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2014年5月 5日 (月)

小説・薬物捜査官 その8

リンク: police story 別室.
小説・薬物捜査官 その8
  取り調べ
 久しぶりに帰った自宅だった。絵美は好物の浦霞に魚の金目鯛の煮つけを用意して待っていた。きょうは幸子も早く帰宅していた。家族揃っての夕食は何か月ぶりだろうか。
 テーブルに座った鬼頭に一通の郵便物が渡された。杉山からの挨拶状だった。
 「杉山さんからのお手紙ですが転勤なさったのかしら…」
 「しまった。彼は定年のはずだ…」
 封を切ったら、ありきたりの挨拶状に加えて一通の手紙が入っていた。
 
 鬼頭君、お世話になりました。この五月三十一日で無事、定年を迎えることが出来ました。四十一年間の警察官の仕事でした。…お陰様で家族共々、なにひとつ欠けることなく人生を謳歌できたのは、皆様方のお陰と感謝しております。…定年、最後の日、君に電話でもしようと思ったのですが、忙しいのにお邪魔してはと思い、ダイヤルを回せませんでした…三十一日の深夜、六月一日の朝の午前零時に、多摩川警察署四丁目駐在所の建物に一人で敬礼しました。たった一人の終了式でした。その時、君の顔が浮かびました。そうしたら、色々な思い出が走馬燈のように頭を駆けめぐり…「あぁー、治安一筋の人生だった…」と思うと四十一年分の涙が流れました…
 
 鬼頭が目頭を押さえた。
 「どうしたの?」
 と妻が言った。鬼頭は言葉での表現を失った。黙って手紙を渡した。絵美がしばらくして話し出した。声が潤んでいた。
 「あなたも、間もなくこのような時期を迎えるのですね…」
 「迷惑ばかりかけてしまった。〝警察馬鹿〟だったかも知れないが、でも…俺にとっては満足した人生だった。定年の日に離婚なんてないように頼みたいものだがね…」
 鬼頭の言葉に幸子が言った。
 「お父さん=その話はまだ早いでしょう。『十秒後に何があるか分からない世界だ』と言って来たのはお父さんでしょう」
 そして絵美がさらに続けた。
 「ホント。『十秒後に何があるか分からない』『俺を当てにするな』と言われ続けてうん十年か…」
 「でも、お母さんも結構、楽しんでいたんじゃないの」
 「そりぁ私だって警察官だったもの…幸子はどうだったの?」
 「警察官って頼られる時は良いのよ。でも、どっかで誰かが悪いことすると、全部が全部『のくせに…』と言われるのが辛かったな…」
 鬼頭が口を挟んだ。
 「だから君は警察官になりたくなかったのか?」
 「そうよ。でもさ、良く、警察官一家ってあるじゃない。兄弟はもとより父親もお爺ちゃんも警察官だったっていう、あれ。凄いよね。うちは、お父さんが格好良くなかったもの…。何も教えてくれないしさ…帰ってこないしさ…」
 「お前はそんなこと言ってもな、言えば心配するだろうし…実際はテレビドラマのようにはいかないものなんだよ…」
 鬼頭は自分の娘に「格好良くない父親」と思われていたんだと分かると、なぜか、悲しかった。
 こんな会話が続き、鬼頭は久しぶりに深酔いした。

 「杉山が四十一年分の涙を流したという。俺には涙を流す機会があるのだろうか?…」
 こんな思いをしながら新橋分室に着いた。風間が待っていた。
 「鬼頭君、きょう捜査二課の例の口座。いよいよやれるらしいからさ…。わが方が引き取れる分もあるので…十時からだから…打ち合わせな。榊原君も一緒に行けるな?」
 「理事官ね、仙台の穴守、あれやりたいね=」
 それを思うと鬼頭のアドレナリンは最高潮に達する。
 「そうだろう。当然だよ。やってもらいますよ」
 風間は、既に警察庁の重森との打ち合わせは済んでいた。「身柄を警視庁で取り、鬼頭が穴守を調べ、大阪府警の別所が後藤田を調べる」の構図だ。重森は「痺(しび)れる」とまで言った。
 会議が始まった。捜査二課長の石本からの報告だった。
 「キカワダ名義の口座ですが、キカワダは「木川田鈴子」と書きますが、これは仙台市青葉区中央四丁目××、新城ビル四階にある新城商会の代表取締役、穴守敬二郎の妻だったことが分かりました。ですから鈴子はあくまでも単なる名義人で実質は新城商会、つまり穴守が管理する口座です」
 石本はさらに続けた。
 「ズバリ言いますと地下銀行でした。入金の大部分は木川田名義のキャッシュカードで引出し、外国為替取引銀行・東京大東銀行新橋支店に持ち込み、香港の同銀行支店に送金していました。受取人は中国人。香港で物産会社・海南商事を経営者している梁伯一です。中国公安部に捜査依頼して調査した結果、福建省に地下銀行が存在し、そこから中国の犯罪組織と一部は平壌の地下組織に流れておりました」
 「続けてよろしいでしょうか?」
 石本は了解を得たあとさらに続けた。
 「したがいまして、梁については中国公安当局に解明依頼を出し、当方は明日二日、一斉逮捕・捜索に乗り出したいと考えております」
 話しの途中で、事件のチャートが書かれた用紙と逮捕予定者名簿、家宅捜索箇所が網羅されたA4の八ページ綴りの用紙が配られた。
 「なおこれにつきましては、永堀生安部長と風間理事官の同意を得ておりますので、合同捜査本部とさせて頂きます。続いて大阪府警が実施した通信傍受で穴守の逮捕状請求までこぎ着けた生安の捜査結果について風間理事官から報告をお願いします」
 風間は、今回大阪府警が実施した通信傍受結果を報告。今回の一連の北工作船が残した携帯番号の捜査が頂上までたどり着いたことを付け加えた。
 風間はさらに続けた。
 「我々の方は、実は明日七月二日に穴守と府警の狙っている後藤田が熱海で接触することを掴んでおりますが、これが実は今回の事件を左右するのではないかとみとおりますので一斉打ち込みは、基本的にはその推移を見てからになりますが…」
 石本捜査二課長が頷きながら言った。
 「『基本的に推移を見てから』というのは、どう言う意味ですか?」
 「それは、熱海に張り込んでいる目の前で、堂々とブツの受け渡しが行われた場合、現行犯逮捕しなければならない状況があるかも知れないということです」
 「それがなかった場合は、翌日の三日以降にでもということですね。我々のほうも中国公安部からの最終報告を待ってからと思っていたのです。警察庁を通して供述調書の共同作成等を依頼したら中国は現在、薬物取り締まりを最重点に進めており、こちらから依頼する必要もなかった分けです。一日や二日ぐらいの時間をおくことはかまいませんが、同時にする必要性はあるでしょうか?」
 風間が鬼頭の顔を見ながら立ち上がった。
 「煎じ詰めれば、根っこが同じ事件。国税に待って貰った分けですから…出来れば同時にしていただければ…関係者の中には穴守は入っているわけですよね」
 今度は石本が質問した。
 「穴守は逮捕令状は持っていませんよ。逮捕は周囲からですから…ただ、熱海で柄をとったために…こっちは目的が違っても向こうはそんなこと関係ないし…全部、証拠隠滅された後で俺たちが入るのは…」
 この件に関しては鬼頭が立ち上がった。
 「大阪の丸暴(後藤田)は、とにかくブツがなくて困っているようなんですね。で、土産に穴守が持ってくるのではないかとみているのですよ」
 石本が全員の顔を見回しながら
 「それはあなた方にとっては凄いことでしょう。ブツの取引場所になるかも知れないということですか?。痺れますよね…それでうちが打ち込んだら逆に穴守が熱海に行かなくなりますよねぇ」
 そして続けた。
 「分かりました。そこにも書いてありますが、我々も仙台のガサが中心なんです。新城商事とその支店関係を合わせ、勿論、社長の自宅を含めると十カ所近くになります。現行犯逮捕した場合に備えて明日、配置をします。しなかった場合でも何時でも着手出来るようにしましょう。ところでその際は、違う容疑で生安も一緒に入ることになるんですよね?」
 風間が答えた。
 「容疑が違っても…国税と違って、同じ屋根の下なんだから…それに我々は、あくまでもブツとその関係書類だけなので…そのための合同捜査なんだから…阿吽の呼吸でやりましょうや」
 石本は「言った意味が違う」と腹立たしさを感じて立ち上がった。
 「阿吽の呼吸ぐらい分かっているよ。俺が言ったのはやる場所だよ。リストぐらい出せないのか?」
 そしてさらに石本が聞いた。
 「わが方は良いよ。しかし今回は宮城県警は了解済みなんでしょうね?」
 風間が答えた。
 「捜索リストの件は失礼しました。鬼頭君後で出せますね?」
 風間は鬼頭に確認をとったうえで続けた。
 「その話しは、永堀部長からも笹川部長からも言われておりまして、打ち込みは全部合同という名目になっております。ですが…宮城県警は入る場所と入らない場所があるとも聞いております。なんか、北朝鮮に行っている北上の件で警備部が入りたいとしているところが中心のようなので…」
 こうして、この日の打合会は終わった。

 大阪市住吉区の後藤田がマンションをベンツで出発したのは午前八時を少し過ぎていた。
 「機捜12から機捜隊本部」
 「機捜隊本部です。どうぞ」
 「了解、機捜12ですが、住吉区の丸対、八時四分、601どうぞ。なお本件に関しては生安の別所係長も了解ねがいます。どうぞ」
