９０・８７５×・６×××だ。情報として提供する」<br />　頷く影虎にジョンソンはさらに続けた。<br />　「中でもアレクスと０９０・８７５×・６×××との通話内容はＴＮＴ火薬だ」<br />　「えっ」<br />　影虎は驚いた。これは重要な情報になると思った。<br />　「分かった、サンキュウだ。その番号を調べたら報告しようか？」<br />　「我が国に関係ある情報なら必要だが、君たちの国の関係なら報告は要らない。自分の国は自分で守ることだ」<br />　今度は影虎がジョンソンに確認した。<br />　「ちょと助けてほしいんだ」<br />　「ヘルプだと！」<br />　「そうだ。イスラム過激派のラジム・ユセフが本国に引き揚げて別の男が代わりに配置されたという情報があるが、その情報入っているか？」<br />　「それはジャマン・ナマンガニという男だろう。ナマンガニとユセフが交替しただけでなく増員されたという情報もあるぞ」<br />　ジョンソンは拭いていたワイングラスを置いて、後ろの棚に置いてあったバッグの中から今度はタブレットを取り出して画面の写真を示しながら言った。<br />　「ジャマン・ナマンガニ。この男だ。三十八歳。アルジェリア系フランス人と聞いている。身長は小柄で百七十㌢ぐらいだ」<br />　タブレットの写真の男は、東洋系というよりはヨーロッパ系が入っている人相だった。眼が窪んで鋭く、黒くて太い眉。黒いあごひげがある。<br />　「この男は両腕にタトーを入れているのですぐ分かるはずだ。我々は日本国内にはアルカイダの工作員が十一人いると見ているが把握しているか？」<br />　「東京、大阪、茨城、新潟、福岡など十人のポジションは概ね把握しているが連中の動きが激しい」<br />　「我々も正確に把握していないが、アルカイダの動きが慌ただしくなっているから注意することだ」<br />　「日本でか？」<br />　「ノー、東京だけでない。ワシントン、ニューヨークやロンドンでもだ。東京にニシカマタというところはあるか」<br />　「大田区にあるが…」<br />　「そこにタカベセイサクショというところがある。何かのマシーンを作っている会社だ。しかもそれはプレシャス（精巧）なものだ。警戒するならそこだ」<br />　「ありがとう。大変参考になった」<br />　「聞きたいことがある。ギブアンドテイクだろう」<br />　そしてジョンソンは北朝鮮の金哲秀（キム・チョルス）の名前をあげた。<br />　「今何しているか知りたい。最近彼はメルアドを変えたのか情報が入手できなくなった」<br />　「金哲秀は二年前に大阪総連にいたが今は、北区王子にある東京総連合会の幹部だ。一部情報では工作員の束ね役という話も出ている」<br />　「タバネヤクってなんだ。千代田区にある在日北朝鮮総連合会と違うのか？」<br />　「失礼、キャプテンだ。ビルの売却問題の時に名前を変えて引っ越した」<br />　「オーケイ、サンキュウ」<br />　「なぜ？そんなことを聞く？特別の情報を持っているのか？」<br />　「我が国は日本の普天間以上に、対中国と北朝鮮の作戦上で重視しているのがサウスコリア（韓国）へのオスプレイの配置だ」<br />　ジョンソンの説明によると韓国も済州島の海軍基地のあるビレッジ・カンジョン（江汀村）へのオスプレイ配置を希望しており、米・日・韓の合同軍事演習の要にする方針だという。<br />　韓国内では計画段階で基地建設に大きな反対運動が起きたことから、韓国政府はオスプレイの配置の実現に向けて在日韓国大使館に国防部の特使を派遣、日本国内におけるオスプレイの反対運動への対処方法などの情報を収集していることを明らかにした。<br />　そしてこんな情報も漏らした。<br />　「金哲秀はわが国が極東対策のため配置したオスプレイの情報を入手しようとしている。オスプレイは君たちの国にとってもノースコリア（北朝鮮）やチャイナ（中国）に対する軍事抑止力として大事な戦力のはずだ…」<br />　さらに続けた。<br />　「ここが大事だ。ノースコリアはミサイルで攻撃するポーズをとっているが、ミサイル攻撃のような外的な攻撃ではなく、その国の内部に潜み、内部を攪乱する戦略をとるように変化しているのだ」<br />　「そうすると国内での対策を変える必要があるな…」<br />　「そうだ。既にサウスコリア（韓国）では国家情報院が国会議員を逮捕している。ノースコリアの工作員の言いなりになって地下組織を結成していたんだ」<br />　ジョンソンの独演会になってしまつた。<br />　「その議員は秘密集会まで開いていたという。ノースコリアは韓国の石油施設、火薬工場、通信施設の爆破計画までしていた。これからはアルカイダと合わせて注目していかなければならない」<br />　さすがＣＩＡである。影虎は心配になった。<br />　「金哲秀は日本国内にいる北朝鮮の土台人およそ五千人のキャプテンとなればその情報は放置できないな」<br />　「ドダイニンとはなんだね」<br />　「ファンデーションだよ。この呼び方は韓国の工作機関が使うもので、北朝鮮の諜報・情報部機関が日本に潜入する際、対日工作活動の土台、ファンデーションとなる人間だよ。この土台人は特別永住者、つまり在日朝鮮人の場合もあれば、その二世。あるいは日本人と結婚するなどして帰化した人物もいるんだ。拉致事件ではあの辛光洙（シンガンス）のように拉致した者になりすまして入国した不法入国者もいる。日本はスパイ天国だからな」<br />　「だから日本はアメリカのようなＮＳＣ（国家安全保障会議）の設立を考えているそうだな」<br />　「ようやくだ。間もなく政府が発表する」<br />　「イギリスではＳＩＳ（秘密情報部）、韓国でさえＡＮＳＰ（国家安全企画部）を持っている。ミスタータイガーのところは国家レベルの諜報機関を持たない。これで、ようやく世界のレベルに達するな」<br />　ここまで話した時、ジョンソンは、口に人差し指を当てて「黙れ」のポーズをとった。　<br />　ドアが開いて一人の女性が入ってきた。<br />　「おはようございます」<br />　まるで芸能界のような挨拶だった。<br />　「うちのフロアレディだ。ベトナム国籍だよ」<br />　「ホステスは何人いるのか」<br />　「日本人以外では彼女のほかにタイ、フイリピン、ベトナム、スリランカ人と全部で五人いるぜ！」<br />　「よく東南アジアばかりを揃えたものだ。アラブ人はいないのか」<br />　「いたら最高だが残念ながらいない。彼女たちは介護の資格をとるため来日している専門学校生だ。勿論、就学ビザだから心配するな」<br />　「分かった。ありがとう」<br />　椅子から立ち上がる影虎を見てジョンソンが言った。<br />　「ミスタータイガー、一杯飲んで行くか？」<br />　「ノーサンキュウだ。その時は改めて出直して来るよ。グッバイ…」<br />　ジョンソンは手を振りながら「グッドラック」の言葉を返した。<br />　<br />　　　　　　２<br />　影虎とジョンソンがカウンターパートになったのは、互いに正義がまかり通る社会にすることだ。そのために二人は「悪は消え去るのみ」という信念を持っている。<br />　影虎の本名、明智は新潟県出身で早稲田大学を卒業している。卒業後、民間企業に就職したが理不尽な上司を殴り飛ばして退職。二十九歳で警視庁警察官を拝命してから二十四年になる。<br />　「正義」という名の塊のような明智の初任地は上野東署。その時の地域課長が国木田だった。<br />　国木田龍夫。東大法学部を卒業して警察庁に入庁したキャリア。警備・公安畑を中心に歩き、今や公安のエキスパートだ。<br />　明智は上野駅東口の交番に勤務していた時、同じ田舎出身として親しみがあったから、上野駅に降り立つお年寄りの手を取り案内するなど親切なお巡りさんだった。<br />　この仕事熱心さが認められ、留置管理を経て三年で生活安全課の刑事に抜擢された。持って生まれた信念は絶対に「悪を許さない」。<br />　当時、ＤＶ（夫婦間暴力）やストーカー事件が社会問題になっており、明智は、弱い立場の女性に対する性的な犯罪などには〝物の怪〟にとりつかれたように異常なまでの執念を燃やす。<br />　台東区内で一人暮らしの女性ばかりが強姦される事件が相次いでいた。明智は、非番のときの張り込みで、リクルートスーツを着た女性の後を追う不審な男を発見。<br />　追尾すると女性は台東区谷中のアパートに入った。男もこれに続いた。まもなく女性の悲鳴が聞こえた。逃げてくる男が明智と鉢合わせになった。<br />　明智は足払いをかけて路上にねじ伏せると腕をひねりあげ、左足で顔を地面に押さえつけ手錠をかけた。<br />　アスファルト地面に足で顔を押しつけたことで被疑者の顔に擦り傷ができてしまった。<br />　乱暴な逮捕と非番の日に手錠を持っていたことで署長から厳重注意を受けたが、男は強姦魔で、被害女性は二十人を超えており、その犯人の逮捕は大きな功績となり不問に付された。<br />　そして二か月後。明智が当直の日だった。女性が「助けて下さい…夫が家で暴れています」と署に駆け込んだ事犯で明智は、女性の自宅に向かい、暴れる夫を柔道で投げ飛ばして逮捕している。<br />　投げ飛ばされた男は腰の骨を折る重傷。明智の柔道二段、剣道三段の腕前が災いした逮捕行為が問題とされ、厳重注意の懲戒処分を受け世田谷区の山の手署に異動になった。<br />　パトカー勤務となった明智は、警察学校時代に習得した「見当たり捜査」技能をフルに生かした職務質問を徹底。百件以上も余罪のある泥棒を職質で捕まえるなどの好成績を上げ、一年間で総監賞を五本も受賞した。<br />　ところが持って生まれた気性は変わらなかった。<br />　暴走族全盛の時代である。パトロール中にジグザグ運転の数台の暴走族のバイクを発見した。警察を威嚇する行為に激高した明智はパトカーをオートバイにぶっつけけん銃を抜いて威嚇して制圧した。<br />　横暴な行為に警察官失格として東京都庁の防災課に飛ばされた。<br />　心にダメージを受けている時に定年間際の防災課長から紹介されたのが神奈川県出身の都庁職員、大谷康子、二十六歳だ。<br />　防災課長は国木田の友人。明智は「仕事に対する意欲は長所でもあるが短所でもあり二面性を持った人物」だと国木田から知らされていた。そして防災課長は明智をこう諭した。<br />　「君はもう三十歳を過ぎた。正義の味方の警察官としては素晴らしいが、これからは一歩、大人になって平静に物事に対処すべきなんだよ。悪は処罰されるのは当たり前だ。だが、それは法が裁いてくれる。君は常に平常心を保って、罪人ではなく罪を憎み、止むを得ず罪を犯した人の心を読みとり理解し、悪の心を諭してやるような余裕を持て」<br />　心にゆとりを持つためには生活にゆとりが必要だ。そのために家庭を持ったほうが良いと諭されて康子と結婚した。<br />　今は杉並区荻窪の自宅には四十八歳の康子と二人暮らしだ。長男も長女も結婚してそれぞれ別居して家庭を持っている。<br />　この暴れん坊・明智に渾名（あだな）を付けたのは国木田だった。国木田は戦国時代の武将、上杉謙信に心酔しているうちの一人だ。<br />　武田信玄と戦った川中島の戦いでは、待ち伏せ作戦や偽装作戦をとる武田軍に対し、少ない兵力で勝利した作戦を国木田は人生の教訓として警察官の道を選んだ。<br />　武田信玄に真っ向から挑んでいった上杉謙信の別名は長尾景虎。「人のふみ行くべき正しい道筋を重んじる」という人生観を持っていた信玄を国木田はたまらなく好きなのだ。<br />　これに対して正義感にやたらと凝り固まった青年刑事・明智の性格。鋭い攻撃力。他人との融合性の特技丨<br />　国木田はそんな明智に将来の期待を込めて「かげとら」と呼ぶようにした。長尾景虎の「景」に変わって「影」の字を付けたのである。「景」が「影」になった理由は、表舞台で活動するのには性格が個性的過ぎることから本人ではなく影武者の「影」という意味が込められている。ただ、この人物の大きな特徴は、興奮すると「どもる」のである。誰が付けたか別名は「どもりの虎」。どもりは感受性の強い人がなりやすいと言われており影虎の人柄である。</p>

<p>　　　自衛隊基地爆破事件<br />　　　　　　　　３<br />　稲妻のような閃光と地響きを伴った爆発音が宵闇の静寂を破った。空気中の水分を全て吸い取るような白い粉塵が辺りを覆い街灯の光を遮断、一瞬だが暗闇に包まれた。<br />　爆風は静まり返った深夜とあって百㍍離れた民家の窓ガラスを叩き、付近の住民に東日本大震災の時を思い起こすに十分な衝撃を与えた。<br />　「航空機が爆発したのでは？」<br />　基地の当直主任をしていた藤井は本館を飛び出し格納庫の方向を確認した。なんの変化もなかった。確認するように今度は、身体をゆっくり回転させた。<br />　「あれだ！」<br />　藤井に続いて隊舎を飛び出した二等空曹が指さした方向を見た。視線の先は基地の正門。白い粉塵が舞っている。<br />　「藤井班長！行きますよ」<br />　数人の若い空曹はかけ声と同時に現場目がけて走り出した。一人は携帯で一一〇番通報しながら走っている。藤井もこれに続いた。何があったのか瞬時には理解できなかった。正門の警衛所からの連絡も入っていない。<br />　正門まではゆうに百㍍はある。途中まで来た時サイレンの音が聞こえてきた。その音量は次第に大きくなっていく。<br />　「交通事故にしては粉塵が多過ぎる…爆発しそうな物はないのだが…」<br />　藤井の頭は混乱した。白い粉塵も治まりつつあった。<br />　さらに近づくと警衛所の北側と東側の壁がほとんど崩れ落ち、南側のガラスは全て割れている。僅かに西側の壁と鉄の柱が残っているという無惨な姿だった。<br />　北東の近くにある六角形の赤煉瓦門柱の一部のタイルが落ちてコンクリートがむき出しになっている。<br />　次々に到着する消防車や警察のパトカーの赤色灯の照明に浮かびあがる無惨な光景を目の前にした藤井の足がすくんだ。<br />　この光景に藤井が感じたのは「爆弾テロかも？」と思う一方で「なんでこんな時間なのか？」と疑問を持った。<br />　この警衛所の建物は昭和五十年代に建てられたもので、クラシックタイプのコンクリートボードが壁材料に使われている。鉄骨コンクリートでないため壊れ方が激しいが、赤煉瓦の門柱の表面の格子柄のタイルを見ると爆発物の威力が想像できた。<br />　門柱に掲げた重さ六十㌔近くもある銅板の門標が地面に落ちている。緑青の出た銅板に「航空自衛隊松島基地」の金ピカ文字が輝き、歴史的な重厚さを感じさせるもので、基地を訪れる観光客の記念写真の背景に使われていた。<br />　警衛所の北東隅の建物の外にあった掃除道具などを入れるアルミ製の箱が体をなしていないほどぼろぼろになっている。<br />　藤井は腕時計を見た。午後七時を過ぎたばかりだ。僅かだが西の空に明るさが残り、新月が何事もなかったように下界を見つめていた。<br />　「道具箱付近が爆心地かな？」と藤井は直感的に思った。<br />　火が出でいないため消防車の放水がない。おかげで、砕けたコンクリートボードの粉塵が時折吹く海風にブリザードの様に地面を這う。火薬の匂いと合わさって容赦なく鼻や口から入り込んでくる。<br />　基地内には隊員たちが集まり、不安げに眺めている。基地の前を通る道路は交通規制されているものの、野次馬が集まりだし、警察官が整理に追われていた。<br />　この日の警衛は警務隊員で空尉の小坂登喜雄。午後六時から一人体勢になっている。藤井は小坂を捜した。発生時の状況を聞くためである。しかし、どこにもその姿は見えない。<br />　基地内待機班の警務隊員も到着。敬礼を受けながら藤井が指示した。<br />　「凄い爆発のようだが、小坂空尉がいないんだよ。探してくれないか」<br />　小坂一等空尉は現場の直近にいた者として警察の聴取の前に事情を聞かなければならない人物である。状況を聞いた後で幹部に報告する予定だ。指示を受けた隊員の一部は損傷の激しい警衛室に入った<br />　松島基地のトップは第４航空団司令兼松島基地司令で空将補の野見山孝一。就任したのは一年前だった。<br />　航空自衛隊の階級は空将の下に空将補、一等空佐から三等空佐、一等空尉から三等空尉、曹長がいて下に一等空曹から三等空曹、准尉、士官などと続く。藤井辰夫はその中の二等空佐できょうの当直の班長だった。<br />　松島基地は東松島市に所在し、ブルーインパルスで全国的に知られているが他に救難隊や気象隊も同居する。保有する航空機もブルーインパルス用のＴ丨４から戦闘機のＦ丨２、救難機のＵＨ丨６０Ｊなど多種にのぼる。<br />　藤井が小坂の顔を見たのはこの日の夕方。当直任務に着くという報告を受けた。そんな思いをしていたその時、ただならぬ声が警衛室内から聞こえてきた。<br />　「藤井班長！ここです。建物の中にいました」<br />　声の主は門柱付近にいた警務隊員だ。異様な叫びに警察、消防隊も一斉に注目した。<br />　藤井が駆けつけると室内は崩れ落ちたコンクリートの破片やガラス、机や椅子が散乱している。<br />　壁近くの床は、瓦礫から浸みだしたような水液で真っ赤なに染まっている。コンクリート片の隙間からグリーンの布が僅かに見える。制服だ。<br />　藤井が近づくと生臭い匂いが鼻を突いた。まぎれもなく人間の血の臭いだ。藤井は布を覆っている瓦礫を丁寧にひとつずつ取り払った。覆っている瓦礫の数が少なくなるにつれて布は次第に丸みをおび、人の形になっていく。<br />　赤く染めていたのは人の血…おびただしい量である。藤井の瓦礫を取り除く手は真っ赤に染まった。藤井は心の中で祈った。<br />　「そうであって欲しくない」<br />　瓦礫の量が無くなると同時に絶望感に変わった。それはまぎれもない制服を着た人だった。<br />　「おいっ小坂！」<br />　藤井は大声をあげながら、身体を覆ったさらに細かな粉塵を払い、うつ伏せになっている身体の右肩を上に横向きにして顔を確認しようとした。胸にあるワッペンが見えた。「ＡＰ」と金文字で刺繍された基地警務隊のワッペンだった。<br />　「しっかりしろっ！小坂」<br />　それは絶叫に近かった。無駄と分かっていても自然に出てしまうのだ。小坂を取り囲む他の警務隊員も同じだった。<br />　「小坂！何があったんだ ！」<br />　隊員のすすり泣く声…<br />　小坂は白地の腕章が付いた腕と右足の骨が粉々に砕けている。後頭部が潰れ、頭の髪は血糊でべったり。顔もグチャグチャで人相すら分からない。<br />　「小坂！辛かっただろうなあ…」<br />　藤井と警務隊員は遺体の前に跪き、両手を合わせ冥福を祈った。あまりにも無惨な姿に藤井は涙が止まらなかった。嗚咽が止まらない隊員もいた。藤井の左肩がたたかれた。<br />　「基地の方ですね。ここは立ち入っては困ります。外に出て下さい。何にも触れないで下さい」<br />　かなり威圧的だった。<br />　「東署の者ですが、事情を聞きたいので司令車まで来て下さい」<br />　「わかりました。私は基地を管理する警務隊の責任者です。その前にこの状況を幹部に報告させて下さい」<br />　「電話でしたらうちの車の中にありますが…」<br />　「いや、携帯がありますので結構です」<br />　藤井は緊急連絡用の電話番号を押した。野見山は四回のコールで出た。<br />　「今夜の当直の藤井です。夜分に済みませんが…」<br />　ここまで言った時、野見山の怒鳴り声が藤井の鼓膜を突いた。<br />　「臨時ニュースで知ったよ。なぜもっと早く連絡できないんだ。現場はどうなっている」<br />　「正門の守衛室と門柱の損傷が激しく、鋼鉄製の門扉は形をなしていません。なにかが爆発したためと思われます。警衛の小坂空尉が遺体で見つかりました」<br />　「機体には異常がないんだな」<br />　ないという報告を聞いた野見山の声が落ちついてきた。<br />　「隊員の死より機体が大事なのか」と藤井は憤りを感じた。<br />　「私はこれから警察の聴取を受けますので…」<br />　藤井は携帯を折りたたみながら、警務隊員には駐機場、格納庫を中心に基地内の見回りの強化を指示。警察車両のワゴン車に向かった。先ほどの私服刑事がスライド式ドアを開けて待っていた。<br />　　　　　　４<br />　基地を管轄する松島東署に宮城県警本部警備部長の石井久が到着したのは発生から一時間近くが経った午後八時前。刑事部長の坂田憲男、捜査一課長の谷津茂助も前後して着いた。<br />　三人は署長室で署長の千野亮子から報告を聞いた。千野の報告する声が震えている。千野は東大法学部卒で一九九六年（平成八年）警察庁入庁組のキャリア。<br />　警視庁万世橋署の刑事課長を振り出しに東京湾岸署の副署長、内閣府に出向し男女共同参画局ではＤＶ（夫婦間暴力）法の誕生に活躍し、宮城県警では初めての女性警察署長に迎えられた。半年前の春の人事異動で就任したもので、県警本部長の大久保純三が刑事局の審議官をしていた時の捜査一課の理事官だった。<br />　「ご苦労様です。今のところ第一報ですが、松島基地正門付近が爆破されました。この爆破で正門の警務隊員がひとり死亡しました」<br />　石井が質問した。<br />　「当時、現場には何人の隊員がいたんだ？」<br />　「はい。当直体勢に入っており、いたのは警務隊員一人でした」<br />　刑事部長の坂田は定年まで残り四年。退職前にこんな大きな山に当たるとは思ってもいなかったようだ。<br />　千野が二人を現場に案内することになった。用意した所轄のワゴン車に三人が乗り込み、谷津は車載電話付きの一課長車で後ろに続いた。<br />　車内で坂田が警備の石井に問いかけるように話した。<br />　「殺しで帳場（捜査本部）立ち上げるしかないかなぁ」<br />　石井は坂田より二歳年上である。<br />　「馬鹿言うなよ。敵は爆弾使ってるんだろう。しかも対象が自衛隊だぞ。こっちがやるしかないだろう」<br />　間を置いて石井。<br />　「そうかも知れんが…殺しから入るのが順当なような気がするな…」<br />　坂田は、捜査本部の主体を刑事部にするか警備部にするかの判断材料にするため石井の反応を見たのである。石井は現在の公安情勢の説明を始めた。<br />　「九条を改正して自衛隊を軍隊と名乗る案に反対している集団が多いんだ。しかも日本革命同盟から法律家の集まりや原水爆に反対する団体など左翼系の連中。さらにネット検索すれば分かるが一匹狼的な思想家までいる」<br />　石井の説明が続く。夜中の道は空いておりサイレンの吹鳴をやめて赤灯だけで走行。現場まで十五分とかからなかった。<br />　車を降りた刑事部長の坂田が捜査一課長の谷津に声をかけた。<br />　「谷津君、どうだろう。この山は警備に任せようと思っているのだが…」<br />　谷津は県南の蔵王の麓の農家に生まれた三男坊。農業高校卒のたたき上げで捜査一課長まで上り詰めた職人である。<br />　子供のころから異常なまでに正義感が強く、警察官の道を選んだ。拝命以来、刑事一筋に通してきた〝刑事（デカ）〟野郎だが頑固さは筋金入りだ。<br />　「刑事は職人。血反吐がでるまで地べたを這いまわるのが捜査だ」という〝徒弟制度時代〟に鍛えられた刑事である。それだけに組織捜査や科学捜査の時代と言われる現代に戸惑いを感じている。<br />　機動捜査隊員の時代から〝探偵〟が大好きで、仙南地域で発生した連続放火事件の時は、一週間近くもゴミ箱に隠れたり、農産物の窃盗事件では農作業員に変装して張り込みを続けて犯人を逮捕するなどの武勇伝がある。<br />　東北訛りは県警一と言われ、身長は一六〇㌢台で警察官の中では小柄だが、その分、声が大きい。<br />　「ずかん（時間）からすっとこれテロでねえべ。殺すだあな。警備部ったって奴らは捜査じゃなく警備実施のほうだろう。鉄カブトかぶって盾持って突っ立っていればいいんだよ。うぢでやるしかなかんべさ」<br />　谷津は一度言い出したら他の意見は聞き入れない。<br />　「本部長がなんと言うかだよ」<br />　年下の坂田はこう答えるのが精一杯だった。この言葉を聞いた谷津の顔色が変わった。<br />　「おやずの意見なんか聞いてられっかよ。それじゃほす（犯人）はあがりっこねえべ」<br />　興奮すると谷津の訛りがひどくなる。その癖を幹部たちは見抜いている。三人は千野の案内で現場に到着したが離れた位置での視察となった。<br />　爆発物が置かれた場所は建物の壁の壊れ具合から壁際と推定された。<br />　現場には警備部公安課の課長、星川竜一が既に到着していた。谷津は関係者から事情聴取を済ませていた地元刑事課の主任の柴田良平に聞いた。柴田は四十八歳。この夏に警部補に昇任したばかりなのだ。<br />　「もぐ（目撃者）はありそうが？」<br />　柴田は谷津があの有名な捜査一課長であることを知っていた。自分の憧れの刑事である。<br />　「いや、ありません。防犯カメラに期待するしかないですね」<br />　「馬鹿野郎！かんす（監視）カメラでほすが挙がるなら苦労はしねぇよ。おめえらはマヌアル通りすか、すごと（仕事）できねぇのか…地取りだ地取り…髪の毛一本もみのがすんじゃねえぞ…」<br />　柴田は谷津の怒声に肝を潰した。それにしてもマヌアルとは何だろうか…<br />　第一回の捜査会議が開かれたのは発生から四時間が過ぎていた。午後十一時から五階の道場で行われる。柴田は千野に谷津課長の言う「マヌアル」の意味を聞いた。千野は笑っている。<br />　「あんた…地元でしょう？分からないのですか？マニュアルですよ」<br />　「なあんだ…訛っているだけか…」<br />　本部鑑識班は現場で作業中だが公安課長の星川の一声で早く始めることになった。星川は宮城県警の同期のなかで最初に警視に上り詰めたエリート。しかし、谷津より十歳も若かった。<br />　この時間をもって捜査本部が立ち上げられた。業界用語で言う捜査本部の「戒名」は「航空自衛隊松島基地爆破事件捜査本部」。<br />　特別捜査本部のため総指揮官は県警本部長だが警備部と刑事部の合同捜査本部となりそうだった。「捜査会議を開け」と言った星川に谷津がかみついた。<br />　「なぬ！会議だと…かんすち（鑑識）はまだ現場にいるんだぞ…なぬを慌ててるんだ」<br />　「それはあとで報告を聞けばいいだけでしょう。それよりも早く方向性を示さないと…」<br />　対立が始まった。「これは殺人事件なんだ。なんで公安が仕切るんだ」と谷津は不満を感じている。<br />　本部員は地元の松島東署員十八人に加えて県警本部から警備部公安課、刑事部から捜査一課、組織犯罪対策部から組織犯罪対策課、生活安全部の総務課、機動捜査隊員など二十人の応援を得て計三十八人体勢となった。東日本大震災の遺体捜索はまだ続いており、どうしても警察官のやり繰りができない。谷津が言った。<br />　「馬のあす（足）だって四本あるって言うのに…四十人にもみたねえなんて捜査できっこねえだろうが。すかも、寄せ集めの集団だ」<br />　谷津のこの言葉を「現場の声」と受け取った坂田が千野に同意を求めるよう言った。<br />　「いくら合同捜査でもこの頭数でこの山は無理だろう」<br />　「本部長の考えはこうなんですよ。東日本大震災の問題もあり、必要ならば他県警に応援派遣を求めればよいと…」<br />　「応援捜査員か…震災の時は大成功だったからな…」<br />　捜査会議が始まった。星川が最初にこう切り出した。<br />　「諸般の情勢から判断するに自衛隊の国防軍化に反対する極左による犯行の可能性が高い。爆弾を所持するような危険集団の情報収集に全力を挙げてほしい…」<br />　この言葉を聞いた谷津は黙っていなかった。<br />　「ずかん（時間）と場所からしてもこれはこずん（個人）隊員を狙ったずけん（事件）だ。ずえいたい員（自衛隊員）でも通行人でもええがら、不審者のもぐ（目撃者）やがい者（被害者）の身辺捜査など基礎捜査を重視すべきだ」<br />　星川が警備部長の石井を見ながら言った。<br />　「一人の個人隊員を狙うなら、わざわざ爆弾を使わなくてもいいと思うんですが…やはり、背景に組織があると見たほうが…」<br />　石井がこれに答えた。<br />　「個人でわざわざ苦労して爆弾を作るとは思えない。君のその線で行けばいい」<br />　刑事部長の坂田は黙り込んでいる。現場を取り仕切る者二人で、しかも意見が違うようでは、捜査員を混乱させる丨と判断した坂田は敢えて何も言わなかった。<br />　初動から捜査の方向はテロ事件に向いているのに谷津は強い懸念を持った。<br />　議論を控えた谷津は話題を変えた。<br />　「どうだ。もぐ（目撃）はあるのが？」<br />　柴田が遠慮がちに答えた。<br />　「不審者の目撃も含めて爆発の瞬間を見た者はいません。今、防犯カメラを調べています」<br />　「何度言ったらわがるんだ！そんな物にばかり頼るんじやねえってさっき言ったろうが…足で稼げよ！」<br />　「頼るなと言っても今はそれしかないのです」<br />　反論する柴田に谷津の顔が引きつった。爆発寸前の時のあの訛りがきつくなっている。星川が千野の顔の表情を見ながらこの場を治めようと話題を変えた。<br />　「柴田主任、君の推定では爆発物は何なんだと思う？」<br />　柴田が答える。<br />　「現場では火薬の匂いがしましたので、それではないかと…」<br />　星川が頷きながら<br />　「時限式とも見られるよなあ…そうすると相当の知識ある集団の犯行か…」<br />　どうしても組織的な犯罪と見ている星川。この会話に谷津が割って入った。<br />　「物（ぶつ）がでなくちゃわがんねえべさ…だがら言ったべ…かんすち（鑑識）もおわんねえで会議ひらぐからこうなるんだよ」<br />　険悪な雰囲気を察した千野がさらに話題を変えた。<br />　「とりあえず（捜査の）見立てをするのに防犯カメラの映像をしっかり分析することですね」<br />　柴田が千野の方を向いて話し出した。<br />　「まだ、機捜隊員が少し見ただけですが、発生の前後の三十分間に外出していた隊員が部隊に帰る数人と一台のオートバイ以外に不審人物が写っていないと言ってますが、あくまでもチラ見ですから…今、現地で基地の警務隊員立ち会いのもとでさらに確認しています」<br />　警備部長の石井が星川のほうを見て口を開いた。<br />　「防犯カメラに他の人物が映っていないとなると…自爆でもないかぎり時限式なのかな？」<br />　「そうだとすれば、同じ左翼でも絞られますよね」<br />　捜査員の誰からということなく声があがった。<br />　「圧力釜爆弾じゃないですかねえ…」<br />　谷津が怒った。<br />　「おい！そご！想像でものを言うんじゃねぇよ。まごつくだけじゃねえがよ！想像は公安に任せておけ！」<br />　警務課の警察官が入って来て、千野に耳打ちしている。<br />　「さきほど本部長から電話がありまして、この事件は諸般の情勢を考慮すると警備部主体なのだが、幅広く網をかけたいということで刑事部との合同捜査本部とするようです」<br />　谷津はその言葉を無視して言った。<br />　「ほがに何もねえのが！ずかん（時間）がもったいねえ。やめっぺ（終わろう）…髪の毛一本でもええがら物とモグ（目撃）をなんとすてもさがす出せ！いいなっ」<br />　谷津の一声で会議は打ち切られた。　つづく</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-01-29T08:38:02+09:00</dc:date>
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<title>防諜その２</title>
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秘密諜報員　　　　５　　　□　　　□　霞ヶ関の地下鉄出口を出ると秋の...</description>
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<p><a class="mb" href="http://policestory.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2014/01/30/20130419122416.jpg"><img title="20130419122416" border="0" alt="20130419122416" src="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/images/2014/01/30/20130419122416.jpg" width="202" height="240" style="HEIGHT: 240px; WIDTH: 202px" /></a> 　</p>

<p>秘密諜報員<br />　　　　５<br />　　　□　　　□<br />　霞ヶ関の地下鉄出口を出ると秋の爽やかな風が心地よい。トチノキの葉は紅葉が始まっている。<br />　トチノキと言えば都内ではこの桜田通りが有名だ。落葉性の高木で、交通量が多く排気ガスなど過酷な環境に耐えられるばかりか栃の実は救荒食物と言われ、飢餓に備えての備蓄も可能なことから明治四十五年に当時の農商務省前の通りを中心に植えられたというエピソードがある。<br />　「今月を入れて正月まであと二か月半か…正月には京都に嫁いだ長女の孫が来ると言っていたな…」<br />　影虎はこんな思いを馳せながら歩き、いつものように警視庁の副玄関から十一階の部屋に着いた。この部屋は公安総務課で関係者は「桜田門の本陣」と呼んでいる。<br />　「明智係長！おはようございます。お久しぶりです」<br />　明るい笑顔の事務官の美登里がお茶を持ってきた。美登里は事務官と言っても女性警察官である。明智を本名で呼ぶのは美登里だけだった。女性被疑者のいる家宅捜索などには出動する。<br />　「さきほど部長が来て明智さんを見たら部屋に来るように言っていました」<br />　「ありがとう」<br />　影虎はお茶を一口含んだ。この部屋のお茶はいつ飲んでも旨い。渋みが少なくまろやかで影虎の心を和ませてくれる。五年前、佐賀県出身のキャリア部長が推奨した「玉緑茶」の茶葉を使用しているという。<br />　同じフロアの建物の先端に公安部長室がある。入り口を入ると左側に部長別室で庶務担の職員がいる。影虎の姿を見た女子職員が右側の部長室に先に入り、そして「どうぞ」とドアを明けた。<br />　影虎が「失礼します」と入っていくと部長の瀧沢敏夫が立って迎えてくれた。キャリア組で、明智に影虎の名を付けた国木田と同期だ。影虎をソファーに座るよう勧めながら話し出した。<br />　「君を政府の国家安全保障会議の情報収集員に推薦したんだよ」<br />　きょとんとする影虎…<br />　「『初代のチヨダ』から『ゼロ』まで培った精神で警視庁の名に恥じないよう頑張ってくれ。但し辞令も出さないし人事記録にも載せない。所属はあくまでも警視庁だが仕事は向こうが中心だ。ここに出勤するもしないも君の勝手。自由に動いてほしい」<br />　事前に内示もなく、有無を言わせない人事だった。瀧沢から口頭で辞令を受けた影虎は、この日は早々、桜田門から引き揚げた。<br />　久しぶりに帰宅した影虎を康子は自慢の手打ちうどんとすき焼きで迎えてくれた。二人で杯を傾けながら、話は次の正月に来る孫の美華の話題で盛り上がった。美華は嫁いだ長女の子供で来春は小学一年生になる。今が一番可愛い時である。<br />　「正月が楽しみなんでしょう。あとは事件がないよう祈るだけですね」<br />　こう言い残して康子は台所を離れた。浴室から大声が聞こえた。<br />　「あなた！お風呂が沸いていますから、お先にどうぞ…」<br />　影虎は政府の情報員になったことを敢えて報告しなかった。</p>

<p>　　　　□　　　　　□　　<br />　影虎は十一月一日付けで内閣官房に設置された国家安全保障会議（ＮＳＣ）の秘密諜報員に正式に任命された。<br />　ＮＳＣは首相の肝入りで誕生した。中国や朝鮮半島など北東アジアの軍事的脅威が高まっていることなどから、安全保障政策の司令塔とするため創設されたものだ。<br />　首相が議長を務め、その下に官房長官、外相、防衛相の三人の大臣。下部組織として国家安全保障局が置かれている。<br />　保障局には局長の下に中国・北朝鮮の軍事動向を把握する部署や総括、戦略、情報など六部門が置かれ、それらのトップの情報連絡官に外務省や防衛省、警察庁の各官僚が充てられている。<br />　情報部門は内閣情報調査室を母体にした、「ヒューミント」という諜報部門がある。ヒューミントとは、欧米などの同盟国や友好国、北朝鮮や中国国内などで日本に対する軍事的脅威となる情報を入手する秘密諜報員だ。<br />　得られた情報を安全保障会議に集約されるのだが単なるスパイではなく、諸外国の諜報機関との連携のもと、民間企業などで働くなど普通の生活をしながら人間関係を重視した情報の収集だ。<br />　中国・北朝鮮や中東・アフリカでのテロの兆候などを探る情報連絡官には防衛省と外務省が充てられた。<br />　ＮＳＣは軍事的脅威となる情報収集に加え、テロ、大量破壊兵器や自然災害までも含めた国土安全保障会議として米国ではＨＳＣがあることから、その担当部署も設置された。<br />　この部署はテロ対策など専門的な情報収集活動が求められていることから、警察庁が担当することになった。初代情報連絡官に警察庁キャリア組の国木田龍夫が任命された。<br />　国木田 が警察庁警備局公安一課から同庁会計課理事官などを経て、長野県警本部長から警視庁警務部長などに異動を繰り返し、警察庁の警備局審議官になった二年後の今年、情報連絡官に抜擢された。<br />　ヒューミントが国際的なミッションを担当するなら国内でのミッションを担当する情報収集員も必要として国木田が首相に打診。諮問機関に図った結果、少人数なら国内専門のヒューミントとして秘密諜報員の任命を認めることになった。<br />　但し、あくまでも存在そのものを秘密として人事記録には残さず給与も当分の間、現所属組織から支給することが条件とされた。そして警視庁から三人が指定された。将来は民間人を含めて増員することも考えている。<br />　ヒューミントに指定されたのは影虎をはじめ公安部の覗き（監視）専門の菊田祐二、ハイテク犯罪情報担当の房木誠の三人。<br />　菊田は極左暴力集団、革マルや中核の情報収集で警視庁にはほとんど顔を出さない男である。<br />　影虎と菊田は国木田が警視庁出向時に信頼できる部下として同じ釜の飯を喰った仲間。房木はハッカーを働き警視庁に逮捕されたが、その技術を警察活動に役立てたいと採用されたもので、バリバリ現役の二十九歳。千葉工業大学、電子学科の卒業生だ。いずれもひと癖もふた癖もある強者たちだ。<br />　三人の存在はＮＳＣと警察庁、警視庁の極一部の幹部にしか知らされていない。<br />　こうして誕生したＮＳＣだが、今回の航空自衛隊松島基地の爆破事件で首相は「自衛隊を攻撃対象とするのは国家を揺るがすテロ行為」と判断。第一回会議が開かれた。会議には首相、官房長官、外相、防衛相が出席した。首相から次のような挨拶があった。<br />　「アルカイダや北朝鮮などの工作員の動きが国内で活発になっているという情報がある。テロから国民を守らなければならない」<br />　議題はテロ対策。各大臣が意見を述べた。官房長官が提言した。<br />　「マスコミを利用するのではなく、不審物に注意を呼びかけるようなステッカーを作って公共施設や公共交通機関に掲示し、テロに対する危機意識を持つよう国民に浸透させる必要がある」<br />　これに首相が次のように付け加えた。<br />　「内閣府が出した二〇〇四年通達に各省は全力を尽くすこと」<br />　そして首相は、松島基地爆破事件を早期解決し再発防止に全力を挙げるよう指示を出した。<br />　内閣府の通達とは「テロ対策としては国内テロ集団の行動監視は勿論だが、ＴＡＴＰ（トリアミノトリニトロベンゼン）などの爆発物の原料となる化学物質、過酸化水素などは薬局で誰でも買えることから厚労省や経産省、農水省で流れをつかむなど管理を強化する」としたもの。<br />　ミッションは国内のテロ対策などを担当する国木田が指名され、国内におけるテロリストの活動を封じ込める作戦が展開されることになった。ＮＳＣミッション００１号である。</p>

<p>　　　６<br />　公安総務課長の武田雄一の部屋には、公安一課、二課、刑事部からは捜査一課、組織犯罪対策課から選ばれた四人の刑事が集まっていた。<br />　何事かと息を飲む四人に武田が言った。<br />　「実はあなた方四人を宮城県で発生した松島基地爆破事件の応援捜査員に選ばさせていただきました。かつて暴力団捜査で力を発揮した福岡県警への応援派遣制度同様の扱いとなります」<br />　そもそもの始まりは、東日本大震災の時の各県警からの派遣制度の成功からだった。<br />　その後、捜査支援とし福岡県の成功例がある。北九州市を中心に指定暴力団の道仁会と九州誠道会の抗争や暴力団排除条例の施行にからみ一般人に対する脅迫行為などが続発していた。これらの事件解決に向けて福岡県公安委員会は警察庁に捜査員の応援を要請したのだった。<br />　今回の応援派遣員として捜査一課の鴇田盛、公安一課の一条亨らが選ばれた。鴇田も一条も影虎の一年後輩で、影虎を親分と呼ぶほどの仲間だ。武田は続けた。<br />　「今回は大阪府警と神奈川県警、それに千葉県警の四都府県警からの派遣となります。基本的には事件解決までですが、長引く場合は一年近くになる場合も予想されます。逮捕権の問題もあって人事異動として明日発令します」<br />　<br />　鴇田らは翌日朝、東京駅発の新幹線で仙台に向かった。宮城県警の大久保本部長から辞令を受けた後、県警捜査一課の巡査部長運転のワゴン車で捜査本部のある松島東署に向かった。まだ所々にあの東日本大震災の爪痕が残っており、復旧のスローモーさが気になった。<br />　署長室で公安課の星川が不在のため捜査一課長の谷津が紹介された。大阪府警など他府県の応援派遣組は夕方到着するという。本来なら署長の千野から挨拶があるはずなのに、いきなり谷津が口を開いた。<br />　「ごぐろうさん。他の連中は夕方着くようなので面倒くせえんでそん時、一緒に説明すっから、休んでいてくだせい」<br />　独特のアクセントである。挨拶もしないでそれだけ言うと谷津は部屋から出て行った。<br />　「説明するのに面倒くさい」…なんたる考えを持っているのか鴇田らは驚いた。顔の彫りが深いうえ顔色も浅黒いし眉も濃い。目は常に人を睨め付けているように鋭く、額の皺が目立つ。<br />　「初対面なのに、なんと慇懃無礼な奴」<br />　刑事と言うよりは〝頑固爺〟そのものである。<br />　「仲良くやれるのかなあ」と思ったのは鴇田だけでなかった。しかし応援査員は、あくまでも地元の指揮に従うことだ。申し訳なさそうに千野が口を開いた。<br />　「あの人が捜査一課長です。もう一人、公安課の星川竜一がいてキャップは二人なんですよ…それで個人隊員に対する殺人もそうなんですが極左など組織による犯行の可能性もあり、本部長が『幅広く』という方針を示したのです」<br />　千野は谷津の言動に困り果てているようだ。<br />　「谷津課長はいつもあの調子なんで気分、害さないで下さいね。捜査本部は五階の道場なのでこれからご案内します。まず雰囲気を見て下い。その後は会議室に食事を用意してあります」<br />　一条が千野に同情した。<br />　「大変ですね。お会いしたことあるようなんですが…たしか…湾岸署の副署長されていましたよね」<br />　「あらっそうでしたっけ…もしかしたら公安の一条さん？」<br />　覚えていてくれたことに一条は感動した。確認すると千野が握手を求めてきた。<br />　「あの時は大変でした…ここは今年四月からなんでよ」<br />　あの時とは、ワールドカップサッカー大会を前に、湾岸署管内で警備訓練をした時の話だった。制圧訓練で一条は犯人役になり、勢い余ってケガをしてしまった。その時、手当をしてくれたのが千野だった。<br />　谷津とは対照的に人間的に丸みがあり、全く嫌みを感じさせない。優しさは当時のままだった。<br />　　　７<br />　大阪府警、神奈川、千葉県警などの応援部隊が到着したのは午後四時を過ぎていた。<br />　五階の道場で全体捜査会議が開かれたのはそれから一時間後の五時半からだった。既存の捜査本部員三十八人に警視庁、大阪府警など応援部隊十二人も参加した初の合同捜査会議だ。<br />　県警の坂田刑事部長、石井警備部長も出席。千野署長の挨拶に続いて公安課長の星川が自衛隊を取り巻く環境について説明した。応援派遣捜査員たちは、「この捜査本部は公安主体で動いているな」と感じた。<br />　捜査一課長の谷津が延々と続く星川の説明を端折るように言い出した。<br />　「そんなとこはどうでもええ。それより現場の状況を説明してやれや」<br />　事件捜査の経過説明は宮城県警捜査一課の小山淳一管理官が担当した。<br />　「これまでの現場検証で遺留物などから爆発物は圧力鍋爆弾と推測されます。使用されたのは黒色火薬ではないかと…例によって爆発力を増すためボールベアリングと五寸釘（十五㌢）が入れられていました…」<br />　ほんの触りの部分だが圧力鍋と断定した根拠となる証拠も幾つか紹介され、現場周辺の環境や目撃情報から遺留品などの説明と続き、谷津が言った。<br />　「わがんねえことがあったら聞いて下さい」<br />　大阪府警の佐伯峰夫が手を挙げた。<br />　「府警の佐伯と申しますが、害者の死因は何ですか？あともうひとつ、圧力鍋爆弾と断定した具体的な根拠を教えて下さい。製品は特定しているのでしょうか？」<br />　谷津が何か言おうとしたが、それを制して小山が答えた。<br />　「害者の死因は外傷性ショック死です。全身打撲で骨が砕けていました。根拠は現場から直系十㌢から四㌢程度の千切れたシルバーのアルミニュームが数片と二個のアクリル製の取っ手と見られる物が見つかっており科捜研がそう断定しました。商品の特定はしていません。これからの捜査になります」<br />　続いて警視庁公安一課の一条亨が質問した。その内容は専門的だった。公安一課と言えば極左を担当しており、これまでも過激派の製造した爆発物を取り扱っているためどうしても詰めておかなければならない部分があった。<br />　「起爆装置となるような物は発見しているんですか？」<br />　この質問には谷津が答えた。<br />　「まだわがんねえんだ…」<br />　谷津の会話を手で制するように星川が割り込だ。<br />　「私個人の意見としては黒色火薬使用の時限式ではないかと思っているのですが…」<br />　「時限式なら時計の破片などはあるんですか…」<br />　「それが…なんだか分からないのですが…携帯の破片のようなものもありまして…」<br />　一条が呟くように言った。<br />　「携帯ですか…かなり手がこんでいますねえ…そうすると被害者個人に対する恨みと言うよりは、自衛隊が国軍化されれば海外派兵が恒常化されるとあって今、反対運動が激化していることもあり、その可能性を視野にした捜査と言うことになりますね」<br />　星川が答えようとしたが今度は谷津が立ち上がった。谷津の心の中には「この事件は殺しで捜査一課の仕事だ」と言いたげだった。<br />　「そんたらごど言ったってあんた…犯行声明も出ていねぇんだよ」<br />　キャップの意見が割れている。応援部隊はあきれ顔をしている。府警の佐伯が谷津の方を見ながら聞いた。<br />　「もく（目撃情報）はあるんですか？防犯カメラもあるようだし、何かヒントになるようなものは写っているのかなど、もっと情報を出して下さい」<br />　谷津が血相を変えた。<br />　「だがら言ってんだろう。人通りが少ねえんだよ。人もいねえところを爆破しているんだ。なんの意味があるか考えれば分がるだろう。これはな、単なる人ごろすだ。だからかんす（監視）カメラにはほとんど写ってねえんだ」<br />　佐伯は強い挫折感を持った。「単なる殺しなら我々の応援を得るまでではないはずだが…」<br />　捜査会議はたいした実りのないままに終わった。全員が立ち上がった。星川が警視庁の一条に近づいて何やら話し出した。同時に千野が谷津に近づいて低い声で耳打ちした。<br />　「応援捜査員はこちらがお願いしているんですよ。もう少し情報を積極的に出して協力を得ましょうよ」<br />　聞いていた谷津の顔色が変わった。千野はひそひそ話のつもりだったが谷津の怒鳴り声に全員が凍り付いた。<br />　「そんなごとはお前さんに言われなくてもわがってるよ。かんすカメラに不審な人物が写っているかと聞がれたがら、不審者と断定できる者は写ってねえと言って何が悪いんだ？それに…写っているものが不審者かどうか分がんねえし、何も写ってねえとは言ってねえよ」<br />　これで終われば良かったが谷津は次の言葉を言ってしまった。<br />　「あんだは東大出てっかもすれんが、こちとらは三十年も事件を捜査してきたんだ。素人は余計なごど言わんでくれ」<br />　一触即発の状態である。千野も負けてはいなかった。<br />　「これって特別捜査本部よ。指揮官は本部長なの！」<br />　語尾を強めて言った。黙る谷津。さらに続けた。<br />　「あなたは単なる代理なんだから…協調性が得られないのなら本部長に言って指揮官を変えてもらうしかありませんね」<br />　谷津の目がつりあがった。これを見ていた坂田が谷津を石井が千野を押さえにかかった。<br />　「何をみっともないことやってんだ。ここまでだ。はい止めて、止めて…」<br />　署長室に帰る千野の顔は悔しさに満ちていた。<br />　ひとつの捜査本部でキャップ同士の意見が割れている丨一条は初めて経験する出来事だ。　</p>

