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2015年3月22日 (日)

ドキュメンタリー 建国義勇軍 その2

 エスカレートする犯行
  依然として続いている北朝鮮やオウム真理教の関連施設を狙ったけん銃発砲事件を重視した警察庁は平成十五年八月八日、関係五都府県警察の担当者を集めて捜査会議を開いた。
 会議には警察庁公安二課(右翼対策)と警視庁、大阪、愛知、広島、新潟の担当課長らが出席。
 各課長からは事件の捜査状況などが報告された。何れの事件も手口が似ていることから今後は情報交換を密にし犯人検挙にむけて総力を結集する方針が打ち出された。
 警察庁が捜査会議を開いた後も建国義勇軍の攻撃は止まなかった。八月二十三日には福岡、岡山県の北朝鮮関連施設に爆弾をしかけたり銃撃したという犯行声明が産経新聞や読売新聞、朝日新聞などに相次いだ。
 中でも岡山駅前の朝鮮系の朝銀西信用組合では銃弾が撃ち込まれたが、犯行声明では北朝鮮の不定期貨客船「万景峰号」に対する抗議行動だった。
 九月に入るとこれまでのけん銃発砲や爆発物類似物件設置による脅迫事件は様変わりした。
 十日には外務省の審議官の東京の自宅に爆発物が仕掛けられたり、自民党の元幹事長の議員宿舎に弾丸が郵送されるなど標的は個人に向けられたのである。
 それは十月に入るとエスカレートする。二十日にはS前衆議院議員の東京事務所と北海道の釧路事務所にライフル銃の実包が送りつけられたのである。
 このライフル銃実包が入った脅迫は同日、自民党の元外相、二十一日には自民党の元幹事長と前衆議院議員にも送られている。中でもK元幹事長に対する脅迫は執拗で四件も相次いだ。
 個人を標的にした脅迫事件の最中の二十六日午後八時三十分ころには東京・国立市の多摩島嶼地区教職員組合にけん銃が発砲されたのと同時に午後九時四十九分に東京都千代田区一ツ橋の日本教育会館に爆発物類似物件が仕掛けられる事件が発生するなど、新潟県に続いての同時多発である。荻窪の共同捜査本部に麹町署や立川署などが加わり、捜査本部は拡大した。
 その後、十一月五日に元幹事長の事務所に散弾銃の実包が送りつけられたのを最後に建国義勇軍を名乗る一連の事件は止んだ。
 一方、警視庁の捜査本部が調べていた「横浜ナンバーでニッサングロリア」に該当する車両は百九十四台あった。捜査本部は公安三課員総出で一台一台潰しに入った。
 対象車両が横浜ナンバーだったことから、事件発生時刻と犯行声明までの時間差等を考慮した上で、現場から近い首都高速の高井戸や永福ランプまでを何度も実験走行し、所要時間の割り出しを図った。
 その結果、得た所要時間を基にこれらのランプを利用した横浜ナンバーの絞り込みをするため道路公団に協力を要請。ETC利用状況の確認作業を併行させた。
 百九十四台の潰しは五日後に百九十三台が「シロ」と判明。残った一台の車両ナンバーは「横浜301 て 9××3」。この車両が事件後に永福ランプを都心方向に向かった車両ナンバーと一致したのである。
 捜査本部が割り出した横浜ナンバーのグロリアの所有者照会の結果、横浜市の古物商、野口満雄(五二)=仮名=が浮上。犯行当時、グロリアを運転していたのはやはり同市内に住み、野口の経営する店の店員、中林隆一(三二)=仮名=と分かった。
 このため捜査本部は、中林が所有する携帯電話の通話記録を調べることとした。
 その結果、刀剣友の会会長の村井一郎(仮名)が務める刀剣・ナイフ販売会社で「月刊刀剣・ナイフ情報」を発行している岐阜県岐南町の日本レジン社役員と頻繁に通話していることが判明した。
 同社のホームページを見ると刀剣友の会の設立目的として次のような文(要約)が掲載されていた。
