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2014年5月 5日 (月)

小説・薬物捜査官 その6

リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官 その6
 頂上をとれるか?

 東京国税局の甲斐誠二・査察部長が警察庁九階の吉川英明次長室を訪れた。次長室には宗像警備局長、田中刑事局長、瀬上生活安全局長が同席した。
 国税当局と警察当局の連携で事件を解決する例は多い。オウム真理教事件では、教壇のマネーロンダリング対策として国税当局が強力な査察を実施。収入源となっていたパソコン関連部門にメスを入れている。
 今回の甲斐査察部長の訪問は、警視庁が既に捜査を開始している東京・新宿歌舞伎町の朝陽商事に関してだった。
 「本日はお願いがありまして…先日は兵庫県警の件で表彰をうけましたがありがとうございましたと御礼を言ってこいと…長官が言っておりまして…ついでで恐縮ではございますが…」
 甲斐部長は、今年四月に大阪国税局明石税務署が兵庫県警に協力して実施した地元暴力団に対する査察に対して、警察庁長官協力賞を受賞したことに対する御礼を述べたのだった。
 御礼と言っても小松国税庁長官の伝言を伝えたもので、甲斐にしてみれば「今回来庁したのは長官も了解事項だよ」と暗に知らせる〝威嚇〟のためでもあった。お互いに一通りの挨拶を交わしたあと、再び甲斐部長が続けた。
 「大変恐縮でございますが…既に警視庁が内偵されている朝陽商事に関して私共としても着手させて頂きたく…甚だ勝手なお願いですが…ご意見をお聞きしたくて…」
 甲斐誠二と言えば、査察部では〝剃刀の誠二〟の威名の持ち主。但し「話し下手」でも有名だ。話し言葉でありながら切れ目のない文章が蕩々と続く。吉川次長が途中で言葉を挟んだ。
 「分かりました。瀬上君、警視庁から報告は受けているのかな?」
 朝陽商事は貿易商の看板を持っているが、裏金融の噂も多い。今回は九州南西海域で発生した工作船の薬物取引で、国内の関係者と通話したとみられる電話番号が残っていたことからの着手であり警備局と瀬上生安局長の主管だった。
 「朝陽については着手してから三カ月になるかならないかのはずです。つい先日の会議報告では、貿易商の他に古物関係とか何をしているのか実体が分からない業者だと言っていました。我々の最大の狙いは、ご承知と思いますが、北朝鮮の工作船関係なのです。この解明も含めて既に別件ですが令状を取っており着手のタイミングをみている段階と言っていました」
 瀬上は、詳細の報告を控えた。むしろ国税の狙いを知りたかったからだ。甲斐部長が喋りだした。
 「今回は利息制限法が改正されたことからその関連で実施するもので…どうも…あの会社は我々が二年間にわたりマルサによる内偵を続けた結果…どうしても…金の流れを把握しないと…」
 相変わらず歯切れの悪い説明が続けられた。二年前に利息制限法が改正されたがその関連としてこれまで、大手金融業の査察を実施しておりその一環だという。「果たしてそれだけだろうか?」。さすが「剃刀の誠二」だけあって捜査の手の内は見せないということか。
 「分かりました。ご承知と思いますが事件を担当しているのは警視庁だけでなく他府県警も絡みますのでガサの実施時期については時間を下さい。連絡します」
 吉川次長は、お互いが腹のさぐり合いをしていても無駄な時間が過ぎるばかりだと判断しての言葉だった。
 「連携をとらないとね。どっちも潰れても困るし…」
 瀬上の念押しの言葉だった。瀬上にしてみれば、単なる薬物事件解明だけでなく、あらゆる法令を適用するため薬物の特命捜査に加え、生安からは生活経済も投入しての捜査を続けてきた。
 甲斐部長が帰ったあと吉川次長が心配になり、瀬上局長に聞いた。
 「警視庁がなんと言うかだよな。その辺の誤解を与えないように説得を頼みますよ」
 「次長、これは想定の範囲内だったのです。情報によると政府サイドでは北朝鮮の貿易の実体把握を進めているらしいのです。それで国税も出てくるのではないかと見られていました」
 「いつごろから出ていた?」
 「我が社が着手した直後の情報ですが…。先ほどの話しでは二年前からやっていると言っていましたね…」
 「先ほどの言葉ではそうでしたが、どうも北朝鮮からの農産物輸入に関係あるのではないかとみているような気がしているんだよ」
 「どうします。今回のガサ?」
 「警視庁の令状は何でとっているの?」
 「いまのところは、貸し金業の規制に関する法律違反です。第三条の登録関係となる見込みです」
 「貸金法か。薬物関係では取れなかったのかね?」
 「薬物関係では薬の入りと出がありまして、かなりのネタは持っているのですが、例の海保の情報が出たこともあり、物がない可能性があり、どうしても別件にならざるを得ないというのです」
 「ほう、どんな?」
 「潰した携帯を押収していまして、そのなかの一つか二つに朝陽関係の電話の記録があったり…などです」
 「分かりました。しかし、あくまでも狙いは覚せい剤で頼みますよ」
 国税当局の捜査協力要請を受けた瀬上は警視庁の永堀生安部長に連絡。途中経過報告を兼ねた打ち合わせの会議が突然、開かれることになった。
