警視庁管内体感治安レベル2

首都東京体感治安(21、22日 単位・レベル)

警察を私物化するなangry

【治安解説】先週のニュースになるが、なんと民主党は国家公安委員に日本労働組合総21 連合会会長を提案したという。国家公安委員会の55年の歴史のなかで、こんな珍事は初めてだ。

 しかも、外務省関係委員の後任だという。委員に外務省関係者をあてているのは、警察にはICPO(国際刑事警察機構)との関連があり、外国情勢に精通した人材が必要だからである。犯罪が国境を越えるグローバル化の時代に、労働組合関係者と入れ替えてなんとする?

 警察に労働組合を作る気か?民主党は、警察を私物化するのをやめなさい。

 首都東京の体感治安は「レベル2(ブルー)」とする。

 静岡県伊豆市の74歳の無職女性の自宅に、警察官を名乗る男が電話をかけ「市橋容疑者逮捕の懸賞金を支払う。受け取りには手数料がかかる」と3万円を振り込むよう要求したという。
 静岡県警は、「英国人女性殺害事件で死体遺棄の疑いで逮捕された市橋達也容疑者の懸賞金支払い名目で手数料を振り込ませようとする新手の振り込め詐欺」として、注意を呼びかけているという。 「日本列島振り込め詐欺」http://policestory.cocolog-nifty.com/blog/cat20778300/index.html

【警視庁管内不審者情報】
★『東京』

flairnew【不審者】公然わいせつ/練馬区 豊玉中3丁目のマンション内
○発生日時:少し前
○被害者:
○詳細:21:40頃、30歳代の男による。170cm位、赤色っぽいTシャツ、色不明ズボン、徒歩。
○投稿日時2009-11-21 22:42:07
flairnew【不審者】つきまとい/練馬区 三原台1丁目の路上
○発生日時:本日午後
○被害者:児童
○詳細:15:30頃、30歳代の男による。170cm位、中肉、長髪茶色、オレンジ色っぽいTシャツ、徒歩。
○投稿日時2009-11-21 18:05:29
【不審者】公然わいせつ/あきる野市 平沢の路上
○発生日時:少し前
○被害者:
○詳細:14:40頃、40歳代、茶色っぽい作業衣、青色っぽい作業ズボン、眼鏡、徒歩の男による。
○投稿日時2009-11-20 16:13:47
【事件】ひったくり/豊島区 池袋本町2丁目付近
○発生日時:少し前
○詳細:06時頃、黒っぽいまたがり式原付バイクに乗った男による。黒っぽい上衣、色不明ズボン、黒っぽいフルフェイス着用。
○投稿日時2009-11-20 08:04:44
【不審者】声かけ/北区 田端3丁目付近
○発生日時:本日早朝
○被害者:生徒
○詳細:06時頃、不審者は20歳代の男、170cm位、中肉。
○投稿日時2009-11-20 09:17:50
【不審者】公然わいせつ/羽村市 緑ヶ丘1丁目の路上
○発生日時:少し前
○被害者:
○詳細:23時頃、20歳代、中肉、短髪、黒っぽい上衣、黒っぽいズボン、自転車利用の男による。
-○投稿日時2009-11-20 00:13:01
【不審者】痴漢/葛飾区 金町2丁目の路上
○発生日時:少し前
○被害者:女子学生
○詳細:22:30頃、男に体を触られた。不審者は20歳代、170cm位、中肉、短髪茶色、グレー色っぽいトレーナー、紺色っぽいジーパン、黒色っぽいマウンテンバイク利用。
○投稿日時2009-11-20 00:11:47
【事件】ひったくり/中野区 本町5丁目付近
○発生日時:昨日
○詳細:23:40頃、自転車に乗った男による。短髪、黒色っぽいジャンパー。
○投稿日時2009-11-19 08:27:14
事件】その他の事件/中央区日本橋2丁目 地下鉄銀座線日本橋駅
○発生日時:少し前
○詳細:電車内で塩酸らしき容器が割れて異臭がした。数名が手当てを受けたらしいです。
○投稿日時2009-11-18 18:33:22
【不審者】声かけ/目黒区 駒場1丁目の路上
○発生日時:少し前
○被害者:生徒
○詳細:13時頃、40歳代、やせ型、緑色っぽいYシャツ、徒歩の男による。
○投稿日時2009-11-18 14:28:15
【不審者】つきまとい/目黒区 目黒本町5丁目の路上
○発生日時:昨日
○被害者:生徒
○詳細:18:50頃、40歳代、短髪、黒色っぽいジャンパー、黒色っぽいズボン、徒歩の男による。
○投稿日時2009-11-18 09:25:50
【事件】ひったくり/江戸川区 一之江7丁目付近
○発生日時:少し前
○詳細:23:30頃、自転車に乗った男による。20歳代、180cm位、やせ型、長髪、黒色っぽいジャンパー、黒色っぽいジーパン着用。
○投稿日時2009-11-18 01:20:09
【不審者】声かけ/世田谷区 上用賀4丁目の路上
○発生日時:本日午後
○被害者:児童
○詳細:17:40頃、グレー色っぽい自転車に乗った男による。
○投稿日時2009-11-17 19:00:28
【事件】ひったくり/杉並区 善福寺1丁目付近
○発生日時:少し前
○詳細:12:30頃、自転車に乗った60歳代位の男による。
○投稿日時2009-11-17 13:38:39
【事件】ひったくり/足立区 足立3丁目付近
○発生日時:少し前
○詳細:07:10頃、黒っぽい原付スクーターに乗った若い感じの男による。中肉、黒っぽいジャンパー、黒っぽいズボン、黒っぽいジェット型ヘルメット。
○投稿日時2009-11-17 10:13:37
【事件】強盗/立川市 幸町5丁目付近
○発生日時:本日深夜
○詳細:03:40頃、コンビニ強盗発生。犯人は、20歳代、160~165cm位、黒色フード付き上衣、黒色ズボン。
○投稿日時2009-11-17 10:09:18
【事件】ひったくり/武蔵野市 吉祥寺本町2丁目付近
○発生日時:本日深夜
○詳細:02:30頃、バイクの犯人による。詳細不明。
まる投稿日時2009-11-17 09:00:58
【事件】ひったくり/足立区 東伊興2丁目付近
○発生日時:本日午後
○詳細:21時頃、またがり式バイクに乗った男2人組みによる。うち1人は、茶色っぽいジャンパー、白色っぽいズボン。
○投稿日時2009-11-16 23:40:37
【不審者】痴漢/立川市 高松町3丁目の路上
○発生日時:本日早朝
○被害者:女性
○詳細:04時頃、黒色っぽいミニサイクルに乗った男に、体を触られた。30歳位、帽子着用。
○投稿日時 2009-11-16 09:14:39
【事件】ひったくり/福生市 福生付近
○発生日時:本日早朝
○詳細:04:30頃、黒っぽい原付スクーターに乗った男による。黒っぽいジャンパー、ジーパン、フルフェイス型ヘルメット。
○投稿日時 2009-11-16 08:08:15

