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2014年1月29日 (水)

防諜その4

   北朝鮮の影
    14
 「巡視船 かわせみから十管本部 鹿児島(保安部)」
 「十管本部ですどうぞ」
 「鹿児島ですどうぞ」
 「只今の時刻をもって発煙筒で警告を開始する」
 「十管本部了解」
 「鹿児島 全部了解。どうぞ」
 東京・霞が関の警察庁最上階の二十階に設置された不審船警備対策本部に、NSC情報連絡官の国木田が到着した丁度その時、海上保安庁巡視船「かわせ」と第十管区海上保安部、鹿児島海上保安部との無線交信が緊張感を高めていた。
 警備局対策本部の中央大型スクリーンには、海上保安庁から提供を受けているオペレーション映像がライブで映し出されていた。
 対象映像は水しぶきをあげながら逃げまどう緑色の船影。荒波のせいか画面が激しく上下に揺れ動き、さらに緊張感を煽った。
 映像だけでなくスピーカーから流れてくる船舶との音声は九州南西の海域で実施されているものとは思えないほど明瞭だった。「ここが東京?」と疑った。
 サミット警備やかつてはワールドカップサッカー大会など日本警察が威信をかけた警備実施の際に利用してきた部屋だ。入り口を入ると五〇平方㍍ほどの狭い室内に正面の大画面のスクリーンと相対面するように、ひな壇式に三重になった長机がある。三、四十人程が座れるだろう。
 それぞれのデスクには小さなテレビが組み込まれ、大型スクリーンでは警察専用画面。デスク組み込み式では一般のテレビ映像画面も見ることができるなど、様々な角度からの情報収集ができる。
 さらに赤色と黒い電話機が各デスクに一台づつ設置され、それぞれが指揮用に使うことができる。
 特に東日本大震災のような大規模災害では、現場から中継される警察専用映像が見られるほか、全国各地の国道など主要道路に設置されたカメラから送信される映像を見ながら交通状況を把握。迂回路などを指示する交通管制室にも早変わりする。
 今回、その中央には警察庁警備課長の高石長五郎が座わり、鹿児島県警や九州管区警察局などへの連絡に追われていた。指揮官席には警察庁長官代理で警備局長の新井清則が座る。
 「日本海沿岸に警備待機命令を出した方が良いな」
 「分かりました。とりあえず広島、鳥取、島根、石川を中心に発令します」
 言いながら高橋は指揮用の赤電話を取り上げた。
 奄美大島から北西に二三〇㌔付近の日本EEZ内の九州南西海域で、海上自衛隊が午前一時十八分に、不審船を発見してから約三時間が経過していた。
 
 この第一報は、例によってエシュロンがキャッチしたデータ通信からの情報だった。米国のNSC補佐官から国家安全保障局長の城山幸雄に寄せられた。
 発信は北朝鮮の元山(ウォンサン)からで、発信時間は日本時間の午前〇時四分。日本国内の携帯モバイルに送信された。
 エシュロンは受信時最大一一二・五Mbpsから送信時最大三七・五Mbpsの光通信並の超高速データ通信でも対応が可能になっている。
 「予定通り出発した。TNTの入手は困難。代わりに装薬2号を積んだ。そちらの船名に変更はないか?領海内に入ったら連絡するよう指示してある。成功を祈る」
 元山から発信されたデータ通信の日本側の受信は携帯電話機。ただ違っていたのは、会話ではなくインターネット及び電子メール専用の携帯「NECのDoPa」という機種だがやはり飛ばしなのか所有者は全く調べようがなかった。
 全てチョソングル文字だった。「装薬2号」とは砲口速度と射程距離を示すもので2号の射程距離は五㌔。船名を確認していることは海上で船同士が引き渡す「瀬取り」が行われる事を意味しているようだ。さらに、受け取る側の人物もチョソングルを読める人間になってくる。
 エシュロンの辞書は「装薬」「TNT」に反応したのである。日本語だけてなく何カ国語が反応するのか誰も知らされていない。
 予定通りウォンサン港からの出発。となれば日本海域到着は九日未明になる。NSCは至急報として防衛省に連絡、レーダーによる監視態勢が敷かれた。
 午前一時十八分、奄美大島から北西二三〇㌔の日本EEZ内の九州南西海域で、不審船らしき映像を捉え、海上保安庁に連絡。第十管区海上保安本部から巡視船艇と航空機の出動を要請したのだった。
 防衛省から連絡を受けた海上保安庁は、庁内に海上保安庁警備救難部長を室長とする「九州南西海域不審船対策室」を設置すると同時に特殊警備隊などに出動命令が発動された。
 南西海域は、北朝鮮工作船の活動の場で、これまでにも数回の情報が寄せられ、その都度、海保巡視船に出動命令が出されている。同時に日本漁船にとってもこの時期はマグロ延縄漁などの漁場でもある。
 今回がそれまでと違っていたのは、米国エシュロンからの具体的な情報で緊急、かつ重大性が強かった。
 自宅で電話を受けた国木田は、我が耳を疑ったほどだ。
 「年が明けてまだふた月だと言うのに…これかよ…どうやら今年も忙しくなりそうだなあ…」
 これまでは「覚せい剤の瀬取り(洋上での取引)情報」があったが、テロ物資という緊急事態は初めて経験するとこだった。
 映像は海上自衛隊のP3Cが洋上で併走する二隻の漁船を写し出していた。うち一隻の船体には日本の漁船名「第十二松新丸」と書かれているものの無線機のアンテナが漁船の通信装備品とは極めてかけ離れていた。もう一隻は日本の漁船のようだ。映像で捉えた時点では距離的に接触していないように見えた。
 松新丸の船尾には日本漁船では見られない開閉式の扉が見えることなどから、北朝鮮の工作船と断定された。北朝鮮からの覚せい剤の流入が盛んな一九九六(平成八)年頃の警察庁薬物対策課長の樋口憲男からの情報だ。
 警察庁の不審船対策本部で映像を見ていた国木田が凍り付いた。まさに、これから重大なオペレーションが展開されようとしたからである。
 午前四時十五分、巡視船「かわせ」が発煙筒による停船命令を出したのが始まりだった。
 十分が経過した。松新丸は停船する様子は全く感じられない。
 「このぐらいの波高なら発煙筒は確認できるはずだ。無視し続けるなら言葉による警告しかないだろう」
 艦長命令で「かわせ」のスピーカーががなり立てた。
 「警告する。停船しなければ我々は砲撃もやむなしと判断した」
 波が荒くなってきた。松新丸はそれでも停船する様子はなかった。船の後尾の白波が先ほどより高くなり、しぶきも多くなっている。スピードを上げたのだろうか船体のバウンドが激しい。警告は日本語に続いて朝鮮語で三回も繰り返したが逃走は続く。
 四時四十八分、「かわせ」はRFS付きの二〇㍉機関銃で威嚇射撃を開始した。松新丸の前方から右舷にかけて機関銃の着弾地点でしぶきを上げる。それでも停船命令に応じない。
 午前五時二十八分だった。艦長から命令が出された。
 「かまわない。船首を狙え!」
 ところが、今度は松新丸から「かわせ」と「みずき」に向けて銃撃が行われた。RPG7など対戦車ミサイルかAKS空撃銃を使用しているようだ。狙いが正確である。かわせの右舷とみずきの左舷デッキに命中した。二船の速度が極端に落ちた。
 「十管本部からみずき、かわせ…けが人はないか?至急報告せよ」
 「かわせです。右舷デッキに穴があきましたが航行に支障なし」
 「みずきですが左舷デッキの手すりが吹き飛ばされましたがけが人等はありません」
 「十管本部了解。只今の時間をもって威嚇射撃から船体への直接攻撃を開始せよ」
 みずきの艦長が命令した。
 「船首を狙え!発射」
 僅か数十秒だが二〇㍉砲の連発は黒い一本の線となって弾道を描いた。ところがその瞬間だった。松新丸の船首から爆発音とともに火柱があがった。爆発炎上したのである。自爆だった。僅か数分で乗り組み員を乗せたまま松新丸は沈んだ。ポジションは中国のEEZ内だった。
  警察庁不審船対策本部内は、あちこちからため息が漏れ、暗い雰囲気に包まれた。憔悴しきった警備局長の新井に国木田が近づいた。国木田の姿に気付いた新井が言った。
 「すまん…なんの証拠も得られず沈ませてしまった。城山さんに申し訳がなくて向ける顔がない…」
 「局長…今回の件は誰の責任でもありません。強いて言うなら、軍隊も持たない国の責任ですよ。治安維持のためにも一日も早く名実ともに力のあるNSCにしなければならないことを痛感させられました。首相もそう思っているはずです」
 「ありがとうございました」。国木田は新井の手を握り、お礼を言って警備室を後にした。国木田の瞳は潤んでいた。
 米国の情報筋によると、自爆する直前、松新丸が本国に向けてこんな言葉を残したと言う。
 「我が朝鮮労働党よ…自爆するこの子は永遠にあなたの忠臣になるだろう」
 「万歳」
 「この子」とは松新丸のことを言っているのだろうと想像できる。
    □    □
 「あ~ぁ…あれから四か月か…」
 宮城県の事件が発生したのは十月。影虎がアルカイダのナマンガニの行動確認に入ったのは翌月からだった。それから約三か月が過ぎた年明けの二月に北朝鮮の不審船事件が起きた。
 影虎が事件を知ったのは朝のテレビを見てだった。
 大寒が過ぎたと言うのに、東京の二月は最も寒い日が続く。明け方に寒さで目を覚ました影虎。時計は午前七時ちょっと前だった。妻・康子の食事の支度の間、いつものようにテレビのスイッチを入れた。
 波間に揺れる海上保安庁の巡視船が写ったヘリコプターからの中継映像が流れている。興奮したレポーターが伝えている内容を聞いた影虎は呆然と立ちつくしてしまった。
 テレビ各局が南西海域の銃撃戦を一斉に報じているのだ。これらのニュースを見て影虎が思い出した。
 「確か……平成十三(二〇〇一)年の時も同じ海域で北の工作船と巡視船が交戦し、あの時も北の工作船は沈んでいる。あの時の第一報はやはり米国の情報だったはずだ……今回もそうだろうか…」
 そんな思いをしながらテレビを見ていたが、影虎の心のどこかに引っかかるものがあった。それが何かは出てこないが、もやもやとした何かがうごめいているのだ。
 「そうか、こんな状況では情報官も忙しいだろうなぁ」
 そう思った影虎はこの日、国木田に会うのをあきらめた。今回の事件の発生で対北朝鮮情勢は混沌として予断を許さない状況になっており、北朝鮮の工作船事件を念頭に置いてこれらの事件の背景を探るのが喫緊の課題となってきた。
 
