« 防諜その6 | トップページ | 防諜その4 »

2014年1月29日 (水)

防諜その5

 爆弾製造工場
      24
 遅い昼食から引き揚げてくると遊軍席の佐古田のデスクの上に宅配便の小包がおかれていた。口の悪い遊軍長がニヤニヤしながら言った。
 「おい、彼女からプレゼントが届いてるぞ。女遊びばかりしていないで、しっかり原稿書けよ。お前最近、何も書いてないじゃないかよ!」
 「何を言ってんだろう」と佐古田は小包の差出人を見ながら最大の皮肉で答えた。
 「遊軍長は仕事をしっかりしているんですか?」
 周囲にいたデスクも含めて若い記者たちは凍り付いた。当然、喧嘩になるだろうと思ったからである。無言で睨みつけている遊軍長に笑顔になった佐古田。
 「差出人を良く見て下さい。女性は女性でもあの爆弾事件の被害者の奥さんからですよ…」
 昨年十月二十一日に発生した松島基地爆破事件で殉職した小坂登喜雄・空尉の妻が送り主だった。デスクが遊軍長を見ながらチクリと言った。
 「お前の早とちりじゃねぇかよ。被害者関係の名前ぐらい覚えておけ!」
 少林寺拳法三段の〝暴れん坊〟佐古田がけんか腰にならなかったことから周囲の緊張が解けた。ここは仙台市青葉区の奥州日報本社五階。社会部遊軍記者の佐古田利男の席。佐古田は何が送られてきたのか心がワクワクしている。
 
  拝啓 突然、お手紙を差し上げます失礼、なにとぞお許し下さい。皆様はお変わりございませんか。さて、このほど亡き主人の遺品を整理しておりましたら、私たちには分からない原稿のような綴りが出てまいりました。
 佐古田様にお送りしますのでニュースになるのかどうか検討してみて下さい。大事なものでなければ処分されても結構です。お手数おかけして申し訳ありません。かしこ
 
 同封されていたのは「亡国論(世紀塾長)」と題する綴りで原稿のように思われた。
 「自衛隊員による亡国論か…面白そうな小説だなあ…」
 佐古田はこのドラスティックなタイトルに心が躍った。そしてそれは緊張感に変わった。一冊ごとに数ページに綴られたA4の紙が挟んであった。
 ひとつの綴りは、「平成版三矢計画」と書かれ、航空自衛隊の松島基地、三沢基地、朝霞駐屯地、浜松基地、沖縄の那覇基地隊。神奈川県横須賀市の海上自衛隊横須賀基地、山口県にある陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の同居する岩国基地名が書かれ、最後に※注として防衛大と記されている。
 さらに各基地の担当者と思われる名前も記されていた。実行日として「後日指定」となっている。
 「実話並の小説にしてはできすぎだな…」と佐古田は胸が高鳴った。
 攻撃目標は各基地ごとに具体的に書かれている。
 一、航空自衛隊松島基地 展示格納庫内のブルーインパルスT丨4戦闘機、F丨2戦闘機の同時爆破 
 二、浜松基地は航空自衛隊発祥の地で基地内にはブルーインパルスの機体のほか地対空誘導弾パトリオットなどが配備されているが爆破はこのうち一般隊員なら入りやすい展示格納庫とする。
 三、三沢基地はCH丨47J輸送ヘリコプターのほか、E丨2C早期警戒機などが配備されており、攻撃対象は早期警戒機三機…
 四、朝霞駐屯地と防衛大は総理が出席する。あくまでも総理をターゲットにせよ。
 さらに指示は五、六と続いている。南西諸島や周辺海域を担当し米軍ホワイトビーチと隣接する沖縄基地隊は、第六掃海隊所属の「685」の「とよしま」のほか「ししじま」「くろしま」などが係留されている桟橋の爆破。海上自衛隊岩国基地もやはり所有航空機の爆破だった。
 「これではあの山崎豊子の書いた沈まぬ太陽なみのフィクションじゃないか…」
 しかし、読めば読むほどに具体性を帯びてくる内容に佐古田は疑問を感じ始めていた。
 「こんなことがあってゆるされるのか…」
 さらに別紙では赤字で「最終戦争」と書かれ、「秘」と書かれている。一ページ目をめくった佐古田は奇声を発した
 「部長!大変です。原発爆破計画までありますよ」
 編集局全体が凍り付いた。攻撃目標は静岡県御前崎にある浜岡原子力発電所だった。内部関係者しか入手できない作業工程表まで付けられている。
 別の用紙には基地名、氏名と起爆用として赤い文字で番号が書かれている。どう言うわけか三カ所に(L)の文字があった。
 松島基地 小坂登喜雄 起爆用080・254×・××××
 朝霞駐屯地 猪俣三郎  起爆用080・871×・××9×      
 三沢基地 南条美佐雄 起爆用080・379×・××××
 防衛大  猪俣三郎  (L)
 横須賀基地 坂上利男 (L)
 浜松基地 富田巌   起爆用080・253×・××××
 岩国基地 沖田敏  (L)
 沖縄基地 与那嶺文彦 起爆用080・781×・××××
 「え~っ」
  原稿を持つ佐古田の手が震えている。
 佐古田の素頓狂な声に、社会部長の青島をはじめ当日担当デスク、遊軍長や若い記者たちに混じり整理部長までが集まりだした。佐古田が言った。
 「爆破事件のあった松島基地に小坂登喜雄と書かれていることから、これは実名ですよ。それに朝霞駐屯地と防衛大は既に実行されています。これ…本物ですよ」
 基地名と氏名の書かれた紙を手にしたデスク。
 「この赤い数字だが、起爆用となっている。これはひょっとして起爆装置の携帯番号ではないのか?」
 整理部長が佐古田の顔を見て言った。
 「かっこの中のLはなんの意味かなあ」
 佐古田が答えた。
 「防衛大は飛翔弾だった。つまりLocket。ロケット…飛翔弾という意味でしょう」
 「う~ん…そうするとこれは小説じゃない。本物かも知れんな…」
 佐古田がこの計画書を手に青島に質問した。
 「平成版・三矢計画ってなんですかね!」
  原稿を受け取った青島。暫く読んでから説明し始めた。
 「三矢計画とは三矢研究とも言うんだよ。一九六三年に自衛隊の幕僚会議が作成したもので、朝鮮半島で北と南が戦争状態になった場合を想定し、日本の自衛隊がどう戦うかの研究をしたものを言うんだ」
 「当時は大騒ぎになったのですか」
 「憲法で戦争を放棄した国が戦争を想定した作戦を研究しているとして、国会の予算委員会で当時の社会党議員が、この研究の存在を明らかにして政府を追及したんだよ」
 「そうすると攻撃は北朝鮮施設なら分からなくもないのですが、なぜ日本の自衛隊なんですかね…やっぱり、これは小説ではないのかなあ」
 日頃は口数が多いはずのデスクが珍しく黙っていたがついに口を開いた。
 「これが事実なら日本中がひっくり返るネタになるなあ…小説より凄いことになるぞ…狙われているのは、なんて言ってもテロ対策で厳重なはずの原発だぞ…日本、いや世界中が原発事故では神経質になっている最中だから…」
 佐古田が亡国論を手に再度開いていると一枚のイラストが出てきた。
 「部長!浜岡原発の地図から原子炉圧力器の詳細な図までありますよ。こんな極秘資料まで附けられているんですよ」
 佐古田の横で聞いていた原発担当の小石記者が突然、叫んだ。
 「あれっ、これ本物ですよ。この構造図面は二〇一三年の三月に浜岡原発で行われた津波対策現場点検の記者会見の際に公表されたものです」
 これに部長の青島が疑問を投げかけた。
 「公表されたからと言ってなんでこの集団に渡ったのか?それに世紀塾っていったい何の集団なんだよ。公安担当だったこの俺でさえ聞いたことがないんだぞ…」
 青島の話に小石が答えた。
 「あの会見はフリーランスの記者が入り込めたのです」
 「記者クラブ加盟者でなくてもか?」
 「はい、東日本大震災の福島原発事故以来、原子力規制委員会を含めて当時の政権が〝表現者〟として自由に受け入れておりましたから…」
 「じゃ極端な話だが、北朝鮮のスパイだって潜り込めるのか?」
 佐古田が以前から危機感を持っていた部分だ。
 「当時のあの政権は全く危機管理なんてなっていない呑気な政党ですよ…あり得る話ですよ」
 暫く沈黙の後、青島が佐古田を向いて言った。
 「分かった、それは後で国の危機管理問題として別途、紙面化しようじゃないか…ところで、これだけでは分からないので、別にメールのやりとりなんか残っていないのかな佐古田よ!小坂さんの奥さんに聞いてみなよ」
 翌日、一台のノートパソコンを前に佐古田が悪銭苦闘していた。夫人から借りた小坂空尉の私物パソコンだ。メールボックスを開封しようとしているが開かない。家族共通のIDパスワードを小坂夫人から聞き出して開いたものの、今度はライブメッセンジャーが開けなかった。
 佐古田は「KOSAKA」のネームで試みたがだめだった。自衛隊の隊員番号でも開けない。
 ひらめいたのは「暗証番号は生年月日の番号が忘れなくて一番良い」という同僚の話。小坂の生年月日は一九六八年の四月十三日生まれだ。だから佐古田は「19680413」を入力するもだめだった。
 考え込んでいる佐古田に文化部の女性記者がかけより、何やら番号を入力した。見事に開いたのである。
 「この様な場合はね一九六八年を元号に変えるのよ。分かる?昭和四十三年でしょう。だから430413になるわけよ」
 女性記者は涼しい顔で去って行った。
 佐古田はデスクトップにある「メール送受信」のアイコンをクリックした。「開いた」と一人で拍手した。
 画面の右側の受信トレイには新しい順に発信元が表示されている。一番最初にあったのは十月十九日発信の「世紀塾」だった。クリックすると次のような内容が書いてあった。
 From 世紀塾「seiki・hoketu」 本文『物の管理はできているか?手始めに松島で実行のこと。時刻は二十二日の午前十時三十分。一般見学者のあるブルーインパルスの格納庫だ。二十一日は当直だから物は二十二日、交替前に相方に届けさせる』
 Re・『交替時間は正門が午前六時です。防犯カメラに注意』
 佐古田は首を傾げて呟いた。
 「ここには爆破日は二十二日となっている。しかし、実際は二十一日夜に爆破されている…何かあったのかなあ」
 話の流れを掴むため佐古田は十月一日に遡った。
 『詳細はきょう、小包便で送った。各個人にはこちらから送信する。赤い数字にはくれぐれも注意すること。物体にこの番号を書くのを忘れるな』
 Re・『了解』
 そして二日後の十月三日。
 『例の物は全部揃っているか?保管場所は大丈夫か?』
 Re・『完全包装して保管してあります。絶対に分からない場所です。近々、打ち合わせを兼ねて相方とともに確認に行ってきます』
 佐古田はさらに一週間後の十日の受信文を読んだ。
 『塾長、大変なことになりました。私は今、何者かに尾行されています。我が基地の警務隊員とは全く別の人間です。東北方面航空隊の可能性があります。このままでは危険です』
 Re・『お前の言っていることが分からない。なにかへまでもしでかしたのか。お前は警務隊員だろう。しっかりしろよ』
 さらに、十八日の世紀塾のメールには次ぎのように書かれていた。
 『その後も尾行が続いているのか?電話でも盗聴されているんじゃないのか?』
 Re・『先日の朝、物体の確認に実家に行こうとした時、自宅前に不審な人物がいたので声をかけたら逃げて行きました。それ以後は尾行もなくなりました』
 そして十九日付のメールに続くのであった。佐古田はこのメールを印刷して青島と筆頭デスクに説明した。
 「メールと三矢計画を合わせると、手始めに松島基地、次いで朝霞駐屯地、防衛大と続き、次ぎに五つの基地の同時爆破が行われようとしていたことが分かります。しかし、原発に関するメールが出てこないんですよ…先日の部長の話から想像するとこの平成版三矢計画にヒントがあるような気がしますね」
 これには青島が答えた。
 「その通りだ。今回はその研究を平成版と名付けている。つまり、これは日本の研究に対する報復のための計画ではないのかと推測しても間違いないだろう」
 「では小坂さんは反戦自衛官だったのですか…それに…」
 佐古田の歯切れが悪い。
 「その物体なんだけど、それは何なのかこれだけでは分からないですよね」
 「それをどう探すかだな。奥さんは分からないかな」
 「自分は思うのですが、このメールにある『実家に帰ろうとして気付かれた』の部分。実家に何かが隠されているではないでしょうか」
 青島がデスクに指示した。
 「いずれにせよ、このままでは原稿にならない。しかも松島基地爆破事件の被害者が関与しているとなると事件性がないどころか重大事件だ。佐古田には本当に物体があるのかの確認をさせてくれ。確認できた段階で記事化を検討しよう」
 佐古田は翌日、「物」を確認するため、小坂の実家である矢本町に向かうことにした。

