連載小説「警視庁・薬物特命捜査官」

2009年8月21日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(最終回)

   さよなら鬼頭捜査官

080713_164028_m  墓参りをしている鬼頭に声をかけたのは毎朝新聞の詠子だった。
  「最初に鬼頭さんを見たのが、隅田川で青森の金田さんの死体が発見された時でした。次が仙台の水死体の身元が分かった時、仙台市警察署前でした。我が社は、もともと北朝鮮の工作船事件から徹底取材の方針が社命でしたので、警察庁担当からの指示で、それとなく事件そのものをマークしていたのです」

 「続けて良いですか」 と詠子は鬼頭に確認してから、さらに続けた。
 「そうしたら最初は関係ないと見ていた隅田川の殺人が、はい乗り事件に繋がり、鬼頭さんという刑事さんは、麻薬の特命捜査官であることを知りました。それで、徹底マークの指令が社会部長から出され、担当は私だったのです」

 詠子が必死になって説明する顔を見ていると、なぜか鬼頭は憎めなかった。
 「なんで、僕が『徹底マーク』なんですか?」
 「それはですね、北朝鮮の覚せい剤の取材を重視していたから、専門官の鬼頭特命捜査官をマークするのは当然だと言われたからなんです」
 「あのね、特命捜査官は、知られた段階で特命にならないのですよ」
 詠子は「知りませんでした」と謝り、さらに続けた。

 「その取材の過程で実は〝垂れ込み〟があり、中東貿易協力会会長の穴守の深い取材が要求された訳だったのです。穴守は鬼頭特命捜査官が調べており、事件の主役と分かったのです」
 鬼頭が聞いた。
 「なぜ、貿易協力会会長の深い取材が必要だったのか?それに、垂れ込みってなんだね」
 「垂れ込みというのは、新聞社は色々な方面にアンテナを張っていて、読者に限らず業界関係者など方々から『警察はこんなことを調べているらしい』という情報が寄せられるのです。社会部だったり、政治部だったり、あるいは極端なことを言うと外信部だったりするのです。それらの情報を『垂れ込み』と言っています。業界用語なんです。なぜ会長かと言うと…」

 詠子は続けた。
 「それで、今回、穴守が逮捕されましたね。肩書きが中東貿易協力会会長だった。それで逮捕の発表を聞いた社会部長が、『これは大変な事件なんだ。政界関係者に飛び火するかも知れない』ということになり、一課担当の私に側面からの取材をするよう指示したのです」
 「穴守の人間関係取材を進めるには、どうしても生い立ちを調べなければならないのです。それで、この村にも来るようになり、政界関係者など昔のことが分かる関係者を当たっていたのです。これはあくまでも今後の穴守関連取材のためだったのですよ。誤解しないで下さい」
 鬼頭は驚いて聞き直した。

 「そうすると君は、既にこの村というかこの場所には何回も来ているのか?」
 「はい。これで三回目です。前回来た時に、ひょっとしたことから『穴守は幕田と言ってたしか兄弟がいたはずだ』となったのです。その兄弟の幕田長一郎を追っていたら、政界関係者ではなく刑事さんだった訳です。運良く小学校の同級生に会うことができて、警視庁にいるらしいということが分かったのです」

 鬼頭が聞いた。
 「同級生とは何という人物だ?いや、ごめん、何という人だった?」
 「高橋文蔵という人です」
 鬼頭は驚いた。「あの文ちゃんだ」と。
 「それで人事で調べた結果、私たちの追っているというか注目していた鬼頭特命捜査官に突き当たったわけです。その確認のため生安部長に当てたもので『書きますよ』とは言っていませんでした」
 詠子は申し訳ないような表情になっていた。

 

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2009年8月14日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(67)

  墓前への報告

080713_164028_m 道路の周囲には所々に、別荘のような瀟洒(しょうしゃ)な家々が建てられていた。「都会から田舎へ」と、交通の便が良くなると、安い土地を求めて産業が進出する。瀟洒な住宅は、そうした従業員のための社宅でもあった。
 鬼頭は、高原のたすくさんの家を目指そうとしたが、大きな道路環境の変化から見当さえつかなかった。付近の人に聞こうとしても、名前は「たすくさん」しか思い出せないのである。

 母が埋められている墓は、山あいから阿武隈川に流れ込む小川の上流にあったはずだった。鬼頭は墓を目指して歩き出した。雨は小降りになっていた。道を歩いてすれ違うのは乗用車ばかり、中には他県ナンバーの高級ランドクルーザーもあった。
 「それにしても民家も少なくなった。これでは人影も見えないはずだ」と鬼頭は思った。 これでは鬼頭が通学したあの小学の学舎もないだろう。過疎化は甚だしかった。
 前方にお寺らしい建物の屋根が見えた。それでもまだ、人には会えなかった。寺はまだあるのだろうかと疑問に思った。

 寺の入り口に着いた。昔あった民家は見あたらず、寺の近くに民家が一軒だけあった。おばあちゃんが庭の草むしりをしていた。訪ねてみた。
 「あぁ、このオデラすか?もう、だいぶめぇーに、ダンカがすぐなぐなってさ、和尚さんはいなぐなったべさ」
 鬼頭はさらに訪ねた。
 「そうすると墓石は全部ないのですか?」
 「はぁ、はがいす?うんうん、まだあっぺさ。みんな田舎からでて行って、とぎどきはけえってくるんだ。たださ、和尚さんは商売あがったりで、いなぐなったんださ」
 鬼頭は良かったと思った。墓石が残っていたのだ。

 「おばぁちゃんね、何十年ぶりで来たのだが…墓に捧げる花なんかはないですかね?」
 「おめえさんはどごのだれだ?。えっ鬼頭?あっ阿武隈部落のひどすか?よぐきだねぇ。花が、あっぺさ、おらんちのを使えや」

 そして墓は、ここから二十㌔も離れた鬼頭家の遠い親類が守っているという。
 東京の警察官として就職し、その年に母が仙台で脳溢血で死亡した。しかし、まだ所帯を持たない長一郎のため、当時の母の実家から「一人前になるまで、先祖の墓に入れておくので、自分で墓を持ったら引き取りに来るように」と約束させられていたのだった。

 その実家も次第に疎遠になり、いつの間にか、跡取りもいなくなっていた。したがって墓を守る人は現在、誰なのかさえ分かっていなかった。
 鬼頭は、自分の親不孝を、なんて詫びようかと思った。微かに昔は道だったと分かるだけの道なき坂を上って行くと、段々畑のような墓が残っていた。草が生い茂り、墓石を見つけるのに苦労した。

 「鬼頭家の墓」とようやく見えるような文字だった。石は風化してぼろぼろになっていたのである。
 鬼頭は手で草の引き抜きを始めた。ようやく墓石だけが確認されるほどになった。線香もなにもなかった。ただ、おばぁちゃんに貰った花だけを置いた。

 「母ちゃん…悪いことしました。こんなに、ほったらかしにしてしまって…」
 鬼頭は墓前に跪いて詫びた。詫びても詫びても詫びきれないことだった。そして鬼頭は大声で泣き出した。誰もいない。だれ憚ることなく泣けた。
 「母ちゃん、俺な=敬二郎を…敬二郎を……逮捕してしまったんださ…どうすればいいか分からなくて…母ちゃん…どうすればいいか…何とか言ってくれよ…何とかよ…教えて下さい…」
 

 

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2009年8月 7日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(66回)

    鬼頭、故郷に帰る

080713_164028_m  書類整理に追われている鬼頭に風間から電話があった。
 「鬼頭君な…ちょっと相談したいことがあるので…部長室に一緒に行けないかね…永堀部長が…来てくれないかと言うんだ。急ぐ話しではないらしいんだが…」
 鬼頭は「とうとう、来たか?」と思った。午後4時に、本部生安部長室に行くことを約束した。鬼頭は既にある決心をしていた。何時でも辞表は書くつもりだ。そう決心して部長室に行った。

 「やぁ、今回の事件はご苦労様でした。それに体のほうは大丈夫ですか?心配しておりましたよ」
 部長は笑顔で鬼頭を迎えてくれた。そしてさらに続けた。
 「今度の事件では、海保の一件もあって、警視庁をはじめ各県警の努力に警察庁長官が賞を出す方針で進めているそうだよ。それにしても、これほど警察全体が燃えたのは歴史に残るのではないかとね…」

 風間は鬼頭と部長の顔を交互に見ながら続けた。
「重森さんが事件の報告書を作成するらしいですね…」
 鬼頭は黙っていた。永堀が話し出した。
 「風間君も聞いてほしいのだが…鬼頭君は特に冷静に聞いて下さいよ」
 永堀は今回二人を部長室に呼んだ理由を話し出した。
 「鬼頭君にちょっと、聞きたいことがあるのですが…いいですかね?」
 風間は、身を乗り出して聞いた。

 「なんですか?」
 鬼頭の顔が歪んだように見えた。部長は鬼頭の表情を見ながら話し出した。
 「今回の事件の取り調べ状況報告書を見ました。そこで鬼頭君にお伺いしたいのだが…勿論、野口署長とも相談した上での話しですよ。私の個人的な意見として捉えてもらってもいいのだが…どうも…調べが厳しすぎたのではないかと思えてならないのですよ…」
 永堀部長の言葉は鬼頭の予想に反していた。とりあえず次の言葉を待つことにして、首をかしげただけだった。

 「理事官も聞いて下さいね。鬼頭君の調べが悪いというのではないので誤解しないように…。この取り調べ状況報告書は鬼頭君も了解のもと書かれたのかね」
 鬼頭は風間と永堀の顔を交互に見ながら答えた。
 「その通りです。いけませんか?」
 鬼頭はさらに続けようとした時、風間が制した。

 「ちょっと待った。部長ね。部長もあの調書を読んだでしょう。どこもおかしくないよ。何処に問題があると言うのですか。立派に落としているではないですか?それに、検事からも『よく落としましたね』と言われているんですよ。何処に問題があるというのですか?」
 風間の声が怒鳴り声のように部長室に響き渡った。制止しようとした永堀もビックリした様子で最後まで聞いた。

 永堀が風間の言葉を止めるように言った。
 「俺が言いたいのは、胸ぐらを掴んだとか、髪の毛を引っ張ったとか…これをそのままストレートで表現しているんです。それはテクニックの問題なので、ここまで書かなくても良いのではないかと言いたいんだよ」

 

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2009年7月31日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(65回)

 鬼頭に笑顔が戻った

080713_164028_m  刑務所を訪れた鬼頭は、穴守の言葉にひと安心した。穴守はさらに続けた。
 「それより、刑事さんが話してくれたあの話しにな、涙がでたよ…」
 わかっていながら鬼頭が聞いた。
 「何の話しだったかね?」
 「ほら、覚せい剤の恐怖の事件だよ。子供が親に隠れて覚せい剤を使っていてさ、些細なことから両親をメッタ刺しにした。で、父親が殺され、母親だけが生き残った話しだよ。子供が少年院を出たあとの母親との愛情あふれる生活を送るようになった話だよ」
 「あれか…広島県での事件だろう?」
 「少年が社会に復帰して初めて貰ったボーナスでさ、自分の刃(やいば)で手足が動けなくなった母親に『母さん、父さんの分も含めて親孝行するから倍の長生きしろよ』と、おんぶして温泉に連れて行った話しの部分…」

 穴守は、さらに続けた。
 「あの中でも少年が、初めておんぶした母親を『母はこんなにも軽いのか?』と思ったというくだりがあったよな…俺は、母をおんぶしたことがなかったので…特にジーンときたよ…」
 その部分は鬼頭でさえ、涙なくして話せない部分だった。
 「俺、あの話しを聞いてな。『覚せい剤ってこんな残酷な事件の原因になるのか』と思うと、嘘をつけなくなってさ…それに…」
 ここまで一気に喋った穴守は、しばらく黙り込んだ。鬼頭は穴守の次の言葉を待った。穴守が喋り出した。
 「それに…あの話しをしている刑事さんを見ていたら…なんか…兄貴のような気がしてさ…たまんなくなったんですよ…」

 鬼頭には次の言葉が出なかった。出なかったというよりは言葉を失ったのだ。沈黙が続いた。30分という時間がどんどん過ぎていった。鬼頭は、思い切って言った。
 「そう言えば、養子に行ったため母さんの顔も知らないとか言ってたよね…父さんは母さんの写真なんか持っていなかったのかね?母さんはその後、どんな人生を送ったか父さんから聞いたことはあるんかね?」

 鬼頭の言葉はいつのまにか取調官になっていた。
 「持っているわけないよ。当時は写真なんかあったんか?」
 穴守は母さんのその後を、父さんから聞いていなかったのか答えなかった。鬼頭は、いよいよ確信の言葉を出した。
 「それで…養子に行く前の姓はなんと言ったんだっけ?」
 鬼頭は、あのときの調べのように「忘れた」と言って欲しかった。
 「養子になる前の姓? 刑事さんに言っていなかったっけ…」
 「聞いてないよ…別に、調書には関係ないから…」
 穴守は、とうとう言ってしまった。
 「親父からはマクダとか聞いたことがあるんだが…幕が降りるの幕に田んぼの田…そんなこと聞いて…なんかあるんか?」
 鬼頭は看守から「時間です」の言葉を早く聞きたかった。「やっぱり…実の弟なのか…」。鳥肌が立った。部屋から一刻も早く出たかった。鬼頭はこれほど30分という時間を長く感じたことはなかった。

 「いゃ、別にないんだけど…父さんはその後、なんで死んだんだっけ?」
 鬼頭はそれとなく聞いた。
 「俺は調書の続きかと思ったよ…えっ、父さんの死因か?それは脳溢血だよ」
 鬼頭は全てを聞いてしまった。
 「それで…」と穴守が再び話し出そうとしたところで看守が大きな声で言った。
 「時間ですから、ここまでにして下さい」

 

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2009年7月24日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(64回)

    被疑者は実弟だった

080713_164028_m 鬼頭は病院内で一人でいるときはベッドでボケーッとしていることが多かった。ただ、一点をジーット見つめているのである。看護師たちも、そんな鬼頭を見て心配していた。

 それから5日後だった。鬼頭に退院の勧告が出された。妻の絵美と幸子が迎えに来てくれた。鬼頭はその足で、城西署に挨拶した。出迎えてくれた野口署長をはじめ署員から「退院おめでとう」の花束が贈られた。
 そして、足が震えていることもあり新橋庁舎にはタクシーで向かい、風間理事官ら全員に挨拶を済ませた。風間理事官は片を抱くなどオーバーなジェスチャーで迎えてくれた。

 「本部の生安部長と薬対課長に伝えておいたが、挨拶は後でもいいですよと言っていた。電話できょうの時間を聞いたら、会議が入っているらしく『完全に復活してからじっくり話しを聞きたい』とさ。明日から自宅で療養するようにともね」

 鬼頭は4、5日の暇が欲しいと言った。表向きは、足の震えのためだったが、事情聴取を終えた穴守に、どうしても確認したいことがあったからだ。

 生い立ちは妻にも話していない。事情聴取でも、その生い立ちに詳細に触れるのが怖くて、おろそかになってしまっている。プロが見ればそんな不完全さは分かることだ。
 しかし、一方では犯罪の部分は「これでもか」と言うほど厳しく仕上げたつもりだ。
 東京地検から起訴されれば穴守は被告として東京拘置所で初公判を待つことになる。拘置所の面会は、被告に拒否されなければ誰でもが可能だ。

 面会は、午前8時30分からと午後〇時30分の2回、受け付ける。被告人は一人だから、面会人が先にいれば翌日に行けば良い。「どうしても…」の場合は、手紙で被告人と予約することも可能だ。

 鬼頭は「警察官」としてではなく、私人として穴守に会いたい。当然、役所には分かることになるだろう。その時の理由は…
 そんなことを考えると、一日一日が胃の痛む思いだった。30年近くも連れ添った妻に、果たして隠し通せるだろうか?。鬼頭は決心した。その日の夜、マスコミ関係に勤める幸子が不在だったため、絵美に全て打ち明けた。

 絵美が言った。
 「貴方の人生ですよ。『実の弟かもしれない』というので、調べに手心を加えたのですか?『そんなことはない』という自信があるのでしたら、堂々と会って確認するのがなぜ悪いのですか?」
 黙って考え込む鬼頭に、絵美はさらに続けた。
 「貴方が言っていた言葉に『警察官は勧善懲悪でなければならない』というのがありました。私は、あの言葉に自分も警察官として感動していたのに…」
 絵美は泣き声になった。鬼頭が頭で振り返ってみた。鬼頭は、次第に決意を固めつつあった。

 絵美は、さらに続けた。
 「自分の調べに自信がないなら、辞表を出してからでも確認すべきだわ…」
 鬼頭はこの一言で決心した。退院して2日目の朝、鬼頭は東京拘置所に向かった。私人として面会するためだった。
 穴守と弁護士の接見が午後に予定されていたため、午前中は空いていた。鬼頭が面会室に着いた時には既に、十数人が待っていた。
 鬼頭は面会簿に、面会希望者名を「穴守敬二郎被告」と書いた。鬼頭自身は杉並区の住所と名前を書いたが職業は地方公務員とだけ記した。詳細な職業の質問があるだろうが、あえてそうしたかった。

 

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2009年7月17日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(63回)

   弟との別れ

080713_164028_m   「そして、被疑者がですよ。最後に鬼頭に向かってこう言ったそうです。『刑事さん、恐れ入りました。いつもこんな理詰めの調べをするんですか?全部認めます』とね。とにかく、ある時は静かに、そしてある時は大声で攻める。冗談も飛び出したり、ここだと思った瞬間、機関銃のごとく、ズバッ、ズバッと証拠を羅列するそうです。その主任は『まるでベートーベンの運命という音楽を聴いているようだった』と表現していました。そして、『理詰めの調べ』と言うよりは、諺に例えて『理詰めより重詰め』の調べだと言うんです。改めて凄い人なんだと思いました」
 風間のこの話しを聞きながら、重森は鬼頭の手を握りしめた。微かに握りかえしたような気がした。

 鬼頭の夢は続いていた。
 「きみさんが言うんだったら…それで、いいだべさ…」
 堂々巡りでこの話しは何時までも結論が出ないと思った、たすくさんが切り出した。疲れた長一郎は居眠りを始めていた。
 「この子だったら…大人になっても記憶にのごるだろうが…敬ちゃんだったら…まだ…わがんねぇんだがらさ…ざんこくだげども…しょうがねぇんでないの?」
 母ちゃん方の叔母さんが言った。
 「しょうがねぇんださ、な、これは…」
 そして、敬二郎は父方の叔母さんにおんぶされて、たすくさんの家を出ようとしていた。長一郎が目を覚ました。
 「なんで…行くの…おれもいぐから…敬だけつれていかないで…。母ちゃん…おらぁ…ゃだぁー」
 長一郎が泣き叫んだ。お爺ちゃんが「早く行くように」と目配せした。敬二郎をおんぶした叔母さんが出て行った。これが、幕田家としての母子三人家族の別れだった。
 「敬二郎、けいじろうーっ、敬ちゅぁーん…」

 「貴方っ=アナタッ=どうなさったの=」
 うなされながら苦しそうにもがいている鬼頭を見て、絵美が鬼頭の体を揺すった。
 「貴方、お願い、目を覚ましてちょうだい=」
 「重森さんも風間さんも…みんな来て下さっているのよ=アナタッ=」
 鬼頭の額には汗が噴き出ていた。絵美はナースコールを押した。
 「どうなさいました」
 看護師さんが駆けつけてくれた。
 「主人がうなされてばかりで、ちっとも目を覚まさないのです…」
 看護師は、手で頬をタタキながら、耳元で大声を出した。
 「鬼頭さん、鬼頭さん」
 何十秒かあと、鬼頭が目を開けた。
 「アナターッ」
 絵美がベッドにすがって泣き出した。

 

 

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2009年7月10日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(62)

        長一郎の夢

080713_164028_m  葡萄の花が咲く時期を迎えた。それまで母ちゃんは毎朝早く、葡萄畑に、たすくさんと二人で仕事に出ていた。
 高原の朝は早い。聞こえるのは鳥の鳴き声と、家の裏にある杉の大木の風に揺られる葉音だけだった。車などはない時代だ。どこに行くにも歩いてだった。

 葡萄畑には幾重にも棚がつくられており、間もなく房に白い小さな花を付けた。広々としたこんな平らな畑なんか見たこともないし、ましてや、綺麗に作られた棚。その棚に、白い小さな花の房が何本も垂れ下がる光景は、長一郎にとって生まれて初めて見る光景だった。「世の中にこんな綺麗な景色があったのか」と思った。

 小さな花が散ると、花の後には小さな緑色の実をいっぱい付けた。やがて大きくなり、夏が過ぎたころ、多くの農家の娘さんやお母さん達が手伝いに来て、新聞紙で作った袋を一つひとつ丁寧に縛り付けていった。

 長一郎は、お姉ちゃんたちに遊んでもらえることから、いつまでも続くといいなと思った。
 葡萄の収穫が始まるちょっと前だったと記憶している。母ちゃんは朝早く、俺と敬二郎を置いて、どこかに出かけ、夜になって帰ってきた。どこから来たのか、知らないおじさんと一緒だった。たすくさんが教えてくれた。

 「長ちゃん、あのな、母ちゃんはこれがらとぎとぎ、遠ぐにいぐことになるがら…おばちゃんといられるんだが…。敬ちゃんも連れていげないところだがら…」
 こうして、母ちゃんが出かけたのは二、三回はあったと思う。その時、長一郎は「べづのひとと結婚すんだろうが…」と思っていた。

 葡萄の取り入れも終わり棚の葉っぱが黄色に変わり、遠くに見える山々は赤や黄色に染まった紅葉が綺麗な高原の秋を迎えたある日だった。
 父ちゃんの実家のおばさんや知らない叔父ちゃんなどがいっぱいやって来た。長一郎も敬二郎もみんな、呼ばれた。父ちゃんの実家の叔父ちゃんが言った。
 「それでは、離婚調停も済んだことだす、調停通り、長一郎は母方に、敬二郎は父方ということでようがすな。ほんじづは、下の子を引き取りにきたんです」

 母ちゃんが泣きながら言った。
 「そんなごど…今だなんて…誰がいいっていえますが…敬二郎はまだ、おっぱい飲んでいるんですよ…あんまりむごいごどではないの?…」
 そして、たすくさんも、泣きながら言った。
 「そんな…むごいこと…できすか?…裁判は…期限を切らなかったように聞いているがら…あんまりにも…きみさんがかわいそうではないのかい?…」
 回りにいた人も、叔父さんに詰め寄った。

 「だれが…敬ちゃんにおっぱいやるんだ…殺す気が。おまえら…。殺す気で…なまみのおやごを切り離す気が…」
 叔父さんは、みんなを、なだめながら言った。
 「だがらさ…きみさんの旦那の剛志さんの妹で、さとさんという人の旦那さんが、戦死して、けえらねぇんださ。さとさんが妊娠していだんだが…この前さ、流産してさ…それで、乳飲み子だったら…引き受けでもいいからって、言ってくれでいるんだべさ…。きみさんだってさ、会いにくればいいんだよ…自由に…」
 母ちゃん方のお爺ちゃんが叫んだ。
 「セイバン(裁判)セイバンと言って…こんな人のなさげも…ないなんて…おめーら…それでも、にんげんがぁー」
 長一郎にも何を話し合われているのかが分かった。
 「おらぁー敬とわがれるのいゃだぁー」
 泣き出した長一郎を母ちゃんがなだめた。
 「いいがす…わだすが我慢すれば…いいこったべがら…」
 
 

 

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2009年7月 3日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(61)

    鬼頭が倒れた

080713_164028_m  鬼頭の調べに穴守が落ちた翌日からは、供述調書のまとめに入った。しかし、鬼頭の心の中には「私情を挟んではいけない」の言葉だけが気になっていた。
 「私の生まれたところからは…」から始まり、家庭環境から生い立ち、事件の経緯を話し言葉で綴られる。そして最後に、被疑者本人が署名・捺印して終わるのだ。こうして、第2拘留の20日いっぱいでまとめ上げられた。

 供述調書の作成を全て終えた鬼頭が署長室を訪れた。調べ室を出る時から足がふらついていた。署長に終了報告に来たのだ。署長の机の前に進もうとした鬼頭の足が、もつれた。立っていられなかった。
 「鬼頭君」と呼ぶ野口署長の声が…遠くで聞こえた。
 城西書に救急車が呼ばれた。署長は警務の女性と生安の少年係り主任の二人に、鬼頭への付き添いを命じた。そして救急隊員に言った。
 「こちらかも手配しておきますが、特異な病気でなければ、しかも緊急かつ重篤な状況でなければ可能なかぎり警察病院に収容してほしいのですが…」
 救急車には救命救急医が搭乗してやり、野口署長の方針通り、飯田橋の警察病院に収容された。鬼頭は意識が薄れていくのを感じた。

  鬼頭の意識が薄れていった
    ×      ×     ×      ×
 この日の父ちゃんは、炭焼き小屋に詰めて木炭にするはずの木が燃え尽きて灰になってしまったことに腹を立て、朝から機嫌が悪かった。
 既に長一郎(鬼頭)には弟が生まれていた。幕田敬二郎と名付けられ、生後三カ月は過ぎていた。父ちゃんも二人の子供を抱え、少しは責任を感じてほしかった。