【事件】ひったくり/渋谷区 西原3丁目付近
○発生日時:少し前
○詳細:19:10頃、原付スクーターに乗った男による。ベージュ色っぽいジャンパー、白色っぽいヘルメット。
○投稿日時2009-11-15 20:53:43
【不審者】痴漢/杉並区 上井草2丁目の店舗内
○発生日時:本日午後
○被害者:児童
○詳細:14:10頃、男に体を触られた。不審者は、30歳代、160cm位、短髪、白色っぽいジャージ、徒歩。
○投稿日時2009-11-15 16:46:56
【不審者】痴漢/練馬区 下石神井4丁目の路上
○発生日時:昨日
○被害者:女性
○詳細:22:10頃、帰宅途中、男に体を触られた。不審者は、20歳代、180cm位、中肉、短髪、紺色っぽいTシャツ、グレー色っぽい短パン、徒歩。
○投稿日時2009-11-15 10:26:25

★『横浜市内』
【不審者】
痴漢/横浜市金沢区 金沢区富岡西
○発生日時:昨日
○被害者:女子学生
○詳細:18日23時15分頃、富岡西付近を帰宅途中の女子生徒が、道をたずねてきた男にしつこくつきまとわれて体を触られる事案が発生した。
男は年齢20歳代、身長175センチ位、体格中肉、坊主頭。灰色のパーカーを着用。
○投稿日時2009-11-19 15:01:56
【不審者】声かけ/横浜市港南区 港南区日野南
○発生日時:昨日
○被害者:女子児童
○詳細:18日13時05分頃、日野南付近を帰宅途中の女子児童が、近づいて来た男にお尻を触られる事案が発生した。男は小走りで鎌倉街道方向に逃走。
男は年齢20~25歳位、体格中肉、頭髪は黒色で短髪。上衣は赤色のトレーナー、下衣は灰色スウェットズボンを着用。
○投稿日時2009-11-19 15:09:15

注===この情報は「早耳リアルタイム地域情報」http://www.8833.jp/に一般の方から寄せられた不審者情報です。警察情報ではありません。体感治安の参考にしてください。(新情報順に掲載、過去の情報は約1週間で削除します)===

 

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2009年11月20日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(13)

 児玉邸の張り込み強化

Dvc00184 冷え込み過ぎるとストロボの発光ができなくなる事もある。肉体的にも限界を迎えた時は運転手に見張りを頼み車内で暖をとる。暖をとると言っても、閑静な住宅地のためエンジンはかけられないので、冷たい空気から逃れるだけの暖だ。

 問題は小便だ。寒くなるとやたらと催してくるが我慢するしかない。それでも日中は喫茶店に駆け込み、コーヒーを注文して用を足す。勿論、その時に事が起これば、デスクには「済みません」と謝るしかない覚悟の上の行動だ。

 こんな苦労する張り込みが続いている最中に、悲惨な事件が発生した。二月十八日午後三時十分、新宿区歌舞伎町の横浜銀行新宿支店にけん銃を持った強盗が押し入り、一一〇番で駆けつけた新宿署の警察官に発砲、二人が死傷する立て籠もり事件が発生した。

 事件は午後三時四十分に駆けつけた警視庁捜査一課の宮内和夫管理官ら三人に説得され、午後六時十分に逮捕された。結局、私はこんな大事件に参加することができなかった。

 その翌十九日、三木首相が首相官邸で内閣記者会と会見して「ロッキード事件は政府・自民党が一体になって事態の究明に全力を尽くす」ことを表明した。

 二十日付けの朝刊各紙は一面で「首相の所信表明」と報道。関連記事として「東京地検は児玉邸・丸紅などを週明けにも一斉捜索」としたことから国際的大疑獄事件は米国議会が明らかにしてから約二週間で〝風雲急をつげる〟状況を呈してきたのである。こうして、報道各社は文字通り、「二十四時間ベタ張り」へと突入していった。

 捜査当局が動いたのはその四日後の二月二十四日だった。内偵捜査を続けてきた東京地検特捜部、警視庁、東京国税局の三庁合同による一斉捜索が行われた。
 実は、地検特捜部が主導権を握っているように見えたが、ロッキード事件の陰には、約一年間にわたる警視庁の内偵捜査が存在するのは知る人ぞ知る話しだ。

 警視庁は、日米間に地下銀行の存在を知ったのは一年前の昭和五十年春ころ。一人のブローカーが日米間の出入国を繰り返しているのに不審に思い内偵捜査を開始した。
 その結果、ブローカーは米国から日本国内に送られた小切手を米本国に持ち込み換金。地下ルートを通じて日本に送金していた。この内容が外務省が在米大使館から取り寄せた領収書のコピー三枚とピタリ一致したのだ。

