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2009年4月24日 (金)

★小説警視庁薬物特命捜査官(51)

       鬼頭は母親の夢をみた
080713_164028_m   こうしてジョークも飛び出したが、鬼頭自身の心にも大きなシミが残った。一人になりたかった。大野村、オオノムラ…。思い出すまいとしても…どうしても頭から離れない…。いけない…。その前に自分は警察官であるべきだ…。
 明日は拘留尋問の日だった。どうしても今日中に、覚せい剤の件は認めさせないと…鬼頭は高圧的に出てみた。
 ーーどうだ 穴守
 自分でもびっくりするほど大声だった。
 「何ですの?」
 突然、抑揚が東北弁になった。落ちる瞬間とみた。
 ーー覚せい剤は認めるよな 後藤田に渡した件だよ。男だろうお前。それ以上、俺に言わせる気かよ。あのグッチから…モンが出たんだよモンが…。モンって分かるか?
 「指紋でしょっ…」
 鬼頭は今度は、ゆっくり時間をかけた。次の質問はしなかった。それは相手に時間を与えていたのだ。十分な時間だった。指紋が出たことは。もはや「秘密の暴露」でもなんでもなかった。なぜなら、熱海のホテルでの密会は映像があるからだ。しかし、映像の存在だけは隠した。
 「私の記憶違いでした。認めます…申し訳ありませんでした」
 約七、八分はかかった。ようやく認めたのである。意外に短いほうだ。これで第十七条の譲渡及び譲受の制限及び禁止は立件出来た。
 鬼頭はこれで一拘留は乗り切れると確信した。「あとは十三条だな。大阪府警に負けられない」と唇を噛んだ。
 ーーそれでこそ君は男なんだよ。ねっ。穴守さん
 「……」
 ーーで…幾ら、貰ったの?お金をさ
 「いゃ、渡してくれって…頼まれただけだから…売買でないので…」
 ーー今度は…そうしてシラを切るのですか?
 「……」
 ーー……
 「……」
 ーーあのねっ、俺たちは あなた方の電話の会話を録音しているのです。
 「……」
 ーーまだ分かんない?電話の声を信じないのなら…君の声との声紋鑑定だってできるんだぜ
 「……。五百㌘あったので…二百五十万円貰いました…」
 ーーそうだよね。よく言ってくれました。奥さんの口座に振り込んだんだよね。どうだっ。楽になっただろう?
 「刑事さんさ、これでもう終わりだろう?全部、認めたんだから…」
 ーー今、何時だ。もうこんな時間か。ようし。では今日のまとめだ。明日は地検送致だからさ。穴守さんよ。明日は検事さんだからね。調べは…
 逮捕令状による通常逮捕でも緊急逮捕でも、警察に逮捕された被疑者は、四十八時間以内に地方検察庁に身柄とも送検される。朝の午前七時から八時の間に警察署からバスに乗せられ、集団移送されるのだ。そしてその日は二十四時間が検察官の持ち時間なのだ。
 穴守にも鬼頭にも精神的に長い一日だった。「今夜は眠れない」と思ったのは穴守ではなく鬼頭だった。鬼頭に電話が入った。風間理事官からだった。
 「風間です。どう、手間がかかりそうか?」
 「いゃ、覚せい剤の譲渡は認めました」
 鬼頭は、言葉が少なかった。やや時間を置いて風間が続けた。
 「それで大阪府警のベーやんからなんだけど、覚せい剤の入ったポーチから穴守の指紋が出たという報告が来たよ。使えるだろうと思って…」
 「分かりました。ありがとうございますだが…。だろうと思って既にその手は使いましたよ」
 風間からは、その他府警の調べの内容、警視庁捜査二課の地下銀行の捜査報告など次々に聞かされた。そして明日、打ち合わせのため本部に来るよう指示が出された。
 「分かりました。理事官ね、私は今夜、署に泊まりますから…」
 「良いよ。で、また、どうしてそんなことになるの?」
 理事官が聞き返した。
 「ちょっと一人になって整理したいことがあるので…」
 鬼頭は歯切れが悪いと自分で感じたが、理由を隠した。理事官は、それ以上突っ込んでこなかった。阿吽の呼吸だと思った。
 

 

  鬼頭は生安課長横のソファーで寝ることにした。考え事をしたかったのだ。
 「穴守の旧姓は何て言うんだろう。聞くべきか?」。長一郎は迷っていた。聞いて「幕田」と名乗ったら、果たして自分は耐えられるだろうか。
 穴守は「鬼頭」という名字に気づいていないだろうと思った。確かに、別れた時は、敬二郎は乳を飲んでいた時期でもあり、記憶がないはずだ。
 こんなことを考えていたらいつの間にか寝入っていた。
 …… ………… ……… ………
 暖かい日差しだった。春はすぐそこまで来ていた。縁側のガラス戸を開けても寒さを感じないほど、風は心地よかった。
 「長一や、ここ痛むがよ。父ちゃん、なんでこんなこったぁすんだっぺなー」
 母ちゃんは、きのうの夜に父ちゃんが酒を飲んで暴れ、長一郎を投げ飛ばしたことに腹を立て、後頭部に出来たタンコブを冷やしながら言った。母ちゃんは長一郎を「長一」と呼んでいた。
 昨夜のことだった。夕食のご飯の支度が遅れた。母ちゃんが、父ちゃんの実家に行って話し込んでしまったため遅れたのだった。
 母ちゃんが帰宅してすぐ食事の用意をしたのだが、もう暗くなっていた。電気なんてなかった。ランプと蝋燭の生活だった。
 昭和十八年と言えば、第二次世界大戦の戦局が好ましくなく、日本軍は苦戦を強いられていた時だ。大野村も例外ではなく、健康な青年なら誰でもが二十歳になると「赤紙」と言われる召集令状が届けられた。
 招集令状が届くと、村人たちは赤飯を炊いてお祝いをして、万歳三唱に見送られて男達は戦地へと送り出される。
 父ちゃんの幕田剛志に戦争に行く赤紙が届いたのはその年の八月だった。
 村長が「さて、出兵する前に誰か、おなご(女)を与えなくては…」の一声で、同じ集落の鬼頭きみが選ばれた。きみが十九歳のときだった。それが母ちゃんだ。
 母ちゃんは「好き」でもないのに、ただ、お国のために戦場に行く兵隊さんへの〝貢ぎ物〟とされたのだった。つづく

 

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