« 小説・薬物捜査官 その2 | トップページ | ドキュメンタリー建国義勇軍 その4 »

2014年5月 5日 (月)

小説・薬物捜査官 その1

リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官 その1
 不審船の残した物(ブツ)

 「巡視船かわせから十管区本部、鹿児島(保安部)」
 「十管本部ですどうぞ」
 「鹿児島ですどうぞ」
 「ただいまから、ふたまる(20)ミリ機関砲による威嚇射撃を開始します。どうぞ」
 「十管本部了解。まるふた(2)時さぶろく(36)分ひとはち(18)秒」
 「鹿児島、全部了解。どうぞ」
 東京・霞が関の警察庁最上階の二十階にある不審船警備対策本部に、警視庁警部で薬物特命捜査官の鬼頭長一郎が到着した丁度その時、海上保安庁巡視船「かわせ」と第十管区海上保安本部、鹿児島海上保安部との無線交信が、緊張感を高めていた。
 警備局対策本部の中央大型スクリーンには、海上保安庁から提供を受けたオペレーション風景が映し出されていた。対象映像は水しぶきをあげながら逃げまどう緑色の船影。画面が激しく上下に揺れ動き、緊張感をあおった。
 スピーカーからは、九州南西海の海域で実施されている生の音声とは思えない鮮明な無線交信がながれ、「ここが警察庁?」と、ノンキャリアの鬼頭は、初めて入る警備対策室に我が目を疑った。
 ワールドカップサッカー大会など、日本警察が威信をかけた警備実施の際に利用される部屋だ。入り口を入ると五十平方メートルほどの狭い室内に、大画面のスクリーンと相対面するように、ひな壇式に三重になったコの字型の三、四十人程が座れるデスクがある。
 デスクには小さなテレビが組み込まれ、大型スクリーンでは警察専用画面。デスク組み込みテレビでは一般のテレビ映像画面を見ることができるなど、様々な角度から映像が分析できるようになっているほか、さらに電話機が各デスクに一台設置され、指揮用に使われる。
 特に新潟県中越地震のような大規模災害では、現場から中継される警察専用映像が見られるほか、全国各地の国道など主要道路に設置されたカメラから送信される映像を見ながら交通状況を把握。迂回路などを指示する交通管制室にも早変わりできる。
 その中央では警察庁警備課長が、鹿児島県警や九州管区警察局などへの連絡に追われていた。指揮官席には、宗像恵二警備局長が座る。
 「日本海沿岸に警備待機命令を出した方が良いな」
 「分かりました。とりあえず広島、鳥取、島根、石川を中心に発令します」
 警備課長は既に指揮用の赤電話を取り上げていた。
 奄美大島から北西に二百三十㌔付近の日本EEZ内の九州南西海域で、海上自衛隊が午前一時十分に、不審船を発見してから、十二時間半近くが経過していた。
 防衛庁から連絡を受けた海上保安庁は、庁内に海上保安庁警備救難部長を室長とする「九州南西海域不審船対策室」を設置すると同時に、第十管区海上保安本部から巡視船艇と航空機の出動を要請。さらに特殊警備隊にも出動命令が発動された。
 これらの第一報は防衛庁から内閣情報室と警察庁にも伝えられ、警察庁は翌日早朝、警備局長を長とする警備対策室を庁舎二十階に設置した。政府サイドも内閣情報調査室や危機管理監らが総理官邸に招集され、緊急治安対策会議が開かれた。
 南西海域は、北朝鮮工作船の活動の場で、これまでにも数回の情報が寄せられ、その都度、海保巡視船に出動命令が出されている海域。
 今回がそれまでと違っていたのは、米国情報機関からの衛星による不審船の行動監視が報告されたため、不審船確保の厳命が下されていた。
 十八階のデスク席で「警備対策室立ち上げ」の連絡を受けた警察庁薬物対策課長の重森信房は、第一報と同時に「覚せい剤の瀬取り(海洋上での取引)」を直感していた。
 薬物対策課長を既に二年も勤めている重森は、第三次覚せい剤乱用期を迎えた緊急事態に対処するには政・官・民挙げての対応が必要として、総理大臣の一声で立ち上げられた政府の薬物対策会議のメンバーでもある。
 そんな重森が「北朝鮮の薬物に関係がある工作船」と直感的に判断したのは、海上保安庁の映像を見た瞬間だった。
 三年前、東シナ海で不審船を何時間も追跡する事件があった。
 同事件では、海上自衛隊のP3Cが洋上で併走する二隻の漁船を発見。うち一隻の船体には日本の漁船名「第十二松新丸」と書かれていたものの、無線機アンテナが漁船の通常装備品とは極めてかけ離れていたことや、船尾に日本漁船では見られない開閉式の扉が見えることなどから、不審船とみて監視を強めていた。重森は、内閣情報室に出向していた時の事件だ。
 その後、併走していた日本名「第八東海丸」の漁船が、不審船に近づき、やがて二隻の船は洋上で接舷。何かの受渡し行為が確認された。
 「不審船の発見、洋上警戒・警備」の指令を受けていた海上保安庁の巡視船が,第十二松新丸に立入検査のため近づくと逃走を図ったため追跡を開始したが、漁船とは思えないスピードで逃走を繰り返した。数時間にわたる追跡劇も、海保の巡視船が追いつくことができず、松新丸は西シナ海に消えていった。
 このため海保では,もう一隻の「第八東海丸」に接舷して調べた結果、同船は暴力団がチャーターした漁船であることが判明。
 その後、高知県沖で発見された大量の覚せい剤が押収され、北朝鮮工作船と日本漁船の覚せい剤洋上取引「瀬取り」の存在が初めて確認された事件だった。