<p>　アルカイダの男<br />　　　　８<br />　ジョンソンの情報を元に影虎は大田区西蒲田の製作所に勤めるジャマン・ナマンガニの行動確認に入った。「行確」と言われ公安捜査の最も基本的な捜査手法だ。ヒューミントの仕事始めである。<br />　ジョンソンが教えてくれた「タカベ」は高部製作所で西蒲田五丁目にある。ベアリングをはじめ自動車や船のエンジン部分、機関銃の銃身の部分など精密さが要求される部品を製造している。<br />　機関銃などの部品の製造工場…そこに最も危険集団とも言われるテロリストがいる…こう考えると影虎の背筋が寒くなつた。<br />　京浜東北線蒲田駅の北側のガードのある道路を西に歩いて七分。簿記専門学校の南側にあった。木造二階建ての古ぼけた自宅の東隣りに骨組みが鉄骨で、周囲をスレートで囲った作業場がある。<br />　これからナマンガニの行確に入るのだが、作業場を直接見渡せるところは敷地の中に入らなければならない。<br />　こうなると出退社を確認するしか手だてはないようだ。車で見張ろうと思うのだが、道幅は六㍍と狭いので駐車はできない。<br />　警視庁にいる時は二人でも三人でも人海戦術がとれた。今の自分の身では部下も同僚もいない。国家機関・ＮＳＣの情報収集も名誉な仕事だが、これからもこんな孤独の戦いが続くのかと思うと滅入ってしまう。<br />　「おいらは情報屋…刑事じゃないんだ」<br />　影虎は自分に言い聞かせることで慰めた。<br />　「ゼロ」のメンバーを兼ねた秘密情報員だが、人事記録も含めて他の捜査員からは隔離されており、仕事内容は仲間にも言えない。勿論、同僚も影虎の現状を知らないことになっている。<br />　「今、どうするか…」<br />　影虎は考えた。とりあえず製作所の前にバス停があり、ジュース類の自動販売機がある。そこでジュースを飲みながらバスを待つ方法を考えたが、どうみても長時間、佇むのには無理だ。<br />　現在、午後五時四十分。ナマンガニが仕事を終えて帰る時間を調べて自宅まで尾行し、住居を割るしか方法はない。<br />　影虎は高部製作所の修業時間を調べるため近くの豆腐屋に飛び込んだ。<br />　「お尋ねしますが、高部製作所などこの辺の工場は何時に終わるんですかねえ」<br />　警察手帳を示せば良いのだが、今後の張り込みもあって示すのを控え、職業さえ名乗らなかった。意外に快く店主が答えてくれた。<br />　「他は知りませんが高部さん所は朝の九時から夕方の六時だと思いますよ。作業員は六時から六時半の間にここを通って駅に向かいます。経理の女性などは良く豆腐を買いに寄ってくれますから…」<br />　「ありがとうございました」<br />　影虎は丁寧にお礼を言って店を出た。時計を見ると六時十分前。修業時間まであと十分だ。<br />　帰宅の遅い高校生たちが帰って行く。二十分は待っただろうか見覚えのある男が一人で出てきた。<br />　あの時、ジョンソンが見せてくれた東南アジア系の男の写真とそっくりの独特の人相の男だ。確かに眼が窪んで鋭く、黒くて太い眉。黒いあごひげがある。<br />　男は蒲田駅の方に歩いている。相手はアルカイダのテロリストだ。普通の尾行では気付かれてしまう。何人か交替で追尾すれば気付かれなくて済むんだが…影虎が見渡すと道路の反対側を乳母車を押した女性が歩いている。<br />　「そうだ。あの前後に付いて家族の様に見せかければ良い」<br />　そう思った影虎は一時はその女性と並んで歩いた。<br />　「可愛いお子さんですね。女の子ですか？」<br />　初対面なのに女性が話に応じてきた。<br />　「女の子です。もう一歳半になるんですよ」<br />　こんな雑談を交わしていると駅に着いてしまった。男は蒲田駅二階にある中央改札に向かっている。追尾する影虎…<br />　改札を通った男は階段を降りて一番線の東京方面の電車に乗った。京浜東北線である。先頭車両の真ん中の扉から乗り込む男。影虎はひとつ離れた扉から乗り込んだ。夕方の上りとあって車内は空いている。目と目が合わないよう細心の注意が必要だ。<br />　影虎はカバンからある眼鏡を出してかけた。この眼鏡は追尾用にあつらえたものだ。捜査三課のデカ連中が使っている優れものだ。フレームの幅が広く外側からは見えない小さな鏡が内側に付いている。正面を向いているように見えるが実は横にいる相手を鏡でとらえているのだ。<br />　男は二つ目の大井町駅で降りた。ＪＲの西口階段を上って行く。着いたところは東急大井町線だ。一番後ろの車両に乗った男は二つ目の戸越公園で降りた。<br />　第二出口を出た男は右に進み、次の交差点を左折して約五百㍍は歩いただろうか、右側に赤煉瓦づくりの二階建てのマンションに入って行った。戸越五丁目だ。辺りは暗くなっている。影虎は道路からマンションを見ていると二階の右端の部屋に電気がついた。<br />　「あそこがジャマン・ナマンガニの部屋か…」<br />　マンション名を確認すると「センチュリー・パークサイド」と書かれている。一、二階にはそれぞれ三部屋づつある。<br />　影虎はマンション内に誰もいないことを確認してエントランスに向かった。僅かな時間を利用して郵便受けで男の名前を確認した。ところが二階の全部の部屋は日本人名で、他の階を含めてジャマン・ナマンガニの名前は見当たらない。<br />　右端の部屋は一〇三号室の上だから二〇三号室になる。その番号の郵便受けには「ＳＵＮＡＨＡＲＡ」と書かれていた。<br />　ここで行動確認に入るのだが、しかし、路上に張り込み用の車を止めるスペースなんかない。周囲を見回す影虎。マンションの出口の前に木造二階建ての家があった。良くみるとそこは文房具店だった。「富田文房具店」と看板が出ているが看板の文字の剥げ具合から見て、相当古い店のようだ。もう午後七時を過ぎたというのに、店の電気はついているが人影は見当たらない。<br />　「ごめんください」<br />　主人だろうか七十歳前後のお年寄りの男が出てきた。食事をしていたのだろう口をもぐもぐさせている。<br />　「何でしょうか？」<br />　影虎は警察手帳を示しながら言った。<br />　「私は警視庁の明智と申しますが、ある仕事があって、この前の道を通る人を確認しなければならないのです。もしよろしければ、店番でもさせていただきたいのですが…」<br />　「今から？」<br />　お年寄りはびっくりしたような顔をして佇んでいる。返事に困っているようだ。影虎は続けた。<br />　「若い時は民間企業にいましたので店番ぐらいはできますが…」<br />　奥から女性が出てきた。奥さんのようだ。男より若く五十歳代に見えた。部屋で話の内容を聞いていたのだろう。<br />　「よろしいですよ。あなた、それぐらいは協力しましょうよ」<br />　そして次の様に言ってくたれ。<br />　「もしよろしければ、二階が空いているのでそちらを使ってもいいことよ」<br />　夫が言った。<br />　「お前がいいと言うならいいだろう。飯の用意もあるし…年寄り二人なもんだから…」<br />　影虎は笑顔になった。<br />　「ありがとうございます。食事は要りません。なにしろいつ飛び出すか分かりませんので…それにそんなに長くはありませんから…」<br />　「あんた方も大変ですね。ちょっとでも治安の役に立つのならきょうからでもいいですよ」<br />　こうして翌日から二階の部屋を借りてナマンガニの行動確認に入った。</p>

<p>　首相暗殺未遂事件<br />　　　９<br />　陸上自衛隊中央観閲式の会場入り口となるのは朝霞駐屯地の訓練場正面入り口だ。ここは首相を迎えるため自衛隊員が整列し緊張に包まれていた。<br />　基地の外の広場には日の丸の手旗を手にした地域住民が四、五十人集まっている。動員された政党の党員たちだろう。その集団からひときわ大きな歓声があがり、手旗が振られた。<br />　午前十時十七分、ＳＰが乗る警護車の先導で首相の車が到着した。先導車はそこでＵターンして首相車から離れた。先導車は警視庁のパトカーだった。<br />　首相車は正門ゲートから、ゆっくりと基地内に入って行く。首相が降車する車寄せまでの約三十㍍には手前から陸、海、空の各隊員が一列に並び、敬礼で首相の車を迎えた。<br />　中央観閲式は三年に一度、十月中旬から下旬に実施される。会場では午前十時半から始まる観閲式に参加する約四千人の自衛隊員や一般招待者が首相の臨場を待っていた。<br />　首相を観閲台まで案内する第三〇二保安中隊員が静かに見守る中、防弾ガラスの首相専用車が車寄せで停止し、一人のＳＰが左後部のドアを開けた。首相の左右を守るようにもう一人のＳＰも配置に付いた。<br />　その時だった。三〇㍍後方の今、通って来た正門付近で轟音とともに閃光が走った。<br />　車に隠れるように身をかがめる首相に覆い被さり身を守ろうとする保安隊員。二人のＳＰがけん銃をかまえ、次の攻撃に備える。周辺は逃げまどう隊員たちで大混乱になった。<br />　火薬の匂いが立ち込め、火薬を扱い慣れたＳＰや隊員たちには、匂いから何が起きたのかすぐ判断がついた。<br />　五秒、十秒と時間が過ぎて次第に白煙が薄れた現場には五人近くの自衛隊員、首相の到着を歓迎しようと集まった一般見物人十人以上が倒れて動けなくなっている。日の丸の小旗を抱え動けなくなっている子供、血だらけになって手を伸ばして助けを求める女性の姿が痛ましかった。<br />　けが人たちは、近郊から駆けつけた救急車や自衛隊の車両で朝霞や新座市、東京・練馬区内の病院に搬送されて行った。一般市民三人が死亡し、自衛隊員を含めた重軽傷者は十三人となる大惨事となった。<br />　同駐屯地では一九七一年（昭和四十六年）の八月二十二日未明に基地内パトロールの陸士長が赤衛軍と名乗る過激派によって殺害された事件がある。<br />　　□　　　　　　　□<br />　「さあきょうから行確に入るぞ。絶対に奴の正体を暴いてやる…」<br />　影虎はジョンソンから寄せられたナマンガニの行動確認の初日。きょうから暫く泊まり込みになる支度をしながらテレビのスイッチを入れた。<br />　陸上自衛隊朝霞駐屯地にある訓練場で爆発事件があったという現場の生々しい中継が目に飛び込んできた。<br />　「…この爆発でもう二十人近くが市内や東京都内の病院に搬送され、現在も救出活動が続けられています。この大惨事に、行われる予定だった陸上自衛隊中央観閲式は中止になりました…」<br />　興奮気味で放送を続けるレポーターの髪の毛も爆風を受けて乱れているばかりか、背広の所々に血が滲んでいる。それでも続ける実況放送。東京のスタジオではキャスターやコメンテーターが固唾をのんで見守る。いたたまれなくなった女性キャスターが呼びかけた。<br />　「ケガをなさっているようですが大丈夫なんですか？」<br />　「はあ？」<br />　周囲が騒々しいのだろうか良く聞き取れないようだ。声を大きくしてもう一度呼びかけた。<br />　「あっ、はい、大丈夫です。何か釘のようなものと鉄の玉みたいなものが飛んできて身体に当たったんです…」<br />　カメラがレポーターの顔をアップする。額から血が流れている。コメンテーターが言った。<br />　「爆発したのは釜爆弾と思われますね。そうすると飛んできて身体に当たったのはベアリングの玉じゃないですか？」<br />　今度はメーンキャスターの男性が呼びかけた。<br />　「首相は無事なんですね。現在はどこにいるんでしょうか…」<br />　レポーターはキャスターの声が聞こえないのか現場の説明を始めた。<br />　「…今、爆発地点に行こうとしているのですが、ご覧の通り混雑のほか非常線も張られて身動きできません…」<br />　キャスターが再び問いかけた。<br />　「首相は無事なんでしょうか？ 」<br />　現場をレポートする記者は「エッ！何でしょうか？」と左耳に差し込んだイヤホンに手を充てる。現場が騒々しいので聞こえないのだろう。女性キャスターが再び大声をあげた。<br />　「川本さぁ～ん、首相は無事なんでしょうか？爆発物は特定できているのでしょうか？」<br />　この時、カメラの前を血だらけになった制服姿が二人の隊員の両肩に支えられて横切った。向かった方向にカメラがパンした。その先には病院への搬送順番を待つけが人が大勢いた。制服が血で染まり、ぼろぼろに切れている。爆発の凄さを物語っている。<br />　レポーターがようやくスタジオの質問が分かったようだ。<br />　「はい、首相は無事です。警護の車でこの現場から基地内の会場のほうに避難しています。爆発したのはまだ詳しくは発表されていませんが、隊員たちは爆弾が炸裂したと叫んでいます」<br />　この日は午前七時半から午後二時半まで装備品の展示が行われ、同十時半から観閲式が行われる予定だった。<br />　式には自衛隊総指揮官の首相が出席。陸、海、空の隊員三千八百人、周辺自治体の招待者など含め四千人近くが見守る中、指揮車のジープを先頭に、６４式小銃を手にした徒歩部隊や国際活動教育部隊、対人狙撃銃を携行する特殊武器防護隊などの行進に続いて陸上自衛隊の対戦車用ヘリコプター「ＡＨ丨Ｓコブラ」、航空自衛隊のＦ１５丨２要撃戦闘機などのデモンストレーション飛行が行われることになっており、多くの報道陣が詰めかけていた。<br />　ところが式の始まる十分前、丁度首相が到着した十時十九分前後に爆弾らしき物が爆発したのである。<br />　埼玉県警は朝霞署に捜査本部を設置。警備と刑事の両部による百人体勢で「陸上自衛隊中央観閲式爆破事件」の捜査を始めた。<br />　テレビを見ていた影虎が呟いた。<br />　「首相の到着が数十秒遅れていたら巻き込まれていたことになる。これは暗殺未遂事件だ。許せない」<br />　<br />　この時、影虎の携帯が鳴った。それは情報連絡官の国木田からだった。<br />　「至急来てくれないかな。五階のエレベーターを降りたところで携帯を呼んでちょうだい。迎えに行くから…」<br />　初の命令だ。影虎がとりあえず準備を済ませて杉並区の自宅を出たのは午前十一時を回っていた。<br />　地下鉄丸の内線の霞ヶ関で下りた影虎が、財務省手前の角を右に折れて坂道を登る。首都高のある道を左に行けば合同庁舎８号館がある。ＮＳＣは五階の一フロアを使っている。<br />　影虎が五階のエレベーターを降りるまで駅からは十分とかからなかった。国木田に連絡しようと携帯を取り出した時、廊下右手から国木田が近づいてくるのが目に入った。息が切れしている影虎に向かって国木田が言った。<br />　「やあ～虎さんごめん、ごめん。こっちに来て！」と言って廊下左側の入り口で止まった。ドアは鉄製になっており窓はない。国木田はドア左側にあるボックスに身分証明をかざすとカチャと音がした。警察庁二十階の警備局と同じようにセキュリティがしっかり保たれている。<br />　部屋に入ると受け付けのようなカウンターがあるが人は座っていなかった。カウンター奥に両袖の机が、部屋の左右に書棚が置かれている殺風景な部屋。机の上の黄色の菊の花だけが目立った。普段なら静かだろうが、今はテレビから騒々しい音声が流れている。<br />　国木田は机の前のソファーに影虎を案内した。<br />　「こんな狭いところだが、一人だから不自由はしない。でもなんとなく寂しいもんだよ。賑やかなほうが俺の性に合うんだが…」<br />　あの時の声が上擦っていたわりには今度は落ちついている。<br />　「他に事務員はいないのですか？」<br />　「外出などで留守番が必要な時に呼ぶだけなんだよ。電話を含めて保秘事項が多いから…で、お茶は…と」<br />　冷蔵庫からペットボトル入りの緑茶を持ってきて影虎に渡した。冷たいお茶は影虎の乾いた喉を潤してくれた。国木田はおもむろに口を開いた。<br />　「米国やその他の国が絡んでいるので、おおっぴらには言えないが実はアメリカが中心になって日本は勿論、ロシア、欧州各国をカバーしている軍事目的の通信傍受システムがあるんだ」<br />　「ドイツの首相に対する盗聴が問題になったあれですね」<br />　影虎は公安の世界に入って長いが、そんなシステムがあるとは初耳だった。<br />　国木田は続けた。<br />　「その施設が日本では青森県の三沢基地にあると言われているが、政府も含めて誰も確認はしていない。アメリカに聞いても曖昧な返事が返ってくるばかりだ」<br />　国木田はお茶を口に含んで言った。<br />　「その施設では日本中のあらゆる電波を傍受して記録もできるらしい」<br />　影虎が質問した。<br />　「無線だけじぁないんですか？どうやって聞くんだろう」<br />　国木田の説明によると、その施設名は「エシュロン」。フランス語で「Ｅｃｈｅｌｏｎ」と書く。軍事目的の通信傍受システムで、無線だけでなく、固定電話から携帯、メールファックス、データ通信まで一分間に三百万の通信を傍受できると言う。<br />　「ドイツの首相ではないが、日本の総理も聞かれている？」<br />　「いや、闇雲に傍受しているわけではないようだ。システムには辞書が登録されており、登録された文言が含む電話やデータ、メールなどを傍受するそうだ」<br />　例えば辞書に「爆弾」「攻撃」「聖戦」「開戦」「ミサイル」など軍事攻撃が予想される文言があれば傍受の対象になるのだと言う。<br />　「そもそも戦争やテロリスト対策が主たる目的で、〝世界の警察官〟役のアメリカならではの施設だよ」<br />　二〇一三年四月十五日、米国のマサチューセッツ州ボストンで開かれたマラソン大会で圧力釜爆弾が爆発。参加選手ら二百八十二人が負傷した事件では、ロシアのエシュロンが電波を傍受していたことが事件後、明らかになっている。<br />　爆破事件で射殺された容疑者が二年前の二〇一一年の初めころ、母親と電話で、イスラム教のジハード（聖戦）について漠然と会話を交わしていたと言うのだ。但し、当時は目標地が米国のどこの場所かが分からなかったため米国には連絡されていなかった。<br />　我が国では一九九九年三月の能登半島沖の北朝鮮の不審船事件の傍受はエシュロンだったと言われている。目的は日本国内にいるスパイの引き揚げだった。<br />　この時、影虎はジョンソンが言っていたあの部分を思い出した。<br />　『我々は逮捕したアレクスが通話している内容を把握している。それはＴＮＴ火薬の話だ』と。そしてその通話相手の電話番号まで知っていた。それは０９０・８７５×・６×××。影虎はジョンソンはエシュロンで傍受したんだと思った。<br />　さらに国木田の話は続いた。<br />　「本題はここからだが、実は…朝霞駐屯地爆破の指示と思われる電話が傍受された」<br />　影虎は耳を疑った。さらに続ける。<br />　「傍受時間は事件の日の午前七時二十分ごろだ」<br />　そう言って国木田は通信内容の全文を読み上げた。<br />　「予定通りの聖戦を実行せよ。時間を間違えるな。防犯カメラに注意すること。成功を祈る」だ。国木田はさらに続けた。<br />　「通常なら関係国は通信傍受の内容を極秘にしているはずだが、宮城でも一週間前に爆破事件が発生しており、テロの可能性もあることから米国のＮＳＣの補佐官からカウンターパートの日本側ＮＳＣの安保局長に極秘電話が入った」<br />　国木田の口の中はカラカラに乾いているのだろう。やたらとお茶を飲んでいる。「だったらなぜ警戒態勢がとれなかったのか？」と影虎は疑問を持った。<br />　「それは今回の爆破司令の電話とみているんですね。ではなんで警戒態勢を敷かなかったのですか？」<br />　国木田はまたペットボトルのお茶を口にふくみながら言った。<br />　「その通りだが現場が分からなかった。とりあえず防衛省には警戒態勢をお願いしたんだが、発生まで時間がなかった」<br />　「前回の宮城の時は通信はあったのですか？」<br />　「それはあったと思うがこちらへの連絡はなかった。但し辞書登録の文言が含まれなければ傍受は無理だから…」<br />　国木田が声を潜めて言った。<br />　「司令を出している携帯番号は０９０・８８××・２××６だ。受けている番号は０９０・３２５×・７×××…今、それぞれの所有者割り出しと通話記録などを調べている」<br />　さらに続けた。<br />　「現在、君はなんの仕事をしているかは分からないが、通信内容に『聖戦』とあることから、中東の可能性も考えられる」<br />　「今、アルカイダのある人物を追っているんです」<br />　影虎は詳細の説明を避けた。<br />　「それは好都合だ。今回の爆破事件のことを頭の中に入れておいてほしい」<br />　「埼玉県警には応援派遣はあるんですか？」<br />　「あそこは人数が多いので行く必要はない」<br />　「そうすると情報はとれないのか…」<br />　「いや、その点は大丈夫だ。この事件は警察庁の警備課が指揮することになった」<br />　影虎は安心した。<br />　「情報官、０９０・３２５×・７×××などの番号の所有者照会はするんでしょう」<br />　「それは埼玉県警がするはずだ」<br />　「実は調べてもらいたい携帯番号があるのですが…」<br />　「どうしました。調べるのはこちらでやりますから何でも言って下さい」<br />　影虎はジョンソンとの話の内容を隠した。<br />　「アルカイダのメンバーがかけた相手の携帯なのですが０９０・８７５×・６×××と０８０・１３９×・×５×です」<br />　「分かりました。分かった段階で連絡します」<br />　そして国木田は影虎に一枚のキャッシュカード渡しながら言った。<br />　「これを自由に使って下さい。領収書は要りません。何に使ったとかの報告もなくていいです」<br />　こうして影虎は解放された。（つづく）</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-01-29T08:37:05+09:00</dc:date>
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<title>防諜その３</title>
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　　追いつめる　　　　　　１０　内閣府を出た影虎は途中でお世話になる文房具店...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p></p>

<p>　　追いつめる<br />　　　　　　１０<br />　内閣府を出た影虎は途中でお世話になる文房具店の富田屋の夫婦に土産を買うことにした。選んだのはスイーツの「日南チーズロール」。イチゴの粒が入っており、甘さは控えめでお年寄りなら食べられる。戸越駅を降りて弁当屋で弁当を二個買った。明日朝の分もである。<br />　影虎が戸越の文具店についた時は夕方の四時を回っていた。二〇三室の電気が付いたのは午後七時過ぎ。タイミング的に見て「ＳＵＮＡＨＡＲＡ」ことナマンガニの部屋に間違いない。ところが今度は五分ほどで、電気が消えた。外出である。<br />　影虎は尾行するため一階に降りて靴を履いて店の中からエントランスを凝視した。<br />　服装は同じである。道路の反対側を例の眼鏡で補足しながら歩いた。男は戸越銀座の入り口にあるインド料理店「マハラジャ」に入った。<br />　影虎が店内に入るとナマンガニは四人がけのテーブル席にいた。近づきたいのだが一人で四人席は無理だ。とりあえずきょうは相手を確認するだけで良いと判断。最も近いカウンターに座った。<br />　影虎がおしぼりで手を拭きながら耳を澄ます。ナマンガニは片言の日本語で注文した。<br />　「え～ボクは…このスリーのセットね。飲む物はジントニックでいいや。あとでもう一人来るからセットは二人分、いいね」<br />　客が少なく静かなためか意外にはっきり聞こえた。流暢な日本語である。<br />　影虎もメニューを見た。男が注文したのは「マハラジャトリオセット」というものでインドカレー、チキンビリヤーニ、チーズナンの三点セットだ。<br />　「ここにある本格インドカレーってもの凄く辛いのかね」<br />　影虎の質問に答えたのはカウンター内にいた女性だ。<br />　「いえ、ルーは濃厚ですが野菜をベースにしたうまみのあるカレーです。初めての人でも食べられますよ」<br />　影虎は本格インドカレーと日本のビールをジョッキで頼んだ。十分ぐらい待つと百七十㌢前後の小柄なグレーのスーツ姿の男がやって来た。髪は短く五分刈りでサングラスをかけている。<br />　「待たせて済まん…上からの連絡が遅れてしまって…」<br />　良く聞いていると韓国か中国人の様な訛りがある。その男は用心深く店内を見回してからサングラスを外した。ナマンガニに何かの資料を渡して説明しているが、どういうわけかこの部分だけは顔を近づけて声をひそめている。相当秘密の話のようだ。<br />　二人は一時間半近くで席を立ってレジに向かった。影虎も残りのビールを飲み干して、二人の後で精算した。影虎はスーツ姿の男を尾行しようかと迷ったが、きょう初めてなので、やはりナマンガニの行動を把握しなければならない。<br />　ＳＵＮＡＨＡＲＡことナマンガニは男と二人で蒲田駅一番線から東京方面の電車に乗り、大井町駅でナマンガニだけが降りた。パークサイドの二〇三号室に電灯が再び灯ったのは午後九時半を過ぎていた。<br />　翌日も同じ時間にナマンガニは出発して製作所に着いた。あとは帰宅時間の夕方まで時間がある。<br />　「そうだ、不動産屋に行ってパークサイド二〇三号室の契約者氏名や連絡電話番号などを確認しよう」と思い、マンションに向かった。<br />　パークサイドに着いた影虎は管理人室を捜すが見当たらない。困っていると買い物に行くのか子供連れの主婦らしい女性が出できた。<br />　「おそれいりますが、このマンションに入居するのにはどこに行けばいいんですかねえ」<br />　主婦は怪訝そうに聞き返してきた。<br />　「大井町駅前にある三ツ橋不動産に行けばいいと思いますが、今は空き室はございませんのよ」<br />　「分かりました。ありがとうございました」<br />　丁寧にお礼を言って大井町駅に着いた影虎。西口の交番に駆け込み三ツ橋不動産を聞いた。若い女性警察官が対応してくれた。初々しいさに上野駅東口交番時代の若かりし巡査時代を思い出した。<br />　不動産屋がオープンするのは午前十時。大井町駅前をぶらぶらして開店と同時に訪れた。<br />　影虎は、警察手帳を示して、戸越五丁目にあるセンチュリー・パークサイドの二〇三号室の契約者について調べたい旨を伝えた。カウンターにいた女性は「少々、待って下さい」と言って店舗の一番奥の机にいた中年の男性の所に行って話している。<br />　男性がやって来て、影虎は商談用の部屋に通された。店長のようだ。改めて警察手帳を示した影虎に店長が言った。<br />　「二〇三号室ですか…しかし、プライバシーの件がありましてお教えすることは控えさせていただきたいのですが…」<br />　影虎は頭に来た。こっちは公安捜査だ！そう叫びたかった。<br />　「これは警察の捜査ですよ。なんだったら捜査関係事項照会を出しましょうか…そうなると強制的ですよ」<br />　それでも黙っている。影虎の声が大きくなった。<br />　「これはですね、刑事訴訟法第一九七条二項で必要な事項の報告を求めることができるんですよ。しかもこれは拒否できないんです。そして守秘義務にも抵触しないんです」<br />　店長は暫く考えて<br />　「どんなところを知りたいのですか？」<br />　「契約者の氏名と連絡方法です。マンションに行くとメールボックスには外国人なのにローマ字でＳＵＮＡＨＡＲＡと書いてある。御社に出した契約書に虚偽の記載があるかも知れない。御社も困るのでは？」<br />　虚偽記載と聞いて店長はムッとした。<br />　「うちは身元確認はしつかりしているつもりですが…お待ち下さいい」<br />　店長が椅子から立ち上がり事務室から契約書の綴りを持って来た。<br />　「二〇三号室ですね。お名前はなんて言うんですか」<br />　「本名はジャマン・ナマンガニ。一九七五年生まれのアルジェリア系フランス人の男です」<br />　店長は綴りをめくり、申込書一枚を取り出した。影虎に示した。<br />　「入居者は日本人ですよ。一九七五年の生まれはその通りですが、名前が砂原雄一になっています。そう言えば、帰化したのだと説明していました。これが身元確認の運転免許証のコピーです」<br />　影虎が契約書に添付されている運転免許証のコピーを見た。番号が８から始まり５で終わっている十二桁の数字に注目した。偽造を見破るポイントは実物の場合は複数あるがコピーの場合でも並んでいる数字を見れば一目瞭然だ。まさにそれは偽造免許証だった。<br />　影虎は偽造免許証だと分かっても表情を変えなかった。いたずらに不安を与えたくなかった。<br />　免許証に書かれた名前は砂原雄一。申し込み時の住所が東京都渋谷区円山町××になっている。連絡番号は携帯で０９０・３３７×・×４××。影虎は住所、携帯番号と免許証番号をメモして資料を店長に返した。指紋の採取は令状が必要なので着手時にすることとした。<br />　「ありがとうございました。助かりました」<br />　「何か問題ある方でしょうか？そうなると、うちも困りますので…」<br />　「今、確認しましたから大丈夫ですよ。心配しないで下さい」<br />　影虎は丁寧にお礼を言って、念のため東京都渋谷区円山町×××の住所を確認することにした。<br />　大井町で京浜東北線に乗り、品川で山の手線に乗り換え、渋谷で京王井の頭線に乗り替え神泉に降り立った時は正午近かった。<br />　駅を降りた影虎は道玄坂方向に歩き交番で確認した。応対に出た巡査部長は地図を出してきた。<br />　「円山町××ですね…ここは…ラブホテルの住所ですが…」<br />　巡査部長は影虎を不審な目で見ているのが分かった。影虎は警察手帳を出して身分を明かした。巡査部長は申し訳なさそうに敬礼をした。これで免許証が偽造であることが裏付けられた。<br />　ナマンガニの修業時間まで約五時間もある。<br />　「時間があるな。警視庁に行って味噌付け麺の大盛りでも喰うか…久しく食べていないものなあ」<br />　本部勤務の時は毎日、味噌付け麺の大盛りを食べており影虎の大好物だ。<br />　<br />　ナマンガニの職場の西蒲田と戸越五丁目の自宅を見張ってから四日が経過した。影虎は文房具店の二階にいた。きょうは休日のはずだ。<br />　「遠出でもされたらやばいな」<br />　そんな思いで昨日、買った唐揚げ弁当で朝食をとっていると、ジーパンにポロシャツというラフな姿でエントランスを出るナマンガニが見えた。昨日、製作所から持って帰ったのと同じ包装の箱様の物を持っている。相当、重そうだ。影虎は弁当をそのままにして尾行することにした。<br />　ナマンガニが入ったのは戸越公園駅の東側にある宅配便の店舗だった。持っていた箱の発送の手続きを済ませて、元来た道を帰って行った。<br />　影虎は即、確認しようとしたが、それでは怪しまれる危険性がある。かと言って警察手帳では三ツ橋不動産の二の舞になる。三十分近くの間を置いて店に入った。幸いにしてその間の顧客はいなかった。<br />　「すみません。先ほど三十分ぐらい前にうちの社員がお願いした荷物の送り先の住所が間違っているのではないかと思って確認に来ました。なにしろ、外国人ですので…」<br />　店員は外国人と聞いて驚いている。<br />　「え～っ　名前は日本人でしたよ…」<br />　「スナハラですよね」<br />　「その通りですが…お待ち下さいい」<br />　店員は預かった荷物を持ってきて影虎に渡した。そこには新潟市末広町の梁仙物産　橋本正次朗宛てと書かれている。電話番号は０２５・２８×・７××３。中味は精密機械となっており重さは五㌔ぐらいはある。<br />　確認を終えた影虎はパークサイドに戻り、食べかけて残した朝食を食べ終えた。そして翌日、ナマンガニの国内における相関図をつくるため新潟市に向かうこととした。橋本正次朗を調べるためだ。<br />　<br />　　　　　　□　　　　□<br />　翌朝、自宅で出張の支度をしていると国木田から電話が入った。<br />　「調べることになっていたあれについて分かったことがあるが、このまま電話で報告しておくがいいかね？」<br />　「いや、頼みたいこともあるので伺います」<br />　影虎がＮＳＣの国木田の部屋を訪れたのは午前九時過ぎだった。話をした後、新潟市に行くことにしていた。<br />　影虎を迎えた国木田の顔色は冴えない。<br />　「朝霞駐屯地爆破事件で傍受された携帯を調べたが残念な結果だった」<br />　そしてこう説明した。<br />　「司令を出していると思われる携帯の０９０・８８××・２××６と０９０・３２５×・７×××はヤミ携帯のようだ。全く分からない」<br />　影虎は国木田の冴えない顔の理由が分かった。そして疑問をぶっつけた。<br />　「レンタル携帯は携帯電話本人確認法で身元確認が厳しくなっているはずですよね」<br />　「その通りです。以前はプリペイド式の携帯があったが、犯罪に利用されるのでほとんどのメーカーでは止めている。そこで出てきたのがレンタル携帯電話。それでも犯罪は治まらないので本人確認法で厳しくした。ところが確認手段の運転免許証や健康保険証が偽造されている」<br />　運転免許証の偽造ではナマンガニのマンション入居の件がある。<br />　そして国木田は別の資料を取り出した。<br />　「一応、０９０・３２５×・７×××の通信記録を取り寄せた」<br />　国木田は資料を影虎に渡し、説明を始めた。<br />　「見ての通り通話は極めて少ない。エシュロンの記録にある朝霞の事件の日の午前七時二十分は埼玉県の狭山市。事件発生時の午前十時十九分には都内。都内と言っても練馬区だがね。事件発生後の同日午後三時八分には浦和市内だった」<br />　「午前十時十九分の電話は受けたのか架けたのかどちらですかね」<br />　「架けている、相手の番号は０８０・８７１×・××９×だ」<br />　「七時二十分の聖戦を実行せよと指示したと見られる０９０・８８××・２××６はどこで出しているんですか？」<br />　「宮城県の仙台市周辺だ。その後は一切使われていない」<br />　「せめて０９０・３２５×・７×××の所有者が割れればいいのですが…それにしても今の日本で爆弾テロなんか簡単にできるのかな…」<br />　影虎のこの言葉を聞いた国木田は机から資料を取り出した。<br />　「これが二〇〇四年（平成十六年）に官邸の国際テロ対策推進本部が出した通達だが…」<br />　資料めくりながら説明を始めた。<br />　「テロ対策としては国内テロ集団の監視や爆発物の原料となる物質などは薬局で買えることから厚労省や経産省、農水省で流れをつかむなど管理を強化するよう通達している」<br />　さらに続けた。<br />　「それだけではない。経産省や財務省、あらゆる金融機関などに対しては口座開設者の身分の確認の徹底をはじめ、不審な金の流れがあると思われる取引は記録保存だけでなく届け出を義務化。不審な口座と分かった場合は監視や追跡の徹底を指示している。それをくぐり抜けているとすれば…相当の組織とも考えられる」<br />　「仰る通りですが…ところで私がお願いした二本の番号はどうですか？」<br />　「そうそう。０９０・８７５×・６×××と０８０・１３９×・×５××だったよね。双方ともシムカード利用のプリペイド式だった。これはかなり以前にメーカーは取りやめていることもあって全く分からなかった」<br />　「そうするとジョンソン情報は古い情報なのか…」<br />　影虎は心で呟いた。新潟に行く理由を説明して立ち上がろうとした。　「虎さん、ちょっといいかね」<br />　時計を見る影虎。十一時十分だ。<br />　「大丈夫ですが、十二時十二分の新幹線には乗りたいので…」<br />　「分かりました。虎さんがこれから行く新潟の件だが、偽造免許証のナマンガニを公文書偽造で引くつもりはあるのかね」<br />　「いや、ありません。組織の解明が必要なので泳がせるつもりです。まだ上にはご内密に…」<br />　影虎の捜査手法を詳しく聞いた国木田は納得した。<br />　「さすがは公安のプロ、ゼロの捜査員だ…」<br />　<br />　　　　□　　　　　□<br />　影虎は予定通り十二時十二分東京発の新潟行きに間にあった。到着は十四時十二分だ。今年は十一月に入って急に寒くなり、下旬だと言うのに最高気温が十度前後という日もあったという。この日はさらに北よりの風が強くコートが必要な寒さだった。<br />　荷物送付先の梁仙物産は新潟市末広町にある。新潟港の近くだが鉄道はない。<br />　新潟駅からタクシーで新潟港に向かった。幸い乗ったタクシーが新潟港をテリトリーとしていると言う。影虎が運転手に聞いた。<br />　「運転手さん梁仙物産という会社を知っていますか？」<br />　「北の貿易商社でしょ」<br />　「北と言えば北朝鮮ですか？」<br />　「そう。あの会社は万景峰号が来ていたときはいつもいっぱい荷物を積み込んでいましたよ。今は…そこに行くんですか？」<br />　影虎は貿易業と聞いたので税関で調べたほうが良いと判断した。<br />　「じぁ梁仙物産を見てから税関までやってくれる」<br />　梁仙物産は新潟東港の近くにあった。東港と言えばアジア各国の貨物船が行き交う国際貿易港だ。モルタル仕上げの二階建ての建物の屋根に「貿易商社梁仙物産」の大きな看板があった。正面にある駐車場に乗用車数台が止まっている。<br />　その場所はＣＩＡが逮捕したアレクスのアジトとなっていたマンションのある新潟市天明町から三㌔と離れていなかった。<br />　駐車場前にタクシーが止まろうとしたので影虎は言った。<br />　「もうここはいいですから税関に行って下さいい」<br />　運転手は怪訝な顔をしたが質問もせず中央埠頭にある新潟港湾合同庁舎前に止めた。<br />　東京税関新潟支署を訪れた影虎に支署長の竹内剛が応対した。<br />　影虎は名刺を渡しながら単刀直入に切り出した。<br />　「数日前に東京円山町の砂原雄一ことハデイ・ナマンガニが新潟市末広町の梁仙物産に小包を出しているのですが、梁仙物産はどんな会社なのかをお聞きしたい」<br />　「名刺を拝見すると警視庁の公安部となっていますが、ナマンガニはその方面の人物なのでしょうか？」<br />　「イスラム過激派のアルカイダのメンバーです」<br />　と言って影虎は竹内にアルカイダのテロリストとに対する捜査協力を要請した。<br />　アルカイダと聞いた竹内が顔面蒼白になった。声が出ない。<br />　「そう驚かないで下さいよ。まだ海の物とも山の物とも分かりませんので…」<br />　我に返った竹内が口を開いた。<br />　「実は、平成十四（二〇〇二）年から十五（二〇〇三）年にかけて市内にアルカイダのメンバーが住んでいて、市内のパキスタン人と組んで北朝鮮に中古自動車や自転車を輸出していたことがありまして…」<br />　「確か…リオネルというテロリストでしたね。天明町にはＣＩＡに逮捕されたアレクスのアジトがあるなど、ここはアルカイダが多いところだと言うことは我々も把握していますから…」<br />　リオネルとはフランス系イスラム人のリオネル・デモン。二〇〇一（平成十三）年に新潟県警が不審者として任意に事情を聞いたことがあった。当時は茨城県内で中古車販売をしていた男で、後に中古自転車の輸出の中心人物だったことが明らかになった。<br />　「さすがに公安の方ですね。この事件はドイツのミュンヘンで逮捕されて確認のためＩＣＰＯ（国際刑事警察機構）を通じて手配があって初めて知ったのですが、本庁には『どこに目を付けているんだ』と叱られました。署長が懲戒処分を受けたことがあるものですから…」<br />　「今回は大丈夫ですよ。最近入国した人物ですから…」<br />　「その言葉を聞いて安心しました」<br />　そして竹内は輸出担当者を呼んで指示した。<br />　「末広町の梁仙物産を知っているか？」<br />　「はい、北朝鮮総連系の貿易会社です」<br />　相当、情報をとれると影虎は思った。竹内が部下に指示した。<br />　「それに関する資料があれば全て出してほしい。現在はどんな物を輸出しているのかも含めてだ」<br />　これには職員が即座に答えた。<br />　「三月に一回の割合で使い古した自転車が中心ですが…」<br />　ところがその後、職員は口ごもった。竹内が代わって続けた。<br />　「いや、明智さんだから正直に話します。前回ですがベアリングを船積みしたのです。輸出先はインドとなっていたので追跡しました。それが北朝鮮だったのです。現在、捜査している最中です」<br />　影虎はベアリングと聞いて立件に自信を持った。ナマンガニが勤める西蒲田の高部製作所は精密機器を扱っているからだ。<br />　「ベアリングにも種類がありますが…輸出規制に入っている物ですか？」<br />　「仰る通り。輸出令別表の中で軸受けつまりベアリングの部分に関しては六項に『軸受けまたはその部品』とあります。航空機の主脚の昇降を行う空気圧の装備品の部品などに利用されることから、戦闘機などに転用される恐れがあるためチェックが必要な製品ですね」<br />　影虎は梁仙物産の現状の説明を求めた。竹内が答えた。<br />　「万景峰が寄港している当時は洋服の生地とか日本のメロンやワインなどの物産品でしたが、生地などは今は贅沢品として規制されているので使い古した自転車などが多く、これまで三千台は輸出しているでしょう」<br />　影虎は確認した。<br />　「自転車はいいとしてベアリングの外為法違反は？」<br />　「我々はそれを狙っていたのですが、入手先や背後関係が分からなくて困っていたのです。そこに明智さんが来られたわけです」<br />　影虎は納得した。そして逆質問した。<br />　「梁仙物産のトップの橋本正次朗は日本人なんですか？」<br />　「朝鮮総連の直営で橋本は物産の責任者で支店長になるのではないかと…確か在日で帰化したと聞いていますが…」<br />　「ここは大事なんですよ。アルカイダメンバーと繋がりが出てくるわけですから…日本人なのか朝鮮人なのか…」<br />　「そうですねえ…金正日総書記に物を送る人物ですから…あの国の関係者だと私どもは思っています」<br />　影虎は「思っているのでは困る」と言いたかった。確証がほしいのである。<br />　「そうするとアルジェリア系フランス人でアルカイダメンバーの砂原ことナマンガニと接点のある橋本正次朗は北朝鮮の人物で良いのですね」<br />　「梁仙物産の名簿などは無いでしょうか？」<br />　「ありますよ」と言って竹内が机からファイルを取り出した。影虎はその名簿をチェックした。<br />　影虎の頭にある名前は見当たらなかったが橋本のところに携帯番号が書いてある。<br />　「０９０・８７５×・６×××」<br />　「これは！」<br />　絶句する影虎。なんと今年一月にＣＩＡが逮捕したアレクスの携帯に記録が残っていた番号だった。アレクスは新潟発行の外国人登録証を持っており、新潟で動いていたことが立証されている。<br />　ジョンソンによると、頻繁に会話をしており、しかもその内容は「ＴＮＴ火薬」だというから詳細は分からないものの穏やかではない。橋本生次朗、梁仙物産との繋がりはナマンガニへと引き継がれていた。こうなると税関新潟支署のミッションは極めて重要になる。<br />　「やっぱり…アルカイダと北朝鮮は繋がっていたのか…」<br />　今度は影虎の呟きに竹内が驚いた。<br />　「今、なんと仰いました？」<br />　影虎は竹内の質問だったが、詳細を控えた。そしてこう言った。<br />　「いえ、独り言です…最後になりますが、着手はいつごろになるのですか？」<br />　「荷物の送り先の砂原という人物は今回、明智さんから情報をいただいて一歩、前進しましたが、新潟県警とも詰めてみたいと思っていますから…」<br />　こうして、影虎の新潟での仕事は終わった。この日は市内に泊まることにした。</p>

