☆拉致被害者・市川修一さんの母トミさん死去 めぐみさん拉致31年(15日)
1978年8月に鹿児島県・吹上浜から北朝鮮に拉致された市川修一さん(当時23歳)の母・トミさんが15日午後3時22分、くも膜下出血で亡くなった。91歳だった。告別式は17日正午、同県鹿屋市輝北町上百引(かみもびき)1930上村葬祭輝北斎場で。自宅は同市輝北町市成1126。喪主は夫、平氏。トミさんは10日朝、自宅台所で倒れて意識不明となり、病院で治療中だった。次男の修一さんが、交際中の増元るみ子さん(当時24歳)と一緒に拉致されてから30年間、息子たちの帰還と再会を切望しながら、願いはかなわなかった。 同居する長男・健一さん(63)は「普通なら大往生といえるが、修一が帰らず、会わせられなかったことが残念で、悔しい」と涙ながらに語った。拉致被害者家族会事務局長で、るみ子さんの弟・増元照明さん(53)は「2人の生還をもう少し待っていてほしかった。拉致被害者の親世代の高齢化が進み、時間がないことを政府は肝に銘じてほしい」と語った。
最終更新:11月15日20時28分読売新聞http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081115-00000035-yom-soci
市川トミさん 拉致被害者、市川修一さんの母
11月15日19時42分配信 産経新聞
市川トミさん(いちかわ・とみ=拉致被害者の市川修一さんの実母)15日、くも膜下出血のため死去、91歳。自宅は鹿児島県鹿屋市輝北町市成1126。通夜は16日午後6時、葬儀・告別式は17日正午、鹿児島県鹿屋市輝北町上百引1930、上村葬祭輝北斎場で。喪主は夫、平(たいら)氏。市川修一さんは昭和53年、鹿児島県旧吹上町(現日置市)の吹上浜で、拉致被害者の増元るみ子さん=当時(24)=とデート中に北朝鮮に拉致された。 |
「政府は父としての怒りを」滋さん訴え めぐみさん拉致31年で
11月15日20時4分配信 産経新聞http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081115-00000561-san-soci
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横田めぐみさん=拉致当時(13)=が新潟市内で北朝鮮に拉致されて31年となった15日、めぐみさんの両親の滋さん(76)と早紀江さん(72)は新潟市内で開かれた県民集会に出席、「政府は6者協議で日本の父親として怒っていただきたい」と、進展を見せない拉致問題の早期解決を強く訴えた。約450人が参加した県民集会で、滋さんは米国務省が先月11日、北朝鮮のテロ支援国家指定を解除したことに触れ、「約60ある制裁の1つが外れただけで大きな影響はない。世論の力を背景に、日本政府が強い姿勢を見せれば解決できる」と世論の結集を訴えた。早紀江さんも「6者協議で日本のメッセージが全然見えてこない。日本の怒りを世界中のみんなに見ていただきたい。どうか皆さん、日本人の父として、母として、世界に訴えてください」と語りかけた。北朝鮮の招待所でめぐみさんと暮らした曽我ひとみさん(49)も演壇に立ち、「夜に2人で、もみじの歌を小さな声で歌ったことを今でも思い出す。今度は一緒に大きな声で歌える日がきっと来ると思う」と横田夫妻を励ました。 |
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