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2014年5月 5日 (月)

小説・薬物捜査官 その5

リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官 その5
 たれ込み

 大阪府警の生活安全総務課長と警備部理事官が警察庁を訪れた。篠原組の後藤田作之助の通信傍受結果報告のためだった。
 重森薬対課長は、警視庁から風間理事官と特命捜査官の鬼頭を呼んだ。十六階の特別会議室に刑事、生安、警備の幹部が集まった。
 「それでは只今から後藤田の通信内容について捜査結果を報告させて頂きますが、始めに録音を聞いて頂きます」
 府警の生総課長が自らテープレコーダーのスイッチを押した。テープは回り出したが音声は無い。
 「声が出ないところがありますが、これは削除を求められて消した部分です」
 音声がない部分について課長が説明した。
 「それでキンはアナやんには何にゆうた?」
  「だからさ、あのバカ野郎がさ俺に一千万出せって言うんだよ。だったらお前は、   約束したブツが手に入らないでは済まされない。責任をどう取るんだって言ったよ」
 だみ声の男はさらに続けた。
  「だったら出るところに出るって言うから、どうしようもなかった」
  「で、やっちまった?…。大丈夫でっか」
 と関西弁の男。それが後藤田だろうと鬼頭は思った。
  「奴は骨董(古物)屋だから…もともと俺たちとの接点はない。サツ(警察)には   バレないと思うよ。ただ彼は射っていたようだ。どうも俺たちから出たブツを掠(か  す)めていたような気がする」
  「二割ぐらいは横流ししてるんとちゃいますか?」
 背景音に「兄貴っ、兄貴っ」と繰り返して呼ぶ声が聞こえた。
  「金はもろうたからええけど…何処に流していたんかなぁ…。ところで会長はん、   今度はいつ頃入るんでっか?。それにやっちまったキンに代わる者おるんかね…」
  「もう北はだめだ。特に船はな。重油か何か液体に溶かして入れるっていう手もあ   るとかなんとか言ってたな。単価が高くてしょうがないんだそうだ」
  「ほな、見直しを含めて集まりましょか、総会名目で…」
  「ところで…車の調子はどうなんだよ。ニューベンツは…」と言いかけてその後が削除されていた。
 電話の録音はここで止まっていた。「スポット傍受」で法律的に継続録音ができないばかりか、録音してしまったとしても関係のない部分の記録は保存できないことから、このようになったのだと生総課長が説明した。
 「以上が第三回目の通話ですが、携帯は後藤田の090・23××・××から022・211・××××の固定電話に架けられたものです」
 「固定電話はNTT東日本への割当てで、所有者照会の結果、仙台市青葉区中央四丁目××、新城ビル四階にある新城商会の代表取締役、穴守敬二郎となっていました」
 「どっちの声が穴守?だみ声のほうかね」
 風間が訪ねた。「その通りです」と生総課長が答え、さらに続けた。
 「宮城県警に照会した結果、穴守敬二郎は約三十年ぐらい前に公選法違反の歴があります。これは当時の首長選での戸別訪問です。それから一級建築士の資格があるほか中東貿易協力会役員などという肩書きもあります」
 「中東貿易協力会という団体は存在するのかね?」
 風間が全員の顔を見回しながら聞いた。聞いたというよりは問いかけたものだった。
 「経企庁で調べましたが、一応は存在はするそうです」
 「中東貿易協力会とは主に韓国、中国、インド、北朝鮮、イラン、フィリピンなどを対象にした食品関係から繊維製品まで幅広い輸出入関係業界が会員になっています。昔は工作機械関係業界も加入していたのでココム規制もあり公安の対象でもあった」
 「今はどうなっているのですか?」
 風間の問いに、米森理事官が答えた。
 「ココムは一九九四年に廃止され、今はワッセナー条約に変わっていますが、協会内に兵器関係業界はないので対象にはしていません」
 生総課長からは傍受の状況の説明があった。そして、立ち会いには消防署員が協力したこと。傍受期間は三日間に設定したが記録として保存できたのは本件を含めて二件だったことなどを説明した。
 「それでは次の傍受に移りますが、通信事情が良くなくて途中から後藤田のオフィスの固定電話に変わられましたので不十分ですが一応聞いて下さい」
 音声は途切れ途切れで始まっている。途切れる電話が通話の相手だ。
   「…から…今…ナ…です」
   「聞き取りにくいがな。成果はどないでしか」
   「…やり………です」
   「その結果はアナやんから聞いてまんがな。でなく、今後のことを含めた取引全体   に関してはどないですか?と聞いているのや」
   「…ひきは…あ…は、新橋の…金山…と会う予定だが、金山がセン…で、アナ…」
   「もし、もし、もーし」