 炭焼きは、一㍍ぐらいに切ったクヌギなどの木炭用材を窯に入れて、周囲に配した小枝などの燃え材を燃やし、ある頃合いを見て入口を狭める。窯の中が一定温度になれば、木炭用材が熱分解して炭化が始まるという仕組みだ。
 炭化が始まるタイミングが難しく、入り口を狭めるタイミングを逸すると炭化せずに燃え尽きて炭でなく灰になってしまうのだ。

 父ちゃんは、酒を飲みながら炭焼きをするものだから、タイミングを間違い、炭にならないで時々、灰にしてしまう。その度に、母ちゃんや俺たちに暴力的に当たり散らす。
 窯の中が燃えつきたことを知った父ちゃんは、この日も家に帰るなり一升瓶をがぶ飲みした。そして囲炉裏にひっくりかえった。昨夜から食事もしていないので、母ちゃんが父ちゃんを起こそうとした。
 「うるせーんだよっ、てめぇー」
 父ちゃんは平手でなく拳で母ちゃんの顔を殴った。たまりかねた俺が、オモチャとして集めた綺麗な十㌢ぐらいの石を父ちゃんめがけて投げつけた。父ちゃんの目に当たり、出血した。

 父ちゃんの怒りが増した。俺はメチャメチャに殴られ、気を失った。遠くで敬二郎の泣き声が聞こえた。
 揺り起こされた時は、外は暗かった。体が痛くて、歩くのはやっとだった。母ちゃんが耳元で囁いた。
 「長一や、今夜、家を出よう。敬二郎と三人で…もう…母ちゃんは、堪えきれないもの…。死んでも嫌だわ…こんな家…」

 母は私を長一と呼んだ。
 そして一眠りした後、何時頃だろうか? 母ちゃんは敬二郎を背中におんぶし、ねんねこ半纏で覆い、左手に提灯、右手で俺の手を引きながら、そっと家を出た。
 長一郎は、家から坂道を降りるときに見えた、あの阿武隈川が忘れられないのである。お月様が天高くあり、川向こうの山々がシルエットに、キラキラ光る阿武隈川に重くのしかかっていた。
 

 

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2009年6月26日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(60)

 「落ちた」鬼頭の目に涙
080713_164028_m  会議の席上で警察庁の重森薬対課長が言った。
 「これは凄い。どうですか、これで今回の一連の事件は、ほぼ解明されたということですね。問題はこれらの小包がどうやって日本に送られることになっていたのですか?ルートと手段です」
 伊藤が答えた。
 「国際郵便でも最近は取締当局の目が厳しいため、数年前からは北朝鮮が国交のあるマレーシアの船会社からチャーターした貨物船で、自国からの輸出物である海産物を南浦(ナムホ)港から積み出し、中国の青島(チンタオ)港に寄港。そこで穴守宛てだったり朝洋商事の帳亭植宛ての荷物を積み込んでいたそうです。その伝票の写しがこれです」
 一呼吸おいて
 「この船会社と穴守の関係は、伯という中東では有名な貿易評論家が間に入っているようです」
 そして伊藤は、供述調書や関連資料を机に並べた。さらに続けた。
 「青島に寄港した貨物船は新潟西港や塩釜港などで物(ブツ)を陸揚げしていました。荷受け人により場所を変えていたというのです」
 「ちょっと待った」
 鬼頭が質問した。
 「この写真を見ると、新潟の佐渡通信の潰れた小屋から発見された小包の宛名の部分は、この写真と全く一致する。そうすると、新潟県警も絡んでくることが確実になった訳けですね」
 風間が言った。
 「捜査二課が言っていたブツの流れがこれで解決した訳だ」

 重森課長がこれに続けた。
 「よって北朝鮮の覚せい剤の国内流入ルートは、この貨物船による穴守ルートと、朝洋商事が関与したような工作船による瀬取りのルートの存在が明らかになり、篠原組や朝洋商事が操るイラン人密売人の暗躍。新潟の佐渡通信のような特殊販売ルートなども解明できたことになります」
 瀬上生安局長がこう結んだ。
 「今回の事件では、それぞれが幾つかの役割分担で進められている総合的な犯罪であること。それぞれがまとめ役として暴力団の後藤田やあるいは朝洋商事の帳、あるいは副社長の林功一、北朝鮮関係者の親族で、はい乗り者の羹。評論家と言われるブローカーなどであるが、その背後には、たまたま、まとめ役の穴守のような人物が存在した」
 瀬上は机に出されていたペットボトルの水を一口飲み込み、さらに続けた。
 「しかし、日本の法体系や与えられた捜査権からは米国のFBIの様なことは出来ません。したがって今回は、それぞれの県警がそれぞれ担当している事件で法的な手続きを含めた処理をお願いしたい。忘れないでほしいのは手続き上から一見してバラバラのように見えますが、実は、日本警察が一丸となってまとめあげた『一つの事件』であることです。本当にご苦労様でした」

 

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2009年6月19日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(59)

    中国公安部の連携
080713_164028_m  東京・霞が関のある庁舎で極秘会議が開かれた。九州西南海沖における北朝鮮工作船に絡む殺人、漁業法違反事犯の関連捜査をしている警察の全体会議だった。会議には警視庁をはじめ大阪府警、新潟県警、宮城県警、鹿児島県警など三十六都府県警の刑事、生安、公安関係の担当者が集められた。警察庁からは関係局長、担当課長、理事官など幹部が出席している。
 各県警が担当している捜査の途中経過等が報告され、警察庁からの最終的な詰めも行われた。さらに、総合調整という名のもとで、お互いに情報を交換する場でもあった。これは〝事案の可能な限りの一本化〟という捜査方針に基づくもの。背景には将来、予想されるだろう広域かつ多様な各種犯罪に向け、日本警察の威信をかけた捜査の総合演習でもあった。
 特に注目されたのは、中国公安当局との犯罪捜査協力の進展。日本と米国、日本と韓国の間では、相互に犯罪人引き渡し条約があり、罪種によっては外国人被疑者の引き渡しが行われる。
 しかし、条約の締結がない国々では、自国民が犯人と特定された場合、お互いに不利になるような扱いを避けるため、罪はおろか捜査の力は及ばないことになっている。
 犯罪のグローバル化が進み、国境を越え、マフィア同士が手を結び組織化する。さらに罪種は窃盗や強盗・殺人だけでなく、それらの犯罪に薬物が絡んだり、銃器や兵器等の取引も絡むなど複雑化。
 新たなインフラとしてはインターネットや携帯電話という通信手段が登場するなど、これまでの捜査手法では追いつかない状況になってきた。
 日本国内では来日外国人犯罪が急増し、特に近年は中国人によるそれは組織化。つまり日本の暴力団と手を組むなどの緊急かつ重大な局面を迎えているのが現状だった。
 中国、韓国、ブラジル、イランなど各国の犯罪者が手を組むという国際的な組織化も一段と進み、犯罪収益金も金融機関の国際化も手伝ってそれぞれの国内で分配が可能な時代にある。
 このため日本警察庁は、中国公安部と連携をとる必要があるとし、この数ヶ月間で国家公安委員長をはじめ警察庁長官も中国を訪れたほか中国からも公安部の幹部が来日するなど犯罪捜査面での協力関係は、急速に進展した。
 そのような状況のなかで、北朝鮮の日本に対する国家的な犯罪に対応するためとして、捜査員を中国に派遣し同国の捜査機関である公安部の協力が得られたということは、歴史的にも意義が大きかった。
 

 

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2009年6月12日 (金)

★連鎖小説警視庁薬物特命捜査官(58)

   鬼頭は「落ちた」と思った
080713_164028_m_2   鬼頭は調べ室に戻っても、穴守には弁護士の件は話題にしなかった。
 ーーところで穴守さんよ、北上という人物は知っているかね?
 「知らないね」
 ーーみちのく連合は?
 「だからどうした?弁護士から何か言われたろう」
 ーー署長が応対したら、納得して帰ったらしいな。そんなものはどうでも良いんだ。ところで、あんた、嘘つくんじゃぁねぇーんだよ。穴守。ええ加減にしろよ=こらっ
 鬼頭は立ち上がり、穴守の右側の背広の襟を掴み、揺さぶりながら手前に引き寄せ、睨み付けた。唾が穴守の顔にかかった。態度の急変に穴守は驚いた。
 「……」
 ーー北上をしらねぇーだと。いつかお前に言ったよな…みちのく連合って…あれよ、暴走族なんだよ。昭和45、46年当時のな。その時のチームリーダーなんだよ。ここまで言ったら、もう分かるだろう?
 「しらねぇよ」
 鬼頭はさらに語気を強めた。
 ーーそれでも、知らない。今度はこっちから教えてやるよ。忘れているってことがあるからな。昭和46年8月10日未明、お前が22歳の時…塩釜漁港入り口で何があった?
 「……」
 ーーお前が魚の荷物を市場から運び出している時に、暴走族集団から襲われた。魚がメチャメチャにされてよ。お前は塩釜西署に被害届を出したよな。覚えているか?
 「忘れたな、そんな古いことさ…」
 ーーお前って、本当に運が良いんだよこれが…。運良くな、塩釜西署にその記録があるの…。示談でお前と北上が握手している写真が…
 「忘れていたよ」
 ーーこの事件でな、北上は暴走族を解散することになった訳だ。
 「そんな30年も40年の前の話しをしたって忘れてるよ…」
 ーーその北上がよ、実は大阪の後藤田の組…ほら、なんて言ったっけ?
 「篠原組だろう」
 ーーそうそう。お前知っているんじぁないかよ。その篠原組の仙台支部として関東連合を立ち上げるんださ…北上が…これ。お前とは運命の出会いなんだよね…
 「……」
 ーーそれで、お前は後藤田と知り合う訳さ…なっ…そうだろう…
 「良く作られている小説だね…」
 ーー嘘つくんじゃねぇーんだよ
 鬼頭は今度は机を思いっきり叩くと同時に穴守を蹴飛ばそうと足を伸ばした。しかし机の下で見えないため目測を誤り、空振りに終わった。
 ーー例の通信傍受でな。後藤田とお前が話しているだろう?再現してやろうか?
 「……」
 鬼頭は2人1役でだみ声と大阪弁を組み合わせて、落語家よろしく妙技を披露した。
 ーーええか、だみ声がお前で大阪弁が後藤田だよ 
    …………………………………
  「それでキンはアナやんには何にゆうた?」
  「だからさ、あのバカ野郎がさ俺に一千万出せって言うんだよ。だったらお前は、約束したブツが手に入らないでは済まされない。責任をどう取るんだって言ったよ」
 そして、だみ声の男はさらに続けるんだ。
  「だったら出るところに出るって言うから、どうしようもなかった」
  「で、やっちまった?…。大丈夫でっか」
  「奴は骨董(古物)屋だから…もともと俺たちとの接点はない。サツ(警察)にはバレないと思うよ。ただ彼は射っていたようだ。どうも俺たちから出たブツを掠(かす)めていたような気がする」
 「二割ぐらいは横流ししてるんとちゃいますか?」
 「金はもろうたからええけど…何処に流していたんかなぁ…。ところで会長はん、今度はいつ頃入るんでっか?。それにやっちまったキンに代わる者おるんかね…」
 「もう北はだめだ。特に船はな。重油か何か液体に溶かして入れるっていう手もあるとかなんとか言ってたな。単価が高くてしょうがないんだそうだ」
    …………………………………
 ーーどうだった。穴守さんよ。
 「……」
 穴守は顔色が変わった。ますます無口になっていった。
 ーーもっと言ってやろうか?
 「……」
 ーー東京の朝洋商事って知っているか?
 穴守は首を横に振った。
 ーーそこになっ。帳さんという社長さんがいるんだ。副社長さんには林功一という人が…なっ。
 「……」
 ーーその朝洋の銀行口座がさ、MFG銀行新宿支店の普通348×××…というんだ。その口座から…四葉銀行新宿支店の木川田鈴子名義の口座にさ、毎月80万円から90万円の金が送られていたことが明々白々なんだよ?これ、どう、説明するんだよ
 「……」
 ーーそこの元社員でな、今は評論家している伯という在日朝鮮籍の人を知っているか?
 「……」
 ーーこの人の電話番号が、殺された金山さんの持っていたメモにあったんだ。お前、番号を知っているか?
 「知る訳、ねぇーだろう」
 ーーおぅっ、ようやく口開いたね。教えてやろうか。070ー538×ー×××…という番号なんだよ。記憶にないか?
 「……」
 ーーこの伯さんにお前は、中東の経済問題で講演を依頼しているね。2年前の春だよ。2年前の何月だっけ…
 「ああ、頼んだ」
 ーー頼んだよな、これは嘘つけないものね。地元新聞に載っているものね。
 「……それで…」
 ーーここからが面白くなる。その伯さんの紹介で、マレーシアのサバ州にある貨物船の船会社を紹介された?
 

 

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2009年6月 5日 (金)

★連載小説警視庁特命捜査官(57)

  弁護士の講義
080713_164028_m_4  

 海洋商事の会議が始まろうとしていた。
 「鬼頭さんのおっしゃった通りになりました」
 城西署の生安課長が鬼頭に駆け寄ってきて囁いた。
 署長、副署長、刑事課長など幹部が集まるのを待って会議が始まった。冒頭で生安課長が立ち上がり、得意満面の顔で喋りだした。

 「鬼頭警部からの指示で九州の頴娃町に捜査員を派遣しておりましたが、その本庁薬対の捜査員と本署の捜査員が帰って来ましたので、捜査の結果報告をしてもらいます」

 課長の紹介で身長180㌢はある大男が立ち上がった。
 「薬対の小野塚です。今回の捜査は、例の朝洋の赤のベンツがNシステムでヒットした指宿市の海岸線で聞き込みをしてまいりました。その結果を報告します」

 ひと呼吸おいて小野塚が喋り出した。
 「カーナビの記録にありました指宿枕崎線のレストランで、社長の帳と副社長の林功一など複数の顔写真で首実験した結果、複数の従業員が林の顔を指して『この人が東洋系の人と食事に来た』という証言を得ました」
 この言葉に、野口署長が声を出した。
 「おい、時間的には…」
 「あの最後の通信記録があった9月××日です」
 小野塚が答えた。さらに野口署長は身を乗り出して聞いた。
 「東洋系と言っても北朝鮮とは限らないだろう。何で結びつくんだね?」
 「注文したのがカレーライスとコーンスープ、それに刺身定食というアンバランスだったので記憶しているのと、注文をとるときに一人はまったく日本語がダメで朝鮮語を話していたそうです」
 小野塚は林の住民票と朝洋商事の経歴書を示しながら続けた。
 「林副社長は在日朝鮮籍の人物であり、朝鮮の言葉は話せるそうです」
 さらに小野塚から驚きの言葉が飛び出した。

  「例えば、北の工作員が日本に上陸しますよね。言葉が通じないですよね、あの周辺には深夜コンビニがいっぱいあるんですよ。それで買い物をするのではないかと思い、防犯ビデオを捜しました。見つかりました。その写真がこれですが、レストランで確認したら間違いないことが分かりました」
 その場は騒然となった。小野塚が写真を持って署長席に歩み寄った。みんなが写真を見るため集まってきた。

 写真を手にした署長が言った。
 「これが、北朝鮮の工作員だと言うのか」
 鬼頭が続けて口を開いた。
 「やりましたね…。ところで林の調べは順調に行っていますか?。私は穴守の調べに専念していて申し訳ありませんが…」
 署長の右隣にいた生安課長が答えた。
 「林は下町で調べていますが、Nシステムとカーナビの組み合わせにはビックリして、もう『何でも話します』と言っているそうです。完落ちになるのでしょうかね」
 野口署長が笑いながら言った。
 「もともと帳社長と意見が合わなかったのではないの?。肝心の帳はどうなっているんだ」
 「現在は金の流れを中心にしております。それで、狙いは林との供述の食い違いを突くために、九州の結果待ちのため、まだ触っていませんでした」
 調べを担当しているキャップの榊原特命捜査官がこう答えた。署長も鬼頭も納得した。そして林の調べに期待感が持たれた。

 

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2009年5月29日 (金)

★連載小説警視庁特命捜査官(56)

  広瀬川のアウディの謎

080713_164028_m_3   穴守の調べは、素っ気ない会話から始まった。
 ーー今日は8日ですね。七夕様ですか?。仙台の七夕は8月でしたね。お飾りは作ったことありますか?
 穴守は、何も答えなかった。
 ーー私は仙台に住んでいたことあるのですよ。ところで、木川田さんですか?奥さんの。戸籍では穴守鈴子さんとなっていますね。なんで四葉銀行の名義人に木川田姓を使っているのですか?。
 穴守は、黙った。
 ーー話しずらいのでしたら、こちらから言いましょうか?
 「……」
 一言も口を開こうとしない。鬼頭は穴守の顔を見続けた。20分はしただろうか、鬼頭の補助が咳払いをした。
 ーー言いたくなければ言わなくても結構ですよ。我々が組み立てますから…間違ったら言ってくださいね。組み立てると言っても証拠に基づいてですからね。間違ったまま話しを進めるとね、後で、貴方自身がつじつまが合わなくなって困るんですよ。こちらとしては理路整然と話しているつもりですからね。
 「……」
 それでも完黙が続いた。両手を机の上に乗せて、しきりにすり合わせている。「これ以上は放置できない」と鬼頭は続けた。

 ーーさらに言うとね。こちらの調べは、ガラス細工のように組み立ててあるんですよ。
 「……」
 「ガラス細工」と聞いた瞬間、穴守の手の動きが止まった。
 ーーでは、次に進みますね。黙秘なら結構ですよ。我々の方に記録は残りますからね。判断材料にはなるんですよ。

 その瞬間、穴守が口を開いた。
 「あのさ、朝から、何をベラベラ一人でまくし立てているんだね」
 ドスの効いた声が狭い調べ室に響き渡った。
 ーー貴方が、答えないので時間がなくなると困るので…ね。だったら答えて下さいよ。無理にとは言いませんから…。貴方の会社には経理部とか営業部とか部は幾つあるのですか…。
 「部かよ。確か…五つだよ」
 穴守は、ようやく話しに乗ってきた。
 ーーその中で経理部の格は? いやいや格と言っても、核爆弾の核ではなくて、格上とか格下とかいうあれですよ。社長室より力はあるんですか?
 「んな訳はねぇだろうよ。うちは社長とは言わんがなぁ」
 ーーでは、何と呼ばれているんですか?中東貿易協力会の会長さんですか?
 「あれは商売でないからさ。親父さんて呼ばせているんだよ」
 穴守は両手を後頭部で交差させて椅子に寄りかかるような姿勢をとった。
 ーーほう、中東貿易協力会は商売には関係がないと言うんですか?
 「金儲けどころか金を食う虫だよ。世話役だけなんだよ」
 穴守が調べ室の時計を見た。鬼頭も一緒に見たら正午の十分前だった。
 ーーもう昼ですね。午前中の部はこの辺で終わりにしましょう。
 鬼頭は、穴守の朝の表情が硬かったので午前中は攻撃に出るのを見合わせた。中東貿易協力会なる実体の把握にジャブを入れた程度で半日は終わった。

 午後は、一つだけ攻めたかった件があった。金山剛の件だった。攻めに入ると鬼頭の顔色が変わる。
 ーー東京の古物商の金山さんの件だがね。アウディに乗っているの知っていますよね?
 「なんなんだよ、この前からアウディ、アウディってよ。何を聞きたいのか?」
 ーー良く覚えていましたね。たった一度しか言っていないのを…
 「俺はよ記憶がいいんでな。なんでおかしなことを言うんだと記憶していたのよ。なんなんだよアウディはよ」
 ーーそんなに気になるのですか?
 「言ってみろよ。答えてやるからさ…」

 この態度に、鬼頭は怒りを感じた。穴守の目を見ながら鬼頭は黙った。10分は経過しただろう。鬼頭は前回の調べで声を荒げる時があったが、今回は、あくまでも丁寧な会話に徹した。
 ーーじゃあ聞きますね。しっかり答えて下さいね。
 鬼頭はわざと時間をかけた。穴守の表情を見るためだった。
 「早く言えよ、早く…」
 ーー……
 今度は鬼頭が黙った。

 

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2009年5月22日 (金)

★連載小説警視庁・特命捜査官(55)

       そして、穴守の調べが始まった

080713_164028_m_2  鬼頭と風間は、お礼を言って捜査二課長室を出た。鬼頭は立ち上がった瞬間、めまいを感じた。「疲れているのかな」と思った。
 風間は新橋分室に帰るという。鬼頭は、このまま城西署に向かうことにした。丸ノ内線の霞ヶ関駅に向かって歩き出した。やはり鬼頭はめまいを感じていた。ホームに着くとすぐ電車が入ってきた。空いている時間帯だったので鬼頭は座席に座れた。池袋は終点なので眠ったとしても乗り過ごすことはないだろうと思った。
 ところが誤算だった。鬼頭が気が付いた時には新宿駅だった。池袋からまた新宿に戻ってきたことになる。時計を見たら午後4時半。時間的に一往復したことになるのか…

 鬼頭が城西署に着いた時には、副署長も署長も会合があるので署内にはいなかった。生安課に行ってみたが課長も不在だった。帰って来ないという。鬼頭は風間に電話を入れて帰ることにした。
 鬼頭が荻窪の自宅に着いたのは午後8時前だった。妻の絵美がビックリしたように鬼頭を迎えた。
 「どうなさいました?顔が青いようですが…」
 「あぁ、寝ていないんだよ。書類の点検で…」
 「定年まであと一年…気をつけて下さいよ。若くはないのだから…」
 鬼頭は妻のこの言葉に胸が痛んだ。今にも泣きたい衝動にかられた。
 「きょうは幸子も泊まりなので、貴方の帰りも遅いと思っていました。外に食べに出るのはお疲れでしょう?。何か出前でも取りますか?」
 絵美は長一郎を気遣った。鬼頭は疲れていたが、このまま絵美と二人でいると、なぜか居た堪らない気がした。
 「外に食べに行くか。久しぶりのデートだな」
 「疲れているようなので、焼き肉にでもなさいますか?」
 鬼頭はできるだけ笑顔を作った。穴守の事は妻にも言えないと、心の中で繰り返した。
 「そうだな、焼き肉で良いよ。ジュージューはダメだぞ」
 妻がビックリして聞いた。
 「ジュージュー?何ですか?そんな店ありましたっけ?」
 鬼頭は笑いながら説明した。絵美は、今、やっている仕事の関係している焼き肉屋の屋号だと分かると腹を抱えるように笑った。
 二人はビールで乾杯した。
 「あらっ、きょうは、浦霞でなくても良いのですか?」
 絵美は鬼頭がビールだけを注文したことを気にした。鬼頭はめまいがするので酒を飲むのを控えたのだった。
 絵美は風呂で久しぶりに長一郎の背中を流してくれた。絵美は、長一郎の背中を見て年齢を感じた。

 

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2009年5月15日 (金)

連載小説 警視庁薬物特命捜査官(54)

   中国の銀行口座の解明
080713_164028_m   風間が、重森の顔を見ながら言い出した。
 「それでですね、穴守の調べなんですが、現在、鬼頭警部が覚せい剤中心にやっていますが、少なくても一拘留までは覚せい剤中心に調べを進め、地下銀行関係はその都度、調べに入るという方針では如何でしょうか?」
 重森と同時に小嶋課長も「その方が良いのでは…」と答え、小嶋課長だけがさらに続けた。
 「そうしてもらえれば、途中で中国の情報が入れば大いに役立つのではないかと思われますが…」

 部屋に入る西日からして夕方近くになっていた。最後に霧島生安企画課長がこう付け加えた。
 「重森君な、どうだろう。警察庁で全ての関係する警察本部捜査責任者を集めて一度、合同会議を開いては…」
 「分かりました。一度開こうと思ってはいるのですが…、計画ばっかりで…局長に聞いて決めましょう。それにしても、きょうは風間さんと鬼頭さんの報告だったはずだが…こんなに盛り上がってしまいましたね」
 重森はこう答えて打ち合わせ?は終了した。
 警視庁に戻った風間と鬼頭は捜査二課長室を訪れた。課長室には石本課長のほか捜査二課の伊藤管理官が同席していた。石本課長が口火を切った。
 「詳細についてはチャートにしておきましたので検討して下さい」
 伊藤管理官が続いた。伊藤は石本課長より10年は年上だった。キャリアの石本も若いと言っても大阪府警の捜査2課長を経験していた。
 「その図解にもありますが、四葉からの引出し役は木川田のカードを使っていますが、実際は新城商会の会計担当の井森敦夫が担当していました。それを東京大東銀行新橋支店の淋公平名義の口座から香港の外資系銀行香港支店に送金。口座名義人は梁の経営する海南商会です」
 伊藤管理官はさらに続けた。
 「それで、その先ですが現在、中国公安部に照会中ですが、香港支店からは何人かの中国人が引出していることが確認されました。ボスは福建省にいるらしいのですが、大部分は海南商会の梁に渡っています」
 管理官は、「続けて良いですか?」と石本課長に念を押して
 「この梁の経営する海南商会は海産物の業者でアサリとか蟹類、松茸なども扱っており、北朝鮮との取引が一番多いそうです。ここから先が問題なのですが、実は中国公安部が数年前から薬物マフィアの取り締まりに乗り出していたのですが、そのきっかけとなったのが海南商会の関連企業でした」
 「つまり、北朝鮮から流入する覚せい剤の調合を行っていたことが分かり、関連会社を摘発したのです。関係資料が必要なら捜査員を派遣すれば協力すると言ってきています」
 