<p>　　　□　　　　　□<br />　一泊二日で帰宅したのは午後九時を回っていた。翌日の朝刊に影虎は大きなショックを感じた。購読している毎朝新聞が一面トップで報じている。見出しは黒べた凸版であることから特ダネとみられる。<br />　陸上自衛隊朝霞駐屯地爆破は「革命委員会」名乗る犯行<br />　　　　　　　　　　　　　　　本社に声明文届く<br />　埼玉県朝霞市の陸上自衛隊朝霞駐屯地で首相の車両を狙ったと思われる爆弾事件は、圧力鍋を使った爆弾だったことが埼玉県警捜査本部の調べで分かった。<br />　事件発生の日の午後、毎朝新聞社に「天誅を下した」とする犯行声明文が送られたもので、声明文ではさらなる犯行を予告していることから、県警は差出人の「革命委員会」の実態解明に乗り出すことになった。<br />　捜査本部は爆発現場から発見した五、六㌢から二十㌢四方、厚さ二㍉から五㍉の複数のアルミニューム破片を繋ぎ合わせた結果、四十㌢四方、深さ約二十㌢の圧力鍋と断定。販売元の特定に全力をあげている。<br />　さらに現場からは携帯電話の破片様の物が発見され、携帯電話を起爆装置にしたものとみられるという。<br />　この圧力鍋は一週間前に宮城県の航空自衛隊松島基地で発生した爆弾事件と酷似しているほか、いずれの事件でも長さ十五㌢の釘とボールベアリングを使用、爆発の威力を増していたことも判明。宮城の事件では犯行声明は出ていないが、埼玉県警は同一犯による連続爆弾事件として警察庁に協力を要請、遺留物からの捜査を進めることになった。<br />　<br />　この記事を見て影虎は驚いた。起爆装置が携帯とまで漏らしているのかと憤りを感じた。昨日、国木田でさえ言っていなかった。埼玉県警から漏れたのかも知れない。インテリジェンスの捜査は必要な部分を隠さなければならないからだ。<br />　そして影虎は、こう事件を分析した。<br />　陸上自衛隊観閲式には首相が出席し、そのスケジュールは公表されている。だから犯人側も訓練所の正門ゲートに首相車が到着する時間は掴んでいるはずだ。<br />　実際に到着したのは予定より一分ぐらい早い午前十時十八分。到着直後の十九分に爆発していることから、プッシュボタンを押す携帯の操作が遅れたのではないかと見られる。<br />　「と言ううことは犯人は首相車の到着が見える位置にいたことになる」<br />　但し、首相専用車は手留弾などに耐えられる車両に改良されており、犯人たちはその情報を持っているとは思えない……　<br />　同紙は社会面で関連記事として釘とボールベアリング使用の爆弾事件現場の悲惨さを紹介。さらに近年の爆弾事件の内容を分析するとともに犯行声明文に書かれている革命委員会について公安関係者の見方を紹介しているが、影虎らが懸念していたイスラム過激派関係の記事は見当たらなかった。<br />　朝霞駐屯地の爆弾事件で首相を迎えるため整列していた一般市民三人が死亡するなど自衛隊員、報道関係者を含めて十六人の死傷者を出したこの事件。死傷者のほとんどが釘やボールベアリングを身体に受けている。なかでも死亡した三人は頭や胸、背中など全身に多い人で十本近くの釘が刺さるなどして即死状態だったと言う。<br />　同社に届いた犯行声明文は、Ａ４の紙に大きな文字で「天誅を加えた。我々は既に次の行動を予定している。革命委員会」と書かれており、ワープロの文字との見方が強い。<br />　届いた封書は市販されているもので消印を見ると銀座周辺から投函したものとみられていると書かれている。<br />　影虎はこの記事を読んで思いついたことがある。<br />　「あれは二〇〇四年三月、スペインの首都マドリッドで三カ所の駅が同時に爆破される事件があった。あの事件は携帯電話が起爆として利用された。アルカイダが犯行声明を出している」<br />　携帯が起爆装置となる仕組みは、携帯を呼び出すとＬＥＤが点灯する。これを利用して爆薬を爆破するのとバイブレーターを利用するのと二つあると聞いたことがあるのだ。いずれにしても情報官が言っていたように裏には相当の組織が存在するのだろうと思った。<br />　そんなことより影虎にはもっと大事な仕事が残っている。それは、新潟である程度の解明ができると期待していたアルカイダメンバーのハディ・ナマンガニと北朝鮮の相関図づくりだ。</p>

<p>　　　　１１<br />　宮城県警松島東署の捜査本部が、極秘に警察情報通信研究センターに鮮明化を依頼していた防犯ビデオの映像が三週間後に届いた。谷津課長が「不審者は写ってねえ」と頑なに秘密にしていた部分だ。<br />　鮮明化した結果、ナンバープレートは白地に文字色は緑、さらに緑で縁取りされていたことから四〇〇㏄以上の自動二輪車であることが判明。数字は０と１と７が僅かに判読できた。<br />　さらに、ナンバープレートの登録地を示す文字が「山」で始まる二文字であることも分かり、山梨県と山形県の二県に限定された。但し登録地の後のひらがな文字の判読はできなかった。<br />　柴田が谷津に言った。<br />　「山が頭に付く県は、その他に山口県もありますよ」<br />　「なぬ！山口だと？口なら単純だから０や１、７の様にわがっぺさ…複雑な字だからわがんねがったんだよ。二県でやっぺさ…」　<br />　谷津の判断でオートバイは「山梨×　××丨０１」か「山梨×　××丨０７」。「山形×　××丨０１」か「山形×　××丨０７」と絞り込まれたのだった。<br />　しかし、谷津はこのナンバーの部分を本部内では保秘扱いにして、山形と山梨県警には極秘で協力を要請。警察庁への報告も控えた。<br />　山梨ナンバーの登録台数は四十四万台。このうち登録地名が二文字で例えば「２　山梨×　××丨××」の様に山梨の文字の前の数字がないのは山梨市、甲州市、大月市や身延町、小菅村など十二市七町二村に限定されるため、下二桁の「０１」「０７」の様に番号が分かっていれば対象車は十台以下に限定される。<br />　一方、山形県は保有台数が山梨県より約十万台多い五十万台だが、やはり同様に米沢市、新庄市など十市十九町になり山梨県と同じような十台前後に限定される。この中から、黒色でハンドルに特徴のあるカワサキの「ステード４００」を割り出せばよいのだ。</p>

<p>　　　□　　　□<br />　宮城県警からの要請で「山形×　××０１」「山形×　××０７」の所有者割り出しを進めていた山形県警は該当したオートバイは一台が青色、もう一台は赤色で黒の該当車はなかった。<br />　一方、山梨県警は「０１」のオードバイは青色だったが「０７」は黒でしかも、カワサキの「ステード４００」と判明、宮城の手配と外見が一致した。所有者は山梨県甲斐市に住む商社員の月見里義一（四六）。勤め先は甲府市内のど真ん中にある株式会社・東洋物産の営業マンであることが分かった。<br />　割り出しに成功した山梨県警交通部は、宮城県警への報告の前に、東洋物産の会社は、過去に北朝鮮への密輸出が取りざたされたことがあることから警備部の公安情報を扱う警備一課に伝えられた。<br />　「何っ、月見里のオートバイが仙台に行っていた？しかも、あの松島基地爆破事件の時だって！」<br />　報告を受けた警備一課課長の今野康夫が驚いた。<br />　今野は七年前に警察庁入庁。昨年春から山梨県警警備第一課長に就任している。着任の時の引き継ぎで東洋物産の話は聞いていた。<br />　アメリカのＣＩＡが逮捕したアレクスの日本国内での足取り捜査で新潟市の梁仙物産の関連会社として浮上した。<br />　贅沢物輸出規制の該当製品である生糸の肌着を不正輸出した際の担当が月見里だった。新潟県警が立件しようとしたが、時期が北朝鮮の制裁措置令が出される前だったことから見送られた。<br />　月見里は北朝鮮人で朴基永（パク・キョン）。今野は前任課長から引き継いだが、警備一課内でも知っている者は限られた。<br />　今回の松島基地爆破事件の詳細を知らない今野は国木田に電話でこの事実を伝えた。<br />　国木田は今野が警察庁警備課勤務の時に指導を受けた先輩である。事件の詳細を説明した国木田は、今野にこう指示した。<br />　「宮城県警はどこまで確証を持っているかいまいち見えてこない。オートバイの捜査は宮城に任せて、君のところは月見里なる人物の最近の接触者を追ってほしい。但しこの情報は完全秘匿すること」<br />　こうして東洋物産内の月見里の最近の行動確認は極秘扱いとして警備一課の係長を含め三人で追うことになった。　<br />　影虎が自宅を出ようとした時に右腰に振動を感じた。国木田からだった。<br />　「虎さん、大変だよ。宮城の事件でオートバイの男による犯行かと産日新聞が書いているんだよ」<br />　防犯ビデオに荷物を届けるオートバイが映っており、捜査一課長の谷津が特命班を組んでいることは一条から聞いていた。<br />　一方、国木田は山梨県警が所有者の月見里を割り出していた情報を得ていたが、極秘扱いとしたため、影虎にも知らせていなかった。影虎は怒りをぶちまける様に言った。<br />　「特命班を組んでいることは聞いたが…それが漏れるなんていったいどうなっているんですかねえ…」<br />　国木田が相槌をうつ。<br />　「漏れすぎだよな。埼玉も埼玉なら宮城も宮城だよ…これが事実なら、特命班の意味がなくなってしまうよなあ…」<br />　国木田はこれだけ言うと新聞を見るようにと言って電話を切った。影虎は毎朝新聞を購読してるいため駅の売店で産日新聞を買った。社会面のトップ記事だった。</p>

<p>　松島基地爆破事件で謎のオートバイ<br />　捜査本部　防犯カメラで確認<br />　大きな見出しが付いている。<br />　航空自衛隊松島基地が爆破された事件の宮城県警は、防犯カメラに写っていたオートバイの男が事件に関係しているとみて行方を追っていることがこのほど分かった。<br />　映像には爆発のあった五、六分前に仙台市の方向から基地の正門前に一台のオートバイが到着。犠牲となった小坂登喜雄隊員に三、四十㌢四方の箱を渡す光景が写っていた。<br />　オートバイにはフルフェースのヘルメットを着用した男が乗っており、手渡したオートバイはそのままＵターンして元来た方向に帰って行った。<br />　このため捜査本部は映像に写っている黒っぽいオートバイの目撃者捜しなどの捜査を続けた結果、爆発現場から百㍍ほど離れた道路の路肩にオートバイを止めて、携帯を手にしている不審な男がいたことを突き止めた。<br />　捜査本部は…</p>

<p>　新聞を読んだ影虎は警視庁の公安部に出勤し、派遣されている一条の携帯に電話を架けた。<br />　「いっちやん明智。なんでこんなのが漏れるんだよ」<br />　「そうなんですよ。谷津課長が特命班を組むなどあれだけ隠密に動いていたんですが…」<br />　「この記事は正しいのか？」<br />　「概ねは合っていますが…」と言った一条が捜査経緯の説明を始めた。<br />　「Ｕターンした際にオートバイの後部のナンバープレートが写っていましたが、極めて不鮮明なんです…」<br />　「谷津課長は、だから写っていないと言ったのか…それで産日に書いてあるがオートバイを割り出したのか？」<br />　「映像を鮮明化した結果、カワサキのステード４００の黒い色と分かったのです」<br />　「オートバイは宅配便じゃないのか？」<br />　「いや、オートバイの座席の後ろに黒のアラシートバックが付いており、ナンバープレートが白地だったことから運送屋ではないと判断したようです」<br />　一条の説明によると次のような流れになる。<br />　車種が特定されたことから捜査本部は、交差点通過車両の割り出しに入った。その結果、三陸自動車道のインターから国道２４７号線、さらに自衛隊正門までの三カ所にＮシステムと監視カメラが取り付けられておりその解析を行った。<br />　ところがＮシステムは、オートバイは後部にナンバープレートがあるため読み取れず、さらに監視カメラでもナンバーはとれなかった。<br />　運が良かったのは監視カメラには発生時間帯の前後一時間に通過したオートバイ一台だけの姿が写っており、ナンバープレートは見えないもののオートバイメーカーなどの話からカワサキのステード４００と判明したと言うのだ。<br />　一条は「ここからが問題なんですよ」と前置きしてさらに続けた。<br />　「同帯調査に入って一週間後の金曜日でした。男からたれ込みがあって、乗用車で基地の前の通りを運河から帰って来た時、正門を通り越して五、六十㍍三陸自動車道寄りの道路の路肩にオートバイを止め、携帯をいじっている男がいたと言うのです。フルフェイスのヘルメットをかぶり携帯とは奇妙なので記憶していたと言い、爆発音はその数秒後に聞こえたそうです」<br />　「爆発まで時間が無いなあ…起爆装置に電話していたことも考えられないか？」<br />　「そうなんですよ。でも谷津課長は携帯で爆破させるなんてあり得ないと言っていましてね」<br />　「それで受け取った隊員はどうしたんだよ」<br />　「受け取った小坂隊員はその箱を警備員室内に持って入るところが室内用のカメラに写っていました。しかし、室内の片隅にお茶を入れたりする台所みたいなところが衝立で囲まれており、その部分は見えません。そのところに裏口があります」<br />　「爆発地点はどこと見ているの？」<br />　「建物の外で北東、つまり裏側の門柱のところに掃除道具などを入れる箱がありその部分ではないかと…」<br />　「とすると、新聞に書いてある内容はある程度、合っているというわけか…」<br />　「だから課長は特命班を組んで密かに追っていたのになんで…と頭を抱えていますよ」<br />　<br />　　　　　１２<br />　十二月中旬になっていた。影虎はナマンガニの行動確認と言うよりは、マハラジャで会っていたあのサングラスの男の確認に重点を置いている。<br />　身長が百七十㌢前後で、小柄なグレーのスーツを着た髪は五分刈りの男だ。再び接触する時がチャンスとみた影虎はナマンガニが仕事を終えて製作所を出た六時二十分から尾行を続けている。<br />　松島東署の捜査本部にいる一条から連絡が入った翌日の張り込みでナマンガニが動いた。一度、自宅に帰るかと思いきや、マンションを通過して戸越銀座のマハラジャに直接向かったのだ。<br />　影虎は店にはすぐに入らずに外で様子を見ることにした。予想通り小柄で五分刈り頭のサングラスの男が店に入った。間違いなく、あの日見た男だ。<br />　影虎はこの男の後、暫くしてから店内に入った。入り口から確認すると、二人は前回と同じ席に座っているが、影虎が座ったあの席はアベックが座っているので空いていなかった。<br />　影虎はカウンターの中央付近に座った。その位置からは二人のボックス席は見えない。トイレに行く振りをして確認しようとしたが、姿を見られる危険が大なので控えた。<br />　「こうなれば、帰る時に尾行するしかないな」<br />　影虎は、きょうのターゲットをその男に絞っていた。何時でも出られるように警戒しながら前回と同じく本格インドカレーを注文した。<br />　なんと二人の密談は三十分で終わって、あの男がレジで会計を始めた。午後七時四分だった。<br />　店を出た二人は並んで歩いている。影虎は道の反対側を一定の距離を置いて追尾した。ナマンガニはマンションの前で男と別れた。男は東急大井町線の戸越公園駅から電車に乗ろうとしてホームで待っている。影虎は目立たないように車両一両分離れたところにあるホームのベンチに腰をかけて電車を待った。<br />　電車に乗る男、影虎は男が車内に入るのを確認してドアが閉まる直前に乗り込んだ。降りる時も相手が完全に降りてドアが閉まる直前に自分が電車を出るのが鉄則だ。降りる振りをして突然乗り込んだり、降りたりする極左連中の行動には何度も泣かされた経験からチヨダ時代に自然に身に付いた行動である。<br />　男は終点の大井町で降りて京浜東北線の東京方面行きに乗り込んだ。座席が空いているのに座らない。「動きがあるぞ」と直感した影虎。予想通り男は品川駅で突然、飛び降りた。テロリストなどの活動家が尾行を逃れるセオリーだ。危険を感じた影虎はドアが閉まるのを降りて待っていたので事なきを得た。<br />　突然、電車を降りたり、タクシーを利用する時は、目的地を過ぎてから降りて戻る丨捜査当局に追われる活動家の習性だ。<br />　男は駅の二階の自由通路を通り西口に出た。第一京浜の駅前信号を横断した男は真っ直ぐ高輪プリンスホテルの方に歩いている。夜なので人混みは少ない。ある程度の距離を置いても見失うことのない距離で尾行する影虎。<br />　男はプリンスホテル高輪を過ぎて突き当たりのＴ字路を左折。道路の右側を歩いている。周囲は人通りが全くなく尾行が難しい。影虎はやむなく二十㍍ほどの距離を置き、相手が脇道に入る時の場所が確認できる状態を保った。<br />　三百㍍は進んだろうかブルネイ大使館に行く二つ手前の道を右に曲がり、百㍍付近で男の姿が消えた。<br />　「右に曲がらなければ二つ先にブルネイ大使館に行く道があるはずだ」<br />　影虎はチヨダの当時に張り込んだことがあるので地理には詳しかった。男は間もなく右側にある建物に入ったのだ。<br />　何気なく通過する影虎。右目でマンション名を確認しようとしたが暗くて見えない。<br />　さらに入り口から四、五㍍離れた向かい側の路上に白のレクサスが一台、止まっている。中には男一人が乗っている。この男の正体が分からない限り、立ち止まることができなかった。ナンバーをさりげなく見ると品川５００　な　××丨７８だ。<br />　影虎はその横を通り、四、五十㍍先の電柱に隠れて車の動きを見ていた。二十分ぐらいしただろうかレクサスが動き出した。<br />　「それにしても…」と影虎。運転していた男は車から一歩も降りずにじ～としていて動き出した。まるで張り込みをしているように感じたのだ。<br />　車がいなくなったので影虎はマンションに向かった。マンション名を確認するためだ。しかし、道路に面している場所にはマンション名はなかった。この時間帯は入居者が帰宅する時間帯。うろついていると不審者と思われる危険性があるため、入居者への客を装って敷地内に入って行った。<br />　「あった」<br />　エントランス横の塀に「アーバンヒルズ高輪」と書かれたプレートを発見した。だがオートロックのため建物内には入れない。名前も分からないばかりか部屋番号も確認できない。影虎は引き揚げるしかなかった。<br />　翌日の朝、昨日歩いたプリンスホテルの角からマンションに向かい、マンションを通り過ぎたところで見張ることにした。品川駅に向かう場合、男の後方を追うことができるからだ。<br />　待って二時間になろうとした午前八時過ぎ、マンションを出た男がなんと、駅とは反対方向の影虎の待っている方に歩いてきたのである。影虎は慌てた。そのまま男の前を歩き、途中で路地に入って男が通過した後に追尾した。<br />　結局、男は地下鉄都営浅草線の高輪台駅から、浅草方面の電車に乗り、蔵前駅で降りた。<br />　蔵前駅の西側に出た男は近くにある八階建ての雑居ビルに入った。サングラスをかけたままである。エレベーターに乗ろうとしている。既に女性を含めて五、六人が乗っている。<br />　エレベーターを使った尾行は極めて難しい。狭いカゴに乗り込むのだからどうしても相手の目に入りやすい。<br />　「空いているエレベーターに乗らずに見送ったほうがかえって怪しまれる」<br />　そう判断した影虎。先に乗っている男に顔を会わせないように最後に後ろ向きで乗り込み、壁に向かって立った。<br />　乗り込む時、エレベーターにはその男とマスクをした背の高い男、それに四人の女性が乗っていた。三階で女性が降りた。<br />　男が降りたのは五階だった。続いてあのマスクを付けた大男が降りたので影虎はその後ろに続いた。男は大男と反対側の廊下の右手奥にある部屋に入って行った。<br />　その部屋は廊下のどん詰まりだ。確認のため近づくのは不自然だ。思案する影虎。よく見ると男の入った部屋の反対側がトイレになっている。<br />　影虎はトイレに入るふりをして男の入った部屋の前を通った。入り口の扉はスリガラスになっており、丹東交易東京支社と黒文字で書かれている。<br />　影虎の胸が高鳴った。<br />　「丹東と言えば北朝鮮と中国の国境付近にある都市だ。交易とは貿易会社…新潟の梁仙物産も北朝鮮の貿易会社だった。これで繋がった。しかも北朝鮮とアルカイダ…」<br />　しかし、問題は肝心なその男の名前が割れない。<br />　「せめて名前が分かればマンション契約書が見られるのに…」<br />　精神的に滅入りそうになる影虎…翌日もその次の日も男のマンションに張り付くがどうしてもチャンスがない。<br />　「明日は土曜日か…また朝から張ればいいさ…」<br />　<br />　　　　□　　　　　□<br />　ところがその日の朝、とんでもないことが起こった。なんとあの男が車で出かけようとしている。マンション横の駐車場にエンジンをかけた車が置いてある。男は旅行カバンらしいものをトランクに積み込んでいる。その車はシルバーのトヨタのプリウスだ。車両ナンバーは品川５００　て　２３丨××。<br />　影虎はプリンスホテル方向を目指して走った。マンションの前は一方通行。突き当たりの道路もプリンスホテル方向からの一方通行。<br />　「ホテルの前の通りまで行けばタクシーが拾えるかも知れない」<br />　その通りまで三、四百㍍はある。間もなくホテル前の道路に出るところまで来た時、プリウスが影虎を追い抜いて行った。それでもまだあきらめない影虎。プリウスはプリンスホテル横の道をそのまま北上。どうやら都心に向かうようだ。<br />　ホテル横の信号が赤になった。プリウスが止まった。その時、影虎の右方向からタクシーが一台近づいて来るのが見えた。それは空車だ。息切れして飛び乗った影虎に運転手が言った。<br />　「どちらまで？」<br />　「どこに行くか分からないのですよ。今、信号が青になって走り出したあのシルバーのプリウス品川５００　て　２３丨××を追っかけて下さい」<br />　「どこに行くか分からない」と聞いてむかついている運転手。返事もしないし運転が荒くなった。やむを得ず影虎は運転手に警察手帳を示した。<br />　「あっ、はい。分かりました。大変なお仕事ですねえ…刑事さんどこに行くか分からないようでしたらメーター料金でなく貸し切り料金があります。その方がお得かと…」<br />　急に態度が変わった。<br />　「気遣ってくれてありがとう。それでお願いするわ…」<br />　プリウスはホテル横の赤信号を出て桜田門通り、そして山手通りから首都高速に入った。運転手が影虎に言った。<br />　「刑事さん、あの車、かなり遠出するんじゃないですかねえ」<br />　「そうだなあ…東名にでも乗るのかなあ…」<br />　二人の予感は的中した。用賀から東名に入ったのである。影虎は料金支払いにカードが使えることを確認したので、あとはタクシーの燃料が心配なだけだ。黙ってハンドルを握っていた運転手が突然、聞いてきた。相当、気になるらしい。<br />　「刑事さん、なにかの事件の犯人ですか？」<br />　影虎は答えに窮した。なんて言おうか…迷った影虎。<br />　「犯人ではないんだ。ただ、怪しい人物なので監視しているだけさ」<br />　東名は空いている。プリウスは静岡県内に入り、富士川を過ぎて新清水インターを降りて国道５２号線に入った。山梨県の甲府、身延方面に向かっている。<br />　「甲府あたりに行くのかなあ」と言う影虎に運転手が答えた。<br />　「いや、その手前でしょう。この道路は富士川沿いに走っているのですが、川から山手にそれると同じ５２号ですが、急に狭くなるんです。だから甲府に行くんでしたら中央高速を使うと思いますよ」<br />　運転手の勘は的中した。身延町で横道にそれた。そして着いたところは身延山の麓にある温泉旅館だった。運転手は旅館に入らずに旅館入り口の道を通り過ぎた。<br />　「ありがとう。ここで降ります。カード支払いでいいかな」<br />　「時間料金で中型車ですから四時間以内で二万九千七百円に高速料金をいただきます」<br />　影虎はＪＣＢカードで支払い、運転手にはこの他に二千円の現金を渡した。<br />　「これで食事でもして帰って下さい」<br />　運転手は何度もお礼を言って引き揚げて行った。<br />　影虎がタクシーを降りた道路から建物までは三十㍍もあるかなり広い庭になっている。車道は舗装されているが周囲は芝生で、枝振りのいい松の木が点在する。<br />　歩いて行くと正面に木造平屋建ての古い建物が見えてきた。玄関の屋根が突き出して円形になっているのが印象的だ。建物自体は古いが、突き出ている部分が車寄せになっている。<br />　旅館名が「早雲館」。源泉掛け流しの宿となっており、身延でも老舗旅館のようだ。<br />　影虎は旅館に入り、玄関内にある催し物予定の掲示板を見た。<br />　「法華津先生御一行様　午前十一時から　三階　滝の間」<br />　催し物はこのほか大学の同窓会と民間企業の旧友会の三つが入っている。影虎は、あの男から想像するとどうしても同窓会や旧友会とは思えないのである。<br />　それにしても珍しい姓である。影虎は「ほうけず」と読んだ。<br />　周囲に誰もいないことを確認してカウンターに駆けより、一人でいた女将に聞いた。<br />　「あの法華津（ほうけず）の連中はもう到着しているのですか」<br />　女将と言ってもかなり若く三十代のようだ。おそらく若女将なのだろう。「ほうけず」と聞いて驚いている。<br />　「いらっしゃいませ。法華津（ほけつ）様の方ですか？先ほどお一人様が到着しておりますが…」<br />　影虎は顔に火照りを感じた。あ～恥ずかしい…<br />　「誰だろう…」<br />　「お待ち下さいい」<br />　若女将は予約表を見ているようだ。<br />　「新山さん、新山治さんと言う幹事の方です」<br />　偽名を使ってるかも知れない丨と影虎。<br />　「皆さんは今夜泊まるんですかねえ」<br />　関係者だと言い、先ほどから変な質問ばかりするものだと若女将は疑いの目をしている。<br />　「法華津様関係の方ではないのですか？皆さんはいつも御一泊なさりますけど…」<br />　「分かりました。では私も一泊しようと思うのですが、部屋は空いていますか？」<br />　「空いておりますが、御一行様とは違うのですか？」<br />　若女将は関係ない人に答えてしまったことを後悔しているようだ。影虎はとっさに思いついた言い訳をした。<br />　「はい違います。可能かどうか分かりませんがこれから入会しようと思っている者です。だから別室でお願いしたいのですが…」<br />　若女将は含み笑いをした。その含み笑いが何を意味するのか影虎は考えたが思いつかない。<br />　「部屋、ございますよ。お一人様でよろしいのでしょうか…」<br />　影虎は二〇五号室に案内された。建物は三階建てだが富士川の支流の傾斜地に建てられているため傾斜地の一番下が一階。玄関は三階になる。<br />　「やばいことになった」と影虎。人の名前を読み違いたり、荷物ひとつ持っていない旅行者なんて、どう見ても不自然なのである。<br />　まして身延の名だたる温泉旅館。飛び込みの客なんているわけはないだろうと思うと、あの若女将の含み笑いは、何かを見通しているのかも知れないと思うと影虎はゾッとした。<br />　それにしても通称だと思うが、新山治の名がこんなに早く割れるとは予想もしなかった影虎。自然に笑顔にならざるを得なかった。<br />　「それはいいとして…法華津とはどんな人物なのだろうか…」<br />　なんの集団かと合わせて新山との係わりを確認しなければならない。影虎は部屋が決まったことからメモ用紙を持ってロビーにあがり、車寄せが見えるソファーに座った。若女将が自分を気にしているのかチラチラ見ている。行動を確認しているようだ。</p>

<p>　　　　□　　　　□　　　　　<br />　影虎はこれから集まる人物を確認するため車寄せが見える場所としてロビーの窓際のソファーに座った。<br />　十四、五分程度過ぎた時、エレベーターから一人の男が降りてきた。それはまぎれもなく、あのサングラスの男、新山治だ。<br />　新山は旅館の玄関の車寄せに立っている。誰かが到着するのを待っているのだ。<br />　影虎の正面から濃紺のアルファロメオがこちらに向かっている。ガラス越しに見ていると顔が長くて顎がしゃくれ、あの有名なプロレスラーに似た男が乗っている。髪はオールバッグで口髭を生やし後部座席でふんぞり返っている。<br />　「ガラスが光って良く見えないがどこかで見たような人相だな」と影虎。<br />　新山が車に駆けより、一礼してからドアを開けた。身長が一八〇㌢以上はある大男だ。グレーのダブルの背広を着ている。<br />　良く、顔を見るとそれはまぎれもなく朝鮮総連の金哲秀だった。<br />　「では法華津とは何者か？」<br />　新山は金哲秀の前を歩きドアを開けてフロントからエレベーターに案内している。次ぎにドアから外に出る時がチャンスだと影虎。ガラスのドアは外側に開く観音開きになっている。<br />　影虎は先に外に出て待った。次ぎの客を迎えるため外に出る新山が開いたガラスドアに右足の膝をわざとぶつける。ケガをした振りをして新山を情報屋として取り込むためだ。<br />　新山がエレベーターから玄関ドアへ…ド～ンと鈍い音…<br />　「痛いっ…」<br />　影虎はしゃがみ込んでオーバーな演技をした。<br />　「ごめんなさい。大丈夫ですか…」<br />　カウンターでこの光景を見ていた若女将が飛んできた。<br />　「どうなさいました」<br />　「膝が…」<br />　影虎は足を引きずりながソファーに向かおうとした。支えて一緒にロビーまで行こうとする新山に影虎が優しくく行った。<br />　「ぶつかったのは自分が悪いのですから、どうかお仕事を続けて下さいい」<br />　「ごめんなさい…後ほど…お部屋にお伺いしますから…」<br />　「女将、後でこの人の部屋番号を教えて…」<br />　もう二台目の車が到着した。それは黒塗りのベンツ。降り立ったのは黒背広に一六〇㌢の小柄な男だ。唇の両端が下がっている。<br />　今度は黒のセンチュリー。白いパンタロンに白いジャケットと白づくめに真っ赤なセカンドバッグを持った女が降りた。年は四十歳前後の米倉涼子似の顔の女。<br />　影虎が顔を見た瞬間、その顔はどこかで見た覚えがあった。しかし、どうしても思い出せない。<br />　続いてタクシーが到着した。降りて来たのはあの北朝鮮の金正恩（キム・ジョンウン）第一書記に似た独特のヘアスタイルの男だった。もみあげから後頭部をそり上げ頭のてっぺんの部分の髪だけが長くパーマをかけている。<br />　平壌の若者たちには「元帥スタイル」と呼ばれ人気があると言う。しかし、日本であの髪型にするには相当の勇気がいるようだ。<br />　おまけに来ている物がど派手である。白と黒の格子柄の背広にサスペンダー、金のネックレスをしている。影虎は男が降りた身延タクシーを見ると「無線５０３」と書かれている。<br />　次ぎに到着したのはご当地ナンバー世田谷を付けたクラウン。降り立ったのは大胆な牡丹柄の和服姿の中年の女性だった。和服が似合い顔は細身で角張った顔立ちをしている。<br />　こうして、歩いて来る者も含めて関係者と思われる者は十人以上になった。影虎はそれぞれの顔など特徴をメモした。<br />　時刻は間もなく正午。連中はこれから食事でもするのだろう。「と言うことは車の運転手も食事する」<br />　この隙に駐車場に止めてあるあのアルファロメオやベンツ、クラウン、センチュリーの車両ナンバーをチェックするチャンスなのだ。<br />　影虎は建物の右手にある駐車場に向かって足を引きずりながら歩いた。なんと今度はオートバイの音がしたので後ろを振り返った。黒いフルフェースのヘルメットに黒ジャンパーの男が近づいてくる。<br />　影虎が駐車場に入ろうとすると直前をそのオートバイが横切った。<br />　「危ない！」<br />　影虎は思わず叫んだ。オートバイを置いた男がヘルメットを取りながら近づいてきた。影虎を威嚇するように言った。<br />　「危ないだと…ここは駐車場だ。歩くところじゃねえんだよ」<br />　ヘルメットの男が大声をあげた。影虎が制服の時代なら鉄拳を見舞い、締め上げていたはずだ。だが今は身分を隠している。しかし、ただ、黙っていては精神衛生上良くない。<br />　「なんだとこの野郎。じゃなんで今、お前は歩いて来たんだよ」<br />　一触即発の状態にあったが影虎の剣幕を見た男は一歩引き下がった。<br />　「ごめんなさい」<br />　「分かればいいよ分かればな」<br />　影虎は敢えて笑顔をつくった。<br />　「凄いオートバイに乗っているね。高いんだろう？」<br />　影虎は褒めたつもりだが、何が気にくわなかったのか、男は睨みつけるようにして言った。<br />　「そんなことはおめえに関係ねえよ」<br />　殴ってやりたい衝動に駆られたがぐっと堪えた。<br />　男は丸顔だが眼が細くて鋭い。話す時に右の口元があがり気味になる。影虎は民自党の元首相を思い出した。顔が強烈な印象となって影虎の脳裏に焼き付いた。<br />　男が旅館の中に入るのを確認した影虎はナンバーの確認作業に入った。刑事の直感としてあの風貌に疑問を感じたオートバイ野郎の番号から始めた。山梨　か　８×丨０７とある。<br />　続いて金哲秀が乗っているアルファロメオだ。品川３７５　や　３５丨×３。ところがベンツが見当たらない。捜すと駐車場の一番奥に止めてあった。多摩４３１　さ　８５丨××。その横にセンチュリーがありナンバーは世田谷４６５　と　×５丨４×だった。<br />　「参加しているのは明らかに日本人が多い。その中に北朝鮮人の金哲秀と丹東交易の新山、それに元帥スタイルのあの男は明らかに北の人物だろう…とすると日朝間の経済界の勉強会…金哲秀が法華津と名乗っているのだろうか…」<br />　影虎はそれしか思いあたらない。経済の勉強会なら、あのオートバイのチンピラ野郎はどう見ても不自然である丨考えながら歩いていると突然、思い出した。<br />　「そうだ、あの米倉涼子似の女は麻布にあるナイトクラブ『ハニーナイト六本木』のホステスだ」<br />　「ハニーナイト六本木」は、百人以上収容のダンスフロアがあり、都内で指折りの高級クラブ。客層は日本の政財界をはじめ外国人の要人などが多い。<br />　二〇〇一年（平成十三年）に北朝鮮の第二代目最高指導者の長男が成田空港から他人のパスポートを使って密入国した際、「ゼロ」に所属していた影虎が足取り捜査で客を装い通い続けたクラブだ。<br />　この時のホステスでユゥミンと名乗っており、韓国人独特の四角っぽい顔立ちで白髪交じりの男と同伴出勤することが多かった。<br />　「公安関係者の間であのクラブは総連関係の店だとも言われているのに、そのホステスがなんでこの会合に出ているのか？」<br />　影虎はこの会合の詳細を掴むためには、ユゥミンの存在の解明が重要になると判断。乗っていた世田谷４６５　と　×５丨４×を調べることにした。<br />　影虎が二〇五号室にいるとドアがノックされた。足を引きずりながらドアを開けるとあの新山が立っていた。<br />　「大丈夫ですか…もし、何でしたら病院に行きましょうか…膝頭って大事ですからねえ」<br />　「いやあこちらが悪いものですから…どうか会合の方を大事になさって下さい」<br />　新山は申し訳ありませんと言って名刺を差し出してきた。<br />　「名刺をお渡ししておきますので、何時でも連絡して下さい」<br />　名刺には新山治の名前の上に営業部長と書かれている。会社名と住所は影虎が尾行して確認したところに間違いはなかった。携帯番号は０９０・５５××・×６５７だった。<br />　「私は明智と申します。人材派遣会社に行っているのですが現在は休職中で名刺は持ち合わせていませんが、どうか気になさらないで下さい」<br />　昼食後、法華津集団の会場となっている部屋「滝の間」の前を通りがかった影虎。通りがかったと言うよりは意識的に近づいたのだった。一階にはこの会議室と食堂しかないので人影は少ない。廊下の窓際にタバコの灰皿が置いてある。どうやら喫煙所のようだ。<br />　今はタバコを吸わない影虎。ロビーのタバコの自動販売機に走り、メビウスライトと売店からライターを買って来た。メビウスライトは影虎が若い時に吸っていたマイルドセブンライトだ。<br />　喫煙所に戻った影虎は一本のタバコに火を付けて燻らせる。こうして喫煙しているようにしていれば、新山と顔を合わせても不自然さはない。会議場から漏れる声に聞き耳をたてる。<br />　「…それでは先生の挨拶から始めたいと思います」<br />　そして聞こえて来たのはあの金哲秀の声だった。何やら日本の景気と世界情勢を話している。<br />　「あいつが会長？そうすると…あいつの人脈図を変えないといけないのかなあ…」<br />　金哲秀が先生となれば、会議名の主催者の法華津に間違いない。その先生に続いて女性が日本の経済情勢を話した後、今度は低音の男が政治情勢を話し出した。<br />　その時、一人の男が部屋を出てきてタバコを吸い出した。見たこともない男だ。「まずい」と思った影虎はタバコをもみ消して喫煙所から去った。<br />　滝の間の会議は夕方まで続いた。影虎は建物の一番下にある温泉に走った。茶色に濁り浴槽はプール並に広い。一面が総ガラス張りのため川の流れが見え、耳を澄ますと川のせせらぎが聞こえる。影虎にとって、しばし仕事を含めた日頃の喧噪を忘れるひとときとなった。<br />　翌日、影虎は集団の顔ぶれを確認するためロビーで待っていると最初にオートバイ野郎が新山と談笑しながら出てきた。オートバイ野郎は挨拶してそのまま帰って行った。新山がカウンターで精算を終えた後、影虎を見つけたようで近づいてきた。<br />　「昨日は失礼しました。大丈夫でしたか…きょうはこれから…」<br />　「ええ、ちょっとこの辺を観光して帰ります」<br />　「なんでしたら私の車でご一緒しましようか」<br />　「ええ、自分も車を持っていますから…治ったら電話しますので、その時にいっぱいやりましょうや」<br />　続いてエレベーターからは、なんとあの元帥スタイルの髪型で格子柄の背広を着た男が金哲秀と話ながら降りてきた。相当、親密なようだ。その光景が影虎の闘魂を刺激した。<br />　「ようし、この男の正体を絶対に割ってやる」<br />　二人の姿を見るとフロントにいた若女将が駆けより深々と頭を下げながら挨拶している。<br />　その後ろに白いパンタロンに白いジャケットの女と薔薇色の女もいる。総勢十二、三人程度だった。<br />　旅館の車寄せにはアルファロメオが止まっている。金哲秀が乗り込むと同時に元帥スタイル髪型の男まで乗り込んでしまった。<br />　「しまった。帰られては正体を調べることができない」<br />　影虎は全員を見送ってからカウンターにいる若女将に会計を頼んだ。影虎の顔を見るなり若女将が言った。<br />　「お膝…大丈夫でしたか…災難ねえ…でも、お友達ができたではないですか。入会できそうなの？」<br />　相変わらず含み笑いをしている。<br />　「う～ん…どうしようかと思って…会議は時々開かれるんですか？」<br />　「ええ、いつもひいきにしていただいておりますのよ。会議は毎月第三土曜日に開くようです」<br />　「あの背の大きなオールバックの口髭の人が法華津さんですよね。珍しい姓ですなあ」<br />　若女将は笑いながら説明してくれた。<br />　「なあんだ、あなた知らなかったの…法華津という姓は愛知県や大分県に多く昔からあるんですよ。でもね、先生の場合は別の本名があるそうよ」<br />　いやはや、若女将の博学に影虎は驚いた。と同時に、いったい金哲秀は幾つの名前を持っているんだろうと興味を持った。<br />　「さきほど帰る時、先生と一緒にいた格子柄の背広を着た方は秘書の方ですかね」<br />　次々に飛び出す影虎の質問に若女将は困っているようだ。<br />　「いや、前からいらっしゃっているお方ですけど…私は分かりませんのよ」<br />　「先生はかなり以前から利用しているのですか？」<br />　「そうですね…五、六年になるかしら…法華津さんはこの近くの顕勝院というお寺のご住職と長い間、お付き合いがあるようで当館を利用するようになりましたの…」<br />　若女将に感謝して会計を済ませてタクシーを呼んでもらった。身延タクシーである。新山に誘われた時、乗れば良かったのだが、焦ることない。タクシーに乗り込んで影虎が言った。<br />　「運転手さん、悪いが顕勝院というところは遠い？」<br />　「五分もかからんが…そこに行くのですか？」<br />　影虎は、若女将が言っていた金哲秀と顕勝院の住職の関係を調べるため寺を見ることにした。<br />　タクシーが顕勝院に着いた。ところが大勢の人で賑わっている。運転手が言った。<br />　「そう言えば顕勝院は今日、二代目ご住職の還暦の祝いだと言っていたな…」<br />　「それは忙しいことですね。ご住職の名前はなんと言うのですか？」<br />　「最澄（さいちょう）と言うんだ」<br />　「分かりました。忙しいようなので今回は会うのをやめました。このまま駅に向かって下さい」<br />　影虎は改めて出直すこととし、身延駅午前十一時三十五分発のふじかわ６号に乗った。静岡経由で東京に帰ることにした。<br />　<br />　東京駅で降りた影虎は、港区高輪四丁目の「アーバンヒルズ高輪」に入居している新山治の国籍を確認するため品川駅に向かった。友達になれそうな男だが…<br />　駅前の不動産屋に飛び込んだ影虎は、アーバンヒルズの入居斡旋をしているかを確認した。応対に出た中年の店員が答えた。<br />　「はい、我が社で扱っていましたがあの部屋は駅に近いことや安価なことから現在は空き部屋はありませんが…」<br />　影虎は警察手帳を示して言った。<br />　「ある団体の関係者を捜しているのですが、あのマンションに新山治さんという方が住んでいると思うのですが、身元確認をしているのかどうかを教えて下さい」<br />　例によってその店員が答えた。<br />　「それは…個人情報なので教えることはできません」<br />　「そうですか…四菱不動産と言えば大きい会社ですよね。もっと良識があるものだと思っていましたが、それではしかたがありませんな。令状持ってきますよ。場合によっては家宅捜索になりますから…」<br />　ちょっとオーバーなことを言ってしまったと影虎は反省した。いつもの「世の中に悪は必要ない」の精神が久しぶりに爆発した。声が大きくなったので店の奥にいた店長と見られる男が飛んできた。<br />　「お待ち下さい。警察の方ですね。私はこの店長をしておりますが、確認だけでしたら協力させていただきます」<br />　「話が分かればいいんですよ。自分たちは皆さんの幸せのために仕事をしているもんですからね」<br />　「さあ、こちらにどうぞ。ここでは客もありますので…」<br />　奥の衝立の裏に案内され、契約者の綴りを持ってきた。<br />　「お名前はもう一度お願いします」<br />　名前を聞いた店長。「な」行のインデックスをめくった。<br />　「ありました。この方ですね」<br />　身元を確認するための運転免許証のコピーが添付されていた。氏名には確かに新山治と書かれている。入居前の住所は新潟市東区小金台町×××。免許証は偽造ではなさそうだ。影虎は免許証番号と旧住所をメモして丁寧にお礼を述べて引き揚げた。</p>