   「…は…聞こえ…か…」
   「聞こえんがなもー。事務所の電話に架けてくれへんか。待っているやさかい」
 これで電話は切れた。
 「以上が二件目の傍受内容です」
 生総課長は、通話相手について次のように説明した。
 「後藤田は090・23××・××の携帯ですが、この相手は090・226×・××でプリペイドカード式の携帯と分かりました。東京・麻布で販売されたのですが、購入者は不明でした」
 さらに「固定電話の傍受も必要ですので、さらに令状を請求する予定でございます。今回はまだ七日しか利用していません」と続けた。
 「いいですか?」と鬼頭が口を開いた。
 「この中に出てくる液体に溶かして持ち込む手法は、関空で実際にあった例だと記憶しております。最近は蛇頭を含めて船が大陸から来ないのでいすよ。ですから北朝鮮からの薬は現在のところ入荷がありません」
 「何故なんだね」
 刑事企画課の高橋課長の問いに、さらに鬼頭が続けた。
 「どうも、例のオペレーションの一件が響いているものだと思いますが…一部には、韓国軍が対北対策で沿岸警備を強めたためという見方もあります」
 「分かりました。これで後藤田はどうですか?ガサを入れられますか?」
 重森が最も心配していたことだ。覚せい剤の「覚」の字も出ていない。「ブツ」という言葉だけでは令状は降りないだろうと思っていた。
 「いきなりの令状は降りないだろう。しかし、登場人物の関係について、少し精査しようではないかね」
 瀬上生安局長が言った。
 生総課長は総括の意を込めて登場人物のおさらいと聞き取れない部分を紹介するつもりでさらに続けた。
 「分かりました。繰り返しになりますが、大阪弁は篠原組の大阪の幹部で北の工作船と交信のあった携帯を利用しています。アナやんと呼ばれているだみ声の男が仙台の穴守敬二郎。貿易協力会の会長を勤めるなどしていますが初めて登場する人物です」
 「次に、聞こえなかった電話の内容は想像ですが、『新橋』の『金山』という土地名と氏名が出てきますが、これは仙台市で水死体で発見された東京・新橋の金山剛ではないかと思われます」
 鬼頭もその様に感じていた。その通りだったとしたら、途切れている部分を繋げるとこうなる。鬼頭が予測される会話を再現した。
 「『取引は一応、成功でした。明日は新橋の古物商をしている金山(社長)と会う予定だ』と言い、そのあとに続くのは『その金山が仙台で穴守と会う』かなにかスケジュールを話しているのではないでしょうか。問題は後藤田の話し相手は誰かということです」
 重森が引き継いだ。
 「もうひとつある。後藤田が最初に聞いた『成果はどないでした?』と言う部分だ。これに対して相手が説明しているが、さらに後藤田は『アナちゃんから聞いている』と言っている。その成果は何かだ。スケジュールとは別で、しかもそれは、何かを実行した結果ということになる。それを知っているのは後藤田と穴守とこの通話相手だ」
 「そうすると、とりあえず後藤田ー穴守ー金山が結びつく可能性が出てきたことになる。さらに後藤田と穴守の共通する人物だ。会話の中で『今…ナ…』の部分だが、これが分かれば想像は付くが、いずれにせよ引き続き後藤田の事務所の固定電話の傍受をもう一度実施する必要があるような気がするがどうだろうか…」
 瀬上生安局長が続けて言った。大阪府警は警察庁局長としてのこの言葉に、再度の令状請求に自信が持てた。
 「篠原組へのガサはその後になりますね」
 生総課長が念を押した。そして続けた。意見を仰ぐためだった。
 「篠原組はヤミ金に手をだしており、生活経済課と捜査四課が積極的な事件化を狙っています。この件のガサを待っても良いのですが…」
 瀬上の顔が引きつった。
 「とにかく別件は次の次の手段です。あくまでも本件です。さんざん手を打って最後の手段が通信傍受でしょ?。その傍受が出来ないというなら別です。本件では十日やれるはずだ。まだ三日残っている」
 生総課長を含めて全員が、警察庁の並々ならぬ決意を聞いたような気がした。
 「ヤミ金を組織でやっているのなら東京もやれるが…、傍受と平行で進めたらいかがでしょうか」
 と風間が聞いた。薬物捜査の困難さを知っているからだ。
 瀬上は攻撃的な仕事をする幹部で知られている。一歩も引くことはなかった。
 「ここで妥協すればどうなりますか?」
 瀬上の口調は冷静だった。
 「分かりました。ところで篠原組の勢力は?どのくらいあるものですかね」
 大阪府警の生総課長が資料を鞄から取り出して読み上げた。
 「このほど指定されたばかりですが京都市に本部を置き大阪、兵庫、東京、広島、福岡など十八支部で準構成員数を含めると七百六十人前後です」
 「分かりました。勿論、大阪府警は通信傍受をそのまま進めてもらいますが、念のために、最後の手段として、全国で被害届が出ているようなら全県警あげてヤミ金をやってもよいのではないかと思われますね」