     □     □
 金哲秀の指紋を入手して下部温泉を出た影虎は、アルファロメオより遅れること三十五分。世紀塾が開かれる身延町の温泉旅館・早雲館に着いた。
 相変わらずカウンターは若女将が切り盛りしていた。玄関を入りカウンターに近づく影虎の姿を見た若女将が大声あげた。
 「あらあ、またお会いできましたね。今度はご入会なさったのですか…先ほど新山さんがいらっしゃいましたよ」
 あまりにも声が大きいので影虎は思わず辺りを見回した。そして声をひそめて言った。
 「先日はありがとうございました。実は…まだ入会には迷っているんですよ。しかし、友達もできたので今回で入会を決心しようと思って…」
 若女将が怪訝な顔をしている。
 「随分と迷われるんですねえ。で、今回もお泊まりになさりますこと」
 「はい、また突然で申し訳ありません」
 若女将は部屋を前回と同じ二〇五号室に決めてくれた。影虎は若女将の配慮に感謝した。しかし、今回は三十分も遅れて来たため集まる顔の確認は間に合わなかった。
 会議は午後一時半から始まるから連中はその前に食事をするはずだ…と思った影虎も同じレストランに入った。昼食は豪華な和洋食のバイキングだった。
 正午を過ぎたころからひとり、またひとりと集まってきた。そして金哲秀が現れた。クラウンに乗っている「牡丹の女」と二人であの注目の女、ユゥミンこと李銀姫(イ・ウンヒ)もレストランに入って来た。しかし、あのオートバイ野郎と金正恩の頭に似せた元帥スタイル髪型の男の姿が見えない。新山が影虎を見てテーブルにやって来た。
 「明智さんではないですか…あの時はお世話になりました。楽しかったですよ…ところで偶然ですねえ…きょうは何かあったのですか?」
 「お寺巡りが好きでね。三日前から来ているんですよ。この周辺は寺がいっぱいあるでしょう。正伝寺とか善妙寺、天照大神宮など…月に一度は豪勢な旅行しているんだよ。それにここの温泉が気に入ってるんだ」
 「そうでしたか。うちの塾長は顕勝院のご住職と親しいのですよ。なんなら紹介しましょうか」
 「あそこと遠山寺などは前回行きました」
 「さすがですね。では私は塾長に話があるので失礼します」 
 何事もないまま食事を終えた一行はそれぞれが部屋に帰って行った。新山が自ら金哲秀を「塾長」と認めたのである。
 「今回もまたあの喫煙所で会合を見守ろう」
 会議が始まったようだ。残念ながら今回は窓を開けていないのか会議の声が全く漏れてこない。あきらめる影虎…
 影虎が今回の会議で最も知りたかった元帥スタイル髪型のあの男は、会議にも七時から個室で開かれた夕食会にも姿を見せなかった。
 翌朝、影虎は朝食を早めに済ませてロビーで金哲秀ら一行を見張った。李銀姫は全身を白で統一し、真っ赤なセカンドバッグを持ちいつもと変わらないファッションだ。なぜか、全員が急いでいるように思われた。例によって若女将の対応で尹日好が会計をしている。会計を終えた尹日好が影虎の姿を見てやって来た。
 「明智さんはもう帰るだけですか?」
 「いや、折角来たのだから杉山にあるヤマメの里を見に行こうと思っていてね…」
 尹日好はゴルフのスイングをしながら言った。
 「そうですか…私は身延山カントリーで〝芝刈り〟ですので…これで失礼します」 
 尹日好はプリウスでゴルフ場に向かった。それでも金哲秀の姿は見えない。疑問に思った影虎は、自分の会計をするためカウンターに行った。影虎に気付いた若女将。
 「おはようございます。いかがでしたか…」
 塾への入会の答えを聞いているのだろうと思った影虎。
 「え~お陰様で次の会合で入会する予定です」
 「それはおめでとうこざいます」
 周囲に誰もいないことを確認した影虎が若女将に聞いた。
 「法華津会長は見えないようですが…」
 あら、知らなかったの?と言うような顔で若女将が答えた。
 「え~会長さんは昨夜、突然お帰りになりましたのよ」

