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2009年3月18日 (水)

☆グリコ森永事件25年「彼らの目的は何だったか…」(18日)

Banner_logo_051_8 グリコ・森永事件は18日で発生から25年を迎える。事件の捜査にあたった大阪府警の捜査員の中には「7人の刑事」と呼ばれた捜査員がいた。グリコ・森永事件で捜査線上に浮かんだ「キツネ目の男」を目撃した刑事たちのことだ。「あの顔を忘れたことはない」。7人のうちの一人だった元捜査1課刑事、前和博さん(60)は退職した今も悔しさをにじませる。昭和59年6月28日夜。旧国鉄高槻駅から京都行き普通電車に乗り込んで、3人の同僚と尾行を開始した。乗客はまばらだったが、京都駅に降りたとき、自分に向ける犯人の男の視線を感じた。身長178センチ、35~40歳、つり上がった目、薄いまゆ、ウエーブがかったくせのある髪形。その男が放つ異様な雰囲気も瞬時に察知した。「あいつや」。同僚には指でサインを送り、跡をつけた。「キツネ目」の姿を自分の目で追ったのは15分間。犯人という確信はあったが、職務質問するまでの一歩がなかなか踏み出せない。「あのときはいろんなことを考えすぎて頭がいっぱいだった」7人は交代で尾行を続けたが、前さんが途中下車して指揮本部に報告の電話を入れた直後、キツネ目は尾行の網をかいくぐり、姿を消した。前さんにとって、これが最初で最後の目撃だった。誘拐や企業恐喝事件を担当する捜査1課特殊班に配属されてから半年後に起きたグリコ・森永事件。一連の事件が時効を迎えた後もキツネ目をひそかに追い続け、昨年3月に退職してからも自宅の机の引き出しには似顔絵写真を忍ばせている。「あのとき、身柄を確保していれば」。事件にかかわった捜査員の間で幾度も繰り返された言葉だ。「現場での判断力不足」と批判されたこともあったが、苦い経験を忘れたことはない。「私の刑事人生はあの事件とともにあった。でも犯人を捕まえられなかったんだから、私の人生も、刑事としても、すべて中途半端に終わったようなもんです」。自戒を込めながら当時を振り返る口ぶりに、事件を解決できなかった悔しさがにじむ。ただ、一線を退いてからは「事件の真相が知りたい」との思いも強くなった。「あのとき、自分たちは何を間違ったのか。彼らの目的は何だったのか。もし犯人に会えるなら聞いてみたい」

グリコ・森永事件

 昭和59年3月18日に江崎グリコの社長が誘拐された事件に端を発する、一連の食品企業恐喝事件。「かい人21面相」を名乗る犯人グループは、その後、青酸化合物を混入した製品を店頭にばらまくとして、企業に現金などを要求。一方で報道機関に警察を揶揄する挑戦状を送りつけ、“劇場犯罪”という言葉を生んだ。犯人グループは60年8月に突然、終結宣言を出して動きを停止。平成12年2月に28件すべての事件で時効が成立し、警察庁指定事件で初めて未解決となった。

グリコ・森永事件をモチーフの一つとした小説「レディ・ジョーカー」の著作がある作家、高村薫さんの話

 グリコ・森永事件が起きたのは昭和59年という、私たちがすっかり戦後の豊かさに慣れ親しんだ時代だった。この事件は、表面上は身代金目的誘拐や企業恐喝に見えても、背景には犯人と被害者という単純な関係では決して片づけられない何かがあることを私たちに感じさせた。グリコ・森永事件に続きイトマン事件、そしてバブル崩壊後の一連の不良債権問題や総会屋事件が明るみに出た。経済が発展するなかでお金を回してきたはずなのに、その循環のどこかに巨大な穴が開いていて、お金がどこかへ出している。そうしたことが分かって初めて、この国の経済活動はいったいどうなっているのかを、日本人は真剣に考えるようになった。戦後の繁栄の中で私たちは企業活動を通して生きてきた。そこには見えない闇もあったのだということが、少しずつ分かるようになったが、この事件については結局、その背景にある薄気味悪さを、私たちはきちんと言葉にできないでいると思う。◆「キツネ目の男」に似ているとして、重要参考人扱いされた経験をもつ作家、宮崎学さんの話  グリコ・森永事件がその後も相次ぐ“劇場犯罪”を生んだという見方があるが、それは逆だ。犯罪が社会に影響を与えるのではなく、犯罪はそのときどきの社会を反映する鏡なのだと思う。かつて多くの犯罪の根底には貧困や差別があったが、「楽したい」「いいかっこしたい」という風潮を背景にした事件が起きるようになった。そのはしりがグリコ・森永事件や、その5年前の三菱銀行北畠支店立てこもり事件だ。 私は恨みが原因ではなく、金目当ての犯行とみている。現在に至るまで犯人グループが分からないのは仲間割れによる情報漏れがないためだろうし、彼らの目的は達成したと思える。被害企業の株価の乱高下を利用したのではないか。 彼らが今、どうしているのかは見当もつかない。事件で得た金を元手にまっとうな商売をしているのか、それとも浪費し、零落してしまっているのか。ただ、金を得るチャンスに感覚が鋭い彼らのことだから、安全が保証されるなら体験談を披露することがあるかもしれない。そのときは、ぜひ私が話を聞きたい。http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/232670

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