 警察庁からは吉川次長、刑事、生安局長、警備局からは局長が不在のため審議官。さらに捜査一課、生安企画、外事の各課長が出席した。
 警視庁からは永堀生安部長、笹川刑事部長、風間理事官、鬼頭捜査官らが呼ばれた。風間理事官から捜査の現状が報告された。風間は刑事・生安両部を兼務する理事官だ。
 「朝陽商事に関する捜査は特命室を中心に城西署と下町署とで総勢は二十五人です。社長の帳亭植の行動範囲は北は岩手県の盛岡から南は九州薩摩半島までかなり広範囲でした。しかし、帳社長に対する直接の逮捕容疑はありません。商事会社法人に対する家宅捜索の容疑は貸金法違反です」
 さらに具体的に説明した。
 「下町署員が朝陽商事が捨てた燃えないゴミの中に使い古した携帯電話が潰されているのを発見しています。その中に潰し切れていない携帯がありまして、朝陽商事の社員の携帯電話と連絡取り合った記録も発見されています。この携帯から覚せい剤密売で逮捕したイラン人の指紋が発見されました」
 風間はさらに続けた。
 「このイラン人は城西署が逮捕しています」
 「さらに、朝陽の所有する車両、特に帳社長などの行動をNシステムで調べた結果、北の工作船から押収した電話通信記録と奇妙に一致している部分があり、今後、解明が必要かと思われます。この件が捜索後の押収資料に頼らざるを得ない部分です」
 警察庁の生安企画課長がまず質問した。
 「潰された携帯電話って、どういうこと?」
 「おそらく使い捨てのプリペイドカード式の携帯で、最近は密売組織が良く利用しています」
 風間はさらに続けた。
 「取引は大手都市銀行が中心です。それに印刷会社を見張っていて分かったのですが、朝陽商事名義のヤミ金のチラシもありました。同社は金融営業の届け出はありません。貸金業法に違反しています」
 「この件に関しては新潟県警が同社の社員を逮捕しており、並行して捜査を進めておりました。入り口はここかと思います」
 瀬上局長から質問が出た。
 「それだけで帳まで伸ばせるのですか?」
 そしてさらに
 「さきほど言った中で『押収資料に頼らざるを得ない部分』はなんですか?」
 その部分について風間は言葉を濁した。
 「押収資料の一部です。我が社が最大の目標としているのが北との薬物の取引なんです。そのためには全体的に見える帳簿類が必要なんですが…ですから国税との同時捜索ではないよう調整はできませんか?」
 重森課長が田中刑事局長、瀬上生安局長の了解を得て立ち上がった。
 「我々の目的はあくまでも北の工作船に関係して押収した携帯から、海保が出来なかった薬物の国内流通組織解明ばかりか、国外も含めた全体的な解明にあります。その資金等の流れを見るためにも必要なものが帳簿なんです。そういう意味で押収が可能な令状があるんだから、国税には待っていただくことは出来ませんか」
 田中刑事局長が語気を強めて反論した。
 「令状があるんなら、これまでなんで放っておいた。薬物関係に至ってはイラン人を一人捕まえたぐらいでは問題外だ。貸金法だけなら国税と同時にやって総合的にくくったほうがいいと思わないか?」
 鬼頭が遠慮がちに声を出した。そして立ち上がった。
 「現在、イラン人の携帯番号記録のあった朝陽の一人を尾行中です。何時でもとれますが時間がほしいのです」
 これが田中局長の逆鱗に触れた。机を叩く音がした。
 「君ね、だったら具体的な時間を言ってみろよ。君たちの言っているのは『今やっている』いや『今捜査中だ』ばっかしだよ。今回の国税の捜索はな政府の方針でもあるんだよ」
 捜査一課長が田中局長の言葉を受け継いで言った。
 「やれば別件、別件と別件ばかり。生安はそんなレベルか?」
 「天下の警視庁が…何をやってるんだよ」
 誰かの野次が聞こえたが鬼頭は無視した。
 捜査一課長が続けた。
 「一連、一連と言っても事件をやっている大阪府警、新潟県警、それに宮城県警?みんな何の繋がりも出ていない。みんな別件、別件だからだよ」
 さらに田中局長は続けた。
 「金の流れは国税にやってもらって、その資料を貰ったほうが良いんじぁないの?そのほうが君たちが薬物に専念できるってことよ」
 最大の嫌味に聞こえた。風間が言おうとしたがそれでは全面対決になる。必死に押さえた。
 鬼頭は心の中で整理してみた。多摩川署の焼き肉屋関係のガサ結果が出るのは時間の問題だ。しかしこれは刑事局には報告していない件。
 それに通信傍受から篠原組の薬物取引相手が特定できるかも知れない。その相手に朝陽が入っているかもしれない。これらを合わせると朝陽商事は、一連の中で〝頂上〟と言える可能性は高い。
 最も期待しているのは新潟県警の佐渡通信に対する捜索だ。場合によっては北と直結する可能性だって秘められている。押収する資料がどれ一つ欠けても頂上に届かなくなる危険性はある。
 これらの情報を全部さらけ出して良いのだろうか。警察庁を信じない訳ではないが、マスコミに報じられたら海上保安庁の二の舞になりはしないか。鬼頭は迷った。反論したかった。意を決して立ち上がった。
 風間が制止しようとしたが遅かった。
 「お言葉ですが…」
 立ち上がった瞬間、田中局長から睨み付けられた。会議場は凍り付いた。
