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2014年5月 5日 (月)

小説・薬物捜査官 その3

リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官 その3
 ある殺人事件

 「詠子です。キャップいますか?」。
 四日前に発生した葛西橋警察管内の強盗事件の聞き込みを終えて警視庁に帰る途中、隅田川にかかる両国橋付近の堤防に人だかりができ、赤色灯をつけたパトカーが止まっているのを目にした小橋詠子が、警視庁記者クラブの宮本キャップを電話口に呼び出した。
 「詠子です。今、帰る途中なんですが、両国橋付近でパトカーが凄いんですよ。何か入っていますか?。覗いて行きたいのですが…」
 「一課は今、庁内を回っているらしく誰もいない。俺とサブが留守番をしているんだ。なんだったら、そのまま夜回りに入ったらどうだ」
 「分かりました。チーフにそう伝えて下さい」
 チーフとは捜査一課担当の責任者で仲間からは「仕切り」と呼ばれている。詠子は平成三年入社。宇都宮支局を振り出しに支局と通信部を経験して三年前に社会部にあがった。チーフは三年先輩で、同じ早稲田出身だったことから気が合い、むしろ、〝警察好きの詠子〟を「花の捜査一課担当」に抜擢してくれた。
 詠子の〝感〟は的中した。程なくして警視庁捜査一課長も到着した。
 堤防の内側に数メートルにも及ぶ黒いビニールシートを敷いて、磁石の棒でなぞりながら足跡の採取に余念がない鑑識班。静電気足跡採取装置でごく最近、導入された警視庁鑑識班の最新鋭機である。
 犯人が残した足跡の部分にホコリがたまるのを磁石で黒いビニールに吸い取るというもので、ビニールに付着したホコリが綺麗に靴の形を現してくれる。
 それにしても、今日は暖かい日だ。隅田川の堤防の両側には桜並木が続き、もう既に蕾ははち切れんばかりに膨らんでいる。あと十日も過ぎれば、花見客で賑わうだろう堤防で、なんとも奇妙な鑑識作業が続いている。
 詠子にとって宇都宮支局時代は、新人の記者生活だっただけに、花見をはじめ季節の行楽などは殆ど縁がなかった。もう、三十歳の声を聞いているのに、恋人にも巡り会っていない。
 「あーあ。これで今度の日曜日もだめか…」
 捜査用機材はここ数年、著しい進歩を遂げた。電車内の痴漢事件では、犯人が女性のお尻に触った手の平から繊維恨を採取。被害女性の繊維痕と比較し、同一であることを立証する微物鑑定という手法も威力を発揮している。
 こうした〝科学捜査〟と刑事の感との組み合わせで、ますます複雑化、巧妙化する犯罪に立ち向かっているのだが、事件の認知件数が二百五十万件を超え、発生処理に追われて捜査が追いつかない情勢なのだ。刑事部長の笹川好夫などはそれが悩みの種でもある。
 笹川は、キャリアの昭和五十六年入庁組み。警察庁薬物対策課課長の重森とは同期。二人が揃うと出る言葉が、米国の『FBI(連邦捜査局)』方式の導入である。特に、覚せい剤など薬物犯罪は国境を越え、国際捜査機関との連絡調整は日に日に増加。重要性を帯び、ひとつの警察署あるいは、ひとつの警察本部単位では対応が困難な事案が多くなっているのだ。
 刑事部門の笹川にしてみても、殺人事件だけでも県境はもはや存在しないことを十分認識しており、特に中国人を中心とした外国人犯罪は組織化が顕著で、県警同士の縄張り争いをしているようでは捜査は追いつかないというもどかしさにもぶち当たっている。

    ×   ×   ×   ×    ×   ×
 午後六時を回ったころ、詠子に連絡が入った。
 「まもなく江戸川警察署で捜査本部設置の記者会見をするそうだ。仕切りもそっちに向かった」。キャップの声だった。
 江戸川署は、両国警察を改名して新しく建て替えられたもので署長応接室も結構な広さを誇る。両国署時代は、各新聞社やテレビが方面担当記者を配置していた。ところが、人員の合理化もあり数年前からは「方面担当記者」を配置している社はほとんど無くなった。
 この方面担当記者の存在は、人脈づくりなどの意味合いもあり、結構、重宝がられており、今では、〝察回り記者〟の廃止を惜しむ先輩記者が多い。
 殺人事件が発生し捜査本部の設置事件となると、警視庁から捜査一課長が所轄署に出向き、警察署長とともに記者会見に臨む。発生日から朝と夜の二回ずつ三日間、続けられる。警視庁には「七社会」「警視庁記者クラブ」「警視庁ニュース記者会」の三つの記者クラブがあり、新聞社は一課担を三人配置していることから、捜本設置の会見となると総勢で五十人近くになる。方面担当が存在した当時は七十人を超えた時もあった。