 「丸対」とは、警備、あるいは警護する場合の対象者を言う警察用語のひとつだ。例えば警護対象者が外国人の要人だった場合は、その要人が丸対となる。今回の場合は警護対象者ではないが、追尾対象者を差し、すなわち後藤田の車両だ。
 「機捜隊了解」
 「生安別所、了解」
 住吉区のマンションを出たベンツには運転席と助手席にいつも帯同しているボディガードが二人乗り、後藤田は後部座席に一人で座っていた。
 ベンツは「大阪 300 ふ 10××」で、国道479号を右折した。この分だと西名神高速の松原ジャンクションから東名高速に入り、熱海に向かうことが予想された。
 後藤田のベンツには、白の機動捜査隊の車が往復、追尾することになっていた。追尾と言ってもNシステムに登録していることから、ポイントを通過するたびに信号が発信されるため近くに迫らなくても監視ができることになっていた。
 「機捜12から機捜隊、丸対は八時二十分、松原インターから西阪神に入った。どうぞ」
 「機捜隊了解」
 「機捜12から各局、機捜12は以後、有線連絡とする。各局了解を願いたい。以上機捜12」
 後藤田のベンツが東名高速の沼津インターを降りたのは午後一時四十三分。国道411号線に入り沼津市内を通過して清水町付近から熱海新道に入った。既に今夜の宿泊する予定の熱海のサンビーチ近くにある都島ホテルには府警の生安部の別所係長、警視庁の鬼頭特命捜査官らが張り込んでいた。
 別所の携帯電話が鳴った。機捜隊員からだった。
 「はい、別所です」
 「了解、気をつけて追って下さい。途中カーブと下り坂が多いのでエンジンブレーキを忘れないように…」
 電話を切った別所は鬼頭ら待ちかまえていた捜査員に言った。
 「早いね。穴守は…まだ連絡がないが…。仙台のほうが遠いのかね」
 鬼頭が静岡県警の制服警察官に問いかけるように聞いた。
 「東北縦貫から東名に入るのに首都高を通るのでしょう?あれが、意外に時間がかかるんですよね。いずれにせよ135号に入ればNシステムにヒットした段階で連絡が入るようになっていますので…」
 制服警官は無線の受令機に何かをとらえたらしく、強く耳に押しつける仕草をした。そして別所に向かって報告するように言った。 
 「別所係長、熱海のPCからですが後藤田のベンツは今、市役所前を通過したので数分で到着するかと思われます」
 「ありがとう」
 と制服に礼を言った別所は、地下駐車場と正面玄関、予約してある後藤田の隣室に携帯で連絡した。
 それから待つこと約一時間二十分、穴守の乗ったベンツが湯河原の交差点でヒットした。制服警官が今度は鬼頭ら警視庁の捜査員に向かって言った。
 「いま、湯河原の波乗り道路入り口を通過したそうです」
 鬼頭が聞いた。
 「波乗り道路?」
 「はい、熱海ビーチラインのことです。空いているので二十分もあれば着くと思います」
 後藤田の車がホテルの正面に止めて、ボディガード二人と本人を降ろした後、何処か市内に走り去っている。穴守のベンツと接触はしないと思うが、参考のためにマークするよう制服警官にお願いした。制服警官は快く引き受け、無線で車両ナンバーを連絡、手配してくれた。
 穴守らの乗ったベンツがホテルに到着したのは四時半を過ぎていた。どうやら二台のベンツの接触はなかったようだ。地下駐車場では二階と一階に別れての駐車だったが、荷物の受け渡しの警戒のため監視の私服警察官が配置された。
 後藤田のボディガードは別の部屋に入り、穴守の付添人も別の部屋をとっているようだった。
 二人とも露天風呂に入り、食事は食堂だったが二人だけで一時間四十分をかけて摂ったあと、ラウンジで遅くまで話し込んでいた。しかし物の受け渡しは確認されなかった。
 翌日の朝食はボディガードの二人と穴守の付添人の計四人で済ませた。
 ホテルのロビーに姿を現した穴守と後藤田がコーヒーを飲みながら談笑していた。その間、お互いのベンツが正面玄関近くに止まった。
 昨日は穴守と後藤田の二人はホテルに荷物を持って入らなかった。後藤田のボディガードの二人は小さなセカンドバックを持って入った。穴守の付添人は、小杉三夫という秘書で、一人が黒い鞄を持っていた。部屋まで持参している。
 しかし、少なくても今朝、ロビーに来るまでは荷物の受け渡しは確認されていないばかりか、秘書の持ち物もボディガードの持ち物にも大きさに変化が見られないような気がする。
 二台のベンツが前後に並んで止められた。穴守を先頭に後ろから後藤田がやや遅れて出て来た。穴守が秘書に耳打ちした。秘書の小杉がベンツのトランクからバッグを取り出した。三十㌢四方の物だった。
 穴守が後藤田に近づき、何やら耳打ちをしているようだった。ホテルのボーイが二人に近づいた。そのボーイは警視庁の捜査員だった。
 小杉からバックを受け取った後藤田は穴守と握手してお互いにベンツに乗り込んだ。そしてホテル前の135号線を左右に分かれた。午前九時十七分だった。
 鬼頭はホテルのボーイ役の刑事に先ほどの立ち話しを確認した。
 「最初は聞こえなかったのですが、最後に『振り込んでおきます』という声が聞こえました」
 そしてボーイ役の刑事がさらに言った。
 「渡したのはグッチのブラックデニムというウエストポーチですからね。見れば分かるはずですよ」
 グッチのウエストポーチ?。鬼頭はおかしな入れ物だなと思った。
 そして鬼頭は別所にその通りを伝えた。別所が言った。
 「分かりました。我々はボディガードの身体検査をしなければならないのです。捜査四課の要請もあるものですから…大阪市内に入ったところで捜四との検問を予定しています。これはあくまでもボディガードのためなんです。しかしブツを持っていれば後藤田の柄はそこで捕るかもしりません」
 「その時は、ガサは明日になりますか?それとも今夜にも…」
 鬼頭は警視庁の体勢もあり聞き返した。
 「捕れば何時でも令状は持っていますので…。警視庁さんは都合が悪いようでも…」
 鬼頭は、想定の範囲内と答えた。
 「分かりました。ベーヤンまた、合いましょうね」
 二人は握手して別れた。別所は鬼頭に携帯のスタンバイを忘れないよう言った。
 別所は帰りは「機捜12号」に乗り換えていた。そのほうがスムーズだったからだ。西名阪自動車道の香芝インターを通過した時、隊員が府警機捜隊本部を呼び出した。
 「機捜12から機捜隊本部」
 「機捜隊本部です。どうぞ」
 「こちらは熱海に出ていた機捜12ですが、現在香芝インターを通過。丸対は一度、事務所に向かうものと思料されますが、予定通りの場合の検問対策は出来ていますか、どうぞ」
 「機捜隊了解。既に、松原インターを出た後、三宅新道の交差点付近と国道479号の長居公園付近で検問を実施すべく既に、出動済みですどうぞ」
 「機捜12了解」
 「機捜隊本部から機捜12。なおそれぞれの検問には機捜47と機捜46が待機しており、近づけば無線連絡が可能と思われるどうぞ」
 「機捜12了解」
 後藤田のベンツが松原インターを出て、大堀交差点を東に進もうとしていた。
 「機捜12から至急、至急、三宅新道の検問班どうぞ」
 「三宅新道検問班の機捜46です、どうぞ」
 「了解、後藤田の丸対は三宅坂新道方向に向かっております。検問宜しく、どうぞ」
 「機捜46了解。既に開始していますどうぞ」
 別所らの機捜12が追尾していたが、ベンツは三宅新道交差点に向かわず、手前を左折して三宅小学校の方向に入り、検問所を避けた道路を走り出した。
 「至急、至急、機捜46どうぞ」
 「機捜46です、どうぞ」
 「丸対はそちらに行かないで、横道にそれた。どうぞ」
 「46、何故ですかどうぞ」
 「分からない。阿保の方向に走っている。どうもおかしいと思われる。どうぞ」
 「こちら機捜隊本部、機捜46に聞きますが、その検問所に白黒のパトカーはいるかどうぞ」
 「機捜46です。ここにいますが、そちらに向けましょうかどうぞ」
 「アホ、向けるのではなくて、パトカーが無線を入れていると相手のカーナビに信号がキャッチされて感づかれるんだよ。それぐらいのこと知らないのか?」
 機捜隊本部がかなり興奮していた。別所は「しまった」と思うと同時に、張り込みにはパトカーを避けなければならない事情があることも初めて知った。
 「機捜12の生安の別所だが、後藤田はいずれ住之江の事務所に必ず行くはずだ。機捜隊には申し訳ないが、事務所に入る確認だけでもできたらお願いしたい」
 「機捜本部了解。事務所の目標をどうぞ」
 別所が説明した。
 「了解。国道479号の住之江公園、えー、住之江公園交差点を入った住所は南加賀屋××ですどうぞ」
 「機捜本部了解。各局で住之江方面の車両は至急、転進、ベンツで大阪 300 ふ 10××の行動確認に努められたし…どうぞ」
 別所の携帯が鳴った。生総課長からだった。
 「べーやん、無線で聞いているよ。無理しなくて良い。所在の確認だけして、明日早朝の打ち込みにしようではないか。今、部長も私も機動捜査隊本部で無線を聞いているから全部、了解済みだよ」
 別所は分かりましたの返事をした途端に、機動捜査隊員から至急報が入った。