   15
 事件のオペレーションが終了すると同時に首相、官房長官それに外務相、防衛相の四大臣に総務相や国家公安委員長などを加えた九大臣による拡大緊急事態会議が開かれた。
 会議で安全保障局長の城山を中心に一席空けて官房長官、外相、防衛相、国家公安委員長。さらに首相補佐官、国木田を含め六人の情報連絡官がコの字型に座った。最後に首相が入って来て城山の隣の席に座った。
 国木田が今回のオペレーションまでの経緯の説明から入ろうと立ち上がったとき首相が言った。
 「経緯はいいから問題点を指摘してほしい」
 「分かりました」と国木田。巡視船の発砲の状況を説明の後でこう意見を述べた。
 「とにかく日本の巡視船の装備があまりにもお粗末過ぎるのです。相手は三基のウォータージェットを搭載して四〇ノットのスピードで逃げるんです。船体は上下にバウンドするばかりか左右に揺れる。これに二〇㍉機関銃だけでどうして対応できるのですか?相手はRPG7など対戦車ミサイルやロケット砲で応戦して来るのです。せめて、我が方も相手船の動きに合わせて機関銃が自動発砲できるジャイロの搭載など戦力の強化が必要と思います」
 防衛相が答えた。
 「それを言うなら自衛隊の出動を容易にすべきだ」
 首相が続けた。
 「搭載武器を含めて至急検討してください。問題は、自爆とは言えあの国は認めるかどうかだ。日本の攻撃により沈没したなどと主張してくるだろう」
 首相のこの言葉をうけ、防衛相は後方に控える事務方を見てこう指示した。
 「これで日本を攻撃する口述ができたことになり、中断していた弾道ミサイルの発射に踏み切る危険性が極めて高くなった。この時間をもって陸、海、空の三軍に監視態勢の準備を実施せよ」
 事務方が部屋を出て行った。北朝鮮によるミサイル発射は一九九三年から続いている。二〇〇九年四月には人工衛生の打ち上げと称して弾道ミサイルを東に向けて発射した。
 この事態に国連安保理事会は「国連安保決議一七一八に違反している」と明記した議長声明を出して「さらなる発射を行わないこと」「核兵器と弾道ミサイルの開発を完全に放棄すること」「六カ国協議への早期復帰」を要求している。
 しかし北朝鮮は発射実験を続けている。しかも、弾道ミサイルでなく、人工衛星「光明星」の打ち上げを主張している。二〇一三年四月にもミサイル発射の動きがあり、一時は日本全土を射程にする中距離弾道ミサイル「ノドン」が発射基地に運び込まれたなどの情報があり緊張したことがあった。結局、発射はなかった。そして、今回の事件だ。
 監視態勢強化の方針が出されたことで官房長官が地域を担当する防衛省出身の情報連絡官を向いて質問した。
 「欧州諸国は情報をとるのに極めて早い。欧州と大陸からのヒューミント情報はあるのか?」
 この質問に情報連絡官が答えた。
 「さきほど大陸派遣のヒューミントから次のような報告が入りました」
 大陸派遣とは中国、韓国、北朝鮮の地域の情報を広くとるためNSCとして複数の商社マンを登用しているが、詳細は公表されていない。情報官はどの国からの情報かは明らかにせず続けた。
 「今朝、朝鮮中央通信が『漁船撃沈の報復として日本に鉄槌を下す。火の海になるだろう』と報じたそうです。そして宣言通りノドンが発射台に据えられたという情報が寄せられました」
 首相と官房長官が顔を見合わせながら同時に口を開こうとしたが、官房長官は途中で発言を控えた。
 「米軍への連絡は取れていますか?」
 この問いに防衛相が答えた。
 「在日米軍の副司令官には伝えてあります」
 首相が防衛相の方を見ながら声をあげた。
 「大臣ね、これを最初に報告して下さいよ。この会議の最も大事な部分ではないですか…とにかく全力をあげて監視体制を強化して国土を守って下いよ」
 首相が準備態勢の指示を出したことから、防衛省は弾道ミサイルの発射に備えて沖縄県の石垣島や宮古島、那覇市、南城市にパトリオット3(PAC3)の配備を決めたほか、海上自衛隊が保有するイージス艦を日本海に一隻、沖縄周辺に二隻を配備することにした。
 配備されるイージス艦は高性能レーダーと海上配備形迎撃ミサイル(SM3)を搭載している最新鋭艦だ。
 一方、日本からの要請を受けた米軍も日本海への配置を決め、防衛省と調整に入った。
 この日の日本時間午前九時過ぎ、米国防長官は「米国と同盟国はいかなる脅威、あらゆる現実にも対応する用意ができている」とし、日本に向けて弾道ミサイルが発射された場合は、米国が北朝鮮に対して報復も辞さない構えを示した。