<p>　　　１３<br />　影虎が桜田門に出勤したのは翌日の朝、十時を過ぎていた。美登里ちゃんがあのお茶を出してくれた。いつものように明るい笑顔で振る舞っている。この女性はやはり殺伐とした中にあってオアシスのような存在なのである。<br />　お茶を飲んでいると携帯が震えた。国木田からだった。<br />　久しぶりにＮＳＣを訪れた影虎に国木田はご機嫌のようだ。影虎が言い出した。<br />　「昨日まで身延に行っていましてね…」<br />　「忙しいのに悪かったね」<br />　国木田は内容を知りたいようだ。影虎はアルカイダのナマンガニと北朝鮮の繋がりを一通り説明。そして<br />　「ＣＩＡがボストンでアルカイダのアレクスを逮捕した事件、ご存じですよね」<br />　国木田は当然、知っていた。確認してから影虎が続ける。<br />　「ＣＩＡはアレクスが新潟発行の外国人登録書を持っているのを確認していて、かなり活動していたのではと見ているようです」<br />　「そんなに浸透しているとは知らなかった。ところで…梁仙物産の件だが、税関新潟支署の捜査状況を財務省の審議官から聞いています。県警と一緒にやりたいようでした」<br />　「税関はもっと梁仙物産の周辺捜査を徹底することですね。朝鮮総連が絡んでいるのだから中途半端な捜査だったらやらないほうがいいと思いますよ…」<br />　「虎さんはどんな組み立てをしているんだね」<br />　「ＣＩＡの見方と同じになりますが、アレクスの携帯には、かなりの通話記録があることや今回の梁仙物産とナマンガニの繋がりを見ると、アルカイダは新たに朝鮮総連との関係を構築するなどアレクスの時よりも組織的に拡大し、さらにより密接になっているのではないかと思うんですよ」<br />　「分かりました。でも、税関を指揮はできませんので…新潟県警との合同に期待するしかありませんな…」<br />　そして国木田が本題に入った　<br />　「警視庁の一条君から情報が寄せられた。オートバイのことは聞いているね。それと例のパチンコの玉の件だが、どうも宮城県警の捜査は難航しているようだ」<br />　憂鬱そうな表情で国木田はさらに続けた。<br />　「パチンコの玉には店のマークが入っており、パチンコ店を一軒一軒回って確認したそうだが該当はなかった」<br />　パチンコ玉は鋼玉製が多く、ひとつひとつの玉に刻印が打たれている。その刻印はロゴマークでも文字でも良い。文字の場合は十文字まで入れることができる。<br />　「ところがだ…埼玉県警の捜査本部から新たな情報が入った。パチンコ玉は買うのではなく貸すものだそうだ。店によって刻印が違い、パチンコを取り締まる風適法により規制されている」<br />　影虎は黙って聞いている。国木田は続ける。<br />　「埼玉県警では他に入手方法はないのかと調べたそうだ。そうしたらインターネットでパチンコ台と玉を売っているところがあることが分かったと言うんだよ」<br />　「それは個人でも買えるんですかねぇ」<br />　「パチンコ店が対象の社もあれば個人でも買えるところがあって値段まで書いてあるそうだ。個人でも買える店は、ビッグワンとか言う店でネット販売が中心だと言う。開いてみようか…」<br />　国木田は机の上にあるノートパソコンを立ち上げた。画面の検索覧に「パチンコの玉」と書いて検索をクリックした。<br />　最初に「池袋にオープン」などと店の紹介があってさらにスクロールすると「洗浄済み実機用パチンコ玉通販」の項目が現れた。ビッグワンだ。他を探すが「パチンコ店様への中古品」などはあるがどうやら個人が対象の店は、これだけのようだ。<br />　「ビッグワン」をクリックすると玉の写真付きの画面が現れた。数量ごとに値段が書かれている。<br />　五千個で一万五千六百八十円。二千個で六千八百三十円。千五百個で四千六百二十五円。千個で三千二百四十円。五百個で千四百六十円。影虎がため息をついた。<br />　「玉の通信販売か…」<br />　その店の電話番号を見ると「〇六・四八××・五×××」と書かれており、店は大阪のようだ。<br />　「パチンコ台も売っているので個人で楽しむための物だろうと思う。房木さんにアクセス先を調べてもらって、購入者の口座を割り出してもらおうか…」<br />　房木とは影虎と同じＮＳＣ所属のハイテク担当のヒューミントだ。警察官になる前は国内でも指折りのハッカーだった。<br />　「そうですね。フサちゃんなら朝飯前でしょう…」<br />　国木田が狙っているのは宮城県と埼玉県の爆破事件のパチンコ玉の購入者の特定だ。一か月前の九月ごろからの同社へのアクセス状況を調べて購入者をリストアップする。さらに口座の入金先を調べて購入者と口座名義人がクロスすればたどり着ける。<br />　「宮城の場合は玉の数は多くても百個から二百個。埼玉の基地爆破もおおよそ同じと見て良いでしょうな」<br />　影虎の見方に国木田は頷いている。そして<br />　「双方合わせてもせいぜい千個程度か…」<br />　「いや、情報官、次の犯行も考えるとすれば千個以上と見てよいのではないでしょうか」<br />　「そうだな…千個、千五百個、二千個、いや五千個の金額の入金がある口座を探そう。十円単位まで細かいので金額を見れば何を買ったか分かるはずだ」<br />　「これが分かれば、確信に迫れますね」<br />　国木田はさらに続けた。<br />　「それと…これはあくまでも参考なのだが…菊田君からの情報によると、革マルも中核も含めて極左集団には、事件前後を通して自衛隊爆破事件に関する動きが全く見えないと言う。だから別の組織を念頭に置かないといけないんだが…」<br />　「やはり…国際テロ集団ですかねえ…」<br />　事件に動きが出てきた。影虎は再び警視庁に戻った。</p>

<p>　　　　　□　　　□<br />　「北朝鮮と思われる会社に勤めていながら日本人名…顔や言葉のアクセントを聞く限り…違うんだよなあ」<br />　疑問を持てば中途半端では終わらない。とことん追及するのが影虎だ。北朝鮮となれば、取り込める可能性が高い。ヒューミントは人間関係の繋がりだからだ。<br />　ドアに膝頭をぶつけてから四日が過ぎて痛みもなくなった。今日はクリスマスイブである。影虎はその報告を兼ねて新山の携帯に架けた。<br />　「身延の時の明智ですが…」<br />　「明智さんあの時はどうも済みませんでした。その後、どうですか？」<br />　「お陰様で歩けるようになったので、今日はイブでもあり、その報告を兼ねてどうですか一杯やりませんか？全快祝いに…」<br />　「分かりました。私の方でお祝いさせていただきます」<br />　こうして翌日、明智は新山の指定する都営地下鉄「浅草」駅近くにある四川料理の「天津楼」に向かった。新山が用意したのは木彫の壁とテーブルにシャンデリアが輝くシックな個室だった。<br />　この店のお勧めは、四季折々の食材を利用した「ひと皿」料理だと言う。新山の薦めで影虎は、牛肉とハチノスの辛み和えを食べることにした。酒は老酒を選んだ。<br />　新山は飲めば飲むほどに饒舌になって行く。影虎は新山が勤める丹東交易の会社名の由来を引き出そうと話題の中心はそれに集中した。<br />　「御社の会社名からすると中国にあるのですか？」<br />　「地理的には中国ですが鴨緑江を挟んで共和国との国境にある町なんです」<br />　出ました共和国…北朝鮮人は自国のことをそう呼ぶ人が多い。と言うことは新山は北朝鮮人なのだろうか…<br />　「確か…朝中貿易の最大の物流拠点と言われていますよね」<br />　「明智さんは詳しいですね」<br />　「いやね…歴史によると、満州事変の時に日本軍が占領したというところだそうですよ…中学生のころ勉強した記憶がありましてね…」<br />　気分が乗ってきたのか新山は老酒を煽るように飲んでいる。<br />　「学校と言えば私は開城市生まれなんですよ」<br />　「本当ですか。あの有名な開城工業地ですか？だったら本名はなんというんですか？」<br />　この人物が本当の工作員なら名前までは言わないだろうと影虎。ところが新山はベラベラ喋っている。<br />　「私は共和国の尹日好（ユン・イルホ）、四十一歳です」<br />　「え～っ、四十一歳ですか…それで日朝貿易の営業部長さんですよねえ…相当の英才教育を受けてきたんだ…国の宝のようなものですね。どこに留学されたとか…」<br />　「家族に恵まれましてね…父は軍人なんですよ。開城学生少年宮殿を出て金日成総合大学に行ったのですよ…そこで経済学を学んでこの道に入ってしまって…」<br />　生いたちまでさらけ出した新山。金日成総合大学出身で父親が軍人となれば国の重要ポストの人間かあるいは工作員の可能性が高いのだと影虎は思った。新山はろれつが回らなくなっている。<br />　「明智さん、私はアナタを非情に気に入りました。私たちの勉強会に入りませんか」<br />　なるほど自分を取り込んで土台人にするつもりだな丨影虎はそう読み取った。だったら取り込まれてみようか…そして自分のエージェントに取り込み、逆スパイとして利用すれば良いと決断した。<br />　「どんな勉強会なんですか？」<br />　「先日、早雲館でお会いしましたね。あの会場で毎月第三土曜日にチョウ（朝）ニチ（日）の代表が集まって経済問題と国際情勢などを語り合うのです」<br />　「その講師が法華津先生という方ですね」<br />　「良くご存じですね。あの方は金日成総合大学を主席で卒業しており、共和国では博士のような方ですから勉強になりますよ」<br />　「なるほど…お二人はエリートコースを歩んで来られたのですね。自分などは足下にも及びませんなあ…」<br />　話はさらに丹東交易の経営状態まで進んだ。中国からの食品などの日本への輸入関係の仕事が中心だったが、不純物混入などの騒動で数量が激減したことなどの悩みもうちあけられた。<br />　影虎が時計を見ると十一時を過ぎていた。<br />　「分かりました。入会については暫く時間をください。もう遅くなるのでまた次の機会にしましょうや…新山さんと話していると、楽しいもんだからあっと言う間に時間が過ぎてしまいますね」<br />　「私の方こそ、あなたのような日本人の先輩に会えるなんて幸せですよ」<br />　会計は新山が済ませた。<br />　「きょうはごちそうになります。新山さんはナイトクラブなんかは好きですか？」<br />　「いいですねえ…」<br />　そこで影虎は〝探り〟を入れ、新山の表情を見ることにした。<br />　「麻布にあるハニーナイト六本木を知っていますか？」<br />　新山の頬がピクリと動いた。<br />　「知っていますよ。あそこは週刊誌にも取り上げられているし有名ですからね」<br />　「では今度はそこにしましょう」<br />　こうして二人は再会を約束して別れた。<br />　工作員として〝仕掛ける〟なら、ある程度は尹日好の情報をとっておく必要があると影虎は判断した。<br />　「明日は不動産屋で聞いた新潟市東区小金台町×××に直接行って確認しよう」<br />　<br />　翌日は朝から千代田区麹町のライオンズマンション平河で金哲秀の車の確認と西蒲田の職場でナマンガニの所在確認をした後、時計を見たら午後一時を過ぎたばかりだ。<br />　「日帰りができる」そう思った影虎は新潟市の新山の前居住地を確認のため新潟行きを決め、東京駅に駆け込んだ。<br />　上越新幹線新潟行きの午後一時十三分の列車は出たばかりだった。次ぎは午後二時十二分の「とき３２７号」。新潟駅着は四時十六分。帰りは午後八時十九分に乗れば十時半までに東京に帰れる。<br />　影虎は出発まで約一時間あることから東京駅前の八重洲ブックセンターで新潟県の地図を買った。新潟県出身だが影虎の生地は上越市。新潟市とは距離が離れているから地理には詳しくない。<br />　新潟駅には予定通り午後四時十六分に付いた。越後湯沢駅近くで降り出した雪は本降りになっていた。<br />　新潟市東区小金台町はＪＲ新潟駅の北東で新潟港の東側七、八㌔になるが管轄は東区役所。駅から二、三㌔地点だ。<br />　「区役所にはタクシーを使えば窓口が閉まる前には着けるが、この天候ではそんなにスピードは出せない。これでは現地を見ることはできない。問題は役所が個人情報を盾に拒否するかどうかだ…」<br />　しかし、それは取越し苦労だった。職員は快く応じてくれた。但し、コピーは許されずパソコンの画面での確認だった。<br />　新山は北朝鮮生まれの名前は尹日好、四十一歳。確かに新潟市東区小金台町には二年前まで新婚の日本人妻と二人で居住しており、同町で日本国籍を得た帰化人だった。<br />　「これで尹日好の人定はとれたな…」<br />　影虎は地図を見た。そして驚きの事実が判明した。尹日好の住んでいた小金台町は梁仙物産から直線にして約二㌔。あのアレクスのアジトがあったマンションから約四㌔…梁仙物産のある末広町を中心に半径二㌔に集中しているのだ。<br />　「まあいずれは梁仙物産の摘発で参考になる資料も出るだろうからそれに期待するか…」<br />　こう結論付けた影虎は腕時計を見た。午後六時を過ぎており、路面は真っ白に雪が積もっていた。<br />　「小金台まで行っていたのでは帰れないかも知れない」<br />　そう判断した影虎は東京に帰ることにした。新潟駅午後七時二十四分発の「とき３４８号」で東京駅に着いたのは午後九時二十分。<br />　「地下街のラーメン街でつけ麺でも食べて帰ろう」<br />　そう思いながら新幹線用の改札を出ようとした時、東海道新幹線の自動券売機の前で立ち話している二人の男が目についた。<br />　良く見るとなんと一人はあの元帥スタイル頭の男だった。やはりきょうもあの白と黒の格子柄の背広を着ている。もう一人の男は身長が百六十五㌢ぐらいでグレーの背広を着た小太りの男だ。<br />　「こんな時間に…金哲秀サイドの人間と関係している人物となればどうしても確認しておかなければならない」<br />　そう判断した影虎は、自動券売機に近づき、金を出して待った。二人は握手をして別れた。小太りの男が券売機で切符を買っているが行く先は分からない。が、明らかに大阪方面のボタンを押した。影虎もとりあえず静岡までの切符を買った。<br />　男は予想通り東海道新幹線ホームの十五番線へ。待っていたのは東京駅を午後十時に出る「ひかり５３９号」名古屋行きだった。乗った車両は四号車の自由席。影虎も同じ四号車に乗り、気付かれない程度の距離を置いた。<br />　列車が静岡駅に近くなると男は立ち上がった。<br />　「次の駅で降りる」<br />　そう判断した影虎。男が車両の後方のドアを利用しようとしているため前方のドアに向かい、開くのを待った。男が下りるのを確認してドアを出た。午後十一時二分だった。<br />　ところが列車を降りた男はそのホームに留まっている。「ばれたか？」と思ったが、良く見ると他の乗客も数人だが同じように立ち止まっている。ひかりが発車した。それでも動こうとしない男…七分が過ぎたころ構内放送があった。<br />　「次の浜松行きのこだま７０３号は午後十一時五分です。間もなく到着します」<br />　なるほどホームに留まっている理由が分かった。男は定刻についたこだま号に乗った。影虎も続いた。車内で回ってきた車掌から乗り越しの切符を購入した。「ひかり」にそのまま乗っていれば浜松だから、ひとつ手前の掛川までの乗車券と特急券だ。<br />　男は掛川駅で降りて北口に向かう。夜が遅いので人影がまばらだ。尾行するのに最も難しい時間だ。<br />　「タクシーに乗られたら一巻の終わりだ」<br />　こんな危機感を持っていると男は駅前の通りを真っ直ぐ北に向かって歩いている。案内を見るとその方向は掛川城。時計を見ると午後十一時二十二分だった。<br />　男は三百㍍は歩いただろうか、連雀西という交差点を左折して間もなく二階建てのアパートに入って行った。アパートは日の出荘と書いてある。既に多くの部屋の電気が消えている。間もなく二階の南端の部屋の明かりがついた。<br />　影虎は玄関から建物に入ると左側に共同郵便受けがあった。一階の部屋を確認すると手前が一〇一号室。南の端の部屋は一〇五号室となっている。<br />　「…ということは明かりがついた部屋は二〇五号室になるわけだ…」<br />　郵便受けの二〇五号室は島村とだけ書いてある。<br />　「明日の朝、今度は勤務する会社を割り出そう」<br />　腕時計を見た。午後十一時四十分になろうとしている。もう泊まれる旅館はないかも…。明日朝の見張りは午前七時からにする必要がある。あと七時間…。影虎はビジネスホテルを探すため駅方向に戻った。駅前の交番でビジネスホテルを聞くと駅の南口にあると言う。<br />　影虎がホテルのベッドで午前五時に目が覚めてしまった。昂奮したのではない。昨夜から食事をしていない空腹感で寝ていられなかっただけの話だ。<br />　「しかし、食事をする時間がない」<br />　そう判断した影虎は会計を済ませて昨夜のアパートに向かった。午前七時だと言うのにアパートは静まり帰っている。一時間ちかく過ぎた八時前、あの男がカバンを持って出てきた。今度はグレーの作業服を着ている。胸にマークが入っているが遠くからは判読できない。<br />　島村は連雀西交差点を左折して静岡方向に歩いている。県道３７号線だ。二つ目の信号を左折しステーションビルの前にある四階建ての建物に入って行った。<br />　ビルに入った島村は自社の郵便受けから新聞を取り出してエレベーターに乗った。影虎は島村が開けた郵便受けを確認するとそこには「駿河興業」と書かれていた。<br />　男の名前は島村。勤務する会社は「駿河興業」。この会社を調べる必要がある。そう思った影虎は向かい側のステーションビルに入り、警備員に聞いた。<br />　「この建物の前のビルの三階にある会社で駿河興業は何をしている会社ですかね」<br />　地元の警備員らしく、なんの疑問を持たずに答えてくれた。<br />　「あれは御前崎にある浜岡原発関係の会社で本社は静岡市内にあるそうですよ」<br />　そして警備員は言い出した。<br />　「福島の原発問題があるでしょう。特に浜岡原発なんかは海岸淵にあるから危ないんですよ。だから自分も原発に反対をしているんです。きょうはその関係の取材ですか？」<br />　マスコミの取材と誤解しているようだ。<br />　「いえ、取材ではありませんので…ありがとうございました」<br />　警備員は不審な顔をしている。<br />　「長居は無用」と判断した影虎は、丁寧にお礼を述べて掛川市連雀のアパートに戻り、アパート名を確認して不動産屋を捜した。アパートの周囲の人に聞いても分からなかった。しかたがないので駅前の交番に駆け込んだ影虎。警察手帳を示してこう切り出した。<br />　「駅前の通りを掛川城に向かい、連雀西の交差点の近くにある日の出荘の大家か不動産屋を分かりますかね」<br />　「うちの管轄ですが…ちょっと待って下さい」<br />　識別章を見ると階級は警部補のようだ。この交番の「箱長」だろうと影虎は思った。警部補は黒表紙の巡回連絡簿を持って来て言った。<br />　「そのアパートから県道３７号線を本署の方向に行くと一番大きな交差点があります。本署の前になりますがその交差点の近くに松尾という不動産屋があります。そこが大家になっているようです」<br />　「あのアパートの二階の二〇五号室に住んでいる者の名前なんかは簿冊（巡回連絡簿）には書いてありますかね…」<br />　「二〇五号室ですね…え～と、分かりますよ。島村浩太朗と言って北朝鮮人で帰化する前の名前がリ・ナムチョルです。スモモの花の李に南に哲学の哲です。何かありましたか…」<br />　「いや、ちょっと気になったことがあって…」<br />　「警視庁の方のようなのでここだけの話ですが…うちの公安にも聞かれたので、我々も気にはしていたのです」<br />　「浜岡原発関係の仕事をしているようですね」<br />　「ええ。北朝鮮人が原発に勤めているので公安は一応マークしているようです」<br />　「どんな仕事をしているんでしょうか」<br />　「クレーンの保守点検をしている会社のようですが、孫受けと言われています」<br />　これで新潟から静岡まで来た成果があった。「これで奴らを追いつめるネタがもうひとつ増えた｣と影虎。そして次なる作戦を決めた。<br />　それは「毎月、見延で開かれる謎の勉強会」の実態の解明。「金哲秀の勉強会になぜ？クラブホステスのユゥミンがいるのか」を知ると同時に、手段として北朝鮮の工作員、尹日好をエージェント（協力者）として取り込めれば一石二鳥なのだ。<br />　新山こと尹日好とは既にハニーナイト六本木に行く約束をしている。経営母体は北朝鮮総連系と言われ、まさに敵陣に飛び込むことになる。そのための下準備としてホステスであるユゥミンの現状を把握しておく必要があった。<br />　そして翌日、影虎は警視庁警察官のＰナンバーを言い、照会センターにセンチュリーの世田谷４６５　と　×５丨４×の所有者照会をした結果、世田谷区成城五丁目のライオンズマンション在住の李銀姫（イ・ウンヘ）四十二歳と分かった。<br />　李銀姫とはあの韓国のヴォーカリスト。数年前に来日し日本語でも歌えるとあって最近は日本と韓国を行き来していることは影虎も知っていた。しかし、あのロングヘアーのセクシーな顔とは全く違う。何故？すぐに嘘と分かる偽名を使わなければならないのか。その背景には…何かがある。<br />　聞き込みをした結果、マンション内はもちろん、周辺の住民にも独身で「米倉涼子似の美人」として評判になっている。<br />　管理人によると一週間に二、三日は帰って来ない日もあり、詳しい職業を知る人は少ない。<br />　同マンションは分譲で、四ＬＤＫと広くて彼女が引っ越してきた二〇〇〇年の秋ごろには築五年という中古でも八千万円の根が付いており、一人暮らしの女性が簡単に買える値段ではなく、〝旦那〟のような人物もいる様子もなかった。<br />　李銀姫の生活場所は確認できた。次ぎに店への潜入張り込み当時、同伴していた男が韓国人のように思われたことから、とりあえず大使館関係者の写真を調べるため警視庁を訪れた。<br />　影虎は当初、中国や韓国、北朝鮮など東アジアを担当する公安部の外事二課にあるだろうと思ったが、公安総務の同期で係長の一松悟が耳打ちしてくれた。<br />　「写真があるかないかを含めて秘中の秘。但し警備のある部署が要人警護の関係もあり、ある程度は持っている」<br />　警護などを担当する係に影虎はまったく知る人物はいない。<br />　「松っちゃんよ、あの係はまったく縁がないんだよ」<br />　「分かった。一緒に行くか」<br />　こうして影虎は、担当する係長を訪れて韓国の大使館か要人で所持している写真を見ることができた。全てが映像化されており、国別にしかも大使館員、その他の要人と別れている。とりあえず「韓国大使館員」をクリックした。<br />　スナップ写真もあれば身分証明様の写真もある。アルファベット順になっており、名前も分からないためＡから順に画面を出していった。なかなか出てこない。とうとうＨまで進んだ。<br />　「あったこれだ」<br />　四角っぽい顔で白髪交じりのあの男だ。肩書きは「大韓民国国家情報院　情報官　白敬一」となっている。パク・ギョンイルと読むらしい。<br />　ジョンソンによるとこの人物は、韓国に米国のオスプレイ配置の実現に向けた準備のための特使だという。<br />　丨軍事機密組織の中枢にいる人物とナイトクラブの女性…その女性は韓国で最もポピュラーな芸能人を名乗っている。だが全くの別人…その裏には何かが隠されている。（つづく）</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-01-29T08:35:48+09:00</dc:date>
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<title>防諜その４</title>
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　　　北朝鮮の影　　　　１４　「巡視船　かわせみから十管本部　鹿児島（保安部...</description>
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<p>　　　北朝鮮の影<br />　　　　１４<br />　「巡視船　かわせみから十管本部　鹿児島（保安部）」<br />　「十管本部ですどうぞ」<br />　「鹿児島ですどうぞ」<br />　「只今の時刻をもって発煙筒で警告を開始する」<br />　「十管本部了解」<br />　「鹿児島　全部了解。どうぞ」<br />　東京・霞が関の警察庁最上階の二十階に設置された不審船警備対策本部に、ＮＳＣ情報連絡官の国木田が到着した丁度その時、海上保安庁巡視船「かわせ」と第十管区海上保安部、鹿児島海上保安部との無線交信が緊張感を高めていた。<br />　警備局対策本部の中央大型スクリーンには、海上保安庁から提供を受けているオペレーション映像がライブで映し出されていた。<br />　対象映像は水しぶきをあげながら逃げまどう緑色の船影。荒波のせいか画面が激しく上下に揺れ動き、さらに緊張感を煽った。<br />　映像だけでなくスピーカーから流れてくる船舶との音声は九州南西の海域で実施されているものとは思えないほど明瞭だった。「ここが東京？」と疑った。<br />　サミット警備やかつてはワールドカップサッカー大会など日本警察が威信をかけた警備実施の際に利用してきた部屋だ。入り口を入ると五〇平方㍍ほどの狭い室内に正面の大画面のスクリーンと相対面するように、ひな壇式に三重になった長机がある。三、四十人程が座れるだろう。<br />　それぞれのデスクには小さなテレビが組み込まれ、大型スクリーンでは警察専用画面。デスク組み込み式では一般のテレビ映像画面も見ることができるなど、様々な角度からの情報収集ができる。<br />　さらに赤色と黒い電話機が各デスクに一台づつ設置され、それぞれが指揮用に使うことができる。<br />　特に東日本大震災のような大規模災害では、現場から中継される警察専用映像が見られるほか、全国各地の国道など主要道路に設置されたカメラから送信される映像を見ながら交通状況を把握。迂回路などを指示する交通管制室にも早変わりする。<br />　今回、その中央には警察庁警備課長の高石長五郎が座わり、鹿児島県警や九州管区警察局などへの連絡に追われていた。指揮官席には警察庁長官代理で警備局長の新井清則が座る。<br />　「日本海沿岸に警備待機命令を出した方が良いな」<br />　「分かりました。とりあえず広島、鳥取、島根、石川を中心に発令します」<br />　言いながら高橋は指揮用の赤電話を取り上げた。<br />　奄美大島から北西に二三〇㌔付近の日本ＥＥＺ内の九州南西海域で、海上自衛隊が午前一時十八分に、不審船を発見してから約三時間が経過していた。<br />　<br />　この第一報は、例によってエシュロンがキャッチしたデータ通信からの情報だった。米国のＮＳＣ補佐官から国家安全保障局長の城山幸雄に寄せられた。<br />　発信は北朝鮮の元山（ウォンサン）からで、発信時間は日本時間の午前〇時四分。日本国内の携帯モバイルに送信された。<br />　エシュロンは受信時最大一一二・五Ｍｂｐｓから送信時最大三七・五Ｍｂｐｓの光通信並の超高速データ通信でも対応が可能になっている。<br />　「予定通り出発した。ＴＮＴの入手は困難。代わりに装薬２号を積んだ。そちらの船名に変更はないか？領海内に入ったら連絡するよう指示してある。成功を祈る」<br />　元山から発信されたデータ通信の日本側の受信は携帯電話機。ただ違っていたのは、会話ではなくインターネット及び電子メール専用の携帯「ＮＥＣのＤｏＰａ」という機種だがやはり飛ばしなのか所有者は全く調べようがなかった。<br />　全てチョソングル文字だった。「装薬２号」とは砲口速度と射程距離を示すもので２号の射程距離は五㌔。船名を確認していることは海上で船同士が引き渡す「瀬取り」が行われる事を意味しているようだ。さらに、受け取る側の人物もチョソングルを読める人間になってくる。<br />　エシュロンの辞書は「装薬」「ＴＮＴ」に反応したのである。日本語だけてなく何カ国語が反応するのか誰も知らされていない。<br />　予定通りウォンサン港からの出発。となれば日本海域到着は九日未明になる。ＮＳＣは至急報として防衛省に連絡、レーダーによる監視態勢が敷かれた。<br />　午前一時十八分、奄美大島から北西二三〇㌔の日本ＥＥＺ内の九州南西海域で、不審船らしき映像を捉え、海上保安庁に連絡。第十管区海上保安本部から巡視船艇と航空機の出動を要請したのだった。<br />　防衛省から連絡を受けた海上保安庁は、庁内に海上保安庁警備救難部長を室長とする「九州南西海域不審船対策室」を設置すると同時に特殊警備隊などに出動命令が発動された。<br />　南西海域は、北朝鮮工作船の活動の場で、これまでにも数回の情報が寄せられ、その都度、海保巡視船に出動命令が出されている。同時に日本漁船にとってもこの時期はマグロ延縄漁などの漁場でもある。<br />　今回がそれまでと違っていたのは、米国エシュロンからの具体的な情報で緊急、かつ重大性が強かった。<br />　自宅で電話を受けた国木田は、我が耳を疑ったほどだ。<br />　「年が明けてまだふた月だと言うのに…これかよ…どうやら今年も忙しくなりそうだなあ…」<br />　これまでは「覚せい剤の瀬取り（洋上での取引）情報」があったが、テロ物資という緊急事態は初めて経験するとこだった。<br />　映像は海上自衛隊のＰ３Ｃが洋上で併走する二隻の漁船を写し出していた。うち一隻の船体には日本の漁船名「第十二松新丸」と書かれているものの無線機のアンテナが漁船の通信装備品とは極めてかけ離れていた。もう一隻は日本の漁船のようだ。映像で捉えた時点では距離的に接触していないように見えた。<br />　松新丸の船尾には日本漁船では見られない開閉式の扉が見えることなどから、北朝鮮の工作船と断定された。北朝鮮からの覚せい剤の流入が盛んな一九九六（平成八）年頃の警察庁薬物対策課長の樋口憲男からの情報だ。<br />　警察庁の不審船対策本部で映像を見ていた国木田が凍り付いた。まさに、これから重大なオペレーションが展開されようとしたからである。<br />　午前四時十五分、巡視船「かわせ」が発煙筒による停船命令を出したのが始まりだった。<br />　十分が経過した。松新丸は停船する様子は全く感じられない。<br />　「このぐらいの波高なら発煙筒は確認できるはずだ。無視し続けるなら言葉による警告しかないだろう」<br />　艦長命令で「かわせ」のスピーカーががなり立てた。<br />　「警告する。停船しなければ我々は砲撃もやむなしと判断した」<br />　波が荒くなってきた。松新丸はそれでも停船する様子はなかった。船の後尾の白波が先ほどより高くなり、しぶきも多くなっている。スピードを上げたのだろうか船体のバウンドが激しい。警告は日本語に続いて朝鮮語で三回も繰り返したが逃走は続く。<br />　四時四十八分、「かわせ」はＲＦＳ付きの二〇㍉機関銃で威嚇射撃を開始した。松新丸の前方から右舷にかけて機関銃の着弾地点でしぶきを上げる。それでも停船命令に応じない。<br />　午前五時二十八分だった。艦長から命令が出された。<br />　「かまわない。船首を狙え！」<br />　ところが、今度は松新丸から「かわせ」と「みずき」に向けて銃撃が行われた。ＲＰＧ７など対戦車ミサイルかＡＫＳ空撃銃を使用しているようだ。狙いが正確である。かわせの右舷とみずきの左舷デッキに命中した。二船の速度が極端に落ちた。<br />　「十管本部からみずき、かわせ…けが人はないか？至急報告せよ」<br />　「かわせです。右舷デッキに穴があきましたが航行に支障なし」<br />　「みずきですが左舷デッキの手すりが吹き飛ばされましたがけが人等はありません」<br />　「十管本部了解。只今の時間をもって威嚇射撃から船体への直接攻撃を開始せよ」<br />　みずきの艦長が命令した。<br />　「船首を狙え！発射」<br />　僅か数十秒だが二〇㍉砲の連発は黒い一本の線となって弾道を描いた。ところがその瞬間だった。松新丸の船首から爆発音とともに火柱があがった。爆発炎上したのである。自爆だった。僅か数分で乗り組み員を乗せたまま松新丸は沈んだ。ポジションは中国のＥＥＺ内だった。<br />&nbsp; 警察庁不審船対策本部内は、あちこちからため息が漏れ、暗い雰囲気に包まれた。憔悴しきった警備局長の新井に国木田が近づいた。国木田の姿に気付いた新井が言った。<br />　「すまん…なんの証拠も得られず沈ませてしまった。城山さんに申し訳がなくて向ける顔がない…」<br />　「局長…今回の件は誰の責任でもありません。強いて言うなら、軍隊も持たない国の責任ですよ。治安維持のためにも一日も早く名実ともに力のあるＮＳＣにしなければならないことを痛感させられました。首相もそう思っているはずです」<br />　「ありがとうございました」。国木田は新井の手を握り、お礼を言って警備室を後にした。国木田の瞳は潤んでいた。<br />　米国の情報筋によると、自爆する直前、松新丸が本国に向けてこんな言葉を残したと言う。<br />　「我が朝鮮労働党よ…自爆するこの子は永遠にあなたの忠臣になるだろう」<br />　「万歳」<br />　「この子」とは松新丸のことを言っているのだろうと想像できる。<br />　　　　□　　　　□<br />　「あ～ぁ…あれから四か月か…」<br />　宮城県の事件が発生したのは十月。影虎がアルカイダのナマンガニの行動確認に入ったのは翌月からだった。それから約三か月が過ぎた年明けの二月に北朝鮮の不審船事件が起きた。<br />　影虎が事件を知ったのは朝のテレビを見てだった。<br />　大寒が過ぎたと言うのに、東京の二月は最も寒い日が続く。明け方に寒さで目を覚ました影虎。時計は午前七時ちょっと前だった。妻・康子の食事の支度の間、いつものようにテレビのスイッチを入れた。<br />　波間に揺れる海上保安庁の巡視船が写ったヘリコプターからの中継映像が流れている。興奮したレポーターが伝えている内容を聞いた影虎は呆然と立ちつくしてしまった。<br />　テレビ各局が南西海域の銃撃戦を一斉に報じているのだ。これらのニュースを見て影虎が思い出した。<br />　「確か……平成十三（二〇〇一）年の時も同じ海域で北の工作船と巡視船が交戦し、あの時も北の工作船は沈んでいる。あの時の第一報はやはり米国の情報だったはずだ……今回もそうだろうか…」<br />　そんな思いをしながらテレビを見ていたが、影虎の心のどこかに引っかかるものがあった。それが何かは出てこないが、もやもやとした何かがうごめいているのだ。<br />　「そうか、こんな状況では情報官も忙しいだろうなぁ」<br />　そう思った影虎はこの日、国木田に会うのをあきらめた。今回の事件の発生で対北朝鮮情勢は混沌として予断を許さない状況になっており、北朝鮮の工作船事件を念頭に置いてこれらの事件の背景を探るのが喫緊の課題となってきた。<br />　<br />　　　１５<br />　事件のオペレーションが終了すると同時に首相、官房長官それに外務相、防衛相の四大臣に総務相や国家公安委員長などを加えた九大臣による拡大緊急事態会議が開かれた。<br />　会議で安全保障局長の城山を中心に一席空けて官房長官、外相、防衛相、国家公安委員長。さらに首相補佐官、国木田を含め六人の情報連絡官がコの字型に座った。最後に首相が入って来て城山の隣の席に座った。<br />　国木田が今回のオペレーションまでの経緯の説明から入ろうと立ち上がったとき首相が言った。<br />　「経緯はいいから問題点を指摘してほしい」<br />　「分かりました」と国木田。巡視船の発砲の状況を説明の後でこう意見を述べた。<br />　「とにかく日本の巡視船の装備があまりにもお粗末過ぎるのです。相手は三基のウォータージェットを搭載して四〇ノットのスピードで逃げるんです。船体は上下にバウンドするばかりか左右に揺れる。これに二〇㍉機関銃だけでどうして対応できるのですか？相手はＲＰＧ７など対戦車ミサイルやロケット砲で応戦して来るのです。せめて、我が方も相手船の動きに合わせて機関銃が自動発砲できるジャイロの搭載など戦力の強化が必要と思います」<br />　防衛相が答えた。<br />　「それを言うなら自衛隊の出動を容易にすべきだ」<br />　首相が続けた。<br />　「搭載武器を含めて至急検討してください。問題は、自爆とは言えあの国は認めるかどうかだ。日本の攻撃により沈没したなどと主張してくるだろう」<br />　首相のこの言葉をうけ、防衛相は後方に控える事務方を見てこう指示した。<br />　「これで日本を攻撃する口述ができたことになり、中断していた弾道ミサイルの発射に踏み切る危険性が極めて高くなった。この時間をもって陸、海、空の三軍に監視態勢の準備を実施せよ」<br />　事務方が部屋を出て行った。北朝鮮によるミサイル発射は一九九三年から続いている。二〇〇九年四月には人工衛生の打ち上げと称して弾道ミサイルを東に向けて発射した。<br />　この事態に国連安保理事会は「国連安保決議一七一八に違反している」と明記した議長声明を出して「さらなる発射を行わないこと」「核兵器と弾道ミサイルの開発を完全に放棄すること」「六カ国協議への早期復帰」を要求している。<br />　しかし北朝鮮は発射実験を続けている。しかも、弾道ミサイルでなく、人工衛星「光明星」の打ち上げを主張している。二〇一三年四月にもミサイル発射の動きがあり、一時は日本全土を射程にする中距離弾道ミサイル「ノドン」が発射基地に運び込まれたなどの情報があり緊張したことがあった。結局、発射はなかった。そして、今回の事件だ。<br />　監視態勢強化の方針が出されたことで官房長官が地域を担当する防衛省出身の情報連絡官を向いて質問した。<br />　「欧州諸国は情報をとるのに極めて早い。欧州と大陸からのヒューミント情報はあるのか？」<br />　この質問に情報連絡官が答えた。<br />　「さきほど大陸派遣のヒューミントから次のような報告が入りました」<br />　大陸派遣とは中国、韓国、北朝鮮の地域の情報を広くとるためＮＳＣとして複数の商社マンを登用しているが、詳細は公表されていない。情報官はどの国からの情報かは明らかにせず続けた。<br />　「今朝、朝鮮中央通信が『漁船撃沈の報復として日本に鉄槌を下す。火の海になるだろう』と報じたそうです。そして宣言通りノドンが発射台に据えられたという情報が寄せられました」<br />　首相と官房長官が顔を見合わせながら同時に口を開こうとしたが、官房長官は途中で発言を控えた。<br />　「米軍への連絡は取れていますか？」<br />　この問いに防衛相が答えた。<br />　「在日米軍の副司令官には伝えてあります」<br />　首相が防衛相の方を見ながら声をあげた。<br />　「大臣ね、これを最初に報告して下さいよ。この会議の最も大事な部分ではないですか…とにかく全力をあげて監視体制を強化して国土を守って下いよ」<br />　首相が準備態勢の指示を出したことから、防衛省は弾道ミサイルの発射に備えて沖縄県の石垣島や宮古島、那覇市、南城市にパトリオット３（ＰＡＣ３）の配備を決めたほか、海上自衛隊が保有するイージス艦を日本海に一隻、沖縄周辺に二隻を配備することにした。<br />　配備されるイージス艦は高性能レーダーと海上配備形迎撃ミサイル（ＳＭ３）を搭載している最新鋭艦だ。<br />　一方、日本からの要請を受けた米軍も日本海への配置を決め、防衛省と調整に入った。<br />　この日の日本時間午前九時過ぎ、米国防長官は「米国と同盟国はいかなる脅威、あらゆる現実にも対応する用意ができている」とし、日本に向けて弾道ミサイルが発射された場合は、米国が北朝鮮に対して報復も辞さない構えを示した。</p>

<p>　　　　□　　　　　□<br />　影虎が金哲秀と顕勝院住職の関係を調べるため身延町に着いたのは正午を過ぎていた。<br />　身延町は日蓮宗の総本山と言われ、全国的にその名は知られている。その中でも顕勝院と二分する名刹と言われているのが遠山寺（えんざんじ）だ。<br />　二つの寺院の因果関係は古く江戸時代に遡る。江戸幕府は禁教令によりキリシタンの摘発を行い、江戸庶民の信仰を調査するなどして仏教の浸透を図った。つまり庶民は特定の仏教宗派に属しなければならなくなったのである。<br />　こうして宗教は幕府に取り込まれることになるわけだが、ここに寺院同士の諍いが起き、賄（まいない）がまかり通るなど僧侶の質の低下が大きな問題となった。この時代から顕勝院と遠山寺は凝りを残したと言い伝えられている。<br />　現在はそんな凝りは残っていないが同じ宗門では相手に動きが察知される危険性があると影虎は判断。遠山寺から顕勝院の内情を聞き出そうとしたのである。<br />　遠山寺は身延を流れる富士川の支流、早川の左岸にあり、顕勝院とは早川を挟んで反対側だ。<br />　影虎は住職の雲谷興宗（ウンコクコウシュウ）を尋ねた。「寺院巡りをしている物書き」と名乗り、身延の宗教の歴史を知るためとして顕勝院の現状を聞き出そうとした。<br />　「顕勝院は日蓮宗と聞いていますが、北朝鮮と縁が深いのですか」<br />　いきなり北朝鮮の話が出たので雲谷興宗住職はとまどっているようだ。<br />　「なんでそんなことを聞くのか？」<br />　「顕勝院で毎月一回、総連幹部が日本の社長さんなどを迎えて勉強会が開かれているそうですが、顕勝院と北朝鮮の間に何か歴史的な関係があるのかを知りたいのです」<br />　「君、どこの誰かも知らせないでいきなり聞くのは失礼な話だ」<br />　影虎がゼロ時代につくった名刺がある。肩書きは「ジャーナリスト」。何にでも使えるから便利な肩書きだ。他に住所と連絡の電話番号だけが書いてある。緊急事態の時に使う名刺だ。名刺を渡しながら謝った。<br />　「申し遅れました。名もない物書きなので失礼かと思い名刺も出さないで失礼しました」<br />　雲谷住職は名刺をじっと見てようやく機嫌を直してくれた。<br />　「それを知ってどうする？」<br />　「宗教の歴史などの問題について書いてみようと思っているのですが…参考のために聞きたいのです。かつて日本はキリスト教を弾圧した国。ところが北朝鮮はキリスト教が国民の間に浸透していると聞いた。その北朝鮮が仏教国日本に来て国民同士の親交を図るのにはなんか背景があるのではと思い、日蓮宗の総本山とも言われる身延町に来ました」<br />　「そこまで勉強しているのか」と納得した住職は次のように教えてくれた。<br />　「北朝鮮と言えばキリスト教と思いがちだが、あの国には普賢寺など三百以上の寺がある。そのお寺さんたちが朝鮮仏教連盟を結成し国家がそれを支援しているんだ。その中でも中国が発祥と言われる天台宗の信者が多い。知っていると思うが天台宗は日蓮宗の一派だ。それで北朝鮮が〝仏教先進国〟である日本の宗教関係者を招待したことがあった。あれは平成に入ってからだったと思うが、なぜか顕勝院の最澄住職が北朝鮮に呼ばれたんだ。その時に知り合ったのが法華津と言われている。勿論それは宗教上の名前だ」<br />　そう言えば、早雲館の若女将が言っていたことを思い出した。法華津という姓は愛知県や大分県に多いという話だ。影虎は敢えて知らないふりをした。<br />　「ははあ…なるほど。日蓮宗と言えば南無妙法蓮華経ですよね。この前の勉強会の総連幹部は法華津先生と呼ばれていた。その名前から興味を持ったのですが南無妙法蓮華経の法と華をとってそう呼ばれているのと違いますか？」<br />　影虎のこの発想を聞いて雲谷興宗は笑った。機嫌のいいところで影虎はさらに突っ込んだ。<br />　「ところでその法華津先生の目的はなんですかねえ」<br />　「顕勝院で毎月開かれるのは世紀塾と言って日本と北朝鮮の勉強会だと聞いている。表向きはそうだが北にしてみれば金設けの話じゃないのか…」<br />　「これから行く予定ですが、予備知識として知っておかないと…」<br />　そういう影虎に雲谷興宗はこんな歴史を教えてくれた。<br />　「そうか…大サービスだぞ。今はもう亡くなっているが北朝鮮から牧師の康成輝という人が来日して新宿に国際キリストセンターを、本国には宗教教会を設立して半島の平和を願う活動を行ったのは有名な話だ。それ以来、日朝は宗教で繋がっているんだ」<br />　住職のこの話は新宿百人町事件と言われたもので、牧師と言われた康成輝は実は工作員で、日本で諜報活動をしたとして十二人が逮捕された事件。影虎がチヨダ時代の話で同僚が担当した。知らないふりをしなければならない。<br />　「そんなことがあったのですか…では今回はその仏教版なのですね。仏教を通して半島の平和を願うとか…素晴らしい話ではないですか」<br />　「そうなるな」<br />　「ご住職、教えて下さい。顕勝院の最澄住職と法華津さんの関係は分かりましたが、その様な関係者は日本に多いのですか？」<br />　「なんか不思議なんだけどな。組織を拡大しているのかと思うとそうでもないようなんだ」<br />　住職は暫く考えてから言った。<br />　「勿論、中には日本の経済界の社長や一部では国会議員もいると言われており、経済関係の集まりだと思うが、人数的にはそう多くはないようだぞ…こんなことも最澄住職に聞けって言うんだよ」<br />　「ほう、国会議員はどなたですかね」<br />　「うるさいねお前は…俺を取り調べているのか…もう帰れ！」<br />　こう言い残して雲谷興宗住職は寺の中に入ってしまった。影虎は次々に質問したことに不安を感じさせてしまったことを反省した。<br />　帰りの車中で影虎は思った。雲谷興宗住職の言った新宿百人町事件だ。あの事件の主役は北朝鮮工作員の康成輝（カン・ソンヒ）。日本国内では土台人などを操っただけでなく巨額の工作資金を使い、日本と韓国内の工作員に地下革命組織の建設を指示するなど、まさに内乱を企てていた。<br />　警察は康成輝を逮捕しようにもネタ不足で、結局は交通事故の保険金詐欺や公正証書原本不実記載などの容疑で二〇〇〇年十二月にようやく、パチンコ店の店員らを含めて十二人を逮捕したにすぎなかった。<br />　「別件逮捕丨二度と同じ轍は踏みたくない。広い情報を集め、しっかり固めることだ」<br />　影虎はそう決心した。今回の一連の事件をふり返ると既に自衛隊基地が連続爆破される事件が起きており、北朝鮮の工作員によるものなら犯罪史上に残る羞じるべき事件となってしまう。<br />　「その前になんと言ってもテロ活動を抑え込まなければならない」</p>

