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2014年2月12日 (水)

佐村河内氏が「謝罪文」 田村厚労相、身体障害者手帳返納に言及(12日)フジテレビ

別人に作曲させていた問題で、騒動の渦中にいる佐村河内 守氏が、12日、8枚ものおわびの手紙を報道各社に送り、うそを謝罪した。
佐村河内氏は、「謝罪文」の中で「お詫(わ)び。今までわたしが起こしたことについて、深く謝罪したいと思い、ペンを取りました」とつづっている。
冒頭、「お詫び」と題した佐村河内氏の謝罪文は、全部で8枚で、釈明や謝罪などが、手書きで書かれている。
佐村河内氏の作品を、実際には自分が作曲していたと明かした新垣 隆さん。
佐村河内氏の曲を作曲していた新垣氏は6日、「指示されるまま、曲を書き続けた私は、佐村河内さんの共犯者です」と述べていた。
この会見から1週間、12日未明、佐村河内氏の代理人から、突然送られてきた謝罪文には、「うそにうそを重ねるのはやめると決めました」と記されていた。
「謝罪文」の中で、佐村河内氏は「すぐに説明ができなくて、申し訳ありませんでした。弁護士さんにも本当のことが言えなくて、決断するのに時間がかかってしまったのです。今は、自分を偽って生きてきたことを、深く恥じています。そして、わたしの要求に18年もの間、応じてきたことから、人生が狂ってしまった新垣さんに対しても、おわびしたいと思います」としている。
佐村河内氏がつづった、謝罪の文面。
その一方で、新たな真実も明かした。
新垣氏は6日、「耳に関しては、私の認識では、初めて彼と会った時から今まで、特に耳が聞こえないということを感じたことは、1度もありません」と述べていた。
佐村河内氏は、自身の聴力についても、「耳のことについては、新垣さんが、出会った初めころから聞こえていたはずだと言われていることは、事実と違います。実は最近になって、前よりは少し聞こえるようになっています。3年前くらいから、耳元で、はっきり、ゆっくりしゃべってもらうと、こもってゆがむ感じはありますが、言葉が聞き取れる時もあるまでに、回復していました。しかし、2月4日に初めて弁護士さんに会った時は、今も全く聞こえないと言ってしまいました。わたしとしては、新垣さんに作曲してもらったことがバレることによって起きることで、頭がいっぱいで、耳のことも聞かれたのですが、怖くて本当のことを言えませんでした」と記した。
佐村河内氏は、3年前から耳が聞こえるようになっていたという。
「謝罪文」の中で、佐村河内氏は「弁護士さんからは、最初から聞こえていたのではないかとも質問されましたが、それだけは違います。全然聞こえなくなって、聴覚障害の認定を受けていたことと、3年前くらいまでは聞こえていなかったことは、真実です。もうこれ以上、うそにうそを重ねるのはやめると決めました。専門家による、きちんとした検査を受けてもいいです。その結果、2級ではないと判定されたのなら、手帳は必ずお返しいたします」としている。
身体障害者手帳の返納に関して、田村厚生労働相は12日、「本来、もらえる条件じゃなかったとするならば、それは、お返しをいただくということにもなってくるというふうに思いますが」と述べた。
佐村河内氏のおわびの文章につづられた、直筆の2,442字。
その文章の最後には、「最後になりますが、やっと気持ちが整理できましたので、近いうちに必ず、公の場で謝罪をさせていただきます」とつづっている。

Logo4_3 http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00262968.html

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