 今回の海保が映し出す不審船が、実はあのときの漁船「第十二松新丸」にそっくりだったことから、重森は「北朝鮮工作船による覚せい剤取引」と断定していた。
 重森は、不審船をだ捕できた場合に備えて、日本一の薬物捜査官とほれ込み、全幅の信頼を寄せている警視庁の鬼頭を、最初から参加させておくべきと判断。警視庁生活安全部長の永堀政男に連絡。永堀から連絡を受けた生安部理事官・風間俊夫が鬼頭を呼び出した。
 警視庁生活安全部薬物特命捜査官・鬼頭長一郎の階級は警部。五十六歳。昭和四十三年、二十四歳で警視庁巡査を拝命。池袋などの繁華街を持つ城西警察駅前交番を振出しに、日比谷警察外勤係を経験し、三十六歳で日本一の繁華街・新宿区歌舞伎町を管轄する淀橋西警察署の保安係の刑事に抜てきされた。
 当時、歌舞伎町を舞台に、薬物が絡んだ組織売春事件捜査では、警視総監賞を受賞した。そんな時、新人で淀橋西署に見習で来ていた京大卒のキャリア組の重森と知り合った。
 総監賞の功績もあり、鬼頭は本庁生活安全部保安課に配置され、麻薬捜査の道に入った。そして二十年。「事件」を恨むが、事件を起こした人を恨むことは決して、ない。鬼頭は、被疑者が犯罪を決心するまでのプロセスを重視した取調べに重きを置いた。
 「人にはそれぞれ、天から与えられた人生があり、人生観も違う。〝人生〟という劇場で、犯罪という舞台に飛び降りるか否かは紙一重だ。それは運命が大きく左右する」
 「罪を憎んで人を憎まず」の哲学はここからきている。
 「誠心誠意」をモットーに、犯人と対峙(たいじ)する調べ室では〝温情調べ官〟として知られ、別名は「落としの長さん」。東京高検の佐々木俊太郎公判部長は、鬼頭をこう評価する。
 「刑事部の調べ官で〝落としの何とかさん〟は、東西に結構いるが、生活安全部の調べ官ではめったにいるものではない。その点で鬼頭君は、大阪府警のべーやん(別所)と並ぶな」
 大阪府警のべーやんは、調べ官というよりは職人刑事である。
 「あっ、あれは薬物を持っているな?と職務質問すると、百発百中らしいね。もう薬物捜査では警察官というよりは神様だよ。勘なんだよな」と佐々木検事正。
 保安課はやがて組織再編で薬物対策課になり、薬対課から独立し特命捜査官室が誕生。鬼頭は専門職として抜てきされた。鬼頭も本部係長、署の課長、本部管理官、理事官、署長などの階級を順調に上れば今ごろは署長のポストで勇退の声も聞こえていたはずだった。
 昭和四十年代、「生涯一捕手」を目指したプロ野球の野村克也の人生観に共鳴、「生涯一捜査官」にのめり込んだ。おかげで出世の道は絶たれたものの、警視庁では鬼頭の右に出る薬物捜査官はいない。重森は、そんな鬼頭を好きになっていた。 
 午後二時三十六分の十管本部の無線連絡と同時に、かわせは、二〇ミリ機関砲を発射した。連続・速射される弾丸は、紺ぺきの海面を一本の〝光の線〟となって、不審船の周辺に着弾する。
 それでも、不審船は停船することなく、波しぶきを上げながら逃げる。
 約十分後の午後二時四十七分、不審船がおかしな行動に出た。乗組員が国旗らしいものを振っているのだ。
 「あれは何の合図だね?」
 警察庁の対策室も、官邸も、海上保安庁の不審船対策室にいるそれぞれ日本の治安機関の幹部の脳裏には、一瞬、「投降」の二文字が浮かんだ。しかし、不審船は、降伏するどころか、さらにスピードを上げて逃げ出した。
 「十管からかわせ」
 「かわせです。どうぞ」
 「命令。まるよん(〇四時)ひとさん(十三分)。船体射撃を実施せよ。以上十管」
 「かわせ、了解」
 四時十三分、不審船の船体に向け再び一本の光の線が放たれた。前回威嚇から二時間近くが経過。周囲は、ほの暗く光の線は輝きを増していた。一方、不審船の船体は太陽光線を失うと同時に緑色から〝黒い影〟に変色。光線は黒い船体の船首部分に命中、火花が散った。
 「この時間で、仮に停船させてだ捕したとして、鹿児島港に着くのは明後日以降になるだろう。鬼頭君は、いずれにせよ、明日以降に出発ということになるな」
 重森が鬼頭に話しかけた。が、その声も、無線交信や機関砲の轟き音でかき消された。不審船を鹿児島港にえい航したあと、船内の捜索の時点から鬼頭を参加させることは、警察庁長官の決定事項だった。
 警察庁から指令を受けていた広島県警、鳥取県警、島根県警などは機動隊の待機命令を緊急出動に切り替えた。さらに警察庁は警視庁、大阪府警、福岡県警に配置している「SAT(特殊急襲部隊)」三部隊に日本海沿岸への出動命令を下した。警察庁長官はサブマシンガンの携帯を命じた。
 「かわせ」に続いて巡視船「ゆうすげ」も威嚇射撃を実施した。
 五時二十四分、黒い船体から火の手が上がるのが確認された。不審船は停止した。対策室の全員が固唾(かたず)をのんだ。
 宗像警備局長は、投降後の北朝鮮工作船の兵士の警護に胸を痛めた。
 午後五時五十一分、不審船の火の手が見えなくなった。数分後に再び逃走を開始。その後は停止、逃走を繰り返した。
 六時五十二分には巡視船「ゆうすげ」が同船に接近を試みた。その時点で不審船の位置は、日本と中国のEEZの境界線を越えた。
 巡視船の「いず」と「あさま」が不審船に再度急接近、接舷を試みようとした瞬間、不審船の機関銃が火を噴いた。十時九分だった。
 弾丸は「あさま」の左舷で火花を散らした。
 「至急、至急、あさまから十管本部」