     25
 見延町の温泉旅館で金哲秀塾長の会議が開かれているころ、小坂隊員の実家の場所を聞くため佐古田は定川沿いのT字路にある雑貨店に飛び込んだ。店主が応対してくれた。
 「小坂?何軒もあっからなあ」
 「息子さんで小坂登喜雄さんがいる家です」
 「ああ、この前死んだあの人がい。そんなら平壌からの引き揚げ者だべ。このみぢを行って大きな花壇がある家だよ」
 その家はすぐ分かった。玄関が開けっ放しになっている。
 「すみません。どなたかいらっしゃいますか」
 「はぁ~い。どなたさんで…」
 建物の裏側から手ぬぐいを頭に巻いた中年の女性が出てきた。
 「あら、誰がと思ったら記者さんでないかい。どうすたんだい?」
 小坂空尉殉職の自衛隊葬の時に一度、会っている。記憶してくれていたのだ。
 「あの節はお世話になりました。日報の佐古田でございます。きょうはお願いがあって参りました」
 「どんなことでしょうか?」
 「昨年、登喜雄さんが事件に遭われる前、こちらにお帰りになりませんでしたでしょうか?」
 「ああけえってきましたよ。二、三日前だったかな…一人でぶらっと…突然なんで、なんがあったのがと聞いたら、何んもねぇと言っていましたが…結局あれが最後でした…」
 「その時、登喜雄さんはどこかにお出かけになりませんでしたか?」
 「どごぬもいがなかったと思うよ…ただ家にいだもの…裏山に行ったり、夜には河原に友だつと花火しに行ったぐらいだよ。二日間ぶらぶらしてけえって行ったよ」
 佐古田はそれだと思った。
 「裏山には何か倉庫のようなところはありませんか?」
 「倉庫はねぇけど防空壕ならあっぺさ」
 遂に出た。防空壕…
 「今、私が行っても中を見られますかねぇ」
 女性は頭をひねりながら不審そうに言った。
 「いいよ。ただ真っ暗でさ、今ごろ誰もながにへえる奴なんていないよ。蛇もいるし、コウモリもとんでっぺさ…あぶねえからいぐな」
 「いや確認しておきたいので…」
 「なんでへえりたいんだがわがんねぇけど…ほすたら…おらんちの懐中電灯持って行けば…」
 といいながら女性は何の疑いもせずに持ってきた懐中電灯を佐古田に渡した。女性は登喜雄さんの兄の嫁だと言う。
 佐古田は懐中電灯を借りて裏山の杉林の中に入った。だが、下草がそのまま放置されていて笹などが伸び放題。その笹に蔦が絡んでいる。笹をかき分けながら歩いても防空壕なんて見つからない。
 たまりかねた佐古田は、一旦、小坂の家に戻り、女性にもう一度場所を確認した。
 「あ、そごへいぐんなら、裏の田んぼの向かい側の山の斜面にあっから…」
 佐古田はお礼を言って、一旦、敷地外に出て裏側にある田んぼの反対側の小高い丘に向かった。確かに普通乗用車が通れるほどの山道があった。道なりに行くと、途中で生い茂った草が一部踏みつぶされている場所が見つかった。
 その先を見ると例の杉林に通じている。丁度小坂家の山の裏側にあたるところだ。
 「あった!」
 佐古田はガッツポーズをした。崩れかけた山の斜面に、腐食して今にも崩れ落ちそうな木製の入り口がある。目的を持って入らなければ入ろうとする人間はいないだろう。蜘蛛の巣も張っている。
 電灯の明かりを頼りに恐る恐る中に入った。五、六㍍ぐらいは進んだろうか。正面に葉の付いた杉の枝が山のよう積まれていた。
 「枯れていないので比較的新しいのかな…」
 佐古田がその枝を取り除くと今度は、ブルーのシートがかけられた段ボール制の箱が計六箱も出てきた。人差し指大のムカデが数匹、驚いて逃げて行った。奥の方からは鼠の泣き声が聞こえてきた。
 横四十㌢縦五十㌢四方の四箱は茶色の包装紙だが、もう二つの箱は赤い包装紙を使い、十五㌢四方で長さが四十㌢はあろうか細長い箱だった。
 三沢、松島、浜松、沖縄の四個の包装紙には黒のマジックでそれぞれ基地名が書かれ、下方に十一桁の数字が赤で書かれている。指示書に書かれていた朝霞駐屯地の物体はなかった。
 一方、二個の長方形の箱には横須賀基地と岩国基地名が書かれLの字がかっこで囲まれている。これらは三矢計画書に書かれていた基地名と一致したが防衛大はなかった。
 佐古田は一番手前の「沖縄」と書かれた箱を手にしてみた。ずしりと重かった。四㌔はあるようだ。
 「開けてみてもとに戻せばいいな」
 茶色の包装紙を丁寧に、破れないようにはがした。中から出て来たのは「圧力鍋」と書かれた箱だった。佐古田の心臓の鼓動が激しくなった。手が震えだした。放心したような状態になり、なぜか尿意をもようした。
 「朝霞駐屯地は圧力鍋爆弾だったが…これも同じ爆弾かも…それにしても既に爆破された松島基地のは残っているとは不自然過ぎる」
 そう考えると益々恐ろしくなっていった。
 佐古田はその場で携帯が通じるかを確認したがアンテナのマークが立っていなかった。
 包装紙を元のように戻し、写真を撮影してからブルーのシートで包み込むようにして、木の枝で覆い、さらに写真を撮った。
 防空壕の外に出た佐古田は人気のないことを確認して立ち小便をした。
 先ほどの女性が縁側の前でダイコンを洗っていた。佐古田は丁寧に挨拶して懐中電灯を返し、挨拶もそこそこ家を離れた。暫く歩き、人通りの少ないことを確認して携帯で社会部長直通の電話に架けた。部長はすぐ出た。打ち合わせを終えて席に帰って来たばかりだと言う。
 「部長…」
 佐古田の声は引きつっており、携帯を持つ手が震えている。
 「部長、大変です。裏山に防空壕があり、入って確認するとブルーのシートに包まれた箱が出てきました。しかも六個です」
 佐古田の喉はカラカラに乾き舌もうまく回転しない。ろれつが回らないような状態に部長が言った。
 「おい佐古田!落ち着け…落ち着け…だから何だって言うんだ」
 「部長、その箱はなんと圧力鍋の箱でした。もの凄く重いんですよ。あれは火薬やボールベアリングが入っているのに間違いありません。爆弾の完成品ですよ」
 「なにっ、お前開けたのか…馬鹿者!爆発したらどうするんだ」
 鼓膜が破れるような大声だった。そして
 「そうするとあの爆破事件の被害者は実は、犯人の一味だったことになるのか?」
 部長も驚いているようだ。「お~い」と言う声が聞こえた。デスクを呼んでいるのだろう。再び電話に出るとこう言った。
 「良くやった。君は至急あがってくれ。メールと送られてきた資料で本記をこちらで書いておく。一面トップの特ダネだ。君の現場の状況は社会面の受けだ。社会面は見開きだ。俺がこれから県警本部長と掛け合ってくる。朝刊最終版でいこう」
 今度はきょうの当番デスクが出た。
 「問題は君が引き揚げた後の警察による現場検証の写真だ。通信部でも分かるかなぁ」
 「いや、写真部の出動をお願いします。時間にもよるが間に合わなければシートのかかった写真は押さえてありますから…」
 「しかし、原稿書かんと…」
 「雑感でしょう。それは通信部で良いと思いますよ。とにかく私は急いで帰ります」
 腕時計を見ると午後五時を過ぎていた。駅までは歩くと一時間近くかかる。佐古田はタクシー会社の領収書があるのに気が付いた。来るときに乗ったタクシーを呼ぶことにした。
 佐古田がJR矢本駅を出発したのは午後六時四十五分発の仙台行き。仙台には同八時五分に着いた。
 本社にあがると編集局、中でも社会部内は大騒ぎだった。社会部長の青島が県警本部からあがってきた。
 「当番デスクいるか?それと佐古田は帰ったのか?整理部長も呼んでくれ」
 当番デスクと佐古田、それに整理部長が社会部長席前のソファーに集まった。
 「本題に入る前に言っておく。佐古田、お前は爆弾と思われる物を開封しているな?」
 「はい。そうしないと何かは分からないので…」
 「県警は物から佐古田の指紋が出るので、当然、調べると言い出した。本部長は『いくら記者でもやりすぎだ』と怒っている」
 佐古田が反論した。
 「何を言っているんですか。現実に私が開けて見なければ爆弾と分からなかったんでしょう」
 「いや、違うんだ。本部長は不審な物を見たらその場で一一〇番することが一般的な常識だと言う。しかたないのでこれから県警に行って指紋登録して来いや」
 「その前に…」と、佐古田は引き揚げ者について聞いた。青島が答えてくれた。
 「それはな、第二次世界大戦まで朝鮮半島には軍人以外にも日本から多くの入植者がいたんだ。ところが日本が敗れたため帰って来た人たちのことだ。現地で結婚した人もいたという」
 「小坂家はその引き揚げ者で平壌から来たと言うんです。いずれにせよ、被害者は二世で大陸の血筋を引いていることになりますよね」
 「平壌なあ…ソ連占領下で二十万人もいたと言われている。北緯三十八度線以北には食べ物がなくて苦労した人が多かった」
 「登喜雄さんの父親が引き揚げ者なんですかね」
 「いや母親だって考えられる。当時、現地ではソ連兵による強姦などが多かったそうだ。だからやむをえず北朝鮮の男と結婚した女性もいた。暗い話だよ。だからこの部分は書かないほうがいいぞ」
 「登喜雄は半島の血が混じった二世か…」残酷な話に佐古田の心は曇った。佐古田が県警に向かった後で青島が続けた。
 「県警が着手しなくても我が社は書かせてもらうと言ったらはマスコミに先を越されるのは困るからと本部長が折れた」
 青島が続ける。
 「但し、爆弾とその製造工場が存在したと言うだけで犯人の手がかりは全くないと言っていた。だからうちは、その事実だけを坦々と書くだけだ」
 佐古田が聞いた。
 「ガサはいつやるんですか?」
 「今、令状を請求しているころだと思うが、目安は午後十一時ころから防空壕をガサることになるだろう。但し、発表は明日の朝になった。一面と社会面の見開きで派手に行こう」 
     □   □
 この日の捜査報告を聞いた谷津は、捜査の進展のなさにあきれていた。
 「定年まであと一年半…これまでなかった捜査のミスもあったし…ホシ抱えたまま辞めて行くんかな…」
 「やれやれ…」と立ち上がったその時、卓上の電話がなった。
 「谷津君!こちらは坂田。大変なことになったよ。日報がたれ込んできたんだが、爆弾製造工場が分かった。それと八カ所の自衛隊施設爆破と原発爆破の計画があった。八カ所の自衛隊にはそれぞれ実行役の現職隊員がいるんだ」
 「だって松島と朝霞はやられちゃたじゃないですか…」
 「ところが松島はどう言うわけか物体が残っている。既に発生している朝霞と防衛大はないが三沢、松島、浜松、那覇、横須賀、岩国基地の物体があった。各基地の実行犯役七人の名前も書かれている。いずれも現職自衛隊員だ。それに事件を指揮したと見られる通信文の入ったパソコンも押収した。明日朝の新聞に出てしまうんだ」
 谷津の怒りは頂点に達した。
 「部長!ホス(犯人)はまだ一人も取ってねえべ…」
 「日報社から提供を受けたメールの中に、世紀塾の名前が出ていたので警察庁と相談した。指紋も一部は合致しているが決め手がないと言うので、そのあたりを日報に説明したが、爆破計画と製造工場発見の事実だけを坦々と書くと言っている」
 「マスコミ先行になってしまうべさ…書くの止めさせてよ…それがあんたたちのすごとだべさ…だいたい今、何時だと思ってるんだね?」
 そして谷津は、爆弾に使われてパチンコ玉を買った原口忠明こと辛星一のことを心配した。
 「だがら俺、あん時に言ったべさ…せめて原口だけでも柄取っておぐべぎだと」
 「いや、これ本部長が受けてしまったんで止められないんだ。とりあえずこれからその工場と言われるところにガサかけるから現場に捜査員を出してもらうのと六人の令状請求だけでもして…」
 「六人の令状だと…なぬ言ってるんだね。ただの紙ペラに名前書いてあるだけで令状おりるわげねぇべさ。すかも現場の俺たちはなんも見ていないんだ。書かせないようにするのがあんたたちの仕事だろう。事件は現場で起こってるんだよ。ちっとは現場のこと考えてみなよ。いいがす…ホスに飛ばれてもあんたたちの責任だから…」
 ここまで言うと谷津は電話機を思い切ってたたきつけた。受話器が真っ二つに割れた。回りにいた機捜隊の笹井らが谷津を取り囲んだ。鴇田らはまだ群馬から帰っていなかった。
 「くそ~っ、まげ(負け)だよ…まげ…」
 谷津が負けたと反省したのは、松島基地爆破事件は自衛隊を狙ったのではなく小坂個人を狙ったのかもしれない…と直感的に思ったあの時、被害者の身辺の捜査を徹底していれば日報の入手した資料がこっちの手に入ったかも知れないと思ったのだ。
 「害者のすんペン捜査が下手くそだがらこうなってすまった。これも俺のせぎにんなんだよな」
 谷津は全員に向かって言った。
 「すまねえ…爆弾を作っていた場所が分がったそうだ。これからガサかけっから行ってくれねえべか?」
 部屋にいた全員が総立ちになった。
 「なんで分かったのですか?場所はどこですか?」
 谷津は隣にいる地元刑事課長の斎藤に言った。
 「新聞社からのたれ込みだってさ。警察は新聞社に負けたんだよ…斎藤よ一課の当直に電話すてさ、とにかく詳すい場所などを聞いてくれや…。俺、ちょっと具合が悪いがら…小山君、指揮してくれや…半分は現場と半分は明日朝のガサ要員だ。ただすラーメン屋の行動確認班はそのままだ」
 谷津は立ちくらみを感じたので小山管理官に任せた。五十八年余のの人生で初めての経験だった。
 