 「ベンツ 大阪 300 ふ 10××は、只今、後藤田の自宅方面に向かっております。追尾中ですが、確保するか否かの回答を下さい。以上、機捜51」
 機動捜査隊本部が答えた。
 「機捜本部了解。確保することなく、丸対の降車を確認すること。後に生安から捜査員を派遣するので、降車した場所で待機願います。どうぞ」
 別所は納得した。機動捜査隊本部には部長も課長もいるのでその指揮だと納得した。
 府警本部に帰った別所は生総課長に報告した。特に、グッチのウエストポーチが気になっていた。
 「分かりました。明日、午前七時にガサに入りましょう。容疑は、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反です」
 課長がビックリしたような声を出した。
 「組対法違反>」
 別所は鬼頭に電話を架けた。午後五時を過ぎていたので、少なくても東京には帰っているだろうと思った。
 「もしもし鬼頭です」
 「別所です。お世話になりました。今どこですか?」
 「警視庁に帰って来ました。お世話様でした。上手くいきましたか?」
 鬼頭が別所に聞いた。
 「それが、やつは検問直前で方向転換しましてね、自宅に帰ってしまったのですよ。そいで…、当方は明日、早朝に打ち込みしようと思ってますが…。どうでっか?」
 鬼頭が気になっていた容疑を聞いた。別所は答えた。
 「組対法違反ですよ」
 鬼頭は、唸った。見事な采配だ。「先を越されたか?」鬼頭は打ち込みの件については、後ほど電話で回答すると言って切った。風間に報告した。
 風間は遠山薬対課長、警察庁の重森らと電話による打ち合わせ後に、捜査二課長にも連絡した。さらに特命捜査官室の全員を集めて説明した。鬼頭はその間、穴守の所在確認だけを宮城県警にお願いした。
 仙台市で待機中の捜査班とも連絡がついた。穴守は午後三時五十分に事務所に入ったという。こうして大阪府警と警視庁、宮城県警の家宅捜索は同時に、七月四日午前七時と決定した。
 その中で、穴守については身柄を確保後、宮城県警で弁解録取書を取ったあとそのまま、生安の車両で警視庁に移送することが決定した。穴守は、鬼頭が調べることになっていた。鬼頭はその日、東京四葉銀行横浜支店の木川田鈴子口座の金の流れを調べるため捜査二課の本部が置かれている江戸川分室に出向き、詳細を頭の中にたたき込んだ。
 
     ×     ×      ×       ×
 穴守に対する逮捕状は「覚せい剤取締法違反」。ずばり、適用条文は第十三条の「何人も、覚せい剤を輸入し、又は輸出してはならない」
 身柄は、捜査本部の置かれた城西署に移された。調べ時間は四十八時間だから、残りは一日半ある。穴守が疲れていることが予想されたが、時間がない。
 城西署の調べ室は二階の刑事課の北側に三部屋あった。穴守の取り調べはその一番右端の部屋が使われた。刑事課の入り口からは直接見えないよう配慮された。
 入り口のドアを開けると左手前に記録用の机がおかれ、鉄格子の窓を背に被疑者の席があった。他の容疑者には生安課の調べ室が充てられた。
 穴守は一連の事件の重要人物だ。このため鬼頭警部の調べ官は決定事項だった。調べ官を補助するために「立ち会い補助」が置かれる。調べ室では記録係りを担当するが、同時に「取り調べ状況報告書」も作成する。身分は調べ官の一階級下の者が充てられる。今回は鬼頭が警部なので立ち合い補助には城西署保安係りの小山田警部補が担当することになった。配置された。
 鬼頭が入ると、仙台から着いたばかりの穴守は腕組みをしたまま鬼頭を睨み付けるように見た。眼光の鋭さ、威圧的な態度に鬼頭は傲慢さを感じた。
 「調べ官を見つめる被疑者は落ちやすい」と鬼頭は思った。無視する奴は扱いにくいのである。
 「それでは只今から、覚せい剤密売被疑事件について調べを始めます。私は、警視庁生活安全部薬物取締特別捜査官の鬼頭長一郎と申します。階級は警部です。あらかじめ申し上げておきますが、自己の意思に反した供述はする必要がありません。刑事訴訟法198条の2項で貴方には供述拒否権が与えられているからです」
 鬼頭は、穴守は取り調べの経験があるのだろうと思った。目を瞑って微動だにしなかった。良い度胸だ。
 ーー貴方の本籍から聞かせて下さい。
 「宮城県塩釜市北浜××の××」
 ーー住所と職業、電話番号それに氏名、生年月日を述べて下さい
 「仙台市青葉区中央四丁目××の××。会社役員、電話は022ー22×ー×××名前は穴守敬二郎 昭和二十三年五月二十一日生まれ」
 ーーそれでは…
 「刑事さん、ちょっと良いですか?」
 ーーなんでしょうか?
 「本籍って言ったけどさ、自分の生まれたところか、それとも戸籍上の本籍でええのか?」
 ーー生地と戸籍は違うのですか?。詳しく教えて下さい。
 「違うよ。俺が生まれたのは、聞くところによると宮城県仙北郡の大野村らしいんだが…途中で孤児になってさ、拾われたというか養子に迎えられて、そこを本籍に届けたらしいんだ。それで…どうするかと…」
 ーーほう、大野村ですか?詳しく教えてもらえますか?
 「俺も詳しくは知らないんだよ。親父は戦争に行ってさ、生きて帰ったらしいが、母親とは別れたらしいんだ…。それで俺は父方に引き取られたが…その父も死んで…仙北地方の孤児院に預けられたが、小学六年のときに塩釜港にある海鮮物問屋に身請けされてさ…そこで育ったんだとさ…。詳しくは誰からも教えてもらえないのだよ…」
 鬼頭は、「大野村」と聞いて冷や汗が出た。自分の出身地ではないのか?「もしかしたら…」と思った。
 しかし、これ以上明らかにすることは調べ官としては失格になる可能性が高い。親族や血縁関係者の取り調べは、規則には書かれていないが外すのが原則である。仮に公判で明らかになれば、やっかいなことになりかねない。
 ーーその件については…いずれ…聞くことにしましょう。
 鬼頭は補助員がこの言葉に気付き「今、聞くべきだ」と言ったら、どうしようと思った。しかし、声がなかったため続けることにした。その声が出ていれば、鬼頭は調べ官を降りる決心さえしていた。
 ーーところで、前に警察に逮捕されたとかそう言うことはありましたか?
 「三十歳かそのころだが、育ての母が死んだころだったと思うが、公職選挙法違反で一度だけ捕まったことがある。仙台市警察だったと記憶しているんだが…」
 ーー学校はどこですか?
 「塩釜市立高校だよ…」
 ーー卒業ですか?
 「当然卒業だよ。あっ建築関係の専門校にも行ったな」
 ーーそれで、養子先の穴守家では子供さんは何人だったのですか?
 「子供?俺と腹違いの妹がいたが…」
 ーーそのお父さんの名前とお母さんの名前を教えて下さい
 鬼頭は、あえて「その」と指定した。穴守は答えた。
 「義理の母でいいな。今はいないよ。ええと母は、たしか…寿子で、父親も義理だがもう死んじまったさ。名前は義十郎。妹は可奈子だ」
 ーー貴方は長男なんだね。学校を卒業して父親の仕事を継いだのですか?
 「いや、最初は俺は建築士になろうと思い学校に行ったからさ、一級の試験が受かったのは確か、二十九歳だった。三十歳の時に母の寿子が死んで、父が突然体調を崩したのさ。それで『家を継げ』と言われて継ぐ決心をしたのさ。その時だよ、県会議員と知り合って二度目の選挙でさ。どうしても塩釜の発展のために…と頼まれて、業界関係の人でもあったしね…戸別訪問とかで捕まったのさ…」
 ーー二十うん年も前に食った警察弁当と比べてどうだった?カンベンと言うんだがね…勘弁してよじぁ、ないんだぜ?
 「カンベン…覚えていないよ。あの当時はよ…」
 ーーそれで、北朝鮮からの輸入物が多いようですが、関係が出来たのは何時ですか?
 「あれは…親父が死んでから…昭和四十年代後半か五十年代の初めのころだったか…、とにかく日本近海の魚介類が一時、手に入らない時があったんだよ。特に宮城県内は冷水塊の影響でさ。そんな時にある人から進められて北朝鮮のアサリなら安く手に入ると言われた。但し、俵で一俵以上でないと高くつくので…ある団体としか言えないが…協同で買うことになったんだ…」
 結構、『話せる男だ』なと鬼頭は思った。北朝鮮という言葉に、驚きも躊躇もしなかったのてある。こんな容疑者は普通、事件の入り口になるので、モジモジするものだが、この男は違ったのだ。「何故だろう」と鬼頭は思った。
 ーーそれで、だいぶ儲かった?
 「当時は、別に産地名を書く必要もないし…。そのうちにアサリだけでなく、ウニの塩漬けも送って来るようになると運送料が安くつくんだよ…それでようやくかな…」
 ーー船は何処に入港したの?
 「塩釜さ、なんでだよ=」
 ーーそうか、塩釜港だけですか?…それで覚せい剤は?
 「………」
 ーー言えないのかね?何で突然、黙るのですか?
 「北朝鮮からなんて覚せい剤は入れていないよ。何を証拠にそんなこと言うんだよ」
 ーー誰も、北朝鮮から覚せい剤を入れたと言っていませんよ。ただ、覚せい剤は?と聞いただけですよ。
 「これって、誘導尋問じぁないのか?」
 ーー別に=『不利なものは答えなくて良いですよ』って言ってありましたよね。じぁ、今回、後藤田に渡したのは…?