 「十管本部、どうぞ」
 「ただ今の攻撃で、負傷者三名。重傷者もいるが生命には別条ないもよう」
  「十管本部了解。なお、本庁からの連絡を伝える。受傷事故には十分留意した行動をとるよう長官の指示が出された」
 「かわせ、いず、あさまの各船、どうぞ」
 「かわせ了解」
 「いず了解」
 「あさま了解」
 「あさま」など各船からの無線の傍受が、若干、途切れた。
 瞬間、不審船がロケット弾のようなものを発射した。幸い、あさまの操舵(そうだ)室の真上を通過、被弾はなかった。
 「至急、至急、十管から各船。敵船が使用したのはロケット弾と見られる。ただ今の時間、本件では正当防衛の適用を決定した。さらに強行停船目的の攻撃を開始せよ」
 「国家の主権とは何だろう」と、常々疑問を持っていた鬼頭は歯ぎしりしてオペレーションを見ていた。
 「我が国の不審船に対する適用法令は漁業法違反(臨検拒否)ですからね。ロケットランチャーをぶちかまされて初めて正当防衛ですか?」
 鬼頭はつぶやくように言ったが、重森は気づかなかった。鬼頭は警備局長を気にした上での小声だった。
 正当防衛の四文字で、「かわせ」「あさま」「いず」は一斉に射撃を繰り返した。不審船は午後十時十三分、突然爆発して沈没、海の藻くずと消えた。
 鬼頭は初めて今回のオペレーションに立ち会えてよかったと思った。が、「消えた船体の回収は可能なのか」の心配が心を過ぎった。
 「おいっ!  あれは撃沈ではなく自爆だよな。しかし、これで覚せい剤は駄目になってしまったなぁ」
 宗像局長が叫ぶような声で全員に語りかけた。そして
 「よーしっ、出動した各県警機動隊とSATには申し訳ないが『517(解散)とせよ』だな。御苦労さんでした」
 「そうですよね。せっかく警視庁から鬼頭さんが来られて……」
 重森薬対課長が残念そうに、横に座る鬼頭を見た。
 「海の深さがどれぐらいか分からないが、覚せい剤がなくても何らかの資料は出るだろう。理事官、海保で水深の確認とってくれや」
 警備課長が部下の理事官に命じた。
 「水深は七、八〇㍍から百二〇㍍ぐらいだと見られます」
 理事官は海保に聞くまでもなく即答した。さらに続けた。
 「この季節は引上げは無理ですが、場所的にはサルベージは可能です。時間がかかりますが…」
 「そうか、海が荒れていては難しいのか……」
 「そうですね。春先に調査を開始して、それから引上げの準備に入り、実際は秋になるのではないかとみられます」
 警備課長と理事官のやりとりを聞いていた重森が口を開いた。
 「宗像局長お世話になりました。お陰様で助かりました。警視庁とも詰めますが、取りあえず鬼頭捜査官には帰ってもらいます」
 オペレーションは済んだ。今後の舞台は、撃沈した北朝鮮工作船の全容解明のため船体の引上げへと移る。
 映画やドラマよりも過激なシーンが頭に残っているためか鬼頭の体は火照っていた。警備対策室を一歩出ると、音ひとつ漏れないような防音室になっていることから廊下は静まり返っていた。
 「今夜は寝られるかな」と思いながら二十階の警備対策室を出てエレベーターを待っていると、背後から重森の声が聞こえた。
 「鬼頭さん。この時間ならまだ開いているところがあるんで飲みに行きませんか?」
 重森は鬼頭より十三歳も年下だが階級は警視長。ノンキャリアの警察官が巡査から始まるのに対して国家公務員一級職から警察官になるキャリア組は二つの階級を飛び越し警部補からはじまる。
 警察官は「警察官」という職業を誇りに思っている反面、意外にも身分を隠したがる人が多い。仕事上では「○○警部」とか「○○主任」などと階級や職位を呼称するが、一歩、街にでれば「さん」や「君」付けになる。
 二階級上の階級にある重森だが仕事を離れると、人生経験では大先輩の鬼頭を「鬼頭さん」と呼んでいるのもそのためだ。
 戦前の警察官は絶大なる権力を持ち「オイ、コラ警官」と呼ばれる時代だった。それが敗戦と同時に民主警察へと移行したものの、一部の反動分子からは「犬」や「番犬」と揶揄されてもいた。身分を隠すのもそうした歴史があるからと主張する人もいる。
 警察庁を出た二人は、六本木交差点に向けタクシーを飛ばした。交差点の手前の路地を入ったところに「焼鳥屋」がある。焼鳥屋と言っても全国の銘酒が揃い、高級ワインや人気があり一八〇㍑一本でうん万円はする焼酎が飲めることから女性客が多い。
 場所柄、テレビ局の女子アナや芸能人も良く利用している。重森も東大の学生時代に友人から紹介されて以来の常連客だ。
 鬼頭は大好きな日本酒「浦霞」を注文、重森は熊本の芋焼酎のロックを頼んだ。
 「いゃぁーご苦労さんでした」
 どちらからともなく声が出た。二人がこうして杯を交わすのは約二年半ぶりだった。そう言えば重森が熊本県警の本部長に就任する時の鬼頭の「送別会」は、新橋の貿易センタービルにある会員制クラブだった。
 「熊本では毎晩ですか、これは」
 鬼頭が杯を引く行為をしながら聞いた。
 「そう、単身赴任だったし、焼酎がうまいし。それに馬刺しな。特に馬のたてがみの部分。あれは絶品だったよ」
 そして重森の自慢話しが続いた。重森は体は小柄だがバイタリティーの凄さは鬼頭も脱帽する。それでいて「血液型がO型とAB型の男同士は気が合う」とされるだけに、O型の鬼頭と重森は仲が良かった。
 仕事に対しては二人は攻撃型だ。度々、激論に発展することがあるが、重森は完璧なまでにデータを中心に積み上げた理論を展開する鬼頭を尊敬している。
