« 小説 防諜「テロリストを捕捉せよ」その1 | トップページ | DNA鑑定 その4 »

2014年2月 2日 (日)

DNA鑑定その5

179181418311  犯行を否認 
  捜査本部はこれまでの捜査の結果①事件当時、ジハールが一〇一号室のカギを持って自由に出入りが可能だった②そのカギの返却について同居人と口裏合わせをするなど偽装工作が見られる③犯行現場の遺留品である陰毛と精液の血液型はB型でジハールの血液型と一致した④事件当時、ジハールはネパール国内に自宅を新築中で金銭的に窮していた⑤被害者景子さんとは性交をするなど顔見知りである⑥目撃者の人相と一致したことなどから強盗殺人事件の犯人と断定した。
 そして三月二十三日に出入国管理法違反で起訴されていた裁判が五月二十日に東京地裁で開かれ、懲役一年執行猶予三年の判決を受け、東京拘置所に戻った。捜査本部はこの日の夕方、ジハールを強盗殺人容疑で逮捕した。
 東京拘置所で逮捕状を執行されたジハールの身柄が捜査本部のある渋谷署に移送されて取り調べが始まった。
 調べ官は帰国子女で英語も話せ、さらに民間企業から警察官になった人生経験豊富な警部補、通称〝ささやん〟こと笹井雄次郎が担当した。
 ジハールは初めて経験する異国の身柄拘束にやつれたように見えるが、精神的には落ち着いているのだろうか、あるいは自信に満ちているのだろうか行動はゆったりしている。
 笹井はジハールが生活費にも困窮していた状況が動機に繋がる重要な部分に当たるとして調べの入り口にした。さらに犯行時に現場の部屋に自由に出入りできる証しとなる部屋のカギの返還時についても追及した。木川田が担当した部分である。
 しかし、のらりくらりと曖昧な供述を繰り返すばかりで、カギの問題に触れると自分の正当性だけを主張した。
 「カギは確かに自分の手から離れている。悪いのは私が預けた人物だ」
 笹井はこれまでの流れをみて簡単に「落ちる被疑者」ではないと思った。事件の核心に入ってもそれは変わらなかった。しかし、どこかで優位にたたなければならない。
 「君は三月十九日の夜、アパートに帰った時、警察官に女性の写真を見せられて『見たことあるか』と聞かれたよね。その時、なんと答えた」
 「知りませんと答えたような気がします」
 笑顔をつくりながら笹井が言った。
 「本当に知らなかったのか?良く見なかったんじゃないの?」
 「いや、本当に知りませんでした」
 「今でも思い出せないか?」
 ジハールはこの一言で黙ってしまった。
 「ではズバリ聞くが、君は四〇一号室で一緒にいる三人でこの女性とセックスをしたよな」
 だんまりは続く。ちょっと厳しくしておく必要があると笹井は態度を変えた。声に鋭さが増した。
 「君ね。日本の法律ではな女性と売春をした相手の男も違反になるんだぞ。黙秘はいいがそれでは君が不利になる。第一、君の母国の同居人は既に認めているんだよ」
 「… … … …」
 「そこでお金を払らったんだろう」
 机上に置いていた両手が膝の上に移動した。一度、天井を見つめ何か祈るような仕草を見せた。
 「しました」
 「はい、認めたね。売春防止法第三条違反だ。写真を見せられて『知らなかった』は嘘なんだな。閻魔(えんま)様って知ってるか?インドのヴェーダ神話に出てくる地獄の神様だよ。日本ではな、嘘を付くと閻魔様に舌を抜かれるという昔話しがあるんだよ。もっとも俺自身、あまり知らんがな…ハッハッハ」
 笹井は笑顔を見せた。笹井自身、子供のころ聞いただけでそんな昔話しあったとは詳しくは知らない。その話を聞いたジハールの表情がほぐれた。
 「申し訳ありません。お金も払いました。たしか…一万千円だったと思います」
 「そうだろう。その女性を連れて来たのは君だというではないか。どこで知り合ったんだ」
 「去年の十二月中旬ごろだったと思います。私が仕事を終えて帰ってきたら渋谷ステーションのホテル近くの道路上に立っていました。その女性から『あなたがセックスを望むのなら一回五千円でいいですよ』と言われました。その時、私はホテル代がないと言ったのです。それが最初の出会いです」
 笹井はようやくペースに乗ってくれたとホッとした。
 「そう言ったら女性はなんと答えた?」
 「女の人は『どこでもいいですよ』と言ったので私は私の部屋に連れていきました」