    □     □
 影虎が金哲秀と顕勝院住職の関係を調べるため身延町に着いたのは正午を過ぎていた。
 身延町は日蓮宗の総本山と言われ、全国的にその名は知られている。その中でも顕勝院と二分する名刹と言われているのが遠山寺(えんざんじ)だ。
 二つの寺院の因果関係は古く江戸時代に遡る。江戸幕府は禁教令によりキリシタンの摘発を行い、江戸庶民の信仰を調査するなどして仏教の浸透を図った。つまり庶民は特定の仏教宗派に属しなければならなくなったのである。
 こうして宗教は幕府に取り込まれることになるわけだが、ここに寺院同士の諍いが起き、賄(まいない)がまかり通るなど僧侶の質の低下が大きな問題となった。この時代から顕勝院と遠山寺は凝りを残したと言い伝えられている。
 現在はそんな凝りは残っていないが同じ宗門では相手に動きが察知される危険性があると影虎は判断。遠山寺から顕勝院の内情を聞き出そうとしたのである。
 遠山寺は身延を流れる富士川の支流、早川の左岸にあり、顕勝院とは早川を挟んで反対側だ。
 影虎は住職の雲谷興宗(ウンコクコウシュウ)を尋ねた。「寺院巡りをしている物書き」と名乗り、身延の宗教の歴史を知るためとして顕勝院の現状を聞き出そうとした。
 「顕勝院は日蓮宗と聞いていますが、北朝鮮と縁が深いのですか」
 いきなり北朝鮮の話が出たので雲谷興宗住職はとまどっているようだ。
 「なんでそんなことを聞くのか?」
 「顕勝院で毎月一回、総連幹部が日本の社長さんなどを迎えて勉強会が開かれているそうですが、顕勝院と北朝鮮の間に何か歴史的な関係があるのかを知りたいのです」
 「君、どこの誰かも知らせないでいきなり聞くのは失礼な話だ」
 影虎がゼロ時代につくった名刺がある。肩書きは「ジャーナリスト」。何にでも使えるから便利な肩書きだ。他に住所と連絡の電話番号だけが書いてある。緊急事態の時に使う名刺だ。名刺を渡しながら謝った。
 「申し遅れました。名もない物書きなので失礼かと思い名刺も出さないで失礼しました」
 雲谷住職は名刺をじっと見てようやく機嫌を直してくれた。
 「それを知ってどうする?」
 「宗教の歴史などの問題について書いてみようと思っているのですが…参考のために聞きたいのです。かつて日本はキリスト教を弾圧した国。ところが北朝鮮はキリスト教が国民の間に浸透していると聞いた。その北朝鮮が仏教国日本に来て国民同士の親交を図るのにはなんか背景があるのではと思い、日蓮宗の総本山とも言われる身延町に来ました」
 「そこまで勉強しているのか」と納得した住職は次のように教えてくれた。
 「北朝鮮と言えばキリスト教と思いがちだが、あの国には普賢寺など三百以上の寺がある。そのお寺さんたちが朝鮮仏教連盟を結成し国家がそれを支援しているんだ。その中でも中国が発祥と言われる天台宗の信者が多い。知っていると思うが天台宗は日蓮宗の一派だ。それで北朝鮮が〝仏教先進国〟である日本の宗教関係者を招待したことがあった。あれは平成に入ってからだったと思うが、なぜか顕勝院の最澄住職が北朝鮮に呼ばれたんだ。その時に知り合ったのが法華津と言われている。勿論それは宗教上の名前だ」
 そう言えば、早雲館の若女将が言っていたことを思い出した。法華津という姓は愛知県や大分県に多いという話だ。影虎は敢えて知らないふりをした。
 「ははあ…なるほど。日蓮宗と言えば南無妙法蓮華経ですよね。この前の勉強会の総連幹部は法華津先生と呼ばれていた。その名前から興味を持ったのですが南無妙法蓮華経の法と華をとってそう呼ばれているのと違いますか?」
 影虎のこの発想を聞いて雲谷興宗は笑った。機嫌のいいところで影虎はさらに突っ込んだ。
 「ところでその法華津先生の目的はなんですかねえ」
 「顕勝院で毎月開かれるのは世紀塾と言って日本と北朝鮮の勉強会だと聞いている。表向きはそうだが北にしてみれば金設けの話じゃないのか…」
 「これから行く予定ですが、予備知識として知っておかないと…」
 そういう影虎に雲谷興宗はこんな歴史を教えてくれた。
 「そうか…大サービスだぞ。今はもう亡くなっているが北朝鮮から牧師の康成輝という人が来日して新宿に国際キリストセンターを、本国には宗教教会を設立して半島の平和を願う活動を行ったのは有名な話だ。それ以来、日朝は宗教で繋がっているんだ」
 住職のこの話は新宿百人町事件と言われたもので、牧師と言われた康成輝は実は工作員で、日本で諜報活動をしたとして十二人が逮捕された事件。影虎がチヨダ時代の話で同僚が担当した。知らないふりをしなければならない。
 「そんなことがあったのですか…では今回はその仏教版なのですね。仏教を通して半島の平和を願うとか…素晴らしい話ではないですか」
 「そうなるな」
 「ご住職、教えて下さい。顕勝院の最澄住職と法華津さんの関係は分かりましたが、その様な関係者は日本に多いのですか?」
 「なんか不思議なんだけどな。組織を拡大しているのかと思うとそうでもないようなんだ」
 住職は暫く考えてから言った。
 「勿論、中には日本の経済界の社長や一部では国会議員もいると言われており、経済関係の集まりだと思うが、人数的にはそう多くはないようだぞ…こんなことも最澄住職に聞けって言うんだよ」
 「ほう、国会議員はどなたですかね」
 「うるさいねお前は…俺を取り調べているのか…もう帰れ!」
 こう言い残して雲谷興宗住職は寺の中に入ってしまった。影虎は次々に質問したことに不安を感じさせてしまったことを反省した。
 帰りの車中で影虎は思った。雲谷興宗住職の言った新宿百人町事件だ。あの事件の主役は北朝鮮工作員の康成輝(カン・ソンヒ)。日本国内では土台人などを操っただけでなく巨額の工作資金を使い、日本と韓国内の工作員に地下革命組織の建設を指示するなど、まさに内乱を企てていた。
 警察は康成輝を逮捕しようにもネタ不足で、結局は交通事故の保険金詐欺や公正証書原本不実記載などの容疑で二〇〇〇年十二月にようやく、パチンコ店の店員らを含めて十二人を逮捕したにすぎなかった。
 「別件逮捕丨二度と同じ轍は踏みたくない。広い情報を集め、しっかり固めることだ」
 影虎はそう決心した。今回の一連の事件をふり返ると既に自衛隊基地が連続爆破される事件が起きており、北朝鮮の工作員によるものなら犯罪史上に残る羞じるべき事件となってしまう。
 「その前になんと言ってもテロ活動を抑え込まなければならない」