 

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2009年5月 8日 (金)

小説警視庁薬物特命捜査官(53)

      突然の報告会

080713_164028_m
「早いんですね。ありがとう…。もう起きます。きょうこれから…。そうだ送致だっけ」
 鬼頭は、髪の毛を気にしながら留置室に走った。その仕草に白鳥は、吹き出した。
 歯磨きを済ましたころ、携帯が鳴った。妻の絵美からだった。
 「貴方、着替えをどうなさいますか?。お持ちしますか?」
 絵美のこの声が、今朝は何故か特に優しく聞こえた。
 「そうだな、今日は調べがないから…。帰れると思うから…いいや」
 鬼頭は、母親と絵美の年齢をだぶらせた。絵美は私より五つ年下だから今、五十四歳。母は五十二歳で亡くなっていた。「母と妻の年齢を比べてどうするのか?」と自分で思った。そうしたら鬼頭は「母ちゃん。どうすれば良いんだ」と、思いっきり絵美にすがって泣きたくなってきた。
 鬼頭が新橋の特命捜査官室に着いたのは午前九時を少し過ぎていた。署長報告を済ませてからの出発となったためだった。
 部屋に着いたのは丁度、警視庁ニュースが流れている途中だった。警視庁では毎朝九時に庁内ニュースを全館放送する。当然、管内の百一署にも一斉放送されるのだ。
 「警察庁の重森課長が君の話しを聞きたいと言っていた。午前中、二人で行くか?」
 理事官からの言葉だった。鬼頭は、コーヒーをすすりながら、理事官に聞いた。
 「よろしいのですが…理事官のご都合は?」
 「ご都合?どうしたの今日は。いやによそよそしいですね。もうよその人になってしまいましたかな?」
 礼によって理事官のジョークが飛んだ。
 「会議があるのではないでしたか?昨日は理事官がそう言っていたような気がしたので…」
 「会議と言っても、午後の都合の良い時に君との打ち合わせと二課とのすりあわせでもしようと思っただけだよ。それに…」
 理事官が口籠もった。
 「それに…は何ですかね?」
 「いや、地下口座の件。二課が調べている名義人の木川田鈴子だが…。名義人だけでなく穴守を調べたいと二課が言ってきた場合、十日で渡した方が良いのか、どっちか片方だけとは行かないような気がしたのでね…」
 鬼頭もどうするかと気になっていた部分だった。覚せい剤を完全に絵を描くまでには、まだまだ一日だけの感触では読み切れない部分もあった。
 「どうでしょう。一応、昨日は北朝鮮との仕事関係は素直に認めました。勿論、覚せい剤五百㌘を二百五十万円で後藤田に売ったこと。二百五十万円は木川田の口座に振り込ませたという事実は認めています。時間的に北朝鮮と覚せい剤の関係にまで行けなかったがある程度の時期が来たら、二課と同時に調べるという方法はいいのではないのかと…」
 風間が鬼頭に聞いた。
 「個々の話しだからだが…これからは組織の部分に入るとなると、金の流れと絡めて調べたほうが強いような気がするのだが…鬼頭君はどう思うかね」
 鬼頭も是非、そうしたいと思っていた。そうすれば私情を挟む余裕はないと思ったからだ。
 「勿論、中心は北朝鮮から流入する覚せい剤の国内密売組織の解明にある訳で…鬼頭君の調べが中心で良いのだから…。鬼頭君ね。重森課長とあらかじめ打ち合わせしておいてから、二課との話し合いに臨んだほうが良いと思うんだよ。それで…」
 鬼頭もこの風間理事官の意見に賛成だった。
 重森に電話で時間の打ち合わせをすると重森は午後一時からではどうかという。風間は捜査二課長の石本に電話、その内容を伝え「警察庁が終わり次第に打ち合わせを開始する」ことで一致した。
 警察庁の十八階の重森薬対課長の部屋には、刑事局の捜査一課理事官などが集まっていた。生安からは霧島企画課長、警備局からは小嶋外事課長も来ていた。会議でもないのに感心の高さが分かった。
 「ご苦労さんです。ちょっと聞かせて貰ってもよいでしょうか?」
 小嶋課長が風間理事官に聞いてきた。風間は、面食らったように驚いた。
 「そんな、もう解決ではありませんからね。私のほうは重森課長に報告と打ち合わせに来ただけですから…」
 重森が言った。
 「もう、どうしようもないのですよ。警視庁から鬼頭さんと風間さんが来られると言っただけで、こうなんですから…」
 

 

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2009年5月 1日 (金)

小説警視庁薬物特命捜査官(52)

     父の暴力はひどかった
080713_164028_m   父の剛志は、幕田家の次男でもあり、所帯を持つには一軒家を建てる必要があった。だが、にわか結婚だったため、土地の手当てがつかず、村の集落から3㌔も離れた山の斜面に掘っ建て小屋同然の家が造られた。だから、電気も水道もなかった。井戸水は、近くを流れる沢から汲んでくるものだった。
 「よっ、なんで晩げの用意さ、こんだけおそぐなったんだっぺや」
 既に父ちゃんは焼酎を飲んでいた。怒鳴るような大声で母ちゃんに言った。「酒のつまみがない」が理由だった。母ちゃんが答えた。
 「ずっか(実家)のとうちゃんとばぁちゃんと話すこんだんださ」
 「だったら、なんでそんなとこに行ったんだべさ」
 父ちゃんが食卓を蹴飛ばしながら言った。
 「だって、おかずがないんでないの。もらいに行ってきたべさ」
 と母ちゃんが答えた。その言葉が気に入らないらしかった。
 「ばがもの。てめぇー、くつごだえ(口ごたえ)すんでねぇんだよ」
 言葉と同時に、ご飯の茶碗を母ちゃんめがけて投げつけた。

 母ちゃんの胸付近に当たった茶碗が壁にに当たり、大きな割れる音がした。長一郎が父ちゃんに泣きながら、言った。
 「父ちゃんさ、なんで母ちゃんばっかし、いずめんのか…」
 「うるせーんだよ、このガギ」
 言葉と同時に父ちゃんは長一郎の胸ぐらを突いた。長一郎はひとたまりもなく台所の戸棚に後頭部を打ち付けた。同時に父ちゃんは、囲炉裏にかけてあったヤカンを土間に投げつけた。
 「なぬすんですか?」
 母ちゃんが泣きながら長一郎に駆け寄った。父ちゃんのビンタが母ちゃんの頬を何度も打った。髪の毛を掴んで母ちゃんを振り回した。
 「やめでくだせぃ」
 母ちゃんは必死で頼んだ。
 ひと暴れした後で、父ちゃんは、また酒を飲み出した。母ちゃんが実家から貰って来た大根の漬け物を一人で食べてしまった。そしてイビキをかいて寝込んでしまった。
 結局、この夜は食べるおかずがなく、長一郎と母ちゃんは、梅干しとご飯にお湯をかけてすすった。
 こんな騒ぎだから、風呂なんて無かった。水を汲む暇が、母ちゃんには無かったからだ。
 

 

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2009年4月24日 (金)

★小説警視庁薬物特命捜査官(51)

       鬼頭は母親の夢をみた
080713_164028_m   こうしてジョークも飛び出したが、鬼頭自身の心にも大きなシミが残った。一人になりたかった。大野村、オオノムラ…。思い出すまいとしても…どうしても頭から離れない…。いけない…。その前に自分は警察官であるべきだ…。
 明日は拘留尋問の日だった。どうしても今日中に、覚せい剤の件は認めさせないと…鬼頭は高圧的に出てみた。
 ーーどうだ 穴守
 自分でもびっくりするほど大声だった。
 「何ですの?」
 突然、抑揚が東北弁になった。落ちる瞬間とみた。
 ーー覚せい剤は認めるよな 後藤田に渡した件だよ。男だろうお前。それ以上、俺に言わせる気かよ。あのグッチから…モンが出たんだよモンが…。モンって分かるか?
 「指紋でしょっ…」
 鬼頭は今度は、ゆっくり時間をかけた。次の質問はしなかった。それは相手に時間を与えていたのだ。十分な時間だった。指紋が出たことは。もはや「秘密の暴露」でもなんでもなかった。なぜなら、熱海のホテルでの密会は映像があるからだ。しかし、映像の存在だけは隠した。
 「私の記憶違いでした。認めます…申し訳ありませんでした」
 約七、八分はかかった。ようやく認めたのである。意外に短いほうだ。これで第十七条の譲渡及び譲受の制限及び禁止は立件出来た。
 鬼頭はこれで一拘留は乗り切れると確信した。「あとは十三条だな。大阪府警に負けられない」と唇を噛んだ。
 ーーそれでこそ君は男なんだよ。ねっ。穴守さん
 「……」
 ーーで…幾ら、貰ったの?お金をさ
 「いゃ、渡してくれって…頼まれただけだから…売買でないので…」
 ーー今度は…そうしてシラを切るのですか?
 「……」
 ーー……
 「……」
 ーーあのねっ、俺たちは あなた方の電話の会話を録音しているのです。
 「……」
 ーーまだ分かんない?電話の声を信じないのなら…君の声との声紋鑑定だってできるんだぜ
 「……。五百㌘あったので…二百五十万円貰いました…」
 ーーそうだよね。よく言ってくれました。奥さんの口座に振り込んだんだよね。どうだっ。楽になっただろう?
 「刑事さんさ、これでもう終わりだろう?全部、認めたんだから…」
 ーー今、何時だ。もうこんな時間か。ようし。では今日のまとめだ。明日は地検送致だからさ。穴守さんよ。明日は検事さんだからね。調べは…
 逮捕令状による通常逮捕でも緊急逮捕でも、警察に逮捕された被疑者は、四十八時間以内に地方検察庁に身柄とも送検される。朝の午前七時から八時の間に警察署からバスに乗せられ、集団移送されるのだ。そしてその日は二十四時間が検察官の持ち時間なのだ。
 穴守にも鬼頭にも精神的に長い一日だった。「今夜は眠れない」と思ったのは穴守ではなく鬼頭だった。鬼頭に電話が入った。風間理事官からだった。
 「風間です。どう、手間がかかりそうか?」
 「いゃ、覚せい剤の譲渡は認めました」
 鬼頭は、言葉が少なかった。やや時間を置いて風間が続けた。
 「それで大阪府警のベーやんからなんだけど、覚せい剤の入ったポーチから穴守の指紋が出たという報告が来たよ。使えるだろうと思って…」
 「分かりました。ありがとうございますだが…。だろうと思って既にその手は使いましたよ」
 風間からは、その他府警の調べの内容、警視庁捜査二課の地下銀行の捜査報告など次々に聞かされた。そして明日、打ち合わせのため本部に来るよう指示が出された。
 「分かりました。理事官ね、私は今夜、署に泊まりますから…」
 「良いよ。で、また、どうしてそんなことになるの?」
 理事官が聞き返した。
 「ちょっと一人になって整理したいことがあるので…」
 鬼頭は歯切れが悪いと自分で感じたが、理由を隠した。理事官は、それ以上突っ込んでこなかった。阿吽の呼吸だと思った。
 

 

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2009年4月17日 (金)

★小説警視庁特命捜査官(50)

  調べは確信へ
080713_164028_m 熱海での取引…鬼頭が気にしているのはグッチのウエストポーチだ。
ーーどこにあるんだよ。それは?…
 「なんでだよ。家にあるだろう、女房が持っているよ」
 ーーちょっとさ。そのバック見たいんだよ。小山田君さ宮城県警に連絡して穴守の奥さんから事情を聞いてくれと連絡してくれないか?穴守よ、調べはそれまで休憩だ。
 この言葉に穴守の表情が変わった。
 「ちょっと待ってくれよ。なんなんだよ。女房に関係ねぇーだろう」
 ーー奥さんの名前は?なんて言ったっけ?
 「だからさ、女房と何の関係あんだよ?」
 ーー何で関係あるって? 場合によっては逮捕だよ。奥さんが偽証すればな
 「なんでバックなんだよ。盗んだとでも言うのかよ?」
 小山田警部補がドアを開けて出て行こうとした時、穴守が言った。
 「ちょっと待ってくれよ。今、思い出すから…しばらく時間をくれませんか…」
 ーーもういい。お前のことなんか信用しない。小山田君行って、早く行ってよ。そして看守を呼んでくれないか?
 こうして、その日の調べは打ち切られた。
 
 翌日の調べで、穴守の心の変化を期待した鬼頭は、留置所に自ら迎えに行くと同時に看守に昨夜の様子を聞いた。看守が報告した。
 「調べ室から帰ってきてから沈みがちで夜の食事は普通に食べたものの、寝付きが悪いらしく午前二時ごろ起きて考え事をしていました」
 鬼頭は、これで行けると思いながら穴守を連れ出すため留置所に行って声をかけた。
 「お早う、どうだ。寝られたか?」
 穴守の目は充血していた。
 「……」
 調べ室に来るまでの様子を見ながら後ろを歩いている鬼頭を気になるらしく、盛んに振り返る。鬼頭は敢えて無視した。そして言った。
 「前を見て歩けよ、ほら…」
 鬼頭は、きょうは一気に攻めることを決意していた。小山田警部補は既に机に座っていた。鬼頭が穴守を座らせると穴守のほうから、鬼頭に話しかけてきた。
 「刑事さんよ、思い出したことがあるんですが…」
 ーーじゃ、これから始めるから…小山田君、いいねっ
 

 

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2009年4月10日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(49)

     秘密の暴露

080713_164028_m 鬼頭の穴守の調べは佳境に入りつつあった。事件の取り調べにプロローグなんていらない。ズバリ。単刀直入に入ることで表情が読める時がある。
 …それで、北朝鮮からの輸入物が多いようですが、関係が出来たのは何時ですか?
 「あれは…親父が死んでから…昭和四十年代後半か五十年代の初めのころだったか…、とにかく日本近海の魚介類が一時、手に入らない時があったんだよ。特に宮城県内は冷水塊の影響でさ。そんな時にある人から薦められて北朝鮮のアサリなら安く手に入ると言われた。但し、俵で一俵以上でないと高くつくので…ある団体としか言えないが…協同で買うことになったんだ…」
 結構、『話せる男だ』なと鬼頭は思った。北朝鮮という言葉に、驚きも躊躇もしなかったのてある。こんな容疑者は普通、事件の入り口になるので、モジモジするものだが、この男は違ったのだ。「何故だろう」と鬼頭は思った。
 …それで、だいぶ儲かった?
 「当時は、別に産地名を書く必要もないし…。そのうちにアサリだけでなく、ウニの塩漬けも送って来るようになると運送料が安くつくんだよ…それでようやくかな…」
 …船は何処に入港したの?
 「塩釜さ、なんでだよ=」
 …そうか、塩釜港だけですか?…それで覚せい剤は?
 「………」
 …言えないのかね?何で突然、黙るのですか?
 「北朝鮮からなんて覚せい剤は入れていないよ。何を証拠にそんなこと言うんだよ」
 …誰も、北朝鮮から覚せい剤を入れたと言っていませんよ。ただ、覚せい剤は?と聞いただけですよ。
 「これって、誘導尋問じぁないのか?」
 …別に…『不利なものは答えなくて良いですよ』って言ってありましたよね。じぁ、今回、後藤田に渡したのは…?
 「後藤田なんていう人物は知らないなぁ。そんな飛躍した話しになるんなら…今後は、黙秘させて頂くさ」
 …ほう。黙秘か?。ふざけんじゃぁないよ。お前な、通信傍受法って知っているか?えっ。間違っても盗聴法なんて言うんじゃないよ。今は、列記とした法律があるんだよな。残念ながら…穴守よっ。
 鬼頭の語気は激しかった。だが、言ってしまってから鬼頭は「しまった」と思った。調べはリズムだと先輩から教わっているが、持っている証拠や捜査手段を明かす調べ官は最低の部類に入る。
 本人しか知り得ない「秘密の暴露」がなければ公判維持はできない。証拠を突きつけることで一番怖いのは「警察が勝手に言ったこと。無理に認めさせられた」と、ひっくり返された例は数多くある。
 鬼頭はどこかで、「秘密の暴露」引き出さないと…と焦った。
 「じぁ、俺の電話を聞いたというのかよ?」
 今度は鬼頭が黙秘した。黙秘したと言うよりは、次の一手を考える時間が欲しかったのである。
 「聞いたのかよ。えっ」
 穴守は声を荒げた。
  ……
 「声なんか似たようなのいっぱいいるんだよ=聞き間違いたんじゃぁないの?アホらしくて聞いていられないよ」
  ……
 「言葉では何とでも言えるんだよ 言葉では、なっ…。返事をしろよ、今度はそっちがだんまりかよ?」
 …ほう。じゃ、お前は七月二日、どこにどうしていたんだ。言ってみろ
 「なんで七月二日なんだよ。仙台にいたよ」
 …それを証明できる人は?
 「風邪をひいて寝ていたからな…」
 …てめぇ、この野郎 嘘ばっかりつきやがって…
 鬼頭は立ち上がり、穴守の髪を引っ張った。小山田警部補が慌てて制した。
 

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2009年4月 3日 (金)

連載小説 警視庁薬物特命捜査官(48)

  鬼頭の調べが始まった

080713_164028_m その中で、穴守については身柄を確保後、宮城県警で弁解録取書を取ったあとそのまま、生安の車両で警視庁に移送することが決定した。穴守は、鬼頭が調べることになっていた。鬼頭はその日、東京四葉銀行横浜支店の木川田鈴子口座の金の流れを調べるため捜査二課の本部が置かれている江戸川分室に出向き、詳細を頭の中にたたき込んだ。
     ×     ×      ×       ×
 穴守に対する逮捕状は「覚せい剤取締法違反」。ずばり、適用条文は第十三条の「何人も、覚せい剤を輸入し、又は輸出してはならない」
 宮城県警により身柄が確保され、捜査本部の置かれた警視庁・城西署に移された。調べ時間は四十八時間だから、残りは一日半ある。穴守が疲れていることが予想されたが、時間がない。
 城西署の調べ室は二階の刑事課の北側に三部屋あった。穴守の取り調べはその一番右端の部屋が使われた。刑事課の入り口からは直接見えないよう配慮された。
 入り口のドアを開けると左手前に記録用の机がおかれ、鉄格子の窓を背に被疑者の席があった。
 穴守は一連の事件の重要人物だ。このため調べは鬼頭警部が担当することになった。調べ官を補助するために「立ち会い補助」が置かれる。調べ室では記録係りを担当するが、同時に「取り調べ状況報告書」も作成する。身分は調べ官の一階級下の者が充てられる。今回は鬼頭が警部なので立ち合い補助には城西署保安係りの小山田警部補が担当することになった。
 調べ室に鬼頭が入ると、仙台から着いたばかりの穴守は腕組みをしたまま鬼頭を睨み付けるように見た。眼光の鋭さ、威圧的な態度に鬼頭は傲慢さを感じた。
 「調べ官を見つめる被疑者は落ちやすい」と鬼頭は思った。無視する奴は扱いにくいのである。
 「それでは只今から、覚せい剤密売被疑事件について調べを始めます。私は、警視庁生活安全部薬物取締特別捜査官の鬼頭長一郎と申します。階級は警部です。あらかじめ申し上げておきますが、自己の意思に反した供述はする必要がありません。刑事訴訟法198条の2項で貴方には供述拒否権が与えられているからです」
 鬼頭は、穴守は何度も取り調べを受けた経験があると感じた。目を瞑って微動だにしなかった。良い度胸だ。
 ーー貴方の本籍から聞かせて下さい。
 「宮城県塩釜市北浜××の××」
 ーー住所と職業、電話番号それに氏名、生年月日を述べて下さい
 「仙台市青葉区中央四丁目××の××。会社役員、電話は022ー22×ー×××名前は穴守敬二郎 昭和二十三年五月二十一日生まれ」
 ーーそれでは…
 「刑事さん、ちょっと良いですか?」
 ーーなんでしょうか?
 「本籍って言ったけどさ、自分の生まれたところか、それとも戸籍上の本籍でええのか?」
 ーー生地と戸籍は違うのですか?。詳しく教えて下さい。
 「違うよ。俺が生まれたのは、聞くところによると宮城県仙北郡の大野村らしいんだが…途中で孤児になってさ、拾われたというか養子に迎えられて、そこを本籍に届けたらしいんだ。それで…どうするかと…」
 ーーほう、大野村ですか?詳しく教えてもらえますか?
 「俺も詳しくは知らないんだよ。親父は戦争に行ってさ、生きて帰ったらしいが、母親とは別れたらしいんだ…。それで俺は父方に引き取られたが…その父も死んで…仙北地方の孤児院に預けられたが、小学六年のときに塩釜港にある海鮮物問屋に身請けされてさ…そこで育ったんだとさ…。詳しくは誰からも教えてもらえないのだよ…」
 鬼頭は、「大野村」と聞いて冷や汗が出た。自分の出身地ではないのか?「もしかしたら…」と思った。
 

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2009年3月27日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(47)

 後藤田が所持している物

080713_164028_m 別所は帰りは「機捜12号」に乗り換えていた。そのほうがスムーズだったからだ。西名阪自動車道の香芝インターを通過した時、隊員が府警機捜隊本部を呼び出した。
 「機捜12から機捜隊本部」
 「機捜隊本部です。どうぞ」
 「こちらは熱海に出ていた機捜12ですが、現在香芝インターを通過。丸対は一度、事務所に向かうものと思料されますが、予定通りの場合の検問対策は出来ていますか、どうぞ」
 「機捜隊了解。既に、松原インターを出た後、三宅新道の交差点付近と国道479号の長居公園付近で検問を実施すべく出動済みですどうぞ」
 「機捜12了解」
 「機捜隊本部から機捜12。なおそれぞれの検問には機捜47と機捜46が待機しており、近づけば無線連絡が可能と思われるどうぞ」
 「機捜12了解」
 後藤田のベンツが松原インターを出て、大堀交差点を東に進もうとしていた。
 「機捜12から至急、至急、三宅新道の検問班どうぞ」
 「三宅新道検問班の機捜46です、どうぞ」
 「了解、後藤田の丸対は三宅坂新道方向に向かっております。検問宜しく、どうぞ」
 「機捜46了解。既に開始していますどうぞ」
 別所らの機捜12が追尾していたが、ベンツは三宅新道交差点に向かわず、手前を左折して三宅小学校の方向に入り、検問所を避けた道路を走り出した。
 「至急、至急、機捜46どうぞ」
 「機捜46です、どうぞ」
 「丸対はそちらに行かないで、横道にそれた。どうぞ」
 「46、何故ですかどうぞ」
 「分からない。阿保の方向に走っている。どうもおかしいと思われる。どうぞ」
 「こちら機捜隊本部、機捜46に聞きますが、その検問所に白黒のパトカーはいるかどうぞ」
 「機捜46です。ここにいますが、そちらに向けましょうかどうぞ」
 「アホ、向けるのではなくて、パトカーが無線を入れていると相手のカーナビに信号がキャッチされて感づかれるんだよ。それぐらいのこと知らないのか?」
 機捜隊本部がかなり興奮していた。別所は「しまった」と思うと同時に、張り込みにはパトカーを避けなければならない事情があることも初めて知った。
 「機捜12の生安の別所だが、後藤田はいずれ住之江の事務所に必ず行くはずだ。機捜隊には申し訳ないが、事務所に入る確認だけでもできたらお願いしたい」
 「機捜本部了解。事務所の目標をどうぞ」
 別所が説明した。
 「了解。国道479号の住之江公園、えー、住之江公園交差点を入った住所は南加賀屋××ですどうぞ」
 「機捜本部了解。各局で住之江方面の車両は至急、転進、ベンツで大阪 300 ふ 10××の行動確認に努められたし…どうぞ」
 別所の携帯が鳴った。生総課長からだった。
 「べーやん、無線で聞いているよ。無理しなくて良い。所在の確認だけして、明日早朝の打ち込みにしようではないか。今、部長も私も機動捜査隊本部で無線を聞いているから全部、了解済みだよ」
 別所は分かりましたの返事をした途端に、機動捜査隊員から至急報が入った。
 「ベンツ 大阪 300 ふ 10××は、只今、後藤田の自宅方面に向かっております。追尾中ですが、確保するか否かの回答を下さい。以上、機捜51」
 機動捜査隊本部が答えた。
 「機捜本部了解。確保することなく、丸対の降車を確認すること。後に生安から捜査員を派遣するので、降車した場所で待機願います。どうぞ」
 別所は納得した。機動捜査隊本部には部長も課長もいるのでその指揮だと納得した。
 府警本部に帰った別所は生総課長に報告した。特に、グッチのウエストポーチが気になっていた。
 

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2009年3月20日 (金)

連載小説 警視庁薬物特命捜査官(46)