 谷津の電話を切った坂田はかねてから教えられていたNSCの国木田の自宅に電話を架けた。
 「こんな遅くにすみません。実は奥州日報という地元紙がありましてそのたれ込みで例の事件関係で爆弾製造工場が見つかりまして…」
 坂田は新聞社が殉職した小坂隊員の家族から預かった資料やパソコンに書かれていた内容。既に製造されている爆弾などの経緯を説明。
 「明日の朝刊で書くと通告してきたのです」
 報告を受けた国木田は目眩を感じた。
 「絶対に止めさせてよ。何か月もかけてきたもの全てがだめになってしまう。国家の危機だ。これは責任問題になるよ。分かった俺が本部長に電話する。警電何番?」
 国木田は県警本部長の大久保純三に電話した。
 「今、お宅の刑事部長さんから電話があり、地元紙に載ると言うではないですか…止めさせてくれませんか。総理にどう報告すればいいんですか…責任問題ですよ」
 「申し訳ない。書かないでほしいと頼んでもマスコミが自分でとったネタだとして、言論の自由を主張して承知してくれなかった。強いて言うならこの時点で警察はマスコミに負けたことになります。辞めろというなら辞表を書きます」
 警察がマスコミに負けた丨と聞いた国木田はそのまま絶句した。
 大久保がさらに続けた。
 「我々はあなた方の捜査経過を聞かされていない。その他に捜索カ所がありましたらよろしく」
 ここまで言い切った大久保。確かに保秘するため星川にだけ知らせていたことは事実だ。国木田は思った。
 「やはりNSCだけでは全国的、国際的な事件の統一的な捜査は無理だ。あくまでも情報に過ぎない…アメリカのFBIの様な捜査機関を持たないといけない…」