 「お言葉ですが、國島長官の言われた『威信をかけてやれ』の言葉を信じて我々はやってまいりました。政府の方針と言いますが国税は二年も待っている。我々はあと十日もいらない。一週間でもいいのです。時間を下さい」
 鬼頭は定年まであと二年。「できなかったら首ぐらい何時でも差し出すよ」と言いたかったが重森と風間の顔を見ると言えなかった。風間は必死に目で制止している。
 警察庁には、かつて「お言葉人事」というのがあった。部下が「お言葉ですが」と幹部に反する意見を言うと、人事異動の対象にされたという悲劇だ。
 「一週間でやれると言ったが、重森君はそれで良いのか?」
 瀬上生安局長が重森に聞いた。
 「鬼頭警部は我々も認める専門職の特命捜査官です。だから全国の事件を総合的に見て判断をして貰っています。それは長官もご存知のとおりです。従って報告できないことも多々あり、組み立ててみないと分からない部分もあるでしょう。その意を汲んでほしい」
 ここまで言って田中局長を見た。そして続けた。
 「これが『薬物に対する組織捜査なんだ』という前例を作ってほしいと長官からも言われている。もはや薬物捜査は都道府県警察単位では追いつかないのです。お言葉を返すようですが、お望みなら警視庁に手を引かせますか?」
 「いや、俺はそんなつもりで…」
 田中局長がテレながら頭をかいた。
 重森はさらに続けた。
 「度々申し上げているように、携帯電話やインターネットを含めて伝達手段がこれほどまでに発達しますと、情報は瞬時に国境を越えて世界中に流れます。日本国内の組織だけでなく世界中の組織が連絡し合うことは可能なんです。
 ですから情報は秘匿が望まれています。テロリストに対する情報収集班や警備の特殊部隊のような国費で運営できるものを薬物捜査でも何らかの手段がほしい。私はそう思っております。
 税関などはコンテナ一台を丸々、レントゲンにかけられる資機材だった持っている。今はもうそういう時代なんです。日本は覚せい剤消費国のナンバーワンですので、これ事態が私は国策と思ってやっております」
 大演説だった。会議場は静まり返った。吉川次長が全体を見回しながら口を開いた。
 「重森課長の言う通りだよ。国税のガサは何でもかんでも持って行ってしまう。それでは警察としては叶わんだろうと思うよ。瀬上君、調整は取れないのか」
 「分かりました。それに宗像局長が言っていましたがガサには公安も入りたいと…」
 「そうしてくれよ。鬼頭さんそれでいいですか。長官も期待されているのだから…全然、焦ることはありません。ただ良い結果を待っていますよ」
 吉川次長のこの一声で会議は終了した。重森は鬼頭警部と風間理事官を誘い瀬上局長室を訪れた。
 「局長、宜しくお願いします」
 鬼頭と風間が頭を下げた。
 「鬼頭さん、かねがね噂は聞いていますよ。定年が近いようですね。風間君、もったいないよなぁ。日本警察の財産だぜ」
 瀬上は警視庁の経験はないが「常に日本警察は警視庁がリードしている」と信じているうちの一人だ。
 瀬上局長卓上の電話が鳴った。
 「今、打ち合わせ中なのでこちらから連絡します」
 「すまない。次長の言う通り、国税はなんでもかんでも持っていくから困るんだよね。うちとしては銀行の金の流れを見たいんでしょう。国税が引かない場合は、警察として押さえたいリストをもらえませんか?どこまでやれるか分かりませんが…鬼頭さんのためにも努力しますよ」
 重森が続けた。
 「きょうは田中局長が大変失礼なことを申し上げてすみません。あの方は悪意がないので気にしないで下さい」
 重森、鬼頭らが引き揚げたあと瀬上局長のもとを毎朝新聞の警察庁担当、上沼記者が訪れた。そして、こう切り出した。
 「大阪府警で通信傍受を実施したそうですね」
 いきなりの切り出しに瀬上局長が驚いた。しかし、ここで顔色を変えると全てがバレてしまう。かと言って嘘は付けない。困った顔をすると心を読まれてしまう。ましてや上沼記者は敏腕として名高い。
 「実施しました。国会報告が求められている事案なので正直に申し上げます。しかしね上沼さんよ。頼みがある。通信傍受と言うのは実施しても収穫がなければ実施しないのと同じなんです。例の工作船で押収して携帯の記録からやりました。既に海保のニュースでご承知でしょう?。ですから、ここのところは押さえてもらえませんか」
 「押さえるのはいいのですが、大阪府警の担当者が掴んだものですから…。他社はどうですか?」
「まったくありません。タイミングを見て配慮させて頂きます。今回の一連の事件では毎朝さんがリードしていることは重々分かっております。正直言いまして海保の二の足を踏みたくないのです。今が大事な時期にきているのです」
 瀬上はさらに続けた。
 「それに、たったの二回だけ聞きました。うち一回は雑音が多くて良く分からなかったのです。もう一度令状を請求する予定です」
 「分かりました。しかし私の一存では決めかねられないので…。後で返事することではいけませんか?」
 上沼のこの人柄が警察庁内でも好感を呼んでいる。瀬上は前任者の鈴木記者とは信頼関係を築いていた。その鈴木は、社会部のデスクに昇格している。鈴木にお願いする手もあるがこの際は上沼に期待することにした。「何か謝礼を」と考えた瀬上は言った。