 「後藤田なんていう人物はしらないなぁ。そんな飛躍した話しになるんなら…今後は、黙秘させて頂くさ」
 ーーほう。黙秘か?。ふざけんじゃぁないよ。お前な、通信傍受法って知っているか?えっ。間違っても盗聴法なんていうんじゃぁないよ。今は、列記とした法律があるんだよな。残念ながら…穴守よっ。
 鬼頭の語気は激しかった。だが、言ってしまってから鬼頭は「しまった」と思った。調べはリズムだと先輩から教わっているが、持っている証拠や捜査手段を明かす調べ官は最低の部類に入る。
 本人しか知り得ない「秘密の暴露」がなければ公判維持はできない。証拠を突きつけることで一番怖いのは「警察が勝手に言ったこと。無理に認めさせられた」と、ひっくり返された例は数多くある。
 鬼頭はどこかで、「秘密の暴露」引き出さないと…と焦った。
 「じぁ、俺の電話を聞いたというのかよ?」
 今度は鬼頭が黙秘した。黙秘したと言うよりは、次の一手を考える時間が欲しかったのである。
 ーー ……
 「聞いたのかよ。えっ=」
 穴守は声を荒げた。
 ーー ……
 「声なんか似たようなのいっぱいいるんだよ=聞き間違いたんじゃぁないの?アホらしくて聞いていられないよ」
 ーー ……
 「言葉では何とでも言えるんだよ=言葉では、なっ…。返事をしろよ、今度はそっちがだんまりかよ?」
 ーーほう。じゃ、お前は七月二日、どこにどうしていたんだ。言ってみろ=
 「なんで七月二日なんだよ。仙台にいたよ」
 ーーそれを証明できる人は?
 「風邪をひいて寝ていたからな…」
 ーーてめぇ、この野郎=嘘ばっかりつきやがって…
 鬼頭は立ち上がり、穴守の髪を引っ張った。小山田警部補が慌てて制した。
 「鬼頭警部=やめて下さい」
 鬼頭にとって何百人もの調べをしているが、今回のような暴力的な調べは初めてだった。「どうしたのだろう」と思った。「焦ってはいけない」と思えば思うほど、穴守が憎かった。「どうしても落とさないと…」
 ーーしばらく休憩だ。その間にどこでどうしたか思い出せよ。
 穴守を小山田警部補に任せて鬼頭は生安課に戻らずに屋上に上がり頭を冷やした。鬼頭は「はっ」と思い出した。ジュース類の自動販売機でお茶をひと飲みしてから調べ室に帰った。鬼頭がドアを開けると小山田と穴守が談笑していた。小山田は少しでも穴守の心を解そうとしていたのだ。
 ーーどうだ穴守=。思い出したか?思い出せないのなら、時間を細かく区切ってやろうか?じゃ、あの日の一週間前にな=東京に奥さんと来たよな。それは認めるか?
 穴守の心は小山田と話しただけあって解れていた。そして答えた。
 「一週間前かどうかは正確ではないが、来たような気がするな」
 ーー何しに来たんだよ?
 「買い物だったと覚えているよ。それがどうした?」
 ーー何を買ったんだよ
 「女房のだよ」
 ーー奥さんの何を買ったんかと聞いているんだよ
 「つまんねぇこと聞くなよ。バックなどジェリー商品だよ」
 ーーほぅ、何のバックだよ
 「なんでそこまで言う必要があるんだよ。あれは確か…グッチのブラックデニムのウエストポーチだよ」
 ーーどこにあるんだよ。それは?…
 「なんでだよ。家にあるだろう、女房が持っているよ」
 ーーちょっとさ。そのバック見たいんだよ。小山田君さ宮城県警に連絡して穴守の奥さんから事情を聞いてくれと連絡してくれないか?穴守よ、調べはそれまで休憩だ。
 「ちょっと待ってくれよ。なんなんだよ。女房に関係ねぇーだろう」
 ーー奥さんの名前は?なんて言ったっけ?
 「だからさ、女房と何の関係あんだよ?」
 ーー何で関係あるって?場合によっては逮捕だよ。奥さんが偽証すればな=
 「なんでバックなんだよ。盗んだと言うのかよ?」
 小山田警部補がドアを開けて出て行こうとした時、穴守が言った。
 「ちょっと待ってくれよ。今、思い出すから…しばらく時間をくれませんか…」
 ーーもういい。お前のことなんか信用しない。小山田君行って、早く行ってよ。そして看守を呼んでくれないか?
 こうして、その日の調べは打ち切られた。
 
 翌日の調べで、穴守の心の変化を期待した鬼頭は、留置所に自ら迎えに行くと同時に看守に昨夜の様子を聞いた。看守が報告した。
 「調べ室から帰ってきてから沈みがちで夜の食事は普通に食べたものの、寝付きが悪いらしく午前二時ごろ起きて考え事をしていました」
 鬼頭は、これで行けると思いながら穴守を連れ出すため留置所に行って声をかけた。
 「お早う、どうだ。寝られたか?」
 穴守の目は充血していた。
 「……」
 調べ室に来るまでの様子を見ながら後ろを歩いている鬼頭を気になるらしく、盛んに振り返る。鬼頭は敢えて無視した。そして言った。
 「前を見て歩けよ、ほら…」
 鬼頭はきょうは、一気に攻めることとした。小山田警部補は既に机に座っていた。鬼頭が穴守を座らせると穴守のほうから、鬼頭に話しかけてきた。
 「刑事さんよ、思い出したことがあるんですが…」
 ーーじゃ、これから始めるから…小山田君、いいねっ
 鬼頭は小山田警部補にわざと確認を取りながら、喋りたい穴守をけん制した。小山田警部補は準備ができていたが、鬼頭の言葉を察して、わざと時間をかけた。そして、数分は過ぎただろうか、どうぞと鬼頭に合図を送った。
 ーーそれでは何か言いたいことがあるのかね
 「昨日の件なんだけど…まず七月二日は後藤田と会っていました」
 ーーそうだよな、俺たちは通信を聞いたと言ったろう。声なんか声紋鑑定すれば分かるんだからさ。嘘を付いてもだめなんだよ。全部言ってみな?
 「バックは女房に買ったものでなく、友人の後藤田に頼まれたもので二日に彼に渡しました」
 ーーおまえ、そこまで嘘で固める気か?
 鬼頭は黙り込んだ。十分経ってもさらに、黙っていた。
 穴守の様子がおかしくなっていくのに気が付いた。あの傲慢な態度は…さらに数十分の時間を置いた。
 ーーじゃ話しを変えましょう。みちのく連合っていうのを知っているかね?
 「はっ=みちのく連合?…」
 ーー知っていますね?
 「知らない=。そんなの知らんよ…」
 ーー君の青春時代は、何だったのかね?
 「青春時代?」
 ーー君の青春時代は素晴らしかったのか。それとも、つまんなかったのかどっちだった?
 「おれかー、普通だな。刑事さんは」
 ーー俺も普通かなぁー
 なぜか、鬼頭は穴守の質問に答えていた。あることを思い出していたのかもしれない。
 ーーみちのく連合について答えてくれないか。
 「なんで、そんなに遠回しに聞くんだよ。えっ。弁護士を呼べよ=弁護士をよ=」
 穴守は突然、興奮しだした。落ちるには時間が要らないと鬼頭は思った。
 ーーまぁ、いいや。それはとっておきの楽しみにするか…
 「……」
 ーーじぁ、もうひとつ。赤いアウディの車は好きか?
 「……」
 ーーコマーシャルにね「よーく考えよう」というのありましたよね?良く考えて下さいよ。
 「……」
 穴守の第一回目の黙秘が来たようだ。こんな時は雑談に限る。雑談に応じるのだから、今後はテクニックだけだと鬼頭は思った。
 こうしてジョークも飛び出したが、鬼頭自身の心にも大きなシミが残った。一人になりたかった。大野村、オオノムラ…。思い出すまいとしても…どうしても頭から離れない…。いけない…。その前に自分は警察官であるべきだ…。
 明日は拘留尋問の日だった。どうしても今日中に、覚せい剤の件は認めさせないと…鬼頭は高圧的に出てみた。
 ーーどうだ=穴守=
 自分でもびっくりするほど大声だった。
 「何ですの?」
 突然、抑揚が東北弁になった。落ちる瞬間とみた。
 ーー覚せい剤は認めるな=後藤田に渡した件だよ=。男だろうお前=。それ以上、俺に言わせる気かよ=。あのグッチから…モンが出たんだよモン=。モンって分かるか?
 「指紋でしょっ…」
 鬼頭は今度は、ゆっくり時間をかけた。次の質問はしなかった。それは相手に時間を与えていたのだ。十分な時間だった。指紋が出たことは。もはや「秘密の暴露」でもなんでもなかった。なぜなら、熱海のホテルでの密会は映像があるからだ。しかし、映像の存在だけは隠した。
 「私の記憶違いでした。認めます…申し訳ありませんでした」
 約七、八分はかかった。ようやく認めたのである。意外に短いほうだ。これで第十七条の譲渡及び譲受の制限及び禁止は立件出来た。
 鬼頭はこれで一拘留は乗り切れると確信した。「あとは十三条だな。大阪府警に負けられない」と唇を噛んだ。
 ーーそれが男なんですよ。ねっ。穴守さん=
 「……」
 ーーで…幾ら、貰ったの?お金をさ
 「いゃ、渡してくれって…頼まれただけだから…売買でないので…」
 ーー今度は…そうしてシラを切るのですか?
 「……」
 ーー……
 「……」
 ーーあのねっ、俺たちは=あなた方の電話の会話を録音しているの=…
 「……」
 ーーまだ分かんない=。電話の声を信じないのなら…君の声との声紋鑑定だってできるんだぜ=
 「……。五百㌘あったので…二百五十万円貰いました…」
 ーーそうだよね=。よく言ってくれました=。奥さんの口座に振り込んだんだよね=。どうだっ=。楽になっただろう?