   □  □
 県警による矢本町の小坂家の裏山の防空壕の捜索は、松島東署の捜査本部から管理官の小山や刑事課の斉藤らが到着したことから午後十一時過ぎから始まった。報道関係者は当然日報だけだった。
 鑑識班に加えて濃紺の繋ぎの背中には「Police EOD」と書かれている。通信部の竹本記者が本社にいた当時、正月の年頭視閲式で見たことがあった。「警察 爆弾処理班」だ。
 ブルーのシートがはがされると包装紙に包まれた縦四〇㌢横五十㌢に厚さ三十㌢の箱が出てきた。
 手前から奥に向かって沖縄、浜松、松島、三沢の文字が書かれた箱が並んでいる。そして一番奥に赤い包装紙に包まれた縦長の箱二つあった。岩国と横須賀基地名が書かれている。鑑識班はそれを丁寧に撮影している。
 本社のカメラマンは現場検証の写真を撮影して引き揚げて行った。
 鑑識班の写真撮影と防空壕内の測定が行われた後、爆発物処理班が箱を一個外に持ち出した。土嚢と鋼鉄製の盾で臨時に作られた囲いのなかで包装紙が取られた。中から「ティファール 圧力鍋」と書かれた箱が現れた。
 レントゲン写真が撮られた後、慎重に中を開けるとそれは、パール金属の鍋で、リード線の付いた携帯電話機が入っていた。処理班は鍋の重さから火薬などが詰められいると判断。残り四個の鍋はそのまま開封せずに本隊に持ち帰り処理することとした。
 もう二個の赤い包装紙のレントゲン画面は円柱のような筒が五本束ねられている。
 爆発物処理班のひとりが一課管理官の腕章をしとた小山と処理班の班長にこう言った。
 「班長、これは工事などに使われるダイナマイトの筒が束ねられています。先端に起爆装置、下部に装薬が入っているので飛翔弾と見られます。危険ですので、ここでの確認は控えたほうがよろしいかと…」
 班長が「分かった」と言った直後だった。
 「鑑識さん、至急来てくれないか」
 防空壕の中から捜査本部員、斉藤の叫ぶ声がした。小山管理官らに続いて記者腕章をした竹本も中に入って行った。見ると爆弾様の箱が置いてあったその先に、半分壊れたような木製の仕切戸があり、横穴はその奥へと続いていた。所々に蜘蛛の巣が張っている。鑑識現場用の照明器具で照らされ、真昼のような明るさになった。コウモリが驚いて逃げ回る。
 仕切戸を潜った小山らの目に飛び込んできたのは、アルミ合金の作業台、上に皿のついた計量器、鍋の一部と見られる取っ手の部分の残骸、パチンコの玉の山。玉には「BG1」の刻印があった。他に釘箱などが乱雑に置かれていた。
 圧力鍋の説明書が六枚あることから六個の爆弾が作られたことになる。ティファールの圧力鍋は左右に取っ手が付いているのが特徴だ。
 「ここは?」
 竹本が近くにいた鑑識班の一人に聞いた。
 「爆弾製造工場だよ。日報さんの特ダネじゃないか!」
 普段はこんな場所までマスコミは入れないが、今回は本部長命令で取材が自由にできることになっていた。竹本は腕時計を見た。午前一時を回っていた。
 「締め切りまで時間がない」
 防空壕を飛び出した竹本が携帯で本社に架けようとするが「圏外」の表示。無我夢中で駈けだした。携帯の通じるところまで行かないと重要情報を知らせることができない。
 どこか分からないがいつの間にか、川の堤防のような場所に出た。付近に民家もなく人通りも車も通らない。空には煌々とした満月…
 ようやく携帯が通じた。本社は本社でも竹本が知っていた番号は、地方部のデスク席だった。あまりにも静かなので竹本の声も自然に低い声となった。
 「すみません。矢本の竹本ですが…」
 デスクも分かっていたらしく、すぐ社会部のデスクを呼んだ。
 「あっ社会部デスクさんですか…矢本通信部の竹本ですが、爆弾のあった防空壕の奥が製造工場でした」
 「なにっ…」
 デスクが社会部長を呼んでいる。
 「青島ですが。製造工場だって?なんで分かった」
 「作業台や計量器、パチンコの玉などが転がっていました。鑑識も工場だと言っていました」
 「分かった。今、若いのに変わる。原稿でなくていいから、見たままを全て話してくれ」
 社会部長の叫び声が聞こえてきた。
 「降版時間を遅らせる」
 整理部長がこれに答えるように言った。
 「それは分かった。これも大きいんだけど、新潟税関と新潟県警が朝鮮総連幹部とその関連会社の梁仙物産幹部を外為法違反で逮捕してガサかけたという原稿が共同から入っているんだよ」
 「なんの事件だ」
 「北朝鮮に輸出した物の中に航空機などに利用される恐れのあるベアリングがあったと言うんだ。輸出禁止品。一面でもおかしくないぞ」
 青島部長は迷わずに言った。
 「そりゃ爆弾工場が一面トップだろう。そして社会面も見開きだよ。なんてったって何年かに一度、あるかないかの特ダネぜ」
 整理部長が相槌をうって言った。
 「分かりました。では北朝鮮は一面の肩にしましょう」
 こうして紙面割りができた。

