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2011年3月29日 (火)

児童の命救った「お・は・し・も」とは (29日)

今回の津波で死者・行方不明者1200人以上という大きな被害が出た岩手県釜石市に鵜住居町という町があります。そこにある鵜住居小学校も津波の直撃を受けましたが、児童350人はすぐに避難して全員無事でした。なぜ子どもたちは助かることができたんでしょうか。キーワードは「お・は・し・も」でした。

 釜石市の鵜住居小学校。大槌湾のすぐそばにあります。時計の針は、津波が襲った時間で止まっていました。

 「地震の直後、児童たちは津波から逃れるため、学校からこの道路を使って高台へと避難していきました」(記者)

 死者・行方不明者1200人以上という釜石市の中でも特に甚大な被害を受けた鵜住居町。しかし当時、この学校にいた児童350人はすぐに避難し、全員が無事でした。

 「最初に下級生が逃げて、最後に上級生が逃げた」(5年生の男子児童)
 「鵜住居を見たら家とかが全部なくなっていて、もう無理だって」(3年生の男子児童)

 「最初の避難所では危ない」、とっさの判断で、児童たちはさらに高台の避難所を目指します。

 「避難所まで行ったけれど、そこも危ないってなって。いっぱい避難所をかえた」(4年生の女子児童)

 津波の危険と隣り合わせとも言える港町の小学校。学校では、学期ごとの避難訓練に加え、隣の中学校との合同訓練も繰り返してきました。さらに津波警報のレベルに加え、地震の発生場所、その時々の状況に合わせて臨機応変に避難することも訓練していました。

 「1年生のころから、津波や地震、火事の避難の練習をしていて、役に立ったなと思った」(4年生の女子児童)
 「津波が来る2日前くらいに津波の新聞を書いていました。津波の恐ろしさとか津波の速さを勉強していたので、すぐ逃げられて助かった」(3年生の男子児童)

 津波が直撃したにもかかわらず、児童350人全員が無事だった鵜住居小学校。子どもたちの間には「お・は・し・も」という合言葉がありました。

 「押さない、走らない、喋らない、戻らない」(児童)
Q.守れましたか?
 「走ってたけどね」(児童)

 子どもたちの命を救った「お・は・し・も」。この防災学習の基本は、子どもたちの避難に徹底されていました。鵜住居小学校では、児童の6割以上が自宅を失い、避難所などで生活を続けています。津波から、いかに身を守るか。日々の訓練の成果は、子どもたちの中にしっかりと残っていたのです。

Logo1 http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4685832.html

 

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