★小説 警視庁薬物特命捜査官(28)
第2部「頂上を捕れるか」
国税の狙いは? 東京国税局の甲斐誠二・査察部長が警察庁九階の吉川英明次長室を訪れた。次長室には宗像警備局長、田中刑事局長、瀬上生活安全局長が同席した。
国税当局と警察当局の連携で事件を解決する例は多い。オウム真理教事件では、教団のマネーロンダリング対策として国税当局が強力な査察を実施。収入源となっていたパソコン関連部門にメスを入れている。
今回の甲斐査察部長の訪問は、警視庁が既に捜査を開始している東京・新宿歌舞伎町の朝洋商事に関してだった。
「本日はお願いがありまして…先日は兵庫県警の件で表彰をうけましたがありがとうございましたと御礼を言ってこいと…長官が言っておりまして…ついでで恐縮ではございますが…」
甲斐部長は、今年四月に大阪国税局明石税務署が兵庫県警に協力して実施した地元暴力団に対する査察に対して、警察庁長官協力賞を受賞したことに対する御礼を述べたのだった。
御礼と言っても小松国税庁長官の伝言を伝えたもので、甲斐にしてみれば「今回来庁したのは長官も了解事項だよ」と暗に知らせる〝威嚇〟のためでもあった。お互いに一通りの挨拶を交わしたあと、再び甲斐部長が吉川に目を向けて続けた。
「大変恐縮でございますが…既に警視庁が内偵されている朝洋商事に関して私共としても着手させて頂きたく…甚だ勝手なお願いですが…ご意見をお聞きしたくて…」
甲斐誠二と言えば、査察部では〝剃刀の誠二〟の威名の持ち主。但し「話し下手」でも有名だ。話し言葉でありながら切れ目のない文章が蕩々と続く。吉川次長が途中で言葉を挟んだ。
「分かりました。瀬上君、警視庁から報告は受けているのかな?」
朝洋商事は貿易商の看板を持っているが、裏金融の噂も多い。今回は九州南西海域で発生した工作船の薬物取引で、国内の関係者と通話したとみられる電話番号が残っていたことからの内偵着手であり警備局と瀬上生安局長の主管だった。
「朝洋については内偵に着手してから三カ月になるかならないかのはずです。つい先日の会議報告では、貿易商の他に古物関係とか何をしているのか実体が分からない業者だと言っていました。我々の最大の狙いは、ご承知と思いますが、北朝鮮の工作船関係なのです。この解明も含めて既に別件ですが令状を取っておりガサのタイミングをみている段階と言っていました」
瀬上は、詳細の報告を控えた。むしろ国税の狙いを知りたかったからだ。甲斐部長が喋りだした。
「今回は利息制限法が改正されたことからその関連で実施するもので…どうも…あの会社は我々が二年間にわたりマルサによる内偵を続けた結果…どうしても…金の流れを把握しないと…」
相変わらず歯切れの悪い説明が続けられた。二年前に利息制限法が改正されたがその関連としてこれまで、大手金融業の査察を実施しており、その一環だという。「果たしてそれだけだろうか?」。さすが「剃刀の誠二」だけあって捜査の手の内は見せないということか。
「分かりました。ご承知と思いますが事件を担当しているのは警視庁だけでなく他府県警も絡みますので、ガサの実施時期については時間を下さい。連絡します」
吉川次長は、お互いが腹のさぐり合いをしていても無駄な時間が過ぎるばかりだと判断しての言葉だった。
「連携をとらないとね。どっちも潰れても困るし…」
眉を吊り上げて瀬上が言った。念押しの言葉だった。瀬上にしてみれば、単なる薬物事件解明だけでなく、あらゆる法令を適用するため薬物の特命捜査に加え、生活安全部からは生活経済も投入しての捜査を続けてきた。
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