<p>　　　　　１６<br />　内閣府五階の国木田情報官の部屋丨北朝鮮の不審船の日から五日後の土曜日の話である。廊下からインターフォンを押すとカチャリとドアが解錠され、国木田はソファーで待っていた。顔を見た瞬間、相当疲れているのか制裁がなかった。<br />　「不審船で大変だったでしょう。今回も端緒はエシュロンからの情報ですか？」<br />　「いゃ～これぐらいは…首相も頑張っているので…」<br />　こう言って国木田は話し始めた。内容は今回のオペレーションだった。<br />　「また、エシュロンのお手柄なんだ。今回は通信内容にＴＮＴ火薬とか言っているので引っかかったんだ」<br />　「そうすると今回の不審船は一連の爆破事件と関連があると見ているわけですか？」<br />　国木田はがぶりを振った。<br />　「断言は全くできないね。根拠がないから……ただ、全文は入手していないので分からないが、ＴＮＴの入手は困難とか、船名に変更はないのか？領海内に入ったら連絡するという文言があったそうだ」<br />　そう言ってから国木田は宮城県警と埼玉県警から警察庁警備課に報告があった途中経過を話し出した。<br />　「実は、埼玉の現場の防犯ビデオがあった。正門の右側の門柱の前で立番の衛視から死角になっているところがある。首相応援団に混じって自衛隊の制服姿の男が首相の車が到着する前にす～と正門から離れて行く姿があった。その後の映像を見ると、男が去ったあとの場所に濃紺のキャリーバック様の物が写っている。そして約一分ぐらい過ぎてからそこで爆発が起きた」<br />　影虎が絶句した。<br />　「制服姿の男の顔が分かれば基地関係者ということになりますが…」<br />　「カメラがワイド過ぎて人相までは分からないのと帽子の鍔で顔を隠すようにしていることなどから警務隊が調べているが割り出しは困難だと言っている」<br />　「…　…　…　…　…」<br />　「現場からポリカード樹脂の破片が見つかった。他に四個の車輪が付いた台車の様ものと伸縮できるハンドル様のものもあることから、爆発物はキャリーバックに入れられていたと見られるんだ。そのキャリーバッグから携帯の残骸と思われる物が見つかっており、どうやらそれが起爆装置と思われる」<br />　影虎は新聞報道の記事を見たときに思った携帯の起爆装置利用について国木田に言ってみた。<br />　「携帯電話を起爆装置に使うことはスペインの同時爆破のときもそうだがイスラム系のテロリストに多いと言いますよね」<br />　「いや、北朝鮮もそうだ。金正恩第一書記の警備では携帯が利用できないよう妨害電波を出していると言う」<br />　影虎は具体的な話題に変えた。<br />　「朝霞の自衛隊で隊員が殺害された事件がありましたよね。確か昭和四十六年ごろだったと思いますが。過激派の赤衛軍の男が陸士長を殺害したあの事件…この時も犯人は制服を着て正門を突破している」<br />　「そうだ、そんな事件があった。思い出したよ。あれは後で本になって読んだことあるよ。犯人は二尉の制服を着ていた奴だ」<br />　「今は赤衛軍は残党もいないはずだが、当時の事件の出版物があれば連中以外でも、例えばイスラム原理主義者や北朝鮮工作員にも制服を着用するという手口を真似ることはできる…」<br />　国木田は頷くだけだった。そしてメモを取り出して話題を変えた。<br />　「宮城と埼玉の現場の遺留物をスプリング８で分析したんだ。その結果、爆発物の成分が違うことが分かった」<br />　「火薬の種類が違うということですか？」<br />　「そうです。宮城の場合は木炭や硝酸カリウムなどがあったため黒色火薬と断定された。ところが埼玉はコンポジションという物質があったため軍用高性能爆薬ではないかと見られている。ただ…双方とも不純物の混入が多いんだ」<br />　「昔は除草剤を良く使ったのになあ…」<br />　「実は…」と前置きして国木田がこんなことを話し始めた。<br />　「除草剤にも種類があって爆弾に利用されるのは塩素酸塩系除草剤なんだそうだ。しかし、連続企業爆破事件以降、塩素酸塩系は製造中止になっている。あるとしても管理がもの凄く厳しくなっているから入手は困難のはずだ」<br />　「埼玉の爆薬は軍用高性能爆薬と言っていますよね。それこそ北朝鮮からの密輸入ではないですか？」<br />　国木田が考え込んでいる。影虎は続けた。<br />　「不純物に謎があるのでは…たしか…北からの覚せい剤の密輸入品も不純物が多かったはずだ…」<br />　それでも国木田は黙っている。<br />　「この前の不審船事件もあり、爆薬は北朝鮮からの密輸入では…と見るには行き過ぎですか…」<br />　「う～ん」<br />　国木田は話題を変えてきた。<br />　「埼玉の起爆装置が携帯電話と分かったので、起爆装置が分からない宮城県警には再度、残骸の点検を指示した」<br />　影虎が天を仰いでポツリと言った。<br />　「携帯電話による遠隔操作で爆破させた…そう言えば、宮城の事件では現場に赤い四角っぽいブリキの破片があると言っていた…それが携帯の一部ではないのかなあ…」<br />　休日出勤とあって国木田の髪の毛がいつもより乱れていた。その髪を整えようと両手でなでながら言った。<br />　「問題は次ぎにどこで爆発するかだ。首相も気にしていてね。国防の威信にかけても、どうしても防がなければならないのだ」<br />　そしてまた沈黙。国木田が腕時計を見た。<br />　「くよくよ考えても山は動かん…これから昼飯を喰いに行こうか」<br />　「そうですね。この近くにありますかね」<br />　「久しぶりに六本木でも行こうか？」<br />　立ち上がることも辛そうな表情をみせる国木田。相当、疲れているのだろうと同情する影虎だった。</p>

<p>　　謎の殺人事件　<br />　　　　　１７<br />　松島捜査本部の星川が署長室を尋ねて千野に報告した。<br />　「自衛隊の国軍化に反対している革命同盟や原水爆に反対する集団などもそうですが、一匹狼的な奴もいて裾野があまりにも広過ぎるのです。そうしたら部長からは極左も視野に置けと言われました」<br />　「当然でしょうね。網は広げておかないと…」<br />　「それで警視庁の一条さんを一時的に東京に帰して極左の連中の動きを見てもらおうと思うのですが…」<br />　「問題は谷津課長がなんと言うかですね。彼は思想的なものではなく、あくまでも単独事件だと言っており、被害者の身辺を洗うので人員をよこせと言っているぐらいですから…」<br />　二人の間に沈黙が流れる。<br />　「署長はどう思います？うちの部長は、かつての岩手の釜爆弾事件のようなアジトの捜索にも力を入れよとうるさいのですよ。これ以上人員を割くわけには…」<br />　「分かりました。谷津課長には私のほうから説明しておきましょう」<br />　<br />　松島東署捜査本部の警電が鳴った。受話器を取った若い捜査員が大きな声で叫んだ。<br />　「課長！山梨に行っている鴇田刑事から電話です」<br />　捜査報告書を点検していた谷津が面倒くさそうに答えた。<br />　「なんだって？電話こっつに回すてくれよ」<br />　鴇田は警視庁捜査一課から派遣されたベテランの警部補だ。<br />　「課長。鴇田です。今、身延駅前の箱（交番）からですが、月見里がダムで死体であがったようです…」<br />　鴇田が続きを説明しようとしたが谷津が怒鳴った。<br />　「なぬっ！自殺でもしたのか？それじゃこの山、おしめえだべ」<br />　「いやまだ分かりません。殺された可能性もあるので、これから地元と一緒に現場に行ってみるつもりです」<br />　「頼むよ…くわすくわがったら教えてくれや」<br />　鴇田との会話はそれ以上続かなかった。受話器を叩き置いた谷津は、両手を握りしめ机をドンドン叩いた後、髪をかきむしっている。<br />　「くそ～っ…死んじまったらなんもならんだろうが…内緒で動いてもこうだもの…」<br />　「内緒で動いた」と言うのも、捜査本部が「反自衛隊」という〝政治犯〟と見立てた大きな流れがあるなかで、谷津の頭にあったのは、今度の事件は小坂という被害者周辺に事件のカギがあると見ていたからだ。そのカギの中心にあったのが山梨の男なのだ。<br />　「こんな図ない（大きい）山なのに…なんでだ…」<br />　部屋で資料整理をしていた刑事たちが呆然となった。<br />　刑事たちは黙って谷津の行動を見守るしかなかった。しばし沈黙が続く。気を取り戻した谷津が後ろを振り返り、説明した。<br />　「聞いてくれ！やっこさんがダムがら死体で見つかったそうだ。自殺でも他殺でもこれでお先真っ暗になっちまった。これも俺の責任だ。ゆるすてくれ…」<br />　谷津が深々と頭を垂れた。目にはうっすらと涙を浮かべている。捜査一課員でさえ、こんなに憔悴しきった谷津を見たことも聞いたこともなかった。<br />　報告をしておく必要があると思った谷津は一階の署長室へ。<br />　「大変申し訳ありません」<br />　あの傲慢な谷津がまるで、平刑事なみの平身低頭さに署長の千野が驚いた。<br />　「どうなさったのですか…いきなり…頭をあげて下さいよ」<br />　谷津は目を真っ赤にしている。<br />　「実は…あの追っていたオートバイ野郎が山なす県のダムで死体で発見されました。殺してすまいました…もうしわげありません…」<br />　「課長！やめて下さいよ。詳細が分かりませんが、あなたの責任じゃありませんことよ…」<br />　「いや…俺のせぎにんだよ…ホス殺してすまったんでは…俺…ばずめてなんだべさあ」<br />　あの豪放磊落の課長が、どうしたのかしら…どうしてしまったのだろう…と千野。そう言えば長い間仕事をしてきた刑事部長の坂田憲男が言っていたことを思い出した。<br />　谷津課長は学歴というハンディキャップを乗り越えるため、人の二倍も三倍もの努力をして警視にまで上り詰めた努力家。八年前に奥さんを肺炎で亡くして以来、人が変わってしまったと言うのだ。<br />　八年前、仙台市から多賀城町など県の中央部で殺人事件や強盗事件、放火事件など凶悪事件が相次いだことがあった。その時、谷津は捜査一課の係長をしていて自宅にひと月ちかくも帰らなかった。妻が風邪をひいて高熱が出ていることも知らずにだ。<br />　殺人事件の犯人を割り出し令状を請求しようという段階で妻の死を知らされた。それでも帰らず、当時、高校生だった長女が親戚に駆け込み、親戚から警務課に連絡があって初めて帰ったと言う。<br />　奥さんの命まで犠牲にして仕事に打ち込んだ谷津課長…<br />　谷津の人生を思い出した千野は心が痛んだ。<br />　「谷津課長、決してあなたの責任ではありません。あなたに責任があると言うなら私にもあります。こうなった以上、一日も早く事件の全貌を解明しましょう。元気を出して下さい」<br />　涙声で訴える千野に谷津が言った。<br />　「俺はホスを挙げることに命をかけてきた。警察の社会にこんな馬鹿な人間がひとりいてもおがすぐねぇでしょう。デカってさあ…ホスを挙げてなんぼなんだべさ…それなのに…生かすて挙げられなかった…」<br />　「まだ彼が犯人だと決めていないでしょう。あなたの仕事にかける情熱には心が痛みますよ。でもねえ課長、相手も命がけなんです。捕まれば死刑になるかも知れない…命と命がぶつかりあう…それが刑事という職業ではないでしょうか…勝つときもあれば負けるときだってある。ドラマではありませんが、やられたらやりかえす倍返しの精神でいきましょう」<br />　娘のような優しさに谷津は、長女のことを思い出した。声をあげて泣きたい心境だった。<br />　千野も悩んでいた。こんな時に星川の言っていた仕事の話なんか切り出せないのだ。<br />　部屋に帰った谷津を待っていたのは星川だった。<br />　「課長ね、一条君を借りたいんだがいいかな…」<br />　それは一方的な通告のようだった。<br />　「いや、あいづは害者のすんぺん（身辺）をすらべ（調べ）させてる特命班だぞ。勝手に決めてもらっちゃ困るな！」<br />　しかし、星川は方針を変えなかった。<br />　「これは出張が伴うもので坂田刑事部長とうちの部長同士の決定事項なんだ」<br />　「じゃ、なんで一条なんだよ。ほがにもいっぱいいっぺさ…」<br />　「一条でなくちゃできねえ仕事だから言ってるの…分かってよ…」<br />　「また公安か…」思うように捜査をコントロールできないもどかしさ丨谷津の心の中にストレスばかりがたまっていった。</p>

<p>　　　　　□　　　　□<br />　どこに問題があったのか…部屋に帰った谷津は時間を追ってみた。<br />　航空自衛隊松島基地の爆破事件で山形と山梨に手配していたオートバイに関する捜査の動きが出たのは四日前。<br />　防犯カメラに写っていた「山梨×　××０１」と「山梨×　××０７」。「山形×　××０１」「山形×　××０７」の所有者割り出しだ。<br />　山形県警からは四日前に回答があり、一台は青色、もう一台は赤色という返事なので二台は対象から外した。<br />　二日前に今度は山梨県警から連絡が入り商社員の月見里が判明したのだった。<br />　山梨県警からオートバイの所有者の判明の連絡を受けたことから谷津は、殺人などでは経験豊富な警視庁の鴇田を班長に指名。計六人の捜査員を出した…そして今回の被疑者死亡報告である。<br />　鴇田ら六人は昨日、山梨入りしている。地元に挨拶を済ませた後、月見里の自宅や勤務地周辺の聞き込み捜査をしているはずだ。ところが肝心の月見里の姿が見当たらなかった。その時、俺は「相手に感づかれたのではないか」と心配した。<br />　鴇田らはその日の夜から、月見里の自宅を張り込んだが朝になっても帰ってこなかったと言う。<br />　そして、昼過ぎになって県警捜査一課から鴇田の携帯に「捜査対象者の死体発見」の一報が届いたのだった。<br />　「なあんにもまづがって（間違って）いねえもんな…自殺だったらいざ知らず…仲間割れの殺しなら、はんぬん（犯人）を逮捕すればいいんだべ。やるしかねえべさ」<br />　こうして谷津は自らを奮い立たせ、身辺捜査班に一条の代わりに生活安全総務課の〝エリート〟と言われている若い巡査部長の佐分利進の起用を決め、機捜査隊員とペアを組ませた。<br />　<br />　鴇田らは課長に報告した後、現場に行くため、地元捜査員とＪＲ身延線の身延駅交番で待ち合わせていた。<br />　交番の巡査部長が親切に地図を出して説明してくれた。巡査部長は「死体発見の件ですね」と確認して現場の雨畑ダムを指さした。<br />　彼の話によると、今朝早く、山に入った釣り客がダムに貯まった流木の上に横たわっている男を発見、一一〇番した。<br />　本署から刑事課員や鑑識が出動し調べた結果、持っている免許証から人定がとれたというものだった。<br />　巡査部長が指さした場所は富士川の上流で身延駅から直線距離にして西に十五㌔はある山の中。<br />　鴇田が巡査部長に聞いた。ひとつの疑問を解消するためだ。<br />　「本格的なダムなんですか？それとも川を堰き止めた程度の沼みたいなところですか？」<br />　「堤の高さが八十㍍、川幅百五十㍍はあるコンクリート製のアーチ式ダムです」<br />　「地元で有名なところですか？」<br />　自殺するのになんでそんな山奥に行かなければならなかったのかを知りたいのだ。<br />　「はい、地元のアルミニューム製造会社が電源の確保のため建設したと聞いています。周囲に七面山という二千㍍クラスの山があって、秋の紅葉が綺麗な観光地のひとつで県民には良く知られています」<br />　こんな説明を受けている時、県警捜査一課員と鑑識班の車四台が到着した。鴇田と宮城県警の刑事は捜査一課のワゴン車に乗り込んで現場に向かうことになった。鴇田は連絡をいただいたお礼を言った。<br />　「ご連絡いただいてありがとうございました」<br />　「死体発見は今朝方なんですが、まず所轄が行ったら運転免許証と財布を持っていたのですが、不審な点があるのでうちに出動要請がありました。地域が飛んで来てお宅から手配のあったオートバイの持ち主の捜査でこちらに来ているということで連絡したのです。こんな時間になってすみませんでした」<br />　鴇田は地域には挨拶したが捜査一課に挨拶していなかったことを詫びた。<br />　「現場は自殺の名所にでもなっているところですか？それに…随分早く浮いてきたんですね」<br />　この時期、川や海など水に飛び込んだ死体が浮くまで最短でも九日はかかる。<br />　「死体はダムに浮いている流木の上でしたから…それに周辺の山には時々死体が捨てられていますが、ダムは聞いたことないですねぇ…」<br />　県道３７号線から県道というよりは地方道のような狭い６１０号線に入ると、道の両側は急な山の斜面になっており、まるで谷底を走っているようで道はデコボコ。車酔いするほどだった。<br />　進行方向の左手が急に開けたかと思うと前方に湖が見えてきた。そこはまぎれもなく雨畑ダムである。<br />　交番の巡査部長が言ったようにアーチ式のダムで堤上には乗用車も乗り入れることができた。<br />　遺体は、富士川右岸のコンクリート堤の壁面近くの流木の上にうつ伏せになっていた。<br />　「遺体は新しいんですよ。通常だと沈んでしまいこの時期だと十日も過ぎてから浮いてくるんですが、このところ雨が少なく、かなり水量が減っているのと、流木がびっしりあったため、湖水には沈まず、〝早く見つけて下さい〟とでも訴えているかのように見事に流木の上にありました」<br />　係長はさらに続けた。<br />　「よかったですよ。身元が分かって…実はこの男は三日前から自宅に帰っていなかったようですよ」<br />　「運転免許証は持っていた…他に財布や携帯などはなかったのですか？」<br />　「携帯は見当たりませんが財布は持っていました。中に現金も残っていることから物盗りではないようです」<br />　「ここに彼はどうやって来たのですかねぇ」<br />　鴇田はあのカワサキのステード四〇〇のオートバイの存在が気になった。防犯ビデオに残っている唯一の証拠のようなものだ。<br />　素朴な疑問を持っている鴇田に中年の捜査一課員が答えた。<br />　「家を出る時はいつも乗っているオートバイだったそうですがそのオートバイは見当たらないですね」<br />　係長が言った。<br />　「この流木の状態では乗って来たオートバイは沈んでいるとは思えませんね…」<br />　「ちよっと遺体を簡単に見てみますか？」<br />　写真撮影のためうつ伏せの遺体を仰向けにすると顔がグチャグチャに潰れ、あばら骨なども折れているようだった。しかし顔が潰れているのにも関わらず流木に血痕がないのだ。<br />　「血は水に洗われたのですかねぇ…」<br />　「いゃ…やはり死後に放り出されたのではないでしょうか？」<br />　遺体は検死のため信州大学医学部付属病院に運ばれることになった。<br />　検死の結果、鼻骨が折れるなど顔面に列創があり、大きさは正中線（鼻骨からヘソにかけての線）の左右に三㌢、上下に八㌢もあった。また胸から下腹部にも同じような列創があることから、刃物ではなく鈍器による撲殺と断定された。<br />　死亡推定時刻は、ウジ虫の発育状況から判断された。殺害時期は三月初旬。今年は比較的温暖で快晴の日が多く、山中とは言え最高温度は十度を超え最低気温も十度に近かったことを考慮すると、教科書（死体観察ハンドブック）ではウジ虫の成長は二㍉程度。ところが今回の遺体のウジ虫は二・一㍉まで成長しており、死後四十八時間前後と推定されると言う。<br />　検死結果について検死官は次のように説明した。<br />　「胸部や頭部の挫裂創はひどいものですよ。なお頭骨に陥没がみられました。普通は一辺が二㌢以上ある鈍器で殴った場合は陥没しないのです。こんなことからみると凶器は細い棒状のものとみられますね。撲殺ですよ」<br />　地元の捜査一課係長に「いいですか」と確認して鴇田が検死官に質問した。<br />　「打撲ですが高所から投げ落とされた際に流木に打ち付けた場合の傷でないということですか？」<br />　「全く違います。第一に流木に付着している血痕はほとんどないのです。湖水で洗われたようなことはありません。よって、別の場所で殺害されてから遺棄されたものと見てよいでょう」<br />　こうして死因が決まった。山梨県警は南部警察署に「雨畑ダム殺人事件捜査本部」を設置し、被害者の足取りを中心に、交友関係などの捜査を進めることにした。<br />　鴇田が電話で谷津課長に報告した。谷津は自殺ではなかった聞いて捜査への意欲が湧いた。<br />　谷津の指示により鴇田らも捜査本部員に加わることになった。爆破事件は物関係の捜査に進展がないことから、月見里が他殺だった場合は、解決の糸口として重要ポイントと位置づけられるからだ。電話の最後に鴇田がこうささやいた。<br />　「課長、これは山梨県警の公安から聞いた話なので確認はとれていませんが月見里は北朝鮮国籍の朴基永という話があります」<br />　「なぬ！はなす（話）はどうすてもそっちにむがう（向かう）のかや…」</p>

<p>　　　　　　１８<br />　前夜の酒の影響なのかいつもより早く目が覚めてしまった。影虎は枕元に置いてある携帯で時計を見た。<br />　「六時半か…」<br />　もう一度寝ると七時には起きられなくなると思った影虎は早めに起きることにした。<br />　「昨夜は飲み過ぎたなぁ」<br />　マハラジャに出入りする客層を見るため、一人で張り込んだ。いつもナマンガニが食べているカレーの三点盛りをツマミに、尹日好が好みのジントニックを飲んだ。これまでのストレスを解消するためでもあった。<br />　「結局、なんの収穫もなく、飲みくたびれただけだったなあ…それにしても…」<br />　影虎はマハラジャを出た時、男に見張られていたことに初めて気がついた。男は影虎の姿を見るとビルの影にス～ッと隠れた。影虎が歩き出すと道の反対側を付いてきた。<br />　影虎は真っ直ぐ進むふりをして突然、後ろを振り返った。男は立ち止まり顔を見せないよう携帯をいじっているふりをしている。<br />　影虎は「気付いているんだぞ」と思わせるため、立ち止まって男の方向を見ていた。突然、男はきびすを帰して元来た方に帰って行った。それ以上は追ってこなかった。<br />　影虎は昨夜の行動を反省しながらパジャマ姿のまま玄関に行って新聞を手に取って呆然とした。一面トップにショッキングなニュースが掲載されている。<br />　潜水艦資料、北朝鮮に流出か　元自衛隊幹部と元貿易商を逮捕　警視庁<br />　警視庁は海上自衛隊所属の潜水艦の防衛秘密を持ち出した元自衛隊幹部（四八）と元貿易会社社長（五二）の二人を窃盗容疑などで逮捕した。<br />　調べによると元幹部は、防衛省技術研究本部に在籍中の平成十八年六月、潜水艦の船体に使われている特殊鋼材の研究過程を記した内部資料を無断で複写し、昨年秋まで貿易会社を経営していた社長に数回にわたり提供した疑い。内部告発から明らかになった。<br />　警視庁が同事件で元社長宅を家宅捜索した結果、北朝鮮側が作成したとみられる指示書が発見された。<br />　指示書は航空機や船舶の研究開発の資料の入手を要求しており、同国の工作員が絡む諜報事件に発展する様相を呈してきた………</p>

<p>　影虎は北朝鮮の見出しを見て仰天した。あの新潟の梁仙物産の事件に着手したのかと思った。<br />　「これは古い話だ。マスコミは諜報事件に発展するかも知れない…と書いているが、窃盗で逮捕しなければならないほど公安総務が困っていたことを聞いていた」<br />　影虎はテレビのスイッチを入れた。さぞかし賑やかだろうと思っていたがどの局も放送はしていない。<br />　「と言うことは毎朝新聞の独自ネタというやつで、途中で漏れたのではなくこれ以上追えないので終結宣言をしたようなものだ…」<br />　社会面にも関連原稿が見当たらなかった。当然、家宅捜索の写真もない。昨夜遅く、飛び込みで入ったニュースではないかと思えた。<br />　影虎は第三社会面を見ようとページをめくろうとしているとテレビからこんなニュースが聞こえてきた。<br />　「…きょうは防衛大の卒業式です。自衛隊に対する爆弾事件が連続していることから神奈川県警は朝から厳戒態勢を敷いておりまして、既に駅周辺を警戒する機動隊員の姿が見られます…」<br />　「そうだ、きょうが勝負の日だと情報官が言っていたなぁ」<br />　影虎はブツブツ言いながら社会面から第二社会面に目を移し、さらにその裏の第三社会面を開いた。その面の左肩に全国で発生した事件だけをコンパクトにまとめた囲みがある。その中に顔写真付きの殺人事件の記事が目についた。<br />　ミニなのに顔写真が付いているということは、北朝鮮のニュースがなければ大きくなっていたのだろうと同情しながら読もうとした。<br />　その顔写真を見て影虎は驚いた。身延町の温泉旅館の駐車場でオートバイにぶつかりそうになったあの男だ。丸顔だが眼が細くて鋭く、話す時に右の口元があが気味になる個性的なあの「ゆがみ野郎」だ。<br />　<br />　十七日午前七時ごろ山梨県南巨摩郡の富士川上流にある雨畑ダムに人が倒れているのを釣り人が発見、警察に届け出た。山梨県警が調べた結果、この男性は同県甲斐市に住む会社員、月見里義一さん（四六）と分かった。月見里さんは十六日朝、オートバイで自宅を出ており、そのまま行方不明になっていた。山梨県警は殺人と断定。捜査本部を設置した。<br />　<br />　原稿を読み終えた丁度その時、携帯が鳴った。ディスプレーを見ると宮城に行っている一条からだった。<br />　「あっ虎さん！凄いことになりましたよ」<br />　相当慌てているようだ。<br />　「今、君はどこにいるんだ」<br />　「自分は公安課長の指示で極左の情報を見るため東京ですが、一課の鴇田さんらが山梨に行っています。例の防犯カメラに写っていた男を割り出したので確認するためだったのですが昨日、その男が殺されているのが見つかったんです」<br />　「もしかしたら月見里という奴か？」<br />　「その通りですよ。なんで虎さんが知ってるんですか？」<br />　「新聞に出ているよ」<br />　一条は興奮している。<br />　「いけねえ…まだ見ていないだ。三日前に割れたという報告が山梨からあり、一昨日朝、鴇田さんらが山梨に行きました。そして昨日、殺されていることが分かったんです。察庁にも報告していなかった谷津課長はもうパニックですよ」<br />　「オートバイのナンバー分かるか？」<br />　トラブルの時に見ているので確認のため聞いた。一条は「ちょっと待って下さい」と言ってメモを見ている。<br />　「分かりました。山梨　か　８×丨０７のカワサキステード４００の黒色ですよ」<br />　「そのオートバイはもしかして大型でハンドルが上のほうに曲がっていて異常に大きいやつではないのか？」<br />　「その通りです。なんで見つかってもいないのに知ってるんですか」<br />　「この前、ある仕事で身延に出張した時、旅館の駐車場で俺とトラブルになった奴なんだよ」<br />　影虎は温泉旅館で開かれた会合の詳細は避け、「ある勉強会」として状況を説明した。<br />　「それでしたら、鴇田さんが知りたいと思いますよ」<br />　一条の話はこれで終わらなかった。<br />　「ホシ殺されてしまったので谷津課長が泣いたそうですよ。あの課長がですよ…」<br />　影虎が諭す様に言った。<br />　「仕事一筋なんだと思うよ。そんな人を大事にしないと…」<br />　一条との電話を切ったあと影虎は警視庁捜査一課の鴇田に電話を架けた。<br />　鴇田は眠そうな声で応答した。明智と名乗ると堰を切ったように喋りだした。<br />　「殺されてしまいましたよ。どうも死亡推定時刻からすると山梨県警がナンバーを割り出した後にやられているんですよ…」<br />　「おいっちょっと待て。県警が割り出したあたりから時系列を教えてくれないかな」<br />　鴇田の報告によると次のような流れになるという。<br />　捜査本部は、谷津課長が極秘手配で割り出しを進めていたナンバーの一部から甲斐市に住む月見里義一所有のオートバイと連絡が入ったのは十四日夕方。それで鴇田らは十五日に山梨県入りした。ところがその日の夜から十七日朝になっても月見里の姿を確認できなかった。そしてその日の朝、ダムで死体が発見されていたと言うのだ。<br />　「死因は？」<br />　「顔、頭がメチャメチャにされているばかりか全身の皮膚の所々が挫滅しており撲殺されたのではと見ています。殺されたのは四日前の十四日昼過ぎということでした」<br />　「そうか…実は十日くらい前だったが身延のある温泉旅館の駐車場で見たぞ」<br />　「なんで温泉旅館なんですか…いいなあ虎さんは…」<br />　「馬鹿野郎！仕事だよ。俺は事件に関係なく、ある人物を追っていたんだよ」<br />　「どうせ虎さんの仕事は秘密なんでしょうから聞きませんが、ひとつたげ教えて下さい」<br />　「なんだ」<br />　「奴はなんで身延に行ったんですか？こっちも足取りや交友関係で困ってるんですよ」<br />　「朝鮮総連の幹部が開いた会合なんだ。俺もなんの会合か分からないのでそれを調べているんだ。だから、それ以上は言えと言われても言う材料がない」<br />　「虎さん。一応、害者の足取りとして捜査本部に上げたいのですが…いいですかね」<br />　「だめだ。君の心の中にだけとどめておいてくれ。情報があったら知らせるから…回りを触られたら全部こわれっちまう」<br />　こうして二人は今後は情報交換を密にすることで話は終わった。</p>

<p>　　　□　　　　□<br />　影虎と鴇田がこんな会話を交わしているころ、ヒューミントの房木がＮＳＣの国木田情報官の部屋を訪れていた。<br />　「ビッグワンのメールサーバーを調べた結果、今年に入ってアクセスがあったのは百三十件を超えていました。そのうち明確にパチンコの玉を購入したと思われるのは二十五件ありました」<br />　国木田が驚いた。<br />　「そんなにあるの？」<br />　「そうですねえ、高齢者が多くなってくると自宅で遊ぶため中古のパチンコ台と玉を買う人が多いのでしょうね」<br />　房木はしみじみと言った後、こう続けた。<br />　「二十五件の中には中古パチンコ台とパチンコ玉を買った人が十三件あり、玉のみを買った者は十二人。その中の多くは五百個ですが一人だけ千個を二度にわたり買った人物がいました」<br />　「そうか…宮城と埼玉の事件だけでも既に千個近くを使っているもんな。それだけでは終わると思えないし、そうなると二千個は必要だから…最も怪しいわけだ」<br />　「それでビッグワンの口座の出入金状況を調べたら千個分の三千二百四十円を二回支払った人物がいました。その送金元は徳山銀行石巻支店で、口座名はハラグチ　タダアキでした」<br />　「そいつは何者なんだね」<br />　「住所を調べたらそこにはラーメン店の来々亭がありましたのでラーメン店の関係者ではないかと思われます」<br />　「と言うことは店の口座？」<br />　「出入金額を見るとですね、その口座に毎月一日に朝銀から百万円の入金があるんですよ。そして小出しにされ、その中に九月八日に三千二百四十円、二十五日にも同じ金額をビッグワンの口座に振り込んでいるんです。そしてこの日付がビッグワンのメールの申し込み状況と一致したんです。その他の支出金額を含めて想像すると店というよりは個人の生活口座だと思われます」<br />　「朝銀からの入金が気になるなあ。送金者は聞けないの？」<br />　「これはあくまで被害拡大防止の観点から銀行の協力で調べたものですから、それ以上になると捜査関係事項照会書なり令状が必要になります」<br />　「それでですね」と房木は続けた。<br />　「実はビッグワンが問題なんですよ」<br />　そう言った房木は次のような説明を始めた。<br />　「この販売元のビッグワンですが…一九九七年に大阪府寝屋川市に朝鮮総連の直営店として総額五億円でサロンエンジェルを設立したんですよ。府内ばかりでなく西日本と関東地区のパチンコ店を運営管理している会社だった。ところがですね。サロンエンジェルの設立後にビッグワンと社名を変えてしまった。何かが隠されているような気がするのですが…」<br />　「う～ん…叩けば埃がでるんじゃないの？分かりました。いずれにせよ、石巻市のハラグチ　タダアキを調べるよう手配しましょう」<br />　話が終わったと言うのに房木は立ち上がろうとしない。言いずらそうに口を開いた。<br />　「情報官…実は…ネットの社会だから、全く空想の話だと思って聞いて下さい」<br />　房木にしてはあまりにも慎重過ぎるのに国木田が言った。<br />　「房ちゃん、水臭いぞ…何でも言ってよ…」<br />　「なんかおかしいのですが…原発爆破事件を予告するような噂が流れているんですよ…」<br />　「２チャンネルかね？　今回の自衛隊基地の爆破事件に加えて、東北大震災の福島原発の問題もあるし…日本中は少しナーバスになっているのではないのか…この時期だから自衛隊と原発は警戒レベルを上げるよう政府で指示してある」<br />　「それだといいのですが…」<br />　<br />　そして翌日、国木田は一連の事件で総指揮を執っている警察庁警備課長の高石長五郎に連絡した。<br />　国木田は埼玉県警の要請でＮＳＣが独自で調査した結果、朝霞事件と松島基地爆破に使われたと見られるボールベアリング、パチンコの玉を購入したのは宮城県石巻市のラーメン店の店員の可能性が出てきたことの経緯を説明。<br />　「鑑定で同一と断定したのではないので海の物とも山の物とも判断が付かない。一応情報として伝えておく。あとは君の判断に任せる」<br />　今回の一連の事件をＮＳＣは「国家に対する叛逆行為」とみなしており、警察庁には事件の抑止に重点を置くことを第一に、合わせてテロリストの動きを封じ込むための情報収集を急ぐよう指示している。<br />　このため警察庁は警備課長の高石長五郎をキャップに公安、外事が連携して総指揮を執っているのだ。指示を受けた高石が言った。<br />　「国さん、どうでしょうかね…現場に降ろすのはいいのですが…タイミングを見たほうがいいのではないかと…」<br />　「そうなんだが、ラーメン屋の店員が何者なのかは割り出しておく必要があるんだよ。実はその男の口座に北朝鮮関係から毎月百万円が振り込まれているんだ。至急、その解明が必要なんだよ。虎さんならいいんだが彼は今、追い込みに入っている事案がある。どうだろう、宮城県警には警視庁公安の一条が応援派遣されている。あいつに極秘であたらせたらどうかなあ」<br />　「責任上の問題もあり本部長か署長の千野ちゃんには内々的に伝えておいて一条に指示すると言うのでいかがですか」<br />　国木田と打ち合わせを終えた高石は、指示しやすい松島東署の千野に連絡した。千野は国木田も高石も尊敬する先輩と信じており、快く引き受けてくれると思ったが断られた。<br />　「なぜだ」<br />　「彼は今、警備部長の特命で東京に行っています。その様な内容でしたら捜査の片手間にできる仕事ではないような気がします。私ではなく公安課長の星川課長に言うべきです。どうか再考を…」<br />　筋の通った話である。高石は納得しなければならなかった。<br />　高石は公安的な保秘が必要と判断。公安の星川課長に電話を架けた。<br />　「極秘でお願いしたいことがある」<br />　と前置きした高石は、朝霞駐屯地爆破事件に使われたと見られるボールベアリングはパチンコの玉の可能性が高く、インターネットで購入したと見られる男がおり、その男の口座に北朝鮮から毎月百万円が送金されている旨を説明。その男は石巻市のラーメン店に勤めるハラグチ　タダアキであることから、その男の人定を依頼した。<br />　「分かりました。ハラグチ　タダアキ関係は一切、まる秘扱いにしろと言うことですね」<br />　「いや、北朝鮮関係の部分だけでも…」<br />　「分かりました。一条は今、過激派の動向を確認するため警視庁に行っていますので、その部分はうちの公安を使います」<br />　「人選はお任せします。警察庁としては背景を掴むまで全ての捜査に密行を要求しますので、ハラグチの件はとりあえず人定と行動確認にとどめておいて下さい。絶対に触らないように…」<br />　「この情報で事件が動くかもしれない」と星川は判断した。しかし高石の命令もあって、極秘で動くため谷津への引き継ぎと署長への報告をやめ、本部から公安のベテラン捜査員を呼びよせて、極秘捜査を指示した。<br />　選ばれたのは宮城県警の〝とぼけの徳さん〟こと、徳川威一郎だった。徳川は公安一筋に三十年の警部補。かつては「刑事の谷津、公安の徳川」と言われた同年代のベテラン刑事だ。（つづく）</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-01-29T08:34:05+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/2014/01/post-ef81.html">
<title>防諜その５</title>
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<description>　爆弾製造工場　　　　　　２４　遅い昼食から引き揚げてくると遊軍席の佐古田のデス...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　爆弾製造工場<br />　　　　　　２４<br />　遅い昼食から引き揚げてくると遊軍席の佐古田のデスクの上に宅配便の小包がおかれていた。口の悪い遊軍長がニヤニヤしながら言った。<br />　「おい、彼女からプレゼントが届いてるぞ。女遊びばかりしていないで、しっかり原稿書けよ。お前最近、何も書いてないじゃないかよ！」<br />　「何を言ってんだろう」と佐古田は小包の差出人を見ながら最大の皮肉で答えた。<br />　「遊軍長は仕事をしっかりしているんですか？」<br />　周囲にいたデスクも含めて若い記者たちは凍り付いた。当然、喧嘩になるだろうと思ったからである。無言で睨みつけている遊軍長に笑顔になった佐古田。<br />　「差出人を良く見て下さい。女性は女性でもあの爆弾事件の被害者の奥さんからですよ…」<br />　昨年十月二十一日に発生した松島基地爆破事件で殉職した小坂登喜雄・空尉の妻が送り主だった。デスクが遊軍長を見ながらチクリと言った。<br />　「お前の早とちりじゃねぇかよ。被害者関係の名前ぐらい覚えておけ！」<br />　少林寺拳法三段の〝暴れん坊〟佐古田がけんか腰にならなかったことから周囲の緊張が解けた。ここは仙台市青葉区の奥州日報本社五階。社会部遊軍記者の佐古田利男の席。佐古田は何が送られてきたのか心がワクワクしている。<br />　<br />　　拝啓　突然、お手紙を差し上げます失礼、なにとぞお許し下さい。皆様はお変わりございませんか。さて、このほど亡き主人の遺品を整理しておりましたら、私たちには分からない原稿のような綴りが出てまいりました。<br />　佐古田様にお送りしますのでニュースになるのかどうか検討してみて下さい。大事なものでなければ処分されても結構です。お手数おかけして申し訳ありません。かしこ<br />　<br />　同封されていたのは「亡国論（世紀塾長）」と題する綴りで原稿のように思われた。<br />　「自衛隊員による亡国論か…面白そうな小説だなあ…」<br />　佐古田はこのドラスティックなタイトルに心が躍った。そしてそれは緊張感に変わった。一冊ごとに数ページに綴られたＡ４の紙が挟んであった。<br />　ひとつの綴りは、「平成版三矢計画」と書かれ、航空自衛隊の松島基地、三沢基地、朝霞駐屯地、浜松基地、沖縄の那覇基地隊。神奈川県横須賀市の海上自衛隊横須賀基地、山口県にある陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の同居する岩国基地名が書かれ、最後に※注として防衛大と記されている。<br />　さらに各基地の担当者と思われる名前も記されていた。実行日として「後日指定」となっている。<br />　「実話並の小説にしてはできすぎだな…」と佐古田は胸が高鳴った。<br />　攻撃目標は各基地ごとに具体的に書かれている。<br />　一、航空自衛隊松島基地　展示格納庫内のブルーインパルスＴ丨４戦闘機、Ｆ丨２戦闘機の同時爆破　<br />　二、浜松基地は航空自衛隊発祥の地で基地内にはブルーインパルスの機体のほか地対空誘導弾パトリオットなどが配備されているが爆破はこのうち一般隊員なら入りやすい展示格納庫とする。<br />　三、三沢基地はＣＨ丨４７Ｊ輸送ヘリコプターのほか、Ｅ丨２Ｃ早期警戒機などが配備されており、攻撃対象は早期警戒機三機…<br />　四、朝霞駐屯地と防衛大は総理が出席する。あくまでも総理をターゲットにせよ。<br />　さらに指示は五、六と続いている。南西諸島や周辺海域を担当し米軍ホワイトビーチと隣接する沖縄基地隊は、第六掃海隊所属の「６８５」の「とよしま」のほか「ししじま」「くろしま」などが係留されている桟橋の爆破。海上自衛隊岩国基地もやはり所有航空機の爆破だった。<br />　「これではあの山崎豊子の書いた沈まぬ太陽なみのフィクションじゃないか…」<br />　しかし、読めば読むほどに具体性を帯びてくる内容に佐古田は疑問を感じ始めていた。<br />　「こんなことがあってゆるされるのか…」<br />　さらに別紙では赤字で「最終戦争」と書かれ、「秘」と書かれている。一ページ目をめくった佐古田は奇声を発した<br />　「部長！大変です。原発爆破計画までありますよ」<br />　編集局全体が凍り付いた。攻撃目標は静岡県御前崎にある浜岡原子力発電所だった。内部関係者しか入手できない作業工程表まで付けられている。<br />　別の用紙には基地名、氏名と起爆用として赤い文字で番号が書かれている。どう言うわけか三カ所に（Ｌ）の文字があった。<br />　松島基地　小坂登喜雄　起爆用０８０・２５４×・××××<br />　朝霞駐屯地　猪俣三郎　　起爆用０８０・８７１×・××９×&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;<br />　三沢基地　南条美佐雄　起爆用０８０・３７９×・××××<br />　防衛大　　猪俣三郎　　（Ｌ）<br />　横須賀基地　坂上利男　（Ｌ）<br />　浜松基地　富田巌　　　起爆用０８０・２５３×・××××<br />　岩国基地　沖田敏　　（Ｌ）<br />　沖縄基地　与那嶺文彦　起爆用０８０・７８１×・××××<br />　「え～っ」<br />　　原稿を持つ佐古田の手が震えている。<br />　佐古田の素頓狂な声に、社会部長の青島をはじめ当日担当デスク、遊軍長や若い記者たちに混じり整理部長までが集まりだした。佐古田が言った。<br />　「爆破事件のあった松島基地に小坂登喜雄と書かれていることから、これは実名ですよ。それに朝霞駐屯地と防衛大は既に実行されています。これ…本物ですよ」<br />　基地名と氏名の書かれた紙を手にしたデスク。<br />　「この赤い数字だが、起爆用となっている。これはひょっとして起爆装置の携帯番号ではないのか？」<br />　整理部長が佐古田の顔を見て言った。<br />　「かっこの中のＬはなんの意味かなあ」<br />　佐古田が答えた。<br />　「防衛大は飛翔弾だった。つまりＬｏｃｋｅｔ。ロケット…飛翔弾という意味でしょう」<br />　「う～ん…そうするとこれは小説じゃない。本物かも知れんな…」<br />　佐古田がこの計画書を手に青島に質問した。<br />　「平成版・三矢計画ってなんですかね！」<br />　　原稿を受け取った青島。暫く読んでから説明し始めた。<br />　「三矢計画とは三矢研究とも言うんだよ。一九六三年に自衛隊の幕僚会議が作成したもので、朝鮮半島で北と南が戦争状態になった場合を想定し、日本の自衛隊がどう戦うかの研究をしたものを言うんだ」<br />　「当時は大騒ぎになったのですか」<br />　「憲法で戦争を放棄した国が戦争を想定した作戦を研究しているとして、国会の予算委員会で当時の社会党議員が、この研究の存在を明らかにして政府を追及したんだよ」<br />　「そうすると攻撃は北朝鮮施設なら分からなくもないのですが、なぜ日本の自衛隊なんですかね…やっぱり、これは小説ではないのかなあ」<br />　日頃は口数が多いはずのデスクが珍しく黙っていたがついに口を開いた。<br />　「これが事実なら日本中がひっくり返るネタになるなあ…小説より凄いことになるぞ…狙われているのは、なんて言ってもテロ対策で厳重なはずの原発だぞ…日本、いや世界中が原発事故では神経質になっている最中だから…」<br />　佐古田が亡国論を手に再度開いていると一枚のイラストが出てきた。<br />　「部長！浜岡原発の地図から原子炉圧力器の詳細な図までありますよ。こんな極秘資料まで附けられているんですよ」<br />　佐古田の横で聞いていた原発担当の小石記者が突然、叫んだ。<br />　「あれっ、これ本物ですよ。この構造図面は二〇一三年の三月に浜岡原発で行われた津波対策現場点検の記者会見の際に公表されたものです」<br />　これに部長の青島が疑問を投げかけた。<br />　「公表されたからと言ってなんでこの集団に渡ったのか？それに世紀塾っていったい何の集団なんだよ。公安担当だったこの俺でさえ聞いたことがないんだぞ…」<br />　青島の話に小石が答えた。<br />　「あの会見はフリーランスの記者が入り込めたのです」<br />　「記者クラブ加盟者でなくてもか？」<br />　「はい、東日本大震災の福島原発事故以来、原子力規制委員会を含めて当時の政権が〝表現者〟として自由に受け入れておりましたから…」<br />　「じゃ極端な話だが、北朝鮮のスパイだって潜り込めるのか？」<br />　佐古田が以前から危機感を持っていた部分だ。<br />　「当時のあの政権は全く危機管理なんてなっていない呑気な政党ですよ…あり得る話ですよ」<br />　暫く沈黙の後、青島が佐古田を向いて言った。<br />　「分かった、それは後で国の危機管理問題として別途、紙面化しようじゃないか…ところで、これだけでは分からないので、別にメールのやりとりなんか残っていないのかな佐古田よ！小坂さんの奥さんに聞いてみなよ」<br />　翌日、一台のノートパソコンを前に佐古田が悪銭苦闘していた。夫人から借りた小坂空尉の私物パソコンだ。メールボックスを開封しようとしているが開かない。家族共通のＩＤパスワードを小坂夫人から聞き出して開いたものの、今度はライブメッセンジャーが開けなかった。<br />　佐古田は「ＫＯＳＡＫＡ」のネームで試みたがだめだった。自衛隊の隊員番号でも開けない。<br />　ひらめいたのは「暗証番号は生年月日の番号が忘れなくて一番良い」という同僚の話。小坂の生年月日は一九六八年の四月十三日生まれだ。だから佐古田は「１９６８０４１３」を入力するもだめだった。<br />　考え込んでいる佐古田に文化部の女性記者がかけより、何やら番号を入力した。見事に開いたのである。<br />　「この様な場合はね一九六八年を元号に変えるのよ。分かる？昭和四十三年でしょう。だから４３０４１３になるわけよ」<br />　女性記者は涼しい顔で去って行った。<br />　佐古田はデスクトップにある「メール送受信」のアイコンをクリックした。「開いた」と一人で拍手した。<br />　画面の右側の受信トレイには新しい順に発信元が表示されている。一番最初にあったのは十月十九日発信の「世紀塾」だった。クリックすると次のような内容が書いてあった。<br />　Ｆｒｏｍ　世紀塾「ｓｅｉｋｉ・ｈｏｋｅｔｕ」　本文『物の管理はできているか？手始めに松島で実行のこと。時刻は二十二日の午前十時三十分。一般見学者のあるブルーインパルスの格納庫だ。二十一日は当直だから物は二十二日、交替前に相方に届けさせる』<br />　Ｒｅ・『交替時間は正門が午前六時です。防犯カメラに注意』<br />　佐古田は首を傾げて呟いた。<br />　「ここには爆破日は二十二日となっている。しかし、実際は二十一日夜に爆破されている…何かあったのかなあ」<br />　話の流れを掴むため佐古田は十月一日に遡った。<br />　『詳細はきょう、小包便で送った。各個人にはこちらから送信する。赤い数字にはくれぐれも注意すること。物体にこの番号を書くのを忘れるな』<br />　Ｒｅ・『了解』<br />　そして二日後の十月三日。<br />　『例の物は全部揃っているか？保管場所は大丈夫か？』<br />　Ｒｅ・『完全包装して保管してあります。絶対に分からない場所です。近々、打ち合わせを兼ねて相方とともに確認に行ってきます』<br />　佐古田はさらに一週間後の十日の受信文を読んだ。<br />　『塾長、大変なことになりました。私は今、何者かに尾行されています。我が基地の警務隊員とは全く別の人間です。東北方面航空隊の可能性があります。このままでは危険です』 <br />　Ｒｅ・『お前の言っていることが分からない。なにかへまでもしでかしたのか。お前は警務隊員だろう。しっかりしろよ』<br />　さらに、十八日の世紀塾のメールには次ぎのように書かれていた。<br />　『その後も尾行が続いているのか？電話でも盗聴されているんじゃないのか？』<br />　Ｒｅ・『先日の朝、物体の確認に実家に行こうとした時、自宅前に不審な人物がいたので声をかけたら逃げて行きました。それ以後は尾行もなくなりました』<br />　そして十九日付のメールに続くのであった。佐古田はこのメールを印刷して青島と筆頭デスクに説明した。<br />　「メールと三矢計画を合わせると、手始めに松島基地、次いで朝霞駐屯地、防衛大と続き、次ぎに五つの基地の同時爆破が行われようとしていたことが分かります。しかし、原発に関するメールが出てこないんですよ…先日の部長の話から想像するとこの平成版三矢計画にヒントがあるような気がしますね」<br />　これには青島が答えた。<br />　「その通りだ。今回はその研究を平成版と名付けている。つまり、これは日本の研究に対する報復のための計画ではないのかと推測しても間違いないだろう」<br />　「では小坂さんは反戦自衛官だったのですか…それに…」<br />　佐古田の歯切れが悪い。<br />　「その物体なんだけど、それは何なのかこれだけでは分からないですよね」<br />　「それをどう探すかだな。奥さんは分からないかな」<br />　「自分は思うのですが、このメールにある『実家に帰ろうとして気付かれた』の部分。実家に何かが隠されているではないでしょうか」<br />　青島がデスクに指示した。<br />　「いずれにせよ、このままでは原稿にならない。しかも松島基地爆破事件の被害者が関与しているとなると事件性がないどころか重大事件だ。佐古田には本当に物体があるのかの確認をさせてくれ。確認できた段階で記事化を検討しよう」<br />　佐古田は翌日、「物」を確認するため、小坂の実家である矢本町に向かうことにした。</p>