 「地検はどちらかと言うと身柄の捜査。うち(警視庁)がやったからできた様なものなんです。ピーナッツの内容が分かった時は、よし〝勝てる〟と沸きに沸いた。だから田中総理の事情聴取は早かったよ。昔の半蔵門会館など関係施設を利用してやっていた」と当時の捜査官が語る。

 

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2009年11月13日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(12)

★二十四時間張り込み体制へ
Dvc00184   五日付けの朝刊各紙はこの問題を取り上げ、米多国籍企業小委が出した資料として、児玉が九千五百万円を受け取った昭和四十七年十一月二日付けの領収書の存在を明らかにしていた。

 「児玉氏は四十七年十一月はじめの五日間で総計四億二千五百万円を受け取っている」とされたほか、領収書の中には「ヒロシ・イトー」の署名で「ピーナッツ百個受け取りました」と英文で書かれた暗号の領収書があることも暴露されたのである。

 これらの報道に日本政府の反応も早く、二月六日の衆院予算委員会では野党による追求が始まり、社会党からは「カネの流れを糾明するため児玉の召喚」が提案された。
 さらに十一日付けの朝刊各紙は、「金の流れ中心に、警察当局も捜査へ」が一面を飾った。朝日新聞は「警察当局は十日、米ロッキード社の献金問題に関連して、外務省が在米大使館から取り寄せた領収書のコピー三枚を入手した」と報じた。

 事件が一般に明らかになった五日の翌日から、産経と読売新聞など数社のカメラマンが児玉邸に押しかけた。目的は「児玉の生の写真取材」。事件が明らかになっても、児玉の古い顔写真しかないのである。家から顔を出すチャンスに備えたのだった。

 産経と読売が張り込み始めて何日か過ぎると「児玉はいないのでないか」と言う情報が流されていた。ところがなんの予告もなく、十二日夜、児玉邸に医者が通用口から入ったのだ。

 「児玉邸に医師が入った」の通信社の速報でテレビを含めて各社が押しかけ、児玉邸周辺に集まった車の数は、五十台を遙かに超える大騒ぎとなった。

 さらに、児玉の国会の証人喚問日とされた十七日になると、張り込みはテレビ各社を含めてほぼ全社が出そろった。結局、児玉は国会には出席しなかったばかりか、一度も顔を出さないことから「張り込みは無駄」と判断したのかテレビ各社や雑誌社は姿を消して、翌日からは新聞社では産経、朝日、読売、毎日、日経、東京新聞と共同通信などに絞られた。

 このような張り込み取材に力を入れるのは、産経と読売ぐらいで、両社が競り合うように張り込み時間が延びていく。

 産経の勤務体系は「早出(午前九時から午後六時)」「羽田航空取材待機(九時から日没まで)「日勤(十時から七時)」「夜勤(一時から午前一時半)」「泊まり(午後一時半出社)」「泊まり明け(午後一時半退社)」の六交替。

 写真入手のための「児玉番」は最初は早出勤務者が担当していたが、「警視庁が外為法違反容疑に関心」が新聞で明らかにされた翌十三日からは、早朝から午後十時ごろまでに張り込み時間が拡大。早出と夜勤担当が二交代制に改められた。

 

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2009年11月 6日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(11)

救急車ぶら下がり取材( ロッキード事件から)
                 
  ★「逃げられてたまるか」
Dvc00184   「せっかくご協力頂きましたが、主治医が無用な混乱を避けるため入院はとりやめ、いったん自宅に戻すと言っております」
昭和五十一年二月二十七日午後三時二十六分のことである。場所は新宿区市谷河田町の東京女子医大病院脳神経センター地下入り口通路での出来事だ。

 ハンドマイクを手にした東京女子医大脳神経センターの医師が、通路に停車している救急車の主が病院に入るのを待っている報道関係者にこう通告したのだ。

 「逃げるつもりか」と直感した私は、医師の報告が終わらないうちに七、八㍍先に停まっていた東京消防庁玉川消防署の救急車めがけて走り出していた。                      救急車の後部には、患者の搬入、搬出用として観音開きドアがついている。このため雨降りの時には屋根からの雨漏りを防ぐ溝があり、その溝に手をかけて後部バンパーに足を乗せると救急車にぶら下がる事が可能なのである。

 かつて東北線の列車の連結器に乗り、上野まで無賃乗車して捕まった男がいたことを思い出し、救急車ぶらさがりが閃いた。。
 「どこまでも追いかけてやる。俺はスッポンの小野だ」
 救急車の後部に到着したその時、サイレンを鳴らして走り出した。日本の犯罪史上特筆される疑獄事件の主人公が「入院」を理由に世間から隔離されることがある。「逃がすものか。国民の監視から逃れることなんか許せない」という正義感からの発想だった。
 私の左側に読売新聞社のカメラマンAさんと私の右側にもうひとり、白いコートの記者がぶら下がったと記憶している。

 救急車は間もなく明治通りとの交差点にぶち当たった。スピードが落ちた。後方から追尾していた黒い乗用車が救急車に追いついた。一人の背広姿の男が救急車に近づいた。
 「危ないから止めなさい」
 良く見ると、その男は毎日新聞社のSさんだった。私が仙台市で夜学に通う時に毎日新聞仙台支局でアルバイトをしたことがあり、その時の先輩記者だ。この声に右側にぶら下がっていた白いコートの記者が降りた。
 私は、その言葉を冷たく突き返した。
 「何処に行くか見定めるのがマスコミの責任だろうが…関係ねぇよ」
 今や先輩でも後輩でもない。単なる記者仲間という意識がそうさせた。「そうさせた」と言うより、記者は話しを聞いても再現できるがカメラマンは「現場にいなければ仕事にならない」という考え方の違いだった。

 救急車はまた走り出した。私と読売のAさんと二人きりになった。
 この救急車に乗っているのは、我が国の右翼政治家と言われる児玉誉士夫。この年の二月五日に発覚した米ロッキード航空会社の多額の違法な政治献金問題の日本の主役なのだ。私は事件発覚と同時に関わっていた。
 

 

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2009年10月30日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(10)

