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2009年6月24日 (水)

松本サリン15年…オウム元信者、河野さんへの償い(24日)

1994年6月に長野県松本市で発生したオウム真理教による松本サリン事件は、27日で15年を迎える。第1通報者、河野義行さん(59)の妻澄子さんも昨年8月、意識の戻らぬまま60歳で他界した。遺族や元信者が抱える言い尽くせない思い。あの蒸し暑かった晩から、それぞれの年月が流れた。「家族を守りながら疑惑と闘った最初の1年はとてつもなく長く、妻の介護を続けたその後の13年はあっという間に過ぎ去った。3人の子供は当時中高生。ほったらかしにしてきたが、成長した姿を見ると、月日の流れを感じる」

 河野さんは15年をこう振り返る。今年5月30日、山口市の会社員藤永孝三さん(48)は、山口県萩市の海岸で、河野さんと並んで釣り糸を垂れていた。講演で広島県を訪れた河野さんが寄ってくれたのだった。藤永さんは、元オウム真理教「科学技術省次官」。松本サリン事件では、村井秀夫元幹部の指示で、サリンの噴霧器を製造した。拘置中に河野さんの著書「妻よ!」を読み、たまらなくなった。殺人ほう助罪などで懲役10年の判決を受けたが、「自分の刑期など、失われた命の前では比較にならない」と思った。

 2006年6月、刑期を終えて、河野さんを訪ねた。目を合わせられず、ひたすら頭を下げた。河野さんは「あなたも運が悪かったねぇ」と声をかけてくれた。

 以来、月1度くらい、河野さん宅を訪れ、刑期中に覚えた剪定

)

の腕をふるう。泊めてもらい、酒を酌み交わすこともある。ほかの遺族や被害者を忘れたわけではないが、謝罪など具体的な行動には移せないでいる。「これでいいとは思わないが、今の自分にできることは、河野さんを通じてすべての被害者に謝罪すること。自己満足かもしれないが……」と、苦しそうに語る。

 ◆犠牲の信州大生、姉と妹は医師に◆ 仏壇の前で声に出さず般若心経を唱える。阿部和義さん(66)(千葉県習志野市)の朝の日課だ。 事件前日、信州大経済学部2年で、週末に習志野市に帰省していた長男裕太さん(当時19歳)は、外出する両親を玄関で見送った。「珍しいこともあるもんだと思った。『さよなら』って言ってくれた」。それが最後になった。

 28日朝、和義さんが松本署に駆けつけると、裕太さんは高校時代にレスリングで鍛えた大柄な体を縮め、窮屈そうにひつぎに横たわっていた。報道によって河野さんの関与を信じた時もあった。オウム真理教の犯行とわかると、真実を知るために、4遺族で教団と松本智津夫死刑囚らを相手取り、損害賠償請求訴訟を起こした。

 大学で法律を学んでいた長女は卒業後、医学部に再入学。中学生だった次女も医師の道を選んだ。「口には出さないが、2人とも裕太のことが頭にあったからだろう」と、和義さんは思う。家族4人が顔をそろえても、裕太さんの話をすることはない。「何を話したって裕太は戻ってこない。お互いの心の痛みを戻すようなことはしない方がいいと、みんな思っている」

 ◆松本サリン事件=1994年6月27日深夜、長野県松本市の住宅街で、オウム真理教信者が神経ガス「サリン」を噴霧。学生や単身者向けのマンション、社員寮などで計8人が犠牲となった。重軽症者は約600人。河野義行さんを巡る県警の捜査や報道も問題となった。元教団幹部ら14人が起訴され、松本智津夫死刑囚(54)ら7人が死刑判決を受けた。(2009年6月24日14時55分  読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090624-OYT1T00557.htm?from=main2Yomiuri_koudoku1_2

 

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