 「風営法の改正をしたいと考えているのですが、興味ありませんか?」
 「どんなことですか?」
 上沼は非常に乗り気だった。
 「出会い系サイトが大変問題になっているのをご存知ですか?。あれを規制しようと思ってるんです。とにかく女の子の書き込みが凄くて…」
 「面白いですね。どんな規制を?」
 「出会い系サイトはご存知ですよね。男を勧誘するため、如何にセクシーに書くか。例えば『あたし今晩、うずいているの>電話ちょうだい>』とか『私、十六歳、お小遣いくれる男性はいないかな。二万円で即OKよ』など過激な書き込みが多いんです。そこで、こうした書き込みを規制するためには、未成年者であろうと女の子であろうとビシビシ逮捕するという法律です」
 上沼記者は益々、興味を持ったらしくお願いしたいと言う。
 「それならば生安企画課長の霧島のところに行って下さい。電話をしておきます」
 こうして上沼は引き揚げて行ったが返事が気になる瀬上であった。
 返事には時間がかからなかった。快く了解してくれた。瀬上は感謝の意を込めて「風営法の件は宜しくね」と力を込めた。

      ×      ×       ×       ×
 新潟県警の四階会議室に四十二人の捜査員が集められた。その中には警視庁の鬼頭特命捜査官の姿があった。
 会議室には、五人掛けの細長いテーブルが二列ずつ十机が並べられていた。各班ごとに警察無線機が置かれ、無線機の下には捜索場所と担当者の名前が書かれたA4の紙が入った県警の封筒があった。
 さらに会議に入ってからは、それぞれの班長に捜索令状とカメラが渡された。カメラは捜索令状を示す際の写真を撮影するほか差し押さえ物件の写真などを撮影するものだ。
 金田こと羹が、悟さんに成りすました事件の公正証書原本不実記載と公務執行妨害、三十㌔の速度超過違反容疑による佐渡通信など関係箇所に対する家宅捜索のためだった。
 正面の黒板には、
 六月二十七日 金曜日(大安)
の日付の横に各班に割り当てられた乗用車や押収物を搬送する車両番号が書かれていた。
 指揮官は阿部生安部長が担当することになった。
 「それでは今回の家宅捜索について申し上げます。捜索対象は佐渡通信とその関係箇所六カ所です。容疑は金田こと羹が青森県の金田悟さんに成りすました事実が明らかになりました」
 いつになく阿部部長の緊張した声が続いた。
 「そして工作船から発見された水死体が羹の弟だったことから、これの裏付け捜査が中心でございます。特に工作船関係では覚せい剤の密輸という事実がありますので見逃すことのないようにご注意を願います…」
 阿部の長ったらしい説明が終わった。そして鬼頭が紹介された。
 「きょうは警視庁から特命捜査官の鬼頭警部が来ておられますので、薬物関係の件で何か指示があればお願いしたいと思いますが…」
 鬼頭が立ち上がり、その場で挨拶した。
 「特別の指示ではございませんが、覚せい剤と思われるような粉等が発見されましたら待機しておりますので、その場から一報をお願いします」
 薬物関係の捜索で最近は、発見しにくく巧妙に隠されている場合が多く、家宅捜索しても発見されない場合が少なくない。中には、飾られた額縁を壊したり応接室のソファーを壊してようやく発見する場合もある。
 このため薬物捜索には薬物専門の麻薬犬が出動する場合が最近は多くなっている。鬼頭はこうした事情を説明するとともにさらに続けた。
 「特に冷蔵庫の中や食器棚では食器の裏側にパケを張り付けてあったり、ジャムとかバターなどの入れ物に隠すなど様々な隠し方が考えられます。壁掛けや本棚なども隠し場所です。ゴルフバックなども頭の中に入れておいて下さい」
 鬼頭の後に続いて捜査二課長から指示が出された。
 「資金の流れを解明するためには帳簿類は当然ですが、預金通帳などの場合は印鑑も重要な裏付け資料になります。またカギ類にも気を配って下さい。貸金庫の可能性もあります。全部残らず根こそぎの押収となります。その際、押収物件の記入漏れのないよう注意することです」
 次いで笹原外事課長が立ち上がった。
 「成りすまし、つまり、はい乗り容疑関係では古いパスポートや手紙などの通信関係資料。特に外国とのメールのやりとりにパソコンが使われますのでメールにも気をつけて下さい。ハングルなどあちらの文字が書かれたメールがありましたら、かまわないからパソコン、携帯など全て押収すること。フロッピーもです」
 阿部生安部長は係長に資料の説明を命じた。
 「テーブルには配置表の入った資料があります。そこに担当班名とそれぞれの責任者名が書かれているので参考にして下さい」
 阿部部長の言葉が終わるのを待って生安係長が続けて言った。
 「事務的な連絡をします。着手時間については無線で指示しますが概ね九時ごろと見て下さい。それから佐渡島や県外、特に東京出張所などもありますが、既に配置についています。途中の連絡はそれぞれの班の係長が責任を持つこと。質問がなければ出発して下さい。それから羹の乗用車担当は分かっているね。運転日報を含めて、担当者は頼みます」
 捜査一課係長の平井警部が鬼頭に向かって言った。
 「現場で覚せい剤のような物が発見されても、中には素人が多いので分からない場合がある。どうすれば良いか?説明してやってくれませんか?」