    □   □
 午前二時過ぎに佐古田の元に一面と社会面のゲラが届けられた。
 一面には次のような見出しが黒ベタ凸版で付けられている。
 自衛隊基地の同時爆破計画
 県警が製造工場を急襲 圧力鍋爆弾の完成品を発見
 その脇の左に北朝鮮総連の幹部逮捕の原稿が入っている。
 そして、社会面の見出しは
 犯行計画は世紀塾を名乗る集団「原発爆破も計画」
 さらに別項原稿で次のような見出しが付いた。
 松島基地爆破の被害者は反戦自衛官だった
 「これが爆弾製造工場の防空壕内部」として爆弾のアップ写真に、ブルーのシートの全景写真、現場検証する県警鑑識班と爆発物処理班員の写真を大胆に扱っている。
 これでも佐古田は不満だった。
 「一面トップは原発爆破計画が主見出しではないですか?」
 「そうしようと思ったんだが、編集局長の方針だ」
 それに…佐古田が青島にかみついた。
 「攻撃対象の自衛隊五つの基地名を入れるのは当然だが爆破担当者の名前は削除してある。きょう逮捕となぜ入れないのですか?」
 「馬鹿もの!この原稿だって犯人が分かってないのに無理矢理事実だけを書くんだ。犯行計画している世紀塾だって本当に存在するどうかも分からんのだ」
 「だって小坂の事件はあるでしょう。その小坂周辺から製造工場が分かったのだから、丸っ切り関係ないとは言えませんよ」
 「あのな!事件はあったさ。工場もあった。だが指紋が一致するなどの直接的な証拠は何もないんだ。警察で指紋一致まで書くのを控えるか?」
 この部長の一言で佐古田は納得した。
 翌日の奥州日報の新聞は派手だった。自衛隊基地の同時爆破計画の見出しには県内の多くの読者には松島基地爆破事件を思い起こさせ、さらなる危機感を与えた。
 ところが奥州日報は特ダネで自社ネタを大きく扱っているが、他の全国紙は別の記事で国民にショックを与えている。
 北朝鮮に大量破壊兵器関連部品輸出
 アルカイダ関与か? 新潟県警と税関 実態解明に全力
 新潟県警と東京税関新潟支署は十五日までに、精密機器と偽り、大量破壊兵器に利用される恐れのあるベアリングを北朝鮮に不正に輸出していたとして新潟市内の貿易商社・梁仙物産社長、橋本正次朗容疑者(五七)と北朝鮮総連の辛成文(シン・ソンムン)容疑者(六二)ら四人を逮捕。同物産会社と総連新潟支部を家宅捜索した。県警は背後にアルカイダの工作員が関与していることから警視庁の応援を得て関係カ所を捜索、実態の解明に乗り出した。
 橋本容疑者らは韓国向けと偽り、国際的な平和と安全の維持の観点から大量破壊兵器や通常兵器に利用される恐れがあるため輸出には経済産業省の承認が必要なベアリングを不正に輸出した外為法と関税法違反に当たる。
 さらに、同県警はベアリングを同物産に持ち込んでいたアルカイダの男の逮捕状をとるとともに、男の勤める東京・大田区の製作所を捜索。二年前に新潟で暗躍し、その後、米国に逮捕されている男との関連を捜査。日本国内で北朝鮮とアルカイダ組織の解明に全力をあげたいとしている。

     26
 「会長さんは昨夜、突然お帰りになりましたのよ」と聞かされた影虎はハンマーで頭を一撃されたようなショックを感じた。目の前が真っ暗になっていく。とりあえずアルファロメオを確認しようと駐車場に向かおうとしたその時、腰の携帯が震えた。ディスプレーを見ると松島に応援派遣で行っている一条からだった。
 「おはよう。何かあった…」
 優雅に応答すると、一条は興奮しているのか声が引きつった。
 「虎さん!緊急事態…緊急事態…とにかく聞いて下さい」
 「どうしたんだよ!」
 「実は今朝の仙台の奥州日報という地元紙に特ダネを書かれました。それがなんと爆弾製造工場を県警がガサったら完成した四個の圧力鍋爆弾と飛翔弾二発が出たと言うんです」
 「なに!」
 影虎はダブルパンチを受けた。「これで全てが水の泡か…」言葉が出ない影虎。一条がまくし立てる。
 「新聞によると犯行は世紀塾によって行われたと書いているんですがこんな塾、聞いたことありますか?」
 影虎は怒り心頭に発した。
 「君んとこ…世紀塾って言う裏付けとってんのかよ。なんでそんな情報漏れるんだ?」
 「漏れたんじゃなくて新聞社が独自取材で得た情報で、逆に警察は教えられたんです。昨夜、県警本部長が通告を受け、その情報で我々は突然、十一時ころだったかガサに出かけたんです」
 「爆弾と世紀塾が関係あるのを君たちは全く知らなかったというわけか?」
 「だから今、言ったじゃないですか…世紀塾が自衛隊の同時爆破を計画しているという新聞社のたれ込み(情報の提供)があって昨夜、捜索したんですよ。そうしたらそこが爆弾製造工場だったんです」
 「それでマスコミの情報通りになったというわけか…」
 「ここからが大変なんですよ。今朝、私たちは急遽、中華料理店の原口忠明を連行しようとしたのですが、もぬけのからでした」
 「もぬけのから?ベタ張りしていなかったのか?」
 「張っていたんですが…店の二階の彼の部屋の電気が消えるのを確認して引き揚げてしまって、今朝早く行ったらいなかったんです。職質かけた後なので気付かれたのかも…」
 「そんなのベタ張りって言えねえんだよ。まあいいさ。ところで店の店長はなんて言ってるんだよ」
 「我々は公文書偽造で奴の令状を持っていましたから、一応匿ったということで任同(任意同行)をかけて調べているんですが、いなくなったのは自分も今朝になって知ったと言うんです」
 ほぼ内容が理解できた影虎。狙い通りに世紀塾が関与していたことに影虎は安堵した。
 「虎さん…それで世紀塾ってのご存じですか?」
 「知っているもいないも今、俺はその塾長を追って今、身延町に来ているんだよ」
 「えっ!」
 今度は一条が絶句した。声が出ないようだ。
 「おい、イッちゃんよ…実はその塾長は朝鮮総連の幹部なんだよ。ところが昨夜、こっちに泊まるはずなのに突然帰ったと言うんで、慌てているのは俺のほうなんだよ。それより報道の事実はNSCの国木田情報官にあげているのか?」
 「虎さん、ちょっと待って…」
 一条が何かを言おうとしている。
 「塾長が総連の幹部…ということは…北朝鮮…」
 「そうだよ。金哲秀って言うんだよ」
 「いや、原口忠明が北朝鮮生まれの辛星一だとゲロったんですよ…そして塾長が朝鮮人…ハラグチタダアキ…」
 影虎は一条の呟きになぜか、ひっかかるものを感じた。
 それはヒューミントの瀬川さんの情報だ。
 「金哲秀ら三人が日本に入国した…」
 影虎はなぜか重大な局面を迎えたように思った。そのとき携帯が震えた。今度は国木田からだった。
 「虎さん、大変なことになったよ…」
 「今、一条から聞きましたよ。それで私は今、その世紀塾を解明しようと一昨日から塾が開かれている身延に来ているんですよ。それで今朝、金哲秀の指紋を入手したのですが、金哲秀は夜中にどっかにふけちゃった(行方不明)んですよ。それで帰って総連を確認しようと思っていたところです」
 「えっ!金哲秀の指紋を手に入れた? 実は静岡の清水海上保安部から手に入れた指紋があり、静岡県警が検索システムに入力してある。こいつの名前が伊集院毅なんだよ。ところがこの伊集院という奴が割れなくて困っているんだよ。まさかと思うが…」
 北朝鮮の不審船と伊集院毅。爆薬の密輸入と伊集院。爆弾事件の首謀者と世紀塾。世紀塾の塾長=金哲秀。
 影虎の声が弾んだ。
 「情報官繋がりましたね…爆発物を押収してあるんだったら金哲秀はその首謀者になりますよね。だったら最低でも爆取(爆発物取締法)でやれるんじゃないですか…」
 「おいおい虎さんしっかりしてくれよ。直接証拠となるものがなければ爆取ではやれないだろう」
 「静岡県警が手に入れた不審船関係の領収書の指紋があるじゃないですか…それに入手した金哲秀の指紋が一致して、さらに爆発物の指揮書の指紋と一致すればいいんでしょう」
 「一致すれば当然だけど…それはそうとして新潟税関の竹内さんから連絡があり、例の梁仙物産の関税法違反に着手したそうだ。そこでベアリングを渡したナマンガニの柄も取ると言っており、アルカイダの解明は警視庁公安にやらせようと手配した」
 「分かりました。とにかく私は旅館からふけた金哲秀の確認にこれから東京に帰ります」
 