 「私どもは、誇りある日本人として、これ以上不名誉に甘んじることを断固拒否します。拒否するだけでなく、『七生報国』死闘で半世紀を越える戦勝国からの従属状況を脱することを宣言します…刀剣友の会(日本人の会)は、展示会、出版、講演活動等により会員相互の切磋琢磨、友好礼儀の輪を広げ…(略)所見ある政治結社、団体等を支援して、誇りと活力ある日本人を築き上げることを設立の目的とします」
 そして、実際の活動として会長の村井一郎(仮名)、日本青年協議会、佐久間源一(仮名)、刀剣友の会理事、奥山弘一(仮名)、同会会長秘書、麻生孝一(仮名)が尖閣列島に上陸した時の写真が掲載されていた。
 本文中にある「七生報国(しちしょうほうこく)」とは、この世に幾度も生まれ変わり国の恩に報いるという意味で、昭和四十五年十一月二十五日、あの三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した際にしていた鉢巻きにも使われている。
 捜査本部は、こうして国賊征伐隊と名乗る者の犯行は、既成右翼団体には存在しないものの、強い右翼思想を持つ危険な者による犯行という見方を強め岐阜県警との調整を警察庁に要請。警察庁は公安捜査でも「裏組織」と言われる班による極秘捜査を岐阜県警に指示した。岐阜市内の日本レジン社の役員などを含め関係者の情報収集に入ると同時に村井の携帯通話記録も捜査対象とされた。
 特に、村井を含めて各役員や刀剣友の会員である奥山など四十四人のクレジットカードの利用状況の調査など徹底した情報収集に着手したのである。これで捜査は警視庁の手によって都県境を越え広域化の方向へと歩み出す第一歩となった。
 
  犯罪史上最大級の捜査本部
 一方、けん銃発砲事件のあった東京都杉並区西荻北(東京事件)と大阪府西成区中開のオウム真理教関連施設(大阪事件)から発見された弾は口径〇・三八インチの硬鉛弾丸。双方で鑑定を進めた結果、六月中旬になって線条痕がほぼ一致した。
 それは七月に入ってすぐだった。前月の六月二十七日に広島市東区光町の広島県教組事務局にけん銃が撃ち込まれた事件(広島事件)で防犯ビデオに不審人物と不審車両が映っていることが広島県警によって突き止められた。
 県警が目撃者の情報などをもとに確認した結果、東区の事件現場周辺の防犯ビデオに映っていた男が目撃情報と一致。さらに光町二丁目の防犯ビデオには犯行のあった時刻の直後に、県教組の入っているビル周辺の路上から急発進する黒っぽい乗用車が映っていた。
 車内には複数の男が乗っていたが、運転する男の人相と現場周辺で別の防犯カメラに写っていた男の特徴がピタリと一致。ほぼ同一人物で間違いないことが分かった。
 車は黒っぽいセダン型の乗用車で関西方面のナンバーだったことも判明した。同県警がこの車両の追跡捜査を進めた結果、車はニッサンシーマで所有者は服部達也(仮名)という人物だった。
 さらに、六月十三日午後九時十分ごろ発生した大阪事件の関連捜査では、同日午後、国道43号線を東の方向から進行してきたニッサンシーマが突然停車。車から降りてきた男が立ち小便しているのを大阪府警の警察官が確認。ナンバー照会した結果、所有者は兵庫県姫路市別所町に住む服部であることが記録されていた。
 服部は日本レジンのインターネットホームページにアップされている刀剣友の会・日本人の会のメンバーで平成十三年五月二十六日に村井らとともに尖閣諸島に上陸している。
 一方、刀剣友の会の会員の携帯通話記録の分析とカードを捜査していた警視庁は村井らが不思議な行動をとっている事に注目した。
 村井をはじめとする刀剣友の会関係者の差し押さえた通話記録を時系列に組み替えて整理した結果、犯行前後の通話状況が明らかにされた。