 「時間の関係もありますが、新たに出てきた穴守敬二郎?例の穴守ですがね、重森君、これは宮城県警とはどうなっているの?」
 「宮城県警と警視庁とで例の殺しの件で相互乗り入れをしている関係もあり良いのですが、府警さんは篠原組で連絡を取り合っているぐらいかな?」
 「これまでのところ、電話連絡と電報ぐらいですので今後は、例え本部を置かなくても密にしないといけないような気がしますね」
 生総課長はこれ以上断定的な返事は言えなかったが、会話の中にあった『やっちまった』の部分からすれば「殺人」とも解釈ができるため、刑事部との連携も必要と思っていた。
 「分かっています。きょうはうちの局長が来ていませんが、捜査一課長も含めて検討させて下さい」
 警察庁の刑事局は局長が国会対応から会議には出席できず、出席していた捜査一課長が答えた。
 こうして篠原組に対しては「ヤミ金」対策として支部のある六都府県警察を中心に全力を挙げることとなったが、あくまでも薬物捜査の完遂が府警には求められていた。
 さらに、新たな捜査対象となった穴守については、警視庁と宮城県警の合同捜査本部として、最高責任者は警視庁生安部長の永堀が担当することになった。実質的な捜査指揮権は城西署署長で、朝陽商事班に組み込まれた。
   ×      ×       ×        ×
 警察庁九階にある広報室がA4の写真週刊誌の切り抜きを入手した。一人の男の写真が掲載されていた。
   本誌のスクープ速報
    「平壌に渡った男はこの人だった」  
と題して、二十歳代の男が暴走族の特攻服を着て、オートバイにまたがる写真を掲載していた。本人や家族の許可を得ていないのか、顔には目隠しの小さなホワイトが入っていた。
 重森薬対課長が広報室からの連絡で写真週刊誌を手にしたのが金曜日の会議を終えた後だった。本文には次のように書かれていた。

   韓国の東洋新聞が報じた「平壌に渡った日本人・ミスターX」は仙台の暴力団「関   東連合」の幹部の北島建一(仮名)だった。かつてミスターXは元暴走族集団・み   ちのく連合のチームリーダー=写真。
    本誌は北島が二十五前に所属していたみちのく連合で、三陸海岸初日の出暴走を   繰り返していた当時の友人に接触した。北島は平壌に出発前にこの友人と食事を共   にしており、その際に「長い旅に出る」と言っていたという。
    友人とは「みちのく連合」に所属した時から交際が始まり、その友人によると北   島は二十四歳になった時に「みちのく連合」のトップに抜擢された。
    みちのく連合はその後、東北進出を図った篠原組の目にとまり「篠原組の東北支   部」というふれこみで「関東連合」という新興ヤクザとして組織化された。仙台   や福島、山形などの東北南部の都市部を縄張りにした。
    勢力は百五十人前後だが、東北地区を治めるだけでなく篠原組の東京支部の役目   も果たした。上納金のバーターとされている。一部には中国人マフィアと連携、東   北地区の情報を提供していたとも言われ、北島自身が宮城県警や警視庁に逮捕され   ている。
 
 週刊誌掲載の写真はただちに、警察庁内の関係部所に配られたのをはじめ警視庁や関係県警本部にファックス送信された。
 ファックスの配信を受けて最も驚いたのは、当時中国人マフィアと関東連合摘発の糸口となる高校生に対する覚せい剤密売事件を検挙した福島県警生安部。同事件は警察庁長官賞を受賞したものの、逮捕手続き上で問題になった事件だった。
 同県警は、捜査手続きの過ちの戒めを含めて、全体的には前向きの捜査であったとして、県警察学校の教材として利用するなど、後輩への伝承材料となっている。
 一方、警視庁は日本国内に中国人マフィアが存在し、福建省グループなどの組織化、日本国内の暴力団との連携を解明しているだけに刑事部捜査四課では同記事に注目した。しかし、週刊誌の仮名「北島」ではなく実名の「北上雅也」を記憶している刑事は少なかった。
 週刊誌が発売になって五日後だった。警視庁江戸川署の捜査本部を六十は過ぎているお年寄りの女性が訪れた。手には例の写真週刊誌が握られていた。
 「すみません。金田さんが殺された事件の担当者にお会いしたいのですが…」
 警察署の受付カウンターにいた再雇用の担当者がびっくりした。
 「捜査本部と言ってもこの時間は留守番しかいないのですが…緊急ですか?」
 「あのう、この前、刑事さんから聞かれたことで思い出したことがあるのですが…」
 「垂れ込みだ」と直感した再雇用者は、まず刑事課長卓上に電話を架けた。刑事課長が出たので説明した。
 「上げて下さい。私が扱いましょう」
 女性が刑事課長に説明を始めた。
 「実は先日、事件のときに名前は聞かなかったのですが…。その時は知らなかったのですが…、きょう、この写真を見て思い出したことがあって…」
 「どういうことでしょうか?」