 小便入りラーメン

Dvc00184  二十四時間警戒のため徹夜担当の交替要員の到着を待っていた。通常なら交替時間は夕食前後の午後七時から八時ころのはずだ。ところが交替は九時になっても来なかった。腹が減った。インスタントラーメンを食べようと、テント近くの道ばたの雪をかき集めてお湯にした。

 食べ終えた時、他社のカメラマンが私が雪を採ったその付近で立ち小便をした。「もしかして」と思い、私が雪を採取した付近の残雪を調べたら、小便の跡がいっぱい。一㍉程度の新雪の下までは分からなかった。
 小便の跡で残雪は真っ黄色になっていた。私は他人の小便をラーメンの汁に利用したことになる。無性に腹が立ってきた。交替者と言葉を交わすのも嫌になり引き揚げた。

 宿舎兼前線本部で待っていたのは、例の金子デスクだった。
 「なにしてんだよ。こんな時間に帰って来て…打ち合わせなんて全部済んでるよ。あしたのお前の位置は、ここ」と地図上を指さして言った。

 「役目は、玄関から警察が突入した場合、人質を楯に裏側に逃げるだろうと思われるので、お前は身体を張ってその瞬間を撮ることだ。最高のポジションだぞ」
 例によって言葉の少ない実に簡単な指示だった。後にこの言葉不足が私に大きなダメージを与えることになる。
   九機の隊旗に涙

 九日目の朝は晴れていた。しかし気温は零下五度。雪を抱いた連山が朝日に輝いて綺麗だった。警察にとって長い一日になろうとは誰も予測はしなかった。
 人質になっている牟田泰子さんの夫、郁男さんの山荘への呼びかけからその日は始まった。

 「泰子、もう少しの辛抱だ。頑張れよ」
 呼びかけにも山荘からは何の音もなく郁男さんの声だけが夜明けの空に虚しくこだました。

午前五時五十分を過ぎていた。
 私が配置に着いてのは午前六時過ぎ。郁男さんの呼びかけを聞きながら山荘を後に、修羅場となるであろう正門の反対、北側の崖の下に向かった。
  見上げるような場所だが、各社のカメラマンも続々とやってきた。テレビ局のカメラマンが三脚を広げながらポツリと言った。
 「この場所は参加するだけだから…」

 賑やかになったのは午前八時五十一分。山荘の方向からハンドマイクで呼びかける警察部隊の声が聞こえてきた。

 「諸君、警察はもう待てない。勇気を持って判断せよ。話し合う気があるなら泰子さんを連れて白い布を振って部隊の見えるところまで出てこい」
 警察部隊の呼びかける声が聞こえるだけで建物からは何の応答もなく動きもみられなかった。昨夜の事前発表によると、今頃は、警察にとって突入時の最大の武器となる鉄球のついたクレーン車が玄関に到着しているはずだ。

 容赦なく銃を乱射してくる建物への突入は、玄関だけでは困難だ。鉄球で壁を壊して突入口をつくる必要があった。鉄球クレーン車はそのためのもので、警察はモンケンと呼んでいた。

 嵐の前の静けさが暫く続いた。上空に報道関係のヘリコプターが旋回し始めて緊張の時を迎えた。

 

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2009年10月23日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(9)

  命を救ってくれたストーブ

Dvc00184  部屋に入ると、匍匐前進で濡れた体が痛くなってきた。全身が震えだした。既にズボンの裾は凍っていた。この状態では凍え死にしそうなので、ストーブを借りることにした。暗すぎるので電気のスイッチを捜そうとしたその時だ。

 「電気つけるな」
 O記者が叫んだ。犯人が撃つ猟銃の弾が天から降るようにパラパラと落ちてくる着弾点だが、ライフルなら射程距離内だ。途端に寒さに怖さも加わり、奥歯がガチガチと音をたて、悪寒状態になった。

 二階建ての階下で石油ストーブを発見した時は、命が救われる思いがした。石油の残りは僅か。暖をとるというよりは凍った衣服を乾かすのに精一杯だった。

 三人はいつの間にか仮眠していた。ヘリコプターの轟音で目が覚めた。カーテン越しに山荘を見上げると、夜に見た時よりは遠かった。

 ヘリコプターに向かって銃を構える犯人の姿があった。撮影しようと望遠レンズを捜したが持っていたのは2〇〇㍉のズームレンズ。精一杯アップにしても人物の表情はおろか、持ているのが銃なのか棒なのか分からない状態だ。

 「これでは写真的には前線基地として意味がない」
 こう判断した我々は、折角借りることができた別荘を放棄することにした。

  結ばれた報道協定

 私の手元に「連合赤軍軽井沢事件」という一札の冊子がある。長野県警が綴った事件のの全記録である。突入を仕切った機動隊の副隊長、横山信男氏が書いた文章が、浅間山荘事件の苦労を表現している。

 「男が命をかけた任務」と題した文章の書き出しは、こうだ。
 ーーー二月十九日以来、あらゆる方途を講じ、力の限りを尽くして続けられた警察の必死の説得、そして、かけつけた両親の涙ながらの哀願…説得に対して犯人らはせせら笑うように、肉親に向け凶弾をもって答えた。

 「チクショウ」と言う言葉意外に表現もなく、ただ、怒りと焦慮にかられ、なんとかしなければ…いや、なんとしても、われわれ機動隊の手で人質を救出し、犯人を逮捕しなければならないーーー
 

 

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2009年10月16日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(8)

 雪中の匍匐(ほふく)前進
Dvc00184  浅間山荘であることを確認するため建物を見ていると、地上から三階部分にあたるバルコニーに、棒状の物を持った男の姿が見え隠れした。「銃を持った男だ」と直感した。しかし、この距離なら猟銃は届かない。

