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2018年11月23日 (金)

女性記者、行方不明20年…帰り待ち続ける両親(23日)読売

 三重県伊勢市の出版社に勤めていた雑誌記者辻出紀子さん(当時24歳)が行方不明になってから24日で20年を迎える。県警は、辻出さんが事件に巻き込まれたとみて捜査を続けているが、有力な手がかりはいまだ見つかっていない。辻出さんの父・泰晴さん(71)と、母・美千代さん(69)が読売新聞の取材に、紀子さんへの思いを語った。
 「うちの子は何一つ悪いことをしていない。今どこにいるのか全く分からないが、せめて骨の一本でも拾ってあげたら供養できるのに」。泰晴さんは苦しい胸の内を明かした。
 紀子さんの消息が分からなくなった数日後、自宅に宅配業者を名乗る男から不審な電話があった。電話に出た美千代さんが、折り返し電話をかけるために聞き返した番号はでたらめだったという。「あの時、音声を録音出来ていれば」と悔やんでいる。
 「北朝鮮に拉致された」との情報が入ったこともあったが、2人は紀子さんの友人や関係先に足を運び、消息を尋ねたり、街頭に立ち、チラシを配ったりして情報提供を呼びかけ続けた。
 紀子さんの誕生日の11月3日には、県警が捜索した関係先や山林、海を訪れ、ケーキを持参したことも。「24歳という大事な時期なのに。20年間何もしてやれないでそれくらいしかしてやれない」と泰晴さんは悔しさをにじませる。
 今月3日の44歳の誕生日には、紀子さんが19歳のときに厄よけをした松阪市の寺をお参りした。「紀子が少しでも安らかに過ごせていますように」。美千代さんはそう思いを込めた。
 「何としても解決に向かってほしい」との思いから、約10年前から四国霊場八十八か所と西国三十三所を巡り始めた。「少しでも頼れるところがあれば」とすがる思いからだ。今年に入ってすべて回り終えたが、紀子さんへの思いが途絶えることはない。
 紀子さんの大学時代の友人らが中心となって、紀子さんが東南アジアの難民キャンプ地を訪れて、撮影した写真を展示する企画展も県内外で開催してきた。写真は自宅に飾られ、情報提供を呼びかけるチラシにも使われた。自宅の倉庫には当時乗っていた車も残されたままだ。
 20年という年月が過ぎ去ろうとしているが、時間が戻ることはない。泰晴さんは「この先10、20年たっても諦めることは決してない。(自分たちが)死ぬまでに捜してあげたい」と最愛の娘の帰りをこれからも待ち続ける。
続く 

https://www.yomiuri.co.jp/national/20181123-OYT1T50076.html

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