 しかし鬼頭は、一歩外に出ると人が変わったような温厚な親爺に変身する。ドラマを見て涙を流す感情的な人間なのでもある。
 「それにしても今回のオペレーションは凄かったね」
 「三十年以上の大ベテランの鬼頭さんでも興奮したんですか?」
 「あれは戦争だよ。陸であんな打ち合いをしたら凄いだろうな…」
 鬼頭のこの言葉に重森は、果たして「SAT」で対応が可能なのかと思うと鳥肌が立った。久しぶりに飲んだ二人は、話しが弾んだ。
 「ところでさ、お前が新人で歌舞伎の交番で合った時さ…」
 鬼頭の言葉はいつの間にかベランメー調になり、重森を「お前」と呼んだ。重森も階級に関係のない人間同士の付き合いに満足していた。
 「俺が張り込みを終えて交番に行った時さ、緊急手配の電話のあとの報告で春田チョー(巡査部長)さんともめてたよな。あれ見ていてな『三十歳も離れた若造の時からこんな態度でさ、将来はどんな幹部になるんだろう』と心配したよ」
 「全然、違うでしょう今は…」
 「やっぱり人間は、修まるところに修まると変わるもんだな」
 たわいない話しが続いた。
 鬼頭は、「踊る大捜査線ザ・ムービー」で、誘拐されて救助された副総監(神山繁)が湾岸署を出る姿を「和久さん」役の、いかりや長介が陰で敬礼をしながら無言で見送ったシーンを思い出した。副総監は和久さんに黙礼していた。
 あの二人の関係は、キャリアとノンキャリアの信頼関係があった。鬼頭はあのワンシーンを見ただけで説明は要らないと思った。
 映画を見た鬼頭は「俺と重森はあんな関係になれたら良いな」と思っていたのだった。
 二人が店を出たのは午前一時を回っていた。

 不審者の身柄確保
 川を渡る風が爽(さわ)やかだった。多摩川の土手はフキノトウをとる家族連れでにぎわう時期になった。多摩川署四丁目駐在所員になって何年になるだろうか。杉山吉雄警部補のパトロールは自転車が多い。
 山梨県の小菅村を源にする多摩川。現存する自然に包まれながら悠々と流れ行く川は土曜・日曜ともなれば、都会のけん騒から逃れる人たちで賑わう。
 なかでも、中流に位置する東京側の右岸はもとより、神奈川県の左岸にも各自治体が運営する運動場や緑地公園が混雑する。
 杉山の管轄する調布市の河川敷にも市民野球場、市民公園が点在。堤防沿いには、かつては石原裕次郎や吉永小百合など往年のスターたちでにぎわった日活撮影所も現存し、競輪場もあることから、休日などは自動車の往来が激しく、自転車によるパトロールは功を奏している。
 杉山は調布市が好きだ。もう定年まで二年。出世なんか考えない文学好きの警察官は生涯一駐在さんを希望した。
 昭和六十二年だった。警視庁警務部教養課が「東京わが街」(自警文庫)という本を出版した。その時の多摩川署のページの書き出しを見た杉山は、当時の八丈島駐在所から多摩川署管内の駐在を希望した。
 その本の調布の由来に、こんな文章が載っていた。
 布づくりの里(調布)
 調布という地名は、文字どおり古代税制の一つであった「調」としての「布」の産地という意味である。
 古代の人々は水を求めて集落をつくり、特に多摩川流域の村々では、カラムシ(麻)がとれたので、この水を利用して発達した布づくりは、この地域の古くからの産業であった。「延喜(えんぎ)式」に武蔵国から朝廷へ多量の織物や柴草が貢納されている……
 そして、八丈島には、平安の時代から伝承する黄八丈が生産されている。昭和十八年には国の伝統的工芸品に指定され、杉山が駐在さん当時の五十七年に、山下めゆさんが東京都の無形文化財にも指定された。 
 島に自生する草木を染料とした純粋な草木染めで、絹糸を「黄」「樺」「黒」に染め上げ、すべて手織りによって織り上げられる。いつ頃(ごろ)から織りはじめられたかは定かではないが、杉山は非常に興味を持っていた。
 よくよく調べてみると、島の書物に室町時代から貢絹の記録があり「江戸時代には将軍家の御用品としても献上されていた」とあった。
 共通点を持った八丈島と調布。「そうだ。調布に行こう」と決心し、長女も東京に就職が決まったことから希望した。島出身の妻、美土里も賛成してくれた。杉山は定年後は八丈島に帰り、「日本の水と文化」を冊子にまとめようと思っている。そのためにも織物の研究は欠かせなかった。
 「時代を見つめる」ことを大事にする杉山の警察官としての仕事は、現代社会の若者警察官の中にあっては貴重な存在だ。
 「時代を見つめる」ことは、地域社会の文化との接触なくしてなしえない。地域社会に和合するためには、地域社会の人たちに解け合うことが大事だ。
 地域社会、家庭・家族の崩壊が叫ばれる今、杉山は地域の安定と平和を求めて〝お巡りさん〟という仕事に生きがいを感じている。
 それが今、島部の駐在所でさえモータリゼーションが進み、パトカーやオートバイが配置され、通信の世界もパソコンによるメールの手配などハイテク化は著しい。
 管内パトロールは二十分もあれば一周できるし、住民の相談は電話で済ませられる。本署や駐在同士の連絡はメールという文字通信になり、心の温かさを感じさせない。
 杉山が生まれて物心がついた当時、一世を風靡(ふうび)した映画がある。「警察日記」だ。昭和二十九年の話しである。会津磐梯山の麓(ふもと)の小さな町を舞台に、貧しくとも懸命に生きる人々の姿を描いた感動ドラマだ。森繁久彌が演じた警察官に、日本中が感動した。
