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2015年1月17日 (土)

阪神大震災20年:殉職警官の父と同じ道を 広島の警部補(17日)毎日

「おやじ、見とってな」。阪神大震災で警察官の父を亡くした広島県警海田署交通課の警部補、辻昌直さん(42)=広島市=が17日朝、神戸市中央区の東遊園地にある「慰霊と復興のモニュメント」を家族とともに初めて訪れた。父恭孝(やすたか)さん(当時50歳)は、震災で倒壊した阪急伊丹駅の交番で殉職した。父の背中を追い、同じ職業を選んだ辻さんは、2人の息子の前で父の名を刻んだ銘板に静かに手を合わせ、決意を新たにした。
 午前5時過ぎ。震災犠牲者らの名前を目で追う辻さんが「あった」と声を上げ、横にいる長男憲太朗さん(9)=小学校4年=と、次男孝太朗さん(8)=同2年=に銘板を指し示した。
 ちょうど20年前。宿直勤務中だった恭孝さんは建物の下敷きになった。「お父さんが行方不明です」。所属する兵庫県警伊丹署から連絡が入った。数日後、遺体が見つかり、署で対面した。顔は腫れていたが、眉間(みけん)の古傷で恭孝さんだと分かった。母義子さん(70)は心労で体調を崩していた。「しっかりせなあかん、周りの人を心配させたらあかん」。そう思って泣かなかった。
 恭孝さんは家で仕事の話をしなかったが、家族を大事にした。鉄道好きの辻さんが中学生の頃、東京から鹿児島までブルートレインで旅行に連れて行ってくれた。高校生の頃から「警察官になりたい」と思うようになった。大学生の時、届け物があって交番を訪ね、初めて制服姿を見た。一度だけ「警察官になろうかな」と言ってみた。父は「大変やけど大丈夫か」と言っただけだったが、辻さんはこう思う。「もし今、息子がそう言ったら同じように答える。今なら分かる。あの時、おやじはうれしかったんだ」
 1994年の警察官採用試験には受からず、震災後は就職浪人した。その後「神戸にいるのがつらい」という母の意向で広島に転居。96年に広島県警に採用された。「おやじは定年退職までの10年を全うできずに亡くなり、無念だったろう」との思いが後押しした。2003年に結婚し、2人の子を授かった。
 広島では駐在所勤務や刑事事件の捜査にも携わった。昨年8月の広島土砂災害で救出活動に出動。押しつぶされた家屋を見て、伊丹駅の惨状がよみがえった。「下に人がいるかもしれない。早く出してあげたい」とスコップで懸命に土砂をかき出した。

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http://mainichi.jp/select/news/20150117k0000e040231000c.html

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