 鬼頭に変わって阿部生安部長が答えた。
 「平井さん、申し遅れましたが、薬物の出そうな場所には保安担当員を配置しているので大丈夫です。すみませんでした」
 ムッとした平井が
 「んなら、最初からそう説明しろよ」
 平井と言えば県警内では、部長であろうと課長であろうと歯に衣を着せない言葉使いをするベテラン刑事として有名。鬼頭は既に、金田悟こと羹の調べで一緒していたので人柄まで知っていた。
 こうして佐渡通信関係の家宅捜索は一斉に着手された。警察庁に着手報告されたの午前九時三分。六月にしては蒸し暑い日だった。
 警視庁新橋分室の風間理事官卓上の電話が鳴った。鬼頭からだった。
 「理事官ですか?。鬼頭です。今、着手しました。凄いですよ。四十人ですよ」
 「ご苦労だね。そうすると今回は押収資料の分析までそっちにいることになるね」
 「出た物次第ですが…多分、そうなるでしょう」
 「『出たとこ勝負』だからと言って佐渡島などに『出て行って』遊ばないようにしてくれよ…これ冗談だがね…」
 「いいですね。そのアイディアはもらいました。いや冗談ではなく今回の捜索箇所に佐渡島営業所がありましてね。覚せい剤の粉末でも出れば、私が行かないとね…」
 「行けば良いんじゃないですか。そのかわりだがね、戻ってもこっちの机は無いものと思ってもらわないと…」
 部屋にいるか本部庁舎に行くか警察庁に出向くかなど、行動半径の狭い風間にとっては、うらやましい仕事と思っているのだろうと鬼頭は思った。
 正午のニュースはテレビ各社ともトップニュース扱いだった。局によっては「北朝鮮の覚せい剤販売組織にメス」などとオーバーに表現するところもあった。
 部屋でテレビを見ていた牛島県警本部長に電話が入った。警察庁の瀬上生安局長からだった。
 「派手にやってますね。期待しているんだけどさ、スイス銀行の口座なんていうのがあるだろうな。国内でも良いが、とにかく組織犯罪という裏付けを頼むよ」
 「了解、了解。刑事連中の話しを聞くと、確かに税務への申告というか年商が八千万ぐらいと言うのは少なすぎるですよね」
 「地下銀行発覚>なんていう新聞の見だしに期待していますよ。ところで新潟ではゴルフはやっているの?。雪でできねぇか」
 「瀬上さんよ。新潟って言ってもね、年から年中雪があるわけでないの。いいですよ自然は。空気が澄んでいてね…」
 牛島にとってはひさしぶりの同期の瀬上からの電話だった。瀬上はゴルフでは牛島に叶わない。だから会話を交わすだびに瀬上は、牛島に嫌味を言うことがある。
 それに、瀬上は未だに本部長経験が少なく一回だけなのに対して牛島は既に三回目。「本部長になってちょっとは地方を楽しみたい」が願望の瀬上なのだ。
 「牛ちゃんよ。警視庁の鬼頭が行っているだろう。あれは俺が気に入っている捜査官なんだよ。この前さ警察庁の会議で刑事局長をやり込めていたよ」
 「ほう、根性もあるんだ。しばらくこっちに置いて貰うとしますか。うちにも平井と言って猛者がいるんだ。この前は一緒に調べをやっていたぞ」
 「見たかったな、その調書を…。いずれにせよ定年まであと二年らしいんだ。それはそうとして牛ちゃんは定年になったら田舎に帰るのかね」
 「いや、相談員でもするかなぁ。そっちは長官か総監コースか…なんと言っても同期の出世頭だからな」
 「バカを言うなよ。何も出んぞ…」
 各紙の夕刊は派手だった。毎朝新聞は一面、社会面を飾っていた。
 
  新潟県警 「はい乗り事件」捜査に着手
   関係捜索は六カ所
 そして社会面は見開きだった。

  北朝鮮工作船の携帯番号の男は漁業無線の修理販売会社だった
  「私たちの家族を返して…」
      青森県の金田さんの家族が悲痛な訴え

 六カ所の家宅捜索箇所から本部に次々に連絡が入った。
 「鬼頭さん電話です」
 鬼頭は「覚せい剤が出たかな」と思うと胸が高鳴り、アドレナリンを感じた。
 「鬼頭警部、覚せい剤は必ず白い粉なんでしょうか?」
 思いも寄らない捜索箇所からの連絡だった。
 「何処の捜索場所からですか?。保安係はいないのですか?」
 鬼頭が聞き返した。
 「佐渡島の佐渡通信の出張所です。保安は来ていません。薬箱が置いてあって、色々な顆粒薬がありましてどれがどうだか分かんのですが?」
 「分かりました。覚せい剤は原則的には白い粉ですが、最近は液体に溶かして持ち込むなど巧妙化が進んでいるので原則なんてありません。それに錠剤もあります。量はどのぐらいあるのですか?」
 「黄色の色のついたビンなんですが…十㌢ぐらいの太さで十五㌢ぐらいの高さのビンです。それが二本あります。これは倉庫の中から見つけました」
 鬼頭は疑問に思った。
 「倉庫の中?ですか?その倉庫は他に何が入っていますか?」
 「機会の部品などです。それに酒ビンなどです」
 機会類の入った倉庫などに置いてあったということに鬼頭はこだわった。
 「封印してありますか?」
 鬼頭は念を押した。
 「封印はしていません。ビンは汚れていますので前から放置しておいたのではないでしょうか?」
 「分かりました。一応、押収しましょう。状況が分かるように写真を撮影しておいて下さい」
 「薬箱全部を持って行きましょうか?」
 「薬箱もビンも全部を持ってきて下さい。遠慮することはありません」
