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2008年5月24日 (土)

小説「警視庁・薬物特命捜査官」(3)

★捜査は14都道府県警に拡大★
 九州南西海域で実施されたオペレーションの日、「秋ごろになるので……」と予言した警察庁警備課理事官の言葉通り、北工作船が引き揚げられたのは十月の中旬だった。
 鬼頭が現地派遣のため警察庁から呼出しを受けたのは十一月に入っていた。鹿児島県警で第一回目の捜査会議が開かれた。

捜査会議は、今回の事件の性質上から警備・公安関係が中心にならざるを得なかった。船体の検証結果に続いて報告されたのは、犯罪に使用されたものも含めた武器類。鹿児島県警県警警備課長が淡々と読み上げた。
 「海上保安部と合同で捜索・検証した結果を報告します」
 「まず、搭載されていたとみられる武器類。これはですね、撃沈されている、いや、自ら爆破したといいますか、部分的にしか確認されていない物が多いのですが、一部回収部分を含めて申しますと軽機関銃二丁。口径は七・六二ミリのPK機関銃と推定されます」
 パワーポイントで映し出される画面には、押収されたバラバラの部品と実物と同型の写真が並列されていた。
 「次に口径五・四五ミリの自動小銃四丁。これは北朝鮮製のPK機関銃と推定されます」
 会議に出ていた鹿児島県警の生活安全課長が鬼頭の顔を見て小声で、話しかけた。
 「その他の重要証拠物として注目されるものがあったそうです。プリペイドカード式ですが携帯電話が一個だそうです」
 「これから資料を配りますが、合計八十回程度の発信記録が残っている携帯電話機がありました。そのなかで判読できた部分を書き出したので資料をお配りします」
 警備課長が急に、丁寧言葉に変わったのは、警視庁の鬼頭を意識してのことと思われた。「電話機」の言葉に、鬼頭の心は和んだ。きっと年輪を重ねた課長だろう。
 A4版の資料には、発信日時と相手番号が数か所書かれていた。
 「既に御案内の通り、本件は覚せい剤の取引と推定されています。従いまして、本会議には、警視庁から特命捜査官の鬼頭警部が出席されていますが、警視庁、警察庁の御協力のもと、これら資料からの突き上げ捜査で北朝鮮から流入した覚せい剤の流れは勿論、国内組織を含め全容解明に全力を挙げるよう本部長から下命がありました」
 「しかし、今回の一次捜査権はあくまでも海上保安庁。警察としてはどうしても受け身にならざるをえません。携帯電話機の捜査資料はごく一部しか警察に届いていません」
 「えっ。海保が渡さない?」
 「せっかくの資料が……」
 刑事という捜査のプロたちの間からは感嘆の声が漏れた。
 「海上保安庁は海の警察。陸で活動する俺たちこそ捜査のプロ」と自負してやまない警察官は多い。
 かつて省庁再編の動きがあった際、海上保安庁を当時の陸運局から分離し、警察庁と統合させる案が浮かんだ。
 「無線の周波数は違うが、〝ヤマ〟と呼ばれる情報収集用無線基地は共有できる。しかし船長や航海士、甲板員などという特殊な職種と警察官との人事交流はできない」
 など幾つかの理由から、同案は御破算になった経緯もあり、お互いのプライドも対立する集団なのでもある。

 たいした資料もなく、事件解明へのとっかかりも得ないまま、鬼頭は警視庁に帰らざるを得なかった。
 警察当局にも正式な情報が寄せられていないばかりか、マスコミだけが先行した。
  販売先は岐阜県内と判明
     発信記録から国内組織解明へ
        北工作船から押収の携帯電話
 毎朝新聞の一面トップ記事だ。
 社会面にはサイド原稿が付けられていた。
   ……発信先番号の中には、東京都内にある商社の固定電話や新潟県内の
   在日朝鮮人、大阪市在住の暴力団員五人の電話番号、その他韓国
   人留学生の名前もあった……
 新聞報道から数か月後に、海上保安庁からA4版用紙二十五ページにものぼる報告書を受けた警察庁は、都内などの電話番号が書かれた着信記録を重視。複数県にまたがる合同捜査とし、警視庁に捜査指揮権を任せることを決め大阪府警、鹿児島県警、新潟県警、長野県警、高知県警、宮城県警など十四都府県警の捜査幹部を集めた合同会議を開催した。
 会議には警察庁警備課長、外事課長、薬物対策課長など警察庁幹部。警視庁からは公安部長、生活安全部長と特命捜査官室長の風間と鬼頭。各県警からは実務担当課長が出席した。
 「海保の中間報告書を配布しましたが、今回の事件で海保は刑法六〇条の共謀共同正犯を適用。乗組員十人を被疑者死亡で送致することとなっています」
 警察庁警備課長が会議を仕切った。さらに続けた。
 「えーっ、今回の事件で海保が確認した乗組員は約十人とみているようです。引き揚げられた工作船の中にあった死体は骨になっており、資料になるものはないようです」
 「しかし、実は沈没直後に水死体二体を発見しており、この死体については鹿児島県警も検死に立ち合っておりますので、この件に関しては後ほど鹿児島県警からの報告をお願いします」
 「次に、押収されたプリペイドカード式携帯電話についてでありますが、既にマスコミに出ておりますが、この携帯電話は事件発生前の今年春、岐阜県内の携帯電話販売会社で販売されたもので、約八十回にわたり都内暴力団事務所の固定電話や在日の朝鮮人や韓国人が契約した携帯電話等にも架けているようです」
 「問題は電話を受けた人物の所有する携帯ですが、これは海保の捜査に続き所有者が判明している新潟の人物、大阪の人物が中心になりますが、新潟県警、大阪府警と場合によっては警視庁に捜査協力をお願いしたいと思います」
 新潟県警と警視庁は、直ちに新潟県内在住の男、自称・金田悟の身辺捜査に乗り出し、大阪府警は携帯番号から割り出された暴力団五人が所属する「篠原組」の捜査本部を立ち上げた。幹部組員の後藤田作之助の動きに捜査力が集中した。