<p>　　　　　□　　　　　□<br />　金哲秀の指紋を入手して下部温泉を出た影虎は、アルファロメオより遅れること三十五分。世紀塾が開かれる身延町の温泉旅館・早雲館に着いた。<br />　相変わらずカウンターは若女将が切り盛りしていた。玄関を入りカウンターに近づく影虎の姿を見た若女将が大声あげた。<br />　「あらあ、またお会いできましたね。今度はご入会なさったのですか…先ほど新山さんがいらっしゃいましたよ」<br />　あまりにも声が大きいので影虎は思わず辺りを見回した。そして声をひそめて言った。<br />　「先日はありがとうございました。実は…まだ入会には迷っているんですよ。しかし、友達もできたので今回で入会を決心しようと思って…」<br />　若女将が怪訝な顔をしている。<br />　「随分と迷われるんですねえ。で、今回もお泊まりになさりますこと」<br />　「はい、また突然で申し訳ありません」<br />　若女将は部屋を前回と同じ二〇五号室に決めてくれた。影虎は若女将の配慮に感謝した。しかし、今回は三十分も遅れて来たため集まる顔の確認は間に合わなかった。<br />　会議は午後一時半から始まるから連中はその前に食事をするはずだ…と思った影虎も同じレストランに入った。昼食は豪華な和洋食のバイキングだった。<br />　正午を過ぎたころからひとり、またひとりと集まってきた。そして金哲秀が現れた。クラウンに乗っている「牡丹の女」と二人であの注目の女、ユゥミンこと李銀姫（イ・ウンヒ）もレストランに入って来た。しかし、あのオートバイ野郎と金正恩の頭に似せた元帥スタイル髪型の男の姿が見えない。新山が影虎を見てテーブルにやって来た。<br />　「明智さんではないですか…あの時はお世話になりました。楽しかったですよ…ところで偶然ですねえ…きょうは何かあったのですか？」<br />　「お寺巡りが好きでね。三日前から来ているんですよ。この周辺は寺がいっぱいあるでしょう。正伝寺とか善妙寺、天照大神宮など…月に一度は豪勢な旅行しているんだよ。それにここの温泉が気に入ってるんだ」<br />　「そうでしたか。うちの塾長は顕勝院のご住職と親しいのですよ。なんなら紹介しましょうか」<br />　「あそこと遠山寺などは前回行きました」<br />　「さすがですね。では私は塾長に話があるので失礼します」　<br />　何事もないまま食事を終えた一行はそれぞれが部屋に帰って行った。新山が自ら金哲秀を「塾長」と認めたのである。<br />　「今回もまたあの喫煙所で会合を見守ろう」<br />　会議が始まったようだ。残念ながら今回は窓を開けていないのか会議の声が全く漏れてこない。あきらめる影虎…<br />　影虎が今回の会議で最も知りたかった元帥スタイル髪型のあの男は、会議にも七時から個室で開かれた夕食会にも姿を見せなかった。<br />　翌朝、影虎は朝食を早めに済ませてロビーで金哲秀ら一行を見張った。李銀姫は全身を白で統一し、真っ赤なセカンドバッグを持ちいつもと変わらないファッションだ。なぜか、全員が急いでいるように思われた。例によって若女将の対応で尹日好が会計をしている。会計を終えた尹日好が影虎の姿を見てやって来た。<br />　「明智さんはもう帰るだけですか？」<br />　「いや、折角来たのだから杉山にあるヤマメの里を見に行こうと思っていてね…」<br />　尹日好はゴルフのスイングをしながら言った。<br />　「そうですか…私は身延山カントリーで〝芝刈り〟ですので…これで失礼します」　<br />　尹日好はプリウスでゴルフ場に向かった。それでも金哲秀の姿は見えない。疑問に思った影虎は、自分の会計をするためカウンターに行った。影虎に気付いた若女将。<br />　「おはようございます。いかがでしたか…」<br />　塾への入会の答えを聞いているのだろうと思った影虎。<br />　「え～お陰様で次の会合で入会する予定です」<br />　「それはおめでとうこざいます」<br />　周囲に誰もいないことを確認した影虎が若女将に聞いた。<br />　「法華津会長は見えないようですが…」<br />　あら、知らなかったの？と言うような顔で若女将が答えた。<br />　「え～会長さんは昨夜、突然お帰りになりましたのよ」</p>

<p>　　　　　２５<br />　見延町の温泉旅館で金哲秀塾長の会議が開かれているころ、小坂隊員の実家の場所を聞くため佐古田は定川沿いのＴ字路にある雑貨店に飛び込んだ。店主が応対してくれた。<br />　「小坂？何軒もあっからなあ」<br />　「息子さんで小坂登喜雄さんがいる家です」<br />　「ああ、この前死んだあの人がい。そんなら平壌からの引き揚げ者だべ。このみぢを行って大きな花壇がある家だよ」<br />　その家はすぐ分かった。玄関が開けっ放しになっている。<br />　「すみません。どなたかいらっしゃいますか」<br />　「はぁ～い。どなたさんで…」<br />　建物の裏側から手ぬぐいを頭に巻いた中年の女性が出てきた。<br />　「あら、誰がと思ったら記者さんでないかい。どうすたんだい？」<br />　小坂空尉殉職の自衛隊葬の時に一度、会っている。記憶してくれていたのだ。<br />　「あの節はお世話になりました。日報の佐古田でございます。きょうはお願いがあって参りました」<br />　「どんなことでしょうか？」<br />　「昨年、登喜雄さんが事件に遭われる前、こちらにお帰りになりませんでしたでしょうか？」<br />　「ああけえってきましたよ。二、三日前だったかな…一人でぶらっと…突然なんで、なんがあったのがと聞いたら、何んもねぇと言っていましたが…結局あれが最後でした…」<br />　「その時、登喜雄さんはどこかにお出かけになりませんでしたか？」<br />　「どごぬもいがなかったと思うよ…ただ家にいだもの…裏山に行ったり、夜には河原に友だつと花火しに行ったぐらいだよ。二日間ぶらぶらしてけえって行ったよ」<br />　佐古田はそれだと思った。<br />　「裏山には何か倉庫のようなところはありませんか？」<br />　「倉庫はねぇけど防空壕ならあっぺさ」<br />　遂に出た。防空壕…<br />　「今、私が行っても中を見られますかねぇ」<br />　女性は頭をひねりながら不審そうに言った。<br />　「いいよ。ただ真っ暗でさ、今ごろ誰もながにへえる奴なんていないよ。蛇もいるし、コウモリもとんでっぺさ…あぶねえからいぐな」<br />　「いや確認しておきたいので…」<br />　「なんでへえりたいんだがわがんねぇけど…ほすたら…おらんちの懐中電灯持って行けば…」<br />　といいながら女性は何の疑いもせずに持ってきた懐中電灯を佐古田に渡した。女性は登喜雄さんの兄の嫁だと言う。<br />　佐古田は懐中電灯を借りて裏山の杉林の中に入った。だが、下草がそのまま放置されていて笹などが伸び放題。その笹に蔦が絡んでいる。笹をかき分けながら歩いても防空壕なんて見つからない。<br />　たまりかねた佐古田は、一旦、小坂の家に戻り、女性にもう一度場所を確認した。<br />　「あ、そごへいぐんなら、裏の田んぼの向かい側の山の斜面にあっから…」<br />　佐古田はお礼を言って、一旦、敷地外に出て裏側にある田んぼの反対側の小高い丘に向かった。確かに普通乗用車が通れるほどの山道があった。道なりに行くと、途中で生い茂った草が一部踏みつぶされている場所が見つかった。<br />　その先を見ると例の杉林に通じている。丁度小坂家の山の裏側にあたるところだ。<br />　「あった！」<br />　佐古田はガッツポーズをした。崩れかけた山の斜面に、腐食して今にも崩れ落ちそうな木製の入り口がある。目的を持って入らなければ入ろうとする人間はいないだろう。蜘蛛の巣も張っている。<br />　電灯の明かりを頼りに恐る恐る中に入った。五、六㍍ぐらいは進んだろうか。正面に葉の付いた杉の枝が山のよう積まれていた。<br />　「枯れていないので比較的新しいのかな…」<br />　佐古田がその枝を取り除くと今度は、ブルーのシートがかけられた段ボール制の箱が計六箱も出てきた。人差し指大のムカデが数匹、驚いて逃げて行った。奥の方からは鼠の泣き声が聞こえてきた。<br />　横四十㌢縦五十㌢四方の四箱は茶色の包装紙だが、もう二つの箱は赤い包装紙を使い、十五㌢四方で長さが四十㌢はあろうか細長い箱だった。<br />　三沢、松島、浜松、沖縄の四個の包装紙には黒のマジックでそれぞれ基地名が書かれ、下方に十一桁の数字が赤で書かれている。指示書に書かれていた朝霞駐屯地の物体はなかった。<br />　一方、二個の長方形の箱には横須賀基地と岩国基地名が書かれＬの字がかっこで囲まれている。これらは三矢計画書に書かれていた基地名と一致したが防衛大はなかった。<br />　佐古田は一番手前の「沖縄」と書かれた箱を手にしてみた。ずしりと重かった。四㌔はあるようだ。<br />　「開けてみてもとに戻せばいいな」<br />　茶色の包装紙を丁寧に、破れないようにはがした。中から出て来たのは「圧力鍋」と書かれた箱だった。佐古田の心臓の鼓動が激しくなった。手が震えだした。放心したような状態になり、なぜか尿意をもようした。<br />　「朝霞駐屯地は圧力鍋爆弾だったが…これも同じ爆弾かも…それにしても既に爆破された松島基地のは残っているとは不自然過ぎる」<br />　そう考えると益々恐ろしくなっていった。<br />　佐古田はその場で携帯が通じるかを確認したがアンテナのマークが立っていなかった。<br />　包装紙を元のように戻し、写真を撮影してからブルーのシートで包み込むようにして、木の枝で覆い、さらに写真を撮った。<br />　防空壕の外に出た佐古田は人気のないことを確認して立ち小便をした。<br />　先ほどの女性が縁側の前でダイコンを洗っていた。佐古田は丁寧に挨拶して懐中電灯を返し、挨拶もそこそこ家を離れた。暫く歩き、人通りの少ないことを確認して携帯で社会部長直通の電話に架けた。部長はすぐ出た。打ち合わせを終えて席に帰って来たばかりだと言う。<br />　「部長…」<br />　佐古田の声は引きつっており、携帯を持つ手が震えている。<br />　「部長、大変です。裏山に防空壕があり、入って確認するとブルーのシートに包まれた箱が出てきました。しかも六個です」<br />　佐古田の喉はカラカラに乾き舌もうまく回転しない。ろれつが回らないような状態に部長が言った。<br />　「おい佐古田！落ち着け…落ち着け…だから何だって言うんだ」<br />　「部長、その箱はなんと圧力鍋の箱でした。もの凄く重いんですよ。あれは火薬やボールベアリングが入っているのに間違いありません。爆弾の完成品ですよ」<br />　「なにっ、お前開けたのか…馬鹿者！爆発したらどうするんだ」<br />　鼓膜が破れるような大声だった。そして<br />　「そうするとあの爆破事件の被害者は実は、犯人の一味だったことになるのか？」<br />　部長も驚いているようだ。「お～い」と言う声が聞こえた。デスクを呼んでいるのだろう。再び電話に出るとこう言った。<br />　「良くやった。君は至急あがってくれ。メールと送られてきた資料で本記をこちらで書いておく。一面トップの特ダネだ。君の現場の状況は社会面の受けだ。社会面は見開きだ。俺がこれから県警本部長と掛け合ってくる。朝刊最終版でいこう」<br />　今度はきょうの当番デスクが出た。<br />　「問題は君が引き揚げた後の警察による現場検証の写真だ。通信部でも分かるかなぁ」<br />　「いや、写真部の出動をお願いします。時間にもよるが間に合わなければシートのかかった写真は押さえてありますから…」<br />　「しかし、原稿書かんと…」<br />　「雑感でしょう。それは通信部で良いと思いますよ。とにかく私は急いで帰ります」<br />　腕時計を見ると午後五時を過ぎていた。駅までは歩くと一時間近くかかる。佐古田はタクシー会社の領収書があるのに気が付いた。来るときに乗ったタクシーを呼ぶことにした。<br />　佐古田がＪＲ矢本駅を出発したのは午後六時四十五分発の仙台行き。仙台には同八時五分に着いた。<br />　本社にあがると編集局、中でも社会部内は大騒ぎだった。社会部長の青島が県警本部からあがってきた。<br />　「当番デスクいるか？それと佐古田は帰ったのか？整理部長も呼んでくれ」<br />　当番デスクと佐古田、それに整理部長が社会部長席前のソファーに集まった。<br />　「本題に入る前に言っておく。佐古田、お前は爆弾と思われる物を開封しているな？」<br />　「はい。そうしないと何かは分からないので…」<br />　「県警は物から佐古田の指紋が出るので、当然、調べると言い出した。本部長は『いくら記者でもやりすぎだ』と怒っている」<br />　佐古田が反論した。<br />　「何を言っているんですか。現実に私が開けて見なければ爆弾と分からなかったんでしょう」<br />　「いや、違うんだ。本部長は不審な物を見たらその場で一一〇番することが一般的な常識だと言う。しかたないのでこれから県警に行って指紋登録して来いや」<br />　「その前に…」と、佐古田は引き揚げ者について聞いた。青島が答えてくれた。<br />　「それはな、第二次世界大戦まで朝鮮半島には軍人以外にも日本から多くの入植者がいたんだ。ところが日本が敗れたため帰って来た人たちのことだ。現地で結婚した人もいたという」<br />　「小坂家はその引き揚げ者で平壌から来たと言うんです。いずれにせよ、被害者は二世で大陸の血筋を引いていることになりますよね」<br />　「平壌なあ…ソ連占領下で二十万人もいたと言われている。北緯三十八度線以北には食べ物がなくて苦労した人が多かった」<br />　「登喜雄さんの父親が引き揚げ者なんですかね」<br />　「いや母親だって考えられる。当時、現地ではソ連兵による強姦などが多かったそうだ。だからやむをえず北朝鮮の男と結婚した女性もいた。暗い話だよ。だからこの部分は書かないほうがいいぞ」<br />　「登喜雄は半島の血が混じった二世か…」残酷な話に佐古田の心は曇った。佐古田が県警に向かった後で青島が続けた。<br />　「県警が着手しなくても我が社は書かせてもらうと言ったらはマスコミに先を越されるのは困るからと本部長が折れた」<br />　青島が続ける。<br />　「但し、爆弾とその製造工場が存在したと言うだけで犯人の手がかりは全くないと言っていた。だからうちは、その事実だけを坦々と書くだけだ」<br />　佐古田が聞いた。<br />　「ガサはいつやるんですか？」<br />　「今、令状を請求しているころだと思うが、目安は午後十一時ころから防空壕をガサることになるだろう。但し、発表は明日の朝になった。一面と社会面の見開きで派手に行こう」&nbsp; <br />　　　　　□　　　□<br />　この日の捜査報告を聞いた谷津は、捜査の進展のなさにあきれていた。<br />　「定年まであと一年半…これまでなかった捜査のミスもあったし…ホシ抱えたまま辞めて行くんかな…」<br />　「やれやれ…」と立ち上がったその時、卓上の電話がなった。<br />　「谷津君！こちらは坂田。大変なことになったよ。日報がたれ込んできたんだが、爆弾製造工場が分かった。それと八カ所の自衛隊施設爆破と原発爆破の計画があった。八カ所の自衛隊にはそれぞれ実行役の現職隊員がいるんだ」<br />　「だって松島と朝霞はやられちゃたじゃないですか…」<br />　「ところが松島はどう言うわけか物体が残っている。既に発生している朝霞と防衛大はないが三沢、松島、浜松、那覇、横須賀、岩国基地の物体があった。各基地の実行犯役七人の名前も書かれている。いずれも現職自衛隊員だ。それに事件を指揮したと見られる通信文の入ったパソコンも押収した。明日朝の新聞に出てしまうんだ」<br />　谷津の怒りは頂点に達した。<br />　「部長！ホス（犯人）はまだ一人も取ってねえべ…」<br />　「日報社から提供を受けたメールの中に、世紀塾の名前が出ていたので警察庁と相談した。指紋も一部は合致しているが決め手がないと言うので、そのあたりを日報に説明したが、爆破計画と製造工場発見の事実だけを坦々と書くと言っている」<br />　「マスコミ先行になってしまうべさ…書くの止めさせてよ…それがあんたたちのすごとだべさ…だいたい今、何時だと思ってるんだね？」<br />　そして谷津は、爆弾に使われてパチンコ玉を買った原口忠明こと辛星一のことを心配した。<br />　「だがら俺、あん時に言ったべさ…せめて原口だけでも柄取っておぐべぎだと」<br />　「いや、これ本部長が受けてしまったんで止められないんだ。とりあえずこれからその工場と言われるところにガサかけるから現場に捜査員を出してもらうのと六人の令状請求だけでもして…」<br />　「六人の令状だと…なぬ言ってるんだね。ただの紙ペラに名前書いてあるだけで令状おりるわげねぇべさ。すかも現場の俺たちはなんも見ていないんだ。書かせないようにするのがあんたたちの仕事だろう。事件は現場で起こってるんだよ。ちっとは現場のこと考えてみなよ。いいがす…ホスに飛ばれてもあんたたちの責任だから…」<br />　ここまで言うと谷津は電話機を思い切ってたたきつけた。受話器が真っ二つに割れた。回りにいた機捜隊の笹井らが谷津を取り囲んだ。鴇田らはまだ群馬から帰っていなかった。<br />　「くそ～っ、まげ（負け）だよ…まげ…」<br />　谷津が負けたと反省したのは、松島基地爆破事件は自衛隊を狙ったのではなく小坂個人を狙ったのかもしれない…と直感的に思ったあの時、被害者の身辺の捜査を徹底していれば日報の入手した資料がこっちの手に入ったかも知れないと思ったのだ。<br />　「害者のすんペン捜査が下手くそだがらこうなってすまった。これも俺のせぎにんなんだよな」<br />　谷津は全員に向かって言った。<br />　「すまねえ…爆弾を作っていた場所が分がったそうだ。これからガサかけっから行ってくれねえべか？」<br />　部屋にいた全員が総立ちになった。<br />　「なんで分かったのですか？場所はどこですか？」<br />　谷津は隣にいる地元刑事課長の斎藤に言った。<br />　「新聞社からのたれ込みだってさ。警察は新聞社に負けたんだよ…斎藤よ一課の当直に電話すてさ、とにかく詳すい場所などを聞いてくれや…。俺、ちょっと具合が悪いがら…小山君、指揮してくれや…半分は現場と半分は明日朝のガサ要員だ。ただすラーメン屋の行動確認班はそのままだ」<br />　谷津は立ちくらみを感じたので小山管理官に任せた。五十八年余のの人生で初めての経験だった。<br />　<br />　谷津の電話を切った坂田はかねてから教えられていたＮＳＣの国木田の自宅に電話を架けた。<br />　「こんな遅くにすみません。実は奥州日報という地元紙がありましてそのたれ込みで例の事件関係で爆弾製造工場が見つかりまして…」<br />　坂田は新聞社が殉職した小坂隊員の家族から預かった資料やパソコンに書かれていた内容。既に製造されている爆弾などの経緯を説明。<br />　「明日の朝刊で書くと通告してきたのです」<br />　報告を受けた国木田は目眩を感じた。<br />　「絶対に止めさせてよ。何か月もかけてきたもの全てがだめになってしまう。国家の危機だ。これは責任問題になるよ。分かった俺が本部長に電話する。警電何番？」<br />　国木田は県警本部長の大久保純三に電話した。<br />　「今、お宅の刑事部長さんから電話があり、地元紙に載ると言うではないですか…止めさせてくれませんか。総理にどう報告すればいいんですか…責任問題ですよ」<br />　「申し訳ない。書かないでほしいと頼んでもマスコミが自分でとったネタだとして、言論の自由を主張して承知してくれなかった。強いて言うならこの時点で警察はマスコミに負けたことになります。辞めろというなら辞表を書きます」<br />　警察がマスコミに負けた丨と聞いた国木田はそのまま絶句した。<br />　大久保がさらに続けた。<br />　「我々はあなた方の捜査経過を聞かされていない。その他に捜索カ所がありましたらよろしく」<br />　ここまで言い切った大久保。確かに保秘するため星川にだけ知らせていたことは事実だ。国木田は思った。<br />　「やはりＮＳＣだけでは全国的、国際的な事件の統一的な捜査は無理だ。あくまでも情報に過ぎない…アメリカのＦＢＩの様な捜査機関を持たないといけない…」</p>

<p>　　　□　　□<br />　県警による矢本町の小坂家の裏山の防空壕の捜索は、松島東署の捜査本部から管理官の小山や刑事課の斉藤らが到着したことから午後十一時過ぎから始まった。報道関係者は当然日報だけだった。<br />　鑑識班に加えて濃紺の繋ぎの背中には「Ｐｏｌｉｃｅ　ＥＯＤ」と書かれている。通信部の竹本記者が本社にいた当時、正月の年頭視閲式で見たことがあった。「警察　爆弾処理班」だ。<br />　ブルーのシートがはがされると包装紙に包まれた縦四〇㌢横五十㌢に厚さ三十㌢の箱が出てきた。<br />　手前から奥に向かって沖縄、浜松、松島、三沢の文字が書かれた箱が並んでいる。そして一番奥に赤い包装紙に包まれた縦長の箱二つあった。岩国と横須賀基地名が書かれている。鑑識班はそれを丁寧に撮影している。<br />　本社のカメラマンは現場検証の写真を撮影して引き揚げて行った。<br />　鑑識班の写真撮影と防空壕内の測定が行われた後、爆発物処理班が箱を一個外に持ち出した。土嚢と鋼鉄製の盾で臨時に作られた囲いのなかで包装紙が取られた。中から「ティファール　圧力鍋」と書かれた箱が現れた。<br />　レントゲン写真が撮られた後、慎重に中を開けるとそれは、パール金属の鍋で、リード線の付いた携帯電話機が入っていた。処理班は鍋の重さから火薬などが詰められいると判断。残り四個の鍋はそのまま開封せずに本隊に持ち帰り処理することとした。<br />　もう二個の赤い包装紙のレントゲン画面は円柱のような筒が五本束ねられている。<br />　爆発物処理班のひとりが一課管理官の腕章をしとた小山と処理班の班長にこう言った。<br />　「班長、これは工事などに使われるダイナマイトの筒が束ねられています。先端に起爆装置、下部に装薬が入っているので飛翔弾と見られます。危険ですので、ここでの確認は控えたほうがよろしいかと…」<br />　班長が「分かった」と言った直後だった。<br />　「鑑識さん、至急来てくれないか」<br />　防空壕の中から捜査本部員、斉藤の叫ぶ声がした。小山管理官らに続いて記者腕章をした竹本も中に入って行った。見ると爆弾様の箱が置いてあったその先に、半分壊れたような木製の仕切戸があり、横穴はその奥へと続いていた。所々に蜘蛛の巣が張っている。鑑識現場用の照明器具で照らされ、真昼のような明るさになった。コウモリが驚いて逃げ回る。<br />　仕切戸を潜った小山らの目に飛び込んできたのは、アルミ合金の作業台、上に皿のついた計量器、鍋の一部と見られる取っ手の部分の残骸、パチンコの玉の山。玉には「ＢＧ１」の刻印があった。他に釘箱などが乱雑に置かれていた。<br />　圧力鍋の説明書が六枚あることから六個の爆弾が作られたことになる。ティファールの圧力鍋は左右に取っ手が付いているのが特徴だ。<br />　「ここは？」<br />　竹本が近くにいた鑑識班の一人に聞いた。<br />　「爆弾製造工場だよ。日報さんの特ダネじゃないか！」<br />　普段はこんな場所までマスコミは入れないが、今回は本部長命令で取材が自由にできることになっていた。竹本は腕時計を見た。午前一時を回っていた。<br />　「締め切りまで時間がない」<br />　防空壕を飛び出した竹本が携帯で本社に架けようとするが「圏外」の表示。無我夢中で駈けだした。携帯の通じるところまで行かないと重要情報を知らせることができない。<br />　どこか分からないがいつの間にか、川の堤防のような場所に出た。付近に民家もなく人通りも車も通らない。空には煌々とした満月…<br />　ようやく携帯が通じた。本社は本社でも竹本が知っていた番号は、地方部のデスク席だった。あまりにも静かなので竹本の声も自然に低い声となった。<br />　「すみません。矢本の竹本ですが…」<br />　デスクも分かっていたらしく、すぐ社会部のデスクを呼んだ。<br />　「あっ社会部デスクさんですか…矢本通信部の竹本ですが、爆弾のあった防空壕の奥が製造工場でした」<br />　「なにっ…」<br />　デスクが社会部長を呼んでいる。<br />　「青島ですが。製造工場だって？なんで分かった」<br />　「作業台や計量器、パチンコの玉などが転がっていました。鑑識も工場だと言っていました」<br />　「分かった。今、若いのに変わる。原稿でなくていいから、見たままを全て話してくれ」<br />　社会部長の叫び声が聞こえてきた。<br />　「降版時間を遅らせる」<br />　整理部長がこれに答えるように言った。<br />　「それは分かった。これも大きいんだけど、新潟税関と新潟県警が朝鮮総連幹部とその関連会社の梁仙物産幹部を外為法違反で逮捕してガサかけたという原稿が共同から入っているんだよ」<br />　「なんの事件だ」<br />　「北朝鮮に輸出した物の中に航空機などに利用される恐れのあるベアリングがあったと言うんだ。輸出禁止品。一面でもおかしくないぞ」<br />　青島部長は迷わずに言った。<br />　「そりゃ爆弾工場が一面トップだろう。そして社会面も見開きだよ。なんてったって何年かに一度、あるかないかの特ダネぜ」<br />　整理部長が相槌をうって言った。<br />　「分かりました。では北朝鮮は一面の肩にしましょう」<br />　こうして紙面割りができた。</p>

<p>　　　　□　　　□<br />　午前二時過ぎに佐古田の元に一面と社会面のゲラが届けられた。<br />　一面には次のような見出しが黒ベタ凸版で付けられている。<br />　自衛隊基地の同時爆破計画<br />　県警が製造工場を急襲　圧力鍋爆弾の完成品を発見<br />　その脇の左に北朝鮮総連の幹部逮捕の原稿が入っている。<br />　そして、社会面の見出しは<br />　犯行計画は世紀塾を名乗る集団「原発爆破も計画」<br />　さらに別項原稿で次のような見出しが付いた。<br />　松島基地爆破の被害者は反戦自衛官だった<br />　「これが爆弾製造工場の防空壕内部」として爆弾のアップ写真に、ブルーのシートの全景写真、現場検証する県警鑑識班と爆発物処理班員の写真を大胆に扱っている。<br />　これでも佐古田は不満だった。<br />　「一面トップは原発爆破計画が主見出しではないですか？」<br />　「そうしようと思ったんだが、編集局長の方針だ」<br />　それに…佐古田が青島にかみついた。<br />　「攻撃対象の自衛隊五つの基地名を入れるのは当然だが爆破担当者の名前は削除してある。きょう逮捕となぜ入れないのですか？」<br />　「馬鹿もの！この原稿だって犯人が分かってないのに無理矢理事実だけを書くんだ。犯行計画している世紀塾だって本当に存在するどうかも分からんのだ」<br />　「だって小坂の事件はあるでしょう。その小坂周辺から製造工場が分かったのだから、丸っ切り関係ないとは言えませんよ」<br />　「あのな！事件はあったさ。工場もあった。だが指紋が一致するなどの直接的な証拠は何もないんだ。警察で指紋一致まで書くのを控えるか？」<br />　この部長の一言で佐古田は納得した。<br />　翌日の奥州日報の新聞は派手だった。自衛隊基地の同時爆破計画の見出しには県内の多くの読者には松島基地爆破事件を思い起こさせ、さらなる危機感を与えた。<br />　ところが奥州日報は特ダネで自社ネタを大きく扱っているが、他の全国紙は別の記事で国民にショックを与えている。<br />　北朝鮮に大量破壊兵器関連部品輸出<br />　アルカイダ関与か？　新潟県警と税関　実態解明に全力<br />　新潟県警と東京税関新潟支署は十五日までに、精密機器と偽り、大量破壊兵器に利用される恐れのあるベアリングを北朝鮮に不正に輸出していたとして新潟市内の貿易商社・梁仙物産社長、橋本正次朗容疑者（五七）と北朝鮮総連の辛成文（シン・ソンムン）容疑者（六二）ら四人を逮捕。同物産会社と総連新潟支部を家宅捜索した。県警は背後にアルカイダの工作員が関与していることから警視庁の応援を得て関係カ所を捜索、実態の解明に乗り出した。<br />　橋本容疑者らは韓国向けと偽り、国際的な平和と安全の維持の観点から大量破壊兵器や通常兵器に利用される恐れがあるため輸出には経済産業省の承認が必要なベアリングを不正に輸出した外為法と関税法違反に当たる。<br />　さらに、同県警はベアリングを同物産に持ち込んでいたアルカイダの男の逮捕状をとるとともに、男の勤める東京・大田区の製作所を捜索。二年前に新潟で暗躍し、その後、米国に逮捕されている男との関連を捜査。日本国内で北朝鮮とアルカイダ組織の解明に全力をあげたいとしている。</p>

<p>　　　　　２６<br />　「会長さんは昨夜、突然お帰りになりましたのよ」と聞かされた影虎はハンマーで頭を一撃されたようなショックを感じた。目の前が真っ暗になっていく。とりあえずアルファロメオを確認しようと駐車場に向かおうとしたその時、腰の携帯が震えた。ディスプレーを見ると松島に応援派遣で行っている一条からだった。<br />　「おはよう。何かあった…」<br />　優雅に応答すると、一条は興奮しているのか声が引きつった。<br />　「虎さん！緊急事態…緊急事態…とにかく聞いて下さい」<br />　「どうしたんだよ！」<br />　「実は今朝の仙台の奥州日報という地元紙に特ダネを書かれました。それがなんと爆弾製造工場を県警がガサったら完成した四個の圧力鍋爆弾と飛翔弾二発が出たと言うんです」<br />　「なに！」<br />　影虎はダブルパンチを受けた。「これで全てが水の泡か…」言葉が出ない影虎。一条がまくし立てる。<br />　「新聞によると犯行は世紀塾によって行われたと書いているんですがこんな塾、聞いたことありますか？」<br />　影虎は怒り心頭に発した。<br />　「君んとこ…世紀塾って言う裏付けとってんのかよ。なんでそんな情報漏れるんだ？」<br />　「漏れたんじゃなくて新聞社が独自取材で得た情報で、逆に警察は教えられたんです。昨夜、県警本部長が通告を受け、その情報で我々は突然、十一時ころだったかガサに出かけたんです」<br />　「爆弾と世紀塾が関係あるのを君たちは全く知らなかったというわけか？」<br />　「だから今、言ったじゃないですか…世紀塾が自衛隊の同時爆破を計画しているという新聞社のたれ込み（情報の提供）があって昨夜、捜索したんですよ。そうしたらそこが爆弾製造工場だったんです」<br />　「それでマスコミの情報通りになったというわけか…」<br />　「ここからが大変なんですよ。今朝、私たちは急遽、中華料理店の原口忠明を連行しようとしたのですが、もぬけのからでした」<br />　「もぬけのから？ベタ張りしていなかったのか？」<br />　「張っていたんですが…店の二階の彼の部屋の電気が消えるのを確認して引き揚げてしまって、今朝早く行ったらいなかったんです。職質かけた後なので気付かれたのかも…」<br />　「そんなのベタ張りって言えねえんだよ。まあいいさ。ところで店の店長はなんて言ってるんだよ」<br />　「我々は公文書偽造で奴の令状を持っていましたから、一応匿ったということで任同（任意同行）をかけて調べているんですが、いなくなったのは自分も今朝になって知ったと言うんです」<br />　ほぼ内容が理解できた影虎。狙い通りに世紀塾が関与していたことに影虎は安堵した。<br />　「虎さん…それで世紀塾ってのご存じですか？」<br />　「知っているもいないも今、俺はその塾長を追って今、身延町に来ているんだよ」<br />　「えっ！」<br />　今度は一条が絶句した。声が出ないようだ。<br />　「おい、イッちゃんよ…実はその塾長は朝鮮総連の幹部なんだよ。ところが昨夜、こっちに泊まるはずなのに突然帰ったと言うんで、慌てているのは俺のほうなんだよ。それより報道の事実はＮＳＣの国木田情報官にあげているのか？」<br />　「虎さん、ちょっと待って…」<br />　一条が何かを言おうとしている。<br />　「塾長が総連の幹部…ということは…北朝鮮…」<br />　「そうだよ。金哲秀って言うんだよ」<br />　「いや、原口忠明が北朝鮮生まれの辛星一だとゲロったんですよ…そして塾長が朝鮮人…ハラグチタダアキ…」<br />　影虎は一条の呟きになぜか、ひっかかるものを感じた。<br />　それはヒューミントの瀬川さんの情報だ。<br />　「金哲秀ら三人が日本に入国した…」<br />　影虎はなぜか重大な局面を迎えたように思った。そのとき携帯が震えた。今度は国木田からだった。<br />　「虎さん、大変なことになったよ…」<br />　「今、一条から聞きましたよ。それで私は今、その世紀塾を解明しようと一昨日から塾が開かれている身延に来ているんですよ。それで今朝、金哲秀の指紋を入手したのですが、金哲秀は夜中にどっかにふけちゃった（行方不明）んですよ。それで帰って総連を確認しようと思っていたところです」<br />　「えっ！金哲秀の指紋を手に入れた？　実は静岡の清水海上保安部から手に入れた指紋があり、静岡県警が検索システムに入力してある。こいつの名前が伊集院毅なんだよ。ところがこの伊集院という奴が割れなくて困っているんだよ。まさかと思うが…」<br />　北朝鮮の不審船と伊集院毅。爆薬の密輸入と伊集院。爆弾事件の首謀者と世紀塾。世紀塾の塾長＝金哲秀。<br />　影虎の声が弾んだ。<br />　「情報官繋がりましたね…爆発物を押収してあるんだったら金哲秀はその首謀者になりますよね。だったら最低でも爆取（爆発物取締法）でやれるんじゃないですか…」<br />　「おいおい虎さんしっかりしてくれよ。直接証拠となるものがなければ爆取ではやれないだろう」<br />　「静岡県警が手に入れた不審船関係の領収書の指紋があるじゃないですか…それに入手した金哲秀の指紋が一致して、さらに爆発物の指揮書の指紋と一致すればいいんでしょう」<br />　「一致すれば当然だけど…それはそうとして新潟税関の竹内さんから連絡があり、例の梁仙物産の関税法違反に着手したそうだ。そこでベアリングを渡したナマンガニの柄も取ると言っており、アルカイダの解明は警視庁公安にやらせようと手配した」<br />　「分かりました。とにかく私は旅館からふけた金哲秀の確認にこれから東京に帰ります」<br />　<br />　　　　□　　　　□<br />　県警本部二階にある現場鑑識の部屋は午前二時を過ぎたのに天と地がひっくり返るほど大騒ぎになっていた。捜索現場から押収してきた爆弾の検証と指紋の割り出しをしなければならない。しかも爆発物処理班が起爆装置を外して安全を確認してからの作業だ。<br />　「課長！刑事部長からの電話です」<br />　受話器を受け取った鑑識課長の三浦は語尾あげの突慳貪な応対となった。<br />　「なんですか！」<br />　「坂田だよご苦労さん。それでこっちは明日の朝、中華料理店や小坂の自宅など関係カ所にガサをかける。それまでに物の指紋を割り出して照合まで頼みたい。それに…」<br />　坂田は捜索の前に一課長の谷津を怒らせてしまった。今度も三浦課長が怒るかもしれないと遠慮しがちに言った。<br />　「こんな時に申し訳ないんだけど、爆発物の紋を取る時の差し名があるはずなんだよ。誰からか報告を受けているかね」<br />　「聞いてますよ。原口忠明と月見里こと朴基永、猪俣三郎こと崔永男。さらに小坂隊員のですね」<br />　「実はそれにもうひとつあって…沖縄の箱に記者が触ってるんだ。そのため記者の指紋が付いているのでそれを頭にいれてやってほしい。記者の指紋はこっちで預かってるから…」<br />　全部で六箱から指紋を検出しなければならない。当然、徹夜作業となる。さらに計量器なども指紋採取の対象となった。<br />　それぞれ作業に全力をあげている深夜、鑑識課長のところに坂田刑事部長がやってきた。<br />　「ご苦労さん」と挨拶した後、課長室に入って行った。<br />　「これが記者の指紋だ」と言って一片の紙を渡し、朝の打ち合わせを行った。<br />　「朝のガサだが我々が予定しているのは小坂の自宅と実家、ラーメン屋の奴の部屋。それと山梨県甲斐市の月見里義一の勤務先と自宅だ。とりあえず四カ所だが、後日になると思うが進展によっては岩手や静岡など五カ所の自衛隊基地のガサも必要になるかも知れない。ただ、今のままでは令状はおりないがね…」<br />　<br />　指紋の採取を終えた時は空が明るくなっていた。圧力鍋の入った箱とその包装紙、鍋そのもの、計量器などから採取された指紋は全部で十一人分あった。<br />　日本人と韓国や北朝鮮などアジア人に多いとされる渦状紋が五人で、渦の曲線が左右どちらかの下方に流れている蹄状紋四人、日本人に多いと言われている弓状紋二人。<br />　指紋が合致したと言えるのには十二ポイントの共通点がなければならない。これが「合致」して初めて同一人とされ、ポイント数が少なければ「合致状態」、全く比較できる状態でない場合は「不合致」として別人になる。<br />　十一人分の指紋のうち差し名指紋の五人が合致。十二ポイントまではとれない「合致状態」の指紋が四人。「不合致」は二人だった。<br />　このうち、日報の記者を除いた差し名の四人はほぼ全部の箱と包装紙、中に入っているティファール圧力鍋からも採取された指紋と合致した。四人とは爆死した小坂隊員、原口忠明こと辛星一、月見里こと朴基永、猪俣三郎こと崔永男だ。<br />　これとは別に小坂宅から押収した爆破指示書から採取された指紋は二人分だが一人は小坂自身のもの。もう一人の渦状紋は指が太くて、かなりの体格のある者と推定された。<br />　警察庁の検索システムで照合した結果、前日に静岡県警が登録した伊集院毅にヒットしたのだ。<br />　伊集院は北朝鮮の不審船の不正輸入の荷受け人であること。奥州日報から提供のあった松島基地警務隊員の小坂登喜雄のパソコンのメールの交信内容から事件の指揮は世紀塾長であることが浮き彫りになった。<br />　最後に鑑識課長の三浦が注目したのはパチンコ玉の刻印「ＢＧ１」だ。松島基地爆破現場と朝霞駐屯地、それに神奈川の防衛大の現場で発見されたパチンコ玉と照合した結果、未使用で残っていた三基地が一致したが、松島基地の玉は違うばかりか、玉の刻印がバラバラで、寄せ集められた可能性があることが分かった。<br />　この報告を受けた谷津は愕然とした。松島基地で使われたベアリングは爆弾製造工場で作られたものと違うことになるのだ。<br />　しかし、他の二事件が一致したことから谷津は、これまで見送っていた原口忠明こと辛星一の身柄の確保と、居住していた中華料理店の捜索。爆破の担当者と書かれている自衛隊員七人の任意同行に全力あげることを決断した。<br />　良いことは続くものである。星川のところに〝とぼけの徳さん〟から連絡が入った。徳さんの声が弾んでいる。<br />　「課長、繋がりました」<br />　「何がだね」<br />　「原口こと辛星一を雇っていた来々亭の経営者は大阪市出身で、宝海楼の四男坊であることが住民票で確認しました。宝海楼は一九八〇年に宮崎県の青島海岸から北朝鮮に拉致された原敕晃さんが勤めていた中華料理店でした」<br />　「えっ、そうすると辛星一は現在指名手配中の辛光洙と関係あると言うことかね」<br />　この時、警察庁の高石から星川に電話が入った。そしてこう告げた。<br />　「先日お願いしたパチンコ玉購入者の原口忠明の所在確認はできていますよね。まもなく強制に着手の予定ですので頼みます」<br />　星川が徳さんから説明を受けたことを高石にそのまま伝えた。高石は冷静に答えた。<br />　「やはり…そうでしたか…」<br />　「やはりと言うことは、その様な情報が入っていたのですね」<br />　「ある政府筋から関係者が日本に来ているという不確実な情報は入っていた。それが裏付けられたわけだ…これで筋が読めましたね。ありがとう。向こうに伝えておきますので宜しく」<br />　連絡を受けた星川は坂田、石井に署長の千野、捜査一課長の谷津を交えた緊急幹部会議を開いた。宝海楼と来々亭との関係を説明した後、警察庁からの着手に向けた待機命令を報告した。下を向いていた谷津が元気のない声で言い出した。<br />　「中華料理店…困ったことになっちまって…じずは…裏ぐちから逃げられたんで今、追っかけているところでがす」<br />　石井が怒り顔になった。<br />　「ベタ張りとは二十四時間監視。それで逃げられるとは居眠りでもしていたのかね」<br />　「そんたらごと言ったって、公安が俺らに内緒で原口を追っかけていたと言うじゃないのかね。だがらうちは半分手をひいたんだよ。そっちのせぎにんじゃねえのが…押しつけんじねえよ。内緒でコソコソうごいでいるくせに…」<br />　星川は石井にも報告していなかったことを悔やんだ。困っている星川を見た千野が割って入った。<br />　「ここで責任のなすり会いしたってしょうがないでしょう」<br />　谷津は抑え気味に言った。<br />　「あんだがたに言わなかったけど、今、原口の令状とりにやってるがら…もうちょっと待ってけさい」<br />　谷津の報告を聞いて坂田はホッとした。<br />　「分かった。谷津課長には申し訳なかった。それで…失墜した原口の柄はその後も追っているのかね」<br />　「ああやってっから…」</p>

<p>　　　　□　　　□<br />　東名高速で都心に向かっている影虎の携帯が震えた。しかし運転中なのでパーキングかサービスエリアまで無視することとした。十分も走っただろうか海老名サービスエリアに到着した。携帯を見ると相手はＣＩＡのジョンソンからだった。<br />　「暫く…申し訳ない今、車運転中だったので…」<br />　「オー、ミスタータイガー、北朝鮮の金哲秀がきょう帰国するという情報を持っているか？」<br />　突然で驚く影虎。ジョンソンが続ける。<br />　「我々が今、入手した情報によると彼はきょうの成田発十五時十五分のＣＡ９２６便の座席二つを先ほどオンライン予約した」<br />　「分からなかった。今、例の三件の自衛隊爆破と北朝鮮の不審船で彼を追っているが、突然姿を消して困っていたんだ」<br />　「オウ、それはコウツゴウだ。もうひとつの席は誰か分からないが、まだ時間があるので身柄を押さえることをキタイする。グットラック…バアイ」<br />　「サンキューミスタージョン」<br />　電話を切った影虎。<br />　「なんでジョンソンはそんな情報をリアルタイムで入手できるのだろうか…やはり日本の情報収集力なんてプライバシーを優先する余りにＣＩＡの足下にも及ばないんだ」<br />　悲観的になる影虎…時計を見た。午前十時半を回ったところ。そのまま車を停めて国木田に連絡した。<br />　「ある情報筋によると金哲秀はきょうの成田発の航空機を予約していると言います。時間は十五時十五分発のチャイナエアーラインの９２６便です」<br />　「虎さん今どこにいるの？なんでそんな情報が入るの？」<br />　この問いかけにはさすがの影虎も困った。ＣＩＡとの関係は絶対に守らなければならない。それがジョンソンとの約束だからだ。<br />　「それは勘弁して下さいよ」<br />　「分かった。虎さんが『ある筋』と言ったんで聞きたかっただけだよ…聞かないのがこの社会の仁義だものな…」<br />　こう言って国木田は宮城県警が押収した爆破計画の指揮書から指紋が検出されたこと。押収したパソコンの通信記録から爆破指示は世紀塾長だったこと。検出した指紋が静岡県警が登録した不審船の依頼者とヒットしたことから伊集院は金哲秀である可能性が高いと判断。<br />　「本件で金哲秀の逮捕令状を取りたい。しかし、ネット通信記録だけでは金哲秀である確証が極めて弱い。とりあえずは静岡県警の関税法違反で押さえようと思っているんだ。そこで虎さんが入手した指紋が至急必要なんだよ」<br />　「どうすればいいですか？今、東名の海老名なんですが…」<br />　「警視庁に帰って金哲秀の指紋のシステム登録をしてほしいんだ。それと爆破指揮書の指紋が一致すれば令状はおりる」<br />　「分かりました」<br />　こうして影虎は警視庁で指紋登録を行うと同時に静岡県警が登録した伊集院毅の指紋と照合した。見事に一致したのである。<br />　影虎はこの報告のため国木田の部屋を訪れた。ところが難問が起こっていた。<br />　「今静岡県警が令状を持って成田に向かわせた。宮城県警にも連絡したら、『電子メールだけでは令状は出せない』と言われた。指紋を登録してくれたかね？」<br />　「伊集院と一致したので指紋検索システムに登録してあります。宮城県警で照合することも可能です」<br />　「分かった。ところが両県警とも金哲秀の顔が分からない。千葉県警の空港警察隊にも連絡したが顔が良く分からないと言う。そこで虎さんすぐ成田に飛んで身柄の確保に協力してほしいんだ」<br />　「今からですか…」<br />　「時間を調べてある。今は十二時四十分だから東京発十三時三十三分の成田エクスプレス２９号に乗れば十四時二十六分に着く。静岡県警の令状は十四時三分のエクスプレス３１号になってしまう。その時間だと到着は十四時五十三分。もう搭乗している時間なので千葉県警にも協力を要請した。千葉の公安にも要請したが顔を知っているのは少なく、自信がないと言っている」<br />　「分かりました。とりあえず参考のためアルファロメオのＮシステムでの追跡をお願いします」<br />　「番号は何番？」<br />　「品川３７５　や　３５丨×３です」<br />　こうして影虎は成田空港に向かった。</p>

