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2009年10月16日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(8)

 雪中の匍匐(ほふく)前進
Dvc00184  浅間山荘であることを確認するため建物を見ていると、地上から三階部分にあたるバルコニーに、棒状の物を持った男の姿が見え隠れした。「銃を持った男だ」と直感した。しかし、この距離なら猟銃は届かない。

 閃いたのは、産経に入社する前の昭和四十三年の金嬉老事件だ。金元被告は静岡県清水市で暴力団二人をライフル銃で射殺して逃走。同県榛原郡の寸又峡温泉に十三人を人質に立て籠もった事件だ。五日目に一人の人質を解放した時に金元被告は逮捕された。産経新聞が掲載した逮捕の瞬間の写真が私の頭の中に強烈な印象として残っている。刑事に押さえられた瞬間、舌を噛みきって自殺を図ろうとした表情のアップ写真。犯罪史上に残る大事件の記録写真のみごとなフィチャーライズ写真だった。

 報道カメラマンならこんな写真を撮ってみたかった。この事件で、それが実現するかもしれないと思うと、命の危険なんて考えている暇はなかった。
 建物の一階部分が柱になっている。そこまで辿り着けば、まさに事件現場の真ん中だ。新聞社のカメラマンと判れば撃つことはあるまい。人質にされれば本望だ。交渉次第では特ダネになると考えた。

 目測では建物まで数百㍍はあるだろう。地面は雪で一面真っ白。自分が着ているのは黒のジャンパーコートで極めて目立ちやすい。「クマ笹の下に身を隠して匍匐(ほふく)前進で行くしかない」と判断した。
 カメラをバックにしまい込み、肩ひもを首から斜交いにかけて、雪の中の匍匐前進を開始した。何十㍍か進んだ。勾配が急になって、進もうとしても滑り落ちて匍匐前進が困難になった。さらに笹の茂りの密度が薄くなり、身を隠す物がなくなった。

 見下ろすような位置にある建物からは、まる見えになる危険が出てきた。途端に思い出したのが相手が持っているライフル銃。この位置では十分な射程距離内に入いるはずだ。

 そう思った途端に、今度は足がすくみ、前に進めなくなった。転げるようにして林まで戻った。全身はびしょ濡れで肘や膝は泥まみれだった。特に冷たく感じたのは足先。靴の中に雪が入ってしまったようだ。潔く雑木林に突入した時の足跡を頼りに元来た方向に戻り、ようやく山道に辿り着いた。

 

 その時だった。背後から「おい」と声がかかった。良く見ると社会部のO記者だった。社会部では〝事件屋〟で知られる名物記者。この人には事情を説明するまでもなかった。
 「中(山)に入ったんだろう。オレも考えたんだが…どうだった」

 既にお見通しなのである。状況を説明しながら二人は坂道を下り始めていた。二人の考えは、「とにかく現場が見える直近の前線基地確保が目的」だった。何分歩いただろうか、パーン、パラパラという音がこれまでにない大きな音となった。

 「オイ、聞いたか?今の音だよ。近くなったと思わないか?」
 O記者が興奮気味に言いながら、パラパラという音の方向に行く道を捜した。別荘の入り口と思われる狭い坂道があった。

 二人で入って行くと、今度は銃声の後のパラパラの音は、今いる別荘の敷地内から聞こえたきたのだ。「この別荘の敷地内に着弾している」。二人は同時にそう感じた。

 「見ろよ。あれが立て籠もりの山荘だ」
 雪明かりにぼんやりと三階建ての建物が見えた。銃声の方向から判断して河合楽器の山荘に間違いはないと思った。

 O記者は別荘の表札をメモして、無線で本社経由で支局に連絡。所有者を割り出して借りるよう指示した。許可が降りて支局の記者も駆けつけて別荘内に転がり込んだ時は午前0時を過ぎていた。つづく

 

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