 以来、杉山は「警察官の原点」は交番・駐在所にあると思っている。
 「機械が相手の仕事より、人情が自分には似合っている」と、人情の機微にあこがれて警察官になった。
 自転車によるパトロールを欠かさないのもそのうちのひとつだ。
 「自動車やオートバイで回っても、地域の人の顔が見えない。光景を見るだけのパトロールなんて意味がない。地域住民の真の心を掴(つか)むには、ゆっくりと声を掛けながらの巡回こそが大事だ」
 そんな哲学があるから、地元では見慣れない人物には特に興味を引く。
 ある夕方のことだった。杉山は、鶴川街道から京王閣競輪場前の多摩川土手を下ろうとしていた。二人連れの男が土手沿いを歩いてきた。杉山の姿を見ると、一人がもう一人の後ろを押すようにジュースの自動販売機の陰に隠れた。杉山は見逃さなかった。
 「あのーっ、どちらに行かれますか」
 声を掛けた瞬間、前にいた男が逃げ出した。杉山は、逃げようとした男に自転車の上から飛びかかった。自転車が土手を転がっていくのが見えた。杉山の右手を振り払おうとした男の手が顔に当たった。
 必死で抵抗する男を組み伏したがもう一人の男の姿はなかった。こうして、男は公務執行妨害の現行犯で捕まった。所轄系無線でパトカーを呼び本署に連行された。杉山の左半身の火傷(やけど)の後の一部の皮が破れ出血した。
 逮捕理由が公務執行妨害。署に引き揚げると地域課長が待っていた。
 「公妨でしか捕れへんかった?」
 「もっと知恵を使わんと……」
 関西出身の漫才家、横山やすしに似ていることから 〝ヤッさん〟のあだ名を持つ本村安二郎地域課長の小言も同時に待っていた。歯に衣を着せぬストレートな言い方は、時には幹部にも向けられる。しかし、その言葉の背景には常に「純粋さ」所以(ゆえん)からの表現方であり「恨めない」「憎めない」人物なのである。
 警察の世界では、公務執行妨害での逮捕を嫌う幹部が多い。六〇年安保や七〇年安保当時の公安警察が極左の逮捕によく利用した。
 わざと体をぶっつけて、ちょっとでも抵抗しようものなら「はい、公務執行妨害」と乱発した時代だった。「何の頭も使わずに、努力もなく簡単に『逮捕』するのは権力の乱用にすぎない」と批判が多く、民主警察には馴染まないとして嫌われている所以だ。送検すると検事も嫌うと言われている。
 男は、イラン人とは認めたものの、数万円入りの財布以外に身元を洗わすパスポートや外国人登録証明書は持っていなかった。
 このため逮捕用件は公務執行妨害から、出入国管理及び難民認定法違反容疑に切り替えられた。同法による逮捕は、せいぜい、国外への強制退去となる。
 どうしても納得のいかない杉山は、イラン人の行動が気になり、出血部分が痛むのを我慢して現場に向かった。
 自転車で現場に着いた杉山は、逮捕時を再現した。
 「ここで奴(やつ)らを発見して……と」
 独り言をブツブツ言いながら歩き回った。最近は年のせいか独り言が多い。妻にも指摘されている。
 「この自販機に隠れたから……と」
 自動販売機は、河川敷の運動場などを訪れる人たちのため道路使用許可を取って設置されていた。
 店の前というよりは道路端に設置されているため、電源は自販機専用の電柱が立てられている。
 「何で、自動販売機の陰なんだろう」
 杉山は、こんな言葉をじゅ文のごとく繰り返しながら自販機の周囲を回り出した。
 裏側を覗(のぞ)いた杉山の目に黒い小銭入れの財布のような物が見えた。それは自販機のモーター部分に張り付けられていた。
 「なんだこりゃぁー」
 張り付けてあるのかと思って取ろうとしたら、磁石で吸い付けられていた。空けてみると、小さな透明のビニールのパケが出てきた。パケには少量の白い粉が入っていた。パケは二十袋あった。
 「覚せい剤かもしれない」
 直感した杉山は、携帯で署の当直に連絡した。自分は現場保存で残ることにした。
 「それにしても、何でこの辺に覚せい剤所持のイラン人がいるのか?」
 「物(ブツ)がちょうど二十袋ということは、売る前。すなわちこれから売りに出るところだったのだろうか」
 こうしてイラン人の逮捕容疑は難民認定法から覚せい剤所持容疑に切り替えられた。
 心の片隅に「もやもや」を残したまま数日が過ぎた。捜査は本署の保安係が担当している。
 ここのところの忙しさで日誌を付けるのを忘れていた。夕食前に書いてしまおうと思い、机から日誌を取り出した。
 「あら、お父さん。そう言えばいつでしたかねぇ。ほらっ、どっかの倉庫か何かに不審なベンツが何台も止まっていたと言っていたでしょう」
 「あれは何の関係もないのかしらね」
 妻がお茶を持ってきて言い出した。妻には時々助けられる。駐在の女房とは常に二人三脚で歩んできた。駐在の妻は、「もうひとりの警察官」なのである。
    ×        ×       ×        ×
 九州南西海域で実施されたオペレーションの日、「秋ごろになるのでは……」と予言した警察庁警備課理事官の言葉通り、北工作船が引き揚げられたのは十月の中旬だった。
 鬼頭が警察庁から呼出しを受けたのは十一月に入っていた。鹿児島県警で第一回目の捜査会議が開かれた。
 捜査会議は、今回の事件の性質上から警備・公安関係が中心にならざるを得なかった。船体の検証結果に続いて報告されたのは、犯罪に使用されたものも含めた武器類。鹿児島県警県警警備課長が淡々と読み上げた。