 それによると東京、大阪、広島の事件はなぜか、刀剣友の会が主宰する刀剣まつりの開催地とその近県で発生しており、その発信地域が犯行時間に合わせたように移動していることが判明した。
 カード捜査によると東京事件では平成十五年五月二十八日と事件当日の二十九日は千葉県木更津市に宿泊しており、宿泊者は村井のほか犯行時に運転を担当していた中林隆一、車の所有者の野口ら四人。携帯記録からは発信地域が東京ー木更津間で移動していることが判明した。
 大阪事件では当日、大阪市内に宿泊し市内を転々と移動している。宿泊者は村井のほか中林、野口の三人。広島事件のあった前日の二十六日は岡山県倉敷市内に村井、中林、麻生孝一ら四人が泊まり、事件日に広島市内に移動している。これらを裏付けるためETC捜査も実施された。
 警察庁は警視庁や大阪府警、広島県警のそれぞれの捜査情報を分析した結果、刀剣友の会と東京、大阪、広島の事件は繋がりがある可能性が強くなったと判断した。
 しかし、証拠に乏しいことからさらに裏付け捜査が必要として十月十四日、東京都杉並区の荻窪警察署の警視庁の共同捜査本部を合同捜査本部に格上げし、刀剣友の会の実態解明と一連の事件の検挙に向けた捜査態勢を固めた。
 合同捜査本部に加えられたのは警視庁、新潟県警、岐阜県警、愛知県警、大阪府警、兵庫県警、岡山県警、広島県警、福岡県警の九都府県警。本部長には警視庁公安部長の伊藤辰夫(仮名)が就任した。伊藤はこの年の八月に公安部長になったばかりだった。
 この捜査本部は建国義勇軍の銃砲刀剣類所持等取締法違反と器物損壊事件の捜査に関し警察法六一条の二、第一項に基づき本部に所属する職員は「協定警察職員」として本部長が指揮を行うことができる。
 協定事件は朝鮮総連中央本部(東京)や社民党に対する実包同封の脅迫事件のほか、東京と大阪のオウム真理教施設に対する発砲事件、広島県教祖事件、朝鮮総連新潟県本部やハナ信金に対する爆発物取締罰則違反事件、外務省審議官や自民党議員に対する実包同封事件など十三事件。
 伊藤本部長の指揮により、各県警は刀剣友の会が主宰する刀剣まつりの地元関係者や日本レジン名義で申し込みのあった宿泊先の従業員に対する聞き込み捜査。設置された爆発類似物の微物鑑定や犯行声明の声紋の分析など証拠化を図る捜査を進めた。つづく

 地検検が拒否
 広島事件で防犯カメラに映っていた運転者と大阪事件で立ち小便していた男の車両照会で浮上した男は同一人物で服部。捜査本部が服部の携帯の通話記録を調べると事件前後の通話先の相手が村井であることが判明した。
 さらに公安部・裏組織による村井周辺関係者の極秘捜査から、村井がグアムに行ってけん銃の試射や弾丸を持ち帰ったり、建国義勇軍の会議を開いているという情報に基づき、捜査権限のないグアムでの捜査を円滑に進めるため、米国のATF特別捜査局に協力を要請した。
 ATF特別捜査局とはアメリカ合衆国司法省内に設置されているアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局で、グアムでけん銃を試射した村井らの行動を解明するため同行捜査を依頼したもの。
 ATFの了解を得た警視庁公安部は捜査員を十二月十四日から二十二日までの九日間にわたりグアムに派遣。平成十二年四月のグアム国内における村井らの行動の解明にあたった。
 その結果、村井は家族五人と刀剣友の会会員九人の十四人で訪れ、中林隆一や野口三男らと共に実弾射撃で射撃訓練をしていた事実をつかんだ。
 村井がけん銃の訓練をしていたところは「USAガンクラブ」で、実弾射撃は357マグナムを使用した訓練であることも入手できた。警視庁捜査員は、ATFの捜査員が「USAガンクラブ」のオーナーに対する任意の調べやオーナーに対する「宣誓供述書」の作成にも立ち会うなど米国の捜査手法を体験している。
