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2009年1月 3日 (土)

☆【衝撃事件『未解決』の核心】時効まで1年半に 現場すら忘れ去られる八王子スーパー射殺事件の「無念」(3日)

Banner_logo_051_5 歳月とともに事件が風化していくのは止められない。現場が跡形もないとなれば、なおさらだろう。平成7年夏、東京都八王子市のスーパー「ナンペイ」で、アルバイトの女子高生ら3人が射殺された強盗殺人事件は、時効まで1年半を残すだけとなってしまった。警視庁八王子署捜査本部は被害者への怨恨の線を重視した捜査を続けているが、犯人特定に結びついていない。「事件を覚えている人が年々少なくなるのが寂しい」。同じ犠牲者を生み出さないよう、銃撲滅運動に尽力する女子高生の友人らの切実な思いが届く日は遠いのか。■真夏の夜の悪夢…「犯人逮捕の願い変わらない」   事件の最中、盆踊りでにぎわっていたスーパー前の公園を訪れると、幼児と母親がのんびり日向ぼっこする日常の光景が広がっていた。ナンペイは殺風景な駐車場に変わり果て、数年前まで立て掛けられていた捜査本部が情報提供を募る看板もなくなっていた。「蒸し暑い夜だった。公園では盆踊りの太鼓の音が鳴り響いていて、パトカーが次々に集まってきたけど、拳銃の音なんてまったく聞こえなかった」近くに住む80代の男性は記憶をたどるように話した。事件直後は、捜査員にたくさんの写真を見せられ、不審者や車の目撃情報を求められた。周辺では四六時中報道陣が駆け回り、野次馬も後を絶たなかった。「急に世の中が凶悪になったようなショックを受けた。事件後1年もすると、現場の捜査員にも焦りがみられ、『思いだしてくださいよ』と強い口調で迫られたこともあった」 事件当時からスーパーの向かいに住む主婦(64)は事件のあの日、自宅の居間でテレビを見ていた。続々と集まるパトカーの音に気付いて外に飛び出し、何が起きたのかを警察官に尋ねてみたが、らちが明かない。自宅に戻り、テレビでニュース速報が流れ、毎日通っているスーパーで発生した惨劇を知った。 「平和な街だったのに、報道ヘリが飛び交い、すごい騒動になった。犯人の逮捕を願う気持ちは変わらない。3人とも顔だけは知っていたし、逮捕されないと殺害された悔しさは晴れないでしょうね」 ■わずか5分の犯行「日本の犯罪史上例がない残酷さ」   事件は、7年7月30日午後9時20分ごろに発生。従業員だった稲垣則子さん=当時(47)=を迎えに来た知人男性が午後10時ごろ、ナンペイの2階事務室中央で、うつぶせで倒れた前田寛美さん=同(16)=と矢吹恵さん=同(17)、奥の金庫の横に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ稲垣さんを発見した。「これまでの日本の犯罪では例がない残酷さ」 現場を見た捜査幹部が息をのむ凄惨さだった。3人は頭部を撃ち抜かれ、即死状態だった。犯人の射撃技術にも眼を奪われた。午後9時15分、稲垣さんは知人男性に車で迎えに来るように頼んだ。「パン、パン、パン」 その5分後には近くの住民が乾いた音を聞いている。売上金約500万円が入った金庫には、稲垣さんが管理していた鍵が差し込まれ、銃弾が撃ち込まれるなどこじ開けようとした跡もあったが、現金は残されていた。状況から犯人がその後すぐに現場を離れたとみられ、捜査本部はわずか5分ほどの犯行時間だったとみている。拳銃が暴力団の抗争以外で、一般市民、しかも3人の女性に向けられた衝撃は大きかった。「銃犯罪のターニングポイント」こうみる警察関係者も多い。 警視庁は地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教事件を抱える中で、捜査本部に異例の約80人の捜査員を投入した。しかし、事件と重なった盆踊りの喧噪に阻まれて、情報は思うように集まらず、捜査は難航した。現在の捜査に欠かせない自動車ナンバー自動読取装置(Nシステム)や防犯カメラはまだ普及していなかった。 」