      熱海での接触

080713_164028_m 大阪市住吉区の後藤田がマンションをベンツで出発したのは、午前八時を少し過ぎていた。
 「機捜12から機捜隊本部」
 「機捜隊本部です。どうぞ」
 「了解、機捜12ですが、住吉区の丸対、八時四分、601どうぞ。なお本件に関しては生安の別所係長も了解ねがいます。どうぞ」
 「丸対」とは、警備、あるいは警護する場合の対象者を言う警察用語のひとつだ。例えば警護対象者が外国人の要人だった場合は、その要人が丸対となる。今回の場合は警護対象者ではないが、追尾対象者を差し、すなわち後藤田の車両だ。
 「機捜隊了解」
 「生安別所、了解」
 住吉区のマンションを出たベンツには運転席と助手席にいつも帯同しているボディガードが二人乗り、後藤田は後部座席に一人で座っていた。
 ベンツは「大阪 300 ふ 10××」で、国道479号を右折した。この分だと西名神高速の松原ジャンクションから東名高速に入り、熱海に向かうことが予想された。
 後藤田のベンツには、白の機動捜査隊の車が往復、追尾することになっていた。追尾と言ってもNシステムに登録していることから、ポイントを通過するたびに信号が発信されるため近くに迫らなくても監視ができることになっていた。
 「機捜12から機捜隊、丸対は八時二十分、松原インターから西阪神に入った。どうぞ」
 「機捜隊了解」
 「機捜12から各局、機捜12は以後、有線連絡とする。各局了解を願いたい。以上機捜12」
 後藤田のベンツが東名高速の沼津インターを降りたのは午後一時四十三分。国道411号線に入り沼津市内を通過して清水町付近から熱海新道に入った。既に今夜の宿泊する予定の熱海のサンビーチ近くにある都島ホテルには府警の生安部の別所係長、警視庁の鬼頭特命捜査官らが張り込んでいた。
 別所の携帯電話が鳴った。機捜隊員からだった。
 「はい、別所です」
 「了解、気をつけて追って下さい。途中カーブと下り坂が多いのでエンジンブレーキを忘れないように…」
 電話を切った別所は鬼頭ら待ちかまえていた捜査員に言った。
 「早いね。穴守は…まだ連絡がないが…。仙台のほうが遠いのかね」
 鬼頭が静岡県警の制服警察官に問いかけるように聞いた。
 「東北縦貫から東名に入るのに首都高を通るのでしょう?あれが、意外に時間がかかるんですよね。いずれにせよ135号に入ればNシステムにヒットした段階で連絡が入るようになっていますので…」
 制服警官は無線の受令機に何かをとらえたらしく、強く耳に押しつける仕草をした。そして別所に向かって報告するように言った。 
 「別所係長、熱海のPCからですが後藤田のベンツは今、市役所前を通過したので数分で到着するかと思われます」
 「ありがとう」
 と制服に礼を言った別所は、地下駐車場と正面玄関、予約してある後藤田の隣室に携帯で連絡した。
 それから待つこと約一時間二十分、穴守の乗ったベンツが湯河原の交差点でヒットした。制服警官が今度は鬼頭ら警視庁の捜査員に向かって言った。
 「いま、湯河原の波乗り道路入り口を通過したそうです」
 鬼頭が聞いた。
 「波乗り道路?」
 「はい、熱海ビーチラインのことです。空いているので二十分もあれば着くと思います」
 後藤田の車がホテルの正面に止めて、ボディガード二人と本人を降ろした後、何処か市内に走り去っている。穴守のベンツと接触はしないと思うが、参考のためにマークするよう制服警官にお願いした。制服警官は快く引き受け、無線で車両ナンバーを連絡、手配してくれた。
 穴守らの乗ったベンツがホテルに到着したのは四時半を過ぎていた。どうやら二台のベンツの接触はなかったようだ。地下駐車場では二階と一階に別れての駐車だったが、荷物の受け渡しの警戒のため監視の私服警察官が配置された。
 後藤田のボディガードは別の部屋に入り、穴守の付添人も別の部屋をとっているようだった。
 二人とも露天風呂に入り、食事は食堂だったが二人だけで一時間四十分をかけて食べたあと、ラウンジで遅くまで話し込んでいた。しかし物の受け渡しは確認されなかった。
 翌日の朝食はボディガードの二人と穴守の付添人の計四人で済ませた。
 ホテルのロビーに姿を現した穴守と後藤田がコーヒーを飲みながら談笑していた。その間、お互いのベンツが正面玄関近くに止まった。
 昨日は穴守と後藤田の二人はホテルに荷物を持って入らなかった。後藤田のボディガードの二人は小さなセカンドバックを持って入った。穴守の付添人は、小杉三夫という秘書で、一人が黒い鞄を持っていた。部屋まで持参している。
 しかし、少なくても今朝、ロビーに来るまでは荷物の受け渡しは確認されていないばかりか、秘書の持ち物もボディガードの持ち物にも大きさに変化が見られないような気がする。
 

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2009年3月14日 (土)

連載小説 警視庁薬物特命捜査官(45)

        熱海作戦前夜
080713_164028_m

石本は続けた。

 「したがいまして、梁については中国公安当局に解明依頼を出し、当方は明日二日、一斉逮捕・捜索に乗り出したいと考えております」
 話しの途中で、事件のチャートが書かれた用紙と逮捕予定者名簿、家宅捜索箇所が網羅されたA4の八ページ綴りの用紙が配られた。
 「なおこれにつきましては、永堀生安部長と風間理事官の同意を得ておりますので、合同捜査本部とさせて頂きます。続いて大阪府警が実施した通信傍受で穴守の逮捕状請求までこぎ着けた生安の捜査結果について風間理事官から報告をお願いします」
 風間は、今回大阪府警が実施した通信傍受結果を報告。今回の一連の北工作船が残した携帯番号の捜査が頂上までたどり着いたことを付け加えた。
 風間はさらに続けた。
 「我々の方は、実は明日七月二日に穴守と府警の狙っている後藤田が熱海で接触することを掴んでおりますが、これが実は今回の事件を左右するのではないかとみとおりますので一斉打ち込みは、基本的にはその推移を見てからになりますが…」
 石本捜査二課長が頷きながら言った。
 「『基本的に推移を見てから』というのは、どう言う意味ですか?」
 「それは、熱海に張り込んでいる目の前で、堂々とブツの受け渡しが行われた場合、現行犯逮捕しなければならない状況があるかも知れないということです」
 石本が言った。
 「それがなかった場合は、翌日の三日以降にでもということですね。我々のほうも中国公安部からの最終報告を待ってからと思っていたのです。警察庁を通して供述調書の共同作成等を依頼したのですが、中国は現在、薬物取り締まりを最重点に進めており、こちらから依頼する必要もなかった分けです。一日や二日ぐらいの時間をおくことはかまいませんが、一斉打ち込みは我々も同時のほうが…」
 石本の話が途切れたところで、風間が鬼頭の顔を見ながら立ち上がった。
 「煎じ詰めれば、根っこが同じ事件。国税に待って貰った分けですから…出来れば同時にしていただければ…関係者の中には穴守は入っているわけですよね」
 今度は石本が質問した。
 「穴守は逮捕令状は持っていませんよ。あなた方が熱海で柄をとった場合…こっちは目的が違っても向こうはそんなこと関係ないし…全部、証拠隠滅された後で俺たちが入るのはちょっと」
 この件に関しては鬼頭が立ち上がった。
 「大阪の丸暴(後藤田)は、とにかくブツがなくて困っているようなんですね。で、土産に穴守が持ってくるのではないかとみているのですよ」
 

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2009年3月 6日 (金)

連載小説警視庁薬物特命捜査官(44)

    警察官人生41年分の涙

080713_164028_m 鬼頭は久しぶりに帰った自宅だった。妻の絵美は好物の浦霞に魚の金目鯛の煮つけを用意して待っていた。きょうは長女の幸子も早く帰宅していた。家族揃っての夕食は何か月ぶりだろうか。
 テーブルに座った鬼頭に一通の郵便物が渡された。杉山からの挨拶状だった。
 「杉山さんからのお手紙ですが転勤なさったのかしら…」
 「しまった。彼は定年のはずだ…」
 封を切ったら、ありきたりの挨拶状に加えて一通の手紙が入っていた。
 
 鬼頭君、お世話になりました。この五月三十一日で無事、定年を迎えることが出来ました。四十一年間の警察官の仕事でした。お陰様で家族共々、なにひとつ欠けることなく人生を謳歌できたのは、皆様方のお陰と感謝しております。定年、最後の日、君に電話でもしようと思ったのですが、忙しいのにお邪魔してはと思い、ダイヤルを回せませんでした三十一日の深夜、六月一日の朝の午前零時に、多摩川警察署四丁目駐在所の建物に一人で敬礼しました。たった一人の終了式でした。その時、君の顔が浮かびました。そうしたら、色々な思い出が走馬燈のように頭を駆けめぐり…「あぁー、治安一筋の人生だった…」と思うと四十一年分の涙が流れました…
 
 鬼頭が目頭を押さえた。
 「どうしたの?」
 と絵美が言った。鬼頭は言葉での表現を失った。黙って手紙を渡した。絵美がしばらくして話し出した。声が潤んでいた。
 「あなたも、間もなくこのような時期を迎えるのですね…」
 「迷惑ばかりかけてしまった。〝警察馬鹿〟だったかも知れないが、でも…俺にとっては満足した人生だった。定年の日に離婚なんてないように頼みたいものだがね…」
 鬼頭の言葉に幸子が言った。
 「お父さん、その話はまだ早いでしょう。『十秒後に何があるか分からない世界だ』と言って来たのはお父さんでしょう」
 そして絵美がさらに続けた。
 「ホント。『十秒後に何があるか分からない』『俺を当てにするな』と言われ続けてうん十年か…」
 「でも、お母さんも結構、楽しんでいたんじゃないの」
 「そりぁ私だって警察官だったもの…幸子はどうだったの?」
 「警察官って頼られる時は良いのよ。でも、どっかで誰かが悪いことすると、全部が全部『警察官のくせに…』と言われるのが辛かったな…」
 鬼頭が口を挟んだ。
 「だから君は警察官になりたくなかったのか?」
 「そうよ。でもさ、良く、警察官一家ってあるじゃない。兄弟はもとより父親もお爺ちゃんも警察官だったっていう、あれ。凄いよね。うちは、お父さんが格好良くなかったもの…。何も教えてくれないしさ…帰ってこないしさ…」
 「お前はそんなこと言ってもな、言えば心配するだろうし…実際はテレビドラマのようにはいかないものなんだよ…」
 鬼頭は自分の娘に「格好良くない父親」と思われていたんだと分かると、なぜか、悲しかった。
 こんな会話が続き、鬼頭は久しぶりに深酔いした。
 

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2009年2月27日 (金)

連載小説 警視庁薬物特命捜査官(43)

     捜索漏れがあったのか

080713_164028_m 通信傍受が全て終了したあと、鬼頭が言った。
 「来月の2日でしたっけ。熱海行きは…」
 「そう。Nシステムで確認をとらないとね。せっかくの証拠を裏付けるためにも…」
 課長が鬼頭に確認するように言った。
 「その場の受け渡しはないと思いますが…」
 「それにしても…」と鬼頭。そして続けた。
 「通話の中では、新潟に覚せい剤があるはずだと言っていましたよね…」
 別所も課長も「そう」と認め
 「どうしたんですか?押収していないのですか?」
 と鬼頭に聞き返した。
 鬼頭は、新潟県警の捜索で潰れていた小屋が気になってしかたがなかった。
 課長は当然と思っていた。こうして鬼頭は大阪での3日間の出張を終え警視庁新橋分室に帰ってきた。待ち受けていたのは風間の報告だった。
 「鬼頭さん、いかがでしたか?大阪御堂筋の夜は…雨の御堂筋♪…なんてね。最高でしたでしょう。で…カラオケには行ったの?」
 「行きましたよ。声が枯れちゃってね…ほら…ばぁーっ…」
 話しは現実に戻され鬼頭の顔が真面目になった。
 「通信の傍受は成功しました。穴守の話しでは、どうも新潟に覚せい剤があるらしいのですが…その前にスポット傍受で切られました」
 風間の顔が一瞬、曇った。おい、新潟県警で覚せい剤なんて押収していないぞ…
 風間の表情を気にしながら、さらに鬼頭は続けた。
 「後藤田と穴守の会話の中で仙台の水死体の金山剛の話が出ました。捜査の手が伸びたことから穴守が後藤田に相談していること。それから、多分ですが薬が手に入らないので値上がりしていることなどもです。金山の件に関しては北上の名前を気にしていましたのですが…これを解明できれば薬物関係には相当、期待できるのですが…」
 鬼頭の話しを聞きたくて佐藤、榊原、伊藤光太郎、それに小宮山まで集まってきた。鬼頭にとって全員が揃ったようで懐かしささえ感じた。風間が理事官席横のソファーに全員を座らせた。佐藤が座りながら話し出した。
 「立派な証拠として使えますよね今回の傍受は…。あの水死体は薬が絡んでいることになっていたでしょう?十分ですよね理事官」
 「十分、十分ですよ。よくやった。それでな…」
 新潟県警のガサで発見されなかった覚せい剤の話しが鬼頭の心の中に残っていた。話すタイミングがなかった。
 風間理事官の顔が真剣な表情に変わった。
 「向こうの政治関係団体から警視総監宛に抗議文が届いたんだよ。勿論、上は気にすることはないと言っているが…。内容は北朝鮮の工作船の捜査は終わっているのに、何で警察が動いているのかというんだ。おかしいと思わないか?」
 「向こう」とは北朝鮮サイドのことだ。風間の言葉に鬼頭が続けた。
 「なんで警察がその関係の捜査をしていると知ったのですかね」
 榊原が口を開いた。
 「と、言うことは、相手も相当、情報収集をしているということだ。それはそれで良いでしょう。しかし、新潟で発見されなかったということは別の組織があるのか?いずれにせよ、もう隠滅されたかも知れませんね」
 

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2009年2月21日 (土)

★小説警視庁・薬物特命捜査官(42)

   これが通信傍受だ
080713_164028_m  「ベーヤンは時計係りだ。ストップウォッチ担当。鬼頭さんは聞いていて重要な部分のメモ係りを私と2人でやりましょう」
 令状の開始時間である午前10時が秒読みに入った。
 「はいっ、10時です。開始します」
 課長が宣言したが電話は一向に鳴らなかった。正午前、呼び出し音がした。ストップウォッチが押されるのと同時に、テープレコーダーのスイッチが入った。会話が始まった。
 「もしもし…」
 電話に出たのは女の声だ。事務員だろうと思われた。
 「住之江ですが、担当さんいますか?」
 かけてきたのは若い男の声だった。住之江とは名前なのか?固唾をのんだ。
 「あいよ、どうしたっ>」
 図太い声だった。
 「住之江の古田ですぅ。入金した報告の電話ですがね…」
 話し方に特徴のある男だ。「です」の「す」が語尾上がりになっている。住之江は住所で古田が名前だったのだ。事務連絡のように思われた。次のようなやりとりが続いた。
 「分かった。今度は全額やな…」
 「いや、まだありますぅ…」
 「ボケッ=、次は全額だと言うたのは何処のどなたはんだったかな…えっ。コラッ…」
 「申し訳ありません。勘弁して下さい」
 電話は4、5分で切れた。
 「はいっ、関係ないですね。録音は削除ですね」
 立会人が言った。
 こうして金融関係の報告と見られる電話が夕方までダラダラ続いた。結局第一日目は録音記録はなかった。別所が言い出した。
 「課長、この電話ね、単なる事務連絡用の電話ではないのかな。後藤田は一度も出なかったなぁ。それとも居ないのかな…」
 重苦しい雰囲気に包まれた。
 「しょうがない。明日もがんばりましょう」
 課長の明るい声だけがみんなを元気付けた。
 心配された後藤田が電話に出たのは2日目の午後8時16分だった。テープレコーダーのスイッチを押すと同時に会話が始まった。
 「後藤田です」
 「穴守です。しばらくですね…元気やったかね…」
 仙台の穴守からだった。鬼頭にも聞き覚えのある声だった。会場に緊張が走った。狙っていた電話だった。
 「なんですか?こんな時間に…」
 「新聞見ているかなぁと思って電話したんださ」
 「なんでどす?」
 「この前な、例の金山の事件が報道されたあとだが、週刊誌が北上のこと書きやがったんだよ。平壌に居るってな…」
 「えーっ。それで…知らんかったよ…」
 「そこまでは良いんだが…どうもサツがな、関東連合に絞った捜査をしているようなんだよ」
 「どっちですかね。殺しのほうかそれともヤク関係かね…」

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2009年2月13日 (金)

小説 警視庁薬物特命捜査官(41)

    通信傍受
080713_164028_m   鬼頭が府警に到着したのは午後八時半を過ぎていた。課長室で生安総務課長ともう一人の男が談笑していた。入り口で鬼頭の姿を見た課長が立ち上がった。府警の生安総務課は警視庁より狭かった。机の上は書類であふれていた。鬼頭が見回していると生総課長が説明してくれた。
 「警視庁さんと違って、うちは狭いですがな。建物も古いし…近く建て直す計画はあるそうですがね…。まぁどうぞ、どうぞこちらへ…」
 そこには四十歳は過ぎた中年の恰幅の良い男がいた。男は鬼頭を笑顔で迎えてくれた。「紹介しょう、この方が有名な警視庁特命捜査官の鬼頭警部さんです」
 男は鬼頭に握手を求めてきた。笑顔の絶えない人だ。
 「噂は聞いております。私は…」
 言いかけた時、生総課長が「ベーヤンですよ」と紹介した。
 「保安課の別所でございます。今回はようおいで下さいました」
 「百発百中の方ですか?私のほうこそ伝説の方にお会いできて光栄です」
 二人は意気投合した。
 「鬼頭さん、宿は近くにとってありますからね。食事はまだですよね。おい、ベーヤン行こうか?」
 別所が怪訝そうに課長に言った。
 「課長、鬼頭さんに明日の件の説明はしないのですか?」
 「うん。個室を取ってあるので食事をしながらでも良いですよね」
 生総課長は鬼頭に気遣い、話しのできる個室での食事を用意していた。
 「ありがとうございます」
 三人はタクシーを拾い「北新地まで」と告げた。
 「鬼頭さんは大阪は詳しいですか?」
 別所が訪ねてきた。
 「数えるぐらいです。出身地が仙台なので縁がなくて…」
 「ほな、新地はええですよ。打ち合わせがなければ課長、残念やが…」
 北新地まで十分もかからなかった。桜橋の交差点で降りた三人はビル十一階にある小料理屋で、見晴らしの良い個室に案内された。
 ビールで乾杯したあと、課長が明日の説明を始めるため一枚の紙を鬼頭に渡した。
 「傍受の令状は十日間なのでずか、今回は持っている令状の関係もあって三日間に絞ってあります。前回は携帯電話でしたが、今回は篠原組の固定電話です。住吉区の番号は06ー66××。立会人は中央区の消防署員に依頼してあります。時間は、午前十時から十二時間にしたいと思います」
 別所が続けて言った。
 「あした朝、私が迎えに来ます。九時ごろ来ますので食事を済ませておいて下さい」
 課長が全体的な大阪府警の篠原組に対する捜査の方針と、これまで府警が実施してきた捜査の経緯などを説明した。
 篠原組に対して府警は、刑事部と生安部の合同で対処することとし、狙いはヤミ金関係から入る貸金法と出資法、それに恐喝容疑などで既にトップの後藤田と役員、出納責任者など十三人の逮捕状を用意しようとしたという。生総課長が苦渋に満ちた顔になった。
 「ところがです。米川本部長からストップがかかったのです」
 鬼頭は、警察庁の方針と言うよりは米川本部長と瀬上の二人の方針だなと思った。
 「警察庁と本部長がどうしても首を縦に振らなかったのです」
 鬼頭が言った。
 「あの二人は、そうでしょうね。想像がつきますよ」
 そして別所が口を開いた。
 「薬物関係なのですが、西成区に篠原組の店がありまして、ここの店員で二十七歳の小僧が薬のまとめ役をやっています」
 さらに続けた。
 「買った人物で謳いそうな奴を確保して叩いたらこれが大当たりで、全部吐きましてね。いつでも小僧の柄を引ける状況にあります。問題はこれだけで組織の令状を取るまでには行っていないものですから…」
 覚せい剤購入者を逮捕し、その供述から売人が特定されて逮捕したとしても売人、つまり小僧が勤める店の捜索令状はとれるが、篠原組という組織の捜索令状は降りにくい。篠原組の組織に伸ばすには、それだけの確証が必要だった。
 

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2009年2月 6日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(40)

  鬼頭捜査官の派遣は…

080713_164028_m 重森への電話は、大阪府警の生安総務課長からだった。
 「生総課長です。警視庁と新潟県警は順調に進んでいるようですが、こっちもようやく傍受の令状が降りました。それで、どうでしょうか、警視庁の鬼頭さんは来られる余裕はありますかね」
 前回の傍受は、携帯の通信状態が悪く聞き取れなかった。その府警が再度の傍受令状をとったという。重森は鬼頭を大阪府警に派遣させたかった。府警の薬物捜査の神様であるベーやんこと別所と鬼頭を会わせたかったのだ。
 別所の持つ百発百中の勘は、誰にも真似ることは出来ない。しかし、薬物捜査官として流れるように捜査を導く手法を別所に伝承できれば、別所はまだ若いだけに警察庁指定の特命捜査官にもなれるのだが…と重森は考えていた。
 重森の電話を受けた風間も、同様に二つ返事で出してやりたかった。しかし、警視庁城西署の捜査本部も朝洋商事の捜査がようやく〝板に付いた〟ばかりだったと考えた。果たして鬼頭が「うん」と言うだろうか。
 「そうですね。これまでの捜査で新潟県警と宮城県警、新潟県警と警視庁など関連付けが多いという流れになってきていますね。府警は篠原組でしたっけ?」
 重森は、渋りがちの風間の心が読み取れた。
 「その通りなんです。私の勘だが府警も鬼頭さんを呼んだからには何かがあるのではないかと思われるんですよ」
 ようするに鬼頭の大阪派遣は、重森の思いつきではなく府警が希望しての要請だったことを強調した。
 「えっ、府警が呼んだのですか?俺はまた、あまり出しゃばるのもいかがなものかと思い、遠慮していたものですから…」
 「気を使っていますねぇ。関係県警に対するご配慮にはいつも頭が下がります」
 重森は感心した。鬼頭はこんな上司に恵まれて幸せだろうと思った。同時に重森は自らの鏡にもしたいと…。
 キャリア、キャリアと一線の職人刑事たちからは、「頭だけの警察官」とののしられることもある。「頭でっかち幹部」だけにはなりたくなかった。
 鬼頭は城西署に着いたばかりだった。実にタイミング良く電話が入った。それは風間からだった。
 「はい、鬼頭です。えっ、大阪府警ですか?」
 しばらく鬼頭は考えた。
 「それではちょっと…本部長に聞いてから返事しますから…」
 鬼頭が即答を避けたのには訳があった。それは、この一連の事件の頂上は、警視庁が今回逮捕した朝洋商事の帳亭植ではないかと思っていたからだ。もしそうだとすると、帳の調べは自分しかないと自負していた。
 果たして自分は、〝男芸者(幇間)〟の様に、ただ、あっちこっちに行くだけが特命捜査官なのだろうかと疑問を持ち始めていた。刑事は自分が事件を請け負い、そして組み立てて解決して初めて刑事になれるのだと…。
 「それなのに、自分は…単なる調整役?」
 心の中では「俺は刑事だ。指導官ではない」という葛藤があった。
 しかし、その思いは新潟県警の捜索の時に変化が起きた。
 あれはガサに向かうための打ち合わせが済んだときだった。県警捜査一課係長の平井警部が鬼頭に向かって言った言葉だ。
 「現場には素人が多いから…説明してやってくれませんか」。その言葉が何故か妙に心に残っていた。定年まであと二年。検挙率が落ちている警察の現状を憂えれば、果たして「自分が」「自分が」としゃしゃり出るだけで良いのだろうか。
 平井警部は県警捜査一課の係長で調べ官でもある。一度、羹を調べたときには、素晴らしい調べだった。しかし、一斉逮捕・捜索後の羹の取り調べは「覚せい剤が関係する」という理由から保安課の警部に代わった。
 鬼頭は、調べ官を外れた平井に同情したが平井は何一つ文句を言わなかった。「これが組織なのか」と自分だったら不満を現すだろうが、表情さえ変えなかった平井に自分の修行の足りなさを感じた。
 だとすれば、風間の大阪府警への要請を「本部長に聞いてから…」などと言ってしまったことに反省しなければならなかった。
 「直属の上司になんてことを…」
 と思いながら署長室に向かった。署長は風間の一年先輩の野口だった。署長室に入るとソファーに座っていた。
 「失礼します。相談があって来ました」
 鬼頭の言葉に野口署長は、既に分かっていたかのような振る舞った。
 「大阪府警の件ですか?」
 「署長、どうして分かっているのですか?」
 「鬼頭さんよ。俺と風間は十年近くも一緒に仕事をしているんですよ。先ほど電話がありました。風間は何を遠慮しているのか何を迷っているのか心配していましたよ」
 「分かりました。行ってもいいでしょうか」
 鬼頭は反省の意を込めて言った。
 「大阪府警の希望だそうですよ。貴方が心にひっかかっているのは『頂上の帳を捕ったのに…』ではないかな?君らしくないですね」
 鬼頭は参った。野口署長はそこまで読んでいたのだろうか。心の隙を読まれたようで恥ずかしくなった。部屋を出る時、野口が言った。
 「鬼頭君、虚心坦懐ですよ」
 その言葉は、鬼頭の心にグサリと刺さった。つづく
 

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2009年1月30日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(39)