     16
 内閣府五階の国木田情報官の部屋丨北朝鮮の不審船の日から五日後の土曜日の話である。廊下からインターフォンを押すとカチャリとドアが解錠され、国木田はソファーで待っていた。顔を見た瞬間、相当疲れているのか制裁がなかった。
 「不審船で大変だったでしょう。今回も端緒はエシュロンからの情報ですか?」
 「いゃ~これぐらいは…首相も頑張っているので…」
 こう言って国木田は話し始めた。内容は今回のオペレーションだった。
 「また、エシュロンのお手柄なんだ。今回は通信内容にTNT火薬とか言っているので引っかかったんだ」
 「そうすると今回の不審船は一連の爆破事件と関連があると見ているわけですか?」
 国木田はがぶりを振った。
 「断言は全くできないね。根拠がないから……ただ、全文は入手していないので分からないが、TNTの入手は困難とか、船名に変更はないのか?領海内に入ったら連絡するという文言があったそうだ」
 そう言ってから国木田は宮城県警と埼玉県警から警察庁警備課に報告があった途中経過を話し出した。
 「実は、埼玉の現場の防犯ビデオがあった。正門の右側の門柱の前で立番の衛視から死角になっているところがある。首相応援団に混じって自衛隊の制服姿の男が首相の車が到着する前にす~と正門から離れて行く姿があった。その後の映像を見ると、男が去ったあとの場所に濃紺のキャリーバック様の物が写っている。そして約一分ぐらい過ぎてからそこで爆発が起きた」
 影虎が絶句した。
 「制服姿の男の顔が分かれば基地関係者ということになりますが…」
 「カメラがワイド過ぎて人相までは分からないのと帽子の鍔で顔を隠すようにしていることなどから警務隊が調べているが割り出しは困難だと言っている」
 「… … … … …」
 「現場からポリカード樹脂の破片が見つかった。他に四個の車輪が付いた台車の様ものと伸縮できるハンドル様のものもあることから、爆発物はキャリーバックに入れられていたと見られるんだ。そのキャリーバッグから携帯の残骸と思われる物が見つかっており、どうやらそれが起爆装置と思われる」
 影虎は新聞報道の記事を見たときに思った携帯の起爆装置利用について国木田に言ってみた。
 「携帯電話を起爆装置に使うことはスペインの同時爆破のときもそうだがイスラム系のテロリストに多いと言いますよね」
 「いや、北朝鮮もそうだ。金正恩第一書記の警備では携帯が利用できないよう妨害電波を出していると言う」
 影虎は具体的な話題に変えた。
 「朝霞の自衛隊で隊員が殺害された事件がありましたよね。確か昭和四十六年ごろだったと思いますが。過激派の赤衛軍の男が陸士長を殺害したあの事件…この時も犯人は制服を着て正門を突破している」
 「そうだ、そんな事件があった。思い出したよ。あれは後で本になって読んだことあるよ。犯人は二尉の制服を着ていた奴だ」
 「今は赤衛軍は残党もいないはずだが、当時の事件の出版物があれば連中以外でも、例えばイスラム原理主義者や北朝鮮工作員にも制服を着用するという手口を真似ることはできる…」
 国木田は頷くだけだった。そしてメモを取り出して話題を変えた。
 「宮城と埼玉の現場の遺留物をスプリング8で分析したんだ。その結果、爆発物の成分が違うことが分かった」
 「火薬の種類が違うということですか?」
 「そうです。宮城の場合は木炭や硝酸カリウムなどがあったため黒色火薬と断定された。ところが埼玉はコンポジションという物質があったため軍用高性能爆薬ではないかと見られている。ただ…双方とも不純物の混入が多いんだ」
 「昔は除草剤を良く使ったのになあ…」
 「実は…」と前置きして国木田がこんなことを話し始めた。
 「除草剤にも種類があって爆弾に利用されるのは塩素酸塩系除草剤なんだそうだ。しかし、連続企業爆破事件以降、塩素酸塩系は製造中止になっている。あるとしても管理がもの凄く厳しくなっているから入手は困難のはずだ」
 「埼玉の爆薬は軍用高性能爆薬と言っていますよね。それこそ北朝鮮からの密輸入ではないですか?」
 国木田が考え込んでいる。影虎は続けた。
 「不純物に謎があるのでは…たしか…北からの覚せい剤の密輸入品も不純物が多かったはずだ…」
 それでも国木田は黙っている。
 「この前の不審船事件もあり、爆薬は北朝鮮からの密輸入では…と見るには行き過ぎですか…」
 「う~ん」
 国木田は話題を変えてきた。
 「埼玉の起爆装置が携帯電話と分かったので、起爆装置が分からない宮城県警には再度、残骸の点検を指示した」
 影虎が天を仰いでポツリと言った。
 「携帯電話による遠隔操作で爆破させた…そう言えば、宮城の事件では現場に赤い四角っぽいブリキの破片があると言っていた…それが携帯の一部ではないのかなあ…」
 休日出勤とあって国木田の髪の毛がいつもより乱れていた。その髪を整えようと両手でなでながら言った。
 「問題は次ぎにどこで爆発するかだ。首相も気にしていてね。国防の威信にかけても、どうしても防がなければならないのだ」
 そしてまた沈黙。国木田が腕時計を見た。
 「くよくよ考えても山は動かん…これから昼飯を喰いに行こうか」
 「そうですね。この近くにありますかね」
 「久しぶりに六本木でも行こうか?」
 立ち上がることも辛そうな表情をみせる国木田。相当、疲れているのだろうと同情する影虎だった。

  謎の殺人事件 
     17
 松島捜査本部の星川が署長室を尋ねて千野に報告した。
 「自衛隊の国軍化に反対している革命同盟や原水爆に反対する集団などもそうですが、一匹狼的な奴もいて裾野があまりにも広過ぎるのです。そうしたら部長からは極左も視野に置けと言われました」
 「当然でしょうね。網は広げておかないと…」
 「それで警視庁の一条さんを一時的に東京に帰して極左の連中の動きを見てもらおうと思うのですが…」
 「問題は谷津課長がなんと言うかですね。彼は思想的なものではなく、あくまでも単独事件だと言っており、被害者の身辺を洗うので人員をよこせと言っているぐらいですから…」
 二人の間に沈黙が流れる。
 「署長はどう思います?うちの部長は、かつての岩手の釜爆弾事件のようなアジトの捜索にも力を入れよとうるさいのですよ。これ以上人員を割くわけには…」
 「分かりました。谷津課長には私のほうから説明しておきましょう」
 