<p>　国木田は警察庁の高石長五郎に金哲秀の指紋を警察庁の指紋検索システムに登録したことを告げた。この連絡を受け、高石は宮城県警に逮捕状を請求するよう指示するため谷津に電話を架けた。<br />　「金哲秀本人の指紋を入手した。検索システムに入れてあるので、爆破指示書の指紋と照合してほしい。一致すれば爆破指示人物が世紀塾長。世紀塾長＝伊集院毅。伊集院＝金哲秀と繋がる。そうなれば令状はおりる。一応、静岡県警は北朝鮮の不審船関係で伊集院毅＝金哲秀として関税法違反の令状を持って成田に向かっている。爆取から殺人に伸ばすにせよ、資料を持っている君のところが舞台だ。別件で柄を取ってからそっちに連行する。それまでに本件で逮捕状をとり再逮捕してほしい」<br />　了解して谷津は電話を切った。そして千野にこう報告した。<br />　「今、察庁から連絡があってキンテツ（金哲秀）は成田から帰国すると言うので成田に向かっているそうだ。もすかすたら原口も成田からではねえのかと思う」<br />　「正式に検挙指示が出たわけね。課長に任せますよ」<br />　こう判断した谷津はとりあえず原口の公文書偽造と入管法の逮捕状を持って小山管理官と捜査一課の鴨志田ら三人で成田に向かわせた。次いで谷津は爆破指揮書の指紋を検索するよう鑑識に依頼しようと電話を架けた。電話に出た鑑識課長の三浦が言った。<br />　「いいタイミングだね。こっちから架けようと思っていたんだ。例の金哲秀（キムチョルス）と世紀塾長の指紋が一致したから…」</p>

<p>　　　　　□　　　　　　　□<br />　製造工場と思われる防空壕から押収した爆弾は、指紋採取の後は爆発物の分析のため千葉県柏市にある警察庁の科学警察研究所に送られた。実際に爆発させる施設もある爆発研究室が担当することになった。<br />　松島の爆発物と朝霞の爆発物は残骸をスプリング８で分析した結果、松島が黒色火薬で朝霞の現場からは軍用高性能爆薬のコンポジションが検出されたという。技官が分析結果表を見てポツリと漏らした。<br />　「松島基地の黒色火薬の中に、『方解石』が混じっている。これは炭酸カルシウムで例えば中国や韓国など大陸の黄砂ではないのかなあ…」<br />　一方、細長い箱の中には上部にニトログリセリンを主剤にしたダイナマイト四本が束ねられていた。四本を束にした筒の下部には装薬が入っていたことから飛翔弾と断定された。<br />　防衛大で使われた飛翔弾と同一だったことから、これらを総合的に見た宮城県警は、同様手段で横須賀基地と岩国基地が爆破される危険性があったのだと断定した。<br />　四個の中に入っていた起爆用携帯は、機種が古く現在は発売されていないフィンランドの『ノキア』と断定された。丸みをおび、小型の携帯として一時期、人気があった。<br />　若い技官同士が話している。<br />　「こんな携帯ってあるんですかね」<br />　「ノキアと言って今は販売していない。本体をアキバ（秋葉原）や外国で買って、国内で売っている料金前払いのプリペイドＳＩＭカードを入れたのだろう」<br />　「今はプリペイドＳＩＭカードを買うのは難しいでしょうね」<br />　「そんなことないよどこでもやっている」<br />　<br />　この分析結果報告を受けた松島東署捜査本部の谷津捜査一課長が頭を抱えてしまった。<br />　千野署長室に入った谷津の顔色が冴えなかった。<br />　「工場にのごっていて押収した爆弾に『松すま基地　小坂登喜雄。それに起爆用携帯番号の０８０・２５４×・××××』と書かれた未使用の鍋爆弾が見つかってるんです。すかも…うぢで使われた爆薬の成分が他の四つとつがうん（違うん）ですよ…さらに玉の種類もつがう…うぢの爆弾には大陸の主に韓国だが『方解石』という黄砂がへえっていたと言うんだ…」<br />　千野は谷津が何を言いたいのか考えた。<br />　「そうすると課長が言っていた『松島基地の爆破事件は一連の事件と違う』ことが分かったわけですね。しかも北朝鮮ではなく韓国と…」<br />　「韓国だとは断定すてねえべさ…でもつがう（違う）って言うことは最初から見てたんださ…」<br />　谷津は悔しそうに言った。それは絞り出すような声だった。<br />　「なんで、いづがん（一丸）となれながったんだかなあ…おら…残念で…」<br />　そして最後にこう言って署長室を出て行った。<br />　「例のキンテツ（金哲秀）の紋と爆破計画書の紋が一致したので爆取で令状を請求すてっから…」<br />　署長室を去る谷津の後ろ姿に、千野はこれまで見たことがない哀愁を感じた。心で呟いた。<br />　「次の人事で仙台中央署など仙台市内の署長になって定年を迎えるはずだ…お疲れ様でした」<br />　刑事というものは、プライドがあればあるほど、完璧さを狙えば狙うほど孤独なのかも知れない丨キャリアの千野は、谷津からもうひとつの刑事論を学んだような気がした。（つづく）</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-01-29T08:28:19+09:00</dc:date>
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<title>防諜その６</title>
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　　流血の逮捕劇　　　　２７　国木田の指示を受けた房木が警察庁の「サイバー犯...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p></p>

<p>　　流血の逮捕劇<br />　　　　２７<br />　国木田の指示を受けた房木が警察庁の「サイバー犯罪対策室」に着いたのは影虎が成田に向かった直後だった。<br />　宮城県警の大久保本部長から「新聞報道されてしまった」という報告と同時に「どうしても割り出せないことがあるので協力してほしい」と言う要望があり、それで房木を呼び出したのだった。浜岡原発爆破計画の捜査だ。<br />　房木は昨年秋に警察庁に設置されたサイバー犯罪対策室を利用することにした。同対策室は警察の技官と民間の技術者で構成され、民間企業や官庁へのサイバー攻撃など総合的なサイバー犯罪に対処するアメリカのＮＣＦＴＡ同様のセクションだ。<br />　対策室に着いた房木は、世紀塾のメールアドレス「ｓｅｉｋｉ・ｈｏｋｅｔｕ××２８丨××」で受信側のＳＭＴＰサーバーに接続した。<br />　通信ログは通信中にサーバーとやり取りした内容を記録するためにある。<br />　「浜岡」「原発」「爆発」の言葉がエシュロン同様に辞書になるのだ。この文字を含むメールの通信ログの取得から始めることにした。ログの保存は三か月から現在は一年に延長されている。<br />　受信側サーバーの通信記録を取るため、アカウントのプロバディの詳細の設定が必要なので「ログ」にチェックを入れエンターを押した。<br />　登録した「浜岡」「原発」「爆発」「爆破」という特定の文字列を含むシステムのみの出力だ。<br />　そこで房木はｑｍａｉ・ｘｍｉのＧｌｏｂａｌ／ＬｏｇＦｉｌｔｅｒに特定文字列の表現を指定した。この表現にログ内のモジュールがマッチした場合のみ出力される仕組みになっているためだ。<br />　その結果、昨年中に三件の通信がピックアップされた。いずれも通信相手のアドレスは同じで、「ｅｎｏｍａｔａｓａｂｕｒｏ１９７４＠ｎｉｆｔｙ」だ。<br />　イノマタ　サブロウが利用しているプロバイダーは、サイバー犯罪の総合対策委員会のメンバーだったことで協力が得られたこともあり抽出のスピードアップができた。<br />　最初の通信文は次のようになっている。昨年八月の通信だ。<br />　「浜岡原子力発電所」のタイトルが付いている。　<br />　&nbsp; 敷地内には一号機から五号機まである。<br />　最も新しい五号機は炭素鋼と鉄筋コンクリート、それにステンレス鋼で覆われており頑丈過ぎる。一方「三号機」は原子炉内部は低合金鋼が使用されており、破壊しやすい。<br />　攻撃ポイント　炉の最低部にはサブレッション・チェンバー（圧力抑制室）があり、その上に低合金鋼で覆われている原子炉圧力容器が鎮座している。三階の最上部に使用済み燃料プール、その部屋の下に使用済み燃料ラックがある。ここが攻撃の的だ。<br />　中には使用済み燃料を搬送するためのクレーンがある。これを有効に活用すること。<br />　方法　黒色火薬のダイナマイトを五本束ねる。時限式のタイマーをセットしたダイナマイトを可動式クレーンを利用して燃料プールに設置すること。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　実行班へ<br />　その数日後の二通話目からは会話式になっている。<br />　『浜岡などの原発の警備が厳しくなっている。次の使用済み燃料搬出日を早く入手せよ』<br />　『浜岡の件、了解しました』<br />　『実行犯の孫請けの人物は信用できるのか。少しでも不審を感じたら即、中止せよ。爆発物の安全管理を怠るな』<br />　そして最後の通信は十月十五日。<br />　『分かった。お前を信じる。爆破時期はお前に任せる』<br />　片方の通話しか拾えなかったのは辞書となる検索文字の入力によるものだ。房木は国木田にこう連絡した。<br />　「世紀塾の通信相手が分かりました。漢字は分かりませんが、イノマタサブロウという人物が関係者の中にいますか？」<br />　「えっ、分かったの。房木さんありがとう。事件関係者とみられる人物に猪俣三郎という日本名の男がいます。防衛大の飛翔弾事件の関係者とみられる男です」<br />　「ではイノマタ　サブロウのアドレスのその先の通話相手を割り出しましょう」<br />　「それができれば完璧ですね」<br />　房木は世紀塾と同じ手続きで問い合わせた結果、これもまた見事にヒットした。<br />　『爆破の道具は受け取りました。こちらからは原発の計画表は郵送しました。我が社の担当は今年の秋までありません』<br />　これに対してイノマタ　サブロウの応答は拾えなかった。<br />　「情報官分かりましたよ。相手はＳｕｒｕｇａ・ｎａｍｕｃｈｉｏｒｕ＠ｎｉｆｔｙ，ｃｏｍです。問題はスルガとは駿河湾のなのか企業名なのか…それにナムチョルは人の名前なのかは分かりません」<br />　房木はこう付け加えた。<br />　「これでネットで原発爆破を予告するうわさが流れているという情報は本当だったのですね」<br />　影虎の情報と繋がった。<br />　「スルガのナムチョル」は影虎が割り出した「駿河興業」で「ナムチョル」は李南哲だ。原発爆破は次のような構図になる。<br />　金哲秀の爆破司令丨猪俣三郎こと崔永男丨駿河興業の李南哲。<br />　「なぜこれをエシュロンでは拾えなかったのか？」<br />　国木田は疑問に思ったのだが、影虎のこんな会話を思い出した。<br />　「面白い話があるんですよ。昨年の八月だったかな、ダイナマイトとか爆破の文言が出てくる通信があったのですが、タイトルは浜岡原子力発電所なのでＣＩＡに緊張が走ったが、良くみるとその前に『面白い小説が書けるぞ。例えば原発爆破事件だ。自信はあるか』だったので無視しています」<br />　この言葉が国木田の心の隅からどうしても消えなかった。そして今、房木の当時の情報と合わせてその謎が解けた。国木田が自信を持った瞬間だった。<br />　「よしこれで事件の構図ができた」</p>

<p>　　　□　　　　□<br />　谷津の卓上電話が鳴った。午後一時を過ぎていた。群馬県桐生市に行っていた鴇田からだった。<br />　「課長、確認とれました。やはり当日、桐生市に行っていたのは月見里に間違いありません」<br />　繋がっていた糸がプツリと切れた。もう谷津の頭は最悪の状態にあった。<br />　「課長！電話が入っています」<br />　「今話してるんだから待て！」<br />　課長を呼ぶ声が谷津の頭の中でジャミングしている。「課長」「令状をとれ」「犯人じゃない」…いろんな人物の声が錯綜する。<br />　「課長っ！一条さんからの電話ですよ。至急と言っています」<br />　この呼び声でハッと我に返った谷津。鴇田にこう指示した。<br />　「捜査態勢の見直しになるな～それでな、すもん（指紋）の照合などの結果、うぢで金哲秀とか言う奴を逮捕することになった。ところが例の原口に裏口ぐちから逃げられてしまって困ってるんだ」<br />　力のない声が続く。<br />　「ほんで…ホス（犯人）あげなくちゃどうしようもねえんで月見里（朴基永）のほうの解明をそのままやってもらえてえんでがす」<br />　鴇田の電話を切った谷津。今度は一条からだと言う。爆破指示書と金哲秀の指紋が一致したことから一条は朝霞と防衛大事件の爆発物取締法違反で教唆、煽動、共謀した公共危険罪で逮捕状取得のため仙台地裁に行っていた。<br />　「課長、一条です。金哲秀の逮捕状がおりました。どうしましょうか」<br />　「今午後の一時前だがこの時間では成田空港にいぐのはとても間に合わない。とりあえず奴は静岡県警が柄とってから、うぢに連れてきて再逮捕の形になるべ…だがらあがってこいや」<br />　「原口忠明はどうなりましたか？」<br />　「店のおやずをぶっただいたら原口は北朝鮮国籍の辛星一にまづがいないと言っている。だがら北朝鮮に逃げられっと困るんで、あだるかあだらないかわがんないけど成田には管理官の小山君と鴨志田君と今井の三人を出してるんだ」<br />　「私はどうすれば…」<br />　「こっつに引き揚げてくれ。こっつで再逮捕すっから…」<br />　一条は興奮を抑えながら言った。公安的な事件の見方である。<br />　「課長ね、ハラグチ　タダアキはグチをとると例の北朝鮮に拉致された原敕晁になるんですよ。そうすると辛星一はその時の犯人で日本が指名手配している辛光洙関係者になると思うのですが…」<br />　一条は事件の筋がみえるとしてひとつの見方を谷津長に報告したのだが、一つ一つの証拠積み上げだけという刑事手法の谷津にはどうでもいい。とにかく今は身柄を取ることだけが頭の中にあった。<br />　「わがった。もういい」<br />　一条は県警の公安が既に動いていると知らされていなかった。それが解明できれば、辛はなんで石巻市の中華料理店に来た目的が分かり、背景には何があるのか丨という謎が解けるばかりでなく、組織の実態が解明できる可能性が高くなると睨んでいたのだが…<br />　電話が切れた後で一条は「これは星川に報告しておくべきだった」と反省した。<br />　　　２８<br />　千葉県警に手配してあった品川や３５丨×３の金哲秀が乗ったアルファロメオが十二時十七分に成田空港出口でヒットした。ＮＳＣの要請で張り込んでいた千葉県警外事課の係長で警部の石川淳一ら十二人は直ちに配置に付いた。<br />　空港中央ビルの正面、入り口を入り左に折れると南ウイング。北京行きの搭乗口はこの南ウイング四階の一番はずれの第四サテライトの四十四番ゲート。<br />　中央ビル入り口に石川ら二人。南ウイングの第三サテライトから第四サテライトまでの廊下に警部補ら二人。第四サテライト一階から四階へのエレベーターは四機あり、二人づつ配置に付いた。十二人は背広に隠せる小型の携帯無線機を所持している。<br />　午後零時二十四分、Ｎヒットから七分後に中央ビル前の車寄せに濃紺のアルファロメオが滑り込んだ。後部の左ドアが開き、身長は百八十㌢を超える男が降りた。<br />　巡査部長が石川にささやいた。<br />　「係長、あの男でいいんですかねえ」<br />　「Ｎヒットのアルファロメオから降りた男で人相もプロレスラーに似ているというからあの男に間違いないだろう」<br />　顎がしゃくれて確かにあの有名なプロレスラーに似ている。運転席から降りた男が後部トランクから青いキャリーバッグを取り出して大男に渡した。特大のキャリーバッグだ。この光景を見ていた石川が右の親指を立てた。<br />　直近の第三サテライトの手前で見ていた私服が同様にして次の組に合図を送り、エレベーター前の八人にも「マルタイ」到着の合図が送られた。<br />　運転手はそのまま帰り、大男の金哲秀が悠然とサテライトを進む。行き止まりの第四サテライトの手前にあるエレベーターに乗った。待機していた刑事二人がさりげなく乗り込んだ。<br />　金が四階でエレベーターを降りた。<br />　「まだ出発まで時間があるのに早すぎる…出国手続きを済ませるつもりかな…」<br />　と思っていたら男はロビーの北側のヨーロピアンカフェに入った。ここは制限区域である。この時、石川らが全て四階に集結した。石川が無線で連絡し東京から来る影虎に現在のポジションを伝えるよう手配した。<br />　この段階で石川と空港署の警備課長ら四人がレストランの外や店内で見張ることになった。<br />　約十五分が経過した。今度はグレーのキュリーバッグを手にした四十歳代の男が一人で店内に入って来た。<br />　その男が金哲秀の席に座った。金哲秀に最も近い巡査部長が耳を澄ました。<br />　朝鮮語なのだろうか、巡査部長には何を言っているのか全く分からない。<br />　その男が到着して五、六分後に、三人の男を空港署の巡査が案内してきた。店の外で張り込んでいた外事課係長の石川警部に耳打ちした。<br />　「宮城県警捜査一課管理官の小山さんです」<br />　石川は挨拶後に店内の男を指さした。<br />　「ご苦労様です。我々も今、現任したばかりですが、あの男に間違いないですか」<br />　プロレスラーに似た大男の前に座っている男。それは原口忠明こと辛星一に間違いなかった。<br />　「間違いありませ…ああ良かった…なにしろ今朝から見失っていたものですから…」<br />　<br />　影虎が日暮里からスカイライナーで成田空港駅に着いたのは午後二時二十六分。フライトまで一時間弱だから搭乗手続きが始まっている時刻である。第二ターミナルビルの駅から地上に出て、南ウイングの建物内にある交番まで走った。<br />　「東京ＮＳＣの明智ですが…遅くなりました」<br />　息切れしている影虎に交番の奥にいた長さん（巡査部長）が飛び出してきた。<br />　「お待ちしておりました」<br />　「奴は到着しているという情報が入っていますか？」<br />　「一時間半ほど前に着いているようです。先ほど、二人で食事を終えたという情報が流れました」<br />　「えっ二人？」<br />　「情報によるともう一人は仙台から来た男だそうです」<br />　「合流したいのですが、現在地はどこですかね」<br />　「搭乗ゲートが四十四番なので第四サテライトです。急いで下さい。もう搭乗手続きに入っている時間です」<br />　長さんは空港警備隊の制服を着た若い巡査長に案内するよう指示した。対象者が既に出国審査を通過した場合にフリーで通過できる空港警備隊の制服が便利だ。<br />　<br />　カフェを出た後、二人の男は信州そば店で昼食を済ませ、出国手続きの後、登場ゲートに向かって歩き出した。石川ら四人が遠巻きにしながら追尾した。面割り（顔の確認）で東京から向かっている影虎がまだ着いていない。最終確認ができていないのだ。<br />　石川が腕時計を見た。午後二時五十一分。丁度その時、空港警備隊の制服の巡査に連れられて一人の男が近づいて来た。その姿を見た鴨志田が石川の背中を叩き「東京の明智さんだ」とささやいた。<br />　石川らに近づく影虎。荷物を預けてゲートに向かう金哲秀。到着したばかりの影虎に石川が言った。<br />　「あの男でいいですか？」<br />　影虎が息切れしている。<br />　「あれで間違いありません」<br />　影虎がそう答えた時だった。石川が指示した。<br />　「はいっ身柄の確保！」<br />　無線を傍受した四人がす～っと二人を取り囲む。石川が二人にこう告げた。<br />　「警察ですが…ちょっとお聞きしたいことがありますのでこちらにどうぞ」<br />　ゲートを入ったところに入国管理局が事情を聴取する際に使う部屋がある。入管とは打ち合わせ済みだ。部屋に案内された二人が怒りだした。<br />　「なんの容疑だ。オレらはこれから共和国に帰るんだ。無礼な！これは国際問題になるぞ」<br />　今度は鴨志田が原口に向かって言った。<br />　「我々はあなたを爆発物取締法違反などの容疑で逮捕します」<br />　鴨志田が手錠を取り出した。<br />　「はい、只間の時間は午後三時一分」<br />　この時だった金哲秀が大声で叫んだ。<br />　「なんだと！何の証拠があって捕まえるんだ！俺は関係ない」<br />　もう出発の時間になっている。航空会社のグランドスタッフがやって来た。<br />　「どうかしましたか？」<br />　出口に向かう金哲秀。スタッフの声を無視した影虎。<br />　「爆薬密輸入の漁船をチャーターした時の申し込み書の指紋とお前の指紋が一致しているんだ。このまま帰すわけにはいかないんだよ」<br />　これを聞いた金哲秀が暴れ出した。<br />　「無礼なこと言うな！令状もないのになんで俺を捕まえるんだ」<br />　こう叫ぶと同時に取り囲んだ刑事たちに蹴りを入れてきた。空振りすると二発目の蹴りが千葉県警の若い刑事の向う脛に当たった。とにかくレスラー並に大きく肉付きも多い…押さえようと制服の警察官二人が男の両足にタックルした。<br />　さらに背後から石川が羽交い締めにするため男の背中に飛びつこうとした時、払いのけようとした金哲秀の右肘が石川の顔面を捉えた。唇を切った石川…流血の修羅場となってしまった。<br />　この光景を見た影虎が金哲秀の正面に回り込んだ。金哲秀が左拳を上にファイデングの構えを見せたその時、「や、ややる気かあ」と叫びながら。影虎は金哲秀の懐に飛び込み、右の鉄拳が鳩尾を捉えた。<br />　うずくまる金哲秀…<br />　「て、てめえみたいな、く、く、屑やろうは俺はゆるせねえんだよ。日本をな、なめるんじゃねえ…」<br />　金哲秀の右腕を掴み、ひねりあげて関節技で地面にねじ伏せた。石川がハンカチで口元を押さえながら叫んだ。<br />　「早く、手錠を打て！公務執行妨害の現行犯逮捕だ」<br />　こうして金哲秀と原口忠明の二人に手錠がかけられた。既にセキュリティーチェック済ませた他の客の搭乗も終了。搭乗口のハッチを閉めるため二人を迎えに来た航空会社の女性グランドスタッフが遠巻きにして見ている。影虎が制服の空港署員とそのスタッフに言った。<br />　「先ほど預けたこの二人の荷物を機内から取り戻せ」<br />　スタッフは署員を伴って荷物を取りに向かった。<br />　二人の身柄が空港署に到着するとほぼ同時に、静岡県警の令状を持った捜査員の二人が到着した。影虎は国木田に第一報を入れた。<br />　「金哲秀の柄を押さえました。ただゲート内で連行しようとしたら暴れだして一人が顔にケガをしたため、野郎に一発見舞ってやりましたよ」<br />　「出たな」と国木田は笑っている。<br />　「静岡が間に合わなかったのでとりあえず公妨（公務執行妨害）で逮捕しました。直後に令状が来たので再逮捕しました」<br />　「了解。宮城でも令状がおりたと言うので柄を捜査本部に移送して向こうでの執行となりそうです」<br />　「総連のガサは警視庁でやるでしょう」<br />　「当然、そうなるだろう。宮城県警と警視庁と打ち合わせして時間を決めることにする」<br />　成田空港署での弁録（弁解録取書）には影虎も立ち会った。</p>

<p>　　　　□　　　　　　□<br />　管理官の小山が逮捕報告のため松島東署捜査本部の谷津課長に電話を架けた。<br />　「小山ですが課長いる？」<br />　電話に出たのは金哲秀の逮捕状を取って帰ってきたばかりの一条だった。<br />　「それがですね…いないんですよ…ついでで申し訳ありませんが金哲秀の令状おりましたので…」<br />　「いないってどういうこと？星川課長に代わって」<br />　電話に出た星川に小山が聞いた。普段はあまり言葉を交わさない二人だが谷津がいないのではしかたがなかった。<br />　「身柄は二人とも確保しました。これから連行しますが、留置をどこにしますか…」<br />　「金哲秀は仙台中央、辛はとりあえずこちらに連れて来て…」<br />　極めて機械的な会話だった。<br />　「ところで谷津課長はどうしたんですか？」<br />　「知らんよ」<br />　素っ気ない回答だ。星川は今回の事件を「組織、思想的な犯罪」を主張。谷津は「被害者個人を狙ったもの」と対立しており、その凝りが残っているのだと小山は思った。小山はもう一度、一条に変わるよう頼んだ。<br />　「谷津課長はどうしたんだよ」<br />　「昼過ぎから実行役の自衛隊員の身柄確保を要請していた各県警や派遣した捜査員から次々に『所在不明』の連絡が入り、その対応をしていました」<br />　「報告にでも行ったのかなあ」<br />　「いや…午後一時半過ぎだったと思うんですが…『俺、めす喰ってくるから…』と言って出て行ったきり帰ってこないんです」<br />　「この前、目眩がしたと言っていたが体調が悪いんと違うかなあ…分かった」<br />　小山は谷津課長の体調を案じながら電話を切った。午後四時を過ぎた時、刑事部長が現れた。<br />　「課長はどうした？」<br />　若いお茶汲みをしていた巡査が答えた。<br />　「それが…昼過ぎに出て行ったきり帰ってこないんです…」<br />　困った表情の坂田憲男…一条が坂田に近づいた。<br />　「部長、成田の小山管理官から二人の身柄確保の連絡がありました。留置先は星川課長が指示されていました」<br />　「そうか…確保したのか…」<br />　星川は坂田をチラッと見たものの、小山からの電話内容を報告をする様子すらなかった。<br />　坂田は身柄確保の報告を受けて署長室に下りて行った。<br />　「署長、成田で二人の柄を確保したらしいぞ。ところで谷津課長が席にいないのだが、知っているかね？」<br />　「いえ知りませんでした…どうしたんでしょうか…ただ、最近、ちょっとあの方、精彩を欠いているんですよね…身体が悪いんじゃないですかねえ」<br />　「どんなことなんだね」<br />　「先日、部屋にふらりと入って来て、松島基地の爆破事件は一連の事件と違うんじゃないかなあと言ってふさぎ込んでいましたし、部長から新聞報道の話を聞いた時なんかは電話機をたたき割ったんです。その後、目眩がして具合が悪いと言ってソファーにひっくりかえったと聞いています」<br />　「精神的に不安定になってるんじゃないのかな…」<br />　そんな話をして二人は別れた。<br />　午後七時を過ぎていた。捜査本部にいる坂田が食事をしようと思っていた時、谷津が青い顔をして本部にふらりと現れた。<br />　「どうした！谷津君…顔色が悪いぞ。なんだったら休めよ。原口も成田で柄を取ったし、金哲秀も逮捕してこっちに向かっている」<br />　「…　…　…　…　…　…　…」<br />　冴えない顔をしてへたへたとソファーに座り込んだ。何を聞いても黙ったままだ。<br />　　　　　□　　　□<br />　宮城県警からの連絡で警視庁公安部外事二課が北区王子の元在日朝鮮人総連合会、今は東京朝鮮商工総連合会、通称〝東京総連〟に家宅捜索に入ったのは午後六時を過ぎていた。<br />　外事二課員男女合わせて二十五人の捜索員は第九機動隊に守られて建物内に入って行った。九機は大空に高く羽ばたく若鷲の如く突き進むことから「疾風の九機」と言われ六〇年安保当時から一般市民にも有名な部隊だ。<br />　商工連合は四階建てのビル。一階は北朝鮮のＰＲ関係の部屋で、同国の物産が売られており、日本人も自由に出入りが可能だ。<br />　二階は日本国内の総連関係のパチンコ業界を仕切る営業部が入っている。三階は北朝鮮との貿易関係会社の総元締めだと言う。四階に第三委員会なるものがあって通常は関係者以外、立ち入りができないフロアだ。噂では対日工作の特務機関だと言われているが定かではない。<br />　今回の逮捕者はその第三委員会の最高幹部。警視庁の四階の家宅捜索は総連が東京総連になって初めてのガサとなった。<br />　部屋は一フロアをフルに活用した大部屋になっており、ロッカーや耐火金庫がやたらと多い。廊下側は入り口を除き、全て壁になっている。しかも入り口のドアは鉄製だ。一階に詰めている日本人ガードマンが四階まで案内してくれた。中で監視カメラを見ていたのかエレベーターを降りると鉄製のドアが開けられた。<br />　公安部管理官の沖田警視が捜索令状を示して言った。<br />　「只今から爆発物取締法違反容疑でこの部屋を家宅捜索します。全員が立って壁際に移動して下さい」<br />　職員は捜索を阻止しようと〝人間バリケート〟で抵抗しようとした。後方に待機していた九機の隊員が駆けつけてもみ合いになったものの強制排除された。<br />　幹部は朝鮮語で事務員たちに家宅捜索について説明している。金哲秀の部屋は東側の窓際にあり、磨りガラスのドアと衝立で仕切られていた。壁には全身大の金正恩第一総書記の写真が飾られている。<br />　部屋には女性が案内。眼鏡をかけ縦のストライブの入ったダブルの背広を着た男が立ち会った。どうやら、このフロアの責任者のようだ。着手宣言の前に沖田が捜査員に指示を出した。<br />　「銀行の通帳と出入金の帳簿関係は見逃さないように…」<br />　捜索はロッカーや金庫の中は勿論、壁にかけてあった金正恩第一書記や金正日など元幹部の集合写真の額の裏まで徹底された。国税の査察なみの徹底だった。<br />　ひとつのロッカーには日本の陸・海・空の各自衛隊の基地の地図と保有する航空機と台数。中には基地の航空写真もあった。それに隊員数から装備機器、その性能までの資料が厚さ十㌢もあるファイル五冊にまとめられていた。<br />　さらに在日米軍の迎撃航空機やオスプレイなどの航空機数、詳細な兵器の種類とその特徴。日本国内の主な原子力発電所の正確な図面。首相から各大臣までの住所、使用している公用車の車両ナンバーまでがファイルされていた。<br />　中でも今回爆破計画が明らかになった浜岡原発に関する資料は図面だけでなく出入り業者名と担当者名から孫請け業者に至までの詳細な情報が別ファイルになっていた。<br />　今回の捜索では、浜岡原発の爆破計画の裏付け資料の押収が大きな柱にあげられており、これら資料の発見で事件立件に向けて大きな山場を迎えたことになった。<br />　このほか、爆破計画を指揮したとされる金哲秀の通信記録の入ったパソコンも押収の対象となっていた。しかし、データが全て削除されていたため警視庁サイバー犯罪対策室に出動を要請。復元作業に入った。<br />　押収資料の中には警視庁が摘発した潜水艦に関わる機密漏洩事件の資料も含まれていた。日米秘密保護法の「特別防衛秘密」に該当する情報まで漏れていたことも分かり、我が国の機密保持の脆弱さが露呈。捜索指揮官の沖田が愕然とした。<br />　特に軍事機密は国の存亡にも関わる問題。我が国でも二〇〇七（平成十九）年には法改正までして、罰則も強化している。<br />　「それなのに、どうしてこんな資料まで漏洩するのか？これでは日本の防諜はお粗末過ぎる」<br />　それだけでは治まらなかった。立会人に金庫のひとつを開けさせた女性捜査員が大声をあげた。<br />　「管理官！こんなに預金通帳がありますよ。しかも全部名前が違う…さらに、遺族年金受給者名簿まで…」<br />　「通帳は何通ぐらいあるんだ」<br />　「出納帳五冊と通帳は七十二通あります」<br />　「七十二通？」<br />　沖田と係長が駆けよった。名簿を手にした係長が言った。<br />　「これさあ、ほとんど名義人が違うよなあ…かなり古いものもある。振り込め詐欺用の口座と違うか？そしてこの名簿も振り込め詐欺のリストだったりして…」<br />　女性捜査員が首を傾げている。<br />　「中国とか韓国人が振り込め詐欺に関与していることは良く聞きますよね。北朝鮮もですかあ…」<br />　各預金通帳の出入金の流れと出納帳を見ていた沖田が意を決したように言った。<br />　「よしマネーロンダリングの意味でもこれを押収して徹底して調べる。地下銀行に繋がるかも知れない」<br />　見ていた立会人が朝鮮語でわめくと、壁際にいた職員が駆けよってきた。それを確認した立会人が日本語になった。<br />　「やめて下さい。これはあなた方には関係ないでしょう。これを持って行ったら国際問題になりますよ。共和国が許しません」<br />　沖田は九機隊員を呼んで男たちを壁際に押さえ込んだ。<br />　こうして商工連合の捜索が終了したのは午後十時をゆうに過ぎていた。<br />　同時に進められていた金哲秀使用パソコンのデータ復元作業は警視庁サイバー犯罪対策室によって成功し、爆破事件の指揮命令は金哲秀のパソコンから出されていたという証拠を発見した。<br />　この金哲秀のパソコンの復元によって浜岡原発爆破司令の流れとなる金哲秀丨猪俣三郎こと崔永男丨駿河興業の李南哲の一本の線が完璧に裏付けされたことになった。</p>

<p>　　　　　　　２９<br />　ジョンソンの情報で爆破事件の首謀者を間一髪で逮捕できた影虎。どうも気になっていることがあった。それはあの丹東交易、新山治こと尹日好の品川のマンション前に止まっていた白いレクサスの品川５００　な　××丨７８だ。そのレクサスは千代田区麹町の金哲秀のマンションでも見た。<br />　影虎は東京陸運局に所有者照会した結果、東京品川区内のカーリース会社「オリックス品川」と分かった。カーリースは客が乗りたい車を選びリース会社がその車を購入して決められた金額と期間で貸し出すというもの。自身の分割購入と比べて保険料や税金が賃料に含まれるため安価と言われている。<br />　白いレクサスの品川５００　な　××丨７８を約三年間にわたり借りたのは趙自成（チョ・ジソン）で韓国人だと言う。三年前に韓国発行の国際運転免許証を持って来日。半年後に日本の運転免許証を取得したもので、リースの際の免許証のコピーが添付されていた。ところが一昨日、突然、解約したと言う。<br />　従業員の話によると、三年前に借りに来て七年間のリースで代金は月々九万九千八百五十円だった。影虎が聞いた。<br />　「その車は現在どこにありますか？」<br />　「裏の駐車場にあります。車内の清掃と整備点検はもう始まっているかも知れませんが…」<br />　車内清掃が行われれば遺留品等は全て失うことになる。<br />　「その清掃作業をストップさせて下さい」<br />　影虎の声はほとんど絶叫だった。従業員は怪訝な顔をしながら質問してきた。<br />　「何か問題はあったのでしょうか？」<br />　「そのまま。そのままの状態で私が借りたいのですが…」<br />　影虎は従業員に案内されて裏の駐車場へ急いだ。白いレクサスはドアが開けられ、まさに清掃が始まろうとしていた。<br />　「ちょっと待って下さい」<br />　影虎が必死にお願いする。<br />　「そんなことを言われても我々は時間で仕事をしていますから…」<br />　どうしても待って貰えない。理由も言わないのでは当然だろうと影虎は思った。「やむを得ない」と判断した影虎は従業員と作業員に警察手帳を示した。<br />　「警視庁公安部です。この車はわけがあって調べなければならないのです。捜索令状を取るつもりです。ですから、令状がおりるまで待っていただきたい」<br />　影虎の説明を聞いた従業員は納得。作業は中止された。<br />　影虎は捜索令状を得る手続きを国木田に要請するとともに、趙自成の所在を確認するため添付された免許証に記載されている住所地、渋谷区恵比寿南二丁目××番地に行くことにした。<br />　それは陸上自衛隊目黒駐屯地前にあった。マンション名は「エビスパークハイツ」二〇五号室だ。エントランスには守衛室があり、ガードマンが常駐していた。<br />　「私は二〇五号室の趙自成さんの友人ですが、きょうはいらっしゃいますかね」<br />　ガードマンは入居者名を確認することなく答えた。<br />　「趙自成さんは一昨日、突然、本国である韓国に帰ってしまいました」<br />　<br />　影虎の懸念が的中した。今、午後四時過ぎ…影虎はこの足で西麻布のセントラルビルの地下一階にあるレッドローズを訪れた。例によってジョンソンは開店準備に追われていた。<br />　「ミスタータイガー、本日はなんですか？」<br />　「先日はお陰様で成田から出国直前に逮捕できました。ありがとうございました」<br />　日本流に直立不動から四十五度に身体を折り曲げて礼を述べた。影虎の大げさな行為にジョンソンは笑っている。<br />　「オーノー…やめなさーい。それで本日はなんですか？」<br />　「韓国人の趙自成という人物を知っているかね？」<br />　「ついにそこまで行き着いたか…」<br />　ジョンソンはそう言って真剣な表情になった。<br />　「この情報はタイガーオンリーだからね」<br />　「いつもいつも申し訳ない」<br />　「彼は、韓国のＡｇｅｎｃｙ　ｆｏｒ　Ｎａｔｉｏｎａｌ　Ｓｅｃｕｒｉｔｙ　Ｐｌａｎｎｉｎｇ、つまりＡＮＳＰ（大韓民国国家情報院）の工作員だよ。何度もわたしの組織と接触している。彼が日本に来たのは今回が初めてだと思うよ。何か問題あったのか？」<br />　影虎は、張り込み先での二度の目撃を含めてこれまでの経緯を説明した。<br />　「この前、言っただろう。ノースコリアが内部から攪乱する戦略をとるように変化したと…その時に韓国の国会議員がノースコリアの工作員の言いなりになって地下組織を結成したとして逮捕された。事件はその延長上にあるんだ」<br />　ジョンソンはさらに続けた。<br />　「サウスコリア、韓国と日本が尖閣問題で揺れている時に趙自成が日本に来た。ノースコリアの工作員が狙っている米・日・韓の軍事計画の入手を潰すためが目的だと聞いている」<br />　ジョンソンの説明に熱がこもる。<br />　「前に言ったが、国防部の特使が在日韓国大使館に派遣されていると…」<br />　「聞いている。白敬一（パク・ギョンイル）だろう。ユゥミンこと李銀姫（イ・ウンヒ）という女の色仕掛けに遭った」<br />　「良く調べてあるが、女は北朝鮮のハニートラップだよ。白敬一は彼女に完全に取り込まれてしまったんだよ」<br />　ハニートラップとは女性の諜報員で性的な関係を持って対象者を取り込むのだ。<br />　「その女は麻布のハニーナイト六本木のホステスと違うか？」<br />　ジョンソンが驚いた。<br />　「その通りだ」<br />　「そのクラブに潜入捜査したときユゥミンと白敬一の仲を知ったんだが、女の名前が確か…李銀姫と言って韓国のヴォーカル歌手と同姓同名と聞いていたんだ」<br />　「そう名乗っていたんだが実際は北朝鮮の工作員だ。世田谷のマンションの裏金は白敬一だよ。それで名前も韓国人の歌手をパクったんだ」<br />　「それと趙自成とはどう関係するんだ」<br />　「ミスタータイガー…代償は高いぞ」<br />　ジョンソンはそう言ってからさらに説明を始めた。<br />　「そのハニートラップの情報を集約して本国と連絡を取っていたのが朴基永と崔永男だ。本国からの連絡はラジオの短波放送を利用していたので我々も傍受した」<br />　そしてジョンソンから興味深い言葉が飛び出した。<br />　「我々は崔永男と朴基永の殺人事件は趙自成の犯行と見ている。本国に連絡する通信を傍受しているからだ」<br />　影虎は頭を一撃されたようなショックを受けた。<br />　そうなると、影虎はジョンソンの話を裏付けるためにはどうしてもレクサスを押収してカーナビのデータを解析して趙自成の国内での行動を調べる必要があると決意。差押え令状を待つことにした。<br />　カーナビは現在の走行場所だけでなく目的地に案内してくれる。その記録が残ることは余り知られていない。<br />　影虎がレッドローズでフロアレディたちと談笑して店を出たのが午後七時を過ぎていた。<br />　店を出る時、道の左右を確認した。これから影虎が向かおうとしている道の反対側に不審な男の動きを感じた。<br />　これまで影虎を尾行しているのか後ろをついて来るように感じたことは何度かあった。しかし、こうもあからさまに見張られたのは初めてだ。<br />　影虎が向かっているのは地下鉄日比谷線の六本木駅だ。西麻布と言っても繁華街というよりは長谷寺などの寺院が多く、人通りの少ない通りだ。長谷寺の西側の庭園を過ぎた寺院入り口付近に差しかかった時だった。後ろを付けて来た男がいきなり影虎を追い越した。<br />　身の危険を感じた影虎は、右足の脛に巻き付けているホルスターから伸縮する特殊警棒を抜いた。その時、男は右手にナイフ様の物を持って突進してきた。影虎が特殊警棒を一振りして長く伸ばし、ナイフを持った男の右手の甲に剣道の「小手」のように一撃した。バシッと言う鈍い音がして刃物がたたき落とされ、同時に男が膝を折って路上にうずくまった。<br />　普通は刃物をたたくのだが影虎は、それでは治まらない。相手にダメージを与えるため、敢えて手の甲を一撃した。<br />　影虎は制服時代を思い出した。「悪は必要ない。殺してもいい」丨うずくまる男の顔面目がけて、今度は右足で蹴りを入れた。グアッ。何とも言えない悲鳴とともに男は路上に仰向けに倒れた。<br />　影虎の蹴りが鼻を捉えたらしく顔面が血だらけだ。のたうち回る男。手で顔の血を払ったその時、あの独特の金の総入れ歯が不気味に光った。その男はまぎれもなく、「アラブの黒豹」ことイスム・ムハンマドだ。<br />　情報では茨城県の日立市の運送業に勤めていることになっている。日立市は日本で初めて原子炉が設置され、現在も日本原子力研究開発機構など原子力関係施設が所在していることから「要注意」人物の一人とされていた。<br />　その重要人物が、今、なぜ？この場で自分を狙うのか影虎は理解に苦しんだ。<br />　「お、おい、誰に、た、頼まれたんだよ」<br />　どもる影虎。何度か足で腹を蹴るが、その度に電気ショックが走ったようにピクリとするが無言である。<br />　「長居は無用」丨影虎は最後にイスムの右足の脛を警棒で叩き付け、歩けないようにして六本木の駅に向かおうとした。時間にして数十秒という速攻だったが、誰が通報したのかパトカーが二台到着した。<br />　「君！待ちなさい」<br />　制服の警察官が影虎の後ろを追いかけて来て腕を掴んだ。もう一人の警察官も駆けつけて影虎は両腕を捕まれた。<br />　「相手はケガをしている。何を使ったんだ！君を傷害容疑で現行犯逮捕する」<br />　階級章を見ると警部補と巡査長のようだ。影虎の身体に胸から下に触りながら身体捜検を始めた。凶器を捜している。影虎がドスの効いた声で言った。<br />　「良く見ろよ。あいつの横にナイフが落ちていたろう。ナイフで俺が襲われたんだ。捕まえるなら殺人未遂であいつを捕まえろ」<br />　右足のズボンの裏に何かを発見した。<br />　「動くな！」<br />　取り出したのが特殊警棒。<br />　「はい、軽犯罪法違反容疑であなたを逮捕します」<br />　警棒の所持そのものは違反でないが、一般人が持ち歩くと軽犯罪法第一条に違反する。「正当な理由なくして…他人の生命を害しまたは身体に重大な害を与えるのに使用する…」物の携帯を禁じているのだ。<br />　「馬鹿野郎」と怒鳴りたかったが、説明しようとしても制服は昂奮しているのと集まった野次馬の前で警察手帳は出したくなかった。<br />　パトカーの後部座席で二人の制服に両腕を取られた影虎。麻布警察署に入と、警部補がリモコン（警察無線端末）席にいた当直主任に聞いた。<br />　「奥（奥の調べ室）空いている？」<br />　「関係者は一人か？」<br />　影虎に近づく主任。影虎を見た瞬間、驚きの声をあげた。<br />　「虎さんじゃないですか。どうして…」<br />　連行する警察官を見て<br />　「おいお前ら手を離しなさい。この人を誰だと思ってるんだ…」<br />　「おう、永ちゃんじゃないか。ここにいるのか…」<br />　「ご無沙汰しています」<br />　二人の制服が影虎から離れた。永ちゃんこと永田大介。永田の永をとり「えいちゃん」と呼ばれている。影虎の二年後輩だ。連行した二人の制服が固まっている。影虎が二人を見ながら言った。<br />　「いやあ、悪かったな…一般人もいたし…それで（手帳）出せなかったんだ。あいつはアルカイダの工作員なので公安と連絡をとって扱えよ」<br />　アルカイダと聞いて署内は静まりかえった。こうして影虎は調べ室で永田に言った。<br />　「わけあって仕事の中味は言えないが、今回はマスコミへの発表を控えてほしい」<br />　こうして影虎は警察官ではなく、一般人扱いとして被害届けの調書が取られた。別れ際に永田が心配そうに言った。<br />　「虎さんの命が狙われているような気がするんだけど…あんな大物が動くとなるとかなりやばいんじゃないですか…」<br />　「心配してくれてありがとう。じゃあな」</p>

