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2022年3月 7日 (月)

福島県南相馬市で移住・起業相次ぐ 震災11年、新潟県出身者も活躍(7日)共同

2011年の東京電力福島第1原発事故により、一部地域に避難指示が出された南相馬市でU・Iターン者の起業が増えている。Uターンした若者は事故後、商店がなくなり、人口が減った古里を「文化を再構築できるフロンティアの町」と捉え、地域密着型の事業を立ち上げた。移住した新潟県出身者らも活躍している。被災地は夢を実現する舞台に生まれ変わりつつある。
 原発事故で南相馬市は市南部の小高区などが立ち入りが禁止される警戒区域に指定された。12年に避難指示解除準備区域に再編され、16年にはほとんどで解除された。
 人口は、震災前は約7万1千人だったが、2月現在の現住人口は約5万8千人。移住者は近年増加しており、市移住定住課は「特に一時人口がゼロになった小高区は新しい挑戦がしやすいようで、移住・起業する20〜40代が多い」とみる。
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 小高で起業支援などを行う「小高ワーカーズベース」は、震災前にUターンした元IT企業役員、和田智行さん(45)が14年に設立。運営するコワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」は、起業家の拠点となっている。
 古里を追われた経験は、地域の在り方を考え直す契機になった。「外部の大企業に地域の存続が握られている構造は、変えなければいけない」と強く感じたからだ。
 事故後、町内では店も仕事も減り、地域の絆は分断された。変化を肌で感じる中で、「地域の課題は裏返せばビジネスの種」と分析。100の課題から100のビジネスを創出することをミッションに掲げ、仮設商店や食堂、ガラス工房を立ち上げたほか、若者の起業を支援している。
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 夢の実現へ、本県など福島県外の出身者も小高で活躍している。
 阿賀町出身の清田翔衣(うい)さん(21)は21年、小高ワーカーズベースに就職。憧れのガラス職人になるため、小高に移った。
 小高区は福島第1原発から20キロ圏内。「原発、大丈夫?」。友達らは心配してくれた。実際、小高に行ってみた。穏やかな気候とのんびりとした環境が肌に合った。「事故から時間がたち、人も住んでいる。きれいな町だと思った」
 オリジナルブランド「イリゼ」のアクセサリーを多くの人に知ってもらうため、作品作りに励む。「たくさんの人から小高に来てもらい魅力が伝われば、移住者も増えるはず」と語る。
 起業型地域おこし協力隊の佐藤太亮(たいすけ)さん(29)=埼玉県出身=は19年、東京のIT企業を退職。柏崎市の阿部酒造で1年間修行し20年、小高区に酒造会社「haccoba(ハッコウバ)」を設立した。
 起業の地を小高に決めたのは、和田さんの言葉だった。「原発事故による無人の時期を経て、暮らしをゼロから再構築していると聞いた。町の在り方が、新しい酒造りに挑戦する自分たちとシンクロした」
 誕生日は3月11日。被災地で暮らすことに、不思議な縁を感じている。「南相馬の酒を飲んでいいのかなと引っかかりが生まれれば、福島の食を調べる契機になる。何となく飲まない、食べないというのは嫌。知った上で判断してほしい」
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https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/34932

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