 「刑事さんさ、これでもう終わりだろう?全部、認めたんだから…」
 ーー今、何時だ=もうこんな時間か。ようし。では今日のまとめだ。明日は地検送致だからさ。穴守さんよ。明日は検事さんだからね。
 逮捕令状による通常逮捕でも緊急逮捕でも、警察に逮捕された被疑者は、四十八時間以内に地方検察庁に身柄とも送検される。朝の午前七時から八時の間に警察署からバスに乗せられ、集団移送されるのだ。そしてその日は二十四時間が検察官の持ち時間なのだ。
 穴守にも鬼頭にも精神的に長い一日だった。「今夜は眠れない」と思ったのは穴守ではなく鬼頭だった。鬼頭に電話が入った。風間理事官からだった。
 「風間です。どう、手間がかかりそうか?」
 「いゃ、覚せい剤の譲渡は認めました」
 鬼頭は、言葉が少なかった。やや時間を置いて風間が続けた。
 「それで大阪府警のベーやんからなんだけど、覚せい剤の入ったポーチから穴守の指紋が出たという報告が来たよ。使えるだろうと思って…」
 「分かりました。ありがとうございますだが…。だろうと思って既にその手は使いましたよ」
 風間からは、その他府警の調べの内容、警視庁捜査二課の地下銀行の捜査報告など次々に聞かされた。そして明日、打ち合わせのため本部に来るよう指示が出された。
 「分かりました。理事官ね、私は今夜、署に泊まりますから…」
 「良いよ。で、また、どうしてそんなことになるの?」
 理事官が聞き返した。
 「ちょっと一人になって整理したいことがあるので…」
 鬼頭は歯切れが悪いと自分で感じたが、理由を隠した。理事官は、それ以上突っ込んでこなかった。阿吽の呼吸だと思った。
 鬼頭は生安課長横のソファーで寝ることにした。
 「鬼頭警部、鬼頭警部…」
 枕元で、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
 城西署防犯係りの女警さんの白鳥警部補だった。
 「どうなさいました。だいぶ疲れているようでしたので…。起こすのを気が引けたのですが…良かったら、署の五階に仮眠室があるので…まだ一時間はありますよ」
 鬼頭は時計を見た。午前七時だった。
 「早いんですね。ありがとう…。もう起きます。きょうこれから…。そうだ送致だっけ」
 鬼頭は、髪の毛を気にしながら留置室に走った。その仕草に白鳥は、吹き出した。
 歯磨きを済ましたころ、携帯が鳴った。妻の絵美からだった。
 「貴方、着替えをどうなさいますか?。お持ちしますか?」
 絵美のこの声が、今朝は何故か特に優しく聞こえた。
 「そうだな、今日は調べがないから…。帰れると思うから…いいや」
 鬼頭は、母親と絵美の年齢をだぶらせた。絵美は私より五つ年下だから今、五十四歳。母は五十二歳で亡くなっていた。「母と妻の年齢を比べてどうするのか?」と自分で思った。そうしたら鬼頭は「母ちゃん。どうすれば良いんだ」と、思いっきり絵美にすがって泣きたくなってきた。
 鬼頭が新橋の特命捜査官室に着いたのは午前九時を少し過ぎていた。署長報告を済ませてからの出発となったためだった。
 部屋に着いたのは丁度、警視庁ニュースが流れている途中だった。警視庁では毎朝九時に庁内ニュースを全館放送する。当然、管内の百一署にも一斉放送されるのだ。
 「警察庁の重森課長が君の話しを聞きたいと言っていた。午前中、二人で行くか?」
 理事官からの言葉だった。鬼頭は、コーヒーをすすりながら、理事官に聞いた。
 「よろしいのですが…理事官のご都合は?」
 「ご都合?どうしたの今日は。いやによそよそしいですね。もうよその人になってしまいましたかな?」
 礼によって理事官のジョークが飛んだ。
 「会議があるのではないでしたか?昨日は理事官がそう言っていたような気がしたので…」
 「会議と言っても、午後の都合の良い時に君との打ち合わせと二課とのすりあわせでもしようと思っただけだよ。それに…」
 理事官が口籠もった。
 「それに…は何ですかね?」
 「いや、地下口座の件。二課が調べている名義人の木川田鈴子だが…。名義人だけでなく穴守を調べたいと二課が言ってきた場合、十日で渡した方が良いのか、どっちか片方だけとは行かないような気がしたのでね…」
 鬼頭もどうするかと気になっていた部分だった。覚せい剤を完全に絵を描くまでには、まだまだ一日だけの感触では読み切れない部分もあった。
 「どうでしょう。一応、昨日は北朝鮮との仕事関係は素直に認めました。勿論、覚せい剤五百㌘を二百五十万円で後藤田に売ったこと。二百五十万円は木川田の口座に振り込ませたという事実は認めています。時間的に北朝鮮と覚せい剤の関係にまで行けなかったがある程度の時期が来たら、二課と同時に調べるという方法はいいのではないのかと…」
 風間が鬼頭に聞いた。
 「個々の話しだからだが…これからは組織の部分に入るとなると、金の流れと絡めて調べたほうが強いような気がするのだが…鬼頭君はどう思うかね」
 鬼頭も是非、そうしたいと思っていた。そうすれば私情を挟む余裕はないと思ったからだ。
 「勿論、中心は北朝鮮から流入する覚せい剤の国内密売組織の解明にある訳で…鬼頭君の調べが中心で良いのだから…。鬼頭君ね。重森課長とあらかじめ打ち合わせしておいてから、二課との話し合いに臨んだほうが良いと思うんだよ。それで…」
 鬼頭もこの風間理事官の意見に賛成だった。
 重森に電話で時間の打ち合わせをすると重森は午後一時からではどうかという。風間は捜査二課長の石本に電話、その内容を伝え「警察庁が終わり次第に打ち合わせを開始する」ことで一致した。
 警察庁の十八階の重森薬対課長の部屋には、刑事局の捜査一課理事官などが集まっていた。生安からは霧島企画課長、警備局からは小嶋外事課長も来ていた。会議でもないのに感心の高さが分かった。
 「ご苦労さんです。ちょっと聞かせて貰ってもよいでしょうか?」
 小嶋課長が風間理事官に聞いてきた。風間は、面食らったように驚いた。
 「そんな、もう解決ではありませんからね。私のほうは重森課長に報告と打ち合わせに来ただけですから…」
 重森が言った。
 「もう、どうしようもないのですよ。警視庁から鬼頭さんと風間さんが来られると言っただけで、こうなんですから…」
 鬼頭は笑顔で答えた。重森から大阪府警と宮城県警、新潟県警の報告が読み上げられた。
 「大阪府警ですが、後藤田に関しては警視庁と合同で熱海の大オペレーションを展開して、後藤田の事務所にガサ入れをした結果、穴守から受け取った覚せい剤入りのポーチをそのまま押収することに成功しました。組対法違反容疑で別所警部が調べていますが、事実関係については後藤田は認めているようです」
 重森は続けた。
 「次に宮城県警ですが、覚せい剤とは別に警視庁との合同捜査となっている新城商会関係の捜査です。穴守と木川田の身柄以外の調べでは、北上の関係者はベラベラとまでいかないまでもある程度の供述が得られており順調のようです。但し、覚せい剤の部分になると『知らない』の一点張りで、その部分は極々、一部の少数の関係者しか知らないのではないかと思われます」
 さらに続けた。
 「新潟県警ですが、羹相進は外事と捜査一課、生安との調べを進めていますが、最初の捜索で押収できなかった覚せい剤が軽井沢から約二百㌘、それに土砂崩れで潰れた佐渡島の小屋を発掘した結果、北か中国から送られたと見られる包装紙が何枚か発見されました。さらに帳簿関係では、東京四葉銀行横浜支店の木川田鈴子名義の口座に、何回かの振り込みを確認していると言うことです」
 風間が喋りだした。
 「穴守は鬼頭警部が調べて、昨日は、後藤田への覚せい剤の譲渡は認めました。きょうは地検送致なので、乞うご期待というところです。それで捜査二課の地下口座ですが、きょう午後からこちらの報告、今後の連携と併せて打ち合わせることになっています。これまでのまとめでは刑事局には報告が済んでいると思いますが、金の流れはほぼ解明。問題は中国の口座関係で警察庁の返事待ちとか言っていましたが…」
 風間は小嶋外事課長の顔を見ながら説明したため、小嶋が答えを出さざるを得なかった。
 「なんだか捜査会議になってしまいましたね。北朝鮮にいる北上の件は現在、警察庁と中国公安部との間で中国人犯罪組織の関係で国家公安委員長も訪中するなど関係を深めていることもあり、ICPOの手配も含めて手配は万全です。それに…例の海南物産の梁伯一の件については、まだ回答がありませんが、きょう催促してみます」
 風間が、重森に相談した。
 「それでですね、穴守の調べなんですが、現在、鬼頭警部が覚せい剤中心にやっていますが、少なくても一拘留までは覚せい剤中心に調べを進め、地下銀行関係はその都度、調べに入るという方針では如何でしょうか?」
 重森と同時に小嶋課長も「その方が良いのでは…」と答え、小嶋課長だけがさらに続けた。
 「そうしてもらえれば、途中で中国の情報が入れば大いに役立つのではないかと思われますが…」
 最後に霧島生安企画課長がこう付け加えた。
 「重森君な、どうだろう。警察庁で全ての関係する警察本部捜査責任者を集めて一度、合同会議を開いては…」
 「分かりました。一度開こうと思ってはいるのですが…、計画ばっかりで…局長に聞いて決めましょう。それにしても、きょうは風間さんと鬼頭さんの報告だったはずだが…こんなに盛り上がってしまいましたね」
 重森はこう答えて打ち合わせ?は終了した。