 江戸川署の署長室は広く、署長の机と応接用イスの間にイスを増設だけで〝記者会見室〟が即席で誕生する。詠子が着いた時には既に、会見場はできあがっていた。捜査一課長と署長の会見が始まった。
 「それでは、これまで分かったことを発表します」
 配布された広報用紙には、被害者の名前や住所等は見あたらない。両国橋から言問橋にかけての両側の河岸は、何年か前からホームレスが滞在。青いビニール製テントの存在に、地元住民から何らかの対応策の要望が行政当局に出されていた。
 「発表文を見てもらえば分かるように仏様の人定はとれていません。推定年齢は四十歳前後。後頭部に僅かな傷があり鈍器用のもので殴打されたともみられますが、死因とまでは特定できません」
 「水を飲んでいないことから、殺害されたあと遺棄されたものとみられますので、只今、当署に特別捜査本部を設置しました」
 「被害者は、ベージュのスーツ姿で赤っぽいポロシャツを着ています。所持品は何もありません。身体的特徴は奥歯を含めてだいぶ入れ歯が多いようです」
 記者の間から矢継ぎ早に質問が飛んだ。
 「一見してどんな職業が予想されるか?」
 「ホームレスではないのか」
 「殺害現場は?」
 「死体は流れ着いたとみてよいのか」
 「死亡推定時間は?」
 詠子は現場の取材から事件には何かが隠されていることに気づいていたが、発生の一報を受けて駆けつけた一部の事件記者達にとっては「ホームレスの変死ではなかったのか」ぐらいしかデータが無かったようだ。
 記者会見は第一発見時の状況、死体の状況と想像される死因等が簡単に説明された。そして捜査一課長はこう付け加えた。
 「とにかく身元割り出しに全力をあげるしか手がないわけですから、その点では皆さんの協力が必要になるものと思います」
 「この程度では特別捜査本部設置の会見とは言えない」
 「殺害された被害者の人相、特徴をもっと詳しくしてほしい」
 「死因や〝前足〟〝後ろ足〟など、発生してから五時間にもなるのだから、事件の組み立てぐらいは言ってほしい」(前足とは事件発生前の犯人の行動。後足は犯行後の行動の目撃情報などを意味する)
 「所持金は無いのか。一見してサラリーマンか労働者かは?」
 「強盗殺人と見て良いのか」など質問が相次いだ。
 捜査一課長は「ムッ」として会場から逃れるように外に出て行った。記者連中は署長を取り囲んだ。
 「まだ検死の段階であり詳しくは分かりません。分かり次第(資料の)投げ込みをします」と署長。いつものリップサービスに期待したのだが…?。
 詠子は、現場の鑑識活動、捜査員の動きをつぶさに見ており幾つかの疑問を持っていた。詠子の几帳面な性格がいつも取材活動に現れるのを宮本キャップは見逃すばずはなく、それが信頼に繋がっているのだ。
 それは①鑑識が丁寧に写真撮影していたのは被害者の洋服の胸元付近と左腕付近だった。発表によると死因とみられる傷の部位は「頭」というのに、何故?胸元と左腕なのか。②被害者のポケットから取り出した何枚かの紙片の存在が明らかにされていない③最も気にしていたのは現場で一課の林管理官と話していた数人の人物の存在だ。果たして「何者なのか」④被害者の身体から押収した携帯電話の存在すら発表していない─。
 キャップからは、詠子が報告した、「林管理官と現場で接触した男の割り出し」に全力を投入するよう指示が出された。
 「管理官と話しをしていた人物は公安なのだろうか」
 詠子は回答を出すのに苦労するだろうと思った。
 こうして〝夜回り〟の最重点は、林管理官と話しをしていた数人の男の確認。なかでも「年齢五十歳代。身長百七十㌢前後で、紺色のスーツに赤っぽいネクタイの人物は誰か」に絞られた。
 詠子はカメラマンが撮影したネガを点検して、〝謎の男〟の写真入手を試みた。写真には写っていなかったばかりか、夜回りで、どの刑事に聞いても、幹部に聞いても「知らない」の言葉が返ってくるばかりだった。当人の林管理官は「その男の存在」すら否定した。
 「おいっ、詠子よ。事件はどうなった。あの事件はよ」
 キャップの宮本がイライラし始めていた。
 「抜くネタは、ねぇーのかよ。だてに車を使ってるわけでねーだろうな」
 何の進展も見ないまま、現場所轄署での会見は取り決めの三日が過ぎた。各社の扱いも最初は「外国人か?」「隅田川に他殺の水死体」の見出しが取れたものの、極端な情報不足に苦労した。四、五日過ぎると事件の続報は消えた。
 それから数日後、毎朝の第二社会面に、
 仙台市内を流れる広瀬川に中国系外国人の水死体
   頭部に外傷 他殺か
の四段見だしの記事が掲載され、注目を集めた。
 東京日々や日報などはベタ記事での掲載だった。当然、全国の県警本部をテリトリーにする警察庁記者クラブの連中も、そんな記事は眼中になかった。事件屋の警視庁記者にも……