 松島東署捜査本部の警電が鳴った。受話器を取った若い捜査員が大きな声で叫んだ。
 「課長!山梨に行っている鴇田刑事から電話です」
 捜査報告書を点検していた谷津が面倒くさそうに答えた。
 「なんだって?電話こっつに回すてくれよ」
 鴇田は警視庁捜査一課から派遣されたベテランの警部補だ。
 「課長。鴇田です。今、身延駅前の箱(交番)からですが、月見里がダムで死体であがったようです…」
 鴇田が続きを説明しようとしたが谷津が怒鳴った。
 「なぬっ!自殺でもしたのか?それじゃこの山、おしめえだべ」
 「いやまだ分かりません。殺された可能性もあるので、これから地元と一緒に現場に行ってみるつもりです」
 「頼むよ…くわすくわがったら教えてくれや」
 鴇田との会話はそれ以上続かなかった。受話器を叩き置いた谷津は、両手を握りしめ机をドンドン叩いた後、髪をかきむしっている。
 「くそ~っ…死んじまったらなんもならんだろうが…内緒で動いてもこうだもの…」
 「内緒で動いた」と言うのも、捜査本部が「反自衛隊」という〝政治犯〟と見立てた大きな流れがあるなかで、谷津の頭にあったのは、今度の事件は小坂という被害者周辺に事件のカギがあると見ていたからだ。そのカギの中心にあったのが山梨の男なのだ。
 「こんな図ない(大きい)山なのに…なんでだ…」
 部屋で資料整理をしていた刑事たちが呆然となった。
 刑事たちは黙って谷津の行動を見守るしかなかった。しばし沈黙が続く。気を取り戻した谷津が後ろを振り返り、説明した。
 「聞いてくれ!やっこさんがダムがら死体で見つかったそうだ。自殺でも他殺でもこれでお先真っ暗になっちまった。これも俺の責任だ。ゆるすてくれ…」
 谷津が深々と頭を垂れた。目にはうっすらと涙を浮かべている。捜査一課員でさえ、こんなに憔悴しきった谷津を見たことも聞いたこともなかった。
 報告をしておく必要があると思った谷津は一階の署長室へ。
 「大変申し訳ありません」
 あの傲慢な谷津がまるで、平刑事なみの平身低頭さに署長の千野が驚いた。
 「どうなさったのですか…いきなり…頭をあげて下さいよ」
 谷津は目を真っ赤にしている。
 「実は…あの追っていたオートバイ野郎が山なす県のダムで死体で発見されました。殺してすまいました…もうしわげありません…」
 「課長!やめて下さいよ。詳細が分かりませんが、あなたの責任じゃありませんことよ…」
 「いや…俺のせぎにんだよ…ホス殺してすまったんでは…俺…ばずめてなんだべさあ」
 あの豪放磊落の課長が、どうしたのかしら…どうしてしまったのだろう…と千野。そう言えば長い間仕事をしてきた刑事部長の坂田憲男が言っていたことを思い出した。
 谷津課長は学歴というハンディキャップを乗り越えるため、人の二倍も三倍もの努力をして警視にまで上り詰めた努力家。八年前に奥さんを肺炎で亡くして以来、人が変わってしまったと言うのだ。
 八年前、仙台市から多賀城町など県の中央部で殺人事件や強盗事件、放火事件など凶悪事件が相次いだことがあった。その時、谷津は捜査一課の係長をしていて自宅にひと月ちかくも帰らなかった。妻が風邪をひいて高熱が出ていることも知らずにだ。
 殺人事件の犯人を割り出し令状を請求しようという段階で妻の死を知らされた。それでも帰らず、当時、高校生だった長女が親戚に駆け込み、親戚から警務課に連絡があって初めて帰ったと言う。
 奥さんの命まで犠牲にして仕事に打ち込んだ谷津課長…
 谷津の人生を思い出した千野は心が痛んだ。
 「谷津課長、決してあなたの責任ではありません。あなたに責任があると言うなら私にもあります。こうなった以上、一日も早く事件の全貌を解明しましょう。元気を出して下さい」
 涙声で訴える千野に谷津が言った。
 「俺はホスを挙げることに命をかけてきた。警察の社会にこんな馬鹿な人間がひとりいてもおがすぐねぇでしょう。デカってさあ…ホスを挙げてなんぼなんだべさ…それなのに…生かすて挙げられなかった…」
 「まだ彼が犯人だと決めていないでしょう。あなたの仕事にかける情熱には心が痛みますよ。でもねえ課長、相手も命がけなんです。捕まれば死刑になるかも知れない…命と命がぶつかりあう…それが刑事という職業ではないでしょうか…勝つときもあれば負けるときだってある。ドラマではありませんが、やられたらやりかえす倍返しの精神でいきましょう」
 娘のような優しさに谷津は、長女のことを思い出した。声をあげて泣きたい心境だった。
 千野も悩んでいた。こんな時に星川の言っていた仕事の話なんか切り出せないのだ。
 部屋に帰った谷津を待っていたのは星川だった。
 「課長ね、一条君を借りたいんだがいいかな…」
 それは一方的な通告のようだった。
 「いや、あいづは害者のすんぺん(身辺)をすらべ(調べ)させてる特命班だぞ。勝手に決めてもらっちゃ困るな!」
 しかし、星川は方針を変えなかった。
 「これは出張が伴うもので坂田刑事部長とうちの部長同士の決定事項なんだ」
 「じゃ、なんで一条なんだよ。ほがにもいっぱいいっぺさ…」
 「一条でなくちゃできねえ仕事だから言ってるの…分かってよ…」
 「また公安か…」思うように捜査をコントロールできないもどかしさ丨谷津の心の中にストレスばかりがたまっていった。

     □    □
 どこに問題があったのか…部屋に帰った谷津は時間を追ってみた。
 航空自衛隊松島基地の爆破事件で山形と山梨に手配していたオートバイに関する捜査の動きが出たのは四日前。
 防犯カメラに写っていた「山梨× ××01」と「山梨× ××07」。「山形× ××01」「山形× ××07」の所有者割り出しだ。
 山形県警からは四日前に回答があり、一台は青色、もう一台は赤色という返事なので二台は対象から外した。
 二日前に今度は山梨県警から連絡が入り商社員の月見里が判明したのだった。
 山梨県警からオートバイの所有者の判明の連絡を受けたことから谷津は、殺人などでは経験豊富な警視庁の鴇田を班長に指名。計六人の捜査員を出した…そして今回の被疑者死亡報告である。
 鴇田ら六人は昨日、山梨入りしている。地元に挨拶を済ませた後、月見里の自宅や勤務地周辺の聞き込み捜査をしているはずだ。ところが肝心の月見里の姿が見当たらなかった。その時、俺は「相手に感づかれたのではないか」と心配した。
 鴇田らはその日の夜から、月見里の自宅を張り込んだが朝になっても帰ってこなかったと言う。
 そして、昼過ぎになって県警捜査一課から鴇田の携帯に「捜査対象者の死体発見」の一報が届いたのだった。
 「なあんにもまづがって(間違って)いねえもんな…自殺だったらいざ知らず…仲間割れの殺しなら、はんぬん(犯人)を逮捕すればいいんだべ。やるしかねえべさ」
 こうして谷津は自らを奮い立たせ、身辺捜査班に一条の代わりに生活安全総務課の〝エリート〟と言われている若い巡査部長の佐分利進の起用を決め、機捜査隊員とペアを組ませた。
 
