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2012年6月 4日 (月)

【菊地容疑者逮捕】信念と葛藤の逃亡生活 所沢で高橋容疑者らと潜伏、市川では林死刑囚と…(4日)

菊地直子容疑者は17年前の平成7年5月から逃走生活に入った。元幹部の井上嘉浩死刑囚(42)らの逮捕を知ったのがきっかけとされる。「尊師が逃げろと言っている」。こう言って姿を消していた。
 「東北地方のあるところにいる。信者ではない製作所の社長令嬢にかくまってもらっている」。7年9月には岩手県内から発送された菊地容疑者からの手紙が教団総本部に届いた。
 身柄確保のチャンスは逃走後、早くに訪れた。8年11月に埼玉・西所沢の教団秘密アジトに、特別手配中の高橋克也容疑者(54)らと一緒に潜伏していたことが確認された。
 だが、埼玉県警の捜査が入る直前、菊地容疑者は、アジトのマンションを飛び出し逃走。室内には、炊けた状態のごはんが残され、菊地容疑者の下着や衣類もそのままになっていた。アジトからは、菊地容疑者のメモも見つかった。教団の教義や麻原彰晃死刑囚(57)の説法が書かれていたほか、複数の信者の名を挙げ、「会いたい」など感情的な記述もあった。
 「私の二つの葛藤」と題されたA4判の紙2枚のメモには、「もう出たい」と出頭をほのめかす記述があった。一方、「出頭すれば、ほかの逃走信者に迷惑をかける。尊師が逃げろと言っているのだから逃げる」。長期間の逃亡生活で追い詰められ、悩み苦しんでいた様子もうかがえた。

菊地容疑者は、8年に逮捕された教団「科学技術省」幹部、林泰男死刑囚(54)と、千葉県市川市内のアパートに一時潜伏していたことも確認。林死刑囚を慕う心境をつづった記述も残していた。
 菊地容疑者は、爆弾の製造にも関与したとされ「化学薬品の専門家」だった。父親は教育者で厳格な家庭に育ち、友人らによると「まじめで素直な優等生タイプ」。高校時代は陸上部に所属、校内マラソン大会で優勝するという活発な面もあった。関西でも有数の進学校を卒業したが、教団に入信し、2年5月に出家した。
 入信のきっかけは、陸上で痛めた足の治療のために始めたヨガ。家族の強い反対にあったが、家出同然に出家したという。
 教団では「厚生省」に所属。サリンを作るための試薬や実験機器の購入を担当したほか、7年5月の東京都庁郵便物爆弾事件や新宿駅青酸ガス事件でも原料調達に奔走した。
 俊足を買われ教団の「陸上部」などに所属。大阪国際女子マラソンにも「オウム真理教」のゼッケンをつけて出場、「走る爆弾娘」と呼ばれた。ホーリーネームはカモシカのように走る女を意味する「エーネッヤカ・ダーヴァナ・パンニャッター」だった。

Msn_s1 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120604/crm12060401120006-n2.htm

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