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2009年1月23日 (金)

★小説 警視庁薬物特命捜査官(38)

   カーナビの分析

080713_164028_m その日の夕方、新橋の特命捜査官室に警察庁の瀬上生安局長から電話が入った。警察庁の局長から部長を通り越して直接、電話が入るなんて前代未聞だった。電話は風間宛だった。

「風間さんですか、警察庁の瀬上です。永堀君に電話したらこの番号に架けろと言われたので架けました。内容は聞きました。おめでとう。今後も頼みますよ。あのあとね、田中局長と話したのですが、本人がもの凄く気にしているらしく、謝ってくれ、謝ってくれってね。いゃ本当に…やっぱり警視庁ですね。重森と話したのですが鬼頭捜査官の役目には長官も納得するはずですので…安心しました」
 さらに瀬上は続けた。風間はただ聞くだけだった。
 「ところで国税の件ですが、国税の捜索は延期になったそうです。『警視庁から告発を受けて脱税で立件』という筋書きが出来ました。今回は思う存分やって下さい。実は國島長官と国税庁長官は大学時代の同期らしいのです。その辺で話しがついたのではないでしょうか。鬼頭捜査官によろしくと吉川次長も言っておりました」
 捜索令状は二日後に降りた。警視庁は城西署に「商事会社に絡む金融犯罪捜査本部」を設置した。戒名に薬物の文字を付けるのは伏せられた。
 警視庁の家宅捜索は新潟県警を遙かに上回った。朝洋商事の本社はもとより帳社長の自宅。副社長や総務・経理担当役員自宅から社長の親類、親密な交際のある女性宅。そして都内でヤミ金業者が借りている「催促用の部屋」であるアパート五部屋、さらにイラン人の住むマンションを含めると二十九カ所の令状だった。
 用意された逮捕状は、覚せい剤密売の小塚とヤミ金の電話による取り立ての責任者である藤川一朗ら五人の計六本。そして、何時でも令状が降り次第に逮捕ができるよう帳亭植には数日前から二十四時間の行動確認班がついた。
 動員される捜査員は二百五十人。この捜査員の中には公安部外事課の捜査員も含まれていた。
 午前八時に逮捕状が出ていた六人全員が逮捕され、捜索も同時に始められた。
 ヤミ金取り立て責任者五人の部屋に入った捜査員が、初めに指示されていたのは五人が朝洋商事の社員であることの確認だった。身分証明は持っていないが、その場で押さえた資料に朝洋商事を示す何かがあることに期待が寄せられていた。
 その結果、キャッシュカード七枚が発見された。そのうちの一枚が「法人・朝洋商事」だったことから、捜査本部に連絡され経営者の帳亭植(五十四歳)の逮捕状の請求が決定された。容疑は「貸金業の規制等に関する法律違反」だった。
 帳に対する逮捕令状が降りたのは午後三時過ぎ。一時間前から千代田署で任意の聴取を受けていた帳容疑者が逮捕され、下町署に移された。城西署を避けたのは、小塚などの関係者が多いことだ。
 覚せい剤の売人と見られるイラン人の住んでいるマンションへの捜索は機動隊まで動員され、五十人の捜査員が一斉に踏み込んだ。部屋数は七部屋あった。二十人がいると思われていたが十八人の身柄が確保された。いずれもパスポートは所持していたものの期限が切れたり、観光ビザ(査証)での違法な入国だった。
 捜索を進めているうちに覚せい剤と見られるパケが大量に入ったスーツケース一個が発見された。さらに五百万円は超えると思われる現金。銀行への送金表が数十枚。絵を描く道具類など押収品は七、八十点にのぼった。彼らは上野公園などで似顔絵を描いて生活費を稼いでいた。
 

捜査員が「これは、全員の物か?」と確認したら認めたので、イラン人十八人は覚せい剤所持の共謀共同正犯の現行犯で逮捕された。
 アラビア文字で書かれたノートも多数、押収された。
 捜索が終了したのは午後九時を過ぎたところもあった。押収品は段ボール箱百箱近くにも及んだ。
 注目されたのは帳社長の専用ベンツを含む三台の乗用車の押収だった。これは名目上はいずれもオービスから判明した十㌔前後の速度超過だったが、背景には工作船が九州薩摩半島周辺で暗躍した当時のNシステムでヒットした地点を確認し、乗用車の行動を解明するためだった。
 押収したベンツのナンバーは帳社長専用の黒色が「品川 300 8×××」。副社長の林功一の赤いベンツが「品川 300 ××14」。帳社長の二台目の白色のベンツは「品川 300 ×500」。
 城西署では捜査着手時から分かっていた三台のベンツの車両番号をNシステムで検索していた。その結果、北朝鮮工作船から押収した携帯電話の通信記録があった平成十三年九月××日の午後一時五十二分に九州自動車道路の「えびのジャンクション」で「品川 300 ××14」の番号がヒットしたため、車両の押収が必要だった。
 それは、林功一副社長の赤ベンツだった。通信相手の携帯は090ー880×ー2×××。所有者は法人で朝洋商事。
 このため捜査本部は、押収した赤いベンツのカーナビの巻き戻し作業をして調べた結果、次のような行動が確認された。
 同ベンツは、二、三百㍍ずつ黒い点でマーカーされるカーナビを使用しており、その行跡は黒点の数が多くなればなるほど点が線になり、さらに多くなると真っ黒の太い線となる。黒線の太さから回数は分からないものの利用頻度が分かるシステムだ。
 詳細な日時は不明なるも「品川 300 ××14」の場合は、東京都世田谷区の用賀入口から浜松西インターまでの東名高速の通過回数が最も多く真っ黒の太い線の状態で何度も往復していることが伺えた。
 浜松インターで降りた行跡は浜名湖のゴルフ場まで続いており、やはり回数が多いためか太い線となっていた。しかし、その先の愛知県豊田までが次に多く利用していることが分かった。豊田市内ではホテルや観光地まで行跡が伸びていた。
 さらに同ベンツの場合は、東名高速道の宝塚まで数回の往復記録があるほか、山陽自動車道以西では、二回の往復行跡が記録されていた。
 その最南端は山陽自動車道から九州自動車道に入り、福岡インターを通過、さらに太宰府、筑紫野、熊本県の八代を通過して鹿児島県内に入り、鹿児島インターから指宿スカイラインを利用していた。
 指宿スカイラインの終点・頴娃町で一般道路に。右折して頴娃町内を進み海岸線の226号に突き当たり、その国道を東西に黒い線になるまで何度も行き来している行跡が確認された。
 こうしたことから捜査本部は、赤いベンツの行跡をNシステムと比較して分析した結果、平成十三年九月××日の午後一時五十二分ごろ、「えびのジャンクション」を通過。その前後に090ー880×ー××の携帯と工作船から押収した携帯で通話した後、揖宿郡の頴娃町海岸を走行していたことが裏付けられたとしている。
 さらに国道と平行して走る指宿枕崎線の石垣駅近くにある国道226号交差点にあるNシステムには九月××日午後八時四分に西進、同十時十五分に東進の記録があった。
 この間の午後九時二十三分と同九四十五分の二度、押収携帯との通話記録もあった。
 その翌日には西馬渡交差点で午前十時四十三分に西進の記録が残されていた。この記録の八分後に最後の通話記録が確認されている。
 このため捜査本部は、米国から衛星写真の記録を取り寄せ、九月××日の午後一時から同五時ごろまでの時間帯に、指宿海岸線の港や小型船の接岸可能な地点に船影が無いかどうかの確認作業を実施することになった。つづく

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