 ただ、緊張感が漂っていたのは、警察庁十八階の西側にある薬物対策課。
 両国橋の水死体は、首にかけられたペンダントに特徴があるのと、左腕に注射恨があったことから検死の結果、覚せい剤使用の陽性反応が出た。大量摂取によるショック死とも見られた。
 そして、仙台の死体は、身元不明の五十歳から六十歳の男性。身長百六十五㌢。歯形に「前歯三本骨折」の痕跡。右手上腕部に、注射恨があった。所持品は財布のほか、ほとんどなかったが、「1・8・6・0・7・0・5・3・8・8・×・×・×・×」の不審なメモを所持していた。
 その他、所持していた財布の中には二万五百四十円の現金があった。しかし、運転免許証やパスポートなど身分が分かる物の所持はなかった。
 死因は、右上の顔面を鈍器様のもので殴られたことによる出血死と見られる。川には死後に放置されたとみられ、生活反応はなかった。
 ─ 以上の報告を聞いた重森の表情が、見る見る強ばった。
 メモの存在に気づいたのだ。隅田川の水死体の所持品などを調べた結果、洋服の左ポケットから出た紙片があった。
 発見当時は水に濡れていたため放置されていたが、乾いたことから分かったもので、乱数時が書かれたメモが発見されたというのだ。
 そのメモとは「1・8・6・0・7・0・5・3・8・8・×・×」だった。
 「えっ、同じ番号ではないか」
 この情報は、直ちに警視庁江戸川署捜査本部と新橋庁舎の薬物特命捜査官室の風間に伝えられた。
 当然、極秘扱いとされた。いずれの死体も身元が判明していないため、共通性はないものの、刑事として、何かを感じない訳にはいられなかった。それは「1・8・6・0・7・0・5・3・8・8・×・×・×・×」の乱数字のメモだった。
 警察庁として合同捜査本部の設置に向けた調整に乗り出すことになりそうだ。

 杜の都のオペレーション2
 警察庁からの連絡を受けた風間は、鬼頭を仙台に出すことにした。鬼頭は十四時三十四分東京駅発の新幹線「やまびこ号」に間に合った。
 宮城県出身の鬼頭にとって、何十年かぶりの東北方面への出張。しかし、故郷の「大野村」と言っても、現在は母親の墓が残されているだけだった。その田舎は、阿武隈川沿いにあり、親類を含めて知っている人はいないだろう。鬼頭は、そう思うと偏頭痛がした。それ以上を思い出すのを体が拒んだ。
 四月に入ったというのに、みちのく仙台は寒かった。警察庁からの連絡とは言え、警視庁の鬼頭が共同捜査本部体制も組んでいない事件で、宮城県警を訪れることはできない。九州南西海域の工作船事件、高知沖覚せい剤遺棄事件という「北朝鮮仕出しの覚せい剤」を追っている薬物特命捜査官として、事件の感触をとりに行くのが目的だった。
 仙台市警察署は捜査一課の応援を得て捜査本部を立ち上げ、生活安全部の薬物捜査班の数人が投入された。
 覚せい剤利用の痕跡が見られたからだ。捜査一課員に市警、機動捜査隊、隣接署からの応援に加え生安部からも薬物関係捜査員が投入され総勢は九十人を超えた。当然、被害者の身元割り出しに全力を挙げざるを得なかった。
 鬼頭が仙台駅に降り立ったのは定刻から二、三分遅れた午後四時五十分。十四番線ホームだった。小、中学、高校を宮城県内を点々として過ごし、夜間大学に通学するため仙台で五年間生活した。いわば第二の古里である。生活費の問題から、母親は仙台市長町の繊維会社の食堂に「まかない婦」として働き、鬼頭は北仙台にある南平台に六畳のアパートを借りて生活した。
 そんな経験から土地鑑は十分にあった。あれから三十年以上の時間が経過している。東北新幹線が開通し、〝杜の都仙台〟の表玄関はコンコースができるなど、すっかり様変わりしていた。
 身元不明の男の死体が発見された現場は、伊達政宗公が築城した青葉城の麓を流れる広瀬川に架かる大橋付近と聞いていた。
 仙台駅でタクシーを拾った鬼頭は、暗くなる前に現場を見ておきたかった。駅から現場までタクシーで五分もかからなかった。青葉通りを西に向かい、右手に天文台のある桜ヶ丘公園横の緩やかな坂道を下ると大橋である。
 運転手の話によると、広瀬川の西岸はかつては米軍の住居地域だったが、戦後、米軍撤収のあとは、その白く塗られた木造の施設が点在、東北大学の川内校舎として利用された時代もあったという。
 青葉山はその南西側の八木山へと繋がり、その八木山には東北最大の動物園「八木山動物公園」がある。同市が動物園を開園した昭和四十年代では「放し飼い方式」の動物園として話題を呼んだ。
 付近一帯は、青葉城公園と呼ばれるほど自然のままの姿を残し、市立美術館、仙台市博物館など公共施設も整備され、百万都市の市街地から車で十数分の位置にある文教地域。広瀬川はこの文教地区に沿って大きく右に蛇行。市の南に位置する長町付近で、名取川に合流する。
