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2008年6月20日 (金)

小説 警視庁・薬物特命捜査官(7)

警視庁記者クラブ
    「詠子です。キャップいますか?」。
 四日前に発生した葛西橋警察管内の強盗事件の聞き込みを終えて警視庁に帰る途中、隅田川にかかる両国橋付近の堤防に人だかりができ、赤色灯をつけたパトカーが止まっているのを目にした毎朝新聞の小橋詠子が、警視庁記者クラブの宮本キャップを電話口に呼び出した。
 「詠子です。今、帰る途中なんですが、両国橋付近でパトカーが凄いんですよ。何か入っていますか?。覗いて行きたいのですが…」
 「一課は今、庁内を回っているらしく誰もいない。俺とサブが留守番をしているんだ。なんだったら、そのまま夜回りに入ったらどうだ」
 「分かりました。チーフにそう伝えて下さい」
 チーフとは捜査一課担当の責任者で仲間からは「仕切り」と呼ばれている。詠子は平成三年に毎朝に入社。宇都宮支局を振り出しに支局と通信部を経験して三年前に社会部にあがった。チーフは三年先輩で、同じ早稲田出身だったことから気が合い、むしろ、〝警察好きの詠子〟を「花の捜査一課担当」に抜擢してくれた。
 詠子の〝感〟は的中した。程なくして警視庁捜査一課長も現場に到着した。
 堤防の内側に数メートルにも及ぶ黒いビニールシートを敷いて、磁石の棒でなぞりながら足跡の採取に余念がない鑑識班。静電気足跡採取装置でごく最近、導入された警視庁鑑識班の最新鋭機である。

 犯人が残した足跡の部分にホコリがたまるのを磁石で黒いビニールに吸い取るというもので、ビニールに付着したホコリが綺麗に靴の形を現してくれる。
 それにしても、今日は暖かい日だ。隅田川の堤防の両側には桜並木が続き、もう既に蕾ははち切れんばかりに膨らんでいる。あと十日も過ぎれば、花見客で賑わうだろう堤防で、なんとも奇妙な鑑識作業が続いている。
 詠子にとって宇都宮支局時代は、新人の記者生活だっただけに、花見をはじめ季節の行楽などは殆ど縁がなかった。もう、三十歳の声を聞いているのに、恋人にも巡り会っていない。
 「あーあ。これで今度の日曜日もだめか…」
 捜査用機材はここ数年、著しい進歩を遂げた。電車内の痴漢事件では、犯人が女性のお尻に触った手の平から繊維恨を採取。被害女性の繊維痕と比較し、同一であることを立証する微物鑑定という手法も威力を発揮している。
 こうした〝科学捜査〟と刑事の感との組み合わせで、ますます複雑化、巧妙化する犯罪に立ち向かっているのだが、事件の認知件数が二百五十万件を超え、発生処理に追われて捜査が追いつかない情勢なのだ。刑事部長の笹川好夫などはそれが悩みの種でもある。
 笹川は、キャリアの昭和五十六年入庁組み。警察庁薬物対策課課長の重森とは同期。二人が揃うと出る言葉が、米国の『FBI(連邦捜査局)』方式の導入である。特に、覚せい剤など薬物犯罪は国境を越え、国際捜査機関との連絡調整は日に日に増加。重要性を帯び、ひとつの警察署あるいは、ひとつの警察本部単位では対応が困難な事案が多くなっているのだ。
 刑事部門の笹川にしてみても、殺人事件だけでも県境はもはや存在しないことを十分認識しており、特に中国人を中心とした外国人犯罪は組織化が顕著で、県警同士の縄張り争いをしているようでは捜査は追いつかないというもどかしさにもぶち当たっている。