 「その時、その部屋には他に二人がいたんだよな。女性は嫌がらなかったのか」
 「全然…そこで三人で順番にセックスしました。たぶん私が最後だったように覚えています」
 「それが最初でその後、何度くらいセックスしたのか?」
 ここまでリズミカルに喋っていたがジハールはこの質問で再びだまり込んだ。
 「次に会ったのはいつなんだ!」
 「… … … …」
 何を言っても答えることはなかった。そして翌日、踏ん切りが付いたらしくサバサバしている。笹井は昨日に続けた。
 「昨日の続きね…最初の出会いは分かった。次に会ったのはいつですかと聞いたんですよ」
 「たしかその月の終わりのころだったと思います。三人でプレーした時と違う若い者がいた時でした。彼女が突然部屋を訪れて『今日もセックスしませんか』と言ったのです。仲間の一人が近く私の姉が日本に来てこの部屋に住むことを知っていたので怒り出しました。『ここは彼のお姉さんの部屋なので、そんな事できない』と言いました。そして『二度と来るな』と言って追い返しました」
 「その日はセックスしていないよな。そうではなく、した日を聞いてるんだよ。もっと会っているだろう?」
 何度聞いても答えない。景子さんの手帳に書いてある十二月十六日の「外人(四〇一)〇・三」に関わる供述が必要なのだ。どうやら三月八日の喜寿荘の話しに繋げられるのを恐れているのかも知れない。必死に絶えているのだろう。
 「それで、君の部屋が使えなくなり今度はホテルを使うようになったのか? それとも君は喜寿荘のカギを持っているからその部屋を使ったのと違うか?」
 それでもだんまりは続いた。
 「あのなっ、彼女はその部屋のカギを持っていない。ところが部屋の西側の窓の下のたたきに使用済みのコンドームが三個も落ちていたのを二階の人が見ているんだよ。カギを持っている君以外にあの部屋を使う人がいないんだ。どう説明するんだ。別の女でもいるのか?」
 するとジハールから意外な話しが飛び出した。
 「私は彼女以外の女性とも何回か一〇一号室でセックスしたことがありますから、はっきり思い出せない部分もあるんですよ」
 どうも混乱しているようだ。
 「彼女以外の女と一〇一号室を使った…そこでコンドームを部屋の外に捨てたというんだな。その女とはどこで知り合ったんだ」
 ジハールは考えてから言った。
 「二月初めより後で十五日より前だったと思います。ハチ公前で知り合った女性です」
 「その女とは一〇一号室を使ったんだな」
 「使いました」
 「何回ぐら使った?」
 「三回ぐらいだったと思います」
 コンドームの個数と合っている。こうなればズバリいくしかないと笹井は決断した。
 「まあいいや。今聞きたいのは景子さんの事なんだよ。彼女の記録にはその後も君と会っているとなっている。全部、正直に喋ったらどうなんだ」
 しぶしぶ答えた。
 「今年に入って一月下旬だったと思いますが、仕事から帰ると神泉駅近くのコンビニの前に立っていた彼女から声をかけられました」
 「ほら見ろ。会っているじゃないか…それでどうした」
 「セックスできる場所として部屋に連れて行こうとしたのですが前回、追い返しているし、また連れて行っても同居人が邪魔になると思い、当時持っていた喜寿荘のカギを使って開け、その中で彼女から渡されたコンドームを付けてセックスしました。終わった後でコンドームを持ってトイレに行きました。そのあいだ彼女が何をしていたかは見ていません。水を流したかどうかも覚えていません。その時の料金は五千円でした」
 〇・三とは違う。
 「これは確認のために聞くが、喜寿荘ってどこにあるの?その部屋は何号室なの?」
 「私の住んでいる建物のすぐ隣です。一〇一号室です」
 笹井は語調を強めてこう質問した。
 「そのカギを君は持っていたんだな。それが三回目?。いや、やったのが二回目だな。そうではなくて三人でプレーした後の十二月十六日に君は三千円でしているだろう。忘れたのか?」
 笹井はジハールの五千円の供述は、被害者のメモが存在しない三月八日のことではないのか?と思った。暫く黙り込んだあと徐に答えだした。