           ………………………………
 「高知沖の事件の延長線上の捜査になるな」
 重森も風間も鬼頭も意見が一致した。
 高知沖の事件とは、重森が今回のオペレーションで同一船と直感した事案。この時の日本の漁船「第八東海丸」は暴力団が三重県鷲尾市の漁業関係からチャーターした漁船だった。
 「松新丸」が日本海に消えたあと日本船が寄港した先で関係者から事情を聴いたが、覚せい剤は発見されずに捜査は難航。その後の捜査で、高知沖に浮いている覚せい剤約百七十㌔が発見された。
 警察庁は、同年九月に高知県警に加え、警視庁、鹿児島県警などの合同捜査本部の設置を指示。調整を図り、これまでに漁業関係者のみ四人を逮捕しているが、依頼した暴力団までの突き上げ捜査は難航していた。
 警視庁は今回の事件を、既に専従態勢で捜査を進めている新橋分室に指揮権を付与することと決定した。
 新橋分室は、風間警視をトップに庶務担当の笹森三郎警部、鬼頭警部ら総勢十五人がスタッフだ。彼らはけっして表舞台に出ることはない〝秘密捜査官〟なのである。
 風間は今どきに珍しい〝親分肌〟の男。べらんめえ調で話すことから、知らない人からは誤解を受けやすい。が、部下に対する思いやりが強く、鬼頭をはじめ多くの部下の信頼も厚い。
 警察庁から指示が出されたことを受けて、高知沖事件当時の捜査員を集めた捜査報告会議が開かれた。警察庁の重森もオブザーバーで同席した。これまでの事件捜査状況が風間から報告された。
 「高知沖の事件は、第八東海丸をチャーターした三重県鷲尾市の漁業関係者四人を逮捕しておりますが、その先に伸びておらず、難航しているのが現状です」 
 「覚せい剤は、北朝鮮が仕出し国と見ても良いのですか?」
 捜査員の一人が風間に聞いた。
 「はい。この事件では警視庁、埼玉、高知、鹿児島県警などが合同で捜査しておりますが、警視庁の科学捜査研究所が保管するシグネーチャーアナリシス(薬物の混合物の分析表)から、純粋なフェニルメチルアミノプロパン塩素塩(覚せい剤)と分かりました。ほぼ、北朝鮮での精製とみてよいでしょう」
 と、風間が答えた。
 「ちょっと待って下さい。数年前だと記憶していますが確か宮崎県の日向市の港で北朝鮮の貨物船から県警が五十三㌔の覚せい剤を押収した事件では、日本の暴力団が『北のサンプルを見たら中国より質が悪かった』と言ったという報告もあったはずですが…」
 「わかっています。きょうは警察庁から重森課長さんが見えられておりますので、お手元の資料を配付しました。詳しくは重森課長さんに説明をお願いしたいとおもいます」
 各デスクには、国連薬物統制計画(UNDCP)発行の「WORLD REPORT」の最新号コピーが配布されていた。
 UNDCPは、国連における薬物対策活動の中心機関として、国連内の薬物対策活動の調整、薬物関係条約の実施や確保、覚せい剤など各種の薬物対策プロジェクトの作成・資金提供等を行っている。発行するWORD REPORTには、世界各国から寄せられた薬物情報が掲載されている。
 「本題に入る前に、どうしても皆さんに薬物の現在の情勢を知っておいてもらいたいのですお話しします」
 重森は申し訳なさそうに言い出した。
 「黄金の三角地帯はアヘン、ヘロインの密造地帯で有名でありますが、最近になって大量の覚せい剤が密造されるようになりました。その背景にはタイで錠剤型の覚せい剤の乱用が爆発的に広がり、大きな市場ができたからとみられているのです」
 各捜査員は互いに顔を見合わせた。
 「錠剤形の覚せい剤?」。初めて聞く言葉だった。
 「覚せい剤の密造は、ケシ栽培からアヘン、そしてヘロインが完成するように手間がかかることなく、天候にも左右されなることはありません。しかも、原料さえ手に入れば簡単に製造できるのです」
 これまでの覚せい剤は、「白い粉」だった。ところが、その覚せい剤を市販の薬のような錠剤にしてしまったという。しかも、青や緑、オレンジなどの色まで付けられている。