 今回の事件は、このような閑静な文教・公園地域で発生した殺人事件だけに地元では大変な話題を呼んでいた。現場までタクシーを使うには近過ぎる距離だったが鬼頭は〝足代わり〟にするためだった。運転手は文句を言わなかった。
 「おぎゃく(お客)さんは、とうちょう(東京)の文屋(記者)さんがね」
 鬼頭が返答に困っていると、「案内でもすますか」と、東北らしい〝人懐っこさ〟をみせた。心を読まれたようでドキリとした。
 死体は橋桁の淀みに浮いていたといい、橋の上から突き落とされたというよりは上流で遺棄された可能性が高かった。
 「しま(暇)だから、おれ、ずうーっとみでいだべさ」。
 この言葉に鬼頭は、聞き込みする時間が省け運転手から現場の詳細を十二分に聞き出すことができたのである。
 「すんだ(死んだ)人だけど、みず商売のおなご達のあいだでは、なぬが有名な人らしいねぁ」
 「国分町のスナック雅のママさんなんか、前の日に会ったばがりだったっていってだべさ」
 さすが、情報通である。「その土地の美味い食べ物屋はタクシー運転手に聞け」と言われるようにタクシー運転手はその土地の情報屋なのだ。鬼頭は運転手の言う「雅」のママさんに会って話しを聞く必要があると思った。
 しかし、運転手の言う新聞記者にしては名刺がないし、かと言って刑事と言うわけにもいかない。迷いはそれだけだった。日が暮れる前に今夜の宿を決めなければならない。
 「なぁーに言ってるんだべさ、さぐなみ(作並温泉)がいいだっぺさ」
 仙台近郊の温泉地を運転手に勧められたが、仕事上、そのような心境にはなれなかった。返事に窮していると、さとったのか駅前のビジネスホテルを紹介された。そのホテルからだと「雅」のある国分町は、歩いても十二、三分で行ける距離だった。
 駅前のホテルから青葉通りを西に進み、市内最大の商店街、東一番町の次の交差点を右折した通りの延長線上に仙台一の歓楽街・国分町がある。「雅」は、国分町通りに面した袋小路の奥にあった。営業時間は午後八時から午前二時までだった。
 「まだ二時間はあるか」。繁華街の散策で時間を潰すこととした。東一番町のアーケード下を北に歩いていると、まもなく定禅寺通りに突き当たった。クリスマスシーズンになると、ケヤキ並木にイルミネーションが取り付けられるところだ。
 鬼頭の在仙当時はそのようなイベントはなかったが、いつ頃か警視庁に入ってニュースで見て初めて知った。
 「あれから三十年か…」。途端に鬼頭は、胸が絞め付けられるように痛み、やがて偏頭痛へと変わった。腕時計を見た。八時七分前だった。推理小説好きのセールスマンを名乗ることにした。
 「いらっしゃいませ。お一人ですか?カウンターにどうぞ」
 二十歳代だろうか、カウンターの中にいた、瓜実(うりざね)顔の女性の挨拶で出迎えられた。ママさんには、ちょっと若過ぎる年齢だ。一オクターブ高いが、透き通るような声だった。〝仙台美人〟というよりは、秋田美人の顔だ。
 「ママさんですか?」
 「私はアルバイトの京子でーす。ママはまもなく来ますよ。お客さん初めてですか」
 陳列棚のボトルを見ると、懐かしい「ジョニーウォーカーのブラック」から、「アーリータイムス」「サントリーオールド」など庶民的酒類が多い店だ。
 「日本酒もあるんですよ」
 「浦霞という地酒もあるんです。ママは升酒で塩を肴にこの酒を飲むんですよ」
 「いいね。それにするか?」
 「やだぁーっ、お客さん。いきなりいくの?。いっしょにいきません。ビールでよ…」
 人の心を読み取る商売の刑事にしては、ちょっぴりせっかちで悪い癖が出てしまった。だから女性にはもてないのかもしれない。そうこうしているうちに、和服姿の美人が入ってきた。まさに「小股が切れ上がった女」だった。
 「こんばんわぁっ。こちらさん京ちゃんのお友達?」
 ホステスも美人ならママも鬼頭好みのタイプだった。とりあえず三人で乾杯することにした。たわいもない会話で盛り上がった。
 「お客さん、東京から?。出張で来られたのですか?」
 鬼頭は考えた。仕事の素性を明らかにするわけにもいかない。共同捜査本部でも組まれていれば、「内緒」の話しもできようが、県警の立場を考慮すれば嘘を言う以外になかった。かと言って、この店に来た主たる目的は、広瀬川殺人事件の聞き込みだった。
 「マスコミに友達がいるのだが、殺人事件があったらしく、忙しそうで会ってもらえないのですよ。仙台は初めてでないので、適当に遊んでいると言う訳で……」
 「そうでしたの? 殺人事件ねーっ。それがねー、あの殺された方は…」