 「海上保安部と合同で捜索・検証した結果を報告します」
 「まず、搭載されていたとみられる武器類。これはですね、撃沈されている、いや、自ら爆破したといいますか、部分的にしか確認されていない物が多いのですが、一部回収部分を含めて申しますと軽機関銃二丁。口径は七・六二ミリのPK機関銃と推定されます」
 パワーポイントで映し出される画面には、押収されたバラバラの部品と実物と同型の写真が並列されていた。
 「次に口径五・四五ミリの自動小銃四丁。これは北朝鮮製のPK機関銃と推定されます」
 会議に出ていた鹿児島県警の生活安全課長が鬼頭の顔を見て小声で、話しかけた。
 「その他の重要証拠物として注目されるものがあったそうです。プリペイドカード式ですが携帯電話が一個だそうです」
 「これから資料を配りますが、合計八十回程度の発信記録が残っている携帯電話機がありました。そのなかで判読できた部分を書き出したので資料をお配りします」
 警備課長が急に、丁寧言葉に変わったのは、警視庁の鬼頭を意識してのことと思われた。「電話機」の言葉に、鬼頭の心は和んだ。きっと年輪を重ねた課長だろう。
 A4版の資料には、発信日時と相手番号が数か所書かれていた。
 「既に御案内の通り、本件は覚せい剤の取引と推定されています。従いまして、本会議には、警視庁から特命捜査官の鬼頭警部が出席されていますが、警視庁、警察庁の御協力のもと、これら資料からの突き上げ捜査で北朝鮮から流入した覚せい剤の流れは勿論、国内組織を含め全容解明に全力を挙げるよう本部長から下命がありました」
 「しかし、今回の一次捜査権はあくまでも海上保安庁。警察としてはどうしても受け身にならざるをえません。携帯電話機の捜査資料はごく一部しか警察に届いていません」
 「えっ。海保が渡さない?」
 「折角(せっかく)の資料が……」
 刑事という捜査のプロたちの間からは感嘆の声が漏れた。
 「海上保安庁は海の警察。陸で活動する俺たちこそ捜査のプロ」と自負してやまない警察官は多い。
 かつて省庁再編の動きがあった際、海上保安庁を当時の陸運局から分離し、警察庁と統合させる案が浮かんだ。
 「無線の周波数は違うが、〝ヤマ〟と呼ばれる情報収集用無線基地は共有できる。しかし船長や航海士、甲板員などという特殊な職種と警察官との人事交流はできない」
 など幾つかの理由から、同案は御破算になった経緯もあり、お互いのプライドも対立する集団なのでもある。
 事件解明へのとっかかりも得ないまま、鬼頭は警視庁に帰らざるを得なかった。
 警察当局にも正式な情報が寄せられていないばかりか、マスコミだけが先行した。
  販売先は岐阜県内と判明
     発信記録から国内組織解明へ
        北工作船から押収の携帯電話
 毎朝新聞の一面トップ記事だ。
 社会面にはサイド原稿が付けられていた。
   ……発信先番号の中には、東京都内にある商社の固定電話や新潟県内の
   在日朝鮮人、大阪市在住の暴力団員五人の電話番号、その他韓国
   人留学生の名前もあった……
 新聞報道から数か月後に、海上保安庁からA4版用紙二十五ページにものぼる報告書を受けた警察庁は、都内などの電話番号が書かれた着信記録を重視。複数県にまたがる合同捜査とし、警視庁に捜査指揮権を任せることを決め大阪府警、鹿児島県警、新潟県警、長野県警、高知県警、宮城県警など十四都府県警の捜査幹部を集めた合同会議を開催した。
 会議には警察庁警備課長、外事課長、薬物対策課長など警察庁幹部。警視庁からは公安部長、生活安全部長と特命捜査官室長の風間と鬼頭。各県警からは実務担当課長が出席した。
 「海保の中間報告書を配布しましたが、今回の事件で海保は刑法六〇条の共謀共同正犯を適用。乗組員十人を被疑者死亡で送致することとなっています」
 警察庁警備課長が会議を仕切った。さらに続けた。
 「えーっ、今回の事件で海保が確認した乗組員は約十人とみているようです。引き揚げられた工作船の中にあった死体は骨になっており、資料になるものはないようです」
 「しかし、実は沈没直後に水死体二体を発見しており、この死体については鹿児島県警も検死に立ち合っておりますので、この件に関しては後ほど鹿児島県警からの報告をお願いします」
 「次に、押収されたプリペイドカード式携帯電話についてでありますが、既にマスコミに出ておりますが、この携帯電話は事件発生前の今年春、岐阜県内の携帯電話販売会社で販売されたもので、約八十回にわたり都内暴力団事務所の固定電話や在日の朝鮮人や韓国人が契約した携帯電話等にも架けているようです」
 「問題は電話を受けた人物の所有する携帯ですが、これは海保の捜査に続き所有者が判明している新潟の人物、大阪の人物が中心になりますが、新潟県警、大阪府警と場合によっては警視庁に捜査協力をお願いしたいと思います」
 新潟県警と警視庁は、直ちに新潟県内在住の男、自称・金田悟の身辺捜査に乗り出し、大阪府警は携帯番号から割り出された暴力団五人が所属する「篠原組」の捜査本部を立ち上げた。幹部組員の後藤田作之助の動きに捜査力が集中した。
 「高知沖の事件の延長線上の捜査になるな」
 重森も風間も鬼頭も意見が一致した。
 高知沖の事件とは、重森が今回のオペレーションで同一船と直感した事案。この時の日本の漁船「第八東海丸」は暴力団が三重県鷲尾市の漁業関係からチャーターした漁船だった。
