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2010年3月30日 (火)

「赤軍派のやり方だめだった」「そろそろ帰国しないと」よど号事件から40年(30日)

 日航機「よど号」乗っ取り事件から31日で40年になるのを前に、北朝鮮に残るよど号犯のメンバーが産経新聞の電話取材に応じた。メンバーは「あっという間に過ぎた40年」「よど号問題は政治的遺物」と述べた上で、「北朝鮮ではいつもお客さんと感じてきた。60歳を過ぎてお客さんとはかい性がない。そろそろ帰国しないと」と語り、日朝外交上の“お荷物”となっている現状を事実上認めた。

 電話取材に応じたメンバーは、若林盛亮(もりあき)容疑者(63)を名乗った。北朝鮮に暮らすメンバーは家族を合わせ一時30人を超えたが、逮捕されたり、子供ら全員が昨年末までに帰国したため、残るのは乗っ取りと日本人拉致の両事件で国際手配されている6人だけとなった。メンバーは「寂しくなった。(平壌での)商店運営など経済活動からも退いた」と述べた。

 北朝鮮での40年間の生活を「苦労していない」「日本で言えば富裕層」とした上で、昨年11月に実施され、経済混乱を招いているとされるデノミネーション(通貨単位の切り下げ)を受け、「外貨が入り、得をしていた人が前より落ちた」「闇のレートがあったが、なくなった」と打撃を被った事実に触れた。

 金正日総書記の三男、ジョンウン氏(28)への後継委譲については、ジョンウン氏をたたえるとされる歌の存在は知っているとした上で、「金総書記の(後継委譲の)ときは僕らでも分かったが、そういう雰囲気は感じない。あまり国民は意識していないんじゃないか」と語った。

 メンバーの日本人拉致事件への関与については「代を継いで革命をやるために結婚目的で誘拐したとされているが、そんな悠長なことはない。われわれの代が何もしていないのに。まず帰国が目的。逮捕状自体認めるわけにはいかない」と述べた。

 40年前の事件を振り返って「赤軍派路線自体がむちゃな路線だった。『われわれはあしたのジョーである』と言って“リング”に上がったが、やはり赤軍派みたいなやり方はダメと分かった」と、武装蜂起による日本革命やそのための国際根拠地建設論を実行犯自らが否定した。

 6人の処遇をめぐっては、一昨年の日朝協議で北朝鮮側が引き渡しへの協力を表明したが、交渉に進展はなく、宙に浮いた状態となっている。

Msn_s1 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100330/crm1003300108002-n1.htm

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