 店内には自分が唯一の客で安心したのか、ママが喋りだした。
 「京ちゃん、何日前だったかしら…」
 「事件のある三日前よ。藍ちゃんが休んだ日。いえね、実はきょうは休んでいるのですが、もうひとりいるんです。超美人が…」
 京子はペロリと舌を出し、鬼頭を見た。
 「そうそう、あの日よ。二、三カ月に何日かまとめて来るお客さんで有名なの。最初は船乗りかなと思ったのだが、それも違うようで……。仕事の内容は分からないのですが、気っ風の良い人でね。韓国人のようで朴さんとか言うひとなんです。いつもは何日か連続で来ているが、今回は一日だけなので、どうされたのだろうと思っていたら…」  
 「日本人より気っ風が良いってわけですか?」
 「ごめんなさい。そう言う訳ではないんですが、とにかく、何人か連れてきて一晩にヘネシーのVSOPを数本も空けてしまう人なんです」
 「そう。ママさんにチョー惚れているようで、必ず『こんどは香港に案内するよ』って言って帰るの。実現したためしがないけどね」
 「どこに住んでいるのですかね…。数か月に一度しか来ないのは…。富豪なのかね…。新聞には出ていなかったよね。警察は知らないのかな?」
 鬼頭はできるだけ商売っ気を出さないようにと思ったつもりだが、矢継ぎ早の質問に相手は疑問を感じたに違いない。
 「記者の友人が一緒にいたら、ママの話しに喜んだろうな」と付け加えた。
 これから話しが佳境に入ろうとしたその時、女性を連れた中年の恰幅の良い男が入ってきた。時計を見たら十時を回っていた。
 韓国人か中国人で「ボク」と言う名の男と分かった。しかも数ヶ月に一度程度の来店ということは、その間は仙台から離れて仕事をする男ということになる。下の名前や仕事にヒントになるものを知りたかったが鬼頭は、今晩はこれくらいにして明日また、来ようと会計を済ませて店を出た。
 仙台にいた当時、よく通った「五右衛門ラーメン」に立ち寄り味噌ラーメンを注文した。モヤシ、ピーマンなど野菜が豊富だったことが記憶に鮮明に残っていた。ただ、変わっていたのは当時の「髭の店長」の姿が見えないことだった。店長が代わっても、よく同じ店が続けられたものだと鬼頭は感心した。ホテルに着いた鬼頭は、シャワーを浴びて眠りについた。

 広瀬川の水死体
 鬼頭は時計を見た。午前二時を過ぎたばかりだった。電話の呼び出し音で目が覚めた。風間理事官からの電話だった。
 「どうした?」
 「あっ、お早うございます。どうもしませんよ」
 「こっちから幾つか報告しておきたいことがあるんだ」
 「1・8・6・0・7・0・5・3・8・8……という例の変な数字は、電話番号だったのだよ。点を取ると最初の186は非通知を解除するときに頭に付ける例の番号だ。あとは携帯番号。その点では共通性があるので察庁と相談して共捜にしようかと思っている。文屋には発表せずにな」
 「その番号の相手は分かったのですか」
 「架けると『現在使われていません』のガイダンスが流れているため捜査関係事項照会でやっている」
 「死体が韓国人か中国人の可能性が高くなりました。朴という名字だそうです。二、三カ月に連続で数日間だけ現れる飲み屋を割り出して聞きました」
 「数人連れて現れ、一晩に五、六万円飲んで帰るらしい。その店のママに惚れていて香港に誘っているらしい」
 「死体発見の三日前に現れたというんです。いつもは連続で来店するのに今回は一日だけだった。県警はかなりの情報を持っていると思います。理事官の言った共同捜査のほうがやりやすいのではないですかね。一課は、どう言っているのですか」
 「一課も同じ考えだ。それともうひとつ多摩川署は順調にいっているらしい。さらにだ、朝陽商事関係でひとつ進展があったよ」
 「なんですか?」
 鬼頭は胸が高鳴った。風間は続けた。
 「あそこから金借りてその後、破産宣告した女がいて、新潟市内の女らしいがその女宅で朝陽の社員がトラブルになった」
 「警察署員が駆けつけると今度は朝陽の社員が警察官を殴ったという」
 「それで逮捕した?」
 「そう逮捕した。あそこは九州沖であがった携帯の所有者がいたよな」
 「いました。たしか金田悟とか言いました」
 「朝陽は正式な貸し金業ではないから貸金業法違反の疑いは出てきたわけですね」
 「入り口だけは見つかったんではねぇか」
 「理事官、私は戻ります。朝陽が心配ですから…」
 「いや、帰らなくて良い。そっちを見て欲しい」
 「しかし、海の物とも山の物とも分からない事件ですよ。こっちは…」
 「そうじゃない。こうして君には全部報告している。全体的に実査してほしい。今回の一連の事件は広域も超がつく。警察庁の方針でもあるんだよ。重森さんが君をオペレーション段階から呼んだのも鹿児島県警に出したのもそれが狙いなんだ」