 さらに捜査員は、宿泊先捜査から日本レジン名義での現地申し込みのあった会議場を割り出し、従業員の証言から建国義勇軍設立に関して「共同謀議」の事実を入手した。この会議の存在は逮捕後に、村井自身が供述しており、重要な証言となっている。
 こうして警視庁捜査本部が事件の着手に向けて準備を整えている最中、地検の検事がある会合で伊藤にこんな事を言い出した。
 「あんなもんは箸にも棒にもかからないですよ」
 これを聞いた伊藤が激怒した。
 「警視庁が必死にやっているのに箸にも棒にもかからないとはどういう訳だ」
 これまで見たことのないような伊藤のすごい剣幕にその検事は尻込みしてこう言った。
 「だったら…伊藤さん、うちの公安部長のところに来てもらえませんか」
 これで伊藤は「地検はある程度の形をつけているな」と解釈、表情を和らげた。
 十四日の合同捜査本部設置の後の十月中旬、捜査本部長の伊藤が東京地検公安部長の内尾武士(仮名)を訪れた。警察庁長官銃撃事件で事前協議のため何度も訪れている部屋だ。
 伊藤は一連の事件発生で国民の不安が高まっており、早期解決が必要だ。東京事件を突破口に建国義勇軍を解明していきたいとして、ニッサングロリアを運転していた中林、車の所有者の野口と事件全体を指揮した主犯の村井の三人の逮捕から入る方針を示した。
 さらに、伊藤はこれら三人は大阪事件、広島事件にも関与しており、事件として入りやすい旨を主張。特に大阪事件と広島事件では村井、中林の関与が有力である旨も付け加えた。
 しかし、内尾はこう言い返した。
 「伊藤さん、大阪も広島もそうだが一つひとつの事件では証拠は五〇㌫も満たしていませんよ。実行犯の特定さえできていないでしょう。これじゃ令状は降りませんよ。たとえ降りたとしても被疑者の勾留は付けられないでしょうね」
 内尾は、警視庁公安部がやっているこの事件は、捜査の段階で浮上した未把握団体であり、民族派系の会員により構成されているに過ぎず、公安捜査として戸惑いを感じていることは承知していた。
 そして内尾は伊藤に間接的な会話で表現した。それは直接証拠が乏しくても動かぬ証拠があれば地検は受け入れは可能だということだと伊藤は解釈した。阿吽の呼吸である。
 このため伊藤は参事官、公安総務課長、公安三課長、公安部理事官らによる幹部検討会を開催。検討した結果、実行犯は特定できないものの、「動かぬ証拠」を積み上げることで刑法六十条の「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」という共犯理論を元にして事件を組み立てていくことで意見が一致した。
 特に東京事件では犯行に使用したニッサングロリアの「横浜301 て 9××3」は防犯カメラのビデオとETC捜査を含めて動かぬ証拠の一つであり、走行経路まで把握している点を力説する必要があるという結論に達したのである。
 さらに、大阪、広島事件での防犯カメラ等から特定した逃走車両は刀剣友の会という東京事件と同じグループであること。報道機関への犯行声明の録音テープの分析結果は同一人物であり、脅迫状では筆跡鑑定した結果、やはり同一人物が書いていることなどもそろっていた。
 これらをもとに伊藤は再度、公安部長の内尾を訪れて、東京事件の村井、中林、野口の三人を逮捕。家宅捜索での証拠品の押収などで三人を突破口に大阪、広島事件を共犯理論をもとに総括したいとする最終方針を示した。   
つづく

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