 警視庁に戻った風間と鬼頭は捜査二課長室を訪れた。課長室には石本課長のほか捜査二課の伊藤管理官が同席していた。石本課長が口火を切った。
 「詳細についてはチャートにしておきましたので検討して下さい」
 伊藤管理官が続いた。
 「その図解にもありますが、四葉からの引出し役は木川田のカードを使っていますが、実際は新城商会の会計担当の井森敦夫が担当していました。それを東京大東銀行新橋支店の淋公平名義の口座から香港の外資系銀行香港支店に送金。口座名義人は梁の経営する海南商会です」
 管理官はさらに続けた。
 「それで、その先ですが現在、中国公安部に照会中ですが、香港支店からは何人かの中国人が引出していることが確認されました。ボスは福建省にいるらしいのですが、大部分は海南商会の梁に渡っています」
 管理官は、「続けて良いですか?」と石本課長に念を押して
 「この梁の経営する海南商会は海産物の業者でアサリとか蟹類、松茸なども扱っており、北朝鮮との取引が一番多いそうです。ここから先が問題なのですが、実は中国公安部が数年前から薬物マフィアの取り締まりに乗り出していたのですが、そのきっかけとなったのが海南商会の関連企業でした」
 「つまり、北朝鮮から流入する覚せい剤の調合を行っていたことが分かり、関連会社を摘発したのです。関係資料が必要なら捜査員を派遣すれば協力すると言ってきています」
 鬼頭は一つ確認しておかなければならないことがあった。伊藤管理官に質問した。
 「伊藤管理官、中国の海南商会は商事ではなく正式には何ていうんですか?」
 「海南商会が正しいようですよ」
 今度は風間が鬼頭に聞いた。
 「北朝鮮の覚せい剤が中国で調合されていた…純度が高くなくなっている?」
 鬼頭が答えた。
 「その通りです。中国経由でも入るものは調合していると言われていました」
 風間は納得した。伊藤管理官はさらに続けた。
 「問題は、現在、中国公安部に現金の流れについては照会中です。問題は中国から日本の何処にどうして届けられたかという品物の流れなんですが…これは私の方は進めていませんでしたが…」
 鬼頭が口を開いた。
 「新潟県警が土砂で埋まった小屋から送り状が付いているとみれる小包の包装紙を発見していて、品物の流れは、こうした物からたどる方法だってあると思います」
 鬼頭は、さらに
 「厚生労働省の麻薬取締官事務所とか入国管理局の横浜とか成田とか関西空港とかの支署の協力を得ながら手がかりは掴めるはずですから…」
 「分かりました。そちらの方で宜しくお願いします」
 石本課長が風間らにお願いした。風間からの質問に移った。
 「それでですね。穴守の調べなんですが、きょうは送致日ですが、拘留決定後なんですが、同時にしますか?それとも…」
 伊藤管理官が答えを引き受けた。
 「それでこちらは、四葉に振り込んでいた関係者の捜査にも人員が取られておりまして…はっきり言って手がないのです。銀行関係では事実上の実行犯の井森敦夫があれば良いのであって、組織的にはトップの穴守の確認程度だと思います。ですから、しばらくの間はそちらにお願いすることになると思います」
 石本課長は「それで良いのでは」と言ったあと、付け加えるように言った。
 「風間さんね、鬼頭さんの落としのネタが必要でしょうから、私のほうから進み具合にもよりますが、情報は可能な限り提供しましょう」
 「ありがとうございます。助かります」
 鬼頭と風間は、礼を言って捜査二課長室を出た。鬼頭は立ち上がった瞬間、めまいを感じた。「疲れているのかな」と思った。
 風間は新橋分室に帰るという。鬼頭は、このまま城西署に向かうことにした。丸ノ内線の霞ヶ関駅に向かって歩き出した。やはり鬼頭はめまいを感じていた。ホームに着くとすぐ電車が入ってきた。空いている時間帯だったので鬼頭は座席に座れた。池袋は終点なので乗り過ごすことはないだろうと思った。
 ところが誤算だった。鬼頭が気が付いた時には新宿駅だった。池袋からまた新宿に乗ってきたことになる。時計を見た。午後四時半だったから、一往復したことになるのか。
 鬼頭が城西署に着いた時には、副署長も署長も会合があるので署内にはいなかった。生安課に行ったが課長も不在だった。帰って来ないという。鬼頭は風間に電話を入れ、きょうはこれで帰ることにした。
 鬼頭が荻窪の自宅に着いたのは七時前だった。絵美がビックリしたように鬼頭を迎えた。
 「どうなさいました?顔が青いようですが…」
 「あぁ、寝ていないんだよ。書類の点検で…」
 「定年まであと一年…気をつけて下さいよ。若くはないのだから…」
 鬼頭は妻のこの言葉に感極まった。胸に顔を埋めて泣きたい衝動にかられた。
 「きょうは幸子も泊まりなので、貴方の帰りも遅いと思っていました。外に食べに出るのはお疲れでしょう?。何か出前でも取りますか?」
 絵美は長一郎を気遣った。鬼頭は疲れていたが、このまま絵美と二人でいると、なぜか居た堪らない気がした。
 「外に食べに行くか。久しぶりのデートだな」
 「疲れているようなので、焼き肉にでもなさいますか?」
 鬼頭はできるだけ笑顔を作った。穴守の事は妻にも言えないと繰り返した。
 「そうだな、焼き肉で良いよ。ジュージューはダメだぞ」
 妻がビックリして聞いた。
 「ジュージュー?何ですか?そんな店ありましたっけ?」
 鬼頭は笑いながら説明した。今、やっている仕事の関係している焼き肉屋の話しだと言った。
 二人はビールで乾杯した。
 「あらっ、きょうは、浦霞でなくても良いのですか?」
 絵美は鬼頭がビールだけを注文したことを気にした。鬼頭はめまいがするので酒を飲むのを控えたのだった。
 絵美は風呂で久しぶりに長一郎の背中を流してくれた。絵美は、長一郎の背中を見て年齢を感じた。
 捜査二課が求めていた中国との物の流れについて、新潟県警から回答があった。
 風間のところにチャートと捜査の途中報告が寄せられたのである。
 羹の調べ状況によると、工作船に乗っていた羹弟の連絡は携帯だけでなく会社の電話でも月に数回の割合で通話していた。
 双方の連絡が取れるようになったのは事件の二年前の夏から。新潟西港に万景号が入港した際に金宅間という北朝鮮の政府関係者が羹を訪ねて来て、その政府関係者に「弟に渡して下さい」と日本の携帯電話を土産物として渡してからだったという。
 北朝鮮国内の要人が持っている携帯は日本製品だけには限らず、欧州のノキアなどの製品も出回っているという。
 羹が北京に行って弟と会った目的は無線関係の話ではなく、貿易関係の話しで、北朝鮮が外貨を稼ぐ必要があるため海産物関係の業者の紹介を依頼されたという。
 しかし、覚せい剤のことになると、極端に黙秘を続けているのが現状だった。
 佐渡島で押収された小包の差出人関係では、北朝鮮ではなく韓国が多く漁業無線機の修理部品の依頼品、つまり顧客との荷物のやりとりだったことが判明した。
 このため鬼頭は風間と相談し、伊藤光太郎特命捜査官に税関関係の調査を含めて中国の海南商会関係の全面的な捜査を依頼。伊藤は早々、北京に飛んだ。
 
 鬼頭は調べのある日は、いつも一時間以上前にデスクに座る。前回の供述調書を全部点検してから、昨夜の被疑者の行動について看守に詳細に聞く。食事の状況から会話、態度、睡眠状況までだ。そして、留置所には必ず自ら迎えに行く。
 これらは全て先輩から伝授されたものだが、真似をしても相手の心を読めるものではない。何度も繰り返しているうちに刑事という魂が会得できるものであり、従って他の刑事に勧めるものでもない。
 そして、調べ室の机に向き合ったさいにかける言葉がある。
 ーー寝ていて心配事はありませんでしたか?例えば、うなされたとか…
 これは決まり文句だ。このような質問で、顔の表情が変わることがあるからだ。看守の存在があり「監視されているのでは…」と被疑者は気になっているはずだ。
 穴守は「何もない」と言った。
 ーー今日は八日ですね。七夕様ですか?。仙台の七夕は八月でしたね。お飾りは作ったことありますか?
 穴守は、何も答えなかった。
 ーー私は仙台に住んでいたことあるのですよ。ところで、木川田さんですか?奥さんの。戸籍では穴守鈴子となっていますね。なんで四葉銀行の名義人に木川田姓を使っているのですか?。
 ーー話しずらいのでしたら、こちらから言いましょうか?
 「……」
 ーー言いたくなければ言わなくても結構ですよ。我々が組み立てますから…間違ったら言ってくださいね。組み立てると言っても証拠に基づいてですからね。間違ったまま話しを進めるとね、後で、貴方自身が辻褄が合わなくなって困るんですよ。こちらとしては理路整然と話しているつもりですからね。
 「……」
 ーーさらに言うとね。こちらの調べは、ガラス細工のように組み立ててあるんですよ。
 「……」
 ーー次に進みますね。黙秘なら結構ですよ。我々の方に記録は残りますからね。判断材料にはなるんですよ。
 「あのさ、朝から、何をベラベラ一人でまくし立てているんだね=」
 ーー貴方が、答えないので時間がなくなると困るので…ね。だったら答えて下さいね。無理にとは言いませんから…。貴方の会社には経理部とか営業部とか部は幾つあるのですか…。
 「部かよ。確か…五つだよ」
 ーーその中で経理部の格は、格と言っても、核爆弾の核ではなくて、格上とか格下とかいうあれですよ。社長室より力はあるんですか?