 鴇田らは課長に報告した後、現場に行くため、地元捜査員とJR身延線の身延駅交番で待ち合わせていた。
 交番の巡査部長が親切に地図を出して説明してくれた。巡査部長は「死体発見の件ですね」と確認して現場の雨畑ダムを指さした。
 彼の話によると、今朝早く、山に入った釣り客がダムに貯まった流木の上に横たわっている男を発見、一一〇番した。
 本署から刑事課員や鑑識が出動し調べた結果、持っている免許証から人定がとれたというものだった。
 巡査部長が指さした場所は富士川の上流で身延駅から直線距離にして西に十五㌔はある山の中。
 鴇田が巡査部長に聞いた。ひとつの疑問を解消するためだ。
 「本格的なダムなんですか?それとも川を堰き止めた程度の沼みたいなところですか?」
 「堤の高さが八十㍍、川幅百五十㍍はあるコンクリート製のアーチ式ダムです」
 「地元で有名なところですか?」
 自殺するのになんでそんな山奥に行かなければならなかったのかを知りたいのだ。
 「はい、地元のアルミニューム製造会社が電源の確保のため建設したと聞いています。周囲に七面山という二千㍍クラスの山があって、秋の紅葉が綺麗な観光地のひとつで県民には良く知られています」
 こんな説明を受けている時、県警捜査一課員と鑑識班の車四台が到着した。鴇田と宮城県警の刑事は捜査一課のワゴン車に乗り込んで現場に向かうことになった。鴇田は連絡をいただいたお礼を言った。
 「ご連絡いただいてありがとうございました」
 「死体発見は今朝方なんですが、まず所轄が行ったら運転免許証と財布を持っていたのですが、不審な点があるのでうちに出動要請がありました。地域が飛んで来てお宅から手配のあったオートバイの持ち主の捜査でこちらに来ているということで連絡したのです。こんな時間になってすみませんでした」
 鴇田は地域には挨拶したが捜査一課に挨拶していなかったことを詫びた。
 「現場は自殺の名所にでもなっているところですか?それに…随分早く浮いてきたんですね」
 この時期、川や海など水に飛び込んだ死体が浮くまで最短でも九日はかかる。
 「死体はダムに浮いている流木の上でしたから…それに周辺の山には時々死体が捨てられていますが、ダムは聞いたことないですねぇ…」
 県道37号線から県道というよりは地方道のような狭い610号線に入ると、道の両側は急な山の斜面になっており、まるで谷底を走っているようで道はデコボコ。車酔いするほどだった。
 進行方向の左手が急に開けたかと思うと前方に湖が見えてきた。そこはまぎれもなく雨畑ダムである。
 交番の巡査部長が言ったようにアーチ式のダムで堤上には乗用車も乗り入れることができた。
 遺体は、富士川右岸のコンクリート堤の壁面近くの流木の上にうつ伏せになっていた。
 「遺体は新しいんですよ。通常だと沈んでしまいこの時期だと十日も過ぎてから浮いてくるんですが、このところ雨が少なく、かなり水量が減っているのと、流木がびっしりあったため、湖水には沈まず、〝早く見つけて下さい〟とでも訴えているかのように見事に流木の上にありました」
 係長はさらに続けた。
 「よかったですよ。身元が分かって…実はこの男は三日前から自宅に帰っていなかったようですよ」
 「運転免許証は持っていた…他に財布や携帯などはなかったのですか?」
 「携帯は見当たりませんが財布は持っていました。中に現金も残っていることから物盗りではないようです」
 「ここに彼はどうやって来たのですかねぇ」
 鴇田はあのカワサキのステード四〇〇のオートバイの存在が気になった。防犯ビデオに残っている唯一の証拠のようなものだ。
 素朴な疑問を持っている鴇田に中年の捜査一課員が答えた。
 「家を出る時はいつも乗っているオートバイだったそうですがそのオートバイは見当たらないですね」
 係長が言った。
 「この流木の状態では乗って来たオートバイは沈んでいるとは思えませんね…」
 「ちよっと遺体を簡単に見てみますか?」
 写真撮影のためうつ伏せの遺体を仰向けにすると顔がグチャグチャに潰れ、あばら骨なども折れているようだった。しかし顔が潰れているのにも関わらず流木に血痕がないのだ。
 「血は水に洗われたのですかねぇ…」
 「いゃ…やはり死後に放り出されたのではないでしょうか?」
 遺体は検死のため信州大学医学部付属病院に運ばれることになった。
 検死の結果、鼻骨が折れるなど顔面に列創があり、大きさは正中線(鼻骨からヘソにかけての線)の左右に三㌢、上下に八㌢もあった。また胸から下腹部にも同じような列創があることから、刃物ではなく鈍器による撲殺と断定された。
 死亡推定時刻は、ウジ虫の発育状況から判断された。殺害時期は三月初旬。今年は比較的温暖で快晴の日が多く、山中とは言え最高温度は十度を超え最低気温も十度に近かったことを考慮すると、教科書(死体観察ハンドブック)ではウジ虫の成長は二㍉程度。ところが今回の遺体のウジ虫は二・一㍉まで成長しており、死後四十八時間前後と推定されると言う。
 検死結果について検死官は次のように説明した。
 「胸部や頭部の挫裂創はひどいものですよ。なお頭骨に陥没がみられました。普通は一辺が二㌢以上ある鈍器で殴った場合は陥没しないのです。こんなことからみると凶器は細い棒状のものとみられますね。撲殺ですよ」
 地元の捜査一課係長に「いいですか」と確認して鴇田が検死官に質問した。
 「打撲ですが高所から投げ落とされた際に流木に打ち付けた場合の傷でないということですか?」
 「全く違います。第一に流木に付着している血痕はほとんどないのです。湖水で洗われたようなことはありません。よって、別の場所で殺害されてから遺棄されたものと見てよいでょう」
 こうして死因が決まった。山梨県警は南部警察署に「雨畑ダム殺人事件捜査本部」を設置し、被害者の足取りを中心に、交友関係などの捜査を進めることにした。
 鴇田が電話で谷津課長に報告した。谷津は自殺ではなかった聞いて捜査への意欲が湧いた。
 谷津の指示により鴇田らも捜査本部員に加わることになった。爆破事件は物関係の捜査に進展がないことから、月見里が他殺だった場合は、解決の糸口として重要ポイントと位置づけられるからだ。電話の最後に鴇田がこうささやいた。
 「課長、これは山梨県警の公安から聞いた話なので確認はとれていませんが月見里は北朝鮮国籍の朴基永という話があります」
 「なぬ!はなす(話)はどうすてもそっちにむがう(向かう)のかや…」