   発想の転換

080713_164028_m この結果、漁船と思われる大小の船影が多数確認されたものの、北朝鮮の工作船か否かの確認はできなかった。
 赤いベンツのカーナビ行跡は、頴娃町の海岸にあるレストラン駐車場で黒点が止るなど数カ所の海岸線のレストランあるいは駐車場で同様の記録が確認された。
 報告を受けた鬼頭のアドレナリンは最高潮に達し、風間理事官に提案した。
 「今回の一連の事件では、北朝鮮の工作員の国内における暗躍が確認できる最大のポイントになると思います。海保の報告書にあった部分を立証しようではありませんか」
 風間が聞き返した。
 「海保の報告書の部分?」
 鬼頭は報告書を風間の前に示しなが言った。
 「この部分ですよ」
 鬼頭が指さした部分を風間が読んだ。
 ……鹿児島県の薩摩半島南東部の海岸線の地形にある施設などが示されている地図を発見したことから報告書で海上保安庁は、今回の事件を次のように結論付けた。
 ①今回の工作船は以前から九州周辺海域を活動区域として覚せい剤の運搬や受渡しのために使用されていた疑いが濃厚である
 ②地図の発見から、搭載されていた小舟等を使用して沿岸部に接近し覚せい剤の受渡しのほか、工作員を不法出入国させスパイ活動等を展開していた可能性もある
 ③そのほか何らかの重大犯罪に利用された可能性も否定できない。
 読み終えた風間が言った。
 「なるほど…それで、これを立証するために捜査員を派遣しろと言うのかね?出来るかな…?」
 鬼頭が答えた。
 「赤いベンツなんていう車は少ないはずです。薩摩半島がいくら観光地でも、特徴がありすぎる。やるべきです」
 鬼頭の提案に、捜査本部は目撃情報の取得のため現地に捜査員を派遣。北朝鮮工作船の船員などと赤いベンツの利用者が接触した事実の確認を急ぐことになった。

 一方、押収した預金通帳の金の出入りをチェックした結果、北朝鮮工作船から押収された携帯と朝洋商事の固定電話との通信記録があった3日後に、MFG銀行新宿支店の普通口座3487×××から、東京四葉銀行横浜支店普通678××××のキカワダスズコ名義の口座に五百万円が振り込まれているのを確認した。
 同口座には毎月八十万円から九十八万円が振り込まれていたことも確認された。
 今回の捜索の結果、次のような事実が明らかになった。
 ①潰された携帯から朝洋商事との通話が確認された。
 ②それらの携帯から密売人として逮捕したイラン人の指紋が確認された。
 ③そのイラン人が覚せい剤を所持。さらに十七人の計十八人の密売人を逮捕した。
 ④朝洋商事と北工作船の通話記録が乗組員の携帯に残されていた。
 ⑤朝洋の役員が使用しているベンツが通話記録の日時ごろ、工作船から押収された地図付近に行っている。
 ⑥朝洋商事の金の流れからキカワダ名義の口座に多額の現金が振り込まれていた。
 捜査本部は、これらのデータをもとに覚せい剤の流通経路の突き上げ捜査から帳容疑者、林容疑者の関与による覚せい剤密売組織の全容解明を進める。
 さらに、数百万円が何の目的でキカワダの口座に振り込まれ、さらにそれがどこに送金されているかの詰めの捜査から北朝鮮工作船との関係の解明を進めていく方針を確認。警察庁の重森課長に報告された。
 警視庁新橋庁舎の特命捜査官室に警察庁の重森が突然、訪れた。城西署の捜査本部に行く前に鬼頭と風間が談笑していた最中だった。
 「あれっ=、重森課長、どうなさいました」
 後ろ向きになっていた鬼頭が風間の声にびっくりした。「また、理事官のジョークが飛び出すのか?」と思ったら、本物の重森課長だった。
 「いゃ、本当に一昨日はご苦労様でした。あの自動車のカーナビによる行動解明は実に素晴らしかった。どうしてあのような発想がでるんですかね?」
 風間が喋りだした。
 「ある時、この部屋でゴルフの話しで盛り上がったことがあったのですよ。私が群馬県のゴルフ場から帰る時、いつも道を間違えて困るという話しになったんですよ。そしたら鬼頭君がカーナビぐらい持っていないのかと俺をバカにしたんですよ」
 馬鹿にしていませんよ…と鬼頭のむきになる顔を見ながら風間が続けた。
 「『いちいち音声案内なんて入れている奴はいないの』って言ったら、鬼頭君が『何度も間違うんだったら原因を捜すのが警察官だろう』って言うんですよ。なんの拍子か思い出せないのですが、その時だよね確か…。カーナビは巻き戻しはできないのか?と誰かが言い出した」
 

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2009年1月23日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(38)

   カーナビの分析

080713_164028_m その日の夕方、新橋の特命捜査官室に警察庁の瀬上生安局長から電話が入った。警察庁の局長から部長を通り越して直接、電話が入るなんて前代未聞だった。電話は風間宛だった。

「風間さんですか、警察庁の瀬上です。永堀君に電話したらこの番号に架けろと言われたので架けました。内容は聞きました。おめでとう。今後も頼みますよ。あのあとね、田中局長と話したのですが、本人がもの凄く気にしているらしく、謝ってくれ、謝ってくれってね。いゃ本当に…やっぱり警視庁ですね。重森と話したのですが鬼頭捜査官の役目には長官も納得するはずですので…安心しました」
 さらに瀬上は続けた。風間はただ聞くだけだった。
 「ところで国税の件ですが、国税の捜索は延期になったそうです。『警視庁から告発を受けて脱税で立件』という筋書きが出来ました。今回は思う存分やって下さい。実は國島長官と国税庁長官は大学時代の同期らしいのです。その辺で話しがついたのではないでしょうか。鬼頭捜査官によろしくと吉川次長も言っておりました」
 捜索令状は二日後に降りた。警視庁は城西署に「商事会社に絡む金融犯罪捜査本部」を設置した。戒名に薬物の文字を付けるのは伏せられた。
 警視庁の家宅捜索は新潟県警を遙かに上回った。朝洋商事の本社はもとより帳社長の自宅。副社長や総務・経理担当役員自宅から社長の親類、親密な交際のある女性宅。そして都内でヤミ金業者が借りている「催促用の部屋」であるアパート五部屋、さらにイラン人の住むマンションを含めると二十九カ所の令状だった。
 用意された逮捕状は、覚せい剤密売の小塚とヤミ金の電話による取り立ての責任者である藤川一朗ら五人の計六本。そして、何時でも令状が降り次第に逮捕ができるよう帳亭植には数日前から二十四時間の行動確認班がついた。
 動員される捜査員は二百五十人。この捜査員の中には公安部外事課の捜査員も含まれていた。
 午前八時に逮捕状が出ていた六人全員が逮捕され、捜索も同時に始められた。
 ヤミ金取り立て責任者五人の部屋に入った捜査員が、初めに指示されていたのは五人が朝洋商事の社員であることの確認だった。身分証明は持っていないが、その場で押さえた資料に朝洋商事を示す何かがあることに期待が寄せられていた。
 その結果、キャッシュカード七枚が発見された。そのうちの一枚が「法人・朝洋商事」だったことから、捜査本部に連絡され経営者の帳亭植(五十四歳)の逮捕状の請求が決定された。容疑は「貸金業の規制等に関する法律違反」だった。
 帳に対する逮捕令状が降りたのは午後三時過ぎ。一時間前から千代田署で任意の聴取を受けていた帳容疑者が逮捕され、下町署に移された。城西署を避けたのは、小塚などの関係者が多いことだ。
 覚せい剤の売人と見られるイラン人の住んでいるマンションへの捜索は機動隊まで動員され、五十人の捜査員が一斉に踏み込んだ。部屋数は七部屋あった。二十人がいると思われていたが十八人の身柄が確保された。いずれもパスポートは所持していたものの期限が切れたり、観光ビザ(査証)での違法な入国だった。
 捜索を進めているうちに覚せい剤と見られるパケが大量に入ったスーツケース一個が発見された。さらに五百万円は超えると思われる現金。銀行への送金表が数十枚。絵を描く道具類など押収品は七、八十点にのぼった。彼らは上野公園などで似顔絵を描いて生活費を稼いでいた。
 

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2009年1月16日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(37)

  引きネタはヤミ金だ

080713_164028_m  風間からの電話だった。「風間です。例の件なんだけど、あんたからの報告の後、重森課長に聞いたら局長の瀬上さんがいて瀬上さんと新潟県警本部長が同期らしいんだ。それで打ち合わせたら結論としてお互いにそれぞれの捜査を進めることにすることで決まったらしい」 鬼頭の読み通りだった。
 「分かりました。こっちの本部長はなんで降ろしてこないんでしょうね?」
 「いや、あんたの報告のあとだから…瀬上さんと打ち合わせたのは…」
 「そうだったのですか」と鬼頭。風間が続けた。
 「続けるとな。警視庁としては多摩川が口座を止めたんだが、多摩川から捜査二課が銀行の部分だけを引き受けて既に捜査に着手しているらしいんだ。分かるだろう。そんな訳だから、鬼頭君は残念ながらいつまでも新潟とはいかなくなっており、下町署、例の朝洋商事も大変なのだからさ、いつまでも待てないよ。刑事局長をやり込めたんだからさ…早く帰っておいで」
 「分かっていますよ。連絡は取り合っていましたから…」
 電話を切ると同時だった。鬼頭は阿部生安部長室に呼ばれた。既に柴田保安課長ら幹部が集まっていた。
 「鬼頭さんご苦労様でした」
 阿部生安部長から御礼を言われるなんて、こそばゆい感じだった。
 「大変なことになっているようですが…。掛け持ちは大変でしょうがなんか警視庁管内に返してくれと警察庁が言っているようなので…私共はなんとも…」
 「ありがとうございました。悪いのですが…これから直ぐでよろしいですか?」
 鬼頭は遠慮がちに聞いた。
 「実は、今、本部長から直接、言ってきまして…すぐ…と…」
 鬼頭は申し訳ないことをしたと思った。
 「今回の件については本部長にあげてあったのですか?」
 「あげてありました。大丈夫です。決済をとってからですから…」
 と捜査二課長は言ったが、していなかったような気がして鬼頭は気が引けたのだった。時間がないので、このまま帰ることにした。

 

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2009年1月10日 (土)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(36)

      佐渡通信と東京が繋がった
080713_164028_m     「なるほど…」
 笹原外事課長が声を出した。そして続けた。
 「分かった。分かりましたよ。なんで鬼頭さんが来ているか分かりましたよ。しかし、それにしても警視庁と言うか警察庁と言うか、凄い先見の目があるんですね…。しかし、そこまで読んでいたんですか…」
 笠原課長のこの言葉で、鬼頭は詳しく説明しておく必要があると思った。
 「いや、最初から読んでいたのではなく、もともと九州の工作船から始まっているのですから…。それに警察庁の方針でもあり、無駄かもしりませんが…とりあえず…私が何かの役に立てばと…迷惑にならない程度に…出ていた訳ですので…黙っていて申し訳ありませんでした」
 柴田保安課長が言葉を挟んだ。
 「いや、それは本部長から県警の幹部にはだいたいの説明がありましたから、鬼頭さんが心配することはありませんよ…」
 タイミングをみていた寺島捜査二課長がさらに
 「鬼頭さんがいらっしゃることで我々はどんなに心強いことか…今回もこうなったら、さらに御指導をお願いすることになるわけです」

 柴田課長が喋り出した。
 「説明を続けますが、佐渡通信は県内の漁協単位で漁船の無線修理販売の営業を続けております。ざっと計算した結果ですね、年間に五十近い漁協から一億二千万円の振り込みが確認されました」
 柴田はさらに資金の流れの続きを説明したが、社員の行動を把握するため押収した自動車運転日報に注目してほしいと言った。
 「これは直感なのですが、先ほど鬼頭さんが言いました多摩川警察の件、なぜか乗用車が都内の調布に行っていることに気付いたのですが…。実は佐山署長と話した時にも疑問を感じていたのです。どう言う訳か昨年から今年にかけて新宿と調布に数回出かけているんですよ」
 刑事の勘というのは恐ろしいものだ。「あいつの第六感は優れている」と良く言われる。刑事の勘はこの第六感のことだ。字が違うだけだ。鬼頭は柴田に聞いた。
 「柴田課長、その勘なんですが…なんだと思いますか?」
 「言っていいですか。佐渡通信には乗用車と貨物乗用車、それにトラックと併せて8台あるんです。7台は新潟ナンバーなのですが、1台のクラウンだけが多摩ナンバーなんです。たわいない話しなので恥ずかしいのですが…」
 柴田課長が答えたのに対して鬼頭が再び聞いた。
 「面白いではないですか。で…所有者は?」
 「東京都調布市×丁目××、有限会社・山本物産の高橋次郎なんです。確認したのですが、農・海産物問屋らしいく特に怪しいことはないようなんです」
 鬼頭の頭に引っかかったものがあった。
 「ちょっと待って下さい」
 鬼頭がどこかで聞いた名前だと思った。
 「ヤマモトブッサン、ヤマモトブッサンですよね」
 鬼頭は一生懸命思い出そうとした。
 「どこかで聞いた…。いやいいです。気のせいかも…課長、続けて下さい」
   会議場は静かになった。全員が鬼頭に思い出してもらいたいのだ。
 

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2009年1月 2日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(35)

  口座の凍結
080713_164028_m  明らかになった羹の人定は以下のようなものだった。
 名前は北朝鮮金策出身の羹相進(五十七歳)。富山港に入港する貨物船で昭和四十八年に密入国した。
 当時は兵庫県内のある商工関係者に北朝鮮籍の会員がおり、その人物の紹介などで大阪市西成区の釜が先で生活していたが、韓国籍の人が多く不審を抱く人物が出てきたことから東京の山谷地区を紹介されて移り住んだ。
 初めの頃は、中国に住む脱北者の親族が委託する富山港寄港の貨物船の船員から仕送り金を受け取り、細々と生活を続けていた。やがてはその送金もなくなり、「人殺し以外は何でもする」ことを条件に、偶然、知り合った「ロックの雅」の元で働くようになった。
 その時の仕事について羹は「街の中で物を売る商売」とだけしか供述しない。
 しばらくすると兵庫の商工会の李さんという人に呼ばれ、函館や富山に入港する北朝鮮籍の貨物船に「依頼物」を渡す役目を任されるようになったという。
 渡している物は、大きさがその都度変わるので中身については知らされていなかった。年に数回の仕事だったが、一回の仕事で交通費別で五万円前後になり、山谷で生活するには不自由はしなかったという。
 昭和五十年の十二月ごろだった。突然、ロックの雅から呼び出され、日本人になりすますための戸籍が手に入るので「五十万円で買わないか」と持ちかけられて、十回払いで買うことになった。
 渡されたのが「金本悟」さん名義の日本で言う「戸籍謄本という物」で「手続きの仕方が分からない」と言うと、雅は、長野県だったかどこかの温泉旅行と三万円の謝礼金つきで届けを手伝ってくれたという。
 「自分は金本さんという人は全然、見たことも無かった」と供述している。ロックの雅とも長野県の温泉地で別れた後は、残金を口座に振り込み続け、連絡は電話で済ませていたという。
 「自分は北朝鮮で工作員の教育を受けていた脱北者でもあり、無線技師の資格を持っていることから、在日韓国籍の仲間に呼びかけて起業を決めた」
 これが五日間の調べで供述した内容だ。一通りの調べを終えた荒垣警部が、鬼頭に相談した。鬼頭は立ち合っていたので、自分の思うままの意見を述べた。
 「どうも完全に落ちていないようですね。しかし今となっては裏のとれる話しではないような気がしますね…」
 荒垣もそう思っていた。そして鬼頭はさらに続けた。
 「裏付けを取るにしても兵庫について調べた結果、当時、明石市に総連関係者がいたということまでは分かりましたが、既に済州島に帰国していると言うのです」
 荒垣は続けて言った。
 「その相手の名前が不完全で、追求すると『忘れた』としか言わない。分かっていても李だけで、これではどうしようもありませんね」
 鬼頭も頭を抱えていた。そして
 「荒垣さんね、はい乗り関係はロックの雅こと北上を捕まえてみないと分からないのですよ。ですからその関係の捜査は警視庁も可能な限りやっているのだから…覚せい剤取引関係のヒントでもいいからね。何とか聞き出したてもらえませんか」
 と鬼頭は荒垣に提案した。そして
 「北上については現在ICPOに赤手配している最中でもあり、それを待つしかないでしょう。待ちましょうよ」
 一呼吸入れて、さらに続けた。
 「そしてね荒垣さん、心配することはありませんよ。今は落ちていませんが、これからあがってくる資金の流れなどと合わせれば落とすネタは必ず見つかりますよ」
 荒垣は頷いた。その夜は、久しぶりで夜の新潟市内に出ることにした。鬼頭も荒垣もネオンが恋しくなっていた。捜査一課の平井も誘われた。
 調べが六日目に入ろうとした翌日、捜査二課で分析していた帳簿類について会議が開かれることになった。荒垣警部はそのまま羹の調べを続行するが、鬼頭は会議に呼ばれた。
 

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2008年12月27日 (土)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(34)

   金田悟こと羹の調べ始まる

080713_164028_m_2 ガサ入れの現場から鬼頭に電話が入った。

「倉庫の中?ですか?その倉庫は他に何が入っていますか?」
 「なんかの機械の部品などです。それに酒ビンなども…」
 機械類の入った倉庫などに置いてあったということに鬼頭はこだわった。
 「封印してありますか?」
 鬼頭は念を押した。
 「封印はしていません。ビンは汚れていますので以前から放置しておいたのではないでしょうか?」
 「分かりました。一応、押収しましょう。状況が分かるように写真を撮影しておいて下さい。それと簡単な図面も…」
 「薬箱全部を持って行きましょうか?」
 「薬箱もビンも全部を持ってきて下さい。遠慮することはありません」
 鬼頭は電話の結果を阿部生安部長に報告した。隣で聞いていた平井警部が言った。
 「ほら見ろ。鬼頭さん、行った方がいいんでないか?。部長、ヘリを出せヘリを…」

 平井の言葉に鬼頭は恐縮した。
 「平井さんいいよいいんですよ。全部持って来ればいいんですから」
 阿部部長がおもむろに口を開いた。
 「鬼頭さん。全部持ってくるよう言ったのですね。それでいいんですよね」
 鬼頭は頷いた。午後六時を過ぎると、各捜索場所から無線で「終了」報告が次々に入り出した。
 すべて終わったのは午後七時半。最後の班が本部に戻ってきたのは八時を過ぎていた。
 鬼頭は、佐渡島の押収物を待っていた。県警の船で行っており、捜索班が本部に引き揚げて来たときは九時に近かった。三階の保安課に駆け込んみ鬼頭の声は弾んでいた。
 「見せて下さいよ。本物だったら最高のガサなんですが…」
 物は三階の保安課に運び込まれていた。
 「鬼頭さん、どうも違うような気がするんですが…」
 がっくりした表情で保安の主任が言った。鬼頭も明らかに違うと思ったが一応、小指につけて口に含んでみた。覚せい剤とは明らかに違っていた。
 「残念ですが…覚せい剤ではありませんな。何の薬か分かりませんので、一応鑑定して下さい」
 鬼頭が丁寧にお願いした。
 「課長、だめでした」
 主任の報告を受けた柴田保安課長の表情がゆがんだ。しかしそれは一瞬だった。
 「ありがとうございました。いいんだよ。それにしても…みんな、よく頑張ってくれました。ご苦労さまでした」
 ビンは他の薬箱ごと鑑定に運ばれ、押収薬品全部を検査することにしているが、とりあえずビン入りの白い粉の確認が急がれた、答えはすぐに出された。二本とも金属の研磨剤だった。
 「事務所の前に倉庫みたいなところがあり、そこのカギが無いと大騒ぎになりました。『きょうはカギを持った人が新潟市内にいるので帰ってくるのは明日だ』という。冗談じゃぁないと言うことで、カギを壊して中に入りました。ここまでは完璧だった」
 捜索班長の顔は怒りのためか真っ赤だった。そして続けた。
 「そうしたら機械類の油の臭いがした。倉庫の片隅に酒の一升瓶を積み上げた下のほうに段ボール箱があり開けたらあのビンが入っていたのです」
 

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2008年12月19日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(33)

   佐渡島の捜索

080713_164028_m こうして新潟県警による佐渡通信関係の家宅捜索は一斉に着手された。警察庁に着手報告されたの午前九時三分。六月にしては蒸し暑い日だった。警視庁新橋分室の風間理事官卓上の電話が鳴った。鬼頭からだった。
 「理事官ですか?。鬼頭です。今、着手しました。凄いですよ。四十人体制ですよ」
 「ご苦労だね。そうすると今回は押収資料の分析までそっちにいることになるね」

 風間の皮肉な言葉が出た。そして鬼頭も負けてはいなかった。ジャブの応酬がつづく。
 「出た物次第ですが…多分、そうなるでしょう」

「『出たとこ勝負』だからと言って本拠地を抜け出して佐渡島などに『出て行って』遊ばないようにしてくれよ…これ冗談だがね…」
 「いいですね。そのアイディアはもらいました。いや冗談ではなく今回の捜索箇所に佐渡島営業所がありましてね。覚せい剤の粉末でも出れば、私が行かないとね…」
 「行けば良いんじゃないですか。そのかわりだがね、戻ってもこっちの机は無いものと思ってもらわないと…」
 部屋にいるか本部庁舎に行くか警察庁に出向くかなど、行動半径の狭い風間にとっては、うらやましい仕事と思っているのだろうと鬼頭は思った。
 正午のニュースはテレビ各社ともトップニュース扱いだった。局によっては「北朝鮮の覚せい剤販売組織にメス」などとオーバーに表現するところもあった。
 部屋でテレビを見ていた牛島新潟県警本部長に電話が入った。警察庁の瀬上生安局長からだった。
 「派手にやってますね。期待しているんだけどさ、スイス銀行の口座なんていうのがあるだろうな。国内でも良いが、とにかく組織犯罪という裏付けを頼むよ」

 牛島と瀬上は旧知の仲だ。性格も似ていた。
 「了解、了解。刑事連中の話しを聞くと、確かに税務への申告というか年商が八千万ぐらいと言うのは少なすぎるですよね」と牛島。

 そして瀬上は言った。
 「地下銀行発覚なんていう新聞の見だしに期待していますよ」

 瀬上は間をおいて続けた

 「ところで新潟ではゴルフはやっているの?。雪でできねぇか」

 同期の牛島が答えた。
 「瀬上さんよ。新潟って言ってもね、年から年中雪があるわけでないの。いいですよ自然は。空気が澄んでいてね…」

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2008年12月12日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(32)

       捜査会議

080713_164028_m 新潟県警の捜査会議は、生安の安倍部長の挨拶から始まった。いよいよ、事件の核心に迫る家宅捜索といっても言い過ぎではなかった。集められた捜査員は、生安部はもとより刑事部、地域部、公安部から交通部にまでおよび総勢は80人。他の約30人は県外の捜索場所に既に配置されていた。
 「それでは今回の家宅捜索について申し上げます。捜索対象は佐渡通信とその関係箇所六カ所です。狙いは金田こと羹が青森県の金田悟さんに成りすました事実が明らかになりましたのでその解明が目標です」
 いつになく阿部部長の緊張した声が続いた。
 「そして工作船から発見された水死体が羹の弟だったことから、これの裏付け捜査が中心でございます。特に工作船関係では覚せい剤の密輸という事実がありますので見逃すことのないようにご注意を願います…」
 阿部の長ったらしい説明が終わった。そして鬼頭が紹介された。
 「きょうは警視庁から特命捜査官の鬼頭警部が来ておられますので、薬物関係の件で何か指示があればお願いしたいと思いますが…」
 鬼頭が立ち上がり挨拶した。
 「特別の指示ではございませんが、覚せい剤と思われるような粉等が発見されましたら待機しておりますので、その場から一報をお願いします」
 薬物関係の捜索で最近は、発見しにくく巧妙に隠されている場合が多く、家宅捜索しても発見されない場合が少なくない。中には、飾られた額縁を壊したり応接室のソファーを壊してようやく発見する場合もある。
 このため薬物捜索には薬物専門の麻薬犬が出動する場合が最近は多くなっている。鬼頭はこうした事情を説明するとともにさらに続けた。
 「特に冷蔵庫の中や食器棚では食器の裏側にパケを張り付けてあったり、ジャムとかバターなどの入れ物に隠すなど様々な隠し方が考えられます。壁掛けや本棚なども隠し場所です。ゴルフバックなども頭の中に入れておいて下さい」
 鬼頭の後に続いて捜査二課長から指示が出された。
 「資金の流れを解明するためには帳簿類は当然ですが、預金通帳などの場合は印鑑も重要な裏付け資料になります。またカギ類にも気を配って下さい。貸金庫の可能性もあります。全部残らず根こそぎの押収となります。その際、押収物件の記入漏れのないよう注意することです」
 

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2008年12月 5日 (金)

☆小説 警視庁薬物特命捜査官(31)

 新潟県警にかけられた期待

080713_164028_m 会議を終えた重森は、鬼頭警部と風間理事官を誘い18階の瀬上生安局長室を訪れることにした。16階の会議室からエレベーターで18階に向かった。 
 局長室の入り口を入ると会議用のテーブルがあり、局長の机は入り口から7、8㍍先の窓側にあった。広い部屋である。重森らの姿を見た瀬上は「やぁ」と言って右手を挙げた。