■不審な図、フィリピン情報、拳銃の線条痕… 捜査本部は当初、スーパー閉店直後の犯行であることや金庫に銃弾が撃ち込まれていたことなどから、金銭目的の犯行とみて捜査を進めた。ただ、今では売上金が「奪われなかった」という点に着目し、被害者への怨恨の線を重視し始めている。犯人に結びつくと思われる情報が寄せられるたびに裏付けに走り、打ち消す作業を続けている。約2年前、横浜市内で放置された車両から、ナンペイ店内の見取り図と酷似した図が書かれた不審な紙が発見され、捜査本部が色めき立ったこともあった。しかし、事件と結びつかなかった。昨年7月には、フィリピンから「犯人を知っている」との情報が寄せられ、現地に捜査員を派遣。犯行に使用された拳銃がフィリピン製の38口径スカイヤーズビンガムだったこともあり、犯人特定への期待が高まったが、この情報も事件とは関係なく、空振りに終わった。拳銃をめぐっては、別の強盗殺人事件で使用された拳銃の線条痕と酷似していたことが判明したが、いまだに宙に浮いたままだ。 「遺体を貫通したり、金庫に衝突した銃弾は変形しており、線条痕が完全に一致するのは難しく、決定打にはなり得ない」 捜査幹部はそう言って顔をしかめるのだ。 捜査員が現場に足を運ぶ回数も減っていった。「2年前に当時の現場写真や男性20~30人の顔写真が載ったアルバムを見せられたが、昨年、今年と聞き込みはないですね」 近くに住む男性(61)はこう打ち明ける。事件後に引っ越してきた住民の中には、現場さえ知らない人も少なくない。八王子署に勤務したことがある元警察官の男性(81)はこう危機感を募らす。「このまま時効が過ぎたら、一部の人の遠い記憶として埋もれてしまう。犠牲者の女子高生は生きていれば30歳で、子供もいただろうに、かわいそうでならない」
 ■捜査員延べ13万人「あきらめるわけにはいかない」
 3人の命日を前にした7月26日、矢吹さんが通っていた東京都町田市の桜美林高で、同級生ら約30人が集まり、追悼礼拝が行われ、冥福を祈った。矢吹さんのような犠牲者を再び出さないよう、事件後に立ち上げた「銃器根絶を考える会」の恒例行事も今年で12回目を迎えた。「ここまでくると焦りはある。事件がいまだに解決していないのがつらい」
 2年生で矢吹さんと同じクラスになった女性は、友情を育みつつあった矢先に事件に見舞われた。「もっと思い出がいっぱいできるはずだったのに」事件後、保母さんになる夢など自分の知らない矢吹さんのことを人伝えで聞き、残念で仕方なかった。鷹野めぐみさん(30)は風化に歯止めが掛からない実情に焦りを覚える。「年月が経つたびに、事件のことを覚えている人が少なくなってきているのが寂しい」 事件から数年間は、高校生の反応も良かったが、今では事件そのものが生徒の親の世代がかろうじて覚えている程度だと感じる。「身近な人だけでもいいから思いを伝えたい。命の大切さ、先輩が亡くなったことを後輩たちに知ってもらいたい」 追悼式では、矢吹さんの遺影を前に賛美歌を斉唱し、黙とうをささげた。参列者の中には目頭を押さえる人もいた。 「矢吹さんを忘れることなく過ごしてきた。犯人には出てきて罪を償ってほしい。今後も変わらず無念を晴らしていく」 当時の学年主任だった伊藤孝久事務室長(57)が関係者の気持ちを代弁した。 捜査本部に携わった捜査員は延べ約13万人、現在も23人が専属で捜査を継続している。事件解決への思いは揺るがない。「時間との戦いになり、現状は厳しいが、あきらめるわけにはいかないhttp://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/209333/

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