    □    □
 県警本部二階にある現場鑑識の部屋は午前二時を過ぎたのに天と地がひっくり返るほど大騒ぎになっていた。捜索現場から押収してきた爆弾の検証と指紋の割り出しをしなければならない。しかも爆発物処理班が起爆装置を外して安全を確認してからの作業だ。
 「課長!刑事部長からの電話です」
 受話器を受け取った鑑識課長の三浦は語尾あげの突慳貪な応対となった。
 「なんですか!」
 「坂田だよご苦労さん。それでこっちは明日の朝、中華料理店や小坂の自宅など関係カ所にガサをかける。それまでに物の指紋を割り出して照合まで頼みたい。それに…」
 坂田は捜索の前に一課長の谷津を怒らせてしまった。今度も三浦課長が怒るかもしれないと遠慮しがちに言った。
 「こんな時に申し訳ないんだけど、爆発物の紋を取る時の差し名があるはずなんだよ。誰からか報告を受けているかね」
 「聞いてますよ。原口忠明と月見里こと朴基永、猪俣三郎こと崔永男。さらに小坂隊員のですね」
 「実はそれにもうひとつあって…沖縄の箱に記者が触ってるんだ。そのため記者の指紋が付いているのでそれを頭にいれてやってほしい。記者の指紋はこっちで預かってるから…」
 全部で六箱から指紋を検出しなければならない。当然、徹夜作業となる。さらに計量器なども指紋採取の対象となった。
 それぞれ作業に全力をあげている深夜、鑑識課長のところに坂田刑事部長がやってきた。
 「ご苦労さん」と挨拶した後、課長室に入って行った。
 「これが記者の指紋だ」と言って一片の紙を渡し、朝の打ち合わせを行った。
 「朝のガサだが我々が予定しているのは小坂の自宅と実家、ラーメン屋の奴の部屋。それと山梨県甲斐市の月見里義一の勤務先と自宅だ。とりあえず四カ所だが、後日になると思うが進展によっては岩手や静岡など五カ所の自衛隊基地のガサも必要になるかも知れない。ただ、今のままでは令状はおりないがね…」
 
 指紋の採取を終えた時は空が明るくなっていた。圧力鍋の入った箱とその包装紙、鍋そのもの、計量器などから採取された指紋は全部で十一人分あった。
 日本人と韓国や北朝鮮などアジア人に多いとされる渦状紋が五人で、渦の曲線が左右どちらかの下方に流れている蹄状紋四人、日本人に多いと言われている弓状紋二人。
 指紋が合致したと言えるのには十二ポイントの共通点がなければならない。これが「合致」して初めて同一人とされ、ポイント数が少なければ「合致状態」、全く比較できる状態でない場合は「不合致」として別人になる。
 十一人分の指紋のうち差し名指紋の五人が合致。十二ポイントまではとれない「合致状態」の指紋が四人。「不合致」は二人だった。
 このうち、日報の記者を除いた差し名の四人はほぼ全部の箱と包装紙、中に入っているティファール圧力鍋からも採取された指紋と合致した。四人とは爆死した小坂隊員、原口忠明こと辛星一、月見里こと朴基永、猪俣三郎こと崔永男だ。
 これとは別に小坂宅から押収した爆破指示書から採取された指紋は二人分だが一人は小坂自身のもの。もう一人の渦状紋は指が太くて、かなりの体格のある者と推定された。
 警察庁の検索システムで照合した結果、前日に静岡県警が登録した伊集院毅にヒットしたのだ。
 伊集院は北朝鮮の不審船の不正輸入の荷受け人であること。奥州日報から提供のあった松島基地警務隊員の小坂登喜雄のパソコンのメールの交信内容から事件の指揮は世紀塾長であることが浮き彫りになった。
 最後に鑑識課長の三浦が注目したのはパチンコ玉の刻印「BG1」だ。松島基地爆破現場と朝霞駐屯地、それに神奈川の防衛大の現場で発見されたパチンコ玉と照合した結果、未使用で残っていた三基地が一致したが、松島基地の玉は違うばかりか、玉の刻印がバラバラで、寄せ集められた可能性があることが分かった。
 この報告を受けた谷津は愕然とした。松島基地で使われたベアリングは爆弾製造工場で作られたものと違うことになるのだ。
 しかし、他の二事件が一致したことから谷津は、これまで見送っていた原口忠明こと辛星一の身柄の確保と、居住していた中華料理店の捜索。爆破の担当者と書かれている自衛隊員七人の任意同行に全力あげることを決断した。
 良いことは続くものである。星川のところに〝とぼけの徳さん〟から連絡が入った。徳さんの声が弾んでいる。
 「課長、繋がりました」
 「何がだね」
 「原口こと辛星一を雇っていた来々亭の経営者は大阪市出身で、宝海楼の四男坊であることが住民票で確認しました。宝海楼は一九八〇年に宮崎県の青島海岸から北朝鮮に拉致された原敕晃さんが勤めていた中華料理店でした」
 「えっ、そうすると辛星一は現在指名手配中の辛光洙と関係あると言うことかね」
 この時、警察庁の高石から星川に電話が入った。そしてこう告げた。
 「先日お願いしたパチンコ玉購入者の原口忠明の所在確認はできていますよね。まもなく強制に着手の予定ですので頼みます」
 星川が徳さんから説明を受けたことを高石にそのまま伝えた。高石は冷静に答えた。
 「やはり…そうでしたか…」
 「やはりと言うことは、その様な情報が入っていたのですね」
 「ある政府筋から関係者が日本に来ているという不確実な情報は入っていた。それが裏付けられたわけだ…これで筋が読めましたね。ありがとう。向こうに伝えておきますので宜しく」
 連絡を受けた星川は坂田、石井に署長の千野、捜査一課長の谷津を交えた緊急幹部会議を開いた。宝海楼と来々亭との関係を説明した後、警察庁からの着手に向けた待機命令を報告した。下を向いていた谷津が元気のない声で言い出した。
 「中華料理店…困ったことになっちまって…じずは…裏ぐちから逃げられたんで今、追っかけているところでがす」
 石井が怒り顔になった。
 「ベタ張りとは二十四時間監視。それで逃げられるとは居眠りでもしていたのかね」
 「そんたらごと言ったって、公安が俺らに内緒で原口を追っかけていたと言うじゃないのかね。だがらうちは半分手をひいたんだよ。そっちのせぎにんじゃねえのが…押しつけんじねえよ。内緒でコソコソうごいでいるくせに…」
 星川は石井にも報告していなかったことを悔やんだ。困っている星川を見た千野が割って入った。
 「ここで責任のなすり会いしたってしょうがないでしょう」
 谷津は抑え気味に言った。
 「あんだがたに言わなかったけど、今、原口の令状とりにやってるがら…もうちょっと待ってけさい」
 谷津の報告を聞いて坂田はホッとした。
 「分かった。谷津課長には申し訳なかった。それで…失墜した原口の柄はその後も追っているのかね」
 「ああやってっから…」