 「私は台東区日本堤で五十年近く旅館を経営している者で、木島さと子と申します。だいぶ前に隅田川で殺された方について、泊まったかどうか刑事さんに写真を見せられた時には、どこかで見た記憶があったが思い出せず『知りません』と言ってしまいました」
 「それで…」
 刑事課長はメモをとるでもなく聞いていた。
 「そうしたら、うちの主人が刑事さんに『誰かを訪ね歩いていた男の人だ』と言ったことから、なんか、殺された方は青森県の人だとか分かったそうですね。うちには泊まっていませんだしたが…きょう来たのはその続きなんです。よろしいでしょうか?」
 「ちょっと待って下さい。それでしたら別の部屋に行きましょう」
 刑事課長は捜査本部のデスク席にダイヤルした。林管理官が電話に出た。
 「刑事課長ですが、情報を持ってきた方がいますので案内します」
 木島さんは足が悪いので、エレベータに乗せられた。
 捜査本部は刑事課のすぐ上の五階の会議室に置かれていた。林管理官の席に案内された木島さん。さらにビックリしたのは、事件の関係が書かれた白板に貼られた被害者の金田正夫さんの隣に貼られた金田悟さんの若い時の写真を見た時だった。
 「あっ、この人だ」
 木島さんは、白版の写真を指さして叫んだ。
 「あぁ来て良かった。この写真の人なんです。私が記憶している人は…。そいで、今回はここに写っている写真の男の人と昭和五十年ごろだったと思うのですが、私たちの旅館に一緒に泊まっていたことがありました」
 「えっ=、この写真の人と雑誌の写真の人とが同じ部屋に=」
 「そうなんです。主人と話していて、この雑誌を見て思いだしました」
 こうして寄せられた木島の情報に、捜査本部と新潟県警は大混乱に陥った。
 既に、隅田川から死体で発見された金田正夫さんは、約三十年前に行方不明になった兄の悟さんを捜しに青森から上京して何者かに殺害された。
 死因は、覚せい剤を一度にしかも大量に注射されたことによる薬物のショック死であること。
 そして悟さんは、山谷で放浪生活を送っていた昭和五十年ごろ「ロックの雅」という男とともに行方不明になった。
 その「ロックの雅」が、今回北朝鮮に行っていることが判明した。
 この結果、悟さんは羹の兄、つまり「ロックの雅」に成りすまされた「はい乗り事件」と見られていたことは、覆(くつがえ)ることになる。
 「なんのこっちゃい。なんだかさっぱり分からん」
 報告を受けた捜査一課長と署長の頭が混乱した。林管理官が一課長と署長の顔を交互に見ながら説明した。
 「そんなに深く考えることはありません。木島さんが見ている写真は本物の悟なんです。そしてもう一人は北上雅也なんです。ですからこれまで悟さんをはい乗ったのは得体の知れないロックの雅と見られていた。ところが今回、ロックの雅の正体が北上雅也であることが明らかになった。それだけの話しです」
 「そうしたら新潟県警の羹の兄は、はい乗り犯ではない?」
 「はい乗り犯人には間違いないのですが、悟さん不明の件、つまり殺されているとしたらその実行犯は二人なのか一人なのかが問題なのです。とりあえず、羹の兄とロツクの雅こと北上雅也は別人であることを証明しておく必要が出たわけです」
 「じゃぁもうひとつ。北上は仙台の暴走族で関東連合の幹部だろう。東京に足があったことで、つじつまが合わないのではないか?」
 署長のこの言葉に捜査一課長が答えた。
 「警視庁が当時、中国のマフィアで福建省グループと日本の暴力団の繋がりを立件しているでしょう。これで北上は仙台だけでなく篠原組の関連がある関東連合と分かった。東京とも繋がりができたわけです。さらに北朝鮮に繋がるとしたら、場合によっては金田正夫さん殺しにも繋がるかもしれない」
 こうして江戸川署の捜査本部は、羹の兄との「面通し」のため木島さんを新潟市に案内することになった。

 木島さんの足が不自由だったことから車での新潟県警行きとなった。捜査本部は林管理官が同行した。木島さんは、北上雅也と悟さんが同じ部屋に寝泊まりしていた当時の山谷の様子を話し出した。林管理官は、懐かしい時代の話しに自身の警察官生活をだぶらせて振り返り何度も何度も質問した。
 昔し話しをしたのも、面通しの前に木島さんに当時の多くの記憶を蘇えらせるための林管理官の作戦だった。
 関越自動車道路の新潟中央インターでは県警高速隊のパトカーが待機しており、新潟中署まで誘導したくれた。
 同署にはマジックミラー付きの調べ室はなかったため、刑事課で待っていた木島さんの前を通行させることで何回も確認された。
 調べ室で録音された羹の雑談も聞かされた。木島さんがようやく思い出したようだ。
 木島さんは長旅で疲れていた様子なので県警で食事をしながらの事情聴取となった。刑事部長応接室に案内され、警視庁の林管理官と県警捜査一課の大島係長が立ち合うことになった。
 「いかがでしたか、思い出したことがありますか?」
 林管理官が切り出した。来る途中の乗用車内での会話の延長線上を演出した。