 閃いたのは、産経に入社する前の昭和四十三年の金嬉老事件だ。金元被告は静岡県清水市で暴力団二人をライフル銃で射殺して逃走。同県榛原郡の寸又峡温泉に十三人を人質に立て籠もった事件だ。五日目に一人の人質を解放した時に金元被告は逮捕された。産経新聞が掲載した逮捕の瞬間の写真が私の頭の中に強烈な印象として残っている。刑事に押さえられた瞬間、舌を噛みきって自殺を図ろうとした表情のアップ写真。犯罪史上に残る大事件の記録写真のみごとなフィチャーライズ写真だった。

 報道カメラマンならこんな写真を撮ってみたかった。この事件で、それが実現するかもしれないと思うと、命の危険なんて考えている暇はなかった。
 建物の一階部分が柱になっている。そこまで辿り着けば、まさに事件現場の真ん中だ。新聞社のカメラマンと判れば撃つことはあるまい。人質にされれば本望だ。交渉次第では特ダネになると考えた。

 目測では建物まで数百㍍はあるだろう。地面は雪で一面真っ白。自分が着ているのは黒のジャンパーコートで極めて目立ちやすい。「クマ笹の下に身を隠して匍匐(ほふく)前進で行くしかない」と判断した。
 カメラをバックにしまい込み、肩ひもを首から斜交いにかけて、雪の中の匍匐前進を開始した。何十㍍か進んだ。勾配が急になって、進もうとしても滑り落ちて匍匐前進が困難になった。さらに笹の茂りの密度が薄くなり、身を隠す物がなくなった。

 見下ろすような位置にある建物からは、まる見えになる危険が出てきた。途端に思い出したのが相手が持っているライフル銃。この位置では十分な射程距離内に入いるはずだ。

 そう思った途端に、今度は足がすくみ、前に進めなくなった。転げるようにして林まで戻った。全身はびしょ濡れで肘や膝は泥まみれだった。特に冷たく感じたのは足先。靴の中に雪が入ってしまったようだ。潔く雑木林に突入した時の足跡を頼りに元来た方向に戻り、ようやく山道に辿り着いた。

 

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2009年10月 9日 (金)

連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(7)

  ★雪中の匍匐(ほふく)前進

Dvc00184
 写真部では既に、長期出張の手配は済んでいた。千葉取材の着の身・着のままで東京駅から長野行きの特急列車に乗せられ、軽井沢の現場に着いた時は午後九時を過ぎていたと記憶している。

 現場は寒いと言うよりは、乾いた空気が頬をピリピリと刺すような寒さだ。軽井沢到着と言っても、どこでどうなって事件が起きているのかさっぱり分からない。携帯無線機で現地本部を呼んでみるが応答はなかった。
 とりあえず現場にはタクシーで向かうことにした。運が良かったのは、乗り込んだタクシー運転手が他の報道関係者を乗せていたことだった。町を抜けて山道に入ると、まもなく非常線を張った警察官に止められた。

 「すみません。産経の者ですが、現場は何処なんですか?」
 「産経、東京から来のか? この上。この道から行くんだが、相手はライフル持ってるから危ないんだよ。どうせ聞屋(ぶんや)さんは言うこときかないんだろうから…但し車はここまでだよ」

 その言葉が終わるか終わらない時だった。遠くからパーン、パーンという乾いた銃声が聞こえてきた。警察官の射撃大会で聞いたことのあるけん銃の音より、大型の銃のように思われた。

 しかし、銃までの距離はかなり遠く感じられた。警察官の「危険だよ」の声を背に、タクシーの精算を済ませ、銃声の聞こえた方向に歩き出した。

 車が通れる山道を、銃声の出る場所を回り込むように一㌔以上は歩いただろうか、今度はパーンという銃声の後にパラパラという音が聞こえてきた。

 「パラパラの音は何だろうか」と思いながら歩いていると警察官四、五人が非常線を張っていた。どうやらこの奥に犯人の立て籠もる山荘があるようだ。
 「ここからは入れませんよ。歩いて来たんですか?」

 驚いた顔で私に声をかけてきた。歩いて来たのは自分だけで、他社は車を利用しているのかと思うと腹が立った。

 「すみません。現地対策本部というか、皆さんがいる場所はどちらですか?」
 若い警察官が答える。
 「この道は浅間山荘の前を通る道です。一部の報道の方が集まっているのは、この道の先の山荘の反対側にあるNHKの寮付近だそうです。そこに行くにはもう一度戻って回り込む必要があります。ここから先、歩いては通れません」

 

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2009年10月 2日 (金)

連載小説「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(6)

  どうでもいいから早く帰れ

Dvc00184  顔を負傷して血だらけになった隊員を含めて五人の捜索隊員は必死で四人を追跡する。最初の銃撃現場から五百㍍ほど離れた北佐久郡軽井沢町大字発地のレークタウンにある河合楽器保養所の「浅間山荘」近くにさしかかった時だ。今度は、山荘から隊員めがけて二度目の銃撃を受けた。

 よく見ると山荘三階のバルコニーからのライフル銃による銃撃だった。この犯人たちは、山荘管理人の妻、牟田泰子さんを人質に立て籠もったのである。時間は午後三時半。これが日本犯罪史上特筆される浅間山荘事件のプロローグだった。
 … … … … … … …
 長野県警が軽井沢駅で連合赤軍幹部の四人組を逮捕したころ、私は「暴力猿」を追いかけて千葉県富津町の山奥にいた。
 早朝から山中に入ったのだが猿集団と出会えたのは昼過ぎだった。三匹の猿が民家の屋根でじ~っと私の動きを警戒。周辺の道ばたにいる猿の群れが、今にでも私に襲いかからんばかりにうなり声をあげている。

 「とうとう発見したぞ」胸の高鳴りを押さえながら、富津の悪党猿軍団に会えたことを喜んだ。二階建ての民家の屋根にいる三匹の猿を撮影するため望遠レンズをかまえたその時、一匹の猿が民家二階物干しの洗濯物に手をかけた。次の瞬間、洗濯物を引き抜くように手にして逃げ出した。

