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2010年3月31日 (水)

警察庁長官銃撃の捜査結果 オウム信者の動向を詳細記述 (31日)

 国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件をめぐり、警視庁は30日に公表した捜査結果で、元警視庁巡査長で元オウム真理教在家信者Aと幹部信者B~Hの事件前後の動向を詳しく述べている。とりわけ、幹部信者Eについては「事件への関与が強く疑われる」と指摘。捜査結果では、それぞれの年齢や教団内での役職などについては明らかにしていないが、Eを中心に活発な動きがあったことを浮かび上がらせている。

事件直前

 事件3日前の3月27日午前、EはDに電話し、Aに連絡する必要があると伝えた。この際、EはDに対し「敵の仇(かたき)は敵にやらせる」と発言。DはEにAのポケベル番号を教えた。

 警視庁の事情聴取にEはAについて「名前も顔も知らない。覚えていない」と供述。だが、DがEからAとの連絡方法について執拗(しつよう)に聞かれている事実については、Fが目撃しており裏付けが取れているという。「敵」の表現についても捜査概要には「警察官Aを使って何らかの違法行為の敢行を企図していたことを強くうかがわせる」と記されている。

 さらに事件前日の夜、EはDに電話しAに連絡が取れないと伝えた。DがAに連絡すると、Aは興奮して「下見に引きずり回された」「警察官しかできないことがあるといわれた。できること、できないことがある。やりたくありません」と答えた。そのためDは深夜にEと接触。「Aさんは大丈夫ですか」と尋ねたという。

 こうした動きについても警視庁は29日午後9時台にDからEへの電話があったことを確認。30日午前0時台には、Fの供述からD、E、F、Gが東京・六本木の喫茶店で接触していた事実も確認している。

事件直後

 事件直後の午前8時35分ごろにはAからDに電話で「長官が撃たれた」と連絡があった。だが、事件最初の報道は午前8時48分であることから、Aが報道前に知っていたことになるため警視庁は事件にかかわった可能性が高いと判断した。

 Bについては事件直後の午前9時40分ごろに報道機関に脅迫電話をかけた声と同一と推定。Cが事件翌日に作成したビラには脅迫電話の時間を「9時40分ころ」と正確に記載し、「弾がおかしい」と当時は未発表であった弾丸の種類について把握していることをうかがわせる内容もあった。

 さらにHについては事件直後に自転車で走る男と容貌(ようぼう)が一致。複数の信者がHについて「事件当日の早朝にEとともに教団施設を出て東京に行った」と供述していることを明らかにした。

 

こうしたことから、警視庁はEとその周辺信者、そしてAにより構成されるグループを容疑グループとして特定し、麻原彰晃死刑囚(55)=本名・松本智津夫=の意思のもとで行われたテロと断定した。だが、グループを構成する個人全員の特定や個人の果たした役割の特定には至らなかったと結論づけた。

Msn_s1_2 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100330/crm1003302345057-n3.htm

 

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