 「あの男の人ですね。あれはね、確か…労働センターが焼き討ちされた事件の後だったと記憶しているんです。週刊誌の写真の男と良く二人で飲み歩いていましたよ」
 「ということは、今、見た男と悟さんとは別人なんですね。そしてロックの雅こと北上雅也とも別人で、北上と先ほど見た男は仲が良かったことになる」
 大島係長の声がうわずった。DNA鑑定以外の生の証言だった。そして木島さんは続けた。
 「悟さんはさ、ほら稼がないと食べれない訳でしょう。日雇い労働者だからね。ところがあんた…」
 木島さんは饒舌になってきた。
 「なんだっけ週刊誌の男は、はなからヤクザっぽくてさ、よーく悟さんにたばこをやっていましたよ」
 「さっきの男は背広を着ているから、私たちは役人みたいでおかしいし変だなぁって見ていました。一カ月ぐらいの間に何回か来ていましたが、そのうち三人で出て行ったきり帰りませんでした」
 「宿賃の精算はその日その日なので、うちは何の損もしていないのですが、何か月か後に週刊誌の男が来て『誰か悟を訪ねて来なかったか?』て聞かれたんです。三人で出て行ったのになぁ。だからおかしなことを聞くんだなと思っていました」
 こうして、「ロックの雅」は羹兄とは別人だったことが証明された。
 
 報告を受けた警視庁の笹川刑事部長は、警察庁の宗像警備局長を訪ねた。金田正夫さん殺害事件の途中経過報告と北上の身柄についての打ち合わせだった。局長室には警備局担当審議官、小嶋外事課長、国際部長も呼ばれていた。笹川が苦渋にみちた顔で説明を始めた。
 「いゃぁ参りました。報道が先行した形になってしまいました」
 「それにしても警視庁も大変ですね」
 今回の場合は、発表事案とは別問題であり誰にも責任を求めることはないが、警視庁という立場上、情報を持っていながら警察庁に報告する前に報道されたことについて笹川は謝罪したつもりだった。察していた国際部長が切り出した。
 「ご承知だと思いますが、北朝鮮は残念なかせらICPO(国際刑事警察機構)に加盟しておりません。中国と韓国が加盟しているので、北朝鮮を出国した場合に備えた手配は必要と思われます」
 「北上の逮捕状がない場合はどうすればよいか?。それによってどこまで詰められるのかなんだよ」
 宗像局長のこの言葉に、国際部長は
 「手配には赤手配から紫手配までありますが、赤手配は引き渡しを前提に身柄の拘束を求めるものですから令状が無い以上はできません。したがって国際情報照会手配書、つまり青手配書を発行して、北上の所在発見や正確な人定事項や犯罪経歴などに関する情報を求めるほうがよいのではないでしょうか」
 そして小嶋外事課長が続けた。
 「一度手配すれば手配書は加盟国に回りますので行動確認はできるわけです。さらに詰めておくとすれば外交ルートで在北京大使館から中国にお願いして外交ルートによる平壌への働きかけが良いのではないでしょうか」
 「警視庁としては北上の令状をとるまでは行くのかね。行けるんだったら、警察庁としては北京に派遣することも可能だよ。既に中国公安当局とは来日外国人犯罪対応として連絡体制が確立しているからね」
 宗像局長が笹川の顔を見ながら聞いた。
 笹川刑事部長は金田正夫殺害事件について捜査の途中経過を報告した。
 「金田正夫さんは青森県から上京して台東区西浅草のホテルに投宿。兄の悟さんを捜し回っていたんです。そして十二日目の夜に五戸の実家に電話しているんです」
 笹川はたばこに火を付けてさらに続けた。警察庁内は部長や課長の個室での喫煙は部屋の責任者に裁量が一任されている。宗像はヘビースモーカーだった。
 「正夫さんは電話で『明日、山谷に住んでいた当時の知り合いだった男に会うことができる』と喜んでいたというんです」
 「その間の行動で手がかりはないのかね」
 小嶋が聞いた。
 「金田さんは滞在期間の十二日間に三回、近くの銀行から日常の小遣いと思われる現金を引き出していました。その三回のうち一回だけ銀行の防犯カメラに金田さんと連れの男が写っていた」
 宗像が膝を乗り出した。
 「あまり鮮明ではないのですが現在、その写真を元に聞き込み捜査をしている最中なんです」
 「ほう、それで良い情報はないのですか?肝心の北上の足取りについては?」
 刑事部長が警察庁にわざわざ出向いてくるからには、北上の情報ではないかと期待していた審議官が聞いた。
 「出入国記録を見ますと成田を出たのが三月二十五日。現住所の仙台市を出たのが二十一日で五日間の足取りを追跡している最中です」
 笹川はさらに続けた。
 「これは私の私見も含まれますが…、金田正夫さん事件に関与しているのではないかと思えてならないのです」
 「北上がロックの雅であり、当時の金田悟さん行方不明事件に係わっている。そしてその兄を捜しに来た正夫さんは当然、ロックの雅、つまり北上を捜し出して詰問した。筋が読めてきましたね」