<p>　　　　　□　　　□<br />　「日本の情報機関の意地にかけても趙自成の国内での足取りを解明してやる」<br />　そう誓った影虎。品川のカーリース「オリックス品川」から令状により手に入れたレクサスのカーナビデータの解析を山梨県警の捜査本部に依頼することになった。<br />　影虎は鴇田に連絡した。<br />　「山梨の捜査本部には行っていないのかね」<br />　「今、来ていますよ。どうしたんですよ虎さん。いいタイミングですね…」<br />　「なんで来ているんだよ」<br />　鴇田は、松島基地の爆破事件に関わっていたと見ていた月見里こと朴基永が殺害されたうえ、最近になって事件当日は群馬県桐生市にいたことが明らかになったことの捜査で来ている旨を説明した。<br />　「丁度いいや。どうも引っかかることがあってな。調べてもらいたいことがあるんだよ」<br />　「なんですか？」<br />　「実はある韓国人の日本における行動を調べているんだ。その韓国人が白のレクサスに乗っていることが分かり、そのレクサスを手に入れたんだよ。レクサスに乗っていた韓国人が北朝鮮関係者と接触していたという可能性が出てきたので調べてもらいたいのだよ」<br />　「虎さんはその韓国人と接触したのは朴基永と見ているわけですか？それでそのレクサスを調べろというわけですね」<br />　「そう。カーナビのデータの解析だ。朴基永が殺された日の走行経路と時間を知りたい。そうすれば殺人事件の謎が解けるかもしれないんだ。桐生市に言ったとされる日もついでに調べればいいんじゃないのか？」<br />　影虎は韓国の工作員の趙自成の名を敢えて隠した。こうして山梨県警の月見里さん殺害事件捜査本部でレクサスのカーナビを事件前後の動きについて解析することになった。</p>

<p>　　　　　　３０<br />　総連四階の第三委員会から押収した銀行の出納帳を分析していた警視庁外事課は、朝鮮足立信用組合から毎月十日に十億円という単位で新宿区西大久保の「揚州銭庄東京支店」に送金されていることを突き止めた。<br />　外事課係長の高村警部が出納帳を手に沢山課長席に来た。<br />　「課長！これ見て下さい。先月は十九億円、先々月は十四億円、その前が十八億円と毎月十億単位でこの銀行に送金されています」<br />　「この揚州銭庄は北朝鮮の銀行かね」<br />　「いや、これは中国の地下銀行組織なんです」<br />　「なに！地下銀行？」<br />　「ええ、三年前だったか中国の揚州市警察が摘発した地下銀行なので覚えています」<br />　そして高村がこの組織の仕組みを話し始めた。<br />　「摘発の時に中国公安当局からＩＣＰＯを通じてマネーロンダリング関連で照会がありました。日本で送金したい者が新宿区にある揚州銭庄に送金を依頼する。揚州銭庄は中国本国の陳雲（チンウン）という海外特急送金会社にＥメールで依頼金額のみを送る。陳雲がプール資金から依頼金額を受取人に渡すと言うのが仕組みです」<br />　「陳雲に北朝鮮の受取人が行けば良いということだな」<br />　「はい。一般銀行はパスポートなどによる本人確認が必要ですが、これだと確認は必要なく、しかも一般銀行より早く送金でき手数料も安いとあって不法滞在者やヤミ組織が利用しているようです。しかもこれは日本だげでなく東南アジアや欧州にも存在しています」<br />　「裏には国連の制裁問題があるわけだ…」<br />　「その通りです。日本も朝鮮大進船舶の貨物船・万景峰号の寄港は二〇〇六年のミサイル発射以降認めていないので地下銀行利用者が多くなったんだと思われます」<br />　「中国でも制裁があって中国国内から北朝鮮への送金は止められたままだろう。中国から北朝鮮への振り込みもできないのと違うか？」<br />　「裏の世界があるそうで北京から国際列車で北朝鮮に入る時は新義州で北朝鮮の軍人による入国審査があり携帯電話などは持ち込めないそうですが、軍人が財布を出して賄（まいない）を要求するというから相当の抜け道があるそうです」<br />　脅威の金額に沢山が疑問を持った。<br />　「ところで毎月十数億円という大金はいったいどこから集めた金なんだろうか？その辺の捜査は進めているのかね」<br />　「この部分は刑事部の財務捜査官に協力を要請してお金の出所を調べています」<br />　「よし分かった。日本国内で得た犯罪収益金を地下銀行で送金するとはけしからん。銀行法違反で揚州銭庄にガサかけよう」<br />　　□　　　　□<br />　内閣府五階のＮＳＣの国木田の部屋に影虎と警視庁捜査二課の財務捜査官の新田が訪れていた。新田が総連から押収した通帳の分析の途中経過を報告するためだ。新田はＡ４のペーパの綴りを国木田らに渡して説明を始めた。<br />　「これは私が作った資料ですが、罫線で囲まれた左枠が総連の口座から中国の銀行と言っても地下銀行ですが揚州銭庄に送金している金額です」<br />　国木田が目で追うと確かに先月は十九億円、先々月十四億円、その前の月が十八億円とほぼ毎月十億円単位の金が送金されている。<br />　「一番右枠が総連の入金欄です。その入金欄の個人名と一部法人名が含まれますが、押収した預金通帳七十二通の内訳です」<br />　「えっ！こんなに押収したの？」と影虎が驚いた。<br />　「中央の枠は金額が八億円前後でほぼ一定した入金になっていますが、その送金先を調べたらほとんどは総連が経営しているパチンコ店からの上納金であることが分かりました」<br />　新田がさらに続けた。<br />　「右枠が実は大変なのでまだ半分程度して解明できていません。七十二通の通帳のうち個人名が六十四通。法人名義が八通あります」<br />　新田はお茶を口に含んでから続けた。きょうは外の気温が三十度を超える暑さでしきりと喉が渇く。<br />　「この個人個人は全て名義人が違っています」<br />　表には書いていないが新田が別の資料を見て読み上げた。<br />　「名義人は東京十四人、福岡十一人、熊本八人、秋田五人、青森四人、宮城二人など九都県で合計六十四通が借金などのトラブルからヤミ金に脅し取られた口座でした。古い話では二〇〇三年前後に確か警視庁と広島県警が摘発した山口組の五菱会が絡んだヤミ金被害者の口座が大部分です」<br />　影虎が質問した。<br />　「そんな古い口座が生きているのかね。あの時、全部の口座を凍結したはずだぞ」<br />　「凍結漏れがあったようですね。それに口座売買の口座屋に渡ったのもかなりあったようです。もちろん振り込め詐欺の口座と分かったので最近になって凍結されたものもあります」<br />　国木田が影虎を見て説明した。<br />　「虎さんな、口座を借金変わりに提供、あるいは脅し取られた連中の中には黙って届けないのもいたんだよ。今の振り込め詐欺と同じようにだ…あの時は『肝臓でも売って金つくれ』などと脅迫が凄かった。口座を売れば現金が入ったことから口座屋に相当流れたと言われているんだ」<br />　「なるほど」と頷く影虎を見て新田は続けた。<br />　「実は最近半年しか確認できませんでしたが、この入金額と振り込め詐欺の被害届けの数字でだいたい期日と金額が一致するものをひとつひとつチェックしたんです」<br />　さらに新田し続けた。<br />　「ピタリと一致したのは東京や埼玉、神奈川、滋賀県など一都四県に及びました。全部がお年寄りで、最も被害額が大きかったのが千四百七十五万三千四百六十五円で、あとは五百四十五万二千六百十四円など四、五百万円台が十一人いました」<br />　国木田が疑問を持った。<br />　「なんで、何円台と端数がつくんだね」<br />　「これは初めてなんですが、敢えて命名すれば『根こそぎ詐欺』とでも言いましょうか…とにかく口座にある預金、利子を含めた全額を引き出してしまうという極めて悪質なんです」<br />　「そんなことができるの？」<br />　「はい、被害者は遺族年金受給者がほとんどなんですが、電話で遺族年金機構を名乗り、決まり文句は『あなたはお子さん持ちとは知らずに金額を少なく支給していました』と言って『不足分の確認をしたいのですが、携帯を持ってＡＴＭの前に行って下さい』と誘うんです」<br />　影虎が質問した。<br />　「それじゃあの還付金詐欺と手口が同じだが、子供持ちとそうでないのをどうして見分けているんですかね」<br />　「彼らは遺族年金受給者の名簿を持っていました」<br />　国木田も影虎も最も知りたいのが手口である。新田は続けた。<br />　「受給者が妻だけと子供がいる場合とでは年間の受け取り額が数十万円も違ってくるところに目をつけているんです。元々子供の支給があるのにも関わらず、『少ない』と言われると疑問を持つ人が少ないようです。手口はＡＴＭで最初に口座の現在の残高を出させる。そして『それがあなたの認証番号になりますので、その金額の通り数字を入力して下さい。最後に左下のボタンを押して下さい』と言うんです。ボタンを押すと入力した全額がそっくり相手の口座に入金になるという手口なんです」<br />　影虎の眉がつりあがった。<br />　「か、か、還付金詐欺の場合は相手が金額を指定するから、い、いくらかは残るわな…し、しかしだよ、これだと利子まで根こそぎ持っていかれるからたまったもんじやないぜ…」<br />　国木田も相当怒っている。<br />　「ゆるせねえ奴らだよ」<br />　興奮を収めた影虎が口を開いた。<br />　「振り込め詐欺だけでも管内では今年半期で認知件数が三千五百件、被害額は九十億円にのぼるんでしょう。今回明らかになったのは氷山の一角…とすれば…」<br />　しばし沈黙の後、新田が続けた。<br />　「これは、とりあえず金額と期日が一致しているだけをまとめたものです。さらに組対部では別働隊を組んで実態解明に乗り出しているはずですから…」<br />　「いや本当に頭が下がりますよ。でも全部やることはないんだからせめて、うん千万円の被害者を二、三人でも確認がとれれば送致はできるわけですから…」<br />　国木田のねぎらいの言葉の後さらに新田。<br />　「そうですね。ざっと分かっただけでも半年で七十一億円近くが連中の口座に入ったことになるわけですから…」<br />　「情報官！」<br />　影虎が険しい表情で言った。<br />　「これで分かりましたよ、北の奴らの三矢計画なるものは日本国内の治安ばかりでなく経済も混乱させる目的だったのではないかと…」<br />　「なるほど」と頷く国木田。<br />　「引き続き頑張ります」<br />　報告を終えた新田が帰って行った。<br />　<br />　　　　　３１<br />　影虎がレクサスのカーナビの解析を山梨県警捜査本部の鴇田に依頼してから三日が過ぎていた。<br />　直接、捜査本部にやって来た影虎に鴇田が解析結果を説明した。<br />　影虎が渡されたのは地図のコーピーで、その中の道路を黄色の蛍光ペンでなすっている。月見里が殺された二日前の走行だと言う。<br />　それは東京渋谷区の陸上自衛隊目黒駐屯地近くから始まり、首都高速から中央自動車道へ。大月、甲府を過ぎて韮崎で下り、右折して国道５２号へ。５２号の富士川街道を南下。富士川町を通り抜け見延町役場を左に見てさらに南下。<br />　右側に見延カントリークラブがありこの交差点を「上沢」方面に入る。それが県道３７号線。右側に早川第一発電所があり通過。早川町役場を過ぎて五、六百㍍ほど行くと道路は二股に別れる。左に折れて妙法寺を過ぎて二つのトンネルをくぐると遺体発見現場の雨畑ダムに着く。<br />　「黄色蛍光ペンが緑色のペンに変わり、戻るようになすられているがこれは？」<br />　影虎が首を傾げると鴇田が言った。<br />　「緑色は帰りに利用したコース。なすってある通り富士川沿いに静岡県内に入って行くんです」<br />　影虎は「うんうん」と言いながら緑の線を追った。県道１９０号を走り、富士川の左岸を東進すると県道１０号に突き当たり、芝川町を通過、富士川を渡る冨原橋、そして逢来橋を渡って富士川から東名高速で都内へ。中央道でＮ市に帰っている。鴇田は二枚目の紙を渡して続けた。<br />　「次ぎにこれは遺体発見の前日、俺たちが現地入りした前日、死亡推定の日になるんですが、今度は同じコースで雨畑ダムに行った後、同じ道順を戻っているのです。但し、この時は行く時に妙法寺境内で一時間ぐらい休憩しているんですよ」<br />　「ほう面白いじゃないか…」<br />　「それで我々はレクサスの車内を調べた結果、毛髪と一部血痕らしいシミを発見しました。現在、科捜研で月見里のと比較しているところです」<br />　「この静岡経由での帰宅だが、これ静岡県警に連絡してくれた？」<br />　「どうしてですか？」<br />　「これ、良くみると逢来橋を通っているよな。これが防衛大の飛翔弾事件の被疑者と思われる猪俣が死体で発見された場所なんだよ」<br />「え～あれは蓬莱橋でしょう。それだと富士川でなく大井川でしょう？」<br />　「その橋は逢うという時に草冠が付くんだ。そして「ほうらい橋」と読む。現場は同じ読み方だが逢うという字を書くんだよ」<br />　「だから推測するに最初は二つの現場を同時に下見したことになる。逢来橋の事件は翌年の三月だから、その時に幾つかの遺棄場所を決めていたのだろう…」<br />　「仮に趙自成がやっていれば車内には、もうひとつの物があるはずだ。それを静岡県警と神奈川県警の捜査本部に連絡してほしい」<br />　「それと…あの松島基地の爆破事件の日、レクサスは群馬県の桐生にいることが記録にありました。桐生市では白い車はＬ字のマークがあって最後の数字が８だったということとも一致します」<br />　「と言うことは趙自成のレクサスを朴基永が使い朴基永のオートバイを趙自成が使っていた可能性が出てきたか…」<br />　鴇田はさらにひとつの疑問をぶっつけてきた。<br />　「虎さんね。問題はですよ、レクサスは韓国の人物が借りていたのでしょう。しかし月見里は北朝鮮の工作員の朴基永ですよ。こんな人間関係考えられますか」<br />　影虎はさすが捜査一課的発想だと思った。もう隠してもしょうがない。鴇田ならいいだろうと影虎。<br />　「君たちはズバリ証拠を中心に犯人に迫っていくのだろうが、俺たちは可能性のある組織をあらかじめ選んでそこから絞り込んで行く。今回は北の工作を南の工作員が暴いて阻止するミッションだったら、当然二人は接触するだろう…」<br />　と言って影虎はさらに<br />　「月見里はどんな行動パターンを取っていたのか分からないが、例えば客を案内する時、料亭を使うとか行きつけの店などは割っていないのかね」<br />　「割っていますよ。勤め先は甲府市内なんですが、駅裏の繁華街に良く行く四川料理店があって、そこのビルや駅ビルの防犯カメラに友人と歩いている映像があるんです。一回や二回ではないんです」<br />　「その写真はあるかね」<br />　「ビデオを押収しているので映像で確認できますが…」<br />　こうして影虎はその映像を見ることになった。ビルの映像の三番目に見た男の顔に影虎は鳥肌が立った。<br />　それはまぎれもなくあのカーリース社で保管してあった運転免許証の顔そのものだった。<br />　「鴇ちゃんさ、これだよ。ビンゴだ。ばっちりだよ。この男が韓国の工作員の趙自成と言うのだよ」<br />　「えっ！」と驚いた鴇田。<br />　「なんで分かるんですか？」<br />　「奴の乗っていたレクサスはリースなんだよ。契約の時に呈示した運転免許証の写真があるんだ」<br />　こうして北朝鮮の朴基永と韓国の趙自成が繋がった。<br />　「問題は車内にある血液のようなシミと毛髪の鑑定がどうかだ」<br />　「そうですね。せめて彼の乗っていたオートバイがないと…」　<br />　科捜研の結果が出たのは二日後だった。<br />　「車内から発見された毛髪は四人分でその中の数本がＤＮＡ鑑定の結果、月見里と一致。さらに車内から指紋が検出され、血痕の様なシミも月見里の血液とＤＮＡが一致しました」<br />　さらに三日後。カーナビに記録されていた妙法寺境内でオートバイの捜索をしていた捜査員が、草むらの中からヌンチャクを発見した。雨で流されたのか血痕はなかったがヌンチャクの近くに髪の毛が数本あった。このＤＮＡが月見里と一致したのだ。<br />　この報告を聞いた山梨県警南部署捜査本部は、韓国人の趙自成（四八）を死体遺棄容疑で逮捕状を取った。<br />　一方、富士宮署捜査本部は猪俣三郎の資料を神奈川県警から取りよせて鑑定した結果、数本の毛髪がＤＮＡ鑑定で一致した。科警研の水質鑑定の結果、ボタンが発見された場所のわき水と猪俣の胃の残留水が同一と判明、犯行現場が特定された。<br />　趙自成の車内から猪俣三郎こと崔永男の毛髪が出たという報告を得た防衛大爆破事件の神奈川県警捜査本部と朝霞駐屯地事件の埼玉県警の合同捜査本部は猪俣の写真を持って足取りを追っていた。<br />　朝霞事件当日の午前七時二十分に埼玉県の狭山市で猪俣の携帯０９０・３２５×・７×××の通信記録があることから狭山市内の旅館、ホテル、タクシー会社に対する一斉聞き込みだ。<br />　聞き込みを初めて五日後、埼玉県警の捜査員が重要な証言を得た。そこは狭山市内の入間川沿いにある和風旅館「椿館」だった。写真を見た女将が言った。<br />　「ええ、この方でしたら覚えています。確か去年の十月下旬だったと思います…だってこの人はお巡りさんでしょう」<br />　警察官と聞いて驚いた刑事。<br />　「どうして警察官だと思ったのですか？」<br />　「あの方は部屋で食事をした後、風呂に入りに行ったんです。その間に私が布団を敷きに部屋に行ったんですよ。その時、お巡りさんがかぶる帽子が壁にかけてありましたの…ところが風呂からあがって来たあの方は慌てて帽子を隠そうとしていましたよ」<br />　自衛官の帽子と見間違ったのだろう。<br />　「荷物でキャリーバックは持っていましたか？」<br />　「持っていましたよ。濃紺色だったと思います」<br />　間違いないと判断した刑事。<br />　「宿帳ありますよね。見せていただきますか？」<br />　こうして本人が書いた宿帳を見た。住所は神奈川県の横須賀市で名前が大内健太となっている。しかし、予約の時に聞いてある連絡番号を見ると携帯の０９０・３２５×・７×××だった。<br />　猪俣とは別名を使っていたことから捜査本部は、宿帳と不動産会社から部屋を借りる際に書いた契約書の筆跡鑑定を行った結果、「神奈川県」と「横須賀市」の文字が同一人であることが確認された。報告を聞いた神奈川県警の桑田捜査一課長が埼玉県警の井上捜査一課長に聞いた。<br />　「午前七時二十分に狭山市内にいて現場まで間に合うのかね」<br />　「狭山駅発八時三十四分の西武新宿線に乗ると駐屯地のある朝霞には一時間前の九時十八分に着きますから十分間に合います」<br />　「それでは、その時間帯の朝霞駅及び周辺の防犯カメラをチェックして映像があれば逮捕状を取って被疑者死亡で送るしかないな…」</p>

<p>　一方、趙自成の足取りを追っていた山梨県警南部署捜査本部の捜査員が影虎の情報をもとに出国の有無を確認したところ、あの金哲秀が逃走を図った同じ日に成田国際空港午前九時二十五分発の大韓航空ＫＥ７０６便で出国していることが確認された。<br />　この報告を刑事部長から山梨県警本部長室で聞いた田沢俊一は、こう漏らした。田沢は昭和五十六年入庁組のキャリア。警察庁で警備企画課の課長補佐から山梨県警本部長に抜擢された警備警察のエキスパートだ。<br />　「韓国か…」<br />　報告をした刑事部長が田沢の呟きを聞いて<br />　「本部長、韓国とは犯罪人引き渡しに関する条約がありましたね。交渉していただけませんか…」<br />　「うん、あの平成十四（二〇〇二）年に効力が発生したやつだろう…しかしな…あの靖国神社の放火犯の身柄引き渡しを要求した際には、ソウル高裁が認めないなど司法は政治によって左右される国なんだよ…それに今は冷え切っているしな…」<br />　二人の沈黙がつづいた。田沢が沈黙を破った。<br />　「放火犯でさえ引き渡しを拒否するんだから…ましてや今回は韓国情報院の工作員だとすればなおさらだな。だから余り期待してもらっては困るが警察庁と相談してみるよ」<br />　埼玉県警と神奈川県警が趙自成の足取りを割った日の翌日だった。国木田が影虎に連絡してきた。<br />　「虎さん…先日言った午後九時の通話記録があった０９０・５６７８・××××の相手の携帯所有者の名前が白敬一という人物だった。参考のため伝えておくよ」<br />　白敬一と聞いた影虎は応答する言葉を失った。ジョンソンから聞いた韓国の国防部の特使の名前である。しかし、影虎は「そうですか…」と言って携帯を切った。<br />　情報源を秘匿するためだ。諜報部門では特にエージェントの扱いは秘匿されなければならない。影虎にとってハニートラップに取り込まれた白敬一とそのラインを潰す趙自成の関係を知るだけで良いのだ。<br />　それより影虎が気にしていたことがあった。事件が解決した際に鴇田が影虎に呟いた言葉だ。<br />　「仮に我々が追っていたオートバイを韓国の工作員の趙自成が使っていたとしたら…松島の事件との関係も浮上する…でも肝心のオートバイがないかぎり立件は無理か…」<br />　　　　　３２<br />　山梨県警と神奈川県警の両殺人事件、同県警管内の防衛大飛翔弾事件、それに埼玉県警管内の朝霞駐屯地爆破事件は実行犯の被疑者死亡とは言え、事件を指揮した主犯を含め爆弾製造の男を逮捕している。<br />　しかし、宮城県警の松島基地爆破事件は暗礁に乗り上げてしまった。心が晴れない警察庁の指揮官、高石は宮城県警松島東署の谷津課長に連絡。不明になった五人の自衛隊員の最終足取りを聞いた。<br />　「な～も証拠がねえし当然令状も取れない。おまげに逃げられちゃっては、どうにもならんべさ…」<br />　「分かっています。今後のこともありますので五人の足取りの報告書を警察庁の私宛に送っておいて下さい」<br />　「わがった…出国したかどうが確認すてっから、のぢに報告書出すから…」<br />　そして四日後に、不明自衛官の最終足取りが警察庁に報告された。それは次のような内容だった。いずれも事件当日のことである。<br />　三沢基地　南条美佐雄　空士長　出国　羽田発十三時五十五分　ＣＡ１８２便<br />　横須賀基地　坂上利男　海士長とその家族　出国　羽田発九時二十五分　ＮＨ１２５５便<br />　浜松基地　富田巌　二等空士　出国　羽田発　九時二十五分　ＮＨ１２５５便<br />　岩国基地　沖田敏　海士長　出国　中部国際空港発　九時二十分　ＮＨ５７４３便<br />　沖縄基地　与那嶺文彦　一等海士と妻　出国　那覇空港発　十三時二十分　ＮＨ５７３８便<br />　警察庁への報告が終わった後、谷津は捜査本部員全員を集め、同じ報告書を配り、こう言った。<br />　「今、手元に配ったのはそれぞれの基地でずっこう犯（実行犯）とされた人物のあす取り（足取り）だ。いずれも北京経由で北朝鮮にけえって（帰って）しまった。北朝鮮とは犯罪人を引きわだす条約なんてねえので、これでおすまいとなってしまった」<br />　谷津の話は止まらない。<br />　「それと…うぢ（うち）のかんす（監視）カメラにうずって（写って）いたおどごは割り出すことがでぎながった…それに…なんと言っても…害者のすんぺん（身辺）捜査は…もっとすっかりとすておぐべぎだった…これも俺のすっぱい（失敗）ださ…」<br />　下を向いた谷津…さらに声の力がなくなっていく。<br />　「…マスコミに情報とられたことがうぢの完敗だということだ…すまんことをした…俺…せぎにん（責任）とっから…」<br />　深々と頭を下げる谷津丨四十年間の警察官人生のうち三十年はデカ稼業。今回の事件は百九十九件目の殺人事件だった。坂田も石井も千野もそして捜査員も…千野は唇を噛んでわなわなと震えている。<br />　千野が言った。頬から涙がこぼれている。<br />　「こんなのいやっ！」<br />　千野の声が講堂にこだました。<br />　「谷津課長！負けてはいません。だって……だって…主犯を逮捕したのはうちでしょう…爆弾製造工場だって…立件したではないですか…負けたのではなく勝ったんですよ…さきぼど…警視庁から連絡があって、日本で初めて振り込め詐欺の北朝鮮グループを摘発したということですよ…だから…負けたのでありません…絶対に…勝ったのですよ。そう思いましょうよ。ねえ…みんな！」<br />　谷津はうつむいて言葉をなくしている。坂田も石井も千野も星川も初めて経験した事件だった。</p>

<p>　　　□　　□<br />　久しぶりに自宅に帰った影虎は翌日、康子と朝食をとっていると携帯が鳴った。画面を見ると警視庁の代表番号だ。公安部長の瀧沢敏夫からだった。<br />　「虎ちゃん、きょう来てくれるかな」<br />　「来いということでしょう（笑い）。伺いますよ」<br />　こう冗談を飛ばして公安部長室に着いたのは午前十時を少し過ぎていた。瀧沢は部長会で不在だったが十五分ほどして帰ってきた。<br />　「やあ～やあ～虎ちゃん。来てくれてありがとう」<br />　影虎とともにソファに座る瀧沢が話し出した。<br />　「先日、君が痛めつけたイスム・ムハンマド。これがまた凄い奴だったよ…ありがとう」<br />　影虎は瀧沢の話の内容が今ひとつ理解できなかった。<br />　「奴さんは君に叩きのめされて虎ノ門病院に一か月ぐらい入院していたんだよ」<br />　「あれはやりすぎでした」<br />　「いゃいんだ。所轄は君に対する殺未（殺人未遂）でやってるようだが、それは任せて我々は病院に張り込んだ。そうしたら二人の男が病室に何度も出入りしているので、そいつを付けたんだよ」<br />　「もしかして茨城県だとか…」<br />　「う～ん違う。なんと蔵前にあるビルの中に拠点のような部屋があった」<br />　影虎は「蔵前のビル」と聞いて尹日好を尾行したあのビルかもと思い出した。<br />　「蔵前駅の西側にある八階建てのビルですか」<br />　「そう。二人はその五階の部屋に出入りしている。君が麻布に『アルカイダだから本部と協力しろ』と言ったと言うので、我々は新たな拠点ではと思い、ガサ（家宅捜索）かけたんだよ」<br />　「容疑はあったんですか？」<br />　「容疑？刃物を持って君を襲ったというただそれだけでだ」<br />　「よく（捜索令状）降りましたね」<br />　「まあな。そうしたらとんでもない物がで出来たんだ」<br />　瀧沢はそう言って机の上にあるファイルからＡ４の紙、数枚を取りだして影虎の前に置いた。<br />　「この図面は次の東京オリンピックに向けて国立競技場の改修構想の図面だよ」<br />　確かに影虎が新聞で見た、あの開閉式競技場の設計図と完成予想図のカラー写真まで付いている。<br />　「これは！」<br />　影虎は絶句した。<br />　「そう、東京建築士会が作成した図面だよ。それに…」<br />　と言って瀧沢が示した次の図面は羽田空港から都心までの地図だった。その地図に線が引かれていた。<br />　「これは、ＪＲ東日本が都に提出した新たな路線図だよ」<br />　「利用者増も予想されることから空港と都心を結ぶ路線ですね」<br />　「そう」<br />　瀧沢はさらに別の図面を示して言った。<br />　「これは日本テニス協会がオリンピックに向けて有明テニスの森公園の改修計画図のようだ」<br />　「まだ計画の段階ではないですか…どうしてこんな物がリアルに入手できるんですかねえ」<br />　「アルカイダ組織はとんでもないルートを持ってるんじゃないのかと我々は見ているんだ」<br />　瀧沢は聞いてきた。<br />　「教えてほしいんだが、ムハンマドとは何処で接点があるのかね」<br />　「奴は茨城県の日立市で運送業をしているころ、二十年ぐらい前になりますが、筑波大学の助教授が殺害される『悪魔の詩』事件があったでしょう。あの事件で自分が担当した人物の一人ですよ」<br />　「悪魔の詩」事件とは、殺害された筑波大助教授の翻訳本で、イランの最高指導者のホメイニが「悪魔の詩は反イスラム的」だとして発行に関わった人物に死刑宣告を行ったことなどイラン国の内情を暴露したものだ。捜査線上にバングラデシュの大学生などが浮上したが結局は事件解決には至っていない。<br />　この時、ＣＩＡは「イスラム革命防衛隊」の犯行説をとっており、日本国内では「チヨダ」が極秘に動いていた。影虎もそのメンバーとしてイスム・ムハンマドの行動確認を担当した。五か月という長期間に及ぶもので連日、尾行、張り込みの繰り返しだった。<br />　瀧沢は思い出したようだ。<br />　「あれか…そう言えばチヨダに任せたような気がするなあ…」<br />　「それより部長、なんでこの時期にムハンマドが自分を襲ってきたか分からんのですが…なんか言ってますか？」<br />　「うちは直接事情聞いていないので分からないが、君のことで麻布の警備課長が報告で来た時に、『自分が追われている』と思ったと言っているそうだ」<br />　「それか…確かに、あのビルに北朝鮮の尹日好を追いかけて何度か行っていたんですよ」<br />　「えっ、君はこの件で追いかけていたんじゃないのか？」<br />　「それだったら報告しておきます」<br />　「まあ、偶然とは言え、結果が良ければ良しとしないと…」<br />　そして瀧沢が続けた。<br />　「せっかくここまできたんだから、アルカイダへの漏洩ルートを解明するまで極秘で動こうと思っている。そのつもりでいてほしい。君のことは総監にも報告をしてある」</p>

<p>　振り込め詐欺北朝鮮グループを初の摘発　<br />　そして縦に四段見出しで二本<br />　　日本の暴力団も関与<br />　　被害総額は百億円超か　警視庁<br />　警視庁は遺族年金機構の名を騙り、全国のお年寄りからお金を騙し取っていた東京朝鮮商工総連合会（前在日朝鮮人総連合会）の職員の男と日本広域暴力団・住吉会系山本組組員六人の計七人を逮捕。東京朝鮮商工総連合会と山本組事務所など八カ所を家宅捜索した。被害者は東京をはじめ茨城、神奈川、静岡、岐阜など一都八県に及び、被害総額は百億円以上になると見られ、裏付け捜査を進めている。<br />　逮捕されたのは総連関係者で東京都港区高輪台在住の尹日好容疑者（四一）。山本組組長で世田谷区在住の山本健一郎（五四）、同組組員の伊東純夫（四七）容疑者ら七人。<br />　調べによると尹日好容疑者らは新宿区大久保に事務所を借りて今月の八日、静岡県静岡市清水区の無職、女性（七一）に「遺族年金機構だが支払いに不足金があるので確認したい」と持ちかけ、ＡＴＭから預金の全額五百六十四万八千二百二十五円を振り込ませた疑い。<br />　預金の残高の数字を出させて、「その番号があなたを特定する番号だ」と言って同じ数字を入力させるため、預金の全額が相手口座に振り込まれてしまうという新たな手口。預金の全てを持って行くことから捜査員の間では「根こそぎ詐欺」と呼ばれている。<br />　<br />　その原稿を受ける形で新宿の揚州銭庄東京支店の摘発記事が掲載されている。毎朝新聞と東京日々は一面扱いとなっているが他の新聞も社会面見開きなど破格の扱いだった。<br />　「尹日好が捕まってしまったか…これで水の泡と消えた人間関係…恋人に裏切られた思いがするなあ」<br />　そう思いながらも北朝鮮とアルカイダの接点が見えただけでもひとつの収穫だったと納得する影虎であった。<br />　これまで「全体的に事件捜査の失敗」と思っている影虎だったが、この記事は読めば読むほどに涙が出そうになってくる。<br />　「うん、やった！良くやった！」<br />　思わず大声を出してしまった影虎に康子が驚いて駆けつけた。<br />　「どうしたの…」<br />　「うん…なんでもない。仕事の話だ」<br />　「もう起きたら、八時半よ」<br />　こんな最中に総連の資金調達部門を警視庁が見事に摘発してくれた。嬉しくなった影虎はつい国木田の携帯を呼んでしまった。<br />　「情報官！新聞見ました。警視庁がやってくれましたよ」<br />　「そうだな。昨夜、刑事部長から報告を聞いて涙が出て眠れなかったよ」<br />　「振り込め詐欺に北朝鮮が絡んでいただけでもショックですよ。それに情報官、記事の中に尹日好とありましたね、あれが…」<br />　「分かっている。虎さんが割り出した奴だろう。もうひとつの顔が丹東交易の社員だった。それで取り込もうとしたわけか…」<br />　「それが警視庁に持っていかれたわけですよ…」<br />　「それは残念なことをしたね」<br />　「ほぼ落ちていただけに…残念で…」<br />　影虎が唇を噛むのを見た国木田が言った。<br />　「あっ、それからついでで悪いんだが、例の高飛びされた韓国の工作員の趙自成は済州島に行ったという情報が瀬川さんから寄せられた。その先は分からないらしい。いずれにせよ赤手配なので国外にでれば逮捕できる」<br />　そしてこう続けた。<br />　「赤手配は政府の方針だ。工作員にとって赤手配は厳しいものだと思うよ…」<br />　赤手配とは国際手配のひとつである「国際逮捕手配書」。犯罪人の引き渡し条約に関係なく事件を起こした国に強制送還されるもので、このほかには国際情報をとるための青手配や黄手配など七項目ある。<br />　「韓国は協力しないのですか？」<br />　「昨日朝、官房長官が在日韓国大使を呼んで伝えたらしいが、難しいかもしれないと言っていた。なにしろ、あの国の諜報員は殺しの権限も与えられているらしい。そうなると政府間交渉でも無理だな」　<br />　そして最後にこう伝えた。<br />　「虎さんな…例の浜岡原発の爆破計画だが…総連のガサで出た資料の中には業者用の作業工程表があった。工程表には担当者名が書かれており、その名は李南哲。それで警視庁公安が掛川市の奴の部屋を捜索したらダイナマイト五本を使った時限装置付き爆弾を発見した」<br />　「北とアルカイダとの繋がりは？」<br />　「いや、それは外事と組対でやっているので時間がかかる。とりあえず爆破計画の部分だけをきょうの夜、発表する」<br />　影虎は、国木田のこの話を聞いて「捜査の成功」を確信した。</p>

<p>　浜岡原発爆破計画も明らかに<br />　自衛隊基地爆破事件の世紀塾関係者を再逮捕へ<br />　時限装置付き爆弾も押収<br />　警視庁は二十七日、浜岡原子力発電所（静岡県御前崎市）の爆破を計画していたとして防衛大飛翔弾事件と自衛隊朝霞駐屯地爆破事件で逮捕した世紀塾の塾長、金哲秀容疑者（六二）ら二人を再逮捕。御前崎市内の同原発内にあるクレーンなどの保守管理業、駿河興業と同社の社員宅を家宅捜索した結果、時限装置付きのダイナマイト爆弾を発見。押収した。<br />　浜岡原発爆破計画で警視庁は、宮城県警とともに爆破に使用する予定だった飛翔弾を押収しており、我が国で暗躍している北朝鮮工作員の全容を解明したいとしている。</p>

<p>　同時に各紙は関連として次のような原稿を掲載している。<br />　<br />　自衛隊爆破事件は被疑者死亡で送検<br />　朝霞駐屯地と防衛大卒業式当日のそれぞれの爆破事件の埼玉県警捜査本部と神奈川県警捜査本部は神奈川県横須賀市に住んでいた猪俣三郎こと北朝鮮人の職業不詳、崔永男容疑者（三九）を実行犯と断定。既に殺害されていることから被疑者死亡で送検することにした。<br />　崔永男容疑者は防衛大事件で飛翔弾発射の部屋の借り主であること。同部屋から当人の指紋が検出されたこと。朝霞駐屯地の爆破事件では爆発と同時刻に崔容疑者が所持している携帯で起爆装置に電話を架けていること。<br />　さらに事件前日には埼玉県狭山市内の旅館に宿泊した際に犯行時に着用していたと見られる自衛官の制帽を所持。事件の約一時間前に西武新宿線朝霞駅の防犯カメラに制帽を持った姿が写っていたことなどが決め手となった。</p>

<p>　爆弾製造工場発見、北朝鮮による振り込め団の摘発、そして浜岡原発爆破計画の摘発と爆弾事件の被疑者の送検…<br />　この結果、宮城県の松島航空自衛隊基地爆破事件のみが未解決で捜査本部が縮小されることになった。（つづく）</p>

<p></p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
<dc:date>2014-01-29T08:25:24+09:00</dc:date>
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<title>防諜その７</title>
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<description>　　エピローグ　爆破を担当する五人の自衛官が北朝鮮に帰国報告をしたその翌日、この...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　　エピローグ<br />　爆破を担当する五人の自衛官が北朝鮮に帰国報告をしたその翌日、この日は捜査本部の事実上の解散の日だった。この後は少人数でＦＢＩ方式の継続捜査を続けることになる。<br />　ところが捜査一課長で警視の谷津茂助の遺体が宮城県警本部の八階の道場のトイレで発見された。<br />　「署長！課長が…課長が…遺体で見つかりました…」<br />　刑事部長の坂田からの電話。受話器を持っている千野の手が震え、声が出せなかった。坂田もこう言うのが精一杯で二人の間に無言状態が続いた。<br />　「なんで…」<br />　千野が絶句する。<br />　「そんな馬鹿なことあっていいんですかあ…」<br />　千野が泣き崩れる。<br />　副署長が署長室に飛び込んだ。<br />　「署長！大丈夫ですか！なにがあったのですか…」<br />　報告を聞いた副署長も声を失った。<br />　八階の男性用の大便トイレの朝の清掃の時、ドアが閉まっているため清掃員がドアをノックしたが応答がなかった。<br />　施設課に連絡があり係長と巡査部長が駆けつけ、上の隙間から中を覗くと、ドアの上方にある背広などを掛けるフックに警察官が犯人を連行する時などに使う捕縄をかけて首を吊っている中年の男を発見した。<br />　最初は髪の毛が乱れているため上から見ては顔の確認ができなかったが、巡査部長がトイレ内に飛び降り、内側からドアを開けて確認した結果、谷津と分かった。<br />　連絡を受けた大久保本部長や坂田刑事部長、笹原警務部長など幹部が駆けつけ八階が騒然となった。しかし、他の職員には分からないよう配慮された。大久保本部長の指示が飛んだ。<br />　「誰か救急車を呼べ！サイレンを鳴らすなと言え」<br />　十二分後に仙台市青葉区の東北大病院に収容され死亡が確認された。死因は窒息死だった。<br />　谷津は前日の夜、捜査会議を終え、十時過ぎに松島東署を出て仙台市北四番町の官舎に着いたのは十一時少し前だった。運転担当の巡査部長が言う。<br />　「松島東署を出た時から官舎に着くまで喋ったことは『食事はしたのか』と言って私を気遣ってくれたことだけでした…最近は沈みがちなので、体調が悪いのだと思っていました」<br />　そして官舎のテーブルから本部長宛に書いた遺書が見つかった。<br />　<br />　大久保純三警視監殿<br />　この様な結末を迎えることになって申し訳ありませんでした。私の警察官人生四十一年、中でも刑事は三十年間させていただきましたが、いずれも楽しい仕事でした。<br />　しかし、今回の事件は昭和の時代の自分にとっては重責でした。県境を越えた犯罪、携帯という文明の機器、人権問題、工作員という国際組織犯罪…どれをとっても自分には苦手な分野でした。<br />　警察官という天職をたまわり、県民の生命と財産を守るという勇気と誇りをいただきました。しかし、今回、百九十九件目の殺人事件で初めて挫折感を味わいました。検挙できずに先行く自分をお許し下さい。<br />　<br />　そして遺書はもう二通、それは結婚している長男と長女宛だった。二人宛ての遺書には次のように書かれていた。<br />　「ごめんな。最後までおやずとしての責任を果たせなかった。佳枝も恨んでいるだろうから早く行って罪亡ぼしをすることにした。元気でな。家族を大切にするんだぞ。さいなら…」<br />　佳枝とは既に他界している妻だ。大久保本部長が笹原警務部長に聞いた。<br />　「奥さんはどうしたんだ」<br />　「彼が捜査一課強行班当時の八年前に肺炎で亡くなりました。仕事に没頭して奥さんの死に水もとれなかったと、刑事という職業にご家族や親戚の方が恨んでおりました」<br />　大久保は笹原の話を目を閉じて聞いていた。大久保が笹原に言った。<br />　「新聞発表は控えようか…」<br />　「でも…ばれたらまずいですよ。なにしろ捜査一課長という要職ですから…マスコミは黙っていませんよ…」<br />　「本人の名誉のためにも病死ということにして、捜査本部の解散をしてから発表してやるのが仏さんに対するせめてもの供養ではないか」<br />　大久保は警務部長の笹原と刑事部長の坂田、そして警備部長の石井に同意を求めた。しかし三人は考え込んでいる。<br />　「きょう解散式をやる予定だったんだろう。他県からの応援もあるので挨拶だけにして終わろう。明日の午後、病死を発表しよう。聞屋さん（新聞記者）に感づかれないように…責任は全て俺がとる」<br />　<br />　　　　　　□　　　□<br />　内閣府五階のＮＳＣ情報官・国木田の部屋に影虎の姿があった。この日は珍しく部屋入り口のカウンターに受け付けの女性事務官が座っていた。国木田はソファーに座り新聞を見ている。影虎の姿を見ると立ち上がって深々と頭を下げた。<br />　「ご苦労さまでした」<br />　影虎はこそばゆかった。返す言葉に迷った。<br />　「へんな結果になって申し訳ありませんでした」<br />　事務官がお茶を入れて持ってきた。粉末煎茶だった。久しぶりの日本茶にありついた影虎は一気にがぶ飲みした。<br />　「いや～旨い」<br />　「へんな結果になんかなっていないよ。総理も官房長もヒューミントの設置は正解だったと言っている」<br />　「拉致事件の時は人道的な問題として許せなかった。しかし今回の事件で国の防衛という根幹をなす自衛隊員にまで土台人がいた。我々警察官にもいるかも知れないと思うと、採用時の身元調査などは絶対に必要だと痛感させられた事件だった」<br />　影虎が続けた。<br />　「日本は島国…アメリカなどは難民も含めて多民族国家。思想・心情など身元調査がしっかりしている…日本もこれから外国人の流入が多くなるとしたら、危機管理のひとつとして特に公務員に採用する時は重要なのではないでしょうかねえ…」<br />　「そういう意味では日本国民はまだまだ慣れていないと言うか平和ボケと言われてもしかたがないですね…」<br />　そしてその翌日、国木田は宮城県警捜査一課長、谷津茂助警視の自殺を知らされた。</p>

<p>　　　　□　　　□<br />　記者発表を控えた捜査一課長の自殺問題。発表する予定の朝、テレビが朝のニュースで放送、新聞も全紙が「宮城県警の捜査一課長自殺」と報じた。中には「爆破事件の犯人を挙げられなかった責任を感じての自殺か」「県警が一課長の自殺を隠蔽」「捜査ミスの責任からか」などの過激な原稿も見られた。<br />　各紙は社会面で大きく扱っている。紙面を見た影虎は「馬鹿野郎」と叫びたかった。とめどもなく涙が流れた。<br />　「これが、四十年も仕事に打ち込んだ警察官の成れの果てか！谷津さん…本当にお疲れさまでした。ゆっくり休んで下さい」<br />　数日後の葬儀は参列者の涙を誘った。最後の別れに棺にすがって離れない長男と長女…長女が泣き叫んだ。<br />　「父さん！…どうしてなの…なんでそんなに急いでお母さんのところに行っちゃうの…残されたわたしたちは…どうすればいいの…ねえ…何とか言ってよ！父さん！」<br />　この光景を見た本部長の大久保は辞意を決意。捜査本部の解散の後、東京霞が関の警察庁に園田直哉警察庁長官を尋ねた。長官室で大久保は辞表を提出して、こう謝罪した。<br />　「私の管理不行き届きのため警察全体にご迷惑をおかけしました」<br />　園田は大久保の差し出す辞表を受け取らなかった。<br />　「そんなことで、いちいち辞表を出していたら全国の本部長がいなくなるだろう。終わったことだし、記者連中には君の思いを丁寧に説明して理解を求めればいい。そして事件の解決に全力を挙げるのが筋ではないのか…」<br />　直立のまま暫く考えた大久保。<br />　「長官にお願いがあります。今回のような都県境、いや国境を越えるようなグローバルな事件にはやはり米国のＦＢＩのような捜査組織が必要ではないかと痛感させられました。現場の声として聞いていただきたい」<br />　同種事件が発生しているのに情報の少なさに頭を痛めていた大久保だが、理由を言うとどうしても苦言になる。辞める段階で苦言は言うべきではないと判断、それ以上の発言を控えた。<br />　「それは検討に値することだ。以前に覚せい剤が問題になったころＦＢＩ構想が浮上したことがあった。しかし、我が国の裁判制度の問題があり頓挫している。今後は諮問機関をつくり検討は必要だと思っている。それと辞表とは別だ。むしろ君がその中枢になってもらいたい」<br />　「いや、自分よりもっと適任者がいると思いますのでご辞退申し上げます。それではこれで失礼します。お世話になりました」<br />　大久保は園田長官が受け取らなかった辞表を机の上に置いて長官室の出入り口に向かった。<br />　背後から園田長官が言った。<br />　「警察共済の理事長の席が間もなく空く。そこをお願いしたいのだが、どうだ！」<br />　「暫く頭を冷やすつもりですので…失礼します」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終わり<br />&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;小野　義雄</p>]]></content:encoded>



<dc:creator>危ないデカ（小野義雄）</dc:creator>
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