 瀬上は机の前にあるにソファを手で示しながら「どうぞ、こちらへ」と3人を迎えた。

 「局長、宜しくお願いします」
 鬼頭と風間は座りながら頭を下げた。瀬上が鬼頭の顔を見ながら言った。
 「鬼頭さん、かねがね噂は聞いていますよ。定年が近いようですね。風間君、もったいないよなぁ。日本警察の財産だぜ」
 瀬上は警視庁の経験はないが「常に日本警察は警視庁がリードしている」と信じているうちの一人だ。
 瀬上局長卓上の電話が鳴った。ソファから立ち上がり受話器をとった。
 「今、打ち合わせ中なのでこちらから連絡します」

 電話を終えた瀬上は、座りながら言った。
 「すまない。次長の言う通り、国税はなんでもかんでも持っていくから困るんだよね。うちとしては銀行の金の流れを見たいんでしょう。国税が引かない場合は、警察として押さえたいリストをもらえませんか?どこまでやれるか分かりませんが…鬼頭さんのためにも努力しますよ」
 続けて重森が口を開いた。
 「きょうは田中局長が大変失礼なことを申し上げてすみません。あの方は悪意がないので気にしないで下さい」

 4人の話題は事件とは全く別の警視庁の人事の内容だった。
 重森、鬼頭らが引き揚げたあと瀬上局長のもとを毎朝新聞の警察庁担当、上沼記者が訪れた。先ほどの電話の主だった。開口一番上沼がこう切り出した。
 「大阪府警で通信傍受を実施したそうですね」
 いきなりの切り出しに瀬上局長が驚いた。しかし、ここで顔色を変えると全てがバレてしまう。かと言って嘘は付けない。困った顔をすると心を読まれてしまう。ましてや上沼記者は敏腕として名高い。
 「実施しました。国会報告が求められている事案なので正直に申し上げます。しかしね上沼さんよ。頼みがある。通信傍受と言うのは実施しても収穫がなければ実施しないのと同じなんです。例の工作船で押収して携帯の記録からやりました。既に海保のニュースでご承知でしょう?。ですから、ここのところは押さえてもらえませんか」
 「押さえるのはいいのですが、大阪府警の担当者が掴んだものですから…。他社はどうですか?」
「まったく当たりはありません。タイミングを見て配慮させて頂きます。今回の一連の事件では毎朝さんがリードしていることは重々分かっております。正直言いまして海保の二の足を踏みたくないのです。今が大事な時期にきているのです」
 瀬上はさらに続けた。
 「それに、たったの二回だけ聞きました。うち一回は雑音が多くて良く分からなかったのです。もう一度令状を請求する予定です」
 「分かりました。しかし私の一存では決めかねられないので…。後で返事することではいけませんか?」
 上沼のこの人柄が警察庁内でも好感を呼んでいる。瀬上は前任者の鈴木記者とは信頼関係を築いていた。その鈴木は、社会部のデスクに昇格している。鈴木にお願いする手もあるがこの際は上沼に期待することにした。「何か謝礼を」と考えた瀬上は言った。
 「風営法の改正をしたいと考えているのですが、興味ありませんか?」
 「どんなことですか?」
 

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2008年11月28日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(30)

    「情報は瞬時に国境を越える」
080713_164028_m  鬼頭は心の中で整理してみた。多摩川署の焼き肉屋関係のガサ結果が出るのは時間の問題だ。しかしこれは刑事局には報告していない件。
 それに通信傍受から篠原組の薬物取引相手が特定できるかも知れない。その相手に朝洋商事が入っているかもしれない。これらを合わせると朝洋商事は、一連の中で〝頂上〟と言える可能性は高いのだ。
 警察全体として最も期待しているのは新潟県警の佐渡通信に対する捜索だ。場合によっては北朝鮮と直結する可能性だって秘められている。逆に押収する資料がどれ一つ欠けても頂上に届かなくなる危険性はある。
 これらの情報を全部さらけ出して良いのだろうか。警察庁を信じない訳ではないが、マスコミに報じられたら海上保安庁の二の舞になりはしないか。鬼頭は迷った。反論したかった。意を決して立ち上がった。
 風間が制止しようとしたが遅かった。
 「お言葉ですが…」
 鬼頭が立ち上がった瞬間、田中局長から睨み付けられた。会議場は凍り付いた。
 「お言葉ですが、國島長官の言われた『威信をかけてやれ』の言葉を信じて我々はやってまいりました。政府の方針と言いますが国税は二年も待っている。我々はあと十日もいらないのです。一週間でもいいのです。時間を下さい」
 鬼頭は定年まであと二年。「できなかったら首ぐらい何時でも差し出すよ」と言いたかったが重森と風間の顔を見ると言えなかった。風間は必死に目で制止している。
 警察庁には、かつて「お言葉人事」というのがあった。部下が「お言葉ですが」と幹部に反する意見を言うと、人事異動の対象にされたという悲劇だ。
 「一週間でやれると言ったが、重森君はそれで良いのか?」
 瀬上生安局長が重森に聞いた。
 「鬼頭警部は我々も認める専門職の特命捜査官です。だから全国の事件を総合的に見て判断をして貰っています。それは長官もご存知のとおりです。従って報告できないことも多々あり、組み立ててみないと分からない部分もあるでしょう。その意を汲んでほしい」
 ここまで言って田中局長を見た。そして重森はさらに続けた。
 「これが『薬物に対する組織捜査なんだ』という前例を作ってほしいと長官からも言われている。もはや薬物捜査は都道府県警察単位では追いつかないのです。お言葉を返すようですが、お望みなら警視庁に手を引かせますか?」
 言いながら重森は田中局長を見た。
 

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2008年11月21日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(29)

  警察庁対警視庁
080713_164028_m  会議には、警察庁からは吉川次長、刑事、生安局長、警備局からは局長が不在のため審議官。さらに捜査一課、生安企画、外事の各課長が出席した。
 警視庁からは永堀生安部長、笹川刑事部長、風間理事官、鬼頭捜査官らが呼ばれた。

 会議の冒頭で、風間理事官から捜査の現状が報告された。風間は刑事・生安両部を兼務する理事官だ。
 「朝洋商事に関する捜査体制は特命室を中心に城西署と下町署とで総勢は二十五人です。社長の帳亭植の行動範囲は、北は岩手県の盛岡から南は九州薩摩半島までかなり広範囲でした。しかし、帳社長に対する直接の逮捕容疑はありません。したがいまして商事会社法人に対する家宅捜索の容疑を貸金業法違反にしました」
 一呼吸おいた風間は、さらに具体的に説明した。
 「下町署員が朝洋商事が捨てた燃えないゴミの中に、使い古した携帯電話が潰されているのを発見しています。その中に潰し切れていない携帯がありまして、朝洋商事の社員の携帯電話と連絡取り合った記録も発見されています。この携帯から覚せい剤密売で逮捕したイラン人の指紋も発見されました」
 風間はさらに続けた。
 「このイラン人は城西署が逮捕しています」
 風間は、得意気にさらに続ける。
 「さらにですね、朝洋の所有する車両、特に帳社長などの行動をNシステムで調べた結果、北の工作船から押収した電話通信記録と奇妙に一致している部分があり、今後、解明が必要かと思われます。この件が捜索後の押収資料に頼らざるを得ない部分です」
 警察庁の生安企画課長がまず質問した。
 「潰された携帯電話って、どういうことか?」
 風間が答える。
 「おそらく使い捨てのプリペイドカード式の携帯で、最近は密売組織が良く利用しています」
 風間はさらに続けた。
 「取引は大手都市銀行が中心です。それに印刷会社を行確(見張っていて)で分かったのですが、朝洋商事名義のヤミ金のチラシもありました。同社は金融営業の届け出はありません。貸金業法に違反しています」
 一呼吸おいた風間は
 「この件に関しては新潟県警が同社の社員を逮捕しており、並行して捜査を進めておりました。入り口はここかと思います」
 瀬上局長から質問が出た。
 「それだけで帳まで伸ばせるのですか?」
 周囲を見回しながら瀬上はさらに
 「さきほど言った中で『押収資料に頼らざるを得ない部分』はなんですか?」
 その部分について風間は言葉を濁した。
 「押収資料はあくまでも押収した資料でその一部です。我が社が最大の目標としているのが北との薬物の取引なんです。そのためには全体的に見える帳簿類が必要なんですが…ですから国税との同時捜索ではないよう調整して頂きたいのです」
 風間は、合同捜索で大事な資料を国税に押収されることを気にしていた。
 警察庁の重森課長が田中刑事局長、瀬上生安局長の了解を得て立ち上がった。
 「我々の目的はあくまでも北の工作船に関係して押収した携帯から、海保が出来なかった薬物の国内流通組織解明ばかりか、国外も含めた全体的な解明にあります。その資金等の流れを見るためにも必要なものが帳簿なんです。そういう意味で押収が可能な令状があるんだから、国税には待っていただくことは出来ませんか」

 重森は鬼頭を信頼している所以の言葉だった。
 

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2008年11月14日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(28)

   第2部「頂上を捕れるか」
     国税の狙いは?
080713_164028_m  東京国税局の甲斐誠二・査察部長が警察庁九階の吉川英明次長室を訪れた。次長室には宗像警備局長、田中刑事局長、瀬上生活安全局長が同席した。
 国税当局と警察当局の連携で事件を解決する例は多い。オウム真理教事件では、教団のマネーロンダリング対策として国税当局が強力な査察を実施。収入源となっていたパソコン関連部門にメスを入れている。
 今回の甲斐査察部長の訪問は、警視庁が既に捜査を開始している東京・新宿歌舞伎町の朝洋商事に関してだった。
 「本日はお願いがありまして…先日は兵庫県警の件で表彰をうけましたがありがとうございましたと御礼を言ってこいと…長官が言っておりまして…ついでで恐縮ではございますが…」
 甲斐部長は、今年四月に大阪国税局明石税務署が兵庫県警に協力して実施した地元暴力団に対する査察に対して、警察庁長官協力賞を受賞したことに対する御礼を述べたのだった。
 御礼と言っても小松国税庁長官の伝言を伝えたもので、甲斐にしてみれば「今回来庁したのは長官も了解事項だよ」と暗に知らせる〝威嚇〟のためでもあった。お互いに一通りの挨拶を交わしたあと、再び甲斐部長が吉川に目を向けて続けた。
 「大変恐縮でございますが…既に警視庁が内偵されている朝洋商事に関して私共としても着手させて頂きたく…甚だ勝手なお願いですが…ご意見をお聞きしたくて…」
 甲斐誠二と言えば、査察部では〝剃刀の誠二〟の威名の持ち主。但し「話し下手」でも有名だ。話し言葉でありながら切れ目のない文章が蕩々と続く。吉川次長が途中で言葉を挟んだ。
 「分かりました。瀬上君、警視庁から報告は受けているのかな?」
 朝洋商事は貿易商の看板を持っているが、裏金融の噂も多い。今回は九州南西海域で発生した工作船の薬物取引で、国内の関係者と通話したとみられる電話番号が残っていたことからの内偵着手であり警備局と瀬上生安局長の主管だった。
 「朝洋については内偵に着手してから三カ月になるかならないかのはずです。つい先日の会議報告では、貿易商の他に古物関係とか何をしているのか実体が分からない業者だと言っていました。我々の最大の狙いは、ご承知と思いますが、北朝鮮の工作船関係なのです。この解明も含めて既に別件ですが令状を取っておりガサのタイミングをみている段階と言っていました」
 瀬上は、詳細の報告を控えた。むしろ国税の狙いを知りたかったからだ。甲斐部長が喋りだした。
 「今回は利息制限法が改正されたことからその関連で実施するもので…どうも…あの会社は我々が二年間にわたりマルサによる内偵を続けた結果…どうしても…金の流れを把握しないと…」
 相変わらず歯切れの悪い説明が続けられた。二年前に利息制限法が改正されたがその関連としてこれまで、大手金融業の査察を実施しており、その一環だという。「果たしてそれだけだろうか?」。さすが「剃刀の誠二」だけあって捜査の手の内は見せないということか。
 「分かりました。ご承知と思いますが事件を担当しているのは警視庁だけでなく他府県警も絡みますので、ガサの実施時期については時間を下さい。連絡します」
 吉川次長は、お互いが腹のさぐり合いをしていても無駄な時間が過ぎるばかりだと判断しての言葉だった。
 「連携をとらないとね。どっちも潰れても困るし…」
 眉を吊り上げて瀬上が言った。念押しの言葉だった。瀬上にしてみれば、単なる薬物事件解明だけでなく、あらゆる法令を適用するため薬物の特命捜査に加え、生活安全部からは生活経済も投入しての捜査を続けてきた。
 

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2008年11月 7日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(27)

 40都道府県警が捜査展開

080713_164028_m 悟さんが日雇い労働者として山谷地区で働いていたころ北上は、中国マフィアの要請を受けて北朝鮮から密入国した男の戸籍を確保する仕事を二百万円で引き受けていた。「良い人はいないか?」と聞かれた田岡は、深い事情を聞かずに悟さんを紹介した。
 田岡が青ざめたのは金田さんがその悟さんに良く似ていたからだった。田岡は悟さんを北上に紹介はしたものの、その後、何処にどう行方不明になったのかは北上から聞かされていなかったという。
 「どんな事情にあったのだろう?」と疑問を持った田岡は、やがて自ら正夫さんを誘うようになった。兄貴の悟さんの行方を知りたい田岡は、仙台にいた北上に連絡した。そして初めて、悟さんの戸籍を得るため殺害したことを打ち明けられた。
 翌日、北上が上京した。北上は田岡に迫った。悟さん殺害事件は田岡の紹介を受けてはじまったことだから共犯者だというのだ。田岡は北上に言った。
 「俺は関わり合いたくない。話しを聞いてみると俺たちと悟さんの関係はまだ知られていない。しかし、正夫さんに長く滞在されると、どのようなルートでばれるか分からない。この際、早く追い返したほうが良いのではないか?」
 「だったら正夫と三人で飲んでガセネタを掴ませるか?」
 北上が提案した。話しはまとまり北上、田岡と正夫さんの三人で飲むことにした。正夫さんは酒は控えめだった。それでも意気投合して浅草のカラオケ店に行くことになった。
 そこで「話しの辻褄が合わない」とあまり酔っていない正夫さんが怒り出した。
 大声での口論となったため、北上は「外で話そう」と正夫さんを誘い隅田川公園に行った。そこで再び口論が再燃。北上が正夫さんの顔や胸を殴り意識不明にしたあと、持っていた注射器で覚せい剤を大量に注射。堤防から隅田川に放り込んだ。
 「おまえ何の注射をしたんだ」
 田岡は北上に聞いた。
 「覚せい剤ですよ。こうすると事件が発覚しても覚せい剤がらみとなり、捜査の方向は薬物捜査になるでしょう。捜査かく乱のためですよ」
 驚いて立ちつくす田岡に向かって言った北上の次の言葉は
 「これで田岡さんも同罪ですからね」
 こうして田岡は、北上が動かなくなった正夫さんを公園の堤防から投げ捨てるのを手伝わされたというのだった。
 捜査本部は田岡を殺害に加担したものと判断、逮捕容疑を共謀共同正犯の殺人容疑に切り替えた。
 

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2008年10月31日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(26)

  「正夫さんを殺ったのは…」
080713_164028_m  こうして田岡は、ドライバー所持の軽犯罪法違反容疑で連行された。調べは捜査一課七係長の平岡警部が担当した。調べは佳境に入っていた。
 ーーお前も昔気質の人間なら分かるだろうが…。金田正夫さんが悟さんを捜しに上京したのはな、正夫さん自身が癌に侵されていたんだよ。あと数年の命と宣告されたんで、死ぬ前に大事な仕事があったからなんだよ。酒を飲んでいて気づかなかったのか?。
 「どうりであまり飲まなかったな…」
 ーーカラオケで津軽じょんがら節を歌っていただろう。あの歌はな、悲しい歌なんだよ。江波杏子と織田あきら、西村晃らが共演した津軽じょんがら節という映画。お前も見たんだろう。正夫さんの歌をお前は、どんな気分で聞いていたんだよ。涙も出なかったのか=。
 「刑事さん…。なんで彼が歌ったのを知っているんですか?」
 ーーお前らの行動ぐらい知らないで調べ官が務まるかよ。それでな、大事な仕事とはな、田舎だからさ。墓を守らなくてはならない。兄がいなければ次男の自分の役目になる。ところが命の限りの宣告を受けていて、時間がない。そこで『たとえ目が見えなくても耳が聞こえなくても兄貴の屍だけでもいい』として、たった二人っきりの兄弟なので捜しに来たというんだ。
 「… …」
 平岡の言葉に田岡は黙り込んだ。平岡は続けた。
 ーー先祖の墓を守るためにだ。『絶対に見つかる』と信じて病院にも行かずに病気を隠してだよ。奥さんが泣いていたぞ。あんな、か細い体にお前らは覚せい剤という悪魔の薬を注射した。堅気(かたぎ)の人にだよ。恥ずかしくないのかお前は。痩せても枯れても下町の江戸っ子だろうが。人情も落ちたもんだよなぁー。
 「… …」
 平岡は「落ちるな」と思った。
 ーーもういい。もういいよ= こんなこと子分達が知ったらどうなるかだよ。お前の墓に唾や小便でもかけるじぁないのか。
 平岡が立ち上がろうとした。イスを引きながらため息をついた。
 「刑事さん待ってくれよ。逃げる訳ではないが自分は殺していない。しかし北上の行動を止められなかったのには責任がある。罪は償いますよ」
 ーーじゃーお前に聞くが、正夫さんをどうやって殺した?
 「北上の奴が隅田川の公園で、正夫さんの顔を殴ったほか胸などを踏みつけて気絶させた後、持っていた注射器で覚せい剤を射ってショック死させたんだよ」
 田岡はさらに続けた。
 「身元がばれないようにと北上が、わざと正夫さんが持っていた携帯の住所録や着信履歴、発信履歴など全てを消してそのままにしたんだ」
 平岡が確認した。
 ーー正夫さんが電話番号を書いた紙切れを持っていたが、それは何だ?
 田岡がしばらく考えた後、不思議な顔をして言った。
 「それは知りませんでした」
 テキ屋の親分が落ちた瞬間だった。「携帯の履歴が消えていた」は犯人しか知り得ない「秘密の暴露」には十分だった。さらに平岡は諭した。
 ーーなぁ田岡。これで正夫さんは成仏できるだろうよ。しかし、本当はな兄弟を一緒に出してやれないかな。
 「刑事さんは悟のことを言っているのだろうが、俺も男だよ。あの時は北上に紹介はした。しかしその後の行方が分からないんだ。本当なんだ。必死になって捜す正夫さんの姿に感動して、俺はわざわざ仙台から北上を呼んだんだ。そうしたら彼奴(あいつ)は、俺を共犯だと脅した…」

 

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2008年10月24日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(25)

     テキ屋の組長逮捕へ

080713_164028_m 多摩川署と警視庁本部生安特捜隊などが捜査していたコンテナの受取人の東京都新宿区大久保四丁目××番地の淋公平を、淀橋西署員が緊急逮捕していたというのだ。容疑は「覚せい剤所持」。新橋分室にいた風間理事官は淀橋西署の川崎署長に連絡をとった。
 「風間です。淋を逮捕したんだって?」 
 「奴は焼き肉屋をやっていてね、実は色々な情報が入っていたのだよ。それで未発表だが先月末に覚せい剤所持でマスコミ関係者を逮捕したんだ。発表していなかったのだが、週刊誌に感づかれてね、時間が持たなくなりそうなので淋に番をかけていたんだよ」
 川崎署長は申し訳なさそうに報告しはじめた。

 「それで捕まえた。良いネタがあるんだけどなぁ…」と風間。 
 「分かっている。十分に分かっている。多摩川の件だろう。佐山君とは既に連絡しているよ。心配するなよ」
 風間と川崎とは警備部にいた当時からの旧知の仲。そしてその川崎と多摩川署の佐山とは警察大学の同期生だった。

 風間と川崎の話しを聞いていた鬼頭が風間に提案した。
 「理事官、明日にでも淋関係のガサしましょう。淀橋がこうなった以上、多摩川も既に関係者の逮捕令状を持っており、それだけでも執行しましょう」
 こうして淀橋西署の淋の逮捕で、多摩川署が進めていたコントロールドデリバリー捜査は途中で合同捜査本部として淋の関係カ所の家宅捜索を実施することになった。
 淀橋西署が用意した家宅捜索は淋の自宅、オフィス、焼き肉店など五カ所。そして警視庁は淋の逮捕を含めて多摩川署との合同事件と位置づけた。さらに多摩川関係では十八人を一斉に逮捕するとともに関係カ所二十三カ所の家宅捜索が実施された。
 淀橋西署は、所持容疑で逮捕したマスコミ関係者の名前の公表どころか、同事件そのものの発表を控えた。
 その日の夕刊各紙はほぼ全紙が一面トップ扱いだった。淋の経営する焼き肉屋「ジュウジュウ」は、都内でも有名な店で代議士をはじめ芸能人、マスコミ関係者など政・官・財界にも知られていたからだ。
×   ×    ×    ×
 事件は連鎖反応的に起きるものだが、事件が解決するときも競争意識を持っているわけではないが、得てして続くことが多い。
 警視庁捜査一課と江戸川署の捜査本部は、金田正夫さん殺害容疑の東京都台東区根岸六丁目××、暴力団・根岸一家組長、田岡力也(六十三歳)を軽犯罪法で逮捕の準備が完了したのは多摩川署と淀橋西署の一斉逮捕の翌日だった。
 根岸一家は浅草、隅田、江戸川、足立、葛飾などで下町で開かれる祭り会場の屋台を仕切る古くからのテキ屋だった。
 金田さんの足取り捜査をしていた捜査本部員が、台東区浅草のカラオケ店で田岡ら二人が金田さんと喧嘩していた目撃情報を得た。田岡は地元であまりにも有名だったことから顔を知られており墓穴を掘る形となった。
 捜査本部は田岡の内偵捜査を開始したのは約二カ月ほど前だった。しかしどうしても金田さんの遺体にあった薬物の注射痕と田岡の根岸一家が結び着かなかったのだ。
 途中、捜査の焦点は金田さんと田岡とは別のもう一人の男に絞られた。
 そうした最中に、写真週刊誌が北上の写真を掲載。北朝鮮に出国したことが明らかになった。そして木島さんの証言を得たのだった。
 捜査本部は北上の足取りを追った。その結果、三月二十一日に仙台を出て東京に向かったことが分かった。品川区の高級ホテルに滞在していたが、三月二十五日に成田空港から北京に向けて出国していた。
 田岡の逮捕に向けて緊急捜査会議が開かれた。鬼頭が発言した。

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2008年10月17日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(24)

  ビデオ写真の解明を急げ
080713_164028_m  木島さんの足が不自由だったことから車で新潟県警に案内することになった。捜査本部からは警視庁の林管理官が同行した。木島さんは車内で、北上雅也と悟さんが同じ部屋に寝泊まりしていた当時の山谷の様子を話し出した。林管理官は、懐かしい時代の話しに自身の警察官生活をだぶらせて振り返り何度も何度も質問した。
 昔し話しをしたのも、面通しの前に木島さんに当時の多くの記憶を蘇えらせるための林管理官の作戦だった。
 関越自動車道路の新潟中央インターでは県警高速隊のパトカーが待機しており、新潟中署まで誘導したくれた。
 同署にはマジックミラー付きの調べ室はなかった。このため刑事課は金田悟と名乗る男を何度も木島さんの前を通行させることで確認させた。
 調べ室で録音された羹の雑談も聞かされた。木島さんがようやく思い出したようだ。
 木島さんは長旅で疲れていた様子なので県警で食事をしながらの事情聴取となった。刑事部長応接室に案内され、警視庁の林管理官と県警捜査一課の大島係長が立ち合うことになった。
 「いかがでしたか、思い出したことがありますか?」
 林管理官が切り出した。来る途中の乗用車内での会話の延長線上を演出した。
 「あの男の人ですね。あれはね、確か…労働センターが焼き討ちされた事件の後だったと記憶しているんです。週刊誌の写真の男と良く二人で飲み歩いていましたよ」
 「ということは、今、見た男と悟さんとは別人なんですね。そしてロックの雅こと北上雅也とも別人で、北上と先ほど見た男は仲が良かったことになる」
 大島係長の声がうわずった。DNA鑑定以外の生の証言だった。そして木島さんは続けた。
 「悟さんはさ、ほら稼がないと食べれない訳でしょう。日雇い労働者だからね。ところがあんた…」
 木島さんは饒舌になってきた。
 「なんだっけ週刊誌の男は、はなからヤクザっぽくてさ、よーく悟さんにたばこをやっていましたよ」
 「さっきの男は背広を着ているから、私たちは役人みたいでおかしいし変だなぁって見ていました。一カ月ぐらいの間に何回か来ていましたが、そのうち三人で出て行ったきり帰りませんでした」
 「宿賃の精算はその日その日なので、うちは何の損もしていないのですが、何か月か後に週刊誌の男が来て『誰か悟を訪ねて来なかったか?』て聞かれたんです。三人で出て行ったのになぁ。だからおかしなことを聞くんだなと思っていました」
 こうして、「ロックの雅」は羹兄とは別人だったことが証明された。
 報告を受けた警視庁の笹川刑事部長は、警察庁の宗像警備局長を訪ねた。金田正夫さん殺害事件の途中経過報告と北上の身柄についての打ち合わせだった。局長室には警備局担当審議官、小嶋外事課長、国際部長も呼ばれていた。笹川が苦渋にみちた顔で説明を始めた。
 「いゃぁ参りました。報道が先行した形になってしまいました」
 「それにしても警視庁も大変ですね」
 今回の場合は、発表事案とは別問題であり誰にも責任を求めることはないが、警視庁という立場上、情報を持っていながら警察庁に報告する前に報道されたことについて笹川は謝罪したつもりだった。察していた国際部長が切り出した。
 「ご承知だと思いますが、北朝鮮は残念ながらICPO(国際刑事警察機構)に加盟しておりません。中国と韓国が加盟しているので、北朝鮮を出国した場合に備えた手配は必要と思われます」
 「北上の逮捕状がない場合はどうすればよいか?それによってどこまで詰められるのかなんだよ」
 宗像局長のこの言葉に、国際部長は
 「手配には赤手配から紫手配までありますが、赤手配は引き渡しを前提に身柄の拘束を求めるものですから令状が無い以上はできません。したがって国際情報照会手配書、つまり青手配書を発行して、北上の所在発見や正確な人定事項や犯罪経歴などに関する情報を求めるほうがよいのではないでしょうか」
 そして小嶋外事課長が続けた。
 「一度手配すれば手配書は加盟国に回りますので行動確認はできるわけです。さらに詰めておくとすれば外交ルートで在北京大使館から中国にお願いして外交ルートによる平壌への働きかけが良いのではないでしょうか」
 「警視庁としては北上の令状をとるまでは行くのかね。行けるんだったら、警察庁としては北京に派遣することも可能だよ。既に中国公安当局とは来日外国人犯罪対応として連絡体制が確立しているからね」
 と宗像局長が笹川の顔を見ながら聞いた。
 