  「よし、撮ったぞ。泥棒の現行犯だ。これで一枚は使えるぞ」
 別の猿を見ると、今度は二匹そろって二階の窓を開けようとしている。「窓よ開け」と期待した。そして「猿よ中に入ってくれ!。仏壇からリンゴでも盗む写真が撮れたら最高だぞ!」心の中で叫んでいると、窓が開かずに残念そうな猿が、今度は民家に引き込んである電線にぶら下がりながら裏山に帰って行った。時計を見たら午後三時を十分ばかり過ぎていた。

 カメラマンというのは、どうしてこんなに理不尽なんだろうと思われるかもしれない。時には「死んでもいいから撮影したい」と思う時がある。それが職業意識だと勝手に解釈している。

 毎週水曜日の夕刊写真特集に「人里に降りた悪党猿」の撮影をしていた。町の中心から約一〇㌔も山奥に入った所だ。

 二月という時期、午後の三時を過ぎると山の中は日陰から冷え込みが始まる。そしてあっという間に夕暮れを迎える。取材に入る前の事前データによると猿の習性として、この時間になると山に帰る時間らしい。

 「最低でも二枚は使えるな」と確信を持った。しかし、さらに迫力を出すには追加撮影が必要だった。

 

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2009年9月25日 (金)

連載小説「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(5)

決死の匍匐(ほふく)前進=あさま山荘事件から
                  
Dvc00184  ★妙義山周辺のアジトを急襲
 「長野本部から軽井沢、佐久、臼田の各局、一一〇番入電中…」
 長野県警通信指令台から至急報の無線が賑やかになったのは昭和四十七年二月十九日午前七時三十分を数十秒過ぎていた。

 「至急、至急、長野本部から各局、本日午前七時五十九分軽井沢駅発下り列車に不審な男女四人連れが乗車した模様、一一〇番受信中」
  至急報はさらに続いた。通信司令官の声は次第に興奮気味となっていった。
 「長野本部から各局、軽井沢駅の四人組は人相着衣から逃走中の極左集団の可能性があり、各局にあっては受傷事故防止に十分留意されたい。以上、長野本部」
 国鉄軽井沢駅周辺で警戒中の軽井沢署員が無線指令を受けて駅に駆けつけるまでには数分もかからなかった。下りの三番線ホームには既に列車が入線。不審者は乗り込んでいるのかホームに人影はなかった。

 署員たちは情報のあった男女四人の車内検索を実施し、先頭車両で男二人を発見した。「服装も髪の毛も汚れ放題。異様な臭いがする四人連れ」とする駅員の情報から、発見には時間がかからなかった。二人の女性は前から三両目に乗っていた。
 列車の発車時刻が迫っており、押し問答の末四人を駅前派出所に連行しようとした。ホームに降りた途端に逃げようと大暴れ、警察官の手に噛みつく者もいた。四人は登山ナイフや散弾銃の実包、鉄パイプ爆弾を所持しており、火薬類取締法違反、銃刀法違反などで現行犯逮捕となった。

 昭和四十五年十二月に警視庁・上赤塚交番襲撃事件があり、四十六年二月には栃木県真岡市で猟銃強奪事件が発生。同年七月には極左暴力集団「連合赤軍」が結成された。
 その年の十二月十八日に警視庁土田警務部長夫人殺害事件、二十四日は警視庁・新宿交番爆破事件と爆弾を使用した凶悪犯罪があいついで発生した。いずれの犯行も極左暴力集団による犯行とみた警察庁は四十七年に入り、二月を「指名手配犯被疑者捜査強化月間」に指定。全国で「ローラ作戦」を展開していた。

 

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2009年9月18日 (金)

新連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(4)

  ★静かな逮捕劇

Dvc00184  その際、何処に、何人の刑事達がいるかを把握しておく必要があった。目で追いながらバス停に二人、その近くの街路樹の下に二人。ガード下に二人…
 そして、駅の建物の右手から流れてくる人混みに目を移した。その流れは、国鉄で降りた客ではなく、国鉄や地下鉄にこれから乗り込む客の流れだった。

 その中に、先ほど、私に声をかけた刑事の姿を発見した。その瞬間だった。その幹部刑事が親指を立て周囲の誰かに合図を送った。親指を立てる合図は、航空取材の時にパイロットと整備士がよくする行為だ。

 「うんこれが合図だ」と思い、駅舎から刑事の歩く人の流れに近づきながらバックからカメラを取り出そうとした。しかし、どの男が犯人なのかまだ私には分からなかった。
 よく見ると、これまで立ち止まっていた男達が一方向に向かって歩いている。バス停を過ぎたあたりから、黒っぽいジャケットに白ズボン姿の細面の男を中心に黒背広の男達が集まりだした。

 それでもまだ私には犯人らしい男の姿が見あたらないのである。数秒は過ぎただろうか。先ほどの長身の白ズボン姿の男を中心に人の輪が完成していた。

 雨に濡れ、チャックが開きにくいバックからようやく、カメラを取り出すことに成功した瞬間だった。ガード下めがけて、その集団は駆け足になった。カメラにはモータードライブが付いており、自動巻き取りで連続的に撮影が可能だ。

 私は、その集団を後方から追いかけながらモータードライブを回し続けた。ガードをくぐり抜けた辺りで集団の前に出ることができた。
 カメラのファィンダーを覗く余裕なんてなかった。集団の中の男達の顔を確認しながら、さらに補導と車道を区別するため設置されたパイプの障害物を避けながらモータードライブを回し続けたのだ。
 …  …  …  …  …  …  …
 その集団の中に、髪の毛を綺麗にふっくらとリーゼント型にし、黒っぽいジャケットに白ズボン姿の好青年がいた。先ほどから気にしていた長身のあの男だ。

 紙袋を小脇に抱えた粋な青年だ。どう見ても、あの爆弾犯人とは思えない。一瞬「俺、本当に、爆弾犯人逮捕の写真を撮っているのかな?」と疑問にさえ思えた。とにかく、泥棒の逮捕の時よりも静かな逮捕劇なのだ。