 さらに風間は続けた。
 「これを薬物捜査の前例にしたいものだと思っているんだ」
 鬼頭は、風間に悪いことを言ってしまったと思った。
 「分かりました。すみませんでした」
 「疲れたら、遠慮なく温泉にでも行って頭を冷やして来い。君は特命そうさくかん(捜査官)なんだから…。捜さく(捜索)してみろよ。さく並(作並)温泉という字が出てくるだろう?」
 電話はそう言って切れた。風間独特の〝親爺ギャグ〟だ。
 鬼頭は荻窪の自宅に電話を架けた。
 「もしもし、俺だけど」
 「どうなさいました。仙台ではないんですか?」
 「ちょっと今年の年賀状を見てくれないかな。名前は高橋清則。仙台市の住所と連絡電話番号が分かったら携帯に電話をくれないか」
 「分かりました。それから幸子なんだけどね、今度、松島に友達と行きたいと言っているの。パンフレットでも良いから貰って来てよ」
 幸子は長女で二十八歳にもなるが結婚もしないで、未だに親の家に〝ヤドカリ〟の状態なのだ。
 鬼頭と妻の絵美が結婚したのは昭和四十九年。東京・丸の内で白昼、四菱工業本社爆破事件があった年だった。
 女性警察官だった絵美は、静岡県出身で鬼頭とは四つ違いのスレンダー美人。本部交通総務課では〝ミス紙芝居〟として話題の女性だった。
 当時、警視庁では広報活動の一環として紙芝居を導入。交通安全のPRのため有志で紙芝居団を結成。各警察署回りをしていた。
 もともと、鬼頭は芸能人にあこがれ、なかでも青春時代には日活女優の北原三枝が大好き人間。石原裕次郎と結婚した当時は、嫉妬心から阿武隈川の橋の下で高校生ながら焼酎をがぶ飲みして補導された経験を持っている。
 石原慎太郎原作の「狂った果実」に酔いしれた。
 裕次郎と北原三枝がヨット上で絡み合うシーンは、思春期の高校生の性刺激には十分だった。映画を見ていてパンツを汚した少年も多かった。
 妻の絵美は、北原三枝とまではいかないが警視庁の紙芝居団員の〝声優〟としてチヤホヤされる〝スター〟的な存在。田舎出身の鬼頭にとっては高嶺の花にみえた。
 どうしてアタックしようかと日夜悩んだ鬼頭は、台東区内のある小学校で開かれた交通安全の集いの紙芝居大会で、絵美に百本のバラの花束を渡した。それが縁で交際を始めたが、安月給で見栄をはるものだから、たちまちサラ金地獄へ堕ちた。
 その借金は、結婚式のお祝い金から清算している。だから、今でも絵美に頭が上がらないのだった。
 数分後に絵美から電話があった。高橋は仙台市泉区に住んでいて、宮城県警の機動捜査隊に在籍していた。
 「それから貴方、村橋さんの結婚式は出席できるのですか?」
 「何時だっけ?忘れていたよ。行けなくなったというよりは特命という仕事柄、いまは顔を出すわけにはいかないんだ。悪いけど電報うっておいてくれないかな」
 それより、鬼頭は警察大学の警部任用科で同期だった高橋と話したい衝動に駆られ、電話を架けてみることにした。
 「はい、高橋です」
 「警視庁の鬼頭です。ご無沙汰しています」
 「おーっ久しぶり。今、ヤク(薬)の特命やってんだって。で、何かあったのかね。何時でも協力するぜ。なにしろ天下の警視庁さんだからな」
 「今夜、時間あるかな。仙台に居るんだ。飲みたいね。積もる話しもあるし……」
 二人が落ち合ったのは国分町の牛タンの店だった。
 高橋が結婚して京都に新婚旅行に行った帰りに東京で途中下車し、警視庁を見学したあと銀座で夫婦同士で食事をして以来の再会だった。
 「特命捜査官だろう。例の事件で動いているのかね。生安には情報が入っていたぞ」
 「さすがだね。そうなれば話しが早い。誰か紹介してくれないかな。公には動けないし困っていたんだ」
 「なに言ってるんだよ。察庁から本部長に既に電話が入っていたよ」
 高橋はそんなことだろうと思い、生安の保安係長を呼び出していた。係長が駆けつけてくれた。名刺を交換したあと、係長が話し出した。
 「昨夜遅く分かったのでマスコミには発表していないが、殺されたのは朴こと金山剛と言って中国残留孤児のようだ。東京の港区に事務所を構えているらしい。今、裏をとっている最中だ」
 保安係長はさらに続けた。
 「前科もなく紋(指紋)では割れなかった。残留ではねー」
 「朴。金山剛。どうして割った?」
 「それが、たれ込みなんだよ。市警の交換に言ってきて、すぐ切れたらしい」
 「(確定には)時間の問題だと思うよ。百人体勢でやっているから。殺しなんて東京では年中あるだろうが、なにしろ田舎県警だから…もう、大騒ぎよ」
 「それより、正式に挨拶に来たほうがいいのではないか?。本部長が気にしていたよ。なんか察庁の課長さんとは同期らしい。それで『おまえらの足下にも及ばない専門官が来るぞ!』なんて自慢していたぞ」
