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2009年10月 8日 (木)

緊急援助隊・救助チーム、スマトラから帰国(8日)

スマトラ島沖地震の被災地で救助活動にあたった日本の国際緊急援助隊の救助チーム64人が8日朝、成田空港着の民間機で帰国し、同空港で解団式を行った。

救助チームは地震発生から2日後の今月2日、国際レスキューチームとしては最も早く現地入りし、がれきの下に生き埋めになった被災者の捜索活動を3日間にわたって繰り広げた。解団式で、救助チーム団長の佐野浩明・外務省国際緊急援助官は「残念ながら生存者の発見には至らなかったが、捜索を通じてインドネシアの方々に強い印象を与えたと思う」と述べた。同チームの医療班でリーダーを務めた順天堂大練馬病院(東京)の救急・集中治療科長、杉田学さん(42)は、解団式後、「猛暑と大雨が重なり、衛生的に厳しい環境だった」と過酷な任務を振り返った。

 隊員の体調管理と、生存者が発見された場合の救急医療が医療班の任務。2005年のパキスタン大地震でも国際緊急援助隊に参加した杉田さんは、「生存者が見つからなかったのが残念だが、全力は尽くした」と語った。(2009年10月8日12時58分  読売新聞)Yomiuri_koudoku1_3 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091008-OYT1T00579.htm<p>&nbsp;</p>

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