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2008年10月10日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(23)

    ロックの雅の正体は
080713_164028_m  ファックスの配信を受けて最も驚いたのは、当時中国人マフィアと関東連合摘発の糸口となる高校生に対する覚せい剤密売事件を検挙した福島県警生活安全部。同事件は警察庁長官賞を受賞したものの、逮捕手続き上で問題になった事件だった。
 同県警は、捜査手続きの過ちの戒めを含めて、全体的には前向きの捜査であったとして、福島県警察学校の教材として利用するなど、後輩への伝承材料となっている。
 一方、警視庁は日本国内に存在している中国人マフィアが「福建省グループ」などとして組織化、日本の暴力団との連携を強めている実態を解明しているだけに刑事部捜査四課は同記事に注目した。しかし、週刊誌の仮名「北島」ではなく実名の「北上雅也」を記憶している刑事は少なかった。
 週刊誌が発売になって五日後だった。警視庁江戸川署の捜査本部を六十歳は過ぎている女性が訪れた。手には例の写真週刊誌が握られていた。
 「すみません。金田さんが殺された事件の担当者にお会いしたいのですが…」
 警察署の受付カウンターにいた再雇用の担当者がびっくりした。
 「捜査本部と言ってもこの時間は留守番しかいないのですが…緊急ですか?」
 日中は捜査員が出払っていることを説明した。刑事上がりの再雇用職員ではなかったので、いささか拍子抜けの答えだった。近くにいた警務課員が立ち上がった。女性は、その課員に向かって言った。
 「あのう、この前、刑事さんから聞かれたことで思い出したことがあるのですが…」
 「垂れ込みだ」と直感した課員は、まず刑事課長卓上に電話を架けた。刑事課長が出たので説明した。
 「上げて下さい。私が扱いましょう」
 女性が刑事課長に説明を始めた。
 「実は先日、事件のときに名前は聞かなかったので担当した人が分かりません。その時は知らなかったのですが…、きょう、この写真を見て思い出したことがあって…」。女性は週刊誌の写真を示しながら話した。
 「どういうことでしょうか?」と刑事課長。
 「私は台東区日本堤で五十年近く旅館を経営している者で、木島さと子と申します。だいぶ前に隅田川で殺された方について、泊まったかどうか刑事さんに写真を見せられた時には、どこかで見た記憶があったが思い出せず『知りません』と言ってしまいました」
 「それで…」
 刑事課長はメモをとるでもなく聞いていた。
 「そうしたら、うちの主人が刑事さんに『誰かを訪ね歩いていた男の人だ』と言ったことから、なんか、殺された方は青森県の人だとか分かったそうですね。その人はうちには泊まっていませんでしたが…きょう来たのはその続きなんです。よろしいでしょうか?」
 「ちょっと待って下さい。それでしたら別の部屋に行きましょう」
 刑事課長は捜査本部のデスク席にダイヤルした。林管理官が電話に出た。
 「刑事課長ですが、情報を持ってきた方がいますので案内します」
 木島さんは足が悪いので、エレベータに乗せられた。
 捜査本部は刑事課のすぐ上の五階の会議室に置かれていた。林管理官の席に案内された木島さん。さらにビックリしたのは、事件の関係が書かれた白板に貼られた被害者の金田正夫さんの隣に貼られた金田悟さんの若い時の写真を見た時だった。
 「あっ、この人だ」
 木島さんは、白板に張られた写真を指さして叫んだ。
 「あぁ来て良かった。この写真の人なんです。私が記憶している人は…。そいで、今回はここに写っている写真の男の人と昭和五十年ごろだったと思うのですが、私たちの旅館に一緒に泊まっていたことがありました」
 

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2008年10月 4日 (土)

★小説 警視庁・薬物特命捜査官(22)

  北朝鮮に渡った男の身元とは

080713_164028_m  大阪の篠原組の通信傍受の紹介が終わった。これでは不十分とした警察庁は再度、傍受実施の意向を示した。

 「篠原組へのガサはその後になりますね」
 府警の生総課長が念を押した。そして続けた。瀬上生安局長の意見を仰ぐためだった。
 「篠原組はヤミ金に手をだしており、生活経済課と捜査四課が積極的な事件化を狙っています。この件のガサを待っても良いのですが…」
 瀬上の顔が引きつった。
 「とにかく別件は次の次の手段ですよ。あくまでも本件です。さんざん手を打って最後の手段が通信傍受でしょうが。その傍受が出来ないというなら別ですよ。本件では十日やれるはずだ。まだ三日残っているでしょう」
 生総課長を含めて全員が、警察庁の並々ならぬ決意を聞いたような気がした。
 「ヤミ金を組織でやっているのなら東京でも傍受をやれるが…、平行して進めたらいかがでしょうか」
 と風間が聞いた。薬物捜査の困難さを知っているからだ。
 瀬上は攻撃的な仕事をする幹部で知られている。一歩も引くことはなかった。
 「ここで妥協すればどうなりますか?」
 瀬上の口調は冷静だった。風間が話題を変える。
 「分かりました。ところで篠原組の勢力は?どのくらいあるものですかね」
 風間の問いかけに府警の生総課長が資料を鞄から取り出して読み上げた。
 「このほど指定されたばかりですが京都市に本部を置き大阪、兵庫、東京、広島、福岡など十八支部で準構成員数を含めると七百六十人前後です」

 風間は生総課長の顔を見ながら黙礼した。そして瀬上に向かって続けた。
 「勿論、大阪府警には通信傍受をそのまま進めてもらうことになりますが、念のために、最後の手段として、全国でヤミ金で被害届が出ているようなら全県警あげてやってもよいのではないかと思われますがいかがでしょう」

 瀬上が重森の顔を見ながら言った。
 「時間の関係もあるが、新たに出てきた穴守敬二郎?例の穴守だがね、重森君、これは宮城県警とはどうなっているの?」

 重森は、生総課長の顔を見ながら
 「宮城県警と警視庁とで例の殺しの件で相互乗り入れをしている関係もあり、良いのですが、府警さんは篠原組の関係で連絡を取り合っているぐらいですかね」

 生総課長が答えた。
 「これまでのところ、電話連絡と電報ぐらいですので今後は、例え本部を持っていなくても密にしないといけないと思っています」
 生総課長はこれ以上の答えを控えようとしが、続けた

 「会話の中にあった『やっちまった』の部分からすれば「殺人」とも解釈ができるため、刑事部との連携も必要だと思いますが…」

 この問に警察庁の捜査一課長が答えた。
 「分かっています。きょうは国会の関係でうちの局長が来ていませんが検討させて下さい」 
 こうして篠原組に対しては「ヤミ金」対策として支部のある六都府県警察を中心に情報収集に全力を挙げることとなったが、あくまでも薬物捜査の完遂が府警には求められていた。
 さらに、新たな捜査対象となった穴守については、警視庁と宮城県警の合同捜査本部が担当することになり、最高責任者は警視庁生安部長の永堀の担当となった。実質的な捜査指揮権は城西署署長で、朝洋商事班に組み込まれた。
   ×      ×       ×        ×
 

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2008年9月26日 (金)

★小説 警視庁・薬物特命捜査官(21)  (9月25日)

  通信傍受の内容は
080713_164028_m 大阪府警の生活安全総務課長と警備部理事官が警察庁を訪れた。広域指定暴力団・篠原組の後藤田作之助の通信傍受結果報告のためだった。
 重森薬対課長は、警視庁から風間理事官と特命捜査官の鬼頭を呼んだ。警察庁十六階西側の特別会議室に刑事、生安、警備の各局幹部が集まった。
 「それでは只今から後藤田の通信内容について捜査結果を報告させて頂きますが、始めに録音を聞いて頂きます」
 府警の生総課長が自らテープレコーダーのスイッチを押した。テープは回り出したが暫くの間、音声は無かった。
 「声が出ないところがありますが、これは削除を求められて消した部分です」
 と音声がない部分について生総課長が説明した直後、鮮明な声が流れ出した。
 「それでキンはアナやんには何にゆうた?」
 ドスのきいたダミ声声だった。
 比較的若い声がこれに答えた。
 「あのバカ野郎がぁ 俺に一千万出せっ言うんたんですよ。だったらお前は、約束したブツが手に入らないでは済まされんぞ。責任をどう取るんや」
 答えるようにダミ声の男の声。
  「だったら出るところに出るうって言うから、どうしようもなかった」
 そして物騒な言葉が出た。
  「で、やっちまった?…大丈夫でっか」
 とダミ声の男。それが後藤田だろうと鬼頭は思った。その後も二人の会話が続いた。
  「奴は骨董(古物)屋だから…もともと俺たちとの接点はおまへん。サツ(警察)には   バレないと思うよ。ただ奴はヤク射っていたようなんだよ。どうも俺たちから出たブツを掠(か  す)めていたような気がするだなぁ」
  「二割ぐらいは横流ししてるんとちゃいますか?」
 背景音に「兄貴っ、兄貴っ」と繰り返して呼ぶ声が聞こえた。そして会話はさらに続いた。若い男の声だ。
  「金はもろうたからええけど…どこぞやに流していたんとちやうか?…。ところで会長はん、今度はいつ頃入るんでっか?。それにやっちまったキンに代わる者おるんかね…」
 「もう北はだめだ。特に船はな。重油か何か液体に溶かして入れるっていう手もあるとかなんとか言ってたな。単価が高くてしょうがないんだそうだ」
 「ほな、見直しを含めて集まりましょか、総会名目で…」
 「そうだな、ところで…車の調子はどうなんだよ。ニューベンツは…」と言いかけてその後が削除されていた。
 電話の録音はここで止まっていた

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2008年9月19日 (金)

★小説 警視庁・薬物特命捜査官(20)   (9月19日)

  竜さんが出したトリック
 080713_164028_m 警視庁で「ロックの雅」の捜査を進めた結果、当時の浅草では在日朝鮮籍か韓国籍の人物と見られる情報が飛び交っていたことを突き止めている。現在の山谷地域は高齢化が進み、当時の労働者やホームレスも既に死亡しているため知る人は少なく捜査は難航した。
 金田の調べ室には新潟中署が充てられていたが、報道発表は控えられた。入り口を入ると中央に調べ官の竜さんと金田が向かい合って座り、竜さんの右に椅子を置いて鬼頭が座った。この日の竜さんの声は優しく聞こえた。
 --それで赤羽で何をしていたんだっけ?
 「不動産のセールスです」
 金田の緊張が解れた。
 --なんで辞めたんだよ。
 「女ができて…結婚を迫られたのですが…借金しているし…その女から逃げるために辞めました」
 --ほう、その女の名前は?
 「忘れましたよ」
 それまで竜さんを見つめていた金田の目が下を向いた。何かに堪えているようだ。
 --東京に山谷があり、大阪には釜ヶ崎というところがあるのを知っているか?
 「知っていますよ。労働者の町でしょう」
 --ほぅ、君はいつ山谷とか釜ヶ先を知ったのだ。
 竜さんは皮肉っぽく言った。そして
 --山谷にあるマンモス交番って知っているか?
 「マンモス?ですか?」
 --そうマンモス交番だよ。何年だっけ。交番が襲撃される暴動があったよな。山谷騒動の始まりと言われたあれだよ。
 「???」
 金田の表情が曇ったように見えた。
 --当時、あの地域には「ロック(六区)の雅」という男がいたんだよ。知っているかね?
 「………」
 --では、ロックという言葉を知っているか?
 「ロック?ですか?」
 --そうだ。浅草六区だ。
 「あー、浅草六区なら知っていますよ」
 --君は、あの地域に住んでいたのか?
 「………」
 --何故?黙っているんだ。その頃はいなかった?それとも知ってるんだな?
 「ですから…地名は知っていますよ」
 --そんなら、話しは元に戻るけどさ。君が生まれたところは青森県の五戸町(ごのへまち)だよな。隣の四戸町には妹夫婦が住んでいたんだっけ?
 「家を出たときは妹は結婚していませんが…私が東京に来てしばらくした時でしたから三十歳のころです。妹が結婚したと聞いたのは…」
 竜さんはイライラしたが、ここで焦っては金田の緊張は崩れる。敢えて冷静さが求められるときだ。悟りかけるように言った。
--だからさ、それが『四戸郡だったっけ』と聞いているんだよ。住んでいたところだよ?
 「四戸町でしょう?さっきは刑事さんは町と言いましたよ。四戸町にはいましたから…間違いありません」
--そうかそうか。四戸町か、そうか…。
 竜さんはしばらく黙っていた。鬼頭は「さすが老年の調べ官。この間が大事なのだ」と思っていた。
 被疑者は次にどんな質問がくるのかと心中は穏やかでないはずだ。「今、握手したらあいつは汗をかいているに違いない」
 鬼頭は握手したい衝動にかられた。しかし、押さえた。
 --ところで青森には八戸とか三戸とか五戸とか六戸とかはあるよな。へのつく所が…一から八までな。へが付く地名な。しかしさ、四戸という地名はあったっけ?三戸の次の五戸の町は確か三戸郡内に六戸町と八戸市と南部町に囲まれているのだが…
  「えっ」
 金田?は絶句した。顔が見る見る青くなっていくのが分かった。
 

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2008年9月12日 (金)

★小説 警視庁・薬物特命捜査官(19)   (9月12日)

      仏の竜さん
080713_164028_m  「強引すぎるが…速度違反で逮捕は…う~ん」
 加藤は考え込んだ。イライラした笠原が言った。
 「道交法百十八条では最高六カ月と罰金なら十万円以下でずか…」
 加藤はこの言葉でふん切りがついた。
 「よし、呼び出しに応じなければ任意同行の時もあるよね。ましてや逃亡の疑いがあるならなおよろしい訳だ。自宅を出てタクシーで行き先を告げた段階で確保だな…国外なら最高だがな…」
 加藤の了解を得た笹原は外事課主任の携帯のダイヤルボタンを押した。
 「主任、どうした」
 「課長、まだ出てこないのですよ」
 加藤の了解もあり、笠原の腹は固まっていた。
 「出て来てタクシーに乗って行き先を告げた頃合いをみて任同(任意同行)をかけてくれないか。そのまま新潟中署に連行だ。警ら中のパトカーも向けるよ。文屋さんに知られないようにしないと。後々、面倒になると困るので頼みますよ」
 「主任さん、主任さん」
 笠原の言葉が終わった直後に巡査部長が叫んだ。部長の声に気づいた主任がマンションを見たとき、金田は大きな旅行バックにスーツケースをタクシーのトランクに載せている最中だった。
 「よし、行こう。タクシーだから逃げることはないと思うが、君が正面に立って運転手に警察手帳を見せる。俺が左のドアに向かう。手帳を見せたら直ぐ右のドアに向かえ。右のドアと言っても運転席の後部ドアだよ。いいなっ>」
 言われた通りに部長はタクシーの前に立ち、動きを制して右側に回ろうとした。その時、金田は運転席後ろのドアを手で開けて逃げようとした。金田の開けたドアが巡査部長と正面衝突、部長ははじき飛ばされた。
 金田は国道方向に走って逃げたが、倉庫の角を曲がったところで笹原の手配したパトカーと鉢合わせになり、追いかけてきた主任と乗務員に捕まった。巡査部長はドアと衝突した際、左の膝頭に裂傷を負った。逮捕容疑は公務執行妨害の現行犯だった。
 主任と笹原外事課長が鮫島警備部長室に呼ばれた。
 「結果的に取り押さえたから良いが判断が甘すぎないか?。報告書を出せ。みっともなくてしょうがない。連絡体制に不備はなかったのかを含めて詳細に書けよ」
 さらに続けた。
  

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2008年9月 5日 (金)

★小説 警視庁・薬物特命捜査官(18)(9月5日)

           身柄を確保せよ
080713_164028_m  新潟県警に鬼頭捜査官と警察庁外事課の調査官・加藤警視が到着した時は既に暗くなっていた。県警は刑事、生安、警備の各部長など関係者を集めて二人の到着を待っていた。鬼頭らは五階の会議室に案内された。加藤は席に座るなり挨拶もそこそこに、こう切り出した。
 「外事調査官の加藤です。実は沈没した工作船の付近から二人の遺体が発見されたことはご承知と思いますが、携帯はそのうちの一人が持っていたものです。いろんな押収資料を分析すると水死体は羹という人物と見られています」
 「羹は姓ですが名前の部分が分かりません。海水が入って難しかったのですが、押収された携帯には八十五カ所の送受信電話番号とともにメールの文面がありました。その中のひとつに、日本のお兄さん宛に書かれたと見られるメールがあったのです」
 海保の捜査終了後に提供を受けた資料を基に、警察庁は通信記録を分析。携帯番号を各県警に依頼して確認作業を進めていた。一方でメールの判読も続けていた。
 多くは、在日の朝鮮籍及び韓国籍を持つ人が契約した携帯電話、在日朝鮮人や韓国の留学生の名をデッチあげて購入した携帯で、所有者までは確認できなかった。
 携帯の番号記録からは警視庁が受け持っている朝洋商事や大阪府警が担当する暴力団員、新潟県警担当の金田のように確認されたものがあるが、特にメールは誰に送ったものか、あるいは送られたものかの特定が焦点になっていた。
 「このメールの相手が日本国内に存在することで、今回の工作船事件は、被疑者全員死亡ではありますが、関係者の身柄を確保できる一筋の光が見えてきた訳です」
 加藤はさらに続けた。
 「國島長官が言いたかったことは、まさに、この部分なんです。この部分があるからこそ、まだ捜査は終わっていないのです。日本警察の威信をかける部分なんです」
 警察庁の方針を改めて伝えた。そして、加藤はこう結んだ。
 「羹の通信相手が在日の朝鮮籍、韓国籍の人物ではないかと見ていましたが、これまでの捜査で該当者はいませんでした」
 加藤調査官と笹原は子弟の仲だったことから、笹原が気軽に質問した。
 「内容によっては事件関係者になる訳ですからメールの詳細を…」
 加藤は「ひさしぶり」という様に目で挨拶しながら答えた。
 「所々しか判読できないが、工作員・羹は『北朝鮮国内の両親は既に死亡している』と報告しながら、自分は元気なことを知らせる文面が残っている。相手が、つまり日本にいる者が北京など海外に行った時の連絡に使われたと思われる会話もあったんです」
 笹原の心臓が高鳴った。そしてこう質問した。
 「在日(の者)が海外に行った時に利用されている? しかも北京などで…」
 「その通りですが、なにか…」
 加藤調査官が聞き返した。
 「いや、いいです。後で話します」
 加藤が続けた。
 「それに対して日本国内の人物は、日本の天候や国内の警備情報などに加えて早く会いたいなどの心境も伝えていたことになりますね」
 この言葉に笠原が質問、二人のやりとりが続いた。
 「そうすると日本にいる者は羹の実兄か実弟になるわけですね?」
 「いや水死体は年齢が若いから日本国内の人物が実兄ではないかと見ていますが…」
 「通信記録は、いつ頃と推定されますか?」
 「最も新しいのは二〇〇一年十月三十一日です」
 「金田と羹のDNAが一致すれば、国内における殺人事件の可能性も出てくるわけだ」
 刑事部長の顔色が変わった。県警が追っている悟は青森県人とは別人になる。直ちに刑事・警備両部長指揮による特別捜査本部を立ち上げた。
… … … … …
 

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2008年8月29日 (金)

☆小説 警視庁・薬物特命捜査官(17) (29日)

               謎はさらに深まった
 080713_164028_m 「詠子(えいこ)です。キャップはいますか」
 警視庁の九階にある毎朝新聞記者クラブは宮本キャップと生安担当の二人だけが留守番をしていた。一課の詠子は仙台から青森県の金田の自宅取材に出張取材中だ。捜査二課担当は詠子の応援で捜査本部のある江戸川警察に向かっている。
 青森の詠子からの報告である。
 「金田正夫さんが捜していたのは兄の悟さんで昭和十八年生まれの五十九歳。中学を出て八戸市内の自転車店で働いていたそうですが、昭和三十九年ごろ東京の赤羽にある不動産会社に就職したそうです」
 疲れを見せない報告に宮本の言葉も弾んでいた。
 「独身だったのか?いつ頃から行方不明になったんだ。写真はあるのか?」
 「毛無森に行ったのですが、第一、金田家そのものを知る人はいませんでした。駐在さんに聞いたのですが、新潟県警からの手配で調べた当時の話しでは、五戸川の一部周辺に引き揚げ者の集落があったらしいということでした」
 宮本の弾んだ言葉のトーンが落ちた。
 「そうすると金田正夫さんは悟さんを捜しに東京に出た当時は何処に住んでいたんだ。そこに行けば話しはとれるだろう」
 「五戸町は五戸町なんですが、どっちかと言うと八戸市の郊外でリサイクルショップを経営していたそうです。昔はくず鉄商だったそうです」
 「じぁ悟さんの話しはなにもないのか?写真などは?」
 「それがですね。中学三年生の卒業写真があったんですよ。今、支局の記者が送稿に行きました。それに殺された正夫さんの写真も若い当時の写真ですが、一緒に送ります」
 自ら判断してテキパキと仕事を進める詠子の仕事ぶりに、宮本はさすがは「一課担」だけあるなと思った。そして続けた。
 「よしいいぞ。それで…」
 「悟さんは東京に行って五、六年間は連絡があり真面目に働いていたそうですが、それ以来まったく連絡がつかなくなったそうです。赤羽に勤めていたころの住所は埼玉県の川口市なのでそっちで調べてほしいのですが…」
 詠子は続けた。
 「住所は埼玉県川口市領家×丁目××、アーバンハイツ領家一〇二号室だそうです」
 「分かった。古い話しかないようだが、それは仕方がない。で…悪いけどな、きょうは一泊して明日、こっちに帰ってくれないか」
 キャップの「明日帰れ」に不満そうな詠子の声が宮本の耳に残った。宮本は心で詫びた。
 

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2008年8月22日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(16) (22日)

        隅田川の水死体の身元が判明
 080713_164028_m 新潟県警の五階会議室で、緊急捜査会議が開かれた。工作船から押収された携帯電話の通話記録にあった「金田悟」に関する捜査途中報告である。
 金田に関しては、海保に捜査権があり資料が無かったものの警察庁が一部の資料を入手していたので早くから捜査を進めることができた。
 配布された住民表の写しによると金田は、昭和十八年に青森県三戸郡五戸町毛無森××番地で生まれ育った。五十一年九月に埼玉県川口市から長野県湯田中に引っ越したことになっている。
 新潟市末広町××番地の現在地には昭和五十二年に移転届けがあり、漁船など小型船舶の無線機の修理・販売店「佐渡通信」を経営している。
 笹原外事課長が説明に立った。笹原は警察庁の警備企画課員から出向している。同県警には警務部長など要職に警察庁派遣組が多い。
 「海保の情報と併せて金田を特定したのですが、その後どう調べても薬物との接点が見つかりませんでした。しかし、今回の工作船事件との関連を無理に位置づければ、船舶無線という職業からすればある程度は納得ができるのではないかという視点にたって、行動監視、銀行の金の流れ、取引先関連捜査を進めてきました」
 笹原は捜査が広範囲に及んだことを説明した。
 「そうした中で、金田は昨年の春から僅か一年余で三回も渡航していることが分かりました。いずれもマレーシアなど東南アジア地域と北京なんです」
 「行動について大使館にお願いして調べた結果、無線機器の修理技術の現地での指導が名目ですが、北朝鮮との接点は見つかりませんでした。但し一部に不可解な行動も見受けられましたが完全なる証拠把握までには至っていないのが現状です」
 ここで笠原は、机上に置いたA4の資料を手にしながら言った。
 「次に銀行関係と取引関係については竹内課長から説明してもらいます」
 生活保安課の竹内は地元の刑事上がりのベテランで県警内でも〝酒豪のタケヤン〟として親しまれ、県内には〝親分〟と慕う部下が多い。
 「船と言っても十五・九九㌧前後の漁船が中心になります。勿論、北朝鮮から不定期に新潟西港に入る万景号にも出入りしています。そんなこともあって従業員は無線技術者が十人。それに営業担当が五人と事務員を含めた総勢は二十一人です。取引銀行は日本海銀行新潟支店で、年間取引額は八千万円にのぼるようです」
 「八千万?」
 各部長は意外な少なさに顔を見合わせた。

