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2019年1月17日 (木)

過激派、武装闘争の分岐点 安田講堂事件50年(17日)産経

大学の頂点・東京大学の安田講堂に昭和44年1月、火炎ビンなどで武装した学生らが立てこもった。大学の自治確立や医学部の民主化といった要求を掲げた一大学の闘争に始まった学園紛争は火炎ビンやゲバ棒で武装する過激派の介入を受け、次第に「暴力による革命」の根拠地となった。大義が薄れ、世論に見放される中、先鋭化した活動家は闘争の軸足を凄惨な暴力に移行。安田講堂の攻防は、学生運動が過激派の暴力に飲み込まれていく分岐点の事件として歴史に残る。
大学での団体要求運動は、ベトナム戦争を契機に反戦、反体制ムードを背景に学生運動が盛り上がっていた昭和40年、慶応大で始まった。その後、授業料値上げ反対といった個別の要求を掲げ、学園闘争は各大学にも広がっていった。
 当時の学生運動は学内に、「セクト」と呼ばれる既存の活動家の派閥や学生自治会の枠を超えた「全学共闘会議(全共闘)」が形成されたことが特徴だった。またセクトに属さない「ノンセクトラジカル」なども出現し、誰でも自由に参加できるスタイルが共感を集めたのも、学園闘争が広がる背景となった。
 東大では無報酬のインターン制度を問題視した医学部学生が43年1月にストライキを始めていた。これに大学側が下した処分をめぐり、学生側が反発して応酬が激化。こうした中、7月に東大全共闘が結成され東大闘争に発展していく。

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