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2012年6月14日 (木)

雑踏に潜む高橋克容疑者、神奈川県内の足跡追う(14日)

オウム真理教による地下鉄サリン事件で特別手配中の高橋克也容疑者(54)が、川崎市内の潜伏先から逃走してから11日で1週間が過ぎた。
 幼少期からの大半を神奈川県内で過ごした高橋容疑者はどんな生活を送ってきたのか。足跡をたどった。
 ◆幼少期―就職 横浜市港北区の住宅街の一角。周囲に木が茂り、壁にツタが絡まる木造2階建ての住宅が高橋容疑者の実家だ。高橋容疑者の父が1994年12月に、母が昨年9月に亡くなり、今は空き家になっている。
 近くの70歳代の女性は「うちの子が小学校に上がるまで一緒に駆けっこをして遊んでくれた。面倒見が良かったのに……」と高橋容疑者の幼少期を振り返る。
 近所の住民によると、父は高橋容疑者がオウム真理教に入信したことを知って勘当し、晩年は「悔しくてたまらない」と嘆いていた。母も地下鉄サリン事件後、「息子が申し訳ないことをしてしまった」と話し、「克也は死んだの」と自分に言い聞かせていたという。
 実家から北に10分ほど歩くと、高橋容疑者が市内にあった高専を卒業後に就職した電機会社がある。周囲に田畑が広がっていたこの地域に約50年前、4階建てのビルを構えた地元では名の知れた企業だ。
 同社によると、高橋容疑者は79年4月に入社後、完成した電子機器を検査する品質管理課に配属され、同年11月からは別の会社に出向。出向中は、自宅近くのバス停から綱島駅や大船駅を経由して通勤した。高橋容疑者はこの周辺にも土地鑑があるのだろうか。
 バス停の近くに住む男性(73)は「高橋容疑者がひょっこり戻ってくるかもしれない。散歩の途中で、通りすがりの人の顔をのぞき込むのが癖になってしまった」と言った。
 ◆逃走生活 高橋容疑者は17年間の逃亡生活の大半を川崎市内で過ごした。都会の雑踏が長期間の潜伏を可能にしたのだろうか。
 高橋容疑者は数年前から同市川崎区の建設会社で、「櫻井信哉」の偽名で働き、昨年10月から社員寮に住み始めた。同社は片側3車線の幹線道路に面し、周囲には昼夜を問わず人や車が行き交う。近くで飲食店を営む女性は「大勢のお客さんが訪れるから、顔なんて覚えていられない」と話す。
 寮周辺には店が集まり、生活に必要なものは簡単にそろう。菊地直子容疑者(40)の逮捕を同僚から聞いたとされる今月4日、高橋容疑者は寮から逃走した。新聞を購入したコンビニ店、現金を引き出した信用金庫、大きなキャリーバッグを購入したスーパー……。逃走前に立ち寄った場所はいずれも寮から1キロ圏内にある。スーパーから寮まではタクシーでわずか5分、710円の初乗り料金で戻ることができた。同市内の男性タクシー運転手は、多い日には40人以上の客を乗せるといい、「客の顔はミラー越しにしか見ない。乗車区間が短いお客さんは特に記憶に残らない」と語った。(狩野洋平、山崎崇史)

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