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2014年1月29日 (水)

防諜その7

  エピローグ
 爆破を担当する五人の自衛官が北朝鮮に帰国報告をしたその翌日、この日は捜査本部の事実上の解散の日だった。この後は少人数でFBI方式の継続捜査を続けることになる。
 ところが捜査一課長で警視の谷津茂助の遺体が宮城県警本部の八階の道場のトイレで発見された。
 「署長!課長が…課長が…遺体で見つかりました…」
 刑事部長の坂田からの電話。受話器を持っている千野の手が震え、声が出せなかった。坂田もこう言うのが精一杯で二人の間に無言状態が続いた。
 「なんで…」
 千野が絶句する。
 「そんな馬鹿なことあっていいんですかあ…」
 千野が泣き崩れる。
 副署長が署長室に飛び込んだ。
 「署長!大丈夫ですか!なにがあったのですか…」
 報告を聞いた副署長も声を失った。
 八階の男性用の大便トイレの朝の清掃の時、ドアが閉まっているため清掃員がドアをノックしたが応答がなかった。
 施設課に連絡があり係長と巡査部長が駆けつけ、上の隙間から中を覗くと、ドアの上方にある背広などを掛けるフックに警察官が犯人を連行する時などに使う捕縄をかけて首を吊っている中年の男を発見した。
 最初は髪の毛が乱れているため上から見ては顔の確認ができなかったが、巡査部長がトイレ内に飛び降り、内側からドアを開けて確認した結果、谷津と分かった。
 連絡を受けた大久保本部長や坂田刑事部長、笹原警務部長など幹部が駆けつけ八階が騒然となった。しかし、他の職員には分からないよう配慮された。大久保本部長の指示が飛んだ。
 「誰か救急車を呼べ!サイレンを鳴らすなと言え」
 十二分後に仙台市青葉区の東北大病院に収容され死亡が確認された。死因は窒息死だった。
 谷津は前日の夜、捜査会議を終え、十時過ぎに松島東署を出て仙台市北四番町の官舎に着いたのは十一時少し前だった。運転担当の巡査部長が言う。
 「松島東署を出た時から官舎に着くまで喋ったことは『食事はしたのか』と言って私を気遣ってくれたことだけでした…最近は沈みがちなので、体調が悪いのだと思っていました」
 そして官舎のテーブルから本部長宛に書いた遺書が見つかった。
 
 大久保純三警視監殿
 この様な結末を迎えることになって申し訳ありませんでした。私の警察官人生四十一年、中でも刑事は三十年間させていただきましたが、いずれも楽しい仕事でした。
 しかし、今回の事件は昭和の時代の自分にとっては重責でした。県境を越えた犯罪、携帯という文明の機器、人権問題、工作員という国際組織犯罪…どれをとっても自分には苦手な分野でした。
 警察官という天職をたまわり、県民の生命と財産を守るという勇気と誇りをいただきました。しかし、今回、百九十九件目の殺人事件で初めて挫折感を味わいました。検挙できずに先行く自分をお許し下さい。
 
 そして遺書はもう二通、それは結婚している長男と長女宛だった。二人宛ての遺書には次のように書かれていた。
 「ごめんな。最後までおやずとしての責任を果たせなかった。佳枝も恨んでいるだろうから早く行って罪亡ぼしをすることにした。元気でな。家族を大切にするんだぞ。さいなら…」
 佳枝とは既に他界している妻だ。大久保本部長が笹原警務部長に聞いた。
 「奥さんはどうしたんだ」
 「彼が捜査一課強行班当時の八年前に肺炎で亡くなりました。仕事に没頭して奥さんの死に水もとれなかったと、刑事という職業にご家族や親戚の方が恨んでおりました」
 大久保は笹原の話を目を閉じて聞いていた。大久保が笹原に言った。
 「新聞発表は控えようか…」
 「でも…ばれたらまずいですよ。なにしろ捜査一課長という要職ですから…マスコミは黙っていませんよ…」
 「本人の名誉のためにも病死ということにして、捜査本部の解散をしてから発表してやるのが仏さんに対するせめてもの供養ではないか」
 大久保は警務部長の笹原と刑事部長の坂田、そして警備部長の石井に同意を求めた。しかし三人は考え込んでいる。
 「きょう解散式をやる予定だったんだろう。他県からの応援もあるので挨拶だけにして終わろう。明日の午後、病死を発表しよう。聞屋さん(新聞記者)に感づかれないように…責任は全て俺がとる」
 