 電話の結果を阿部生安部長に報告した。隣で聞いていた平井警部が言った。
 「ほら見ろ。鬼頭さん、行った方がいいんでないか?。部長、ヘリを出せヘリを…」
 「平井さんいいよいいんですよ。全部持って来ればいいんです」
 鬼頭は恐縮して言った。阿部部長がおもむろに口を開いた。
 「保安係りを全員出しても追いつかない状態なので、勘弁して下さいよ。鬼頭さん全部持ってくるよう言ったのですね」
 午後六時を過ぎると、各捜索場所から無線で「終了」報告が次々に入り出した。
 すべて終わったのは午後七時半。最後の班が戻ってきたのは八時を過ぎていた。
 鬼頭は、佐渡島の押収物を待っていた。県警の船で行っており、捜索班が本部に引き揚げて来たときは九時に近かった。
 「見せて下さい。本物だったら最高のガサなんですが…」
 三階の保安課に運び込まれた。
 「鬼頭さん=違うような気がしますね」
 がっくりした表情で保安の主任が言った。呼ばれた鬼頭も小指につけて口に含んだ。鬼頭も「違うな」と思った。
 「残念ですが…覚せい剤ではありません。何の薬か分かりませんので、一応鑑定して下さい」
 鬼頭が丁寧にお願いした。
 「課長=だめでした」
 報告を受けた柴田保安課長の表情がゆがんだ。
 「ありがとうございました。いいんだよ。それにしても…みんな、よく頑張ってくれました。ご苦労さまでした」
 ビンは他の薬箱ごと鑑定に運ばれ、押収薬品全部が検査された。その結果、ビン入りの白い粉は二本とも金属の研磨剤だった。
 「事務所の前に倉庫みたいなところがあり、そこのカギが無いと大騒ぎになりました。『きょうはカギを持った人が新潟市内にいるので帰ってくるのは明日だ』という。冗談じゃぁないと言うことで、カギを壊して中に入りました。ここまでは完璧だった」
 顔が真っ赤だった。
 「そうしたら機械類の油の臭いがした。倉庫の片隅に酒の一升瓶を積み上げた下のほうに段ボール箱があり開けたら入っていたのです」
 午後九時から記者発表が行われた。羹の使用していた乗用車も押収物の中に入っていたが伏せられた。
 捜索箇所は新潟市末広町の佐渡通信本社など五カ所。捜索予定では六カ所だったが、一カ所は完全な倉庫で土砂に押しつぶされていて入れなかったためだ。
 土砂に埋まっていたのは佐渡通信の両津支店のある反対側、真野湾に面した海岸淵にあった倉庫。かなり古く会社要覧にもなかったが登記簿にあったため捜索箇所にあげたものだった。
 捜索時間は午前九時から午後七時半で、押収品は会計帳簿類、携帯電話、パソコンとフロッピー、顧客名簿の一部など百八十九点にのぼった。
 翌日から、押収物の調べが開始された。帳簿類や預金通帳などは刑事部捜査二課が担当した。資金の流れを解明するためだった。
 「本件でなくても仕方がない。今度は、押収品から伸ばすことを考えればいい」
 阿部生安部長の檄が飛んだ。
 翌日、捜索の結果を受けて金田悟こと羹は覚せい剤所持容疑で再逮捕された。前回は捜査一課の平井が羹の調べを担当したが、今度は保安課の荒垣幹夫警部が担当することになった。平井は黙って譲った。鬼頭も調べには立ち合った。
 羹はすっかり観念したように喋りだした。
 取り調べは順調に進み、しだいに人物像が明らかになっていった。
 名前は北朝鮮金策出身の羹相進(五十七歳)。富山港に入港する貨物船で昭和四十八年に密入国した。
 当時は兵庫県内のある商工関係者に北朝鮮籍の会員がおり、その人物の案内で最初は大阪市西成区の釜が先で生活していたが、韓国籍の人が多く、不審を抱く人物が出てきたことから東京の山谷地区を紹介されて移り住んだ。
 最初は、富山港に入港する貨物船の同僚に頼んだ実家からの仕送り金で細々と生活を続けていたが、やがては送金がなくなり、「人殺し以外は何でもする」ことを条件に、偶然、知り合った「ロックの雅」の元で働くようになった。
 その時の仕事について羹は「街の中で物を売る商売」とだけしか供述しない。
 しばらくすると兵庫の商工会の李さんという人に呼ばれ、函館や富山に入港する貨物船に「依頼物」を渡す役目を任されるようになったという。
 渡している物は、大きさがその都度変わるので中身については知らされていなかった。年に数回の仕事だったが、一回の仕事で交通費別で五万円前後になり、山谷で生活するには不自由はしなかったという。
 昭和五十年の十二月ごろだった。突然、ロックの雅から呼び出され、日本人になりすますための戸籍が手に入るので「五十万円で買わないか」と持ちかけられて、十回払いで買うことになった。
 渡されたのが「金本悟」さん名義の日本で言う「戸籍謄本」という物で「手続きの仕方が分からない」と言うと、長野県だったかどこかの温泉旅行と三万円の謝礼金つきで届けを手伝ってくれたという。
 自分は金本さんという人は全然見たことも無かった。ロックの雅とも長野県の温泉地で別れた後は、残金を口座に振り込み続け、連絡は電話で済ませていた。
 自分は北朝鮮で工作員の教育を受けていた脱北者でもあり、無線技師の資格を持っていることから、在日韓国籍の仲間に呼びかけて起業を決めた。
 これが五日間の調べで供述した内容だ。一通りの調べを終えた荒垣警部が、鬼頭に相談した。鬼頭は立ち合っていたので、自分の思うままの意見を述べた。