 鬼頭は照れた。ホテルに帰ったのは十一時を過ぎていた。風間に情報を入れ、県警に挨拶に行く了解をとろうと思った。その時、携帯が鳴った。風間からだった。
 「鬼頭君!。今、話せるか?」
 「ちょうど理事官に電話をしようと思っていたところです。なにかありました?」
 「うん、地域からの連絡で仙台の死体がな、どうもこっちに足があるらしい。それで明日は宮城県警の捜査本部に行ってくれないか。察庁の重森課長が既に伊藤本部長には伝えてあるらしい。同期らしいんだ」
 「私もそのことを伝えようと思ったのです。実は……」
 鬼頭は、今夜の牛タン屋での出来事を全て話した。
 仙台市警察署は県警本部の近くにあった。署長室に挨拶に行くと、蜂の巣を突っついたような騒ぎになっていた。広瀬川で水死体で発見された人物が東京の人間だったことが判明したが、その内容が毎朝新聞の朝刊に載っていたからだ。
   広瀬川の水死体は東京の古物商
     覚せい剤取引のもつれか
       背後に暴力団の陰も
 縦と横と併せて三本の見出しが社会面トップで踊っていた。
 「なんでマスコミに漏れるんだよ。ったく。しかも、警察よりも詳しいじゃぁーねーかよ。どういう事なんだよ…」
 「捜査一課長に聞かれたんだが…。俺のほうが聞きたいぐらいだよ」
 副署長席にいた署長のグチが署内に轟いていた。鬼頭は「まずいところに来たな」と思った。既に保安係長が待っていて署長室に案内されてた。
 「鬼頭さんですか。お待ちしておりました。しかしなんですなぁー。東京あたりではもっと激しいのでしょう? マスコミってやつはすばしこいのなんの」と署長のグチは止まらなかった。
 まもなく市警四階で記者会見が開かれた。
 「捜査一課長は時間が取れないので代わって私が発表させていただきます」
 「今朝ほど毎朝さんが特ダネを書きましたが…、被害者は東京都港区高輪在住の男でございますのですが…」
 なんとも歯切れが悪い署長会見のスタートだ。しばらく考えた後、署長は配布した広報文を淡々と読み上げた。
 「これ以上については捜査中ですので言えません。言えないというよりは分からないのでございます」
 「毎朝に書いてあるのは事実か?」
 最前列に陣取った古参の記者が聞いた。抜かれた腹いせに確認したのだろう。
 「それは毎朝に聞いて下さい=」
 「聞けとか聞かないとかでなく、捜査本部としてもそのような情報を持っているかと聞いているんだよ」
  古参記者はさらに食い下がった。
 「覚せい剤取引は本当か? 暴力団絡みなら四課を入れるのかよ。増員するのか、しねーのか、ハッキリ言えよ」
 「現在…捜査員をですね…東京に出しておりまして…」
 署長の声がくぐもった。会見場はしばらく沈黙が続いた。

 「金山は仙台には時々来ていたのですか?」
 ひときわ甲高い女性の声が後ろのほうから響いた。
 「今、質問した社はどこ?」
 「はい、毎朝の小橋詠子と申します」
 「見たことがない顔だが、幹事さん、良いのかな」
 記者会見とは記者クラブ加盟社のみに与えられた特権である。通常はクラブ員のみの参加が許されているのだが、全国面を賑わすような大きな事件になると本社からの応援記者も、時々やってくる。
 通常は遠慮がちに会見場の後ろに控え、質問なんてしないことが暗黙の了解になっているはずだ。
 ところが、毎朝の小橋という女性は無遠慮に質問したため署長がたしなめたのだった。
 「クラブ員以外の質問はやめろよ>」
 幹事社の地元の仙北新聞社会部記者が詠子の質問をけん制した。さきほど質問した古参記者だった。
 小橋詠子は毎朝新聞の警視庁詰め記者。隅田川に浮いた水死体の事件を担当していたが、仙台の水死体の事件では外部からの垂れ込み(情報提供)があり、仙台支局が本社に応援記者の派遣を求めた。
 詠子は、捜査一課担当だが将来は警視庁初の女性キャップにさせるのが同社の方針だ。現社会部長も警視庁キャップ出身。これまで女性記者といえば家庭面か文化面、あるいは芸能面担当記者だったが、今では社会部にも十人以上の女性記者がおり、社会部長に女性が就任する日もそう遠くはない。詠子はその筆頭候補だ。
 隅田川の水死体発見時の初動取材でも詠子は他社より一歩、抜きん出ていた。さらに、九州南西海域不審船事件でも同社は携帯電話の存在と販売先をいち早く突き止め、特ダネ報道している。
 記者会見を終えた詠子は、署の外に出た玄関付近で携帯で本社と連絡をとっていたその時、詠子の脇を擦り抜けるように通った一人の男に気づいた。
 「どこかで見た記憶がある」
 そう直感した詠子はその男を追った。が、男の姿は無かった。

 捜査本部の調べで、金山剛の人定が少しずつ明らかになった。