 「んな訳はねぇだろうよ。うちは社長とは言わんがなぁ」
 ーーでは、何と呼ばれているんですか?中東貿易協力会の会長さんですか?
 「あれは商売でないからさ。親父さんて呼ばせているんだよ」
 ーーほう、中東貿易協力会は商売には関係がないと言うんですか?
 「金儲けどころか金を食う虫だよ。世話役だけなんだよ」
 鬼頭は、穴守の朝の表情が硬かったので午前中は土俵に上がるのを見合わせた。中東貿易協力会なる実体の把握に努めた半日だった。
 午後は、一つだけ攻めたかった件があった。金山剛の件だった。
 ーー東京の古物商の金山さんの件だがね。アウディに乗っているの知っていますよね?
 「なんなんだよ、この前からアウディ、アウディってよ。何を聞きたいのか?」
 ーー良く覚えていましたね。たった一度しか言っていないのを…
 「俺はよ記憶がいいんでな。なんでおかしなことを言うんだと記憶していたのよ。なんなんだよアウディはよ」
 ーーそんなに気になるのですか?
 「言ってみろよ。答えてやるからさ…」
 ーーじゃあ聞きますね。しっかり答えて下さいね。
 鬼頭はわざと時間をかけた。表情を見るためだった。
 「早く言えよ、早く…」
 ーー……
 「……」
 ーー広瀬川の河畔にあったアウディ、つまり金山さんが乗っていたアウディに貴方が乗ったことありますか?。
 「金山?…」
 ーー知らないといっちゃぁ、いけませんよ。証拠があるんだよ、証拠がな。
 「誰も知らないなんて言ってませんよ。金山と言うからピンとこないんだよ。あれはボクって言うんだよ。木辺にトを書く朴。確かにアウディに乗っていたな。それが仙台市の広瀬川にかかる澱橋のたもとにあったと言うから部下に『動かせ』と言ったまでではないか。それがどうした」
 鬼頭は「しめた」と思った。金山では泣く「朴」を自ら暴露したことになる。
 ーーほう、何で東京の人が仙台の橋の上に乗用車を置いていたのですか?私は乗ったことがありますか?と聞いただけなんですが…
 「電話があってよ、『今、仙台にいるんだが、商売で今から電車で 北海道の函館に行く用事が出来たが、パンクしたので預かってくれないか』と言われたから、部下に命じて修理工場に預けただけだよ」
 ーーそれが、偶然にも貴方の経営する自動車修理工場だったという訳ですか?
 「おれは経営していないよ…。塩釜の穴守の親類関係者がやっている工場だよ…」
 ーーそれは何処にある工場ですか?
 「塩釜に行く途中の多賀城というところだよ」
 ーーそれで…電話は直接、朴さんから架かってきたのですよね。携帯から…何時ごろだったのですか…
 「何時頃って、そんなの覚えている訳がないだろう=」
 ーー嘘はありませんね。ではもう一つあります。我々は、貴方が朴さんから電話が架かってきたという日ですが、貴方の会社の着信記録を全部調べたのですよ。時間がかかりましたがね。警察は刑事訴訟法で調べることが出来るんですよ、これが…
 「……」
 ーーところがどう調べても着信記録がないのですよ、これが…
 鬼頭は刑事コロンボの真似までした。
 「俺の携帯に架かったから会社の電話なんて調べても、ねぇのは当たり前だろう」
 ーーいゃ、違います。
 「どこが違うんだよ…」
 ーー貴方の携帯は二台ともですね。はい、全部調べさせてもらいましたよ。
 「……」
 ーーそしたらね。貴方の携帯には北上という人物から三回も電話が架かっていましたよ。あの日にね。
 「……」
 ーーその北上を知っていますか?
 「刑事さんよ空想でモノを言うなよ。着信記録調べたかどうか知らねぇが、間違い電話だってあるんだぜ」
 ーーなるほどそうですか?…
 「……」
 ーーそれでね。朴さんつまり金山さんが殺された日、三月二十日の夜だ。午後の九時ごろ澱橋ですか、あの広瀬川にかかる橋の…その近くのスポーツセンター前で北上と金山さんが言い争っている情報を寄せた目撃者と言うか協力者がいるんですよ。
 「……」
 ーーどうですか?それに押収したアウディから貴方の指紋も出たんですよ。貴方が乗っていたことは確実ですよね。
 「また指紋かよ。そんなの知らんよ。誰がそんなでたらめを言うんだよ…」
 ーー貴方は金山さん、つまり朴さんが殺されたことをいつ知りましたか?
 「ニュース見て知ったよ」
 ーーそれで…アウディを何で届けなかったのですか?
 「部下に指示したので届けてあると思っていたよ」
 ーーそうですか?では、なんで車内から指紋が出たのでしょうか。話しのつじつまが合わなくなると困りますので…答えてくれませんか?
 「……」
 ーーもうひとつ決定打があるんですよ…これが…傍受記録が…ねぇ
 「メシ食わせろよ。何時なんだよ、お前、もう暗くなっているよ。違法な聴取だよこれょ。明日弁護士の接見があるからよ。問題にするからよ。いいなっ。鬼頭さんよ」
 ーーそうでしたね。終わりましょうか?。
 その夜、鬼頭は朝陽商事の捜査会議に出た。会議は緊急だった。
 「鬼頭さんのおっしゃった通りになりました」
 城西署の生安課長が鬼頭に駆け寄ってきて囁いた。
 署長、副署長、刑事課長など幹部が集まった。生安課長が立ち上がり、得意満面の顔で喋りだした。
 「鬼頭警部からの指示で九州の頴娃町に捜査員を派遣しておりましたが、その本庁薬対の捜査員と本署の捜査員が帰って来ましたので、捜査の結果報告をして貰います」
 「薬対の小野塚です。今回の捜査は、例の朝陽の赤のベンツがNシステムでヒットした指宿市の海岸線で聞き込みをしてまいりました。その結果を報告します」
 「カーナビの記録にありました指宿枕崎線のレストランで、社長の帳と副社長の林功一など複数の顔写真で首実験した結果、複数の従業員が林の顔を指して『この人が東洋系の人と食事に来た』という証言を得ました」
 野口署長が声を出した。
 「おい、時間的には…」
 「あの最後の通信記録があった九月××日です」
 小野塚が答えた。さらに野口署長が聞いた。
 「東洋系と言っても北朝鮮とは限らないだろう。何で結びつくんだね?」
 「注文したのがカレーライスとコーンスープ、それに刺身定食というアンバランスだったので記憶しているのと、注文をとるときに一人はまったく日本語がダメで朝鮮語を話していたそうです」
 小野塚は林の住民票と朝陽商事の経歴書を示しながら続けた。
 「林副社長は在日朝鮮籍の人物であり、朝鮮の言葉は話せるそうです」
 さらに小野塚から驚きの言葉が飛び出したる
 「例えば、北の工作員が日本に上陸しますよね。言葉が通じないですよね、あの周辺には深夜コンビニがいっぱいあるんですよ。それで買い物をするのではないかと思い、防犯ビデオを捜しました。見つかりました。その写真がこれですが、レストランで確認したら間違いないことが分かりました」
 その場は騒然となった。みんなが写真を見るため集まってきた。署長が言った。
 「これが、北朝鮮の工作員だと言うのか=」
 鬼頭が続けて聞いた。
 「やりましたね…。ところで林の調べは順調に行っていますか?。私は穴守の調べに専念していて申し訳ありませんが…」
 生安課長が答えた。
 「林は下町で調べていますが、Nシステムとカーナビの組み合わせにはビックリして、もう『何でも話します』と言っているそうです。完落ちになるのでしょうかね」
 野口署長が笑いながら言った。
 「もともと帳社長と意見が合わなかったのではないの?。肝心の帳はどうなっているんだ」
 「現在は金の流れを中心にしております。それで、狙いは林との供述の食い違いを突くために、九州の結果待ちのため、まだ触っていませんでした」
 調べを担当しているキャップの榊原特命捜査官が答えた。署長も鬼頭も納得した。そして林の調べに期待感が持たれた。
 鬼頭が榊原に訪ねるように聞いた。
 「榊原君さ、国税の件は察庁から何にも言って来ていないのかね?」
 「何にも…私の方としては、金の流れはむしろ穴守の地下銀行に送り込んだことなど資金の流れと薬物関係を掴めばよいから、面倒だから預貯金とヤミ金関係は国税に渡そうと思っているのですが…」
 鬼頭も署長もそれで良いのではないかと思っていた。野口署長が鬼頭に言った。
 「鬼頭ちゃん、風間から聞いたんだが…二課が入る時で時間が空けば下町の林も見ておいた方が良いんでないのかね。実は…あれが心配なんだよ。ほら、朝陽の元社員で評論家がいたろう?何て言うんだっけ?」
 鬼頭にとっては隠し球だったのだ。
 「伯でしょう。あの関連は大丈夫ですよ…使い道がありますから…」
 こうして城西署の捜査本部が進めていた朝陽商事の金の流れからキカワダ名義の口座に多額の現金が振り込まれ裏付け捜査も順調で、これらのデータをもとに覚せい剤の流通経路の突き上げ捜査から帳容疑者、林容疑者の関与による覚せい剤密売組織の全容が間もなく、明らかにされるまでになっていた。
 翌日の朝、穴守に対する調べを始めてしばらくすると、鬼頭に署長室から呼び出しがかかった。鬼頭は、昨日の弁護士の件かと思った。
 「鬼頭君、今朝、石沢弁護士が来署してね、穴守に対する調べに違法な疑いがあると言うんだ。時間外にも調べているのではないか?とね」
 野口は笑いながら話し出した。
 「昨日の話しでしょう。署長に報告しませんでしたが、調べを約十五分オーバーしただけなんですよ。違法と言われれば…超過したのは確実だから弁解の余地はありません。すみませんでした」
 鬼頭は、十五分のオーバーよりも署長に報告していなかったことをわびた。
 「分かっているよ。そんなこと一々報告する必要はない。弁護士には『大便する時などでトイレの時間が伸びる時だってある。食事の時間でも超過したり遅れることもある。今回もその範囲内だ』と言っておいた。そして昨日の場合は、『時間だから…と言って途中で調べを打ち切ると被疑者にかえって不利になると考えた調べ官の配慮だったと聞いている』と言ったら、分かりましたと言って帰っていった」
 野口署長の配慮には何時も感謝感激の鬼頭だった。鬼頭は調べ室に戻っても、穴守には弁護士の件は話題にしなかった。
 ーーところで穴守さんよ、北上という人物は知っているかね?