 ★捜査一課長会見
 午後六時を回ったころ、詠子に連絡が入った。
 「まもなく江戸川警察署で捜査本部設置の記者会見をするそうだ。仕切りもそっちに向かった」。キャップの声だった。
 江戸川署は、両国警察を改名して新しく建て替えられたもので署長応接室も結構な広さを誇る。両国署時代は、各新聞社やテレビが方面担当記者を配置していた。ところが、人員の合理化もあり数年前からは「方面担当記者」を配置している社はほとんど無くなった。
 この方面担当記者の存在は、人脈づくりなどの意味合いもあり、結構、重宝がられており、今では、〝察回り記者〟の廃止を惜しむ先輩記者が多い。
 殺人事件が発生し捜査本部設置事件となると、警視庁から捜査一課長が所轄署に出向き、警察署長とともに記者会見に臨む。発生日から朝と夜の二回ずつ三日間、続けられる。警視庁には「七社会」「警視庁記者クラブ」「警視庁ニュース記者会」の三つの記者クラブがあり、新聞社は一課担を三人配置していることから、捜本設置の会見となると押しかける記者数は総勢で五十人近くになる。方面担当が存在した当時は七十人を超えた時もあった。毎朝新聞は七社会に属していた。
 江戸川署の署長室は広く、署長の机と応接用イスの間にイスを増設だけで〝記者会見室〟が即席で誕生する。詠子が着いた時には既に、会見場はできあがっていた。捜査一課長と署長の会見が始まった。
 「それでは、これまで分かったことを発表します」
 配布された広報用紙には、被害者の名前や住所等は見あたらない。両国橋から言問橋にかけての両側の河岸は、何年か前からホームレスが滞在。青いビニール製テントの存在に、地元住民から何らかの対応策の要望が行政当局に出されていた。
 「発表文を見てもらえば分かるように仏様の人定はとれていません。推定年齢は四十歳前後。後頭部に僅かな傷があり鈍器用のもので殴打されたともみられますが、死因とまでは特定できません」と捜査一課長。
 「水を飲んでいないことから、殺害されたあと遺棄されたものとみられますので、只今、当署に特別捜査本部を設置しました」
 淡々と発表する捜査一課長。
 「被害者は、ベージュのスーツ姿で赤っぽいポロシャツを着ています。所持品は何もありません。身体的特徴は奥歯を含めてだいぶ入れ歯が多いようです」
 課長の一方的な発表が終わると、今度は、記者の間から矢継ぎ早に質問が飛んだ。
 「一見してどんな職業が予想されるか?」
 「ホームレスではないのか」
 「殺害現場は?」
 「死体は流れ着いたとみてよいのか」
 「死亡推定時間は?」
 詠子は現場の取材から事件には何かが隠されていることに気づいていたが、発生の一報を受けて駆けつけた一部の事件記者達にとっては「ホームレスの変死ではなかったのか」ぐらいしかデータが無かったようだ。
 記者会見は第一発見時の状況、死体の状況と想像される死因等が簡単に説明された。そして捜査一課長はこう付け加えた。
 「とにかく身元割り出しに全力をあげるしか手がないわけですから、その点では皆さんの協力が必要になるものと思います」
 この言葉を聞いた最前列にいた記者が噛みついた。
 「この程度では特別捜査本部設置の会見とは言えない」
 記者会見では記者クラブからの質問は幹事社が仕切るのが習わしだ。最前列の記者は、それを無視した。慌てた幹事社が、言い直した。
 「課長、幹事社ですが、殺害された被害者の人相、特徴をもっと詳しく説明してほしいのですが…」
 この質問に一課長と署長が額を寄せ合い、なにやら打ち合わせを始めた。幹事社が続けた。
 「死因や〝前足〟〝後ろ足〟など、発生してから五時間にもなるのだから、事件の組み立てぐらいは言ってほしい」(前足とは事件発生前の犯人の行動。後足は犯行後の行動の目撃情報などを意味する)
 一課長と署長のひそひそ話しはまだ続いていた。業を煮やした記者達から質問が相次いだ。
 「所持金は無いのか。一見してサラリーマンか労働者かは?」
 「強盗殺人と見て良いのか」
 捜査一課長は「ムッ」として立ち上がり、こう言った。
 「判っていたら発表します。それではここまでです」
 それだけ言った課長は、会見場から逃れるように外に出て行った。記者連中は署長を取り囲んだ。
 「まだ検死の段階であり詳しくは判りません。判り次第(資料の)投げ込みをします」と署長。いつものリップサービスに期待した記者連中だったが、署長もこの日はいつもとは違っていた。
 詠子は、現場の鑑識活動、捜査員の動きを最初からつぶさに見ており会見と比較して幾つかの疑問を持っていた。詠子の几帳面な性格がいつも取材活動に現れるのを宮本キャップは見逃すばずはなく、それが信頼に繋がっているのだ。
 詠子の疑問とは①鑑識が丁寧に写真撮影していたのは被害者の洋服の胸元付近と左腕付近だった。発表によると死因とみられる傷の部位は「頭」というのに、何故?胸元と左腕なのか。②被害者のポケットから取り出した何枚かの紙片の存在が明らかにされていない③最も気にしていたのは現場で一課の林管理官と話していた数人の人物の存在だ。果たして相手は「何者なのか」④被害者の身体から押収した携帯電話の存在すら発表していない─。
 キャップからは「林管理官と現場で接触した男の割り出し」に全力を投入するよう指示が出された。
 「管理官と話しをしていた人物は公安なのだろうか」
 詠子は回答を出すのに苦労するだろうと思った。

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