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2009年12月 4日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(15)最終回

  ★現場に立ち会えないイライラ

Dvc00184   昭和四十七年七月に「日本列島改造論」を引っさげて田中角栄が総理大臣に就任した。改造論とは、日本列島に高速道路と新幹線をつくり地方の活性化を図ろうというもので、この結果、空前の土地ブームに沸いた。

 だか、この影響で物価が高騰したばかりか第四次中東戦争の影響も絡み、第一次オイルショックへと繋がり、原油価格に関係ないトイレットペーパーや洗剤などの買い占め騒動へと発展した。
 こうして高度経済成長は四十九年に終焉を迎え、田中首相も金脈問題で首相の座を追われることになる。

 経済の悪化に加えて日本を震撼させる事件が起きたのは四十九年八月。首都東京のど真ん中で日本経済の中枢を占める大企業が集中する丸の内で爆弾事件が発生した。三菱重工爆破事件で同様の事件はさらに拡大。三井物産や大成建設など次々に大企業を対象にした爆弾事件が続発。激動の時代を迎えることになる。

 この連続企業爆破事件で警視庁が犯行グループの東アジア反日武装戦線を一斉逮捕したのが昭和五十年五月十九日だった。そして翌年二月にロッキード事件が発覚した。
 この年の五年前の四十五年、政府は国産旅客機の「YS11」の生産中止を決定した。政財界は次期旅客機を巡る動きが活発化していた。ロッキード事件はこうした社会背景の落とし子とみられている。

 このロッキード事件の最中の三月二日朝、今度は札幌市中央区の北海道庁一階ロビーで爆発事件が発生。二人が死亡八十五人が負傷した。北海道警は時限爆弾による爆破事件と断定した。この日の午後には同市内のコインロッカーから犯行声明文が発見された。声明文には「東アジア反日武装戦線」の名が記されていた。

  道警公安部はこの事件を、連続企業爆破事件で逮捕された大道寺将司の爆弾教本「腹腹時計」に理論に同調した信奉者による犯行との見方を示した。
 大道寺逮捕の現場を見ている私にとって北海道庁爆破事件は、身震いする思いだが身体はひとつしかなく現場を踏むことはできなかった。

 ところが、そんな思いを吹き飛ばす事件がなんと児玉邸で発生した。二十三日午前九時五十分ころ、児玉邸に飛行機が突入したと言うのだ。この日の私の出勤時間は午前十時で出社して間もなくだった。

 「児玉邸で何かが爆発した」の第一報が無線で飛び込んだ。張り番のカメラマンが無線で興奮していた。「デスクの指示が出るのを待っていては時間の無駄だ」と私はカメラを持って地下の自動車課へ。例によって緊急出動用の車両で現場に向かった。

   しかし、現場に到着した時には既に取材は終わっていた。というのは邸内への立入ができないのである。突っ込んだのは小型の飛行機で、犯人は映画俳優。またも現場取材を逃してしまった。
 

 

★敬礼してシャッターを
児玉邸への張り込みが開始されてから百三十日が過ぎようとしていた六月中旬。このころになると話題の中心はXデーへと移った。児玉を含めて丸紅関係者は勿論のこと、政界への飛び火が必須の状況にあり、某政府高官の名が取り沙汰された。こうした状況により、張り込みの場所の主力は児玉邸から東京地検へと移ったのである。

 東京地検の記者クラブ幹事社が産経新聞だったことから、私は「地検正面入り口への張り番は車寄せのみとして、出入りに支障のないよう配慮する」ことで地検と交渉して了解を得ることができた。但し、仕事が終わり各社が引き揚げたあとのゴミの始末は私が担当した。

 児玉邸張り込み開始から百三十七日目の六月二十二日朝、東京地検と警視庁は全日空の幹部三人を外為法違反の容疑で逮捕。午後には丸紅の前専務を逮捕した。当然、ロッキード事件の逮捕第一号となった。

 同日開かれた参院特別委員会では、答弁に立った法務省の刑事局長が「捜査の拡大」を示唆したこもあり、各社カメラマンと記者の張り込みは東京・小菅の東京拘置所正門前も加えられた。

 運命の日は約一カ月後の七月二十七日にやってきた。政府高官の逮捕近しで東京地検前の張り込みは午前六時には開始されていた。そして午前七時十五分、黒塗りの乗用車が地検正門に滑り込み、車から降りたのは、田中角栄前首相だった。

 例によつて角さんは、左手を挙げて「よっ」と挨拶しながら地検に入る姿が広沢カメラマンによった押さえられた。そして私に出された指示は次のようなものだった。
 「地検から拘置所までの追っかけだ。田中の一挙手一投足も見逃すな」
  角さんを乗せた車が地検を出発したのは八時を過ぎていた。私は角さんを乗せた地検の車の真後ろに着くことができた。地検の車は逃げようとするわけでもなく、私の車を含めて数十台は整然と追尾している。

 地検の車両が首都高速の小菅刑務所近くの出口で突然停止した。出口に信号があるため数分間は停止するのだという。
 「チャンスだ」と私は、高速道も忘れて車を飛び出し、地検の車に近づいた。角さんをガラス越しに撮影するためだ。カメラを向けられた角さんは、地検の検事と話していたが、私のカメラに気付き睨み返してきた。
 その顔は、いつもの穏やかさは消え眼光は鋭く口を真一文字に結び恐怖さえ感じた。思わず私はカメラは手に直立不動の状態で、最敬礼をしてしまった。その姿を見た角さんの顔が緩んだように見えた。
 「ごめんなさい」と大きな声で挨拶してシャッターを一回だけ押させてもらった。これが、国の総理に対する礼儀だった。                         おわり
   これで連載は全て終わりました。長い間のご愛読ありがとうございました。                                                      

 

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