 午前八時二十五分だった。集団は一台の車の前で立ち止まり、長身の男は車の中に押し込められた。車内では逮捕令状が執行されている。それも撮影しなければならない。しかし、車内は極端に暗かった。露出を変えるためレンズの絞りとシャッタースピードを見て驚いた。一二五分の一、絞りは8になっていた。これまで撮影した写真は、明らかに露出不足である。背筋が凍った。

 

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2009年9月11日 (金)

新連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(3)

    ★フレンチコネクション

Dvc00184  「二人の刑事はどうしたのか」と周辺を見回すと、先ほどの二人の刑事が傘を差しながら署を出てきた。
 「歩くつもりかな」と社会部記者と顔を見合わせた。よく見ると署から呼んだのかタクシーが一台、滑るように到着。実にタイミング良く二人の刑事を乗せたタクシーが走り出した。六時十分だった。

 「正面に待機してある車を呼んだら見失う…」と諦めたその時、一台のタクシーが我々の方に近づいてきた。刑事たちの車とは十秒と差は無かった。私はタクシーの正面に立ちふさがるようにして停車させて乗り込んだ。
 「あの車を追って下さい」と嘆願する私たちに、運転手は怪訝な顔で言った。
 「何かあったのですか?」。詳細は言えないので「済みません。前の車は警察の人が乗っているので離されずに追って下さい。何かあったら私たちが責任をとります」

 あとは何処をどう走ったか定かではなかった。当然、我々の追尾に気付いた刑事が乗ったタクシーは、大手町から上野方向にジクザク運転を繰り返しながらスピードを上げていく。途中で、一人の刑事がタクシーから降りた。二手に別れようとしているのだ。
 降りた刑事は社会部に任せることにして私はそのまま、タクシーに乗った刑事を追うことにした。その刑事は黒のダスターコートを着ていた。

 やがてタクシーはどこかの駅前の交差点に止まった。刑事がタクシーから降りた。
 反対側の駅舎を見ると、交差点の延長線上に改札口が見えた。信号は赤。刑事が走り出した。私は刑事を追った。刑事は改札を警察手帳で通過した。
 カメラマンは駅構内などで通勤風景の写真を撮影する時がある。その時は、駅長に取材を申し込んだあとは、腕章で構内に入ることができる。私はそのシーンを思いだした。切符を買っていては刑事に逃げられる。

 私は走りながら、カメラバックからカメラ一台と腕章を取り出し、改札の駅員に言った。
 「産経ですが、取材で入ります」
 あまりの堂々さに、駅員は理由を聞く時間も余裕も無かった。私は駅員の返事も聞かずに刑事の後を追って階段を駆け上がりホームに着いた。そこは高架駅のホームだった。

 ちょうど電車が入ってきた。そのアナウンスでこの駅が「国鉄・三河島駅」だったことに気が付いた。午前七時を過ぎている。
 三河島と言えば常磐線。電車の行き先は分からないが、その電車に刑事が飛び乗った。私と刑事の距離はドアひとつ離れている。私は警戒してドアの閉まるのを待った。なぜなら、飛び乗った刑事がドアの閉まる瞬間に飛び降りるかもしれないからだ。
 ドアが閉まり出す。私は閉まるドアを手で押さえ、刑事の乗った場所のドアが完全に閉まるまで待った。完全に閉まるのを確認してから、私は乗り込んだ。
 電車は、間もなく次の駅に到着する。私はさらに考えた。「相手は、これから犯人を逮捕しようとしている。だったら私のようにカメラを持っている男がいては、仕事にならないのではないか」

 そう考えた私は刑事の仕事に配慮するためカメラをバックにしまい込んだ。傘を手にしただけて雨の中を追跡しており、全身がびしょ濡れだった。
 電車は次の駅に滑り込む。「フレンチコネクション」というアメリカ映画を思い出した。刑事に追われている犯人が、ドアの閉まる直前に列車から飛び降りるシーンが浮かんだ。
 車内アナウンスでは、たしか南千住と言っていたような気がした。ドアが開いた。刑事は降りようとしない。刑事からドアまでの距離は一㍍もない。車内は空いている。「タイミングを見ているな」と思った私は、一応ドアの近くに行き、閉まりかけたドアを足を使って遅らせた。

 案の定、刑事が飛び降りる。私も飛び降りたが、タイミングが悪く、持っていた傘が閉ったドアに挟まれた。引き抜こうとしたが、両方のドアにはゴムが着いており、引き抜けない。
  「このままでは危ない」と思い、私は傘を車両に平行になるまで折り曲げる。刑事が逃げた方向を見ると何故か、刑事が「どうなるのか」と私の様子を見ていた。
 私が傘を引き抜こうとしてもがいた時間は五、六秒はあった。刑事が走って逃げていれば、階段を降りている時間だ。なぜか刑事はまだいたのだ。
 電車が発車したあと、刑事の目と私の目が一瞬だが合ったような気がした。その瞬間、刑事は一目散に階段を降りて行った。ところが改札の出口付近で、刑事の歩調が突然緩みトイレに入って行った。

 待っている間に私の心に不安がよぎった。そして決心した。トイレから出て来た刑事にお願いした。
 「産経新聞の小野と申します。済みません事件取材には狎れています。連れて行って下さい・迷惑はかけません」
 哀願する私の声は涙声になっているのを自分で分かった。

 

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2009年9月 4日 (金)

新連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(2)

 ★取材配置表に名前がなかった

 産経新聞の印刷は朝刊が六版から十五版まで版取りされている。最も早い降版時間はDvc00184 日付の前日の午後五時五十分の六版で、東北方面に配布される。最も遅いのは都心部に配布され最終版十五版で当日の午前一時二十五分が降版時間だ。
 六版から十四版までは、印刷のできあがりが早い時間帯のため各社に掲載内容が漏れる危険性が高い。このため各社とも、大きな特ダネは最終版にのみ掲載する習わしになっていた。