 「どうも完全に落ちていないようですね。しかし今となっては裏のとれる話しではないような気がしますね…」
 荒垣もそう思っていた。そして続けた。
 「裏付けを取るにしても兵庫について調べた結果、当時、明石市に総連関係者がいたということまでは分かりましたが、既に済州島に帰国していると言うのです」
 「その相手の名前が不完全で、追求すると『忘れた』としか言わない。分かっていても李だけで、これではどうしようもありませんね」
 鬼頭も頭を抱えていた。
 「荒垣さんね、はい乗り関係はロックの雅こと北上を捕まえてみないと分からないのですよ。ですからその関係の捜査は警視庁も可能な限りやっているのだから、覚せい剤取引関係のヒントでもいいから、何とか聞き出した方が良いと思いますよ」
 鬼頭は荒垣に提案した。
 「北上については現在ICPOに赤手配している最中でもあり、それを待つしかないでしょう。待ちましょうよ」
 「そしてね荒垣さん、心配することはありませんよ。今は落ちていませんが、これからあがってくる資金の流れなどと合わせれば落とすネタは必ず見つかりますよ」
 その夜は、久しぶりで夜の新潟市内に出ることにした。鬼頭も荒垣もネオンが恋しくなっていた。捜査一課の平井も誘われた。
 調べが六日目に入ろうとした翌日、捜査二課で分析していた帳簿類について会議が開かれることになった。荒垣警部はそのまま羹の調べを続行するが、鬼頭は会議に呼ばれた。
 佐渡通信の経理部門を担当していた捜査二課の課長応接室で寺島課長が待っていた。鬼頭をはじめ笹原外事課長、柴田保安課長などが一緒だった。
 資料が配られていた。

  佐渡通信社押収資料 
 1 出納帳 十七冊(平成五年以降)
 2 日本海銀行新潟支店普通口座76××××名義人 金田悟 十二通(平成八年以降)
 3 印鑑 金田、佐藤、小杉、杉本など名義の十四本
 4 自動車運転日報  八冊(平成八年以降)
 5 社員名簿 一冊
 6 無線機修理依頼月報 二十五冊(平成八年以降)
 7 社員行動表 二十二冊 (個人別各一冊で平成七年以降の記載あり)
 「皆さんの手元に配ったのが今回佐渡通信から押収した関係資料です。このうち2の銀行口座資料を見て下さい」
 寺島二課長の指示で「資料2」の銀行預金通帳コピーを見た。赤の蛍光ペンでマークがあった。
 「赤のマークのところですが先月が三十五万円、先々月が四十二万円、その前が二十八万円がいずれも同じ口座に振り込まれています。ここに我々が注目しました」
 いずれも振込先は東京四葉銀行横浜支店普通678×××…となっていた。
 「普通口座の678××…を捜査関係事項照会で調べた結果、名義人はキカワダスズコであることが分かりましたが、この口座については警視庁の多摩川警察署により先月末に凍結されていました」
 寺島がさらに続けた。
 「多摩川署の捜査本部なんですが鬼頭さん、覚せい剤か何かで捜査本部を組んでいるんですよね。署長の佐山さんに問い合わせたら教えてもらったのですが、鬼頭さんに宜しくと言っておりました」
 「その結果なんですが、現在、キカワダスズコについて捜査している段階だそうですので詳細についてはもらえませんでした」
 鬼頭が手をあげて「ちょっと良いですか?」と言って説明を始めた。
 「多摩川の件なんですが、後ほど特命室と打ち合わせをしますが、あの本部は多摩川管内の倉庫に中国から覚せい剤が送られて来たのでコントロールドデリバリー捜査を進めていたものです」
 一呼吸おいて鬼頭はさらに続けた。
 「ところが捜査の途中で、荷受け人で新宿で焼き肉店を経営している中国人を淀橋西署が緊急逮捕してしまったという事件です。したがって、仮に銀行口座名義人で繋がりが出れば新潟県警と警視庁の多摩川、淀橋西署の各捜査本部と関係してくることになります」
 この鬼頭の説明に出席者は全員が驚いた。
 「なるほど…」
 笹原外事課長が声を出した。そして続けた。
 「分かった。分かりましたよ。なんで鬼頭さんが来ているか分かりましたよ。しかし、それにしても警視庁と言うか警察庁と言うか、凄い先見の目があるんですね…。しかし、そこまで読んでいたんですか…」
 鬼頭は説明しておく必要があると思った。
 「いや、最初から読んでいたのではなく、もともと九州の工作船から始まっているのですから…。それに警察庁の方針でもあり、無駄かもしりませんが…とりあえず…私が何かの役に立てばと…迷惑にならない程度に…出ていた訳ですので…黙っていて申し訳ありませんでした」
 この言葉に柴田保安課長が言葉を挟んだ。
 「いや、それは本部長から県警の幹部にはだいたいの説明がありましたから、鬼頭さんが心配することはありませんから…」
 タイミングをみていた寺島捜査二課長がさらに
 「鬼頭さんがいらっしゃることで我々はどんなに心強いことか…今回もこうなったら御指導をさらにお願いすることになるわけです」
 「説明を続けますが、佐渡通信は県内の漁協単位で漁船の無線修理販売の営業を続けております。ざっと計算した結果ですね、年間に五十近い漁協から一億二千万円の振り込みが確認されました」
 柴田はさらに資金の流れの続きを説明したが、社員の行動を把握するため押収した自動車運転日報に注目してほしいと言った。