 小嶋外事課長が笹川の顔を見ながら付け加えたの対して、笹川はさらに続けた。
 「おっしゃる通りなのですが、北上は仙台市の人間なんです。それがなんで正夫さんと今回会えたのか…。背後になにかあるのでは?などと考えると、もっと詰める必要がありますので、宮城県警とも協力しながら鋭意、努力しております」
 「銀行の防犯カメラの映像と北上の写真の比較はできないのですか?」
 宗像が質問した。
 「防犯カメラの映像の角度と同じような角度の北上の写真が無いものですから…」
 「逮捕歴があるでしょう北上には…」
 「はい。現在、捜査四課を動員して関東連合当時のビデオの入手に全力を上げており、入手できれば科警研のお世話になるつもりでおります」
 「そうですね。角度が一致すれば骨格からもある程度は、出るしね」
 
 笹川刑事部長が金田さん殺害事件を含め北上の打ち合わせに警察庁を訪れているころ、警視庁新橋分室は、ひっくり返るような騒ぎになっていた。
 多摩川署と本部生安特捜隊などが捜査していたコンテナの受取人の東京都新宿区大久保四丁目××番地の淋公平を、淀橋西署員が緊急逮捕していたというのだ。容疑は「覚せい剤所持」。風間は淀橋西署の川崎署長に連絡をとった。
 「風間です。淋を逮捕したんだって?」
 「焼き肉屋をやっていてさ、実は色々な情報が入っていたのだよ。それで未発表だが先月末に覚せい剤所持でマスコミ関係者を逮捕したんだ。発表していなかったのだが、週刊誌に感づかれてさ、時間が持たなくなりそうなので淋に番をかけていたんだ」
 「それで捕まえた。良いネタなんだけどさ…」
 「分かっている。十分に分かっている。多摩川の件だろう。佐山君とは既に連絡しているよ。心配するなよ」
 風間と川崎とは警備部にいた当時からの旧知の仲。そしてその川崎と多摩川署の佐山とは警察大学の同期生だった。この話しを聞いた鬼頭が提案した。
 「理事官、待たなくて良いからさ、明日にでもガサしましょう。多摩川署は既に関係者の逮捕令状を持っており、それだけでも執行しましょう」
 こうして淀橋西署の淋の逮捕で、多摩川署が進めていたコントロールドデリバリー捜査は途中で合同捜査本部として淋の関係カ所の家宅捜索を実施することになった。
 淀橋西署が用意した家宅捜索は淋の自宅、オフィス、焼き肉店など五カ所。そして警視庁は淋の逮捕を含めて多摩川署を合同事件として多摩川関係で十八人を一斉に逮捕するとともに二十三カ所の関係カ所の家宅捜索が実施された。
 淀橋西署は、所持容疑で逮捕したマスコミ関係者の名前の公表どころか、同事件そのものの発表を控えた。
 そしてその日の夕刊各紙はほぼ全紙が一面トップ扱いだった。淋の経営する焼き肉屋「ジュウジュウ」は都内でも有名な店で代議士をはじめ芸能人、マスコミ関係者など政・官・財界にも知られていたからだ。

 事件は連鎖反応的に起きるものだが、事件が解決するときも競争意識を持っているわけではないが、得てして続くことが多い。
 警視庁捜査一課と江戸川署の捜査本部は、金田正夫さん殺害容疑で、東京都台東区根岸六丁目××、暴力団・根岸一家組長、田岡力也(六十三歳)を死体遺棄容疑で逮捕したのだった。
 根岸一家は浅草、隅田、江戸川、足立、葛飾などで下町で開かれる祭り会場の屋台を仕切る古くからのテキ屋だった。
 金田さんの足取り捜査をしていた捜査本部員が、台東区浅草のカラオケ店で喧嘩している金田さんら三人の目撃情報を得た。田岡は地元であまりにも有名だったことから顔を知られており墓穴を掘る形となった。
 捜査本部は田岡の内偵捜査を開始した。しかしどうしても接点が見つからなかった。金田さんにあった薬物の注射痕と田岡の根岸一家が結び着かなかったのだ。
 捜査の焦点は金田さんと田岡とは別のもう一人の男に絞られた。
 そうした最中に、写真週刊誌が北上の写真を掲載。北朝鮮に出国したことが明らかになった。そして木島さんの証言を得たのだった。
 捜査本部は北上の足取りを追った。その結果、三月二十一日に仙台を出て東京に向かったことが分かった。品川区の高級ホテルに滞在していたが、三月二十五日に成田空港から北京に向けて出国していた。
 捜査会議が開かれた。鬼頭が発言した。
 「田岡の目撃証言だけでは弱くないですか。かと言って時間をかけていては、北上が平壌から出国した場合に備えて国際手配しておかないと間に合わない。相手はヤクザ。この際、引きネタは軽犯罪法でもいいのではないでしょうか?」
 林管理官も鬼頭の案に同意した。笹川刑事部長が警察庁と打ち合わせしており、ICPO手配も手はずが整っている。
 「ヤクザと言ってもテキ屋。車の中を捜せばドライバーの一本や二本は持っているだろう。屋台の組み立てには使うはずだから…。署長さんの意見は…」
 「落としネタとしては日夜のカラオケ屋の喧嘩。この時の指紋はあります。さらに、三人で隅田川公園に行く際にタクシーを利用している。そのタクシーの運転手の証言とタクシー内の指紋があります」