 一九五四年に中国の広州に生まれた残留孤児。昭和五十七年に父方の実家である宮城県角田市で市民権を得て帰化。母親とは平成二年に死別したが、現在は妻と子供の三人で東京都港区高輪四丁目の高級マンションに住み、港区新橋で古物商を営んでいる。
 高輪のマンション住民の評判は「いつもにこやかに挨拶し、奥さんとも仲が良く明るい家庭のご主人」と評価は高い。
 その一方で、店舗先には古物商にも係わらず古銭や掛け軸など数点が飾られているだけで、繁盛しているとはとうてい思えなかった。
 しかし、乗り回しているのは赤いアウディの3ナンバーの高級乗用車。古物商仲間からは、かねてから暴力団との交際の噂も取り沙汰されていた。
 その男が仙台市内で水死体で発見され、覚せい剤の注射恨まで確認されたのだ。遺体発見当時所持品が少なかったため身元の判明まで時間がかかった。
 捜査本部は、金山が乗っていた自動車の存在が掴めなかった。運転免許証ごと無くなっているのだ。東北縦貫自動車道の仙台周辺の料金所で料金表の指紋割り出しに全力をあげることになった。
 警察庁が調整に乗り出し、東京から宮城県までを含めて、行動確認が必要なアウディについては宮城県警の担当とし、「品川330××…」の車両番号で、Nシステムの分析作業を進めるよう指示した。
 携帯番号については、隅田川の水死体と同一番号だったこと。割当てがドコモ東海だったことなどから総合的に判断して、既に警視庁の担当とし捜査が進められていた。
 これまでの捜査で、判明しているのは、「1・8・6・0・7・0・5・3・8・8・×・×・×・×」を解明した結果、番号通知にする「186」を除き「・」を削除すると、070・5388・××…となり、「070」の携帯電話番号と判明。さらにその後の捜査で「070」で始まる番号は「PHS」携帯で、「070・5388…」の番号はドコモ東海への割当てだったことも分かった。
 警視庁では、刑事訴訟法第百九十七条の「捜査に必要な取調」の第二項「捜査については、公務所または公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」に照らして照会した結果、この携帯は、大阪市生野区巽中××在住の韓国人留学生(一九歳)が購入したことになっていた。
 この留学生は、見知らぬ男から「買ってほしい」と頼まれて名古屋市内の携帯電話ショップで計五台を買い、うち一台は謝礼として貰ったものの、他の四台については「知らない」と証言。そのうちの一台が「070・5388・×・×……」と断定された。
 追跡捜査の結果、携帯の所持者は、東京都新宿区歌舞伎町の朝陽商事の伯という人物と分かった。
 公安関係の資料によると伯は、昭和五十八年前後に商事に入社。現在は非常勤役員とし、海産物研究員や資源調査員の肩書きを持ち、貿易関係評論家として、国内外で活動していることが確認されている。
 NTTに依頼した番号調査の結果、同番号の携帯は解約されないまま行方不明になっているのに加え、料金未納が続いたため、NTTが強制解約にしていた。振り込み先の口座を調べた結果、既に口座は解約されていた。
 鬼頭は、風間理事官からの指示もあり県警の警備、刑事、生活安全部の各幹部への挨拶回りのため県警本部に向かった。県警本部では機動捜査隊員の高橋が待っていた。
 最初に紹介されたのは生活安全部長。生安部長に案内され県警本部長室に向かった。
 本部長室では、伊藤本部長が笑顔で迎えてくれた。
 「やぁどうも。よくいらっしゃいました。重森からお名前は聞いています」
 伊藤の厳つい顔がほころんだ。生安部長も高橋も初めて見る本部長の笑顔だった。
 警視庁の特命捜査官とはいえ身分は警部にすぎない。それが警視長の県警本部長までの出迎えを受けるとは、階級関係の厳しい警察社会ではあり得ないことだ。これも、警察庁の重森薬物対策課長のおかげと鬼頭は感謝した。
 生安部長は、戦時中の昭和十九年生まれで鬼頭とは同年齢。仙台市と隣接する塩釜市の漁師の家に生まれたが、警察官にあこがれ勘当同然の扱いを受けて実家を飛び出した男だった。
 伊藤本部長は、重森課長と同期入庁組みで警察庁の交通企画課長からの就任。三人はなぜか、妙に話しが合った。
 「殺しは私も担当していましたので、金山の実家がある角田市に行きませんか?」
 本部長室を出た高橋が鬼頭に聞いた。
 「そうだね、見ておくか」
 「私もそう思います。それに実家の確認は角森警察署には連絡しているはずですが、捜査の実質的な指揮官としての鬼頭さんにとっても実査しておいたほうが良いのではないですか」

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