 

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2008年8月15日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(15)

       警察史上「最大作戦」へのプロローグ
080713_164028_m  鬼頭の記憶が蘇った。麻薬捜査が如何に困難かを知らされた事件だった。
 「警視庁が解明したのが中国人マフィアの存在。関東近県には福建グループが存在し、東北には東北グループがあり、麻薬の密売や蛇頭に関係していることを突き止めた。いずれも中国人残留孤児2世に関係していた訳だ」と鬼頭。
 「その東北グループの直下に暴走族グループが存在し、横の繋がりのある別組織として暴力団・関東連合があった。暴走族リーダーから関東連合に抜擢されたのが北上だった」と理事官。
 しばらく間を置いて鬼頭が訪ねた。
 「理事官、これら一連の事件はまだ全てが解明されていないですよね?」
 確認するためだった。確認することにより自己意欲をかき立てる。鬼頭のファィトはここから生まれる。二人の会話は続いた。
 「関東連合は中国人マフィアへの情報提供組織ではないかと言われたが、解明されていない部分が多い」
 「まだまだ3世もいてグループの存在は分かったものの、警視庁以外の県警では実体は解明されていない。各県警がバラバラの捜査だったことに加えて県警内でも対立がすごかったこともあった」
 「そうでしたね。薬物は生安、窃盗は刑事でも捜査三課、暴力団は捜査四課、蛇頭は県警によって違うが警備が担当しているところもあった。そこで察庁の幹部の間では縦割りでなく横断的な捜査ができる部門の設置を望む声が出た」
 「分かりました。それで今回の北上は宮城県警がやることになる訳ですが…」
 「北上が勝手に北に行ったのだから…目的は覚せい剤の買い付けなんて言われているがそれはヨタ記事だろうと思う。警察としては確認方法がない。とりあえず宮城県警の公安の世界でいいよ」
 「それよりな」と風間が続けた。
 「例の朝洋商事の件だけど、どうも国税が動き出したらしい。農水省と厚労省が北朝鮮からの輸入物資の点検調査を実施したら、農産物輸入の擬装問題が浮上したらしい。それが朝洋商事に関係あるというのだ」
 「どんどん拡大していきますね」
 風間も鬼頭もアドレナリンが身体中を巡っているのが自分でもわかった。
 アドレナリンはストレス反応の中心的な役割を果たし、血中に放出されると心拍数や血圧を上げブドウ糖の血中濃度を上げる。風間も鬼頭も〝刑事熱〟と呼んだ。
 …  …  …  …  …
 

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2008年8月 8日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(14)

    浮かびあがった中国人犯罪集団

080713_164028_m 鬼頭は、既にタクシー運転手の案内で殺人死体が流れ着いた現場を見ていたこともあり、高橋の説明を飲み込むのが早かった。聞きながら頭の中で絵を描いていた。
 広瀬川は逆光線にキラキラと輝き、鬼頭は歌手・さとう宗幸の「青葉城恋唄」を口ずさんだ。
  ♪ 広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず 早瀬躍る光に 揺れていた君の瞳はめぐり  また夏が来て あの日とおなじ流れの岸 瀬音ゆかしき杜の都 あの人はもういない ♪♪
  ♪ 七夕の飾りは揺れて 想い出は帰らず 夜空輝く星に願いをこめた君の囁きは めぐり また夏が来て あの日とおなじ七夕祭り 葉ずれさやけき杜(もり)の都 あの人はもういない ♪♪http://jp.youtube.com/watch?v=oyTnjhB5jBQ
 あまりにも美しい光景に高橋もつられて歌い出した。

   … … … … … …
 鬼頭らは、翌日の早朝から角田市に向かうはずだった。ホテルの食堂で朝食をとろうとしていた鬼頭の携帯が鳴った。風間からだった。
 「今朝の東京日々新聞を見たかね」
 「今、見ながらコーヒーを飲もうとしていますが、なんですか?」
 「北朝鮮に日本の丸暴が行ったという話しだよ。一面に出ているだろう、一面…」
 「一面は米国の国防総省の話しですよ。理事官は違う新聞を読んでいるのではないでしょうね。あるいはまだ寝ぼけていたりして…」
 「そうか、お前は田舎の新聞を読んでいるんだ。新聞でなくて旧聞をな。だから出ていないんだ。ファックスするからさ。見といて~な田舎者さんよ>」と言って電話が切れた。
 風間がこんな言葉を使うときは、調子の良い時である。
 新聞のファックスが届いた。
  「平壌市内で日本の暴力団が暗躍」
    覚せい剤の買い付けか 今月はじめ北京経由で入国
     韓国紙が報道
 横見出しは黒ベタ凸版だった。鬼頭は自室に帰り本文を読んだ。
  【ソウル=太田まきこ】韓国の東洋新聞の二十四日の報道によると、日本の「キタカミ マサヤ」と名乗る男が北朝鮮の公安当局に身柄を拘束されていることが明らかになった。同  報道については、数日前に北朝鮮の平壌日報でも報じられている。
   男は、今月上旬に日本の成田国際空港から出国。北京経由で平壌入りしたもので…
 鬼頭は風間に電話を架けなおした。
 「理事官、これ本当ですか?。ヨタ記事でないなら警視庁には入っていたのですか?」
 警察業界では新聞記事を指して「ヨタ記事」という文言を良く使う。当局が発表していないうえ内容が、全くでたらめな記事を、そう呼んでいるのだ。
 「入っていた。外務省から昨日の夜に連絡があった。外事課にだ。だから報道は同時に掴んだのだろうな。ほら、特に東京日々新聞は北朝鮮に強いからな…」
 「どこの人間なんですか?」
 「それが仙台市なんだ。北上雅也と言って住所は仙台市泉区南光台×丁目××なんだけど、逮捕歴があってな、中国人裏社会の陰の仕掛け人と呼ばれている一人らしい」
 「聞いたことありますね。確か、五、六年前だったと記憶していますが、中国残留孤児で覚せい剤取締法(所持)容疑でしたよね」
 「そう。福島県警と郡山中央署が追っていた事件だった。日弁連が違法捜査と騒いだ家庭内暴力保護少年と覚せい剤を結びつけた事件だよ」
 「たしか、その少年の供述に基づき密売グループが浮かび、さぁ逮捕令状請求だというときに降りなかった。裁判官が思想的におかしくてな」
 「そうでした。あれは凄い捜査でした」

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2008年8月 1日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(13)

    最愛の母の死

080713_164028_m  鬼頭少年の人生を変える出来事は小学四年生の始業式の日の下校時に起こったという。
 「校門を出るとしばらくは平坦地が続くんだよ。その村の繁華街さ。学校前には文房具店と駄菓子屋があり魚屋、大工さん、駐在所、郵便局などがお寺を取り囲むように集中しているんだ」
 鬼頭は続けた。
 「村一番のその集落を抜けると三、四㍍幅の道路が、数百㍍は直線になって両側には田んぼがあるんだ」
 「山間地とはいえ、四月ともなれば春の息吹を感じる季節さ。田んぼのあぜ道の水たまりには、オタマジャクシになるまえの透明の卵を見ることができるんだ。当時は遊びなんて少なかったからな。青っぱな(鼻汁)をだして外で遊ぶんだ。自然だけが遊び場だった」
 「兎追いしかの山…ですね」と高橋。 
 「だからさ、当時の子供達の最大の楽しみは学校帰りの〝道草〟さ。家に帰っても隣が遠いから、わざわざ遊びに行くのも面倒。そこで通学路が遊び場ってことだ」
 後ろから来た自転車が急ブレーキをかけた。鬼頭と高橋の二人は慌てて後ろを振り向いた。荷台に子供を乗せた主婦が困ったように会釈した。周囲を見ると歩道が狭く、二人並んでいると自転車の通行がではなかった。高橋が「ごめんなさい」と言いながら自転車を見送った。高橋は黙って続けて鬼頭の話しを聞くことにした。
 「その日は、俺たち同級生三人でオタマジャクシを探しながら歩いていたんだ」
 「そうしたらさ、遠くのほうでバタバタというバイクの音がした。村にある唯一のバイクでさ。魚屋の為さんのバイクなんだよ」
 対向してきた自転車をよけながら鬼頭は続ける。
 「道路の反対側で同級生の文ちゃんが『あった、あった』と叫んだからさ、俺は文ちゃんのほうに走って行った。道路と言っても三㍍ぐらいでよ五秒もあれば横断できるんだからさ。そうしたら…」
 鬼頭は息を飲み込んだ。
 「何十秒か過ぎたあと、バイクの為さんが俺のところギリギリにバイクを止めてさ。『バカ野郎>』って、怒鳴るんだよ」
 鬼頭は、その時の模様をさらに続けた。
 「血相を変えてな。『キサマ>バイクの直前を横切ったな。交通安全運動を知らねぇのか。始業式で教わらなかったのか>馬鹿者』っていうんだ」
 一呼吸おいた鬼頭。そして
 「怖くなり文ちゃんが泣き出してさ。俺は怖いを通り越して足がすくんだよ」
 鬼頭らは怖さのあまり何も言うことができずに立ちすくんでいたという。
 「怖いもあったが、やってもいないのに…。大人ってなんて勝手なんだろうとな」
 鬼頭は翌日の学校での話しに移った。高橋は話しから翌日の教室を想像した。それはまるで映画のシーンだった。

    
  

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2008年7月25日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(12)

   水死体メモの携帯が判明

080713_164028_m 捜査本部の調べで、金山剛の人定が少しずつ明らかになった。
 一九五四年に中国の広州に生まれた残留孤児。昭和五十七年に父方の実家である宮城県角田市で市民権を得て帰化。母親とは平成二年に死別したが、現在は妻と子供の三人で東京都港区高輪四丁目の高級マンションに住み、港区新橋で古物商を営んでいる。
 高輪のマンション住民の評判は「いつもにこやかに挨拶し、奥さんとも仲が良く明るい家庭のご主人」と評価は高い。
 その一方で、店舗先には古物商にも係わらず古銭や掛け軸など数点が飾られているだけで、繁盛しているとはとうてい思えなかった。
 しかし、乗り回しているのは赤いアウディ。3ナンバーの高級乗用車。古物商仲間からは、かねてから暴力団との交際の噂も取り沙汰されていた。
 その男が仙台市内で水死体で発見され、覚せい剤の注射恨まで確認されたのだ。遺体発見当時所持品が少なかったため身元の判明まで時間がかかった。
 捜査本部は、金山が乗っていた自動車の存在が掴めなかった。運転免許証ごと無くなっているのだ。東北縦貫自動車道の仙台周辺の料金所で料金表の指紋割り出しに全力をあげることになった。
 警察庁が調整に乗り出し、東京から宮城県までを含めて、行動確認が必要なアウディについては宮城県警の担当とし、「品川330××…」の車両番号で、Nシステムの分析作業を進めるよう指示した。
 一方、金山の所持していた不審な携帯番号については、隅田川の水死体が所持していたメモと同一番号だったこと。割当てがドコモ東海だったことなどから総合的に判断して、既に警視庁の担当とし捜査が進められていた。
 これまでの捜査で、判明しているのは、「1・8・6・0・7・0・5・3・8・8・×・×・×・×」を解明した結果、番号通知にする「186」を除き「・」を削除すると、070・5388・××…となり、「070」の携帯電話番号と判明。さらにその後の捜査で「070」で始まる番号は「PHS」携帯で、「070・5388…」の番号はドコモ東海への割当てだったことも分かった。
 警視庁では、刑事訴訟法第百九十七条の「捜査に必要な取調」の第二項「捜査については、公務所または公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」に照らして照会した結果、この携帯は、大阪市生野区巽中××在住の韓国人留学生(一九歳)が購入、使用していることになっていた。
 警視庁は大阪府警の協力を得て留学生を割り出し、本人確認法違反で事情聴取を行った。
 府警の調べに対して留学生は、学校の講演で顔見知りとなった中国人で「伯」という〝先生〟から「携帯を買ってほしい」と頼まれて名古屋市内の携帯電話ショップで計五台を自分名義で購入。うち一台は謝礼として貰ったものの、他の四台は、伯に渡し、謝礼として二十万円、今後の通話料金として三十万円の計五十万円を受け取っていた。その四台の中に「070・5388・×・×……」の携帯が含まれていた。
 警視庁は留学生の証言などに基づき「伯」の特定捜査を進めた結果、東京都新宿区歌舞伎町の朝洋商事の社員であることを突き止めた。朝洋商事は、撃沈船から押収された携帯の発信記録に残っていた会社だ。
 公安関係の資料によると伯は、昭和五十八年前後に商事に入社。最初は営業部門を担当していたが、現在は非常勤役員とし、海産物研究員や資源調査員の肩書きを持ち、貿易関係評論家として、国内外で活動していることが確認されている。
 

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2008年7月19日 (土)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(11)

 被害者は中国残留孤児だった

080713_164028_m 鬼頭と高橋の再会は、高橋が京都からの新婚旅行の帰りに東京で途中下車し、警視庁を見学したあと鬼頭夫妻と四人で銀座で食事をした以来だった。
 「特命捜査官だろう。例の事件で動いているのかね。生安には情報が入っていたぞ」
 鬼頭は内緒で仙台に来たはずなのに高橋が知っていたのには驚いた。
 「さすがだな。そうなれば話しが早いや。誰か紹介してくれないかな。情報がなくて困っていたんだ」
 「なに言ってるんだよ。察庁から本部長に既に電話が入っていたぞ」
 既に分かっていた高橋は、生安の保安係長をこの場所に呼び出していた。まもなく徳倉係長が駆けつけた。名刺を交換しながら徳倉が話し出した。保安係長と聞いて鬼頭は、納得した。
 「徳倉です。初めまして。実は、昨夜遅く分かったのでマスコミには、まだ発表していないのですが、殺されたのは朴こと金山剛と言って中国残留孤児のようなんです。東京の港区に事務所を構えているらしく、今、裏をとっている最中です」
 一呼吸をおいて徳倉は、さらに続けた。

 

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2008年7月11日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(10)

 母の手の温もりは…

080713_164028_m ……左手に温もりを感じた。確かに母親の手だった。私の左手をしっかり握りしめ、ゴロゴロとした石の転がる坂道を降りている。母親の左手には提灯(ちょうちん)があった。眼下には月明かりの阿武隈川が畝っていた。
 阿武隈川は福島県西白河郡の旭岳を源に、宮城県の岩沼市と亘理町の境付近で太平洋に流れ込む全長239㌔㍍の一級河川だ。大野村付近は川幅が狭く急流になっている。左岸を国道が走り、鬼頭の小学校時代は台風時には道路が冠水するまでに増水。鬼頭の家も水没するなどの何度も災害に遭っていた。
 その川に、対岸の山々はシルエットに重くのしかかってくる。光輝く川とは対照的だ。アンバランスが不気味でもあって、冷え冷えとした光景だった。
 聞こえてくるのは阿武隈川のせせらぎの音だけ。終戦直後で都会では復興の息吹がそろそろ出始めても良い時期だが、東北の片田舎では物不足のまっただなか。
 石につまずき転びそうになる我が子の手をしっかり握る母の手は、真冬の寒さで悴んでいた。柔らかく暖かいはずの母の手は、アカギレでゴツゴツしている。
 

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2008年7月 4日 (金)

★小説 警視庁・薬物特命捜査官 (9)

   広瀬川の水死体

060121_084324_m 仙台駅でタクシーを拾った鬼頭は、暗くなる前に現場を見ておきたかった。駅から現場までタクシーで五分もかからなかった。青葉通りを西に向かい、右手に天文台のある桜ヶ丘公園横の緩やかな坂道を100㍍ほど下ると死体発見場所の大橋である。
運転手の話によると、広瀬川の西岸はかつては米軍の住居地域だったが、戦後、米軍撤収のあとは、壁が白く塗られた木造の施設が点在、東北大学の川内校舎として利用された時代もあったという。現在は建物だけが残っていた。
 

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2008年6月27日 (金)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(8)

  謎のメモを遺した2つの事件

「確かに一課デカではなかった」
 詠子の頭から消えなかった。
 〝夜回り〟の最重点は、林管理官と話しをしていた数人の男の確認。なかでも「年齢五十歳代。身長百七十㌢前後で、紺色のスーツに赤っぽいネクタイの人物は誰か」に絞られた。
 詠子はカメラマンが撮影したネガを点検して、〝謎の男〟の写真入手を試みた。写真には写っていなかったばかりか、夜回りで、どの刑事に聞いても、幹部に聞いても「知らない」の言葉が返ってくるばかりだった。当人の林管理官は「その男の存在」すら否定した。
 「おいっ、詠子よ。事件はどうなった。あの事件はよ」
 キャップの宮本がイライラし始めていた。
 「抜くネタは、ねぇーのかよ。だてに車を使ってるわけでねーだろうな」
 何の進展も見ないまま、現場所轄署での会見は取り決めの三日が過ぎた。各社の扱いも最初は「外国人か?」「隅田川に他殺の水死体」の見出しが取れたものの、極端な情報不足に苦労した。四、五日過ぎると事件の続報は消えた。
 それから数日後、毎朝の第二社会面に、
 仙台市内を流れる広瀬川に中国系外国人の水死体
   頭部に外傷 他殺か
の四段見だしの記事が掲載され、注目を集めた。

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2008年6月20日 (金)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(7)

警視庁記者クラブ
    「詠子です。キャップいますか?」。
 四日前に発生した葛西橋警察管内の強盗事件の聞き込みを終えて警視庁に帰る途中、隅田川にかかる両国橋付近の堤防に人だかりができ、赤色灯をつけたパトカーが止まっているのを目にした毎朝新聞の小橋詠子が、警視庁記者クラブの宮本キャップを電話口に呼び出した。
 「詠子です。今、帰る途中なんですが、両国橋付近でパトカーが凄いんですよ。何か入っていますか?。覗いて行きたいのですが…」
 「一課は今、庁内を回っているらしく誰もいない。俺とサブが留守番をしているんだ。なんだったら、そのまま夜回りに入ったらどうだ」
 「分かりました。チーフにそう伝えて下さい」
 チーフとは捜査一課担当の責任者で仲間からは「仕切り」と呼ばれている。詠子は平成三年に毎朝に入社。宇都宮支局を振り出しに支局と通信部を経験して三年前に社会部にあがった。チーフは三年先輩で、同じ早稲田出身だったことから気が合い、むしろ、〝警察好きの詠子〟を「花の捜査一課担当」に抜擢してくれた。
 詠子の〝感〟は的中した。程なくして警視庁捜査一課長も現場に到着した。
 堤防の内側に数メートルにも及ぶ黒いビニールシートを敷いて、磁石の棒でなぞりながら足跡の採取に余念がない鑑識班。静電気足跡採取装置でごく最近、導入された警視庁鑑識班の最新鋭機である。

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2008年6月13日 (金)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(6)

★コントロールドデリバリー

  数日後、鬼頭は多摩川署を訪れた。玄関を入った1階ホールの左側にカウンターがあり、カウンター内側が警務課の部屋だった。右奥に署長室があった。受け付けにいた女性職員の案内で鬼頭は署長室に向かった。警務課員たちは鬼頭に気付かず黙々と仕事をしていた。署長室入り口手前にあるデスクにいた副署長だけが鬼頭の来署に気付き、立って鬼頭を迎えた。女性職員に代わって副署長が鬼頭を署長室に案内することになった。副署長が署長室に向かって声をあげた。

 「入ります」。入り口に立てられた衝立を回り込んだ途端に、待っていた制服姿の警察官が鬼頭に声をかけてきた。

 「鬼頭さん」。佐山署長と生安課長、杉山の三人が鬼頭を待っていたのだ。声をかけたのは杉山だった。鬼頭と杉山の関係を知らない署長らは呆然とした。鬼頭は署長への挨拶もしないまま杉山と握手しながら久しぶりの再会を喜び合った。

 二人の様子を見ていた佐山署長が恐る恐る鬼頭に声をかけた。「ご苦労様です。さぁ、こちらにどうぞ」。長身で黒縁のメガネの似合うダンディな署長が、ソファーに座るよう案内した。http://video.msn.com/video.aspx?mkt=ja-jp&vid=da0066d5-c799-44e3-a015-68a86f038690

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2008年6月 6日 (金)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(5)

new青年から届いた手紙

 昨夜の張り込みで、鬼頭が新橋の分室に出勤したのは午前十時を過ぎていた。五日ぶりの出勤で、警視庁本部からの通達や内部連絡文書などが溜まっていた。
 人事異動の内示書類の下に隠れていた一通の封書が鬼頭の目にとまった。表書きにはパソコンで印刷された住所・氏名が書かれていた。宛先が警視庁本部になっていたほか所属名もなかったことから、開封を一瞬、ためらった。恐る恐る裏返した。
 国分寺に住む村橋知宏と岩瀬邦子の両名が書かれていた。邦子は知らないが、村橋知宏については鮮明に記憶している。封書を空けると結婚式への招待ハガキと手書きの手紙が入っていた。
 拝啓 突然の手紙で失礼します。鬼頭刑事さんにあの事件でお世話になってから十五年が過ぎました。現在は国分寺市内にマンションを購入し、真面目に働いております。
 この度、私たちは結婚することに成りました… あの時、鬼頭刑事さんにお会いしなければ私の人生はありませんでした…
 このところの仕事の忙しさで忘れかけていた村橋からの手紙だ。
 それは悲惨な事件だった。
 

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2008年5月30日 (金)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(4)

   ★通信傍受

 話しは風間に代わった。
 「この史上最大の作戦を成功させるためには、今回押収した携帯にある新宿歌舞伎町の中国人経営の貿易商、朝洋商事の解明にポイントがあるように思えてならないのですがご意見がありますか」
 老年の捜査員が手を挙げた。
 「しかし、海保の例に見られるように情報が漏れて一部報道が先行するなど困難を伴うのは目に見えている。警察庁は威信をかけて成功させると言っているが、警察庁を含めて各県警の情報漏洩などは防げるのか」
 「朝洋商事を経営している帳亭植という五十四歳の男は、外国人検索システムで検索ができることになっています。携帯番号から行動範囲までの全てが、北海道警から沖縄県警までボタン数回叩くだけで可能なんです。しかもそれは、警察署単位なんです。ですから絶対に漏れないという保証はない。あとは警察官の資質に頼るしかないのではないですか」
 と、重森が答え、老年の刑事の顔を見ながら、こう、言った。
 「問題は海保なども含めて政府関係者への会議などでの途中経過報告なんです。これだけは警察庁が中心になり責任を持ちたい」
 風間はこの議論を聞いていて、老刑事が言いたかったのは「警察庁長官銃撃事件や広域指定116号事件(朝日新聞襲撃事件)での刑事部、公安部を巡るゴタゴタ」だろうと感じ取った。

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2008年5月24日 (土)

小説「警視庁・薬物特命捜査官」(3)

★捜査は14都道府県警に拡大★
 九州南西海域で実施されたオペレーションの日、「秋ごろになるので……」と予言した警察庁警備課理事官の言葉通り、北工作船が引き揚げられたのは十月の中旬だった。
 鬼頭が現地派遣のため警察庁から呼出しを受けたのは十一月に入っていた。鹿児島県警で第一回目の捜査会議が開かれた。

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2008年5月17日 (土)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(2)

 映画やドラマよりも過激なシーンが頭に残っているためか鬼頭の体は火照っていた。警備対策室を一歩出ると、音ひとつ漏れないような防音室になっていることから廊下は静まりかえる。
 「今夜は寝られるかな」と思いながら二十階の警備対策室を出てエレベーターを待っていると、背後から重森の声が聞こえた。
 「鬼頭さん。この時間ならまだ開いているところがあるんで飲みに行きませんか?」
 

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2008年5月10日 (土)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(1)

 不審船

「巡視船かわせから十管区本部、鹿児島(保安部)」
 「十管本部ですどうぞ」
 「鹿児島ですどうぞ」
 「ただいまから、ふたまる(20)ミリ機関砲による威嚇射撃を開始します。どうぞ」
 「十管本部了解。まるふた(2)時さぶろく(36)分ひとはち(18)秒」
 「鹿児島、全部了解。どうぞ」
 東京・霞が関の警察庁最上階の二十階にある不審船警備対策本部に、警視庁警部で薬物特命捜査官の鬼頭長一郎が到着したちょうどその時、海上保安庁巡視船「かわせ」と第十管区海上保安本部、鹿児島海上保安部との無線交信が、緊張感を高めていた。
 警備局対策本部の中央大型スクリーンには、海上保安庁から提供を受けたオペレーション風景が映し出されていた。対象映像は水しぶきをあげながら逃げまどう緑色の船影。画面が激しく上下に揺れ動き、緊張感をあおった。
 

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