 「これは直感なのですが、先ほど鬼頭さんが言いました多摩川警察の件、なぜか乗用車が都内の調布に行っていることに気づいたのですが…。実は佐山署長と話した時にも疑問を感じていたのですが、どう言う訳か昨年から今年にかけて新宿と調布に数回出かけているんです」
 刑事の勘というのは恐ろしいものだ。「あいつの第六感は優れている」と良く言われる。刑事の勘はこの第六感のことだ。字が違うだけだ。鬼頭は柴田に聞いた。
 「柴田課長、その勘なんですが…なんだと思いますか?」
 「言っていいですか。佐渡通信には乗用車と貨物乗用車、それにトラックと併せて八台あるんです。七台は新潟ナンバーなのですが一台のクラウンだけが多摩ナンバーなんです。たわいない話しなので恥ずかしいのですが…」
 柴田課長が答えたのに対して鬼頭が再び聞いた。
 「面白いではないですか。で…所有者は?」
 「東京都調布市×丁目××、有限会社・山本物産の高橋次郎なんです。確認したのですが、農・海産物問屋らしいので怪しくはないのです」
 鬼頭の頭に引っかかったものがあった。
 「ちょっと待って下さい」
 鬼頭がどこかで聞いた名前だと思った。
 「ヤマモトブッサン、ヤマモトブッサンですよね」
 鬼頭は一生懸命思い出そうとした。
 「どこかで聞いた…。いやいいです。気のせいかも…課長、続けて下さい」
  会議場は静かになった。全員が鬼頭に思い出してもらいたいのだ。
 柴田課長が続けた。
 「かつて佐渡通信で、営業課長で役員を兼務していた高橋三郎という人物がいてこれが持ち込んだのではないかと…。昨年、病気で死亡したのにも係わらず、台帳を調べたら社員所有車として経費のみ出ていたことが分かったのです。その高橋は未確認ですが高橋次郎の兄弟ではないかと?」
 鬼頭はまだ考えていたが、あれは確か…、先輩の杉山が言っていたことだった。風間がどこからか指示を受けて…私が多摩川署に派遣されて杉山と再会した…そして覚せい剤のパケを発見して…そうだ。思い出した。
 偶然の一致だがその件で話しているうちに「中国から送られてくる…」そうだ、確か薬物対策課主任の報告だった。
 「分かりました。山本物産というのはね、さきほど言いましたコントロールドデリバリーを実施することになった多摩川署管内の倉庫の持ち主なんですよ」
 さらに全員が驚いた。
 「鬼頭さん、ここまでくると合同捜査本部ですよ=これは=」
 柴田も笹島も同時に声を上げた。
 「分かりました。課長、それでは部長らにはそちらから話して下さい。私は理事官と打ち合わせます。警察庁があるものですから…」
 会議は途中で打ち切られた。確かに、ここまでくると新潟県警の情報も上げておく必要があった。しかし、鬼頭は思った。それはひそかに期待もした勘だが、キカワダスズコなる口座は地下銀行に繋がるのではないかと…
 「風間理事官ですか?」
 「どちら様ですか?。風間はですね。今…冗談を言うような感じはしないが…鬼頭さん、どうしました」
 「忙しいんだから冗談は止めてくださいよ。ところで報告しますが…」
 鬼頭がこれまで開いてきた会議の内容を一気に報告した。
 「それじぁ、警察庁の重森課長に聞いてから返事をしますよ。携帯でいい?」
 風間から電話が架かってきたのは四十分後だった。
 「風間です。例の件なんだけど、あんたからの報告の後、重森課長に聞いたら局長の瀬上さんがいて瀬上さんと新潟県警本部長が同期らしいんだ。それで打ち合わせたら結論としてお互いにそれぞれの捜査を進めることにすることで決まったらしい」
 「分かりました。こっちの本部長はなんで降ろしてこないんでしょうね?」
 「いや、あんたの報告のあとだから…瀬上さんと打ち合わせたのは…」
 「そうだったのですか」と鬼頭。
 「続けるとな。警視庁としては多摩川が口座を止めたんだが、多摩川から捜査二課が銀行の部分だけを引き受けて既に捜査に着手しているらしいんだ。分かるだろう。そんな訳だから、鬼頭君は残念ながらいつまでも新潟とはいかなくなっており、下町署、例の朝陽商事も大変なのだからさ、いつまでも待てないよ。刑事局長をやり込めたんだからさ…早く帰っておいで」
 「分かっていますよ。連絡は取り合っていましたから…」
 電話を切ると同時だった。鬼頭は阿部生安部長室に呼ばれた。既に柴田保安課長ら幹部が集まっていた。
 「鬼頭さんご苦労様でした」
 阿部生安部長から御礼を言われるなんて、こそばゆい感じだった。
 「大変なことになっているようですが…。掛け持ちは大変でしょうがなんか警視庁管内に返してくれと警察庁が言っているようなので…私共はなんとも…」
 「ありがとうございました。悪いのですが…これから直ぐでよろしいですか?」
 鬼頭は遠慮がちに聞いた。
 「実は、今、本部長から直接、言ってきまして…すぐ…と…」
 鬼頭は申し訳ないことをしたと思った。
 「今回の件については本部長にあげてあったのですか?」
 「あげてありました。大丈夫です。決済をとってからですから…」
 と捜査二課長は言ったが、していなかったような気がして鬼頭は気が引けたのだった。時間がないので、このまま帰ることにした。

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