 新聞を見たテロリストが自爆した場合、一般市民に被害が及ぶ危険性があるー「爆破犯数人に逮捕状」の特ダネを掲載すべきか否かー五月十八日夜の編集局内は編集幹部の間で極秘に検討が進められていた。
 福井キャップと土田警視総監との話し合いで、最終的にゴーサインが出されたのは降版時間直前だった。

 降版を終えた午前二時。全社会部員と写真部員に非情招集がかけられた。
 新聞掲載は別として十九日は警視庁が延期しない限り一斉逮捕は行われる。そのためには、人員配置を決めておかなければならないのだ。極秘に検討を進めていた社会部デスクから写真部デスクに内々の情報が伝えられたのは午後十時を過ぎてからだった。
 当直の金子デスクが川島写真部長と相談した結果「直ちに写真部全員の呼び出し」が決定していた。

 金子デスクは迷った。今、この時間では社会部から全員呼び出しのゴーサインは出ないだろう。しかし、カメラマンは現場には機材を持って出なければならない。その機材は本社に置いてある。午前二時に呼び出しをかけても現場配置は間に合わない。自宅から直行できる社会部員とは違うからだ。早めの対策が必要として川島部長と相談したのだった。

 その日、私は休暇をとっており、長女の出産が近かったため、妻を新潟県寺泊町の実家に送り、高島平の自宅に帰ったのは午後十一時を過ぎていた。帰宅早々、ニュースを見たが大きな事件の発生はなかった。
 安心して眠りに就いて暫くしただろうか電話が鳴った。時計は午前一時を過ぎていた。電話の主は金子デスクからだ。
 「なにゃってんだよ。何回も電話したがでなかった。すぐ出て来いよ。全員出勤なんだからさ…」
 そう言えば「休暇」の理由を金子デスクには知らせていかなかった。突然の電話で何が発生しているのか分からない。

 「なにかあったんですか?」
 この問いかけに、例によって金子デスクらしい答えが返ってきた
 「馬鹿野郎=  そんな事聞いている暇があったら、出て来いってんだよ。来れば分かるんだよ」
 理由は聞かされないまま、出社することになったのだが既に終電の時間が過ぎていた。駅前交番に駆け込み、タクシーが拾える最も近い場所を聞いた。若い警察官が教えてくれた。
 「駅の線路の反対側に草が生い茂った広場があるよね。そこで運転手が仮眠をとっているのを見たことがあるんですよ。行ってみたらどうですか」
 警察官の情報はありがたかった。草むらに隠れるようにタクシーが四、五台停まっていた。いずれも電気を消している。まるで車庫のようだ。一台に近づき、運転手がいるのを確認して窓を叩いた。
 

 

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2009年9月 1日 (火)

新連載「シャッターチャンス」報道カメラマン物語(1)

連続企業爆破事件から公安デカの追跡
                    
Dvc00184   ★新聞の遅配作戦
  「爆破犯 数人に逮捕状」
    三菱重工など解決へ突破口
 けさ、10カ所を家宅捜索

 昭和五十年五月十九日の産経新聞一面トップ記事だ。この原稿は業界用語の「前うち原稿」と呼ばれ、他社に先駆けて「犯人をきょう逮捕するぞ」と事前に読者に知らせる特ダネ記事。この特ダネこそ事件記者冥利に尽きると言われている。

 読者の中に犯人がいれば、同時に犯人側も知ることになり逃亡や証拠隠滅、場合によっては犯人に自殺の機会を与える。このように特ダネ報道は〝諸刃の刃(やいば)〟になる危険がある。このため捜査当局からは歓迎されない。
 ところが産経は、なんと爆弾を所持する最も危険なテロリスト逮捕に向けて「前うち原稿」を書いてしまった。

 テロリストが産経新聞を見て爆弾を爆発させれば、一般市民への被害が心配される。当然、警視庁は「人命に関わる問題だ」と反対した。
 警視庁キャップの福井惇は土田国保警視総監に直談判した。福井が総監公舎を訪れたのだ。福井がこう切り出した。
 「長い間の苦労が実りましたね。いよいよ明日ですね。私たちも今夜、出稿します」
  この言葉に、笑顔で応対していた土田の表情が変わった
  「待ってください。捜査上、大変な支障をきたすことになる。なんとしてもストップしてもらいたい」

 二人は十年来の長い付き合いをしている。福井にとって最も信頼を寄せている人でもあった。だが福井は新聞記者として出稿を止めることはできなかった。二人の間に沈黙が続いた。そして福井が口をひらいた。
 「一応、社に帰って幹部と相談します」と言うのが精一杯だった。腹の中ではGOサインを決めていた。
 一般人への被害防止を考慮したのは勿論だが、犯人に逃亡の機会を与えさせないためにとられた作戦は犯人を一人残さず逮捕するまでの「朝刊遅配作戦」だった。
 印刷が完了した段階から社外持ち出しを禁止するという「社員に対する極秘の徹底」だけでなく、販売店を巻き込んでの大作戦がとられた。

 ★犯罪史上に特筆されるテロ事件
 これほどまでに産経が特ダネにこだわる事件とは、昭和四十九年八月三十日午後0時四十五分に発生した三菱重工爆破事件だ。
 首都・東京のど真ん中、JR東京駅と皇居に挟まれ、日本経済の中枢を占める大企業のビルが林立する丸の内オフィス街。しかも昼休みというサラリーマンの憩いの時間を一瞬に奪い取った爆弾事件。

 十一階建ての三菱重工ビル正面玄関前のフラワーポット脇に仕掛けられた爆弾が爆発。八人が死亡、三百八十人が重軽傷を負う大惨事となった。
 私はこの時、立川市で開かれた日教組大会を取材していた。右翼による日教組大会への妨害行為の警戒取材だ。どういう訳かこの日は右翼の動きは鈍かった。
 その取材中に他社のカメラマンから「東京駅近くでタンクローリーの爆発があったらしい」と聞かされた。
 

 

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