 「知らないね」
 ーーみちのく連合は?
 「だからどうした?弁護士から何か言われたろう」
 ーー署長が応対したら、納得して帰ったらしいな。そんなものはどうでも良いんだ。ところで、あんた、嘘つくんじゃぁねぇーんだよ=穴守=ええ加減にしろよ=こらっ=
 鬼頭は立ち上がり、穴守の右側の背広の襟を掴み、揺さぶりながら手前に引き寄せ、睨み付けた。唾が穴守の顔にかかった。態度の急変に穴守は驚いた。
 「……」
 ーー北上をしらねぇーだと。いつかお前に言ったよな…みちのく連合って…あれよ、暴走族なんだよ。昭和四十五、六年当時のな。その時のチームリーダーなんだよ。ここまで言ったら、もう分かるだろう?
 「しらねぇよ」
 鬼頭はさらに語気を強めた。
 ーーそれでも、知らない=。今度はこっちから教えてやるよ。忘れているってことがあるからな。昭和四十六年八月十日未明、お前が二十二歳の時…塩釜漁港入り口で何があった?
 「……」
 ーーお前が魚の荷物を市場から運び出している時に、暴走族集団から襲われた。魚がメチャメチャにされてよ。お前は塩釜西署に被害届を出したよな。覚えているか?
 「忘れたな、そんな古いことさ…」
 ーーお前って、本当に運が良いんだよこれが…。運良くな、塩釜西署にその記録があるの…。示談でお前と北上が握手している写真が…
 「忘れていたよ」
 ーーこの事件でな、北上は暴走族を解散することになった訳だ。
 「そんな三十年も四十年の前の話しをしたって忘れてるよ…」
 ーーその北上がよ、実は大阪の後藤田の組…ほら、なんて言ったっけ?
 「篠原組だろう」
 ーーそうそう。お前知っているんじぁないかよ。その篠原組の仙台支部として関東連合を立ち上げるんださ…北上が…これ。お前とは運命の出会いなんだよね…
 「……」
 ーーそれで、お前は後藤田と知り合う訳さ…なっ…そうだろう…
 「良く作られている小説だね…」
 ーー嘘つくんじゃねぇーんだよ
 鬼頭は今度は机を思いっきり叩くと同時に穴守を蹴飛ばそうと足を伸ばした。しかし机の下で見えないため目測を誤り、空振りに終わった。
 ーー例の通信傍受でな。後藤田とお前が話しているだろう?再現してやろうか?
 「……」
 鬼頭は二人一役でだみ声と大阪弁を組み合わせて、落語家よろしく妙技を披露した。
 ーーええか、だみ声がお前で大阪弁が後藤田だよ 
    …………………………………
  「それでキンはアナやんには何にゆうた?」
  「だからさ、あのバカ野郎がさ俺に一千万出せって言うんだよ。だったらお前は、約束したブツが手に入らないでは済まされない。責任をどう取るんだって言ったよ」
 そして、だみ声の男はさらに続けるんだ。
  「だったら出るところに出るって言うから、どうしようもなかった」
  「で、やっちまった?…。大丈夫でっか」
  「奴は骨董(古物)屋だから…もともと俺たちとの接点はない。サツ(警察)にはバレないと思うよ。ただ彼は射っていたようだ。どうも俺たちから出たブツを掠(かす)めていたような気がする」
 「二割ぐらいは横流ししてるんとちゃいますか?」
 「金はもろうたからええけど…何処に流していたんかなぁ…。ところで会長はん、今度はいつ頃入るんでっか?。それにやっちまったキンに代わる者おるんかね…」
 「もう北はだめだ。特に船はな。重油か何か液体に溶かして入れるっていう手もあるとかなんとか言ってたな。単価が高くてしょうがないんだそうだ」
    …………………………………
 ーーどうだった=穴守さんよ。
 「……」
 穴守は顔色が変わった。益々無口になって行った。
 ーーもっと言ってやろうか?
 「……」
 ーー東京の朝陽商事って知っているか?
 穴守は首を横に振った。
 ーーそこになっ。帳さんという社長さんがいるんだ。副社長さんには林功一という人が…なっ。
 「……」
 ーーその朝陽の銀行口座がさ、MFG銀行新宿支店の普通348×××…というんだ。その口座から…四葉銀行新宿支店の木川田鈴子名義の口座にさ、毎月八十万円から九十万円の金が送られていたことが明々白々なんだよ?これ、どう、説明するんだよ
 「……」
 ーーそこの元社員でな、今は評論家している伯という在日朝鮮籍の人を知っているか?
 「……」
 ーーこの人の電話番号が、殺された金山さんの持っていたメモにあったんだ。お前、番号を知っているか?
 「知る訳、ねぇーだろう」
 ーーおぅっ、ようやく口開いたね。教えてやろうか。070ー538×ー×××…という番号なんだよ。記憶にないか?
 「……」
 ーーこの伯さんにお前は、中東の経済問題で講演を依頼しているね。二年前の春だよ。二年前の何月だっけ…
 「ああ、頼んだ」
 ーー頼んだよな、これは嘘つけないものね。地元新聞に載っているものね。
 「……それで…」
 ーーここからが面白くなる。その伯さんの紹介で、マレーシアのサバ州にある貨物船の船会社を紹介された?
 「……」
 ーー数年前から…数年と言うか七、八年前からになるかな。そこに所属する貨物船で「カリマンタン号」とかが塩釜港に良く入港するようになったよな。間違いないか?
 「……」
 ーー積み荷はアサリ。時には…松茸ではなくて覚せい剤?を載せてなぁ
 「覚せい剤?何を証拠に言えるんだよ」
 ーーここに、税関から取り寄せた入港記録がある。その記録と、お前の妻の木川田名義の口座に入る金と出る金が微妙に一致しているんだよ…
 「……」
 ーーさらに…乗組員が静岡県内のある港で覚せい剤所持で捕まったことがあった。その時、海上保安庁が捜索をした。その時の船員の証言で「ある人から頼まれた」と言ったんだ。その時は「ミスターケイ」と言って、ある番号を持っていた。「815×」なんだよ。当時は、何の数字か全く分からなかった。それで…俺たちが解明したよ。何だと思う?
 「知るかよそんなの」
ーーお前のところの会社の電話番号の市街局番を取った下4桁だよ。そして「ミスターケイ」は敬二郎ということになるんだ。
 「……」
 穴守の顔が、一瞬、引きつった。
 ーーおいっ。これ以上、俺に喋らせていいのか?お前の喋る時間がなくなるぞ
 「……」
 穴守の唇が、微かに震えているように鬼頭には見えた。
 ーー今度は話しを戻すぞ。お前の妻の木川田鈴子の銀行口座から、中国香港の梁伯一さん名義の口座に振り込まれた日時とマレーシア船籍の船の国内各港への入港日時が、これまた微妙に一致しているんだ。微妙にな…
 「それで結論は?」
 ーー中国公安当局と日本警察庁は相互に捜査協力することになった。日本にはリエゾンオフィサーの設置を決めたんだよ。中国人関係の犯罪が多いためにな。中国の公安部員が日本国内の捜査に協力する。逆に中国では通訳などを含めて全面的な捜査協力が得られる。これは政府間の合意事項なんだよ。それで…気になるか?
 「全然…」
 ーー中国公安部に捜査員を派遣した。何のためか知っているか?
 「ふぅん…」
 ーー中国公安部が入手した証拠品は日本国内の裁判資料にはならないのだよ。そこで日本の警察が現地に行って捜査したことにすれば、証拠として採用できるそうなんだ。
 「……」
 ーーさらに梁伯一については公安部と一緒に供述調書が取れるんだよ…
 「……」
 ーーどういう犯罪か知っているか?
 「……」
 ーー今な、ICPO加盟国間ではな、マネーロンダリング防止対策に努めていてな。中国も同じ。マネロンの観点から協力することになっているのだよ。
 「それで…」
 ーー地下銀行は全世界の警察ばかりか、あのお堅いスイス銀行までもマネロンには敏感なんだよ。まだ分からないの?
 「だからさ…どうなるの?って聞いているんだよ」
 ーーよって、お前を金山さん殺人教唆の殺人容疑。これは北上が実行犯だ。それに北朝鮮からの覚せい剤密輸入による覚せい剤取締法違反。中国への地下銀行への不正送金の外国為替及び外国貿易法違反。つまりな、国外に送金する際は支払い等報告書提出しないといけないのだが、報告していなかったんだよ。だから外為法違反になるんだ。だいぶ罪が重なってしまったな。何か言い訳があるなら、じっくりと聞きましょうか。時間はまだ、たっぷりあるからな…
 「考えさせてくれ…」
 鬼頭は事実上、落ちたと思った。

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