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2009年10月30日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(10)

 小便入りラーメン

Dvc00184  二十四時間警戒のため徹夜担当の交替要員の到着を待っていた。通常なら交替時間は夕食前後の午後七時から八時ころのはずだ。ところが交替は九時になっても来なかった。腹が減った。インスタントラーメンを食べようと、テント近くの道ばたの雪をかき集めてお湯にした。

 食べ終えた時、他社のカメラマンが私が雪を採ったその付近で立ち小便をした。「もしかして」と思い、私が雪を採取した付近の残雪を調べたら、小便の跡がいっぱい。一㍉程度の新雪の下までは分からなかった。
 小便の跡で残雪は真っ黄色になっていた。私は他人の小便をラーメンの汁に利用したことになる。無性に腹が立ってきた。交替者と言葉を交わすのも嫌になり引き揚げた。

 宿舎兼前線本部で待っていたのは、例の金子デスクだった。
 「なにしてんだよ。こんな時間に帰って来て…打ち合わせなんて全部済んでるよ。あしたのお前の位置は、ここ」と地図上を指さして言った。

 「役目は、玄関から警察が突入した場合、人質を楯に裏側に逃げるだろうと思われるので、お前は身体を張ってその瞬間を撮ることだ。最高のポジションだぞ」
 例によって言葉の少ない実に簡単な指示だった。後にこの言葉不足が私に大きなダメージを与えることになる。
   九機の隊旗に涙

 九日目の朝は晴れていた。しかし気温は零下五度。雪を抱いた連山が朝日に輝いて綺麗だった。警察にとって長い一日になろうとは誰も予測はしなかった。
 人質になっている牟田泰子さんの夫、郁男さんの山荘への呼びかけからその日は始まった。

 「泰子、もう少しの辛抱だ。頑張れよ」
 呼びかけにも山荘からは何の音もなく郁男さんの声だけが夜明けの空に虚しくこだました。

午前五時五十分を過ぎていた。
 私が配置に着いてのは午前六時過ぎ。郁男さんの呼びかけを聞きながら山荘を後に、修羅場となるであろう正門の反対、北側の崖の下に向かった。
  見上げるような場所だが、各社のカメラマンも続々とやってきた。テレビ局のカメラマンが三脚を広げながらポツリと言った。
 「この場所は参加するだけだから…」

 賑やかになったのは午前八時五十一分。山荘の方向からハンドマイクで呼びかける警察部隊の声が聞こえてきた。

 「諸君、警察はもう待てない。勇気を持って判断せよ。話し合う気があるなら泰子さんを連れて白い布を振って部隊の見えるところまで出てこい」
 警察部隊の呼びかける声が聞こえるだけで建物からは何の応答もなく動きもみられなかった。昨夜の事前発表によると、今頃は、警察にとって突入時の最大の武器となる鉄球のついたクレーン車が玄関に到着しているはずだ。

 容赦なく銃を乱射してくる建物への突入は、玄関だけでは困難だ。鉄球で壁を壊して突入口をつくる必要があった。鉄球クレーン車はそのためのもので、警察はモンケンと呼んでいた。

 嵐の前の静けさが暫く続いた。上空に報道関係のヘリコプターが旋回し始めて緊張の時を迎えた。

 

 パン、パン。銃声の音が二発聞こえた。正門の警察部隊めがけて撃っているのだろう。北側で望遠レンズを構えているものの、周囲にはひとっこ一人見えない。

 ドーン、バリバリという音がしたのは午前十一時少し前だった。各社の携帯無線から「今、突入に向けた警察の攻撃が始まりました」と興奮した声が聞こえてきた。バリバリの音は鉄球が玄関の壁をぶち破った音だった。

 順調に進むかと思った十一時二十七分、警視庁の第二機動隊員が突入を図った際、相手からの銃撃が一段と激しくなり、玄関前道路の土嚢で指揮をしていた警視庁特車中隊長、高見繁光警部(警視正に特進)が山荘からの銃弾で倒れ、病院に収容されたという情報が無線で流された。

 各社の無線が騒々しくなった。その騒々しさがさらに増したのは十一時五十四分。今度は「内田尚孝第二機動隊長(警視長に特進)が撃たれた」の各社一斉報告だった。
 その後も山荘からの銃撃は続き、強烈な爆発音も聞こえた。北側崖下の我々報道陣が一瞬緊張したのは、泰子さんが監禁されている三階の窓が開いた時だった。窓から白い煙がもくもくと出てきた。その直後に銃を持った一人の男が顔を出した。

 十二時二十六分の「高見警部死亡」。午後四時一分の「内田隊長死亡」の報の後の午後四時三十五分だけに、警察の劣勢が心を過ぎった。

 報道陣からは「坂口だ」の声が飛んだ。望遠レンズを構えていたので撮影は怠りはなかった。白い煙が出たのでガス銃攻撃に耐えかねて窓を開けたものか、あるいは連中が逃走方向を確認したのか、いずれにせよ急展開の可能性を直感した。

 間もなくだった。今度は三階の同じ窓から機動隊員が旗を振るのが見えた。望遠レンズで確認すると、それは警視庁第九機動隊の隊旗だった。何処かの社の無線が「泰子さん無事救出」の一報を流した。シャッターを押しながら涙が出てきた

 第九機動隊には知人が多かった。日比谷や有楽町における過激派暴動の際には火炎瓶からの身の守りかたなどで隊員から指導を受けたこともあった。市ヶ谷にある部隊の暗室にお邪魔したこともあった。

 その部隊が制圧という大役を果たし、二百時間以上にもおよぶ闘いに終止符を打とうとしている。警視庁の警察官の殉職と引き替えに、人質を無事に救出したという感激の涙だった。

 そんな事を考えながら、修羅場となっているであろう山荘の正面に向かった。山荘前の路上に出た時、運よく連行される犯人と遭遇した。どういう訳か他社のカメラマンがいない。カメラを構えたその瞬間、機動隊員に両腕を掴まれてはじき飛ばされた。土手の上から各社カメラマンの罵声を浴びせられた。

 「協定違反だ。お前は何処の社だ」
 産経の前線基地にたどり着いた途端に金子デスクの怒鳴り声だ。
 「泰子さんの写真はどうした。病院まで行くのがお前の担当だろう」
 泰子さん担当とは聞いていなかった。
 「特オチになったらお前の責任だぞ」
 金子デスクの罵声は続いた。

 この日の十二時四十七分ころには、突入の瞬時の撮影が可能な場所で、撮影していたテレビ局カメラマンが撃たれて負傷。さらに、人質の身代わりをするため正面玄関に現れた男が射殺されている。そんな現場に、初日にも関わらず、人質を志願して匍匐前進で現場に飛び込もうとした浅はかさ、事件取材の未熟さと合わせて自分が哀れにみえてきた。一連の取材期間中で、窓からけん銃を構える特ダネ写真を撮影した同僚の誇らしげな顔が憎らしく感じた。おわり

 

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