      18
 前夜の酒の影響なのかいつもより早く目が覚めてしまった。影虎は枕元に置いてある携帯で時計を見た。
 「六時半か…」
 もう一度寝ると七時には起きられなくなると思った影虎は早めに起きることにした。
 「昨夜は飲み過ぎたなぁ」
 マハラジャに出入りする客層を見るため、一人で張り込んだ。いつもナマンガニが食べているカレーの三点盛りをツマミに、尹日好が好みのジントニックを飲んだ。これまでのストレスを解消するためでもあった。
 「結局、なんの収穫もなく、飲みくたびれただけだったなあ…それにしても…」
 影虎はマハラジャを出た時、男に見張られていたことに初めて気がついた。男は影虎の姿を見るとビルの影にス~ッと隠れた。影虎が歩き出すと道の反対側を付いてきた。
 影虎は真っ直ぐ進むふりをして突然、後ろを振り返った。男は立ち止まり顔を見せないよう携帯をいじっているふりをしている。
 影虎は「気付いているんだぞ」と思わせるため、立ち止まって男の方向を見ていた。突然、男はきびすを帰して元来た方に帰って行った。それ以上は追ってこなかった。
 影虎は昨夜の行動を反省しながらパジャマ姿のまま玄関に行って新聞を手に取って呆然とした。一面トップにショッキングなニュースが掲載されている。
 潜水艦資料、北朝鮮に流出か 元自衛隊幹部と元貿易商を逮捕 警視庁
 警視庁は海上自衛隊所属の潜水艦の防衛秘密を持ち出した元自衛隊幹部(四八)と元貿易会社社長(五二)の二人を窃盗容疑などで逮捕した。
 調べによると元幹部は、防衛省技術研究本部に在籍中の平成十八年六月、潜水艦の船体に使われている特殊鋼材の研究過程を記した内部資料を無断で複写し、昨年秋まで貿易会社を経営していた社長に数回にわたり提供した疑い。内部告発から明らかになった。
 警視庁が同事件で元社長宅を家宅捜索した結果、北朝鮮側が作成したとみられる指示書が発見された。
 指示書は航空機や船舶の研究開発の資料の入手を要求しており、同国の工作員が絡む諜報事件に発展する様相を呈してきた………

 影虎は北朝鮮の見出しを見て仰天した。あの新潟の梁仙物産の事件に着手したのかと思った。
 「これは古い話だ。マスコミは諜報事件に発展するかも知れない…と書いているが、窃盗で逮捕しなければならないほど公安総務が困っていたことを聞いていた」
 影虎はテレビのスイッチを入れた。さぞかし賑やかだろうと思っていたがどの局も放送はしていない。
 「と言うことは毎朝新聞の独自ネタというやつで、途中で漏れたのではなくこれ以上追えないので終結宣言をしたようなものだ…」
 社会面にも関連原稿が見当たらなかった。当然、家宅捜索の写真もない。昨夜遅く、飛び込みで入ったニュースではないかと思えた。
 影虎は第三社会面を見ようとページをめくろうとしているとテレビからこんなニュースが聞こえてきた。
 「…きょうは防衛大の卒業式です。自衛隊に対する爆弾事件が連続していることから神奈川県警は朝から厳戒態勢を敷いておりまして、既に駅周辺を警戒する機動隊員の姿が見られます…」
 「そうだ、きょうが勝負の日だと情報官が言っていたなぁ」
 影虎はブツブツ言いながら社会面から第二社会面に目を移し、さらにその裏の第三社会面を開いた。その面の左肩に全国で発生した事件だけをコンパクトにまとめた囲みがある。その中に顔写真付きの殺人事件の記事が目についた。
 ミニなのに顔写真が付いているということは、北朝鮮のニュースがなければ大きくなっていたのだろうと同情しながら読もうとした。
 その顔写真を見て影虎は驚いた。身延町の温泉旅館の駐車場でオートバイにぶつかりそうになったあの男だ。丸顔だが眼が細くて鋭く、話す時に右の口元があが気味になる個性的なあの「ゆがみ野郎」だ。
 
 十七日午前七時ごろ山梨県南巨摩郡の富士川上流にある雨畑ダムに人が倒れているのを釣り人が発見、警察に届け出た。山梨県警が調べた結果、この男性は同県甲斐市に住む会社員、月見里義一さん(四六)と分かった。月見里さんは十六日朝、オートバイで自宅を出ており、そのまま行方不明になっていた。山梨県警は殺人と断定。捜査本部を設置した。
 
 原稿を読み終えた丁度その時、携帯が鳴った。ディスプレーを見ると宮城に行っている一条からだった。
 「あっ虎さん!凄いことになりましたよ」
 相当慌てているようだ。
 「今、君はどこにいるんだ」
 「自分は公安課長の指示で極左の情報を見るため東京ですが、一課の鴇田さんらが山梨に行っています。例の防犯カメラに写っていた男を割り出したので確認するためだったのですが昨日、その男が殺されているのが見つかったんです」
 「もしかしたら月見里という奴か?」
 「その通りですよ。なんで虎さんが知ってるんですか?」
 「新聞に出ているよ」
 一条は興奮している。
 「いけねえ…まだ見ていないだ。三日前に割れたという報告が山梨からあり、一昨日朝、鴇田さんらが山梨に行きました。そして昨日、殺されていることが分かったんです。察庁にも報告していなかった谷津課長はもうパニックですよ」
 「オートバイのナンバー分かるか?」
 トラブルの時に見ているので確認のため聞いた。一条は「ちょっと待って下さい」と言ってメモを見ている。
 「分かりました。山梨 か 8×丨07のカワサキステード400の黒色ですよ」
 「そのオートバイはもしかして大型でハンドルが上のほうに曲がっていて異常に大きいやつではないのか?」
 「その通りです。なんで見つかってもいないのに知ってるんですか」
 「この前、ある仕事で身延に出張した時、旅館の駐車場で俺とトラブルになった奴なんだよ」
 影虎は温泉旅館で開かれた会合の詳細は避け、「ある勉強会」として状況を説明した。
 「それでしたら、鴇田さんが知りたいと思いますよ」
 一条の話はこれで終わらなかった。
 「ホシ殺されてしまったので谷津課長が泣いたそうですよ。あの課長がですよ…」
 影虎が諭す様に言った。
 「仕事一筋なんだと思うよ。そんな人を大事にしないと…」
 一条との電話を切ったあと影虎は警視庁捜査一課の鴇田に電話を架けた。
 鴇田は眠そうな声で応答した。明智と名乗ると堰を切ったように喋りだした。
 「殺されてしまいましたよ。どうも死亡推定時刻からすると山梨県警がナンバーを割り出した後にやられているんですよ…」
 「おいっちょっと待て。県警が割り出したあたりから時系列を教えてくれないかな」
 鴇田の報告によると次のような流れになるという。
 捜査本部は、谷津課長が極秘手配で割り出しを進めていたナンバーの一部から甲斐市に住む月見里義一所有のオートバイと連絡が入ったのは十四日夕方。それで鴇田らは十五日に山梨県入りした。ところがその日の夜から十七日朝になっても月見里の姿を確認できなかった。そしてその日の朝、ダムで死体が発見されていたと言うのだ。
 「死因は?」
 「顔、頭がメチャメチャにされているばかりか全身の皮膚の所々が挫滅しており撲殺されたのではと見ています。殺されたのは四日前の十四日昼過ぎということでした」
 「そうか…実は十日くらい前だったが身延のある温泉旅館の駐車場で見たぞ」
 「なんで温泉旅館なんですか…いいなあ虎さんは…」
 「馬鹿野郎!仕事だよ。俺は事件に関係なく、ある人物を追っていたんだよ」
 「どうせ虎さんの仕事は秘密なんでしょうから聞きませんが、ひとつたげ教えて下さい」
 「なんだ」
 「奴はなんで身延に行ったんですか?こっちも足取りや交友関係で困ってるんですよ」
 「朝鮮総連の幹部が開いた会合なんだ。俺もなんの会合か分からないのでそれを調べているんだ。だから、それ以上は言えと言われても言う材料がない」
 「虎さん。一応、害者の足取りとして捜査本部に上げたいのですが…いいですかね」
 「だめだ。君の心の中にだけとどめておいてくれ。情報があったら知らせるから…回りを触られたら全部こわれっちまう」
 こうして二人は今後は情報交換を密にすることで話は終わった。