 「松新丸」が日本海に消えたあと日本船が寄港した先で関係者から事情を聴いたが、覚せい剤は発見されずに捜査は難航。その後の捜査で、高知沖に浮いている覚せい剤約百七十㌔が発見された。
 警察庁は、同年九月に高知県警に加え、警視庁、鹿児島県警などの合同捜査本部の設置を指示。調整を図り、これまでに漁業関係者のみ四人を逮捕しているが、依頼した暴力団までの突き上げ捜査は難航していた。
 警視庁は今回の事件を、既に専従態勢で捜査を進めている新橋分室に指揮権を付与することと決定した。
 新橋分室は、風間警視をトップに庶務担当の笹森三郎警部、鬼頭警部ら総勢十五人がスタッフだ。彼らはけっして表舞台に出ることはない〝秘密捜査官〟なのである。
 風間は今どきに珍しい〝親分肌〟の男。べらんめえ調で話すことから、知らない人からは誤解を受けやすい。が、部下に対する思いやりが強く、鬼頭をはじめ多くの部下の信頼も厚い。
 警察庁から指示が出されたことを受けて、高知沖事件当時の捜査員を集めた捜査報告会議が開かれた。警察庁の重森もオブザーバーで同席した。これまでの事件捜査状況が風間から報告された。
 「高知沖の事件は、第八東海丸をチャーターした三重県鷲尾市の漁業関係者四人を逮捕しておりますが、その先に伸びておらず、難航しているのが現状です」 
 「覚せい剤は、北朝鮮が仕出し国と見ても良いのですか?」
 捜査員の一人が風間に聞いた。
 「はい。この事件では警視庁、埼玉、高知、鹿児島県警などが合同で捜査しておりますが、警視庁の科学捜査研究所が保管するシグネーチャーアナリシス(薬物の混合物の分析表)から、純粋なフェニルメチルアミノプロパン塩素塩(覚せい剤)と分かりました。ほぼ、北朝鮮での精製とみてよいでしょう」
 と、風間が答えた。
 「ちょっと待って下さい。数年前だと記憶していますが確か宮崎県の日向市の港で北朝鮮の貨物船から県警が五十三㌔の覚せい剤を押収した事件では、日本の暴力団が『北のサンプルを見たら中国より質が悪かった』と言ったという報告もあったはずですが…」
 「わかっています。きょうは警察庁から重森課長さんが見えられておりますので、お手元の資料を配付しました。詳しくは重森課長さんに説明をお願いしたいとおもいます」
 各デスクには、国連薬物統制計画(UNDCP)発行の「WORLD REPORT」の最新号コピーが配布されていた。
 UNDCPは、国連における薬物対策活動の中心機関として、国連内の薬物対策活動の調整、薬物関係条約の実施や確保、覚せい剤など各種の薬物対策プロジェクトの作成・資金提供等を行っている。発行するWORD REPORTには、世界各国から寄せられた薬物情報が掲載されている。
 「本題に入る前に、どうしても皆さんに薬物の現在の情勢を知っておいてもらいたいのですお話しします」
 重森は申し訳なさそうに言い出した。
 「黄金の三角地帯はアヘン、ヘロインの密造地帯で有名でありますが、最近になって大量の覚せい剤が密造されるようになりました。その背景にはタイで錠剤型の覚せい剤の乱用が爆発的に広がり、大きな市場ができたからとみられているのです」
 各捜査員は互いに顔を見合わせた。
 「錠剤形の覚せい剤?」。初めて聞く言葉だった。
 「覚せい剤の密造は、ケシ栽培からアヘン、そしてヘロインが完成するように手間がかかることなく、天候にも左右されなることはありません。しかも、原料さえ手に入れば簡単に製造できるのです」
 これまでの覚せい剤は、「白い粉」だった。ところが、その覚せい剤を市販の薬のような錠剤にしてしまったという。しかも、青や緑、オレンジなどの色まで付けられている。
 「この錠剤形覚せい剤は、ヤーバーと呼ばれており、密造経費は一錠約二十円ぐらいだそうです。ゴールデントライアングルで製造され、バンコクまで運べば三百円以上で売れるのです…」
 密造地域はタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアと次々に拡大しているというのだという。特に、ミャンマーでは1996年中に約六百万錠の錠剤が押収されている。
 重森はさらに続けた。
 「これら錠剤の原料となるエフェドリンは、中国から密輸されたものとみられているのです」
 「これらが、旅行者を通じて日本国内に持ち込まれているという情報が実は、麻取(まとり)から寄せられました」(「麻取」とは、厚生労働省の麻薬取締官事務所)
 錠剤型の覚せい剤には、どの錠剤にも「ワ」の刻印が押されていることから、密造しているのは、中国人(南雲人)やワ族などの少数グループであることが伺われという。そして「技術、資金、設備などを提供しているのは台湾やタイ等のグループとみられている」との説明がなされた。
 日本の覚せい剤ブローカーは暴力団関係者がほとんどだが、香港、台湾、マカオ等で「契約」を結び、サンプルを確認したあと、頭金を支払う。
 こうして中国大陸から船舶を利用し、日本に運びこまれる。コンテナや一般貨物の中に隠し、通常の貿易を仮装することもあれば今回のように沖合で合流するなどして国内の人物が受け取る仕組み「瀬取り」もあることなども併せて報告された。
 重森は本題の北朝鮮の薬物情勢へと続けた。
 「お手元に配布しましたワールドレポートをご覧になって下さい」
 「捜査当局によるとインドの中央麻薬事務局(CBN)はすでに、『北朝鮮が必要な外貨を獲得するためにドラッグ(覚せい剤)を作り、国際社会に密輸している』という情報を持っていると書かれていますね」