 「この錠剤形覚せい剤は、ヤーバーと呼ばれており、密造経費は一錠約二十円ぐらいだそうです。ゴールデントライアングルで製造され、バンコクまで運べば三百円以上で売れるのです…」
 密造地域はタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアと次々に拡大しているというのだという。特に、ミャンマーでは1996年中に約六百万錠の錠剤が押収されている。
 重森はさらに続けた。
 「これら錠剤の原料となるエフェドリンは、中国から密輸されたものとみられているのです」
 「これらが、旅行者を通じて日本国内に持ち込まれているという情報が実は、麻取(まとり)から寄せられました」(「麻取」とは、厚生労働省の麻薬取締官事務所)
 錠剤型の覚せい剤には、どの錠剤にも「ワ」の刻印が押されていることから、密造しているのは、中国人(南雲人)やワ族などの少数グループであることが伺われという。そして「技術、資金、設備などを提供しているのは台湾やタイ等のグループとみられている」との説明がなされた。
 日本の覚せい剤ブローカーは暴力団関係者がほとんどだが、香港、台湾、マカオ等で「契約」を結び、サンプルを確認したあと、頭金を支払う。
 こうして中国大陸から船舶を利用し、日本に運びこまれる。コンテナや一般貨物の中に隠し、通常の貿易を仮装することもあれば今回のように沖合で合流するなどして国内の人物が受け取る仕組み「瀬取り」もあることなども併せて報告された。
 重森は本題の北朝鮮の薬物情勢へと続けた。
 「お手元に配布しましたワールドレポートをご覧になって下さい」
 「捜査当局によるとインドの中央麻薬事務局(CBN)はすでに、『北朝鮮が必要な外貨を獲得するためにドラッグ(覚せい剤)を作り、国際社会に密輸している』という情報を持っていると書かれていますね」
 「実は、この情報を裏付けるような事件が一九九七年から九八年にありました」
 重森はレポートを手にして読み上げるように説明した。
 「北朝鮮が医薬品としてインドの民間会社からエフェドリンを輸入したが、分量があまりにも多いため、CBNが空輸ルートにあたるタイで積み荷を一時ストップさせた。ところが一部では、医薬品を止めれば人道的な問題に発展するのでは…と、大きな話題を呼びました。エフェドリンは咳止めや風邪薬として使われている薬剤だからです。一方で覚せい剤やメタンフェタミン(ヒロポン)を製造する際にも用いられています。だから疑問を持ったCBNがストップをかけたのです。結局、ウィーンの国際麻薬捜査局(INCB)の調査などにより、医薬品の分量の数量だけに減らして北朝鮮への輸送が認められたというのです」
 「以上のことから、北朝鮮産の覚せい剤は風邪薬の原料を利用していると推測されるわけで、これまでの分析でも非常に純粋で異物の多い中国産とは値段も違うと言われております」
 「現に、兵庫県警などで捕まえた売人などからは『比較したら中国産なんて売れない』と公言しているヤクザもいるという情報も寄せられています」
 さらに、重森は近年の麻薬取引の実態などを紹介した。
 「一部には、北朝鮮は既に錠剤型覚せい剤の生産に入ったという情報もあります」
 「さらに重大な問題がここにきて大きくクローズアップされました。それは、密輸入のコースに新たにロシアルートが存在することです」
 「従いまして政府方針として政・官・民挙げて取り組むべき喫緊の重要課題であるとしている訳でございます」
 「当然、警察としましては都道府県警という垣根を越えた捜査が必要になる訳で、警察庁としては警視庁に指揮権をお願いし、場合によっては四十七都道府県警察のあらゆる関係部を挙げての捜査本部体制でも良いのではと警察庁長官もおっしゃっております」
 こうして重森は今回の薬物捜査体勢を「戦後最大の薬物緊急大作戦」と位置づけた。

 以下は次週掲載

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