      □   □
 内閣府五階のNSC情報官・国木田の部屋に影虎の姿があった。この日は珍しく部屋入り口のカウンターに受け付けの女性事務官が座っていた。国木田はソファーに座り新聞を見ている。影虎の姿を見ると立ち上がって深々と頭を下げた。
 「ご苦労さまでした」
 影虎はこそばゆかった。返す言葉に迷った。
 「へんな結果になって申し訳ありませんでした」
 事務官がお茶を入れて持ってきた。粉末煎茶だった。久しぶりの日本茶にありついた影虎は一気にがぶ飲みした。
 「いや~旨い」
 「へんな結果になんかなっていないよ。総理も官房長もヒューミントの設置は正解だったと言っている」
 「拉致事件の時は人道的な問題として許せなかった。しかし今回の事件で国の防衛という根幹をなす自衛隊員にまで土台人がいた。我々警察官にもいるかも知れないと思うと、採用時の身元調査などは絶対に必要だと痛感させられた事件だった」
 影虎が続けた。
 「日本は島国…アメリカなどは難民も含めて多民族国家。思想・心情など身元調査がしっかりしている…日本もこれから外国人の流入が多くなるとしたら、危機管理のひとつとして特に公務員に採用する時は重要なのではないでしょうかねえ…」
 「そういう意味では日本国民はまだまだ慣れていないと言うか平和ボケと言われてもしかたがないですね…」
 そしてその翌日、国木田は宮城県警捜査一課長、谷津茂助警視の自殺を知らされた。

    □   □
 記者発表を控えた捜査一課長の自殺問題。発表する予定の朝、テレビが朝のニュースで放送、新聞も全紙が「宮城県警の捜査一課長自殺」と報じた。中には「爆破事件の犯人を挙げられなかった責任を感じての自殺か」「県警が一課長の自殺を隠蔽」「捜査ミスの責任からか」などの過激な原稿も見られた。
 各紙は社会面で大きく扱っている。紙面を見た影虎は「馬鹿野郎」と叫びたかった。とめどもなく涙が流れた。
 「これが、四十年も仕事に打ち込んだ警察官の成れの果てか!谷津さん…本当にお疲れさまでした。ゆっくり休んで下さい」
 数日後の葬儀は参列者の涙を誘った。最後の別れに棺にすがって離れない長男と長女…長女が泣き叫んだ。
 「父さん!…どうしてなの…なんでそんなに急いでお母さんのところに行っちゃうの…残されたわたしたちは…どうすればいいの…ねえ…何とか言ってよ!父さん!」
 この光景を見た本部長の大久保は辞意を決意。捜査本部の解散の後、東京霞が関の警察庁に園田直哉警察庁長官を尋ねた。長官室で大久保は辞表を提出して、こう謝罪した。
 「私の管理不行き届きのため警察全体にご迷惑をおかけしました」
 園田は大久保の差し出す辞表を受け取らなかった。
 「そんなことで、いちいち辞表を出していたら全国の本部長がいなくなるだろう。終わったことだし、記者連中には君の思いを丁寧に説明して理解を求めればいい。そして事件の解決に全力を挙げるのが筋ではないのか…」
 直立のまま暫く考えた大久保。
 「長官にお願いがあります。今回のような都県境、いや国境を越えるようなグローバルな事件にはやはり米国のFBIのような捜査組織が必要ではないかと痛感させられました。現場の声として聞いていただきたい」
 同種事件が発生しているのに情報の少なさに頭を痛めていた大久保だが、理由を言うとどうしても苦言になる。辞める段階で苦言は言うべきではないと判断、それ以上の発言を控えた。
 「それは検討に値することだ。以前に覚せい剤が問題になったころFBI構想が浮上したことがあった。しかし、我が国の裁判制度の問題があり頓挫している。今後は諮問機関をつくり検討は必要だと思っている。それと辞表とは別だ。むしろ君がその中枢になってもらいたい」
 「いや、自分よりもっと適任者がいると思いますのでご辞退申し上げます。それではこれで失礼します。お世話になりました」
 大久保は園田長官が受け取らなかった辞表を机の上に置いて長官室の出入り口に向かった。
 背後から園田長官が言った。
 「警察共済の理事長の席が間もなく空く。そこをお願いしたいのだが、どうだ!」
 「暫く頭を冷やすつもりですので…失礼します」
                       終わり
                                                            小野 義雄

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