 「実は、この情報を裏付けるような事件が一九九七年から九八年にありました」
 重森はレポートを手にして読み上げるように説明した。
 「北朝鮮が医薬品としてインドの民間会社からエフェドリンを輸入したが、分量があまりにも多いため、CBNが空輸ルートにあたるタイで積み荷を一時ストップさせた。ところが一部では、医薬品を止めれば人道的な問題に発展するのでは…と、大きな話題を呼びました。エフェドリンは咳止めや風邪薬として使われている薬剤だからです。一方で覚せい剤やメタンフェタミン(ヒロポン)を製造する際にも用いられています。だから疑問を持ったCBNがストップをかけたのです。結局、ウィーンの国際麻薬捜査局(INCB)の調査などにより、医薬品の分量の数量だけに減らして北朝鮮への輸送が認められたというのです」
 「以上のことから、北朝鮮産の覚せい剤は風邪薬の原料を利用していると推測されるわけで、これまでの分析でも非常に純粋で異物の多い中国産とは値段も違うと言われております」
 「現に、兵庫県警などで捕まえた売人などからは『比較したら中国産なんて売れない』と公言しているヤクザもいるという情報も寄せられています」
 さらに、重森は近年の麻薬取引の実態などを紹介。
 「一部には、北朝鮮は既に錠剤型覚せい剤の生産に入ったという情報もあります」
 「さらに重大な問題がここなきて、大きくクローズアップされた。それは、密輸入のコースに新たにロシアルートが存在することです」
 「従いまして政府方針として政・官・民挙げて取り組むべき喫緊の重要課題であるとしている訳でございます」
 「当然、警察としましては都道府県警という垣根を越えた捜査が必要になる訳で、警察庁としては警視庁に指揮権をお願いし、場合によっては四十七都道府県警察のあらゆる関係部を挙げての捜査本部体制でも良いのではと警察庁長官もおっしゃっております」
 こうして重森は今回の薬物捜査体勢を「戦後最大の薬物緊急大作戦」と位置づけた。
 話しは風間に代わった。
 「この史上最大の作戦を成功させるためには、今回押収した携帯にある新宿歌舞伎町の中国人経営の貿易商、朝陽商事の解明にポイントがあるように思えてならないのですが皆さんご意見がありますか」
 老年の捜査員が手を挙げた。
 「しかし、海保の例に見られるように情報が漏れて一部報道が先行するなど困難を伴うのは目に見えている。警察庁は威信をかけて成功させると言っているが、警察庁を含めて各県警の情報漏洩などは防げるのか」
 「朝陽商事を経営している帳亭植という五十四歳の男は、外国人検索システムで検索ができることになっています。携帯番号から行動範囲までの全てが、北海道警から沖縄県警までボタン数回叩くだけで可能なんです。しかも警察署単位なんです。ですから絶対に漏れないという保証はない。あとは警察官の資質に頼るしかないのではないですか」
 と、重森が答え、そして老年の刑事の顔を見ながら、こう、言った。
 「問題は海保なども含めて政府関係者への会議などでの途中経過報告。これだけは警察庁が中心になり責任を持ちたい」
 風間はこの議論を聞いていて、老刑事が言いたかったのは「警察庁長官銃撃事件や広域指定116号事件(朝日新聞襲撃事件)での刑事部、公安部を巡るゴタゴタ」だろうと感じ取った。
 重要事件になればなるほど、そして指揮権が垣根を越えると刑事部がどうだ公安部はどうのこうのと醜い指導権争いを繰り返す。
 最後に責任は誰がとるのかを含めて、長期になればなるほど、どこからか綻びが出てくる。そして最後は責任のなすり合いになる。これが現実なのだ。このことを老刑事は主張したかったのだろうと風間は思った。会議は具体的な捜査方針へと移った。
 朝陽商事の所在は東京・新宿区歌舞伎町。本来なら管轄は淀橋西署になる。だが、風間は部長の永堀と打ち合わせした結果、捜査の指揮は新橋分室が行い、高知沖事件で捜査を担当した城西署と下町署の捜査員をそのまま継続することとした。
 数年前から警視庁が実施している歌舞伎町対策と同様の捜査手法が取り入れられたのである。
 歌舞伎町手法とは、日本一の繁華街を抱える東京都が犯罪の温床ともなっている同地区の浄化作戦を官民挙げて展開することを決定。東京都の石橋知事は、警視庁に対して生安、刑事、警備、交通と各部の総力を挙げた集中取り締まりを要請した。
 警視庁はこれに応えるため所轄警察署だけでなく、どこの警察署でも管轄権を超越して捜査ができるようにした。現在の内閣府危機管理官で当時の警視総監の提案だった。
 翌日から、朝陽商事〝本丸〟に対する内偵捜査に着手した。特に、社長・帳の行動の把握はもとより、社員に対する監視も強化された。
   

« 小説・薬物捜査官 その2 | トップページ | ドキュメンタリー建国義勇軍 その4 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/514231/59587774

この記事へのトラックバック一覧です: 小説・薬物捜査官 その1:

« 小説・薬物捜査官 その2 | トップページ | ドキュメンタリー建国義勇軍 その4 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト

最近のコメント

最近のトラックバック