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2011年11月19日 (土)

元警視総監・米村敏朗 100%の熱意と80%の正義(19日)

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深夜、ほっとする思いで一通の手紙を読み返した。差出人は元警視庁捜査1課警視の石川輝行氏、中身は10年以上前のある殺人事件の捜査とその公判についてである。書き出しが「感謝の便り」となっているが、感謝すべきは100%私の方だ。

 平成21年11月、警視庁捜査1課に重要未解決事件を専門に捜査する「特命捜査対策室」(通称コールド・ケース班)が設置され、石川氏はその初代の責任者に任命された。件の事件は、再捜査の結果、容疑者を逮捕し、公判で刑が確定した言わばコールド・ケース第一号である。

 発足当時、警視総監であった私は、あるとき捜査1課において時効直前の事件の容疑者を逮捕した旨の報告を受けた。段ボールに眠って、文字どおりコールド、冷たくなっていた事件である。その折、未解決事件、特に捜査本部を立ちあげた重要事件のうち、その後未解決のまま本部が解散し、あとは警察署刑事課において継続捜査となっている事件がいくつあるか調べてみた。かなりの数だ。しかも継続捜査とはいうものの、次々に発生する事件に追われ、大方は眠ったまま。「これじゃ、被害者やその家族はたまらない…」。さっそく刑事部幹部にコールド・ケース班の設置を検討してもらった。

 発足したその日の夜、古い建物の殺風景な部屋に、捜査員全員が集まった。出先から駆けつけた私は、周囲に促されて、ひとこと述べた。「これほどしんどい、骨の折れる捜査はない。しかしこれほどやりがいのある捜査もない。どうかたのむ」。とにかく「たのむ」としか言いようがなかった。なにしろ捜査が行き詰まって冷たくなった事件が相手だ。科学捜査の進歩と鑑定技術の向上が救いだが、何よりも捜査員の熱意が命だった。

 コールド・ケースの捜査では、捜査記録と採証資料の保管状況の確認から始まる。公判の重要な争点になるからだ。その上でひとつひとつの資料を、根気よく丹念に、今一度検証し、捜査していくわけだが、第一号事件の判決要旨を読んで感動した。「被告人は、公判当初は犯人であることを否認し、証拠調べの大半が終了した時点でこれを認めるに至った…公判の最終段階で行われた被告人質問では、具体的な犯行状況についてありのままを語った」

 自供にたよることなく、詰めに詰めた客観的証拠の積み重ねの結果である。

 昭和43、44年頃、当時の秦野章総監の要望で、若者に人気のあった作詞家の永六輔氏が、警視庁の警察学校で講演した。

 「皆さんは厳しい仕事でも、自らが正義そのものになっては、かたくなな、幅のないコチコチ人間になって、相手の立場や人によって違う応対もできなくなる。せいぜい正義の味方ぐらいのところが大切ではないか」。秦野氏の著書「何が権力か」第2章「人が人を縛る」に出てくる話だ。

 コールド・ケースの捜査(に限った話ではないが)では、捜査員の100%の熱意が必要だ。しかし同時に80%の正義で柔軟に捜査を見る目が大切だ。永六輔氏の話が重なり、一人ビールで乾杯した。捜査員の努力に心から感謝しつつ、そして2杯目のビールを期待しつつ。(よねむら としろう)

Msn_s1 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111119/crm11111903170005-n1.htm

 

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