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😢警視庁管内体感治安レベル2

首都東京体感治安(24、25日 単位レベル)
自転車利用者の暴走を許すな
【治安うんちく】
2_20240424210301 Img_20240421_120933  赤信号で停止している自転車を見ると、「しっかりと道交法を守っている人もいるんだなぁ」と感心するほど、自転車乗用者のマナーの悪さには驚いていたものだった。警察はこのため、令和4年10月に自転車取り締まりを強化したところ、なんと5年5月までに7013件を取り締まったという。
 こうしたこともあり、自転車による交通違反への反則金制度(青切符)の導入を柱とする道路交通法改正案が閣議決定。2026年まで実施される。同制度では車が自転車を追い抜く際に安全な速度で走行する義務も新設されるという。 
  …… …… …… ……
 警察庁によると令和6年3月現在の自転車事故による死者は59人で、前年より11人の減少。
 3月現在としては平成26年は101人。翌年には145人に増加。その後は減少に転じたものの、令和元年まで100人台で推移していた。そして6年の59人は過去11年間で最も少なかった。やはり取り締まりの強化やヘルメット着用の義務化もあるのだろうか。
 死者数59人を年齢層でみると最多は30~39歳の5人。これに50~59歳の3人、60~64歳の2人などと65歳以上が44人。ところが9歳以上と40~49歳は0人など65歳未満は15人なのである。
 発生場所的にみとると、令和4年の数字になるが、道路上では交差点が最多で全体の63.7㌫を占める。また、自転車対歩行者の事故は歩道が最多で39.1㌫などとなっている。スマホを見ながら我が物顔で走る〝自転車野郎〟は許せない。
 首都東京体感治安は「レベル2(ブルー)」とする。

【悪質商法はうそつき】(警察庁標語)

(う)
まい話しを信用しない
(そうだんする
(つ)られて返事しない
(き)っぱり、断る

特殊詐欺の被害者に聞く、だまされた理由は「パニック」「全く疑わず」…高齢者の自分に「優しく対応してくれたから」(25日)読売
https://www.yomiuri.co.jp/national/20240422-OYT1T50035/

森永卓郎さんかたる投資詐欺、7億円被害 茨城70歳女性(24日)日経
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE24BXL0U4A420C2000000/

受け子役か、詐欺容疑の32歳男を逮捕 群馬県警前橋東署(24日)共同
https://www.47news.jp/10836814.html

警察官成り済まし詐欺疑い 5人逮捕、被害1億円超か(24日)産経
約50万円詐取疑いで容疑者逮捕「特殊詐欺連合捜査班」が初検挙(23日)NHK
「アメリカ人男性」からSNSで「愛している」、イタリア在住59歳女性が1・5億円だまし取られる(22日)読売
SNS投資詐欺横行 投資ブーム乗じ、著名人かたる勧誘メッセージ 中高年の被害多数(20日)産経
「あり得ないことが起きている」…萩原博子さんかたる投資偽広告で7000万円被害、削除依頼もメタ対応鈍く(20日)読売
投資詐欺防止へ啓発強化を指示 群馬県警署長会議で本部長(18日)共同
1.8億円の投資詐欺被害、大阪 仮想通貨の購入名目、アプリ利用(17日)共同
うその自動音声電話で80代女性から2810万円だましとった疑い…特殊詐欺グループの男逮捕(17日)読売
照明交換で訪れた電器店員、「全開の金庫」不審に思いそばにいた女に声かけ…住人の詐欺被害防ぐ(17日)読売
警視庁 新社会人に投資詐欺被害防止へ手口紹介し注意呼びかけ(17日)NHK
自動音声で「捜査本部におつなぎします…」 中国・大連拠点の特殊詐欺グループの男を逮捕(16日)産経
SNSで紹介の投資サイトで1億2千万円被害 栃木の67歳女性(15日)産経
著名人装う投資詐欺 都内70代男性が1億4000万円の被害(15日)日経

突入前、実家に電話の若い巡査に涙
 あさま山荘取材の元カメラマン   

2022/2/26 09:00

大渡 美咲

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あさま山荘事件50年

あさま山荘事件の資料に目を通す小野義雄さん=2月22日(大渡美咲撮影)
昭和47年2月の過激派組織「連合赤軍」によるあさま山荘事件は、現場の状況を伝える記者やカメラマンにとっても過酷な現場だった。いつ事態が動くか分からず、自身も銃弾に襲われるかもしれないという緊張感の中、10日間にわたる雪深い山の中で取材は続いた。当時、カメラマンとして現場で取材にあたった元産経新聞記者の小野義雄さん(78)もその一人だ。
まるで戦地のよう
千葉県富津市で暴れる野猿の撮影をしていたところ、上司から無線機で連絡があったのは昭和47年2月19日午後のことだった。すぐに東京都内にある本社に戻り、電車で長野県軽井沢町に向かった。
当時は携帯電話やパソコンはなく、取材本部の民宿とは別に現場に近い取材拠点としてあさま山荘近くの別荘の軒下を借りた。カメラマンは24時間3交代制で、小野元記者は防弾チョッキを着て撮影に臨んだ。軽井沢は連続氷点下。テントで簡易の屋根を作り、一斗缶で火をたいて寒さをしのいだ。
「みなウイスキーのポケット瓶を飲んで体を温めていた。軽井沢からポケット瓶が消えたといわれた」と振り返る。
当時機動隊員が食べていたことで爆発的ヒットとなった「カップヌードル」は報道陣にとっても心強い「味方」だった。ただ、水がなく、雪を溶かして温めたお湯で作った。
いよいよ突入の28日、機動隊員の突入とは逆の建物の側でカメラを構え、そのときを待った。約7時間にわたる攻防の末、警視庁第9機動隊員が窓から旗を振った瞬間をカメラに収めた。

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