 「金田さんのほうには何か立証するのは残っていないのですか?」
 鬼頭が聞いた。この問いには捜査一課長が答えた。
 「胃の内容物から殺害時間は二十一日午後十一時から二十二日午前三時ごろ。カラオケ屋に行く前に食べた馬刺しなどの肉類を摂取していた。その三人の足取りも裏付けてはいる。殺害の動機については、組の若い者から『金田悟さんを捜していた』という情報があるが、これは北上なら引きネタに利用できる。それは当時の旅館の女将さんの証言もあるからだが、田岡にはちょっと弱い気がする」
 鬼頭が金田さんの薬物中毒死について述べた。
 「死因は薬物中毒死です。これは覚せい剤を一気にしかも大量に摂取した場合の死因です。問題は田岡の根岸一家と薬物の接点がないということですが、それは北上の可能性が非常に高い。現在、我々が北上と覚せい剤の捜査を進めています。その捜査で立証される可能性もある。しかし時間の猶予がない。どうだろう見切り発車だが、別件でも田岡の身柄を取ってみてはいかがでしょうか?」
 鬼頭の意見に笹川刑事部長、捜査一課長、署長も林管理官同様、同意した。
 こうして田岡は、ドライバー所持の軽犯罪法違反容疑で連行された。調べは捜査一課七係長の平岡警部が担当した。
 ーーお前も昔気質の人間なら分かるだろうが…。正夫さんが悟さんを捜しに上京したのはな、正夫さん自身が癌に侵されていたんだよ。あと数年の命と宣告されたんで、死ぬ前に大事な仕事があったからなんだよ。酒を飲んでいて気づかなかったのか?。
 「どうりであまり飲まなかったな…」
 ーーカラオケで津軽じょんがら節を歌っていただろう。あの歌はな、悲しい歌なんだよ。江波杏子と織田あきら、西村晃らが共演した津軽じょんがら節という映画。お前も見たんだろう。正夫さんの歌をお前は、どんな気分で聞いていたんだよ。涙も出なかったのか=。
 「刑事さん…。なんで彼が歌ったのを知っているんですか?」
 ーーお前らの行動ぐらい知らないで調べ官が務まるかよ。それでな、大事な仕事とはな、田舎だからさ。墓を守らなくてはならない。兄がいなければ次男の自分の役目になる。ところが命の限りの宣告を受けていて、時間がない。そこで『たとえ目が見えなくても耳が聞こえなくても兄貴の屍だけでもいい』として、たった二人っきりの兄弟なので捜しに来たというんだ。
 「… …」
 ーー先祖の墓を守るためにだ。『絶対に見つかる』と信じて病院にも行かずに病気を隠してだよ。奥さんが泣いていたぞ。あんな、か細い体にお前らは覚せい剤という悪魔の薬を注射した。堅気(かたぎ)の人にだよ。恥ずかしくないのかお前は。痩せても枯れても下町の江戸っ子だろうが。人情も落ちたもんだよなぁー。
 「… …」
 ーーもういい。もういいよ= こんなこと子分達が知ったらどうなるかだよ。お前の墓に唾や小便でもかけるじぁないのか。
 平岡が立ち上がろうとした。イスを引きながらため息をついた。
 「刑事さん待ってくれよ。逃げる訳ではないが自分は殺していない。しかし北上の行動を止められなかったのには責任がある。罪は償いますよ」
 ーーじゃーお前に聞くが、正夫さんをどうやって殺した?
 「北上の奴が隅田川の公園で、正夫さんの顔を殴ったほか胸などを踏みつけて気絶させた後、持っていた注射器で覚せい剤を射ってショック死させたんだよ」
 田岡はさらに続けた。
 「身元がばれないようにと北上が、わざと正夫さんが持っていた携帯の住所録や着信履歴、発信履歴など全てを消してそのままにしたんだ」
 平岡が確認した。
 「正夫さんが電話番号を書いた紙切れを持っていたが、それは何だ?」
 田岡がしばらく考えた後、不思議な顔をして言った。
 「それは知りませんでした」
 テキ屋の親分が落ちた瞬間だった。犯人しか知り得ない「秘密の暴露」には十分だった。さらに平岡は諭した。
 ーーなぁ田岡。これで正夫さんは成仏できるだろうよ。しかし、本当はな兄弟を一緒に出してやれないかな。
 「刑事さんは悟のことを言っているのだろうが、俺も男だよ。あの時は北上に紹介はした。しかしその後の行方が分からないんだ。本当なんだ。必死になって捜す正夫さんの姿に感動して、俺はわざわざ仙台から北上を呼んだんだ。そうしたら彼奴(あいつ)は、俺を共犯だと脅した…」
 この結果は、直ちに警察庁に報告され、北上のICPOへの手配は殺人容疑の「赤手配」に変更された。

 田岡の供述によると、根岸一家は山谷地区は縄張り内だったが、同地区はあくまでも労働力の需要供給でありテキ屋の出る場ではなかった。しかし山谷は暴力団が全く関与しなかった訳ではなかった。
 労働センターが完成し労働力確保や労働者に対する福祉面での支援が始まると、仕事に付けなかった労働者に支給される〝あぶれ手当〟目当ての暴力団が介入した。それが新興暴力団であり、関東連合だったという。
