★小説 警視庁薬物特命捜査官(33)
佐渡島の捜索
こうして新潟県警による佐渡通信関係の家宅捜索は一斉に着手された。警察庁に着手報告されたの午前九時三分。六月にしては蒸し暑い日だった。警視庁新橋分室の風間理事官卓上の電話が鳴った。鬼頭からだった。
「理事官ですか?。鬼頭です。今、着手しました。凄いですよ。四十人体制ですよ」
「ご苦労だね。そうすると今回は押収資料の分析までそっちにいることになるね」
風間の皮肉な言葉が出た。そして鬼頭も負けてはいなかった。ジャブの応酬がつづく。
「出た物次第ですが…多分、そうなるでしょう」
「『出たとこ勝負』だからと言って本拠地を抜け出して佐渡島などに『出て行って』遊ばないようにしてくれよ…これ冗談だがね…」
「いいですね。そのアイディアはもらいました。いや冗談ではなく今回の捜索箇所に佐渡島営業所がありましてね。覚せい剤の粉末でも出れば、私が行かないとね…」
「行けば良いんじゃないですか。そのかわりだがね、戻ってもこっちの机は無いものと思ってもらわないと…」
部屋にいるか本部庁舎に行くか警察庁に出向くかなど、行動半径の狭い風間にとっては、うらやましい仕事と思っているのだろうと鬼頭は思った。
正午のニュースはテレビ各社ともトップニュース扱いだった。局によっては「北朝鮮の覚せい剤販売組織にメス」などとオーバーに表現するところもあった。
部屋でテレビを見ていた牛島新潟県警本部長に電話が入った。警察庁の瀬上生安局長からだった。
「派手にやってますね。期待しているんだけどさ、スイス銀行の口座なんていうのがあるだろうな。国内でも良いが、とにかく組織犯罪という裏付けを頼むよ」
牛島と瀬上は旧知の仲だ。性格も似ていた。
「了解、了解。刑事連中の話しを聞くと、確かに税務への申告というか年商が八千万ぐらいと言うのは少なすぎるですよね」と牛島。
そして瀬上は言った。
「地下銀行発覚なんていう新聞の見だしに期待していますよ」
瀬上は間をおいて続けた
「ところで新潟ではゴルフはやっているの?。雪でできねぇか」
同期の牛島が答えた。
「瀬上さんよ。新潟って言ってもね、年から年中雪があるわけでないの。いいですよ自然は。空気が澄んでいてね…」
牛島にとってはひさしぶりの同期の瀬上からの電話だった。瀬上はゴルフでは牛島に叶わない。だから会話を交わすだびに瀬上は、牛島に嫌味を言うことがある。
それに、瀬上は未だに本部長経験が少なく一回だけなのに対して牛島は既に三回目。「本部長になってちょっとは地方を楽しみたい」が願望の瀬上なのだ。
「牛ちゃんよ。警視庁の鬼頭という男が行っているだろう。あれは俺が気に入っている捜査官なんだよ。この前さ警察庁の会議で刑事局長をやり込めていたよ」
「ほう、根性もあるんだ。しばらくこっちに置いて貰うとしますか。うちにも平井と言って猛者がいるんだ。この前は一緒に調べをやっていたぞ」
瀬上が好きな人間関係である。
「見たかったな、その調書を…。いずれにせよ鬼頭捜査官は定年まであと二年らしいんだ。それはそうとして牛ちゃんは定年になったら田舎に帰るのかね」
「いや、相談員でもするかなぁ。そっちは長官か総監コースか…なんと言っても同期の出世頭だからな」
「バカを言うなよ。何も出んぞ…」
その日の各紙の夕刊は派手だった。毎朝新聞は一面、社会面を飾っていた。
新潟県警 「はい乗り事件」捜査に着手
関係捜索は六カ所
そして社会面は見開きだった。
北朝鮮工作船の携帯番号の男は漁業無線の修理販売会社だった
「私たちの家族を返して…」
青森県の金田さんの家族が悲痛な訴え
六カ所の家宅捜索箇所から鬼頭のいる本部指揮所に次々に連絡が入った。
「鬼頭さん電話です」
鬼頭は「覚せい剤が出たかな」と思うと胸が高鳴り、アドレナリンを感じた。
「鬼頭警部、覚せい剤は必ず白い粉なんでしょうか?」
思いも寄らない捜索箇所からの連絡だった。
「何処の捜索場所からですか?。保安係はいないのですか?」
鬼頭が聞き返した。
「佐渡島の佐渡通信の出張所です。保安は来ていません。薬箱が置いてあって、色々な顆粒薬がありまして、どれがどうだか分かんのですが?」
「分かりました。覚せい剤は原則的には白い粉ですが、最近は液体に溶かして持ち込むなど巧妙化が進んでいるので原則なんてありません。それに錠剤もあります。量はどのぐらいあるのですか?」
「黄色の色のついたビンなんですが…十㌢ぐらいの太さで十五㌢ぐらいの高さのビンです。それが二本あります。これは倉庫の中から見つけました」
鬼頭は疑問に思った。 つづく
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