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2014年11月15日 (土)

横田めぐみさん拉致被害から37年、かかる両親への重圧「元気な姿で」(15日)共同

北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさん=失踪当時(13)=が新潟市内で消息を絶ってから、15日で37年。北朝鮮が被害者の安否再調査を始めるなど拉致問題が急展開する中、父滋さん(82)と母早紀江さん(78)は極度の緊張状態を強いられ、年内の講演の休止を決めた。「元気な姿で抱きしめたい」との思いからだ。夫妻と同じ川崎市内のマンション入居者でつくる「あさがおの会」の田島忠代表(72)は言う。「今こそ世論を喚起し、解決のスピードアップを」。写真の中で笑顔をみせる少女と、夫妻が再び会える日を信じて-。
 ー 10月末の平壌での日朝協議後に開かれた政府説明会に、夫妻の姿はなかった。今までどんな予定よりも優先してきた会合を欠席したのは、人間ドックが理由だった。
 「帰ってくることを信じていますので。そのときに倒れていたり、寝込んでいたりしたら何にもならない」。早紀江さんは今月8日、群馬県で開かれた集会後の会見で年内の活動を控えると明らかにした。帰国した娘をこの手で抱き締める-。全てはそのための決断だ。

「早くしないと。1、2年ではなく、数カ月。日本政府には、年内に解決できる方法はないか、もっと考えてほしい」

 あさがおの会の田島代表は、再調査の結果公表を先送りされた今、切羽詰まった思いを口にする。高まる期待を、今度こそ失望に終わらせたくないからだ。
 2003年5月の支援グループ発足から10年余、拉致問題をめぐる世論の浮き沈みを肌で感じてきた。「怒りの気持ちはあっても、だんだん冷めてきたり、内に秘めて表には声を出さなかったり。これも自然なことで、やむを得ないですよね」。長い時間の経過にもどかしさが募る。
 講演活動で全国を飛び回る夫妻を、傍らから見守り続けてきた。口数こそ少ないが、穏やかな雰囲気で包み込むような滋さん。厳しくも優しく、人一倍気配りする早紀江さん。
 夫妻をそう評した田島さんは「あの両親に育てられたんだから、めぐみさんもしっかりとした考え方の持ち主のはず。置かれた環境の中で人生を切り開いてきたと思う」。目いっぱいの想像力を働かせ、まだ見ぬ50歳の女性を描く。
 1990年、新築マンションに入居した「転勤族」同士。犬の散歩で始まった近所付き合いは四半世紀に及び、写真展開催や拉致報道の収集などで支援してきた。「めぐみさんが帰ってきたら、自然にスーッと潮が引くようにして活動を終わらせたい。できるだけ早く、静かな生活を取り戻してほしいので」。ただ、そう願っている。

◆横田めぐみさん拉致事件
 1977年11月15日、新潟市立中1年の横田めぐみさん=失踪当時(13)=がバドミントン部の練習を終えて下校中、自宅近くで友人と別れた後に消息を絶った。警察庁は97年に北朝鮮による拉致事件と判断。北朝鮮側は2002年の日朝首脳会談で拉致を認め、めぐみさんについて「娘を出産し、93年に病院で自殺」と説明したが、後に死亡年を「94年」と訂正した。また、提供された「遺骨」のDNA型を日本側が鑑定した結果、別人と分かった。娘キム・ウンギョンさん(27)は87年、北朝鮮で韓国人拉致被害者金英男(キム・ヨンナム)氏(53)との間に生まれた。

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【神奈川新聞】http://www.kanaloco.jp/article/80378/cms_id/111662

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