 「次が本当に最後です。二月二十五日ころから三月二日ころの間に、私が帰ると彼女は喜寿荘一階通路の階段のところにいました。その時も彼女から『きょうもセックスしませんか』と言われました。いいよと言って一〇一号室に行き、私がカギを開けて部屋に入り彼女から渡されたコンドームを付けてセックスしました。使ったコンドームをカーペットの上に置き、服を着て部屋を出る時にトイレのドアの所から便器の中に捨てたが水は流しませんでした。その時、私は女性に一万円を出したが彼女は『小銭のほうが良い』と言うので小銭で四千五百円を払いながら、これでは足りないでしょうと言うと『次に会った時に精算すればいいでしょう』と言われました」
 今度は日時は違うがコンドームの部分が八日に微妙に近づいてきた。そこでもう一度日時の確認をした。
 「なんで二月二十五日から三月二日の間なんだよ」
 「出した一万円が同僚から借りたお金で、借りた日が二月二十五日であることや三月四日と五日の連休前にセックスした記憶があるためその期間だったと記憶しているからです」
 この記録は景子さんの手帳には存在しない。性行為からコンドームを捨てた話しは三月八日のことではないのかと笹井は改めて疑問に思った。
 「それからどうした」
 「部屋を出るとき玄関のドアは彼女が閉めましたが、私はカギをかけませんでした」
 「どうしてカギをかけなかったのか?」
 「それは…前に話したように、五日に給料が入ると家賃と一緒にカギを丸山さんに返すことになっていたからです」
 「ということは五日以降もその部屋を使おうと思っていたわけだな」
 「そんな事はありません」
 「では、三月八日の夜のことを聞かせてもらおうか」
 「八日には会っていません。十一時半過ぎにはもう部屋に帰っていました」
 「嘘をつくんじゃない!」
 頑として三月八日の行動を否定し続ける。
 「だから、何度聞かれても二十五日から二日の間に会ったのが最後なんです」
 焦ってはいけない。笹井はゆっくりした口調で聞いた。
 「君の同僚、自由が丘の焼き肉店に勤めている彼が、その日は午後十一時九分に職場を出て十一時三十九分に渋谷に着いたんだが、その前の十一時二十七分と五十分に部屋に携帯から電話をかけたが誰も出なかった。彼は君が部屋に帰った時間は午前一時ころと言っている。それまでどこで何をしていたのか?」
 「幕張の店を出て電車に乗ったのが十時二十二分で渋谷に着いてから彼女がいるかなあと思いぶらぶらしていたが会えなかったので部屋に帰りました」
 「うん?待て。さっきは十一時半過ぎに部屋にいたと言ったのは嘘か?どっちなんだよ。はっきりしろよ」
 笹井は声を荒げてしまった。しかしジハールはそれに答えようとはしなかった。
 捜査本部はこの間に調べ室のマジックミラー越しに八日夜の目撃者である杉下の面通しを実施した。
 「あの時の男に間違いありません」の回答を得た。
 笹井は最後に切り札を使った。
 「被害者の胸、バストに犯人の唾液がいっぱい付いていてな。どうだろう、君の唾液をくれないか?鑑定してみたいのだよ」
 ジハールの顔色が変わった。
 「お断りします」
 「そう、そこまで否定するのか…まぁ、しゃないな。実は捨てられていたコンドームと被害者の身体付近にあった陰毛を鑑定したんだよ。君は血液型はB型だったよな。鑑定結果もやはりB型だった。われわれはミトコンドリアDNA鑑定もしてみたよ。そうしたらこれも君とぴったり一致してな…これが日本警察の科学捜査っていうやつだ。もう逃れられないんだよ。それでも話すつもりはないのか?」
 ジハールは完全黙秘になってしまった。結局、捜査本部は否認のままジハールを東京地検に強盗殺人容疑で送検した。
 何かどこかにモノが詰まったような完全に吹っ切らないモノを残して捜査は終了した。 
             終わり 小野義雄

« 小説 防諜「テロリストを捕捉せよ」その1 | トップページ | DNA鑑定 その4 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/514231/59056326

この記事へのトラックバック一覧です: DNA鑑定その5:

« 小説 防諜「テロリストを捕捉せよ」その1 | トップページ | DNA鑑定 その4 »

2016年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト

最近のコメント

最近のトラックバック