 山谷地区の縄張りは実質的には根岸一家だが、関東連合とは暗黙の了解事として扱われていた。そんな問題から田岡は北上と面識があった。
 金田さんが、「兄の悟さん捜し」をしたのは浅草をはじめ日本堤、清川など昔は山谷と呼ばれた地区が中心だった。山谷と言っても現在は労働者の町には程遠く、当時を知る人は殆ど見つからなかった。
 金田さんが聞き込みの最中に、ふと立ち寄ったところが根岸一家の若い組員の自宅だった。その組員が「金になるかも知れない」と、悟さん捜しに協力することになった。田岡は、若い組員が新しい「金ヅル」を持ったことに怒りを感じたという。
 「古くからの昔気質のヤクザのすることではない」と激怒した。
 「痩せても枯れてもテキ屋はテキ屋。客あっての商売だ」
 が田岡の言う〝ヤクザ気質〟だ。
 偶然だったが若い組員と連れだっている金田正夫さんを見た田岡は青ざめた。
 三十年も前になるが、関東連合の北上から相談を受け、悟さんを紹介した記憶が残っていたからだ。
 当時、悟さんは日雇い労働者として山谷地区で働いていたが、元浅草のある寺の縁日の夜、田岡の出店している屋台で偶然にも知り合った。
 以来、田岡は舎弟の店を紹介、悟さんは同じ東北出身の組員とうち解けるようになり、時々はアルバイト的に屋台を手伝っていた。
 そのころ北上は、中国マフィアの要請を受けて北朝鮮から密入国した男の戸籍を確保する仕事を二百万円で引き受けていた。「良い人はいないか?」と聞かれた田岡は、深い事情を聞かずに悟さんを紹介した。
 田岡が青ざめたのは金田さんがその悟さんに良く似ていたからだった。田岡は悟さんを北上に紹介はしたものの、その後、何処にどう行方不明になったのかは北上から聞かされていなかったという。
 「どんな事情にあったのだろう?」と疑問を持った田岡は、やがて自ら正夫さんを誘うようになった。兄貴の悟さんの行方を知りたい田岡は、仙台にいた北上に連絡した。そして初めて、悟さんの戸籍を得るため殺害したことを打ち明けられた。
 翌日、北上が上京した。北上は田岡に迫った。悟さん殺害事件は田岡の紹介を受けてはじまったことだから共犯者だというのだ。田岡は北上に言った。
 「俺は関わり合いたくない。話しを聞いてみると俺たちと悟さんの関係はまだ知られていない。しかし、長く滞在されると、どのようなルートでばれるか分からない。この際、早く追い返したほうが良いのではないか?」
 「だったら三人で飲んでガセネタを掴ませるか?」
 北上が提案した。話しはまとまり北上、田岡と正夫さんの三人で飲むことにした。正夫さんは酒は控えめだった。それでも意気投合して浅草のカラオケ店に行くことになった。
 そこで「話しの辻褄が合わない」とあまり酔っていない正夫さんが怒り出した。
 大声での口論となったため、北上は「外で話そう」と正夫さんを誘い隅田川公園に行った。そこで再び口論が再燃。北上が正夫さんの顔や胸を殴り意識不明にしたあと、持っていた注射器で覚せい剤を大量に注射。堤防から隅田川に放り込んだ。
 「おまえ何の注射をしたんだ」
 田岡は北上に聞いた。
 「覚せい剤ですよ。こうすると事件が発覚しても覚せい剤がらみとなり、捜査の方向は薬物捜査になるでしょう。捜査かく乱のためですよ」
 驚いて立ちつくす田岡に向かって言った北上の次の言葉は
 「これで田岡さんも同罪ですからね」
 こうして田岡は、北上が動かなくなった正夫さんを公園の堤防から投げ捨てるのを手伝わされたというのだった。
 捜査本部は田岡を殺害に加担したものと判断、逮捕容疑を共謀共同正犯の殺人容疑に切り替えた。
 自供と同時に田岡の自宅、根岸一家の事務所、それに北上の所属する関東連合や仙台の自宅、東京の組事務所などを家宅捜索した。捜索箇所は北上の女性関係箇所などにもおよび計十二カ所にのぼった。
 特に北上に関しては、覚せい剤を使用していることから入手先の割り出しを最優先する必要があった。
 そのためには、篠原組の捜索は薬物本件での着手が求められる。警視庁の要請を受け警察庁は、大阪府警が後藤田作之助の再度の通信傍受を予定しているおり、ヤミ金業を含めた総合的な頂上作戦も必要だが、瀬上生安局長の意見通り、最優先は薬物捜査と決めた。
 この結果、金田正夫さん殺人事件と悟さん行方不明事件では警視庁、新潟県警、宮城県警、埼玉県警、長野県警の共同捜査体勢が組まれた。
 さらに後藤田の篠原組関係では大阪府警、警視庁。仙台市の金山剛さん殺人事件では既に宮城県警、警視庁。工作船から押収された携帯電話の通信先関係では兵庫県警、茨城県警、高知県警、鹿児島県警、 北海道警などを含めると一連の事件で関係する都道府県警は三十数県にのぼり史上最大の作戦が展開されている。
 警察庁は、重要人物のNシステムのチェックも含めると関係する本部は四十都道府県警となるため担当者を集めた大捜査会議を開く必要があるとした。

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