    □   □
 東名高速で都心に向かっている影虎の携帯が震えた。しかし運転中なのでパーキングかサービスエリアまで無視することとした。十分も走っただろうか海老名サービスエリアに到着した。携帯を見ると相手はCIAのジョンソンからだった。
 「暫く…申し訳ない今、車運転中だったので…」
 「オー、ミスタータイガー、北朝鮮の金哲秀がきょう帰国するという情報を持っているか?」
 突然で驚く影虎。ジョンソンが続ける。
 「我々が今、入手した情報によると彼はきょうの成田発十五時十五分のCA926便の座席二つを先ほどオンライン予約した」
 「分からなかった。今、例の三件の自衛隊爆破と北朝鮮の不審船で彼を追っているが、突然姿を消して困っていたんだ」
 「オウ、それはコウツゴウだ。もうひとつの席は誰か分からないが、まだ時間があるので身柄を押さえることをキタイする。グットラック…バアイ」
 「サンキューミスタージョン」
 電話を切った影虎。
 「なんでジョンソンはそんな情報をリアルタイムで入手できるのだろうか…やはり日本の情報収集力なんてプライバシーを優先する余りにCIAの足下にも及ばないんだ」
 悲観的になる影虎…時計を見た。午前十時半を回ったところ。そのまま車を停めて国木田に連絡した。
 「ある情報筋によると金哲秀はきょうの成田発の航空機を予約していると言います。時間は十五時十五分発のチャイナエアーラインの926便です」
 「虎さん今どこにいるの?なんでそんな情報が入るの?」
 この問いかけにはさすがの影虎も困った。CIAとの関係は絶対に守らなければならない。それがジョンソンとの約束だからだ。
 「それは勘弁して下さいよ」
 「分かった。虎さんが『ある筋』と言ったんで聞きたかっただけだよ…聞かないのがこの社会の仁義だものな…」
 こう言って国木田は宮城県警が押収した爆破計画の指揮書から指紋が検出されたこと。押収したパソコンの通信記録から爆破指示は世紀塾長だったこと。検出した指紋が静岡県警が登録した不審船の依頼者とヒットしたことから伊集院は金哲秀である可能性が高いと判断。
 「本件で金哲秀の逮捕令状を取りたい。しかし、ネット通信記録だけでは金哲秀である確証が極めて弱い。とりあえずは静岡県警の関税法違反で押さえようと思っているんだ。そこで虎さんが入手した指紋が至急必要なんだよ」
 「どうすればいいですか?今、東名の海老名なんですが…」
 「警視庁に帰って金哲秀の指紋のシステム登録をしてほしいんだ。それと爆破指揮書の指紋が一致すれば令状はおりる」
 「分かりました」
 こうして影虎は警視庁で指紋登録を行うと同時に静岡県警が登録した伊集院毅の指紋と照合した。見事に一致したのである。
 影虎はこの報告のため国木田の部屋を訪れた。ところが難問が起こっていた。
 「今静岡県警が令状を持って成田に向かわせた。宮城県警にも連絡したら、『電子メールだけでは令状は出せない』と言われた。指紋を登録してくれたかね?」
 「伊集院と一致したので指紋検索システムに登録してあります。宮城県警で照合することも可能です」
 「分かった。ところが両県警とも金哲秀の顔が分からない。千葉県警の空港警察隊にも連絡したが顔が良く分からないと言う。そこで虎さんすぐ成田に飛んで身柄の確保に協力してほしいんだ」
 「今からですか…」
 「時間を調べてある。今は十二時四十分だから東京発十三時三十三分の成田エクスプレス29号に乗れば十四時二十六分に着く。静岡県警の令状は十四時三分のエクスプレス31号になってしまう。その時間だと到着は十四時五十三分。もう搭乗している時間なので千葉県警にも協力を要請した。千葉の公安にも要請したが顔を知っているのは少なく、自信がないと言っている」
 「分かりました。とりあえず参考のためアルファロメオのNシステムでの追跡をお願いします」
 「番号は何番?」
 「品川375 や 35丨×3です」
 こうして影虎は成田空港に向かった。

 国木田は警察庁の高石長五郎に金哲秀の指紋を警察庁の指紋検索システムに登録したことを告げた。この連絡を受け、高石は宮城県警に逮捕状を請求するよう指示するため谷津に電話を架けた。
 「金哲秀本人の指紋を入手した。検索システムに入れてあるので、爆破指示書の指紋と照合してほしい。一致すれば爆破指示人物が世紀塾長。世紀塾長=伊集院毅。伊集院=金哲秀と繋がる。そうなれば令状はおりる。一応、静岡県警は北朝鮮の不審船関係で伊集院毅=金哲秀として関税法違反の令状を持って成田に向かっている。爆取から殺人に伸ばすにせよ、資料を持っている君のところが舞台だ。別件で柄を取ってからそっちに連行する。それまでに本件で逮捕状をとり再逮捕してほしい」
 了解して谷津は電話を切った。そして千野にこう報告した。
 「今、察庁から連絡があってキンテツ(金哲秀)は成田から帰国すると言うので成田に向かっているそうだ。もすかすたら原口も成田からではねえのかと思う」
 「正式に検挙指示が出たわけね。課長に任せますよ」
 こう判断した谷津はとりあえず原口の公文書偽造と入管法の逮捕状を持って小山管理官と捜査一課の鴨志田ら三人で成田に向かわせた。次いで谷津は爆破指揮書の指紋を検索するよう鑑識に依頼しようと電話を架けた。電話に出た鑑識課長の三浦が言った。
 「いいタイミングだね。こっちから架けようと思っていたんだ。例の金哲秀(キムチョルス)と世紀塾長の指紋が一致したから…」

     □       □
 製造工場と思われる防空壕から押収した爆弾は、指紋採取の後は爆発物の分析のため千葉県柏市にある警察庁の科学警察研究所に送られた。実際に爆発させる施設もある爆発研究室が担当することになった。
 松島の爆発物と朝霞の爆発物は残骸をスプリング8で分析した結果、松島が黒色火薬で朝霞の現場からは軍用高性能爆薬のコンポジションが検出されたという。技官が分析結果表を見てポツリと漏らした。
 「松島基地の黒色火薬の中に、『方解石』が混じっている。これは炭酸カルシウムで例えば中国や韓国など大陸の黄砂ではないのかなあ…」
 一方、細長い箱の中には上部にニトログリセリンを主剤にしたダイナマイト四本が束ねられていた。四本を束にした筒の下部には装薬が入っていたことから飛翔弾と断定された。
 防衛大で使われた飛翔弾と同一だったことから、これらを総合的に見た宮城県警は、同様手段で横須賀基地と岩国基地が爆破される危険性があったのだと断定した。
 四個の中に入っていた起爆用携帯は、機種が古く現在は発売されていないフィンランドの『ノキア』と断定された。丸みをおび、小型の携帯として一時期、人気があった。
 若い技官同士が話している。
 「こんな携帯ってあるんですかね」
 「ノキアと言って今は販売していない。本体をアキバ(秋葉原)や外国で買って、国内で売っている料金前払いのプリペイドSIMカードを入れたのだろう」
 「今はプリペイドSIMカードを買うのは難しいでしょうね」
 「そんなことないよどこでもやっている」
 
 この分析結果報告を受けた松島東署捜査本部の谷津捜査一課長が頭を抱えてしまった。
 千野署長室に入った谷津の顔色が冴えなかった。
 「工場にのごっていて押収した爆弾に『松すま基地 小坂登喜雄。それに起爆用携帯番号の080・254×・××××』と書かれた未使用の鍋爆弾が見つかってるんです。すかも…うぢで使われた爆薬の成分が他の四つとつがうん(違うん)ですよ…さらに玉の種類もつがう…うぢの爆弾には大陸の主に韓国だが『方解石』という黄砂がへえっていたと言うんだ…」
 千野は谷津が何を言いたいのか考えた。
 「そうすると課長が言っていた『松島基地の爆破事件は一連の事件と違う』ことが分かったわけですね。しかも北朝鮮ではなく韓国と…」
 「韓国だとは断定すてねえべさ…でもつがう(違う)って言うことは最初から見てたんださ…」
 谷津は悔しそうに言った。それは絞り出すような声だった。
 「なんで、いづがん(一丸)となれながったんだかなあ…おら…残念で…」
 そして最後にこう言って署長室を出て行った。
 「例のキンテツ(金哲秀)の紋と爆破計画書の紋が一致したので爆取で令状を請求すてっから…」
 署長室を去る谷津の後ろ姿に、千野はこれまで見たことがない哀愁を感じた。心で呟いた。
 「次の人事で仙台中央署など仙台市内の署長になって定年を迎えるはずだ…お疲れ様でした」
 刑事というものは、プライドがあればあるほど、完璧さを狙えば狙うほど孤独なのかも知れない丨キャリアの千野は、谷津からもうひとつの刑事論を学んだような気がした。(つづく)

« 防諜その6 | トップページ | 防諜その4 »

コメント

ヒャッハー!!硫化水素ブシャー!!!!(挨拶)

尿意を「模様す」を「催す」に直してください。

あとPoLiceのLが大文字になってました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/514231/59030281

この記事へのトラックバック一覧です: 防諜その5:

« 防諜その6 | トップページ | 防諜その4 »

2016年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト

最近のコメント

最近のトラックバック