   □    □
 影虎と鴇田がこんな会話を交わしているころ、ヒューミントの房木がNSCの国木田情報官の部屋を訪れていた。
 「ビッグワンのメールサーバーを調べた結果、今年に入ってアクセスがあったのは百三十件を超えていました。そのうち明確にパチンコの玉を購入したと思われるのは二十五件ありました」
 国木田が驚いた。
 「そんなにあるの?」
 「そうですねえ、高齢者が多くなってくると自宅で遊ぶため中古のパチンコ台と玉を買う人が多いのでしょうね」
 房木はしみじみと言った後、こう続けた。
 「二十五件の中には中古パチンコ台とパチンコ玉を買った人が十三件あり、玉のみを買った者は十二人。その中の多くは五百個ですが一人だけ千個を二度にわたり買った人物がいました」
 「そうか…宮城と埼玉の事件だけでも既に千個近くを使っているもんな。それだけでは終わると思えないし、そうなると二千個は必要だから…最も怪しいわけだ」
 「それでビッグワンの口座の出入金状況を調べたら千個分の三千二百四十円を二回支払った人物がいました。その送金元は徳山銀行石巻支店で、口座名はハラグチ タダアキでした」
 「そいつは何者なんだね」
 「住所を調べたらそこにはラーメン店の来々亭がありましたのでラーメン店の関係者ではないかと思われます」
 「と言うことは店の口座?」
 「出入金額を見るとですね、その口座に毎月一日に朝銀から百万円の入金があるんですよ。そして小出しにされ、その中に九月八日に三千二百四十円、二十五日にも同じ金額をビッグワンの口座に振り込んでいるんです。そしてこの日付がビッグワンのメールの申し込み状況と一致したんです。その他の支出金額を含めて想像すると店というよりは個人の生活口座だと思われます」
 「朝銀からの入金が気になるなあ。送金者は聞けないの?」
 「これはあくまで被害拡大防止の観点から銀行の協力で調べたものですから、それ以上になると捜査関係事項照会書なり令状が必要になります」
 「それでですね」と房木は続けた。
 「実はビッグワンが問題なんですよ」
 そう言った房木は次のような説明を始めた。
 「この販売元のビッグワンですが…一九九七年に大阪府寝屋川市に朝鮮総連の直営店として総額五億円でサロンエンジェルを設立したんですよ。府内ばかりでなく西日本と関東地区のパチンコ店を運営管理している会社だった。ところがですね。サロンエンジェルの設立後にビッグワンと社名を変えてしまった。何かが隠されているような気がするのですが…」
 「う~ん…叩けば埃がでるんじゃないの?分かりました。いずれにせよ、石巻市のハラグチ タダアキを調べるよう手配しましょう」
 話が終わったと言うのに房木は立ち上がろうとしない。言いずらそうに口を開いた。
 「情報官…実は…ネットの社会だから、全く空想の話だと思って聞いて下さい」
 房木にしてはあまりにも慎重過ぎるのに国木田が言った。
 「房ちゃん、水臭いぞ…何でも言ってよ…」
 「なんかおかしいのですが…原発爆破事件を予告するような噂が流れているんですよ…」
 「2チャンネルかね? 今回の自衛隊基地の爆破事件に加えて、東北大震災の福島原発の問題もあるし…日本中は少しナーバスになっているのではないのか…この時期だから自衛隊と原発は警戒レベルを上げるよう政府で指示してある」
 「それだといいのですが…」
 
 そして翌日、国木田は一連の事件で総指揮を執っている警察庁警備課長の高石長五郎に連絡した。
 国木田は埼玉県警の要請でNSCが独自で調査した結果、朝霞事件と松島基地爆破に使われたと見られるボールベアリング、パチンコの玉を購入したのは宮城県石巻市のラーメン店の店員の可能性が出てきたことの経緯を説明。
 「鑑定で同一と断定したのではないので海の物とも山の物とも判断が付かない。一応情報として伝えておく。あとは君の判断に任せる」
 今回の一連の事件をNSCは「国家に対する叛逆行為」とみなしており、警察庁には事件の抑止に重点を置くことを第一に、合わせてテロリストの動きを封じ込むための情報収集を急ぐよう指示している。
 このため警察庁は警備課長の高石長五郎をキャップに公安、外事が連携して総指揮を執っているのだ。指示を受けた高石が言った。
 「国さん、どうでしょうかね…現場に降ろすのはいいのですが…タイミングを見たほうがいいのではないかと…」
 「そうなんだが、ラーメン屋の店員が何者なのかは割り出しておく必要があるんだよ。実はその男の口座に北朝鮮関係から毎月百万円が振り込まれているんだ。至急、その解明が必要なんだよ。虎さんならいいんだが彼は今、追い込みに入っている事案がある。どうだろう、宮城県警には警視庁公安の一条が応援派遣されている。あいつに極秘であたらせたらどうかなあ」
 「責任上の問題もあり本部長か署長の千野ちゃんには内々的に伝えておいて一条に指示すると言うのでいかがですか」
 国木田と打ち合わせを終えた高石は、指示しやすい松島東署の千野に連絡した。千野は国木田も高石も尊敬する先輩と信じており、快く引き受けてくれると思ったが断られた。
 「なぜだ」
 「彼は今、警備部長の特命で東京に行っています。その様な内容でしたら捜査の片手間にできる仕事ではないような気がします。私ではなく公安課長の星川課長に言うべきです。どうか再考を…」
 筋の通った話である。高石は納得しなければならなかった。
 高石は公安的な保秘が必要と判断。公安の星川課長に電話を架けた。
 「極秘でお願いしたいことがある」
 と前置きした高石は、朝霞駐屯地爆破事件に使われたと見られるボールベアリングはパチンコの玉の可能性が高く、インターネットで購入したと見られる男がおり、その男の口座に北朝鮮から毎月百万円が送金されている旨を説明。その男は石巻市のラーメン店に勤めるハラグチ タダアキであることから、その男の人定を依頼した。
 「分かりました。ハラグチ タダアキ関係は一切、まる秘扱いにしろと言うことですね」
 「いや、北朝鮮関係の部分だけでも…」
 「分かりました。一条は今、過激派の動向を確認するため警視庁に行っていますので、その部分はうちの公安を使います」
 「人選はお任せします。警察庁としては背景を掴むまで全ての捜査に密行を要求しますので、ハラグチの件はとりあえず人定と行動確認にとどめておいて下さい。絶対に触らないように…」
 「この情報で事件が動くかもしれない」と星川は判断した。しかし高石の命令もあって、極秘で動くため谷津への引き継ぎと署長への報告をやめ、本部から公安のベテラン捜査員を呼びよせて、極秘捜査を指示した。
 選ばれたのは宮城県警の〝とぼけの徳さん〟こと、徳川威一郎だった。徳川は公安一筋に三十年の警部補。かつては「刑事の谷津、公安の徳川」と言われた同年代のベテラン刑事だ。(つづく)

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